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[1708] 憲法改正について(アメリカとドイツの憲法との比較)
日時: 2013/03/08 18:20:28
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:1362734428

<憲法改正>96条論議が活発化 参院選後にらみ各党思惑
ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130307-00000108-mai-pol

安倍晋三首相が掲げる憲法96条改正による改憲発議要件の緩和に向け、与野党の動きが活発化している。首相が会長を務める超党派の議員連盟「創生『日本』」が96条改正を視野に活動を再開し、民主、日本維新の会、みんなの3党有志も7日、勉強会の設立を決めた。改憲発議に必要な衆参両院の3分の2以上を確保する土台作りのほか、賛否両派が混在する民主党を分断する狙いもちらつく。参院選後の枠組みもにらみ、各党の思惑が入り乱れている。

(引用終わり)

馬鹿、クソ、邪宗信者、愚劣首相、安倍が憲法96条の改正を言い出した。
9条改正が目的であろうが、此処は今一度、我が国の憲法と言うものを俯瞰していただきたい。

日本国憲法全文は、次のサイトを見てください。
ttp://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html

これに対して、次に、アメリカ合衆国憲法とドイツ共和国憲法を紹介しますので、日本国憲法との違い、善し悪しを判断してください。

憲法改正論者には、アメリカが作ったから改正が必要と言うものがいますが、何処の誰が作ろうと立派なものは立派なものです。
悪く改正する必要ないと思います。

9条の文言については、慎重に検証することも必要でしょうが、アメリカが作った、云々は関係ありません。
我が国、国民としての判断が必要でしょう。
メンテ

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アメリカ大統領の就任宣言と憲法 ( No.38 )
日時: 2016/09/13 13:07
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XP.9ekhY

下記の合衆国憲法の条文に基づき宣誓が行われる。 

連邦議会前で最高裁判所長官が読み上げるのに続いて、大統領が右手を挙げ、復唱する形で宣誓を行う。
I と do solemnly の間に大統領の名前を入れ、swear (誓う、宣誓する)を用い、宣誓の最後は So help me god. (「神に誓って」) で
しめくくる。 

I (ex. Barack Hussein Obama) do solemnly swear that I will faithfully execute the Office of
President of the United States, and will to the best of my Ability, preserve, protect and
defend the Constitution of the United States. So help me god.

The Constitution of the United States of America Article II. Section 1. Clause 8.
Before he enter on the Execution of his Office, he shall take the following Oath or
Affirmation:--"I do solemnly swear (or affirm) that I will faithfully execute the Office of
President of the United States, and will to the best of my Ability, preserve, protect and
defend the Constitution of the United States."

アメリカ合衆国憲法 第2条 第1節 第8項 (大統領の宣誓義務)
大統領はその職務の遂行を開始する前に、次のような宣誓あるいは確約をしなければならない。
「私は合衆国大統領の職務を忠実に遂行し、全力を尽して合衆国憲法を維持、保護、擁護することを厳粛に誓う(あるいは確約する)」。

下記サイトで就任式の宣誓を動画で見ることができる。 

YouTube 
http://jp.youtube.com/results?search_type=&search_query=oath+obama  (2009/01/27確認) 


(引用終わり)

ここで言いたいのは

「私は合衆国大統領の職務を忠実に遂行し、全力を尽して合衆国憲法を維持、保護、擁護することを厳粛に誓う(あるいは確約する)」

自民党の憲法改正案のように、国民に憲法を尊重させるなどとは、言っていない。


メンテ
Re: 憲法改正について(アメリカとドイツの憲法との比較) ( No.39 )
日時: 2016/12/26 01:09
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:S8Zvs7uo

UP
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Re: 憲法改正について(アメリカとドイツの憲法との比較) ( No.40 )
日時: 2017/05/05 10:39
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:fOW4Yz7o

2020年には憲法を改正しようとする動きが高まっている。
何かといえば、現憲法はGHQに押し付けられたものだと言う。
それは一部の改憲論者、右翼の言う事であり、国民は、その真実をしっかりと認識しなければならない。

その憲法制定の経緯について一文を紹介します。

日本は、1945年8月14日に「ポツダム宣言」を受諾し、翌15日「玉音放送」によって国民に終戦を知らせました。
米英中3国が署名した、このポツダム宣言には、「無条件降伏」「武装解除」「戦犯の処罰」などと共に、「日本の民主主義的傾向の復活・強化」「日本経済の非軍事化・民主化」そして、「国民の自由な意思による、平和的傾向を有する、責任ある政府の樹立」が掲げられていました。
一言で言えば「民主化」です。

■ 治安維持法すら温存を図る日本

こうした「民主化」は、「天皇制国家主義」「下位法で『臣民』の自由・権利をいくらでも制限・抑圧可能」「不十分な帝国議会の構成」などの特質を持つ、明治憲法(大日本帝国憲法)を温存していたのでは実現できないものでした。
しかし、ポツダム宣言を受諾しながらも、当時の日本政府(東久邇宮稔彦内閣)の動きは極めて鈍いものでした。
例えば、明治憲法下の自由抑圧の象徴として悪名高い「治安維持法」「特高警察」の廃止すら考えていませんでしたし、その治安維持法によって思想犯・政治犯とされた人々も拘束されたままでした。
結局は、1945年10月4日のGHQ(連合国最高司令官総司令部)指令「政治的・宗教的・市民的自由の制限の撤廃に関する覚書」によって、治安維持法・特高警察などが廃止されたのです。
敗戦処理政権として登場した東久邇宮内閣はこのとき崩壊し、幣原喜重郎内閣が誕生することになります。

■ 日本政府の改憲作業

この幣原内閣のとき、二ヵ所で明治憲法の改正作業が始まります。
一つは、東久邇内閣副総理を務めていた近衛文麿氏が「内大臣御用掛」として開始したものですが、これは、内大臣主導でこうした作業が行なわれることに批判が続出し、頓挫しています。
もう一つは、政府が国務大臣の松本蒸治氏を委員長に据えた「憲法問題調査委員会」によって行なわれたものでした。
しかし、ここでの作業の基本的方針も「明治憲法を温存し、若干の手直しを」という極めて不充分なものでした。
彼らは「戦時下の自由抑圧は、『統帥権独立』を悪用した軍部の暴走や、治安維持法に象徴される悪法など、憲法からの逸脱に原因がある」と主張しました。

