ホームに戻る > スレッド一覧 > 記事閲覧
[112] 余暇文明<人間性の探求
日時: 2009/09/02 13:56
名前: 天橋立の愚痴人間

「余暇のこと」

随分以前のように思われる小学生の驚愕的な殺人事件以来、次々と無意味な殺人が横行している。 また1人が突飛な事件を起すとすぐに模倣犯が現れる、報道でみる我々も慣れてしまった感がある。 また我が国の青少年の無気力さは他国に比べ目にあまるものがある。

大学生と言ってもろくに本も読めないものが沢山いるのは事実のようだ。 共通する性情は自分にとって都合の良いこと、自分が興味を持っているごく一部の事以外は、精神を集中して対処できないことである。 このようになった根本は、しつけの問題でもなく、教育の問題でもない。 またまた歴史を遡ると、遺跡や考古学的資料でしか確認は出来ないことだが、ギリシャ以前の世界で、貴族階級に属する人々は、自ら生産に従事することもなく、さりとて現代のように沢山の娯楽があるわけでなく、余暇を持て余していたように見受けられる。

彼らにとって究極の関心は人の命を弄ぶ方向へ行ったと思われる。 人同士の決闘やライオンなどとの殺し合いなどが常時行われていたことが遺跡で証明されている。 後にもたびたび起こるジェノサイド(大量殺戮)の例を出すまでもなく、時として人は人を殺す事に何の罪悪感を持たないらしい。

余暇を持て余した現代の人間が、殺人志向へはしる場合も十分考えられることである。 民主主義のなかの自由の穿き違えを云々する前に、人々と余暇の関係を検証してみよう。 古代において一部の貴族社会以外は、生きるための食料の確保や王たちのための労役で休息以外の余暇などは考えられなかった。 ギリシャ以降長く続いた封建社会ではどうであったろうか。

まず支配階級の人々にとっては、隆盛した文化・芸術の世界があった、それらを媒体とした社交の場が余暇を吸収したと思われる。 一般の人々は、生産活動のため、そんなに沢山の余暇は確保出来なかったが、簡単なゲームに興じ、遊芸を起こし、たまには巡礼などの旅をした。

各地の市民革命から始まった、民主主義・資本主義の世界になって、個人の自由な生活が担保されるようになると、それまでの慎ましやかな余暇の過ごし方は、より享楽的嗜好へ変質し飲酒・遊芸等を扱う余暇産業も隆盛となってきた。 また文化・芸術を楽しむ面でも従来の貴族たちと変わらなくなってきた。 だが一部の人を除き、人々の生活は生産活動が主体であることは間違いなく、余暇の時間はあくまでも余暇として消費されていた。

ところで現代ではどのようであろうか。 週休2日制や有給休暇など、人々は自身の余暇を何気なくは過ごせなくなってしまっている。 極端に言えば人生の三分の一は余暇なのである。 ギリシャの昔から貴族たちが味わってきた優雅と退屈と向き合わねばならない人々が沢山輩出してしまった。 さらに現代はすべてのテンポが速いので、昔の貴族が向き合っていたより数倍の余暇を消化しなければならない。 人々の基本的な生活観自体が変質してもおかしくはない。 そこでは昔の人生訓など通用しない、哲学もピントはずれなものに映ってしまう。

現代の社会は、人類が営んできた生産主体の生活から開放されかけている。 この先は、殆どの人類が労働することなく生活する空想科学小説の世界が待っている。 随分と極端な言い方になったが現代の精神的病根の本質はこのあたりまで達していると思われる。

長い前置きとなったが、現代の若者にとって誤った余暇の認識をさせない方策が必要であると思います。 前にも申しましたように、現代の子供には、働くことの意味が充分に理解できません。 その上、親を含めた成人達も自身の余暇の消化に懸命です。 就労にたいする本物の醸成できないのも無理はありません。

また親を含めて物事に真摯に取り組む大人の姿よりも、適当に余暇を消化する大人の姿をみる機会が多い子供達に物事に真摯な態度を要求するほうが勝手と言うものです。 現代の子供たちは皆、昔の貴族の子供達と同様の環境にいるのです。

しかし、この世のなかで全ての人間が貴族になったのでは社会が持ちません。 現代の大人達が今のところ取りあえず楽しんでいる余暇の問題は、このように大変な問題を内包しております。 大量の物資のなかで、労働の必要のなくなった人々が次に何を目指すのか、旅行やゴルフや釣りがあるではないかと簡単に片付けられるものではありません。

余暇を主体とした人間のあり方の研究が必要です。 経済システムと同時にこの問題を解決しなければなりません。 人間は本格的な余暇文明を醸成しなければならなくなってきております。


(追伸)

有名な歴史家、アーノルド・トインビーは、半世紀近く前にすでにこのことを指摘しています。

曰く、

「これからの人類の最大の課題は、余暇の事になるであろう」と。

とりあえずスレッドを立てさせていただきましたが、この問題は、時間をかけて話しあうべきかと思います。
メンテ

Page: 1 | 2 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

Re: 余暇文明<人間性の探求 ( No.6 )
日時: 2016/02/13 20:29
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:VvTS4FrA

文明史的転換の為のスレッドです。

「余暇」と言うものの認識を新たにしたいものです。

「余暇」は一生懸命に働いている人々にとってのみ、有意義で楽しいものなのです。

大方の人間にとって有り余る「余暇」があるとしたら、どのような生活になるでしょう。

昔の貴族の様な、怠惰な中に刺激を求め、何をしだすか解りません。

麻薬、性犯罪、強盗、殺人など理由なくやってしまう人間が多くなっていきます。

今まで大切に守っていた人間性などは、失うことになるでしょう。

苦しい人生を助け合うことの中に、人間性が育まれてきた事を忘れては行けません。

「余暇」が増えれば、余計に人生が楽しめる、と言う様な安易な考えは禁物です。

しかしながら、「余暇」が増えてくることは否めません。

「余暇文明」と言うタイトルは、そういう時代に我々は、どのように対応しなければならないかを問うことにあります。

100年も200年も経てば、そのような社会が到来することでしょう。

「余暇文明」とは、どのようなものになるでしょう。

どのようなものに、しなければならないでしょう。


メンテ
Re: 余暇文明<人間性の探求 ( No.7 )
日時: 2016/02/24 16:51
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:VeIk/lt6

万物の霊長と言いながら、人類ほど、勝手気儘な動物はいない。
そのことは、旧約聖書のアダムとイブの話の中で語られている。
自分自身の為に、神様の言うことなど従順には聞かないのだ。

