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[1711] 経済の話し
日時: 2013/03/12 23:22:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:1363098145

最近、阿修羅掲示板に良く投稿される「あっしら」のサイトへ行ってみました。
ttp://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/index-as.htm

HNは「あっしら」と名乗られているが経歴は解りませんが、資本主義経済のシステムが持っている色々な矛盾を説く解す能力豊かな、経済に強い確かな方と見受けしました。
その一部を転載します。



「供給=需要」の向こう側 <想像力から創造力へ> S子
         
「利潤なき経済社会」を興味深く、また、意義深く読ませていただ
いております。資本主義経済において、結局、私たちが見誤ったも
のは、マネーにおける「目的」と「手段」をはき違えたことにある
のは間違いないだろう。経済活動における潤滑油とはマネーであり
、そのマネーが滞ることなく流通し、循環してこそ経済の活性化を
見ることができ、個々人としての生きる活動も活発化してくる。

それはまるで私たちのからだを流れる血液のようなもので、血液が
さらさらの状態であれば私たちは健康で日々を無事に過ごすことが
できる。が、血液がどろどろ状態になり、この流れが悪くなり脳で
詰まれば脳梗塞が起き、その部分の脳組織が壊死してしまい、私た
ちは失語症になったり、半身不随になったりする。

資本主義も当初はマネーがモノを交換するための「手段」として流
通していたが、資本主義が成熟してゆくにつれて、いつの間にか「目
的」と化した。マネーの目的化はつまるところ全てを目的化させてし
まい、私たちにあらゆるものの「本質」を見る目を喪失させた。
これは事実である。

そして、それが「供給=需要」という経済活動を必然的に生じさせ
、モノに溢れた社会が誕生した。「供給=需要」という経済活動は
よくよく考えてみれば、「与えられた人生」を送ることになり、
そこには自主性や主体性はなくても私たちは「与えられたモノ」を
購入し、そこそこ無難な人生を送ることができる。

私たちが無難だと錯覚し、安心してしまうのは、周囲が皆「与えら
れたモノ」である「同じモノ」を持っているからである。つまり私
たちは「与えられた、同じモノ」を持つことによって人生の安定や
幸福の尺度をはかっていた可能性がある。「供給=需要」という経
済活動では、人間の欲求すらも本質から遠ざけてしまうということ
である。

本当に自分が欲しいモノだったのか、他人が持っているから欲しい
のか、テレビコマーシャルで見たから欲しくなったのか、売り込み
にきたから購入したのか、ないと困るほどではないがあって困るほ
どでもないので購入したのか等、心から欲しているものではなく、
供給されたから需要したという構図が自然と生まれる。それを自分
の欲求があったから買ったと、私たちは錯覚しているにすぎない。

こうして私たちは「与えられた人生」を無難に安定して生きること
で、「危機感」を抱くことなく日々を過ごし、人生を終える。人間の
三大欲求であり生きる基本の「食・性・寝」も既にこの「供給=需
要」という経済活動に組み込まれ、マネーの目的化とともに人間と
しての本能を私たちは喪失しかけている。現代人はこの自覚すらも
ないという悲しい状況におかれているのである。

しかし、マネーの目的化による「供給=需要」という経済活動では
経済成長が持続できないどころか、経済の空洞化を生み失業者を増
加させ、個人としての生きる活動が阻害されてしまう。そのことに
気づいたのが、今回の欧州連合憲法批准拒否の仏国民である。拡大
EUの存続に待ったをかけた格好となったが、「危機感」を抱いた彼
らの人間的本能はまだ廃れていないどころか、十分に健在である。


(中略)

ひるがえって日本を見れば、「供給=需要」人生が非常に行き届い
ており、大人も子供も主体性をなくし、自信喪失し、想像力にも欠
け生きる気力も無い状態に置かれている。だから米国の言いなりに
しか生きることができないのである。「供給=需要」という「与え
られた人生」を送ることは確かに楽ではある。が、そこには「自分
」というものがない。この人生を生きる「自分」がないのである。

だから真の喜びや真の悲しみを味わうことはまずないだろうし、
そこそこ無難で安定した人生を送ることで「危機感」を覚えること
もまずないだろう。実はそれこそが問題なのである。「危機感」を抱
くこともなければ、正直な話がまともに「自分」とは向き合えない。
「自分」という人間のこともわからずして終える自分の人生って一
体何??ということになる。

マネーが目的化されることで「供給=需要」という経済活動が必然
的に生じ、「与えられた人生」を送ることで私たちは主体性を失い
、自信を失い、生きる源泉ともいえる想像力までも失った。また、
そういう場所さえも失った。想像力を失えばこの世で実現する創造
物さえもなくなるのである。つまり来るべき未来が描けない。

「利潤なき経済社会」ではマネーを手段に転落させることで、資本主
義の論理が大きく揺らぐだけではなく、世界の構造が大きく転換し
てしまう。これまで築き上げてきたもろもろが崩壊に直面している
と言っても過言ではない。それは日本が明治維新以降追求してきた
西洋文明であるかもしれないし、合理化の名のもとに推進されてき
た科学万能主義であるかもしれないし、それを基点とした物質文明
であるかもしれない。

「供給=需要」人生で「危機感」を抱くこともなくなった私たちが
、価値観の転換をはかることは容易にできそうもないのは明白だ。
しかし、マネーの目的化による「供給=需要」経済活動では世界は
やがて行き詰まる。価値観の転換は時間も要するだろうが、案外石
油の枯渇がその契機になりはしないかと、私は密かに思っている。
その「危機感」が「自分」と真剣に向きあうことになり、それが男
女双方への理解へと向かわせる。そこから男女双方の想像力が生ま
れ、それが創造力へとつながり実現化し、新しい未来が描けるとい
うものである。

(引用終わり)
メンテ

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Re: 経済の話し ( No.1 )
日時: 2013/03/12 23:30:53
名前: 天橋立の愚痴人間

同じサイトから別の話し。


「利潤なき経済社会」とは

【「利潤なき経済社会」を生きる】
「利潤なき経済社会」とは  (その2)     あっしら

「匿名希望」氏のレスに基づき、「利潤なき経済社会」がどういう
ものか再度説明したい。

>貴殿の言われる「利潤なき経済社会」と言うのは何となくイメー
>ジすることはできますが、誤解の余地なく明確に把握し議論する
>ためには、例えば次のような点をクリアに伝えるべきかも知れま
>せん。

>1.利潤の定義(通常は総収入−総支出。貴殿は違う意味で使って
>おられる。経常黒字との関連も指摘しておられるが、経常黒字は
>「通常の意味での」利潤とは直接結び付かない。例えば利潤を生
>まない輸出もありうる。)

>2.利潤が得られなくなる理由(今、ないし通常なら得られている
>、という含意。今と何が変わるのか。)


まず、「利潤なき経済社会」という表現のなかで使っている利潤は
、再資本化されない利潤を意味しており、間接的であれ再生産に向
けて投じられる利潤は、利潤ではなく資本化原資の拡大と捉えてい
る。
(不況期は利潤として保有され、好況期になれば資本化されるとい
うタイムラグ性ならこれまでもあった)

また、「利潤なき経済社会」でも、個別経済主体の利潤獲得可能性
は認めており、それに対立する国民経済としての利潤非存在を問題
視している。

「利潤なき経済社会」は、「匿名希望」氏の“総収入−総支出”を
援用するならば、国民経済が“総収入=総支出”になるということ
である。(総支出=総収入が的確な表現)
以前からセイの法則を持ち出しているが、「供給が需要を生み出す
」という考えに基づけば、「供給がそのまま需要となる経済状況」
であり、(供給=総支出)=(需要=総収入)となる均衡状態であ
る。
この均衡状態で前述した意味の利潤が発生すれば、国民経済は縮小
することになる。

国民経済内に“余剰通貨”が存在しない(もしくはそのまま放置さ
れる)とすれば、個別経済主体レベルではなく国民経済が
(供給=総支出)<(需要=総収入)という条件を満たすのは、
唯一、貿易収支が黒字のときだけであるから、国際取引(貿易)の
黒字は重要である。

具体的な説明としては、通貨ベースで(供給=総支出)=(需要=
総収入)であるのに、貿易黒字が財ベースの国内供給<総供給を生
みだすことで、通貨ベースの(供給=総支出)<(需要=総収入)
が実現されることになる。
これであれば、財ベースの供給−国内供給が通貨ベースの供給<需
要のかたちで利潤となり、国内収入=国内需要=供給=総支出が輸
出分を含む再生産のための資本化必要額になるので、獲得した利潤
をどう使おうと国民経済が縮小することはない。
別の表現を使えば、供給成果財の一部を国民経済の外に出すことで
財1単位の価格が高くなり、それにより国内需要で供給=総支出に
見合う通貨が回収でき、外部国民経済から支払われる通貨的“富”
を国民経済的利潤として獲得することができる。

究極的に国民経済的利潤が存在しなくなる理由は、偏に、貿易収支
の黒字がなくなることであるが、そこまで行き着かなくとも、近代
経済論理から生じる“余剰通貨”(利潤の非資本化)問題で国民経
済的利潤が存在しなくなる。

(供給=総支出)=<(需要=(国内収入+貿易黒字))もありえ
るから、貿易収支が黒字であっても、必ずしも国民経済的利潤が獲
得できるわけではない。
このような経済状況は、供給力>供給になり、(供給=国内需要)
+貿易黒字=<(総支出=非十全供給力)になることでも発生する。
供給力=供給であっても、投資されない貯蓄の増加や金融取引に滞
留する通貨の増加により生じる供給>需要のギャップが、貿易黒字
より大きければ同じであり、供給力>供給に陥る。

国民経済がデフレになるのは、国内需要+貿易黒字<(総支出=非
十全供給力)に陥ったときであり、供給力過剰をベースに、
供給>需要もしくは(かつ)貿易黒字不足に陥ったときと言える。


(供給=国内需要)+貿易黒字=<(総支出=非十全供給力)とい
う国民経済に利潤が存在しない状態で個別経済主体が利潤を獲得す
るとすれば、別の個別経済主体が、(供給=総支出)>(需要=総
収入)になることを意味する。
(供給と需要のズレによる“通貨の移転”である)

これが、現在的経済価値観に基づいて追求されれば災厄になるが、
最初に書いたように、利潤獲得者が何らかの方法で再資本化すれば
利潤ではなくなるのだから、需要動向に対応した産業構造の変動力
として作用することになる。


国民経済が経済成長を遂げる唯一の方法は、就業者人口が一定だと
すれば、「労働価値」の上昇のみである。そして、「労働価値」上
昇=経済成長が近代経済論理(“資本の論理”)に適合するかたち
でスムーズに持続できるのは、「労働価値」の上昇に連れて貿易収
支の黒字が増加する場合のみである。
貿易黒字の増加がなければ、「労働価値」の上昇は、同一量の財を
生産(供給)するために必要な労働力の減少を意味するので、デフ
レ要因(財供給量>需要=供給)及び失業者増加要因(デフレ要因
の供給サイドへのリアクション)となり、デフレスパイラルに陥る。
ベースに供給力>供給>需要という構造があるから、デフレスパイ
ラルは、供給力>供給のデフレギャップ部分をより拡大するため、
経済主体の破綻=不良債権の増加を招くことになる。

このような経済状況を解消する方法は、「労働価値」の上昇に応じ
て財の供給量の増加につながらないかたちで供給を増加させて、
財供給量=需要=供給を実現させるしかない。
端的には、給与の増大である。
(財の供給量減少による調整は、単にさらなる低レベルでの財供給
量>需要=供給にシフトさせるだけである)

財政出動による需要の増加でも対応可能だが、赤字財政の拡大がで
きないのであれば、それは増税で行わなければならない。その増税
も、資産税というストック課税ではなく、(黒字)法人税の増税で
なければ、持続的に対応することはできない。(単発という割り切
りで資産に課税することは容認できるが...)

(赤字)法人への課税強化は、破綻であれ自主的なものであれ供給
力の削減には寄与するが、供給力と同時に供給=需要の削減と先行
き不安感による需要削減をもたらすので、問題(デフレ不況)を解
決しない。
需要サイドで解決を図るのであれば、政府が“国内で資本化しない
”個別経済主体の利潤をできるだけ吸い上げる政策を採らなければ
、デフレスパイラルから脱することはできない。

“国内で資本化しない”利潤を保有している個別経済主体は、政府
に吸い上げられるか、自ら従業者の給与を上げるかしなければ、デ
フレスパイラルのなかで自らの経営基盤も劣化させていくことにな
る。

(続く)
メンテ
Re: 経済の話し ( No.2 )
日時: 2013/03/12 23:33:07
名前: 天橋立の愚痴人間

「利潤なき経済社会」は政策で好ましい経済条件を実現できるもの
であり、旧態依然とした経済価値観にしがみつくことで継続してい
る現在の「デフレ不況」は、「利潤なき経済社会」とは比べること
ができないほど酷い経済状況である。


>貴殿は新たな経済社会になった後も、官僚統制(visible hand)は
>必要ないとされる。
>即ち、invisible handだけで経済運営は可能と考えておられる。
>これはとても楽観的な見方だと感じました。
>貴殿の問題提起される、「余剰通貨」が実体経済に還流して行か
>ずそれが故にデフレ問題を起しているという指摘は大変重要です。

>この問題を全面的に官僚統制で乗り越えようとすると計画経済に
>なります。そしてそれがうまく行かない事は歴史的に証明されて
>います。私の考えでは、見える手と見えざる手の双方を相互補完
>的に機能させることが重要だと見ています。従って、政府の仕事
>としては、見えざる手が十分に機能するための環境整備(供給側の
>再構築の後押しや諸規制や法制面の見直し)、見える手の刷新(効
率性を重視した公共部門の改革と新たな公共サービス・プログラム
>の提供)を併せて打ち出すことが重要と考えます。


「マクロとして利潤が得られないという経済条件のなかで、経済主
体の経済的活動=財の生産と交換を活発に行いながら国民生活の充
実を図っていけるようにするかが、私のグランド・デザインのテー
マです。そして、そのような経済条件でも、官僚統制に依存するの
ではなく、市場=交換と競争を通じてそれらを実現する方法を構築
すべきだと考えています」という主張へのレスだが、近代経済論理
で利害対立的に動く経済主体を調整できるのは政府(=官僚)だけ
だと考えているので、「匿名希望」氏の考えと基本的に同じである。
(「官僚依存病」からの脱却を望んでいるだけである)


>別のところで貴殿と続けている減税是非論争もここにまとめてレ
>スします。2兆円の法人税減税(個人の可処分所得を増大させる目
>的に限定)が10兆円の消費増にどう結びつくのか、という根本的な
>疑問はさておき、概括的批判のみを提示します。90年代半>ばの
>所得税減税の結果明らかになったことは、それが恒久的な措置で
>ない限り(即ち、後から穴埋めの増税を行う事が予定されている時
>)、全く有効ではないということでした。そして、税率は下げても
>税収は景気が良くなれば増えるから問題ない、などと根拠のない
>無責任な財政運営などできないことは明らかです(ゆえに、恒久化
>措置などおいそれと出せません)。ラッファーの進言に基づいてこ
>れを行い失敗したのが初期のレーガン政権でした。

増加させた人件費の半分を所得から控除するという“詐欺”的な法
人税減税に優良企業が乗るのかというのが評価を巡る最大の対立点
だと思っている。
(「匿名希望」氏は、企業は“詐欺”には乗らないという観点から
、「根本的な疑問」を持たれていると推測する)

2兆円の減税は10兆円の人件費増加で行われるものであり(10
兆円/2*40%=2兆円)、それに「低中所得者減税」3兆円を
プラスした13兆円のうち77%が消費に回るという想定で10兆
円の消費増を提示したものである。
そして、給与増加や可処分所得による消費増が、所得税・消費税・
法人税の増収をもたらすが故に、恒久化も可能な減税策だと考えて
いる。(“詐欺”的法人税減税は経済論理の理解が得られたら廃止
しても構わない減税である)
所得税や消費税は理論値的な増収になるが、法人税は、損益分岐点
あたりで経営している企業が多いので、10兆円の消費増で大幅な
増収になる可能性がある。

逆に言うと、この政策で減税分2兆円を上回る税増収が得られなけ
れば、日本経済は再生力を失っていることになる。

前述した、「“国内で資本化しない”利潤を保有している個別経済
主体は、政府に吸い上げられるか、自ら給与を上げるかしなければ
、デフレスパイラルのなかで自らの経営基盤も劣化させていくこと
になる」ということを政府が税制で問いかけることが主たる目的で
、2兆円という“おまけ”まで付けようという“慈悲深い”政策で
ある。

利益を上げているフロー優良企業からしか持続的に税収は上げられ
ないのである。そうでない増税策は、「デフレ不況」をより悪化さ
せるものであり、増税にも関わらず税収を減少させる政策である。
(これも、「匿名希望」氏とのやり取りで最初から訴えかけている
論理で、98年から本格化した「デフレ不況」と税収減少の要因が
、97年に決定した税制変更(消費税率アップと低所得者負担増)
にあることをデータとしても明示している)


>戦後の復興期と成長期を経た日本経済は成熟を迎え、転換期にさ
>しかかりました。バブルの生成と崩壊はこの問題をさらに深刻化
>、先鋭化させました。あらゆる政策にも関わらず日本経済を建て
>直す事はできず、ケインズは死に、マネタリズムは有効性を失い
>、減税も持続的な刺激となりえないことが明らかになりました。

ケインズ主義やマネタリズムの“死”には同意するが、高所得者減
税が刺激となり得ないのは、レーガノミックス的サプライサイド政
策の“死”を意味するとしても、低中所得者減税の有効性が死んだ
わけではない。
89年の消費税導入と98年の消費税率アップにより、標準家庭年
収800万円以下の家計は、同一年収額でも可処分所得を減少させ
ている。


>この上は過ちを繰り返して国家財政をさらに悪化させる方向では
>なく、国家一丸となって再び活力のある仕組み作りに邁進すべき
>です。産業基盤がまだ磐石なうちに改革方向へ向かって漕ぎ出せ
>ば、万一デフレ・スパイラルが進行した場合でも徳政令的な手(政
>府紙幣など)が打てます(産業基盤さえ確保できていれば、ハイパ
>ーインフレにはなりません)。

ここ2、3年のうちに仕組み=構造を変えないと、徳政令がハイパ
ーインフレを誘発しかねない経済条件に移行しかねいと思っている。
給与増大による供給増加=需要増加策ではなく、政府主導で「構造
改革」をするとしても、給与増大に見合う優良企業からの増税
(+資産税)を原資にしなければ、デフレ不況が進むだけであり、
「構造改革」も達成できない。

政府紙幣は、ある意味で近代経済論理(とりわけ管理通貨制)を否
定する政策なので、覚悟を秘めた“国家一丸”が必要になる。(米
国が経済的に行き詰まって先行的に実施すれば問題ない。そのとき
には、対米徳政令も実施すべきである)


>その一方で既に成熟化した日本経済で持続的成長を確保するに十
>分な個人消費の成長は望みがたく、国民経済全体における支出構
>造を変換させる必要があります。そのためには政府部門支出比率
>の増大(実際の提供サービスは必ずしも官営である必要はない)と
>増税が不可欠で、国民が老後死ぬまで不安を感じないシステムを
>政府が明示しなければなりません。

低中所得者の可処分所得の増大は、今なお、個人消費の成長に寄与
するものである。それは、量的拡大ではなく質的向上というかたち
であり、住環境を重点にした公共投資と並行的に進めることで、日
本経済のそこそこの持続的成長に貢献することができる。

政府部門支出比率の増大のためには増税(税増収)が不可欠だが、
誰(何)をターゲットにするかで可否が決まる。政府税調的な増税
策は、「デフレ不況」を悪化させるものであり、税収も減少するこ
とになる。

国民が死ぬまで安心して生活できる国家構造を造るためには、まず
、「デフレ不況」から脱却しなければならないのである。(政府紙
幣は使わないとして...)


従来的経済価値観から抜け出し、経済論理をきちんと見直すという
過程がなければ、日本人の“近代化”は成し遂げられず、わけもわ
からないままうまく乗り切ったで終わってしまうことになると考え
ている。

もちろん、そんなことよりも、現実に生きている人たちの生活のほ
うがずっと重要な問題だから、合理的な解決策ならばそれを否定す
るものではない。
(政府が箸の上げ下ろしまで指図しなければならない国民がはびこ
ることになるが...)


(引用終わり)
メンテ
Re: 経済の話し ( No.3 )
日時: 2013/03/12 23:37:12
名前: 天橋立の愚痴人間

もう一つ、同サイトから転載。



自由主義経済の幻想を見抜いた仏国民     S子

 仏が欧州連合憲法批准拒否で、EUの存続に黄信号が灯った。その
要因の根底にあるのはどうやら低賃金労働力の波及にあるようだ。
低賃金労働力を求めて経済拠点が先進国から中・東欧に移動し、先
進国の労動力が奪われ、失業者を増加させ、経済の空洞化を生んで
いる。拡大EUに伴い単一通貨ユーロで自由主義経済をはかり、競争
促進による経済活性化をみたが、思わぬ落とし穴に陥ったといった
感は否めない。

この憲法では、EUの目的のひとつを「高度に競争力のある社会的な
市場経済」の実現と規定しているようだ。結局、仏国民は憲法拒否
で自由主義経済よりも高度福祉を選択、優先させたということだろ
う。自由主義経済の競争によるゆとりのない生活を送るよりも手厚
い福祉でのんびりとした生活を楽しみたいという仏の国民性が見て
取れるが、そこにはもちろん矛盾もある。経済が活性化しないこと
には高福祉も当然ながら受けられない。

F氏が指摘しているように「自由主義経済の幻想」は確かにあると私
は考える。そこにあるのは、「自由主義経済」という言葉によって
私たちが捉える印象、認識なりと、自由主義経済が実行されてそこ
に実際に起こる現象との相違性、または乖離性がある。つまり、心
で想像していたことと現実に創造されたことに「ズレ」が生じたの
である。

「自由」という言葉は私たちに何かしらスムーズに拡大して広がる
様を連想させる。それはまるで肉体に閉じ込められた魂が解放され
るような快感を私たちに覚えさせるものである。ところが、実際に
自由主義経済が行われてみて、私たちが実感したものは低賃金労働
力という競争だった。低コスト、低賃金で生産価格が少しでも安価
であるほうが自由主義経済では優先されていく。高コスト、高賃金
で高価な商品は敬遠されてゆき、先進国での失業者は増加し、私た
ちは自由に解放されるどころか、反対ににっちもさっちも行かなく
なって行き詰まってしまった。

拡大EUで低賃金労働力によってEUの中心的存在の仏が危機感を抱い
たことの意味は大きいだろう。自由主義経済における価格競争、マ
ネー戦争、それは換言すれば低賃金労働力の波及にすぎず、低収入
を意味する。つまり、この低価格競争に勝って経済の活性化を見る
こと自体が幻想でしかないということである。低収入になれば当然
生活の質のレベルは下がり、国民は追い込まれてゆく。が、生活の
レベルは下がっても手厚い福祉で生命の保障はきちんとしてもらい
たいのが、人間として生きるには当然の権利、主張だろう。

そして、その経済を担っているのは所詮人間でしかないのだから
そこをよく配慮せよと、仏国民は言っているのではないのか。自由
主義経済という言葉で国民を酔わせ、非人間的な生活を強いるので
はなく、血の通った暖かい人間的な生活を保障せよと訴えているの
ではないのか。




利潤なき経済社会2−まず必要な価値観の転換  あっしら

「利潤なき経済社会」と「利潤獲得を目的とした経済活動」は、ま
さに矛盾するものであり、一つの社会のなかでは両立し得ないもの
である。となれば、経済活動も終焉を迎えるのかと言えば、それは
国民あげて生存を放棄することを意味するからあり得ないことであ
る。

では、何を目的として経済活動を行えばいいのかという問いが生ま
れる。

今でも個々人の経済活動が経済学的目的ではなく様々な“目的”で
あるが、国家=共同体が基礎とするもしくは許容する目的は、それ
なりに統一されたものでなければならない。

問いの答えにはならないが、「経済活動が目的ではなく手段になる
」必要があると考えている。経済活動が国家の目的ともなり、その
経済活動が利潤獲得を目的としたものであるという現状から、「経
済活動は共同体=国家の成員ができるだけ快適に生きて死んでいく
ための手段である」との認識=価値観が共同体=国家の意志になら
なければならない。

そして、経済活動が残るように、市場も残る。
市場とは、個々人の活動力を交換する仕組みであり、家族や地理的
に狭い共同体が自給自足の経済活動を行っているのなら別だが、直
接的には目に見えない他者の活動力に依存しなければならないので
あれば不可欠のものである。(自給自足的な経済生活を否定するわ
けではない)
市場はそういう機能でしかなく、機能でしかない市場を崇拝する市
場主義的価値観は、インターネットという仕組みを崇拝するような
ものである。

利潤追求を目的とする経済活動が手段に“転落”することで、新し
い経済システムが生まれ出るのではないかと夢想している。



GNPよりGNH〜国民総生産より国民総幸福 (2003/03/10)
ttp://www.keicho.com/world/bhutan2003-3.html

 開発援助に携わる我々の間では、ブータンに関するちょっと有名
な話があります。それは、「ブータンは国家の目標として『GNH
(Gross National Happiness〜国民総幸福)』を追求する」と内外
に宣言していることです。「GNP(Gross National Product〜国民総
生産)」ではなくて、「GNH」です。要するに、国家の役割は経済一
辺倒の発展を達成することではなくて、国民の幸福を最大限に導く
ことだという素晴らしいコンセプトです。

 このブータンの国家コンセプトは、僕なんかが聞くと非常に共感
できて、正に国家の理想の姿のように思えますが、多くのエコノミ
ストにとっては、とてもユニークでどうも訳のわからないものなん
だそうです。そういったエコノミストの中には、「そもそも幸福の
定義は何なのか」とか、「GNHが国家目標なら、その達成を測る指標
はあるのか」といった質問をする人がやたらに多いです。特に、西
洋的価値観に基づいた教育を受けてきた人は、こういうことを言う
ような気がします。今回ブータンに来てからも、僕のチーム内で似
たような議論になりました。僕の個人的な意見を言わせていただけ
れば、幸福の定義なんて一人一人違うんですよ。僕が幸せと感じる
ことも、他人は幸せとは感じないかもしれないでしょ。あえて定義
を探せば、「幸せとは、欲求と現状のギャップが小さいこと」を言
うんでしょうね。欲が無く現状に満足していれば、貧しくとも幸せ
を感じることはできるでしょうし、逆に、いくらお金持ちで物質的
に恵まれていても、欲が深ければ幸福感は少ないかもしれません。
従って幸福感は精神的なものに大きく左右されるので、そんなもの
を測る指標なんてあるわけないのです。

 だからブータンを見習って、GNPなんていう指標で国家の発展度
を測るのは、もうやめにしませんか。そもそも、経済的豊かさと幸
福感の間に相関関係はあるのでしょうか。GNPが高い日本の国民は、
GNPが低いブータンの国民より幸せなのでしょうか。GNPよりGNH。
ヒマラヤの小国ブータンが、世界に大きな問いかけをしています。

(Fのコメント)
どうも経済の指標を幸福としたらというブータンの問いかけを見直
してみる価値がありそうですね。もう少し、あっしらさんの意見を
聞きましょう。



(引用終わり)
メンテ
Re: 経済の話し ( No.4 )
日時: 2013/03/12 23:58:47
名前: 天橋立の愚痴人間

さて、3つの記事を転載しました。

いずれも、資本主義のシステムを資本主義の理念の外に出て俯瞰したもので、問題点をより明確に指摘しています。

しかしながら、最初の「供給=需要 の向こう側」記事も、アダムスミス以来、経済学の中心となっていたこの概念を新たな見方にすり替えただけであります。
2番目の「利潤なき経済社会」も、実際にはありえないと言いますか、そう言う様に資本をコントロールすることは不可能(それが資本主義、民主主義の本質)と言う意味で絵に描いた餅であります。
三番目のフランス社会の分析は、まさにグローバル化した経済の現状を正視したものに過ぎません。

ブータンの国家像を参考に述べられていますが、最近、テレビの映像でブータンの生活を見たところ、全体に貧しく、昔の日本のように人々は助け合わねば生活は出来ません。
仮にブータンが物質的に豊かになった場合、今のブータンの国家つくりの方針が守られるか、または、国民が望むかは解りません。
そういう意味で、3番目の記述も、実際には役には立ちません。

ケチばかりつけているようですが「あっしら」氏が、本当の事をしっかりと言ってくれたことには、敬意を払っています。

さて、私の意見としては、下記の様な事に着目する必要があると思うのです。

需要と供給の関係で言うならば、

現在の社会には物資が有り余っていて、生産をしなくても当分の間はやって行けると言う事です。
ですので、それ自体で 需要=生産の方程式など成り立たなくなっているのです。
また、物資が有り余ってしまう理由に、生産手段の発達が、そのような状態を安易に引き起こしているのです。

物資が有り余っていても、人間は石油を飲む事はできず、自動車、家電製品を食べることも出来ません。
他の物資を調達する事については1ヶ月でも半年でも辛抱することは出きますが、1ヶ月も食事をしなければ大概は死んでしまいます。

新しい経済のシステムを考える場合、この問題を解決し無ければなりません。
現代経済学も、上記で紹介した意見も、此処までの深刻性を認識できてはいないのではないでしょうか。

それが、問題なのです。

では、どのようにすれば解決できるのか、

勿論、その方向性くらいは示す事が出来るでしょう。
今日は、ここまでとします。







メンテ
Re: 経済の話し ( No.5 )
日時: 2013/03/13 00:15:41
名前: 天橋立の愚痴人間

紹介した文章に基づき、さらに検証を進めます。

2番目の

>「利潤なき経済社会」という表現のなかで使っている利潤は
、再資本化されない利潤を意味しており、間接的であれ再生産に向
けて投じられる利潤は、利潤ではなく資本化原資の拡大と捉えてい
る。

これは言い変えると

利潤を求める経済社会(現代)は再資本、要するに貨幣の蓄積が目的となる経済の状態のことを指し示す事になるのでは、ないでしょうか。

1番目で、出てくる貨幣が本来の物資の流通のための「手段」としてあるのではなく「目的」となっていると言う指摘に合致します。

その理由は、アダムスミス以降、現れたあらゆる経済論の基礎となっている「需要と供給」の関係が、根底から変質している事に気がつかないか、無視をして、経済のシステムを維持しようとしている事による矛盾が噴出しているのであると思います。

メンテ
Re: 経済の話し ( No.6 )
日時: 2013/03/13 11:37:17
名前: 天橋立の愚痴人間

以下は7年前に投稿した「私の主張欄」の「人類の環」で言っている事です。
結局は、ここへ戻ってきます。

ttp://www.kyudan.com/toukou/amano04.htm


第2章 経済の事)

自給自足で生計を営む根源的な生き方は、現在でも大災害に見舞われた地域などでは一時的にせよ脳裏に浮かぶように、生物としての人類はこれを忘れてはならない。 幸いに我々の社会での現実は進歩した社会システムの恩恵により手厚く守られている。

経済における資本主義の考え方は物質面における生産・流通を飛躍的に発展させ、現在の豊かな社会を形成するにいたった。 その原動力は我々自身の本能に基づいた物質的欲望を各自が競って取得することを肯定し、またその環境を整備したことである。

永い間続いた封建領主のための生産から、自らのための生産に移行できた時代(後述の民主主義の思想とも相まって実現した)から約300年の間、人類はガムシャラに現代まで行き着いた。 そして、その結果をただ喜んでばかりいてよいのだろうか、現在及び将来について考えてみよう。 地球上ではまだまだここまで至っていない地域のあるのも事実だが、先進工業国と言われている国々においては共通に次のような事態が現出している。

1 生産手段の発達により、地域で消費する必要以上の物質が大量に生産され、そのはけ口を必要としている。

2 生産手段の機械化・ロボット化により、余剰労働力が大量に発生しているはずである。 ただし現在は余剰生産品を他の地域でさばくことで、かつ発展途上国を中心にそれを受け入れられる状況にあるので表面上は重大視されていない。

3 上記と関連する事ですが、安い労働力を求めて企業活動がなされた結果、その商品の需要地と供給地が、随分と離れてしまったことで、貨幣の流通と言う面で、そのサイクルは長いものとなってしまった。
故に、供給地にいない人たちには需要のための貨幣を稼ぐ事ができない(国家全体としてみれば、バランスが取れていても、人々はそれでは生きては行けない)。

4 生産手段の高質化に伴い、生産は大組織及びそれに関係する組織が中心となり、健全な労働意欲を持っているだけでは生産に従事できない多数の人々を生み出している。

5 企業は自らの利益追求のため、従来の衣食住に基づく主生産品以外の多種多様の商品の開発生産をせざるを得なくなっている。 これ自体は豊かな生活のため悪いことではないが、新しい商品の氾濫がやがて引き起こすだろう人間の精神面の荒廃を予想したとき手放しで期待してよいものだろうか。

6 膨大な商品生産がもたらす、資源・エネルギーの消費は地球環境を考えなければならない段階に来てしまっている。

7 先進工業国と発展途上国の生産手段の格差は広まるばかりで、人口の多くをしめる途上国との調整の問題は今後増大する。



過ぎ去った時代の状況を思い出してください。 各家庭の子供の目には、近所の左官屋さん・米屋さん・うどん屋さん等々、身近にはたらく人々が映っておりました。 子供にとって、おとなになることはそれらの何かになることと、ごく自然に体得しておりました。 また人々は働くきっかけは自身で手軽に見つけられました。

現在はどうでしょう、安定した生活手段を得るためには、どこかの組織に入り込むことが必要です。 組織の窓口はあちこちにあるわけではありません、また、その職業の多くはサービス産業・IT産業など形態としては把握しづらいものが多くなってきている。 沢山の子供達は就労の根源的意味すら希薄にしか意識できておりません。 このような状況がだんだんと蔓延してきております。

資本主義経済の理論的長所は、人々が誰でも能力・努力に応じて報酬を得ることが出来、各自がその欲望に基づき行動することにより、より豊かな社会を現出することでした。 現在ではその原点の思想に限界があることを現しております。 今や資本主義の経済体制は組織から外れた人々・余剰の人々を除外して進もうとしております。

また大量の余剰商品をさばくための競争は、人間社会での自然で必要な需要供給の関係を逸脱して進んでいます。 巨大組織による強引な物資の押し付け、システムの押し付けは地域の正常な社会基盤の発達を歪なものとしております。 企業はそのために開発した商品を出来るだけ沢山売り込むことで、より巨大化しようと懸命です。

多量の物資への妄想が我々の社会の全能の神となっています。 現在、我々は大量の商品と情報の中で狂喜して生活しております。 迫り来る危機を見つめようとはしておりません。 野生のライオンもその狩猟に当たっては必要以上の狩はしません、北海道のヒグマは必要以上の鮭は取りません。

資本主義経済体制も科学も我々自身が作ってきたものです。 享楽に任してシステムをコントロールする事が出来なければ、それが最後まで人類に幸運をもたらすとは限らないのではないでしょうか。




(第5章 二十一世紀の事)

イ 経済体制の事

グローバル化を合言葉のように現在の企業はどの分野においても巨大化を目指している、目指さねばならない状況に陥っているが、それが完結したところで良い結末が待っているとは限らない。 究極の巨大化は大変な閉塞状況を導いてしまう。 大なる事が経営を解決すると言った迷信から企業は目を覚ますべきである。

むしろ各企業は適正規模がどのくらいかを策定すべきである。 また現在では各企業による生産物資の内容は全て企業の選択に任せている、一部の医薬品等を除き、生産の内容に国家が介入することはない。 一方で人々の生活は経済システムに翻弄され、就業の面でも消費の面でもまた社会施設の整備の面でもアンバランスなところが多々見られる。

これらのことの根本を考え直してみればどうか。 我が国の国土開発の状況をみても、従来は産業育成・生産性向上が中心テーマであった。 発想を転換して、人々の生活様式・環境の整備の面から企画すればどうなるのか。 豊かな社会であることが前提だが、大都会に集中する居住形式を、せめて老後を送る人々が地方の自然の中で生活できるようにする事も出来るはずです。

人々の生活のあり方そのものに関心を向ければ、多様な企画が浮かんでくるはず。 その方向を主体に考えるなら、いままでとは異なる社会整備の形態が浮かぶはずです。 IT技術の発展により、生産拠点の分散もできるはず。

生産と消費のサークルも、より身近な範囲のシステムと認識できるものが構築できるはずです。 ただ現在のように自国の企業が世界で有数なものに成長する事が一番大切に考えているようでは政策の転換はできない。 けれども国全体がまんべんなく潤うことの方が、結局より豊かな生産を喚起することに気づかねばなりません。

このように世界が、国連・各国家・地域単位で地域にあった社会の整備を目指し、地域にあった物資生産の企画を持つ事、企業による積極的な新製品の開発意欲は大切な要素ではあるが、物資生産計画を地域ごとに策定することも今後必要になると思われる。 各企業による巨大化競争は、もはや企業自身では止められない。

政治権力(民衆)が介入して、ある程度の計画経済の考えを取り入れることが、結果として企業にとっても、我々にとっても良いのではないか。 そのためには同時に社会のあり方を変えねばならない。 我々は究極の企業の巨大化・システムのグローバル化が最終的に資本主義体制の墓場となることを理解しなくてはならない。 またこの事は地球的規模で進行する必要があり、その実現には途方もない労力が必要と思われるがいかがでしょうか。

(終わり)
メンテ
Re: 経済の話し ( No.7 )
日時: 2013/03/20 23:53:21
名前: 天橋立の愚痴人間

2009年以来、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルとEU加盟国の財政破綻が続いている。
3日前には、これにキプロスが加わり、ともにEUの支援を要請している。
その前、2008年には、リーマンショックに伴い、アイスランドの財政も破綻している。
これに加え、イタリア、スペインの財政危機も言われて久しい。
なお、かつ、それら国の財政破綻がEU全体の問題に直結し、株式、為替などの大混乱を巻き起こしている。

3日前のキプロスの財政危機の発露は、総体の金額が1兆円少々と僅かであるにも関わらず、早速我が国の株価も大きな下げを記録している。
実態経済を離れた、こうした金融の動きは何であるかと言う、素朴な疑問をが語られることはあまり無い。

EUによる通貨統合は何であったのであろう。
統合される以前は、為替などを通して、1国の問題は1国の責任の範囲で、概ね処理できる調整機能が働いていた。
また、其れによって、国内の実質経済も、国内の事情に即して、賃金などのありようが確保でき、これも外国との関係の調整機能であった。

EUによる通貨だけでない経済的な標準化は、関税の撤廃は、物資の流れをEU圏内全体と歩調を合わさねばならず、経済的環境が整っている地域と、まともに対峙しなければならなくなった。

能力のあるものは、域内の好調な地域へ移り住み、その恩恵にあやかる事ができても、誰でも出来る事ではない。
結局、広域経済圏を構築し自由競争させると言うシステムは、域内の強者をますます強くし、弱者はますます困窮させるというシステムに過ぎない。

これを、国家単位で考えても同じ事である。
EEC発足から50年、EUとなって20年。
結局は、ドイツ、イギリス、フランスが統合の恩恵を享受し、他の多くの国は、統合の期待に反して追いやられているのみ。
当然の帰結として、それは自由競争の強者の理論に巻き込まれたのみである。
背伸びして付き合っていても、結局は力つきて強者の餌食になると言うことだ。

我が国でおきているTPPもまさしくEUに代わるものであり、世界中が資本の論理の前に反強制的に巻き込まれているのである。
国家としての体力が異なるものが不用意に参加しては、国家事態の破綻が目に見えているのである。
まだまだ、世界の国家は、あらゆる面で、オープンなグラウンドで戦えるようには発展していないのである。


一方、観点を変えて経済危機を、下記のように捉えている専門家氏がいる。

・・・そもそも今回の危機はなぜ起きたのだろうか。それは明らかに2008年に起きたリーマンショックと関係がある。 リーマンショックは二つの変化を世界にもたらした。一つは、経済危機からの脱出のために多くの国が大胆なケインズ政策をとったということだ。 巨額の財政赤字をいとわず景気刺激策に走った。もう一つは、グローバルマネーが国債のような安全な資産へ逃避を始めたということだ。
 残念ながら、こうした動きが結果的に国債のリスクを高める結果になっている。景気が早期に回復すれば問題なかったのだが、 そうした状況にはない。欧州の金融機関が大量の国債を保有しているということは、リーマンショックと無関係ではないはずだ。・・・

此処ではリーマンショック以来の多くの国の経済的施策(ケインズ政策)の失敗が、財政赤字を生んだとしていて、これに連動する様に、グローバルマネーがよりリスクの低い各国の国債へ向かった結果、世界に連動する経済不安を引き起こしているとしている。
この専門家氏も、大方のクソ学者と同じように、本当の事を隠している。
こうした論理を展開している限り、形を変えて、何時までも危機が続いて行くであろう。

「経済危機からの脱出のために」といっているが、経済危機の本質を見誤っているのである。




ここで、アイスランドが経済危機から立ち直ろうとしている方策の一部を紹介した文章がある。
ttp://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2012/07/post-2617.php

 08年の世界金融危機で折からの金融バブルが崩壊し、経済崩壊寸前の苦しみと屈辱を味わったアイスランドが、予想外の回復を遂げている。

 経済規模が1割も縮小するほどの深刻な景気悪化を経てきたにも関わらず、失業率は6%程度にとどまり、さらに改善する兆しを見せている。アイルランド失業率が約15%、スペインが25%近いのとは対照的だ。

 もちろん人口32万人のアイスランドを、より大きく複雑な欧州諸国と単純比較するわけにはいかない。だが7日付けのニューヨーク・タイムズ紙は、泥沼にはまったままのギリシャやスペインなどとは正反対の危機対策をアイスランドが打ってきたことに着目している。

 経済危機下の多くの問題のなかでも、高い失業率はとりわけ厄介だ。経済事情の変化のせいで突然借金返済が苦しくなったら、人々は今まで以上に働いて稼がなければならない。働く時間を増やすとか、副業を始めるとか、収入を増やすためなら何でもするはずだ。

 だが、同時に支出を減らすことも考える。ここで問題なのは、多くの人がいっぺんに支出を減らそうとすれば、企業の業績が悪化し、追加的な収入を得るために必要な仕事そのものが減ってしまいかねないということだ。

 アイルランドやスペインがまさにそうだ。人々は危機以前よりも収入を必要としているのに、仕事がない。これではめちゃくちゃだ。

バブル崩壊の損失を埋める魔法などない
 ユーロ離脱などで自国通貨の価値を切り下げても、経済危機の痛みを取り去ることはできない。誰もが貧乏になるだけだ。だが、痛みを国民と金融システム全体で広く薄く負担することで、高失業による危機悪化のスパイラルに歯止めをかけることはできる。

 アイスランドはそのために、同国で最大級の銀行も救済せずに破綻させ、預金支払いを保証し、借金で首が回らない家計や企業には債務免除を行った。とくに営業的には黒字の企業が借金返済に行き詰ってつぶれる黒字倒産を看過すれば、貴重な雇用主を殺すことにもなる。

 世界金融危機が起こったとき、アイスランドもアイルランドも海外資金によるバブルに沸いていた。バブル崩壊による巨大な穴を消し去る魔法などどこにも存在しない。

 アイスランドとアイルランドは共に高い教育水準を誇り、民主的で安定した政府を持ち、政治の腐敗も少ない。長期的には、どちらの経済も立ち直るだろう。

 だが今重要なのは、失業者の目線で政策を行うことだ。国を癒すことができるのは、高失業の長期化を回避できる政府。アイスランドはその点で既に実績を上げているといえそうだ。

(引用終わり)

「だが今重要なのは、失業者の目線で政策を行うことだ。国を癒すことができるのは、高失業の長期化を回避できる政府。アイスランドはその点で既に実績を上げているといえそうだ。」

最後の、この言葉、この目線を取る事が出来ない国家は、時間とともに、どんどん追い込まれて行く事にあんろう。


「アイスランドはそのために、同国で最大級の銀行も救済せずに破綻させ、預金支払いを保証し、借金で首が回らない家計や企業には債務免除を行った。とくに営業的には黒字の企業が借金返済に行き詰ってつぶれる黒字倒産を看過すれば、貴重な雇用主を殺すことにもなる。」

このことも、我が国の政策とは真逆のことである。

メンテ
Re: 経済の話し ( No.8 )
日時: 2013/04/07 13:45:34
名前: 北の国から

 愚痴人間さん。
 いろいろと勉強させていただいていますが、経済の話はいろいろと難しい分野だと思いますが、
それでも、いまの日本の労働者、国民のことを考えると、この問題は避けるわけにはいかないし、
たくさんのひとたちに「どうすれば、まじめに働いたら、まともな暮らしができるか」をわかり
やすく話していかなければならないと思っています。
 よろしくお願いいたします。

 まず、日本経済の現状の評価という問題ですが、分かりやすいところからみると、働いている
人たちのほとんどが「働いても食えない」。中小企業の経営者のかたたちも「がんばっても売り
上げは改善しない」。農業など一次産業のひとたちも生産価格は下がり、後継者もいない。こう
いう現実が進行しているわけで、この事実をもって「日本の経済は、他の資本主義諸国と比べて
も、きわめていびつな、きわめて異常な低レベル」と規定することから始めてみます。
 つまり、科学や技術が発達していようと、新幹線のスピードが速かろうと、それらは二次的な
問題であって、経済の本来の目標であるところの「国民の暮らしがたちゆかなくなっている」と
いうところが「一日にも早く改善しなければならない」課題です。

 この課題は、資本主義経済によるものなのか、あるいは新しい経済システムが必要なのかとい
うようなレベルの問題ではまだないような気がします。
他の資本主義国は、いろいろ困難はあっても、日本ほどいびつではないからです。

 いびつの要因は、たとえば日本の場合「他国に権力の重要部分をにぎられている」などあるの
は明瞭ではあるものの、日本の国民がそうした政府に一票いれてきているというところを、ここ
では問題にし、そこのところから経済の問題を考えてみようと思います。(つづく)
メンテ
Re: 経済の話し ( No.9 )
日時: 2013/04/07 14:29:20
名前: 北の国から

 有名な「アーミテイジレポート」で、このレポート作成にたずさわった研究者は、
日本人の気質(まあ、これが投票行動を左右しているのでしょうが)について「大
きな変化を望まない」と分析しました。
 これは、徳川300年、明治、大正、昭和と形成されてきたものでしょうが、こ
の「日本人の気質」をもっとも強烈にかたちずくったのは15年戦争後の昭和の雇
用の形態だったのではないでしょうか。
 中国など他国をみるまでもなく、支配者は「国民に食わせなければ」なりません。
 日本の場合は、戦後の「朝鮮戦争特需」などの右肩あがりの景気を背景に「終身
雇用」という形態をとってきました。(このことについても愚痴人間さんのスレッ
ドを読ませていただきました)
 
 この雇用形態は、日本人の企業における(労働者としての)家族的融和を一気に
増大させたのだと思います。(したがって当時の労働組合運動は、表面的にはどう
であれ、労使協調路線が主流でありました)
 この時代の欧米の労使関係をみてみると、労働者はもっと自立しており、労働組
合も企業別ではなく業種別です。つまり労働者は経営者と対等にものを言える可能
性があったのでしょう。

 さて、この数年、日本の終身雇用は(経営側から)否定されつつあります。
 このことがどういうことになるのかは難しいのですが、評論家などは「世の中が
ギスギスする」などと言っていますがほんとうでしょうか。
 経営者が労働者を解雇しやすくするなどは論外ですが、労働者が自立し、誇りを
もって働くために賃上げの闘いをする。経験的に言っても、このことは労働者自身
の能力を高めるし、経営者が緊張感をもって経営にあたる力量も高まることが多い
のです。
 こうした労働者の自立は、農業従事者や、中小企業経営者の質的な自立や、社会
制度への関わりにつながっていきます。
 しかし、問題は簡単ではありません。労働者の賃上げの闘いは、企業の収益増や、
利益獲得という労働者側からの提案とセットでおこなわれてこそ、社会的な説得力
があるのであって、ここでも労働者側のレベルの高さが問われるからです。

 たとえば、こういう議論があります。
「日本は資源がなく、それでいて労働力人口が多く、それでみんなで食ってゆくた
めには、日本的しくみが必要なんだ」。
 ほんとうでしょうか。(つづく)
メンテ
Re: 経済の話し ( No.10 )
日時: 2013/04/07 23:11:03
名前: 北の国から

 日本という国が、さまざまな失敗はあっても、今日まで発展してきたのは、たぶん
他国と比較しても(かなり昔から)、不十分ながらも教育を重視してきたことによる
ものだと言われています。そして、このことが農業をはじめとする一次産業をはじめ、
製造分野、サービス分野で高い生産性を維持してきたひとつの大きな要因であること
はまちがいありません。
 とりわけ米づくりの分野では、その技術レベルは群を抜いていて、狭い農耕地や、
北海道の寒冷地にいたるまで、農民の努力によって1千万トンの質の高い米の生産を
実現していました。
 ものを作る技術もすごいもので、たとえば大型の望遠鏡の大型レンズを1000分
の1ミリで、狂いのないようにみがくのはコンピュータで制御する機会よりも、大田
区の町工場の熟練工の手作業のほうが高い精度でやってのけます。

 つまり、資源は少なく、国土は狭くても、恵まれた気候や、働く人々の高い生産性
によって、さまざまな不利な要素を克服してきたのでしょう。

 しかし、そうした優れた国民性を持っている半面、国民や労働者、農民のガバナビ
リテイーが極めて低いままに置かれているというのが、労働者の自立や社会的抵抗や
農民の組織的抵抗を、今日まで困難にしてきています。

 外国の投機集団に、日本の国民の暮らしも社会保障制度も、重要な産業も、そして
独立国としての民族的誇りまでズタズタにされようと(されてきている)しているの
に、それにたいする大きな抵抗の運動はほとんどおきません。(これはいろいろなと
ころでみなさんが指摘しておられるとおりです)
 つまり、選挙がはじまれば「会社の関係」「労働組合からの依頼」「近くに駅をつ
くった人」などが投票行動のおおきな要因であり、その結果、依然として「経済の中
枢を他国に支配されている状況」がつづいてしまっており、いつまでたっても労働者、
農民、国民は「自分の国の将来を自分たちで選べない」という、まれにみるいびつな
独立国にあまんじさせられてしまうのではないでしょうか。

 そうしたら、どうすればいいのか。どうすれば少しづつでも自立した国民に進むこ
とができるのか。(つづく)
メンテ
Re: 経済の話し ( No.11 )
日時: 2013/04/07 23:33:30
名前: 北の国から

 これは、たぶん国民、労働者、農民、中小企業経営者のガバナビルテイーを、
高める作業だと思います。
 地域(どんな小さな単位でも)、職場、同業者などのちいさな単位で、多少
なりとも統治能力の必要な活動を、いくつもいくつも作っていき、実際にさま
ざまな活動を起こしていくことではないかと思います。
 どんな目標でもどんなサークルでも、財政をつくり動くことでしょう。
 そのために必要であれば学習も(優れた講師をたのんで)おこなう。
 そういう実際の活動によってのみ「独立国の国民の誇り」「労働者の誇り」
「食糧を生産している誇り」などとともに統治力がみがかれると思います。
重要なことは、どんな場合にも政治的に偏るような目標や活動はおこなわない
ということでしょうか。
 とくにこの活動で重視するのは「自分たちで計画し、自分たちで実行する」
ということでしょう。
 小さな単位でも、ガバナビリテイーがついていくことによって、マスコミな
どがたれながし続けているウソが見抜けるようになるでしょうし、暮らしや経
済というものは、実は自分たちの選挙のときの洗濯によって、自分の首を絞め
ることにもなるし、あるいは少しでもまともなルールができたりするというこ
とになるでしょう。

 とりあえずボクは、こうした活動に参加していきます。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.12 )
日時: 2013/04/07 23:50:12
名前: 天橋立の愚痴人間

北の国から さん

随分と長文の主張、読ませていただきました。

貴方も言っておられる様に、現状はいろいろな角度から説明できます。
そうして、現在出来ることを、コツコツとやること以外、今の所は方法がないのですが、

また、私自身、多くの言葉で語って来ましたが、究極の所は、政治の問題でも経済のシステムの問題でもないと思っています。

要するに、科学の発達が、ある意味で人間を追い詰めているのです。

生産と言うものを考えてみてください。
食料に関しては、未だに餓死者がいるようで、これは除くとしましても、工業生産については如何でしょう。

テレビで紹介される、各種商品の先端の生産ラインのすごさは、想像を絶するものです。
どのような商品でも、食料品でも、その生産ラインで作られる量は、1日に数万を超えます。
日本全国で消費される、同じ商品を作るためには、10〜20ヶ所程度の施設でまかなえるでしょう。

自動車にしても、テレビなどにしても、メーカーは数社に絞られている状況です。
そうして、その工場に人間はまばらにより働いていません。

要するに、仮に輸出入が全くないと考えれば、国内で必要な商品を作るのに数千社と数百万人の労働者がいれば事足りるのです。

太古の昔から、人間は、食べること、着ること、住むことのために働き、生活の糧を稼いで来ました。
それが生きることであり、人生であったのです。

現代社会は、昔は殆んどの人がしてきた、そうした労働に必要な人間は人口の2割りくらいのものが従事すれば出来るのです。

前にも書きましたように、最近の統計でサービス産業に従事する労働者の割合が75%に上がっている事が証明しています。
このサービス産業の部類は、生活に欠かせないものでないものが多くあり、何かと言えば雇用の環境が不安定な分野であります。

それも、さすがに70%を超える頃には労働力の過剰供給の状態になり、失業をやむなくされる人が増えています。
また、ITを駆使した仕事とか、老人や、個人的能力のない人には出来ない領域があります。

報道では、人口が減ってくるので、将来の労働力が不足のように言いますが、人口が減るということは需要も減るということであり、其れに対して、科学技術の発達は、ますます生産効率を上げ、生産の為の労働力を必要としなくなってゆきます。

繰り返しますが、世界的な格差の問題も、詰まるところ、科学技術の発達が招いたものです。
このような、根本的な問題から目をそらし、資本主義のグローバル化の性にしたり、政治の問題にしていますが、本当は、そのこと自体が誤魔化しなのです。

勿論、このような条件を乗り切り、殆んどの人に仕事を与えるようにするのは政治でなければ出来ないのですが。

以上、言ってきたことを前提に、貴方も言われているような施策を総動員して切り抜ける方法をやり始める必要があるのではないでしょうか。


メンテ
Re: 経済の話し ( No.13 )
日時: 2013/04/08 19:50:15
名前: 北の国から

 天橋立の愚痴人間さん。ありがとうございます。
「経済の話し」のスレッドに書かせていただいたのですが、書いているうちに、本来の
趣旨からずれて行ってるのではないかとあせってしまいました。

 いずれにせよ高い生産力を持つ高度に発達したこの国の国民が、できるだけ等しく豊
かな暮らし、希望も展望ま持て、子どもを生み育てることに躊躇しなくてもいいような
社会に向かって進むには、何をしなければならないのか、と言うことですね。

 何よりも、亡くなった加藤周一氏が強調していたように「知識人が大衆と乖離してい
る」という日本的な現状から抜け出さなくてはならないでしょう。

 この掲示板を知ってから、みなさんの圧倒的にレベルが高く、具体性があり、説得力
がありそれでいて適切に自主規制されている投稿に、どれだけ勉強させていただき、ど
れだけ励まされたか。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.14 )
日時: 2013/04/08 20:06:00
名前: 天橋立の愚痴人間

>いずれにせよ高い生産力を持つ高度に発達したこの国の国民が、できるだけ等しく豊
>かな暮らし、希望も展望ま持て、子どもを生み育てることに躊躇しなくてもいいような
>社会に向かって進むには、何をしなければならないのか、と言うことですね。


その通りと思いますね。
そうして「何をしなければならないか!」を問うとき、

現在の一切のしがらみを断って考えねばならないと思います。

メンテ
Re: 経済の話し ( No.15 )
日時: 2013/04/11 11:53:44
名前: 天橋立の愚痴人間

携帯電話輸入、初の1兆円突破 国内勢は海外生産移転…歯止めかからず
ttp://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20130410-00000040-biz_fsi-nb

 携帯電話の輸入超過に歯止めがかからない。2012年の輸入額は統計開始以来初めて1兆円を超えた。海外メーカーの国内での販売増とともに、国内勢の生産も海外への移転が進んでいるためだ。テレビやパソコンといった他の製品も海外生産が広がり電機業界全体の輸入額から輸出額を差し引いた赤字幅が拡大している。安倍政権発足以降、急速に進む円安を背景にした輸出増の効果も限定的になりそうだ。

. 情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)などの統計によると、12年の携帯電話の輸入額は前年比52.7%増の1兆1192億円となった。一方で輸出額は24億円で、貿易赤字額は1兆1167億円までに広がった。輸入拡大の原因は、海外製のスマートフォン(高機能携帯電話)の販売増加と日本メーカーの海外への生産移転だ。
. 12年の国内スマホ出荷台数は、米アップルと韓国サムスン電子が4割を超えるシェアを握った。CIAJの統計ではアップルが「iPhone(アイフォーン)」を製造する中国からの携帯電話の輸入額が前年比57%増の9035億円に達するなど、海外勢のスマホの攻勢が貿易赤字幅の拡大につながっている。

. さらに、国内メーカー側もコスト削減などのため携帯電話の生産を海外拠点に移転しているほか、海外メーカーへ製造を委託する動きを強めている。ソニーは携帯電話を国内で唯一生産していた岐阜県美濃加茂市の工場を3月末で閉鎖。NECもスマホの生産は国外で行っており、シャープも中国で販売するスマホについて海外への委託生産を進めている。

. 生産の海外移転や海外製品のシェア伸長などによる輸入額の拡大は他の電化製品でも同様だ。電子情報技術産業協会(JEITA)によると薄型テレビやパソコンなどの製品でも輸入超過が続いており、12年の電子工業品の貿易黒字額は5449億円と9兆円以上に達した1991年から大きく目減りしている。世界市場での競争と海外製品の流入に脅かされ、“加工貿易”で日本を成長させた電機業界のかつての姿は絶えている。
..

(引用終わり)


如何でしょう、これが現実なのです。
20年前の、プラザ合意から、生産拠点の海外流出は止まらず、国内の産業は、自らの企業の理由により空洞化が、ますます進んでいます。

名が通ったような企業は、半分を優に超える商品を海外で生産していて、その傾向はますます強くなっています。
しかも、その商品を逆輸入しています。

これでは、その企業に勤める以外の人たちは、何の収入で生活せよと言うのでしょう。
幾ら物価(輸入品)が安くなっても、金がなければ何も買えません。
現在、商品を豊富に持っているといっても、テレビや自動車を食べることは出来ません。
食べる事ができなければ、飢餓は容赦なく押し寄せてきます。
人々は、豊富な贅沢品に囲まれて餓死を待つのみです。
商品の影に隠れていますが、現代社会は、凶作で餓死を待っていた古代の其れに近いのです。

要するに、資本の原理のままで社会は展開しているのです。
TPP問題など、国民の生活を守るべき、国家までもが、大企業の利益の追求にのみ肩を貸し、国民を虐げる事に奔走しています。

資本主義の原則を変更できないのであれば、其れに変わるセーフティーネットを作るのが国家ではありませんか。
セーフティネットと言っても、従来のマヤカシではなく、本質的な、それであります。

私は、一次産業の国家的な保護、
財源は、紙幣増刷による公共事業で雇用を人為的に確保する(資本主義経済の枠外の発想で)ことより、解決は出来ないと思っています。

このような、現実を見ようとしないで、まだ金融政策で何とか出来ると思い込んでいる、国民をだましている政治、行政、知識人の行動は、人類を滅ぼす大罪者のそれである。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.16 )
日時: 2013/05/02 11:31:28
名前: 天橋立の愚痴人間

>2009年以来、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルとEU加盟国の財政破綻が続いている。
>3日前には、これにキプロスが加わり、ともにEUの支援を要請している。
>その前、2008年には、リーマンショックに伴い、アイスランドの財政も破綻している。
>これに加え、イタリア、スペインの財政危機も言われて久しい。
>なお、かつ、それら国の財政破綻がEU全体の問題に直結し、株式、為替などの大混乱を巻き起こしている。

最近の発表でEU諸国の失業率は平均、12.0%を超えたと聞きます。
スペインでは、何と27.0%、若年層は50%を超えるそうです。

これを支援するEUなどの外国は、財政再建、銀行の救済ばかりを口にし、多額の援助を表明しています。
ギリシャなどの場合は支援する変わりに大量の公務員を削減するように条件をつけています。

なるほど、国家の財政、大手銀行などは、これによって救済されても、失業者が増えることはあっても庶民の救済にはなっていません。

外国の救済と言うものは、其れによって自分自身の債権を回収するだけのものであり、かつ、その資金に、それぞれの国の税金を使っています。諸悪の根源である、金融システムをの勝手なやり方です。

以前に紹介しましたアイスランドの再建の例のように、
大手銀行の破綻など捨てて置き、ひたすら国民の生活を守る為に動くべきであります。

それが本当の救済ではありませんか。
破綻した(失業者の増大)国民生活を救済しないと、何時までも国家の再建など出来はしないのです。

我が国も、そうです。
何かあれば、銀行や、大規模企業の救済を国家の使命と考えている間違いが問題であるのです。

大手銀行に預金があるような余裕のある人間の救済などする必要はないのです。
大企業が一つなくなれば、やがて小さな企業が生まれてくるのです。

そんなものは、自己責任で、ドンドン潰せばよいのです。
其れにより、新陳代謝が始まり、身体中に新し血が、活力がみなぎるのです。

国内、海外共に、救済と言う名目の、経済の支配層による独裁を見逃してはならないのです。






メンテ
Re: 経済の話し ( No.17 )
日時: 2013/05/02 18:14:49
名前: ウインブルドン現象・・・みすずのさと

「ウインブルドン現象」

市場経済において自由競争が進んだため、市場そのものは隆盛を続ける一方で、元々その場にいて「本来は地元の利を得られるはずの者」が敗れ、退出する、あるいは買収されること。

競争により活性化し望ましいという見方と、在来のものが除外され望ましくないという見方がある。



(語源)

語源はテニスのウィンブルドン選手権。伝統ある同選手権では世界中から参加者が集まるために強豪が出揃い、開催地イギリスの選手が勝ち上がれなくなってしまった。男子シングルスでは1936年のフレッド・ペリーの優勝を最後に、女子シングルスでは1977年のバージニア・ウェードの優勝を最後にイギリス人の優勝者は出ていない。


誰が望んでいるのか、

TPP!

まさにウインブルドン現象を引き起こす。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.18 )
日時: 2013/05/15 18:06:17
名前: 原理経済学概論・・・天橋立愚痴人間

資本主義とは、経済の仕組みの一種で、資本の運動が社会のあらゆる基本原理となり、利潤や余剰価値を生む体制である。「資本制」とも言う。

社会に貨幣を投下し、投下された貨幣が社会を運動してより大きな貨幣となって回収される場合、この貨幣が「資本」とよばれる(資本を参照)。

カール・マルクスは著書『資本論』の中で「生産手段が少数の資本家に集中し、一方で自分の労働力を売るしか生活手段がない多数の労働者が存在する生産様式」として「資本主義」と定義した。
資本主義が成立するためには、商品生産と商品交換が一般化しており、自己の労働力を商品化する賃金労働者の存在が必要である。ひとくちに「資本主義」といっても時代や国によって体制には差があるが、一般的に以下のような特徴を持つものであるとされる。

• 私有財産制(民法体系による司法による財産権の法的保護、経済的自由権)
• 私企業による生産
• 労働市場を通じた雇用、労働
• 市場における競争を通じた需要、供給、取り引き価格の調整、契約の自由

但し、以上のうち、どの特徴が資本主義にとって本質的なものであるか、どの特徴が偶有的なものであるか、については必ずしも意見が一致しない。
基本原理としては生産手段を持つ資本家が、生産手段を持たない賃金労働者を使用して利潤を追求する社会システムである。

競争市場では、需要と供給が一致することにより市場価格と取引数量が決定される。以下で示す需要・供給分析は、ある財(物品)・サービスの市場に注目した分析となるため、部分均衡分析と呼ばれる。(すべての市場を同時に分析するものを一般均衡分析と呼び、対照的に扱われる。)

「需要と供給」

需要とは、財に対する購買力の裏づけのある欲望。
消費者側の「買いたい」という意欲。 価格と需要量の関係を図示したのが需要曲線で、一般に右下がりの曲線である。これは価格が上がるほど需要量が減少することによる。
これに対し、同じ価格に対応する需要量が増大して需要曲線そのものが右方に移動する(シフト)ことは、需要(需要量 ではない)の増大といわれる。
なお、国内における需要を内需(ないじゅ)、その国以外からの需要を外需(がいじゅ)と呼ぶことがある。

供給とは、財(物品)やサービスを提供しようとする経済活動。
生産者側の「売りたい」という意欲。 価格と供給量の関係を図示したのが供給曲線で、一般に右上がりの曲線である。これは価格が上がるほど供給量が増大することによる。
これに対し、同じ価格に対応する供給量が増大して供給曲線そのものが右方に移動することは、供給(供給量 ではない)の増大といわれる

均衡

需要曲線と供給曲線の交点で決まる状態を競争均衡と呼ぶ。このとき需要量と供給量は一致し、一義的に価格が定まる。この時の価格を均衡価格(または市場価格)、取引量(数量)を均衡取引量と呼ぶ。
アダムスミス以来、近代経済学と言うものは、概ね、この需要と供給の有り様を取り扱ってきたのである。


ところで、人間が生きて行く上の経済活動について検証してみよう。
その始めは自然経済です。

「自然経済」所謂、自給自足経済

交換の媒介に貨幣を用いず、現物交換に基づく古い段階の経済。現物経済。

「貨幣の登場」

等価交換が盛んに行なわれるようになると、物資の交換に伴う不便を取り除くための代替物が、交換に用いられるようになった。これを物品貨幣(自然貨幣)または原始貨幣と呼ぶ。物品貨幣は、貝殻や石などの自然貨幣、家畜や穀物などの商品貨幣とに分類される。代表的な物品貨幣にタカラガイなどの貝類(古代中国、オセアニア、アフリカ)、石類(オセアニア)、穀物(バビロニア)や布(日本)等がある。貝・羽毛・鼈甲・鯨歯など装飾品や儀礼的呪術的なものも見られるが、その背景に宗教的意義を持つ場合が少なくない。

時代が下ると、青銅や鉄、銅、あるいは金・銀などの金属が貨幣として使われるようになった。最初は地金を秤量することで貨幣として使用していたが(→秤量貨幣)、やがて計数貨幣として金属を鋳造した貨幣が現れた。現存する最古の鋳造貨幣は紀元前7世紀にリディア王国で作られたエレクトロン貨といわれている。
単純な財と財との交換は、その財が不変性を持たない限り、限界に突き当たる。端的に言えば魚も麦も腐るので、「価値を保存できない」のである。ここに不変性を象徴する「貨幣」が登場する余地があったのである。
「貨幣」による「交換」を前提にすることにより、我々は初めて「価値の保存」に成功する。保存された「価値」は、任意の段階で「交換」の現場に取り出され、その「価値」を保有する人間に「財」や「サービス」を提供する。
これが、「貨幣経済」の本質であり、市場主義の本質である。

「貨幣の独走」

個人個人がその「労働」を交換の現場である「市場」で、不変性を持つ「貨幣」に置き換えた段階で、経済の運動主体そのものとなった貨幣を、自らの企図のために使いたいという動きが出てきた時に、貨幣自体を流通させることに「価値」が生じた。

そして「利子」とは人間の世界に「時間」の概念が導入され、貨幣や交換が人間の欲望を無限に引き出し、そのことによって永遠の増殖を始めた時、誕生した貨幣経済の嫡子である。
冒頭の資本主義論は、此処からはじまる。

(まとめ)

しかしながら人間の経済活動の始原は生きるための財(衣食住)の確保であり、これをなくして生存自身が出来ないのである。

後の貨幣経済、所謂、資本主義経済の理念の下、その需要と供給の法則の間で、人々は何とか生きるための財の確保を享受する事ができてきた。

「労働市場を通じた雇用、労働」は需要を喚起した。

要するに「雇用」≒「需要」≒「供給」の関係が概ね成り立っていた。

それが生産手段の発達により

「雇用」<「需要」<「供給」の関係に、概ね変わってきた。
それも、資本主義経済学の技術的方法では取り繕くろえないレベルになってきたのである。

その上に、貨幣自体の流通(利子の追求)を目的とする経済活動が、これに拍車をかけ、生活者の存在を無視している。
そもそも、近代経済学は、貨幣経済そのものを容認するところから始まっていて、始原的な人間活動における経済の観念にかけている。

スペインなど世界各地で起きている失業者の増大の原因、アメリカの99%運動の原因は、此処にあるのであり、景気、不景気を問題とする現代経済の専門家説く話しなど、何の解決策にはならないのである。

需要と供給の原理で運営される資本主義経済の社会で、雇用の機会をなくした多くの労働者が出てきたのである。

ましてや、アベノミクスなど、聞いて呆れる話である。


メンテ
Re: 経済の話し ( No.19 )
日時: 2013/08/06 09:32:43
名前: ニホンザルさんの意見・・天橋立の愚痴人間

日本の政治・行政・司法は妖怪の時代 ( No.728 ) スレッドに下記の意見がありました。
「経済とは何か」を問うこのスレッドで貴重な意見と思いますので、ここの転載させていただきました。

日時: 2013/08/05 11:02:39
名前: ニホンザル


日本政府は1000兆円を超える国債発行残を抱えている。
その国債が一斉に売りに出されれば大暴落で金利が高騰、
国債大量保有者である国内金融機関は莫大な損失を被り破産する。
政府は国債発行による資金調達ができなくなり 行政不能で国政は大混乱に陥る。
そのような事態を防ぐためには財政規律の立て直しは最優先課題で、
財政均衡を図るための消費税率の引き上げを早期に実行しなければならない。

上の話は相当以前より政治家やマスコミ評論家等により新聞やTVで宣伝され、
多くの国民もそのように理解するようになっているようです。
消費税率引き上げを唱える政党が選挙で圧倒的多数を得たことがその証明でしょうか。
しかしその論拠は通貨規律を絶対視する条件の場合です。
その信憑性を覆す出来事が今世界で日本で起きていますが、増税論者はそのことはスルーしています。

通貨規律の金科玉条
通貨は債務化される。その債務には担保がなければならない。
通貨発行者は発行通貨に見合う担保を取ることが通貨発行の条件のはず。
この規律が世界中で破られています。

総量緩和策QEと呼ばれる政策がそれです。
例えばアメリカのFRBが自国国債や金融機関の持つ不良債権を買っているという。
これは不渡りになった手形にお金を貸しているということです。
不渡り手形でお金が借りれるなら、いくらでも手形は発行できるでしょう。

これが許され、それで経済がうまく行くなら誰も苦労せずに済むはずです。
これが資本主義の教義に書いた資本主義の真骨頂。
資本主義は通貨の増刷で債務を永遠に先延ばしできるシステムという意味です。
条件さえ整っていれば通貨が増刷された分、経済規模が拡大し景気回復に繋がります。
その条件とは経済が金利政策が効かないデフレ状態の場合ということでしょう。

日本の安倍ノミクスと呼ばれる政策もQE策です。
日銀が金融機関から国債を買って市場の通貨を増やしています。
不良化する恐れがあると言っていた国債を買っているということです。
しかもそれで景気が良くなっているとされています。

以上のことからハッキリしたことは、言われてきたような国債危機は起きないということ。
国債が一斉に売りに出されても日銀に通貨を印刷させて全て買い取ればよいだけです。
買い手があれば暴落はあり得ない。
デフレには金利政策は効かないが通貨政策は効く、これが結論です。

それが何の問題も無ければ言うことはありません。
問題は悪性インフレの発生です。
それを引き起こさない範囲で実施できればよいのですが難しいでしょう。
FRBがQEの縮小をアナウンスするのは、その見極めのためでしょう。

通貨規律を監視するBISは何も言っていないようです。
BISは寡頭勢力、自分達の都合であれば何でもOKということでしょう。
従って言われる中国の経済破綻もありません。
中国政府は必要であれば通貨はいくらでも印刷できます。

通貨を勝手にいじるといつかは悪性インフレを引き起こします。
悪性インフレとは過剰発行した通貨債務をバランスさせる経済現象です。
全ての国民の保有する預貯金価値の目減りで相殺されるということです。
結局国民全体で付けを払わされるということですが、金持ちほど負担が大きい。
しかし預貯金以外の実物資産を保有する金持ちは、資産の値上がりでカバーできます。
これも資本主義の摩訶不思議な魔力でしょう。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.20 )
日時: 2013/08/11 19:38:42
名前: 貨幣 1・・天橋立愚痴人間

「貨幣経済という奇妙な宗教の国に生まれて」

ttp://www.alt-invest.com/book/old/profitable_life/intro.htm

神様と貨幣はよく似ている。

 貨幣が価値を持つのは、誰もがそれを貨幣と信じて疑わないからだ。
 1万円札に価値があるのは、特殊な紙やインキが使われているからではない。私たちが、福沢諭吉の似顔絵が描かれた紙切れに1万円の価値があるとする奇妙な宗教を信じているからだ。

 ただの紙切れに価値があるというのは一種の法螺話だ。どうせデタラメなのだから、貨幣は実は、石ころでも貝殻でも構わない。現在では、銀行の預金通帳に打ち出された電子データが貨幣だと信じられている。大事なのは貨幣の材質ではなく、実体のないものに価値を認める信仰心だ。貨幣経済とは、貨幣を神様と崇める宗教である。

 神の姿をこの目で見ることができないのと同様に、貨幣の実在を客観的に証明することもできない。
 理屈の上では、1万円札は日本国の資産を担保に発行されている。かつて、貨幣の担保として中央銀行は金を保有していたが、現在の担保は日本国債である。国債というのは国家の借用証書で、それを持っていくと貨幣と交換してくれる。貨幣は国債によって担保され、国債は貨幣で担保されている。これは新興宗教の教祖が、「私が神であることは神である私が知っている」と述べるのと同じ理屈である。なんの根拠もないが、信じるのはその人の勝手だ。

 貨幣を神とするならば、貨幣経済は唯一の世界宗教だ。地球上には国ごとに異なる“神”がいるが、その神々は一定のレートで交換可能である。キリスト教徒も、イスラム教徒も、仏教徒も、貨幣を神と崇める世界宗教から自由になることはできない。私たちがこの世で生きていくためには、好むと好まざるとにかかわらず、この奇妙な宗教の信者になるほかない。

 日本人が日本国を信用しなくなると、日本円という貨幣の価値が低下する。日本の“神”を、海外のもっと魅力的な“神”と交換したいと考えるからだ。国民が「紙切れはしょせん紙切れに過ぎない」と気づいた時に、貨幣制度は崩壊する。幻想が剥がれてしまえば、1万円札もただのゴミと変わらない。

 貨幣制度は共同幻想によって支えられている。貨幣にとらわれるのは、夢や幻にとらわれるのと同じだ。ヒトが一匹の動物として生まれ、成長し、老い、死んでいく自然を前にして、貨幣の多寡に何ほどの意味もない。
 だがその一方で、私たちの人生が夢や幻によってつくられていることも否定できない。なぜなら人間は、幻想から現実を創造する生き物だからだ。神権によって成立した社会では、人の運命は気まぐれな神託に翻弄される。貨幣経済のもとでは、貨幣という幻想を拒絶して生きていくことはできない。 

 カール・マルクスは「人間は社会的存在である」と言った。マルティン・ハイデガーは「実存は世界内存在である」と述べた。どちらも言っていることは同じだ。
社会や世界は幻想でしかないが、私たちはそこでしか生きられない。

(引用終わり)


金本位制を止めた貨幣のシステムは、2京ドルと言う貨幣を世界にばら撒き、為替相場の上下だけに貨幣の価値基準を求めて狂奔しています。

実際のところ、何が虚構で、何が信じられるか一般大衆には解りません。
そうした問題と対峙する、一つの検証を始めましょう。

これから数回にわたり、ある記事を紹介します。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.21 )
日時: 2013/10/09 17:50
名前: 貨幣 2・・・天橋立愚痴人間 ID:wb3SUSYc

「通貨の価値を担保しているのは供給能力」
http://ameblo.jp/hirohitorigoto/entry-11430560207.html

日銀引受けは円安とインフレの悪循環を招く「安倍新政権」の真意を問う

日銀引受けによるインフレは経験済み

日銀引受けによる道路建設を続けると何が起きるか。もちろん、どの程度行うかによる。「無制限に」拡大すれば、まず建設労働者の賃金が上昇する。そして、賃金一般に及ぶ。建設資材や建設用機械などの需要が増え、生産が拡大する。フル稼働になれば、価格が上昇する。

こうした過程は、日本経済がすでに経験済みのものだ。1946年12月、第1次吉田内閣は、傾斜生産方式を決定した。これは、復興金融金庫が発行する債券を日銀が引受け、その資金で基幹産業に融資を行うものである。復金債は国債と同じようなものなので、これは日銀引受け国債による財政支出増と同じような効果を発揮した。
それを消費者物価の推移でみたのが図である。決定直後から物価上昇が始まり、46年11月から49年5月の間に、5・8倍になった。物価が上昇すれば実質所得は低下する。この時賃金も上昇したので、実質労働所得の低下は抑えられたが、名目値で決められている資産所得の実質価値は、約6分の1になった。
なお、当時、為替は固定レートで、輸入について厳しい制限がなされていた。いま同じことを行えば、輸入が増え、円安になるだろう。

インフレが進行すれば、国債の実質残高は減少する。しかし、財政支出の中にはインフレにスライドするものが多いことに注意すべきだ。年金にはインフレスライド条項がある。医療費や介護費も上昇する。公務員賃金も上昇する。したがって、財政赤字が縮小することにはならず、拡大する可能性が強い。
この過程が続くと、資金が日本から逃避し、円安が加速する。輸入価格の上昇によって、国内のインフレが加速する。こうなってくると、日本経済の潰滅(かいめつ)は、確実になる。

それは、極めて難しいはずである。 以上の議論に対して、「経済活動が活発化し、しかもインフレが激しくならない段階で止めればよいではないか」との意見があるだろう。しかし、抑えられるだろうか?
実際、傾斜生産方式によるインフレは、49年度予算において超緊縮財政が行われたためにやっと終息した。これは、「ドッジライン」と呼ばれる強硬策である。占領軍の絶対権力の下ではじめて可能になったものだ。現代の日本では、こうした政策は到底取りえないだろう。

だから、日銀引受けによる財政支出拡大を行えば、それをコントロールすることはおそらく不可能だ。すると、円安とインフレの悪循環が際限もなく続く。しかも、40年代にはなかった資本の海外逃避が現代の社会では生じる。それを食い止めることは難しい。

ここで注意すべきは、国内のインフレを伴う円安は、円の実質価値を低下させないことだ。したがって、輸出を増やすことにはならない(この点については、誤った議論が多い)。日本経済は破滅への道をまっしぐらに進むだろう。
カーメン・M・ラインハートとケネス・S・ロゴフは、200年間以上の長期的な経済データを分析し、「国内債務が大きいとインフレになる」「政府は膨れ上がった財政赤字をインフレによって解決してきた」という(村井章子訳、『国家は破綻する』、日経BP社、11年)。日本もこの歴史法則の例外にはなりえないのだろうか?』


>日銀引受けによる道路建設を続けると何が起きるか。もちろん、どの程度行うかによる。「無制限に」拡大すれば、まず建設労働者の賃金が上昇する。そして、賃金一般に及ぶ。建設資材や建設用機械などの需要が増え、生産が拡大する。フル稼働になれば、価格が上昇する。

公共事業拡大により国民所得が増加する事については野口氏も異論はないみたいですね。
ただ、「無制限に」の意味のとり方がちょっと恣意的に見えます。

安倍氏はインフレターゲットを達成するまで「無制限に」量的緩和を行うと主張しているのであって、ずっと続けるわけではない。
また、建設国債の買取はあくまで手段の1つ。発行した国債のすべてを買い上げるわけではありません。

さて、野口氏は戦後の物価指数をみせて、戦後の財政支出拡大+量的緩和が高インフレの原因であると主張しています。


確かのこのグラフを見るとそう受け取ってもしかたがないのかもしれません。
なんせ1946年以降物価指数が急激に上昇していますから。

しかし、このグラフを物価指数ではなくインフレ率に変えて、政府支出額(一般会計+特別会計)と通貨流通量(政府紙幣+日本銀行券)のグラフを重ねると印象がガラっと変わってくる。


1946年以降政府は財政支出を大幅に拡大し、通貨量をガンガン増やしているのにもかかわらずインフレ率が収束していますよね。
野口氏は46年〜49年の間に物価が6倍になったと主張してますが、その間に政府の支出は7倍に通貨量は3.5倍に増えてます。

これはつまり、現在の日本政府に当てはめると

2011年の日本一般政府の支出は189兆円なので、5年でその政府支出を1323兆円に増やしたのと同じ事になります。
一体、だれが短期間でここまで財政支出を増やせと主張しているのでしょうか。

当時どれだけ政府が財政支出を拡大したのか、それを説明しないまま物価上昇率だけを強調するのは悪質なミスリードだと思いますし、インフレ率ではなくあえて「物価指数」を見せたのは何か意図があってのことでしょうかね。

続く
メンテ
Re: 経済の話し ( No.22 )
日時: 2013/08/11 19:46:05
名前: 貨幣 3・・・天橋立愚痴人間

しかも1950年以降も政府は財政支出と、通貨量の増加を続けていますが、インフレ率はピタっとゼロ付近に張り付いたまま。
これはどう説明するのですか?