しかし、こうした主張は、「軍部による政治支配」や「悪法」をチェックできなかった、それどころかこうした「悪法」が「合憲」としてまかり通るという、明治憲法の「重大な欠陥」から、目を背けるものでした。

■ 民間の憲法草案

明治憲法の見直しは、政府によって行なわれたものだけではありませんでした。
戦後、いくつもの政党が、禁止を解かれて復活したり、新たに結成されたりしました。
そうした諸政党などによって作られた民間の改憲案は、明治憲法を根本から見直す積極的な案が目白押しでした。
特に、大学教授で後に日本社会党結成に参加した高野岩三郎氏や、憲法学者・政治学者である鈴木安蔵氏らがつくった「憲法研究会」が作成した「憲法草案要綱」は注目を集め、後の「GHQ草案」の基とされるほど、現行の日本国憲法に極めて近いものでした。

■ GHQの憲法研究

この間、GHQは、独自に明治憲法の問題点や、民間の憲法草案を検討・研究していました。
その検討の結果は、当時の民政局(GS)スタッフのラウエル氏のレポートとして残っています。そこには「(国民の人権を保護する)権利章典」「三権分立」「議院内閣制」「裁判所による違憲審査権」「地方自治」などの必要性が挙げられていました。こうした原則は、いずれも明治憲法には欠落していた内容でした。

ただし、こうした検討を行ないながらも、GHQとしては、改憲作業については日本政府に任せ、自分たちはそれがポツダム宣言の諸原則に合致するかをチェックしよう、という消極的な立場でした。

■ 超保守的な政府案とGHQの方針転換

ところが、1946年に入り、日本政府の改憲案が、「天皇制堅持」を中心とした超保守的なものであり、ポツダム宣言に盛り込まれた連合国諸国の改革要求をほぼ無視するような内容であることに、GHQはそれまでの消極的方針を再検討することになります。

そして「このような超保守的な案が発表されれば、日米が連合国の厳しい批判を浴びる、各国から『天皇制廃止』をはじめ、さらに急進的な改革を求める主張が増大する恐れがあり、その各国の主張を抑えることは難しい」ということが話し合われました。

このとき、マッカーサー氏は、前述のラウエル氏のレポートに記載された諸事項の必要性は認めていましたが、既に「何らかの形で天皇制を存続させる」方針を決めており、それ以上の急進的改革を嫌いました。

こうしてGHQは、それまでの消極姿勢を転換し、自ら草案を作成することにしたのです。
そのとき、マッカーサー氏が示した三原則が、「象徴天皇制」「戦争の放棄」「封建制(華族制)の廃止」でした。

■ GHQ草案の作成と民間草案

そして、民政局のホイットニー局長の号令で「運営委員会」が構成され、その主導のもと、行政・国会・人権など各分野の「小委員会」が作られました。
草案作成は、この「小委員会」ごとに第一次案を作り、それを運営委員会で条文間の整合性などを検討しながら仕上げていくという方法で進められました。

現在よく言われる「日本の憲法はGHQが作った」というのは、この草案作成作業に端を発しています。
当時のGHQ内でも、同じような意見がありました。「米国の政治経験や理想による憲法と、日本政府の行動との不一致をもたらすのではないか」というものでした。
これに対し、運営委員の一人であるケイディス氏は、次のように答えています。
「なるほど、来るべき憲法と日本政府の間に不一致はあるだろう。しかし、日本の中で最良、または最もリベラルな憲法思想との間にギャップは存在しない。」

事実、先にも触れた、日本の民間の「憲法研究会」が作成した「憲法草案要綱」は、このGHQ草案作成作業にあたって、大いに参考にされ、多大な影響を与えていたのです。

■ GHQ内での意見対立

もちろん、この草案づくりは平坦なものではありませんでした。ときには意見が対立することもあったようです。

その中に、興味深い記録が残されています。
人権規定に関する小委員会の「第一次案」には、「名誉毀損的言論の禁止」という制限がありました。
この部分に、前述のケイディス氏が次のように指摘しています。
「これは言論の自由に対する重大な制限だ」
「政府の政策や行動に対する批判が『名誉毀損』であるとして、封じ込まれることになる」

結局、この「名誉毀損的言論の禁止」は削除されましたが、いまの自民党改憲案に盛り込まれる予定の「名誉権」で、この「制限」の復権が図られようとしています。

■ 日本政府への提示

このような意見対立もありながら、1946年2月12日、GHQ草案がまとめられ、翌13日に日本政府に手渡されました。
日本政府は、マッカーサー氏らの「日本政府案のままでは、各国の強い圧力で天皇制を残すことはできなくなる」という言葉に、この草案を基礎に憲法改正を行なうことを決意します。

そして、日本政府は3週間にわたり、その内容についての議論と一部修正を行ない、3月6日に「憲法改正草案要綱」を発表するのです。

■ 日本国内の審議と承認

このとき、まだ日本は明治憲法が有効でしたので、その規定に基づいて、次のように「要綱」の審議が行なわれました。
まず、1946年4月22日、枢密院で審議が始まります。
枢密院で6月8日に可決した後、第90帝国議会に提案されます。
その後、衆議院で一部修正を経て8月24日、可決。貴族院に送られます。
貴族院では再び一部修正を行ない10月6日、可決。修正があったので再び衆議院に戻されます。
衆議院で修正部分も含め10月7日、可決。再び枢密院に送られます。
また、枢密院において修正部分について審議され、10月26日、可決。
そして、1946年11月3日、日本国憲法として、ようやく公布されたのです。

公布文は次の通りです。
「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。御名御璽 昭和二十一年十一月三日」