同じ発送で人間自身は自分だけが大事なのである。
もちろん、倫理、道徳律で自分を制御できる能力もあるが、基本的には欲張りな動物なのである。
また、その欲張りの心が人類文化をここまで進化させることにもなっている。
普通、これを利己心と言う。

民主主義と言うシステムが容認され、自己の確立、利己心が正当化され、その後の世界の発展は、それまでの歴史の10倍、100倍の速さで進んだ。
利己心の抑制と言う問題はあっても、利己心を捨てることなど人間をやめろと言うことと同じ。
人間が人生を堪能するには、利己心の存在を認めねばならない。

認めねばならないと言って、認められない場合があるとは考えていない。
その利己心は、多くの場合、特に経済的な領域では競争心となって現れる。

結果、地位や、名誉、お金に執着することになるが、これは自然の道理であり、否定的に考える方が間違っている。
だから、市場主義経済の中で、金銭的格差が生じるのは当たりまえの事。
忌み嫌うべきことではない。

ところで、このスレッドのテーマである「余暇文明」を彷彿とさせる社会とは、どのようなものであろう。
「余暇文明」などと定義つける社会とは、物質的に豊かになりかつ、生きるために働く必要は小さくなり、余暇の時間を持て余した人々が暮らす社会のことである。

まず、食べることには苦労しない。
老後の心配もいらない。
欲しいものは、大体手にしている。

隣も、向かいの家族も、年に何回も海外旅行へ出かけている。
週に4日の休日は、ゴルフ、魚釣り、家庭菜園、陶芸など色々な趣味に手を出してみた。
スポーツジムへ通い身体づくりにも精を出している。

しかしながら、どれも、これも退屈になってしまった。
昔は、何をやっても楽しかったものが、楽しみではなくなった。
もっと他に何かないかな。

そうだ、自由恋愛と言うものに手を出してみよう。
人間の性的本能を見たそうではないか。
麻薬もやってみたい。

きっとハイになって、面白くないことも面白くなるのではないか。
あーあ

退屈だなあ
昔の生活の方が、ずっと、よかった。
生きがいを感じたものだった。
今は、誰もが同じような事をやっている。
つまらない、なあ!
これが理想郷というものなのか、ちっとも、よくないぞ。





メンテ
Re: 余暇文明<人間性の探求 ( No.8 )
日時: 2017/08/18 08:04
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:SlGXt8Ro

豪華寝台列車が運行を始めました。

任天堂のゲーム機を手に入れるために長蛇の列を作ります。

なるほど、その様な事に熱中できる幸せも幸せでしょう。

ですが、それは本当に人間社会を幸せにするものなのでしょうか。

レジャーの為のレジャーが、幸せをもたらしてくれるものでしょうか。

メンテ
Re: 余暇文明<人間性の探求 ( No.9 )
日時: 2017/09/13 10:27
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XX0BnbyE

少し理屈っぽいが余暇の概念について下記の文章を参考に考えてください。
長い文章ですが、余暇についてこれほど語っている人も珍しい。
5〜8ページにもなります。
https://www.keiwa-c.ac.jp/wp-content/uploads/2014/10/veritas21-02.pdf

はじめに
 現代日本に生きる私たちは時間の使い方に関して、多種多様な選択肢の中から、また、時には新しい発
想を得て、自己で選択し独自の生き方することができる。自らの所有する時間を何に使うのか、そしてそ
れぞれの時間をどのように組み合わせるのか、それが個人の裁量に託されている。近年、そのような個人
の裁量に任されている時間計画の設計において、「有効活用できていること」「効率が良いこと」が、様々
な活動を取捨選択する際の重要な観点とする社会的な風潮がある。私自身、大学生活において、周囲の学
生の多様性・独自性に溢れた生活やシニア学生の学習意欲溢れる生活を目の当たりにし、そのような風潮
を実感している。
 前述のような現状を見て、現代日本人の時間設計や人生設計はどのようなものか、その基礎には共通す
る価値観があるのか、という点に興味を持ち、このテーマを取り上げることとした。このような経緯か
ら、本稿では、現代日本人の「余暇時間の使い方の実態」及び、その用途を決定した背景にある「共通の
価値観」について見ていくこととする。そして、後者の「共通の価値観」については、余暇という言葉の
語源が西欧(ヨーロッパ)にあることから、西欧余暇思想を基礎としているのではないか、という仮説の
もとに論を進めていく。

 また、日本において余暇に関する研究1は、哲学、歴史学、社会学など様々な分野において行われてき
た。しかし、研究者によって余暇の定義は異なっており、加えて余暇という言葉自体が近年では自由時間
という言葉に置き換えられて使用されているという現状がある。そのような理由から余暇という言葉は馴
染みのない言葉であると思われるが、本稿においては、余暇という言葉の語源から西欧余暇思想との関連
付けをしているため、あえてこの言葉を使うことをご了承頂きたい。余暇の定義に関する詳細は第2章に
おいて述べるため、必要に応じてそちらを参照しながら読み進めて頂きたい。

第1章 余暇の定義

(1)研究方法から大別した多様な定義
 先程の日本余暇学会の設立趣旨の引用文においても述べられているように、余暇研究はもともと、様々
な学問分野において個別的になされてきたものであるため、その主題である余暇について多様な面から定
義付けがされている。多様な余暇の定義を、その研究方法の面から、@時間・活動調査、A社会史、B本
質規定(「余暇」とは何かを問う)、の三つに大別して見ていくこととする。
 まず、@時間・活動調査では、時間や行為などのカテゴリーとして余暇を定義し、その調査の対象とし
て、時間の長さ、行為の種類、行為の支出・費用、意識などが問題となる。また、行為主体である調査対
象者について、年齢、性別、職業、地域、世代、階層なども、その対象に含まれるものである。この例と
して挙げることができるのが、『レジャー白書』(日本生産性本部余暇創研、1977−)である。この本
は、1977年に創刊され、全国調査をもとにわが国における余暇の実態を需給双方の視点から総合的・時