まあ、この理屈は簡単で、通貨の価値を担保しているのはその国の供給能力だからです。(もう耳タコですが・・・私は指タコか)

物不足になるとその物に対する希少価値が上昇し物価が上がりますよね。
つまり物の供給、生産力が高いと物余りになり、物価が下がる=通貨の価値が上がる(デフレ) という事です。

先ほどのインフレ率と鉱工業指数を重ねてみると。


鉱工業指数とインフレ率の間に負の相関があるのが分かります。

1945年に鉱工業指数が激減しているのは戦争により日本の国土が焼け野原になり、国内の生産施設がことごとく破壊されたため。
これだけ国内の生産設備が破壊されては国内がモノ不足に陥ってしまうのは必至です。

そして物不足により物価が上昇。国内の生産設備を破壊されているので日本国民には所得を稼ぐ力もない。
だから政府が財政支出を拡大し、国民の生活を支えるとともに、国内の生産設備を復活させるための投資とインフラ整備をやらざるを得なかった。

よって、政府の支出拡大が物価上昇の直接の原因ではありません。

そうじゃないと50年以降のインフレ率推移の説明がつかないでしょう。
これはすでに鉱工業指数(=国内の供給能力)が戦前の水準まで回復し、物の供給能力が十分にあったため政府が支出を拡大しても悪性なインフレにはならなかったのです。


翻って今の日本の状況はどうですか?

供給能力過剰、物余りの状態のデフレですよね。

この状況で政府支出を拡大してそう簡単に悪性のインフレになれるんでしょうか?
私にはとてもそうは思えません。

政府が支出を拡大 → 企業「よし、明日から商品の値段を上げるぞ」

って、物が余っている今の日本でそんな事できますか?確実にその企業から顧客が離れて倒産しますよ。
国民の所得が上昇し、購買力が向上。そして、消費需要が興って、国内の供給が追いつかなくならない限りは販売価格を引き上げられません。

また、インフレになると円が国外に逃避すると言っていますが、それは逆だと思います。
なぜなら今現在でも日本の資本はどんどん海外に出て行っていますから。


まあ、この理屈は簡単で、通貨の価値を担保しているのはその国の供給能力だからです。(もう耳タコですが・・・私は指タコか)

物不足になるとその物に対する希少価値が上昇し物価が上がりますよね。
つまり物の供給、生産力が高いと物余りになり、物価が下がる=通貨の価値が上がる(デフレ) という事です。



日本の資本収支はずーーと赤字です。
赤字ということは海外に投資資金が流れて言っているということ。

なぜ海外に資本が流れているのかというと、理由は簡単で日本の景気悪化で国内の投資効率が極めて悪くなったため日本の資本が海外への投資に振り向けられているのです。

安倍政権の財政支出+量的緩和政策により日本の景気が回復すれば、国内の投資効率が改善し、海外に振り向けられていた資本が引き上げられ国内投資に回ることは考えられないでしょうか?

国内投資なら為替リスクはありませんからね。

そうなれば円が買われる事になりますので、野口氏が主張しているインフレ+円安のスパイラルは抑制される方向に働くでしょう。

そもそも日本の供給能力、潜在GDPは高いのですから、そうそう簡単にインフレ率は上がりません。

あと
>ここで注意すべきは、国内のインフレを伴う円安は、円の実質価値を低下させないことだ。したがって、輸出を増やすことにはならない(この点については、誤った議論が多い)。日本経済は破滅への道をまっしぐらに進むだろう。

では輸入にも影響はないんじゃないの?

最後にロゴフ著の「国家は破綻する」で「国内債務が大きいとインフレになる」「政府は膨れ上がった財政赤字をインフレによって解決してきた」と書かれてあると主張していますが、これに対する詳しい内容については廣宮氏がブログに書いています。

廣宮氏のブログより引用します
ttp://grandpalais1975.blog104.fc2.com/blog-entry-406.html

『破綻論者の皆さんには耳が痛い記述がp.191にあります。
「なぜ政府は、インフレで問題を解決できるときに、わざわざ国内債務の返済を拒否するのだろうか。
言うまでもなく一つの答えは、インフレがとくに銀行システムと金融部門に歪みを生じさせるから、というものである。インフレという選択肢があっても、支払拒絶の方がましであり、少なくともコストは小さいと政府が判断することもある。

インフレに伴う潜在的なコストは、債務が比較的短期または物価に連動している場合にとりわけ問題になる。というのも、このような場合に返済額を実質的に大幅に減らすには、政府ははるかに強硬なインフレ誘導策をとらなければならないからだ。」
つまり、国内債務のデフォルトは政府が能動的に選択するもの、というわけです。
破綻論者の皆さんにはここをよく読んで頂かないといけません。

政府が能動的に、このままインフレを続けたほうが得か、デフォルトさせたほうが得かをソロバン勘定で弾きだした上で、政府の意思で判断するのが国内債務のデフォルトということです。

この本を元に「自国通貨建て債務でも破綻する」と思い込まれている方々にはぜひ、この日本語版p.191を穴が開くまで繰り返し読んで頂きたいと思います。
要するに、国内債務、特に自国通貨建て債務のデフォルトというのは、インフレ対策の一手段として、政府の自らの意思決定により行われるものだ、ということです。』

さらにこの「国家は破綻する」の著書でインフレによる破綻の定義は年率20%のインフレだそうですね。

さて、今の日本のインフレ率っていくらでしたっけ?

世界最大のデフレ国ですよね。
つまりそれは「インフレに対する余裕」が世界一ということ。

よって、そのロゴフ著の「国家は破綻する」に拠れば、日本は最も破綻から縁遠い国ということになりますな

(以上引用終わり)
メンテ
Re: 経済の話し ( No.23 )
日時: 2013/08/11 19:58:47
名前: 貨幣 4・・・天橋立愚痴人間

紹介した文章は、アベノミクス批判と言う立場であり、通貨のシステム自体を正面から取り上げられてはいませんが、其の中で、

「通貨の価値を担保しているのは供給能力」と言う概念を打ち出しておられる事に注目しました。

2京ドルと言う無茶無茶な通過を発行していながら、未だに金本位制の延長の様な考え方(通貨の担保のありようについて)では、現在の金融資本主義の弊害を脱することは出来ないのではないでしょうか。

其れに一矢を報うべく、新しい価値の基準を考えてもよいのではないでしょうか。

丁度、グッキーさんが「1000兆円の借金<マクロ経済論」で書いておられる事は、この一端と思います。

まず通貨に対しての基本的考え方が違います。
通貨は国民が商品を売ることのより、価値を保証しています。
通貨を発行しすぎればインフレに成ることにより国民が出来任を取ります。
日銀が日銀券を発行すれば、その日銀券で国民は商品を売らなければ
成らないのです。

(中略)

しかし通貨の価値は購買力です。
日本円に購買力が有れば、また輸出が増えて円高に戻る
だけのことです。

此処には書いておられませんが、グッキーさんは「需要」の確保と言う事に拘っておられます。
これを現行のシステムの修正と言う範疇で捉えれば、なるほどとは行きませんが、通貨の価値の担保と言う面から考えれば、いろいろと発展する理論と感じられます。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.24 )
日時: 2013/08/14 13:24:09
名前: 通貨管理政策 1・・・天橋立愚痴人間

金融政策の基本は、通貨の価値は中央銀行によって担保されなくてはならないと言う大原則があるようです。
ですが、それは実際のところ、どのような方法でなされ、どれ位の効果があるのでしょう。
世界的な規模で検証して見ましょう。
さて通過の総量ですが、ざっくり言って、昨年末での世界の金融資産としてのマネー総額はおよそ1京円。世界のGDP5000兆円。レバレッジ運用のマネー総額2京円です。

この総額は、金本位制の時代における通貨の担保とは全く異質な考え方である事が解ります。
実態経済の6倍の通貨の価値の担保とは何であるのでしょう。
参考に。世界の地上在庫の金は、およそ16万トン。グラム3000円で換算すると、通貨で言えば500兆円くらいのものです。
レバレッジ運用のマネーについては後に説明します。

兌換紙幣から不換紙幣へ

金本位制では、いろいろと矛盾が噴出し20世紀になってからは世界の国が兌換紙幣から不換紙幣へ切り替えるようになって来ました。
経済が急速に発展すると、金の生産量が追いつかなくなり、金本位制を保持することがむずかしくなったのです。
そこで、通貨の価値の担保をその国の政府がしなければならなくなりました。
この様なシステムを通貨管理制度と言います。

「通貨管理制度の概要」

金を貨幣価値の裏付けとする金本位制においては、銀行券発行量は正貨準備高に拘束されるのに対し、管理通貨制度では行政府の通貨政策次第であり、貨幣の価値は政府または中央銀行の政策によって裏付けされるためその価値は不安定となりやすい。よって通貨当局は金融政策により貨幣価値の安定化を図ることを重視する。銀行学派の考え方によれば、中央銀行はプライマリバンク(中央銀行と直接取引の口座を開設している市中銀行)の担保の差出の対等物として通貨を発行するのが原則であり[1]、この場合通貨の価値は市中の信用力に依存している。一方で議会や行政府が国債を発行して中央銀行に引き受けさせている場合、その通貨の価値は行政府の信用(徴税権や国庫財産など)を担保としている。

よくある誤解は「紙幣は政府が刷っており、紙幣の価値は政府次第である」との解釈であるが正確ではない。歴史上で紙幣が初めて登場した元や宋の時代から、紙幣は年貢や塩など現物資産の対等物、あるいは銅銭の預かり証など実際の資産物の手形として使用されてきたものであり、管理通貨制度においても通貨は市中あるいは政府の信用の対等物として取り扱われるのが原則である[要出典]。この原則に政策上の事情あるいは恣意性が加わるとインフレやデフレの原因となる。

管理通貨制度では、発行量が本位の備蓄量に拘束されることがないので、景気や物価調整のために柔軟な通貨量調整をすることができるメリットがある。一方で通貨当局と行政府の関係(独立性と協調性)がつねに問われ、通貨当局が行政府の影響下にある場合、景気対策のための恒常的な金融緩和がインフレを招く場合がある。また独立性が極端に保護されている場合、通貨当局の失策が国家に破滅的な混乱をもたらす場合がある(ライヒスバンクの事例)。

歴史

管理通貨制度が採用される以前、欧米諸国を中心とした国際決済市場では金本位を利用することが一般的であった。これは銀行に金貨・金地金を預託しその預かり券(紙幣)を用いて取引を行い、最終的な決済は売り手・買い手の指定する銀行間で金現送することによって精算する制度である。
金本位による国際決済は戦争によりしばしば中断されることがあり、とりわけ19世紀にはロンドンが主要国にとって国際決済の中心であった事から、第一次世界大戦の発生により金本位の中断を余儀なくされた。例えば日本は1913年12月末の時点で日銀正貨準備は1億3千万円、在外正貨2億4,600万円であり、在外正貨はすべてロンドンにあった。また外貨決済の8〜9割をロンドンで行っていたが、第一次大戦が始まる1914年の8月には手形輸送が途絶し(当時はシベリア鉄道で輸送していた)、ロンドンの金融機関が活動を停止するなど混乱した。大戦終結にともない1919年にアメリカが、1925年にはイギリスが金本位制に復帰した。

金本位制の問題は資本となる金塊を国際市場である都市に集中させざるをえない点にもあった。とくに19世紀における国際金融の中心地であったイギリス・ロンドンや20世紀にかけてその地位を継承したアメリカ・ニューヨークには世界各国の中央銀行の支店や、各国政府の代理店が集中しており、各国の国際収支の調整はその都市に設置された各支店・代理店間での金塊の現送により調整されるシステムであった。一方でそこに集積された支店代理店の金塊はその都市を管掌している各国政府に支配されており、議会の立法下に置かれていた。

第一次世界大戦の前後から金(本位金)は経済力の格差からアメリカに集まり、アメリカでは国内で正貨が過剰となってインフレが昂進したことから、通貨準備から金の一部をはずす不胎化政策をとった結果、金本位制の持つ国際収支調整のメカニズムは失われ金の偏在が進行した。フランスでは第一次世界大戦の賠償金としてドイツから1320億マルクを獲得する請求権を得たが現物給付などにより十分な支払いがなされなかったこともありインフレ(リーブル相場の下落)が発生し、極端な金塊主義政策を採用し本位金の備蓄をおこなった。これらの背景のもとに1929年からの世界恐慌が拡大し、イギリスは1931年に金本位制を離脱、アメリカを除く各国もこれに追随し、以後金本位制に代わる管理通貨制度の時代になった。イギリスの経済学者ケインズは1920年代の半ばから、為替の安定に主眼を置く金本位制に替わって、国内経済の諸目的(物価・景気・雇用)を優先させる管理通貨制度の採用を主張していた。

第二次大戦後はIMF体制のもと、金と1オンス=35ドルの平価で交換可能な米ドルを基軸通貨とし、各国通貨は米ドルとの固定相場制を採用した(ブレトン・ウッズ体制)。この体制下でも加盟各国は国内においては管理通貨制度を取っており、通貨当局は為替介入と金融政策により対ドル固定相場を上下幅1%以内に維持しつづけた。この制度は「金ドル本位制」「金為替本位制」などといわれる。1971年、アメリカの財政赤字、経常赤字が増大してインフレが進行、アメリカはドルと金の兌換停止に踏み切り(ニクソン・ショック)、これをもって金と通貨の関係は完全に切り離され、国際的にも管理通貨制度へ移行した。

戦後、続いた固定相場制度の時代をブレトンウッズ体制[4][5]という。1971年8月15日、米国のニクソン大統領は自国のドル流失を防ぐため、ドルと金の交換停止を発表した(ニクソン・ショック)[6][7]。それを受け、1971年12月通貨の多国間調整(金1オンス=35ドル→38ドル、1ドル=360円→308円に切り上げ)と固定相場制の維持が行われた。しかしこのスミソニアン体制[8][9]は長続きせず、1973年2 - 3月に日本を含む先進各国は相次いで変動相場制に切り替えた。
変動相場制は1976年1月ジャマイカのキングストンで開催されたIMF暫定委員会で承認された。これをキングストン体制[10][11]という。

特徴

国際マクロ経済学で示されるように、開放経済体制の小国が変動相場制を採用した場合は、財政政策が無効で金融政策が有効になる[12]。

財政政策

閉鎖経済体制の国が国民所得を改善しようと財政支出を増加させた場合、国民所得が増加すると同時に金利が上昇する。しかし、開放経済体制の場合は、小国の金利が世界基準金利を上回るために、国際資本が小国の通貨を買うことになる[13]。変動相場制においては、国際資本の流入は国内のマネーサプライの増加をもたらさず、通貨高をもたらすのみである[13]。国際資本の流入によってバブルが発生するという通説のイメージからは違和感を受けるが、マネーサプライも増加せずかつ通貨高によって景気に減速圧力が掛かるのである。この通貨高により純輸出(総輸出−総輸入)が減少し国民所得が減少し、金利が低下する。金利は世界基準金利に一致するまで低下し、財政支出の効果を100%相殺する。なお、この財政政策が相殺され無効となるプロセスにおいては、金利上昇を打ち消すように海外からの国際資本の流入が起こるため、金利上昇自体は観察されないことに注意が必要である(観察されるのは通貨高である)。すなわち、金利上昇が見られないことを以てして、財政政策は無効でなかった、あるいは国際マクロ経済学のモデルは成立していない、と言うことは誤りである。

金融政策

閉鎖経済体制の国が国民所得を改善しようと金融緩和を行った場合、国民所得・マネーサプライが増加すると同時に金利が低下する[13]。さらに、開放経済体制の場合は、小国の金利が世界基準金利を下回るために、国際資本が小国の通貨を売ることになる。変動相場制においては、国際資本の流出は国内のマネーサプライの減少をもたらさず、通貨安をもたらす[13]。この通貨安により純輸出(総輸出−総輸入)が増加し国民所得が増加し、金利が上昇する。金利は世界基準金利に一致するまで上昇し、金融政策の効果をさらに高める。


(以上ウキペディアにより説明しました)

最後の項目、財政政策と金融政策の文言については、これから検証する対象でして、上記の文章を、そのまま受け入れることは出来ません。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.25 )
日時: 2013/08/14 13:59:33
名前: 通貨管理政策 2・・・天橋立愚痴人間

>金融政策の基本は、通貨の価値は中央銀行によって担保されなくてはならないと言う大原則があるようです。
>ですが、それは実際のところ、どのような方法でなされ、どれ位の効果があるのでしょう。

実際には、前のレスで言いましたように、政府の国内の金融政策、と為替などの国際的な通貨価値の調整が、通貨の価値の担保をするという事になります。
それも、経済のグローバル化の影響で、国内の通貨管理政策よりも、為替など国際的な分野での通貨管理のウエイトが大きくなり、実際は国内の事情だけでは思うように通貨の管理が出来なくなっているのです。

要するに、通貨の管理が出来ていない事になるのではありませんか。言いかえれば通過の価値を担保する能力がなくなっていると言う事です。
この様に言えば、実際に世界と渡り合っているではないかと、指摘されると思いますが、それは単なる金融上の辻褄あわせであり、国民に対して最適な通貨の管理がなされていると言うことにはなりません。
国民にとってとは、例えば、デフレに悩む国民経済を脱却する事が政府では出来ない事です。
この原因として、これも冒頭で言いました下記の様な事情があるからです。

>さて通過の総量ですが、ざっくり言って、昨年末での世界の金融資産としてのマネー総額はおよそ1京円。世界のGDP5000兆円。レバレッジ運用のマネー総額2京円です。

レバレッジマネーについて、これもウキペディアにより説明します。

レバレッジ(英語 leverage,gearing,levering)とは、経済活動において、他人資本を使うことで、自己資本に対する利益率を高めること、または、その高まる倍率。
原義は「てこ(レバー、lever)の使用」。レヴァレッジ、リバレッジなどカナ表記はいくつかある。レバレッジ効果、レバレッジ率などとも。ギアリングと呼ぶこともあるが趣旨は同じである。

市場が長期的に安定的な成長が期待できる場合、事業会社は自社の資産(自己資本)を担保に借入れを行い、営業部門の強化や製造設備の増強などを行う。このさい長期的な期待収益率が市場利子率よりも十分に高ければ他人資本の導入による正のレバレッジ効果が期待できる。一方で市場の成長が非常に不確実で、短期的な変動幅が大きいことが予想できる場合、高レバレッジ経営は自己資本に不可測な損失をもたらす可能性がある。

金融取引においては、20世紀初頭頃から意識的にレバレッジ効果を働かせるようになった。ブローカーズローンと呼ばれた取引では、購入する株式を担保に資金を借りて株式を購入できるため、自己資本以上の投資を行うことが可能であった。現代でも、外国為替証拠金取引や商品先物取引、株式信用取引などで他人資本を導入してレバレッジ効果を働かせた投資が可能である。

(引用終わり)

要するに、実態経済を大きく上回る、レバレッジマネーの暗躍が、そのための通貨管理を余儀なくされて前のレスの後半、通過管理政策の概要の中の、財政政策と金融政策の文言については、実際は理屈通りには推移していないと言う事です。

結論として、不換紙幣の時代は認めるとして、その通貨の価値を担保する手法が、実体経済を基準にしているのではな
く、金融のための金融政策を保証する立場で担保している事に成り下がっていると言う事です。

これの修正には、どのような方法があるかといえば、為替管理など、国際金融関係に重点を置く事がやめられないか、もしくは、為替管理以外の要素から通貨管理が出来ないか、と言う事です。
私は、通貨の価値の管理の方法として、別の要素(国民経済を守るための施策を優先する考え方、其の分、国際関係にはいささか支障をきたしても仕方がない)を取り入れる事が必要であると思います。
その要素とは、少し提案がありますが、ここでは省略します(これが一番大事ではあるのですが)。
また、レバレッジマネーの暗躍を牽制する方法としては、先物取引、デリバティブ取引などを法律で禁止すればよいのですが、これも大変でしょうね。


さて、グッキーさん

>通貨は元々国民のもので、
>国民が責任を負うものだと説明したのです。

具体的には、このあたりのシステムをいじくらねばならないのではないでしょうか。


メンテ
Re: 経済の話し ( No.26 )
日時: 2013/08/14 16:49:52
名前: 機軸通貨制度・・・天橋立愚痴人間

ウイキペディアによると、機軸通貨とは下記のように説明されています。

国際決済通貨[編集]信用があり額面価額のとおりの価値を広く認められ、国際市場で他国の通貨と容易に交換が可能な通貨のことをハードカレンシー(国際決済通貨)と呼ぶ。金本位制の時代の、いつでもハード(硬い金属の意、つまり「金」)と交換可能な通貨というのが語源である。ハードカレンシー以外の通貨はローカルカレンシーと呼ばれる。

通貨がハードカレンシーであるための条件として以下の条件があげられている。

国際的に信用があること
発行国が多様な財を産出していること
国際的な銀行における取引が可能なこと
あらゆる場所での換金が可能なこと

現在はアメリカ・ドル、ユーロ、日本・円、イギリス・ポンド、スイス・フランなどがハードカレンシーとされている。ただし、ハードカレンシーの明確な基準は存在しないため、どこまでをハードカレンシーに分類するかは論者によって一定ではない。

特にアメリカ・ドル、ユーロを指して世界二大通貨、日本・円またはイギリス・ポンドを加えた三通貨を世界三大通貨と呼ぶ場合もある。日本でもアメリカ・ドル、ユーロ、日本円またはイギリス・ポンドの通貨をあわせてG3通貨と称する。

基軸通貨[編集]国際為替市場で中心に扱われる通貨のことをキーカレンシー(基軸通貨、きじくつうか)と言う。

基軸通貨としての機能を果たすには以下の条件が必要とされている。

軍事的に指導的立場にあること(戦争によって国家が消滅したり壊滅的打撃を受けない)
発行国が多様な物産を産出していること(いつでも望む財と交換できること)
通貨価値が安定していること
高度に発達した為替市場と金融・資本市場を持つこと
対外取引が容易なこと
歴史的には、イギリス・ポンド(以下、英ポンド)やアメリカ・ドル(以下、米ドル)が基軸通貨と呼ばれてきた。

英ポンドは19世紀半ば以降、国際金融センターとしてのイギリスの強力な立場を背景に基軸通貨としての役割を担っていたが、第一次世界大戦で欧州各国は経済が疲弊し逆にアメリカは戦争特需で経済が急成長したため、(正式ではないが)基軸通貨が機能面で英ポンドから米ドルへ移り、第二次世界大戦後はアメリカがIMF体制の下で各国中央銀行に対して米ドルの金兌換を約束したことおよびアメリカの経済力を背景に米ドルが名実共に基軸通貨となった。欧州単一通貨・ユーロが将来的に米ドルと並ぶ基軸通貨に成長するとの見方もあるが、2009年現在では対外取引の80%以上が米ドルで行われていることから、実質的な基軸通貨としての地位は揺らいでいない(ユーロは約10%)。

ただしアメリカの景気対策による財政赤字の拡大に伴い、中国は基軸通貨としてのドルの安全への懸念を指摘、代わってSDRの使用範囲を拡大し、基軸通貨としての役割を担わせる提案を行なった[1][2]。

基軸通貨の発行国は必然的に経常収支は赤字になる(国際的な流動性を供給するためには、発行国は経常収支が赤字となって各国に通貨を供給する必要がある)。基軸通貨である限り経常収支の赤字額は発行国の利益になる(各国が基軸通貨資産を外貨準備として持つことにより、発行国はその代金としての海外資産を手にすることができる)。新興国の経済発展により基軸通貨の需要が増えた場合は、供給量が一定であれば基軸通貨の価値は上昇する。



基軸通貨とは、国際取引の決済を担う通貨ということです。
つまり、日本とサウジアラビアが石油取引をするときにもドルを使って取引するわけです。
そして通貨とはシステムであり、通貨発行権とがシステム管理権です。
ですから、基軸通貨の発行国は世界貿易・世界投資の決済システムの管理権を得られるということです。
当然管理国には、莫大な役得と権限が付随します。

●基軸通貨国の利点

1.基軸通貨国の企業が為替変動リスクを受けない。
貿易取引をドルで行っていれば、ドル高ドル安の影響を受けません。
半年前に日本の貿易業者がアメリカの小麦を100万ドルで購入する契約を行ったとします。
その半年後、ドル高になったとします。
この場合、日本の貿易会社は予定よりたくさんのお金を用意する必要があります。
1億円で買えると思ったら、1億2000万円かかったりするわけです。
その場合、手元には1億2000万円以上のお金を用意しておかないと商売ができません。
つまり、経営の見通しが立て辛くなるわけです。これは非常に大きいハンディです。
基軸通貨国はそういう心配がありません。為替変動で損をするのも得をするのも相手であって、取引は当初の予定通り進めることができます。

2.基軸通貨国は国際金融の覇者になる。
国際投資は基本的に基軸通貨を使って行われます。
ですから、その基軸通貨を発行する国は必然的に国際投資・国際金融のセンターになります。
そこで得られる手数料・収入はその国の所得になります。

3.基軸通貨国は国際取引の決済権を持っている。
基軸通貨国は基軸通貨の発行権・管理権を持っています。
ですから、例えばアメリカが北朝鮮を懲らしめたいと思えば、アメリカは北朝鮮の持っている口座を凍結させてしまえばいいわけです。
たとえその口座がアメリカの銀行口座ではなかったとしても、ドル発行権という強大な権限を持っているアメリカがその銀行に『北朝鮮の講座を凍結しろ、でなければお前の銀行にドルをやらん』といわれれば従わざるを得ません。

そんな極端なパターンでなくとも、70年代くらいまでは皆アメリカの顔色をうかがっていましたし、80年代にプラザ合意によってアメリカのお願いを各国が聞いたのも結局アメリカが基軸通貨国だったからです。

4.多少の貿易赤字も問題ない
日本円は、日本の自動車や家電を買うことにしか使えません。
しかし、基軸通貨は国際取引に使えます。
アメリカに自動車を売って得たドルで中東から石油や中国から衣料を買えたりするわけです。
つまりは、アメリカは輪転機でドル札をするだけで好きなものを買えるという面があります。

ただこれは諸刃の剣でして、現代のアメリカの問題の一つがこの役得に甘えた結果だったりします。


まあ何にせよ。重要なのは1と2と3です。
例えば、中国が基軸通貨国になれば台湾の銀行と取引停止するだけで台湾はあっさり干上がります

(引用終わり)


機軸通貨と言うものは貿易の決済においてリスク回避の為に設定されてきた歴史があるが、結局は基軸通貨国に圧倒的有利なシステムであった。

経済のグローバル化を主題として考えれば、それが正解なのであろうが、グローバル化の弊害が世界中で言われているとき、単純に基軸通貨制を敷く事が本当によいのであろうか。
特に基軸通貨とは程遠い弱小国において。

EUは、最終的には域内の通過統合を目指している。
域内においては、今までの為替操作はなくなるという事です。
EUの加盟国は、其処に何のメリットを見つけているのでしょう。

>彼がが目指したのは第二のアメリカではない。アメリカとは異なる独自の資本主義だ。「アメリカの資本主義は一部の人たちのものであり、一人一人はバラバラだ。ヨーロッパの資本主義は人々が連帯感を持って生きていくことを大切にする。」

と言う文章があるが、アメリカ型でない資本主義とは、どのようなものであるのか興味を引くところである。

「急がば回れ」と言うことわざがあるが、少なくとも現行の機軸通貨の制度が、全てによい訳ではないことは理解できる。
無機質的な意味での金融の法則は、世界の国々の環境が、概ね均一化した上での話しではなかったであろうか。
機軸通貨制ではないシステムの下で、貿易には苦労しても、各国が、それぞれの努力で少しずつでも自国の経済環境を整えながら発達できる道もあるのではないか。

このような観点から、世界の金融を見直すことも出来と思いますが、実際は、これもアメリカ、ユダ菌が実質的な経済の覇者である限り是正することは適わないとしても、やがて中国、インドなどが力をつけてきた暁には、別のシステムが立ち上がる事も考えられる。

しかしながら、別のシステムが、アメリカのそれと焼き直しで合っても溜まらないと思います。
今から20年後くらいには、そんな時代となるでしょうが、其のことを想定して、それぞれが新しいシステムを模索する必要があるのではないでしょうか。

そのときは、各国とも、グローバリズムが唯一の姿とは、思っていないことを期待したい。
メンテ
需要と生産 ( No.27 )
日時: 2013/09/17 16:30
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XUmEQr2g

「歴史の教訓、大恐慌」スレッドでしていましたグッキーさんとの議論の続きを、ここでやって見ましょう。

>「需要が生産量を決める」
>この意味が理解できないみたいですね。
>需要が生産量を決めるとは雇用も決めるということです。
>つまり政府が需要を決められるのなら、生産も雇用も決められると
>いうことです。

上記の言葉を私なりに検証して見ます。

まず、資本主義のシステムにおいては、ものを生産する人間は、生産により何某かの利益を得る事が目的なので売れる見込みのない品物は原則的に作りません。

その需要と言うものの中身を見てみましょう。

生活必需品など、毎日の生活に欠かせない品物については人口の割合の分だけ、常に生産が必要です(需要がある)。
しかしながら、その商品を手に入れる願望があっても、それを購入する金がない為に、願望に終わる需要もあります(潜在需要)。
さらには、一般人が思いつかない新製品など、生産者から提示されて始めて需要(欲しい)と言う概念が起きる需要もあります。

その関係は単純な、需要=生産と言う図式ではイメージがつかめないでしょう。
また、どうしても必要なのに金がないから購入する事が出来ない場合、それも需要=生産と言う図式から見ているだけでよいのでしょうか。

資本主義のシステムでは、生産者が利益を上げることを目的とした理念が先行していますが、もともと経済と言う領域の目的は、それによって万民が幸せになるべく展開させるシステムであることも要求されているべきであります。

アダムスミスも持論の中で「神の手」と言う表現で、経済の理論と万民の幸せを追求すると言う使命を捉えています。
しかしながら、現代の資本主義が陥っている矛盾は、利益を追求すると言う側面と、万民が其れによって幸せになると言う側面を調整する機能が希薄になって来ているのです。

もともと、経済論の中では「神の手」のように漠然とした概念で終わっていますので、利益追求を旨としたシステムが発達してきた分だけ、それが霞んでも仕方がないでしょう。

需要と生産と言う経済論の方程式では、そういうものは表現できません。
問題は、古典経済論の中では、余り問題にしなくても良かった、この方程式が現代では齟齬をきたしているのは何故でしょう。

その第一の理由は、需要と供給(生産)で始まった資本主義の大原則の前提(環境)が昔と現在では、著しく変わってしまったということでしょう。
ここで通貨の役割について確認しましょう。
言うまでもなく、通貨は物資の交換手段として存在します。
その通貨論についても、言えばかなりの問題がありますが、此処では割愛します。

需要と言う領域では金が必要とされます。
これに対して生産と言う領域では金が得られます。

昔は、需要と供給と言う関係に余り問題が発生しなかったのは、商品が大体生活に関するものであり(生産、流通の為のものも含めて)、それが経済の領域の大きな部分を占めていました。
ですので需要と供給のバランスが取れていれば、概ね国民経済は順調に維持されていました。
取り扱う商品(出回る商品)も安定していました。
その上に、生産に対して人手がいるものですから、金銭的に見て、需要に必要な金は、常に生産の領域で確保できるようになっていました。
地域的にも、経済圏が現在のようにグローバル化していなかったので、地域で需要と生産の循環(つまり金の循環)が結構確保できていました。
其れに対して現在は、総体としてバランスが取れていても、ある地域では資本主義経済の大原則、需要と供給に基づく金の循環が出来なくなって来ていて、これが問題になっているのです。

要するに、その地域の人々にとっては、資本主義のシステム事態が成り立たなくなっているのです。
格差の問題を経済のシステムの中での弱者と強者の関係で捉えているようですが、そうではなく、資本主義の経済のシステム自体から阻害されてしまっている弱者が多く発生していることに気がついていないのです。
気がついていないと言うよりも、まさか自分がその様な立場に追い込まれていると認めたくないこともあります。

今までは、
>「需要が生産量を決める」

と言うだけの言葉で現状を捉える事では、将来の問題解決の方途に向かえないことを説明しました。

また、下記の言葉も検証しましょう。

>つまり政府が需要を決められるのなら、生産も雇用も決められると

昔はケインズが、資本主義の瑕疵を解消する手段として、公共事業による冨の再配分を主張しました。
当時は大恐慌の後であり、仕事をなくした沢山の人間がいて、ほおって置くとその状態が何時までも続き社会(国家)が持たないと判断したので、その人たちに職を与える方策として公共事業の発注を弱者救済に役立てようとしたのです。

その時点でベーシック・インカムの様な手法も考えられたのでしょうが、当時の経済の環境からしてたちまち悪性インフレの発生の恐れがあったのでしょう。
このように、当時は生産力から見て、現状を打破できれば、まだまだ、住宅やインフラ整備も含めて生活必需品の需要の増大を見込む事が出来ていたと思います。
その後の経済の発展が、証拠です。

翻って現在の状況は如何でしょう。
商品は有り余るほど、巷にあふれ、各過程でも必要以上の所持しています。
生産余力も有り余っています。

この様な状況で、ベーシク・インカムをすれば、どうなるでしょう。
その金で生活に必要なものを購入し、それが新たな生産に結びつき、雇用が発生し必要な人たちに収入を保証するという図式が正当に成り立つでしょうか。

ベーシック・インカムで金を手にした人たちも、その分だけ働く必要はなくなっているのです。
要するに、単に金をもらえただけで終わる場合が多いのです。
それならば、常に金を支給し続けねばなりません。
こういう状況が続くと、人間精神の問題となります。
生きる為に働かねばならないことから開放された人々の精神の弛緩からくる社会問題は貧富の差から出てくる問題以上の問題を引き起こします。

最後に国家による需要の管理、要するに金のばら撒きですが、それは飽くまでも必要最小限にとどまらねばなりません。

>つまり政府が需要を決められるのなら、生産も雇用も決められると
と言う設定ではなく、
どうすれば、政府の介入が必要最小限にとどめられるか、と言うことを検証すべきなのです。

その必要最小限の範囲を議論する事が必要なのです。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.28 )
日時: 2013/09/18 12:03
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:FoQRLjJ2

UP
メンテ
経済成長 ( No.29 )
日時: 2013/10/03 13:51
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.bEgP2mM

ryuさんが「アホにつkる薬なし、バカは死んでも直らない!!」スレッドで経済成長と言う言葉を出しておられる。
「経済成長」と言うものは、デフレ下で苦悩する多くの人が待ち望んでいることである。

しかしながら、漠然と使っているこの言葉の意味を、どのように捉えているのでしょう。
捉え方によっては、お経の様なものであり、単なる願望に過ぎないものであるかも知れない。



そこで、まず、ウィキペディアによって、その概要を検証してみましょう。

経済成長(けいざいせいちょう、英語: Economic growth)とは、ある経済の活動規模が増大・拡張していくことである

名目成長と実質成長[編集]経済規模の計測は、一般的に国内総生産 (GDP) を用いて行う。

GDPは、名目価格により計測された価値を合算した名目GDPと、基準年の価格を基に計測された価値を合算した実質GDPがある。

同じように、名目GDPの変動を名目経済成長率と呼び、実質GDPの変動を実質経済成長率とよぶ。四半期(三ヶ月)あるいは一年ごとの増加率をパーセントで表す。

名目経済成長率は

名目経済成長率(%)= (今年の名目GDP - 去年の名目GDP) ÷ 去年の名目GDP × 100
によって求められる。また、実質経済成長率は

実質経済成長率(%)= (今年の実質GDP - 去年の実質GDP) ÷ 去年の実質GDP × 100
となる。

経済成長は、生産と消費の増大である。このため、経済成長には供給の側面と需要の側面がある。付加価値は工場や農場、オフィスで生産される。そのため工場などの設備投資の増大は供給力の増大をもたらし経済成長の源泉となる。一方、消費者による購入の増大や企業・政府による設備投資の増大により需要が増加し経済成長の源泉となる。この二側面に共通して重要な影響を与えるのが設備投資に代表される投資である。投資は需要と供給の増大をもたらし、経済成長の原動力となっている。

しかし供給が需要を満たし、設備の稼働率が低下してくると投資は減衰するようになる。経済成長はこれに合わせて低迷するようになる。このような状態は、景気循環における不況の局面ということになる。不況が経済成長に対して有する意義については、シュンペーターによる創造的破壊の理論が存在する。これは、不況による倒産や失業などの非効率な部門の淘汰こそが、経済全体の生産性を向上させるという適者生存の考え方である。これに対して米国の製造業を対象としたカバレロとハマーの実証研究では、不況が古い企業の存続にかえって有利に働くとされている。これは、不況時に新規参入できるのが、純資産の大きな企業に限られることによるものである。

この投資を再び増加させるのは、短期には在庫、中期には設備投資・住宅投資、長期には技術革新(イノベーション)などの変動(景気循環)によると考えられている。ことに技術革新は、生産要素のまったく新たな結合によって、新しい商品ニーズなどを生み出し、その需要を満たすために投資が行なわれ経済成長が起きる。

経済成長には資源制約がある。古くは森林の量が経済的発展を制約していた。今日においても労働力・土地・天然資源などにより経済成長には制約がある。オイルショック以後の低成長、80年代の原油価格の下落に支えられた好景気などは、その歴史的な一例である。

「潜在GDP」

潜在産出量(せんざいさんしゅつりょう、英語: potential output)とは、経済学において、資本や労働が最大限に利用された場合に達成できると考えられる長期間維持可能な実質国内総生産 (GDP) の最高水準である。潜在GDPとも呼ばれる。

自然的・制度的な制約のため上限値が存在する。現実のGDPが潜在GDPを上回ると、(賃金や物価の統制が無ければ)総需要 (aggregate demand) が総供給(英語版)が超えるにつれてインフレーションが加速する傾向がある。これは労働力と労働時間、資本設備、天然資源の供給が限られており、技術や経営管理能力の限界もあるためである。グラフで図示すると、自然限界を超える産出量の拡大は、平均費用(英語版)曲線上、最適な数量を上回る生産量のシフトと見なすことができる。GDPが潜在GDPを下回る場合、供給者が生産能力の過剰を解消するために値下げするのでインフレーションは減速する。

マクロ経済学における潜在産出量は、ある社会全体の生産可能性フロンティア(曲線)の一点に相当し、自然的・技術的・制度的制約を反映している。

潜在産出量は「自然国内総生産」(natural gross domestic product) とも呼ばれる。もし経済が潜在GDP水準であれば、失業率はインフレ非加速的失業率 (NAIRU) または自然失業率と等しくなるが、これらが一体何であるかについては経済学者の間で意見が一致していない。

一般的に言えば、ほとんどの中央銀行や経済企画部局はGDPを潜在GDP水準付近に維持しようとする。政府予算を増減する財政政策と消費と投資の水準を変えるためにマネーサプライを増減する金融政策の2つが最も一般的な戦略である。

(引用終わり)


話しを別の角度から見たものに
「経済成長の類型」がある、
これを、またウィキペディアにより紹介しよう。


経済成長の類型[編集]経済成長は、多様な制約により抑制される可能性がある。このうち、先進国経済で主要な2要件は、

1.労働生産性の上昇
2.需要の創造  

である[1]。この2条件のうち、どちらが成長要因(裏返せば、制約要因)となっているかによって、近代的経済成長の様式は、以下の3類型にまとめられる[2]。

1.比例的成長経済
2.生産性主導経済
3.需要飽和経済

(比例的成長経済)

近代的部門と伝統的部門の2部門からなる経済において、近代的部門(資本主義部門)が技術進歩・生産性の上昇もなく、すべての投入と産出が比例的に増大する。成長に必要な労働力は、伝統的部門から無制限に供給される[3]。アーサー・ルイス(Arthur Lewis) は、この状態を「無制限労働供給経済」と呼んだ。二重経済モデル(dual economy model)ともいう。

太平洋戦争前の日本は、基本的には比例的成長経済にあったと考えられている。無制限労働供給が終了するとき、それをルイスの転換点という。日本でいつ無制限労働供給が終了したかについては、1930年代説と1950年代説とがある[4]。現在は、中国がルイスの転換点を越えたかどうかが熱い話題となっている[5]。

(生産性主導経済)

生産性が高い速度で上昇し、それにともない一人当たりの賃金(所得)も上昇するが、国民の消費意欲は旺盛で、次々と新しい需要が生まれ、経済は急成長する。日本の高度成長がそれに当たる。高度成長は、1973年の第1次石油ショックによって減速するが、1980年代末まで輸出超過にも助けられて、実質4パーセント以上の高い成長を示した。この成長率は、当時の先進国の中ではトップクラスであった。しかし、この成長は、1992年バブルがはじけるとともに終了したと考えられる。

(需要飽和経済)

1992年以降の日本経済の長期停滞の原因については、多くの意見・分析がある[6]。景気循環的な分析が多いが、吉川洋[7]・塩沢由典[8]などは、日本が需要飽和経済に突入したことが問題だとしている。

(引用終わり)

これならば、判りやすいと思う。

要するに、最後の需要飽和経済状況での経済成長と言う見方が必要なのであるが、冒頭の解析には、その要因を見る事が出来ない。
分析に使っている要因、係数が全て現実にそぐわなくなっていることを無視しているのである。

政府、金融当局が考えている経済成長とは、ただ単に、前出の潜在GDPを引き出そうとしているものである。
設備投資を促すことで経済成長が図れるとした誤った観念で施策を進めているのである。

需要飽和状態と言うのは、極、常識的に身の回りを観察されればわかること。
殆んどの家庭には、昔、競って購入した家電製品は有り余るほどあり、自動車も複数台所有しているのが現実である。
人々は、よほど御金がなければ、将来に不安なくならないと、余計な支出はしなくなる。

そんな状態で需要を増えることを期待しても無駄であるのである。
収入を増やしてやれば需要も増すであろうが。

それを金融緩和したり、設備投資を促しても、もはや、それで動く経済ではなくなっていることを、認識しない。
認識しないというよりも、認識していても、それを解決する術を持たないから、とりあえず旧来の方法(金融緩和、設備投資の誘導)によっているだけである。

勿論、そんなものは無駄金になり、ますます、国民経済は疲弊してゆく。

それありながら。容易に「経済成長」なる、言葉を弄び、何も知らない国民を騙しているのである。
国民が望む本当の(指数だけではない)「経済成長」と言うものを、一から考えるべきである。

メンテ
Re: 経済の話し ( No.30 )
日時: 2013/10/03 15:04
名前: グッキー ID:FzYg6wrI

(需要飽和経済)

↑こんな欺瞞に満ちた話を良く書けるなーというのが感想です。
買いたくても買えない人、山のように知っています。
需要飽和ではなく、お金が回らなくなった貧血経済です

政府が戦争を始めてお金を7どんどん出せば、たちどころに
GDPが倍増します。
戦争を止めたら需要が無く元に戻るかって、
戻らないです。
増えたお金が回転して、買いたくても買えなかった人たちが
買える様に成るだけです。

つまりお金が実体経済に流れれば貧血経済は終ります。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.31 )
日時: 2013/10/03 15:39
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.bEgP2mM

グッキーさん

>(需要飽和経済)

>↑こんな欺瞞に満ちた話を良く書けるなーというのが感想です。
>買いたくても買えない人、山のように知っています。
>需要飽和ではなく、お金が回らなくなった貧血経済です

これは見方の問題で、生活者から見れば、グッキーさんが言う通りと思います。
ですが、買うべきものが食料など、生きる為にどうしても必要なものであれば、そう簡単に金がないから買えないでは済まされないでしょう。
どうあっても、何某かの金を調達し買うことになります。
経済学者氏が言っているのは、そうではなく、購入意欲が減退した状態(同時に身の回りの商品が十分にある)での経済成長とは、何かを考えねばならないと提言しているのだと思います。

現実の経済は、こういうことを無視してやっています(比例的成長経済とか生産性主導経済を想定して理論を組み立てているのです)。
そういう意味で
需要飽和経済の状況と言うものを、もっとしっかり認識する必要があるのではないでしょうか。
吉川洋氏塩沢由典氏の主張を詳しく知りたいと思います。



其れにしても、以下の文章は暴論の類ですよ。
そんなことで経済問題が解決できれば、どれほど気が楽になるか。

>つまりお金が実体経済に流れれば貧血経済は終ります。

問題は「お金が実態経済に流れる」とは何を指しているかでしょう。
それがヘリマネで各人に金を支給すると言う意味なら判りますが、其れに代わる方法を示唆しておられるのでしょうか。

一時期の100兆円の金で経済問題が解決出来るならば、それが保証されるのであれば、誰でもすぐにやりますよ。
何せ、年々、数十兆円の借金が増えているのです。
2年で元は取れるのです。
以後の税収不足を考えることもないでしょうし。

メンテ
Re: 経済の話し ( No.32 )
日時: 2013/10/03 18:08
名前: グッキー ID:FzYg6wrI

天橋立の愚痴人間さん

>経済学者氏が言っているのは、そうではなく、購入意欲が減退した状態(同時に身の回りの商品が十分にある)での経済成長とは、何かを考えねばならないと提言しているのだと思います。

需要が飽和し買いたいものが無いなら経済対策など要りません。
経済の話をすることも無い。

>其れにしても、以下の文章は暴論の類ですよ。
そんなことで経済問題が解決できれば、どれほど気が楽になるか。

>>つまりお金が実体経済に流れれば貧血経済は終ります。

暴論でもなんでも有りません。
貧血でも血が流れたら貧血は終わりです。
ただし貧血になった原因の治療は必要だが

思い込みでは有りませんか??
今まで上手く行かないとする論理的な説明をしたことが一度も有りません。
論理的説明無しで駄目だとするのは単なる思い込みです。

「確実に上手く行く保証が無い」なんてのは駄目ですよ。
世界の歴史で確実に上手く行く経済政策など一度も出てきたことが無い。
無いものねだりの屁理屈です

きちんと論理的に上手く行かない理由を述べなければ、
駄目だと思い込んでいるに過ぎません。


>問題は「お金が実態経済に流れる」とは何を指しているかでしょう。
それがヘリマネで各人に金を支給すると言う意味なら判りますが、其れに代わる方法を示唆しておられるのでしょうか。

戦争だろうが公共投資だろうが減税だろうが、お金が実体経済に流れれば経済は活性化
すると言っているでしょう。
ただし即効性、公正性からみて一番良いのは定額給付金だと言っているのです。

メンテ
Re: 経済の話し ( No.33 )
日時: 2013/10/03 19:58
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.bEgP2mM

>ただし即効性、公正性からみて一番良いのは定額給付金だと言っているのです。

グッキーさん、その様な事は何度も聞いて判っています。
その上で、貴方が言う定額給付金は一時的なもので、例えば、貴方が想定しておられるよりも、大目に100兆円を給付するとして、

それが一時的な救済にはなるが、その100兆円で経済が旨く行けば、もう、他の事は考える必要もないでしょう。

それくらいの事はたやすいのですから。
だが、誰もそれを言わないのは、それだけでは経済が旨く行くと思っていないのでしょう。
グッキーさんは、其処を説明する必要があるのです。

それが理論であるのに、其れに応じず、食い下がると

>思い込みでは有りませんか??

とは、

どちらが言うべきことでしょう。

私は、100兆円をばら撒けば、それだけの効果があることは間違いないですが、たった100兆円が呼び水となって、現状の経済のシステム、産業の構成が変わるとは思いません。

ここが一番肝心な事ですよ。

100兆円とは、どれくらいのものかと言いますと、
サラリーマン4500万人の給料の総額が180兆円
其れに自営業者が(1800万人)80兆円
公務員の総計で 40兆円
締めて300兆円の1/3です。

私なら、そんなものは老後の為に貯金しますよ。
自動車1台買ったら、それで終わり。

自動車会社の生産が増えるとしても、海外の拠点から輸入されれば、それだけの事。
自動車会社関係は、おそらく海外の設備投資に向ったり、内部留保に入れてしまい、結局国内で再循環する金は、半分くらいでしょう。
また、その金が、我々へ再び廻ってくる保証となると、微々たるもの。
第一、廻ってくるためには、それを受け取るべき仕事がなければ廻ってこない。

自動車関連企業には、仕事が増えても我々には関係のない話し。
家電製品など、工場生産品の購買へ消える給付マネーは、関係者、上部の富裕層をより富裕にするだけで、問題となっているグローバル化で疲弊した我々には廻ってきません。

要するに産業構造の転換は出来ません。
このあたりの事について、私の認識に間違いがあれば、具体的に説明していただきたいもの。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.34 )
日時: 2013/10/03 21:03
名前: グッキー ID:FzYg6wrI

天橋立の愚痴人間さん

>グッキーさん、その様な事は何度も聞いて判っています。
その上で、貴方が言う定額給付金は一時的なもので、例えば、貴方が想定しておられるよりも、大目に100兆円を給付するとして、
それが一時的な救済にはなるが、その100兆円で経済が旨く行けば、もう、他の事は考える必要もないでしょう。

お金は使ったら終わりではなく回転するものだというのがどうしても理解できないのですね。
あなたに支払われた設計料、生活のために使うでしょう。そしていくばくかの貯金をする。
貯金をする人が居れば借りる人が居るのが経済です。
使ったお金はまた貰った人が使う。
そうやって回るのが経済です。そしてお金の回る量が増えれば消費数量が増える。

それくらいの事はたやすいのですから。
だが、誰もそれを言わないのは、それだけでは経済が旨く行くと思っていないのでしょう。

多数で正しさが決まるものでは有りません。
みんなが天動説が正しいと思って居れば天が動くのですか

>グッキーさんは、其処を説明する

お金が増えれば消費が増えるという圧倒的統計的事実が有ります。
それが違うと言うのなら、違うという人が論理的に違うということを
説明するべきでしょう。

>どちらが言うべきことでしょう。

圧倒的統計的事実を違うと言う人が、何の論拠も無くては話に成りません。
引力が有るという人と、引力が無いという人が居たら、引力が有るという人はりんごを木から
落としてみるだけです(経済の場合は統計的事実)
それでも何の論拠も無く引力が無いと言い張るのなら妄想にしか過ぎません。

>私は、100兆円をばら撒けば、それだけの効果があることは間違いないですが、たった100兆円が呼び水となって、現状の経済のシステム、産業の構成が変わるとは思いません。

何度定額給付金は応急の対症療法だと言えば分かるのですか。
お金が回転するような経済構造に変えていかなければ成らないのは
分かりきったことです。

>ここが一番肝心な事ですよ。

>100兆円とは、どれくらいのものかと言いますと、
サラリーマン4500万人の給料の総額が180兆円
其れに自営業者が(1800万人)80兆円
公務員の総計で 40兆円
締めて300兆円の1/3です。

これも前に説明しましたが、マクロ経済の金銭感覚がずれています。
現在のマネタリーベースは180兆円くらいです。それを元に銀行が
信用創造しマネーサプライは1200兆円くらいに成ります
そのマネタリーベースを120兆円も増やそうと言うんですよ。
増やしすぎではないかと心配しているくらいです。
またお金は使って無くなるものではなく回転するものです。

>私なら、そんなものは老後の為に貯金しますよ。
自動車1台買ったら、それで終わり。

個人のことを言っても話しに成りません。

自動車会社の生産が増えるとしても、海外の拠点から輸入されれば、それだけの事。
自動車会社関係は、おそらく海外の設備投資に向ったり、内部留保に入れてしまい、結局国内で再循環する金は、半分くらいでしょう。

話がみみっち過ぎます。
グローバル化した経済では、世界経済を成長させようと思ったら、世界中で
需要を増やさなければ成らないのです。
海外の需要が増えればその国の輸入が増えます。そうするとそこに輸出した国の
需要が増えるのです。世界中で回転するのですよ。
それに国内需要が増えても輸入が増えるのは、現在の輸入割合と同じくらいでしょう。
輸入が増えすぎれば為替で調整され、輸出が増えることに成ります。

>また、その金が、我々へ再び廻ってくる保証となると、微々たるもの。
第一、廻ってくるためには、それを受け取るべき仕事がなければ廻ってこない。

消費=仕事です。これも何度も説明したでしょう。
消費が増えれば誰かの仕事が増えます。
後は個人の努力しだいでしょう。それが市場経済でしょう。

>自動車関連企業には、仕事が増えても我々には関係のない話し。
家電製品など、工場生産品の購買へ消える給付マネーは、関係者、上部の富裕層をより富裕にするだけで、問題となっているグローバル化で疲弊した我々には廻ってきません。

馬鹿を言ってはいけません。国民全体に配るということは、全体的に消費が
伸びるということです。
寡占による超過利潤は徐々に無くしていくしか有りません。

>要するに産業構造の転換は出来ません。
このあたりの事について、私の認識に間違いがあれば、具体的に説明していただきたいもの。

産業構造の転換など無理に行う必要は有りません。
お金が回れば良いことです。
寡占による超過利潤を少なくして行けば、少しは回るようになるでしょう。

応急対症療法と中長期的政策を混同してはいけません。
まるで応急療法で中長期的課題も解決しろと言っているようです。
はっきりと区別してください。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.35 )
日時: 2013/10/03 23:12
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.bEgP2mM

>お金が増えれば消費が増えるという圧倒的統計的事実が有ります。
それが違うと言うのなら、違うという人が論理的に違うということを
説明するべきでしょう。

>これも前に説明しましたが、マクロ経済の金銭感覚がずれています。
現在のマネタリーベースは180兆円くらいです。それを元に銀行が
信用創造しマネーサプライは1200兆円くらいに成ります
そのマネタリーベースを120兆円も増やそうと言うんですよ。
増やしすぎではないかと心配しているくらいです。
またお金は使って無くなるものではなく回転するものです


もう、念仏の様な話しは止めましょう。
貴方が言っている事は、実際は出来もしない事を繰り返しているだけです。

私は、飽くまでも実際の社会を替えるための方策を考え、広く皆さんを説得できるものを探しているのです。
貴方は、その私一人を納得させられないのではありませんか。

貴方が私に対して言っていることは、十分に理解していると言っているでしょう。
金の循環のことも、ベースマネーか何か、知りませんが、通貨の流通の仕組みもわかった上で、貴方の言っているようにはならないと申し上げている。

グッキーさんは、100兆円の給付したマネーが、ベースマネーとして残り、それが経済を活性化(需要を喚起する)と決め付けておられるでしょう。
私は先のレスで申し上げたとおり、100兆円の通り道として、最初はみんなが恩恵を受けるでしょう。
その中で、貯蓄に廻されるもの以外、食料品など地域循環型経済圏の消費いがいの金は、自動車うあ家電製品など工場生産品を購入する事に使われます。
これが問題で、自動車にしても家電製品にしても、これを作っているのは殆んどが大企業、及び系列企業です。
定額給付金の第二次流通先は、此処なのです。
なるほど定額給付金の第一次流通で需要が伸び、生産が始まるとして、其れによって利益(第二次配当)を受けられるのは大企業及び系列企業の従業員です。

その従業員が第三次の流通として使うのが、また工業生産品です、まあ一部はレジャーにも向かうでしょうが。
こうして、定額給付金の金の流れは、大企業、及び系列企業の間を廻る事になり、第二次、三次定額給付金をしても、同じ事を繰り返し、ますます格差が広まるばかりです。
食料品への支出など、金があろうが、なかろうが、そんなに変わるものではないので検証に値しません。

どうして、このようになるかといえば、経済で困窮している多くの人は、廻ってくる金を受けとる術を持たないのです。
つまり、増えたマネーの消費の対象となる商品の生産には全く携わっていないからです。
これが産業構造の問題であり、此処を解決しなければ、グッキーさんが言うように、金が広く回転しないのです。
増えたベースマネーの殆んどは、上部1/3に人たちが独占する事になるのです。

格差社会を認めるならば、何もしなくて今のままでもよいでしょう。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.36 )
日時: 2013/10/03 23:22
名前: グッキー ID:FzYg6wrI

天橋立の愚痴人間さん

>貴方が言っている事は、実際は出来もしない事を繰り返しているだけです。

何の論理手k説明も有りません。
単に思い込み、駄目だーと言ってるだけです

>私は、飽くまでも実際の社会を替えるための方策を考え、広く皆さんを説得できるものを探しているのです。
貴方は、その私一人を納得させられないのではありませんか。

橋立さんを納得させられなければ駄目だーという根拠は有りません

>貴方が私に対して言っていることは、十分に理解していると言っているでしょう。
金の循環のことも、ベースマネーか何か、知りませんが、通貨の流通の仕組みもわかった上で、貴方の言っているようにはならないと申し上げている。

分かっていると言って、駄目だーという結論だけです。
論理的思考がまるで有りません。
結論に至るプロセスが無ければ、単に思い込みを言っているだけです。

>あなたの、上記と同じような言葉で、金融の専門家を相手に話せると思っておられますか。

もちろんです。

>結局は、貴方が確実に言っていることは、一時的に金をばら撒けば、その分だけ助かる人が出てくるといっているだけではありませんか。

違います、景気は本格回復します。
しかし病原を直さなければまた同じ事を繰り返します。

>その部分は私も認めていますし、そんな事は、ことさら言わなくてもみんなが望んでいる事です。
100兆円の金をばら撒いて、少しは経済が良くなるなどと言う話しならば、鼻から議論するまでもないでしょう。

少し経済が回復するなどと言った覚えは有りません。
本格回復します。自律成長軌道に乗るでしょう

>貴方が発した、この言葉の意味、判っておられますか。
応急処置としての話しであれば、最初からその様に断って置くべきではありませんか。

定額給付金は対症療法だと何度も書いたはずです。
もっとも3〜5年は十分持つと思いますが。

>其れにしても、貴方は、そこかしこに(マクロ経済論などと言う言葉を使い)経済そのものの改革として喋っておられましたよ。

>>消費=仕事です。これも何度も説明したでしょう。
>>消費が増えれば誰かの仕事が増えます。
>>後は個人の努力しだいでしょう。それが市場経済でしょう。

>応急処置ならば、このような内容に触れる必要もないでしょう。

これは事実を書いただけのものです。

>結局は、貴方が言っている、経済の具体的な対策は、中途半端で、貴方が言われている全体の理論を抱合していなく、其処をつかれると矛盾が露呈し、それが露呈すると必ず、私の理解不足のせいにして逃げておられる。

具体性がまるで有りません。象徴的に批判しているだけです。
具体的に何が問題か書いてください。

>おそらく誰に対してもその様にされるでしょうね。
そんなことで社会改革を前提とした意見を展開できますか。
貴方の言葉には、全く具体性がついて廻っていません。
現実との関係の検証がなされていません。

具体化するかしないかは国民が決めることです。
言っていることは簡単に政策になります。

>もう、止めましょう。
そうして、私の経済の話には、余り近づかれない事です。
また、こんなことを繰り返しますので。

それでも良いですけど
どうせ平行線に成るのは分かりきったことですから。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.37 )
日時: 2013/10/03 23:46
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.bEgP2mM

つらつら考えるに、グッキーさんの経済理論、
需要を供給の問題、マネーの回転の法則など、全て資本主義のよき時代、100年くらい前の状況を前提として言われているようです。

ところが現代社会で資本主義を問題としているのは、経済のグローバル化で矛盾が吹きだしている環境での経済論なのです。
昔と違うところは、下記のようにまとめてみました。

所謂グロバル化の影響であります。グローバル化には、大きく分けて5つの段階があるといいます。

第1段階は輸出、
第2段階は海外販売網の整備、
第3段階は天然資源、低廉な労働力、海外マーケットを目的とする生産や技術開発拠点の海外移転、
第4段階は事業推進のために必要な経営資源の移転、
第5段階は世界的規模での経営戦略の展開となる。企業が現地生産等の海外直接投資を増やし、多国籍化していくにつれ、モノ、カネ、ヒトの国境を越えた移動が活発化し、国境の制約が相対的に薄れ、相互依存関係が深化していく。

現在は第5段階に進みつつあり、世界を一つの市場として各国の企業が激しい競争を繰り広げるメガ・コンペティション(大競争)が始まり、提携や買収など競争力強化を目的とした世界的規模での企業の再編成が進んでいる。国境を越えたM&A(企業の合併・買収)の急増、大型化している。一企業内でも、部品供給と完成品組み立てを複数の国で分業する企業内貿易が、国際貿易に大きな割合を占めるようになっている。
また、貿易の拡大、金融取引に関する規制緩和の推進、情報通信ネットワークの拡大により、世界の金融市場の一体化が急速に進展している。

我が国の現状に当てはめてみると、第一第二段階は30〜40年前に経験したように思います。
各種商品の増産に継ぐ増産のために日本各地に工場が進出しました。

第三段階は、20〜30年前の状況を省みれば納得が行くと思います。
輸出が好調で日本各地に展開していた大企業の地方の工場は、安価な労働力を求めて生産のシフトが海外に移ったため、次々と閉鎖されて行きました。
同時に、国内向けの商品の生産も海外で行う流れも始まりました。
これも、国内におけるグローバル化の一連の様相です。

第四段階は、各企業の企業活動の本格的な海外移転が始まりました。
生産拠点の移転だけでなく、企業そのものが海外へ移ったのです。
ここ20年の企業のすさましい海外進出です。
企業は輸出の概念から開放されて、真に多国籍企業となって行きました。

第五段階は現在進行中との事ですが、文字通り企業は国境をものとも思いません。

巨大資本は、関係するそれぞれの国家の意志を凌駕して展開しています。
本来、国家が拠って立とうとする基本的な社会の生産システムも企業の論理の中で昇華されてゆきます。
国家の国つくりの構想も、資本の力の前に蹂躙されてしまいます。
巨大化した資本の動向を無視して国家の戦略も立てられなくなってしまっています。
全てがこのような極端に走っているとは言いませんが、十年くらい前からはこのような傾向が強まっているのが現代の特徴といえます。

これらのことを生活と言う面から総括しますと、下記の2つの問題が生じています。

1 資本主義経済論の中核としての需要と供給と言う面から言うと、需要地(消費地)と供給地(生産地)がかけ離れてしまい、需要と供給を通した貨幣の流れで見ると地域にとって必要な貨幣の循環が得られなくなっている事です。

2 生産技術の発達は、需要と供給を通して人々は得られるべき通貨の配分が必要十分には出来なくなった事です。
  所謂、生産現場で得られる収入の総体は、需要を必要とする人々の生活費の総体よりも少なくて済むようになってしまっているの  す。要するに失業者が多く発生している事です。
商品の流れだけを見ていると需要と供給のバランスが取れていても、それを介在して生きなければならない人たちにとって、もは や資本主義経済の根本理念、需要と供給と言う法則は、頼る事が出来ない法則となっているのです。
 実質、古典資本主義経済の理念は崩壊しているのです。

グッキーさんの言い分は、その古典的な意味では成り立っていても、現代社会が直面している問題の解決には適さないのです。
貴方が言っておられる「需要と供給の方程式」マネーの回転のことも、100年前なら正解であったでしょう。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.38 )
日時: 2013/10/04 23:01
名前: グッキー ID:oN9n61.6

橋立さん

やっと具体的な批判になって来たので反論します。

消費が大企業製品、海外製品に向かうのでお金が循環しない
という指摘のようですが、これは考えすぎです。

現実にスーパーの売り上げは落ちています。
外食産業の売り上げも落ちています。
パチンコ屋の売り上げも落ちているではないですか。

国民の多くは食費まで削って生活しているというのが実感です。
食費は削りに削って、車や家電を買うとでも??

また人々は資源浪費型の消費はもう飽き飽きしていると思います。
メーカーの宣伝に乗せられて商品を買う。うんざりです。
もっと生活が充実するような消費を望んでいると思います。
趣味、教育、レジャー、住空間の改良、省資源型の消費を
望んでいると思います。

大企業の売り上げにしても、売り上げがすべて貯蓄に回るわけでは
ありません。
資材購入費、販売管理費、給料、すべて循環するのです。
問題と成るのは寡占による超過利潤だけです。

現在、輸入はGDPの1割強です。この割合が極端に変わるとも
思えません。
輸入が増えれば円安に成る。
為替フロートで調整されるように成って居るのです。
また輸入品にしても輸送費や販売費、すべて国内付加価値です。

消費構造など大して変わらないと思っています。
変わるとしたら省資源型の消費へと少しずつ変わって行くのだと
思います。
メンテ
産業構造 ( No.39 )
日時: 2013/10/04 23:39
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.HL3mhGE

グッキーさん
せっかくですが、反論になっていませんよ。

反論は下記の文章に対して御願いします。

・・・

これが問題で、自動車にしても家電製品にしても、これを作っているのは殆んどが大企業、及び系列企業です。
定額給付金の第二次流通先は、此処なのです。
なるほど定額給付金の第一次流通で需要が伸び、生産が始まるとして、其れによって利益(第二次配当)を受けられるのは大企業及び系列企業の従業員です。

その従業員が第三次の流通として使うのが、また工業生産品です、まあ一部はレジャーにも向かうでしょうが。
こうして、定額給付金の金の流れは、大企業、及び系列企業の間を廻る事になり、第二次、三次定額給付金をしても、同じ事を繰り返し、ますます格差が広まるばかりです。
食料品への支出など、金があろうが、なかろうが、そんなに変わるものではないので検証に値しません。

どうして、このようになるかといえば、経済で困窮している多くの人は、廻ってくる金を受けとる術を持たないのです。
つまり、増えたマネーの消費の対象となる商品の生産には全く携わっていないからです。
これが産業構造の問題であり、此処を解決しなければ、グッキーさんが言うように、金が広く回転しないのです。
増えたベースマネーの殆んどは、上部1/3に人たちが独占する事になるのです。

・・・

グッキーさんは、定額給付金により増えたベースマネーが循環すると言われていますが、

>どうして、このようになるかといえば、経済で困窮している多くの人は、廻ってくる金を受けとる術を持たないのです。

この部分、定額給付金の第一次流通過程では、それが給付金と言う形であるので、誰にも満遍なく廻るでしょう。
しかし、それが需要(消費)と言う形で動き始めた後は、消費の対象である商品の生産に携わるもの(大企業及び系列会社)には廻っても、それからは阻害されている人たちには廻ってこない。
要するに、困窮している人たちは、その金を受け取るべき仕事に縁がないからです。
定額給付金と言う形では受け取れても、第二次の流れの中で、誰が給付してくれるのですか。

これが現在の産業構造であり、これを解決しないと、グッキーさんの言われるようなマネーの回転は起きないと言っているのです。
この事は、言葉を変えてはじめから指摘しているものですが、貴方は、今になって気がつかれたのでしょうか。

産業構造についてはNo37のレスで書いています。
要するに、貴方はこの内容を認めておられないという事ですね。
認めておられないなら、その事につき、具体的に反論されては如何でしょう。

最も、定額給付金を定期的に繰り返せば、この問題もなくなるでしょうが、それはベーシック・インカムに他なりません。
私が言っている方法を取っても、産業構造まで変わるには20〜30年必要でしょう。
どうして、それが判らないのでしょう。

其れに、貴方は定額給付金のアイデアは、対症療法であり、中期的に経済を変えられるものではないと、自ら認めておられるではないですか。
それならば、今回の様な反論自体、無用のことでしょう。

100兆円の定額給付金を出して、それで2〜3年は経済が活気ついても、それだけの事に議論をする必要もないでしょう。
さらに言えば、先のレスで言ったように、その定額給付金は結局富裕層を潤す事によりならなかった場合、富裕層の間でダブついたマネーによりインフレを起こす事になるでしょう。

と言うことは、ヘリマネ事態が許されない施策となるのとは違いますか。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.40 )
日時: 2013/10/05 00:24
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:cBzXh4k.

>消費が大企業製品、海外製品に向かうのでお金が循環しない
という指摘のようですが、これは考えすぎです。

お金の循環が偏っていることを指摘し、それを問題にしているのに
>これは考えすぎです。

と言うのが反論と言えますか。
考えすぎの根拠を示すべきです。

>趣味、教育、レジャー、住空間の改良、省資源型の消費を
望んでいると思います

そうでは、ないでしょう。
ワーキングプアーといわれる人々、2000万人は生きること自体に困窮しているのです。
趣味に昂じられない、レジャーがもっとやりたいが、主題の人の為に、態々経済のシステムを変えようなどとノーテンキなことを言い出しませんよ。


>大企業の売り上げにしても、売り上げがすべて貯蓄に回るわけでは
ありません。
>資材購入費、販売管理費、給料、すべて循環するのです。

それが、何処に循環するかを例を挙げて言っているでしょう。
万遍なく循環するのであれば、異論は差し挟みません。

>消費構造など大して変わらないと思っています。

消費構造と言う言葉は、おそらく私が言っている産業構造と考えてよいでしょうが、大して変わらないとするのではなく、大層困難ではあっても、変えねばならないと主張しているのです。

大体において、私が指摘している現代資本主義の展開のありよう、
つまり需要地と消費地言い換えれば、消費地と生産地が教理的に途方もなくかけ離れてしまっているので、需要と供給によって発生する貨幣の循環が必要な形で成されなくなっていること。

これもさらに具体的に言えば、食料でも輸入品が多く、それを消費することで潤う生産者は外国にいるという事。
家電製品でも同じこと、国内で消費される製品の再生産の多くはは海外でやられているということ。
魚釣りの餌まで、国産のものを探すのは大変なのです。
流通過程で発生する貨幣は別として、生産に関わる貨幣は国内では循環しないのです。
さらに、交易と言うことは、これも一般の企業活動に関連するものにとっては立ち入る事が出来ない領域であり、ただ受身で対応する以外にないのです。

さらに生産技術の発達が、工場生産などの分野で人を必要としなくなっているのです。
最近の省力化は驚くべきものであり、かなりの分野の商品が、国内の数箇所の生産拠点で賄えるようになっています。
其処は最新設備の工場で、昔のように一工場に1000人以上の職工が居るという訳ではありません。

駅の改札の無人化は当たり前になり、ガソリンスタンドの無人化も随分と進んでいます。これからはスーパーのレジの無人化を目指しているようです。
こうして、物理的に働く場所を失った多くの人が失業者とか、非正規雇用としてまともな職業に就けていないことで証明されています。

経済のシステムを変えるという問題は、これらのことを認識し、それに対処できる方法を模索する事ですが、前提となる現状を認められないのであれば、そりゃ、私が思うような意見交換にはならないでしょう。

最も、私自身、其れに対する明確な豊富を持っている訳でもなく(あればノーベル賞ものであると言っているでしょう)、ただ模索をしなければならないと言う情熱に基づいているのです。

ですのでベーシック・インカムにも、対症療法的な一時しのぎの話にも興味はないのです。
このような内容のことを

「考えすぎ」とは、如何なものでしょう。

グッキーさんの現状認識が、私のように悲観的なものではなく、グッキーさんのやり方で簡単に解決できる思っておられるならば、この限りではなく、貴方が言われる事は、すべて最もな事と言っておきます。




メンテ
Re: 経済の話し ( No.41 )
日時: 2013/10/05 00:25
名前: グッキー ID:kW5ScYuA

天橋立の愚痴人間さん

>せっかくですが、反論になっていませんよ。
反論は下記の文章に対して御願いします。

きちんと消費構造について反論しているではないですか。

>これが問題で、自動車にしても家電製品にしても、これを作っているのは殆んどが大企業、及び系列企業です。
定額給付金の第二次流通先は、此処なのです。
なるほど定額給付金の第一次流通で需要が伸び、生産が始まるとして、其れによって利益(第二次配当)を受けられるのは大企業及び系列企業の従業員です。

スーパーの売り上げが落ちている。
外食産業の売り上げが落ちている。
パチンコ屋の売り上げも落ちている

食費も削って生活して車や家電を買うなんて妄想に過ぎません。
まずスーパーや外食産業、パチンコ屋の売り上げが増えます

橋立さんはパチンコ屋に行くのを我慢して車を買いますか??
余裕が出来たらパチンコ屋で使うお金が増えるのでは有りませんか??

大企業の売り上げにしてもそのほとんどは資材購入費、給料として循環します。
問題と成るのは寡占による超過利潤だけです。
給料だって全部貯金に回るわけが有りません。
住宅を買えば、逆に住宅ローンを組んでの借金による需要です。

また消費構造も資源浪費型の消費から省資源型の消費に変わってきています。
何故ならその方が生活が充実するからです。
大企業の宣伝に踊らされて商品を買うのは馬鹿らしいと気づき始めたからです。

メンテ
Re: 経済の話し 反論! ( No.42 )
日時: 2013/10/05 00:52
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:cBzXh4k.


スーパーの売り上げが落ちている。
外食産業の売り上げが落ちている。
パチンコ屋の売り上げも落ちている

食費も削って生活して車や家電を買うなんて妄想に過ぎません。
まずスーパーや外食産業、パチンコ屋の売り上げが増えます

橋立さんはパチンコ屋に行くのを我慢して車を買いますか??
余裕が出来たらパチンコ屋で使うお金が増えるのでは有りませんか??

大企業の売り上げにしてもそのほとんどは資材購入費、給料として循環します。
問題と成るのは寡占による超過利潤だけです。
給料だって全部貯金に回るわけが有りません。
住宅を買えば、逆に住宅ローンを組んでの借金による需要です。


経済的、困窮者に対する貨幣の循環(定額給付金の回転)に対する、私の指摘(疑問)に対する回答は、何処にもありません。

冒頭の言葉は、何を言いたいのか、全く不明。
上記の文章が、私の反論が反論になっていないことの証明ですか。
これではチョットねえ。

要するに、現状認識において大変な差があるということであり。
発せられる意見の内容よりも、現状認識の問題でしょう。

私が言っている、貴方の意見の様にはならないと、私が指摘しているその文章自体を論破されるべきではありませんか。

メンテ
Re: 経済の話し ( No.43 )
日時: 2013/10/05 01:08
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:cBzXh4k.

グッキーさん

思えば、貴方の甘くて理想に過ぎる概念論では、現実の経済改革が出来るとは思いません。

互いに思いは同じなのですから、もう少し議論の内容を進めていただきたいと期待していましたが、何時まで経っても入り口論、概論ばかりです。

この問題は私のライフワークの様なものなので、いろいろな人の意見を取りいれながら、このまま進んで行こうと思います。

最終的にはユダ菌に対する構想も必要であり、そりゃ、容易な話ではありません。
実現にも20〜30年を要するテーマと思っています。

現在は、まだその初歩の段階と思ってます。

グッキーさんとの対話の中で、私自身の認識を、いろいろな形で凝縮できたと思っています。
その意味では有意義な事でした。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.44 )
日時: 2013/10/05 02:19
名前: グッキー ID:kW5ScYuA

橋立さん

市場原理というものを分かってないようです。

定額給付金は応急処置です。
中長期的には寡占による超過利潤を減らして循環する経済を
造らなければ成りません。
定額給付金はその一部も兼ねているのです。

昔は大企業が下請企業に資材供給の確保に協力して下さいと
お願いする立場だった。
だから協力会というものを造ったのです。
だから下請企業も利益を出すことが出来たのです。

企業も従業員に働いてくださいとお願いする立場だった。
だから賃金が毎年上がって行く経済構造が出来、それにより
個人消費、住宅投資が増え、それに刺激され設備投資が増え、
経済成長してきたのです。
それで1億総中流と言われる時代が出来ました。

労働需給が鍵を握っています。
大企業、下請企業、労働者、の拮抗力を回復するには
労働需給を逆転させるしか無いのです。
市場は大企業が力を持っています。
その力に対抗するには労働力の需要超過状態しかないのです。
労働需給を逆転させるには一気に需要を増やしてしまうしか有りません。
はずみが必要なのです。そのための定額給付金です。
企業が従業員に働いてくださいとお願いする経済に戻そうということです。

そして寡占による超過利潤をどう吸収するか、流通大手による流通市場支配を
どう解消するか中期的に考えて行くしか有りません。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.45 )
日時: 2013/10/05 03:31
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:cBzXh4k.

グッキーさん

>市場原理というものを分かってないようです。

この言葉が出る事自体、問題があるのです。
其れに、話がだんだん、幼稚になって来ていますよ。

グッキーさんの言いたい意味での市場原理など先刻承知と思ってください。
資本主義経済を口にするものなら、確認する必要もないほど、当たり前のことでしょう。

そうして、貴方が言う市場原理は、今でも生きていますよ。
但し、それが摘要できない層も随分と増えてきているのです。

昔と違い現代の環境は競争と言う意味だけでの市場原理は働いていても、その市場原理だけでは国民経済全体を網羅(人々の生活の手段としての経済の機能を充足できていない)する事が出来ないように変わってしまっていることを問題にしているのですよ。

それでも、従来の資本主義を正としてのみ、考えるならば、部分的には、それは何時までも有効でありますが、

先にも言いました様に、それでは、グローバル化によって、従来の資本主義経済圏からはみ出した人たちを救済する理念は生まれません。
まさに、このことを問題としているのですが、貴方は何やかや言いながら、肝心のところは従来の認識(古典的経済論)から一歩も出ていません。

そうして、私の言うこと(市場原理そのものの改革を目指す)に、何時までも市場原理、市場原理と繰り返されいても意味がなく、
それでは、話が進まないでしょう。

私が市場原理を判っていないのではなく、貴方が私の言う事が理解できていないのです。
また、今までやってきた経済の理屈において、この段階で貴方から市場原理が判っていないなどと指摘されねばならないとは全く思っていません。


>そして寡占による超過利潤をどう吸収するか、流通大手による流通市場支配を
どう解消するか中期的に考えて行くしか有りません。

なにを、暢気なことを仰っておられる。

この議論こそ、まさに中長期、所謂、資本主義経済の将来のありようを抜本的に変えるには、どのような方法があるかと問う議論をしているのです。

メンテ
Re: 経済の話し ( No.46 )
日時: 2013/10/05 03:31
名前: グッキー ID:kW5ScYuA

橋立さん

>経済的、困窮者に対する貨幣の循環(定額給付金の回転)に対する、私の指摘(疑問)に対する回答は、何処にもありません。

お金というものはあらゆる人の必要とするものを造っているものに回るのです。
必要とするものを造ってないなら回りませんけどね。

自動車メーカーも売り上げがあれば仕入れが有り人件費がある。
ほとんどのお金は循環してしまうのです。
下請け会社も売り上げが有れば仕入れと人件費がある。
労働者も生活費などで循環してしまう。
スーパーの売り上げもほとんど仕入れと人件費で循環してしまう。
人件費が増えるということは、人の必要とするあらゆるものの需要が
増えるということです。

問題と成るのは寡占による超過利潤だけなのです。

そして貯蓄があれば借り入れがある。
住宅ローンや設備投資借り入れ、公共投資による借り入れ。

>市場原理そのものにも改革を目指す

市場原理は重力と同じです。市場で起きる現象を説明したもので、
改革とかの対象に成るものでは有りません。

市場経済では需給原理で価格が形成される。
市場経済でこれを変えようが無いでは有りませんか。
市場経済を止めなければ変えられません。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.47 )
日時: 2013/10/05 03:42
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:cBzXh4k.

グッキーさん


改革、改革と言いながら、事象の跡なでをしているだけで、何をどうするべきかに関しては先送りか逃げているばかりではありませんか。

定額給付金と言うようなヘリマネ政策を主張しておられる貴方が、もう、何を言いたいのか、何をしたいのか判りません。

結局は竹下が以前やった、故郷再生基金の様なばら撒きの個人版をやる事ですか。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.48 )
日時: 2013/10/05 12:56
名前: グッキー ID:kW5ScYuA

橋立さん

この件では意見が一致しないでしょう。
私は意見が一致しなくても怒るという事をしません。
橋立さんもそのつもりでレスして下さい。
二人だけの議論なら意味は有りませんが、掲示板は
多くの見ている人が居る。
意見が並立しても多くの人に考える材料を提供すると
いうことに意味があるのだと思います。

>結局は竹下が以前やった、故郷再生基金の様なばら撒きの個人版をやる事ですか。

目的も規模もまったく違うものを比較するとは、私の話を何も聞いて居なかったと
いう事ですね。

一律戻し減税というものが有ります。お金を配ることでは同じです。
やればやっただけの景気浮揚効果が有ります。
それに置いて戻し減税をしても、大企業への消費になるだけだから無駄だ、
お金は循環しないなどという話は聞いたこともないし、そんな結果が出たことも無い。
必ず総体的に消費が上向き、景気が浮揚します。

しかし一律戻し減税では規模も数兆円、納税をしていない者、家庭の主婦や子供、
障害者、生活保護者などへの恩恵は何も有りません。
つまり貧血で輸血しても毛細血管の隅々まで血を通わせることは出来ないのです。

これでは効果は高が知れています。デフレの波に飲み込まれる、下支え効果しか
期待できません。

一気に需要を増やし労働需給を逆転させることが重要なのです。
労働需給が逆転すれば継続的に賃金が上がり、それと平行して
経済成長します。
デフレ経済は終わりです。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.49 )
日時: 2013/10/05 13:55
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:cBzXh4k.