■ 修正・追加された項目

「GHQ草案」が、「日本国憲法」になるまでに、次のような修正・追加が行なわれています。

 ・国会の構成を「一院制」から「二院制」に。
 ・第1条の「天皇」の条文に「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」との「国民主権」原則を入れる
 ・第15条の「普通選挙権」を規定。
 ・第66条2項に「文民規定」を追加。
 ・第9条2項の「戦力不保持」の冒頭に「前項の目的を達するため」を追加
  (これが後に物議を醸すことになる「芦田修正」です。)

■ 慎重な議論と明治憲法に基づく改正

これだけ慎重に、日本政府・枢密院・衆議院・貴族院で審議が行なわれ、当時まだ効力のあった明治憲法の手続きも尊重しながら、当時まだ「元首」であった天皇の名によって、日本国憲法は誕生したのです。
極めて「遵法的な手続き」だと思います。

昨今「マッカーサーが憲法を作った」と一言で語られることが多くなりましたが、それは大変な「認識不足」と言わざるを得ません。

■ 「押しつけか否か」

「今の憲法は押し付けだ」
よく、このような意見が憲法批判に用いられます。
私は、ここまで日本国憲法の制定の過程を振り返ってみて、「どうとでも取れる」と思います。
「GHQが草案を作成した」という点にだけ着目すれば、「押し付けだ」と取れるでしょうし、逆に「日本の民間の案の意思が多く盛り込まれている」点や、「帝国議会で慎重な審議を行ない、正式な手続きによって公布された」という点だけを見れば「押し付けではない」と言えるでしょう。

ただし、どちらも極めて「一方的な見方」だということは、ここまで読んでこられた方にはお分かり頂けることと思います。

私は、重要なのは「憲法に何が規定されているのか」という点だと思います。
そして、それが今「改正されようとしているのか、改悪されようとしているのか」という点です。

そうした視点を持たずに「出自」に言いがかりを付けようとすることは、極めて本末転倒であり、それはもはや「憲法論」ではありません。

それでも、「GHQの押し付けだ」と強弁し、明らかな「改悪」を「改正」として主張するのならば、それは「21世紀の日本は、60年前のGHQより愚かだ」ということを宣伝するようなものだと思います。


(引用終わり)

ただ単に、GHQに押し付けられたと言う理由で憲法改正を言うひと、押し付けられたと思っている人は上記の末文にあるように、70年前のGHQよりも愚かな人間と言わねばならない。
憲法第9条については、あまりにも理想に走り現実にそぐわないところもあるが(世界遺産にしろという人もいあるくらい)、相対的には理想に近く他国の追従を許さない、良い内容である。

自民党は、表向き憲法9条を問題にして切り抜けたい様であるが、基本的人権擁護など各所に、現憲法改悪を試みてい。
第9条の問題に目をとられ、他の部分の解約を見逃さないようにしたいものである。

基本的人権に関する改悪の内容は、財政難から福祉政策を十分に実行出来なくなることを、憲法上でも承認させることを企んでいる。
これは国家の運営に支障をきたし、政治の使命、行政の使命を放棄するための言い訳になる。
原憲法が謳う
「基本人権(国民の生命、自由の保障、幸福を追求する権利など)は永久に侵すことができない権利として国民い与えられる」
この条文を骨抜きにすることを企んでいるのである。



メンテ
Re: 憲法改正について(アメリカとドイツの憲法との比較) ( No.41 )
日時: 2017/05/05 19:36
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:fOW4Yz7o

憲法改正について、はっきりとした私の意見を言っておきます。

全体として日本国憲法は国民にとって非常に優れた憲法です。
それは、このスレッドで書いているアメリカ、ドイツのそれと比較しても解ると思います。

しかしながら、憲法第9条は、理想的過ぎて現実にそくさない。
まず、軍隊を持たないと言いながら、現実には世界でも有数の武力を保持しています。
国民も真摯にこの事実に対応すべきであります。

では自衛隊を解散し、我が国の治安、国防を警察だけに頼るかと言いますと、本気でそれに賛成できるでしょうか。
また現実は、中国、ロシアから領海の侵略を受け、これを全く放置するつもりですか。
尖閣諸島並びに東シナ海の資源を確保したいために中国は尖閣諸島を中国の領土に組み入れたいと画策しています。
南沙諸島、西沙諸島で中国がどのような動きをしているか解っていますか。
尖閣諸島も、自衛隊と日米安保がなければすでに中国の国旗が立っていることでしょう。

最近、我が国に対して北朝鮮のミサイル攻撃があると騒がれていますが、現在に置ける真意はともかく、仮にそのような事態になって我が国は、どのように動くつもりでしょう。
警察だけで対応できると思いますか。
同胞が殺戮されても、1億国民が、ガンジーの様に無抵抗主義で耐えられますか。

非武装とは、そういうことを覚悟で来た人間が唱えること。
歴史的に見ても、多くは仮に相手が強力でかなわぬとしても、家族、同胞を守るために戦うのが常の事。
そういう気概もなくしたと言うのでしょうか。

国家の使命は国民の生命、財産を守ること。
そのための武力の保持は当然、不可欠な条件。
それを放棄して、国家を言えますか。

憲法9条に謳っている、売られtあ喧嘩は別にして、紛争解決に武力を使わないと言うのは良いでしょう。
ですが武力をもたないと言うのは、はっきりと間違っています。
はっきりと自衛のために軍隊を持つことを明確にするべきであります。
もちろん自衛と言っても専守防衛も含まれる。

10分くらいで相手国のミサイルが飛んでくる現在、相手国が上陸してきたから反撃しているようでは自衛はできません。
また現憲法では、武力を認めていないので、当然シビリアンコントロールのことには触れていません。

国民が重要視するべきは、軍隊を持たないことよりもシビリアンコントロールをどうすれば確保できるかと言う事でしょう。
ついでに言いますと、共同防衛組織(集団安全保障)の必要性です。
これも現実には、関係国との連携なしに自衛などできない状況にあることも確実に認識しなくてはなりません。

以上、日本国憲法の弱点、欠点は第9条にあります。
これを言えば、多くの方が軍国主義の再来と騒ぎますが、どうして、そんな結論になるのでしょう。
人間社会がそのような単純な理屈で割り切れるものではないことは、十分に解っているはず。