系列的にとりまとめているものであり、現在では、余暇関連分野における需要、市場動向把握やマーケ
ティング戦略立案の基礎資料として多用されている。
 次に、A社会史は、余暇の社会史的な誕生と変遷に着目するものである。この種類の余暇研究において
は、余暇と関連する具体的な事象の歴史的変遷が辿られ、後述するBのように本質規定に重きを置かず、
本質規定は、しばしば研究の端緒に与件として置かれる、という特徴を見ることができる。
 この例としては、アラン・コルバン(1995−2000)の『レジャーの誕生』(藤原書店、2000)や、
川北稔(1940−)の『「非労働時間」の生活史』(リブロポート、1987)などを挙げることができる。
 最後に、「余暇」とは何かを問う、B本質規定は、既存の余暇研究のかなりの割合を占めるものであ
る。この例として、異なる本質規定をした幾人かの定義を挙げていくこととする。余暇社会学の権威とし
て有名なデュマズディエ(1962−1972)によれば、“余暇とは、個人が職場や家庭、社会から課せられ
た義務から解放されたときに、休息のため、気晴らしのため、あるいは利得とは無関係な知識や能力の養
成、自発的な社会的参加、自由な創造力の発揮のために、まったく随意に行う活動の総体である。”2と
いうことになる。パーカー(1971−1975)の場合は、余暇を@労働時間、A労働関連時間(生計費を
稼ぐ時間)、B生理的必要時間(睡眠・食事・選択・排泄など)、C労働以外の半拘束的活動の時間、こ
れらを一日24時間から差し引いた残余の自由時間である、としている。また、この自由時間にどんな行
為を選択するのか、という点における自由性を重視している。

(2)本稿における余暇の定義付け
 ここまで、その研究方法から三分類したそれぞれの定義について概観してきた。これを本稿に当てはめ
ると、本稿のテーマである現代日本人の「余暇の使い方の実態」を見るためには@時間・活動調査が有効
である。また、その行為を決定した背後にある「共通の価値観」を見ていくためには、A社会史、B本質
規定(「余暇」とは何かを問う)、の二面も重要な観点となる。このような必要性から、本稿において
は、テーマに応じて三分類したそれぞれの研究方法に基づく定義付けを参照しつつ、論を進めていくこと
とする。

続く。

第2章 西欧余暇思想史の概要
第3章 日本における西欧余暇思想の流入
第4章 現代日本人の余暇に関する意識とその用途
メンテ
Re: 余暇文明<人間性の探求  余暇とは その2 ( No.10 )
日時: 2017/09/13 23:11
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XX0BnbyE

第2章 西欧余暇思想史の概要

以下の文章を読んでいただく前に要約してみました。
ギリシャ時代に初めて余暇と言う概念が出来ました。
そのギリシャでの余暇とは、人間が仕事に追われるだけでなく余暇の時間をとり人間性を見つめると言う事の必要性を説いたものです。
ギリシャらしく哲学的な発想ですが、これが現代にも言えるのです。
余暇を言うと現代人でも余暇を使って自分らしく生きたいと言う答えをする人が結構います。
大体において、古代は殆どの人間が生きるために一生懸命で、休息はしても、それは単なる身体的な癒しにすぎず、余暇と言う認識はなかったのでしょう。

これが中世になると、1000年の長きに渡るカトリックの教義の権威のもとにギリシャ的な余暇の概念を追及することは下火になった。
しかしながら中世の最後と言うか、中世を終わらせたルネッサンスの運動は、それまでのカトリックの束縛をのがれる、あらゆる動きが勃興します。

余暇に関することと言えば、理想郷を仮定して、そこでは1日の労働時間を6時間にするとか現代社会顔負けの余暇論が出てきています。
ですが、このような事が現実になるまでは産業革命(近世)待たねばなりません。
近世にはいり、産業革命が起き、主な産業は農業から工業に切り替わると共に都市部へ移住する人が増え、また労働者は生産の為に長時間働かされると言う様になってきました。
ルネッサンス期の理想とは全く裏腹です。
ですが、そうした中で、今までの特権階級とは違う大衆が、過酷な労働に対して休息、レクレーションを求めるようになり、また経済も発達してきているので大衆の余裕もありました。
要約、現代に通じる余暇の概念が人々の間に充満してきました。
余暇文明のスレッドでは、この現代以降を問題にしたいのですが、とりあえずの要約はここまでとします。


(以下本論 非常に長いのでかなり割愛しています)

 日本の余暇研究を見るための足がかりとして、はじめに西欧の余暇思想史は、1960年代以降に日本において注目されている。この時期については主に第3章で詳しくとりあげるが、その足がかりとして、この章においては西欧で「余暇」がどのように意識され、どのような余暇論が展開されてきたのか、その変遷をみていくこととする。また、古代から現代までの各時代を、余暇論の特徴から三つの時期に区分し、

(1) で古代から近世まで、(2)で近代を、(3)で現代の余暇論をみていく。各時代の余暇論にどのような特徴があったのか、という点については各節の終わりで述べることとする。
(1)古代から近世
(@)古代
 古代ギリシャ・ローマ時代には、時代を代表する哲学者や政治家によって、「余暇」が日常において使われる概念としてだけでなく学問の対象として扱われ始めたことが特徴である。具体的には、当時の余暇を表す言葉である「スコレー(閑暇)」について、
このスコレー(閑暇)とは、「休息する」や「あることを止める」という意味をもち、現
代の「余暇」にあたるギリシャ語である。

古代ギリシャ・ローマ時代においては、ポリスの市民が奴隷の存在により労働を免れ、精神活動や自己充実に充てることのできる、積極的な意味を持った時間を持っていた。この、個人の自由に、主体的に使うことが許された時間を使って、ポリスに住む市民達は、会話・
討論をすることで理性(ロゴス)を発達させ、この理性を通して、「感覚的なものの背後にある普遍的、客観的原理(アルケー)を捉えようとする態度」を生んだのである。
哲学することで、これによって人間としての人格を完成させるべきである」というものである。
ローマ時代の余暇論の特徴として挙げることが可能であり、後述のようにまとめることができる。

@ すぎ去った過去、未知の未来にはさまれた現在はきわめて短い。この時間をよく生きるためにどうしたらいいか考察していること。
A 仕事ばかりにかまけていないで、暇を作ること。よけいなこと、不要なことはなるべくしないこと。
B 自分のなすべきこと、自分自身にふさわしいことを行うべき。それは「今とここ」でやるしかない。
C 暇を作って、時間を哲学することに当てるべき。余暇は善き人間になるための修行である。
D 余暇で人間の徳を磨き、個人としての道徳的完成をめざすこと。
E 余暇を個人の楽しみだけに費やさないで、余暇を社会に役立てる。公益のために貢献すること。

という面で現代に近いため、1500年を経て西欧の余暇研究者に引き継がれ、現代余暇論にも影響を及ぼしている。

続く
メンテ
Re: 余暇文明<人間性の探求  余暇とは その3 ( No.11 )
日時: 2017/09/13 23:07
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XX0BnbyE