>>結局は竹下が以前やった、故郷再生基金の様なばら撒きの個人版をやる事ですか。

>目的も規模もまったく違うものを比較するとは、私の話を何も聞いて居なかったと
いう事ですね。


「私の話を何も聞いて居なかったと」

貴方の悪い癖ですよ。

人から異論を言われると、それは、その人間が判っていないとして、自分の都合のよいように決め付け議論を逃げる。

要するに上記の言葉は発想のことを言っているのであり、

その根拠の希薄さが共通しているといっているのです。

まあ、貴方の言うことを馬鹿にしたといってよいでしょう。

貴方の話を聞いた上の事ですよ。



メンテ
Re: 経済の話し ( No.50 )
日時: 2013/10/05 14:08
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:cBzXh4k.

グッキーさん

他のスレッドでガブスレイの拮抗論を展開されているようで、拝見しましたが、

そのガブスレイの拮抗論自体が現代にそぐわないのではないでしょうか。

ケインズ、ゲゼルも同じで、彼等の理屈で問題が解決できるなら、鼻から其れによればよいでしょう。

私は、そういう従来の論理では解決出来ない事を主張し、修正資本主義を目指しているのです。

で、あるのに、お蔵入りになった理論を展開されても意見が合わないでしょう。

>貴方は何やかや言いながら、肝心のところは従来の認識(古典的経済論)から一歩も出ていません。

以前から、このことは指摘し続けているでしょう。

具体的な名前を聞かなくても、それは、判るのです。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.51 )
日時: 2013/10/05 14:57
名前: グッキー ID:kW5ScYuA

橋立さん

>人から異論を言われると、それは、その人間が判っていないとして、自分の都合のよいように決め付け議論を逃げる。
要するに上記の言葉は発想のことを言っているのであり、
その根拠の希薄さが共通しているといっているのです。

根拠の希薄さとは何のことでしょう??
結論だけ思い込みで有るのではないですか??

>他のスレッドでガブスレイの拮抗論を展開されているようで、拝見しましたが、
そのガブスレイの拮抗論自体が現代にそぐわないのではないでしょうか。

ガルブレイスの思想、何が現代にそぐわないのでしょう??
現代社会について教えてくれるところが多々有ると思いますが。
もちろん完全な拮抗力など望むべくも有りません。
重要なのは拮抗力の無さで寡占による超過利潤が生まれるということです。

その思想が何で現代にそぐわないのですか??
思い込みによる結論だけでは有りませんか。

>お蔵入りになった理論を展開されても意見が合わないでしょう。

重要な思想を勝手にお蔵入りさせたのは現代人です。
その為に経済危機が起きている。
橋立さんは現代人の行動がすべて正しいといういうことに基づいて
言っている。
現代人の行動がすべて正しければ、戦争も経済危機も起きません。

>貴方は何やかや言いながら、肝心のところは従来の認識(古典的経済論)から一歩も出ていません。
以前から、このことは指摘し続けているでしょう。

従来の考えを利用し、それを発展させて行くというのは当然のことでしょう。
だから歴史を学び、従来の思想を学ぶんですよ。
一歩も出ていないといって間違いでないことは変わるわけが有りません。
それに色々な考えを継ぎ足していくだけです。

従来とは関係ない、まったく新しいことを考えるなんて、まずありえないことです
メンテ
Re: 経済の話し ( No.52 )
日時: 2013/10/05 15:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:cBzXh4k.

>根拠の希薄さとは何のことでしょう??
>結論だけ思い込みで有るのではないですか??

ならばNo37で問いかけた下記の文章に対する貴方の意見を述べられたし。

これらのことを生活と言う面から総括しますと、下記の2つの問題が生じています。

1 資本主義経済論の中核としての需要と供給と言う面から言うと、需要地(消費地)と供給地(生産地)がかけ離れてしまい、需要と供給を通した貨幣の流れで見ると地域にとって必要な貨幣の循環が得られなくなっている事です。

2 生産技術の発達は、需要と供給を通して人々は得られるべき通貨の配分が必要十分には出来なくなった事です。
  所謂、生産現場で得られる収入の総体は、需要を必要とする人々の生活費の総体よりも少なくて済むようになってしまっているの  す。要するに失業者が多く発生している事です。

商品の流れだけを見ていると需要と供給のバランスが取れていても、それを介在して生きなければならない人たちにとって、もは や資本主義経済の根本理念、需要と供給と言う法則は、頼る事が出来ない法則となっているのです。
 実質、古典資本主義経済の理念は崩壊しているのです。

1及び、2の分析について、思い違いがあると断言されるのですか。
この分析が違うと言う前提に立たれているならば、もはや何も言う事はありません。


>ガルブレイスの思想、何が現代にそぐわないのでしょう??

ガブスレイもケインズもゲゼルも、上記の条件を自分の理論に入れていないからです。認めていないからです。

>従来の考えを利用し、それを発展させて行くというのは当然のことでしょう。
>だから歴史を学び、従来の思想を学ぶんですよ。

それは書生の議論でしょ。
私は、今、それをやっているのです。

>それを発展させて行く

メンテ
Re: 経済の話し ( No.53 )
日時: 2013/10/06 01:53
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:n.Wv6Rz2

グッキーさんとの長い議論で、半年前に、このスレッドを立ち上げた頃の認識をすっかり忘れていました。

標題の文章に続くNo1〜3で紹介しています、他の方の意見に基づき、このスレッドを立ち上げました。
当初のものは、市場主義経済を廻る危機感をしっかりと捉えている文章です。

その後、貨幣と言うものに言及し、基軸通貨のことにも少しではありますが触れています。
私もですが、多くの方が資本主義のシステムの行く末を危ぶんでおられる事が判り、力強くもあり、このテーマの難しさを実感しなおした次第です。

しかし、対案となると、誰もが糸口さえ掴みきれていないテーマでもあります。

皆様も、もう一度読み返していただき、今、何を考えねばならないかを共有して欲しく思います。


メンテ
Re: 経済の話し ( No.54 )
日時: 2013/10/06 03:06
名前: グッキー ID:Se0h.E.c

橋立さん

>1 資本主義経済論の中核としての需要と供給と言う面から言うと、需要地(消費地)と供給地(生産地)がかけ離れてしまい、需要と供給を通した貨幣の流れで見ると地域にとって必要な貨幣の循環が得られなくなっている事です。

これは距離の遠さとは関係無いと考えます。
寡占市場の商品と競争市場の商品との交換はアンフェア・トレードに成るのです。
従って競争市場の商品を生産しているものは貧しくなって行くのです。

>2 生産技術の発達は、需要と供給を通して人々は得られるべき通貨の配分が必要十分には出来なくなった事です。
  所謂、生産現場で得られる収入の総体は、需要を必要とする人々の生活費の総体よりも少なくて済むようになってしまっているの  す。要するに失業者が多く発生している事です。

これも寡占市場の問題です。
100円の商品を生産し90円の需要しか造らないのに100円で売ろうとする。
寡占市場で生産調整するからです。
しかしいくら生産調整しても需要を減らして行けば切が有りません。

1、富の総量、商品、サービスの生産を増やさなければ人々は豊かに成らないのに
寡占市場では生産を抑制して利潤を得ようとします。
それで失業が発生します。

2、そして金利がマイナスに成らないため、資本は利潤を得られなければ
生産を中止してしまいます。

1,2がガルブレイスとケインズが指摘したことで、
現在まさにそれが原因で経済危機に陥っています。

>そのガブスレイの拮抗論自体が現代にそぐわないのではないでしょうか。
ケインズ、ゲゼルも同じで、彼等の理屈で問題が解決できるなら、鼻から其れによればよいでしょう。

鼻からそれによれば良い、と言っても、実行しないもの解決のしようが無いでしょうww

>貴方は何やかや言いながら、肝心のところは従来の認識(古典的経済論)から一歩も出ていません。

私はガルブレイス、ケインズ、ゲゼルの理論を融合させそれを発展させた。

個人消費で需要を管理する、誰も言ってないことです。
労働需給を需要超過にしなければ経済成長しない、誰も言ってないことです
地球を財産とする財産制度に問題を提起した、誰も言ってないことです。

>お蔵入りになった理論を展開されても意見が合わないでしょう。

お蔵入りになったから駄目だなどと言うのは、天動説を信奉している
様なものです。
みんなが天が動くと言ってるから天が動く何て言われても、、、

理論や思想というのは、過去に有ったものを参考にし、それを自分なりの考えで
発展させたものがほとんどです。
何故なら人間は過去の蓄積から学ぶからです。
科学の世界ではお蔵入りになった理論を取り出して、それを発展させた
理論がいくらでも有ります。

お蔵入りになったとは、みんなが駄目だと思ったということでしょう。
天動説はお止めください。

実際はガルブレイス、ケインズ、ゲゼルの理論は反論され否定された
ものでは有りません。
都合が悪いから隠されただけのものです。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.55 )
日時: 2013/10/06 13:54
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:n.Wv6Rz2

生活費は働く場所があって、始めて手に入れる事が出来るもの。
その昔、生活に関わる多くの商品は、その地域または広域で見ても国内の誰かが生産し、生産する事によって収入が発生する。
生産技術がまだ未発達のころは、人力によるところが多く、沢山の労働者が必要であった。

それが現在では、第一次産業、第二次産業を含めて、働く必要のある人々の30%も吸収しない現実。
販売にしても、大手量販店の進出、ネット販売の増加などで、全国の小売業が壊滅状態になっている現実。
省力化の名の下に、正規労働者を減らし、必要なときに最低限の人件費に抑える為に非正規雇用に切り替える企業群。
全て、これらのせいで満足な収入が得られないワーキングプアと呼ばれる人々が年々増えてきている現状を

飽くまでも
「これも寡占市場の問題です」

と平然と言ってのけ、それで済ます、その無頓着さ、無責任さ、認識のなさ。
その言葉を裏付けるに、


100円の商品を生産し90円の需要しか造らないのに100円で売ろうとする。
寡占市場で生産調整するからです。
しかしいくら生産調整しても需要を減らして行けば切が有りません。

1、富の総量、商品、サービスの生産を増やさなければ人々は豊かに成らないのに
寡占市場では生産を抑制して利潤を得ようとします。
それで失業が発生します。

2、そして金利がマイナスに成らないため、資本は利潤を得られなければ
生産を中止してしまいます。

1,2がガルブレイスとケインズが指摘したことで、
現在まさにそれが原因で経済危機に陥っています。


のように、なんとも浅はかな情緒論。
さらには、私の問いかけに答えたつもりの抽象論。

はっきりと言いまして、経済を論じているとは全くいえない、漫画の世界。

このスレッドでは、始めから、そんなレベルの話しはしておりません。

メンテ
Re: 経済の話し ( No.56 )
日時: 2013/10/06 17:41
名前: グッキー ID:Se0h.E.c

橋立さん

すべて情緒論、抽象論、漫画の世界という結論だけで
終わりでっすか。
これが橋立さんが、思い込みで結論だけ有るという証明です。

プロセスの無い結論は、すべて思い込みによる結論と
見做します。
メンテ
とりあえず 大団円 ( No.57 )
日時: 2013/10/06 18:42
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:n.Wv6Rz2

>これが橋立さんが、思い込みで結論だけ有るという証明です。

その警鐘をありがたく受け止め

そうは、ならないように留意する事にしましょう。
メンテ
アメリカのデフォルト ( No.58 )
日時: 2013/10/10 01:28
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:wKq22xiE

米国デフォルトなら未曾有の大惨事−リーマン・ショック凌駕 
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-MUA2J16K50YE01.html

約5年前の米証券会社リーマン・ブラザーズ・ホールディングスの経営破綻を覚えている人なら、世界的な金融の惨事とは何かを知っている。だが、米議会が数週間以内に連邦政府の債務上限を引き上げず米政府がデフォルト(債務不履行)に陥れば、経済における悲惨さは世界が経験したことのない規模になりそうだ。

世界最大の債務国によるデフォルトは近代史には前例がない。仮に現実となればブラジルからスイスに至る世界の株式市場が壊滅的な打撃を受け、米国債に依存する投資家向け融資の仕組みが停止する。個人や企業の借り入れコストは膨らみドル相場は急落、米国と世界の経済はリセッション(景気後退)入りし、恐慌を招くかもしれない。資産運用者やエコノミスト、バンカー、トレーダー、元政府当局者を取材すると、米国のデフォルトは金融の終わりに他ならないとの見方が多かった。

12兆ドル(約1165兆円)の国債発行残高はリーマンが2008年9月15に連邦破産法11条の適用を申請した際の負債残高(5170億ドル)の23倍。債務上限の引き上げをめぐり政治家の対立が続く中、バークシャー・ハサウェイのウォーレン・バフェット会長兼最高経営責任者(CEO)やゴールドマン・サックス・グループのロイド・ブランクファインCEOは、過度の与野党対立は破滅的だと警告している。

債券運用で世界最大手の米パシフィック・インベストメント・マネジメント(PIMCO)のモハメド・エラリアンCEOは米国のデフォルトについて、「実際に起これば、法的な問題が続出し、多くの他市場にもデフォルトが広がる恐れがある」と指摘。「全てが経済成長に対する逆風を強め、世界経済における米国の役割を損ねるだろう」と語った。

ブッシュ前政権で財務次官補を務めた経歴を持つ仏BNPパリバのマネジングディレクター、ティム・ビッツバーガー氏は、米国債の「利払いが履行されなければ、リーマン・ショックなど取るに足らないものとなる」と予想。「リーマンは単独の企業だったが、今議論されているのは米国の政府だ」と述べた。


「リーマンショック」

2007年のサブプライムローン(サブプライム住宅ローン危機)問題に端を発した米国バブル崩壊を動機に(サブプライムローンという債権をあたかも資本と思い込ませた借金の転売による多重債務)、多分野の資産価格の暴落が起こっていた。リーマン・ブラザーズも例外ではなく多大な損失を抱えており、2008年9月15日(月)に、リーマン・ブラザーズは連邦破産法第11章の適用を連邦裁判所に申請するに至る。この申請により、リーマン・ブラザーズが発行している社債や投信を保有している企業への影響、取引先への波及と連鎖などの恐れ、及びそれに対する議会政府の対策の遅れからアメリカ経済に対する不安が広がり、世界的な金融危機へと連鎖した。日経平均株価も大暴落を起こし、9月12日(金)の終値は12214円だったが、10月28日には一時は6000円台(6994.90円)まで下落し、1982年10月以来26年ぶりの安値を記録した。


負債総額、約6000億ドル(約64兆円)という史上最大の倒産劇へと至り、「リーマン・ショック」「リーマン・クライシス」として世界的な金融危機を招いた。

アメリカ合衆国財務省や連邦準備制度理事会(FRB)の仲介の下でHSBCホールディングスなど[1]複数の金融機関と売却の交渉を行っていた。日本のメガバンク数行も参加したが、後の報道であまりに巨額で不透明な損失が見込まれるため見送ったと言われている。最終的に残ったのはバンク・オブ・アメリカ、メリルリンチ、バークレイズであったが、アメリカ政府が公的資金の注入を拒否[2]していたことから交渉不調に終わった。しかし交渉以前に、損失拡大に苦しむメリルリンチはバンク・オブ・アメリカへの買収打診が内々に決定され、バークレイズも巨額の損失を抱え、すでにリーマン・ブラザーズを買収する余力などどこも存在していなかった。リーマン・ショックの経緯についてはアンドリュー・ロス・ソーキン著の「リーマン・ショック・コンフィデンシャル」に詳細に説明されいる。

日本は長引く不景気からサブプライムローン関連債権などにはあまり手を出していなかったため、金融会社では大和生命保険が倒産したものの直接的な影響は当初は軽微であった。しかし、リーマン・ショックを境に世界的な経済の冷え込みから消費の落ち込み、金融不安で各種通貨から急速なドル安が進み、米国市場への依存が強い輸出産業から大きなダメージが広がり、結果的に日本経済の大幅な景気後退へも繋がっていった。

(引用終わり)

アメリカの政府機関閉鎖も1週間が絶ち、いよいよ焦点は10月17日になといわれているデフォルトの問題となってきた。
冒頭の記事のようにテンヤワンヤの騒ぎであるが、結局は政治屋共の出来レースとなるであろう。

誰もが真剣で財政のことなど考えていないし、経済の仕組みのことを考えていない。
「リーマンショック」を紹介した記事の様な事が起きてたらしいが、我々の生活に実感はない。

2008年といえば僅か5年前、我々が経済的に困窮しているのは20年も前からの話しであり、ここ5年間で特に何かを感じた訳ではない。
感じといえば、日本のバブルの崩壊を契機に景気が悪くなったことである。
しかも、底辺の景気の停滞は、それ以上古く、1985年頃からの、プラザ合意があったころより企業が生産拠点を本格的に海外移転させ始めたころから始まっている。

リーマンショックで消費が落ち込み、経済の大幅な景気後退があったとは、実際に何を指しているのであろうか。
要するに金融業者、株式、相場をやっている連中の間の話ではないか。
その証拠に、GNPも2008年に少し落ち込んだだけで落ちも上がりもしていない。
この状況は、その以前の10年まえからの傾向である。

冒頭の記事で、最初、アメリカ政府はリーマン救済に公的資金を使わないとしていたようである。
金融関係の奴等が大騒ぎする根拠は、何とかして自分たちの失敗の穴埋めに公的資金(税金)を使わせるためのパフォーマンスではないか。
卑屈で、始めから経済界の追従より出来ない経済の専門家は、かれら(ユダ菌)支援する為に、金融危機を、社会の危機のように煽っているのである。

メンテ
Re: 経済の話し ちょっと横道へ、 ( No.59 )
日時: 2013/10/10 16:03
名前: 平和ボケもん ID:KM8WQAro

皆さんの高尚な話に水を差しますが、ちょっと横道へ。

時の安倍政権に逆らうが如き行動を示した企業が有ります。

本日十日、毎日新聞朝刊の7面に載った、小さな記事。

   「大丸松坂屋200人削減
      選択定年制で 消費税増税に備えて」

と言う記事です。

この企業集団を持って居るのは “Jフロントリテイリング”と言う持ち株会社なんですが、この記事を見ると、安倍坊やがズット言ってきている三段論法とは違う見通しをこの会社は持って居るのです。

つまり、消費税を上げて健康保険料率も上げる片方で、企業に課して居た復興特別税は前倒しで廃止し、法人税率も下げる。

税負担の軽く成った企業は此れを内部保留に廻さず、@設備投資への投下、A給与の増額、に廻して貰う。

其れによって総体的な社会の消費活性化が喚起され、税収も上がる。

上がった税収で福祉が増進され、雇用も増加し、国民の生活安定が得られる。

と言う説明だったのですが、冒頭のニュースの見出しを見る限り、この会社は消費増税で確実に景気は冷え込み、会社の業績も下がる、と見通しているのです。

従ってそれに対応する為に、此れまでも度々行って来た人員削減を更に押し進めようと言う訳です。偶々大丸・松坂屋グループはその方針が公表されましたが、日本の企業社会では深く静かにこう言う事が進行しているに違いありません。つまり、安倍の言う事は真っ赤なウソです。

此の大丸・松坂屋の打ち出した事は、安倍自・公政権や、耄碌爺ィ御手洗経団連にたいする、明らかな反逆と言えるのではないでしょうか。ま、浅井・朝倉、松永弾正、荒木村重、の様に、抹殺される様な事は無いでしょうが、安倍政権にとっては実に無礼極まる行動と言えます。

安倍の馬鹿ボン、の政策で日本が良くなると言うマヤカシは、チョッとものを考える人間ならば誰でも判る事なのに、マスコミ始めうそつき自民議員たちは、平気な顔で国民を騙し続けています。

TPPもこれと全く同じ事、日本は壊滅に向かって落ち続けています。

メンテ
我、番外地に生きる ( No.60 )
日時: 2013/10/10 17:07
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:wKq22xiE

仮定の話しには空しさが付きまといますが、
こちらは元気一杯、応じられます。


輸出企業を代弁している米倉などと違い、デパート等を経営しているものにとっては、読み違いは大変な事になります。

>「大丸松坂屋200人削減
      選択定年制で 消費税増税に備えて」

これが正解でしょうね。

そうして、同じ事がアチコチで起きるはずです。

リストラが出来る企業はまだましで、何としても生きねば成らない中小零細企業では、リストラではなく、給料減額で対応する事になるでしょうね。

アベノミクスなどは、どこか遠くの国の出来事でしょう。
それか、雲の上の住人の社会の話しではありませんか。

どちらにしても、我々、日本国、番外地に居住する人間には縁のない話しのようです。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.61 )
日時: 2013/10/14 12:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:VWDW7M7A

UP
メンテ
公共事業とケインズ 1 ( No.62 )
日時: 2013/10/17 01:16
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:GVdAGM1Q

公共事業とケインズ経済学について検証しよう。
結論から入る事にし、まずケインズの穴掘り理論を見てみよう。

ケインズは、資本主義の制度では、供給可能な財の量を下回る需要しか存在しない、という形での不完全均衡が生じやすいので、何もしないでいると慢性的な不況に陥る、と考えた。ケインズの理論の特徴は、ただそれを指摘するだけに終わらず、対処の仕方も提案している、ということである。

ケインズは、経済が不完全均衡による「供給能力の余剰」という不況に陥ってしまった場合、政府が公共事業を執り行うことによって、その不況から脱出できる、と論じている。その原理は簡単だ。つまり、「需要不足」によって、意欲も能力もあるのに失業している労働者がいて、遊休している設備や機械があるなら、政府がそれらの生み出すことの可能な生産物の使い手になればいい、ということなのである。政府が公共事業を行って、失業者を雇用し、遊休している設備・機械を使って、生産を追加させるのである。これを専門のことばで「財政政策」という。

もちろん、公共事業をするには資金が必要だから、その資金は国民から調達しなければならない。方法としては、徴収した税金を財源
とする手と、国債を発行して国民から借金してまかなう手があるのだが、国債を発行したとしても結局は将来に税金で償還せねばならないから、ここでは、はなっから税金を財源にするものとして話を進めよう。

前に解説した通り、ケインズのいう不況の真因とは、「有効需要の不足」である。企業の投資需要と家計の消費需要の合計が、生産能力をフルに活かすだけの水準に届かない、ということだ。だから、ケインズは、政府の需要をそれらに加えることによって、「有効需要を底上げ」すればいい、そういっているわけである。もっと、乱暴ないいかたをするなら、私的部門の財に対する欲求が乏しく財布の紐が堅くて不況が起きているのだから、政府が国民の財布をこじあけて、その中の金を勝手に使って、もっと生産できるはずの商品の買い手になってしまえばいい、そういうことなのである。

ケインズは、このような理屈によって、政府による財政政策で財の生産量を上増しする方策を提案した。そして、生産量が増えるということは、国民の所得も増えることであり、すなわち景気が回復することである、としたのだ。例えば、政府が2兆円の税金を徴収して、2兆円分の公共事業を行えば、国民の所得はちょうど2兆円増加し、景気にそれだけのインパクトを与える、と説く。これを専門のことばで「乗数効果」という。驚くべきことに、このときケインズは、公共事業の中身は問題にしていない。「穴を掘って、また埋めるような仕事でも、失業手当を払うよりずっと景気対策に有効だ」というようなことまでいっている。

伝統的な経済学では、生産活動は民間がやっても政府がやってもマクロな効果は同じなので、民間に任せ、政府は経済活動や競争が公正に行われるように監視する役割をすればいい、と考えられてきた。それに対してケインズの理論では、政府にずっと大きな役割を担わせている。すなわち、経済活動に積極的に介入し、経済パフォーマンスを達成可能ないっぱいいっぱいの水準にコントロールする資格を与えているわけである。

「次にケインズの理論の経済学的評価を見てみよう」

ケインズ経済学の根幹を成しているのは有効需要の原理である。この原理は古典派経済学のセイの法則と相対するもので、「供給量が需要量(投資および消費)によって制約される」というものである。これは、有効需要によって決まる現実のGDPは古典派が唯一可能とした完全雇用における均衡GDPを下回って均衡する不完全雇用を伴う均衡の可能性を認めたものである[注釈 1]。このような原理から有効需要の政策的なコントロールによって、完全雇用GDPを達成し『豊富の中の貧困』という逆説を克服することを目的とした、総需要管理政策(ケインズ政策)が生まれた。これは「ケインズ革命」といわれている。

ケインズ経済学では貨幣的な要因が重視されている。このことは、セイの法則の下で実物的な交換を想定とした古典派とは、対照的である。不完全雇用の原因について、ケインズの『一般理論』では「人々が月を欲するために失業が発生する」と言われている。これは歴史的な時間の流れにおける不確実性の本質的な介在によって、価値保蔵手段としての貨幣に対する過大な需要[注釈 3]が発生し、これが不完全雇用をもたらすとするケインズの洞察を示すものとして知られている[注釈 4]。

「人々が月を欲するために失業が発生する」とは

人々が「月すなわち貨幣」を需要するために利子率が上昇し投資が妨げられたり,あるいは消費需要が減少したりして有効需要が少なくなり失業が生じる,ということです。

 また彼は,こんな言葉も残しています。「貨幣は本質的かつ独特の仕方で経済機構の中に入り込む」と。ここに,ケインズの「貨幣観」が現れているように思います。
 貨幣というものは,単に世の中を流通しているだけではなく,その流通量が変化することによって,ときにはインフレーションをもたらしたり失業を起こしたりするのです。

 『一般理論』はマクロ経済を分析した書物ですが,しかし今日,貨幣の研究はマクロ経済学からのアプローチだけではなく,ミクロ的なアプローチ(マクロ経済学のミクロ的基礎)も盛んに行われています。
 「貨幣」を人体にたとえると,それは生き物にとって最も大切な「血液」だと言えるでしょう。血液の流れが悪くなると,様々な病気を起こします。血液それ自体の研究だけではなく,血液の循環についての研究も重要だと思います。


このように、通貨の流通(循環)から経済を見た場合の認識です。
そうしてケインズに関わらず、大抵の経済学の理論と言うのは新自由主義経済論に至るまで変わりません。
私は、すでにここに資本主義経済の行き詰まりを見ています。

さて、

ケインズ以前に主流であった古典派の経済学では、セイの法則を中心として自由放任主義を展開していた。セイの法則は「供給は需要を生む」と要約される理論で、どのような供給規模であっても価格が柔軟に変動するなら、かならず需給は一致しすべてが需要される(販路法則)という考え方に立つ。経済は突きつめればすべては物々交換であり、貨幣はその仲介のために仮の穴埋めをしているにすぎない。それゆえ追加的な生産物のみが新たな交換と支払い(需要)をうみ出す事が出来る、とする。ピグーら新古典派経済学は、このような均衡は財の価格が十分に調整しうるほどの長期において成立すると解釈する。一方、ケインズは「長期的にはわれわれはすべて死んでいる」と呼び、このような長期的均衡は実現しないと批判した。

またまた「長期的にはわれわれは全て死んでいる」などと、判らないことを言いました。
これは、冒頭に紹介した「穴掘り」理論に続き、セイの法則により様な経済の考え方では「長期的には死んでいる」と言う意味で、現実の政策を変えねばならないと言うことでしょう。

具体的には摘みどころのない話しですが、最近の話しとして次のように使われているようです。

先に登場した「経済学者」の皆様は、職種のミスマッチの解消努力や雇用の流動性強化(解雇規制緩和、撤廃)を実施すると、失業率が「さらに高騰する」現実を目の前にして、いかに考えているのでしょうか。きっと、
「いやいや、長期的に考えれば失業率は下がるよ」
 と言うのかも知れませんが、それこそケインズ式に言えば、
「長期的には、我々はみんな死んでしまう」
 という話でございます。
メンテ
公共事業とケインズ 2 ( No.63 )
日時: 2013/10/17 01:24
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:GVdAGM1Q

セイの法則をもう少し判りやすく解説すれば、

あらゆる経済活動は物々交換にすぎず、需要と供給が一致しないときは価格調整が行われ、仮に従来より供給が増えても価格が下がるので、ほとんどの場合需要が増え需要と供給は一致する。それゆえ、需要(あるいはその合計としての国の購買力・国富)を増やすには、供給を増やせばよいとする。

セイの法則については、現代では好況等で十分に潜在需要がある場合や、戦争等で市場供給が過小な場合に成り立つ限定的なものと考えられており、また一般に多数の耐久財 ・資本財 がある経済を想定していないことが指摘されている(耐久財のディレンマ)。またセイの法則そのものは後世の研究者により現代においても成熟されつづけているものであり、たとえば技術革新による供給能力の変化と生産調整による供給能力の変化の違いなどの現実のディテールなどは想定していない。また生産されたものがつねにあらゆる状況でgo・dsであることが暗黙の前提となっており、生産され供給されつづけるgo・dsが累積的に人への効用を拡大させることを前提としている。この点がのちにオーストリア学派により批判された(限界効用理論、限界効用逓減の法則)。

次にケインズの主題、総需要管理政策について見てみましょう。

政府による有効需要の調整は総需要管理政策と呼ばれるもので、財政政策と金融政策とに分けられる。また、財政政策と金融政策を併用することをポリシーミックスという。

「財政政策」

均衡GDPが完全雇用の下で達成されるGDPの水準(完全雇用GDP)を下回ることを不完全雇用均衡(デフレ・ギャップ)というが、この場合には有効需要の不足に基づく非自発的失業が発生する。このとき、政府が公共事業あるいは減税を通じて有効需要を発生させ、完全雇用GDPを達成することが考えられる。このような政策を財政政策と呼ぶ。このさい、政府支出の増加分よりも多くGDPが増加する現象を乗数効果と呼ぶ。不完全雇用の下で、意図的に需要を発生させて雇用を改善させる考え方はケインズ経済学(ケインジアン)の大きな主張点であり、世界恐慌に悩むアメリカで行われたニューディール政策はこの考え方に沿うものである。有効需要の理論は、レッセフェール(自由放任主義)で経済が行き詰っても、意図的に政府が経済に介入することで改善を図ることができる可能性を示すことになった。

インフレ・ギャップがある場合、これを解消するためには、公共サービスの削減あるいは増税などの黒字財政によって有効需要を削減することが必要となるが、これは政治的に不人気な政策となることが、ハーベイロードの前提(賢明な政府という仮説)との関わりで問題とされている。

「金融政策」

金融政策により金利を操作することで、民間投資を誘導し有効需要を調整することができる。例えば貯蓄を上回るほどの投資がある場合は、金利を引き上げることで貯蓄の増加と投資の減少を誘導し、有効需要(国民所得)を調整する。
投資は、追加投資によって得ることが期待できる利潤率(資本の限界効率)が利子率と一致するまで行なわれる(ケインズによる)。そこで投資を増加させるためには、金融緩和政策によって利子率を引き下げればよい。しかし、債券よりも現金を選好する流動性選好(価値保蔵手段としての貨幣に対する需要)次第では、貨幣量を増やしても利子率を下げることができない[9]。また景気の見通しが暗い時期には期待利潤率がマイナスになる場合もある。このような場合には、金融政策の有効性が失われる。

現代では、財政政策の弊害への反省などから、金融政策により有効需要を調整することが多い。しかしグローバル化(開放経済化)が進展した現在では、金利の操作は投資よりも経常収支に早く変化をもたらすため、貯蓄・投資の均衡が達成されない場合もある。
以上、ケインズの総需要管理政策であり、冒頭の文章につながるのですが、其れに対する批判も出ています。
ケインズ自身は公共投資を誘い水としてのみ唱導したのであり、経済問題に対する万能薬として総需要の管理に過度に訴えたものではなかった。ポーランドのドナルド・トゥスク首相およびヤン・ヴィンツェント=ロストフスキ財務相は総需要管理政策はその有効性が希薄であることを強く主張している。


1.ケインズの功罪
 不景気になれば減税や公共事業をやり、金融緩和によって民間の投資活動を刺激する。ケインズの有効需要管理政策により、第二次世界大戦後、世界から恐慌が消えた。その意味ではケインズ政策は大成功を収めたといってよい。
 しかし、どんな良薬にも副作用があるように、ケインズ政策にもいくつかの副作用があった。

 第一に、ケインズ政策にはインフレーションという副作用があった。
一般に、好景気の時は需要圧力が大きく、物価は上昇傾向を持つ。一方、不景気のときにはデフレギャップが発生し物価は下落傾向を持つ。しかし、もし、不景気のときに経済に有効需要を注入す れば、下がるべき物価が下がらなくなる。つまり、不況期の有効需要創出政策は経済をインフレ体質にしてしまうのだ。

 一般に、インフレと失業はトレードオフ関係にあるといわれる。つまり、インフレという病気と失業という病気の両方ともを一度に は治療できない関係にある。もし、インフレと失業のどちらか一方しか選べないとしたら、人々はどちらを選択するだろうか。
 もちろん人々はインフレを選択する。経験してみれば分かるが、人生にとって失業ほど残酷なものはない。だから、人々は多少のインフレは我慢してでも、何とか不景気にだけはならないで欲しいと願う。資本主義にとってインフレは失業を回避するための必要悪である。かくして、ケインズ政策を採る資本主義国は例外なくインフレ体質に陥るのである。

2.ケインズ先生、見落とす

 ケインズ政策の第二の副作用は財政赤字という問題である。不況期に国債を発行し、借金をして公共事業をする。借金は返さなければならない。いつ返すか?当然、景気がよくなったときである。 
 しかし、景気がよくなって本当に不景気の時にした借金が返せるのか?
答えはノーである。好景気による自然増収だけでは足りない。返済のためには増税が必要だ。しかし、国民は減税には賛成しても増税には反対する。増税を公約に掲げる立候補者は選挙で勝てないのだ。かくして、不景気のときに借金を重ね、景気がよくなっても返さない。その繰り返しが40年以上も続けられてきたのである。特にバブルが崩壊した1991年以降、借金総額は雪だるま式にふくらんでいった。

 では、当のケインズ自身はどう考えていたのか。
もちろんケインズは馬鹿ではない。借金は返さなければならないことくらい当然分かっていた。ではいつ返すのか?答えは「景気がよくなったとき」以外にはない。ケインズは人間を理性的な存在だと考えていた。だから、景気がよくなったら選挙民は理性を働かせて、増税に賛成してくれるはずだと考えていた(と私は理解している)。ところが、そうはならなかった。
大衆が政治をリードする民主主義社会において、大衆は遠い将来のことより、目先の利益のことしか考えない。かくして、ケインズ政策が民主主義という制度と結びついた瞬間にうまく機能しなくなってしまった。
マルクスが「人間とは自分の利益にならなくても一生懸命働く存在」だと誤解したのと同じように、ケインズもまた人間を理性的な存在として買いかぶりすぎたといえる。



以上、ウィキペディアを中心に引用し構成した文章ですが、


ケインズが登場した時代は1930年代の大恐慌時代であり、アメリカの失業者が1000万人を超えていた時代でした。其処での、ケインズの公共企業論は、景気を向上させるための対策であり、当座の間の対症療法でありました。
しかしながら、現代社会が直面している状況は、そんな対症療法では何ともならない構造的な問題です。
ですので、ケインズにしろ、反ケインズにしろ、彼等が最終的(目標)に描いていた、好景気が来る、それまでの対症療法という条件は当てはまらないのです。

現代社会は、有り余る生産力を持っていますし、結果の商品も消費しきれないほど市場に出回っています。
通貨は、需要、供給の仲介の領域を超えて、部分的にではあるが、氾濫しています。
金融政策は、市場の物質経済のためではなく通貨のための金融政策となっています。
表面的、統計的には好景気を示していても、それとは関係ない失業者があふれていることは、すでに従来の経済理論では対応できないことは明らかであります。
其処では

ケインズの「供給可能な財の量を下回る需要しか存在しない、という形での不完全均衡が生じやすいので、何もしないでいると慢性的な不況に陥る」と言う前提も成立しないし、
セイが言う

「あらゆる経済活動は物々交換にすぎず、需要と供給が一致しないときは価格調整が行われ、仮に従来より供給が増えても価格が下がるので、ほとんどの場合需要が増え需要と供給は一致する。それゆえ、需要(あるいはその合計としての国の購買力・国富)を増やすには、供給を増やせばよいとする」も成立しないのです。
これらの前提条件が異なるのに、いまさらセイもケインズもないでしょう。
ケインズが公共事業の財源として税金を考えたこと自体、すでに破綻しているのです。

この様なことを前提の上で、公共事業論を考えたいと思います。
我が国を例にとって検証しますと、戦後10〜20年は、まさに復興のための公共投資がケインズ的な効果を生み、否、ケインズ的と言わなくても、そうなる事は自然の理でありました。
ケインズを意識して公共事業政策を考えたのは、1960〜70年代でありましたが、日本全体の経済としては、必要もないほど好景気でありましたが、都市部と地方の格差をちじめると言う意味では効果もあったでしょう。しかしながら、バブル期を迎えるようになると、すでに民間でも過剰投資が始まり、強いてケインズを意識することもありませんでした。
こうした中で、我が国の財政専門家の間では、ケインズをそんなに評価する風潮はありません。

http://www.clb.mita.keio.ac.jp/law/aso-seminar/koukyoujigyou2004.pdf#search='%E5%85%AC%E5%85%B1%E4%BA%8B%E6%A5%AD%E3%81%AE%E6%8E%A8%E7%A7%BB'

しかしながら、グローバル化で疲弊した現実を認識すれば、従来の意味でのケインズ政策を論じても仕方がありません。
と、言うよりも、ケインズを超えるケインズ的政策を考えねばならないと思います。
以上、随分と長くなりましたが、公共事業論とケインズを終わります。
メンテ
資本主義経済とは 1 ( No.64 )
日時: 2013/10/17 14:34
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:GVdAGM1Q

資本主義とは、経済の仕組みの一種で、資本の運動が社会のあらゆる基本原理となり、利潤や余剰価値を生む体制である。「資本制」とも言う。
社会に貨幣を投下し、投下された貨幣が社会を運動してより大きな貨幣となって回収される場合、この貨幣が「資本」とよばれる。
カール・マルクスは著書『資本論』の中で「生産手段が少数の資本家に集中し、一方で自分の労働力を売るしか生活手段がない多数の労働者が存在する生産様式」として「資本主義」と定義した。

資本主義が成立するためには、商品生産と商品交換が一般化しており、自己の労働力を商品化する賃金労働者の存在が必要である。ひとくちに「資本主義」といっても時代や国によって体制には差があるが、一般的に以下のような特徴を持つものであるとされる。
• 私有財産制(民法体系による司法による財産権の法的保護、経済的自由権)
• 私企業による生産
• 労働市場を通じた雇用、労働
• 市場における競争を通じた需要、供給、取り引き価格の調整、契約の自由

但し、以上のうち、どの特徴が資本主義にとって本質的なものであるか、どの特徴が偶有的なものであるか、については必ずしも意見が一致しない。
基本原理としては生産手段を持つ資本家が、生産手段を持たない賃金労働者を使用して利潤を追求する社会システムである。
経済学とは、この世において有限な資源から、いかに価値を生産し分配していくかを研究する学問のことである。総じて社会全般の経済活動が研究の対象である。

マックス・ヴェーバーは最初に経済学と社会学の関係について言及した一人である
ヴェーバーは社会学という学問の黎明期にあって、さまざまな方法論の整備にも大きな業績を残した。特に人間の内面から人間の社会的行為を理解しようとする「理解社会学」の提唱が挙げられる。さらには、純理論的にある類型的なモデルを設定し、現実のものとそれとの差異を比較するという「理念型(Idealtypus)」も挙げられる。また、政治的価値判断を含む、あらゆる価値判断を学問的研究から分離しようとする「価値自由(Wertfreiheit)」の提唱も、大きな論争を引き起こした。
ヴェーバーのそうした研究の流れは、「経済と社会」という形で論文集としてまとめられている。

(近代経済学の流れ)

経済学の最も古い定義は、アダム・スミスの『諸国民の富の性質と原因の研究』(いわゆる『国富論』)によるものである。
政治家や議員にとっての科学分野と看做されている経済学は、2つのちがったものを提示する。1つは、人々に豊富な利益ないしは製品を供給し、更には利益や必需品がキチンと人々に益を齎すようにする方法を。あと一つは、そうした収益を国ないしは社会にサービスとして提供し、結果として人々と統治者を豊かにする手立てである。

フリードリヒ・エンゲルスは、1878年ごろ経済学について次のように述べている。

経済学は、最も広い意味では、人間社会における物質的な生活資料の生産と交換とを支配する諸法則についての科学である。経済学は、本質上一つの歴史的科学である。それは、歴史的な素材、すなわち、たえず変化してゆく素材を取り扱う。[1]
その後、経済学の定義について、ライオネル・ロビンズが1932年に『経済学の本質と意義』で最初に問題提起した。
他の用途を持つ希少性ある経済資源と目的について人間の行動を研究する科学が、経済学である。

言い換えるなら、希少性のある資源をいかに効率的・合理的に配分するかを扱い、そこに道徳や価値判断は一切入らないというのがロビンズの論旨である。しかし、こうした定義にはジョン・メイナード・ケインズやロナルド・コースらからの批判もある。経済問題は性質上、価値判断や道徳・心理といった概念と分離する事は不可能であり、経済学は本質的に価値判断を伴う倫理学であって、科学ではないというものである。

一方で、とりわけゲーム理論の経済学への浸透を受けて、経済学の定義は変化しつつある。例えばノーベル賞受賞者ロジャー・マイヤーソンは、今日の経済学者は自らの研究分野を以前より広く、全ての社会的な制度における個人のインセンティブの分析と定義できると述べている。[2]このように現在では、資本主義・貨幣経済における人や組織の行動を研究するものが中心となっている。広義においては、交換、取引、贈与や負債など必ずしも貨幣を媒介としない、価値をめぐる人間関係や社会の諸側面を研究する。このような分野は人類学(経済人類学)、社会学(交換理論)、政治学(公共選択論・合理的選択理論)、心理学(行動経済学)と隣接する学際領域である。また労働、貨幣、贈与などはしばしば哲学・思想的考察の対象となっている。但し、経済システムの働きに深く関わる部分については経済思想と呼ばれ、経済学の一分野として考えられることも多い。

(政治と経済)

経済学は、その誕生・分析対象が社会・政治・経済問題と不可分であったことから政策への提言として社会へ関わる機会が非常に多い。19世紀以降は、社会的な判断において経済学が不可欠となった。社会問題を対象としている性質からか、社会的不幸を予測する理論も多々生まれ「陰鬱な学問」とも呼ばれた。先駆的政策(事実上の実験)の過程と結果から新たな学問的問題を提起したソビエト連邦による社会主義建設は失敗し「壮大な社会実験」として総括されているが、この社会主義的政策が、第二次世界大戦後日本で採られた傾斜生産方式のように社会に有益な影響を与えたのも事実である。ちなみに、近代経済学では傾斜生産方式の有用性について疑問符を投げかけている。

古典派経済学はイギリス帝国や20世紀初頭のアメリカの繁栄などで実証されたかにみえたが、世界恐慌や植民地帝国の解体によって軌道修正を余儀なくされる場面もあった。19世紀後半に古典派経済学の批判的研究からマルクス主義経済学が生まれ、その後の政治に大きな影響を与えた。他方、理論と結果への当てはめという試行錯誤が長く繰り返される中で経済学は発展し、近代経済学が成立した。現代の発達した資本主義国においては、一般的に経済学=近代経済学と考える人が多いが、近代経済学もいまだ多くの問題を抱えている。

最後にハイエクについて述べよう

フリードリヒ・アウグスト・フォン・ハイエク(独: Friedrich August von Hayek、1899年5月8日 - 1992年3月23日)は、オーストリア・ウィーン生まれの経済学者、哲学者。オーストリア学派の代表的学者の一人であり、経済学、政治哲学、法哲学、さらに心理学にまで渡る多岐な業績を残した。20世紀を代表するリバタリアニズム思想家。
ハイエクの初期の業績は景気循環に対する貨幣の影響を分析する貨幣的景気循環理論への貢献としてよく知られている。これはミーゼスなどのオーストリア学派の伝統を受け継ぐだけでなく、クヌート・ヴィクセルの累積過程のアイディアにも刺激を受けたものであった。生産財と消費財の価格比率の中から現れる財市場の均衡をもたらす水準としての自然利子率と、実際の利子率との関係により産出量と雇用量が決定されるというのがその理論の骨子である。具体的には利子率が自然利子率に比して低い場合に過剰な投資が生じバブルを発生させるが、やがて産出水準が投資と消費財への需要の双方に見合わなくなり生産財が不足してバブルが崩壊するというものである。1931年のPrices and Productionはこの方面での彼の代表作である。なお1930年にはジョン・メイナード・ケインズが同じ分野でTreatise of Money(『貨幣論』という邦訳で知られる)を刊行しており、この後両者は景気循環を巡る論争へと突入することになる。この論争はハイエクの当時所属していたLSEとケインズを擁するケンブリッジ大学とのより大規模な論争の一局面であった。

リバタリアニズムとは、

個人的な自由、経済的な自由の双方を重視する、自由主義上の政治思想[1][2]。リバタリアニズムは、他者の権利を侵害しない限り各人は自由であり、政府が干渉すべきでなく、最大限尊重すべきであるとする。日本語においてもそのまま「リバタリアニズム」と表現される場合が多いが、本来の思想から語意が変遷している「リベラリズム」と区別する意味で、単に「自由主義」と訳されることはあまりなく、完全自由主義、自由至上主義、自由意志主義など多数の邦訳が存在する。また、リバタリアニズムを主張する者をリバタリアンと呼ぶ。


「経済計算論争と市場メカニズムの特性→新自由主義の誕生」

ハイエクは1920年代から40年代にかけて盛んになった経済計画論争、或いは経済計算論争と呼ばれる論争に積極的に関わった。この論争は社会主義経済の実行可能性を巡るものであり、生産手段の私有(私有財産)を認めない社会主義経済の下では生産財に価格をつけることが出来ず、価格の存在しないところでは効率的な資源配分は達成されえないとするミーゼスの主張[1]に端を発している。

これに対してオスカー・ランゲやラーナーは、潜在的な交換の可能性があればシャドウ・プライスという形で擬似的、便宜的に価格をつけることが可能であると主張した[2]。その上でランゲはワルラス流の一般均衡理論の枠組みに則って多財の需給の連立方程式の解を求めることで、効率的な価格付けと資源配分を達成することが出来ると考えた[3]。

一方ハイエクの立場はたとえそのような計算が技術的に可能であるとしても、この計算を実施する中央計画当局は計算に必要な需給に関する膨大な情報を収集せねばならず、そのような情報の収集は不可能であるというものであった。

これはその情報量の膨大さもさることながら、計算に必要な情報は主として経済主体にとって自身しか知らない私的情報であり、現代流の言い方をすれば個々の経済主体が情報を正しく伝達するインセンティヴを持つとは限らないからである。

ハイエクは必要な情報の収集に成功し効率的な価格付けと資源配分を行えるのは分権的なメカニズムとしての市場メカニズムだけであるという展望を示したのである[4]。この経済計算論争や論争におけるハイエクの情報に着目するアプローチは後にレオニード・ハーヴィッツを刺激し、メカニズムデザインと呼ばれる分野の1つの源流となった。

ハーヴィッツは1960年の論文[5]で任意の経済主体がその主体の情報のみを用いて意思決定を下すことが可能であり(情報分権性)、最小限度の情報の交換だけで済み、かつ資源配分の効率性を満たす性質を情報効率性と定義した。そして1972年の論文[6]で競争的市場メカニズムが情報効率性を満たすことを示した(情報効率性に関する厚生経済学の第一基本定理)。

さらにジェイムズ・ジョーダンが1982年[7]に情報効率性を満たす資源配分のメカニズムは競争的市場だけであることを証明した。(情報効率性に関する厚生経済学の第二基本定理)ハーヴィッツらのこの結果はある意味ではハイエクの主張を定式化し立証したものであると言える。

(つづく)
メンテ
資本主義経済とは 2 ( No.65 )
日時: 2013/10/17 14:39
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:GVdAGM1Q

後先になったが、ここで近代経済学以前の経済思想について付記しておきます。
民主主義国家の誕生以前の話しなので、経済思想の背景というものに違和感があります。

(重商主義とは)

貿易などを通じて貴金属や貨幣を蓄積することにより、国富を増大させることを目指す経済思想および経済政策の総称。
大航海時代、アメリカ大陸やインド・東南アジアへの西欧の到達と直接交易の開始が貴金属や香辛料など稀少商品の価格革命をもたらし、商業革命のパトロン(援助者・免許者)としての王権に莫大な富をもたらした。オランダ、イギリス、フランスの各東インド会社は植民地政策の重要な尖兵となっただけでなく、有限責任方式の開発など市民社会形成に重要な足跡を残し、のちの産業革命をもたらした。また、その是非を通じて経済政策や思想における活発な議論がなされるようになり、これが後にケネーやアダム・スミスが登場する素地となった

15世紀半ばから18世紀にかけてヨーロッパで絶対主義を標榜する諸国家がとった政策である。資本主義が産業革命によって確立する以前、王権が絶対主義体制(常備軍・官僚制度)を維持するため、国富増大を目指して行われた。初期の重金主義と後期の貿易差額主義に分けることができる。チャイルド、クロムウェルやコルベールらが代表者。
いずれにも共通しているのは、「富とは金(や銀、貨幣)であり、国力の増大とはそれらの蓄積である」と言う認識であった。植民地からの搾取、他国との植民地争い、保護貿易などを加熱させたが、植民地維持のコストの増大や、国内で政権と結びついた特権商人の増加などが問題となり、自由経済思想(現代では古典派経済学と呼ばれるもの)の発達を促すもとになった。現在では「国力=貴金属」とする重金主義思想がとられることはないが、「国力=貿易黒字」という貿易差額主義的な思考は経済学者以外の議論としてはよくみられる。

18世紀には既にアダム・スミスによって間違いが指摘された考え方であり、『国富論』で繰り返し批判されている。そのため、過去の遺物のように考えられがちだが、今日でも貿易問題が論ぜられる際には重商主義的な誤解がしばしばなされる。

ある国にとって「貿易の黒字は利益で赤字は損失だ」といった見方は重商主義的な誤解の典型である。貿易の黒字・赤字は、他国に売った額と他国から買った額とを比べて、売った額>買った額なら黒字、売った額<買った額なら赤字と呼んでいるに過ぎず、利益や損失という概念には本質的に符合しない。例えば、商店が顧客に商品を販売した場合、売る一方の商店は黒字で買う一方の顧客は赤字であるが、それを「商店が得をして顧客は損をした」と評論することには意味がない。まして、赤字を無くすべしとして顧客が売買をやめると、お互いに不利益となるだけである。それと同じく、貿易に関する政策においても貿易黒字の増減をもってして、その政策が望ましいか否かを判断することは誤りであり国民の不利益となる。

『国富論』によると人々が豊かになるのはあくまで輸入品を消費することによってであり、輸出によってではない。輸出は、欲しいものを輸入するために必要な外貨の獲得のためのものであって、輸出それ自体が貿易の目的ではない。輸入業者が支払い請求に応じるのに必要な負担をまかなうために、輸出が必要となるにすぎない[5]。またこのことから、交易条件の改善によって、より少ない輸出でより多くの輸入が出来るようになることは国民を豊かにするが、自国通貨高は輸入価格と輸出価格の両方を変化させるので、より少ない輸出でより多くの輸入が出来るようになるわけではなく、そのためより多くの輸入品の購買や消費が可能になって国民が豊かになるわけでもないことがわかる。

たとえば、輸出によって得られる外貨は国内では決済完了性を持たない(使えない)。輸出業者が銀行に外貨を持ち込んで国内通貨と両替してもらえるのは、輸入や海外への投資のために外貨を必要とする人々がいるからである。しかし、輸入や海外への投資が禁じられているとすれば、輸出によって得られた外貨を必要とする人々はおらず、外貨の使い途は全くなくなる。使えもしない外貨と有用な製品とを交換することで国民が豊かになれるとは考えられない。

貿易黒字とは、国内で生産された財が流出超過で、資本が流入超過である状態である。特に、金本位制が崩れた現代においては資本とは信用貨幣のことであるので、現代において貿易差額主義的な外貨獲得は、国家の貴金属保有量の増大に寄与せず、恒常的な貿易黒字は一方的な財の流出となるので注意が必要である。
輸出で獲得した外貨を対外投資などで増大させ、投資による十分な外貨収入を確保した上で輸入制限を解禁するといった手段がよく採られていた。


(重農主義とは)

18世紀後半、フランスのケネーなどによって主張された経済思想およびそれに基づく政策である。
ケネーは『経済表』を作成してその自然が形成する秩序の姿を明らかにしようとした。彼は社会は神によって創造された自然秩序に基づいて形成されるものとして人為的な社会契約説には批判的であった。自然秩序は物理・道徳の両法則によって形成され、自然法と実定法はこれを制御するために生み出されたものである。人間は自然法則によって自己の欲望を満たしたいとする欲求を実現する権利を持っており、その実現を保障するのが自由権と財産権であり、国家は実定法を用いてこれを保障する義務を持つと唱えた。

また、同時に彼は農業によって生み出された剰余価値(純生産物)が農業資本の拡大再生産をもたらす。一方、商工業は農業がもたらす原材料がなければ何も生産出来ず、生産者としての価値は存在しない。農業生産の拡大再生産による恩恵が原材料などの形で商工業に流れることで初めて商工業が発展すると唱えた。彼は社会を地主(貴族・僧侶)・生産者(農民)・非生産者(商工業)に分類し、絶対王政国家の重商主義政策や家産国家的財政観、強力な領主(地主階層)権力による経済統制・支配こそが経済発展を阻害する最大の原因と考えた。それを克服するためには、

• 交易(とりわけ穀物などの農産物)の自由化
• 「地租単税」論(関税などの商工業への課税を廃して土地のみを課税の対象とする)
• 国家収入からの公共投資(道路・河川・運河などの整備による農業・商工業基盤の活性化)

などによって経済活動を自由化して、国家財政はその基盤整備のために用いられるべきであるとした。

彼の思想はジャック・テュルゴー、デュ・ポン・ド・ヌムール、メルシエ・ド・ラ・リヴィエールらに継承される。特にケネーの直弟子であるテュルゴーは実際に政府閣僚として重農主義政策を推進してギルドの廃止や囲い込みの禁止、流通の自由化などが図られたが、穀物流通の自由化や土地課税は王宮や地主階層の抵抗を受けて失敗に終わっている。また、産業革命が先行したイギリスとの関税の廃止はイギリス商品の大量流入を招いた。その結果、地主と農民の対立、都市ギルドと農村マニュファクチュアの対立、国家財政を基盤整備に用いず贅沢とそれが生んだ借金の穴埋めにしか用いないブルボン朝への批判へと発展し、フランス革命の遠因となった。

また、経済学においてはイギリスのアダム・スミスらの古典学派経済学の発展やカール・マルクスの社会主義経済学への批判的継承などに影響を与えた。その一方で、地主による資本主義的農業経営の中で既存の封建主義的システムが継続され、生産者階層である農民の土地所有を前提としていないことに注意が必要である。

(つづく)
メンテ
資本主義経済とは 3 ( No.66 )
日時: 2013/10/17 19:12
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:GVdAGM1Q

さて、近代経済学と言うものは、当初から社会学的見地からも省みられています。

「経済問題は性質上、価値判断や道徳・心理といった概念と分離する事は不可能であり、経済学は本質的に価値判断を伴う倫理学であって、科学ではないというものである」と言うような認識も取り入れられていた。
経済の停滞期(不況)の折、それを抜け出す為の方策が経済学の中心であったことは、即ち社会の人々の安寧を目的としていた事につながることで証明されている。

アダムスミスの神の手の発想も、ケインズの冨の再配分も、そうした見地から考えられている。
そのケインズが前項で「長期的にはわれわれは全て死んでいる」と言っているように、資本主義の経済システムが、生のままで放置されれば、やがて、それは行き詰まる事を看過していたのでしょう。
ハイエク以降の新自由主義経済の考え方は、こうした機能を軽んじてきた結果、現在の資本主義経済のシステムが、アチコチの国家、社会を破綻させようとしています。

そうかと言って、経済活動において「倫理」を持ち込んでも意味がないと言うことは、古典経済学の時代でも証明されていることであります。

その上に現代経済界の問題は、生産手段の発達による需要、供給のバランス、貿易の広域化、数的多量化がもたらす通貨の地域的バランスに齟齬をきたしているという現実が経済の理念に取り入れられていないと言う事です。
その結果として、世界中に多くの失業者を出していますが、経済の統計上では、需要、供給は滞りなくなされ、経済の規模も上向きで、好景気と言われている状態であっても貧困の問題を解決できないと言う事です。

これを「経済と社会」と言う関係で見れば、経済はその使命を果たしていないことになり、経済学、そのものの死滅を意味するのです。
世界中の多くの人々が「経済」と言う魔物に組み敷かれ悲鳴を上げているのが現代の様相と言えましょう。

これを解決する為には、古典経済学から連綿と続いている需要と供給のバランスと言う見地から経済を捉えることを辞めねばなりません。
辞めると言っても、人間性の本質から、実際に、これに変わる方途がないことも事実です。
人間の利己心を限りなく制限し、人間の経済活動を一定の法則に閉じ込める事が出来れば別ですが、それは、また別の意味の悲劇をもたらします。
こうした条件で、最終的な方法(共産主義のシステム)によらず、経済のシステムを考えられないかと言う事に立ち入ることも必要でしょう。

それは具体的には失業者を出さないという事です。
「社会と経済」と言う認識において、経済の分野の瑕疵を何らかの方法により(社会的=政治的)補完する方策を必要とする事です。
失業者が出る事が防げれば、古典経済学から続いている需要と供給のバランスを考えることによる資本主義経済のシステムを維持する事が出来るのです。

それは、国家が経済の領域に介入すること以外にありません。
ここで冒頭に掲げた資本主義である条件を再掲しましょう。
資本主義とか下記の条件が満たされている経済のシステムです。

• 私有財産制(民法体系による司法による財産権の法的保護、経済的自由権)
• 私企業による生産
• 労働市場を通じた雇用、労働
• 市場における競争を通じた需要、供給、取り引き価格の調整、契約の自由

この中で瑕疵が出ているのは、労働市場を通じた雇用、労働です。
生産手段の発達や経済のグローバル化ではじき出され、労働の機会(市場)がない多くの人たちがいるということであり、その人たちを福祉と言う領域で救済できなくなってしまい、彼等は市場主義経済圏から排除されていると言う事です。

人口の1/3くらいの人が参加できない資本主義経済体制は、もはや社会性を持っていないと言う事です。
それでも経済が自立していれば良いという認識であれば、それでもよいでしょう。
ですが、飽くまでも社会と経済は切り離すことは出来ません。
社会の破綻は、暴動と言う形で、必ず経済の破綻も、もたらすでしょう。

上記の資本主義経済のシステムを維持する為に国家が介入しなければならないと言いましたが、具体的にどのような方法が考えられるのでしょう。

一つはベーシック・インカムにより、労働市場からはみ出した人々に生活費を支給する事です。
彼等は、其れによって再び需要という領域で経済のシステムに参加できます。
供給側に回れない片手落ちの参加ではありますが、国家が生活費支給と言う役割でこれを保証し資本主義経済のシステムは続ける事ができます。
もう一つは、国家が事業主(雇用主=企業)となって、失業者を雇用する事です。

ケインズの公共事業論は、冨の再配分と言う見地から、それをする事によって経済の停滞(不況)を乗り切り、良好な経済活動を維持することを目的とするもので、必要が無くなれば撤回すると言うものでした。
ですが、今日の経済界の状況は、好景気となれば、殆んどの失業者を再雇用できると言うような状況にはありません。
多くの失業者を再吸収できるほど、新しい産業の興隆も望めません。
かつて大恐慌を乗り切った経験は、その後の自動車、家電製品の普及と言う、現在に見られるような物流の大転換があったからです。
その物流の大展開が出来たのは、人間の毎日の生活に即した、所謂、衣食住の分野の充実であったからです。
同じ事をサービス産業の分野に期待する事は出来ません。

ベーシック・インカムにしろ、政府による雇用にしろ、生きるための生活に疲れた人たちにとっては、この上もない救いですが、これには別の問題も出てきます。
ベーシック・インカムでは、人々は生きるための苦労から開放され、不断の努力、勤勉さを失い、強いては精神の謙虚さもなくし、弛緩した精神は人間として我がままになり、結果、社会の頽廃をきたらし犯罪を多発させます。

国家が雇用主となる場合は、財源の問題が大きく立ちはだかります。

通貨の無条件な増刷(所謂、ヘリマネ政策)が必要になり、金融面で現行の資本主義経済のシステムに大きな影響を与える事になるという問題です。
ですが、ほうっておけば、どのみち行き詰まる資本主義のシステムです。
領分を策定すれば、大いに妥協することは出来ると思います。
少なくとも、そうしたことを真剣で検証しなければならない時代であるのではないでしょうか。

マックス・ヴェーバーが最初に指摘したにも関わらず、その後の殆んどの経済専門家は現実の経済の後追いをするだけで、とりわけ金融政策を経済の問題の主軸と決めつけ、ユダ菌の言いなりになって来ました。
そんな学者共にノーベル経済学賞は全く必要はなかったのです。
彼等の報償などユダ菌から出してもらえば良かったのです。
他の領域の科学は時代と共に人間の幸せに寄与してきましたが、経済学だけは人間社会の終末を早める為に活動して来たのです。
ここに、全ての経済学説を否定すると共に新しい経済を模索することを勧めます。

(終わり)
メンテ
読後感:セーの法則とケインズ一般理論 ( No.67 )
日時: 2013/10/17 20:27
名前: 満天下有人 ID:n9E9WhEs

供給が需要を産み出すと言うセーの法則をケインズは、「貨幣が存在しないような物々交換の経済を想定して初めて妥当する」と批判しながら、貨幣、利子、雇用の一般理論を構築しました。

そして需要を産み出す消費も、その性向は人々の嗜好、習慣、社会的文化的諸条件によって左右されるとも言っています。現代の画一化されたグローバリゼイションの弊害を既に暗示していたと思われます。

現在の経済学の停滞は、人間経済行為が持つ長短相交わる過去の遺産と、将来への転換への歴史的時間の狭間に入って、断層を作ってしまっている様相を感じます。

ケンインズ自身も、資本主義経済の構造を、生産、供給、需要、消費性向、貯蓄性向、それに影響する貨幣の利子率、それも短期的には解明できるが、長期については分からない、歴史的な取扱いでしか予測できない(一般理論P306)と言ってます。

その線上で雇用、そこから生じる所得、資本の投資に関連する利子率=資本の限界効率は、全て(当時の)現在の経験的知識に基づいて導き出されたものであって、「変えることが出来ない不可避的な必然的な法則ではない」と言っています。

第24章・社会哲学に関する結論的覚書(P372)では、一般理論着手の思想的背景について、「われわれの住んでいる社会は、その顕著な欠陥として完全雇用を実現出来ず、富と所得の分配が恣意的で不平等であると言うことが出来る。・・・・・・・・経済学、哲学に携わる者たちの考えは、正しい時でも誤っている時でも、実はこれらが世界にとって最も重要な思想であって(その意味で、しかし)これに携わる人々が、既に陳腐化した経済学の奴隷になっている事が多い。(P387)

橋立さんが挑戦されている所は正に、ここにあるものと思います。ケインズは若干ですが税についても触れていますね、それもまた橋立さんが立てられた「税法改正の為のスレッド」の意図にも関係して来ることでしょう。

私なりのスレッド読後感でした・・・。


メンテ
経済の話し<歴史の狭間 ( No.68 )
日時: 2013/10/17 20:55
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:GVdAGM1Q

満天下さん、早速有難うございました。

私の意見は、ネットでの資料に頼り十分な検証が出来ていない事ですが、何時もの通り、それを補完して証明していただきありがたく思います。

少しは自信を得て、理論を続ける事ができます。

ケインズについてもネットで得られる表層の資料では判りませんが、現代経済学の瑕疵を当時、すでに洞察していたことをしり、マルクスのそれも、トインビーのそれも合わせて、さすがに大巨人を思わせます。

>現在の経済学の停滞は、人間経済行為が持つ長短相交わる過去の遺産と、将来への転換への歴史的時間の狭間に入って、断層を作ってしまっている様相を感じます。

上記の文章は、満天下さんの思いと思いますが、
「将来への転換の歴史的時間の狭間」と言う現代の認識について、いたく考えさせられます。

狭間を乗り越えた時の経済とは、私が言っているようなものとは思いません。
それは、かつてのケインズが言ったように、責任を持って言える事ではないでしょう。

が、おそらく、SF映画に出てくるような、物資の生産は、殆んど中央管理により、コンピューターとロボットが行い人間は、ただそれを管理しているだけの社会と思われます。
その時代の経済とは、現在とは似ても似つかないものであると思います。
問題は、その様な社会になった時、人々は、どうして毎日を過ごせるかと言う事です。

まあ、これは2〜300年先のことでしょう。
文明史的に観れば、確かに狭間ですが、容易な狭間とはならないようですね。

メンテ
Re: 経済の話し<歴史の狭間 ( No.69 )
日時: 2013/10/17 23:29
名前: 満天下有人 ID:n9E9WhEs

ケインズ自らが自分の理論も長期では適合するか分からないと言ってることから、ただ今ではその理論が当てはまらない現象に覆われ、だが新たなものがまだ出て来ない・・・長いスパンで見ると、いわば狭間に入っている、いや落ち込んでしまっている光景に見えたものですから、歴史の狭間なる言葉を使ってみました。

そして、ケインズが更に指摘したように、「現在の経験値からしか判断できない要素もある」ことから、当時の経済構造の中に居た彼としては、将来の要因予測にまでは触れていなかった所に、やや物足りなさも感じますね。

それが正に橋立さんが言われるロボット時代では、どうなるかと言う命題になって来ます。

もう10年も経ったでしょうか、思い出したのがあのヤフー時代に、トキメキとか言う変なお姉さんによく絡まれましたね(笑)。あの時、橋立さんは既に、ロボット時代になったら賃金はどうなるのだろうとの命題を出されておりました。
私がロボットと人間の労働価値についてほんの冗談で触れたら、取り巻き連中が、ロボットに給料を払うなどと荒唐無稽なことを言うなと、噛みついて来たことがありました(笑)。私のユーモアを勘違いしたのでしょう。

ロボットが生産を行いだしたら、人間の労働はどうなるのだろう・・・あれ以来、折に触れて労働価値説に基づき、新たな人間労働価値説の理屈が構築できないものかと考えてはみましたが、取り上げねばならない与件が多すぎて、まだまだ入口をウロウロしています(笑)。

労働価値説を軸にロボットによる生産を考えて見る時、順序として、ロボットを先ず創らねばなりません。その第一次ロボット生産に、労働の価値=対価が入る。そしてそのロボットが次の生産を行うとして、第二次ロボットにも第一ロボットに含まれた労働の価値が、第二段階では「死せる労働価値」であっても、そこにも含まれている筈だと言う理屈は成り立つと思うのです。つまり、労働価値の分配をどう理論化し計算するかによります。

現在のGDPが、各分野における労働価値も含めた付加価値計算の集合で成り立っている訳で、そこをロボット時代に当てはめてみて、理論化出来ないかと言う事です。

ただし、生産分野ではかなり理屈化の可能性はあっても、サービス産業分野では、どのように理屈化できるかが難題になります。
マルクスの労働価値説は、生産なるものは資本、それとて過去の労働の産物であるから(過去の死せる労働)には、全て労働がないと成立しないということに着眼し、そして経済なるものが人間の社会的平均的生活の維持で成り立っているからには、労働の価値は、労働の再生産に繋がるものである筈だし、またそうであらねばならないと言うのが、その理論でした。

私はそれをもじって、労働価値とは、人間の労働の再生産を可能にし、それによって計算されるべきものでないとだめだと、一貫してそのように考えて来ました。そう考えると、技術の発達によって人間労働が排除されるのは、実におかしい・・・省力化によって生産物の価値が維持されるのなら、その付加価値から、一般的に言うところの労働に対しての還元がなければならない。

ところが資本主義的生産関係では、そうはならない、させない。そこをどうするかとなると、現在の理論以上のものが出ないと実現不可能なことになる。いや理論だけではとてもじゃないが、出来ない話だ・・・となると社会体制が変革しない限り、利潤概念に新たな価値観が加わらない限り、妄想に終わってしまう。資本側だけでなく一般人間とて、概念を変え得るものなのか(橋立さんが言われる利己心というやつです)。

現行体制の中でとなると、ロボットの登場は恐らく、資本の蓄積にしか向かわない筈です。ただでさえ資本利潤と株主利潤が基準におかれているのですから・・・敢えて現行体制の中でとなると、前にも申しましたように、社会政策面で労働価値の再分配を規定するしか方法が無いことでしょう。その為には国を挙げて、いや世界を挙げて喧々諤々の議論を要することでしょう。でも革命でしか解決できないことでしょう。

ケインズも、労働価値の現実形を賃金と捉えて、貨幣賃金と労働賃金について考察しておりますが、あくまでも利子率概念からの考察で、もっと根本的な命題から労働の対価には触れていないようです。その点では、労働の価値を根本哲学から考察したマルクスに、一日の長があるやに感じます。

ロボット時代における人間労働の位置付を考える時、やはりケインズの賃金論よりマルクスの労働価値論の方が、基本命題を構築してかからないとロボット生産に対抗できない時、色々と考えるヒントを与えてくれます。ロボットとて、人間による産物ではないのか、私の場合はそこを起点に考えることにしています。でないと人間社会が成り立たなくなると思うのです。

・・・ではロボットがロボットを生産し、そのロボットが全ての経済行為に関わってくれば、どうなるか・・・となると、もう橋立さんか後世の方が考えてください(笑)。

メンテ
経済の話し<歴史の狭間の入り口にたたずんで! ( No.70 )
日時: 2013/10/17 23:45
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:GVdAGM1Q

アッハッハ

ロボットの労働価値説。

確かに狭間においては、それを確立する必要も出てくるでしょうね。
私は、狭間の前半を受け持ちます(新しい公共事業論で)。
その後は、次の時代が開くまで、満天下さんに任せましょう。

メンテ
新たな公共事業を考えるための、現状方程式 ( No.71 )
日時: 2013/10/19 13:18
名前: 満天下有人 ID:oIXRO70s

新たな公共事業構築を模索されておられるので、現状国民経済がどのように計算されているかを知っておくことも、参考になると思い、釈迦に説法とは思いますが、参考までに。

数年前にどこかのスレッドでも参考に供した記憶がありますが、当時のは項を大きく括り過ぎ、分かりにくいと思いますので、少し細かく記することにしました。

三面等価の原則:(ハロッド・ドーマーの定理)

先ず混乱されないように前提を置くとして、この定理はあくまでも単年度の動態分析で、単年度損益計算書だと思って下さい。でないと政府累積借金=それはこの単年度損益計算から、静態分析資料である国の貸借対照表に反映され、累積されて行くものでありますから、最後に記しておりますISバランス理屈との整合性に混乱してしまいますので。

GDP(輸出入を含むGNPは別途)国民総生産は全て、家計・企業・政府(税)に分配
されて所得となり、支出される。これが三面等価の原則で、それで全体の説明が出来ます。

【総生産:】

これはもう釈迦に説法で、産業分類によって農林水産、鉱業、製造業・・・サービス業が生み出した付加価値合計です。それぞれの分野における仕入分は差引かれて、差額だけを累積したものがGDPです。
総生産には、政府サービス生産も加算されます。警察、学校、国立病院とか・・・

【(A)分配面からの所得=】

雇用者所得(消費+貯蓄+税)
企業所得(消費+貯蓄(企業の場合は内部留保・営業余剰+税)

(註1)この税は=政府所得になります。
(註2)固定資本減耗=所謂減価償却費は、企業内部留保とみなし、営業余剰に含ませて、項目省略によってすっきりさせます。 

【(B)所得の支出=次のように分解されます。】

民間最終消費
企業最終消費
政府最終消費
総固定資本形成(民間投資+政府投資(所謂公共事業費)
在庫品

(A)=(B)ですから、両辺から消費を相殺しますと、
(S)貯蓄+税=(I)民間投資+政府公共事業となります。

この(I)投資=(S)貯蓄が、ハロッド・ドーマー定理のミソで、これをISバランス
と言います。S>Iの場合はまだ投資出来る、S<Iの場合は、投資不足で国内での
財源が不足を意味し、海外からの投資を要請するケースとなります。

我が国現状ではまだ(S)>(I)の状況にあり、投資の余裕はありますが、これが財政赤字に消費され投資国債になっていない。

ここで、貯蓄に影響する利子率、為替、公共事業をヘリマネでやれないかの通貨に関係することは、外部変数として考えることで、上記方程式はあくまでも現状把握の為のものであり、ここに変数を入れて将来予測することは、出来ないことでもありませんが、別途多くの変数を加えたソフトを考案する必要があります。


メンテ
いよいよ、詰めて行きましょう ( No.72 )
日時: 2013/10/19 14:59
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:pl1k1oSA

欲し、欲しいと思っていた差し入れ、有難うございます。

実は、このレスを頂いて、自分が何を探しているのかが判った次第です。
随分と前に、満天下さんと交わした経済の数式的な取り扱いを再現したく思っていたのですが、それが何であった具体的な言葉が出てきません。

・・・
【(A)分配面からの所得=】

雇用者所得(消費+貯蓄+税)
企業所得(消費+貯蓄(企業の場合は内部留保・営業余剰+税)

【(B)所得の支出=次のように分解されます。】

民間最終消費
企業最終消費
政府最終消費

(A)=(B)ですから、両辺から消費を相殺しますと、
(S)貯蓄+税=(I)民間投資+政府公共事業となります。
・・・

のデーターで検索すると、出てきました。

「1000兆円の借金について<マクロ経済論>」スレッドで、今と同じような疑問が起きて、満天下さんの意見を聞いています。

NO31〜75のレスまで、当時としては熱心にやっているようです。
そのときは、初めてであり、それなりの理解より出来ませんでしたが、今度は、さらに突っ込んで見たく思います。

とりあえずは、今日は下記の一項目について質問させていただきます。

>【総生産:】

>これはもう釈迦に説法で、産業分類によって農林水産、鉱業、製造業・・・サービス業が生み出した付加価値合計です。それぞれの分野における仕入分は差引かれて、差額だけを累積したものがGDPです。

「それぞれの分野における仕入分は差引かれて、差額だけを累積したものがGDPです」

この部分が判りません。

要するに生産過程の収支は別として、GNPに挙げるの「商品」の形を成して流通する状態の時の価値(価格)の総計と言う意味でしょうか。





メンテ
Re: 付加価値総計のGDPとは ( No.73 )
日時: 2013/10/19 17:21
名前: 満天下有人 ID:oIXRO70s

では話を単純化して進めます。

鉄の例が最も波及効果がありますから、鉄を例にとります。

鉄を生産するには、先ず鉄鉱石を輸入します。製鉄会社へ納入された鉄鉱石が1屯1000円であったとします。これには既に輸入業者の人件費、利益、その他経費も=鉄鉱石原料企業の付加価値が含まれておりますが、話を単純化する為に、製鉄会社のコストを1屯1000円とします。

ここで人件費(従業員の所得)や製鉄会社の利益などを含めて、諸々を含めて自動車企業に(A)1300円で売ったとします。この時、国民経済計算では1300円全額を生産額とはしません。原料代1000円を差引いて300円が付加価値として計上されます。この300円に従業員所得や利益が含まれております。

(内閣府ではもっと詳細に分解して計上している筈ですが、話がややこしくなりますので、単純化します)

この鉄を1300円で仕入れた自動車会社は、内装費にエンジン製作、従業員給与(ここでも所得が発生します)、利益諸々を含めて(B)2000円で車を売ったとします。ではここで国民生産額として(A)+(B)=3300円で計上するかと言うとそうはしません。仮に(B)の付加価値が700円であったとすると(A)の付加価値300円+(B)の付加価値700円=1000円が国民経済計算上の生産額として計算されます。その鋼板は住宅建設や船舶製造や、ありとあらゆる分野に出回って行き、各分野での生産額を合算するとものすごい額のGDPになってしまいます。

第一次農産物産品の場合もそうです。元の農産物が最終缶詰になったとして、そこに至る各段階での生産額を合算すると、ものすごい生産量になってしまい、しかもそれでは重複してしまい正確な付加価値が把握されません。

丁度、貨幣供給に於ける信用の創造で、預金通貨を現ナマ供給と錯覚してしまうことに似ております。大元の日銀現金及び当座預金130兆円はそのままで、これに対し預金通貨は550兆円で、約4倍となっていますが、現ナマがあたかも4倍も印刷されているように錯覚してしまうことと似ております。

付加価値額の合計とは、各分野における経済活動別の産出額から、中間投入額を差し引いて求めたものである、と定義されます。
分かりやすくするために、仕入れを控除すると申してしまいましたが、厳密に言えばこのようになります。


メンテ
追伸:Re:付加価値総計のGDPとは ( No.74 )
日時: 2013/10/19 16:23
名前: 満天下有人 ID:oIXRO70s

追伸:橋立さんが「GNP」用語を使っておられますが、GDPとGNPでは、意味合いが違いますのでウイキででも検索されて、違いを一応把握されておかれた方が良いと思います。

私が前記方程式につおいてGDP用語を使ったのは、ネットでは方程式が複雑になりますので、あえて経常収支を除外して話を進めるために、GNPは使わずGDPを意識的に例にした次第です。
メンテ
GDP ( No.75 )
日時: 2013/10/19 16:53
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:pl1k1oSA

国民総生産(GDP)について大いに誤解していました。

どうりで、先に日本の国民の総所得を計算したおり

給与所得者の総所得 180兆円
自営業者その他の所得の計 70兆円
公務員の総所得   20兆円

として総計 270兆円を出したおり
GNPが500兆円では辻褄が合わないと思っていました。

また、逆に、500兆円を付加価値と考えると
残りの230兆円の付加価値の行方が気になります。

日本の貿易がGNPに占める割合で10%前後と割合低い率であることも、そもそも材料費を含む貿易学と付加価値の総体としてのGNPとの比較を、どのように見るかも検証する余地があるようです。

しかしながら、全生産活動の流れから付加価値を集計するような煩雑な計算をやっているのでしょうか。
勿論、産業別の、公式みたいなものを当てはめているのでしょうが。
建築設計の様に、材料としては紙とインクの様な分野での付加価値とは売り上げの殆んどを示す事になるのでしょうか。
PCなど機材の減価償却は付加価値計算から外す事になるのでしょうが。

このように見ると、サービス産業を含む総売上が増えてもGDPは横ばい、あるいは減少と言うこともあるのですね。
特に最近は。

どちらにしても、GDPと言う概念には、いままでよりも、より有意義なものを感じます。

しかしながら、もう一つ疑念がわきます。

林業で山主が樹木を売った場合、や鉱山で鉱石を売った場合、その付加価値に計上するのは、売り上げ全額と考えるのでしょうか。
それとも植林に費やした費用、鉱石を採掘する費用のことでしょうか。

原理原則的なことで申し訳ありませんが、このことをしっかりと認識しておかなければ、GDPと言う言葉を使って経済の事を考える事はできません。



メンテ
Re: GDP ( No.76 )
日時: 2013/10/19 20:49
名前: 満天下有人 ID:oIXRO70s

それでは流れに沿って少し詳細に入ります。

先ず、可能な限り最新の実態に沿った方が良いと思いますのでGDPは既に500兆円を切ってしまっておりますので、この3月期・H23年度の数値、GDP473兆円で行きます。

〇給与所得統計では270兆円のようですが、何時の数字でしょうか。GDPでは(A)分配面・雇用者報酬は245兆円になっております。
しかし(B)支出面での民間最終消費支出は287兆円になっております。この差は、家計に対する民間非営利サービス生産者の支出が加算されている為です。もしかして橋立さん統計の270兆円には、この分の人件費が加算されているのかも知れません。

〇雇用者報酬が245兆円として残り228兆円が気になりますね・・・付加価値を構成しているのは労働の価値=雇用者報酬だけではありません。資本として投下された生産インフラ機器も付加価値を構成しているのです。新規投資の機器分は、新規投資として前稿で示しました(B)所得の支出で総固定資本形成の中にある「民間投資+政府投資」に含まれていますが、既に生産に寄与している機器は、減価償却が始まっておりますね・・・これはいずれ償却後更新されるものですから、減価償却した分は、総生産に寄与している、付加価値形成の為に動いている、そのような理論から(A)分配面で付加価値形成分として固定資本減耗として加算されます。その額は23年度で102兆円もあります。PCなどの減価償却費も多分、ここに含まれているものと思います。

これで付加価値の残りは、126兆円になります。このうち、(B)の分配面で企業の利益営業余剰が87兆円あります。ここを雇用者報酬との分配が公平であるかとの議論のベースになりますか?

