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[1825] 奇跡の病院列車ピロペパ号搭乗記(南アフリカ)
日時: 2013/08/24 04:59
名前: グッキー ID:dm1/1IvU

奇跡の病院列車ピロペパ号搭乗記(南アフリカ)
http://www.diplo.jp/articles13/1308traindesmiracles.html
ギヨーム・ピトロン
(ジャーナリスト)

訳:上原秀一



 欠陥を抱える南アフリカ共和国の医療制度は、大規模な頭脳流出に苦しんでいる。20年近く前から、各種の専門科を擁する18両編成の病院列車が国内を走り回り、住民に必要最低限の診療を施している。[フランス語版編集部]

「このときを2年も待っていました」


 ヨハネスブルクからまっすぐ西に進む道をカトゥに向かって辿っていくと、まるで時間旅行をしているような気分になる。高速道路は、徐々にヴェルト(注1)に浸食されたぼろぼろの車道になっていく。目に見えない州境を越えて北ケープ州に入ると道はさらにひどくなる。北ケープ州は、南アフリカ共和国で最も広く最も人口の少ない州である。州境からさらに500キロ、過酷な風景の真ん中を走るアスファルトの破片の上をひたすら進んでいく。生活の痕跡はほとんど見当たらない。そしてついにカトゥに到着する。人口1万のひっそりした村である。薄紫色の山々の支脈に位置している。大通りにはショッピングセンターが一軒あり、道の両側に蒸留酒を売る露天商やバーの付いた豪華なロッジが並んでいる。夕方になるとひどく退屈そうな若い娘たちがやってきて冷えたウォッカをちびちび飲んでいる。


 北ケープ州は、ドイツよりも広いのに人口は100万人しかおらず、「見捨てられた砂漠もどきの場所」と言われている。しかし、6月のある晴れ渡った朝に、18両編成の列車を牽引する機関車が、カラハリ砂漠との境界線を通る線路の上を滑るようにやってきた。この列車には、超近代的な医療設備が備えられている。そして、草原の真ん中に建てられたウィンカントンという小さな駅に停車した。列車の到着を予告するポスターが地域全体に貼り出されている。地方ラジオ局も到着のニュースを伝える。「このときを2年も待っていました」と一人の女性が興奮気味に話してくれた。ピロペパ号が到着したのである。


 ピロペパは、ツワナ語とソト語の方言で「健康」を意味する言葉である。ピロペパ号が評判を呼んでいるのは、南アフリカ政府が5,000万の国民に基本的な福祉サービスを提供できていないからである。「病院は堅固な建物にあった方が良いのですが」とピロペパ号事業を担う財団の女性責任者リネット・コエッツェさんは嘆く。この病院列車は、経営と財務の大部分を南アフリカの公共鉄道グループ、トランスネットの財団が担っている。「私たちの仕事がこれほどの成功を収めているのは、アパルトヘイトが終わった後でも何かがうまくいっていないからなのでしょう」とコエッツェさんは言う。


 40年以上にわたる「分離発展」政策が終わりを告げた時、この新しい虹の国は、世界有数の医療制度を有していた。しかし、それは白人専用の地域に限ってのことだった。この不均衡を是正するため、ネルソン・マンデラ氏とその後継者たちは、公共インフラの開発に向けて野心的な政策を実行した。水道網と電力網に加えて、1,600の病院の新築・改修を行ったのである。その結果、「診療へのアクセスがより均等に行き渡るようになりました」と、行政学が専門のウィットウォーターズランド大学アレックス・ヴァンデンヒーヴァー教授は言う。

「奇跡小路」の様相


 しかし、これと同時に「医療サービスの質は全体的に著しく低下」した。問題は、医師と公務員の大部分を占める白人に早期退職を促す措置であった。公立病院職員における黒人と白人の数の均等化に向けて、政府が1997年に開始した政策である。「多くの専門職が民間に流出しました。このため、突然、公立病院のノウハウ蓄積が消えて無くなってしまったのです」とヴァンデンヒーヴァー教授は説明する。公立病院の退職職員を穴埋めする職員の任用に際して、与党アフリカ民族会議は、極めて政治的なやり方をした。「地方における同党の地盤では、医療部門が権力ゲームの人質にされました。利益誘導と汚職のせいで医療システムがだめになったのです」。こうしてピロペパ号がますます必要不可欠なものとなっていった。