(A)中世

 この時代は、キリスト教の権力が強くなった時期であり、思想の基礎にはカトリック哲学があった。教会権力の強力な様子について、B.ラッセルは以下のように述べている。
 最も著しいものは、教会の権力である。中世とは、紀元約400年ほどから1400年にいたる期間と考えていいのだが、教会はこの中世において、それまでかつてなかったほどに、そしてそれ以降に再びみられなかったほどに、哲学的信念というものを社会的、政治的諸状況と密接に関連させるものとさせた。
その哲学もキリスト教に近いスコラ哲学であり、個人的な余暇(人間探究)を求めるという事については熱心ではなかった(ギリシャ哲学の余暇思想は受け継がれなかったといえる)。

 やがてルネサンス時代に入ると、トーマス・モア(1478−1535)、カンパネラ(1568−1639)によ
る余暇論が登場する。この2人に共通する考えは、私有財産の禁止、社会生活の共有制度、労働軽減説、哲人政治であり、ギリシャ哲学、とくにプラトン(紀元前427−347)に色濃く影響されている内容となっている。また、異なる点は労働時間に関してで、モアは1日
6時間労働を限度とし、カンパネラは4時間を限度とした。前述の条件に基づいた理想郷を語る形で2人の余暇思想は展開した。
 具体的には、トーマス・モアが描いた理想国家「ユートピア」は、明らかにプラトンの思想を受け継いでいる。彼は、自らが理想とする国家について後述するように、綿密な設計をしているのである。まず、

(中世の理想郷)

国家全体は、周囲500マイルの島であり、この島はもともと半島であったのだが15マイル掘り起こして島にしてしまったもの、としている。農業中心の社会で、30世帯に一人の部族長を置く。また、大量のにわとりを飼育し、食事も含め、全てにおいて共同生活としている。図表1は、首都の描写で、丘の上には各都市の世帯〈600世帯〉が住み、人々は園芸を好み、庭の手入れに熱心である。
また、国民の役職は、10人の部族長の上に部族長頭領、都市頭領が位置しており、それぞれの役に就く人物は全て選挙において選ばれるのである。その他の国民は、農業の他に何か一つ仕事を身につけ、午前3時間、昼休み2時間、午後3時間のサイクルで行う。そして、仕事から解放された時間は、心の赴くままに何かの活動をする。この何かの活動については、「たいていの人は学問をする」としている。他の過ごし方としては、早朝に多種類の公開講座が開かれたり、夕食後は音楽を奏でたり、チェスをしたりして過ごす方法がある。人との付き合いについても、理想の有り様が決まっており、食事においては最上の部分は老人へ適量だけとって他は皆に分けてやり、年長者にふさわしい栄養を得ることや、会話を楽しみ、また、デザートを楽しむことを重要視している。旅行に出かけたい時には、部族長に願い出て許可を取り、友人の訪問や見物、同業者のもてなしなどをする。学問は、子供の時代に訓練を行っておき、一生の間教養学科(音楽・論理学・数学・幾何学・哲学・神学)を学ぶこととしている。宗教は、全島の各都市によっていろいろである、と寛容さを表している。信仰の対象としては、「太陽」や「遊星」などが挙げられている。
 最後に、祝日は、毎月最初と最後の日、毎年最初の日と最後の日、というように決められており、祝日には神殿に行って神への賛美を歌うこととしている。

※ 実際には労働を重視したカトリック哲学が権威を持っていて、概念だけで終わったが、労働時間の短縮など、ここでも現代社会を先取りした考え方が出来上がっています。


さて次は

(B)近世

 この時代は、科学の発展や宗教改革などが起り、近代への橋渡しとしての役割を担ったといえる時代である。このような様々な変革のあったこの時代において、3つの思想が台頭した。すなわち、
@ 性を自由に駆使すること」を重要視する啓蒙主義、
Aキリスト教的禁欲主義に対して、「この世における幸福を追求する」ことを通して反対意思を示す幸福追求の思想、
B理性偏重や合理主義などの古典主義や教条主義に対して、「感受性や主観を重視する」ことを通して対立するロマン主義である。

 これまで幅広い層への応用も視野に入れた余暇思想が現れたにも関わらず庶民にとっては、そもそも余暇が非常に限られた時間であったため、そのあり方を問う余暇思想は必要とされなかった。
しかし、この時代にその余暇時間にゆとりのある市民階層が出現し、都市において本格的に余暇活動を展開することになったのである。アカデミー設立、サロン増加、コーヒーハウスの誕生など、市民は知的好奇心をかつてなく募らせその流行に夢中になった。この時代においてかつてなく広い層が余暇時間を獲得したのである。
しかし、この時期に主立った余暇思想は現れていない。だが、これまでの余暇思想の継承という面では、ルネサンス期に展開した「理想郷」の思想がフォントネル(1657−1757)などにより継承されており、全く余暇に関する研究がなされなかったということもないということは補足しておきたい。

(2) 近代

 この時代は、庶民の労働形態、生活形態が大きく変化をした時代であった。19世紀初頭の社会につい
て、F.ドル−シェは以下のように述べている。
 19世紀初頭のヨーロッパは依然として、基本的には農業国であった。しかし、その後、100年間の間に、工業文明に取って代わられることとなる。

工業化の促進と資本主義経済の進展は人々に苛酷な労働条件を押し付けるようになる。
都市へ流入した人々をはじめとする労働者階級の人々は、一日12時間労働が当たり前で、年少者も同じ条件で働かせるといった厳しい条件で生活していた。また、住宅も劣悪な場所に住む者が多かった。やがて、この長時間労働が健康を害することが問題化して、1802年、初めての時間短縮の労働法(工場法)がイギリスで制定され、一日10時間労働が推奨された。この状態を是正するために、イギリス各地では公共の遊歩道や公園が積極的につくられた。大きなものでは中心にクラブハウスがあり、住民が集まって集会を開くこともできた。このように労働時間短縮へ動き出したことに加えて、環境の整備も行われたことで、19世紀の中ごろからは労働者階級にも余暇の過ごし方の変化が訪れた。

紆余曲折はあったが、この時代では、これまで特権階級にのみ許されていた余暇がいよいよ庶民の手に入りつつある時代であり、それに伴い、これまでに現れた余暇思想がその価値を見いだされ始めたのである。


(3)現代余暇論の動向 

 この時代の余暇研究は、子供・青少年・女性などのライフステージ別に行われたり、レクリエーション研究として行われたりと、かつてなく活発に展開された。1958年には、幾人かの余暇研究者が協力し合い『マス・レジャー論』(和訳:紀伊国屋書店、1961)が刊行された。『マス・レジャー論』では、「産業社会と仕事」というテーマで労働者を対象とした余暇の過ごし方の社会調査を基にした研究など、様々な研究者による余暇論が掲載された。『マス・レジャー論』の序文では、台頭してきたアメリカの余暇問題について次のような問題意識を投げ掛けている。
 社会現象としての余暇などといっても、それを全く持っていない多くの種類の人々がいる。余暇があり、いつもそれをどうしようか、と意識し考えているようなわれわれ自身の社会文化のなかにおいてさえ、「あそぶ」ことができず、いつも起きるとすぐ仕事に取りかかり、猛烈に働きずくめで働いて人生行路を終わってしまうような人に、たえずお目にかかることができる。・・・降り注ぐ太陽のもとで眠りこけている日雇い労働者(南米あたりの)の姿が、自由にできる時間は持っているが、「余暇」は持たない人間の完全なるイメージを表している、といってもよいでしょう。