自衛と言う事は、個人的にも国家でも生活を維持するための重要な要素です。

次に進みます。
私は第9条以外は、まことに立派な憲法でありこれを大切に思います。

ですが、自民党政権、自民党でなくとも自由党の小沢が出している憲法改正私案でも、基本的人権に関する条文がいじられています。

国民の権利については第11〜13条に規定されています。

憲法第11条

「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

第13条

「すべての国民は個人として尊重される。生命、自由及び幸福を追求する国民の権利は、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で最大の尊重を必要とする」

彼らの私案は、このスレッドの別のレスで書いていますが、要するに微妙な言い回しで、これらの文章を骨抜きにしているのです。
理由は財政上のことで、社会福祉政策を縮小する理由をつけるためです。

また、最後に書いてあります。

公共の福祉に反しない限り、立法その他国政において国民の権利は最大に尊重しなければならない、とありますが、
実際に当てはめると、
障碍者自立支援法
国民健康保険の資格証明書の発行など

この憲法の精神を踏みにじる法律が多くできています。
話は変わりますが
我が国では違憲立法審査権が発動されたことはほとんどありません。
先の様な法令は憲法違反で取り下げさすべきなのですが、そういう動きはありません。

システムが少し違いますが、ドイツでは年間5000件くらいの法律の違憲審査が行われているようです。
それを提訴できるシステムが出来ているのでしょうが、我が国で違憲立法の審査に持ち込むことは、大きな障害が立ちはだかり、実際にはほとんど無理な様です。

憲法を改正するならば、第9条とともに、ここにメスを入れるべきであります。
メンテ
Re: 憲法改正について(アメリカとドイツの憲法との比較) ( No.42 )
日時: 2017/08/18 08:41
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:SlGXt8Ro

憲法改正と言う言葉だけで反発しないで、じっくりと考えましょう。
メンテ
Re: 憲法改正について(アメリカとドイツの憲法との比較) ( No.43 )
日時: 2017/10/06 20:46
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:2cBArtzk

憲法改正について
国家とか憲法について復習しておきます。

(国家とは)

国家とは、国境線で区切られた領土に成立する政治組織で、地域に居住する人々に対して統治機構を備えるものである。領域と人民に対して排他的な統治権を有する政治団体もしくは政治的共同体である。 政治機能により異なる利害を調整し、社会の秩序と安定を維持していくことを目的にし社会の組織化をする。またその地域の住民は国家組織から国民あるいは公民と定義される。

(憲法とは)

「憲法」とは「きまりの中のきまり」であり、国家を統治する者(行政)の制約及び指針として存在します。
間接的には議会制民主主義を取っている国民自身の総意に基づくものです。
その概要として我が国では次の3つの事柄を重要視して作られています。

国民主権
基本的人権の尊重
平和主義

憲法改正論の中で問題とされているのは、戦争放棄を宣言した第9条(防衛問題)と基本的人権の項目です。
日本国憲法というものを世界各国の現行憲法と読み比べてみた場合、率直な感想を言うならば

それでは各論に入りましょう。
ここでは同じ項目のアメリカとドイツの憲法を参照にします。

「日本国憲法」

(前文)
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

<防衛問題>

第9条 戦争の放棄
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。




「アメリカ合衆国憲法」

(前文)

われら合衆国人民は、より完全な結合(Union)を形成し、正義を樹立し、国内の静穏を確保し、共同体の防衛に備え、一般的福祉を促進し、我らと我らの子孫に自由の恵沢を確保する目的をもって、アメリカ合衆国のため、ここにこの憲法を制定し確立する。

(防衛問題)

第8節(連邦議会の権限) 連邦議会は左の権限を有する。

(10) 公海における海賊行為と重罪、ならびに国際法に違反する犯罪を規定し処罰すること。

(11) 戦争を宣言し、捕獲免許状(戦時敵国の船舶の拿捕を許可する書面)を付与し、陸上と海上における捕獲に関する規則を設けること。

(12) 陸軍を徴募しこれを維持すること。但し、その使用のための歳出予算は2年より長期にわたってはならない。

(13) 海軍を具備しこれを維持すること。

(14) 陸海軍の統括と規律に関する規則を定めること。

(15) 連邦の法律を執行し、反乱を鎮圧し、侵略を撃退するため、民兵の招集に関する規定を設けること。


「ドイツ連邦共和国憲法」
(前文)
神と人間に対するみずからの弁明責任を自覚し、
統合されたヨーロッパの中で平等の権利を有する一員として、世界平和に貢献しようとする決意に満ちて、
ドイツ国民は、その憲法制定権力により、この基本法を制定した。

(防衛問題)

第115a条 [概念および確認]

(1) 連邦領域が武力で攻撃された、またはこのような攻撃が直接に切迫していること(防衛事態)の確認は、連邦議会が連邦参議院の同意を得て行う。確認は、連邦政府の申立てに基づいて行われ、連邦議会議員の過半数かつ投票の3分の2の多数を必要とする。
(4) 連邦領域が武力で攻撃され、かつ、権限を有する連邦機関が1項1段による確認を即時に行うことができる状況にないときは、この確認は行われたものとみなされ、かつ、攻撃が開始された時点で公布されたものとみなされる。

(5) 防衛事態の確認が公布され、かつ連邦領域が武力で攻撃されたときは、連邦大統領は、連邦議会の同意を得て、防衛事態の存在についての国際法上の宣言を発することができる。2項の条件のもとにおいては、合同委員会が連邦議会に代わるものとする。

第12a条 [兵役義務と役務義務]

(1) 男子に対しては、満18歳から軍隊、連邦国境警備隊または民間防衛団における役務を義務として課すことができる。

(2) 良心上の理由から武器をもってする兵役を拒否する者には、代替役務を義務づけることができる。代替役務の期間は、兵役の期間を超えてはならない。詳細は、法律でこれを規律するが、その法律は、良心の決定の自由を侵害してはならず、かつ、軍隊および連邦国境警備隊の諸部隊と無関係の代替役務の可能性をも規定しなければならない。