 「私たちは、1994年から毎年4万6,000人の南アフリカ人に必要最低限の診療を施してきました」とオンク・マジブコ医師は言う。「ウィンカントンでは、1週間で1,250人を診療するのが目標です。とても規則正しい生活です。6時に起きて3分でシャワーを浴び、最後の患者まで8時間勤務します」。マジブコ医師は、ぴったりしたスーツを着て色鮮やかな蝶ネクタイを締め、申し分なく磨き上げられた靴を履いている。30歳代の精神科医で、2年前からピロペパ号の院長を務めている。彼は、毎年1万5,000キロを移動して、南アフリカの恵まれない人々のもとを訪れている。19人の巡回医師が彼とともに働いている。国内の名門医科大学数校から研修医が40人ずつ輪番でやって来る。研修医は、巡回医師の指導を受けながら働いて、卒業認定を受けるのである。「彼らにとっては初戦地の洗礼のようなものですよ」とマジブコ院長がそっと言う。


 ピロペパ号が到着した翌日、駅とは名ばかりのウィンカントン駅は、州内で最も活気のある場所の一つに変身していた。老若男女、黒人と混血、多種多様な人々からなる群衆が列を作り、白衣の医療スタッフの前に並んでいる。歯のない笑顔、眼球のない眼窩、ほったらかしの傷跡が残る手足……。それもそのはずだ。「一番近い病院は50キロ離れたクルマン市にあります。そんなところに行く手段などありません」と教えてくれたのはピーター・ソナスさんだ。彼はひどい虫歯に苦しむ7歳の甥を連れて来た。「それに医者は金がかかりすぎます」とジュリアス・トッドさんが付け加える。この若い男性は、近隣の黒人居住区からヒッチハイクでやって来た。「ここでは誰もが苦しんでいます。私たちの生活条件は、周りの自然環境と同じです。変化がないのです」。


 ピロペパ号は、手近な場所でただ同然の診療を施してくれる。このため、ウィンカントンは、「奇跡小路」(注2)の様相を呈している。総合診療車の11号車の前では、患者が糖尿病検査と血圧測定を受けている。患者に必要な治療を確認したら、専門診療車に送る。14号車と15号車は眼科車両である。スピーカーから流れるポップス音楽を聴きながら、患者は、研修医が眼鏡を作ってくれるのを待っている。眼鏡代はたったの30ランドだ(注3)。多くの南アフリカ人にとって、これは画期的な出来事である。「80歳になるまで一度も視力検査を受けたことがないという人もいました」と女性眼科部長のリースベス・ムファラララ医師は言う。

続く
メンテ

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Re: 奇跡の病院列車ピロペパ号搭乗記(南アフリカ) ( No.12 )
日時: 2013/09/02 13:15
名前: 北の国から

 研究者によると、日本の縄文時代(約1万2000年の間)には、貧富の差や、
争いごとはなかったようです。
 また、ライオンやヒョウなどの肉食動物は「むやみに殺さない」(空腹のとき
のみ)ということも良く知られていることです。ある意味合理的であり「弱肉強
食」の新自由主義の実体とはちがうようです。

 つまり、争いや奪い合いは、食糧の蓄積や、集団による役割分担という、人類
史の、かなり後半の一時代の、「環境の変化」によってもたらされたもの、と考
えるのが科学的考えのようです。

 地域単位のさまざまな「コミュニテイー」のようなとりくみは、イタリアや、
スペインなどで盛んに試みられているようですね。
 このとりくみも「エネルギー」「医療」「金融」を、地域完結型にするのが課
題のようです。
メンテ

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