 ここでは、急速に大衆が余暇を手に入れて使い方が分からずにどうするかが心配されており、手に入れた余暇を楽しむ意欲と、その享受能力が無いために主体的に余暇を活用しようとする姿勢が生まれてこない状況を危惧している。また一方では、余暇において昔から存在する、一部の有閑階級と非有閑階級の格差は縮小しない、という点を問題視してもいる。この『マス・レジャー論』は一例に過ぎず、各国で様々な面からの余暇研究が活発に展開されていくこととなる。

(第2章終わり)続く
メンテ
Re: 余暇文明<人間性の探求  余暇とは その4 ( No.12 )
日時: 2017/09/17 14:45
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:NF3JZKic

さて第三章ですが、幕末から西欧化が入って来てから現代までの余暇の経緯をたどっているだけでして、特に問題とする記述はありませんが。私たち自身の歴史を追認するために、そのまま転載します。
ざっと読み飛ばしていただければ良いかと思います。


第3章 日本における西欧余暇思想の流入

はじめに

 第1章においても述べたが、西欧において庶民が本格的に余暇時間を手に入れ余暇思想に価値を見出した時期とは、産業革命によりその労働形態が変化した時期であった。では、日本において庶民が本格的な余暇時間を獲得することが出来たのはいつからであったのだろうか。
 また、日本では1960年代後半から1980年代前半までの時期に、西欧余暇思想を基礎とした「余暇」を主題とした研究が主に社会学者、余暇政策に関わる研究者によって展開された。
 しかしこの余暇研究の盛り上がりは約20年間に止まり、1980年代後半以降その勢いは衰えていくことなる。
 本章では、かつてなく余暇論が盛り上がりを見せたこの時期について、どのような背景からこの時期に展開したのか、また、具体的にどのような研究がなされたのかを見ていくこととする。

(1)時代背景
 まず、日本において庶民が余暇時間そのものを確保した経緯を簡潔に述べることとする。日本において余暇を個人的に楽しむということは、西欧における場合と同様に、長年特権階級のみに可能なことであった。この余暇が庶民にまで下降してくる時期として、江戸時代が挙げられることが多い。

この理由は、江戸時代が幕藩体制の下に安定していたことや、そうした時代背景の下で多様な「遊び」の面で庶民文化が発達したことなどから、この庶民の余暇の前史として挙げられることの多い江戸時代の遊びだが、日常的に遊びに触れることが出来た人は江戸を主とした都市住民に限られていたと考えられる。では、大多数の庶民が余暇時間を手に入れ、そのあり方について考えるようになったのはいつ頃からなのかを後述するこ
ととする。

 日本人の労働体系が変化したのは、明治時代に西欧諸国からの学びを活かした「殖産興業」の政策の主導で、それまでの農業中心社会から工業産業中心社会へと転換した時期である。また、日清、日露戦争、第一次世界大戦によって重工業が発展し、資本主義が発達した。
このような労働形態の変化と特殊な好景気により、ある程度安定した定期的な収入を得ることのできる中流階層が増大した。このような状況をうけて、当時の日本の人口1億人の大多数が自らを中流階層であるとする、所謂「一億総中流」という意識を持つようになったのである。
また、第二次世界大戦敗戦後には、世界的な労働時間短縮と余暇の量的拡大の動きが日本にも波及した。この動きは、大正デモクラシーにおいて育まれたといえる団結権やストラ
イキ権などの社会権を行使する力が、戦後のGHQの民主化政策の下で政府から後押しをされたことによって高まりを見せることとなる。
実際に、1947年には「労働基準法」が制定され、労働者の年次平均労働時間は、戦時下の最大3500時間に対して2200〜2400時間へと減少している。
 前述のような経緯から、社会において余暇を持つ大衆が出現し、国は彼らの余暇の使い道に新たな市場を見出し、余暇開発政策が進められ、これに伴う余暇研究がなされた。具体的な研究内容については、
(2)具体事例において詳述することとする。
 また、余暇政策が開発されたもう一つの要因として、外国からの圧力という問題に対応するためであったという点が挙げられる。当時、高度経済成長の時代にあった日本の経常黒字により、日米間の経済摩擦をはじめとする各国との経済協調が課題となっていた。その対応として日本の労働者の労働時間短縮が進められ、それに伴う余暇時間の増大に至ったのである。これに加えて、既に余暇研究が盛んであった欧米諸国を中心とした国々によって、啓蒙的な面から余暇の増大が求められていた、という要因があったことを補足したい。

 次に、先程述べた余暇開発政策のための余暇研究者の他に、社会学者を中心として余暇研究が活発に展開したことを見ていく。この背景としては、以下の要因を挙げることができると考える。当時は高度経済成長の時代を迎えており、そのダークサイドとして、長時間労働や労働環境の悪さなどが社会的問題となっていたという点である。このような労働環境においては労働者が機械的に働く「道具」のような存在になり、その人間性を失ってしまうのでないかと危惧される中で、余暇の時間の必要性と、そのあり方が研究されたのである。つまり、社会学者による余暇研究は、どちらかというと「社会問題としての余暇」
として研究されたと考えられる。
 ここまで、1960年代後半から1980年代前半までの時期に、国によって余暇開発政策が進められたり、社会学者によって社会問題の面から余暇研究がなされたりした背景を述べてきた。次に、具体的にはどのような余暇研究がなされたのか見ていく。
(2)具体事例
(@)余暇開発政策のための研究
 政府による余暇開発政策により、その研究にあたり団体の設置や余暇に関する意識及び実態調査などが行われた。具体的にはどのようなことが行われたのか、いくつかの例を挙げてみる。まず、余暇開発政策に伴って設置された団体の例としては、1972年に経済企画庁により設置された「余暇開発室」や、同年通産省により設置された余暇開発産業室と、この外郭団体として設置された「財団法人余暇開発センター」、他には1974年に文部省の外郭団体として設置された「財団法人日本余暇振興会」などが挙げられる。これらのシンクタンクは、高度経済成長後の国民の余暇について、その実態や余暇に対する意識の調査を行った。

