ホームに戻る > スレッド一覧 > 記事閲覧
[2279] 未来社会を考える < ヒットラーの予言
日時: 2015/05/27 18:33
名前: 天空人 ID:TUwY8d8w

ヒトラーの予言──2039年の未来図について

●以下は、ヒトラーが語った言葉(予言)である。
『1999年以後』(祥伝社)から抜粋


「…“2つの極”はますます進む。1989年以後、人間はごく少数の新しいタイプの支配者たちと、非常に多数の、新しいタイプの被支配者とに、ますます分かれていく。一方は、全てを操り、従える者。他方は、知らずしらずのうちに、全てを操られ、従わされる者たち。

しかも進むのはそれだけじゃない。人間がそうなるにしたがって、地球にも宇宙にも大変動が起こるのだ。1989年以後、人類には宇宙から、かつてないカタストロフィ(大破局)が近づくのだ。

若いころ私は、『我が闘争』に、いずれ人間が大自然から復讐されると書いた。それが1989年以後の状態だ。人間が思い上がって宇宙の自然を犯すため、宇宙が人類に復讐の災厄を下すのだ。そしてそれが人類を、想像を絶する究極の状態にみちびいていく。私が生まれてから150年後、21世紀に来る究極に。私自身もそれを霊感ではっきりと見てさえ、信じられないような究極に。」

「…(20世紀末は)たとえ表面はデモクラシーや社会主義の世であろうとも、実質はナチズムが支配していよう。デモクラシーの国も社会主義の国も、われわれナチスの兵器を競って使い、殺し合い、社会は私の望むとおり、強く支配する者と支配される多数者に分かれていよう。それは天変地異の期間でもある。人類は大自然から手ひどく復讐される。気候も2つに分かれ、激しい熱と激しい冷気、火と氷、大洪水と大旱魃(かんばつ)が代わる代わる地球を襲うだろう。」

「だからその中から『超人(ユーベルメンシュ)』が現われる。もはや普通の人間ではそういう危機を制御できない。それに対応するため人類は超人たちを生み、超人が世界や気候を、人間や戦争を治めることになる。
つまり天変地異の下に生きる多数者。それを支配する少数者。その陰で実質的に世界を操る超人グループ。これが、私の予知する21世紀の世界である。」

「しかし諸君、さらに重大なのは、私がいま、これを話している100年後のことだ。それを告げるためにこそ、私は今日を選んで諸君を招いたのだ。今日から100年後といえば、すなわち2039年1月25日だ。

諸君にはわからないだろうが、そのとき人類には真の究極の状況が起こっている。そのとき人類は──少なくとも、いま言っているような意味での人類は、2039年1月、地球からいなくなっているのだ。」

「それは諸君、何かの異変か大戦か災害のために、2039年、人類が残らず滅びるという意味ではない。たしかに、それまでに多くの大難が続けて起こる。1989年から1999年まで、世界は続けざまの天変地異と戦乱の中にあるだろう。そのため一部の恵まれた国を除き、多くの国が飢える。いくつかの国は崩れて燃える。毒気で息絶える街もある。

2000年以後は、それが一層ひどくなる。2014年にはヨーロッパの3分の1とアメリカの3分の1が荒廃してしまう。アフリカと中東も完全に荒廃する。結局、いまの文明は砂漠しか残さない。

しかし人類はそれでも滅びない。わがドイツの一部と米ソの中心部、日本や中国は深い傷を負いながらも生き残る。ただ諸君、それでも人類はいなくなるのだ。いまの意味での人類は、そのときもういない。なぜなら、人類は2039年1月、人類以外のものに“進化”するか、そうでなければ“退化”してしまっているからだ。」

「それをもっとはっきり言えば、人類の一部はそのとき、人類から、より高度なものに進化して、神に近い生物になっている。人類から神のほうへ進化するのだから、それは『神人(ゴッドメンシュ)』と呼んでかまわない。

残りの大部分は、これも進化なのか退化というべきかわからないが、一種の機械になっている。ただ操られて働いたり楽しんだりするだけの、完全に受動的な、機械的な反応しか示さない『ロボット人間』になっているのだ。それまでの気候異変と環境異変、政治と娯楽と食物、それから起こる突然変異が、そのようなロボットのような人間を大量に生み出す。

神人のほうも同様で、同じ原因から生まれてくる。ただ突然変異が大脳にプラスに働いて、進化の方向がロボット人間と別方向になるだけだ。その前段階の『超人(ユーベルメンシュ)』たちも、より進化して神人になる場合がある。

いずれにせよ、彼らはいまの人間の数次元上の知能と力を持つ。彼らは団結して地球を支配する。それまでのあらゆる危機や問題は、彼ら神人たちの知能と力で急速に解決されていく。」

「ロボット人間たちのほうは、それに従って生きるだけだ。これはある意味では気楽な身分だ。戦争も気候も経済も、神人たちによって制御されてしまうので、ロボット人間たちは神人たちの認める限度で、多くのものを与えられる。食物と住居も、職業も娯楽も恋愛も教育も、時には思想さえも与えられる。

ただロボット人間たちは、与えられ、操られていることを意識できないようになる。自分たちの意識では、何もかも自分で選択して勝手に生きているのだと思う。しかし、じつは神人たちがすべてを見通して、管理工場の『家畜』のように彼らを育て飼うことになるのだ。