最後に生産・輸入品に課せられる税40兆円、政府が一旦徴収して分配するものです。雇用者が払う税などは、雇用者報酬に一旦含めれたままで、最終消費が、消費、貯蓄、税に分かれて行くことになります。

〇第一次産品の樹木や鉱物などは、多分、全額がGDPに計上されていると思いますが、内閣府に確認してみましょう。人間の労働の産物ではないので、どうかな、とは思いますが、でも次の段階での住宅や、鉄鉱石が鉄に成る訳ですから、全額加わっても良いとは思いますけど、確認して見ましょう。

このGDP付加価値のデーター収集は多分、財務省(国税庁、銀行局による銀行データーなど)や経産省のデーターを内閣府が集計しているものです。10年前に詳細を聞いた時、他省の報告を合算しているから中身はそこに聞けと言われたことがありました、お役所ですね(笑)。でも新産業が出て来るなど趨勢に大きな変化が出た場合は別にして、既に経験則からの比率を定めて計算している項目もあると思いますが、誤差が1兆円程度しかない所を見ると、かなり実態に近いものは把握しているようです。

貿易収支など、全体から見ればわずかな数値ですね、私の鎖国論もそこからでているのですよ(笑)、ただ資源の無い我が国ですから、輸入に頼らざるを得ないから、鎖国も十分、理屈が通るように持って行かねばなりません。でも、我が国も財政悪化の状況にある時、いつまでも為替や金融面で揺さぶられるのは堪らない、IMFさんが消費税増税まで持ち出されて心配して頂くのも申し訳ない事で、後は我々でやります、その為に一時鎖国致しますのでと、相手が言う事を逆手に取れば良いのです。

太平洋戦時のように、我々が太平洋諸国や満州の資源を奪いに行くのとは違います、食糧もいかなる事態でも供給を保証してくれる保証もありませんから、と・・・(笑)。シンゾー一派のように威張り腐って何の得がありましょうや。


メンテ
GDP続き ( No.77 )
日時: 2013/10/19 22:20
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:pl1k1oSA

>先ず、可能な限り最新の実態に沿った方が良いと思いますのでGDPは既に500兆円を切ってしまっておりますので、この3月期・H23年度の数値、GDP473兆円で行きます。

国民総生産と言う言葉は、その年に国民が生産した価値の総量と考え勝ちです。
要するに生産した商品、サービスの総量。

ところが実際は、そうではなく、付加価値の総量となれば、なるほどGDPがここ10年で550兆円から473兆円に減ってきているのが理解できます。

生産された商品そのものは、10年前から13%も減っているという実感はなく、むしろ増えています。
付加価値の総量としてみれば、なるほど人件費の減少、設備投資の減少など、景気が悪くなってきているのだと思います。

後の理論になりますが、この場合、こういう状況が続くと、購買(消費)力が減少し需要が減り、需要が減った為に生産を調整する(減らす)と言う流れが古典経済学だと思いますが、実際はそのようには推移していないようですね。
セイの法則などでは、このような景気の停滞を回復する為に、いろいろと言っているようですが、デフレと言っても、商品は市場にあふれ、人件費以外は、そんなに落ち込んでもいません。
この事は、需要、供給の関係において、すでに古典経済学では対応できていない証拠ではないでしょうか。

私が言っています270兆円は、半分は私の推計に過ぎません。
ところで、
>(B)支出面での民間最終消費支出は287兆円になっております

といわれています。私のは収入と言う意味での推計であり、貯蓄などへ廻せは支出の総計とは合わないのですが、この場合、貯蓄も支出の一種と考えるのでしょうか。

ところで、生産のための設備投資の話しですが、これを単年度計算で、全額、付加価値に繰り入れるのか、減価償却計算するのか、どちらでしょうか。
いずれにしても、その機材を作るためにも付加価値が入っています。
それをさらに減価償却で見るのは付加価値の二重計上になると思うのですが。

第一次産品の樹木や鉱物などの取り扱いも含めて、付加価値の計算を、本当に真面目にやっているのでしょうか。
また、国内で産出する第一次産品を付加価値に参入し、輸入するものは参入しないのかと、言う疑問も生じます。

しかしながら、付加価値の総量を国民総生産として統計する事は、大変有意義なデータであると思います。
なるほど、この数値を機軸に、経済のことが考えられると思います。

さらに、此処に税の概念が入ってきます。
頭がこんがらがるので、今日はこの程度にしておきます。


(追伸です)

先走りすぎですが、エリーゼさんは「マクロコントロールシステム・レポート」スレッドでしきりに国民総資産と言う概念を追っていますね。

これは会計用語で言う、経理上の「貸借対照表」に近い概念と思うのですが、其れに引き換え、今やっていることは「損益計算書」と考えて、概ねよいのでしょうか。
いずれにしても、概要をつまむには先が長いようですね。

メンテ
Re:GDP続き ( No.78 )
日時: 2013/10/20 16:12
名前: 満天下有人 ID:ffWyMKuk

冒頭で先ず、私が提示した数値はH23年度分でなく21年度分を掲示したことをお詫びします。H23を2013年と瞬間に取り違えてしまいました。本年2013年度分の総合GDPはまだ年度集計が終わっていないようです。四半期別を集積して行けば出来ないこともありませんが、作業が大変につき、2011年度(H23年度)数値のままで行きたいと思います。今年までそんなに中身は変わってもいないと思われますので、いや昨年〜今年ではむしろ悪化していることでしょう。

GDPが減少傾向のまま推移して来ていることは、橋立さんご指摘の通り同感で、古典経済学が言うような消費と生産の手加減だけでは回復しないと言う現代の経済矛盾を示しているものと思います。

さて昨日、分配面での雇用者報酬が245兆円なのに、支出面での民間最終消費支出が287兆円と、約40兆円も増える統計上の差について、これは民間非営利団体の消費支出が約40ある。この非営利団体とは何かと言いますと、国境無き医師団とか、児童保護施設だとか、要するに寄付金で運営されているNPOなのです。これは生産行為は行わないから、国民総生産には算入されない。しかし分配面を受けた企業なり個人なり、あるいは政府が寄付金や補助金を出して、4色んな生産物も消費している訳ですから、支出面の民間最終消費支出には算入される。とまあ、このような構造になっているとうことです。

付加価値は産出しないが、その恩恵や支援で消費しているという訳です。

〇単年度民間設備投資は、その年の投資として計上されます。その年からいきなり減価償却はしませんから、償却費は翌年以降の分配面の資本減耗に算入されますから、投資額と償却費の二重計上にはなっておりません。

〇輸入品の付加価値計上については、GDP規定で国内居住者による生産活動と規定されていますから、GDPでは範囲外の項目になります。つまり付加価値はあくまでも輸入先当該国の富となっているからですね・・・そこで国際経済関係をも経済計算に入れるGNPで参入されます。
そこでは輸出、輸入価格全額が±されています。輸入超過となればそれは、相手国への付加価値移転となります。我が国企業もどんどん生産拠点を海外え移していますから、その当該国の付加価値増加に寄与している。それが当初の目的では無く当然の事ながら、国際競争力を名目に、利潤確保が目的ですから、その利潤は国内付加価値経済計算では分配面で「営業余剰」として参入されているのに、海外での付加価値生産活動の結果でありますから、簿外注記として表示されています。(2011年では20兆円です)
さて、日本企業がコストの安い海外で生産し、本国日本へ輸出する。その時現地法人で得た利益も参入されている。それを輸入する本国本社は更に利益を載せて販売する。この時、両国の法人税率が天秤にかけられて、日本税率が高いなら、低い生産国での利益を多くしておく。税当局はこれを「移転価格による操作」とみなし、目を光らせているという訳です。これはタックスヘイヴンの問題として考えねばならない問題ですので、ここでは省略します。

エリさんのマクロコントロールシステム論は、資産勘定、損益勘定、マネーフローを全部ごちゃ混ぜにされているので、分かりにくくなっていると思います。私の論は、私のと言うよりどの企業活動でも静態資産勘定と動態損益勘定は、分けて精査する訳で、そこから投資に関係する資産性のあるものは資産勘定に振って行く。この年度国民経済計算は、おおまかには年間損益計算書と思われて結構です。但し資産勘定である投資勘定が参入されていますので、一部合体される項目はありますが、全体の国の利益とも言える付加価値の産出過程を示しているという点に重点をおいてください。

解釈で混乱される時、その説明でこの損益計算書と貸借対照表関係をまた引用するかも知れません。

輸入品の付加価値は、輸出国の国民生産となる。よって、我が国が海外生産活動を行い、そこで生産したものを本国へ輸出しても、こちらのGDPには寄与しない。こちらでは海外からの所得として欄外で注記されるだけ(H23年・20兆円)
メンテ
GDP続きの続き ( No.79 )
日時: 2013/10/20 23:48
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:GLs.sCVM

やはり、細部へ入れば入るほど、ややこしくなって行きます。

最初は簡単に人件費は付加価値として見ていました。
そうして、その人件費は、単純、静的に国民の総所得と見ていましたが、そうではなく(当たり前ではありますが)、例えば、まず一般的な生産活動の付加価値として計上されたものから、具体的には税金とか、寄付とかで流れた資金が新たな生産を生み出し、そこでまた付加価値を発生させ、その総合計がGDPに示される人件費と言う事です。

この認識の中に将来、検証しなければならない「税」と言うものの位置が見えるようです。

私がGDPの把握の中で見出そうとしていますには、国民全員が生活できる金が、GDPの付加価値の中にどのように入っているのかと言う事です。

1億国民が安心して暮らせるためには、年間、一人、最低100万円として、約100兆円が含まれていなくては生産活動により国民が生きて行けないことになります。
但し、GDPに含まれる付加価値としての人件費は、今でも270兆円であり、十分となりますが、実際には、その配分率などがあり、そうは行きません。
全く年収がない人も出てきています。
ですが、まあ、今の配分率(格差の現状)では、100兆円の3倍の付加価値が含まれていると、ワーキングプアーが大量に発生していても餓死者が出るまでには至っていないと言う目安にはなるでしょうか。
この配分率が変わったり、付加価値としての人件費が減って、200兆円を切るようになれば、そうは行かず、暴動状態となるでしょう。

そういう指標をGDPから導け出せないかと、そういうGDPの算出計算式が出来ないかと興味を持っています。
ただし、これには相当複雑な関数、係数が必要となるでしょうね。
そのためには、もっと、もっと現行のGDPの算出方法を詳しく知る必要があります。

企業が手にする付加価値のながれ、個人が行なう、預貯金や投資資金の流れも追跡できる数式もいるでしょうね。

満天下さんも20世紀型と言われているように、今の経済の指標は、統計の上での、景気、不景気に焦点をあわせたものであり社会の実態、其れに伴う政治の判断基準となるには程遠いものとなっているのではないでしょうか。

輸出入の特殊な事情も絡みますが、付加価値の配分のありようまで取り入れたGDPの計算式を作ることは至難の業とは思いますが、今でも相当割り切った係数を使っているはずです。
また、どうせマクロの領域なので、もう少し実態を捉えた(目的に沿った)GDPを考える事は可能ではないでしょうか。

まあ、今のところは、最初に取り組んだGDPの話しですので、とりあえずは、これはこれくらいにして、他の領域からの経済のありようを掴むようにするべきかと思います。



メンテ
国民総資産 ( No.80 )
日時: 2013/10/20 15:03
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:GLs.sCVM

次には、国民総資産と言う面から見てみたいと思います。
これは「マクロコントロールシステム」スレッドで、新しい立場からエリーゼさんが果敢に挑戦されている分野です。

http://www.mitsuifudosan.co.jp/realestate_statics/download/fudosantokei_35_6_2.pdf#search='%E5%9B%BD%E6%B0%91%E7%B7%8F%E8%B3%87%E7%94%A3'

とりあえずは一服です。
メンテ
GDP 追伸 ( No.81 )
日時: 2013/10/21 00:14
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:bzx7vRy6

>私がGDPの把握の中で見出そうとしていますには、国民全員が生活できる金が、GDPの付加価値の中にどのように入っているのかと言う事です。

上記の事について思いついた事を書き留めておきます。

1億国民の生活にとって必要なGDP(付加価値)の中の人件費の総量をどのように考えるかの基準として、

毎年の貧困率を検証し、其れによる係数(α)を作る。
例えば、現在のαを3とする。
現在は貧困と言われている限界数値は年収、160万円程度であり、貧困率は17%である。

それは国民一人一人に年間100万円の金が行き渡るのは100万×3×1億=300兆円の人件費がGDPの中に含まれていなければならない。

貧困率が上がればαを増やし、例えば100万×3.3×1億=330兆円となる。

ところが、GDP全体は、需要に基づく生産がなければ容易に増えるものではない。
ですが、国民生活はそれとは関係なく人件費の確保を必要とする。

勿論、輸出なども含めて需要に基づく生産の増大に務めることや、GDPの他の部分、企業の努力によって減らせるものは減らし人件費に当てる努力も必要でしょう。

しかしながら、それでもどうにもならない要素は別途の方法で解決しなければ、この問題は永久に解決しない。

そこで唯一考えられるのは、国家による雇用の創出である。
全体のGDPの人件費から、生活に必要な人件費の充足が出来ない部分について、別項目の人件費の枠を取り入れること。
また、その雇用に基づく生産(事業)により所得には、貧困率で示されるような格差がない状態で運用できる方策も考えねばならない。

後の話しになるが財源の確保の問題も出てくる。
だが、経済の数式について、少しは実態経済(生活)の要素を取り入れた新しい数式を作る大義名分は成立する。

メンテ
(A)=(B)の話し ( No.82 )
日時: 2013/10/21 10:44
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:bzx7vRy6

No 71のレスの転載。

【総生産:】

これはもう釈迦に説法で、産業分類によって農林水産、鉱業、製造業・・・サービス業が生み出した付加価値合計です。それぞれの分野における仕入分は差引かれて、差額だけを累積したものがGDPです。
総生産には、政府サービス生産も加算されます。警察、学校、国立病院とか・・・

【(A)分配面からの所得=】

雇用者所得(消費+貯蓄+税)
企業所得(消費+貯蓄(企業の場合は内部留保・営業余剰+税)

(註1)この税は=政府所得になります。
(註2)固定資本減耗=所謂減価償却費は、企業内部留保とみなし、営業余剰に含ませて、項目省略によってすっきりさせます。 

【(B)所得の支出=次のように分解されます。】

民間最終消費
企業最終消費
政府最終消費
総固定資本形成(民間投資+政府投資(所謂公共事業費)
在庫品

(A)=(B)ですから、両辺から消費を相殺しますと、
(S)貯蓄+税=(I)民間投資+政府公共事業となります。

この(I)投資=(S)貯蓄が、ハロッド・ドーマー定理のミソで、これをISバランス
と言います。S>Iの場合はまだ投資出来る、S<Iの場合は、投資不足で国内での
財源が不足を意味し、海外からの投資を要請するケースとなります。

我が国現状ではまだ(S)>(I)の状況にあり、投資の余裕はありますが、これが財政赤字に消費され投資国債になっていない。

(引用終わり)

>(A)=(B)ですから、両辺から消費を相殺しますと、
>(S)貯蓄+税=(I)民間投資+政府公共事業となります。

この部分に着目したいと思います。

雇用者所得(消費+貯蓄+税)
民間最終消費

上の二つを単純に消費と割り切り、両者を相殺することで、数式を発展させ、経済の動向の指標としています。
ところが、雇用所得者の消費はよいですが、雇用されていない所得者(失業者)に消費はかのうなのでしょうか。
にも関わらず、民間最終消費の一言で、消費の問題を割り切る事が、すでに実態を示していないことになります。

これを下記のように修正してみましょう。

(A)分配面
雇用者所得(消費+貯蓄+税)
※非雇用所得者の消費=ゼロに近い
企業所得(消費+貯蓄(企業の場合は内部留保・営業余剰+税)

(B)支出面
民間最終消費(雇用所得者分)
民間最終消費(失業者の分)=最低必要消費
企業最終消費
政府最終消費
総固定資本形成(民間投資+政府投資(所謂公共事業費)
在庫品


(S)貯蓄+税<(I)民間最終消費(失業者の分)+民間投資+政府公共事業となります。
となり、このままでは(A)=(B)にはなりません。

A=Bのためには(S)政府雇用+貯蓄+税=(I)民間最終消費(失業者の分)+民間投資+政府公共事業となります。

このうち、雇用関係にある民間の所得、及び最終消費は時代と共に一定の割合があるので容易に動かせません。
まあ、格差の解消とか、雇用者の消費が想定外の伸びを示しあたらな雇用を生むという様になれば別ですが、その様な事は日常死に物狂いで実践している事です。
それでも出来ないならば、別途、政府雇用を増やすより方法はないと思います。
それか、ベーシック・インカム政策を採って、(A)分配面の所得を、この分だけ補充するかです。

(A)<(B)の状態を
(A)=(B)であると言い張り、ほおって置くなら別ですが。

少なくとも
(A)=(B)の方程式は実体経済の把握には瑕疵があるという事です。
それなのに、こんな数式をバイブルのように取り扱っている現状の経済専門家に疑問を呈します。

最も、失業者が比較的少ない時代、ワーキングプアと呼ばれる階層が少ない時代には、概論として成り立っていたでしょうが。
メンテ
経済の話し ケインズ ( No.83 )
日時: 2013/10/21 11:16
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:bzx7vRy6

NO 67で

>そして需要を産み出す消費も、その性向は人々の嗜好、習慣、社会的文化的諸条件によって左右されるとも言っています。

とあり、ケインズは、それに

>政府による有効需要の調整は総需要管理政策と呼ばれるもので対応しようとしたと思います。

最初の言葉は、その(人間の)性向は、行政側からみて都合のよいように動くものではなく、常に不安定、場合によっては勝手に収縮する場合もあるという事が言いたいのでしょう。
ましてや弱者救済の為の消費などと言うことを期待は出来ないと言うことと思います。
ケインズの課題は、非自発的失業者を出さないということであったと思います。

>現代の画一化されたグローバリゼイションの弊害を既に暗示していたと思われます。

ケインズは「長期的にはわれわれはすべて死んでいる」と言う言葉で、国家が雇用の面で経済に介入せず、上記の様な不安定要因にまかせておけば、資本主義経済は行き詰まるという事を言いたかったのでしょうね。

そうして、当時では現在ほどのグローバル化の状況を具体的に把握できていた訳ではないので、あのような表現になったのでしょうが、ケインズが生きていたら何と言うでしょうね。

言うだけでなく、おそらく、新しいシステムの方程式を、すでに作っていてくれたでしょう。

ケイジアンと言っても、彼の亜流に過ぎず、新しい境地を切り開くたくましさ、創造的理念が欠如しているのでしょう。
最も、それが出来ればケイジアンなどとは呼ばれることもないのですが。
メンテ
GDPに関する差入れ投稿 ( No.84 )
日時: 2013/10/21 20:26
名前: 満天下有人 ID:MYqoxBD.

A=Bの方程式を見る学者、識者どもは、むしろ産業別分野のGDPを見て、この分野が弱くなっている、海外移転の方が得ではないか、つまり個別資本の利益を基準に見ているだけで、雇用者報酬のことなどを第一義に見ていないことでしょう。

そして、支出面の最終消費を見て、これを上げるにはどうしたら良いか、それっ、カネをじゃぶつかせたら購買意欲が高まるだろう、そんな旧態已然たるマネタリズムを未だに活用し、何故需要が落ち込んで来たかの本源的分析には頭が向かないのです。次に、需要が無いなら、まだ需要がある国々へ出る、次々に低コストを求める分析にしか向かわず、言い換えると、つまり企業利潤が軸になるという資本主義的発想しか無い故に、この方程式を見て雇用者報酬のことなど眼中に無い筈です。

海外移転による利益20兆円も、こちらではGDP欄外に注記されるだけで、これを分配財源にして支出面の最終消費を増やそうとはしません。分配項目に入れるとしても、多分企業の営業余剰項目に算入してしまうことでしょう。
成長無き時代に入っている事に気がつけば、分配方程式をより中心に考えるべきなのですが、世をあげて自分だけの生き残りに必死(笑)。

前回は総付加価値の分配と支出面から見ましたが、その大元になる全産業の分野別付加価値創出の数値を差入れます。何かの参考になれば幸いです。でもこの分野での成長は、業種によってはその分配を増やす可能性はまだあるかも知れませんが、大きな成長はもう期待できないでしょう。

従って、政府投資もこの分野でなく別の物があれば良いのですが、昔から警察や郵便局は失業対策と言われたように、手っ取り早いこのような分野を創れるかということになると思います。でもこのようなやり方を軸に進めれば、何だか国営企業のオンパレードみたいになって来ますね・・・

参考までに全産業別GDP:H23年度 2011年(単位は10億円)、カッコ内は主たるもの。

〇農林水産業: 5,449(内農業・4,602/林業・159/水産業・688)  
〇鉱業:298 (殆ど輸入の為)
〇製造業:87,086 (内食料品13,428/輸送用機械(自動車など)11,975/一般機械、電気機械・21,641/鉄鋼、非鉄金属12,163/化学、          石油製品12,160)
〇建設業:26,448
〇電気ガス水道業:8,609
〇卸、小売業:66,922
〇金融保険業:22,854
〇不動産業:56,727(内不動産賃貸49,620)
〇運輸業:22,779
〇情通信業:25,551
〇サービス業:90,993・・・・・中間合計413,716

〇政府サービス生産:59,566
(何のことかと言いますと、警察とか学校への政府支出のことで、 パトカー代や学校修理、教科書代などは、上記製造業生産に算入されておりますので、これを中間投入として差引し、でも政府業務行為は一種のサービスを生産していると言う訳で、産業生産と同列に算入(笑)。防衛費も算入されておりますが、武器などは軍事産業製造業に含まず、あたかも政府が生産したような形を取っているとして、GDPに算入。要するに政府サービスとは、公務員人件費が主たるものと思えば良いのです。)

【生産活動面からのGDP総計: 473,282】・・・この分野での就業者数・6,433万人。
PS:林業、鉱物の付加価値は、市場価格から光熱費や、伐採用機器などの中間投入額を差し引いた額が、付加価値額とされております。鉱物などは殆どが輸入ですから、GNP計算において、経常収支の輸出―輸入の、その輸入の額に含まれますから、輸入代全額が第一次付加価値として参入されているようです。
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経済の話し  GDPによせて ( No.85 )
日時: 2013/10/21 21:14
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:bzx7vRy6

差し入れ有難うございます。

今まではGDP総体についての検証でしたが、産業分野別を見ますと、我が国の産業の特性が良く判ります。
また産業によっての付加価値のありようも様々な様ですね。
金融保険業が、その従業員の数に比例しては結構多額です。
不動産業も、何もせずに賃貸料と言う形の付加価値をとっている事になります。

GDPの統計の利用方法として、別の使い道を探って行くには大変ありがたい資料です。

>何だか国営企業のオンパレードみたいになって来ますね

このように言われていますが、結局は、ギリシャではありませんが、この方向に向かうことになるのでは、ないでしょうか。
国営企業であれば、また国営として市場主義にそのまま巻き込まれないで済む分野として、雇用対策を重きに、その形態を作って行けば良いのです。
例えば農業、漁業、林業など人でが必要な分野と強いて取り組むなど。
ギリシャと違うところは、事業費は国が出しても企業は民間のままで、競争の原理は保持しておきます。

現在の大きな政府、小さな政府論も、この意味では、全く本質を省みない、無責任な議論が続いているようです。
なを、この方向は共産主義のように見えますが、マルクスが考えたような意味での共産主義とは違うと思います。

先にもSF映画のことを言いましたが、未来型の経済のシステムは、この延長で考える事になるのでは、ないでしょうか。
いずれにしても、その未来は、人類にとって幸せの終焉国家であり、決して望ましいものではないでしょうね。

何とかして資本主義の考え方を残して行きたいものです。
GDPの検証は、他の領域の検証の後に、また戻って来たいと思います。

別の角度からも、GDPを見る事が出来ると思います。
メンテ
国民総資産の話し ( No.86 )
日時: 2013/10/22 14:42
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:aax6.0Xo

国民総資産を見てみましょう。
この数値を出す意味は、企業会計における貸借対照表の作成と同じ意味を持ちます。
平成22年度の国民総資産は8500兆円と言われています。

http://www.mitsuifudosan.co.jp/realestate_statics/download/fudosantokei_35_6_2.pdf#search='%E5%9B%BD%E6%B0%91%E7%B7%8F%E8%B3%87%E7%94%A3'

この内訳を見てみましょう。
貸借対照表で言えば資産の部にあたります。単位は兆円です。

<資産の部(国民総資産)>
(非金融資産の内の生産資産)
在庫                 69.0
住宅                 350
住宅以外の固定資産         1129
無形固定資産             29
(非金融資産の内の有形非生産資産)
土地           1205
土地以外の有形非生産資産   2
(金融資産)
株式以外の金融資産    5302
株式            413

合計       8500兆円

<負債の部>
(負債)
その他の負債            490
保険・年金準備金          419
金融派生商品             63
株式・出資金      610
株式以外の金融商品    1267
借入れ金      1295

現金・預金      1330
正味資産      3036

 合計     8500兆円

(正味資産とは)
国あるいは各制度部門の所有する実物資産及び金融資産(株式を含む)の総額から、負債(株式を含む)の総額を差し引いたものを正味資産といい、国民あるいは制度部門貸借対照表のバランス項目である。国冨とは、国全体の正味資産であり、実物資産と大外純資産の合計に等しい。
民間の貸借対照表では資本の部に相当する。
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kakuhou/files/h23/sankou/pdf/point20130118.pdf#search='%E5%9B%BD%E6%B0%91%E7%B7%8F%E8%B3%87%E7%94%A3'

これに対して国家の財政上の貸借対照表は下記サイトにあり、平成18年度で6900兆円あまりです。

http://www.mof.go.jp/budget/report/public_finance_fact_sheet/fy2005/national/2005_01a.pdf#search='%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%B2%A1%E6%94%BF%E8%AB%B8%E8%A1%A8%E3%81%A7%E8%A8%80%E3%81%86+%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E4%BB%A5%E5%A4%96%E3%81%AE%E8%A8%BC%E5%88%B8%E3%81%A8%E3%81%AF'

此処での話しとしてはズレますが、この中の負債の部は
627兆円などを含んで合計は9800兆円となっていて、正味資産の部で-290兆円を計上して資産の部とのバランスをとっています。
普通の企業なら、とっくに倒産しています。
細かい事ですが、国家公務員の退職引き当て金の15兆円も含んでいます。

メンテ
マクロ経済論へ向かって ( No.87 )
日時: 2013/10/22 21:41
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:aax6.0Xo

さて、ここまで、国民総生産(GDP)と国民総資産と言うものを見てきました。
その中で、国民総資産については、あまり検証していませんが、これは後に、マクロ経済論を展開するときに考えましょう。

この数値事態は、国家の資産状況を解説しているだけで、統計、そのものに特に意味を問う事もないかと思います。
強いてあげれば数値の根拠となっているものが、本当に信頼出来るものか、どうかの事になります。

これに対して会計論の上で当然、次に問題にしたいのは損益計算書と言う事になります。
これは毎年の国家予算と考えれば良いと思います。

次には、その資料を掲載しましょう。
さらに、会計の問題としてキャッシューフローが出てきます。

国民の側に立って、国民経済を考えるとき、このキャッシューフローが、殆んど取り上げられていないと思います。
要するに黒字倒産の状態が、現在の状態と思います。

その事は、これから検証するとして、ここで経済学的に言えばマクロ経済論を具体的な国家経済に当てはめて考える事から始めましょう。

参考に言いますと、この当りの問題をテーマとされている記事にエリーゼさんの「マクロコントロールシステム・レポート 」があリますが、私としましては、その内容が、マクロ的分析とミクロ的分析が入り混じり、国民総資産と言うものから見た意義が曖昧になってしまっています。
国民総資産と言う面からのアプローチよりも国民総生産からのアプローチが対応しやすかったのではないかと思います。
つまりは、マクロのようでマクロ的には進展していないのではと思います。
ですが、この問題を正面から取り組んでおられることに、大きな意義を感じています。
下記を御参照下さい。

http://www.kyudan.com/cgi-bin/bbskd/read.cgi?no=711
メンテ
国民経済ストック計算 ( No.88 )
日時: 2013/10/22 18:03
名前: 満天下有人 ID:QvYLG6tY

H23年度分の最新データーありますが、22年度の数値を掲示されていますので、これを基に言いますと、正味資産3036兆円、これには在庫や固定資産が2764兆円ありますね。

これを分解しますと民間保有分2014兆円、*公的部門749兆円。

(*一般政府、公的非金融企業、日銀も含む公的金融機関)

この固定資産は、国家から見て現実に換金価値があるのは、国家デフオルトにより、総資産封鎖を実行した時で、そうとしても、民間の固定資産まで対象とする訳にも行かないでしょうから、これを差引くと正味資産は、1022兆円となります。ただこれには年金などの社会保障基金ネットで185兆円が含まれており、これを差引きますと837兆円です。後840兆円くらいは、ヘリマネ出来ますぞ(笑)。もっともこの額は、日銀統計国民一般家計現金預金額とほぼ一致しており、最悪これも差し出す覚悟で(笑)。

内閣府が言うには、但し、この国家的固定資産の実態は誰も把握していないようです。その意味では仰る通り、信頼出来るものなかとの疑念は残りますが、内閣府としては目下、鋭意作業は進めているようですが、内閣より上位にある財務省が壁のようです。むしろ財務省の国家貸借対照表の方に、手が加えられている匂いがあり、信頼性は内閣府データーの方にあると思います。そして金融資産は実体把握が可能ですから、これをユダ菌ヘッジフアンドがどうみるかで、金融市場で揺さぶって来ますから、その点では金融資産の有り様に注目です。

そしてフローとしてのGDPから生じる内容も、ストックとしてのB/Sに累積されて行きますから、その点で国家B/Sも無視できません。つまり儲かった損しただけで一喜一憂していると、全体の姿が見えなくなると思います。エリさんのマクロコントロールシステムもB/SとP/L及び通貨発行をも一緒くたにされているので、分からなくなっていると思います。
まあ橋立さんが無金利のヘリマネを発見されたら、一気に問題は無くなりますので、がんばって下さい。

尚、財務省バランスシートH18年は古すぎます。22年度のものは既に出ていますから、財務省HPから国の貸借対照表を検索、探されると良いと思います。

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国民総資産の話し ( No.89 )
日時: 2013/10/22 20:08
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:aax6.0Xo

満天下さん、有難うございます。

書きながら、判らないと思っていたところを、良く指摘していただいています。

特に正味資産の具体的な内容が判りませんでした。
1200兆円といわれている個人金融資産が、何処に入れてあるかも知りたく思っていました。

資産の部の 
株式以外の金融資産    5302 か

負債の部のどちっらかか
現金・預金      1330
正味資産      3036

また、よく我が国は借金も多いが、この個人金融資産があるので大丈夫と言う人がいます。
国民総資が8500兆円といいますが
資産、負債とも金融部分の割合が多いこと、

金融部分は現金は別として、確実な担保になりえない条件が多いこと、
また非金融部分は計上されているだけで、まさか、それを売却して借金の穴埋めなど出来ないこと、
国有財産は別ですが、それを換金すると言っても、国内にある余剰資金は、その1200兆円と企業の剰余金くらいのもの、外国に国土売却すれば別ですが、それでは再建にはなりません。
ですので、これは↓

>また、よく我が国は借金も多いが、この個人金融資産があるので大丈夫と言う人がいます。

マヤカシと思います。

企業の破綻でも、帳簿上は売却できない不動産を、借金に見合うほど持っていても、実際の現金がなければ破綻します。
実際に問題としなければならないのはキャッシュフローなのに、何故、こんな無責任がまかり通るのでしょう。

それから、国民総資産ではなく、18年度では古いと言われた国家の総資産(6900兆円)を見ますと、正味資産として−290兆円を計上しています。
バランスを取るための計上ですが、毎年、これを続けていると言うことは、実際にはヘリマネが行われているに違いないと思います。

1000兆円の借金は、実はヘリマネであったということも証明できるのではないでしょうか。
あとは、ガラガラポンをする方法を見つければ、それがヘリマネ有効理論になるのではありませんか。

と、言うようなことを感じていたのですが、具体的には、今の知識では切り込めません。
さらに他の方面を彷徨している内に、糸口がわかるかも知れません。
まあ、国民総資産なる統計は、雲を掴むようなものですね。

ですが、その雲の中にも入って何かを見つけねばならないでしょう。
メンテ
ヘリマネ考 第1回目 ( No.90 )
日時: 2013/10/22 23:19
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:aax6.0Xo

今まで見てきただけで
帳簿(統計)上のバランスをとるための金融操作が行なわれ続けて来ました。

元々貨幣の裏付けは兌換紙幣としてされて来ました。
ところが不換紙幣に切り替わったとたんに、膨大な貨幣が流通し(帳簿の上)2京円と言われています。

経済学上は信用創造なる新語を使い、其れに応じてきたのですが、借金も返せないほどになりますと、すでに信用創造を逸脱しています。
我が国の国債発行も、もはや償還など出来ません。
利子をつけているからヘリマネではないと屁理屈を付けていますが、返せない利子をつけ続けているということは、利子も含めたヘリマネをやっているという事になるのではないでしょうか。

我が国が、膨大な国債を発行している事は世界の国も承知している事実であり、こんなに多くの実際のヘリマネをやっていても国際関係に支障は生じていません。
また、この状況はアメリカでも他の諸国でも同じ事です。
ついこの間の、アメリカのデフォルト問題も、議会が債務巾拡大に同意するだけで収束したでしょう。金融機関も、それを見越して平然としていました。
こんなことを、あと100年続けても同じでしょう。但し債務は天文学的(今でも)も大きくなります。
「交差点みんなで渡れば怖くない」で御互いに認めているのです。
この為にいづれ増刷される紙幣は、需要、供給と言う経済行為から出るものではありません。
逆に、有利子のヘリマネを続けている方が、それを狙うユダ菌を利する事になり、いずれは京を越える通貨を発行しなければなりません。その方が問題なのではありませんか。

要するに、不換紙幣を容認した時点で、ヘリマネも容認してきた事になります。
元々兌換紙幣の時代は、このような事になるのを忌み嫌っていたのでしょう。
それが正解であったか、否かも決められません。
決められないというよりも、人間社会の経済活動の内容が著しく変わってきたことを認識する方が先でしょう。

別の角度から見れば、経済の飛躍的な発展は、ヘリマネなしでは出来なかったこと、また半世紀以上のヘリマネ時代(不換紙幣)を通して、何が都合が悪かったのか検証することも必要でしょう。

確かに2京円と言う膨大な通貨が誕生してしまいました。
古典派経済論にしたがって、飽くまでも需要、供給の枠内での通貨の増刷ならば、こんな多量な通貨の発行は必要ありませんでした。

さて、何が問題なのでしょう。
少なくとも、有利子ヘリマネを続けた結果の各国の巨大な債務を帳消しにしても、マネーゲームで楽しんでいる連中以外は、何の不都合も感じないのです。

この事さえ実施できれば、ヘリマネはすでに市民権を得ているといえます。
と言うよりも、始めから無利子、返済のないヘリマネであれば、元々、現在の状況は全く違うものとなっていたでしょう。
しかしながら、これも実験の上で確認できたことであり、始めからヘリマネ政策をとっていれば、別の難問題が生じていた事でしょう。

ですが、この半世紀以上の経験は、古典経済学で言う通貨の管理以外の管理も存在すると言うことの示唆であり、経験を生かしたヘリマネ管理をすれば、現状に合う通貨の管理が出来るともいえます。

また、将来、なんとしてもヘリマネ政策が必要になるのは、生産技術の発達で働く場所をなくした多くの人に雇用を提供する為にヘリマネが必要になって来ているということで、これは古典経済学では、全く想定していない事実であり、何時までも古典経済学、及びその延長で経済を取り仕切る事は間違っているという証拠です。
無理やり景気浮上だとか、消費を増やせなどと誤魔化している事は許されないのです。

ここで、ヘリマネと言う言葉で表している経済の手法は、決して現金をばら撒くという事ではありません。
需要と供給と言う流れの中でのみ通貨を見ることは出来なくなっていると言うことを言いたいのです。

その為の経済理論の大転換、大改革を望むものです。
メンテ
Re:ヘリマネ考 ( No.91 )
日時: 2013/10/23 06:50
名前: 満天下有人 ID:wV7GiXC2

橋立さん、千兆円単位のヘリマネの話をしていると、気宇壮大になりますね・・・いつだったか気のおけない連中と行きつけの酒屋で、この話で賑わったことがありましたが、フトコロには現金1万円だけを持って(笑)・・・みな飲み過ぎてしまって現金が足りずに、店のオヤジに、足りない分は信用の創造をしておけと(爆)・・・・

先週、米予算執行停止になった時、イントちゃんが貼り付けてくれた資料で、元世銀の上級顧問がドルには価値が無いと言う事を言っておりました。その価値が無いという通貨の価値とは、何ぞや?・・・これを考え出すと面白くて、頭が堂々巡りを始めます。
まあ、不換紙幣になって以来、最終的には付加価値創出力の表現としてのGDP力と、最終民間・公的部門の金融資産が判断の基準になるとは思いますが、一方で国の債務が異様に膨らんでいることも考慮に入れないといけない事は確かですが、その部分は金融市場でうまく誤魔化して(国債の売買と為替市場)通貨の価値をバランスさせている。通貨には本来的な意味としての価値はありません。使用価値としては財と交換できる価値があるだけで、つまり使用価値=交換価値しかないと思います。

確かに管理通貨に変わってからのこれまでの通貨は、ある意味ヘリマネである、と言う事は出来ると思います。ところがヘリマネであるが故に、交換する過程で、つまり交換価値が大きく変動してしまう。我が国でも金兌換制度の頃、金の保有準備率の多寡で、高いインフレが起こったことなども、その一例だと言えましょう。ではニクソンが73年に金ドル兌換停止をやった時、さほど影響はなかったではないか、そのような印象がありますが、これは世界通貨として世界が同時に不換認めたからであって、しかし米国の金利は急上昇を始めました。あの頃の米公定歩合は20%にも上昇、これサラ金金利ではありませんでした、国家の、しかも世界経済の中心である米国のプライムレートでした。

ま、ヘリマネが通貨交換価値にどのように影響するかのシミユレーションは、橋立さんの進め具合から見て。まだ先になりそうですから、ここではまだ取り上げないことにします。

細かいことですが、財務省財務諸表の金額の単位をミスインプットされていますので、ROM者が誤解されますので、記事を訂正されておいた方が良いと思います。

<国家の財政上の貸借対照表は下記サイトにあり、平成18年度で6900兆円あまりです。>

B/Sの総資産・負債の合計値と思いますが、0が一つ多く690兆円です。国民経済計算が千兆円単位にもなっておりますから、その延長で単位を間違われたのでしょう。財務省のB/Sが言う「国の」とは、国家全体の数値では無く、霞が関の分だけです。

そして国の総負債9800兆円も0が一つ多く記載されています。これも980兆円です。正味資産の▲290兆円が、どうしてそんなに巨額になったのか、言うまでも無く負債項目にあります公債及び借入金が650兆円もあるからです。従って国として資産があっても、既に債務超過の状態ですね。

国全体としての国民資産負債における民間部門の現金貯蓄部分がこれをカバーし、かつまだ1200兆円も国民資産があるから大丈夫だとの世間の言い分、これも数値を見誤っております。

最新の日銀資金循環表での家計金融資産は1571兆円です。中身を見ますと、
現金預 848兆円
証券類 228兆円
保険年金 433兆円
その他 62兆円

まさか国民の年金や健保準備金までも担保とすることはできません。いや、いざとなれば全部消却されるかも知れませんが、これを除くと1138兆円ですが、家計にも負債がありましてその額が365兆円です。差し引きで773兆円。既に赤字国債は1000兆円に達しておりますから、後1200兆円の国民資産があると言うのは、間違いです。

国債市場では何とかメガバンクや郵貯関係を騙して、国債価格維持オペをやっていますが、三井住友及びみずほ銀は、これに協力、その理由は貸出先が無い状態では、国からの利息収入は確実で有難いと(笑)。三菱UFJはさすがに疑問を呈し始めております。

メンテ
数値の訂正有難うございました ( No.92 )
日時: 2013/10/23 04:42
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:7.mnihHs

満天下有人 さん、数値(桁)の訂正を有難うございました。

何せ、縁のない数字ですので、読み違えてしまいました。
一桁少ない方が、今後の検証に馴染みやすくなりました。

>千兆円単位のヘリマネの話をしていると・・・

今まで50年間で、1000兆円発行したと同じように、

今後、30年で1500兆円を出してやろうと頑張っています。

これくらいのことをやっていると、安倍のバカタレがやっていることも、気にかからなくなります。




メンテ
平成23年度予算 ( No.93 )
日時: 2013/10/24 02:36
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:8xV0XVoc

国家の損益対象表として平成23年度の予算を見てみましょう。
http://www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/account/fy2011/ke2411c.htm

平成23年度予算(歳入の部)。

1 租税及印紙収入   42兆300億円

(租税内訳)
 所得税      13兆4000億円 
 消費税      10兆2000億円
 法人税       8兆8070億円
 その他       8兆5670億円
(その他内訳)
 揮発油税     2兆6484億円
 相続税      1兆4744億円
 酒税       1兆3693億円
 タバコ税     1兆315億円
 関税        8742億円
 石油石炭税     5191億円
 自動車重量税    4477億円
 その他       3987億円

印紙税収入     1兆570億円

2 官業益金(内訳略) 157億円

3 政府資産整理(〃) 3100億円

4 雑収入(〃)    7兆2960億円
(雑収入内訳)
 国有財産利用収入    579億円
雑納付金      1兆5583億円  
 日本銀行納付金     2862億円
 中央競馬会納付金 2318億円
 特別会計受け入れ金 4兆2845億円
 弁償及び返納金     3537億円
 雑入 1628億円
 公共事業費負担金    1501億円
 その他         2108億円

5 公債金      55兆8480億円
(公債金内訳)
 公債金       8兆3680億円
 特別公債金    35兆9300億円
 復興公債金    11兆5500億円

6 前年度剰余金受入  2兆106億円


合計       107兆5108億円



平成23年度予算(歳出の部)。

1.社会保障関係費        30兆1533億円

(1) 年金医療介護保険給付費   21兆0402億円
(2) 生活保護費          2兆7322億円
(3) 社会福祉費          4兆8688億円
(4) 保健衛生対策費          8288億円
(5) 雇用労災対策費          6831億円

2.文教及び科学振興費       6兆7173億円

(1) 義務教育費国庫負担金     1兆5666億円
(2) 科学技術振興費        1兆6061億円
(3) 文教施設費           63992億円
(4) 教育振興助成費        2兆7718億円
(5) 育英事業費            1328億円

3.国債費            20兆2693億円
4.恩給関係費            6439億円

(1) 文官等恩給費           202億円
(2) 旧軍人遺族等恩給費       5912億円
(3) 恩給支給事務費          19億円
(4) 遺族及び留守家族等援護費     305億円

5.地方交付税交付金        19兆0866億円

6.地方特例交付金           3640億円

7.防衛関係費            5兆2368億円

8.公共事業関係費         9兆6515億円

(1) 治山治水対策事業費        8939億円
(2) 道路整備事業費         1兆4469億円
(3) 港湾空港鉄道等整備事業費     4525億円
(4) 住宅都市環境整備事業費     7449億円
(5) 公園水道廃棄物処理等施設整備費  2342億円
(6) 農林水産基盤整備事業費       7072億円
(7) 社会資本総合整備事業費     2兆6648億円
(8) 推進費等              1337億円

   小  計           7兆2784億円

(9) 災害復旧等事業費        2兆3731億円

9.経済協力費            6757億円

10.中小企業対策費        2兆3540億円

11.エネルギー対策費        9975億円

12.食料安定供給関係費       1兆8146億円

13.その他の事項経費       12兆4087億円

14.東日本大震災復旧・復興予備費    747億円

15.予備費               2751億円


合 計              110兆7235億円
メンテ
プライマリーバランス ( No.94 )
日時: 2013/10/24 03:09
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:8xV0XVoc

歳入の中に、55兆円の公債費を見込んでいるが、歳出にも20兆円の公債費を計上している。
要するに35兆円の公債費は、毎年つぎ込まねば収支のバランスが取れないのである。

要するに、プライマリーバランスを取るという事は、この35兆円をなくすと言うことである。
(参照)
基礎的財政収支。国の財政収支の状況を表わす1つの指標。1)国の収入のうち、国債発行による収入(つまり国の借金)を除いたものから、2)国の支出のうち、過去に発行した国債の償還と利払いを除いたものを比較した場合の収支バランスをいう。 つまり、国債発行に伴う収支は別として、税収入などの本来の収入で、国民のために使われるべき支出(地方交付税交付金、社会保障費、公共事業費、防衛費など)が、まかなわれているかどうかを示す。 プライマリーバランスが赤字の場合、新たに国債を発行することで借金を重ね、将来の世代に負担を転嫁することになる。

橋本、小泉と歴代自民党のクソ共は、言葉の上では言ってきたことであるが、バランスを取るどころか、益々アンバランスになっている。

まあ、このことは、このスレッドの話題と直接関係ないので、これくらいにしておきます。
税金の節約と言う意味では、下記の事があることを示しておきます。

少し古い資料ですが、
http://www.mynewsjapan.com/reports/439

今年2月に衆議院調査局が発表した公益法人、4000社への補助金について、2005年度の補助金の総額は「5.5兆円」と新聞各紙が報道した。だがこれは、役人が意図的に低く出した数字を、民主党がそのまま発表、マスコミがそれを検証もせずにそのまま垂れ流した、典型的な「大本営発表記事」。調べてみると、破産した「グリーンピア」等清算のために政府出資金を公金から一括償還する3.3兆円が含まれていないなど、実際には、発表の2倍にもなる11兆円超が使われていることが分かった。

以前に調べたことだが、確か中央官庁所属の公益法人は7000社以上であったと思う。
上記で言う11兆円の根拠を調べる事は出来ないが、正式に官僚が発表した5.5兆円と言うのは信じられない。

其れに自衛隊を含む国家公務員の総数は64万人。
これの人件費が、64×650万円=4兆1600億円。
国家公務員の人件費は給料だけで推し量る事は出来ない。
奴らが存在していること自体に金がかかる。
退職金や、交通日、主張費の名目で税金を貪っていて、5兆円以上を考えねばならない。

メンテ
新しい国の予算案 ( No.95 )
日時: 2013/10/24 04:48
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:8xV0XVoc

民間企業であれば、プライマリーバランスを回復する為にいろいろな手法があります。
社内の経費節減、リストラ、営業努力により売り上げを上げるとか。
ですが国家のプライマリーバランスを取る為に何でも出来る訳ではありません。
よく、小さな政府と言いまして社会福祉の縮小しようと言う意見がありますが、これで対応していても、社会は益々疲弊し、結局は国民の救済のための資金が足りなくなります。

こうしたことを前提に、思い切った提案をいたします。
平成23年度の予算を見ていただいても、実質の国の経費は90兆円足らずです。
これを基準に、新しい国を夢見た国家の予算を出して見ます。


<新しい国の予算(歳出の部)

1.社会保障関係費        50兆円

(1) 年金医療介護保険給付費   35兆円
(2) 生活保護費          5兆円
(3) 社会福祉費          5兆円
(4) 保健衛生対策費        1兆円
(5) 雇用労災対策費        1兆円

2.文教及び科学振興費       8兆円

(1) 義務教育費国庫負担金    
(2) 科学技術振興費       
(3) 文教施設費          
(4) 教育振興助成費      
(5) 育英事業費          

3.国債費           
4.恩給関係費           

(1) 文官等恩給費          
(2) 旧軍人遺族等恩給費      
(3) 恩給支給事務費         
(4) 遺族及び留守家族等援護費    

5.地方交付税交付金        25兆円

6.地方特例交付金         

7.防衛関係費            5兆円

8.公共事業関係費         54兆円

(1) 治山治水対策事業費        7兆円
(2) 道路整備事業費           8兆円
(3) 港湾空港鉄道等整備事業費     5兆円
(4) 住宅都市環境整備事業費      5兆円
(5) 公園水道廃棄物処理等施設整備費  3兆円
(6) 農林水産基盤整備事業費     18兆円
(7) 社会資本総合整備事業費      5兆円
(8) 推進費等              

   小  計            51兆円

(9) 災害復旧等事業費         3兆円

9.経済協力費             1兆円

10.中小企業対策費         5兆円

11.エネルギー対策費        2兆円

12.食料安定供給関係費       1兆円

13.その他の事項経費        5兆円

14.東日本大震災復旧・復興予備費    

15.予備費              2兆円


合 計               150兆円

これで年金問題も、老人医療を含む社会福祉の地域の問題も、全て対応しています。
では、この150兆円を手立てできるでしょうか。


<新しい国の予算(歳入の部)。

1 租税及印紙収入   87兆円

(租税内訳)
 所得税       19兆円 
 消費税       35兆円
 法人税       15兆円
 その他        8兆円
(その他内訳)
 揮発油税     2兆円
 相続税      3兆円
 酒税       1兆円
 タバコ税     1兆円
 関税       0.5兆円
 石油石炭税    0.5兆円
 自動車重量税   0.5兆円
 その他      0.5兆円

印紙税収入     1兆円

2 官業益金(内訳略) 

3 政府資産整理(〃) 1兆円

4 雑収入(〃)    7兆円
(雑収入内訳)
 国有財産利用収入   
雑納付金       
 日本銀行納付金     
 中央競馬会納付金
 特別会計受け入れ金
 弁償及び返納金    
 雑入
 公共事業費負担金   
 その他        

5 ヘリマネ資金(公債)   55兆円
(公債金内訳)
 公債金      
 特別公債金   
 復興公債金    

6 前年度剰余金受入


合計          150兆円


と言うことで、とりあえずは出来ています。
税収を大きくしましたが、年金も充実し、社会福祉制度も格段によくなり、子育てにも金がかからない社会であれば、皆さん納得して応じることでしょう。
また、公共事業費や地域への補助金を増やしたので、雇用問題を解決し、より多くの方の消費が活性化し、みんなで納めれば増えた税金も数字ほど苦にはならないはずです。

ここで注意願いたいのは、
従来、発行している公債分を、そのままヘリマネ資金としているのです。
ですので、ヘリマネとイ言っても現金を実際にばら撒かなくても、今まで通りに行政がすべきことを実施するだけでよいのです。

いかがなものでしょう。
メンテ
少し分かりにくいです。 ( No.96 )
日時: 2013/10/24 12:14
名前: 満天下有人 ID:OHa6cVKc

・・・<ここで注意願いたいのは、従来、発行している公債分を、そのままヘリマネ資金としているのです。ですので、ヘリマネと言っても現金を実際にばら撒かなくても、今まで通りに行政がすべきことを実施するだけでよいのです。>

と言うことは、この新予算案は、従来の公債で穴埋めしている支出分も含んでいるということでしょうか。それに新たに理想としての支出を上乗せした分でしょうか。

と言うのも、国債費支出が0になっておりますので、そうすると従来の国債費はその利子、諸経費を払って来ているので、この新しい国家予算は従来分を含まないという形になり・・・その点で<従来発行している公債分を、そのままヘリマネ資金としている>と言う解説との整合性が無く、入り口部分で分からなくなってしまいます。

仮に<従来分を>含まない新予算とすれば、ヘリマネなのだから、国債費0で、整合性は取れますが、この場合、<現金を実際にばら撒かなくとも・・・>と言われているので、単に帳簿上での数字記載だけとも読めますし、すると理想としての社会保障費も実際に現金支出を伴なわないものとなり・・・?

全体の意味が分かりませんので、補足説明をお願いします。
メンテ
補足説明 ( No.97 )
日時: 2013/10/24 13:43
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:8xV0XVoc

アッハアッハ

すぐに気ずかれましたね。現在発行済みの国債(1000兆円)は棒引きして、理想の形の考え方だけを言っているのです。
本当は、従来の借金の処理の為に毎年15〜20兆円の予算を組まなくてはならないでしょう。
それでも完全に処理が終わるのは、更なる利子も含めて100年近い歳月が必要でしょうね。

さらに理想を言えば、その分もヘリマネ資金でまかない、都合、毎年70兆円くらいのヘリマネ資金が必要でしょうね。
この場合、公債を償還する分だけ余剰の金が市中に出回りインフレの要因になる恐れがありますが、毎年20兆円くらいなら、大きなインフレは起きないでしょう。



>単に帳簿上での数字記載だけとも読めますし、すると理想としての社会保障費も実際に現金支出を伴なわないものとなり・

この件につきまして、

一つは公共事業と言う形を取るので、工事費の分だけ紙幣を印刷すればよい事になります。
帳簿の上だけでなく、実際に支払いをします。

もう一つは、年金の補填です。高齢者医療を全て無料にするのもあります。
年金を支給される人は、概ね現役をリタイアしている人であり、リタイア後の人に対するベーシック・インカムとなります。
この金を受け取るためには、相応の年齢に達していなければならず、働けるものには縁のない金です。

ですので、働けるのに働かないで金だけを受け取る事はできません。
このベーシック・インカムならば、現金を支給しても精神の頽廃にはならないと思います。

理想論ですが、自由主義経済が(国家経営)何処でも、四面楚歌の現在、抜け出す方向を示す事が必要です。

現在歳入で受け入れている公債費に相当するものをヘリマネとしても、実際の運営の規模は変わらず、経済のややこしい問題もクリアされるのではないでしょうか。

150兆円としていますが、新規に税収増を40〜45兆円見ています。
其れに行政の無駄使いを10兆円を削減していますので、ヘリマネ資金を50〜60兆円入れると、このような予算が、何時でも組めると言う事です。

(追伸)

通貨発行権を持つという事は、とりも直さずヘリマネを実施する権限があるという事です。
ヘリマネをやりすぎて、国家が自滅するのは、その国家の勝手と考えればよいのではないでしょうか。

それをコントロールするのが、通貨管理政策であるべきではありませんか。
少なくとも、物資の生産が集約化された未来社会では通貨と言うものの性質自体が変質しているはずです。
そういう社会での通貨管理とは、どのようなものになるのでしょうね。
メンテ
ふろく ( No.98 )
日時: 2013/10/24 22:32
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:8xV0XVoc

公共事業で新しい雇用を生むと言っていますが、どれくらいの雇用が生まれるのでしょう。
これも検証しておかねばなりません。

現在の公共事業は、約10兆円、雇用増の為の「新しい公共事業」は差し引き45兆円とします。
DGPの時に言いましたが、この中で、各く分野で生じる付加価値を45÷3=15兆円としましょう。

その中の人件費(雇用)に向かう金は10兆円です。
別の資料で、我が国の国家公務員64万人の給与総額は4.5兆円です。
100万人に換算して、7兆円になります。

単純に計算すれば、10÷7=1.4×100=140万人です。
ところが国家公務員の年収は630万円で見ています。

失業者対策の公共事業では、平均年収は国家公務員の半分で良いとすれば、
140×2=280万人

つまり、高々300万人分の雇用が生まれるだけです。
ワーキングプア並みでよければ420万人分です。
其れに対して、今後職業にあふれる人の数を、2000〜3000万人と予想しています。
2000〜3000万人といっても、それは将来のことで、当面は1000万人と考えてよいでしょう。

それでも後、700万人分足りません。
そうかと言って、公共事業を150兆円も出せばよいとはなりません。

考えないとならないのは、公共事業直接の効果は300万人でも、その事により派生する効果を考える事ができます。
また、その公共事業の内容ですが、従来のインフラ整備ではなく、農業、漁業、林業の振興を図るものに集中する事によって、公共事業、そのものが経済の発展を促すこともできます。

このような政策を10年も続けて行く事により、生活が安定した多くの人が消費意欲を増します。
都合、10年で1000万人くらいの雇用の確保は十分に出来ると思います。
10年後に1000万人の人が豊かになると、相乗効果で30年後には、新しい産業の構成がなり、2000〜3000万人の雇用対策となると言う事です。

ともかく、これ以上失業者が増えない内にやらねば、現在で可能なことも出来なくなってしまいます。

以上、結論が先に立ちましたが、問題は、どうすれば、このような政策に転換する事が出来るかであります。
それを証明し、関係者(経済専門家、政治屋、行政、財界)を納得させるのが並大抵ではないのです。

そのための論証が、このスレッドのテーマです。
そうして、最終的には本当の未来社会の経済のシステムを考えねばなりませんが、これは、もっと後世の人がやればよい話と思います。
メンテ
信用創造の話し ( No.99 )
日時: 2013/11/21 16:56
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:L.MuQhpI

ウイキペディアによると「信用創造」とは、下記のようになっています。

信用創造とは、銀行の貸出によってマネーサプライ(通貨供給量)が増加すること。あるいは、金融機関のおこなう「決済機能の提供」と「金融の仲介機能」が作用して信用貨幣が増加する機能を指す。銀行が貨幣経済において果たしている重要な機能のひとつ。

銀行は預金を受け入れ、その資金を誰かに貸し出す。その過程で信用創造は発生する。以下は、そのプロセスの例である。

1.A銀行は、X社から預金1000円を預かる。
2.A銀行は、1000円のうち900円をY社に貸し出す。
3.Y社は、Z社に対して、900円の支払いをする。
4.Z社は、900円をB銀行に預ける。

この結果、預金の総額は1900円となる。もともと1000円しかなかった貨幣が1900円になったのは、上記2.の結果として、Y社が900円の債務を負い返済を約束することで900円分の信用貨幣が発生したことになるからである。この900円の信用貨幣(預金)は返済によって消滅するまでは通貨(支払手段)としても機能する。このことはマネーサプライ(現金+預金)の増加を意味する。

さらに、この後B銀行が貸出を行うことで、この仕組みが順次繰り返され、貨幣は増加していく。このように、貸出と預金を行う銀行業務により、経済に存在する貨幣は増加する

(引用終わり)

この様な記述が多くみられるが、誰が書いたか、この数字自体が、全く無責任な例えである。
A社から1000万円が預金されたと言うことは、即ち通貨市場(銀行は除く)から、1000万円が減少したと言うことであり、後に銀行が貸し出しと言う形で900万円を市中に出せば、その差は-100万円と言う事になる。

銀行から見れば、1000万円の現金を手にした見返りに900万円を貸し出すのだから、返金がされない間は、100万円よりない事になる。
その貸し出した900万円が、Z社経由で貯金と言う形で返ってきて、900+100で元通りと言うような詭弁は役に立たない。
なぜかと言えば、紙面上のゲームではなく、紙幣に識別色でもつけていないと、始めの1000万円と対比してこれを追跡したことにはならない。

Y社が借り入れた900万円の行方をZ社に支払ったとして、Z社が、その全額を銀行に預ける根拠が全くないのである。
すごろくの様なゲームであれば、ともかく、実社会での金の流れは、通常、何らかの取引を通じて発生するもの。
Z社がY社から手に入れた900万円の金に見合う事業が発生していたはずであり、その事業にに使うべく900万円全額が、銀行に預金されることは、Z社が詐欺でもやっていなければ成り立たない過程である。

それなのに、ウイキペディアなどで、何故、このような例えの話が載せてあるか不思議でならない。
ウイキペディアも、こうした記事を書く人もいるから100%信頼はできない。

要するに、信用創造とは、このような説明では説明できていないのである。

信用創造に対する、もう一つの引用。

>銀行は当座預金業務を扱っているので,顧客への貸出しによって当座預金を創設することができる。顧客はこの当座預金を引当てに小切手を振り出すことができる。小切手の受取人はそれを自己の当座口座に振り込めば,保有者は代わっても最初の当座預金残高は減少しない。こうして銀行組織全体としてみると,銀行は一定の現金準備に対して数倍の貸出しを行い,預金を創設することができる。これが銀行の信用創造とよばれる現象である。銀行はどれくらいの大きさまでの信用創造が可能であるかという点について,銀行は貸出しによって本源的預金の幾何級数的倍率の預金を創設することができるという説明がある。

これが、信用創造と言う事の意味であり、現金取引に変わる、約束手形、小切手、先物取引などが、信用創造の実態であるのだ。
信用創造で通貨が増えると言うことは、手形でも、実質の担保を上回る金額の手形の発行が認められている事により、現実に手元にある現金以上の取引に応じる事が出来ると言うことである。

だから、相対的にみれば、一時的には、実質流通している通貨の何割も多い通貨の機能が働いているということである。
それらが実在し得るのは、利潤と言うものがあるからであり、物々交換の時代と違って貨幣経済では、常に利潤、あるいは金利と言う領域が存在し、経済が活発に動けば動くほど、この領域の存在を担保すべき通貨の増刷がなされてきたのである。

社会がインフレに陥らない限り、金利、利潤の対価として実質通貨は増え続けている。
GNPが年々増大し、数十年単位で考えれば、市中に出回る通貨の量も2倍、3倍となっているのである。

このように信用創造と言う行為は、貨幣経済の下でなければ出来ないことであり、貨幣経済(資本主義経済)そのものと言ってよい本質である。
それは金融機関を通してするのが殆んどであるので、銀行などが信用創造していると言われているが、銀行は、その事務手続きをしているのに過ぎなく、手形、小切手、融資など金融システムそのものが、信用創造を作っているのである。

まあ、最近が、金融機関の方から融資を誘うなどして、民間事業の活性化を図ってはいるが、実質経済が停滞しているとき、大きな力にはなりえていないのが現実である。
メンテ
信用創造の話し ( No.100 )
日時: 2013/11/21 16:53
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:L.MuQhpI

UP
メンテ
通貨の話し 1 ( No.101 )
日時: 2013/11/22 17:36
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:TZHRkkZI

通貨(つうか)とは、流通貨幣の略称で、国家などによって価値を保証された、決済のための価値交換媒体。政府は租税の算定にあたって通貨を利用する。現金通貨は、一般に「お金(おかね)・金(かね)」と呼ばれる(但し、「お金持ち」などのように資産全体を指す用法も存在する)。しばしば「貨幣」と同義で用いられる。

狭義には中央銀行などが発行する現金通貨のみを意味する。広義では、現金通貨に加えて、銀行などに預けられている普通預金・当座預金(手形・小切手)などの流動性の高い預金通貨、流動性がやや落ちる定期預金や外貨預金などの準通貨をも含む概念である。
「貨幣の歴史」に示されるように、経済の仲介物としては、それを欲しがる他者が多数存在すれば通貨となりえ、おとぎ話「わらしべ長者」では、様々なモノが交換の仲介物とされる様子が描かれている。また、日本での貨幣の歴史に示されるように、江戸幕府が通貨を統一し始めたものの、実際の生活では身分制度とあわせて年貢としての米による租税制度が維持されてきた。近代・現代では通貨偽造の罪や利息制限法を設けて、政府が通貨の信用を維持している。

(信用創造)

信用創造とは、銀行が預金と貸し出しを連鎖的に繰り返すことで、お金(預金通貨)が増えていくしくみをいいます。 ≪信用創造のしくみ≫ 銀行は、預金という形で大勢の預金者からお金を預かり、預金者がいつでも預金を払い戻せるように、現金を用意しています。預金者の中には、預金をすぐに払い戻す人もいれば、長期間預けておく人もいます。預金者全員がすぐに預金を払い戻すことはまずないので、銀行は預金の全額を現金で用意しておく必要はありません。預金の一部を支払準備として現金で手元に置いておき、残りの預金を企業への貸付...
実際に資本主義経済と言うものは、この、銀行の信用創造に拠って展開してきた。
そうして、信用貨幣(しんようかへい)とは、信用の存在を前提として流通する名目貨幣の一種。銀行券・預金通貨などを指す。

信用創造と景気循環

資設備投資による借り入れなどが増加する景気のよい時期には、自然と貨幣が増加する。一方、設備投資が一巡し、新たな借入よりも返済が多くなれば、景気は落ち着き、貨幣は減少する。
このように信用創造は、貨幣需要(資金需要)にあわせて変動し、景気(名目GDP)と正の相関をもつことが想定される。マネーサプライ(現金+預金)と名目GDP(物価×実質GDP)の比をあらわすものには貨幣の所得速度がある。

尚、このようなプロセスで発生した信用貨幣の価値は、期限に借り手が遅滞なく返済や利子支払いをおこなうことを前提としており、恒常的な業績不振などにより借り手側の信用が急速に失われたり、経理上の不具合で十分な担保価値や引当金が計上されていないことなどが判明すれば信用不安が生じる。これが金融機関の健全性や預金の支払能力に対する不安にまで波及したとき、大規模な金融危機が発生する。新たな借入よりも返済が多くなったり、信用創造が収縮すると経済全体の取引が低調となる(いわゆる不況)。

金融機関は、決済手段(貨幣)の貸し付けの見返りとして貸出金利、決済手数料などを徴収するわけであるが、借り手はその費用を支払って余りある清算利得が期待できるため決済手段の貸し出しを要請する。信用経済は借り手の与信担保力をもとに成立しており、通常は商品取引などが円滑にすすみ決済がすべて終了し、貸付金が金融機関に返済されることで完結する。信用創造は貸付金の返済を前提として成立している。

さて、決済に使用されている貨幣は、受取人(賃金労働者等)が貯蓄などの目的で金融機関に持ち込み預金証書に変換することがあるが、その過程で金融機関の提供した信用貨幣は借り手の返済を待たずに金融機関に還流する。この預かり金はそもそも預金主(ここでは賃金労働者等)のものであって、金融機関はその保管業務を受託しているだけであるため、本来は預金証書の額面分の貨幣は全額を当該金融機関が金庫などで保管するべきであって、これを勝手に流用することは不法行為にあたる。しかし長い商慣行や立法により、預金利息の給付と厳格な元本保証を担保に金融機関での流用は法的に許認可されている(貯蓄銀行業務)。そこで金融機関は、預金者を貸し手として借り手との金融仲介機能をおこない、さらなる信用の創造をおこなう。

信用創造と準備預金制度

銀行などの金融機関は準備預金制度によって、顧客から預かっている預金額の一定割合(準備率)を日本銀行の当座預金に積み立てることを義務付けられている。
日本銀行など中央銀行が、市中の銀行に資金を供給すると信用創造によってマネーサプライが増加するが、どこまで増加しうるかの上限は準備率に依存している。以下では準備率が10%であった場合を例に説明する。
• 中央銀行がA銀行に100万円の資金を供給する。
• A銀行はこの資金をX社に融資し、X社がB銀行に保有している預金口座に振り込む。
• B銀行が預かる預金が100万円となり、B銀行はこの10%にあたる10万円を日銀の当座預金に預け入れる。
• B銀行は残りの90万円をY社に融資し、Y社がC銀行に保有している預金口座に振り込む。
• C銀行が預かる預金が90万円となり、C銀行はこの10%にあたる9万円を日銀の当座預金に預け入れる。
• C銀行は残りの81万円をZ社に融資し、Z社がD銀行に保有している預金口座に振り込む。
• D銀行が預かる預金が81万円となり、D銀行はこの10%にあたる8.1万円を日銀の当座預金に預け入れる。
• D銀行は……
という連鎖が起こり、結局A銀行、B銀行、C銀行、D銀行、……という銀行が預かっている預金額の合計は、中央銀行が供給した資金100万円の1/0.1=10倍となる。 準備率を1%にすれば、銀行部門全体が預かっている預金額の合計と中央銀行が供給した資金の倍率は100倍になる。

日本銀行など中央銀行が準備率を変更して市中にある資金量の調節を試みることは、準備率操作と呼ばれる。
別の説明[編集]
たとえば100万円の現金が預金されたものとする。準備率が10%であれば、この100万円の現金を日銀当座預金に回した上、借り手の口座に預金900万円を創設することにより、900万円を融資することができる。この結果、預金額は1000万円となる。尚、バランスシートの上では、負債の側では預金された現金100万円+創設された預金900万円、資産の側では日銀当座預金100万円+融資残高900万円となる。

管理通貨制度へ続く
メンテ
通貨の話し 2 ( No.102 )
日時: 2013/11/22 18:04
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:TZHRkkZI

管理通貨制度

管理通貨制度(かんりつうかせいど)とは、通貨の発行量を通貨当局が調節することで、物価の安定、経済成長、雇用の改善、国際収支の安定などを図る制度。本位制度に対していう。

金を貨幣価値の裏付けとする金本位制においては、銀行券発行量は正貨準備高に拘束されるのに対し、管理通貨制度では行政府の通貨政策次第であり、貨幣の価値は政府または中央銀行の政策によって裏付けされるためその価値は不安定となりやすい。よって通貨当局は金融政策により貨幣価値の安定化を図ることを重視する。銀行学派の考え方によれば、中央銀行はプライマリバンク(中央銀行と直接取引の口座を開設している市中銀行)の担保の差出の対等物として通貨を発行するのが原則であり[1]、この場合通貨の価値は市中の信用力に依存している。一方で議会や行政府が国債を発行して中央銀行に引き受けさせている場合、その通貨の価値は行政府の信用

(徴税権や国庫財産など)を担保としている。よくある誤解は「紙幣は政府が刷っており、紙幣の価値は政府次第である」との解釈であるが正確ではない。歴史上で紙幣が初めて登場した元や宋の時代から、紙幣は年貢や塩など現物資産の対等物、あるいは銅銭の預かり証など実際の資産物の手形として使用されてきたものであり、管理通貨制度においても通貨は市中あるいは政府の信用の対等物として取り扱われるのが原則である[要出典]。この原則に政策上の事情あるいは恣意性が加わるとインフレやデフレの原因となる。

管理通貨制度では、発行量が本位の備蓄量に拘束されることがないので、景気や物価調整のために柔軟な通貨量調整をすることができるメリットがある。一方で通貨当局と行政府の関係(独立性と協調性)がつねに問われ、通貨当局が行政府の影響下にある場合、景気対策のための恒常的な金融緩和がインフレを招く場合がある。また独立性が極端に保護されている場合、通貨当局の失策が国家に破滅的な混乱をもたらす場合がある


尚、管理通貨制度を統括する日銀の通貨の流れに対する指標として、日銀の貸借対照表がある(平成23年度)

(資産の部)に
金地金       0.4兆円
現金        0.3兆円
国債        87兆円
貸し出し金     
などがある
         合計 139兆円
(負債の部)には
日銀券          約81兆円
預金(これが市中銀行から入ってくる当座預金) 約 36兆円
政府預かり金
などがある。
            合計 136兆円

これで言うと市中に出回っている日銀券は81兆円分。
だが実際に動いている金は、準備率を10%にすると、36兆円×100前後=3600兆円前後が活動している事になる。
所謂、信用創造による通貨の範囲を3600兆円の何処までとするか、これも詳しく検証する必要があります。まあ概ね信用創造の結果と言えるのではないでしょうか。

日銀券が負債と言うのは、民間企業である日銀の会計上の分類にすきなく、負債と言う一般的な概念と同じように受け取るものではないと思います。

グッキーさんが、盛んに説明されているのは、概ね以上の内容の事であり、
種を明かせば、金融制度(管理通貨制度)の常識のことです。
その当たり前のことを言う為に、なぜ、相手を無知、無能と否定しなければならない。
当たり前の事が判っていないからと言うことでしょうが、そりゃ、貴方の勝手な思い込み、否、押し付け。
当たり前のことを確認しあって、何が議論だ。
その当り前のことも、貴方は十分に咀嚼された意見でもない。

信用通貨を不公正なものと言い、偽金などと言う言葉で信用通貨を否定されている。
その結果は、3000兆円を超える日銀券を市中にばら撒かねばならない。
大きな取引になると、もうトラックで現金を運びあう凄い光景を見る事になる。
満天下さんが、言われていることは、このことだ。

また信用創造を公平、不公平に分けるのは、そりゃ大変な作業であり、して見ても意味がありません。
また、法定準備金の率を左右して金融市場をコントロールすると言っても、思うほど効果を上げられないことも事実ですし、通貨発行の責任を国民としても、国民の債務としても、そういう理論はありますが、飽くまでも理論上のことであり、実質の金融行政には全くと言ってよいほど、関係はありません。
そういう不毛の論理の展開は、意味がないとは思うのですが。
マネーサプライとか、ベースマネー、回転率の概念は、これはこれで複雑な定義があり、此処では割愛します(忘れてしまいましたが、最近、何処かのスレッドで書いたと思います)
メンテ
Re: 経済の話し ( No.103 )
日時: 2013/11/22 19:31
名前: 満天下有人 ID:QvYLG6tY

どうも有難うございます。私が言いたいことも、正にそのことで、分かり切ったことから一々説明されるので弱っておりました。今回だけのことではなく、いかなる対論においてもです。

そんな当たり前の事を一々前提にするから、話が噛み合わなくなってしまうのです。分かり切ったことの上に立って、ならば現実性としてどうなのかと、二階からスタートしているのに、一階の土間の事から始まり、ではその土間の傾き具合はどうかと尋ねると、自分で調べろですからね(笑)。

一階のことばかりに執着、しかもそれが分かっていないと決めつけては、思いこむ。本人が他人には思い込みが激しいと言いながら、本人が人を決めつけてしまっている(笑)。ああ疲れる(笑)。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.104 )
日時: 2013/11/26 12:23
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:eeE.TRMM

UP
メンテ
Re: 経済の話し ( No.105 )
日時: 2013/11/27 19:12
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:gpydwSqE

UPします
メンテ
Re: 経済の話し ( No.106 )
日時: 2016/02/03 15:03
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:UK7Ssb.I

久しぶりにUPします。

アベノミクスの成否が重大事項のような論調が経済界の話題の中心ですが、そのこと自体が誤魔化しに過ぎない。
なぜならば、アベノミクスを批判する前に、これと言った対案など、誰もが示すことができません。

資本主義のシステム、特に金融システムが、人類全体を救ううものではなくなっているのです。
にも関わらず、相変わらず既成の金融理論が世界の平安の為に機能するかの様に論じています。

現代社会の特徴は、世界の一部に貧困はあっても、既に物質的には世界の需要を担える生産力を持っています。
あとは流通の問題だけなのです。

十分な物資を持ちながら、それができないのは金融システムが規制しているからです。
強欲すぎる巨大資本が、金融のシステムを使い収益を挙げることに必死です。
更には、貨幣と言うものを、物資の交換手段ではなく、貨幣の増殖の為に貨幣を使っている有様です。

何京円と言う通貨は、現実的には必要ではなく、通貨が物資との交換手段であると言う概念も、必ずしも頑なに守らなくてもやっていける現代社会であると思います。
金融システムで通貨の信用と言う言葉がよく出てきますが、余計な通貨など信用を無くして無くなれば良いのです。
それで新しい通貨のシステムを作らねば成りません。

具体的には、通貨の増刷で雇用を確保する政策ですが、
その通貨は、国民が国民の為に発行する通貨と考えれば良いでしょう。
それによってユダ菌が支配する現代の通貨のシステムをコントロールすることができるでしょう。

これが出来ない理由はありません。
通貨の既成概念を打破し、みんなが、それを求めなければ、ここまで進んだ現代の金融システムを変えることはできません。

ところがユダ菌と言われている集団を筆頭に既成のシステムで利権を持っている連中は、決してそれを手放そうとはしません。
民主主義を逆手にとって、自分たちが如何に大衆の為に腐心しているかを見せることで誤魔化しています。

経済の報道に騙されないようにしましょう。
もちろん、既に、多くの皆様は、株価や為替の高下、GDPの報道などを、そのまま理解してはおられないことでしょうが。

メンテ
:経済の話し  通貨の概念 ( No.107 )
日時: 2016/02/07 19:28
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:pXMaHKy6

資本主義理論の大原則は、需要と供給の関係を指すものである。

この場合、需要は消費、供給は商品である。

消費するために商品を作り、商品を作ることによって消費の為の収入が得られる。

これで全世界を抱合することが出来ていた。

一時的な景気、不景気、天災などで、この流れが停滞することはあったが、いずれの場合でもやがてバランスが取れていたものである。

ところが現代社会は生産技術の発達で、少数の人間で大量の商品を作ることが出来るようになった。

実際に、現在は、強いて生産調整をするほどに生産力が有り余っている。

企業の利益の量に関わらず、もはや生産の世界で大量の人間を必要としなくなっている。

第一次、二次産業と言われる生産産業の分野に変わり第三次産業の分野で雇用を創出すると言われているが、先進国では、既にその比率は75パーセント以上に達している。

第三次産業の特徴は、商品を介在しないこいとであり、既に本来の通貨の意味は変質している上に、それが人々の生活の上に必ずしも必要なものではないので、地域の特性、時代の特性、景気、不景気に大きく作用される

本来の通貨の意味の変質と言うことは、現在世界に出回っている通貨が何京円と言われているように、ほとんどが信用創造にとって発行されているものである。
かつ、その信用創造と言われるものは、資本家にとって実に身勝手な論理であり、それを受け入れる必要はないのである。

また第三次産業の多くは経済的に余裕があってこそ繁栄できるものであり、最初に金がなくては、第三次産業の需要は消極的になり、かつ、一旦需要が低迷すれば、それは生活に不可欠なものではないので、多くの人は諦める。

そのような不安定な産業に頼っているので社会は安定することはない。

翻って大衆の経済に関する観念は、資本主義当初の需要供給の原理で上手く回る様に勘違いしている。

現代の資本主義の論理は、こういう事を無視し、ひたすら通貨の流通、獲得のためにのみ機能しているに過ぎない。

実体経済の問題と、経済の理論の乖離を埋めなくては、現代の経済的問題の根本的解決ができないことを認識するべきであり、もちろん、そのようなことは経済の専門家にはわかりきったことである。

ところが経済の専門家と言う輩は、現代のシステムの恩恵で糧を得ているものであり、経済的にも恵まれた部類で強いて問題を提起し仲間、及び資本主義の主体(権力)から仲間はずれされることが怖くて出来ない。

このシステム、権力のシステムを打ち倒すには、やはり大衆の覚醒、蜂起が必要となるであろう。

具体的に言えば、国家による通貨の増刷であるが、それはタブーとされている。

量的な問題はあるが、例えば我が国で年間50兆円の通貨の増刷で社会がどのように変わるかやって見ればよい。

考えて見ればよい。

現在の税収は40兆円あまり、とても国家財政には足りない。

不足分を通貨の増刷で賄えばよい。

1000兆円の債務も消去すればよい。

そうすれば、もっともっと手厚い政策ができる。

年金も保証できる。

老人介護産業も発展する。

雇用もある程度は確保される。

安価な給料で外国人労働者を入れることもない。

労働力が不足しているなら、それに見合う生産をすればよい。

それだけで生活に必要な商品の生産は十分にできる。

輸出に頼る大企業などなくなっても良いのである。

我々は大資本の奴隷になって生活しなくても良いのである。


それが国作りではないか。

新しい日本のかたちではないか。


メンテ
変更・変化・変革、改革と革命、そして維新・改新の話 ( No.108 )
日時: 2016/02/08 14:53
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:txvZFzw.

http://kumacom.jp/blog/blog.php?key=16562

<変更・変化・変革、改革と革命、そして維新・改新>

変化に対応しよう」「変えよう」…何度となく言い続けてきた。が、恥ずかしい話だが、つい最近、「変える」という行動に対し、日本語には多くの言葉があるに気が付いた。
正しく使っていたか、今回は反省の、雑学コラムである。

まず、「変更」「変化」「変革」の違いである。
変更とは、「今までの考え方、やり方を変えないで新しいことだけ、できることだけをつけ加えること」。これでは、結果はほとんど変わらない。しかし、痛みも伴わない。いわゆる、「ノープレイ・ノーエラー」の延長みたいなもの。でも、この「変更」レベルの企業や店舗は多い。
変化とは、「字の如く“化ける”ということ。化けるまで変えるということ」。ということは、今までの考え方ややり方を“化ける”まで変えるということである。しかし、これはえてして痛みを伴う。だから、あまりやりたがらない。「変化しろ!」とは、みんな言う。でも「変更レベル」を変化と言ってしまう。“化ける”までやる。これが変化である。
そして変革とは、「過去の成功体験を100%否定し、今までの成功体験を破壊し、新しく創りあげていくこと」。これは「トップ」しかできない。過去の成功体験を捨てることはすごく怖い。そして、「否定から入る」ことって抵抗がある。特に過去の歴史をつくってきた人達だから…。だから、この「変革」は難しい。しかし・・・今はこれぐらいのことをやらなければいけない時だと思う。「破壊し、新しく創りだすこと=変革」であると・・・このように、「変わる」ということにもレベルがある。

次に「改革」と「革命」。この両者の違いの原点は、基準を今までに置くか、未来に置くかの問題。それと、改革は「変化が必ずしも良いことだとは思わない」、革命は「変化は必ず良い結果を生む」という、変化に対する考え方の違いという見方もある。
改革とは、現在施行されている制度を見直し、改めてより優れた制度にする事。現状を変えていくことにより、より良い未来を目指すのが改革である。基盤は維持しつつ、社会制度や機構・組織などをあらため変えること。
革命とは、被支配者階級が支配者階級を倒し政治・経済や社会制度を根本的に変える事。革命は今までのすべてを否定する。理想の未来の実現の為に現状を変えていくことであり、既成の制度や価値を根本的に変革することだ。

では、「維新」、「改新」の違いは何か?
維新、辞書には・・・「維(これ)新なり」の意。すべてのことが改められて、すっかり新しくなること。明治維新のこと。御一新。・・・とある。
改新とは、古いものを改めて新しくすること。「制度を改新する」という使い方をする。

変えることに、こんな色々な意味がある。自分自身、果して正しい表現をしてきただろうか。ついその時の雰囲気によって、使ってきたに違いない。反省を込めて、日本語を正確に話せる日本人になりたいと思う、還暦過ぎのコラムであった。

(引用終わり)

NO 103のレスでは、随分と誤解されているようです。

私は経済のシステムを改革、革命をすることを願っているものです。

そのために、一連の文章で、現行のシステムの、何処を潰さねばならないかを探求しています。

資本主義の行き詰まりと言うことが言われている現在、見直すべきは、基礎、土台の部分です。

それについては、私たちは当たり前の事と思い込んでいます。

でも、それは現代社会に当てはめて良いものでしょうか。

見直しは不必要なものでしょうか。

ここが改革の第一歩であると思います。

また、同じような思いで、果敢に現行制度の根幹の見直しを主張されている方が、目立ちはしませんが結構おられることも紹介しておきます。

読者にも誤解されないように、改めて断っておきます。

メンテ
変更・変化・変革、改革と革命、そして維新・改新の話 2 ( No.109 )
日時: 2016/02/09 20:57
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:L/O/VDXE

何処を変えるか!