 次に、余暇に関する意識及び実態調査では、1968年に消費者庁の国民生活審議会において「余暇問題の現状と将来方向性」に関する調査を行い、その報告を行っている。また、1971年には総理府による「余暇に関する世論調査」や消費者庁の国民生活センターによる「余暇満足調査」などが実施、報告されている。
 ここまで、政府のシンクタンクとして設置された団体について見てきたのだが、完全に政府の主導する団体による研究だけでなかったことを補足したい。例としては、全国農協環境協会によって農家を対象とした意識及び実態調査が行われており、その結果を『農家の余暇・旅行白書』5にまとめ1970年から度々刊行している。他にも新聞社による調査など、必ずしも政府主導でなく民間団体による調査や調査結果の社会への公表の行われていたのである。
(A)社会問題解決のための研究
 1969年刊行の『講座日本の将来5−余暇時代と人間−』の日本社会の現状と将来を述べた序文において、この時期の余暇を主題とした研究の盛り上がりが述べられているため、以下に引用する。
 この巻は…社会を取り扱うのが役目である…本書においては、新しい時代の趨勢を最もよく代表している余暇の問題をとりあげ、…余暇時代の動向と課題とを重点的に追及した。…まさに現代は余暇時代であり、こうした趨勢は、…今後ともほとんど確実に進行していくであろう6。
 この序文からは、余暇研究の盛り上がりが読み取れると同時に、当時の社会学者達が、余暇研究について、時代を経ても続いていく普遍的な主題であり続けると感じていた、というこの時期の余暇研究の特徴が伺えるのではないだろうか。では、実際にどのような余暇研究が行われたのだろうか、以下のように考えられる。「余暇」とはそもそも何であり、その本来的意義とは何か。初期の余暇社会論には、「余暇」を主題として論じながら、その意義を再び「労働」の側に位置付ける傾向が存在していたが、やがて「余暇」の本質規定ないし本来的意義として「自己実現」が顕著に浮かび上がってくる。
 この考察から、1970年代の余暇論では、労働において機械化・組織化が高度に進む社会背景から労働者の人間性が失われることを危惧し、余暇を個人の主体性の自由に委ねられた時間として「自己の発掘」や「将来設計」を立てて自己実現のために活用するべきとする「あるべき姿」の追及が主流となっていたことが分かる。また、その余暇思想の基礎には、「人間の完成」を目指した。このように余暇のあり方が言及し、より良いあり方を啓蒙していったという特徴の一方で、当時の余暇の現状を分析し、そこから何か特色を得ようとする研究はあまりみられないこともまた、この時代の余暇研究の特色といえると考え
る。
(B)厚生運動論と余暇社会論
 本章においては、日本において余暇が研究主題として広く取り上げられた時期として、前述の時期について取り上げて来た。しかし、主題としてではないが、この時期以前にも、日本において余暇が社会的な問題とされた時期が存在するため、ここで取り上げることとする。この、日本における余暇研究のはじまりは、日本社会の近代化がある程度進んだ1920年代と見られることが多くある。都市において、工場やオフィスで働く近代的な労働形態の人々が増加し、また、週休制の浸透が進んだことにより週末の余暇が生まれ、様々な余暇活動が活発に行われるようになるのである。例としては、東京の浅草、大阪の道頓堀
などの「盛り場」には活動写真の店や飲食店など存在し、多くの人が訪れた。このような庶民の様子について、「民衆娯楽」という面から研究する研究者があった。

 前述のように、日本独自の余暇研究のはじまりと言えるものはあったが、その後の日本社会では昭和恐慌に続く経済不振や、その解決として模索された大陸侵略、といった不安の時代に進み、この先駆的余暇研究は伸びやかな土壌で育まれるには至らなかったのである。むしろ、国民生活への統制色を強める政府は、余暇を「国家に奉仕すべき時間」と見なし、ドイツのナチズムが開発した歓喜力行運動(余暇における国家奉仕を目的とした運動)に倣って、「国民厚生運動」へと、発展していくのである。この動きの中に合って、民衆娯楽の研究者の多くが、国民厚生(レクリエーションの訳語とされた)運動の研究を担うようになっていったのである。

 しかしながら、このように政府の国民統制質の良い労働力の確保を目的とした社会風潮の中で、「国民生活論」を主題とする一部の研究者達が、余暇生活の擁護を主張していた点は、補足しておきたい。具体的に彼らが行ったことは、戦時経済の中で拡大される労働時間に対して、休息のあり方についての研究である。
 労働時間が大幅に延長されたならば、それに見合うだけの休息を取得しなければいけないはずだが、実際には、休憩を犠牲にしても、楽しみとしての余暇時間は減少しない。彼らは、このことを実態調査から結論として見出しており、楽しみとしての余暇を、人間の文化化的な欲求として、欠くことのできないものとして位置づけている。
 ここまで概観した、この時代の余暇研究は、戦後になり、「労働科学研究所」の生活時間研究に引き継がれていく。また、「生活学」と呼ばれる新たな学問としても、引き継がれていくこととなる。
メンテ
Re: 余暇文明<人間性の探求  余暇とは その5 ( No.13 )
日時: 2017/09/17 14:53
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:NF3JZKic

紹介する文章の最後です。
第4章は、現代の余暇に対する分析です。
この文章も、どちらかと言えば学者氏が、行政に依頼されて書いたようなものなので、分析以外に出る事は無いようです。
そういう意味で、このスレッドの言いたいことではありません。
とりあえずは紹介して、そのご「余暇」の問題を検討してみましょう。
この中で、少し目を引いた内容に。
「○○活」を余暇の有り様の一つに取り上げている事です。
こんな事を言えば叱られるかも知れませんが「ボランティア活動」「NPO活動」も余暇の有り様と」認識すれば良いかとも思いました。


第4章 現代日本人の余暇に関する意識とその用途

(1)近年の研究動向

 まず、近年の日本の余暇研究はどのように進められてきたのかを見ていくこととする。
 1978年に行われた、「第一回実態調査」の結果における余暇研究者120名の専門分野の内訳は後述の通りであった。
@ 治・法律・経済・労働(20.3%)、
A観光・レクリエーション(28.8%)、
A 社会学・心理学・教育学(18.0%)、
B 園・建築・都市計画(16.5%)、
D育・スポーツ・生理(11.3%)、
Eその他(15.1%)。このように、極めて多岐にわたる分野の研究者が余暇を主題とした研究にアプローチしている。また、各種の実態調査や意識調査の結果は、『レジャー白書』や、『農家の余暇・旅行白書』などの定期的な刊行により公表がされてきた。

