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[2304] 仏教を日本に持ち込んだ帰化人。彼らは古代の支配層となり、律令体制まで出来上がったが、体制も仏教もふやけて今の有り様。これが日本。
日時: 2015/07/26 18:32
名前: 青トマト ID:uHl.hH72 メールを送信する

http://web.joumon.jp.net/blog/2014/04/1705.html

新規のスレッドを立てるかどうか迷いました。

天橋立の愚痴人間様が、私に、
仏教には立脚しないのか?と問われまして、
実は、返答に困っておりましたが、

キリスト教にも依拠してはおらず、
日本の仏教受容を社会現象として、捉えるのみであり、

世界での宗教の有り様も、社会現象として、
認識対象として考えております。

従って、日本で、
仏教もユダヤ教もキリスト教もイスラムも無用と考えております。

それで、現在の私の考えるところに比較的に近くて、既にかなりの成果を上げておられる探究blogを今回はじめて探しだして、冒頭に紹介いたしましたので、是非、御高覧のほどをお願い致します。
メンテ

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Re: 仏教を日本に持ち込んだ帰化人。彼らは古代の支配層となり、律令体制まで出来上がったが、体制も仏教もふやけて今の有り様。これが日本。 ( No.6 )
日時: 2015/07/29 02:18
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:MZUOjbHE

青トマトさんが言われることは、どうも理解ができません。

国家の体制を言う場合、わざわざ律令制度に言及されて意味を以下のように捉えていました。

エジプトなどで古代国家と言うものは有力者が王になり、王政を認めさせる為に神々を作り、人々を束ねる象徴としていました。
もう少し小規模な国家では、王は部族の有力者、最強者として民を率いていました。

律令制度というのは中国で考えられ、王が統治する域内の土地も民も、全て王のものと規定し、実際の生活は王が民に土地を与え民は王に年貢を納めると言う形で、民を納得させて統治するというものです。

まあ、屁理屈ではありますが、王と民を同様の存在と決め、上下の関係を規定したものです。
時の為政者の勝手な押しつけではありますが、国家を家族のようになぞらえたものであると思います。

この場合、民のなかの有力者、つまり豪族も王の所有の一部であり、豪族と言えども王から土地を授かっていることになります。
現代流に搾取するものと、されるもの、と言う捉え方とは少し違います。


当時は経済学も民主主義と言う発想もなく、それが世界観であったのです。
実際の律令制度は、この大雑把な世界観、理念の元に、細かいルールとして作られました。
この場合、私は律令制度というものを、細かいルール、いわゆる租庸調などと言う税体系では捉えていません。
税金と言う意味では現代と同じようなものですが、その発想は随分と違います。

ところが、日本でも初めはそれでよかったのですが、藤原などという豪族が勢力を強め、唯一神(王)であるべき天皇家を上回り、王と民という枠ではなく、豪族が割って入り、基本的な律令制度の概念が崩れました。

その頃から、民は豪族の私物となり、奴隷となりました。
律令制度は、そのシステムだけが残りました。
豪族が闊歩するようになると、我も我もと自分の勢力伸ばしたい連中が出て来る中、武士階級というものが生まれたのは自然の成り行きでしょう。

そのあとは、ご存知弱肉強食、下克上の戦国時代となりました。
どちらかと言えば戦国時代の方が、世界的に見れば普通の状態であり、律令制度の理念の方が如何にも東洋らしい考え方です。
現代、民主主義、資本主義の限界と言うことは言われるようになりました。ですがそれは観念上の話で具体的な方向性さえありません。
この場合、律令制度の始原的国家観、理念、哲学と言うものは、それなりにヒントにはなるのではないでしょうか。

ところで、

>律令体制まで出来上がったが、体制も仏教もふやけて今の有り様・・・

このスレッドの表題で、このように言われている、律令制度がふやけている、と言う意味は何を指すのでしょうか。
仏教のことは、ややこしくなるので、この際は棚上げとしまして。

ふやけてと言う言葉は、否定的な意味でしょう。
それでは律令制度が輝きを失ったとか、制度のしての力が弱くなったと解釈することで良いでしょうか。
時代的に言えば鎌倉時代には、はっきりとふやけていると言えましょう。

時代が下がって明治維新を迎え、再び天皇家を形の上にせよ、国家の頂点としました。
古代であれば、全国の土地も民も天皇家に属することにすれば、律令制度の復活でしょう。

ところが実際は近代、人々も色々な知識を得て、経済、その他の分野も随分と発達しています。
なによりも西欧では民主主義が興っていて、今更神(天皇)の国などということにはなりません。
と言うことは、青トマトさんが指摘されている

>律令体制まで出来上がったが、体制も仏教もふやけて今の有り様・・・

この言葉は鎌倉時代のことをさして、嘆いて(?)おられるのでしょうか。
そうではなく、本意は明治維新後の日本の姿を言っておられると思います。

でも、律令制度などという古めかし言葉を持ち出された意味は、それでは納得できません。
しかしながら、律令制度の根底にある、民衆の国家観、人生観は、現代民主主義の結果、各人がバラバラになってしまった現代社会を見直す要素となるのではないでしょうか。
そのような意味で、我が国の律令制度はふやけた、と言う意味では理解できます。

または、民主主義でもなく資本主義でもない生き方もあるのではないかという暗示と受け止めた次第です。
私は民主主義の世にありながら天皇制を否定しないと言いました。

古代の世界観、そのものを復活できるのではなく、現代社会のアンチテーゼとしての国家観を想定する場合に使える要素かと思っているのです。

私は青トマトさんの、このスレッドの表題の言葉で、この様なことを思った次第です。

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