そもそも通貨の概念、そのものを変えるべき。

従来は物々交換の媒体として登場した通貨が、その内(急激に)富の蓄積の手段となった。
それは通貨を持っていれば、何時でも商品を買えるという安心感、安定感である。

また続いて、利潤と言う概念が出来、通貨の流通をさせることで富を蓄えられると言うことに気がついた。
資本主義経済のシステムは、この時期に起こり、経済(通貨の流通)を、需要、供給という図式で現した。

人類の生活において、商品(物資)は常に不足していて、それを手に入れること大変であり、当時は商品の生産はほとんど人間の手で行われていた。
だから、商品を望む人間(消費=需要)がある限り、生産は続き、それに寄って人々は生活手段を確保できた。

この頃になると自給自足の社会はほとんどなくなり、通貨を手にすることが生活の唯一の手段となる。
通貨も、人々全員を対象に、何とか配分できていた(それを経済学的には富の配分という)。

現在までの資本主義の論理では、通貨は概ね手にすることができるという前提で成り立っている。
資本主義と言う経済のシステムは、全人口を抱合し、真面目に働けば生活の糧である通貨は手に入った。

ところが最近の半世紀は、生産技術の発達と流通過程のグローバル化で、商品の生産、流通における省力化が進み、需要、供給の場面が、途方もなくはなれ、需要(消費)したいが供給の施設がないので通貨が手に入らない地域が、アチコチに現出した。
昔はそうではなかった。通貨を手に入れることができる施設(生産拠点)が各地に散らばっていた。

更には生産技術の発達は、供給に必要な人力を必要としなくなり、需要と供給の関係が人件費的には量的に不釣り合いとなった。
そのことは、失業者の増加と言う形で現れ、工業先進国ほど失業率が高いという状況に陥った。
一部の最先進国は、流通の領域や第三次産業の発達で誤魔化してはいるが、力のない先進国は、軒並み経済的苦境に陥っている。

これが現実であり、要するに、現行資本主義のシステム下、もはや需要、供給という概念では人類を抱合した経済のシステムとは言えなくなっている。

株価の上下や為替の変動で影響を受けている人々は、まだ、その資本主義の論理のなかで生活できているが、資本主義のシステムから見放された多くの人々は、経済のシステムなど頼ることもできず、自給自足の生活に追い込まれつつある。

初めに返り、通貨とは何であろう。
通貨は万民のために、万民が手にすることが出来た生活の糧であった。
そういう物を通貨と考えていた。
それを保証してくれる、経済のシステムを信用していた。

ところが現在は、そんなものではない。
働きたくても働く場所がなく、通貨は廻り回っては来てくれない。

要するに、現行経済のシステムからはみ出したものは生きてはいけない。
そんな立場の人間は、死んでしまえ、と言うのが現行の経済の論理である。

だが、これを救済する手段はあるのである。
最低生活の為に必要な通貨を国家が配分することである。
ただし、大方の人間が働かなくて生活できると言うことは、倫理道徳と言う人間性が失われ、とんでもない社会となる。
だから国家は生活の糧を金ではなく仕事で与えるべきであるのである。

こんな場合でも、結局は通過自体が必要となり、それを豊かな人の税収で賄うには、はみ出した人間が多すぎる(福祉政策では救済できない)。
この場合に増刷する通貨は、既に従来の通貨の概念には入らない。
しかしながら、従来の通貨の概念自体、当初のそれとは随分と違ってきている。

信用創造とか、何とか言って、実態経済を何十倍も上回る通貨が発行されている。
その途方もない通貨は、通貨を蓄財する目的の為の流通であったり、経済のグローバル化を推し進めるために使われている。
要するに、資本主義経済圏で生活する人間を、どんどん追い出すために使われている。
そのこと自体、現代資本主義社会は、ひたすら破滅に向かっていると言える。

その従来の資本主義の金融理論では、傘下の通過以外は認めようとしない。
己たちの理念に反する通貨の形態を認めようとはしない。

インフレーションが起きるとか為替が成立しないとか、自分たちの勝手な理屈によって。
だが、生産力がこれほど向上した現代社会で、昔のような通貨管理をしなくても、生活に必要な商品の配分は可能なのである。

通貨の増刷の適正な管理があれば、大きなインフレーションなど起きないのである。
為替の変動など、国内の経済の安定を考えれば、第二次、三次の問題である。

グローバル化など抑制し、地域、地域で必要な経済が循環する様に心がけることである。

現在の巨大金融資本と、その配下である金融当局、専門家を追放し、国民の為の通貨の発行を国家に求めるべきであり、それができる時代でもある。

GDPが増えれば、国民経済の底上げができるとか、マクロ(世界全体)で考えれば需要と供給の機能は働いているなど、身勝手な理論など

クソ、喰らえである。


メンテ
地域循環型経済 1 ( No.110 )
日時: 2016/02/10 14:07
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:EdDCj55I

地域循環型経済について、現在言われている考え方のいくつかを紹介します。

その1 循環型地域経済システムの形成に関する調査研究
    特定非営利活動法人 超学際的研究機構

地域を発展させるためには生産者、流通業、消費者という縦の連携を強化するだけ
でなく、農業、商業、製造業、観光業、金融業などの横の連携を強化することが重要
です。
人材、技術、地場産品、金融など、県内の多様な資源を地域の中で有機的なつなが
りを持たせることによって、独自の競争力のある地産地消型の商品、サービスを創造
すること、地域内で新たな需給関係を構築することを通して、地域の自立と地域雇用
を生み出す循環型の地域経済の確立が求められています。

このため、本研究では昨年度実施した循環型地域経済の再構築に関する調査研究を
さらに深め、@地方都市の空洞化と農村、農業の衰退が密接に関連する事態と位置づ
けることにより、都市と農村の経済的連携の必要性や可能性を探ること。A飯坂、土
湯、高湯の三温泉地域及び磐梯吾妻スカイライン、花見山の三つの観光スポットの現
状や優れた点を明らかにし、相互に連携するためにブランド戦略の実現のための方策
を提言すること。B循環型地域経済システム形成の促進を図るため、県、市など地方
自治体と地元金融機関が中核とする「ふくしまバンクファンド」設立を提言すること。
以上三つの柱を研究目的に揚げ、それぞれの専門分野ことに調査研究を実施したも
のであります。循環型地域経済システムの構築の基礎資料として本報告書が少しでも
参考になれば幸いであります。


その2 日本共産党

「取引先の工務店が倒産した。仕事は、家の応急処置程度の修繕しかない」(建築板金業)、「公共
事業が激減して同業者が次々つぶれた。異業種転換といってもうまくいかない。豪雪の対応で即応でき
る体制がなかったが、懸念していたとおりになった」(土木建築業)、「価格競争が激化。大手はそれ
を利用してコストダウン。この国がどこへ向かおうとしているのか不安」(電気機器)などの声があち
こちで広がっています。地域からはお店が消え、シャッターを閉める店が増え、農協の支所がなくなり、
金融機関のATMが撤去され、お金がおろせないという地域も生まれています。いまや、「大企業を応
援すれば、経済が良くなり、やがて国民の暮らしも良くなる」という考え方は立ち行かなくなっていま
す。大企業や県外企業の誘致にかたよった外需頼みの経済政策から抜け出し、県経済の主役であり、地
域と文化、県土と環境の担い手である中小企業を根幹にすえ、地場の建設業を県産業の柱の一つにした
経済政策への転換が必要です。
鳥取県は、一般会計だけでも約3200億円を超える予算規模です。こうした予算の使い方を変える
ことで、新しい仕事と雇用をつくりだし、地域を元気に、くらしを豊かにしていく道をひらくことがで
きると私たちは考えています。
―地域経済の循環の輪を再生させるために、日本共産党は次の政策を提案します。

【地域循環型経済とは?】
@必要な仕事を生み出すきっかけをつくる。
A地域の中小企業・業者が中心になってその仕事をおこなう。
B地域に雇用と所得が生まれる。
C所得が地域で消費され税収も増える。
《現在、鳥取県の中小企業の多くが、赤字続きで法人税が払えない企業となっています。こうした状況
を改善することは、自治体財政を豊かにすることにつながります。》


その3

循環型社会づくり - 環境省

1 地域循環圏の構築
(1)地域循環圏の意義
 第1次循環型社会基本計画においては、マクロのフレームで循環型社会の形成に向けた進捗状況を捉える「物質フロー指標」と、各主体の努力の面からこれを捉える「取組指標」を設定し、それぞれについて数値目標を設定しました。計画策定後、進捗状況の点検を毎年度行ってきており、この点検結果等を踏まえ、新たな循環型社会基本計画においても、引き続き、物質フロー指標と取組指標を設定し、さらに補助指標や推移をモニターする指標を導入するなど充実を図っています。これらは国全体としての指標及び数値目標の設定により、循環型社会の形成に向けた取組に明確な動機を与え、その成果を把握するものとなっています。
 循環型社会基本計画では、地域の特性や循環資源の性質等に応じた最適な規模の循環を形成する「地域循環圏」の構築を新たに盛り込みました。これは、廃棄物の適正処理を前提に、温暖化対策や生物多様性の保全などの環境面や、希少性や有用性などの資源面、さらに輸送効率や処理コストなどの経済面の各観点から、循環資源ごとに地域の特性を踏まえて最適な範囲での循環を目指すものです。例えば、一定の地域のみで発生する又は腐敗しやすい等の特徴を持つバイオマス系循環資源はその地域において循環させる、また高度な処理技術を要するものはより広域的な地域で循環させるといったことが考えられます(図4−3−1)。

(2)地域循環圏のイメージ
 循環型社会基本計画では、第2章において、循環型社会形成の中長期的なイメージを示しています。これは、2025年頃までに、持続可能な社会の実現を見据えつつ循環型社会に至る具体的かつ中長期的イメージとして示したものであり、循環型社会形成に必要な各主体の連携・協働を図る上での基礎となるものです。中でもとりわけ重要なものが、地域の特性を活かした循環型社会の実現という視点であろうと考えます。
 この「地域循環圏」の基本的な考え方は、循環資源の性質と地域の特質に応じて、コミュニティ、地域、ブロック圏、全国規模、そして国際的なレベルに至る最適な規模の「地域循環圏」を構築していくことで、よりきめ細かく、効果的な循環型社会の形成を目指すものであり、地域の自立と共生を基本とした「地域再生」の原動力となることも期待されています。
 以下では、第2次循環型社会基本計画に盛り込まれた循環型社会形成の中長期的なイメージのうち、地域循環圏に関するものを紹介します。
 ア コミュニティ
 例えば、コミュニティ・レベルにおいては、不用になったものを近所で融通したりフリーマーケットを通じたりしてリユースし、また故障したものも修理してできるだけ長く使われます。リサイクルプラザ等におけるリユース、リサイクルに加え、住民啓発機能を有する市町村の資源化施設が拠点となって、市民やNGO/NPO等が参加したリサイクル活動が行われ、その活動が広がってコミュニティ・ビジネスの展開が進みます。移動に際しては、自転車が活用されるなど環境負荷の少ない地域社会の形成にも寄与しています。
 イ 農山漁村
 農山漁村においては、間伐材、家畜排せつ物、貝殻、分別収集された生ごみ等が循環資源となり、バイオマス系循環資源として肥飼料等に利用され、これらを利用して生産された農畜水産物等が地域内で消費される地産地消の循環が形成されます。このような地産地消の循環形成など持続的な農林水産業が営まれることなどにより、生物の生息の場としての里地里山などの保全にも寄与します(図4−3−2)。

(引用終わり)

政府系NPO、共産党、官庁が考えている地方循環型経済の有り様です。
共産党の場合は、内容は抽象的ではありますが、手法としては、より具体的に踏み込んでいます。

あとは机上の空論にすぎず、それくらいのことでは現実の問題解決には程遠いものです。
彼らが言っている内容など、どの地方でも、そこで生活している人たち、事業主は必死で挑戦してきなことに過ぎません。
グローバル化と言う外圧がなければ、それも少しは成果が上がったでしょう。

国の施策が、こんな空理空論であってはたまりません。
中高生の討論会で出てくる内容を、もっともらしく並べ立て、行政を行っているように思わせているのです。

では、本当に必要な地域循環型経済とは
次に論を進めることにしましょう。

メンテ
地域循環型経済 2 ( No.111 )
日時: 2016/02/10 18:37
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:PSovHQDM

半世紀以上昔には、地場産業と言うものがあり、当地、丹後でも縮緬業が盛んでした。隣の田島地方ではカバン産業で栄えていました。
現在も名ばかりは、そのままですが、ちりめんの場合は需要が減り、その上に工場を韓国やタイに移し、今では最盛期の1/10位より生産していません。
但馬のカバン工業も同じように地元の工場は随分となくなりました。

次に地域を潤したのは、メーカーの工場の地域進出でした。
多くの大手メーカーが、地域の安い労働力を求めて全国の地域へ進出してきました。
それも今では、中国、東南アジアに移り、廃墟となった工場群が残っているだけです。

その他に、酒、醤油、パン、お菓子に至るまで、大手メーカーの商品が地元の品物にとって変わり、住宅建設においても、今や新築住宅の半分以上がハウスメーカーの製品に変わっています。

これと言った地場産業がなくても、昔は大工、左官などの職人、小売店、豆腐、こんにゃくなど食品の製造に人手が必要で、近所を見渡すと、どこかに雇用が生まれていました。

資本主義経済と言うまでもなく、経済と言うものは、需要と生産の地域的バランスが取れていてこそ、成り立つものです。
要するに、お金が地域で循環しているのです。

生産の機会が奪われた地域の住民は生産の過程で手に入れることができるお金が入ってきません。
もちろん、わずかであっても、頑張って収入を得ていますが、その代わりどうしても必要な消費以外はしないようになります。

当地、宮津市でも就労者の平均年収は300万円前後でしょう。
それでも、まだ食ってはいますが、これ以上、事態が悪くなれば、それもできなくなります。
其の事態は各種量販店の地方進出などで、ますます悪くなっています。

これに対して、ちりめんを使った手提げ袋、小物の生産など、世に言う付加価値の高い商品を作り販売したり、インターネットで全国を相手に商売する人もいますが、そのようなことができるのは一部の能力のある人に限られ、一般ぽ人たちは打つ手がありません。
もちろん、ホテルの皿洗いやガードマンで何とか収入を得ている人は多くなっています。

この現状を、先のレスに挙げた試作などで解決できるものではありません。
文章で書いて、地方の人たちが協力、団結して解決できるなら、もともと、このような深刻な状況には成りません。

必要な地域経済の確立とは、言葉の遊びであってはならないのです。
実際の生活、死活問題がかかっています。

では、どのようにすれば良いか!
いくらでも考えられます。

地域にあった公共事業を増やし地域の雇用を確保する。
地域産品を輸出できる、地域の小企業でも利用できる公的な輸出機構を地域に作る。
農林水産業への就労を促すか手に補助金(不足分の人件費)を出す。
農林水産業が効率的に行えるようにインフラを整える。
巨大温室、水耕栽培など付加価値の高い農産物を作ると共に先に挙げた輸出機構と連携して農業の採算化を図る。
老人介護施設で地方に移せるものは移す。
限界集落と言われている極端に過疎化が進んでいる地域など、出来るだけまとめて人口密度の高い町づくりをして、空いた土地の有効利用を行政として提案する。
土建工事など無尽蔵に存在する。
新幹線や高速道路作りだけが国作りではない。
まだ先のことになるが、都市部の富裕層にリタイア後の生活の場所として地方移住を進め、そのためのインフラ整備を図って置く。
基礎年金を確実なものとし、老後の不安を無くすことで消費の促進を図る。

このようなことが行われれば、相乗効果もあり、豊かな地域経済圏ができる。
それは、必ずしも全体のグローバル化を否定するものではなく、グローバルな領域に地域を共存させるものである。

グローバル化を悪の様に言うものではないが、経済のグローバル化によって、資本主義経済の原則である需要と供給の実態が、実態というのはマクロで見れば、バランスが取れていても、地域単位では非常にアンバランスとなって機能しなくなっていることをしっかりと認識しなければならない。

これを解決するのが地域循環型経済圏の確立である。
地方の経済の環境が整備されれば都市部からUターンする人も多く出てくる。
ただし、これには財源が必要である。

財源の捻出は、別スレッドでも言っている、通貨の増刷以外には考えられない。
通貨の増刷と言っても、ベーシック・インカムの様にお金をバラ撒く訳ではない。
この施策を国家として実践するのに、できるのに、何が不都合か。

このことを考慮に入れられないから、冒頭に紹介した何の役にも立たない文章が出てくるのである。
メンテ
政治ができる国つくり→新しい日本のかたち ( No.112 )
日時: 2016/02/12 22:16
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:x9umxIbE

世界中が資本主義経済のシステムに振り回されている。

国家の施策は経済のシステムに影響され、本当の国づくりなどできない状況である。

政治と経済の関係は、一体、どうなったのか。

経済に組み敷かれない政治はできないのか。

このようになったのは、民主主義の下に経済活動が活発になり、その恩恵で人々は豊かな生活を送れるようになった。

そのことは事実であり、ここ200〜300年の歴史は人類にとって誇るべきものである。

だが、現在に至り人々は経済のシステムの中に完全に組み込まれ、経済が政治と、国家と見間違っている。

そりゃ、民主主義の世の中、その経済によって国民が手にしているものは大きい。

問題は、その経済のシステムの恩恵が多くの人たちには当たらなくなってきていることである。

巨大資本の暗躍は、弱小国が自分たちにあった、環境にあった着実な国づくりをすることを妨げている。

封建時代の昔の権力者は、現在の資本家である。

昔の国家が封建領主の思うような国づくりに走り、国民のことは二の次であったと同じように、現代社会は資本家の都合の良いように国づくりがなされている。

政治が行われている。

都合が悪いことに、資本家と言っても、数量的には善良な一般国民まで入っているのである。
それが民主主義であり、資本家である国民一人一人には思いやりもあり全量であっても、資本主義と言うシステムの行動は、そうはいかない。

官僚一人一人を見れは善良でも官僚組織が何をしているか見ればわかるでしょう。

故に一国の政治も、経済の束縛から逃げることはできないのが現状である。
ここは、政治を批判する前に、我々自身を省みることである。

人生の価値観を見直すことである。
それなくして、新しい、将来に適した国作りなど出来はしない。


メンテ
お金の価値 ( No.113 )
日時: 2016/02/15 02:48
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:omnd1QPM

しばらくは、下記サイトの文章を紹介します。

https://sites.google.com/site/nekodemokeizai/jing-jino-ben-zhitookane/14-okaneno-si-zhiha-hede-juemaru
おカネの価値は何で決まる?

最近、日本銀行に対して金融緩和や国債引受の圧力が高まり、日銀はしきりに「円通貨を増やすと円が毀損する」と発言するようになりました。円の毀損とか日本売りなどの扇動的な表現が先行していますが、そもそも円の価値とは何でしょう。そして、円の価値は円を増やすと本当に毀損するのでしょうか?

<おカネの価値は生産力で決まる>

おカネには実需を満たすための何の価値もありません。おカネを持っているだけでは、空腹も満たせませんし、雨風をしのぐ事もできません。おカネを食べ物や住む場所と交換することで初めて人々は豊かな生活を送る事が出来ます。おカネがたくさんあっても、それと交換できる商品やサービスの量が不足していればおカネの価値は損なわれてしまいます。つまり、おカネの価値とは、交換可能な財(商品やサービスのこと)とおカネの量のバランスで決まることがわかります。基本的に、生み出される財の量は国内の生産能力によって決まるので、おカネの価値は財の生産能力によって担保されていることがわかります。

現代は経済のグローバル化が進んだため、財の供給は国内生産によってのみ行われるわけではありません。しかし、貿易で必要な財を輸入するためには、それに見合うだけの財を輸出する必要があるため(貿易均衡)、結局のところ国内の生産能力がおカネの価値を支えています。

<円通貨を発行しないことが円を毀損する>

ですから、もし日本銀行が現金を1円も発行しなかったとしても、日本の経済が不況のままで生産能力が崩壊を続ければ、円の価値は間違いなく毀損することになるのです。つまり円の価値を維持する方法は、円の発行を控えることではなく、財の国内生産力を高めることであることがわかります。財の国内生産力を高めるために円通貨の発行を増やした方が良いのであれば、円通貨の発行は円の毀損ではなく、むしろ円通貨の価値を維持するための積極的な行動であると捉えることもできるのです。経済は複雑な連立方程式であるため、円を発行することだけで円が毀損するという単純な事は起こらないのです。

<円の価値が低下しても人々は貧しくならない>

多くの人は円の価値が低下すると生活が貧しくなると心配します。しかし実際には逆の現象が起きています。今の日本はデフレで円の価値はどんどん上昇していますが、国民生活は一部の富裕層を除いて苦しくなる一方です。人々の豊かさは円の価値で決まるのでは無いことが証明されているのです。では人々の豊かさは何で決まるのでしょう。これも財の生産力で決まります。

経済は生産と分配が基本です。市場経済の場合、分配を担うのが市場と通貨です。生み出された財の量と交換に用いられた通貨の総額の比率で価格が決まります。これがおカネの価値(おカネと財の交換レート)になります。交換の際に使われるおカネの総額が増加すれば交換レートが上昇してインフレとなります。しかしインフレになったとしても、生産された財はすべて交換されたわけですから、人々に分配され、人々が手にしたことになります。仮にインフレが毎年進行したとしても、生産され、交換される財の量が毎年増え続けるのであれば、人々が手にする財の量は増え続け、人々の生活は豊かになるのです。

つまり人々の豊かさはおカネの価値で決まるのではありません。より多くの財が生み出され、それが市場を通じてより多く人々に分配されることによって人々は豊かになります。おカネの価値とはその市場における財とおカネの交換レートに過ぎません。交換レート(おカネの価値)がどうなろうと、より多くの財が生み出され、より多くの財が交換されるなら何の問題があるでしょうか。

<貧困はおカネの価値ではなくおカネの分配の問題>

生産される財の量が増えるなら人々は必ず豊かになります。もしそうならないのであれば、それはおカネの価値の問題ではなく、おカネの分配の問題です。市場経済では財はおカネを介して分配されますので、おカネの分配が適切に行われなければ、せっかく大量に生産された財も必要とする人々に行き届かないことになってしまいます。これが貧困です。どれほど財の生産が増えて豊かな社会になっても、おカネの分配が適切に行われなければ貧困が発生します。貧困はおカネの価値が落ちるから発生するのではなく、おカネの分配が適切に行われないために発生します。逆にどれほどインフレになってもおカネの分配が適切に行われ、財の生産が円滑に行われるなら、貧困が発生することはありません。

<積極的に円を毀損する必要アリ>

デフレはインフレの逆で、おカネの価値が高い状態です。ではおカネの価値が非常に高い今の日本は豊かになったのでしょうか?実際には日本の生産力はデフレとそれを原因とする円高のために衰退しています。中国をはじめとする諸外国に生産拠点がどんどん移転しているのです。それでも日本が悲惨な状況に陥らないのは、移転しているのが低付加価値の商品の生産であり、生産総量が減少しても額で持ちこたえているからです。しかし低付加価値商品を生産してきた国内産業は壊滅し、失業者が溢れてしまいました。

このまま円の価値が高い状態が続けば、いよいよ高付加価値商品の生産も海外へ移転してしまうでしょう。産業の空洞化はTPPなどでカバーできるレベルではないのです(焼け石に水)。すると日本の生産能力は壊滅状態となります。それまで円の価値を支えてきた日本の生産力は崩壊し、円は為替市場において暴落することになります。

デフレで円が暴落、そして財政破綻。これが日銀のシナリオなのです。非常に危険です。これを防ぐためには、異常に高すぎる現在の円の価値を、むしろ積極的に毀損する必要があるのです。円を毀損することで、より深刻な円の毀損を食い止めることが出来る。禅問答でも何でもありません。経済は複雑なフィードバック・システムです。

<民間銀行は円を毀損することで利益を得てきたのか?>

円を増やすと円が毀損するというのであれば、民間銀行こそ円通貨毀損の元凶であると言えます。なぜなら、民間銀行は自らが保有する「現金」を元に信用創造という手法で「預金」というおカネを作り出しているからです。預金は現金と同じ扱いを受けていますので、その預金を作り出す行為は円通貨の毀損に該当します。現在の「預金」は「現金」の8倍くらいですから、民間銀行は円の価値を8倍も毀損したことになります。そしてこの預金を企業や個人に貸し付けることで銀行は利息を得てきました。ではなぜ円が暴落しないのか?それは、それに応じて生産と消費、つまり経済規模が拡大したからです。

つまりおカネを作り出すことが通貨の毀損であるという考えは根本的におかしいのです。おカネは経済規模の拡大に不可欠なものであり、おカネを増やさない限り経済は拡大しません。そればかりか、おカネを増やさない限り、やがて銀行への利息を支払うことすら出来なくなるのです(おカネの総額を利息の分だけ増やさないとシステムが破綻する)。

おカネを毀損するとかしないとか、そんなことは経済の本質ではありません。経済の大樹は生産と分配にあります。おカネはその道具に過ぎません。道具に振り回されること無く、本質を見据えたビジョンが今の日本に必要だと思います。

(引用終わり)

さて、現行の金融理論(通貨管理制度)ではどうでしょう。

銀行学派の考え方によれば、中央銀行はプライマリバンク(中央銀行と直接取引の口座を開設している市中銀行)の担保の差出の対等物として通貨を発行するのが原則であり、この場合通貨の価値は市中の信用力に依存している。一方で議会や行政府が国債を発行して中央銀行に引き受けさせている場合、その通貨の価値は行政府の信用(徴税権や国庫財産など)を担保としている。

歴史上で紙幣が初めて登場した中国の元や宋の時代から、紙幣は年貢や塩など現物資産の対等物、あるいは銅銭の預かり証など実際の資産物の手形として使用されてきたものであり、管理通貨制度においても通貨は市中あるいは政府の信用の対等物として取り扱われるのが原則である。この原則に政策上の事情あるいは恣意性が加わるとインフレーションやデフレーションの原因となる。

管理通貨制度では、発行量が本位の備蓄量に拘束されることがないので、景気や物価調整のために柔軟な通貨量調整をすることができるメリットがある。一方で通貨当局と行政府の関係(独立性と協調性)がつねに問われ、通貨当局が行政府の影響下にある場合、景気対策のための恒常的な金融緩和がインフレを招く場合がある。また独立性が極端に保護されている場合、通貨当局の失策が国家に破滅的な混乱をもたらす場合がある(ライヒスバンクの事例)。

(引用終わり)

このような考え方で、我が国の債務が1000兆円あっても、国民金融資産が1300兆円あるから、まだ大丈夫と言う話しがよく聞かれる。
そのような屁理屈は絵空事であり、意味がない。言っている方も確信を持っている訳でもない。
いずれにしても、この考え方では現在、7京円と言われている世界の通貨の量の信用度(価値)など説明できるものではない。

要するに、経済の専門家と言われる連中は、その場、その場の誤魔化しを続けてきたのであり、でかい面して経済の専門家など、世界の経済を守っているなどと言えたものではないのである。

買える商品があれば、生産力があれば、相応の通貨が出回ることに何の不都合があるのだ。
7京円の通貨があると言っても、必要に応じて、ほとんどの国民に行き渡ってないのが現状である。
冒頭に紹介した文章の方が、よほど真実を言っている。

もともと、現行の通貨管理制度など、ユダ菌など一部の資本家の利益代理人に過ぎない。
生産力に応じて、国民が通貨を発行してなぜ、悪い。

今や、中央銀行制度とユダ菌の手先、通貨管理制度は人民の敵である。

マイナス金利政策云々、円高がどうのこうの!
そのような、ことはほおっておけば良いこと。

ユダ菌など金融資本のゲームに過ぎない。
そのようなことは捨て置いて、我が国は我が国の国民の救済のために通貨を増刷すればよい。
通貨の増刷と言っても、それをバラまくのではない。

雇用を生み出すために使えばよい。
公共事業でも、老人介護事業でも、どんどん金をつぎ込めばよい。
その金こそが、国民の手に渡る分の通貨の増刷である。

そうなれば、金融ゲームで遊んでいる連中が利権をなくして干上がることであろう。
ゲーム自体が成立しなくなるのである。

7京円の塚など紙くずにすればよい。
債務国は増刷した通貨で、言われるだけ、返してやればよい。
たかが通貨である。物を借りた訳ではない。
そんな金を回収しても使いようがない。
もう、借りてくれる国もないしね。
通貨は、その国の生産力に応じて存在して始めて有効になるのだ。
現在の金融システムはルールの為のルールに過ぎないのだ。

アメリカ大統領が暗殺されたのは、通貨の発行権を国家に取り戻そうとしたからだ。
ユダ菌にとって、それは許してはならないことだからだ。
通貨発行権を国家に取り戻すだけで
ユダ菌は終わりだ

新しい通貨で、人類は再出発すればよい。
新しい文明の始まりだ!
メンテ
Re:お金の価値 ( No.114 )
日時: 2016/02/15 02:39
名前: ロム者 ID:omnd1QPM

天橋立の愚痴人間殿

目が覚めた思いです。ありがとうございます。
メンテ
通貨の価値とは! ( No.115 )
日時: 2016/02/21 22:19
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:t245dK/Q

迷惑投稿のおかげでスレッドの順番が狂ってしまっている。
通貨発行権、1000兆円の借金のスレッドなどで主張している資本主義の行き詰まり追求している論旨が解りにくくなってしまっている。

資本主義の行き詰まりの一番の原因は決して金融の問題ではない。
生産力の異常な発達で、資本主義経済論の根底である需要と供給を介在した経済の流れ、すなわち庶民の生活の流れが成立しなくなっていることである。

現代社会は、生産(供給)と消費(需要)のバランスが、人々の生活と言う面ではバランスが取れていない。
何京円と言う通貨の存在も、商品の量の何十倍の規模であり、そのこと自体、通貨の価値(意義)と言う面では成り立たなくなっている。
ただし、ゲームとしての通貨の領域(株、為替、投機)では成立しているかの様に誤魔化されている。
金融資本主義などと言う言葉も、主義などではなく、そのゲームのルールを言っているだけであり、多くの人々を対象とした経済の論理ではない。

その様なものを、まだ経済の政策の中心に据えている現代社会は、国家は既に資本に隷属させられた存在に過ぎない。
一般国民には、それを知らされていない。
まあ、極端に変化してきたのはこの半世紀であるので、リアルタイムで一般人に受け入れられていないのも仕方がないことでもある。

この破綻したシステムを変えるにおいて、従来の経済理論、金融理論など何の役にも立たない。
そのようなもので解決できるのであれば、もともと行き詰まりなどとは言わないし、解決の目処も立っていることである。
また、そんなもので解決できるなどとは経済の専門家自身も思ってはいないこと。

私は思う。

通貨の問題は、通貨の発行権を国家(国民)に取り戻し、国民の生活の通貨の増刷に踏み切ることである。
1000兆円の借金の問題も、何京円と言う通貨の問題も、通貨の価値という面で根本的に見直せば、問題は解決できるものである。
金本位制の下であれば、ともかく、既に通貨は紙切れ同然。ただの約束事でしかないのである。
ユダ菌が何京円と言う通貨の大半を支配していても、通貨の価値が変われば紙くずの山に過ぎない。
ユダ菌問題は、あっさりと片が付く。

もちろん、ユダ菌自身、それを知っていて、それが一番怖いのである。
歴史においても幾ら巨大な権力機構でも国民の離反があれば崩壊する。
現代社会においても世界の人々が通貨の価値の問題に目覚めたら、ユダ菌などは一夜にして潰される。

具体的には世界中の国家が通貨の増刷を始めれば、それで済むこと。
従来の資本主義の理念では、インフレを起こすという意味でのみタブーとしているが、インフレが起きたとしても、それが永久に続く訳でもない。

生産と商品のバランスが取れていれば、いずれは落ち着くもの。
国家は自信を持って、方針を持って通貨管理をすればよい。
為替などは、全て固定相場制にすれば良いだけのこと。
最近の資本主義の理念など、ことごとく捨て去ることである。

メンテ
通貨の話 ( No.116 )
日時: 2016/02/24 02:11
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:VWVYJGm6

人類史上、採掘した金の総量は17万トンと言われている。
この内、世界の中央銀行が保有している金は3万トン。

g 4000円の時価で計算すると、世界全体に出回っている金は約700兆円である。
中央銀行の保有している金は120兆円となる。

これで7京円の通貨の価値を担保しているなどとは言えない。
中央銀行は何の為に金を保有しているのか。

要するに、金本位制などは、既に、全く成り立たなくなっているのである。
経済規模が飛躍的に発達した現在、世界中の金を集めても、日本の個人的金融資産の半分であり、GDPから見ても、日本の商品の生産力は、700兆円をはるかに超えている。

そのような金が、どうして通貨の担保であると言えよう。
通貨の価値は、通貨の発行限度と言うものは、別の基準に拠らねばならないことは明白である。

現行のその基準は、国民の金融資産の合計としたいようであるが、その基準となる金融資産、そのものが通貨を現し基準の意味がない。
通貨の価値の担保ではなく、目安に過ぎない。

NO113のレスで書いているように

<おカネの価値は生産力で決まる>

の方が、よほど納得が行くものである。
それにしても、7京円と言われている通貨の量は、実態を反映していない。

それでも通貨管理はできていると言う、その内容は、一体何であるのか。
現行通貨、そのものが矛盾した存在であるのだ。

このようなことにしてきたのは中央銀行制度であり、資本の為の通貨管理である。
それを是正するのに、何が必要か。

どのような認識が必要であるのか。
そこを考えていただきたい。

通貨発行量(基準)は、国々の事情によって異なり、通貨発行権を国家が持ってこそ、正当な通貨管理ができるというものである。

政府は自国の生産能力を見て、それに合う通貨を発行すれば良いのである。

通貨に比例する商品があれば、過度なインフレは起きないのである。
北朝鮮は商品がないのに通貨だけを増やして失敗した。
ジンバブエのハイパーインフレも、同じような原因。

公共事業を通貨の増刷で行っても、公共事業の成果物があれば、それは生産を高めたことにつながり、インフレの起因にはならない。
介護事業を通貨の増刷で賄っても雇用が生まれ経済は活性化する。
基礎年金を通貨の増刷で支払っても、消費が確実に増えるなら、これもインフレには繋がらない。

ここに通貨の増刷のタブーは意味をなさないものである。
現行の通貨管理の理論ではタブーであっても、通貨管理の理念を変えればタブーにはならないのである。

中央銀行制度では、国の施策のための通貨管理はできないのである。
中央銀行制度は、世界の金融システムを維持するための、ユダ菌など巨大金融マフィアを増殖させる為の制度にほかならない。
このことは歴史が証明しているものである。
メンテ
通貨の価値の考え方 1 ( No.117 )
日時: 2016/02/24 15:00
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:VeIk/lt6

経済の話も、次の段階に入りましょう。

先のレスで、世界の金の存在を書きました。
同じ様に、世界のGDPを足せば、8500兆円だそうです。

ついでに、株式の合計は、9000兆円
国家の債務の合計は 7000兆円

上の数字は、統計は対GDP比での推計であり、主要な国は、軒並み100%に近い。
アメリカの政府債務は2000兆円と言われているが、州政府の分をいれると5000兆円とも言われている。
同様に、地域行政の債務までいれると、公的債務はいくらになるか、おそらく1京円をはるかに超えることであろう。

個人資産とカウントされているものの合計は、1京4500兆円になるそうです。

このような状況で、中央銀行が保有している120兆円の金を通貨の価値の担保とすることなど意味がないと言うことがわかるでしょう。
また通貨の発行限度(価値を証明する限度)を個人資産の総計とすることも、無茶苦茶な話であることも判るでしょう。

そこで、
<おカネの価値は生産力で決まる>と言う考え方を、もう少し考えてみましょう。

生産力で決まると言うことは、その合計、例えば日本においてはGDPの500兆円が通貨の価値を担保する基準とすることでしょうか。

ここでGDPの概念を書いておきます。

GDP(国民総生産)とは

>随分と古い話になりますが、このスレッドのNO76で満天下さんがDGPについて説明していただいております。

先ず、可能な限り最新の実態に沿った方が良いと思いますのでGDPは既に500兆円を切ってしまっておりますので、この3月期・H23年度の数値、GDP473兆円で行きます。

〇GDPでは(A)分配面・雇用者報酬は245兆円になっております。
しかし(B)支出面での民間最終消費支出は287兆円になっております。この差は、家計に対する民間非営利サービス生産者の支出が加算されている為です。もしかして橋立さん統計の270兆円には、この分の人件費が加算されているのかも知れません。

〇雇用者報酬が245兆円として残り228兆円が気になりますね・・・付加価値を構成しているのは労働の価値=雇用者報酬だけではありません。資本として投下された生産インフラ機器も付加価値を構成しているのです。新規投資の機器分は、新規投資として前稿で示しました(B)所得の支出で総固定資本形成の中にある「民間投資+政府投資」に含まれていますが、既に生産に寄与している機器は、減価償却が始まっておりますね・・・これはいずれ償却後更新されるものですから、減価償却した分は、総生産に寄与している、付加価値形成の為に動いている、そのような理論から(A)分配面で付加価値形成分として固定資本減耗として加算されます。その額は23年度で102兆円もあります。PCなどの減価償却費も多分、ここに含まれているものと思います。

これで付加価値の残りは、126兆円になります。このうち、(B)の分配面で企業の利益営業余剰が87兆円あります。ここを雇用者報酬との分配が公平であるかとの議論のベースになりますか?

最後に生産・輸入品に課せられる税40兆円、政府が一旦徴収して分配するものです。雇用者が払う税などは、雇用者報酬に一旦含めれたままで、最終消費が、消費、貯蓄、税に分かれて行くことになります。

〇第一次産品の樹木や鉱物などは、多分、全額がGDPに計上されていると思いますが、内閣府に確認してみましょう。人間の労働の産物ではないので、どうかな、とは思いますが、でも次の段階での住宅や、鉄鉱石が鉄に成る訳ですから、全額加わっても良いとは思いますけど、確認して見ましょう。

このGDP付加価値のデーター収集は多分、財務省(国税庁、銀行局による銀行データーなど)や経産省のデーターを内閣府が集計しているものです。10年前に詳細を聞いた時、他省の報告を合算しているから中身はそこに聞けと言われたことがありました、お役所ですね(笑)。でも新産業が出て来るなど趨勢に大きな変化が出た場合は別にして、既に経験則からの比率を定めて計算している項目もあると思いますが、誤差が1兆円程度しかない所を見ると、かなり実態に近いものは把握しているようです。

※まだまだ認識しておかねばならないことはありますが、詳しくはNO76のコメントの前後を参照して下さい。

(続く)
メンテ
通貨の価値の考え方 2 ( No.118 )
日時: 2016/02/27 13:02
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:6i.z3m02

次には、実際の通貨の流れ(通貨管理の実態)を見てみましょう。

マネタリーベース(ベースマネー)とマネーストック(マネーサプライ)について

マネタリーベースは、マネーストック(世の中に出回っているお金の総額)の基となる通貨という意味で、ベースマネーとも呼んでいます。また、この通貨が大きな預金通貨を生み出す強い力を持っているという意味で、ハイパワードマネー(強権貨幣)と呼ぶ場合もあります。
マネタリーベースは、現金通貨(日銀券、補助貨幣)と、民間金融機関の法定準備預金(日銀当座預金)を合計して求めます。

マネーストックは、これまでマネーサプライ(通貨供給量、貨幣供給量)として統計が公表されてきました。
(M1) 
現金通貨と預金通貨を合計し、そこから調査対象金融機関保有の小切手・手形を差し引いたもの。対象金融機関は日本銀行(代理店預け金等)、国内銀行(ゆうちょ銀行を含む)、外国銀行在日支店、信金中央金庫、信用金庫、農林中央金庫、商工組合中央金庫、その他金融機関(全国信用協同組合連合会、信用組合、労働金庫連合会、労働金庫、信用農業協同組合連合会、農業協同組合、信用漁業協同組合連合会、漁業協同組合)。※現金通貨 = 銀行券発行高 + 貨幣流通高※預金通貨 = 要求払預金(当座、普通、貯蓄、通知、別段、納税準備) - 調査対象金融機関の保有小切手・手形

(M2)
現金通貨と国内銀行等に預けられた預金を合計したもの。対象金融機関は日本銀行、ゆうちょ銀行以外の国内銀行、外国銀行在日支店、信金中央金庫、信用金庫、農林中央金庫、商工組合中央金庫。
(M3)
M1 + 準通貨 + CD(譲渡性預金)。対象金融機関はM1と同じ。

※ これらのうち日銀はM3を最も代表的な統計と見なしている。

具体的に表すと次の様になります。

平成26年度のベースマネーは 209兆円
平成26年度のマネーストックは 863兆円
実際に市中で流通している日銀券は 98兆円


通貨の価値を維持しながら、どれくらいの通貨の発行が適正化と言えば、何かの数値を基準に、それを決められる様なデータなどありません。

一連の文章のテーマである、

<おカネの価値は生産力で決まる>と言う考え方も、具体的には単純なものではありません。

ところで、通貨の別の側面、要するに、インフレ、デフレにおける通貨の有り様から見てみる事にしましょう。

インフレ、デフレの概念は、皆様も承知されているものと思います。

国民が必要としている商品が豊富にあればインフレは起きません。
商品があっても購買力がない場合、商品は売れず、価格が下がっていきます。商品の価格が下がると言うことは企業の利益が少なくなり、従業員の収入も下がり、この悪循環が続きます。

通貨の価値はインフレ時には下がり、デフレの時は上がると言われていますが、これは相対的な概念で通貨の有り様(国民生活の糧)と言う面では、通貨の価値が上がっても、下がっても何の意味もありません。

通貨の安定の為には、生活に必要な商品を何時でも提供できる生産力があり、必要に応じて国民の手に通貨が配分されることが条件になります。

これを管理するのが、国の通貨管理の基準でなければ成りません。

現行の通貨管理の基準では、国民へ通貨が配分される事を軽んじているのです。
「貧困の構造」スレッドでも書いていますが、生産技術の発達と経済のグローバル化は、全人口の1/3の人々から雇用を奪い、低収入へと追い込んでいます。

これは景気、不景気の問題ではなく、構造の問題であるのです。
で、あるのに、相変わらず経済の問題を、金融政策で乗り切ろうとしています

必要に応じて国民の手に通貨が配分されることが条件を考える姿勢すらありません。

<おカネの価値は生産力で決まる>と言う事を別の角度から捉えると、十分な生産力がある国家は、インフレなどの問題に対して、それなりの施策を講じることができると言うことです。

国民の生活を基準に、バランスを取った通貨管理をしなければならないと言うことであり、経済の環境が異なる現在、国ごとに基準がなければならないと言うことです。

現在の通貨管理政策には、大きな瑕疵があると言うことです。

新しい経済の仕組みとは

必要に応じて国民の手に通貨が配分するために、そのための通貨の増刷を認めることであり。
増刷した通貨の額、配分方法などをインフレが起きない様に(通貨の価値が損なわれない様に)考えることです。
その為の方程式を作ることです。

また、このためには政策に基づく通貨の増刷をしなければならない。
その為には通貨発行権は国家が持たねばならない。
通貨の増刷はタブーなどと言う、勝手な現行の通貨管理基準など改革しなければならない。

<おカネの価値は生産力で決まる>という言葉の概念を少しは具体的に解っていただいたでしょうか。


TPPの問題でも、為替の変動相場制でも、金融資本が自ら増殖するために考え出したものであり、そのようなものに振り回されることはない。

政治がしっかりしていれば、当たり前の理屈でも、ひたすら従来の資本主義にしがみついている現状では、現在の問題の解決は出来はしない。

資本主義社会の矛盾を社会保障で解決することは、既に行き詰まっていることをしっかりと認識すべきである。
世界の国々(地方行政を含むと)の債務の合計が、1京円を超えていると言うことも、それを証明している。


メンテ
通貨の話→ルーブル安 ( No.119 )
日時: 2016/02/27 11:35
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:6i.z3m02

ロシアルーブル安とは、外国為替市場において、ロシアの通貨であるロシアルーブルが売られている状態のこと。
ロシアルーブルの通貨価値が下がっていること。

ロシアルーブル安の主な要因は、ロシアの経済指標に悪い結果が出た場合などが挙げられる。
また、他国の経済指標の良い結果でもロシアルーブル安になる場合がある。
ロシアルーブル安になると、ロシアの企業などでは今までよりも多額のロシアルーブルで他国の通貨と交換しなければならない。
よって、ロシアの輸入に依存する企業にとっては、今までよりも高い価格で商品を輸入しなければならないため、業績に悪い影響を及ぼす場合が多い。

一方、輸出に依存する企業にとっては、売上高をロシアルーブルに換算した場合に増加するため良い影響を及ぼす場合が多い。
ロシアルーブル安では、輸入品が値上がりするため、ロシアの物価は上昇する。
物価の上昇が原因となり、ロシアの政策金利は引き上げられることがある。
なお、ロシアルーブルが買われている状態のことをロシアルーブル高という。
ちなみに、他国の通貨が売られている状態には、米ドル安、アラブディルハム安、イスラエルシュケル安、オマーンリアル安、カタールリヤル安などが挙げられる。

(引用終わり)


何故、大騒ぎしなければならないか。

1国の国民経済を考えれば、輸入品が高くなるなら、国内で生産したものを買えば良い。
資源を輸入しなければならない国では原材料費が高くなると言っても、我が国の電力業界が原油のほとんどを輸入している様に、それを受け入れても成り立っている。

自国の通貨が下がったことにより輸出に有利な面もある。
そりゃあ、一企業にとっては問題も出てくるであろう。

しかし国家と言う単位で見れば、問題を抱合して進むことができるはず。
何か、あれば、何かに影響が出ても仕方がない。

状況に合わせて変化すれば良いのである。
国内の大企業がつぶれたら、新たな企業を起こせば良い。
国内に市場がある限り、本質的な問題はない。

為替相場の変動で、大騒ぎすることはない。
それをやっているのは、そのことで、大騒ぎすることで何かの利益が出る連中がやっているだけ。
彼らの立場を守るためにやっているだけ。

そのようなものは、クソ喰らえである。

固定相場に戻して、国内の経済環境を国民の為に整えることである。
メンテ
経済学とは<一体何を示しているのか ( No.120 )
日時: 2016/03/06 23:56
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:GsNe/tmo

会計学と1国の通貨管理とは全く異なる分野であるはずである。
ところが、経済の理論におけるモデルは、ほとんど会計学の領域を出ていないか、もしくは現状分析のみを表しているに過ぎない。
そこを掘り下げて見てみよう。

>まず、会計学とは!

会計とは、商店、企業、国などの経済主体が営む経済活動を貨幣額により測定し、経済主
体の内外部の関係者に報告する行為をいう。
なお、会計学とは、企業の経営活動を貨幣額で測定し、投資家、債権者、経営者などに報
告するための基準を研究する分野をいい、簿記とは、企業の経営活動を貨幣額で測定し、投
資家、債権者、経営者などに報告するための記帳技術をいう。

企業が行う会計を特に企業会計といい、企業会計は報告対象の違いによって財務会計と管
理会計に分類される。財務会計は、企業外部への報告としての性格をもつのに対し、管理会
計は、企業内部への報告としての性格をもっている。なお、ここでは財務会計について説明
する。
財務会計は、企業外部の利害関係者、すなわち投資家や債権者が収益力や返済能力を判断
するために必要な情報を財務諸表によって提供することを主な目的とする。

>経済学

1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.32 )のレスより(満天下さん)

◎国民所得計算基本方程式

 (A)国民所得=消費+税+貯蓄・・・これを一国の総支出及び総生産の角度から見ると・・・
 (B)国内総生産=消費+財政支出+民間投資・・・
(★ここに+経常収支(輸出―輸入)を考慮せねばなりません、国内総生産には当然に外需が含まれ、それも国内で生産するわけですから、しかし話が煩雑になるので、ここは別に考えることにして・・・)

Bにおける財政支出も民間投資も、Aの税と貯蓄がベースになりますから、AとBを等式に置くことが出来ます・・・

(A)消費+税+貯蓄=(B)消費+財政支出+民間投資・・・両辺から同じ消費を控除しますと・・・税+貯蓄=財政支出+民間投資・・・となります、これを(イ)としておきます・・・

財政支出としての国債発行、及び民間投資は全て国民貯蓄及び税収をバックにせねばならないという原理が導かれますね・・・これがハロッド・ドーマ定理から導かれる一国におけるIS投資バランスI(投資)=S(貯蓄)というものになります・・・わが国でよく聞きます貯蓄残高がまだあるし、無利子国債発行で更に所得増加が見込まれるから、まだ国債発行の余裕はあるとの論、それは限界消費性向と限界貯蓄性向を考慮しているのか、後述します金利上の「流動性プレミアム」との関連を計算に入れているのかという点で、疑問を感じております・・・

・・・では、I>Sの場合はどういう意味になるか、貯蓄不足だから海外からの投資に頼ることになる・・・アメリカの場合、貯蓄性向は0に近かった、消費者金融により消費が促進されて、家計借金は可処分所得を超えていた、それでも成長率が高かったのは、ドルが機軸通貨であるが故に、貿易で稼いだドルが金利差もあってアメリカに還流されていた訳だ・・・そこでこの金利差、一国内においても、マクロ方程式には項として参入されていませんが、マクロ経済では外部要因としての金利、マクロ用語で「流動性プレミアム」と呼ばれますが、これは後述します・・・

このことは、無利子国債発行でうまく行くかどうかに、大いに関連して来ます・・・ベーシックインカムスレッドで、ケインズの概念、マクロ経済においては利子率=資本の限界効率+ヘリマネのコスト、ヘリマネ(無利子国債も政府紙幣もそう)コスト<利子率でなければならないとする式も紹介しましたが、そうでない場合は金融面からの経済混乱を招くという原則論を、後で無利子国債発行との関連で検証して見たいと思います・・・。

(引用終わり)

このように、あくまでもA=BとかI=Sを基準に考えています。
会計学的な制約に縛られている事になります。

メンテ
経済学とは<一体何を示しているのか  その2 ( No.121 )
日時: 2016/03/07 00:00
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:t1TZEr4E

今度は経済の指導理念がどのようなものか見てみましょう。

「主要な経済成長理論」

>ハロッド・ドーマーモデル

ロイ・ハロッドとエブセイ・ドーマーにより1930年代から40年代にかけて発表されたモデル。経済の自律的な安定を確保する難しさを例示するなど、ケインズ理論の影響を強く受けた経済成長モデルである。いわゆる動学理論とよばれるものである。

このモデルの一番の特徴は、投資の生み出す供給能力と、需要それぞれの増加量とが安定的に調和するような保証経済成長率 (資本の増加率)が、完全雇用をもたらすような自然経済成長率 (労働力の増加率)と別個に規定され、その関係が自律的に均衡に向かわないと仮定することにある。両者の不均衡は慢性的な経済の停滞やインフレを導くもとと結論づけられた。安定的な成長率の実現は非常に困難で、ナイフ・エッジの均衡とも呼ばれる。また、保証成長率は貯蓄率に影響するものと定義された。

ハロッド・ドーマーモデルは、前提が硬直的であるために、ソロー・スワンモデルと同様、成長理論の雛型として教科書で登場する他は、そのまま議論の道具として用いられることは現在では少ない。

尚、保証経済成長率=貯蓄率X資本の生産性(生産1単位を増やすのに必要な資本の量をあらわす資本係数の逆数)となる(ハロッド・ドーマーの基本方程式)。

>ソロー・スワンモデル

ロバート・ソロー、トレイヴァー・スワンが1956年に提唱した成長モデルの1つ、生産関数の考え方、その導き出す結論が新古典派の思想に共通することから、新古典派成長モデルとも呼ばれる。

基本的なアイディアは、資本の増加が人口増加を上回った際に、資本1単位あたりの生産効率がだんだん下がる(資本量が2倍になっても生産は2倍にはならず、1-2倍の範囲内に収まる)ために、資本の増加量が鈍化し、人口増加率に追いつき、逆に人口増加が資本の増加を上回った場合には資本1単位あたりの生産効率が上昇するために資本増加率は人口増加率に追いつくというものである。一時的なショックにより資本と人口の増加率が乖離しても、長期的な資本の増加は人口増加率に収束し、資本をより効率的に使えるような新技術の登場がない限りは一人当たりの国民所得は増加しないという結論を導いた。

成長理論の雛型として教科書に登場する非常に簡単なモデルであるにも関わらず、依然として経済成長の分析に多用されている。最も良くみられる分析は、経済成長の要因を資本、労働、技術進歩の各要因に分解することである。こうした分析は、アラモビッツやソローによって始められた、成長会計と呼ばれる手法である。技術進歩率は経済成長を資本と労働の寄与で説明した残りとして求められるため、ソロー残差と呼ばれることもある。

このモデルの欠点は、技術進歩と貯蓄率が外生的に与えられていることで、これを改善するために次に示すようなモデルの展開を導いた。

>フォン・ノイマンの多部門成長モデル

フォン・ノイマンが1937年に発表した経済成長モデル。新古典派成長モデルの基となったラムゼイのモデルが1部門の経済成長モデルであるのに対し、各種の財の生産、投資がなされる現実の経済に即したモデルの構築が行われた。

多部門モデルは、第二次世界大戦後、サミュエルソン、森嶋らの努力によって改良が加えられた。サミュエルソンの見出したターンパイク定理はとりわけ有名な発見である。

>内生的成長モデル

1980年代ころから盛んに研究が行われるようになったモデルで、従来の成長モデルが技術進歩の要因を説明できなかったのに対し、技術進歩を経済活動の成果として取り込んだ事が大きな特徴である。1986年にポール・ローマーが発表した論文が契機となり、内生的成長理論が発展していった。

環境経済学や医療経済学、教育経済学の成果である拡張された資本理論を取り入れつつ、発展を続けている。

(引用終わり)

このように、世界の情勢が変わるに連れて、それを後追いするように考え方を変えていきます。

メンテ
経済学とは<一体何を示しているのか  その3 ( No.122 )
日時: 2016/03/07 10:23
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:M5Vm2Uu2

続いて通貨管理の考え方も以下のように変遷していきます。

貨幣量の増減は物価にだけ影響を与え、生産活動や雇用の増減などには影響を与えないとする説。古典派経済学の中心的な命題のひとつであり、中立説によれば、貨幣は社会的な分業や効率性をもたらす以上の役割はない。経済活動の本質は物々交換であり貨幣はその仲介を行っているにすぎず、貨幣量の増減は貨幣錯覚による混乱をもたらすが国富・国民経済の観点では中立的であり、国富の増大には貨幣量の拡大ではなく生産・供給能力の増強によるべきとした。

数量説は貨幣の中立性を前提にしており、物価の乱高下は流通貨幣量の管理によって押さえ込むことができるとする。管理通貨制度が定着する以前は、社会に存在する貨幣の総量は誰にも計測できず、金塊が採掘されるなり、難破などの事故により貴金属が喪失するといった確率現象や、貯蓄のために金塊を退蔵するといった個々人の経済行動は、物価に対して深刻な影響を与える要素であった。

貨幣中立説は、歴史的には大航海時代以後にスペインなどが重金主義を採用したことによる反動ともいえる。後の絶対王政以後のフランスでは重商主義が唱えられ、貿易黒字による差額があれば、金銀は自然と自国に蓄積されるという考え方であった[4]。

フリードリヒ・ハイエクは、貨幣は相対価格を動かすことによって生産量に影響を及ぼすと考え、貨幣中立説を否定している[5][6]。

長期的には貨幣の中立性は成立し、金融政策は実体経済に影響を与えず、ただ名目変数を動かすだけであるという点では、新古典派経済学、マネタリスト、ニュー・ケインジアンの見解は一致している[7]。ただし、短期的には実体経済に影響を及ぼすかどうか、急激な経済の変動に対して金融政策は有効かどうかという点では、新古典派とケインジアンは対立している。

>フィッシャーの交換方程式

詳細は「フィッシャーの交換方程式」を参照

現実の統計値から貨幣量と物価の相関関係を分析するためのツールとして、アーヴィング・フィッシャーの交換方程式がある。これは貨幣量と物価の関係を、貨幣の流通速度あるいは取引水準といった概念を導入することで記述するもので、貨幣数量説の代表的なアイデアである。
M\cdot V = P\cdot Q
ここで
M はある期間中の任意の時点tにおける流通貨幣(通貨)の総量
V は貨幣の"流通速度"(特定期間内に人々のあいだで受け渡しされる回数:貨幣の回転率のようなもの)売買契約の約定回数
P はある期間中の任意の時点tにおける物価水準(通常は基準年度を1としたデフレータ)
Q は"取引量" (特定期間内に人々のあいだで行われる取引量(quantity)の合計)

である。

交換方程式は逐一個別の取引(単価p の商品をq 個だけ取引するため、貨幣m を1回支払う)をマクロ経済全体で合計(牌 = 1 → V )したものとされる。これは数学上非常に明晰な記述であるが、現実にはマクロ経済全体における流通速度V (= P Q /M )や取引量Q といった経済統計としては非常に観測・推計しにくい概念を導入しなければならない困難がある。

>現金残高方程式(ケンブリッジ方程式)とマーシャルのk

アーヴィング・フィッシャーとほぼ同時代のイギリスの経済学者アルフレッド・マーシャルも、独自に貨幣量と経済水準の相関関係に着目していた。1871年頃には着想を得ていたとされ、1923年に文章化、完全な定式化は弟子のアーサー・セシル・ピグーによって公刊された。貨幣数量説を批判的にとらえる論拠とされるアイデアである。
M = k\cdot P\cdot Y
ここで
M はある期間中の任意の時点t における現金残高(=ストック)
k は比例定数で、マーシャルのkと呼ばれる
P はある期間中の任意の時点t における物価水準(通常は基準年度を1としたデフレータ)
Y は実質GDP

である。

P Y は名目GDPであり、ケンブリッジ方程式の要諦は「現金として保有される残高は名目GDPに比例している」というものである。人はある年間所得(P Y)の水準に比例する程度に、つねに手元に投資や貸付、消費に回してしまわない資金量を一定(M )確保していることが予測できる。その割合比率(k )は貨幣選好であるが、マクロ経済全体で合計した場合にも同様の傾向があるはずである。そこで経済全体をおしなべた結果としての貨幣選好をk とすれば前述の方程式で記述される。なお、このマーシャルのkの逆数(P Y /M )は、貨幣の所得 流通速度と呼ばれる。フィッシャーの交換方程式とは異なり、特定時点での現金残高Mや、期中での名目GDP(名目総生産=名目総所得)は直接の統計や推計により比較的容易に計測することができる。また、k やP が変化しないという仮定の下では、M を増加させることでY を増加させることができるという関係を表している。

フィッシャーの交換方程式は明瞭で、一見するとMとPに極めて強い相関関係が予想される。しかしその根拠としてVとQが硬直的であることが前提となる。VやQが柔軟に動くものであれば、実際Mが増減してそれがPの変動をもたらしたとしても、なぜそうなるのかはフィッシャーの交換方程式では説明されていない。MV=PQは恒等式であり常に成立するが、あるMの水準に対してVやQがなぜか相応な値をとって、結果Pが相応な水準になっている、としか言えない。

新古典派経済学の考え方によると、労働供給が飽和する水準で実質GDPは均衡するので((セイの法則))、実質GDPは貨幣量や物価とは関係なく決定される。そこで貨幣量Mが一意的に物価水準Pを決めることになり、物価を安定させるには貨幣量Mの水準にのみ関心を払えばよい。フィッシャーのMが増加すればPも増加するという説明は、昔からある貨幣の中立性を数学的に洗練して叙述したものである。

ミルトン・フリードマンに代表されるマネタリストは、Q/Vの構造に長期的な安定傾向を見いだし、短期的には貨幣の中立性が満たされないことはあるが、長期的には満たされるとする。このため貨幣量が増加すると一時的に実質GDPまで拡大することはありうるが、長期的には実質GDPは完全雇用できまる水準に低下し、物価Pの上昇をもたらすだけだと考える。Q/Vは一回あたりの発注ロット数の平均値をあらわすが、フリードマンは経済の期待成長力や期待収益率の多寡によって、1回あたりの受発注量が増減することは短期的に観察できる事実であるが、長期の統計においては安定した関係にあると実証した(この功績でノーベル賞を受賞)。

交換方程式は取引経済の実態そのものの数式化であり、かならず両辺が一致する。限定された期中における交換のみに着目した恒等式には、来期以降の不確実性に対する予測やそれに対する準備という概念を一見必要としない明瞭さがある。一方でケンブリッジ方程式は貨幣選好kにもとづいて現金残高は特定の水準PYに対しても変動する。マーシャルのkは経済全体がどの程度の含み資産をもっているか、経済成長力(自然利子率)がどの程度か、投資収益率(名目利子率)がどの程度か、などといった状況にも左右されるかもしれない。

フィッシャーの交換方程式と、マーシャルのケンブリッジ方程式は、本来まったく別のアプローチから通貨量と物価の関わりを記述したものである。流通速度(PQ/M)の逆数が貨幣選好であると読み換えることの根拠はない。しかしQとは相殺取引等を前提とせず、不動産や債券など金融資産の売買を考慮せず、中間生産物の売買を除去すれば国富・国民経済計算の観点からは実質的な価値(実質GDP=Y)そのものであり、また統計的にはMやPは共通した統計量であり、二つの方程式を統合した分析は信用サイクルの分析などに重要な示唆をあたえている。

現実にはマーシャルの現金残高方程式の過程、すなわち貨幣量(流動性)が増減することで実体経済Yが深く影響を受ける効果があることは無視できない。

>有効需要

詳細は「有効需要」を参照

貨幣量の増加は、実質金利の低下へつながる。この結果、設備投資の増加へつながり乗数効果で有効需要が増加する。有効需要の増大は生産の増大、あるいは物価の上昇へ結びつく。

>貨幣錯覚

「貨幣錯覚」も参照

流通貨幣量の増減は、事前に約束され容易に変更されることのない数値である金利や賃金、社会保障、税、および資産価格などに対する評価の修正を通じて経済活動全般に影響を与える。

>ケインズによる解釈

一般化された記述[編集]
e = e_d(1 - e_e\cdot e_0 (1- e_w))
ここで
e は貨幣量の変化に対する物価の弾力性
ed は貨幣量の変化に対する(貨幣で測られた)有効需要の弾力性
ee は(賃金単位で測られた)有効需要の変化に対する雇用の弾力性
e0 は雇用の変化に対する産出量の弾力性
ew は(貨幣で測られた)有効需要の変化に対する賃金単位の弾力性

である。

ケインズによれば[8]、貨幣数量説では、ed = 1であるとともに、失業の存在するときはew = 0、ee e0 = 1よりe = 0となって物価が不変となり、完全雇用に到達するなり、ew = 1、ee e0 = 0よりe = 1となって物価は貨幣量に正比例して変化すると主張されているとする。

これに対してケインズは、流動性選好・資本の限界効率・消費性向の諸制約によってed = 1とは限らず、ew は完全雇用の到達以前に貨幣賃金率などの上昇が見られるため0と1の間の値を示し、ee e0 は収穫法則の制約によって1と0との間の値を示すことから、e は通例1より小であると一般化することができると考え、これを貨幣数量説の一般化された記述と呼んだ。

(引用終わり)

このようにケインズで初めて雇用の要素を取り上げています。
他の人間は、通貨のバランスのことより頭にありません。
特に最近の雇用情勢の悪化はグローバル化と生産手段の発達にあるのですが、それを考えようとはしません。
要するに、彼らは現状分析をしているだけです、それも後手に回って。
現状の経済学と言うものが、何の為に存在しているのか。

経済(金融)のための経済学(金融工学)でよりありません。
それでは、経済を研究し、論じるとは何の為であるのでしょう。

これが現状の経済学の実態であり、もはやその数式は全て見直す必要があるのです。
このスレッドのNO116〜118の実態があるにも関わらず、全く効力のない戯言を弄んでいる経済専門家は恥を知るべきであります。
既成の経済理論こそ、実質の通貨の発行を野放しに許している。
国家経済を会計理論でまとめようとしている。
会計学上の理論では、国家、そのものが存在しない、活動停止であり、世界中にそのような国が既にあるはずである。
日本が1000兆円の債務を抱えながら、破綻しないのはなぜか。
国債の引き受けての95%が屋内であるからと言う理由が、まさしく通貨発行の原理を証明している。

中央銀行制度にこだわっているから身動きが取れない、先が見えないのである。
通貨発行権を国家(国民)に取り戻し、将来の為の現実にあった経済理念を立てねばならない。

資本主義のシステムも、基本的な見直しが必要な時代になってきたのである。
これができればユダ菌などは、自然と力を失って行く。
既存のルールの下でユダ菌に戦いを挑んでも、もはや勝てはしないのである。
通貨発行権を国家が持ち国民の為に適正に運営すれば、ユダ菌が何京円の通貨を溜め込んでいても、それは紙くず同然となる。

国家が、その生産力に見合った分だけ通貨発行権をもち、国民経済をリードしていくのが本来の有り様である。
それで深刻なインフレなど起きないのに、何故やらないのであるか。

これが出来るのが現代であり、人類の発展の成果であるのだ。
未来の社会であるのだ。

メンテ
資本主義の限界! ( No.123 )
日時: 2016/03/08 23:34
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:t3zNFEeM

いままで経済の現状を言ってきました。

従来の経済の理論では、大きな問題の解決は出来ないし、専門家の間で、やる気もないことを証明してきました。

アベノミクスを批判しても、日銀の政策を批判しても、何も変わらないととはお解りと思います。
ましてや、過去の歴史に範を求めていても何のサジェッションも得られません。
資本主義のシステムの矛盾については、今更言わなくてもマルクスが、150年も前に驚くべき洞察力で証明しています。

しかしながら、そのマルクスでも見抜けなかったことがあります。
それは生産技術の発達で需要と供給の関係で全人口の生活の基盤を抱合することができなくなっていること。
要するに景気が良いにも関わらず失業者、ワーキングプアーが増大し続けていること。
それに続いて社会福祉政策では困窮者を救えなくなって来ていること。
実質的に富の再配分が機能しなくなってきていること。

また、マルクスは資本主義の欠点を洞察しているものの対案は出せていません。
資本論があるではないかといわれるでしょうが、

資本論では、とても資本主義の理念に対応できるほどの内容がありません。
資本主義にとって変わることができないことは歴史が実証済です。

大きな理由は、労働価値、剰余価値などの概念で、人間社会、人間活動を抱合し得ない事を見落としているのです。
グローバル化によって経済の循環域が広くなり、生活ができない地域、人たちを生み出していて、それは資本論では解決できません。
キリスト教などの一神教の教義が神と子と言う対話に基づいているように、資本論世界は、資本論と大衆が個別に関係させる世界に過ぎません。人間性に基づく社会が構成できないのです。

と、言うことで、資本主義を否定しても、現行のやり方を非難しても、何も変える事はできないと言うことです。
そう言う事も、多くの皆さんは、もはや解っておられるはずです。

で、あれば、座視して流れに身を委ねるか、
思い切って現状の資本主義から抜け出すかでしょう。
しかしながら「抜け出す」と言う言葉は解っていても、行動する術は見つかりません。

現代は、抜け出す方法を模索しなければ成りません。
それが成ってこそ、未来が見えてくるのです。
逆に、未来を考える為に抜け出す方法を探らねば成りません。

我々自身の中に定着している、このシステム、それも、確かにここ100年は、そのシステムの恩恵でここまで恵まれた生活ができている、そのシステムを批判するには大きな勇気も必要で、我々自身が決意を示さねば変える事はできないものであります。

資本主義の限界と言う言葉で暗示されている意味を真摯に、大きく受け止める必要があります。
資本主義のシステムは、万人の幸せを求めるシステムとしては退化を初めている事を厳しく受け止めねばならない。
文明史的転換の時期に来ているのではないでしょうか。
メンテ
通貨の話し ( No.124 )
日時: 2016/03/13 15:37
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:tc/rUv6E

国家が国民の為に国づくりをしてきたかと言えば、そのような時代はなかった。
口実は民の為と言いながら、その実、支配階級の為の国づくりに過ぎないのが封建時代であった。

民主主義社会となって、ようやく国民が国民の為の国づくりができるようになり、実際に社会福祉制度が充実してきたものである。
それを可能にしてきたのは、産業の発展であり物質的な豊かさである。

ところで、国民一人一人の生活と言う面で見れば、昔は天災などで、言うに言われない危機を迎え死活の問題が常に生じていたものである。
これに対する国家の救済策は微々たるものであり餓死者が続出する有様であった。
現代社会では、どうであろう。
なるほど食料品の確保について、先進国と言われている国々では国民を餓死に追い込むような事はなくなった。
だが、生きるための働く場所を失った国民は、やはり餓死と直面しなければならない。
餓死にいたらなくても、生活に困窮している様は、封建時代の実情と変わらない。

これに対して民主主義社会では経済の有り様で切り抜けられると思い込んでいる。
景気をよくすることで、問題が解決できると決め込んでいる。

自由主義経済論者は一様に景気が回復すれば、富の分配が行き渡り、困窮者を救うことができると言うが、そのような話は絵に書いた餅であることは、多くの人の実感となっている。

現代社会は食料品も他の商品も配分するに十分な量が確保されている。
現代社会の課題は、生活に必要な商品を手に入れる為の通貨を、如何に配分できるかである。

通貨の概念は、従来からこのようなものではなかった。
ここに大きな通貨の概念の変遷が必要である。

だが、通貨と言えば、通貨の信用度とか、価値をどのように置くかの面でのみ議論となる。
そのような理論は、理論的には全て根拠がなくなっていることも見ようとせず、ひたすら現行の制度の維持の為に議論を行い、現代社会が直面する大きな問題に見向きもしない。
それが現代経済の専門家のほとんどの姿勢である。

7京円と言われている通貨の総量を、通貨の信用とか価値の面で担保できるはずはない。
また、通貨を信用度とか価値の面で規定する必要もない。

通貨とは、サービスを含む物物交換の印でありルールであるに過ぎない。
通貨管理とはルールを守らせることである。
ルールさえ守らせれば通貨の増減は問題とはならない。

その制約の中で、国民は働くことによって通貨を得る権利をようし、国家はそれを保証しなければならない。
市場主義経済のシステムを維持するだけの目的で通貨の管理をすることは許されない。

もちろん、インフレなど経済の流通に悪い要素が出ないような管理は当然のことである。
それさえ満足していれば、通貨は単なる経済の道具ではなくなり、通貨そのものを主体として政策に反映することができる。

これは、通貨を直接ばらまくと言ったことではない。
あくまでも仕事をしてこそ通貨が得られると言うシステムは、人間社会での人間性を維持するために絶対に譲れないものである。

初めに戻り、以下の事は、何万年生きてきた人類が初めて到達した環境であるのだ。
これを正確に受け取り、新しい文明の基盤としなければならない。

従来の資本主義のシステムから抜け出さねばならないし、抜け出せるはずである。

>現代社会は食料品も他の商品も配分するに十分な量が確保されている。
>現代社会の課題は、生活に必要な商品を手に入れる為の通貨を、如何に配分できるかである。


メンテ
「ポジティブマネー」 ( No.125 )
日時: 2016/03/13 18:35
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:d2lAkl4M

「ポジティブマネー」(負債とならないおカネ)
このような考え方があるのか。

要するに、このスレッドで主張している、通貨発行権とか通貨の増刷の考え方について、同様の考えが世界規模でおきているというkとです。


英国で提案されている改革案は、このいずれでもない。もっとずっと単純明快で、イングランド銀行が直接政府に新しく発行された通貨(と言っても実際はコンピュータに書き込まれている残金の数字を書き替えるだけだが)を供給するというもの。国債も残らないので将来世代への借金ではなく利払いの義務も無いし、国債の暴落等の心配もない。国庫にある残金の書き替えの作業は20分で終わり、たったそれだけで国家の危機が救われるのだからすごい。
必ず問われるのはインフレにならないかということだが、この答えも極めて明快だ。通貨発行はイングランド銀行のMonetary Policy Committee(MPC、金融政策委員会)で、政府等、いかなる圧力からも隔離された状態で、透明性を保って行われる。新しく発行されたお金は減税や公共サービスや政府の借金の返済等に使われる。経済が安定し、政府の借金が軽減されるにつれ、マネーサプライも増加し、生産力も強化され人口も増えてくる。
金融政策委員会がどれだけ通貨を発行すべきかを決定するが、それは政府によって定められたインフレターゲットに従う。政府は通貨発行量について金融政策委員会に圧力を掛けることは許されない。金融政策委員にとっては、通貨発行量を多くし過ぎるとインフレターゲットからはずれてしまい責任問題になり、何のメリットもないから、この仕組みでインフレになるという心配は全くない。


>英国で進行中の通貨改革の取り組み
http://www.shukousha.com/column/hirota/3758/

2014年12月1日
 今回は社会的連帯経済とは直接は関係ありませんが、その成長に大きな影響を与える通貨制度について英国で進行中の面白い取り組みがありますので、それについてご紹介したいと思います。

 現在の通貨制度が持続不可能な理由については、この連載の第18回ですでにご紹介していますが、その理由を簡単に紹介すると、以下の通りです。
銀行融資としての通貨発行: 私たちが現金や預貯金などの形で持っているお金は、元をたどれば政府や地方自治体、民間企業や個人などが銀行からの融資として創造されたものです。銀行は元金のみならず利子をつけた返済を要求するため、常に社会全体では債務総額が通貨流通額を上回っており、常に誰かが新しく借金をしない限り、椅子取りゲームよろしく誰かが経済破綻を強いられます。
複利による指数関数的経済成長の強制: 融資の返済の際には、元金だけでなく利子も支払う必要がありますが、この利子が直線的(1, 2, 3, 4, 5, 6…)ではなく指数関数的(1, 2, 4, 8, 16, 32…)に成長するため、無理な経済成長が強制され、そのうち破綻します。なお、自然界で指数関数的な成長を果てしなく続けるのは、ガン細胞だけです。
貧困層から富裕層への富の再分配: このような利子は、個人的に借金をしていない人を含めて、誰もが間接的に負担しています。たとえば地下鉄に乗る場合には運賃の一部が、建設費にかかる利子の返済に充てられています。このような利子負担も計算に入れると、社会の大多数の人たちが利子収入よりも利払い額のほうが多いのに対し、一部の富裕層だけが儲かる仕組みになっています。

 この中でも、特に問題視されるのが最初に取り上げた、銀行債務としての通貨発行です。私たちは通貨発行というと、中央銀行(日本の場合は日本銀行)が一万円札などのお札を発行する状況をイメージしがちですが、日本を含む世界の大多数の国では通貨の大半は現金ではなく銀行預金として存在しており、多くの場合これらが実際に通貨=支払手段として使われています。私たちの日常生活でも、クレジットカードでの支払いや公共料金の銀行引き落としなどの形で、現金を使わずに決済を行うことは珍しくありませんが、このため現金のみならず銀行預金も通貨としてみなすことができるのです。実際、2014年10月現在での現金(紙幣やコイン)の流通高は91兆8447億円ですが、銀行の各種預金を含めた通貨供給量は1197兆5567億円となり、実に現金の約12倍もの通貨が銀行預金として存在しているのです(諸外国の数字についてはウィキペディアのこちらの記事を参照)。

 これら銀行預金が生まれる背景には、準備預金制度があります。法律により銀行は、預金額のうちごく一部だけを現金という形で保有しておけばよいため、預金者からの現金をベースとして、それをはるかに上回る額を貸し付けることで、通貨を創造することができます。現在の日本では預金の種類によってこの割合が異なりますが、それでも0.05%〜1.3%という非常に低い数字になっています(詳細はこちらで)。例えば、定期預金の総額が1兆2000億円までの小規模金融機関の場合は準備率が0.05%になっており、これにより定期預金を1兆円預かっている金融機関の場合、そのわずか0.05%(5億円)のみを現金として保有していればよいことになります。また、英国や豪州、カナダなどではそもそも準備預金制度が廃止されているため、手持ちの現金額に関係なく民間銀行は、好きなだけ通貨創造ができるようになっています(この件についてのウィキペディアの記事(英語))。

 このような準備預金制度により、実際に通貨を創造しているのはもはや各国の中央銀行ではなく、商業銀行となります。そして商業銀行は、実体経済のニーズとは関係なく、あくまでも自分たちの利益を最大化する目的で融資=通貨発行を行います。このため、バブルの時期には融資が必要ない人にまで積極的にお金を貸し出すのに対し、一旦バブルが崩壊すると貸し渋りや貸し剥がしに入り、債務を返済できない個人や企業が次々に破産に追い込まれてしまうのです。これにより、好景気のときには景気が過熱してインフレ気味になる一方、一旦不況になるとさらに通貨供給が制限され、デフレによりさらに企業経営が苦しくなる状態に追い込まれる、という形で、景気循環の波が激しくなるのです。

 また、どのような事業が融資を得られるのかを銀行が決定するこの制度下では、事実上銀行が各国経済の構造を決める役割を果たしています。銀行が製造業に積極的に融資する国では製造業が発達し、不動産に積極的に融資する国ではバブルが発生します。ロスチャイルド家による「私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。そうすれば、誰が法律を作ろうと、そんなことはどうでも良い」という発言が残されていますが、まさに通貨発行権を握る銀行こそが、経済を握っていると言えるのです。

 この状況を問題視し、通貨改革の運動を巻き起こしているのが、英国にあるポジティブ・マネー(Positive Money)という団体です。この団体は、新経済学財団(New Economics Foundation)という財団のスタッフを中心として5年ほど前に発足しましたが、当初から債務としての通貨発行そのものを疑問視しており、研究書の出版や動画の制作、そして英国各地での講演会などを通じて、上記のような主張や、以下のような提案(こちらのサイト参照)を英国社会に伝える活動を続けています。

民間銀行から通貨創造権を剥奪し、民主的で透明かつ説明責任のあるプロセスに戻す:
民間銀行が通貨創造権を握ると、好景気の時には通貨創造をし過ぎて金融危機を招き、景気が悪くなると貸し渋りや貸し剥がしにより通貨創造を控え、不況を長引かせたり失業を増やしたりします。このような銀行に通貨創造を任せることはできず、また規制もできません。このため、銀行から通貨創造権を剥奪して、より民主的で説明責任があり、誰が通貨創造権を持ち、どれだけ通貨創造が行われ、通貨がどのように使われたかについて、透明性により誰もが理解できるようなプロセスに移行する必要があるわけです。このプロセスの担い手がイングランド銀行になるのか、それとも新しい機関が設立されるのかはわかりませんが、いずれにしろ英国議会に対して説明責任を負い、権限の乱用を防止する仕組みが必要です。通貨量が多すぎるとバブルや金融危機が、通貨量が少なすぎると景気後退が起きるため、適切な通貨量が発行されるようにしなければなりません。

2.債務ではない形で通貨を創造:
債務としての現在の通貨の問題は前述した通りですが、そうではなく政府が通貨を創造すれば、誰も債務を負わなくて済みます。銀行融資ではなく政府国庫からの支出を通じて通貨が流通すれば、実際の経済を刺激し、雇用を生み、普通の人たちが債務を減らすことができるようになります。

3.金融市場や不動産バブルではなく実体経済に新しい通貨を注入:
現在は銀行が創造した通貨の大部分が金融市場や不動産に注入され、住宅価格が上がり富の不均衡が増している一方、雇用は生まれず、生活費が高くなり多くの人たちの生活が苦しくなっています。そうではなく新しい通貨では公的支出や減税、あるいは市民への直接給付という形で使用されるべきです。これにより通貨が非金融経済、すなわち実体経済で使われるようになり、実体経済が成長し、雇用を生み出すようになるわけです。