(2)具体的な用途
 余暇の具体的な使い方を見ていく資料として、最新の動向を見るために適しているものは『レジャー白書』の2013年版であると考える。この調査研究は、余暇活動調査等をもとに、日本における余暇の実態を、需要と供給の双方の視点から総合的、時系列的にとりまとめているもので、1977年の創刊以来通算37号目になっている。調査方法は、インターネットを使用した調査で、対象としているのは日本全国の15歳から79歳の男女である。
 同書では、日本人の余暇活動の現状について、避暑や避寒、または温泉などの目的で国内観光旅行に訪れる人が5670万人と、前年に比べて90万人増加しており、二年連続で他のレジャーと比べて最も参加人口が多かったことを述べている。また、前年比が90万人増加した背景として、東京スカイツリーの開業を挙げている。

この他には、各地のテーマパークが人気であり、遊園地の参加人口は、前年の2100万人から110万人増加して2210万人となっている。また、この調査研究においては、デジタル化時代に伴い、今回初めてSNS、ツイッターなどを利用した余暇の過ごし方についても、「デジタルコミュニケーション」への参加人口、という枠を設けて調査している。

この結果を見ると、その参加者は2510万人にのぼっており、この分野に関してこれまで調査の対象として扱っていなかったことは、時代に即時対応しているとは考えにくい。さて、ここまで見て来たような参加側から視点を変え、提供する側である余暇関連産業の市場を見ると、2012年は64兆7272億円となり、これは前年比0.3%でほぼ横ばいに推移していることが述べられている。

目新しい動きとしては、遊園地を含めた旅行に訪れる人の増加や乗用車の売上の増加により、「観光・行楽」の部門が、1991年以来の4%台の大きな伸びとなっていることが挙げら
れる。

 次に、ここまで見てきた「余暇を使いどのような行為を行っているのか」についての調査結果を踏まえて、余暇を使った活動について、「やめる理由」と「はじめる理由」を調査していることを取り上げることとする。この調査では、余暇活動の主役になる年代層が、これまでの10代から60代以上に変化していることが、調査結果として述べられている。

そして、それぞれの理由については、「やめた理由」が、「年齢や健康、体力に合わない」や「費用が負担できない」などが多く、「はじめる理由」は、「テレビ、ネット、新聞などを見て」や「周囲の人がやっているから」というものが多いという結果が出ている。この結果からは、「はじめる理由」がメディアを中心とした外部からの情報発信に乗じたものであることが分かる。

 このメディアの余暇開発の発想は、1960年代後半から1980年代前半に、日本において盛んに研究された余暇の本質規定的な研究を基礎とした余暇開発政策があるのだろうと考えられる。しかしながら、当時の研究では、「人格の完成」のために余暇を使うべきだとした西欧余暇思想を基礎としつつ、その本質を探求し美点を日本人の性質に合った形で規定することは無かった。本質規定された余暇を実現する方法がクローズアップされ、社会で流行しているように考えられる。

(3)例としての「○活」

 ここまで『レジャー白書』の内容に沿って、余暇の用途について見てきたが、ここからは、余暇の用途の選択の際に、「いかに有効か」、「いかに効率的か」という判断基準を持つ、現代日本人の余暇活動を見ていくこととする。例としては、近年流行となっている、「○活」というように略されている、様々な活動について取り上げていく。

具体的には、就職活動の「就活」や、朝の出勤前の時間を有効活用して勉強や非日常的な体験など種々の活動を行う「朝活」、「婚活」、「恋活」、最近では意識的に泣く機会を設けよ
うとする「涙活」まで存在している。もはや、言葉尻に「活」を付けるだけで、何でも流行してしまいそうな風潮がある。

 ここまで挙げた幾つかの例のように、余暇の過ごし方について取捨選択する際の選択肢は、メディアを中心とした外部から並べられたもので、涙のような生理的現象まで活動として捉える、という特徴が見られた。そのような現代日本人の余暇は、「何でも自由に選択できる環境が逆に息苦しい」というような、自由すぎる社会の揺り戻しのような問題点も見えてくる。

 「余暇時間の使い方の実態」及び、その用途を決定した背景にある「共通の価値観」について、主に
@ 時間・活動調査、
A 社会史
B 本質規定(「余暇」とは何かを問う)、という三つの観点から見てきた。

そして、この余暇開発政策が進められた背景には、主に1960年代後半において、「物の豊かさから心の豊かさを重視、追求」するようになった国民のニーズに応えることや、国際社会に復帰した日本として「労働時間短縮、自由時間の増大」を達成し余暇の価値追求をする国際社会の風潮を乱さないように配慮したこと、また、経済摩擦の緩和などの外圧への対応ということがあったのだと考えられる。

 また、前述の余暇開発政策は当時余暇研究の最先端であった欧米に倣ったものであった。しかし、この日本における余暇研究の広まりは、前述のような理由から、急激に増大した余暇の使い道への対応のため、実質的な対応としてレジャー施設の設置などの環境整備に偏ってしまった傾向が見られる。このために、「観想のための余暇」を重視した古代ギリシャ哲学に源流を持つ良さを活かしきることができていない面もあると考えている。

また、の実態を通して、失業などにより増加するや、自由すぎる社会の圧迫感を持った面、など幾つかの問題も顕在化した。今後の余暇研究はどの方向に向かい、社会にどう反映されていくのか、観察していきたい。

 本論文を作成するにあたり、様々なご指導を頂きました神田より子先生に深謝いたします。また、多くのご指摘を下さいました神田ゼミの同期・後輩の皆様をはじめ、ご支援いただきました方々に心から感謝いたします。
メンテ
Re: 余暇文明<人間性の探求  余暇とは ? ( No.14 )
日時: 2017/09/17 15:29
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:NF3JZKic

「余暇」と言うテーマを捉える時、人間の意識と言うものに言及しなければなりません。

「人間は考える葦」とパスカルが言ったように「我思う故に我あり」とデカルトが言ったように、人間と言う存在の特徴は思考が発達している事です。
また我々の意識は希薄になっているようですが、たの多くの動物と同じ様に人間も群れを成して生存することが必要な種族なのです。
こうした最大の特徴、本質を無視するわけにはいきません。

次に人間の思考、要するに考える事とは、最新の医学で証明されているように、知覚により構成されているのです。
宗教が言うように考える主体が(魂)が初めから宿っている訳ではありません。

人間を、ある特殊な環境に閉じ込めて置区事によってその人間の人間性自信が変わるよいいます。
ただし、その環境に入るまでの意識は残るでしょうし、その分の継承は否定できないでしょう。