(引用終わり)

普通、民主主義国家である以上、国家は国民の生命財産を保護し、国民の人権をまもり安寧な社会を築く事を使命とされている。
日本国憲法は外敵から国民を守る義務を放棄したもので世界に類を見ない憲法である。
アメリカ、ドイツなど世界の国々では国家が防衛力を保持する事は、態々断らねばならない問題ではなく、具体的な武力の発動、組織の制約などは憲法で示されている。

国連でも認めている自衛権でさえ、厳密に解釈すると許されていないのが日本国憲法第9条なのである。
武力を持たずに自衛なども出来るはずはない。

これは現実に全く違背している内容であり、我が国も実際には自衛隊を持っている。
何故、このような憲法が制定されたかについては、明らかに当時のアメリカの思惑が入っている。
あのナチスドイツでも自衛権は保持している。
アメリカは、どのようなつもりで我が国から自衛権までも奪ったのか。
他のいろいろな面でアメリカ従属を言う者が、国の根本的な問題でアメリカを受け入れている様子は理解に苦しむ。
悲惨な戦争を嫌う事と、自衛権を持つこととは別の問題である。

自衛隊が中途半端な存在故に、自衛隊を規制するのは自衛隊法があるのみ。
憲法に遵守しない自衛隊法など、自衛隊法そのものが違憲の存在である事は明白である。
憲法第9条を改正し、憲法に基づく防衛の概念を共有することが必要である。
第9条の改正の中身とは別の問題で、改正を良しとして中身を議論するべきであると思う。

結論

武力行使に入る場合の規定を厳密に、明確に定める。

指揮系統を明確にしておく。

それだけで、後は自衛隊法に拠れば良い。

ただし、戦争放棄の条文は外さねばならない。


メンテ
Re: 憲法改正について(アメリカとドイツの憲法との比較) ( No.44 )
日時: 2017/10/06 21:04
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:2cBArtzk

次に基本的人権の問題に移りましょう。

「日本憲法」

日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務

第十条【日本国民の要件】
 日本国民たる要件は、法律でこれを定める。

第十一条【基本的人権の享有と性質】
 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

第十二条【自由・権利の保持義務、濫用の禁止、利用の責任】
 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

第十三条【個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重】
 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第十四条【法の下の平等、貴族制度の否認、栄典の限界】

第十八条【奴隷的拘束及び苦役からの自由】

第二十条【信教の自由、国の宗教活動の禁止】

第二十一条【集会・結社・表現の自由、検閲の禁止、通信の秘密】

第二十二条【居住・移転・職業選択の自由、外国移住・国籍離脱の自由】

第二十三条【学問の自由】

第二十四条【家族生活における個人の尊厳と両性の平等】

第二十五条【生存権、国の生存権保障義務】

第二十六条【教育を受ける権利、教育の義務、義務教育の無償】

第二十七条【労働の権利・義務、労働条件の基準、児童酷使の禁止】

第二十八条【労働者の団結権・団体交渉権その他団体行動権】

第二十九条【財産権の保障】



「アメリカ合衆国憲法」

修正第1(信教・言論・出版・集会の自由・請願権)
 連邦議会は、国教を樹立したり、宗教の自由な遂行を禁止したり、言論と出版の自由や、人民が平穏に集会し、苦痛の救済を求めるために政府に対して請願する権利を制限する法律を制定したりしてはならない。

修正第9(基本的人権の保障)
 本憲法に特定の権利を列挙したことは、人民の保有するその他の諸権利を否定したり軽視するものと解釈してはならない。



「ドイツ連邦共和国憲法」

(基本権)

第1条 [人間の尊厳、基本権による国家権力の拘束]

(1) 人間の尊厳は不可侵である。これを尊重し、および保護することは、すべての国家権力の義務である。
(2) ドイツ国民は、それゆえに、侵すことのできない、かつ譲り渡すことのできない人権を、世界のあらゆる人間社会、平和および正義の基礎として認める。

(3) 以下の基本権は、直接に妥当する法として、立法、執行権および司法を拘束する。

第2条 [人格の自由、人身の自由]

(1) 何人も、他人の権利を侵害せず、かつ憲法的秩序または道徳律に違反しない限り、自らの人格の自由な発展を求める権利を有する。
(2) 何人も、生命に対する権利および身体を害されない権利を有する。人身の自由は不可侵である。これらの権利は、ただ法律の根拠に基づいてのみ、侵すことができる。

第3条 [法の前の平等]

(1) すべての人は、法の前に平等である。
(2) 男女は、平等の権利を有する。国家は、男女の平等が実際に実現するように促進し、現在ある不平等の除去に向けて努力する。
(3) 何人も、その性別、門地、人種、言語、出身地および血統、信仰または宗教的もしくは政治的意見のために、差別され、または優遇されてはならない。何人も、障害を理由として差別されてはならない。

第4条 [信仰、良心および告白の自由]

第5条 [表現の自由]

第6条 [婚姻、家族、非嫡出子]

第7条 [学校制度]

第8条 [集会の自由]

第9条 [結社の自由]

第10条 [通信の秘密]

第11条 [移動の自由]

第12条[職業の自由、強制労働の禁止]


(引用終わり)

基本的人権の項目はドイツに似ているが、その内容は日本の場合の方が、余程手厚く、この面では日本国憲法は世界で一番すぐれている。
ただし安倍自民党の改正案は次の通りで、はっきりと憲法精神の後退である。
理由は解っている、財政難のおり社会福祉政策を低減させて財政的帳尻を合わせたいだけの事。
70年間も守り、尊重して来た我が国の憲法を、たかが安倍のクソ野郎の判断で汚されてはたまらない。
憲法改正と言えば、ほとんどの人が第9条の内容に目が向くであろう。
そうして第9条の改正には多くの人が同意するであろう。
しかしながら、安倍自民党は、どさくさに紛れて、このような卑劣な事を企んでいる。
絶対に許してはならない。
憲法の基本的人権の項目を弄っても、我が国の財源の問題の解決にはならない。
我が国の貧困の解決にはならない。

(基本的人権に関する現行憲法)