 今年(2014年)になってから、同団体の主張が幅広く認められるようになりました。まず3月には、同国の中央銀行であるイングランド銀行がその季刊報で、現在の通貨の大部分が銀行融資として発行されており、このため中央銀行である同銀行でさえ民間銀行による通貨発行を完全に制御できるわけではない点を認めました(季刊報の関連記事へのリンクはこちらおよびこちら)。次に、英国の経済紙フィナンシャルタイムズの主筆コメンテーターであるマーティン・ウルフ氏がポジティブ・マネーの主張に賛同し、2014年4月25日に「通貨創造権を銀行から剥奪せよ」という題名の記事を執筆しています。ウルフ氏はその後も同様の主張を行い、たとえば2014年9月9日には以下の講演を行っていますが、普通の社会運動家ではなく、金融界を熟知し、影響力のあるウルフ氏がポジティブ・マネーと協調していることは、特筆に値するでしょう。

そして、何よりも注目されるのが2014年11月20日に英国庶民院で行われた、通貨創造に関する議論です。ポジティブ・マネーによる啓蒙活動が功を奏し、1844年以来実に170年ぶりに、英国の与野党の議員がこの問題に関して検討を行いました。正直なところ参加者はそれほど多いものではありませんでしたが、現在の通貨制度に問題があり、それを改革する必要がある点では、与野党を超えた合意が示されました。

まず、保守党のスティーブ・ベイカー議員が問題提起し、民間銀行による通貨創造の諸問題、労働の対価としての収入と金融取引の結果としての収入の性格の違い、現在の通貨制度による富の集中、量的緩和の問題点などを指摘した上で、従来の通貨理論に挑戦する研究および暗号通貨(ビットコインなど)への財務大臣の関心を歓迎し、通貨制度改革に向けた英国政府の取り組みの継続を訴えました。さらに、地域通貨などの補完通貨の創造や流通への規制を撤廃し、これら通貨建ての取引の場合には付加価値税を免除したり、あるいは所得税などその他の税金を地域通貨建てで支払えたりするようにすべきだと主張しました。

 次に労働党のマイケル・ミーチャー議員が、英国では銀行からの融資が不動産投機にしか行かず産業振興にほとんど向けられていない点を問題視し、議会として投機ではなく産業振興のために融資を向けさせるべきだとして、具体的には昔の日本の窓口指導のようなものの導入や、民間銀行からの通貨創造の剥奪および中央銀行への同権限の一任を提案しました。基本的に、ポジティブ・マネーやマーティン・ウルフ氏の主張に沿ったものだと言えるでしょう。

 これに続いたのが保守党のピーター・リリー議員で、通貨創造についての英国知識層の無知が今回の危機を招いたと切り出し、銀行が自ら保有していない通貨を無から生み出し融資している点を指摘しました。また、経済危機により十分な通貨供給が行われていない現状を問題視した上で、特に貧困層に向けた通貨発行が必要だと訴えました。

 その後、労働党のオースティン・ミッチェル議員が銀行による通貨創造を政府が制限すべきだと訴え、量的緩和をすること自体は問題ないが、銀行の救済ではなく産業振興に振り向けるべきだと提案しました。保守党のザック・ゴールドスミス議員は、現在時点で低すぎる準備預金率の引き上げや量的緩和の産業への投資を主張していました。さらに、アンドリア・レッドソム大蔵省経済局長が、商業銀行による通貨創造やその問題点を認めたものの、ポジティブ・マネーの政府通貨の提案に対しては疑念を呈しました。なお、ポジティブ・マネー側では同局長に対して以下のような回答を寄せています。

 この英国議会での議論の内容自体は、ポジティブ・マネーの支持者にとっては正直なところ、それほど目新しいものではありません。しかし、ここで重要なのは、通貨創造に関する問題を英国議会が重要視し、今回の討論を通じて通貨制度改革に向けた議会内での取り組みが始まったということです。幸いにしてポジティブ・マネーの主張は与野党双方に理解され、双方から積極的な提案が出されたことで、ポジティブ・マネー側もこの内容を評価する記事をインターネット上で発表しています。

 ポジティブ・マネーの提案が今後どのような展開を見せるかは分かりませんが、通貨統合により自国内だけでは通貨制度の変革が難しいユーロ圏諸国と異なり、今でも英ポンドを使い続けている英国では、このような通貨制度改革が比較的やりやすいため、ポジティブ・マネーの動向に、今後も注目していきたいものです
メンテ
通貨の価値の話し ( No.126 )
日時: 2016/03/15 01:42
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:i4zuF0pw

通貨の価値と中央銀行制度の罠

<中央銀行がマネーを増刷する仕組みと、
その信用の元になるものは何か?>

まず通貨の価値について検証しましょう。


古代蒙古では、専売品とされていた塩の引換券「塩引(えんいん)」を発行し、通貨である銀と交換して収入を得るというものです。これは塩そのものを転売するのではなく、塩とリンクさせたいわば有価証券のようなもので、紙幣としても使用されていた。

>不換紙幣に至るまでの兌換紙幣の全盛時代は。
(金貨の時代)
ベネチアはアドリア海に浮かぶ海上都市です。中世からルネサンス期ま
で、西欧の国家は、城壁で囲まれた都市国家でした。ベネチアは、東方
貿易を発達させた商人の国でした。

中東から香辛料を輸入し、西欧の貴族に、高く売っていたのです。肉は
、焼くとき香辛料を振れば美味しくなる。地主だった貴族の食卓で使わ
れる香辛料の一握りは、宝石と交換されるくらい高価でした。この東方
貿易で、ベニス(英語)の商人はヨーロッパ中の金を、集めます。

中世のベニスで発達したのが、金のアクセサリーや宝飾でした。海の都
市ベネチアに行くと、今もサンマルコ広場の周辺が宝飾を売る店で溢れ
ています。金を集めていたメジチ家の本拠フィレンツェにあるベッキオ
橋も同じです。当時のマネーは、当然に金貨でした。
(兌換紙幣の登場)
貴族や大商人は、貴金属を金細工師(金匠)に預け、修理や別の装飾品
を作ってもらう習慣がありました。パーティで夫人が飾って見せびらか
す衒示的欲望(ヴェブレンの用語)のためです。権勢を示すのが金でし
た。

宝飾を預かった金匠は、「純金の含有量を計って金証券(セキュリティ
=証券)」を発行します。

金貨も、安全のため金匠の金庫に預けられるようになって行きます。当
時は、武装した強盗が多かったからです。

13世紀にはじまった金証券は、100年、200年を経て、金貨の代わりに買
い物に使われるようになってゆきます。「金証券=金=紙幣」になって
行ったのです。

(硬貨)
硬貨はローマ時代にも鋳造されている。当時は、金貨でなくてもそれなりに実態価値があるもののようでした。
我が国では中国の明の永楽銭が残っていますが、どれくらいの実態価値があるものであったか解りません。
もともと通貨というものは物物交換の媒体であり、貝殻や骨など、特に実態価値があったとは思えません。
(兌換紙幣の時代)
また経済が進歩して金本位制と言う概念が成立した時代でも金貨の流通は一部のことであり、概ねは兌換紙幣でまかなわれていました。
兌換紙幣は、その金額相応の金貨の譲渡できる請求権です。
近代資本主義は、この兌換紙幣のシステムと共に発展してきました。

(不換紙幣の時代)
もともと金貨だけで世界の通貨を賄えることなどなかったのですが、兌換紙幣と言っても、実際に発行している通貨の量に比べると各国とも保有す金の量は知れていました。
産業革命以降、経済の発達で膨大な商品の出現を見て、兌換紙幣と言う概念は、もう維持できなくなり不換紙幣が登場することになりました。
紙幣の本質は譲渡できる「請求権」です。1万円札は、1万円の価値があ
るものの請求権です。

>その1万円札の価値の根拠は何かと言うと、
経済の専門家は次のように言います。

バランスシートは、資産と負債を対照したものです。
日銀の最近のバラスシートを見ます。

資産 負債と資本
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
国債保有 86兆円 紙幣発行 80兆円
貸付金 45兆円 当座預金預かり 31兆円
社債・株等保有 5兆円 国債売り現先 26兆円
米ドル保有 6兆円 その他引当金等 7兆円
その他資産 2兆円 資本金 1億円
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
日銀資産 144兆円 負債&資本 144兆円

【日銀の資産】
日銀の資産は、政府が発行した国債86兆円と、貸付金45兆円です。
金もわずかにありますが、簿価では総資産144兆円の3%の4412億円に過
ぎません(756トン:時価では3兆4000億円)。

>要するに日銀の会計上の貸借対照表が釣り合っているので通貨の価値を担保しているというのです。


日銀が保証しているという価値の実態はないのです。
また、それでGDPで500兆円を超える我が国の実体経済の流れの中で流通する通貨の価値を担保できているなど無茶苦茶な話です。
実際には、通貨の価値の考え方、ルールを決めているに過ぎません。
それよりも、インフレが起きれば通貨の価値が下がると、言った方が余程理解できます。
ハイパーインフレなどが起きると、日銀がいう通貨の価値の担保など、全く意味を成さず、結局は日銀には通貨の価値を保証する能力は、もともとないのです。


メンテ
中央銀行制度の登場 ( No.127 )
日時: 2016/03/15 13:54
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AUUu9AR2

中央銀行の登場

経済規模が発展すると、人々は、その富を追い求め流通する通貨が絶対的に不足してきた。
国家ののみならず個人においても債務が発生してきたことも認識しなければならない。
流通通貨が主に金貨の場合、材料の金に不純物を混ぜて通貨の増加が図られた。
>金貨の時代は、中央銀行のマネーは改鋳から生じていた

さて、そう言うおり、一人の英雄が現れた→中央銀行構想の登場
ジョン・ローが作ったフランス王立銀行(1716年〜)

ルイ王朝の末期は、政府財政は赤字が続き、国債の残高(30億リーブル
)は、1年間の税収(1億4500万リーブル)の20年分に達していました。

国債の金利が5%なら、税収の全部が、金利の支払いだけで消えます。
王家の支出、官僚の給料、兵士の俸給は、まるで払えない。

当時のフランスは、ベネチア流の民間銀行はあっても、金貨と金証券の
時代でした。幼いルイ16世の摂政を勤めたのが、オルレアン公フィリッ
プでした。

サロンには、貴族用のカジノがあり、カジノを主宰していたのが、英国
から流れてきた、才気煥発で貴族に声望が高かったジョン・ローでした
。ジョン・ローはオルレアン公に近づき、3つの革新的なアイデアを提
供します。

(1)フランス中の金貨を、預かり証を発行して集め、20%の含有を減
らすよう改鋳して再発行する。これで、フランス政府は、国内の全金貨
の25%の収入を得る。

更に、大量の持ち運びは不便で、安全な保管にも問題がある金貨に対し
ては、政府が、ベネチア流に金証券(兌換紙幣)を保有金を超えて発行
する。兌換紙幣は金と交換できるものですが、その90%が交換要求され
ないことが、ベネチアの金匠の経験から分かっていたからです。

(2)王家の土地を担保にした証券(紙幣と株)を発行し、国民に売る
。国民は金貨で株を買う。これによって、政府は、増税したのと同じ金
を得る。

(3)フランス国民が行ったことがないアメリカの新大陸に、金を採掘
する「ミシシッピ会社」を作ったとして、株を売る。

この株の配当は、金ではなくフランス国債で払う。当初は政府は信用さ
れ、「ミシシッピ会社」の株券はブームを呼び、10倍に上がります。

以上が、世界の、紙幣を発行する中央銀行の発祥でした。
ほぼ300年前の18世紀のことです。

最初、フランス中に、紙幣になったマネーが溢れたため、商品購買が増
え、経済が活性化します。需要が増えたため物価も上がった。増発され
た紙幣がインフレを呼んだのです。

紙幣を発行したジョン・ローは、フランスを富ませた英雄になった。
しかし、これは約4年間だけの、つかの間のことでした。

(注)紙幣を増発した政府が信用されていた4年間という期間は、重要
です。

ミシシッピ会社の工員として雇われアメリカに渡り、帰って来た人たち
が、「株価に見合う金は、発掘されていない」ことを言い始めます。株
価は、「嘘と本当」の評価の間で、乱高下する。いつまで経っても、本
当の埋蔵量が分からない金鉱山の株価と同じです。

4年後のある日、金と交換できる兌換紙幣を満載した貴族の馬車が、王
立銀行に乗り付け、金貨との交換を要求します。王立銀行には、発行さ
れた兌換紙幣に相当する金はないと感じた貴族がいたからです。

パリ中が騒ぎになって金貨への交換要求が増える。金鉱山株だった「ミ
シシッピ会社」の株も、高値で売られて利食いされる。

危機を感じたオルレアン公(政府の本当の金保有高を知っている)は、
金貨の使用を禁止する法令を作りますが、王立銀行の窓口での交換要求
は、逆に日増しに増え、混乱と暴動が生じます。このため、数日で金貨
の保有を禁じる法令は取り下げられます。

政府は、不足した金貨に換えて銅貨も発行します。紙幣を袋一杯の銅貨
に換え、舗道を引きずって歩き、これで安心と満足する人もいたからで
す。

この間、大量発行されていた紙幣の価値は1/10に下がり、フランスの
物価は10倍に上がったという。

政府は今度は、インド会社を作り、貿易の独占権を与えようとして、株
を発行します。国民から金貨を得るためです。

ところが、これには特権を取り上げられた数千人の貿易商が反抗したた
め、議会は承認を拒否します。そして、いよいよ王立銀行に、ゴールド
がなくなったのです。国民には、根拠のない紙幣と株だけが残った。

最後は、政府が年金の支払いに充てていた額面1000リーブルから1万リ
ーブルの高額紙幣を、インド会社株の購入にしか使えなくします。つま
り、兌換紙幣の無効化、無価値化です。預金封鎖ではありませんが、預
金封鎖に似ています。

以上が、紙幣を発行したフランス王立銀行の帰結でした。

(引用終わり)

ここに現在の中央銀行制度の仕組み、彼らがいう通貨の価値の担保について、全てが物語られている。
しかも、彼らが想定している通貨の価値の担保の基準が、如何に脆く、不安定なものであるかを。
次に、現代の中央銀行の有り様の一部を紹介します。


■1.最初に、ユーロの中央銀行の仕組みから

【ユーロの中央銀行の仕組み】
米国には中央銀行としてFRB(連邦準備銀行)が、日本には日銀がありま
す。中国には人民銀行です。

17ヵ国がそれぞれ別の国家機構を残したまま、通貨連合を作ったユーロ
は、特殊です。この仕組みを知ることは、「どこがマネーを出したのか
」を知る上で役立ちます。

ECBの本部は、ドイツのフランクフルトにあります。そして加盟17ヵ国
には、それぞれECB傘下の中央銀行があります。

アテネには、ギリシアのECB支店がある。90年代まではドラクマを印刷
していましたが、2000年以降はドラクマの印刷はできません。

【事例】
ギリシアの民間銀行が、ドイツの民間銀行に借りていた1000億ユーロ(
10兆円)の満期が来て、支払わねばならないとします。しかし、ギリシ
ア国債の不良債券を抱えるギリシアの銀行(アロム銀行など主要20行)
には、そのマネーがない。

銀行間で借りようとしても、短期資金の市場は消えています。ギリシア
の銀行に、1週間でも、ギリシア国債を担保にして貸すユーロの銀行が
ないということです。(注)スペイン、ポルトガル、イタリアの銀行に
対しても貸付けする民間銀行が消えています。これが、金利の高騰です


【ECBの支店と本部】
以上のため、ECBアテネ支店は、フランクフルトにあるECB本部(元はド
イツの中央銀銀行)に、1000億ユーロを貸してくれるように依頼します
。ECBアテネ支店が、ギリシアの民間銀行に1000億ユーロを貸すためで
す。こうした時期の銀行の資金繰りは、綱渡りです。

ECB本部が、アテネ支店への融資を断れば、ギリシアの銀行の同時破産
(デフォルト)です。1000億ユーロが戻ってこないドイツの民間銀行も
、資金不足から同時破産するでしょう。

これを防ぐためECBの本部は、1000億ユーロ(約10兆円)を印刷し、ギ
リシアの銀行の代わりに、ドイツの民間銀行に、その1000億ユーロを振
り込みます。(注)実際は、口座への金額振り込みです。

以上で、ECBの本部が、アテネのECB支店に、1000億ユーロを貸し付けた
ことになるのです。アテネのECB支店は、この1000億ユーロを、ギリシ
アの民間銀行に貸し付けます。

これが、3月危機を回避したユーロのマネー印刷の仕組みです。

(引用終わり)

諄々と説明されているようであるが、何かが抜けているのである。
それは国家自身が通貨の発行をした場合の想定がないのである。

メンテ
通貨の増刷 ( No.128 )
日時: 2016/03/16 16:44
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:KRE/8q1w

通貨の増刷はタブーと言われているが、こんな規制こそ鼻白無むものはない。

通貨は金貨の頃からどの独裁者も増やす試みをしてきた。金山の開発に必死であった。
もともと物々交換の媒体であった通貨であるが、通貨、そのものに価値をおいてから、特に紙幣が登場してから、一方では通貨の増刷をタブーとし、一歩では信用通過を含め増刷に次ぐ増刷をしてきた。

現在通貨発行残高が7京円と推定されているように、その総量は誰にもわからない。
それも殆どは有利子の債権と言う形で出されてきた。
債権と言っても、それは形だけの空手形。紙くず同然に、そこらに散らばっていることであろう。

現状の通貨増刷が、金融システムの維持のためやら、何やらとユダ菌なお金融資本を息づかせるには有効でも、実体経済にはほとんど反映されなかったことを反省し、最近は「ポジティブマネー」と言う通貨の概念が取りざたされはじめた。

要するに、具体的な施策を進めるために通貨の増刷をあてては どうだろう、と言うものである。

通貨の増刷による悪影響は次の3点が考えられる。

1 ハイパーインフレが起きる。

1 為替相場が混乱する。

1 人間性の破壊心配である。


今までは、何とか表向きの通貨の増刷はタブーとし、金融面の帳尻合わせに限っていたが、世界中が債務国に転落し、社会福祉制度が維持できなくなり、多量の経済格差、失業者を排出するようになった、現在、我々は通貨の増刷と言う意味を直視し、考えて行かなければならない。

本当に、タブーとしなければならないのか。
答えは、否である。

既に人類の通貨史は通貨の増刷の歴史であるのだ。
メンテ
ハイパーインフレ その1 ( No.129 )
日時: 2016/03/17 01:47
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:sbyxvw9M

前回のレスでハイパーインフレに触れました。
通貨の増刷をすると起きる危険性が高いとされているものです。
通貨の増刷論を進めるのに避けては通れない課題であります。
それでは、世界で言うハイパ^インフレは実施にどのように起きていたものでしょうか。
最後で、ハイパーインフレについて下記のような議論があります。
単なる恐ろしい出来事おように思わないで、実際のハイパーインフレを検証して見たいと思います。

森永卓郎は「ハイパー・インフレーションは、輸入価格・人件費・利益のいずれかが極端に大きくなったときに起きる。人件費・利益が10倍になるということは考えられず、現実的なのは輸入価格が大きくなることである」と指摘している[50]。

物価(供給コストの合計) = 輸入価格 + 人件費 + 利益

経済学者の飯田泰之は「ハイパーインフレが起きる国は二通りだけである。通貨発行主体の継続性が疑われた場合、例えば外国に占領されるんじゃないかという場合と、すでに占領されてしまった場合。つまり、国が崩壊する、革命、戦争という状況下に起こりえるものである」と指摘している。

経済学者の若田部昌澄は「ハイパーインフレが先進国で起きるのは稀である。ハイパーインフレは、社会が混乱状態に陥るときに起きやすい」と指摘している。

経済学者の田中秀臣は「歴史的な経験から見てハイパーインフレの原因は、主に深刻な財政赤字をファイナンスするためのシニョリッジの利用、その帰結としての急激な貨幣成長率にある」と指摘している。田中は「『不況を解消するために行われた金融緩和が原因でハイパーインフレが起きた』という歴史的経験は存在しない」と指摘している。



それでは

西欧の古い、ハイパーインフレーションの例から

18世紀のフランス革命直後のハイパーインフレ、19世紀の南北戦争直後のアメリカ合衆国のハイパーインフレなど、歴史的には巨額の戦費調達によって生じた例が記録されている。20世紀初頭にも、第一次世界大戦直後では、敗戦後のドイツ帝国の1兆倍、帝政が終わったロシア帝国の600億倍のハイパーインフレが発生している。

トーマス・サージェントは、その論文「四大インフレーションの終焉(The Ends of Four Big Inflations)」(1982年)において、第一次世界大戦後にハンガリー(1922年 - 1924年)、オーストリア(1922年 - 1923年)、ポーランド(1921年 - 1924年)、ドイツ(1922年 - 1923年)で生じたハイパーインフレーションを分析した。これらのハイパーインフレが生じた共通の原因は、戦争後の賠償金支払いなどに伴う財政赤字の急膨張であり、不換紙幣である政府紙幣の発行による、財政赤字のファイナンスであった。

これらのハイパーインフレは最終的には、独立した中央銀行の創設、均衡政府予算に向けての一連の措置、金本位制の復帰を通じて終息している。中央銀行が財政赤字をファイナンスすることを拒否し、政府が財政赤字を民間への国債の売却或いは外国からの借入れでファイナンスすることを決めた直後に終息した。サージェントは、ハイパーインフレが終息したのは、その国が政府が財政赤字を補填する財政・金融政策のあり方を変更させたからであるとしている。ハイパーインフレは、財政再建計画を伴った貨幣成長率の管理によってほとんどが終息している。

ほかに歴史的に有名なハイパーインフレの例としてアルゼンチン、ジンバブエなどがある。

南米やアフリカの国では、政府の財政赤字を国外からの借り入れによってファイナンスする手法をとっていた。その後、海外の債権国が債務不履行を予期し、その国の貸し付けを停止する事態が起きた。結果、政府が通貨発行によるシニョリッジに依存し、財政赤字ファイナンスを行うことによってハイパーインフレが発生した。

>ポーランド

ズウォティ(ポーランド語: złoty)は、ポーランドの通貨単位である。ズウォティはポーランド語で「金」を意味し、中世以来金貨の名前として用いられてきた。1ズウォティは100グロシュ。zł または ISO 4217コードに基づくPLN(波: polski nowy, 英: polish new)と表記される。ポーランド国内ではPLN表記が優勢になりつつある。日本ではズロチまたはズオチと呼ぶこともある。

民主化以降の経済の不安定化が一段落し、激しかったインフレーションがバルツェロヴィチ・プラン(「ショック療法」経済政策)の成功により沈静化したことを受けて、1995年1月1日にデノミが実施され、旧10,000zł(PLZ、波: polski złoty、英: polish zloty)が新1zł(PLN)に切り下げられた。

>ドイツ
1914年、ドイツは第一次世界大戦勃発後に金本位制から離脱、マネーサプライは戦時中4倍に膨れ上がった。第一次世界大戦後、ドイツ経済は戦時体制と長らく続いたドイツ封鎖によって疲弊していた。さらに連合国によって、1320億金マルクの賠償金支払いが課された。これはドイツの支払い能力を大きく上回っており、また外貨で支払うことが要求されていたため、賠償金の支払いは滞った。1923年1月11日、フランス・ベルギーはイギリスの反対を押し切り、ドイツ屈指の工業地帯であり地下資源が豊富なルール地方を占領した。占領に対しドイツ政府は受動的な抵抗運動を呼びかけ、ストライキに参加した労働者の賃金は政府が保証した。既に第一次世界大戦中よりドイツではインフレーションが進行していたが、抵抗運動に伴う財政破綻によって致命的な状況へと導かれ、ルール工業地帯の供給能力を失ったために、空前のハイパーインフレが発生した。同年6月までにマネーサプライは対戦前の2000倍に増加し、一般物価水準は25000倍を超えていた。マルクは1年間で対ドルレートで7ケタ以上も下落するインフレーションとなり、パン1個が1兆マルクとなるほどの状況下で、100兆マルク紙幣も発行されるほどであった。このためこの時期のマルクは「パピエルマルク(紙のマルク)」と呼ばれる。またこのハイパーインフレを「ユダヤの紙吹雪」[17]と呼ぶ反ユダヤ主義的な陰謀論も流行り、アドルフ・ヒトラーらがミュンヘン一揆を起こしたのもハイパーインフレの危機が収束するかしないかという時期であり(1923年11月8日)、左派による地方政府掌握が発生するなど、混乱はドイツ中に広がっていた。

第一次世界大戦後のドイツのハイパーインフレでは、酒場の客は値段が上がらないまだ早い時間のうちに、数杯のビールを一度に注文しようとしたとされる。

1923年10月15日、ヒャルマル・シャハトドイツ帝国銀行総裁主導により、レンテンマルク導入が発表されたことでインフレーションはほぼ停止し、物価も安定した(レンテンマルクの奇跡)。レンテンマルクは不動産や工業機械を担保とするレンテン債権と兌換できる、レンテン銀行(英語版)が発行する銀行券であり、1金マルクと同じ価値を持つとされていたが、法定通貨ではなかった。やがて1レンテンマルクは1兆パピエルマルクと交換されることになり、事実上のデノミネーションが行われた。翌1924年にはアメリカが賠償金支払いプロセスに参加し、ドイツに融資を行うドーズ案が採択された。この資金を元にライヒスマルクが発行され、ドイツは戦時中以来離脱していた金本位制に復帰した。ドイツは相対的安定期と呼ばれる経済回復期を迎え、ヴァイマル共和政が倒れることはなかった。

しかし1929年の世界恐慌によってドイツ経済は再び崩壊した。インフレーションの再来を怖れる民衆や財界は、大規模な財政出動に反対していた。ハインリヒ・ブリューニング内閣はこの状況に対してデフレーション政策で臨んだが、状況は改善されなかった。1933年には失業率は、44%に達した。旧来の政治勢力は民衆からの期待を失い、ヴェルサイユ体制打破を掲げるナチ党の権力掌握を招いた。ナチス・ドイツ体制期においては政府支出の拡大、メフォ手形など非公式なものを含む政府債の拡大政策が行われたが、これらの累積は貨幣市場への圧迫をもたらすものであった。ドイツの経済当局は賃金や物価の上昇について厳しく押さえつけることで、インフレーションを抑制しようとした。

経済学者の原田泰は「ナチス政権は、金融緩和によってデフレーションから脱却し[要高次出典]、アウトバーンの建設、フォルクスワーゲン(国民車)の製造という産業政策も行い、景気を回復させた」と指摘している。

(続く)
メンテ
ハイパーインフレ その2 ( No.130 )
日時: 2016/03/17 01:51
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:sbyxvw9M

>オーストリア

第一次世界大戦の敗戦国であるオーストリアは、その戦後賠償金をファイナンスするために政府・中央銀行が貨幣を発行し、シニョリッジを利用した事が、ハイパーインフレの引き金を引いた。これによって、オーストリアは月率50%、年率1000%をはるかに上回った。オーストリアのハイパーインフレは1922年8月に停止した。

>ハンガリー

第一次世界大戦後にオーストリアから独立したハンガリーにも激しいインフレが襲った。独立直後に導入されたハンガリー・コロナ(英語版)の通貨価値は激しく下落し、1925年のペンゲー導入まで続いた。

第二次世界大戦後にはより激しいハイパーインフレが発生した。ペンゲーは後期の16年間で貨幣価値が1垓3000京分の1になったが、20桁以上のインフレーションは1946年前半の半年間に起きたものである。大戦後、1945年末まではインフレ率がほぼ一定であり、対ドルレートは指数関数的増大にとどまっていたが、1946年初頭からはインフレ率そのものが指数関数的に増大した。別の表現でいえば、物価が2倍になるのにかかる時間が、1か月、1週間、3日とだんだんと短くなっていったということである。当時を知るハンガリー人によると、一日で物価が2倍になる状況でも市場では紙幣が流通しており、現金を入手したものは皆、すぐに使ったという。

1946年に印刷された10垓ペンゲー紙幣(紙幣には10億兆と書かれている)は歴史上の最高額面紙幣であったが、発行はされていない。実際に発行された最高額面紙幣は1垓[33]ペンゲー紙幣(紙幣には1億兆と書かれている)である。このハンガリーのインフレは、最悪のインフレーションとしてギネスブックに記録されている。1946年8月、ハンガリーのハイパーインフレはフォリントの導入によって収束した。

1948年のハンガリーのハイパーインフレでは、労働者は1日に3回に分けて給料を貰い、給料が無価値にならないように小切手を現金化しようとする労働者の妻たちが、一日中職場と銀行の間を往復していたとされた。

(日本のインフレ)
>元禄のインフレーション
江戸時代の元禄年間、勘定吟味役荻原重秀が、幕府の財政拡大による財政赤字増大策として1695年に元禄の改鋳による金銀含有率の引き下げを行った。この改鋳は慶長小判に対し銀を加えて含有金量を2/3とし、通貨量を1.5倍にするというものであった。その結果インフレーションにはなったが、マネーサプライが増えたがゆえに太平下で物資の生産が増えてだぶつき、デフレーション気味であった経済を立て直した。また当初引替に対し慶長小判100両に対し、元禄小判101両と僅かな増歩しか付けなかったため引替はあまり進捗せず、貨幣流通量の増加が緩やかなクリーピング・インフレであった。

>宝永のインフレーション

1703年には関東諸国に巨大地震である元禄地震、続いて宝永年間の1707年に宝永地震・宝永大噴火と自然災害が相次ぎ、加えて徳川家宣の将軍代替わり、皇居の造営費などと幕府の財政は本格的に慢性的な赤字に転落し、荻原重秀は更なる銀貨の改鋳を建議した。一方で新井白石と家宣は「悪質なものを出せば天譴をうけて天災地変を生ずるおそれがある」と合意して一旦は改鋳の議は中止となる。しかし、重秀は銀座と結託し独断専行で永字銀など質を落とした銀貨を相次いで発行し、インフレーションが加速した。

その後、新井白石が幕府の歳出を減らし、正徳・享保の改鋳で金銀含有比率を慶長小判の水準に戻してインフレーションを抑制すると、不景気に逆戻りした(正徳の治#正徳金銀の発行、享保丁銀#略史参照)。

>元文のインフレーション

徳川吉宗の享保の改革においても金銀含有比率を維持するために緊縮財政を続けたが、米などの物価が下落したので、大岡忠相の強い進言により元文の改鋳を行い、金品位を低下させると共に貨幣流通量を増加させ、デフレーションを抑制した。このとき旧金貨(慶長小判、享保小判)100両に対し、元文小判165両の増歩を付けて引替え、かつ改鋳は3年程度で大半が終了するというものであったため、通貨量の急激な増大を伴うギャロッピング・インフレにはなったが景気と幕府の財政は回復し、特に財政は1758年(宝暦8年)には最高の黒字額を記録した。

>幕末のインフレーション

近世初頭に佐渡金山や土肥金山などでゴールドラッシュがあった日本では、その後の鎖国で貿易量が大幅に減った結果、国内に金が蓄積され、市場の金は比較的豊富だった。幕末の頃でも日本の金銀比価は約1:10と金安で、さらに名目貨幣である一分銀が多く流通していたため擬似金銀比価は約1:5となり、これは金銀比価が約1:15だった当時の欧米列強からは羨望された。

安政の仮条約で通商が始まると、列強は日本に大量の銀を持ち込み、小判を買い漁った。これを本国で鋳潰して公定価格で売るだけで大儲けができるからである。当時はまだ金銀交換量に制限が設けられていなかったため、これで金の大量流出が起こり、幕府は流出を防ぐため天保小判1枚を3両1分2朱の増歩通用とし、質量が3割弱に激減した万延小判と、さらに含有金量の少ない二分判を多量に発行して通貨価値(購買力平価)は飛躍的に減少した。このためと輸出による物資不足(幕府政令「五品江戸廻送令」)、諸藩の軍備近代化のための輸入増加に伴う通貨流出等の相乗効果で物価が騰貴して、庶民の暮らしは苦しくなった。これが、江戸幕府崩壊の一つの原因と言われている。

>昭和恐慌と高橋財政

濱口雄幸内閣の井上準之助蔵相が主導した金解禁により、金本位制に復帰した日本は、折からの世界恐慌にも巻き込まれ、昭和恐慌と呼ばれる深刻なデフレ不況に陥った(1930年-1931年11月の消費者物価は-10.8%)。中でも価格下落が激烈だったのは農産物で、1930年の下落率は34%に達し、農村の生活は破壊された。石橋湛山や高橋亀吉ら、従来より旧平価による金解禁に反対していた新平価金解禁派の経済学者たちは、井上の財政を批判し、インフレ誘導によるデフレ不況克服を訴えた。石橋らはインフレ誘導という言葉のイメージの悪さを忌避してリフレーションという用語を多用したという。

やがて濱口首相暗殺後、若槻禮次郎内閣を経て、立憲政友会の犬養毅内閣が成立すると、蔵相に就任した高橋是清は、事実上のリフレ政策を断行する。

金輸出再禁止後、対前年比で10%のデフレが急速に終息に向かい、国債の日銀引き受けが始まる2ヶ月前から、3%前後のインフレへと急速に変化した。

金輸出を再び禁じて金本位制から離脱し、国債の日本銀行(日銀)引き受けを通じて市場に大量のマネーを供給することで、金融緩和を推進した。同時に海外に資金が流出してしまうと、金利が上昇する恐れがあるため、1932年(昭和7年)7月に資本逃避防止法を設定して対外証券投資を禁じ、1933年(昭和8年)3月に外国為替管理法により、資本流出と為替の統制を行った。このため、国際金融市場と国内金融市場が途絶し、ポンド建て国債と円建て国債の価格差が発生することとなった。

金輸出再禁止直前である1931年12月12日の大阪毎日新聞の社会面は「金が再金論になったら-物価は飛び上がる/サラリーマンは受難だ/儲けるのは事業家ばかり/某財閥は一攫千金」という見出しで一般大衆のインフレ恐怖を煽っている。

1932年に入って、高橋財政が本格的に発動された1年を扱う、新聞はリフレ政策による景気回復を「空景気」と警戒していたが、日銀の利下げ、大蔵省債券・政府公債の日銀引き受けなどの金融政策による景気回復が本格的になると「空景気」警戒の論調は大きく後退していった。

その後1935年(昭和10年)、岡田啓介内閣の蔵相時に公債漸減の方針を打ち出し、軍事費の圧縮に乗り出し財政再建に転じた。

そのため高橋は軍事費削減を恐れた軍部によって1936年(昭和11年)2月26日に暗殺される(二・二六事件)。田中秀臣は「兵士たちはリフレ政策による景気回復の果実が自分たちの出身階層・地域に及ぶまで待つことができなかった」と指摘している[98]。

高橋財政の1932-1933年度では軍事支出は、対前年比で40-60%の伸びであったが、1934-1935年度では軍事支出は、10%台の伸びに低下している。二・二六事件後は、軍事支出は対前年比20-40%の伸びが継続していった。

高橋によって生み出されたマクロ経済政策の枠組みは、リフレーションによる景気回復という本来の目的を逸脱し、第二次世界大戦のための軍事費の調達という色彩を強めていった。その後日銀の国債引き受けは悪用され、インフレが高進した。悪用が生じた本質は軍部の専横にある。二・二六事件以後、インフレ率は10%台に上昇し、国民の消費生活は貧しくなった。

1939年には価格等統制令(昭和14年勅令第703号)が発せられ、産業資材や生活物資は公定価格に一本化され物価は商工省下の価格形成委員会(中央・地方)により決定されたが、このことは闇市の形成をもたらし、推計では1940年(昭和15年)(太平洋戦争前)ではインフレ率は16%となった[要出典](これは狂乱物価時代(1974年(昭和49年))の23.2%を下回る)。

日本銀行の調査によれば、1934-1936年の消費者物価指数を1とした場合、1954年は301.8と8年間で物価が約300倍となった。このインフレの原因は戦前から戦中にかけての戦時国債、終戦後の軍人への退職金支払いなどの費用を賄うために政府が発行した国債の日本銀行の直接引き受けとされている。第二次世界大戦中に発行した戦時国債は、デフォルトはしなかったが、その後戦前比3倍の戦時インフレ(4年間で東京の小売物価は終戦時の80倍)によってほとんど紙屑となった。
1947年にはインフレ率(消費者物価指数)は125%に達した




>戦後のインフレ

日本銀行の調査によれば、1934-1936年の消費者物価指数を1とした場合、1954年は301.8となった。つまり、8年間で物価が約300倍となったことになる。
伊藤正直は、1934-36年卸売物価が、1949年までに約220倍になったとし、1945年の水準からみて1949年に約70倍というハイパー・インフレとなった、としている。

第二次世界大戦中の大日本帝国政府の借入金総額は国家財政の約9倍に達していた。戦争中は統制経済と戦時国債の個人購入で資金を吸収することで戦争時のインフレーション傾向を抑えていたが、敗戦でこの仕組みが崩壊し、インフレーション傾向が一気に表面化した。太平洋戦争で約300万人の死者を出し、建物は約25%を失い、生産機械を35%を失い、船舶の80%を失った[11]。戦争による生産設備の破壊により民間の生産力が回復しておらず、また当初は非常に多額の敗戦国戦時賠償が予想されており、また民間設備や資産への復興需要が予想され、あるいは政府が軍発注物資の代金支払いによる通貨の供給過剰などを原因として高率のインフレーションが懸念されていた。日本国政府は当初このインフレリスクに対しては、臨時軍事費の支払を補填するものであり楽観視していたが、日本銀行およびアメリカ合衆国政府は、賠償金の支払いや民間復興需要の点からハイパーインフレーションを懸念していた。

日本国政府は、1945年(昭和20年)12月に預金封鎖と新円切替など立法化し(翌2月に緊急措置)通貨の流通量を強引に減らして物価安定に努めたが、傾斜生産方式による復興政策が始まると、復興金融金庫から鉄鋼産業と石炭産業に大量の資金が融資された結果、復興インフレが発生した。インフレーションを抑えるために融資を絞ると生産力が鈍るために、融資を絞ったり拡大したりする不安定な経済状態が続いた。結果的に、1945年10月から1949年4月までの3年6か月の間に消費者物価指数は約100倍となった(公定価格ベース、闇価格は戦中既に高騰していたため戦後の上昇率はこれより低い)[13]。敗戦後のインフレは年率59%であった。1947年のインフレ率は125%となった[15]。

このインフレの原因は、戦前から戦中にかけての戦時国債、終戦後の軍人への退職金支払いなどの費用を賄うために政府が発行した国債の日本銀行の直接引き受けとされている[9]。第二次世界大戦中に発行した戦時国債は、デフォルトはしなかったが、その後戦前比3倍の戦時インフレ(4年間で東京の小売物価は終戦時の80倍)によってほとんど紙屑となった[16]。また、これらインフレーションへの対策の一環として、1946年秋には浮動通貨の吸収を緊急の目的に日本競馬会による競馬が再開されている。

アメリカから大統領特命公使としてデトロイト銀行(英語版)頭取のジョゼフ・ドッジが派遣され、ドッジ・ラインと呼ばれる経済政策(超均衡予算と復興金融債の復興債発行禁止など)を立案・勧告した。ドッジ・ラインの実施によって、インフレーションからデフレーションに逆に大きく振れる結果となり、物価は安定したものの資金の引き上げや貸し渋りによる企業の倒産と失業が増加し、安定恐慌と呼ばれた。朝鮮戦争の勃発により戦時物資や役務の調達に伴う需要が増大し、この特別需要(朝鮮特需)により、生産活動が活発化して景気が上昇し、緩やかなインフレーションに移行した。

1950年前後の消費者物価上昇率は約15%で、名目経済成長率は30-40%に達し、15%くらいの実質経済成長が達成されている。

1954年からは高度経済成長が始まり、ゆるやかなインフレーションが進んだ。高度経済成長期は、消費者物価上昇率4-8%のインフレが続いた[19]。1956-1972年のインフレ率は平均で約4.5%であった。

(続く)
メンテ
ハイパーインフレ その3 ( No.131 )
日時: 2016/03/17 02:02
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:sbyxvw9M

>狂乱物価のインフレーション

日本の消費者物価指数(前年同月比)の推移

1973年から1974年、および1979年の2回にわたるオイルショックでは石油・同関連品の需給等による一時的に急激なインフレーションが発生、その様は「狂乱物価」とまでいわれた。

総合卸売物価は1973年で15.6%、1974年で31.4%上昇し、消費者物価指数は1973年で11.7%、1974年で23.2%上昇、1974年の実質GDPは-0.2%となった。春闘での賃上げ率は1973年で20%、1974年で33%上昇した。


>アルゼンチン

1988年、過剰な通貨供給が原因で年率5000倍のハイパーインフレが発生する[35]。1989年には対前年比50倍の物価上昇が見られ、1991年にドルペッグ制のアルゼンチン・ペソを導入(カバロプラン)するまで、経済が大混乱となり、庶民のタンス預金は紙屑同然となった。1993年にはインフレ率は年率7.4%に沈静化した(ラプラタの奇跡)。

その後、固定相場制を維持した結果、急激なペソ高によって貿易不振となり経済が停滞、アルゼンチン政府は2001年11月14日に債務不履行宣言をする。2002年には固定相場制を廃止し、変動相場制への移行とインフレターゲットの導入を行った。2002年にはインフレ率は40%に達したが翌年には年率3.8%に沈静化する。

>ブラジル

1986年から1994年までの8年間に、2兆7500億分の1のハイパーインフレーションが生じた。ブラジル政府は、1993年12月に「レアルプラン」を発表し、ドルペッグの通貨レアルの導入を1994年7月に行いインフレを終息させた。

>メキシコ

1982年メキシコ債務危機

1970年代、石油価格高騰を受け、メキシコで石油投資ブームが発生した。また、メキシコの賃金がアメリカよりも安いことから、製造業の工場移転による投資も増えていた。国際金融市場を行き交うマネーが急増し、利益を得るために発展途上国への融資をどんどん行っていた。ちょうど1995年前後、1ドル100円水準の円高を受け、日本から東南アジアへ工場が移転し、東南アジア諸国に投資が急増したのに似ている。メキシコへの投資は、米国の金融機関にとって、比較的安全なものと判断されていた。ドルとメキシコ・ペソは固定相場であり、当時、メキシコの石油公社や電力会社は国営であり、メキシコ政府による債務保証が付けられていた。国家が破産するはずがないと信じられていた時代である。米国よりメキシコの金利が高いため、アメリカで資金を調達し、メキシコに投資をすれば、濡れ手に粟のように儲けることができた。そういう事情により、メキシコの対外債務は急増していった。債務の利払いは石油や輸出による代金で賄われていた。ところが、1980年代になると米国の金利が上昇したため、対外債務の利払いが増大し、さらなる融資が必要となったが、財政負担能力を超えていた。1982年8月、メキシコは利払いの一時停止(モラトリアム)を宣言する羽目になり、メキシコ国民は急激なインフレと失業の増大によって苦しんだ。

当時のメキシコの対外債務は870億ドルであった。メキシコ危機が国際金融機関に与える影響が大きいため、IMFと米国財務省、国際商業銀行団により救済措置がとられた。 1982年の利払い分に相当する80億ドルを緊急融資が実行され、翌年には70億ドルの追加融資が行われた。さらに、債務を返済するため、厳しい措置がなされた。石油公社や電力会社の民営化はもちろん、貿易自由化などを強要する条件で、メキシコとIMFを始めとする国際金融機関との合意がなされた。この成功を受け、メキシコ債務危機以降、発展途上国で債務危機が発生した場合の対応策として適用されることとなる。

危機脱出後はメキシコに再び資金が戻ってきたが、新規投資の資金ではなく、メキシコ人の富裕層が米国に流出させたマネーであった。このマネーが民営化された国営企業や銀行の購入資金となった。売却された国営企業の資産価値は売却額よりもはるかに高かったため、メキシコ債務危機が終わって見ると、一部の富裕層がさらに裕福となり、大半の国民がより貧乏になるという結果をもたらした。ここで大もうけした人達が、メキシコの経済改革を徹底的に行い、再び、アメリカや日本などの外国から資金を集めることに成功し、再びメキシコの対外債務は増加していった。

>1994年メキシコ通貨危機

メキシコは1986年関税および貿易に関する一般協定(通称:GATT)に参加した。外国から資金を呼ぶため、金利は高く設定され、ペソは過大評価されていた(この点、アジア通貨危機直前の状況と似ている)。その結果、輸入が急増し、輸出は不振となり、貿易赤字が増大していった。1990年の貿易赤字は1000億ドルに達し、さらに1992年12月、北米自由貿易協定が調印され、アメリカからメキシコへの投資ブームが起こった。1982年の債務危機のことは忘れ去られ、安い労働力を求めて、アメリカの製造業がメキシコに大挙して工場を建設した。メキシコは空前の好景気に沸いていた。

しかし、バブルの崩壊は突然であった。1994年2月、南部で先住民による武装反乱が発生。3 月には大統領選挙の候補が暗殺された。この事件をきっかけにして、メキシコへの信頼が一時失墜し、カントリーリスクの懸念が表面化。その結果、メキシコ・ペソが暴落し、ペソ売りドル買い圧力の増加に対抗するため、メキシコ政府はドル売りペソ買いで為替介入したが、力尽きて、国家は財政破綻。その結果、12月に固定相場から変動相場への移行を余儀なくされた。

その一方で、メキシコ通貨危機を防衛するために、メキシコ政府は額面がペソで元利金の支払いがドルで行う政府短期証券「テソボンド」を大量に発行した。この債権がメキシコ通貨危機が治まった後に事実上のドル建てで取り戻せたため、皮肉にもこれを購入した富裕層はたいへん儲かったという。1982年のメキシコ債務危機に続いて、1994年のメキシコ通貨危機でも、経済破綻を通して、富裕層がさらに富を増やしたが、メキシコに投資した投資家たちは巨額の損失を被り、メキシコ国民は急激なインフレと貧困に大量失業という苦しみを味わうことになった。

>ロシア

ソ連崩壊後のロシアでは、政府による強制貯蓄制度の中止、中央政府の生産指令の停止、コメコン体制の崩壊による物資の不足、通貨ロシア・ルーブルの下落などによって経済が混乱し、ハイパーインフレが起きた。1992年の物価上昇率は、前年比で26倍となった。1992年にインフレ率は2150%を記録したが、1996年にはIMFの融資・指導の結果インフレは収束した。物価上昇率は1993年には10倍、1994年には3.2倍と沈静化していった。しかし、1998年のアジア通貨危機の影響を受け、外貨が大量に流出し財政が危機的状況となり、通貨切り下げと対外債務の支払いの延期を宣言、再び深刻なインフレに陥った。

>ジンバブエ

ジンバブエでは独立後から旧支配層に対して弾圧的な政策を実施。ロバート・ムガベ大統領は、2000年に白人の所有する土地を強制収用する法律を成立させ、2007年に外資系企業に対し、株式の過半数を強制的に政府に譲渡するという法律を成立させた[44]。

国内の白人農家を国外へ追い出したその結果、自国の主産業であった農家が崩壊、さらに旱魃が追い討ちをかけ、国内で極度の物不足が発生した[45]。治安の悪化も重なり、富裕層が国外へ流出する結果となった。こうした傾向はインフレーションに拍車をかけ、2000年代に入ると経済が機能不全に陥る猛烈なインフレーションに直面することとなった。

2000-2007年の7年間に通貨供給量は130万倍に達し、物価は650万倍に上昇した[46]。2008年7月のジンバブエのインフレ率は、2億311.5万%となった。

2008年時点で年率220万%に達し、同8月にジンバブエ準備銀行は通貨を切り下げるデノミネーションを行った。その後のインフレーションの影響で9月30日に2万ジンバブエ・ドルの発行など、デノミネーション後に20種類の紙幣を発行し、同12月19日に100億ジンバブエ・ドル紙幣を発行した。現在この8年間で23桁以上のインフレーションとなっていて、うち2008年だけで約14桁、9月から3か月で約10桁のインフレーションとなった。

さらに2009年2月2日、1兆ジンバブエドルを1ジンバブエドルに、桁数にして12桁を切り下げる措置を講じた。結局、同年2月にジンバブエは公務員給与を米ドルで支払うと発表し、ジンバブエ・ドルが公式には流通しなくなり、4月12日にはジンバブエドルの流通停止と、アメリカ・ドルおよび南アフリカランドなど外国通貨による国内決済への移行を発表することを余儀なくされた。その後、外貨の使用に伴ってインフレは沈静化し、デフレとなった。

ジンバブエのインフレーションの特徴としては、インターネット社会によって、世界中の人々が素早く物価上昇に関する情報が入手できた点が挙げられる。

>イラン

2013年4月1日、イラン中央銀行が発表したインフレ率は3月までの1年間で31.5%に達している[49]。輸出の停滞で外貨収入が減少し、イラン・リアルが暴落、実際のインフレ率はさらに高いとみられている。

>北朝鮮

ソ連軍政下、北朝鮮のウォン(北朝鮮中央銀行券)は1947年12月6日、それまで流通していた朝鮮銀行券(日本統治時代の通貨)と置き換える形で導入された(表に保障文言「本銀行券は銀行所有の金貴金属およびその他財産もしくは北朝鮮人民委員会の保証書でもってこれを保障する」、裏に民主朝鮮とハングル表記)。

北朝鮮中央銀行は、朝鮮民主主義人民共和国中央銀行と改称し、1959年には通貨切り下げ(デノミネーション)が行われ、それまでの100ウォンを新しい1ウォンと交換している。以後、2009年までこの新ウォンが通用した。政府は1979年と1992年に新紙幣を発行し、それまでの紙幣と1対1で交換させる改革を行っている。

米外交専門誌のフォーリン・ポリシー(英語版)は、世界で最も価値が低い通貨に選定している[1]。

2009年11月30日には、1959年以来の新しい北朝鮮ウォンが導入され、交換比率100対1の通貨切り下げが行われた[2][3]。タンス預金の発覚を恐れた市民が、人民元や米ドルへの両替を求めて闇市に殺到、大混乱に陥った[4]。外貨流通の突然の停止と物資の絶対的不足により、北朝鮮の市場は閉鎖され、商品の流通は麻痺状態に陥り、デノミネーションの直後からハイパーインフレーションになった。新ウォン価値はデノミネーション実施2ヶ月で、10分の1以下になったようである。

2010年2月5日、北朝鮮の金英逸首相は、平壌人民文化宮殿において、人民班長などに対し今回の貨幣改革で、準備や情勢判断の不備と人民に苦痛を与えたことについて異例の謝罪を行い、誤った措置を是正する意向を示したといわれる[7]。そして、2010年3月12日には、朝鮮労働党計画財政部長朴南基が、デノミネーションに伴う経済混乱の責任を問われ処刑された[8]。また、2013年12月に粛清された張成沢の処刑理由の一つには、朴南基をそそのかしたというものがある。

北朝鮮の住民は、1990年代より慢性的な飢饉に苦しめられており、その対策として、闇市などの資本主義による手法で、北朝鮮ウォンを銀行に預金せず、タンス預金していた。しかし北朝鮮の人々は、このデノミネーションによって、突如として溜め込んでいた資金が紙屑になる苦難を味わった。このため、デノミネーション以降、北朝鮮の住民は自国通貨を信用しなくなり、人民元や米ドルやユーロや日本円など、外国の通貨を求めるようになった。

「ハイパーインフレーションについての議論」

森永卓郎は「ハイパー・インフレーションは、輸入価格・人件費・利益のいずれかが極端に大きくなったときに起きる。人件費・利益が10倍になるということは考えられず、現実的なのは輸入価格が大きくなることである」と指摘している[50]。

物価(供給コストの合計) = 輸入価格 + 人件費 + 利益

経済学者の飯田泰之は「ハイパーインフレが起きる国は二通りだけである。通貨発行主体の継続性が疑われた場合、例えば外国に占領されるんじゃないかという場合と、すでに占領されてしまった場合。つまり、国が崩壊する、革命、戦争という状況下に起こりえるものである」と指摘している。

経済学者の若田部昌澄は「ハイパーインフレが先進国で起きるのは稀である。ハイパーインフレは、社会が混乱状態に陥るときに起きやすい」と指摘している。

経済学者の田中秀臣は「歴史的な経験から見てハイパーインフレの原因は、主に深刻な財政赤字をファイナンスするためのシニョリッジの利用、その帰結としての急激な貨幣成長率にある」と指摘している。田中は「『不況を解消するために行われた金融緩和が原因でハイパーインフレが起きた』という歴史的経験は存在しない」と指摘している。

(引用終わり)


色々と見てきたところ、ハイパーインフレが起きるには、相応の原因があることが判るでしょう。
その時の経済の施策が噛み合わなかった場合に起きているものであり、多くの要因が重なってきているものであり、必ずしも通貨の増刷故に起きているものではないことが判るでしょう。

>経済学者の若田部昌澄は「ハイパーインフレが先進国で起きるのは稀である。ハイパーインフレは、社会が混乱状態に陥るときに起きやすい」と指摘している。

このように言われているように、先進国、要するに商品の生産力がある国においては物資不足、取り合いは起きないと言うことです。
通貨の増刷政策をはじめから、鬼や邪のように言うことなく、冷静に管理することによって、毒も良薬となるでしょう。

メンテ
ハーパーインフレ その4 ( No.132 )
日時: 2016/03/17 13:48
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:8MA7xPeY

ハイパーインフレの概念を捉えるために、一般的な意見を集めてみました。


>ハイパーインフレ発生メカニズム
1.紙幣の発行量を増やす
2.増やしたお金で公的な借金を全額完済
3.世の中のお金の量が大幅に増える
4.お金が増えたことにより、物を買う人が増える
5.物を買う人が増えると安売りの所から売れていき、欲しい場合は値段の高い所で買わなければならなくなる
6.値段が高くとも生活の為に仕方なく買う人は多いと考えられる
7.この為、物価が上昇する(インフレ)
8.(物の量が変らないとして)物価の上昇はお金が増えた量に比例する。お金の量が5倍になれば、物価も5倍など
9.物価が上昇してくるともっと上がるのではと考え、物があっても売り渋る商人も増える(江戸時代の米騒動の時の米屋)
10.このことが更に物価を上昇させる
11.気がついたら物価が極端に上昇(100倍とか)し、昔は車が買えていた預金で車のプラモデルしか買えなくなるということが発生。

以上の流れからお金を単に印刷して増やすことは、結果的に『預金者からお金を取り上げて国の借金の返済に充てた』ということになります。このことは、増税して国の借金返済に充てることと何ら変らないことだと言えます。もっともらしい理屈を付けて国民を騙すという点においてはより質の悪いやり方と言えます。
最も、このようなことがない様に、日銀は資産の裏付けのない通貨発行はできないことになっています。物の量に応じて通貨の量は増えていくという大前提で金融政策を行っています(最も最近は物の増加量をわずかに上回る通貨の量の増加となっています)。

ちなみに、アルゼンチンがデフレ時にインフレ政策を取り、コントロール不能からハイパーインフレに陥っています。
・国債の債務不履行
・国民の預金の全面封鎖
・米ドル建の国の債務を自国通貨建てに変更
等の政策を経緯して、国内の情勢がむちゃくちゃになっています。IMFも融資してくれません。借金の踏み倒しなので世界から相手にされなくなっています。

恐らく、わかったようなわからないような話として受け止められると思いますが、10年後には理解されていると思います。少なからずインフレに陥ることがあると思うからです(目の前でそのような事態が発生しないとなかなか理解できないものなので難しいですね)。
通貨供給を増大させると何が起こるか。
(1)¥(円)は、暴落するでしょう。
(2)資産家は資産を暴落する円ではなく外貨や金にする。
(3)円安は、輸入において不利に働く。
 急激な円安は石油や輸入食料の暴騰。
 生活は混乱します。
(4)輸出企業にとっては対外競争力が付きそうですが
 日本の輸出品目は明らかに工業製品が多く、
 原材料を輸入して言います。よって輸入での
 不利が働きます。
 また、昨今では、国内では生産しておらず、
 工場を海外に持つ企業が多いです。
(5)生活混乱における社会不安。
 それから発生することは恐ろしいのでは?

一般的に急激なインフレは、借金者には有利に働き
資産家には不利に働きます。
同時に社会的混乱を招く可能性があるというところです。
ただし、国際社会にある日本では国内だけの問題では
収まらないという事実もあります





>国家財政の赤字分を日銀券の増刷で補ったからといって、ハイパーインフレになるとは限らない。
それがハイパーインフレを引き起こすこともあれば、それでもなおデフレが続くことさえある。

(この10年間においても、名目・実質ともGDPがほとんど変わらないなかで日銀券は“増刷”(30兆円から70兆円に急増)されてきたがデフレは今なお続いている。“増刷”の主要な目的は「国債サイクル」の維持だから、国家財政の赤字分を円の増刷で埋めてもハイパーどころか低インフレにさえ引き起こさないことがあるという実例である)

(ハイパー)インフレになるためには、消費財向けに支出される通貨量の増加が消費財の供給量増加を(圧倒的に)凌駕する事態が生じなければならない。

資本財の需要(=供給)拡大も給与所得の増加を通じて消費財向け支出の原資を増加させる要因だから資本財向け支出の増加がトリガーでもかまわないが、とにかく、ハイパーインフレが起きるためには、同一消費性向レベルで総家計の可処分所得が大きく増大し、消費財の供給量がそれに見合うほど増加しないという条件が必須である。


消費財全般に向けられる支出金額が消費財の供給量増加より急激に増えるかどうかなのだから、増刷された日銀券がどこに届きどのように使われるようになるのかということが決定的に重要な問題なのである。
敗戦後のハイパーインフレは、生産設備損壊・軍需優先産業構造・原材料不足のために消費財の供給力が落ち込んだ物不足のなかで、膨大な数の復員兵に日銀券を増刷して渡したことが主たる要因である。(多くの国民に飢餓問題が生じるほどの圧倒的物不足状況では、インフレはインフレに拍車をかける)




>紙幣を増刷してもハイパーインフレにならない例を提示する。

1)日銀が国債残高700兆円を購入するために日銀券を増刷する。
2)国債の保有主体は郵政貯金・簡保・銀行・生保などひとのお金を預かって運用しているところがほとんどだから、手持ちの国債が現金に変わったからといってそれが消費財の需要増加につながることはない。
3)国債を売ったことで利息が得られる国債から利息が付かない日銀券に資産内容が変わり負債(預貯金者などの債権)はそのまま残っているのだから、その現金が消費財への需要を拡大することも資本財への需要を拡大することもない。

※ 困るのは利息が付かない日銀券に資産が変わってしまった金融機関である。リスクと利得を総合的に考えて国債よりも有利なものがあるのならそちらで運用していたはずだから、金融機関はとんでもない資金運用難に陥ることになる。預貯金者や保険契約者には利払いをしなければならないのだから、この苦境のために金融機関従業員の給与所得が切り下げられさらにデフレが進む可能性すらある。


◎ 国債保有主体が家計(個人)であっても、状況にそれほどの違いはない。
国債保有者は預貯金と同じかそれ以上に“余剰(消費しない)”である資金を国債購入に振り向けているはずだから、国債が現金に変わったからといってそれを消費に振り向けることはほとんどなく、別の形態に預貯金になるだけだろう。
(国債の利息を消費に向けることは考えられるが、元本は所得悪化や遺産相続などの状況変化がなければほとんど手をつけられないものだ)


もちろん、国家財政の赤字は日銀券の増刷で補填できるという認識が一般化してしまえば「税金不要論」にまで行き着きかねないので、そのような政策が表立って採られることはない。(実質は同じことだが、これまでのように日銀とうまく連動してこそこそと「国債サイクル」を維持する)

少しはものごとをきちんと考えようとしている財務省官僚や政治家は、上述の論理がわかっていながら、自分たちの失政のツケを国民に払わせようとしているのか新しい“失政”をやろうとしているのかはわからないが、低中所得者の公的負担増をしゃかりきになって推し進めている。




>紙幣増発のみでは、ハイパーインフレは起きない。代表例が今の日本。日銀が円札を刷りまくって国債を購入してるのに物価は上がらない。

しかし、今後日本でハイパーインフレは100%起きます。多くの人はハイパーインフレの発生機構を正しく理解してない。

この発生機構は次の3つに分解して考えるのがいい。
1.過剰な紙幣増刷と通貨の信任低下
2.増刷紙幣を消費者が入手する
3.増刷紙幣を直ちに使用するほど消費者が困窮している

ポイントは、紙幣増刷しても、その紙幣が消費者の手元に届かないと、ハイパーインフレは起きない。紙幣がなければ買えないだけで、継続的な高インフレは起きない。

増刷紙幣を消費者が入手して、入手した紙幣を使う必要がある。

紙幣の入手

入手経路に例えば次がある。公務員の給料引き上げ、労組の賃上げ、生活保護費UP、最低賃金UP、政府の失業対策、年金増額。増発した紙幣を消費者は確実に入手する。

代表例が第一次世界大戦後のドイツ。当時のドイツは世界で最も民主的な国家で敗戦国にも関わらず政府の政策で失業率は戦勝国のフランス、イギリスより低かった。また、労組の存在が賃上げに強く影響していた。

あるいは、日本のように消費税増税で生活保護費がUPする場合もある。

紙幣を直ちに使用するほど消費者が生活に困窮している

たとえば、家具が値上がりしても、そんなのを困窮した消費者は買わない。しかし、食料価格が暴騰したらどうか?消費者は必死に買う。買わないと餓死する。

食料価格の暴騰例として、輸入食料品の価格暴騰、物流の機能不全がある。

たとえば、敗戦国の賠償金の支払い(通貨増発)、国家破綻で通貨の信任がなくなると、輸入食料品の価格は暴騰する。食料自給率の低い国には致命傷になる。代表例は、第一次世界大戦後のドイツ。当時のドイツは食料の輸入大国。

物流の機能不全で食料価格が暴騰した例は、ソ連崩壊後のロシア。政府機能の低下や穀倉地帯の周辺国の独立等で物流が機能不全となった。田舎で食料が腐り、都市部では餓死者が出た。

日本で国家破綻が起こった場合は?

日本は食料もエネルギーも自給率が低い。国家破綻や異次元金融緩和の継続で通貨の信任が低下すれば、輸入食料品の価格は高騰し、さらに物流費も上がる。たとえば(詳細に見積もりした訳でないが)、1ドル=200円になれば、食料品価格が1.3〜1.4倍になっても不思議でない。

物価が1.3〜1.4倍になっても公務員の給料がそのままなら、国家運営に支障を来す。公務員の給料は1.3〜1.4倍になる。生活保護費も1.3〜1.4倍になる。そうしないと、生活保護費受給者が困窮する。最低賃金も年金も上がるだろう。紙幣増刷が更に必要になる。

しかし、公務員の給料、労組の賃上げ、その他給付金の上昇率は物価上昇率以上とは限らない。というのも国家財政も企業(一部の輸出企業を除く)の経営も苦しいからだ。簡単に言うと、実質賃金が低下する。

実質賃金低下の物価上昇で、消費者は直ぐに物を買うようになる。物価上昇の一原因になる。紙幣増刷が更に必要で、通貨の信任低下に拍車がかかり、物価ますます上がり、だから更に紙幣増刷が必要で・・・・、と悪循環に陥る。

以上の経緯で予測が難しいが、徐々にインフレが加速すると思う。恐らく、数年〜15年程度の期間で徐々に高インフレが進行し、気付いたらハイパーインフレ、ということになると個人的には思う

メンテ
ハイパーインフレ  まとめ ( No.133 )
日時: 2016/03/17 14:16
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:8MA7xPeY

しばらく紙面を割いてハイパーインフレの事を述べてきました。

通貨の増刷がハイーパーインフレを引き起こし易いと言う事は正しい認識と思います。
しかしながら、それは特殊な条件の下に、特殊な成り行きを伴った場合であり、通貨の増刷が必ずハイパーインフレを引き起こす事もないということも分かりました。

またハイパーインフレとなる条件の一つに、通貨の量の増大に秘して商品が不足している場合があると言う事も分かりました。
ハイパーインフレにならずとも、日本では、年間で50〜90兆円の実質の通貨の増刷をやっていることも分かりました。

通貨の増刷と言っても、もちろん限度があります。
また通貨の増刷の方法もあります。

増刷した通過を国民にバラまくと言う事は決してやってはならない手法であることは解ります。
公共事業、介護保険の分野などで、施策を実施するための財源を通貨の増刷によって賄う事は、その規模(30〜50兆円)からして、決してハイパーインフレとはならないものでしょう。

また経済論的に言っても、通貨の増刷分は公共事業の成果物やサービスの実体として残ります。
決して通貨だけが増えたのではありません。

私は経済論の中で、下の三部門について通貨の増刷で賄うようにする事を主張しています。

公共事業の財源
国民医療
基礎年金の給付

総額で、年間30〜50兆円。
現在の日本でできないことはないはずです。

これがなれば経済が活性化することはうけあいです。
アベノミクスだ何だのと、金融システムを弄り。景気回復こそが使命のように振舞っていますが、もはや資本主義のシステムでは国民全体を抱合して幸せな社会へ迎えるものではありません。

経済の論理になど振り回されないで、国民は国家をもって国民の為の国作りを考えるべきであります。
物質的に、ここまで豊かになったからこそ、それができるのです。
メンテ
通貨の増刷 マクロ、ミクロ的検証 ( No.134 )
日時: 2016/03/17 22:04
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:8MA7xPeY

基礎経済学には、国家や国民、市場といった大きな視点から経済のメカニズムを研究する『マクロ経済学』と個人や企業などの個別的な経済活動から市場のメカニズムと景況を分析する『ミクロ経済学』があります。“マクロ(macro)”とは“巨視的”という意味であり、“ミクロ(micro)”とは微視的の意味です。

マクロ経済学は、「政府・企業・個人という経済主体」の行為を、大きな観点から総合的に分析する学問であり、「GDP・国民所得・物価・貯蓄・消費・投資・国際収支・景気指数などの集計概念(集計データ)」を元にして研究が進められます。

マクロ経済学の目的を簡単に言ってしまえば、『将来の経済状況(景気変動,デフレ,インフレ,バブル)の予測』であり『有効な経済政策(政府の財政・金融政策)の実行のための理論構築』です。マクロ経済学は、国民の自由な経済活動のみに基づく市場原理(競争原理)を完全に信頼することは出来ないというケインズ経済学の前提に立っています。

ケインズは、失業率を低い水準で保ち、好景気の状態を維持するには、政府による適切な市場介入(経済政策)が必要だと考えましたが、マクロ経済学は景気調整の為の適切な経済政策を考えるという目的を持っています。修正資本主義とも呼ばれるケインズ経済学(マクロ経済学の原点)を創始したジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes,1883-1946)は、20世紀最大の経済学者と言われ経済学史を語る上で欠かすことの出来ない偉大な人物です。

マクロ経済学では、景気変動による不況や失業を前提として政府の経済政策を考えるのですが、ミクロ経済学では、全ての人が職業に就き需要と供給が絶えず均衡する『完全雇用・完全競争・市場均衡』というモデルをもとにして経済を考えます。その為、ミクロ経済学では不況や失業を上手く説明して対処することが出来ず、そのミクロ経済学の不十分な点をマクロ経済学(特にケインズ経済学)は集計データを元に補っているという見方をすることが出来ます。

ミクロ経済学は、財の価格(物価)の変化のメカニズムとその影響を受ける市場のプレイヤー(生産者・企業・消費者・個人)の経済行為を分析する学問分野です。ミクロ経済学の市場における需要は絶えず均衡していて完全雇用を実現していると仮定しているので、景気変動による不況や失業を考えずに経済活動を分析するという特徴があります。その意味で、マクロ経済学と比較するとミクロ経済学は、理想的なモデルに準拠した形式から逸脱しない学問であるという事が出来ます。

ミクロ経済学の市場で景気変動が存在しないのは、市場では供給が需要を生み出し、売れない商品でも値下げし続ければ何処かで必ず売れる(需要と均衡する)という前提があるからです。資本家と労働者の関係においても、労働者が希望する賃金をどんどん低くしていけば必ず雇ってくれる企業があるという完全雇用の前提を置いています。その意味では、現実社会で起きる不況の経済現象や仕事をしたくてもできない非自発的失業者の存在を十分に説明し尽くすことが出来ない部分があります。

全体的な視点から経済を眺めるマクロ経済学に対して、ミクロ経済学は個々の個人や企業の経済行為を中心にして経済事象を分析していきます。ミクロ経済学は、具体的な経済生活や売買行為でどのように価格が決定されていくのかといった市場メカニズム(価格メカニズム)を中心に理論を形成していきます。インフレ(物価上昇)・デフレ(物価下落)が、企業の生産活動や個人の消費活動にどのような影響を与えるのかを考えたり、利潤を最大化させようとするホモ・エコノミクス(経済人)の行動を予測するゲーム理論の分野もミクロ経済学に含まれます。

商品に関する情報や契約についての説明を十分に得ることが出来ない「不完全情報」の事態や自分以外の他者や問題が自分の利害に影響を与える「外部経済」などの悪条件がない限りは、市場の需給はいつも均衡して完全雇用も実現されるというのがミクロ経済学の原則です。

これと対応するのが新自由主義経済のあり方で、ケインズが言ったようなマクロの分析は不要と言うものです。

>マクロ経済学の目的を簡単に言ってしまえば、『将来の経済状況(景気変動,デフレ,インフレ,バブル)の予測』であり『有効な経済政策(政府の財政・金融政策)の実行のための理論構築』です。マクロ経済学は、国民の自由な経済活動のみに基づく市場原理(競争原理)を完全に信頼することは出来ないというケインズ経済学の前提に立っています。

>ケインズは、失業率を低い水準で保ち、好景気の状態を維持するには、政府による適切な市場介入(経済政策)が必要だと考えましたが、マクロ経済学は景気調整の為の適切な経済政策を考えるという目的を持っています。

※ 要するに、一般的なマクロの捉え方(経済論)では経済の法則を完全には捉えなれないと言う事を主張しました。

これに対して新自由主義の考え方を見てみましょう。

ハイエクの哲学。
そもそも、人間の理性は、文明社会そのものを創造する能力はもっていない。人間の行為は、一つは先天的で本能の欲求によるものであり、もう一つは人間社会が歴史的に経験を通して試行錯誤と取捨選択を積み重ねることにより発展してきた法(ルール)、伝統、規範に従ってのものである。文明社会は人間の営みの結果ではあるが、その本質的な構造は特定の意志により設計されたものではなく、社会の試行錯誤を経て意図せず生じたものであり、そのはたらきの機序を人は充分に認識しえない。よってそこに人間の理性(知力)が入る余地はわずかである。その本質において能力の乏しい理性に基づき「社会の設計(設計主義)」や「革命的な進歩」を目指した場合、認識しえない構造を基礎としている文明そのものを破壊する。人間社会に期待されるのは、所与の方向付けがされていない漸進的な自律変化である。道徳規則の形成も、人間の社会における実践的な営みの経験の中で成長したものであり、人間の理性による意識的な発明ではない(この考えはヒュームの『人間本性論』に通じる)。同様に、社会秩序も「自生的秩序 (a spontaneous order)」であり、自由社会と不可分の関係にある、「法の支配 (rule of law)」と市場経済の二大原則の確立もこれにほかならない。

ハイエクは人間性と言うものをこのように捉えています。
純粋哲学の問題ならばまだしも、それを経済に反映しようとしました。
ハイエク自身は経済学者と言うよりも思想家であったと思います。
その考え方が、ケインズの理論に振り回されていた当時、ケインズの考えを宜しく思わない連中と結びつき、新自由主義と言う経済論が幅を利かすようになってきました。

新自由主義(しんじゆうしゅぎ)とは、政治や経済の分野で「新しい自由主義」を意味する思想や概念。日本では以下の複数の用語の日本語訳として使われている。
具体的には政府は経済の分野には口を出さず、自由競争を思い切りやらせるのが経済を発展させる。
グローバル化を猛然と促進してきたのも、そのせいです。
大きな政府と小さな政府と言う言葉があるが、新自由主義は当然、小さな政府論者である。

現代社会が直面している困難は、既にケインズが指摘していたように、ミクロ経済だけでは、経済の理念だけでは捉えられない要素があることを示しているのです。
新自由主義のどの理論をもってしても現在の金融の不安定を解決できず、格差の拡大、失業者の増加に対応することができません。

このスレッドで取り上げているのは、政策の為の通貨の増刷をシステムとして取り入れることです。
それで雇用を確保すると言う事は、100年近く前にケインズが看破していたことです。
ここ半世紀以上経済界を支配した新自由主義の理論など、無用の分は掃いて捨てねば成りません。
目的を持った通貨の増刷の問題など、昔から議論されてきたことで
メンテ
新しい日本のかたちへ ( No.135 )
日時: 2016/03/17 22:14
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:8MA7xPeY

長い間、通貨の増刷の問題に拘ってきましたが、それが何でも、かんでもタブーとしなければならないことではないことは、多くの皆さんにお分かり願えたと思います。


これが前提となれば、色々な施策が考えられます。
イギリスでも「ポシティブマネー」と言う概念が、取りざたさてれいるようです。

この問題はひとまず区切りをつけて、新しいことに取り組みたいと思います。

それで、どのような社会が考えられるか「新しい日本のかたち」スレッドで取り組みたいと思います。
メンテ
経済の話し<預金封鎖 ( No.136 )
日時: 2016/03/23 17:59
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:3zxz9qTM

国の借金がGDPの2倍、1000兆円を超えた、戦時中の我が国の財政もGDPの2倍を超えていたらしい。
政治中の借金は、言わずと知れた戦費調達の為の国債の乱発であった。
同じような状況から、現代の我が国でも預金封鎖が行われると言う噂も出ているようである。


「預金封鎖」とは、何であるのか!
預金封鎖には2通りの考え方がある。

1 金融機関の預金封鎖

金融機関について経営危機説が流れた場合、多くの預金者が預金を引き出そうとして取り付け騒ぎになる場合があるため、経営健全と評価されるまで一時的に金融資産の引き出しを制限することがある。

2 政府による預金封鎖

政府において、財政が破綻寸前になった場合、銀行預金などの国民の資産を把握して、資産に対して税金を掛けて政府収入にあてることで、破綻から免れようとすることがある。また市場に出回った通貨の流通量を制限し、インフレーションを金融政策で押さえる方法として実施される場合がある。その際通貨切替をして旧通貨を無効にし、市場通貨を金融機関に回収させる方法がとられることがある。この場合にも預金封鎖が行われる。

ここで言われているのは政府による預金封鎖のことでしょう。

預金封鎖を実行する目的は、一つにはインフレ抑制、
もう一つは、預金を封鎖しておいて、強制的に新税を預金から天引きで徴収すると言うもの。

戦後の預金封鎖でも、実際に極度のインフレのなか、インフレを抑えると言う目的もあったが、結局、封鎖した預金から相当額の預金を募集し国の債務の変換(戦争国債の変換)に当てられた。

しかしながら、ここで冷静に考えていただきたい。
戦争は既に終わり、対戦国から巨額の賠償を要求されていた訳でもない。
何のために、戦争国債を償還しなければならなかったのか。

実質の経済行為はなくなっており、戦時国債を紙くずにするか、約束通り償還するかの選択だけであった。
その償還も、通貨の増刷でも行えたが、それでは金融理論を損なうと、国民の預金から引き出したと言うことである。
当時の金融当局の言い分は借りたものは返却する、であったそうだ。
通貨の価値や信用度など屁理屈をつけているが、ただ国内の金だけを右から左へ移行しただけのことである。

そのような事をせずに戦争国債を踏み倒してもよかったはず。
新円の増刷で償還してもよかったはず。
それによって、戦争直後の現実の国民生活に、経済事情に何の関係があるのか。
会計学上の辻褄合わせに過ぎないのである。
預金封鎖でやったのは国家の責任回避であり、そのようなものは為政者を極刑にすれば良いだけのこと。

預金封鎖によってインフレを抑えることは、通貨の価値、信用度の維持の為には、なくてはならない施策であるが、
どさくさにまぎれて国家の債務の帳消しを。通貨の価値、信用度の保持を名目にして行うことは、通貨の管理上の問題ではなく、単なる泥棒行為に過ぎないのである。

常に、同じ泥棒でも、殺し合いでも、国家がやれば正義となるのである。

「預金封鎖」と言うオドロオドロシイ言葉で、ことの本質がごまかされているのが現状である。

現代の状況は、インフレになるべき兆候は、さらさらなく、通貨の価値の問題だけで預金封鎖に踏切、国民の資産を取り上げる行為は単なる自民党、官僚政治の失敗を国民に押し付けるだけであり、通貨の価値、信用度との関係は全くないのである。

それよりも、発行された国債をチャラにし、自民党本部、霞ヶ関を焼き打ちすれば良いのである。
通貨の問題ではないのである。


(追伸)

結果として、戦後の預金封鎖による国民資産の没収は何の意味もなく、結果的に起きたインフレを考えると、戦時国債などは、据え置いて順次償還すればよかったのである。
当座の間は現代でもやっているように借換債を発行していれば、その内に1兆円の借換国債でお釣りが来るほど償還できた。

要するに、早トチリで無駄な事をやったのである。
これを見ても、通貨の価値、信用度の管理が如何にずさんな考え方に基づいているかが解るであろう。

通貨の価値とか信用度の問題は、インフレ要素のみが問題であり、金本位制とか、通貨の対価を求めることは無用なのである。

通貨の増刷問題も、インフレを考慮して考えれば良いことであり、現行の通貨管理の理論は、ユダ菌などが作ってきた、そりゃ、壮大な虚構であると言える。

そのようなものに弄ばれることはないのである。
メンテ
経済の話し<預金封鎖 2 ( No.137 )
日時: 2016/03/23 20:11
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:3zxz9qTM

>日本政府が財政破綻すると「預金封鎖が起きる」と警告する書籍を、最近よく見かけます。もし本当に預金封鎖されるなら、我々国民は、国外への移住や海外金融機関へ資産を逃避させるなど、根本的な対策を考える必要があります。本当に預金封鎖は起きるのでしょうか?


> 今日は、2016年2月5日です。
まず、日本の金融システム 全般に どうやら異常事態が起きています。
財務省の官僚たちが極度に緊張した動きをしている。
その張り詰めた緊張感が、金融市場(株、債券(国債)、金利、
為替、商品そのほか)に表れている。

その直接の始まりは、黒田東彦(はるひこ)総裁が、
1月29日に発表した、「マイナス金利の導入」という
天変地異を引き起こしてもおかしくない苦し紛れの、
破壊的な金融政策(ファイナンシャル・ポリシー)を決断したことにある。

どうやら、日本でもお金持ちたち(富裕者)が、一億円単位で、
預金を引き出す動きが出ているようだ。

「 預金封鎖=金融統制 」の断行を嗅ぎ取って、早めに動き出したようだ。

(引用終わり)


このようなことが、まことしやかに言われていますが、
何の為に「預金封鎖」が起きるのでしょう。

先のレスでも言ったように、預金封鎖をして国民の資産を取り上げ債務の変換(具体的には国債の償還)に当てると言うことでしょう。

国民資産を特定のもの、銀行、保険会社、日銀、政府の名義にするだけで通貨的には何の意味もない。
だけど国民生活は、もう無茶苦茶!

なけなしの貯金をはたいて家の改修をする事もできなく、子供を進学させる事もできない。
当然、消費は完全に落ち込む。
失業者やワーキングプアーの急増する。

良かれ、悪しかれ、1億2000万の国民が何とか生きている、その経済を、実体経済を何とするつもりであるか。
何の理由で、さらに追い詰める。

なに!
金融システムの維持の為、
ユダ菌の機嫌を損なわない為!

己ら、殺してくれよう!


国民に、そこまでの犠牲を払い挙行する預金封鎖とは、何の為、誰の為に行うのか。
国民は誰に対して、その責任を負わねばならないのか。

銀行、保険会社!
はたまた
公務員に対して責任を、こう言うかたち(預金封鎖)で負わねばならないのか。


冗談じゃ、ないぜ!
そんな国なら、国など必要ない。

封建時代に、甘い言葉で庶民に金を貸付、時期が来たら高利共々、病人の布団まで取り上げるアコギな金貸しと同じ所業ではないか。
それは、もう国ではなく暴力団か、独裁君主ではないか。
民主主義社会では、起こり得ない事を、あたかも、起きるように喧伝する、その意図は!