何が言いたいかと言えば、人間は働く事に埋没する生活を続けていれば、他の生活、休息、レジャーなどに思いを馳せます。
西欧の中世は1000年もの間、キリスト教教義に束縛され続けてきました。
ルネサンス(人文復興運動)は、中世の後半、その反動として激しく登場しました。

哲学はある種の価値観を追究する傾向がありますが、人間の思考と言うものは、ある絶対的価値観に基づくものでなく常に環境に影響されている証拠です。

また人間の欲望には限りがなく、知覚のなれは、ある種の欲望に満足するとさらなる刺激を求めて、その上の欲望を意識します。
反対に地獄と言うものにも限界はありません。
これが地獄だと嘆いていても、その人の心の有り様によってはさらなる悲劇が続くと言う事は実例で御分りでしょう。

何を言いたいかと言えば、現在では好ましく思われている「余暇」の概念も、受け取り方を間違がえれば、悲劇を招きかねないと言う事です。
「余暇」の問題は前に紹介した文章の様に、時間の問題でもなく、内容の問題でもないのです。

キリスト教教義に対する反動として、人間復興が囁かれたように
封建独裁から民主主義が希求されたように
労働の中からレジャーが意識されたように

物事は、人間の思考に基づく物事は、常に二面性、多面性をなしている事を見逃してはいけないのです。
それを一つに集約することは、キリスト教教義の世界であり、封建独裁なのです。
その逆もあります。
民主主義が万能と考えられがちですが、民主主義の矛盾も各所に噴出してきています。
無宗教が人間社会を救えると言う保証は何もありません。

ですから「余暇」の問題の本質を探るならば、必ず対立する概念と合わせて認識する必要があります。
この場合は「労働」と考えるのが良いと思います。
「労働」以外に何かがあれば、それでも良いのですが、頭の中の考えだけではなりません。
故に、先に紹介した「余暇論」は事実の分析だけのことであり

アーノルド・トインビーが警鐘した内容を検証するものではありません。

「これからの人類の最大の課題は、余暇の事になるであろう」

この言葉に対比するものとして

20世紀の人類の課題は「貧困」であったと言っておきましょう。


いずれにしても「余暇」問題は、
これではないと言う定義が出来ただけで、新しい領域に踏み込んだ訳ではありません。


メンテ
Re: 余暇文明<人間性の探求 ( No.15 )
日時: 2017/09/17 16:36
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:NF3JZKic

さて、つぎに古代ローマでの余暇についてみてみましょう。

古代ローマの遺跡として、コロセウム(闘技場)、大浴場、大劇場などが神殿などと共に残っています。
ローマの市民の生活とは、各地を植民地化して、大量の奴隷もローマに連れてきています。
殆どの実際の労働は奴隷に任せて、家事すら奴隷にやらせています。

貴族もそうですが、少なくともローマに住みつく事を許された市民は、住宅、食料など必要なものは皇帝から支給され、簡単な管理職に突くだけで、およそ時間を持て余す優雅な生活に浸っていました。

まず、食べることに執心し、腹いっぱいになれば、態々自分で吐き戻し食べることを続けたと言います。
コロセウムは、罪人の公開処刑場で数万人が処刑を見に集まったと言います。
処刑だけでなく、決闘も好まれみんなの前で命のやり取りをしていました。
さらには、罪人、奴隷を野獣と決闘させたり、奴隷同士決闘させて、それを見ることが楽しみでした。

家庭においては子供などは自分が楽しむ邪魔だけの存在で、子供を産むことを嫌い中絶が横行し、ために少子高齢化に悩んだそうです。
当時はゴルフ、ボーリングなどもなく、ゲーム機もありません。
さの変わり大劇場を造り観劇をしています。豪華な大浴場も作り入浴を社交と考えています。

市民の生活自体は保障されていたので政治に関心を持つ者などいません。
どのように考えてもまともな生活ではありません。

<< 現代に生まれた人間の精神生活の癌の一つは、精神的緊張の低下であって、ごく少数の選ばれた人びとを除き、我々はみな、弛緩した日々を送っている。仕事においても、気晴らしにおいても、我々がもっぱら目標にしているのは、人気取りと享楽である。全心を自分のしている事に打ち込み、本当に手に入れる価値のある承認を勝ち取ることのうちに見いだされる、真の精神的財宝を得ることに、少しも関心をもたない >>

上は1〜3世紀のヘレニズムの批評家の文章で、時代も場所も違いますが古代の一部の豊かな人間の社会をえがいた文章です。
「余暇」→楽しむことよりも、社会全体の有り様としてみれば、これがユートピアとは、とても思えません。

なをかつ、当時は、このような「余暇」を持つ者の周囲には、それに倍する奴隷がいて、奴隷は余暇どころは一生懸命に働かされていたのです。
当時の裕福な市民と言え、奴隷の存在は目の当たりにし、自分たちの特権意識はありました。

現代は民主主義の社会、その社会の発達で多くの人が必死で働くことなく、週休3日、4日と言う有り余る余暇の時間を獲得した場合、それが当然だと思い込み、それ以外の生き方は目に入らず「余暇」だけを見つめる状況になる事が人間にとって幸せなのでしょうか。

私たちは、私たちの次元で余暇を考えます。
多くの人は「余暇」を肯定的のみに見て歓迎しています。
ギリシャの哲人が考えたように、人生を見つめる機会と喜びます。
何年、見続けるつもでしょう。

でも、それは、少なくとも私たちは労働と言うものも十分に理解した上での観念です。
生まれながらに余暇時代に生きる将来の若者のことも考えた結論でしょうか。

やはり人間は基本的に生きるためには一生懸命に働かねばならず、余暇は、その休息であると言う前提を崩してはいけません。
余暇に哲学的意義を、必要以上に求めることも間違っています。
余暇に哲学的意義を求めるよりも、自分が働かねば家族を養えないと思う方が、余程生きる価値を見出すことにつながります。

それでもね、実際には殆どの人が全員、必死で働かなくても生活に必要な生産ができるようになっている事が気になります。
そこを、どの様にみんなに納得させて、仕事に向かわせるかです。
人間はアダムとイブの時代からずる賢いものです。
中途半端な説明で、殆どの人間が仕事に真剣で向き合わさせることは出来ません。

余暇と労働の問題を、もっと、もっと探求しなければなりません。
メンテ

Page: 1 | 2 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

題名 スレッドをトップへソート
名前  「名前#任意の文字列」でトリップ生成
E-Mail 入力すると メールを送信する からメールを受け取れます(アドレス非表示)
URL
パスワード ご自分の投稿文の編集、削除の際必要です。面倒でしょうが入力をお勧めします。
投稿キー (投稿時 投稿キー を入力してください)
コメント

   クッキー保存