(基本的人権の享有)
第十一条 国民は、全ての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である。

(改正案)

第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

(解説)

改正案では基本的人権の享有を妨げない、とか国民に与えられるとか、言う表現に変わり、国民にとっての権利を受動的な認識に変えている。

さらに続く、

(現行憲法)

第99条
 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

(改正案)

第102条(憲法尊重擁護義務)
1 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
2 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。


(解説)

憲法とは、元々国家が国民に対して負う義務の規定である。
要するに、国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員の行動の規範となることを目的に制定されている。

「立憲主義」
立憲主義とは、政府の統治を憲法に基づき行う原理で、政府の権威や合法性が憲法の制限下に置かれていることに依拠するという考え方。

>1 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。

態々このような表現の挿入は必要なく、何の為の挿入か、もう、無茶苦茶である。
自民党には、この様な考え方をする人間が多くいるということであり、戦前の天皇中心と言うよりも、天皇を利用した神道国家へ逆戻りする要素が存在する。

それは次の言葉で明白である。国民の固有の権利を誰が与えると想定しているのか。
アメリカ、ドイツの例をとっても、国民の基本的人権について国家が保障すると言う事はあっても、与えるという言葉はない。

>基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

与えられると言う言葉は、次の文言と連動している。

>全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。

可笑しいのではないか。


安倍自民党の憲法改正問題の本音を取り違えてはいけない。

メンテ
憲法第9条 改正私案 ( No.45 )
日時: 2017/10/14 20:01
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:ii2hd3O.

憲法改正について
私としては、第9条については次の通り提案する。

第9条 自衛隊の設置

1 日本国民は、国家の安全確保の為に陸海空の自衛隊を保持する。

2 自衛のために武力を行使する必要が生じた場合は、議会の2/3の賛成を持ってこれを行使することが出来る。
(議会の承認が得られない緊急の事態においては内閣の判断で決行し、のち議会の承認を得るものとする)

3 集団安全保障の立場で自衛隊を海外派遣する場合は、国連の要請に基づき議会が承認した場合に限る。
(この場合は議会のは半数の賛成によって行う。日米安保など個別的な集団安全保障の要請には議会の2/3の承認を必要とする)

4 自衛の為の武力行使は行わないことを世界に宣言する。

(以上)

この文言の何処が問題になるのか。
現在のままであるはずである。

集団安全保障については、さらに厳しく規制が出来ているはずである。
戦闘が行われていない地域には派遣できるとか、外国の軍隊に給油することは戦争行為ではないとか、憲法の解釈をゆがめて平気で憲法の精神を踏みにじるよりも、余程健全である。

日米安保による基地提供などは、日本に関わる集団安全保障の範囲内を基準とし、必要のない外国軍の駐留については認めない。
この判断も、一々議会の承認を必要とする。

個別的集団安全保障(日米同盟など)で支援を要請する場合は、議会の2/3の承認を必要とする。

これで良いのではないか。
何も問題はない。


安倍自民党が考えている他の要項(基本的人権に関するもの)の改正は断固、拒否する。



メンテ
憲法改正について最近の論調 ( No.46 )
日時: 2018/02/09 23:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:ZhNNEnZ.

>現行憲法 第九条

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、
武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

A
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

>改正憲法 第九条案

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。


前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

>又は次の加憲論がある。

9条の2(加憲論)

1 前条の規定は、我が国を防衛するための必要最小限度の実力組織としての自衛隊を設けることを妨げるものと解釈してはならない。
2 内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有し、自衛隊は、その行動について国会の承認その他の民主的統制に服する。

(現在の論点)

自民党の従来からの議論では、9条2項を外さないと自衛隊の実態との整合性が取れないという意見が主流を占め、2012年4月の自民党憲法草案では2項を削除し、「内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」と、自衛隊を「軍隊」と認める形になっていた。

しかし、5月3日の安倍首相の「9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」という発言を受けて自衛隊加憲論が主流となりつつある。

(引用終わり)

何を考えているのやら、言葉遊びで誤魔化すことばかりやっている。
自民党が考えているのは、憲法の改正に必要な国民投票の結果を気にしているのである。
9条第2項を削除すれば、国民が戦争に駆り出されると反発し、これを否決してしまう恐れがあるからである。
議会では絶対多数を持っているので、どのような改正案も通せると思っている。

その国民の意志であるが、戦争に駆り出されるのが嫌なだけで、非武装中立で、本当に自分たちの国、家族を守ることが出来ると思っているのだろうか。
こちらからは何もしなくても我が国を攻める国もあると言うのに、北朝鮮の事だけではない、尖閣諸島の中国をみよ、ロシアをみよ、イスラムゲリラがやってこない保障もない。
軍隊なくして誰が国を、家族を守ると言うのか。


普通、民主主義国家である以上、国家は国民の生命財産を保護し、国民の人権をまもり安寧な社会を築く事を使命とされている。

日本国憲法は外敵から国民を守る義務を放棄したもので世界に類を見ない憲法である。

アメリカ、ドイツなど世界の国々では国家が防衛力を保持する事は、態々断らねばならない問題ではなく、具体的な武力の発動、組織の制約などは憲法で示されている。


>「アメリカ合衆国憲法」

(前文)

われら合衆国人民は、より完全な結合(Union)を形成し、正義を樹立し、国内の静穏を確保し、共同体の防衛に備え、一般的福祉を促進し、我らと我らの子孫に自由の恵沢を確保する目的をもって、アメリカ合衆国のため、ここにこの憲法を制定し確立する。

(防衛問題)

第8節(連邦議会の権限) 連邦議会は左の権限を有する。

(10) 公海における海賊行為と重罪、ならびに国際法に違反する犯罪を規定し処罰すること。

(11) 戦争を宣言し、捕獲免許状(戦時敵国の船舶の拿捕を許可する書面)を付与し、陸上と海上における捕獲に関する規則を設けること。

(12) 陸軍を徴募しこれを維持すること。但し、その使用のための歳出予算は2年より長期にわたってはならない。

(13) 海軍を具備しこれを維持すること。

(14) 陸海軍の統括と規律に関する規則を定めること。

(15) 連邦の法律を執行し、反乱を鎮圧し、侵略を撃退するため、民兵の招集に関する規定を設けること。


>「ドイツ連邦共和国憲法」

(前文)
神と人間に対するみずからの弁明責任を自覚し、
統合されたヨーロッパの中で平等の権利を有する一員として、世界平和に貢献しようとする決意に満ちて、
ドイツ国民は、その憲法制定権力により、この基本法を制定した。