このようなデマでも、金にすることができる詐欺師の類の者であろう。


メンテ
政府紙幣の話し ( No.138 )
日時: 2016/03/25 18:33
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:iJbM9fFY

政府紙幣の発行は、非現実的な発想で実現し得ないことだと言われる人が、経済の専門家の間では相当います。

しかしながら、既に書いてきたように、我が国でも実際には国債発行と言う形で、毎年50兆円以上の通貨の増刷をやってきました。

中央銀行としての日銀の自立性を言われますが、3権分立を言われながらも司法の分野では「統治行為」に関する司法の介入は避けるべきと言う意見があります。

ましてや、日銀に対して政府が全く無力であると言う考えは正当ではないと考える。
その証拠に、政府の要求に従い、日銀は大量の借換債を発行してまでも国債の発行を続けてきました。

理由は政策を遂行する為の財源の捻出(建設国債、赤字国債)を、一時的ならまだしも、数十年続けてきた事実があります。
国債と言う名称と、金利が付く通貨ではありますが、政府の要請に基づき増刷したことに違いはありません。

>政府紙幣の発行は、認められない

と言う、金融理論的根拠との整合性は、どのようになっているのか。
中央銀行が行えば、何でもあり、と言うことであるなら、それは中央銀行の独裁権の問題であり、通貨管理の問題ではない。
単なるユダ菌の思うままと言うことになる。

同じことは世界各國でも起きており、日本などは、実質の通貨の増刷は少ない国と言われています。

実際に、建設国債、赤字国債を発行しなければ、我が国の福祉制度など、とっくの昔に消滅していたでしょう。
国家としての発展もなかったでしょう。

通貨と金融の関係は、既存の金融論とは、全く相容れない状況になってきているのです。

通貨の増刷と言う面で、もう一つの側面があります。
それは銀行の信用創造で作られる通貨のことです。
実際の紙幣は作られなくても流通している通貨の総量は、何京円と言われていますが、この通貨の価値、信用度の担保について中央銀行はどのように説明できるのでしょう。
中央銀行が発行する、ベースマネー、マネーストックに限り、通貨の価値、信用度を言っていても始まらないのではありませんか。


>政府紙幣の発行は、認められない

このタブーのような考え方は、根本的に見直す必要があるのです。
通貨の増刷で国を経営する時代は、既に始まっているのです。

あとは、国債と言うかたちをとるか政府紙幣のかたちを取るかの選択の問題であり、1000兆円もの債務をため込み永遠に膨らみ、その償還に意味のない騒動を続けるかの問題でしょう。

意味がないと言いましたが、実際には銀行、保険会社を利用して詐欺のような手法をとっていることは国家として問題があるのです。
発生する巨額の金利分は、どうするのでしょう。
銀行、保険会社に帳簿上には、およそ650兆円の国債費が計上されているのですよ。
ほとんど架空の決算を続けさせてよいものでしょうか。


実際に、銀行、保険会社が国債を買い支え、650兆円もの支援を国家、国民にしているなど、誰が信じるか。
ましてや、預金封鎖をして、国民の資産を取り上げ、彼らに渡すなど・・・
何を考えているのか!
メンテ
通貨の価値、信用度 ( No.139 )
日時: 2016/03/26 22:37
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:QGUXL2wQ

通貨の価値、信用度

通貨とは、もともと物々交換の媒体として発生したもの、その価値は単なり基準であり対価の商品に交換できることで存在する。
100円のものもあれば10000円のものもある。

流通する通貨の量は、商品交換、サービスの交換に必要な総量があれば良い。
ただしね、商品、サービスの総量と言っても、それは固定的なものではなく、常に流動し、かつ将来の増減の予測もこの範囲。

通貨の信用度というのは、その通過を発行し管理しているもの(国家)の信用の問題であり、商品の総量、生産可能性などを顧みず、滅多やたらと通貨を発行するような国の通貨は、何時インフレを引き起すか解らないので信用できないと言うもの。

このように通貨、そのものに価値を見出すと言う考え方は、ずっと昔はともかく、現代社会では意味をなさない。
現実に何京円と言われている通貨に対して、世界中の中央銀行に保管されている金は、高々120兆円くらいのもの。

こんなものを基準に通貨を兌換出来るとは、誰もが思わない。
ただし、実際に流通している通貨、要するにマネーサプライ分については、ある程度の還元率を想定できるとしても、それは通貨全体の価値においては何の意味もなさない。
国民の資産がある範囲で通貨の価値は担保されると言う意見があるが、実際に交換できるものでもなく、会計学上での机上の論理に過ぎない。

であるので、通貨の管理は悪性インフレを出さないようにすることが一番の目的となり、それが通貨の信用を担保すると言うことである。

また、国債の発行限度額を金融資産を超えない様にとする考え方は単なる会計学上の問題であり、一企業であれば、深刻な問題であろうが、通貨発行権を国家がもっている場合、金融理論的には。そのこと自体は何の問題もない。

対外債務などが、絡めば同じようには往かないし、貿易などで為替が生じる場合、国家としての信用度が問題になってくる。
この場合は、一国の経済力、要するに生産力が評価の要素となってくるであろう。

要するに悪性インフレを起こさない限り、通貨管理は一国の主権とみなすべきである。

現代社会に置いて通貨とは空気であり水のようなもの。
1億国民が理解しているのは悪性インフレが起きると通貨の価値が下がると言う単純なこと。

通貨の価値、信用度の概念は、それで十分なのである。


メンテ
国家予算から考える ( No.140 )
日時: 2016/03/27 21:26
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:0MeChg3c

理論的にはなかなか理解しがたく思いますので、具体的に検証してみましょう。
このスレッドの古い記事からもってきます。

国家の損益対象表として少し古くなりますが、平成23年度の予算を見てみましょう。
http://www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/account/fy2011/ke2411c.htm

○平成23年度予算(歳入の部)。

1 租税及印紙収入   42兆300億円

(租税内訳)
 所得税      13兆4000億円 
 消費税      10兆2000億円
 法人税       8兆8070億円
 その他       8兆5670億円
(その他内訳)
 揮発油税     2兆6484億円
 相続税      1兆4744億円
 酒税       1兆3693億円
 タバコ税     1兆315億円
 関税        8742億円
 石油石炭税     5191億円
 自動車重量税    4477億円
 その他       3987億円

印紙税収入     1兆570億円

2 官業益金(内訳略) 157億円

3 政府資産整理(〃) 3100億円

4 雑収入(〃)    7兆2960億円
(雑収入内訳)
 国有財産利用収入    579億円
雑納付金      1兆5583億円  
 日本銀行納付金     2862億円
 中央競馬会納付金 2318億円
 特別会計受け入れ金 4兆2845億円
 弁償及び返納金     3537億円
 雑入 1628億円
 公共事業費負担金    1501億円
 その他         2108億円

5 公債金      55兆8480億円
(公債金内訳)
 公債金       8兆3680億円
 特別公債金    35兆9300億円
 復興公債金    11兆5500億円

6 前年度剰余金受入  2兆106億円


合計       107兆5108億円



○平成23年度予算(歳出の部)。

1.社会保障関係費        30兆1533億円

(1) 年金医療介護保険給付費   21兆0402億円
(2) 生活保護費          2兆7322億円
(3) 社会福祉費          4兆8688億円
(4) 保健衛生対策費          8288億円
(5) 雇用労災対策費          6831億円

2.文教及び科学振興費       6兆7173億円

(1) 義務教育費国庫負担金     1兆5666億円
(2) 科学技術振興費        1兆6061億円
(3) 文教施設費           63992億円
(4) 教育振興助成費        2兆7718億円
(5) 育英事業費            1328億円

3.国債費            20兆2693億円
4.恩給関係費            6439億円

(1) 文官等恩給費           202億円
(2) 旧軍人遺族等恩給費       5912億円
(3) 恩給支給事務費          19億円
(4) 遺族及び留守家族等援護費     305億円

5.地方交付税交付金        19兆0866億円

6.地方特例交付金           3640億円

7.防衛関係費            5兆2368億円

8.公共事業関係費         9兆6515億円

(1) 治山治水対策事業費        8939億円
(2) 道路整備事業費         1兆4469億円
(3) 港湾空港鉄道等整備事業費     4525億円
(4) 住宅都市環境整備事業費     7449億円
(5) 公園水道廃棄物処理等施設整備費  2342億円
(6) 農林水産基盤整備事業費       7072億円
(7) 社会資本総合整備事業費     2兆6648億円
(8) 推進費等              1337億円

   小  計           7兆2784億円

(9) 災害復旧等事業費        2兆3731億円

9.経済協力費            6757億円

10.中小企業対策費        2兆3540億円

11.エネルギー対策費        9975億円

12.食料安定供給関係費       1兆8146億円

13.その他の事項経費       12兆4087億円

14.東日本大震災復旧・復興予備費    747億円

15.予備費               2751億円


合 計              110兆7235億円




これに対して近未来、3、4年先でも良いと思いますが。

●新しい国の予算(歳出の部)

1.社会保障関係費        68兆円

(1) 年金医療介護保険給付費   45兆円
(2) 生活保護費          4兆円
(3) 社会福祉費         15兆円
(4) 保健衛生対策費        1兆円
(5) 雇用労災対策費        3兆円

2.文教及び科学振興費       8兆円

(1) 義務教育費国庫負担金    
(2) 科学技術振興費       
(3) 文教施設費          
(4) 教育振興助成費      
(5) 育英事業費          

3.国債費             0       
4.恩給関係費           0         

(1) 文官等恩給費          
(2) 旧軍人遺族等恩給費      
(3) 恩給支給事務費         
(4) 遺族及び留守家族等援護費    

5.地方交付税交付金        25兆円

6.地方特例交付金         

7.防衛関係費            5兆円

8.公共事業関係費         37兆円

(1) 治山治水対策事業費        5兆円
(2) 道路整備事業費           8兆円
(3) 港湾空港鉄道等整備事業費     5兆円
(4) 住宅都市環境整備事業費      1兆円
(5) 公園水道廃棄物処理等施設整備費  1兆円
(6) 農林水産基盤整備事業費     10兆円
(7) 社会資本総合整備事業費      5兆円
(8) 推進費等             1兆円
(9) 災害復旧等事業費         1兆円

9.経済協力費             1兆円

10.中小企業対策費         5兆円

11.エネルギー対策費        2兆円

12.食料安定供給関係費       1兆円

13.その他の事項経費        5兆円

14.東日本大震災復旧・復興予備費    

15.予備費              2兆円


合 計               150兆円

これで年金問題も、老人医療を含む社会福祉の地域の問題も、全て対応しています。
では、この150兆円を手立てできるでしょうか。


●新しい国の予算(歳入の部)。

1 租税及印紙収入   87兆円

(租税内訳)
 所得税       19兆円 
 消費税       35兆円
 法人税       15兆円
 その他        8兆円
(その他内訳)
 揮発油税     2兆円
 相続税      3兆円
 酒税       1兆円
 タバコ税     1兆円
 関税       0.5兆円
 石油石炭税    0.5兆円
 自動車重量税   0.5兆円
 その他      0.5兆円

印紙税収入     1兆円

2 官業益金(内訳略) 

3 政府資産整理(〃) 1兆円

4 雑収入(〃)    7兆円
(雑収入内訳)
 国有財産利用収入   
雑納付金       
 日本銀行納付金     
 中央競馬会納付金
 特別会計受け入れ金
 弁償及び返納金    
 雑入
 公共事業費負担金   
 その他        

5 政府紙幣発行   55兆円


6 前年度剰余金受入


合計          150兆円


と言うことで、とりあえずは出来ています。
消費税を15%で計算し、税収を大きくし、従来の国際に変わり政府紙幣を55兆円発行します(従来の国債の金額とあまり変わらない)
1000兆円の債務の問題は一旦棚上げとし、予算から国債費の20兆円はなくす。
これで社会保障費を68兆円確保し、公共事業費も従来の5倍ちかい、37兆円とする。

少子高齢化で問題となっている社会保障の各機能は満足し国民に基礎年金を支給することができる。
雇用対策も介護分野、公共事業の分野で40兆円ちかい予算を取るので景気の活性化が可能。
消費税こそ、上げるものの、国民生活は安定し、老後の憂いもなくなり、国民は満足するであろう。

現在の予算は、真水のもので(国債関係費は除くと)75兆円くらいのものである。
要するに、我が国は、150兆円くらいの予算を組む必要があるのである。

税収の期待し、また国債の発行を続けると言う手法では、このような予算は永久に組めない。
国債に変わる政府紙幣を50兆円ばかり発行すればこれが可能なのであり、政府紙幣を絶対に発行してはならないと言う理由は何もない。


最近と言っても、もう20年以上になるが、一般会計の政策を実行する為に、政府は毎年30〜40兆円の金を国債を発行することで市中に流して流通させてきたので、国債発行に変わる政府紙幣を50兆円分刷ったとしても悪性インフレが起きる心配は全くない。

このまま行けば、3、4年先には、国債関連費の増加で、150兆円の予算を組まねばならなくなる。
同じ、150兆円でも話にならない。

諦めずに、なぜできないかを考えて見て欲しい。
メンテ
外国為替の話し ( No.141 )
日時: 2016/03/31 12:42
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:2ZnkGuaA

通貨の価値、信用度について、国内的な要因の他に外国為替と言う領域があります。
この分野は、門外漢には概要が解りにくいのですが、避けては通れません。

外国為替、要するに、両替のことですが、異種の通貨間であるいは同一通貨で異なる単位の紙幣・硬貨を交換することを言います。

世の中には、異なる通貨の交換が必要となる様々な出来事があります。例えば、海外旅行に行く際に銀行で円を外貨に両替するケースがあるほか、輸入を行う会社が海外との代金決済のために円を対価に外貨を調達するとか、国内の投資家が外貨建て金融資産を売買する際に円と外貨を交換する、といったケースも挙げられます。こうした様々なニーズを満たすため、各国の通貨を交換(売買)する場として、外国為替市場があります。

外国為替市場を広義に解すると,銀行とその顧客との間の外国為替取引を含めて広く外国為替取引が行われる場を意味するが,通常はより狭義に,銀行間interbank為替取引が行われる市場を外国為替市場といい,東京外国為替市場という言葉もこのような意味で用いられる。日本においては,東京のほか大阪や名古屋でも銀行間為替取引が行われるが,そこでの取引は少ない。 銀行間市場としての東京外国為替市場は,外国為替銀行,外国為替ブローカーおよび通貨当局(大蔵省,日本銀行)から構成される。

ここでは通貨自体を商品として株式の取引のような売買が行われます。
両替商と言うのは、交換比率の差額を利益を出そうと必死になります。

ところで、ここに問題が起きるのです。
交換比率を各取引に任せるままにしておけば良いのですが、通貨の価値と言う概念からは、一国の通貨の交換比率を効率的に維持したいと言う国ないしその国の貿易企業の思惑が絡んできます。

中央銀行などが為替に介入したと言うニュースを良く聞くのが、それです。
その規模は、円買いのために1日で1兆円を出したと言う話しなどです。

物の値段は買いたい人が多く、売りたい人が少ないと高くなる。その逆だと安くなる。前者のパターンが円高、後者のパターンが円安です。円がたとえば安い状態だと、だれかがわざと大量の買い注文を出して、人工的に「買いたい人<売りたい人」の状態を「買いたい人=売りたい人」くらいに調整してやれば、円が高くなるわけです。
円にかぎらず通貨の売り買いには、利益を得るために一般の投資家がやる場合と、相場が動きすぎて通貨が不安定になるのを防ぐために国家が行う場合があります。「円が安すぎるので、円買い(によって円の相場を上げる)をする」というのは後者の政府の介入の場合。
円が高い安いといっても、それは何かに対して高かったり安かったりします。たとえばドル、たとえばユーロ。もちろんペソとかルピーのようなマイナーな通貨に対しても高い安いはありますが、こちらは世界経済に対する影響力が少ないので、政府が介入するのはドル-円、ユーロ-円のような世界的な通貨との相場です。
円高の場合には対アメリカ貿易で、日本側は輸入有利、輸出不利になります。円安の場合は逆。輸出の場合には商品の代金をドルでもらいますから、同じ1ドルの売上げでも、1ドル=100円の円安相場のときより、1ドル=120円の円高相場のほうが20円もうけにつながるわけです。輸出の場合はその逆。日本はいわゆる加工貿易の国ですから、輸出入のバランスがとれていないと経済がうまくゆきません。政府が神経質に相場に介入するのはそのためです。

日本での為替介入は財務大臣の権限において実施される。日本銀行はその際に財務大臣の代理人として、財務大臣の指示に基づいて為替介入の実務を遂行している。
肝心な為替介入に要する資金の調達についてだが、日本での為替介入はすべて政府の外国為替資金特別会計の資金を用いて行われている。日銀の勘定ではなく政府の勘定において実施されている点に注意していただきたい。
外国為替資金特別会計とは政府が実施する外国為替等の売買(為替介入等)等の円滑化に資するため設けられているものである。円売り・ドル買い介入の場合には、政府短期証券(為券)の発行により円資金を調達し、外国為替市場における為替介入によりこの円資金を売却しドルを購入する。通常、この代金の決済は二営業日後に行われる。
政府短期証券の発行と言うのは、国債会計の中に出てきます。

外国為替のことと関連して、外貨準備高のことにも触れなければ成りません。
外貨準備とは、中央銀行あるいは中央政府等の金融当局が外貨を保持すること。保持している外貨の量を外貨準備高という。

金融当局は、対外債務の返済、輸入代金の決済のほか、自国通貨の為替レートの急変動を防ぎ貿易等の国際取引を円滑にするために、外貨準備を行なう。外貨準備は「国民経済の貯金」などとも呼ばれる。ただし、あくまで主目的は為替変動への準備であり、外貨準備高(外貨の蓄積)の大きさが対外資産高の大きさを表しているわけではないことには注意を要する。

外貨準備高の適正水準については統一的な見解はないが、実務的には、「外貨準備保有高/輸入額」は輸入の3ヶ月分以上、「外貨準備保有高/短期債務[1]残高」は1年分相当がベンチマークとして使用されている。

外貨が貯まる仕組みとして、
>固定相場制
完全な固定相場制を採用している国は、為替要求に無限に応じなければならない。例えばもしも日本が為替相場を1ドル=100円に固定しており、アメリカの輸出業者が対日輸出対価の10000円をドルに替えようとしており、日本の輸出業者が対米輸出対価の110ドルを円に替えようとしているとする。この固定相場市場では差し引いて10ドルが余り、1000円が足りない。中央銀行は、このときに10ドルを受け取り、1000円を支払うことで、円売りドル買い介入により固定相場を維持する。取引が終了した後には中央銀行の外貨準備高が10ドル増えることになる。このときに増大した円貨(国内通貨量)を中央銀行が公開市場操作などで吸収することを不胎化政策という。

また、日本が固定相場制を取っていると仮定するこの例では、日本の輸出が11000円、輸入が10000円となり日本の貿易収支(経常収支)は1000円の黒字となる。他の取引がない(資本収支が0)場合、国際収支も1000円(10ドル)の黒字となる。つまり日本の国際収支の黒字は日本の外貨準備高増加を意味する。逆に、貿易赤字などで国際収支が赤字の場合、外貨準備高は減少する。さらに外貨準備が減少し不足する場合は、対外債務によって足りない外貨を補うか、固定相場レートを切り下げる(自国通貨安)、固定相場制を放棄し変動相場制へ移行するなどの対応がとられる。

これに対して、
>変動相場制
完全な変動相場制の場合、基本的には中央銀行が為替市場へ介入しないため、国際収支は0となり外貨準備は変動しない。しかし、急激な為替変動などに際して為替介入する場合には外貨準備が変動する。例えば、急速に円高が進展する場合に、それを緩和しようとして円売りドル買い介入(円安介入)を行なうと、結果的にドルの保有額が増え外貨準備が増大することになる。

我が国の場合は、変動相場制をとってはいるが、急激な為替変動に介入してきたため、現在117兆円と言う外貨準備高となっている。
なを、この多額の通貨を所持しているだけで運用していないのではなく、米国債などに置き換えている。
100兆円を超える米国債を売れと言う話は、ここから出ている。

さて、通貨の価値と言う面で、今の話は如何なものでしょう。
その検証は次の話といたします。

文中の一部は下記サイトから引用。

http://bullbear.exblog.jp/17115676/

メンテ
外国為替の話し 2 ( No.142 )
日時: 2016/03/31 17:14
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:TUCnmRaM

>さて、通貨の価値と言う面で、今の話は如何なものでしょう。

私は通貨発行権を国家が持ち、政策遂行のために不足する財源を通貨の増刷で賄う事を提案しています。

通貨発行権を国家が持つか中央銀行が持つかについては、倫理的な要因以外は、それ自体は変わらないと考えています。

ですが不用意な通貨の増刷は悪性インフレを引き起こすと言う理由から、通貨発行権を国家がもち、安易に通貨の増刷をする懸念があることは否めません。

もう一つ、検証しなければならないことに、外国通貨との関係があります。
具体的には外国為替相場に与える影響のことです。

通貨発行権を国家が、持つか中央銀行が持つかは、それ自体は外国為替相場においても問題はありません。
先にも言った、国家が安易に通貨の増刷をする場合で、

それに寄って悪性インフレを誘発すれば、当然、為替相場に影響が出ることは必死ですが、悪性インフレを起こさなくても、別の要因で急激な為替相場の変動が起きていることもニュースなどでご存知のことです。

ところで、通貨の増刷について、下の場合にも出来ると言うことです。

>肝心な為替介入に要する資金の調達についてだが、日本での為替介入はすべて政府の外国為替資金特別会計の資金を用いて行われている。日銀の勘定ではなく政府の勘定において実施されている点に注意していただきたい。
外国為替資金特別会計とは政府が実施する外国為替等の売買(為替介入等)等の円滑化に資するため設けられているものである。円売り・ドル買い介入の場合には、政府短期証券(為券)の発行により円資金を調達し、外国為替市場における為替介入によりこの円資金を売却しドルを購入する。通常、この代金の決済は二営業日後に行われる。

現在は、為替相場を維持するための介入資金を市中から集めていますが、これを通貨の増刷でやれば、どうなるのか。
相場と言うものは、地域の経済の実態を反映して決まって行くものであるんで、人為的に相場を捜査されては
相場自体の意味がなくなってしまうことが予想されます。

通常は、もちろん、これでは相手国が納得しないでしょうね。
ですが、

貿易と言う実態行為は、その必要性から発しているものであり、為替相場がどのように変動しても相手国にそのメリットがあれば、貿易行為は成り立つでしょう。

困るのは、外国為替を商売としている(両替商)金融機関の目論見だけなのです。
世界貿易をここまで進展させてきたのは、為替制度の発展故でしょうが(ユダ菌の発祥の根拠)、もともと両替で利益を得ることは、制限があってもしかるべしことではありませんか。

大きな問題ではありますが、ここまでの検討をしなければ、通貨の問題は解決出来ません。
要するに、通貨の増刷によって政策を実行することの意味は、ここまで立ち入らねばならないと言うことです。

もちろん、塚の増刷を政策実行のための、あらかじめ予算に計上したもの以外は、厳しく禁止瑠璃事も考えられ、この場合は、為替相場を考えなくても良いのではないでしょうか。

欲望の限りない人間社会で、それができるか否か。問題ではありますが、そこまでしなければならない時代に入ったのではないでしょうか。

どのみち、遠い将来は、通貨と言うものの性格は、現在とは全く違うものになっているでしょうから。


メンテ
経済の話し ( No.143 )
日時: 2016/04/01 17:22
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:c57LKdXw

新しい日本のかたちスレッドで構想をぶち上げているが、

経済とは、商品、サービスの流通が主題であるのではなく、ましてや金融が主題であるのではなく、あくまでも人々の生活手段を考えるのが経済であるはずである。

その根本に立ち返ろうとしない経済の理念など、修正、改革しなければならないのである。

経済学は近年、著しく怠慢を決め込んでいた。

アダムスミスが「神の手」と言う抽象的な概念で現した理念も、そのうちに雲散霧消しているのが現代経済学である。

金融のことはうるさく、詳しく言っていても「神の手」の意味はほとんど省みられてはいないであろう。

現代の経済論は、上部だけは、富の配分を口実にしているが、その実、利潤の追求、独占のための方便に過ぎない。


新自由主義経済論!

そのようなものは経済学の墓標に過ぎないのである。
メンテ
政治の話し ( No.144 )
日時: 2016/04/08 11:08
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:W0NNmMR6

最近は口を開けばアベノミクスの批判ばかり、

そんなの、初めから期待はしてない。

批判はすれど対案を言う者はなし。

そうなのだ、

誰がやっても現代資本主義の問題は解決できないのである。

その理由は、

経済の理屈の問題ではないのである。

グローバル化が行き過ぎた結果、産業構造が変わってしまっている事を考えないからである。

産業構造の変化に対応するのは、

経済の理論ではなく、政治の問題なのである。

なのに、

経済に洗脳された政治屋どもは、

政治を語らず、経済の理屈に首を突っ込む。

それが現実であり

相変わらず、為替、株価など

金融資本の思惑に翻弄されている。

あたり前である。

何をしなければならないか、

全く

解っちゃいないぜ!





私!

対案を言っているよ

通貨発行権を国家が持ち

政策実行の為の通貨を増刷し

産業構造を変えるために

施策を、ドンドン実行する。

基礎年金も通貨の増刷で支給する。

如何でしょう。

どうして、それが出来ない!

それに(毎年50兆円あまりの通貨の増刷)に踏み切る勇気がないクソタレ共。

形は変われど、現状でもやっている通貨の増刷が、

なぜ、タブーか

知識はあれど、将来を洞察できない

クソタレが、何人集まろうが何もできないだろう。



メンテ
経済の話し→農業 ( No.145 )
日時: 2016/04/30 08:27
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:DmAELjWA

最近、知り合いの告別式で東京から来ていた初対面の人とヒョンなことから経済談義をすることになった。

彼は大企業を経て自分で会社を興しているやり手の様であった。

その彼がいうことには、日本の経済はもはや右肩上がりを想定していてはダメだと言う。

少しは解った事を言うではないかと思っていたら、続いて、日本はもっと農業に力を入れるべきだと続ける。

おやおや、農業か!

と、さらに注目して聞いてみると、要するに、大規模営農の事を言っている。

企業に農地を取得させ、機械化を促進し競争力を付けるべきと言う。

なんだ、そりゃ!

そんな事を望む理由は、

グローバル化競争で、行き詰まった他の企業群が、まだ開発の余地のある農業の分野に割り込んで、自分たちの売り上げを伸ばそうと
言う魂胆にほかならない。

日本の経済問題を論じていおいるつもりで、何が、日本であるか。

私は、応答した。

なるほど、自民党(財界)が企んでいるような大規模営農をやれば、生産力は上がり、必要な食料の確保はできる上に、農産物の輸出も増えるであろう。

そうした状況を設定すると、現在、150万人いる農業に就労している、人は20〜30万人で足りることになる。

後の100万人を超える人たちは、どうして生活費を稼げば良いのか。と

思い上がった、エリートは、そんな設問にも、答えを用意している。

人間、努力をすれば道が開けるもの。

現在、失業者が多いのも、ワーキングプアーが多いのも、怠けているからであり、努力が足りないのであると。

・・・

初対面で、いきなり諍いをする訳にもいかず、控えめに反論した。

日本と名づけて経済論を言う場合、平均的な日本人を想定して語らねばならないのと違いますか!

私の周囲で失業している人も、低収入で喘いでいる人も、それなりに真剣で頑張っているが、特別な能力がある訳ではなく、貴方の様な人に、とても対抗して自分の位置を守ることなどできないですよ。

そうした人を切り捨てて、日本は進むべきと言っておられる。

経済的強者の論理、そのものである。

しかも、政治が悪いから、現在の日本の経済的苦境があると前置きされている。

政治とは、何かについて

全く、反転した概念を抱いておられる!


ありゃ

ちょっと、言いすぎたかな!
メンテ
経済の話し→今までのまとめに代えて ( No.146 )
日時: 2016/05/02 12:49
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:0a1rg5RM

株価、為替相場は、実態経済を離れて勝手に動いている。
株式に投資している人は別として、一般の人々は、株価、為替相場の変動は、マネーゲーム以外の何でもないことである。

しかしながら、政府、金融当局は目の色変えて対応し、それが経済政策の根幹であるように思っている、その様子から、一般の人々には、それが(株価、為替相場の維持)経済と映る。

株価が上がり、為替相場が自国に有利に推移すれば、国民経済が向上すると思い込み、また思い込まされ、政治に期待する。
政治は、実体経済の有り様、国民経済の有り様を考えることなく、ひたすら金融政策にのめり込む。

TPPなど、貿易協定に頼れば解決できると思い込む。
しかしながら、失業者の増大、ワーキングプアーの増大に対して、最近の20年間の施策は何の効力も発しない。
否、其の施策でもって、たまに対症療法の効果があるとみて、金利政策に儚いのぞみを託しているのみである。

経済通と言われる人々、専門家は、その対症療法(金融政策)の内容を批判し、経済を論じているが、グローバル化が進むにつれて、その効果も薄れて行く。
アベノミクスなど、そう言う経済の専門家の中では、かなりまとまった意見なのであるが、上手く機能しないと口を揃えて避難はするが、対案は何も出せないでいる。
彼ら専門家自身、何の手立ても持たず、ひたすら非難を繰り返すことで、職責を果たしていると思い込んでいる。

このような状況が現代である。
もはや本当の国民経済を語る、誰もいないのである。

先のレス(No145)で紹介した様に、企業の為の、強い企業の為の経済論をいう人間はいても、国家、国民の経済の有り様を語る人間はいないのである。
経済の専門家、政治に経済を託していても、国民経済の問題は解決できないのであり、専門家、政治家は解決する気もないのである。

このスレッドでは長い時間をかけて、経済とは何かを求め、経済の仕組みを調べ現行の経済理論、施策を見てきました。
その上で、国民経済の為に、何をしなければならないのか、何ができるかについて糸口を探してきました。

これからは、その先を考えることに切り替えたいと思います。

(これまでのまとめを箇条書きにします)

1 経済のシステムは資本主義の有り様を原則とすべし。
1 生産技術の著しい発達は、雇用という領域で産業構造を変えてしまっている。
1 経済のグローバル化は、経済活動自体を地域拠点型に変えて、経済のシステムをすべての地域の人々に万遍なく与えなくなっている。
1 生産技術の発達は、産業構造を変える以外に、需要と供給の関係によって成り立ってきた通貨の有り様を変えている。
1 従来の経済理論は上記のどの項目にも対処することはできず、ひたすらグローバル化を促進する以外に関与出来ない。
(以上)

このスレッドの後半では、上記の問題点にどのような対応ができるかを論じてきた。
集約すれば、雇用の確保は政治の使命であり、それを実行するのが経済政策である。
そのためには、税収に頼る施策では、豊かな社会保障を前提とする現代社会では出来ない。
対策として政府による通貨の増刷があるが、これをタブーとしてきた現行の経済理論を検証してみて、ある制約の下であれば、可能であることが解った。
この基本が成立すれば、どのような社会を実現できるかについては「新しい日本のかたち」スレッドで初めている。
重複するが、ここにも転載することにします。
メンテ
経済の話し   新しい日本のかたち 1 ( No.147 )
日時: 2016/05/02 22:17
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.8Zwuq1M

さて、しばらくは「新しい日本のかたち」スレッドから記事を転載します。

(NO 29のレス)

みんなが、新しい国のかたちをイメージし

それが土壌にならなければ、社会は変わらない。

経済の理屈も、GDPの話題も不要。

新しい国の形を思いやる、その心が、その総体が社会を変えられるのである。

難しいことではない。

不可能なことでもない。

このスレッドを読んでいただいて

想いを巡らせていただきたい。

それだけで

社会は変えられる。

幾ら官僚共が横暴であろうとも

幾らユダ菌が力をもっていても

大衆の相違にはかなわない。



(No 30のレス)

新しい日本のかたち。

1 生活基盤は、資本主義の原則に基づき自由競争の場とする。

 働かねば生きられない事を原則とし、余暇に埋没する社会は否定する。

1 生活の為に働かねばならない人たちには雇用の場を提供する。

民間で雇用がなければ国家が何かの形で、それを設ける。
 具体的には公共事業の発注、介護保険事業への支援。

1 食料など基本材の自給自足の為に、第一次産業を盛んにする。

 インフラの整備、補助金の整備

1 都市部、地方の交流の活性化。

 行政機構、研究施設などの地方への分散。
 現役世代とリタイア後の住み分けを奨励し、都市と地方の人口の流動化を図る。
 産業施設の為ではない、国土利用計画を策定する。
 極端な過疎地を統合するための施策を行う。

1 人間の身の丈にあった制度を考える。

 サービス産業における省力化(無人化)は、全体の状況に合わせてコントロールする。

1 基礎年金分は国民全員を対象に国家が支給する。

※ 以上の為に通貨の発行権は国家が所有し、必要な通貨の増刷を行うものとする。
 ただし、ベーシック・インカムのような現金をバラまく事は戒める。


企業の社訓のようなもので、難しい理屈ではない。
これを実践するための決意、努力、方策が問題なのであり。
それが政治であり、学問である。


(NO 31のレス)

何回も繰り返して言いますが、現代の問題の根本は、生産技術の発達と、流通のグローバル化で、取り残された人々が多く出てきていることです。

それは、景気、不景気の問題ではなく、格差の問題でもない。

欧米先進国の失業率が10%にも上がり、下がって行く傾向は見られない。
アメリカなどで失業率が5%内外と言われている一方で、フードスタンプの受給者が5000万人近くいると言う現実が、統計の矛盾を物語、現状を訴えている。

日本においても、非正規雇用が就労者の4割を超えていることは何を物語っているのか、真摯に受け止めねばならない。
雇用と言う問題が従来の感覚では考えられなくなってきている。

この問題を直視せずに、経済を語って何になるのか。
辻褄合わせの経済の施策が意味をなさない事を考えるべし。

この観点から見れば、ユダ菌問題など本質ではない。
今までの産業の有り様事態が問われているのである。

資本主義の理論は、たかだか200年の歴史。
資本主義の原理は、それ以前から存在し、人類とともにあったもの。

現代資本主義の理論を打ち破っても、それが資本主義の否定にはならない。
生産技術の発達は、これほど世界を、人間社会を変えている。

ここの新しいシステムの構築を考える事は、決して先走った行為ではない。
文明史的転換と大きな事を言っているが、最近の200年は、過去2000年以上のスピードで変遷している。

文明史的転換と言っても、何ら可笑しくはないのである。

続く
メンテ
経済の話し   新しい日本のかたち 2 ( No.148 )
日時: 2016/05/02 22:21
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.8Zwuq1M

(NO 32のレス)

1000兆円もの借金を抱え、通貨危機となり預金封鎖もやむを得ないなどと言う戯けた論理がまかり通っていることは他のスレッドで検証すみ。

現行の金融理論など、クソ喰らえで、ここでは全く新しいシステムで経済を検証して行こう。

まず最初に問題にするのは、通貨発行権を国家に取り戻し、政策遂行の為の通貨の増刷は、これを認める。
通貨の増刷と言ってもインフレを誘発するような増刷は、固く禁じる。
ベイシック・インカムのように現金をバラまく事は基礎年金支援以外は固く禁じる。

さあ、何からやろうか。
まずは、1000兆円の借金の問題。

これは毎年発行する借転債(平成27年度で110兆円あまり)は全て通貨の増刷で賄う。
国債の多くは10年おのであるので、これを続けて行けば10年で借金はなくなる。

さて一般会計予算であるが平成27年度を例にとってみましょう。

各省庁で使う事業費の合計は75.8兆円
これに国債費       25.8兆円を足して
             101.6兆円が予算として計上されています。

レ レ レ 下の記事とは、つじつまが合いません。

平成27年度国債発行

建設国債       6.0兆円
特例債(赤字国債)  31.0兆円
借換債       116.0兆円

ここが国の予算の解りにくいところ、

国債についても、償還金の一部資金を調達するために、借換債(借換国債)が発行されます。借換債は、国債整理基金特別会計において発行され、その発行収入金は、この特別会計の歳入の一部となります。なお、借換債の発行に当たっては、新規財源債と異なり、国会の議決を経る必要はありません。

そうなのです。
最近数年は、借換債の発行が100兆円を超えていることは確かなのです。

一般会計における税収は、50兆円そこそこなので、一般会計の国債費(何を指すのかわからない)25兆円を含めて、106−50=56兆円は錬金術で編み出さねばならない。
56兆円だけで良いかと言えば、それもさにあらず、実質は平成27年度国債発行金額は152.兆円であるのである。

ところで、そう言うややこし話とは、もうおさらばです。
国債は、発行しないからです。

1000兆円の借金返済の為の通貨の増刷の他に、75.8−50=25.8兆円通貨の増刷をします。

つでに、24.2兆円増やして50兆円の政策遂行の為の通貨の増刷をします。

これによって、基礎年金は一人あたり月に10万円は保証され、
介護保険への支援は3兆円増やします。ヘルパーの給料が上がり介護サービスに従事したい人が殺到するでしょう。
公共事業として
老人医療施設を大増築します。
農業、漁業のインフラ整備に今までの3倍以上の金をつぎ込みます。
新幹線もドンドン作ります。

プラス、24.2兆円で、これくらいは楽にできるでしょう。
さあ、これで何が不都合か考えてください。

悪性インフレが起きると思いますか。
株価、為替に大問題が起きますか。

国内の景気が回復すれば、何も輸出にこだわることはありません。
大きな問題は何もない。

否、あった!
それは資金の貸出して命をつなぐ金融機関が困るのです。
金融業などは、現在の規模から縮小して、職員の年収もグット下げてやらせれば良い。
国家相手に商売するなどと、おこがましい。

ユダ菌が困るのです。
皆さんは、金融機関を支援しますか、ユダ菌を支援しますか。

それとも我々の国作りへ向いますか



(No 33のレス)

他のスレッドも使い、新しい日本のかたちの可能性を模索しています。
その前提条件となるべき通貨の問題の検証は、ある程度やってきました。
ここでは、それが可能と言う前提で、さらに論を進めようと思います。

要するに通貨発行権を国家が持ち、政策の遂行の為の通貨の増刷ができると言うシステムを作ることです。

考えて見ますと、我が国の予算も税収で賄えなくなってから随分と時間が経ちます。
現在では税収の2倍以上の予算を組んでいる状況です。

これは我が国でも年金を初めとする福祉政策の充実に伴い、予算が膨らんだからで、言われるように「小さな政府」に切り替え、明治時代当初、幕末の政治に切り替えれば、税収の範囲で国家の経営もできるでしょう。

それでは、そうすべき、と言う意見も出るでしょうが、その前に経済の本質をじっくりと考えてみましょう。
一番大きく変わっているのは、食料をはじめ、あらゆる商品が必要な量を十分に確保できる体制にあり、かつ、その生産余力は、過剰と思われる位に存在すると言うことです。

税収がないからと言って、古い、貧しい時代へ後戻りする必要はないのではないでしょうか。
その具体的な解決策は、国家による通貨の管理で行えることです。

今度は、国家と言う概念の見方を考えてみましょう。

>国家とは、国境線で区切られた領土に成立する政治組織で、地域に居住する人々に対して統治機構を備えるものである。領域と人民に対して排他的な統治権を有する政治団体もしくは政治的共同体である。 政治機能による異なる利害を調整し、社会の秩序と安定を維持していくことを目的にし社会の組織化をする。


国家の役割を統治と言う意味でのみ、捉えるならば福祉政策は必要ありません。
しかしながら民主国家と言われている現在は、国民の幸せの為に充実した福祉制度を維持する事を重大に思っています。
高福祉、高負担と言う考えで従来は、それを実現してきましたが、格差が増え福祉の対照とする人々の比率が増大するとともに、高負担の限度が過ぎてしまいました。

資本主義社会を続ける限り、格差の問題はなくならず、グローバル化の進展とともに広がる一方です。
ですが、資本主義社会の原則は人類にとってなくてはならない原理でもあり、対義語の共産主義社会が良いとは決して思えません。

そこで考えたのが、増え続ける福祉の財源を、通貨の増刷で賄えないものであろうか、との考えです。
普通は、むやみな通貨の増刷は、悪性インフレを誘発するとタブーとされてきました。

ところが生産手段の発達は、何時でも必要な商品を作り出す事を可能にし、インフレが起きる条件の商品の取り合いと言うことはなくなりました。

個人的に通貨の増刷をすれば贋金作りの犯罪ですが、国家が国家の政策を実行するための通貨の増刷は制度として存在できると言うことになります。
もちろん、その限度は、別途に定める必要はあります。

実際に、過去数十年、建設国債、赤字国債の名目で年々数十兆円の通貨の増刷をし、それを国債と言う形でやった結果、1000兆円の借金ができた次第です。

平成27年度の実績では、建設国債、赤字国債を38兆円発行しています。
借換債は別として、この部分が税収不足を補う為に発行された通貨です。

実際には巨額の借換債やその金利負担など、国債でなく、単なる政府紙幣として発行するならば、38兆円ではなく、四十数兆円を発行していることになります。

それでインフレなど、起きてはいないでしょう。
この上に、30兆円を上詰みし、都合70兆円の政府紙幣による政策を実行できれば、現在課題となっているほとんごの事業は日の目を見て、予算の実行とともに国内の景気は活性化すること間違いはありません。

これができない理由は、全くないのです。
国家予算の真水部分(国債関係費を除く)の内、省庁の経費(人件費を含む)を除外した、民間に投下できる金額は、倍くらいになることを想定されれば、その様子が判るでしょう。

何の為に、国家が、そのような事をするかと問われたら、
それは雇用の促進であり、格差社会から追い詰められている人々の救済をして、社会に幸せをもたらす為であると言う。

ここに新しい社会うぃ現す言葉として

>生活の為に働く意志のあるもの、能力のあるもの全ては、国家が雇用を保証する。

そう言う国のかたち、は如何でしょう。



(NO 34のレス)

ほとんどの皆さんは、国家は税金で運営されているものと思っていました。

税金が足りなければ造幣局でお金を刷って、それを使おうなどとは考えもしませんでした。
そりゃ、贋金を作ることが容認されれば、働かなくても食べて行ける。
何でも買える、何でもできる。

個人的には、そうであるから国家も贋金を作るなどと思いもしませんでした。
お金とは、そう言うものと思っていました。

原則としてお金とは、そう言うものでなくてはならないでしょう。
ですが、お金と言うものを、しみじみ考えたことはありますか。

お金がいくらあっても、食べるものが変えなくては何にもならない。
お金がいくらあっても買うものがなくては意味がない。

逆に、お金がなくても食べるものが自由に手に入ればお金などいらない。
自動車でも、電気製品でも自由にもって行くことができたらお金などはいらない。
飛行機や電車も無料で乗ることができればお金などいらない。

お金が大事か、商品、サービスにどちらかを選べと言われると、ちょっと考えた結果、商品を選ぶであろう。
お金とは、そのようなものであり、商品、サービスが得られる保証があるから必要なもの。
また、商品、サービスの量に比例してお金がなくては、それが買えない人も出てきて大変だ。

お金だけがありすぎても、お金に比例して商品は買えない。
お金とは、そう言うもの。

必要な商品、サービスがあってお金が足りない場合、お金は自然と増えてくれるのであろうか。
確かに明治の初めの頃は、現在に比べ圧倒的に商品がなかった。
だが現在は、どうであろう。
ほとんどの人は個人の住居を持ち、電化製品などはフル装備でもっている。
明治時代に比べてお金が増えたのであろう。

んっ!
お金は働いたら稼げるもの、明治のはじめ、3000万人の人が働いて得るお金の総量と、現代社会で6000万人の人が得るお金の総量は2倍にも3倍にもなっているであろう。

そのお金は誰が出しているのか。
通常は会社からもらうが、会社はどこからお金を集めてきたのか。
詰まるところは明治時代以降、お金は誰かが、ドンドン増やしていたと言うことになる。

それはそれとして、別の疑問が沸いてくる。
お金が先に増えるのか、商品を買うために働く人が増えるのか(商品が増えるのか)。
卵が先か、鶏が先かの話になってくる。

面倒なことはさておき、お金とは、常に必要に応じて減ったり、増えたりするもので絶対量が決まっている訳ではない。
と言うことは解った。

元の話に帰って、

ならばお金と商品、サービスを同時に作れば話は解りやすい。
もっとも、それが出来、また許されるのは個人ではなく、国家とすれば社会に住む皆も納得できるであろう。

なら、ヤッちまえ!
何を!

公共事業でも介護サービスでも、国家事業を行うお金は、同時にお金を作って使えば良い。
実に合理的な発送ではないか。

でもね、お金がこの世に全てではないのだよ。
人間から勤労意欲をなくしてしまったら、真面目に働く人がいなくなる。
国民の大半が遊人のような社会が幸せと思いますか。
人間性が変わってしまいますよ。
それでも良い人は良いとして、私はそんな社会はまっぴら御免。
少々は貧しくても生きがいがある方が良い人生と考える。

出来れば、そう言うことは(お金の増刷)しないで済むようにすることが大事である。
それで無制限と言う訳には行かないが、必要最小限の贋金作り(少し人聞きが悪いが)は認めてもよかろう。

だが、これは国家としてやる場合だけだよ。
市町村まで、それをさせてはならない。
そのような事をすれば、社会はシッチャカ、メッチャカお金の信用がなくなり、個人も贋金を作りことになる。

まあ、このやり方は危険ではあるが、危ないものほど魅力もある。
倫理的には、税金が足りなければ政府紙幣の増刷で政策を実行することは可能である。

倫理的、道徳的に自信があれば、挑戦したら如何なものかな。

確かに、お金と言う物は、見えているより複雑なものではある。
だから、魅力があり、それを求めるのかな。




おそまつ!


続く
メンテ
経済の話し 新しい国のかたち 3 ( No.149 )
日時: 2016/05/02 22:23
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.8Zwuq1M

(NO 35のレス)


「ロボットは一家に1台」の時代がもうすぐ来る
掃除用ロボットは既に多くの家庭でお馴染みとなっているでしょう。
ロボット時代の創生と言うことで、多くのメーカーが開発に勤しんでいます。

 私はこの数年のうちにロボットが一家に1台普及する時代が来ると信じていて、その息吹を肌で感じています。

 ですので、それを皆さんにシェアし、IT産業を支えるエンジニアの皆さんにいち早く、将来のロボットはどうなっていくのか、皆さんとのかかわりがどうなっていくのかということをこの記事で紹介していきたいと思っています。

 皆さんにとってロボットってまだあまり身近に感じるものではないと思います。

 ロボットと言ってすぐにイメージするのはホンダのASIMOやSONYのAIBOでしょうか?その技術はすごいということはご存じだと思います。歩行技術やセンサー技術、などずいぶん進んでいますよね。

 また、ちょっとマニアックな方なら、“RoboOne”という格闘系の大会を年に何度かやっているのをご存じかも知れません。これもずいぶん技術は進んでいて、なかなか倒れないし、転倒したとしてもすぐに起き上がります。その様子に驚かれた方もいらっしゃることと思います。

 しかし、ロボットはそういった特殊なショー的なことやホビーの世界では扱われていても、私たちの生活の中にはまだまだ普及していないと思います。

 私はここ数年のうちに皆さんの家にロボットがやってきて、皆さんが生活する上でなくてはならないものになっていくと思っています。


ところで、ロボット時代を喜んでばかりいられません。

ロボットは人間の雇用を奪う。

米・経済紙ウォールストリート・ジャーナルが、ロボットの発展による人間の仕事の喪失規模について言及した。

 ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)は8月25日、人間とロボットが職場でともに働く時代を経て、ロボットが人の仕事を奪う時代に進むだろうとした上で、人間の雇用が失われる規模について指摘した。

 2013年の英オックスフォード大学の研究では、今後数十年の間に、人間を雇用していた職場のうち、47%程度が自動化に伴うロボットに取って代わられるだろう推算している。技術および科学の発達が経済活動に及ぼす影響を分析する米国のフォレスター研究所も、オックスフォード大学の研究結果ほどではないが、少なからぬ仕事が人々の手から離れると見込んでいる。

 同研究所は、2025年には、米国で自動化によって2270万人の雇用が消えるだろうという見通しを指摘している。ただし、同期間に新しく創出される雇用を考慮すると、実際にロボットに取って代われる雇用数は910万人と推定しているそうだ。2015年現在、自動化およびロボットが占める雇用は、全体の仕事の16%の水準に達しているという。

 オックスフォード大学の研究より前向きな見通しを発表しているフォレスター研究所だが、彼らですら人々が体感する雇用の減少は、様々な分野に広がるだろうと予想している。しかし、これらの自動化またはロボットの登場により、新たに創出される雇用もある。代表的な分野では、ロボットを対象とした修理・点検分野を挙げることができる。フォレスター研究所は、自動化やロボットの導入で雇用が10件ほど消えるごとに、人間には1件の新たな雇用が登場するだろうと分析している。

 なお、米・ピースカールタイムズは「ロボットに奪われない代表的な職業10選」で葬儀指導員や(高齢者や児童を相手にした)デイケアワーカーなどを選んだ。理由として「人間的な共感が重要な職場」であり、「それらの職種の現場では、ロボットと対面させられることは不快であるから」とした。オックスフォード大の研究でも、人間であることが不可欠な専門セラピストや療法士、精神的な健康に従事する職業がロボット代替確率の低い職業としている。


オックスフォード大学が選ぶロボットに代替される可能性が低い職業
1位 専門セラピスト
2位 精神健康担当社会福祉士
3位 歯科専門医
4位 内科専門医
5位 栄養士

オックスフォード大学が選ぶロボットに代替される可能性が高い職業
1位 電話販売員
2位 税務代理人
3位 時計職人
4位 金融会社の貸出担当者
5位 銀行の入出金職員

(引用終わり)

いかがでしょうか、10年後の話ですよ。
10年後でこの予測だから、30年後は、とんでもないことになっています。

いくら家庭用ロボットが便利だと言っても、それを買うお金はどこから出てくるのでしょう。
ロボットに心配をするよりも、そう言う時代、私たちは生きるために働く場所があると思いますか。

人間、1ヶ月も食事をとらなかったら、ほとんどの人は死んでしまします。
その時、世界の100億の人たちは生きていけるのでしょうか。
いや、いや、未開の地で生活している人には何でもないことかな。

科学技術の発達が貧困を生み出すと言う事を言われている人がいますが、現代社会の問題は、まさに、ここにあるのです。

資本主義経済のシステム!、そんなものでは太刀打ちできませんよ。
新しい日本のかたちスレッドでは、このことを考えましょう。




(NO 36のレス)

少子化問題で労働力が不足するから外国人労働力を1000万人もいれよう、などと、ふざけた意見がまかり通る。
少子化と共に需要も減ることなど眼中にない。
低金銀を求めて中国、東南アジアへ工場が進出しているが、そのメリットも今のうち。

ロボット化が進展すれば、これに代わる労働力はない。
なにせ相手は機械、24時間創業、年中無休もお手のもの。

そりゃ、あらゆる工場生産品は、今の1/10の人間で生産できるようになる。
サービス産業があると、多寡を食っているが、無人改札口はもはや常識、無人スタンド、自動販売機、無人レジなどが行き渡り、将来は介護ロボットの発達で、最後に残るであろう、介護産業も機械化される。
無人操縦のタクシー、公共乗り物が登場するのも時間の問題。
洗濯屋も写真屋も今はすっかり斜陽産業。
スポーツの審判員もロボットにさせるほうが、余程正確になる。

このような時代になれば、働いてお金を得て、それで生活すると言う、何万年続いてきた人間の歴史はどうなるのか。
働かずに食える想定などしたことなかった人間は、どうすれば良いのか。

人類始まって以来の文明史的転換の時代が近づいているのである。
もとろん、一気に変わりはしないが、それが徐々に、徐々に既に始まっているのである。

そのような時代に、合理性は至上の原理、自由競争は束縛してはならないなどと、マヌケな論理から離れられない。
まあ、仕方がないか。
資本主義と民主主義がもたらした、ここ200年の果実を貪り続けていれば、我を忘れて有頂天になる。

でもね、真面目に考えて、どうすればいいのだろう。
人類が万物の霊長と自負するならば、考えて自ら招いたこの様な挑戦を受けて立つべきである。
何もしないうちにギブアップする必要はないのである。

そこで考えられるのは、必要な雇用の確保ができるか、否かである。
それは、もう市場の原理では無理な話し。

社会全体として、そう言うシステムを考えるのである。
今まで人間は、このような事を考えもしなかったが、人間であればできるはずである。

ただし
人間から我欲を取れば、あとは抜け殻。
生活はできても何をしでかすか解らない。
完全な管理者会は容易に思いつくであろうが、それではいけない。
人間性の確保は最優先にしなければならない。


だからミクロ的には競争をさせる。格差を発生させる。
それで良いのである。

だが、全員が競争に参加できる様に国家が気を配ってやる。
これが、大きな新しい社会の基本原理なのである。
国家の目的、使命であるのである。

そのためには、第一次産業の保護育成とか、介護の領域を中心にサービス産業を産業の主流化とする。
交通網の整備、住環境の整備、産業のインフラ整備などの公共事業などは、100年も200年分も仕事がある。
宇宙開発をもっと勧めても良い。
少子高齢化も見込んで、労働力の配置計画を国の責任で検討するべきである。

ところが、税収を基準に予算を組んでいる、どこの国でも予算に縛られ将来社会を見越した政策がとらないでいる。
生産の場で、これだけの進歩があり、雇用が失われると言う時代に、なぜ従来の経済の理論など適応する必要があろうか。

否、時代に合わせて変えて行かないと人類文明、そのものが破綻する。
経済学者、政治家、官僚は、すべての制度を白紙から見直す試みをしなければならない。
税収に頼った国作りなどは、考え直すべきなのである。
極端に偏るであろう税体系など意味がなくなるのである。

ユダ菌の弊害などは、この問題の前には蚊に刺されたようなもの。
ぶっ飛ばして進めば良いのである。

300年も先の、完全な未来社会の到来に備えるためにも、我々はやるべき事をしておかねばならないのである。


続く
メンテ
経済の話し 新しい日本のかたち 4 ( No.150 )
日時: 2016/05/02 22:26
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.8Zwuq1M

(NO 37のレス)


と言うことで、私は経済のスレッドを中心に色々なスレッドを使い、この可能性を探ってきた。

パラダイムチェンジも貧困の構造も、アングロサクソン研究も、全てこのためであった。
「大和魂」のスレッドも究極的にはこれに結びつけるつもりであるが、まだ道は遠いようである。
この問題は単に経済の問題に留まらず、皆が将来の社会の有り様について共通の認識にいたらねばならないからである。


でも、まあ、経済の領域で、何とかできるであろうと言う目論見が出来、さらに次の段階に挑戦することにする。

先のレスでは大きな事を言いましたが、実際は数十億の人間が実際に生活し続けている社会。
大きな改革が、一気に、容易にできるものではない。

現在考えて、できるもの、やらねばならないことが、通貨発行権の問題と、政策に使う財源を通貨の増刷で賄う事を認めさせることである。

これができなければ、なんの手立ても打てないのである。
逆に言えば、これが出来ればあとは技術的な問題。
優秀な官僚共が何とか考えるであろう。
東大出の馬鹿でも、それくらいは出来るであろう。

ここでは、この問題は解決できるとして、近未来の社会のかたちを具体的に描いてみよう。




(NO 38のレス)

新しい国のかたちの形態編ですが、まず年金のことから始めましょう。
実は、これが一番費用がかかる問題です。


基礎年金の支給は、60歳になると、一人あたり月額10万円を支給する。

年金の支給は、年金を支給されるまでの掛金の多寡に関わらず一律に支給する。

ただし、いかなる形にせよ、収入があるものに対しては、所得の2%を年金積立金として徴収する。
企業については天引きで、事業者は確定申告の時点で収める。
例えパート・アルバイトであっても、事業主は2%を天引きし当人に変わって収める。

所得がありながら、掛金を収めない人に対しては、不足分を計算し支給から差し引きする。

年金掛金の目安として、年収が600万円ならば12万円、300万円の人で6万円程度、200万円ならば4万円、100万円ならば2万円であり、将来の基礎年金の受給額に比べて納得して頂けるものである。

また、年金の受給前になくなる人に対しては、それまでの掛金の総額に応じて一時金として遺族へ支給する。
この計算で行くと

年収300万円で40年働いた人が収める年金の総額は240万円。
これを複利計算で運用していたとしてせいぜい700万円程度であり、
支給される基礎年金の7ヵ年分に当たる。

85歳まで生きるとして受け取れる年金総額は、3000万円。
3000万人の老人が基礎年金を受け取るとなれば年間の支給総額は36兆円となる。
積立金の運用で10兆円くらいは出せるので、都合25兆円が国の負担となる。
これを通貨の増刷で賄う。

国の負担分が大きいが、あくまでも働ける者は、真面目に働くことが受給の条件である事を示している。
後の年金(現在の厚生年金に当たる部分)は、民間業者の年金に任せ、自己責任でやっていただく。

国の負担分が大きいが、これが福祉国家の要であり、多くの老人の老後を安定させることにより、社会の活性化を図る。
30兆円分のお金は、必ず消費となって市中に還流するので単なるヘリマネには当たらない。


(追伸)
ここ20年くらいは、戦後のベビーブームの影響で、年金受給者が4000万人を超えるが、現在の年金の剰余金、約200兆円を逐次取り崩すことによって切り抜けられる。

※ 平成27年度で厚生労働省の一般会計からは、11兆円が年金の維持のために使われています。
  後で国家の財政を検討するときに、これらの資料も関係してきます。




(NO 39のレス)

さて次には国民医療費の考え方を見てみましょう。

現在の医療保険制度は、
国民健康保険(市町村)       3520万人
国保組合               312万人
全国健康保険協会(一般的な健康保険)  3488万人
組合管掌健康保険(企業毎)      2950万人
船員組合健康保険           13万人
共済組合けんぽ            919万人
後期高齢者保険            1473万人
その他                  2万人

合計 1億2887万人の国民皆保険となっています。

これに対して平成27年度の国民医療費の合計は、40兆円近くになっています。
上記の健康保険制度の会計では負担できない部分、11.0兆円は厚生労働省の一般会計から出ています。
と言うことは、各健康保険から出ている医療費の総額は、29兆円ということになります。
皆さんが支払われている保険料いついて、段々と値上がりしているので負担に思っておられるでしょう。
その実態を全体から検証してみましょう。
まず我々労働者の総年収ですが、

我が国の労働人口を6500万人とすれば、平成23年度の労働者の総賃金は
当時の国税庁のデータから平均をとって
約 340兆円となります。

(平成23年度のデータ)
年収 100万円以下      526万人
同 100〜200万円      1612万人
同 200〜300万円      1300万人
同 300〜500万円      1267万人
同 400〜1000万円      1059万人
同 1000〜2000万円      461万人
同 2000〜5000万円      201万人
同 5000万円以上       13万人
保険料の比率はいろいろとあるでしょうが、それを無視すれば、340×0.085≒29兆円。
つまり年収の8.5%を払っている訳になります。
年金の項目で計算した様に
年収600万円の家庭では、51万円
年収300万円の家庭では、25.5万円。
累進課税方式となっているので、実際はもう少し少ないでしょうが、それでもあまりは違わない事を実感されるでしょう。

さて、新しい日本のかたちの医療制度ですが、基礎年金の場合の様に、何でも通貨の増刷とはいけません。
ですが、現在ある多くの保険組合を統合し、国家が(外庁としても良い)管理する一つの保険機構とします。
保険料の徴収は今までとおり所得によって累進的に聴取する。
徴収のしかたも基礎年金と同じように、パートなどの場合も事業主が代行して国家へ収める。
自営業者は確定申告時では負担になるので、毎月収める様にする。
年金の場合でもそうであるが、事業主負担は廃止する。
ところで事業主負担の分は5兆円を超える額になり、その分は、みなさんの負担に上載せする。
上記の計算には既に含んでいる。
その代わり事業主には法人税をしっかり払って貰うことにする。
なを、年金も保険料もパート、アルバイトであっても報酬を支払う時に天引きとなるが、天引きの後の金額が実際の最低賃金と考えれば本人の不利とはならない。

皆さんが払う保険料の額であるが、年収の8%と設定し、あとは従来通り国庫の負担とするか、これも通貨の増刷が考えられる。
税収が確保されれば、一般会計の処理としたいが、それは後ほど検証する。

要するに税金とは別に、国民負担分という考え方で、福祉制度を充実させる為には、税金を含めて国民負担率が30〜40%になるのは覚悟しなければならない。
年金と医療保険で、10%負担し、所得税、消費税等で25〜30%ひねり出すことが目標となる。
その内訳は別項目で検証することとする。

現在でも日本の国民負担率は消費税を15%にすれば、40%を超えて北欧の諸国と肩を並べる。
しかしながら、現行のままでは、40%になったところで十分な福祉政策はできず、安心して住める社会とはならないであろう。


なお、後期高齢者医療制度のことであるが、これは従来ならば扶養家族として保険料を徴収してなかった人を対象に、保険料の窓口を増やすために厚生労働省が考えたことであり、実際には、後期高齢者への国庫の医療補助が6兆円を超えるなど、目的が達しられた跡は見当たらない。
別途に再検討することにします。

続く
メンテ
経済の話し 新しい日本のかたち 5 ( No.151 )
日時: 2016/05/02 22:30
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.8Zwuq1M

(NO 40のレス)


年代別下記の表で上は就労者数の実数を示し、中段は、就労者数の産業別比率を示します。最下段はその年のGDPの産業別比率です。

          第一次産業     第二次産業   第三次産業  
1955(昭和30年) 1600万人     950万人    1400万人
産業別比率   40.0%       24.0%    36.0%
GDPの比率  5.0%      35.0%     60.0%

1980(昭和55年) 500万人     2000万人   3200万人
産業別比率   9.0%      34.0%     56.0%
DGPの比率  4.0%      34.0%     62.0%

2010(平成22年) 250万人     1550万人    4400万人
産業別比率   4.0%       25.0%     71.0%
GDPの比率  2.0%       25.0%     73.0%

2015(平成27年) 160万人     1523万人    4668万人
産業別比率   2.5%      24.00%    73.5%

※ 2045年(30年後)の予測→人口が1億人(現在より2割減る)としての計算です。
その時の就労者は現在と同じ比率で5000万人。
2045年  125    1200万人   3675万人
産業別比率   2.5%   24.0%    73.5%

上は単純比例ですが、実際には生産の分野のロボット化を計算すると。
        125万人  600万人    4275万人となります。
産業別比率は   2.5%   12.0%   85.5%
昭和30年ころと、就労の内容が驚く程変わってきているでしょう。
30年後の形態を書きましたが、第三次産業の部分もロボット化が進み、とても85.5%、4275万人の雇用を確保することはできません。
振り返って見ますと昭和55年当時、第二次産業の就労者が34.0%、2000万人いた頃が、1億総中流などと、繁栄感を感じていた時でしょう。

その後のグローバル化、生産技術の発展が現在の状況を招く引き金となっているのです。
第三次産業で労働力を吸収できている間は良かったのですが、その第三次産業でも、最近10年で増えているのは介護サービスの分野だけです。
産業別就労者の詳細で医療福祉関係の就労者は10年前は、553万人、現在は793万人で、約240万人増えています。
ほとんどが介護ヘルパーであり、現在200万人ちかいヘルパーがいますが、将来は40万人ほど人で不足になると言われています。
このような事情から、単純に下記の数値には成らないのです。
          第一次産業    第二次産業   第三次産業  
          125万人    600万人    4275万人となります。
ここで新しい日本のかたちの希望する産業構造を言いましょう。
          第一次産業    第二次産業   第三次産業  
           300万人    1000万人   3700万人
     産業別比率  6.0%     20.0%     74.0%

30年後に、5000万人分の雇用を、この比率で確保するために、何をしなければならないかは政治の課題であり、一般国民の理解と協力が必要です。
次には、雇用の確保のために、実際は、どのようにすれば良いかを検証しましょう。

参考に産業分野について資料を添付します。
(第一次産業)
 農業、漁業、林業
(第二次産業)
 製造業、建設業
(第三次産業)
公務員、運輸・輸送、情報、不動産、金融・保険業、小売、電気・ガス・水道
それ以外のサービス業(娯楽、医療・介護、警備、飲食、その他)




(NO 41のレス)

先のレスで産業別雇用の問題を取り上げましたが、これも数字を予測していても始まりません。
どのような社会となれば、その産業構造にできるかも見てみましょう。

少し結果的な懸賞になりますが、まずは将来の社会の有り様を想定してみましょう。

(生産の場)
大量生産品は、ほとんど大工場で自動生産ライン、ロボットにより作られる。
この過程で必要なのは、機械のオペレーター、修理の専門家、コンピュータ技術者、企業の管理者、清掃、警備などの維持管理などで現在よりも人数は絶対的に減ってきます。

ただ、これとは別に、手作りの妙を大切に思う需要も増えて、町工場も結構繁栄する。


(自動車)
輸送とも関連し、大きな変化がある分野。
要するにガソリン車はほとんど姿を消し、電気自動車、水素自動車が主流となる。
移動運転装置が開発されて、公共交通では、運転手はいなくなり、代わりに車掌のような立場のサービスマンが同上するようになる。

(農業)
主な食品の国内自給自足はほとんど達成している。
農業も企業化されて、地域ごとの組織が(数は制限なし)企業として経営する。
ただし、この分野は、地域毎の組織が原則であり、それ以上のグローバル化は法律で制限する(大企業の参入は許さない)。
田畑は、農業生産が効率的に、できるように公共事業によってインフラ整備を進める。
公共事業によって誰でも使用できる大温室を全国に展開し安定した作物の生産が容易にできるようにする。

昔、職人がプライドをもって仕事をしたように、農業の分野は若者が集まるような魅力のある産業と変身させる。
良質の食品は、当然、世界への輸出の対象となり、経営的にも安定化できる。

ただし、この場合、公共事業で作った施設の賃貸料は経営に負担が掛からないように格安とする。
公共事業によりインフラ整備以外でも、補助金を出すことによって自発的な向上を促す。
このように農業を人間らしい働きができる魅力のある産業に変えるとともに経営が成り立つように国家が支援することで、200満員を超える農業従事者を確保する。

(漁業)
漁船を大型化して世界の海へ打って出ても資源的に問題があり、この方面には力を入れない。
代わりに養殖漁業に力を入れて、研究施設、インフラ整備に予算を注ぎ込む。
養殖の対象は、魚介類、海藻類とすべての解散物とする。
海洋での要職場を公共事業で整備し、漁港施設を整備し、農業と同じように若者にとって魅力のある産業に育てる。

(林業)
住宅建材に使う木材の多くを輸入に頼っているが、世界全体が裕福になり住宅建設も増えて、いずれ枯渇し輸入ができない状況も考えられる。
木材の場合は植林から伐採まで、短くて50年を要する産業であり、請求な基盤の整備は難しい。
だが、現在、戦後に植林した多くの林があり、これを計画的に徐々に活用しなければならない。

現在、国内産の木材を使う場合、その価格が問題となっている。
林はあっても、それを切り出し製品化するのに大きな費用が必要であるからである。
現在は外在輸入で、国内産に変えているので、費用を商品に添加できず、特別の良材以外は商売の対象とはならず、働くものの収入も上がらず、農業以上に衰退の一歩を辿っている。

これを解決する一つは、林道の思い切った整備である。
今から言えば50年ほど前に、一次林業整備をやり始めたが、外材の輸入の勢いから国内産の切り出しを諦めた形跡がある。
それでも、現在の輸入材のようには安価にはならないが、国土保全のため、いずれ枯渇するであろう外材に備えるために、今から国家としての対策を始めねばならない。なにせ、この分野は成果を得るのに半世紀は必要である。

いずれにしても、林業の従事者は身体的に過酷であり危険な職業である。
だが、それを乗り越えられる収入を保証し、国土を守る事を国家はしなければならない。
当面は、林業に従事する者に対して1日に付き、相応の補助金を出すと言うことにする。

※ 長くなるので今回は、これまでとしますが。新しい日本のかたちの夢はとりとめもなく続きます。





(NO 42のレス)

次には生面でどのようなかたちが想定できるか見てみましょう。

生産技術の発達で、ともかく昔と違って、すべての人が食料とは機械器具などの生産に当たらねばならないことはなくなり、第三次産業と言われる分野が主な職場となります。
人類が生き残るために必ず必要な分野の仕事は少なくなり、無理して長時間労働につくこともなくなります。
要するに、余暇の時間が増えてくるのですが、余暇の時間もありすぎると、それは人間生活にとって決して好ましいものではありません。
ですので、労働時間も週休2日制が定着し、中には週休3日と言うものもあります。
出来れば週休2日くらいが適当と思われます。
いずれにせよ、定年退職の年齢も60歳程度に下がり、それに応じた産業構造、労働時間が決められます。

ですが、行政、及び経済行為の中心は、都市部に集中することは変わらず都市部の生活者はまだまだ続くことになります。
ですが、国土の利用という意味でも、生活環境をよくするためにも、地域分散型社会の構成が進むことが望まれます。

もちろんIT分野の発達で、社会の機能が地方に分散する事もありますが、それよりも人間が一生を送るに置いて、自然の環境に親しむ時間の充実を増やすことが望ましく、物質的な豊かさの次には、そう言う生き方が問題となってくるでしょう。
具体的に言えば、第一線で働く間は都市で生活していても、リタイア後の生活を地方で送るという生活方式が定着することが望まれます。
要するに、幼児期は地方で自然に恵まれて育ち、高等教育を受ける年代になれば、大都市、地方の都市で勉学に恵まれた環境で力を付け、社会人となり仕事に熱中する。
その後に、余生(第二の人生)は、自分の好きな土地で、好きなように過ごす。
すべての人間を、その対象にする訳ではありませんが、このような進路が容易に開ける環境を作ります。

このような社会となれば、都市部と地方との人口の流動化がなり、現在のような極端な格差は解消されます。
生活圏が変わることによって、地方の経済も活性化され、バランスのとれた国土利用ができます。

ただ、このためには、それが容易にできる地方のインフラ整備、病院や老後のサポートのシステムも都市部から移住する人たちが安心できるようにしなければ成りません。
従来の国土利用計画は、何が何でも産業の興隆が目的でありましたが、将来は国民の生活様式をリードするための国土利用計画を主流にします。

この場合、現代社会に残る、限界集落など極端な過疎地域は、統合することも考えねばならないでしょう。
国家が介入するばあい、行政の有り様も、財政的な合理性も視野に入れねばならず、国民の方でも、それに協力する必要があります。

念のために断っておきますが、こうした理想郷にちかい社会は、共産主義社会を想定しがちですが、そうではなく、個人の生活はあくまでも個人の努力で勝ち取るべきものであり、経済行為の基本は、現在のように資本主義のシステムを維持します。
それによって格差が生まれることでしょうが、その格差こそ、人々を緊張させて生き様に張りを持たせ平穏な人間性を維持する元になるのです。
ただし、どうしても生活に困る弱者も出てきます。
それは従来通り社会福祉の制度で救済します。
ですが、経済的に安定した社会であれば、福祉に頼らねばならない人たちの数も減り、結果的にそうした社会を作ることが財政面の国家の安定にもつながります。

このような社会の到来は、それなりに生活が安定しなければ成りません。
現在でも第二の人生を地方で送るために移住する人がチラホラありますが、現在のところ、よほどのもの好き(失礼)か、地方の生活に自信のある人に限られています。

そうではなく、普通の人々が思い立つように、国家が環境作りをし始める時期ではありませんか。
後で触れるつもりですが、そのためには地方のインフラ整備もしなければ成りません。
基礎年金制度も安心できるものでなければ成りません。
介護制度も充実しなければ成りません。
そうしたことができて、地方移住のための費用も1000〜3000万円で可能なようにしたいものですね。
地方への移住と言っても、それ用の貸家、貸マンションを作ることもできますし、貸農地なども必要でしょう。
基礎年金がしっかりしていれば、思いきって、それくらいの費用を出せる人も多いと思います。

現代資本主義は、一般大衆の環境を考えずに、滅多やたらに新商品を売ることによって発展してきました。
その結果、一般大衆の懐の都合で、また経済的に追い詰められた一般大衆の都合も考えないで、ただ、買え、買えと生産をし続けてきました。
それも、家電製品とか自動車など、作れば無理してでも大衆が買っていた時代は良いとしても、これほど物質的に豊かになった現在、企業の方も考え方を変えねばならないのではないでしょうか。
大衆の生活を安定させることが、安定した消費をうみ、それが需要を生み経済が成り立つようにすることが大事でしょう。
いずれにしても、産業としては、今までのような工場生産品が主流であったのと比べて、第三次産業の分野の要求に答える需要が多くなるでしょう。
第三次産業を活性化するには、一般大衆の安定が必要です。
政治も新しい国作りも、まずは、国内、国民の生活の安定に努めねば成りません。

これが新しい日本のかたち、の概要です。
特別のことではなく、今までは国家としては、考えようとしなかったことではないでしょうか。
これが政治の大きな方向性を定めることになることを望みます。
現実の政治は、経済の流れに振り回されているだけで、どうすれば、このような国つくりができるかなど、考え様ともしないのです。

続く

メンテ
経済の話し 新しい日本のかたち 6 ( No.152 )
日時: 2016/05/02 22:36
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.8Zwuq1M

(NO 43のレス)

(流通システム・輸送)

現在の宅配便は時を得たシステムで、これはインターネット商売と関連して、ますます発展するでしょう。
インターネットによる販売も、さらに増えるでしょうが、これは小売業の圧迫ともなり、良い面ばかりではありません。
これとは別に考えねばならないのは、ネットも使えず、グローバル化した商圏に対応することができない小規模生産業者に販売の道をつけてやることです。
そのようなシステムを構成しておかなければ、前にも述べたような手作りの商品を広くさばくことが出来ないからです。
農作物でも、付加価値の高い品物を流通ルートに誰でも乗せられる様にしなければ成りません。
これは従来の市場では対応できません。
農協も時代遅れで頼りには成りません。
また、日本には海外で販売できる多くの商品も豊富にあります。
大組織に属する企業は、それが出来るでしょうが、小規模の企業では言葉の問題、海外の基点の問題で誰でも可能とは言えません。
ですがそのような企業をまとめて、輸出の世話ができる組織は作れるのではないでしょうか。
せめて、都道府県単位で、そのような組織が3〜5もあれば、近所のそれを頼って誰でも輸出を試みることができます。
近頃は町おこし、村おこしと言う名目で、地方の行政も地元の産品の販売の支援に力を入れてきております。
これを、もう少し発展させれば、半官半民の組織を作ることができるはずです。

ベンチャー企業を奨励したり、付加価値の高い商品作りを奨励していても、その流通の問題まで解決してやらねば、グローバル化しすぎた現代社会では、その目的を達することはできません。
ついでに申しておきますと、もう農協はいらないでしょう。
存在しても他の業界と同じように、業界団体としてのみ存続すれば良く、農協を通して農政を施工するなどという考えは、農業の発展の足を引っ張るだけと思います。

(新しい価値商品)
ユーチューブへ動画を出して、多くの視聴者があればお金が入ると言います。

音楽業界でも、CDの売上よりも、ダウンロードによる普及が始まっています。
映画も同じです。
ただし、現在では余りにも高くついているようです。
この業界は、ますます進化してくるでしょう。

また、これほどインターネットが普及した時代、情報がお金になるという様なことが、もっと起きることでしょう。

現在はネットで検索して多種の情報を得るには、ヤフーとかグーグルが代表的な存在ですが、地方の事、身近な情報を詳細に知りたいばあい、それでは十分な情報が集まりません。
もちろん現在でも、そう言う活動をしている地方のサイトもありますが、主唱者の資力のこともあり、多くの人には知られてはいません。

前にも言った様に、地方で第二の人生を送ろうと、土地、住宅を探しても、信頼できる情報源は限られています。
地方の産品を購入する場合でも、どの情報でも信頼できるとは限りません。
それが地方のサイトの情報で問題が起きれば狭い範囲ですので、いい加減な情報を調べて対応することが出来、自然と無責任な情報は少なくなるでしょう。
このように、これからのインターネット時代に対応する様に、インターネット業界自体が発展することを望まれます。




(No 44のレス)

(医療制度・老人介護)

少子高齢化もあって、この問題が深刻です。
医療システムについて、現在は大病院へ患者が殺到し、厚生労働省では大病院へ行く場合はかかり付けの町医者の推薦状がいると言う様に、大病院へ殺到する患者を制御する様に必死です。
ですが、これは全く正反対であり、患者はまず設備が整った大きな病院で受け付けてやるべきであります。
何と言っても大病院は検査機器が充実していて、町医者が経験で診察するよりもはるかに病気の原因を探ることができます。
最初から、誤診されたのでは、される恐れがあるのでは患者としては堪りません。
町医者には、病気の原因、処方がはっきりしてからかかるのが本質ではありませんか。
もちろん、風邪と解っていたり、単なる腹痛で心配ない場合は別ですが。

だから、全国どの地域にも、せめて自動車で1時間の範囲に一つの設備の整った病院を設置し、その規模は該当する患者に対応できる様な規模とする。

土地、建物を含むその設備費は、行政の負担とし、運営は民間に委嘱する。
人口割で10万人に一つの病院を考えると、全国で、この基軸病院の数は1000くらいになります。
現在でも、おそらく必要な数の7〜8割はあるでしょう。
身近な例で数えて見てください。
ただし、1病院のエリアの人口10万人として、その初診を全て受け入れるとなれば、かなりの規模が必要となります。
現代の医療器械の発達は目覚しく、どの病院にも高価な機器を装備するとなると、あまり多くの基軸病院はできません。

医療システムは、こうした基軸病院を中心に、周囲に町医者を配置することです。
そうして町医者と大病院の連携をしっかりと取ることが必要です。
町医者からの要請があれば、検査の部分では遅滞なく町医者の要請に答える様にしなければ成りません。
町医者は町医者でなければ出来ない医療の範囲があります。
老人については、昔の様に往診するように気をつけることです。
最近は一部の町医者が結構、往診の体制をとっています。
その町医者の信念に答えるためにも、必要ではない治療は町医者に任せる様に患者の方も気をつけるべきでしょう。
このよう循環が機能すれば、むやみに大病院が混雑することもないでしょう。
ヨーロッパでは、検査専門の病院が各地にできており、どの町医者でも安易にそれを利用するシステムが整っているらしいです。
検査が外注なので結果が得られるまでに時間がかかりますが、最新の検査機器が利用できるので誤診は少なくなり町医者でも安心して診察を受けられます。
どちらが良いのでしょうね。

お若い方には縁が無いでしょうが、終末医療の問題もあります。
大概の人は不治の病と悟った場合、大病院で楽に最後を迎えたいと思うものです。
患者の親族も、そのように思います。
これは私の経験ですが、私の母親は自宅で看取ることになりました。
96歳にもなっていましたので延命などは望んでいませんでした。
それでも最初は、いよいよ病院で帰らぬ人となると思っていましたが、かかり付けの医者から、24時間体制で訪問看護するシステムがあると聞かされ、それに頼ることにしました。
24時間看護をするスタッフはいずれも看護婦の資格があり、契約するとかかり付けの医師と連携してモルヒネの投与など適切な処置を施し、本人は苦しくことなく逝くことができました。
同時に近くのデイサービスに通っていたので、そちらからも在宅介護として週に2回ほどスタッフが来てくれて、入浴サービスなど、いろいろと世話をやいてくれました。
そう言う状態を経験して、ようやく現代の介護システムの全容が解った気がしました。
結構な制度ができているのです。

現在の日本では、病院でも介護のシステムでも量的には結構なものが揃っております。
今後は、これを機能的に使えるようにすれば良いと思います。

さて、これとは別に、我が国の特別養護老人ホームが不足していて、待機老人が随分といます。
特別養護老人ホームに入れず、他の短期収容施設を約3ヶ月置きに転々としなければならないのが実情であります。
先に我が国の医療システムの事を賞賛しましたが、
再起の可能性のない老人が、死に場所を探して転々しなければならないなど、先進国として恥ずかしい様なシステムも存在していることも事実です。

新しい日本のかたちでは、
このようなことは解消し、各地に必要十分な終末老人施設を建設します。
それも現在の様な、4人部屋、6人部屋でなく、個室を中心として、入所、退所がいつでも自由になるようにします。
これによって老人ホームに入ることに何の抵抗もなく、親子同居に拘る必要もない社会を作ります。
そのための財源の話は別の項目で取り上げることにします。


続く
メンテ
経済の話し   新しい日本のかたち 7 ( No.153 )
日時: 2016/05/06 11:28
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:MUYWbK3Q

(NO 49のレス)


No 40のレスで約30年後の就労者数の合計を5000万人(現在6400万人)として、希望する内訳を次の様に言いました。
第一次産業    第二次産業   第三次産業  
     300万人    1000万人   3700万人

平成27年度の内訳は次の通りです。
農業・漁業・林業   160
建設業        478
製造業        1042
運輸・郵便      342
卸売・小売業     1071
学術・研究       212
宿泊・飲食       400
生活サービス・娯楽   226
教育・学習支援    308
医療・福祉      793
その他        423
公務員        221

合計   5872万人
6400万人とならないのはカウントに欠けている就労者がいるのでしょう。

さて、30年後の内訳を予想してみましょう。
(第一次産業  合計300万人))
農業・漁業・林業   300
(第二次産業  合計1000万人)
建設業        600
製造業        400
(第三次産業  合計3700万人)
運輸・郵便      300
卸売・小売業     600
学術・研究       300
宿泊・飲食       400
生活サービス・娯楽   350
教育・学習支援    200
医療・福祉      1000
その他        300
公務員        250

合計   5000万人

如何でしょうか。
第一次、 二次産業の就労者を1300万人くらいは人為的にでも確保し、第三次産業の分野の負担を減らす。
第一次産業では、農林漁業への支援を増やし、第二次産業の製造業では大幅に減る製造業対策として建設業の数を確保する。
そのための公共事業は増やすが、それは第一次産業振興、ないし福祉政策実行のための事業の展開を中心とする。
将来の生活形態の展開のための道路整備なども行う。

第三次産業では小売業の縮小は避けられず、代わりに医療・福祉を中心に雇用の確保を目指す。
公務員を減らしてないのは、新たな住民サービスを展開するため。
これからの公務員は役所に閉じこもっていないで街へ出て各所サービス・指導に当たらせる。