こうして人類は、完全に2つに分かれる。天と地のように、2つに分かれた進化の方向を、それぞれ進みはじめる。一方は限りなく神に近いものへ、他方は限りなく機械的生物に近いものへ。これが2039年の人類だ。その先もずっと人類はこの状態を続ける。
そしておそらく2089年から2999年にかけて、完全な神々と完全な機械的生物だけの世界が出来上がる。地上には機械的生物の群れが住み、神々がそれを宇宙から支配するようになるのだ。」


(引用終わり)

ヒットラーと言うイメージでは、このような思想を思い浮かべることはできません。
どこまで、真実であるか解りませんが、ヒットラーでなくても、このような歴史観があることは興味深く、また概ねは現代及び未来社会を暗示している様です。

メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

Re: 未来社会を考える < ヒットラーの予言 ( No.23 )
日時: 2015/06/03 20:58
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:9lXceqzY

>スレッドの標題に合致してるか如何か判りまへんが、ワテは此のヒットラーちゅう男が、あの時代「国家社会主義ドイツ労働者党」即ち「ナチ」と言う政党のリーダーにのし上がって、その「党是」として唱えた三本柱「アーリア人優越主義」「反ユダヤ主義」「反共産主義」の内の「反ユダヤ主義}だけは中々エエ洞察力を持ってたなァ、て思てます。

更に進んで、アルカイーダ、タリバン、イスラム国の活動を正義の味方と言えば、民主主義の名において、たちまち顰蹙を買います。

これについて以前にも書いてみました。

(キリスト教における贖罪と懺悔)

「贖罪」

1 善行を積んだり金品を出したりするなどの実際の行動によって、自分の犯した罪や過失を償うこと。罪滅ぼし。「奉仕活動によっ
て―する」

2 キリスト教用語。神の子キリストが十字架にかかって犠牲の死を遂げることによって、人類の罪を償い、救いをもたらしたという教義。キリスト教とその教義の中心。罪のあがない。

※ ボーイスカウトや欧米における寄付金の立場は、これにあたります。

「懺悔」

それぞれの宗教における神、聖なる存在の前にて、罪の告白をし、悔い改めることをいう。

>仏教も懺悔

仏教において懺悔(さんげ)とは、自分の過去の罪悪を仏、菩薩、師の御前にて告白し、悔い改めること。本来はサンスクリット語で「忍」の意味を持つ。半月ごとに行われる布薩では地域の僧侶が犯した罪を告白し懺悔するほか、自恣という僧侶同士が互いに罪を告白しあう行事もあった。 また、懺悔文という偈文があるほか、山岳修験では登山の際に「懺悔、懺悔、六根清浄」と唱える。

>キリスト教の懺悔

告解はカトリック教会においては、洗礼後に犯した自罪を聖職者への告白を通して、その罪における神からの赦しと和解を得る信仰儀礼。現在のカトリック教会ではゆるしの秘跡と呼ばれている。

プロテスタント教会では罪の告白という言い方がされる。プロテスタント教会では、一般にサクラメント(礼典)とは認められておらず、また義務もない。

キリスト教では懺悔の事を告解とも言い、罪の赦しを得るのに必要な儀礼や、告白といった行為をいう。
教派ごとに概念や用語が異なっている。カトリック教会および正教会では、教義上サクラメントと捉えられているが、聖公会では聖奠的諸式とされる。プロテスタントではサクラメントとは看做されていない。


※ ここに大きな違いがあります。
仏教における懺悔は、主に修行僧が行うものであるのに対して、キリスト教では、一般の信者が聖職者を通して行う。

要するに、キリスト教世界では、懺悔さえすれば、全てが許されるのです。
ボランティア活動や寄付さえすれば、道義心など捨てても良いのです。
これがキリスト教世界、アングロサクソン世界の実態であるのですが、一般的なキリスト教の概念が、これを隠しているのです。

更に、ご丁寧にも次のようなことが言われているのです。

救い主はこのように言っておられます。

救い主はわたしたちにこう述べておられます。「見よ,…わたしは,すべての人に代わってこれらの苦しみを負い,人々が…わたしが苦しんだように…苦しみを受けることのないようにした。」
イエス・キリストはわたしたちの罪を贖うために,御自身にしかできないことを行われました。主の贖罪の効力をわたしたち個人の生活の中で完全に発揮させるには,キリストを信じる信仰を持ち,罪を悔い改め,権能を持つ人によりバプテスマを受けて確認され,聖霊の賜物を受け,神の戒めを守り,神聖な儀式を受け,主のようになるための努力をしなければなりません。主の贖罪によりこれらのことを行うならば,わたしたちは主と天の御父とともに永遠に住むためにみもとに帰ることができます。

※ 肝心要のことは、イエスのせいにして、自分たちは悪行の免罪符を手にしているようなものです。
教会に寄付をしたり、祈りを捧げたりすることで、何をやっても許されるなら、結構毛だらけ、猫灰だらけではありませんか。

もちろん、これは善良な一般信者のことではありませんが、ユダヤをはじめとした権力欲、金力欲の強い人間は、このようなキリスト教を十分に利用します。

民主主義も資本主義も、その運営においてユダ金共に完全に利用されているのです。
否、キリスト教にマインドコントロールされてしまっている、我々自身も、それを認めているのです。

メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

題名 スレッドをトップへソート
名前  「名前#任意の文字列」でトリップ生成
E-Mail 入力すると メールを送信する からメールを受け取れます(アドレス非表示)
URL
パスワード ご自分の投稿文の編集、削除の際必要です。面倒でしょうが入力をお勧めします。
投稿キー (投稿時 投稿キー を入力してください)
コメント

   クッキー保存