(防衛問題)

第115a条 [概念および確認]

(1) 連邦領域が武力で攻撃された、またはこのような攻撃が直接に切迫していること(防衛事態)の確認は、連邦議会が連邦参議院の同意を得て行う。確認は、連邦政府の申立てに基づいて行われ、連邦議会議員の過半数かつ投票の3分の2の多数を必要とする。
(4) 連邦領域が武力で攻撃され、かつ、権限を有する連邦機関が1項1段による確認を即時に行うことができる状況にないときは、この確認は行われたものとみなされ、かつ、攻撃が開始された時点で公布されたものとみなされる。

(5) 防衛事態の確認が公布され、かつ連邦領域が武力で攻撃されたときは、連邦大統領は、連邦議会の同意を得て、防衛事態の存在についての国際法上の宣言を発することができる。2項の条件のもとにおいては、合同委員会が連邦議会に代わるものとする。

第12a条 [兵役義務と役務義務]

(1) 男子に対しては、満18歳から軍隊、連邦国境警備隊または民間防衛団における役務を義務として課すことができる。

(2) 良心上の理由から武器をもってする兵役を拒否する者には、代替役務を義務づけることができる。代替役務の期間は、兵役の期間を超えてはならない。詳細は、法律でこれを規律するが、その法律は、良心の決定の自由を侵害してはならず、かつ、軍隊および連邦国境警備隊の諸部隊と無関係の代替役務の可能性をも規定しなければならない。


(引用終わり)

この、ごく当たり前のことが国民は理解できない。
戦争へ駆り出されたくないと言うのは、世界中の誰もが思うこと。
それが出来なかったのが歴史である。

侵略戦争など、論外であるが自衛のための軍隊をもつことが何故出来ないのか。
話しにならない国民性である。

自民党も自民党、そんな国民であるのであるなら、自衛隊も解散し、国民が思うようにしてやればよいのだ。

現憲法を維持すると言う事は、そう言う事なのである。

国民投票は、現憲法を保持し自衛隊を解体するか、もしくは憲法を改正して自衛隊を軍隊として認めるか、否かと言う設問にすれば良い。

そうすれば、おそらく憲法改正案は通るであろう。

しかしながら、それでは中途半端な安倍自民党の案では問題が起きる。

何処の国でも正式な宣戦布告は議会の承認が必要と憲法に明記されている。

安倍自民党の案は、自衛隊を軍隊と位置づけ、首相を最高指揮官とするだけで、軍隊の行動を規制する法案はない。

外国の様に宣戦布告には議会の2/3の同意を必要とする。

議会の承認が待てない緊急の場合には内閣の判断で、それを行う事は出来るが、1ヶ月以内に議会の承認を必要とし、承認がなければ撤回す

ると明記すれば問題はないはず。

自衛隊の海外派遣も同じことである。

議会の2/3の承認とは、憲法改正の道筋をみても容易な事ではなく、十分に民主主義の理念にかなう事である。

本当の事をなし崩しで続ける事こそ、時の政権の思うがままに、我が国が戦争に巻き込まれる危険が多いと言うこと。



現在の自衛隊は世界でも有数の武力をもち、アジアでは中国に次ぐ軍隊である。

だが、現憲法の下では明らかに違憲の存在である。

現憲法を保持するならば、是非とも自衛隊は解体しなければならない。

皆は、その覚悟で憲法問題を論じるべきである。

本当の事を隠してまで憲法9条の改正などする必要は、さらさらない。


だが、理不尽な外国の侵略があれば、勇気のある国民は、女、子供まで、身を守る為に憲法など関係なしに立ち上がって戦う事になるのだ。

それを忘れてはならない。

国防予算を増やすとか、核兵器を持つか、持たないかなどの話しとちがう。

国民自身の国防意識を問う問題なのだ。

国民が戦争に駆り出されたくないと言う理由だけで、国防の問題をかんがえるから、安倍自民党の様な改正案が出てくるのだ。

しっかり、しろよ!

メンテ
Re: 憲法改正について(アメリカとドイツの憲法との比較) ( No.47 )
日時: 2018/03/01 12:18
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:GHtGOdxo

安倍自民党は憲法改正に着々と進んでいます。
憲法改正と言えば、誰もが第9条の改正の是非を思います。
安倍自民党の憲法改正案には、それ以上の問題があるのですが、それは置いておいて、第9条の改正について話してみたいと思います。
今まで私がこの掲示板で書いてきたことは、一見、右派、民族主義のように取られるかも知れません。
私は決して安倍自民党の考えに賛同している訳ではありません。
日本人として日本の防衛問題を、どのように考えるかを言っているのです。


>現行憲法 第九条

@日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、
武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

A前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

いよいよ安倍自民党は、9条第1項、2項を残したままの改正を言いだしました。

戦力は保持しないと言いながら、自衛隊の軍隊としての能力は世界でも有数、アジアでは中国を除くと一番です。
短期局地戦では中国に勝るとも言われています。
最近は、迎撃ミサイルシステム、イージスアショアも導入し、北朝鮮まで届く誘導ミサイルも入手しようとしています。

陸上自衛隊の実力
https://www.youtube.com/watch?v=_2uasxcYt70

海上自衛隊の実力
https://www.youtube.com/watch?v=byQ0QiO1vJA

航空自衛隊の実力
https://www.youtube.com/watch?v=XY2mwQXUxQ4


武力を持たないと宣言した国の有り様でしょうか。
政府は、どのような解釈で自衛隊を合憲とできるのでしょう。

近年、憲法解釈では、自衛は出来るとしている。
武力なくして自衛すら出来ないのが現実である。
だから自衛の為の武力として自衛隊を持っていると言う事だが、そうであれば憲法に自衛権を主張すれば良いのであり、同時にその為の武力の保持も認めるべきである。
誰が自衛は憲法に違背しないと言いだしたのであろう。
話しにならない屁理屈であり、このような屁理屈がまかり通るならば、もともと憲法の精神など大きな問題ではないのである。

要するに、何処の国でも憲法で国民を守る事については謳っているが、我が国だけは国家は国民を守る義務はないと言う事である。

裁量権と言う言葉があります。
法令と言っても、実際の人間の行動を全て文章で書き示す事は出来ません。
それで法令と言っても基本的、原則的な表現に留まらざるを得ず、事例毎に、法令に照らし合わせて行政官が判断します。
それが行政の裁量権であり、裁判などでも裁量権が使われます。

安倍自民党の目指す安全保障のかたちは決まっています。
それは憲法には全く違背するものでありますが、裁量権を使えば出来ることです。

裁量権さえ従来とおり使えれば自民党は憲法を改正しても、しなくても実際の不便は感じません。

近年のイラクへの自衛隊派遣も、それが違法であるか否かを検証する法令は無いでしょう。
政府の憲法解釈だけで派遣出来たのです。

自衛隊を軍隊と認め、軍隊を海外派遣する場合は、議会の2/3の承認が必要と明記しておけば自民党でも勝手な事は出来ません。
だから、本当に憲法を守りたいなら自衛隊は解散すべきであり、自衛隊を求めるならば、それを明記し自衛隊に関する法令(軍隊としての出動規約)を定めるべきであるのである。

中途半端は自民党を利するだけ。
最も、安倍自民党は本当は憲法9条を根本的に改正したいと思っている。

しかし、それを引込めても憲法改正に拘るのは、今回の憲法改正の目的が他にもあるということ。
それが何かは、このスレッドでも繰り返し述べてきている。

多くの方は、9条に注目し、9条が守られれば良いと考えているでしょう。
自衛隊の現状を見た時、憲法9条などは、もともと有名無実であり、あっても無くても良い法文なのです。
その様なものにしがみつく国民の方が憲法を軽んじていると言えます。

有事の際、敵が攻めてきて自衛隊が反撃する様子を、神様が助けてくれているとでもするのでしょうか。
そうではなく、我々の中から戦士が出て命をかけて戦っているのではないですか。

戦前の軍部の暴走を止めるのは政治の問題であり、民主主義の世のなか、国民は政治に責任を持たねばならない。
ましてや、戦争に生きたくないだけの理由で、憲法を考えるなど(自衛権まで放棄)、臆病者、無責任者が個人的に考える事で憲法論議の趣旨でもない。
身近な問題で、家族が暴漢に襲われても、貴方は何もしないで、自分の行動を家族に対して正当化出来ますか。

憲法が、どの様なものであろうが、若しも北朝鮮が攻めてくれば自衛隊で応戦するであろうし、尖閣諸島に中国軍が侵入しようとすれば自衛隊が許さない。

それとも自衛隊を解散し、北朝鮮軍の侵略を成すがままに受け入れますか、尖閣諸島など抑止力が無ければ、とっくに中国の施設が建設されていたでしょう(南沙諸島の様に)。
自衛のための武力さえ持たないと言う事は、これを受け入れる覚悟が伴うのです。
本当に、出来ますかな。

ガンジーの無抵抗主義を称賛する向きもありますが、実際にイギリスから独立を勝ち取ったのは、日本軍、インド軍がイギリス軍を追いだしたからです。

日本国憲法第9条は、ノーベル平和賞の最右翼候補ですが、実際には受賞しないでしょう。
世界中が日本の軍事力を認めているからです。
憲法第9条こそ、欺瞞に満ちた法文なのです。

(参考)

自衛隊(じえいたい)は、1954年(昭和29年)7月1日設立された日本における軍事組織(国際法上の軍隊)である。

経緯は朝鮮戦争勃発に伴い、警察力だけでは日本に治安の維持が出来ないとして、昭和25年に警察予備隊のかたちで作られた組織が発展したものである。
当時から、憲法第9条との関連が討議されていた。

>防衛2法によって初めて国防組織ができたことで、憲法第9条第2項で保持を禁じられる「戦力」について、自衛隊がこれに該当するかどうか活発な憲法論議が行われた。吉田総理は、「戦力に至らざる軍隊といいますか、力を持つ、自衛軍を持つということは、国として当然のことであると考えます」(54(同29)年5月6日、衆議院内閣委員会)と答弁している。鳩山内閣成立後、大村防衛庁長官は、憲法第9条の統一見解を明らかにしたが、その中で「憲法第9条は、独立国としてわが国が自衛権をもつことを認めている。従って、自衛隊のような自衛のための任務を有し、かつその目的のため必要相当な範囲の実力部隊を設けることは何ら憲法に違反するものではない」(54(同29)年12月22日、衆議院予算委員会)と答弁している。

>その後も政府は、「(憲法第9条)第2項は「戦力」の保持を禁止しているが、このことは、自衛のための必要最小限度の実力を保持することまで禁止する趣旨のものではなく、これを超える実力を保持することを禁止するものであると解している。(中略)自衛隊は、我が国を防衛するための必要最小限度の実力組織であるから憲法に違反するものではない」(80(同55)年12月5日、森清衆議院議員に対する答弁書)旨繰り返し答弁してきている。

※ この時点で憲法を改正すべきであったのだが、終戦後に連合軍の施政下に置かれていてあからさまな改正へ踏み込めなかったのであろう。
この時代は、旧共産圏諸国との覇権争いが過激な時期でもあり、憲法の精神に違背して日本が軍事力を持つことに対して国の内外からも承認が得られていた。
また自衛の為の能力の内容も当時とは随分と異なってきている。
要するに自衛権を認めるならば、憲法第9条の2項はいらなかったのである。
それで十分に平和憲法と言えたのである。

自衛隊発足当時の国会での苦しい答弁を半世紀経って、また繰り返す愚はしてはならない。

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