ここで、就労問題について、もうひとつの意見を述べます。
教師を含む公務員の中途採用の比率を格段に増やすことです。
教師、公務員の新規採用は1/3以下とし、概ね年齢を問わない中途採用とする。
これによって専門知識的にも内容が充実する。
民間の営利企業などでは、そうは行かないが、公務員なれば十分に受け入れられる体制である。
これによって公務員を巡る転職の流動化が進み、かつ、公務員の特権意識がなくなる。



※ このような日本にするために具体的に、どのような施策を必要とするか、
その要となる財政問題で通貨の増刷はどの程度、どのような分野でするかなどの検証を続ける予定ですが、現在はここまでです。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.154 )
日時: 2016/05/06 11:36
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:MUYWbK3Q

「未来社会を考える→ヒットラーの予言」スレッドのNO 131のレス

繰り返しになりますが、次の文章の意味を、感じ取ってください。
100年前に作られた文章なので、比喩的な表現になっていますが、現代社会が直面している課題を別の形で現しています。

>「ロボット人間たちのほうは、それに従って生きるだけだ。これはある意味では気楽な身分だ。戦争も気候も経済も、神人たちによって制御されてしまうので、ロボット人間たちは神人たちの認める限度で、多くのものを与えられる。食物と住居も、職業も娯楽も恋愛も教育も、時には思想さえも与えられる。

>ただロボット人間たちは、与えられ、操られていることを意識できないようになる。自分たちの意識では、何もかも自分で選択して勝手に生きているのだと思う。しかし、じつは神人たちがすべてを見通して、管理工場の『家畜』のように彼らを育て飼うことになるのだ。


生産技術の飛躍的な発達で、人々は、何が何でも働かなくても、生きていくことはできるようになってしまい、実際に既に働くと言うことはサービス産業が中心になって来ています。

人間の実質的な生活(人生)に置いて、
「食物と住居も、職業も娯楽も恋愛も教育も、時には思想さえも」与えられると言うことは、何を指すことになるのか。

従来の人間は、働かねば食えず、住む場所も得られず、義楽も、悩みも生きてゆく過程で感じ取り得てきていたものです。
このように喜怒哀楽とは人生の実態でありました。

生きるために働く必要もなく、有り余る余暇に埋没した人生に、何の人生があるでしょう。
人間は、神様の様に無色無臭の存在でいることはできないのです。
アダムとイブの話の様に、そう言う環境ではいられないから人間が誕生したのです。

理想とか、幸せなどは、求めているうちはよいのですが、その真っ只中にいれば、理想でも幸せでもないのです。
紹介した文章は、そう言う環境を示すと同時に、そのような社会からはみ出さざるを得ないもの、排斥された者が辿るアングラ生活と体制内にいる人間との致命的な対立がある事を示しています。


>「それをもっとはっきり言えば、人類の一部はそのとき、人類から、より高度なものに進化して、神に近い生物になっている。人類から神のほうへ進化するのだから、それは『神人(ゴッドメンシュ)』と呼んでかまわない。

「神人」と言っていますが、それはシステムと言い換えても良いでしょう。
システムとは、これまた複雑で、要するに我々自身が構築するもの、人間の理想、否、思い上がりが、そうさせると言っても良いでしょう。

断っておきますが、このような文章で末世を言うつもりではありません。
問題点を把握して、そうならないようなシステムを目指さねばならないことを言いたいのです。

具体的には、人間にとって生きるために働かねばならない環境は絶対に維持しなければならないことであり、ほとんどの人が働ける社会を作らねばなりません。

グローバル化する経済の法則に任せていては、それができないことを認識しなければならないのです。


「新しい日本のかたち」スレッドのNo50のレス

如何でしょうか。
私たちは、このような社会にすることが可能なのです。

最近、100年の科学の発達は、このような社会を作ることができる必要条件であったのです。
資本主義経済体制は、驚く程の速さで、このような環境を作ってきました。
その意味で、今までの経済のシステムを否定するものでは全くありません。

ですが、国民の為の経済の法則、基盤である、誰でもが容易に需要と供給の流れに乗って生活を保証される環境ではなくなってきました。
資本主義経済のシステムも、現在は、そのことを省みて方向を修正する必要があるようになってきたのです。

これは難しいことでも、何でもありません。
通貨の考え方を変えるだけで良いのです。

現在はあらゆる商品が豊富であり、量的に確保することは、経済の仕組みの使命ではありません。
今までは、資本主義の体制で、みんなの力で商品の生産することが必要であったのです。

通貨は、そのための媒体であり続けてきました。
通貨とは、経済の流れの中から発生しなければならなかったのです。

ここに書いた「新しい日本のかたち」を実現するためには、通貨は国家が増刷できるものとしなければなりません。
それは税収と言う形で国家財政を考えることはできなくなっているからです。

税収で国家財政が考えられないのは、福祉にかかる予算が多すぎるからです。
ですが、それ故に福祉社会を諦めるのではなく、現代の環境、これほど生産力を手にした人類の環境を利用すれば、新しい通貨のシステムを作り、豊かな社会を維持することができるのです。

繰り返しになりますが、通貨の増刷の考え方にも、非常に危険な要素があります。
国民が、全てを通貨の増刷で賄うと言う気持ちになることです。

物質的に豊かになった現在、物質的には可能でしょう。
商品の生産などは機械に任せて、人間は余暇を享楽すれば良いのです。

ですが人間社会で人間性を維持して行こうと思うなら、それは取り返しのつかない不幸を生みます。
人間は、あくまでも生きるために一生懸命に働いていてこそ、色々な出来事に幸せを感じられるのです。

経済の問題とは別に{パラダイムチェンジ」と言うスレッドも立てています。
人間自身が価値観を正しく認識していなければ、ここに言う「新しい日本のかたち」の社会も地獄への一丁目になることがあります。

それでもね、勇気をもって、覚悟をもってやり遂げなければならない時代が来ているのではないでしょうか。
私たち人間社会は、今でも麻薬など排斥する厳しい規約を守っています。
交通規則などでも、納得出来れば制限に応じることができます。

通貨の増刷を、雇用を確保するための事業費に充てる。
基礎年金など、福祉予算の不足分の充填以外には行わない。

これが守れると思いますか。
守れなければ、このままで行かなければならないでしょう。

私は出来ると思いますし、またしなければ、グローバル化する経済の影響で、多くの人が路頭に迷う時代となり、富者と貧者が徹底的に対立する社会が訪れることでしょう。

人類が、どのような道を選ぶか、大変、大きなテーマですが、この様な観点から、このスレッドを書いています。

(転載終わり)


上記の二つのスレッドの内容に対応する形で、経済の話を書いています。
ここでは既製の資本主義の理論に言及しても、現状の有り様を非難するためではありません。
今後、新しい何が出来るかを求めています。

さて、それでは具体的な通貨の増刷について、さらに検証をしてみましょう。
メンテ
お金の信用度とは ( No.155 )
日時: 2016/05/10 16:36
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:fdXbiRdQ

通貨の増刷がタブーである根拠として

深刻なインフレを起こす
何でも通貨の増刷に頼る様になり、社会の仕組みを毀損する
通貨としての信用の根拠がなくなり、為替相場が成り立たない
などがあります。
いずれも大変大きな問題だと思います。

通貨の増刷を封印することは、現代までは、確かに踏み込んではならない領域であり、経済もそれによって発展してきました。

しかしながら、現代は、通貨のこのような面での有り様では無い、もっと根本的な通貨の性質が変わってきております。
物資の交換の媒体として使われてきたお金は、
経済が発達した現代社会では、お金は生活の為になくてはならないものとなっています。
昔はお金がなくても、少なくても、何とか生活をすることができました。

経済が発達して、誰でもお金を手に入れられる様になってから、人々も生活の仕方が変わってきました。
自給自足はほとんどなくなり、お金を得るための職業もドンドン分業化が進み、お金は生活の全てとなりました。

お金が誰でも手に入れることができる環境であれば、真面目に働きさえすればお金は手に入り生活ができました。
一部の人が、そうであっても仕方がありませんが、多くの人がお金を手に入れることができなくなれば「通貨は物資の交換の媒体」であると言うようなのんきな事を考えていることは出来ません。

何が何でもお金を手にしなければ生きて行くことができないのです。
お金(通貨)は生きるための条件なのです。
生きるために必要なお金が手に入らないことは、死ぬ事を意味します。

人間社会が自由競争である以上、困窮者は出てきます。
現代社会では、そう言う人は福祉政策で救済できていましたが、その数が増えすぎると救済も出来なくなります。

今までは経済が発達すると言うことは、物資の生産を通して、多くの人が、それぞれに必要なお金を手にし豊かな生活をすることが目的でした。

人々は物資が豊富に流通している事を見て、豊かになったとか、経済が上手くいっているように思っています。
お金をもっている人にとっては、それで良いでしょう。
しかしながら、それらの物資を買うためのお金をもってない人は、好景気も、豊かさも関係はありません。

昔と違い、多くの人々は必要なお金を得る環境においては、昔よりも条件が悪くなっているのです。

そう言う人たちは、失業者の増加とか、ワーキングプアーと言われている階層の増加で示されています。
ブラック企業が増えているのも、この傾向を現しています。

多くの人々は、この状況を景気のせいとし、景気が回復すれば解決出来ると思っています。
経済で言う富の再配分の機能の問題と考えています。
商品、サービスがあふれているので豊かな社会と考えています。

ですが、失業者が増えたりワーキングプアーが増えてきたのは、本当に景気のせいでしょうか。
このようになったのは、生産技術の発達で働く場所が少なくなってせいではありませんか。
経済のグローバル化で、世界中から商品が集まる様になり外国の商品、外国で生産された商品にとって変わられた結果ではありませんか。

メーカーは次から次へと新製品を開発し、買いたいものは市中に溢れ、生産はドンドン拡大しているようですが、経済の目的、誰でも生活のためのお金を手に入れられることについて、どのようになっているかを考えたことはありますか。

お金の信用度と言う言葉があります。
経済の理論では、お金の交換の尺度としての信用のことです。

ですが一般の人々にとって、お金の信用とは、そのお金を自分が手に入れられるか、どうかの方が不安なのではありませんか。

現代社会は、お金の信用度の解釈の中に、誰でもお金を手にいれられるか否かを含まねばなりません。
誰でもと言っても怠け者まで含む必要はありませんが。
昔は誠実であれば、個人の責任で何とかなったものです。
また、お金が不足する分は自給自足も可能であったのです。

お金と言うものが意思をもっているのではなく、金貨などの様に、それ自身価値をもっているものでもなく、その有り様は人間自身が決めていたのではありませんか。

冒頭に掲げた次の問題

>深刻なインフレを起こす
>何でも通貨の増刷に頼る様になり、社会の仕組みを毀損する
>通貨としての信用の根拠がなくなり、為替相場が成り立たない

は、人間が人間であるゆえに危惧されるものでしょう。
で、あれば
人間自身の価値観が変われば克服する事も出来るでしょう。
人間自身の価値観を変える程の環境の変化があればの問題ですが。

ですが、「未来社会を考える→ヒットラーの予言」でも書いています様に、お金のせいで2極化する人間社会は、いずれ人間自身の価値観を変えざるを得ないようになっていくと思います。
出来れば、それを見越して深刻な様相とならないまでに変えたいものではありませんか。

メンテ
地方財政 ( No.156 )
日時: 2016/05/13 13:08
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:1gpzstmM

私が住んでいる京都北部の宮津市であるが、ついに人口が2万人を切ってしまった。

市の一般会計の予算が100億円を少し超えるそうであるが、市独自の財源と言えば、25億円程度である。
そのうち、市民税は6億円、法人税は1億円と言う。
一番大きな財源は固定資産税で13億円。
無視できないのがタバコ税で1奥3000万円。
(私は、この分野で高額納税者)
あとは、消費税、その他であろうが、信じられない台所事情である。

他の80億近い財源は、各種の補助金、交付金、市債、その他である。
もちろん市の借金も150億円あるそうである。
ついでに言いますと、宮津市職員の人件費は22億円(平均年収630億円)。

宮津市以外にも、このような市町村どれくらいあるだろう。
もはや、国家だけではなく地方行政の仕組みも考え直さねばならない現状である。
このようになった一番の原因は福祉予算であるが、一般の市民は財政の内容についてほとんど理解できておらず、税金を逃れる事ばかりに腐心している。

このような状況に陥ったのは最近の40年のことであろう。
この過程で、税収が頼りにできた時代は、5〜10年、あとは財源の事情も無視して福祉政策に走り公務員の年収も上げてきたこと。
まあ、このこと自体は、悪いことではなく、そうあるべきことである。

それは、我々の生活でも言えること。
40年50年前の生活に比べて、家庭にある物質の多いこと。
自動車は2台、テレビは各部屋に一つ、時計電話など、場合によっては家族の数よりも多い。
それに対応するのに、金がない、金がないと嘆いている。

でもね、行き過ぎは反省しなければならないが、これが文明の発展。
人間社会の普段の努力で、このような成果を勝ち取れたのである。
今後は、この成果を守り、より発展させる為に動くことが肝要である。

でもね、国家財政、地方財政の破綻も現実の問題である。
そうかと言って、現実の恵まれた生活環境を江戸時代のようなものに変える必要はないのである。
変えなくても良いのである。

事実、国家財政も地方財政も数十年間、破綻に貧しながらやってきたではないか。
企業であれば、企業自体が消滅している。
国家、地方自治体と企業の会計の考え方は異質なものとすることができるのである。

要するに、お金と言うものの性質を、どのようなものと判断することである。
その中に、現状を抜け出す道があるのではないか。

このような観点から通貨を見ている人は結構いるが、まだ、それが方程式となって経済の仕組みには取り入れられないでいる。
具体的には通貨の増刷の問題であるが、先にも書いたように、確かにこの問題は会計的な面ではない領域で大きな問題がある。
だが、現実を見て、現状の文明を望むなら、人々は勇気をもって、この問題と取り組まねばならない。

財政問題を先送りでごまかせる時代は過ぎ去ったと思う。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.157 )
日時: 2016/05/15 21:56
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:9hQC.mek

国家、つまりは、国民が、自らの手で通貨を発行する様になれば、国家の政策に必要な財源を通貨の増刷で賄うようになれば、ユダ菌など巨大金融資本が、国家や経済を支配することに影響が出る。

国家は独自の政策で国内経済の環境を守り国作りをすることができる。

市場主義の原則はなくなる事はないし、なくしてはならない。
資本主義を続けるかぎり経済を支配する資本の力はなくはならない。
だが、市場主義の結果、少々の貧富の差が出ても、それは大きな問題ではない。
ほとんどの人が安心して生きていける社会があれば良いのである。
経済を資本の為の経済ではなく、より国民の為の経済とすることはできるのである。

そのためには通貨のコントロールを国家が握るべきである。
現在の国家の金融政策は、資本の展開の為の手助けにほかならない。

そのようなものをいくら続けて見ても、現代社会が抱える問題を解決できないばかりか、ますます弱肉強食の社会をもたらし、極端に二極化した格差社会を到来させるのみ。

それが、我々の社会自体を崩壊させることに繋がる。

民衆主義と資本主義と言う信じてついてきた理念、そのものと対峙する覚悟が必要なのである。
人間社会の未来は、暗闇と決まったものではない。

新しい国作りができるのである。
新しい文明社会を作れるのである。


ユダ菌の陰謀を、いくら暴露しても、実態は何も代わりはしない。
アベノミクスをいかに非難していても、そのような、些細なことでは現代のシステムはびくともしない。

もっと、大きなものに目を向けるべきなのである。

コペルニクスの地動説も、アインシュタインの理論も、当時の常識からはかけ離れたものであった。
民主主義さえも、驚天動地の考えであった。

ましてや、現代資本主義の理論など、問題となるであろうか。
私の書いていることが唯一の手法とは言わないし、絶対正義とも言わない。

だけど、これくらいのスタンスで考えることが必要である。
どなたか、同じような意見を求めるものである。
メンテ
閑話休題<大和魂 ( No.158 )
日時: 2016/05/25 14:27
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:TfgbMkNk

ここで閑話休題。
「大和魂」スレッドで、先に書いたこと。
源氏物語で紫式部が初めて使ったとされている「大和魂」と言う言葉には次のような意味があります。

>漢学に代表される外来の知識人的な才芸に対して、日本古来から伝わる 伝統、生活の中の活きた知恵、教養のすばらしさを強調したものでもありました

時代を経て、明治時代に岡倉天心が言ったこと

>大和魂とともに和魂洋才という語が用いられるようになった。この語は、和魂漢才のもじりであり、大和魂の本来的な意味を含んでいたが、一方では西洋の知識・文化を必要以上に摂取する事への抵抗感も併せもっていたのです。

現代社会は西欧民主主義、資本主義にどっぷりと浸かっていて、最近は、その弊害が著しく現れている。
ここで三度、「大和魂」を考えて見てはいかがでしょう。

グローバル化が行き過ぎ、矛盾が噴出して来ている現代。
これを修正するには、経済を論じるだけでは、その影響を抜け出すことはできないでしょう。

私が書いている経済論も、当然、一般庶民のパラダイムチェンジを必要とするものです。

経済論を経済論としてばかり見るのではなく、もっと社会全体の事として見なければなりません。
この掲示板で、多くのスレッドを書いていますが、その中で、10年来の目標は「新しい日本のかたち」を探ることです。
「経済の話し」「大和魂」「パラダイムチェンジ」「人生論」の他に「貧困の構造」「ワーキングプアー」など、全てが関連しています。
この10年、色々な文章を書くことにより、認識を新たにし、具体的な概要を知ることができ、ようやく、集結まじかとなりました。

なを、一連の文章は「人類の輪」を書いたことが発端で始まった事を述べさせて頂きます。
「人類の輪」の退屈な文章と思いますが、ご覧下されば幸いです。
メンテ
経済の話し  民意の大切さ ( No.159 )
日時: 2016/06/03 22:14
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:OQ11AotE

経済の話しの帰結は、NO147からの「新しい日本のかたち」で述べました。
これが可能か、否かについては、このスレッド全体で検証してきました。
なぜ、このような形にならないかも検証してきました。

要するに民意が、そのように成熟しないと、これを阻害したい規制の勢力が許さないのです。
皆さんは、民主主義の社会で、何でも理念通り遂行していると思いがちです。

ですが、一般市民が考えている内容は、実際には政治にほとんど反映されていないのです。
地方行政の議員の姿勢を見てみましょう。

彼らは国家や地方行政のやることに追従するだけです。
その国家や地方行政は、現代の矛盾に対面するのではなく、ずっと以前からのしきたり、規制を守るだけです。
地方議員に関わらず、議員と言う者は選挙の時の能弁に反し、実際には全て事なかれ主義なのです。

事なかれ主義と言うよりも、自分たちの権益を守ることばかりに執心している様は、ニュースで流れる情報や、身近な市会議員などの様子を見れば解るでしょう。

彼らには社会を改革する気持ちなどサラサラないのです。
選挙の為のまやかしを演じて政治をしているつもりなのです。
議会制民主主義を謳っていても、肝心の議員が、これでは民主主義とは言えません。

逆に一般市民の方も、何が必要か、何をすべきか、その方向性も解っていません。
未熟な知識でもって一人前のつもりで振舞う多くの大衆は、表面に流れる情報をもって、自分が判断できていると思い込んでいます。
氾濫する多くの情報は、メディアの腐敗ともあいまって、本当に求めるべき真実を語りません。

これでは、三竦みの状況でいくらあがいても社会の切実な問題は解決できません。
徐々にでも解決の方向へ進むことも出来ません。

今更、民主主義の議員の使命を忘れた、利権屋の議員共に期待してもらちはあ来ません。
利権を手放すことはしません。
一部にはまっとうな議員がいても、クソ議員の集団が改革を許しません。
これは国会でも地方議会でも同じです。
名古屋の河村市長一人が、いくら頑張っても議会を掌握することは出来ないでしょう。
強欲の塊りとは、このようなものであり人類の歴史を通して変わってはいないのです。

できることは一般市民が、本当の事を知り、市民を代表しない議員を放逐することです。
これも困難なことではありますが、行政や議員共の改心を期待しても無駄なことです。
それが人間のサガと言うものです。

このスレッドで書いてきた事も、大衆が、それに目覚めて進まなければ絵に書いた餅、誰もが実践などはしません。
ユダ菌などの金融の流れに不満を言っても、奴らに規制をかけようとしても、何も変わりはしないのです。

ですが、ユダ菌に代表される現行のシステムを云々するのではなく、新しいシステムを受け入れる意思、受け入れようとする意思があれば、自然と社会は変わって行くのです。

如何でしょうか。
具体的に言えば通貨の増刷で財政を賄うようにし、国家を国民目線で運用できる事を、よーく考えていただきたいもの。
そうして、そう言う事を身近な人にも伝え、現代社会において、我々は何が可能かと言う事を自問自答しようではありませんか。

念の為に断っておきますが、通貨の増刷と言う事を、単純に必要な金は手に入れる事ができるなどと勘違いはしないことです。
通貨の増刷で国家は何ができるかと言うことです。



メンテ
英国のEU離脱! ( No.160 )
日時: 2016/06/25 10:46
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:ApWbt0BQ

イギリス離脱ならEU経済はどうなる?現場最新報告
http://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2016/06/0621.html?utm_int=detail_contents_news-link_003

「イギリスの選択を注視しているのが、海を挟んで対岸にあるEU各国です。
今日(21日)の特集は、イギリス離脱となれば深刻な影響は避けられないとする、EU各国の経済について分析します。」

「経済への影響について最大の懸念が、関税の問題です。
EUでは、ヒト・モノ・サービスといった移動が自由なのが基本原則です。
加盟国どうしの貿易では、『関税ゼロ』となっています。

ところが、イギリスがEUから離脱した場合、EU各国からイギリスへの輸出品には関税が課されるおそれがあって、消費が減るのではないかという懸念があるんです。

もう1つが、為替。
ポンド安の問題です。
イギリスがEUから離脱すれば、経済の先行きが不透明になることから、通貨・ポンドが下落するおそれがあります。

そうなれば、イギリスでは輸入品の価格が上昇。
EU各国にとっては、イギリスへの輸出が滞る可能性があるんです。
イギリスとの経済的な結びつきが強い、ドイツとイタリアを取材しました。」
.
英EU離脱なら… ドイツ経済“悲惨な事態”

国民投票を直前に控え、ドイツの経済団体が開いた会見。
イギリスが離脱を決めれば影響は大きいとして、強い警戒感を示しました。
特に懸念されているのが、ドイツ経済のけん引役である自動車産業への影響です。
BMWをはじめとするドイツの自動車メーカーは、イギリスの自動車ブランドを相次いで買収。
同時に工場も進出させ、エンジンやその他の部品などをドイツに向けて供給しています。

一方、イギリスでは年間に登録される新車のおよそ半数がドイツ系の車で、イギリスはドイツの大切な得意先でもあります。

もしもイギリスがEUから離脱した場合、イギリスからエンジンなどを輸入する際と、組み立てた車をイギリスに輸出する際の両方で関税がかかることになります。
ドイツの自動車産業とっては、まさにダブルパンチの事態です。

イギリスを第4位の輸出先とするイタリアでも、不安が広がっています。
北部のベネト州です。

この地域で生産される「プロセッコ」と呼ばれる銘柄のスパークリングワインは、手ごろな価格と本格的な味わいで、ここ数年、ヨーロッパで売上を伸ばしています。
特に若者の間で人気が広がり、去年(2015年)のイギリス向けの輸出は前年比で50%近い増加。
輸出量全体の3分の1を占めるまでに成長しています。

5年前からプロセッコを生産する、サラ・デイトスさんです。
プロセッコブームにともない、年々、生産を増やしてきました。

「離脱となった場合、イギリスはEUと貿易や金融サービスといった分野で何らかの経済協定を結ぶことになるとみられています。

こうした協定はすでにノルウェーやスイスがEUとの間で結んでいて、関税を含めて優遇措置を受けているんです。
離脱派は、こうした協定を結べば影響は一定程度抑えられると主張しています。
しかしこれに対して早くもドイツやフランスは、イギリスが離脱した場合、『特別扱いすることはしない』と強くけん制しています。
場合によっては、こうした協定を結ぶのに10年近くかかるのではないかという見方もあります。
離脱した場合の道筋が見えないことにも不安感が広がっています。」

イギリスがもし離脱となれば、各国で反EUの動きが勢いづく可能性があります。
その根本には、EUという共同体や、グローバル化の動きから恩恵を受けてきた人たちと、恩恵を感じることができずに内向きになる人たちとの深刻な対立があると、専門家は指摘しています。」

「イギリスがEUから離脱となれば、1993年の発足以来、ヨーロッパの統合に向けて拡大し続けてきたEUが初めて後戻りすることになります。
また、残留になっても、各国の反EUの動きはくすぶり続けるものとみられます。
加速する経済統合の動きと、逆行する内向きの世論という2つのベクトルのはざまで、ヨーロッパは引き続き険しい道のりが続くことになります。」

(引用終わり)


英国のEU離脱によって世界恐慌が起きる可能性があるなど、世界中が大騒ぎしています。
実際に株価の暴落などが起きています。

しかしね、
人口が6000万そこそこの、英国の国民がたまたま、自国の経済は自国で考えようと思っただけで世界が揺らぐ様なシステム、そのものが可笑しいのではないか。
ガラス細工の様な経済のシステムなど、この際、根本的に考え直す必要がある。
冒頭の文章で紹介されている問題など、国民経済全体を考える上で、それほど重大な問題ではないはずである。
為替、株価の変動を問題にしている奴らなど、競馬の予想屋程度の存在であり。
株式、為替と言う博打で遊んでいる金持ちの使い走りに過ぎないのである。
そのようなものは、捨てておけば良い。
為替、株価の乱高下で、得をするのも損をするのも奴らの勝手である。
この際、金融ゲームに打ち込んでいるような連中など8割方減らせばよいのである。

だが、昔から権力者が権力にしがみつく様に、現在の制度で恩恵を受けている連中は、権力を手放す事を嫌がる。
奴らは、EUを離脱すれば、このような事態になると、グローバル化の好ましい面だけを強調し、反論する。

地方議員を筆頭に民主政治(市民の代弁政治)が機能していないことと同じように、資本主義のシステムも、今や巨大資本の思うまま。

我々は、民主主義の意味も、資本主義の意味も、初めに返って見つめ直さねばならない。
そう言う動きの始まりが、

オキュパイ運動であり
英国のEU離脱を決めた国民投票なのである。
英国のEU離脱問題を、姑息な範疇に押し込めることなく、受け止めねばならない。

最後に、私が主張する趣旨とは、いささか異なるが、注目すべき反応を紹介する。

>【ターンベリー(英スコットランド)=黒見周平】米大統領選で共和党指名候補に確定している不動産王ドナルド・トランプ氏(70)は24日、ターンベリーで記者会見し、EU離脱派の勝利を「素晴らしいことが起きた。英国民は国を取り戻した」と称賛した。

 トランプ氏が指名を確定した後、外遊を行うのは初めて。国民投票のタイミングに合わせ、現地から情報発信することで、自らが唱える孤立主義的な「米国第一」主義の正当性を強調する狙いがあるとみられる。

 トランプ氏は「英国民は国境を越えて移民が入り込むことに怒っている。誰も彼らが何者なのか分からない」と指摘し、「私はこういうことが起きると以前から言っていた」と強調した。
メンテ
英国のEU離脱 ( No.161 )
日時: 2016/06/25 19:39
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:faWATUrc

英国は23日の国民投票で、欧州連合(EU)離脱を決めた。離脱派はどうやって勝ったのか。

1. 「経済打撃」の警告が裏目に

最初はわずかだったものはすぐに大きな流れとなり、最後には洪水と化した。

「Brexit=英国離脱」で英国がいかに貧しくなるか、警告の上にも警告が相次いだ。しかしいかに警告の集中砲火を浴びても、国民は結局のところ、言われたことを信じなかった。そしてあるいは、その程度の代償は払う価値があるとも考えた。

CBI(英産業連盟)もIMF(国際通貨基金)もOECD(経済協力開発機構)もIFS(英財政研究所)も、まるでアルファベット・スープのような専門家たちが次々と、EUを離脱すれば経済成長はおぼつかなくなり、失業率は上がり、ポンドは急落し、英国のビジネスはEU外の無人地帯に放り出されると警告した。

イングランド銀行(中央銀行)は景気後退の懸念を示唆した。財務省は所得税増税が必要になる上、国民医療サービス(NHS)や教育費や国防費の削減も必要になると指摘していた。

その上さらに、もしEUを離脱すれば、米国との通商協定を望む国々の「列の最後尾」に英国は並ぶ羽目になると、オバマ米大統領はほのめかした。またEUのトゥスク大統領は、欧米政治文明の終焉を示唆した。

残留派の中にも、これはやりすぎだと、いわゆる「恐怖作戦」は手がつけられなくなってしまったと認める人たちはいた。一方で離脱運動は、離脱の影響を悪しざまに言うのは、私利私欲から英国を批判する無責任な金持ちエリートだと一蹴した。

しかし、専門家のアドバイスを国民の多くがこれほど積極的に無視したのは、単にエスタブリッシュメントへの反乱という以上の何かを思わせる。欧州の連合に50年近く関わったことの経済的メリットがさかんに喧伝されるが、自分たちはその恩恵を感じていない、置き去りにされていると感じる人が、実に多かったのではないかと思われる。

(引用終わり)

上の文章は、

「離脱派が勝った8つの理由」

BBC News 6月25日(土)13時54分配信

の一つである。
他は右翼勢力の台頭とか移民問題などを上げているが、いづれもこじつけに過ぎない。
ここで最後に書かれている、

>欧州の連合に50年近く関わったことの経済的メリットがさかんに喧伝されるが、自分たちはその恩恵を感じていない、置き去りにされていると感じる人が、実に多かったのではないかと思われる。

経済的メリット、メリットと言われているが、それは経済統計上のことで、実際は生活に追い込まれる一般人が多く出ていることである。

多くの人は、グローバル化のメリットを、信じ受け入れてきたが、身に迫る個人生活への危機感が、不信を招く結果となったのである。
にも関わらず、多くの専門家と言うものは、相変わらず統計上のメリットを主張する事をやめない。
政治は政治で、彼ら経済専門家の意見に頼ることより解らない。

で、あるので、
英国の国民投票の結果の真意を理解する事が出来ない。
EU統合の何が悪かったのか、
グローバル化の何がいけないのか、

グローバル化のメリットを謳う前で目がくらみ、認識する事が出来ない。
それが政治の現実なのである。

そもそも、経済のグローバル化とは生産力の発達で、いっぱいになってしまった経済のパイの取り合いなのである。
より強者が弱者を統合し一人勝ちを目指す流れのことである。

一人勝ちと言ったが、具体的に一企業を指すのではなく、強者が共生する社会のことである。
ヤクザのシマ争いの様なものであり、競争している連中以外に損得、利権はないのである。

それに気がついた大衆の、無意識の抗議の意思が現れたのが今回のEU離脱の選択であり、この様相がEU内に広がっていくのは至極当然で、新しい社会の到来を求める上で、望ましいことである。

TPP交渉など、いかなるグローバル化推進の施策も国民目線で言えば、何の価値もないのであるが、同時に目先のメリットを言われて我欲に走る人間性を利用されているのである。

それが資本の手段なのである。
妖怪としての資本主義の姿なのである。

近年の金融施策が、現実から乖離しすぎていることなどからも、世界経済が資本主義と言う妖怪に誑かされていることが解るであろう。

メンテ
Re: 経済の話し ( No.162 )
日時: 2016/06/28 22:38
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:C3HqBCuY

英国のEU離脱騒動で、経済に関するニュースが湧いている。

英国に進出している1000社に及ぶ日本企業の先行き云々。
国内経済とは関係のない連中のことなど心配する必要もない。
撤退すれば良いだけのこと。

株価が下がる
株価など下がっても良いではないか。
損をするのは投資家だけのこと。

株価に依存する企業の財務体質が悪くなる。
いいじゃないか、
通常の商いには関係ないだろう。
それで持ちこたえられない企業等、元々借金まみれ、淘汰されればよいのである。

金融危機!
なんだ、そりゃ。
金融ゲームに浸っている銀行など、潰れりゃ良いのだよ。
コチトラの生活に何の影響があるのか。

経済不安が、消費を減退させる。
その様なことは、昔から繰り返されてきたことであり、時期が来れば落ち着くもの。

特に、実態経済に、現実的に大きな変動等ないのに、
勝手に大騒ぎしている。
させている。
人為的に景気を操っている。

そのようなものは無視しようよ!

それよりも、何よりも
働くところがないのが問題だ。
相応の収入の確保がむつかしくなってきているのが問題だ。

求人難だそうであるが。
そのようなものは信じられない。
そんな良い商売、

ないぞ!
何か、可笑しい
ごまかされている。

経済のことで、国民経済のことで
国民目線で考えてくれる人間などないのである。

そんな社会、政治をあてにしていては生活出来ない。
自給自足と言うものを
しっかり見つめなければならない。

英国のEU離脱で世界恐慌が起きる!
勝手に、ほざいていろ

サブプライムローンの時も
リーマンショックとやらも、

わたしゃ、なんにも関係なかったぞ!



メンテ
経済の話し ( No.163 )
日時: 2016/07/03 13:53
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:p4dCp4gM

このスレッドにご訪問いただきまして有難うございます。
初めから言えば、随分と長く書き連ねております。
全てを読んでいただくには負担が多すぎます。

このスレッドを立ち上げた趣旨は、資本主義経済のシステムの行き詰っていると言う発想から、資本主義の理論を真正面から改変でできないかと言う事を思い立ち、その検証をしているものです。

主に、通貨管理政策の現状にメスを入れ、昨今の世界の現状から、もはや通貨の増刷政策も必要ではないかと言うものであり。
それが可能であるか、否かを検証するものです。

問題が問題だけに、単なるベーシック・インカム的な発想であってはなりません。
そこのところを、レス番号100くらいより追求しております。

長文でありますが、できますればご覧になっていただければ幸いに思います。


(追伸)
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メンテ
Re: 経済の話し ( No.164 )
日時: 2016/07/20 23:46
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:5gNSjaX6

最近も、近所の肉屋が破産した。

>ブルームバーグによると本田氏は4月1日にワシントンでバーナンキ氏と1時間ほど会談。その中でバーナンキ氏は、日本経済が再びデフレに戻るリスクを指摘。デフレ克服の最も強力な手段として比喩的に「ヘリコプターマネー」に言及し、政府が市場性のない永久国債を発行、これを日銀が直接全額引き受ける手法を挙げたそうである。

12日の安倍首相とバーナンキ氏との会談にえいては、バーナンキ氏は金融と財政でアベノミクスを続けるよう発言したがヘリコプターマネーは話題にならなかったようである。ところが市場では日本がヘリコプターマネー政策を導入するのではないかとの妙な期待感が強まり、円安が進行することになる。このあたりは本田氏あたりが画策した可能性もある。

(引用終わり)

奴らの経済施策と言えば、ヘリマネまで使って、2%の物価を上げること(アベノミクスのインフレターゲット)。

経済とは、そんなものかね!

経済のグローバル化の影響が、どの様なものか、解っているのか。

否、解っていても正視するつもりなど、サラサラない。

あいも変わらず、経済時計の数値ゲームで遊びたいのさ。

要するに、俺たちゃ、生活に必要な金を稼ぐ雇用が欲しいのだ。

金さえ、手に入りゃ、欲しいものは一杯ある。

金をよこせよ!

仕事をよこせよ!

景気などは、自然と上向くぜ。

どだい、

奴らには、本当に必要な経済対策など取れはしない。

過分に手当を取っている公務員、政治屋などにできるものではない。

必要を感じていないのさ!

小手先のことで、任期を全うしたいのさ。

奴らに、何を期待しても無駄なのさ。

社会は変わらないのさ。

解っている者が、動かなければ。




(追伸です)

>このヘリコプターマネーの議論には、いくつかおかしい点がある。そもそも極めて財政ファイナンスに近いような政策を打ち出したのがアベノミクスであり、その結果がまるで出ていない(物価目標からほど遠い)にもかかわらず、さらに財政ファイナンスに拍車を掛けるような政策をとっても物価上がる保証は極めてないに等しい。ただし、アベノミクス登場時のように特に海外投資家に期待感を持たせて円安にしたいとの思惑も働いたのかもしれない。注意すべきはここにきての円安は、米株高をみてわかるようにリスクオンの動きの一環でもあり、ヘリマネ期待だけが材料ではない。

そのバーナンキ氏が主張していたヘリマネは、見方を変えると物価浮揚効果はある。ただし、それは円や国債の信認を叩き壊した上で、国債とともに円が急落して発生する、劇薬というか国民犠牲の上に成り立つ物価の急騰となる。

そもそも政府が市場性のない永久国債を発行し、これを日銀が直接全額引き受けること自体、究極の財政ファイナンスとなる。しかし、その目的が物価2%を達成するためだけだとしたらその意味がわからない。

さらに市場性のない永久国債を発行しなければならないような環境でもない。今回の経済対策も兼ねた補正予算の編成で、たとえば10兆円規模の国債を増発しなければならないとしても、借換債の前倒し発行分があり、市中消化、つまり入札で発行される国債を増やす必要はあまりない。仮に想定以上の国債増発があり、市中消化が多少増えたとしても日銀は年間発行額の国債を買っているという状況下にあって、国債需給がタイトの現状では国債の消化はそれほど懸念はされないのではなかろうか。むろん財政規律の緩みといったものが意識されると国債が売られる懸念はあるが、これで少しでもマイナス金利が解消されれば、いったんは国内投資家の購入余地が出てくる。

つまり今の国債需給がタイトな環境で市場性のない永久国債を発行する必要性はない。しかもそれを日銀が直接引き受ける必要性もない。それにも関わらずこのような非常識な政策を訴えるのは、自ら提唱したリフレ政策が結果として物価上昇に結びつかなかったことを棚に上げて、副作用が出てくる前にそれを「ふかす」政策を取らせようとしているようにしか見えない。

市場性のない永久国債だろうが政府の債務に変わりはない。日銀がそれを引き受ければ政府債務ではなくなるなどというのは当たり前だがありえない話であり、ヘリマネに対しては期待などするのではなく、そのような議論まで出てきているような状況をむしろ危惧すべきかと思われる。

(引用終わり)

上記は冒頭の文章に対する経済通と言われる馬鹿の話し。

ああ言えば、こう言う、オームの上祐の様に、何かが言いたいだけ。

少なくともバーナンキが触れた「ヘリマネ」は、ある程度の一時的な効果はある。
何もしないよりは、ましであろう。

安倍は馬鹿だが、馬鹿なりに使える。
経済通と言われている専門家こそ、責任があるのである。

なら!


どうすれば、良いか

国民経済が回復する、

対案を出せ!

バカ野郎!
メンテ
ブラジル経済 ( No.165 )
日時: 2016/07/27 23:24
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:gpds4Gr2

リオ五輪が開かれるブラジルの経済状況が深刻なようだ。
補助金などの財政支出を国営銀行にさせた大統領が弾劾裁判にかけられている。

ブラジルの経済状況は、世界中の多くの国とおなじ、GDPのマイナス成長、消費の落ち込み、失業者の増加で、経済の指数が軒並み下がっている。
さらに悪いのは、日本と違って、その中でインフレが起きていることである。

それでも、傍観者に過ぎない経済専門家は、何時になれば景気が回復するであろうなどと、勝手な憶測をしている。
何時でも、どのような場合でも景気の循環を想定する、その様は、全く無責任極まりない。
ギリシャも破綻し、スペイン、イタリアも危機の状態にある。
財政的に見れば日本もアメリカも同じであろう。

そう言う世界中に現れている経済問題を、景気、不景気の目で見ているとは、なんたる怠慢、責任逃れ、誤魔化し。
要するに世界中の国の経済の問題は、グローバル化によって、多くの人から雇用を奪い、又はその国の弱小企業を破綻に追い込んでいるからである。

ボクシングにおけるボデイブローの様に、長年続く、そうした事がジワリジワリと効いてきたのである。
このような問題は、みなさんの身の回りの状況を見れば解るはず。
安価なものを求めて走り回る主婦の目では解らないであろうが、経済と言うものは国内、あるいは地域毎に、需要と供給の循環が満たされていないと、通貨の流れがせき止められ、十分な通貨を手に入れられない人々が増えてくるのである。

この状況は、失業者(300万人)の増加、ワーキングプアー(1800万人)の増加、非正規社員(1/3)の増加と言う日頃のニュースを見るだけで、既に証明されている。

その結果、消費が落ち、GDPが下がり、強いては税収不足になり、福祉費が増大し、財政が逼迫する。
現在言われている経済危機とは、このようなもの。
これが時期が来れば回復するなどと、どうして言える。
金利操作で克服できるなど、どうして考える。

奴らが言う回復とは、株価の指数であったり、為替相場の成り行き程度のまがい物。
GDPが少々増えても、国民経済の実態には何の関係もない。

こう言う観点から見れば、ブラジル大統領がやった、国営銀行を使って実質的なヘリマネ政策に踏み切った勇気を賞賛したい。
実際に、そのヘリマネによってブラジルの国民の生活が追い込まれたとでも言うのか。
日本と同じ様に国家の債務は増えたであろうが、リオ五輪も出来、それだけの経済効果はあったはず。

世界中が、国家財政の有り様を見直すべき時に、目の色変えて大統領を弾劾する、連中は大統領を狙う政敵や、ユダ菌の手先の経済専門家が中心であり、国民を見ないで自己の利権を問題にしているのである。
メンテ
アベノミクスとは何だろう ( No.166 )
日時: 2016/08/09 17:12
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:X1nWIzJ2

アベノミクスは、下記の3つを基本方針としており、安倍首相はそれを「三本の矢」と表現している。
A 大胆な金融政策
B 機動的な財政政策
C 民間投資を喚起する成長戦略

最近になって「アベノミクスは失敗である」と言う話が盛んに言われる。

上記の方向性、そのものは現行の市場主義経済の範囲で考えれば何の問題はない標語である。

ただし、大胆な金融政策と言っても為替、株価を維持するだけの目的でやっていることに問題がある。
機動的な財政政策:これも好ましい政策であるが財政が逼迫しているおり十分な効果は上がっていない。
民間投資を喚起する成長戦略:消費が落ち込んでいる根本的な原因を見ようとせずに、景気を煽るだけならまだしも、TPP参加など結果的に一部の大企業の後押しばかりよりしない。


アベノミクスの批判者は、このようなことにも触れず、ただただ失敗だというばかり。
小学生にも等しい、その様は、安倍自民党のレベルと釣り合ったテイタラク。
失敗ではなく、ほとんど何もしていないのである。

本当に問題が解決したいなら、批判をしたいなら、

どこが、どう悪かったのか!
何故、こうしなかったのか!

その方法を、具体的な政策を提示しないのか。

いや、いや

それを提示できるような見識などないのが実情であるのだ。
ついこの間、野党が政権をとっても、同じであったことは実証済。
このような状況では、いくら選挙をやっても意味はない。
失敗だ、失敗だと騒いでいても意味はない。
解決の方向すら見いだすことは出来ない。

1億の人間がいながら、高度科学文明を謳いながら

この有様。

世界中が市場主義経済教の教義にマインドコントロールされているのが解らない。
通貨の有り様を考え直すだけで良いのであるが、市場主義という弾丸列車に乗っている連中は前方を見ることより出来ない。
線路がなくなっていることが解っていても止めることを考えないほど、熱狂的に教祖を信じたい。

アベンミクスが、どうの、こうの、と言う話は、この弾丸列車の中の話し。
単なる世間話と聞けば良いであろう。
メンテ
ヘリマネのはなし ( No.167 )
日時: 2016/08/19 12:50
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:dmhUToZw

コリューさんのスレッドで「ヘリマネ」の話がでた。
コリュウーさんは、色々な資料を紹介してくれるので助かるが、流れが速く咀嚼できない為、これと思うものを私流に取り上げさせていただく。


>「ヘリコプター・マネー」という劇薬 日本経済破綻の恐れも(引用)

〈このお金は、返済の必要がありません。ご自由にお使いください〉。ある日、こんな文章とともに現金書留が自宅に届いたとしたら、それをゴッサンと喜んでいいものなのか。

 日銀は7月28、29日の両日に金融政策決定会合を開き、株価指数に連動する上場投資信託の買い入れを3・3兆円から6兆円に増加することを決めた。

 29日の日経平均株価の終値は1万6569円。“バズーカ”とまではいかないまでも、前日比92円43銭高で証券市場は好感したが、日銀関係者は浮かない表情だ。

「当初、今回の政策決定会合では緩和策を発表する予定はありませんでした。ですが、安倍総理が政策決定会合開催の直前に“事業規模で28兆円超の経済対策を行う”と明言したことで、日銀もゼロ回答では済まなくなったのです。黒田総裁は記者会見で否定しましたが、“ヘリコプター・マネー”の実施も現実味を帯び始めてきました」

 ヘリコプター・マネーとは、ノーベル経済学賞を受賞した、米国のミルトン・フリードマンの著書『貨幣の悪戯』に出てくる言葉で、ヘリから現金をばら撒くような政策を指すという。全国紙の経済部記者が解説するには、

「ヘリ・マネでは、日銀が無利子で償還期限のない“永久債”を引き受け、政府がその資金を国民へ直接給付する。それで経済が活性化し、デフレを克服できるという政策です」

 現行法では日銀による国債の直接引き受けは禁じられていたはずだが、

「財政法第5条では、日銀の国債引き受けを禁じています。ただし、その後に“国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない”との条文がある。今の国会は与党が過半数を占めているので、安倍政権がその気になれば可決される公算が高いでしょう」(同)

■ハイパーインフレ

 ヘリ・マネ政策は、黒田総裁が行っている“異次元緩和”どころではない劇薬との指摘がある。経済ジャーナリストの福山清人氏によれば、

「ヘリ・マネ政策を実施すれば、黒田総裁が目標に掲げる“インフレ率2%”を達成し、一時的に株価も急上昇するはず。ですが、永久債の発行で、償還期限のある国債価格は暴落して、それを引き受けた日銀の信用も失墜する。加えて、一旦上昇したインフレ率を食い止めることができず、ハイパーインフレが起きて日本経済が破綻する恐れもあります」

 そんな危険を孕んでいるのは百も承知の黒田総裁のみならず、安倍総理にもこの“劇薬”を勧める超大物がいるという。

「米連邦準備制度理事会のベン・バーナンキ前議長が来日し、参院選から一夜明けた7月11日に黒田総裁と、その翌日には安倍総理と会談して、デフレ克服の特効薬にヘリ・マネ政策の実施を提案しています。なにせ、彼は“ヘリコプター・ベン”の異名を持つほど熱心なヘリ・マネ政策の推進論者ですからね」(先の記者)

 だが、過去に米国でヘリ・マネ政策が実施されたことはない。バーナンキ前議長が、ここまで劇薬を勧めるのはなぜか。

「バーナンキ前議長も危険を十分すぎるほど理解しているので、米国での実施は躊躇った。そこで日本を実験場にして、その効果を“疑似体験”したいだけなのです」(福山氏)

 政府から自宅に現金書留が届いたら、日本経済の破綻を覚悟した方がいいかもしれない。

(引用終わり)

ヘリマネに触れても、この程度の言及である。
要するに、ヘリマネを使いながら、現行のシステムを維持することのみを考えているからである。

ヘリマネとは、当スレッドで言っているように、現行のシステムを変えるためにも使えるものである。
ヘリマネ資金は、この文章で書かれているように実際に個別配布するものではなく、公共事業や福祉事業などを通して雇用を確保する為に使うべきである。
現金支給は、基礎年金の支給に限るべきである。

そうすれば、ハイパーインフレなど起きるはずはない。
上記の文章は、理論的にはヘリマネが書可能と言う事を自ら認めたようなものである。

「ヘリマネ」と言う概念を、決して奴らが言うような概念で捉えて欲しくはないものである。
メンテ
黒田日銀総裁まさかの「敗北宣言」は、アベノミクス終焉の前兆か  ( No.168 )
日時: 2016/09/25 16:41
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:4E0zoykY

久しぶりにUPします。

これもRYUさんのスレッドの記事に対する反応です。

「黒田日銀総裁まさかの「敗北宣言」は、アベノミクス終焉の前兆か 経団連の反発、クーデター説も…(引用)」

「柔軟性や持続性を確保するために、(金融緩和を)さらに強化して長短金利操作付き量的・質的緩和にした」
 
日銀総裁・黒田東彦は9月21日の記者会見で、こう表明した。しかし威勢の良い言葉とは裏腹に、黒田の表情はさえず、語り口は覇気に欠けた。

「これは黒田日銀が、これまで進めてきた金融政策のフレームワークの抜本的な転換です。敗北宣言と言ってもいいでしょう」
 
市場動向に詳しいメガバンク幹部の一人はこう指摘する。

2013年春に黒田が日銀総裁に就任して以降、株価や為替、長期金利、そして日本経済そのものが、デフレ脱却を掲げ、異次元緩和というバズーカを放った黒田日銀への期待と疑念の渦中にあった。

しかし黒田は、これまでの金融政策を大きく転換、事実上、異次元緩和の推進にブレーキをかけた。黒田の「敗北宣言」の舞台裏を『黒田日銀 最後の賭け』(文春新書)の著者・小野展克が分析する。


■「緩和効果なし」の衝撃

大量の国債購入によってマネタリーベースの拡大を目指す「量」、ETF(上場投資信託)など日銀が購入する資産の幅を拡大した「質」、そして短期金利をマイナスに誘導するマイナス金利――。

黒田日銀は、これまでの金融緩和の枠組みをフル稼働してきたが今回、さらに長期金利を操作目標に加えた。具体的には10年物国債の利回りをゼロに誘導する。

「金融緩和強化のための新しい枠組み」

黒田は、今回の措置を「強化」と位置付けるが、実際には緩和的な要素は皆無だ。デフレ脱却に向けた新たなアクションは、まったくみられない。それどころか今回の措置は、むしろ「金融引き締め」の側面を持っている。

21日の東京株式市場で日経平均株価(225種)は、前日比315円47銭(1.91%)高の1万6807円62銭と今回の日銀の決定を好感した。

しかし、これは市場が警戒していたマイナス金利の深掘りが見送られた上、「長期金利のゼロへの誘導」が実際には長期金利の上昇を促し、金融機関の収益拡大を後押しする内容と受け止められ、金融株がけん引して日経平均が上昇したに過ぎないのだ。

つまり、デフレ脱却が実現、日本経済が力強く成長する可能性を市場が感じ取ったわけではない、ということだ。

これまで市場は、デフレ脱却に実現に向けて黒田が「何か次の一手を繰り出すだろう」との期待を膨らませてきた。

しかし、2年と区切られた短期戦から長期戦へとシフト。黒田への緩和圧力は大幅に緩和され、黒田は、そう簡単には動かなくなるだろう。



黒田が次に動くのは1ドル=100円を大幅に割り込むような円高の急伸や、金融システムを揺るがすような経済危機が起きた時に限られるとみる。市場に、そうした理解が広がるのに、そう多くの時間はかからないはずだ。


■聞きなれないキーワード

黒田の戦略転換の裏には何があったのか。

<適合的な予想形成――>

黒田は、このところ聞きなれないキーワードを使い始めた。まさに、ここに肝がある。

2013年4月に黒田が異次元緩和を導入してから3年余りが過ぎた。しかし、2年間での達成を目指した消費者物価指数(CPI、生鮮食品除く)前年比2%の物価目標には遠く及ばなかった。2016年7月のCPIは前年比0.5%下落、5ヵ月連続のマイナスに沈んだ。

では、なぜ黒田は目標を達成できなかったのか。

今回、日銀は「総括的な検証」を公表、その理由を分析している。

物価が上昇するためには、予想物価上昇率、つまり人々の将来の物価観が重要なカギだ。実際、予想物価上昇率は横ばいから弱含みに転じている。

日銀は、その背景について、@原油価格の下落、A消費税引き上げ後の需要の弱さ、B新興国経済の減速とそのもとでの国際金融市場の不安定な動き――を挙げている。

さらに日銀は予想物価上昇率が形成されるメカニズムも説明している。そこには2つの軸がある。

一つは「フォワード・ルッキングな期待形成」だ。

日銀が2年で2%の物価上昇を実現すると表明することで、企業経営者や個人の中に将来、2%の物価上昇が実現するという期待が働く。

この期待が強力であれば、多少、現実の目標から外れても、人々は「いずれ物価は2%に戻る」と考えるため、現実の物価も目標に向けて動くと考える。こうした状況は、物価上昇率が「アンカーされている」と表現される。

もう一つが「適合的な予想形成」だ。

これは、足元の物価の動きに、人々の物価観が縛られている状況だと言える。アメリカと比べて日本は、この適合的な予想が、予想物価上昇率の形成に強く影響しているという。

日本では春闘などの賃金交渉で、前年度の物価上昇の動きを参照して賃金決定が行われる傾向が強い。いくら日銀がフォワード・ルックンギに物価上昇を示しても、過去のデフレに基づいて給与が増えないのでは、消費意欲は沸かず、物価上昇への期待は盛り上がらないという説明だ。


■黒田の言い分

黒田は今回の決定に先立つ9月5日の講演で、適合的な予想形成について、こう説明している。

「日本の場合は、長期にわたるデフレのもとで目標となる物価上昇率が実現できていないこともあって、『適合的な予想形成』の影響が大きいことが知られています。

『これまで長年にわたって物価が上がってこなかったのだから、今後も物価は上がらないだろう』との見方が人々の間に根付いているということです」

異次元緩和の本質は、円の供給量は爆発的に増大させることで、その価値を破壊することにあった。人々の中に巣くう円という通貨への過剰な信用を叩き潰し、モノやサービスへの欲望を取り戻させることが、異次元緩和という壮大な実験のテーマだった。

しかし、3年を超える異次元緩和を経ても、人々の円への偏愛は揺るがず、デフレマインドを解消することはできなかった。異次元緩和の限界について黒田自身が分析した言葉が、適合的な予想形成と言えるだろう。


■まさかの「経団連の反発」

「銀行の収益のために仕事をしているわけじゃない。マイナス金利は、まだ深掘りできる」

黒田は最近まで周辺に強気の姿勢を貫いていた。実際、デフレが脱却できていない状況を受けて、「一段のマイナス金利深掘りの可能性を探っていた節がある」(関係者)という。

しかし、マイナス金利への反対は根強く広がっていた。経団連会長の榊原定征は今回の日銀の決定の前の9月9日の記者会見で、こう語った。

「マイナス金利をめぐっても、プラスとマイナスの両方の側面があるので、導入から半年という一つの節目の中、功罪両面を検証してほしい。プラスの効果は間違いなくあるものの、現象としては、金利を下げて、設備投資を拡大するという目標に対して大きな効果は出ていない」

榊原の言葉は、明確にマイナス金利拡大を牽制したものと言えよう。マイナス金利は、利ザヤ縮小を通じて、銀行収益にダメージを与える。また生保や年金資金の運用を難しくする側面もあり、金融機関の反発は、黒田も織り込み済みだったはずだ。

しかし、マイナス金利は長期金利の低下を促し、社債やCP(コマーシャルペーパー)の利回りを引き下げ、企業の資金調達環境は大幅に改善させた。

低利で資金調達できるメカニズムを作動させ、企業に積極的な設備投資を呼び起こすことが黒田の狙いだったはずだ。

しかし、本来ならマイナス金利の恩恵を得られる大企業の団体である経団連からノーを突き付けられたことは、黒田に計り知れないダメージを与えたはずだ。

榊原の言葉からは、日本の大企業経営者が、デフレマインドを払拭できず、日本経済の明るい未来を描けていないことが読み取れる。

大企業経営者が、黒田が与えたマイナス金利というチャンスを生かせないのでは、日本経済に好循環は訪れない。大企業経営者こそが、「適合的な予想形成」の罠に捕らわれていると言えるだろう。


■白川派のクーデター?

さらに、今回、新たに導入した「イールドカーブ(利回り曲線)・コントロール」は、金融機関への配慮がにじむ。

これは長期金利の指標となる10年物国債の利回りを、おおむねゼロ%程度で推移するように誘導する仕掛けだ。マイナス金利の導入で、マイナス圏に沈んでいた10年物国債の利回りは21日に一時、半年ぶりにプラスに転じた。

長期と短期の金利に差が生まれたことは金融機関の収益を改善する。ただ、その一方で長期金利に上昇見通しを生み出したことは、ある意味で金融引き締めの側面も持つ。本来なら景気には決してプラスではない。

さらに、今回の日銀の発表文には、黒田が推進した年80兆円の国債購入を自戒するかのような文言も記されている。

「あと1年強で、マネタリーベースの対名目GDP比率は100%(約500兆円)を超える見込みである(現在、日本は約80%、米国・ユーロエリアは約20%)…」

異次元緩和による国債購入の突出ぶりを、国際比較で描き出す文言は、異次元緩和の行き過ぎに自らくぎを刺しているようにも読める。

日銀の動向に詳しい金融関係者は、こう分析する。

「今回の決定の裏では、異次元緩和やマイナス金利を推進してきた黒田総裁、岩田副総裁の指導力が低下、白川前総裁に連なる伝統的な日銀マンである中曽副総裁に、主導権が移ったのではないでしょうか。これは一種のクーデターのように思えます」

アベノミクスを牽引してきた黒田の異次元緩和にはブレーキがかかった。これでデフレ脱却のボールは首相の安倍晋三へと投げ返されたことになる。

(引用終わり)

日銀も政府も、財界も景気対策にはお手上げと言うこと。
専門家があらゆる手立てを講じても経済は動かない。
動かないと言うことは、もう市場主義経済がコントロール出来ないと言うこと。
経済の理論が成り立っていないと言うこと。

彼らが求めているのは、ひたすらに消費の向上であるのだ。
多くの人たちに商品を買っていただくことで、自分たちの利益がだせるのだ。

いままで国内の消費者のことは構わずに、ひたすら売上を伸ばそうとしてきたのみの経営体質が問われているのだ。
国内の消費を増やそうとするならば、それだけの金を賃金として国内にばらまかねばならない。
ワーキングプアーを1400万人にも増やし、非正規雇用を増やしておきながら、消費が低調などと自分勝手も甚だしい。
根本の問題を金利政策などで解決出来ると思ってきた、日銀を筆頭とする経済の専門家の無能の故である。

アベノミクスの成否など、鼻から解っていた事。
何の意味もないのである。
それなのに、アベノミクスと言う言葉を使い、成功、不成功などと、更に国民を騙し続ける不届きもの。

しかしながら、現実は、誰がやっても解決できない問題。
絶対に解決できないかと言えば、そうでもない。
このスレッドで言っているように現状の市場主義経済の根本理念まで踏み込んで変えることである。
具体的言えば、国民が消費をできる金を国民に渡すことである。

景気対策と言って金融政策として企業にメリットを与え続けていても、このとおり、無駄金に終わる。
まあ、現金を国民にばらまくことは、1回くらいは良いとしても。これを継続することはタブーの中のタブーである。
現金で渡さなくても仕事の代償として渡せばよい。

公共事業でも、福祉事業でも方法は何でもある。
国家が国家として動くことである。
それを考えるのが行政ではないか。
政治ではないか。

まあね、財政問題を考えればそうは行くまい。
だから結局は、通貨の増刷の問題へ行く。

通貨の意味、価値観を根本的に改めること、見直すことをしなければ、それにも踏み込めないであろうが。
そう言う勇気を持った専門家の登場が待たれる。
政治屋などに期待していても、それは無理だろう。

与党にしても野党にしても、名前が挙げられる連中の顔を思い浮かべられることだ。
ボーとして、自分の利権を追うことより考えられない面をしているだろう。


メンテ
G20 ( No.169 )
日時: 2016/10/07 18:07
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:HA1E/gX.

世界経済の安定へ 政策総動員の方針確認 G20閉幕
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20161007-00000032-ann-int

テレビ朝日系(ANN) 10月7日(金)16時54分配信
 G20(主要20カ国財務大臣・中央銀行総裁会議)がアメリカのワシントンで開かれ、世界経済の安定に向けて金融政策や財政出動、構造改革を総動員する方針を確認しました。

 日銀の黒田総裁などが出席した会議では、世界経済について緩やかな成長は続いているものの、政治的要因を含む下振れリスクがあるという認識を共有しました。なかでも貿易の伸び率が低迷していることに対し、保護主義の高まりを懸念する声が相次いだということです。黒田総裁は会議で先月、日銀が発表した金融政策の新たな枠組みについて理解を求めました。.

(引用終わり)

昔、昔は、世界で行われているこのような会議は世界経済の為に欠くことのない大事な会議と信頼を寄せていたものです。
現在は、そうではなく、また無責任な奴らが自分達の為に悪巧みに集まったとしか見ることは出来ません。

20国の財務大臣、中央銀行総裁が、華やかなムードで集まっていますが、結論は上記のとをり、強調してやっていこうと言うものばかり。奴らに景気の動向を左右する能力などもともとありません。

各国の本当の国民経済の心配などしていません。
要するに自分たちが拠って立つシステムを守るためにだけ集まっているのです。
ニュースで流す必要もないものを仰々しく報道している様は、いかにも現代風。上っ面に走るだけで拍手喝采をする状況にふさわしく思います。

私などは、あいつら、また集まっているな、と言った類の感想より持ちません。
一応、経済のスレッドなので、このような事をやっていますという報告までに。
メンテ
久しぶりに ( No.170 )
日時: 2016/10/26 13:23
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:f2Qsh15.

http://bbs7.sekkaku.net/bbs/haruno.html
以下は上のサイトからの転載です。

企業は減産により収益を上げることが出来ない。
価格原理により、何らかの富を生産、販売することでしか収益を上げられない。

減産により生産力が抑制されることが無く成ります。

100円の商品を生産したら100円の需要を造らなければ100円で売れない。
100円の商品を生産し、80円の需要しか造らなければ、価格が80円に下がるだけです。

つまりお金は循環するものなのです。

もの余りの経済では商品価格は下落して行き、資本は減価して当然なものなのです。
従って金利はマイナスに成って当然なのです(実質金利は幾らでもマイナスに出来る)

しかし現実の市場は寡占市場なので、減産により価格を維持し収益を上げようとする。
減産=不況、失業、貧困が起きる原因です。

『寡占による超過利潤が投資では無く貯蓄に回れば経済は破綻する。J・K・ガルブレイス』
これが経済破綻、大恐慌の原因です。

もの余りの経済では資本は減価し、金利はマイナスに成ってこそ経済は循環し調和するのです。
生産力は制約されず、お金が循環し調和すれば、現在の生産力を持ってすれば貧困など起こりようが無いではないですか。

それを市場支配力により寡占による超過利潤が発生するから経済は破綻に向かうのです。
中央銀行が通貨価値を維持しようとするのも間違った通貨政策です。

(転載)

ブログ主のグッキー氏は以前、当掲示板でも気を吐いていてくれました。
経済及び諸外国の情勢に明るく、いろんな記事を紹介されています。

ところで、この文章の中に、私がこのスレッドて書いている事に関連する言葉が多く含まれています。

>中央銀行が通貨価値を維持しようとするのも間違った通貨政策です。

これも、そうです。
現行の通貨の有り様を考え直さねば国民経済の復活はありません。

>現在の生産力を持ってすれば貧困など起こりようが無いではないですか。

この言葉の意味も、真剣で吟味したいものです。
現行のシステムの何かがおかしいのです。


表題の文章について私なりに追加認識を書いて見ます。

>企業は減産により収益を上げることが出来ない。
価格原理により、何らかの富を生産、販売することでしか収益を上げられない。
減産により生産力が抑制されることが無く成ります。


逆に言えば、別の何かを増産できれば、市場主義経済も活性化できると言う事になります。
ドラえもんの様な竹コプターとか。
全く新しい産業を起こして雇用を吸収することです。
実際に新エネルギー産業とかベンチャー企業の育成とか叫ばれていますが、実際には、その程度では1億国民を救うことはできません。
しかしながら、方向性としては有力な方向でしょう。
グッキー氏の主張は、何らかの手立てで需要を恣意的に増やすことの必要性を言われています。

いずれにしても、財政的問題を解決しなければ何の手立ても打てません。
そのために、政府通貨の発行とか、地方通貨の発行とかの領域の話もされています。
最も確実な方程式までは、まだ至ってはおられないようです。

一方で
一連の成り行きに対して、別のコメントで下記のようにも言っています。

>しかし誰も原因を特定できず、解決策も考えられない。
求めよ、されば与えられん。
政治家、経済学者は自分まで被害が及ばないので求め無い=考えない。
労働者は文句を言うばかりで求め無い=考えない。

真剣に原因と解決策を考える者が居ないのです。
求めよ、されば与えられん。真剣に求めるものが居ない。
人類の劣化いかばかりか。

知識の遺伝、良いと思えば受け入れ、悪いと思えば反論、否定できなければ成らない。
これが出来る者が少ないのです。
何時までも出来無ければ滅亡へ向かうしかないでしょう


※現代社会は、その通りの状況であると思います。

とりあえずは、このような認識を多くの人が持つことが必要なのではないでしょうか。

メンテ
通貨発行権 ( No.171 )
日時: 2016/10/27 11:08
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:bdzopf9I

http://bbs7.sekkaku.net/bbs/haruno.html
再び、グッキー氏のブログから転載します。


ものが余れば価格が下がる。ものの価格が下がればものを生産する資本の価値も下がる。
しかし資本は資本価値が下がることなど容認できない。

100円の商品を造って80円の需要しか造らず20円儲けたいとするのが資本だ。

どちらも完全競争市場なら出来ないことだが、資本は市場支配力にものをいわせそれを実現しようとする。

資本価値を守ろうと減産すれば、需要が減りデフレスパイラルに陥る。
政府が福祉で需要を造るので、現在は極端には落ちないように成っている。
その分、財政赤字が増えるが。

100円の商品を生産し80円の需要しか造らず100円で売ろうとすれば、誰かが20円の借金を造らなければ成らない。

民間では借金を累積すればすぐに詰んでしまうので、政府が借金を累積することに成る。
しかし政府も借金を累積すると財政破綻という声が聞こえて来る。政府が借金を渋ると慢性不況に陥る。

途上国にもバラ色の計画を持ちかけ騙して借金をさせる。
資本は誰かが借金をしてくれなければ増殖できない。
しかし資本が増殖する為のバラ色の計画は破綻する。
アフリカなど元利払いと新規借り入れ、資金の純流出に成ってしまっている。
世界中で無理なファイナンスが破綻しかけている。

ものあまりの時代には資本は減価する。
100円の商品を造れば100円の需要を造らなければ100円で売れない。
いくら資本が市場支配力にものをいわせ無理を押し通そうとしても、何時までも無理は押し通せない。

世界中で均衡財政、小さな政府、自由な市場、新自由主義に反旗を翻す者が出て来ている。
決め手は通貨発行権を国民が取り戻すことだろう。
いくら資本が強欲に通貨を掻き集めても、通貨発行権が有れば紙幣は印刷できるものだから、それに完璧に対応できる

(引用終わり)

これに対する、私のレス。

>決め手は通貨発行権を国民が取り戻すことだろう。
いくら資本が強欲に通貨を掻き集めても、通貨発行権が有れば紙幣は印刷できるものだから、それに完璧に対応できる。

だから資本は通貨発行権を国民に渡さないようにする。
ロスチャイルドの様な巨大資本は世界中の中央銀行を牛耳るとともに、政治を支配し既成の金融理論を崩させない。
アメリカ大統領、リンカーンもケネディも実のところ通貨発行権を国家に取り戻そうとして暗殺された。
CIAなどユダ菌の手先、何でも出来る。

で、あれば。通貨発行権を国民に取り戻すのは革命に等しい難事である。
その革命が、なぜ今まで起きなかったのか。
それは、曲がりなりにも現行の金融理論が経済の現状に即していたからであるが、グローバル化が進んだ現在、それに矛盾が生じている。

同時に、生産技術の発達は、従来の金融理論を変えられる様な環境をもたらした。
生産力の飛躍的な発達である。
その結果、グッキーさんが言われている状況が現出した。

巨大資本の傀儡となった政治切り捨て、国民の為の経済環境が作れる国作りをしなければならない。
通貨革命が出来る状況にある。しなければならない状況にある。

(終わり)

冒頭で書いておられるグッキー氏の文章は、一見解りにくい。
グッキー氏は、よくマイナス金利と言う言葉を使われる。
これは純経済論的な把握の仕方であり、具体的にはつかみにくいと思いますが、結論(通貨発行権を国民に取り戻す)から見れば、おおよその概要が掴めると思います。


メンテ
雇用の実態→雇用を考える ( No.172 )
日時: 2016/10/28 22:36
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.mRgM4uw

初めに別スレッドで取り上げた、最近の雇用情勢に関する報道(統計)を取り上げます。

http://www.jil.go.jp/press/documents/20160615.pdf#search='%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%81%AE64%EF%BC%85%E3%81%AF%E4%BA%BA%E6%89%8B%E4%B8%8D%E8%B6%B3'
(独立行政法人 労働政策研究・研修機構)

>2016年6月15日 - 企業調査 人材(人手)不足の企業の7割超が、いっそうの深刻化や慢性的な継続を 予想. (p16【図表15】). 人材(人手)の不足を ...... (69.7%)、「宿泊業、飲食サービス 業」(64.3%)等で高くなっている。 5 なお、「その他」(6.9%)について ...

(引用終わり)

失業率、ワーキングプア、非正規雇用の問題を知っている我々にとって、このような話は納得しがたいものである。
よく検証してみよう。
もともとこのような統計を出しているのは、行政法人とか商工会議所の様な政府の手先である。

企業の中にはグローバル化の影響の中、熾烈な生存競争をしている企業と、抵抗もできず青息吐息で頑張っている企業がある。
青息吐息の企業等、新規社員の雇用など鼻から考えられない。

このような調査は、回答を出してくれそうな企業を相手にするもの(国政調査などでは決してない)。
私が住んでいる地域のスーパー((大手に対抗して何とかしのいでいる)のレジ係りなど、常によく人が代わる。
なぜかと言えば給料が安いので、すぐに止めてしまう。
私も知っている経営者は常に後釜を探さねばならない。
こう言う企業に聞けば、そりゃ冒頭の話になるであろう。

建設業者にも言える、多くの建設業者はすでに倒産しているが、このった事業所では、更なる競争に勝つために出来るだけ人件費を抑えにかかる。
現場作業員などは日当、8000円くらいである。
ここも少しでも好条件な雇用を目指して、作業員は常に入れ替わる。
この様な状況をして、人手不足に悩んでいることが、雇用の安定と、どのように繋がる。

介護業界が人手不足と言うのも、同じ理由。
アメリカでも介護に携わる人たちは年収250万円前後と、非常に冷遇されているらしい。
おそらく黒人や移住してきた人間を使っているのであろう。

日本の状況も、年収200〜300万円の間で介護事業をしている。
確かに介護と言うものは肉体的なものと言うよりも精神的に厳しいものがある。
おむつ交換とか、痴呆の老人に話を合わさねばならない事を考えて見れば良いでしょう。
この業界も結構人が入れ替わる。

この様な統計を取るならば、せめて全事業所の半数くらいに聞けば良い。
表題の言葉は、我が国の雇用情勢を偽ることはしても、何の実態も表してはいない。

(転載終わり)

政府は何時までもこのような発表を続け現実を誤魔化しています。
実際は、まともな職場がどんどん減って行き、どんな仕事でも得ようとひしめき合っている状況なのです。

更に少子化などの影響で将来人手不足となるから、1000万人の海外労働者を移住させるなどと、トンデモないことまで言っています。
50年後に日本の総人口を8000万人になると言う予想があります。仮に30年後の総人口を1億人としてみましょう。
現在の労働人口は、およそ6400万人。
人口が1億人にまで減ると、国民が消費する商品も8割減となるでしょう。
おなじ比率で考えれば、30年後の労働人口は5100万人。
この間、生産設備はすでに既成のもので十分に賄えており、このままでも2割以上の減産体制をとらねばならない。

ところで、生産技術の発達は、人口の推移とは関係なく日進月歩で進んでいます。
すでに、野村総研は、20年後に国内労働人口の49%にあたる職業について、人工知能やロボットで代替される可能性が高いという推計を発表した。
こうなれば、もはや国内で使う商品を生産する為の設備は、現在の1/3でも十分すぎるくらいでしょう。
生産工場そのものが、現在の1/3以下になり、生産に必要な労働者は文字通り、現在の半分以下、場合によっては1/3で良いでしょう。

単純に推計して、30年後に必要な労働者は2100〜3000万人となります。
この数字には公務員などサービス業も含まれます。
そこへ1000万人の労働移住者がいれば、日本人で職を得られるのは1100〜2000万人。
こんなことは論外として、日本人だけで考えて見ましょう。

現在の家族構成の延長として、総人口の半分位は労働者として出ています。
人口減を換算して、30年後でも5000万人分の職場が必要です。
要するに30年後には、2000〜3000万人の失業者が出ることが予想されます。
失業率は40〜60%。
そんな社会が想像出來ますか。30年後のことですよ。

細川内閣が出来て日本が変わると喜んだのが20年前。中曽根、竹下内閣の当時が30年前。
30年先と言うのはほとんど現実の延長。
もう目の前に来ているとも思わねばならない時期に、冒頭の様なノーテンキな認識。

株価、為替相場の上下、アベノミクスが成功するか、否かのレベルの問題ではないのです。
すでに根本的な認識を改め、何ができるかの検証を始めていなければならない時期なのです。

方法はあります。
このスレッドは、それを求めて書いています。
内容は、一言で言えるものでもありませんが、少なくとも、まずはこの現実を認識することが必要です。
多くの人が求めなければ改革はできません。

問題は、現在のまま進んでも人間社会、地球が崩壊する訳でもありません。
ですが豊かなものと困窮者の格差は信じられないほどになり、平安な社会など望むべくもない荒れ果てた社会となるでしょうね。

たかだか月収20万円程度の仕事を取り合いしている状況を、雇用が安定しているなどとほざかせていては、これが現実になります。

メンテ
Re: 経済の話し ( No.173 )
日時: 2016/11/01 13:53
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:bkhoy.jY

TPP法案は、民進党との話もついて、いよいよ可決されるようですね。

食料の自給(安全保障)と言う意味でも、日本は更なる窮地に立たされます。
TPPは巨大資本の生き残りのための施策。
なるほどTPPによって、より安価な商品が出回ることになるでしょう。
そのほとんどは輸入製品、国内の体制では輸入製品に太刀打ちできる企業はほとんどない。

いくら安価と言っても、それを購入する収入がなければ手には入らない。
でも、まあ当座は商品が安くなりTPPの恩恵に浸る連中もいるでしょう。
やがて、人口の半分と云われる低所得層の余裕は全てなくなり、10年もしないうちに地獄が始まる。

TPPで潤うのは一部の輸入業者、限られた分野の輸出業者。
全般に購買力、需要が落ち込み現在よりも格差はもっと、もっと広がる。
2極化社会が始まり、第一級国民と二級国民が識別される様な時代がくる。

それが解っていながら止められないグローバル化。
もはや経済的合理性にこだわるべき時代ではないのに、大衆自身、目先の利得(安価な商品)に目が眩み、なんだ、かんだと言いながらTPPを受容する。
TPPの成立で我が国は更なる危機に陥り、そのための対策には将来TPPを廃棄しても30年も逆戻り。

そんな法案が通ろうとしていても手も足も出せない。
いっそのこと、アメリカ大統領選に期待して、アメリカがTPPに参加しないことを祈るのみ。

民主主義とは本当に恐ろしいシステム、いくら警鐘を発しても、多数決の名のもとに正義が通らない。
民主主義を利用する悪逆非道の者に対応できない。

市民自ら独裁者を容認しているようなもの。だから革命など200年前の市民革命よりむつかしい。
これもいっそのこと、ISとかアルカイーダに依存する方が容易にできる。

ほんに西欧民主主義とは厄介な代物。
栄枯盛衰は自然のことわりと平家物語でも謳っているように、世界を席巻し、これ以上のものはないと思っていた西欧文明も、その行き着く先も見えてきたようです。

悲観的にすぎる認識を示しましたが、しかしながら、ここで書かれている需要革命、通貨革命を成すことができれば、人類は新しい文明の境地に至ることができると信じています。

このようなテーマに挑戦しているサイトは他には見かけません。
TPP法案成立を横目に頑張ろうではありませんか。
ハンガリー・アイスランドの試みを追加検証したいものです。

※ この文章はグッキー氏のブログへ投稿したものです。
http://bbs7.sekkaku.net/bbs/haruno.html
メンテ
トランプの新ニューディール政策! ( No.174 )
日時: 2016/11/10 18:28
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:R7D/Kmbw

阿修羅でも中には参考になる記事があります。トランプの当選と米国経済についてです

田中秀臣/上武大学ビジネス情報学部教授

(前略)

ただ、トランプの経済政策は、実際にはかなり緩和・拡大路線であるように思える。勝利演説では、ケインズ的な機動的財政政策としてインフラ投資を中心に行うと発言している。そして共和党候補としては異例なほど、雇用の創出に力点が置かれている。まるでニューディール政策の表明にも思えた。

 また、金融政策については、トランプ氏のFRB(米連邦政制度理事会)の低金利政策批判が有名になっているが、筆者は深刻な影響はないと考える。なぜなら、先の積極的な財政政策の財源を、トランプ氏は国債の借り換えに求めている。それならば低金利維持、つまり金融緩和は必要条件である。むしろ急速な金利引き上げには、反対するかもしれない。

 さらにいえば、現状のFRBの引き締めスタンスの転換を求めるかもしれない。ここは今後の注目点であり、筆者の読みが当たれば、トランプ政権はむしろ(保護主義志向という点を除けば)日本のアベノミクスと似た積極的な金融政策と財政政策の組み合わせを志向する、欧米の伝統的なリベラル政策に近似するかもしれない。もし仮にトランプ政権がこのようなリフレ政策的なものを採用し、米国経済が好況になれば、それによって世界経済、ひいては日本経済にも益するところ大だろう。

(後略)

懐かしい、ニューディール政策です。

ニューディール政策は新規まき直し政策とも呼ばれる。単にニューディールと呼ばれることもある。それまでアメリカの歴代政権が取ってきた、市場への政府の介入も経済政策も限定的にとどめる古典的な自由主義的経済政策から、政府が市場経済に積極的に関与する政策へと転換したものであり、第二次世界大戦後の資本主義国の経済政策に大きな影響を与えた。世界で初めてジョン・メイナード・ケインズの理論を取り入れたと言われる。原案は、いち早く世界大恐慌から脱した日本の高橋是清が考えた政策と多くの部分で同じである。

具体的には
TVAの公共事業に従事する労働者緊急銀行救済法
TVA(テネシー川流域開発公社)などによる右写真のような公共事業
CCC(民間資源保存局)による大規模雇用
NIRA(全国産業復興法)による労働時間の短縮や超越論的賃金の確保
AAA(農業調整法)による生産量の調整
ワグナー法「全国労働関係法」による労働者の権利拡大

さらに1935年には第二次ニューディールとして、失業者への手当給付・生活保護から失業者の雇用へという転換を行い、WPA(公共事業促進局)を設立し、失業者の大量雇用と公共施設建設や公共事業を全米に広げた。

(引用終わり)

ただし、ニューディール政策で危機に陥っていたアメリカ経済を立ち直したものの、その後のアメリカ経済の発展には負担になってきて批判をするものが多くなった。
そうして登場したのが現在に至る、新自由主義の思想です。

ニューディール政策の再来と言っても、時代の環境が違います。
生産力、グローバル化の程度が違い、アメリカ国内だけの対策では施策は考えられません。
ですが、基本の考え方は有効と思います。

トランプが、どのような、新ニューディール政策が出せるか見ものですね。
もっとも、あの悪人面のトランプが考えるのではなくフレーンに優秀な専門家がつくことを期待したいです。

メンテ
Re: 経済の話し ( No.175 )
日時: 2016/11/12 11:02
名前: 贅六@関西弁 ID:q/LHKen.

ワテには経済論を論ずるのは一番苦手でおますのんで、専らあのトランプと言う人間に付いて言いますが、

>もっとも、あの悪人面のトランプが考えるのではなくフレーンに優秀な専門家がつくことを期待したいです。

と言う言葉以前に、アイツにはとんでもない黒幕が付いてるんや無いか? と思いますねん。その黒幕は彼が政権を構築した後も決して表には出て来まへんやろけど、トランプの政治を操縦し続けるやろと思てます。

然し、彼が選挙期間中に言うてる事を聞いても判る様に、本質的にトランプと言う男は“アホ”ですよって、トランプががなり立ててるスローガンには何にも中身はおまへん、政策を考えて言うてるのや無ォて、京都「南座」の顔見世の絵看板みたいに、サワリの場面だけ並べ立ててるだけでおます。 言うてる事の殆どが実行できる筈はおまへん。

あの男、内政、外交、共に何にも判ってまへんので、口から出まかせの事ばっかりだす。 そやから「ニューディール」なんちゅうカビの生えた政策を今更のように言い出してますのか、如何か、あほらしゅうていけまへん。 
此れからアイツがどないな組閣をするのんか、どないな官僚を選ぶのか、あいつ自身が此れから猛勉強せなあきまへん。そや無かったら一年も経たん内に「トランプ政権」は崩壊しまっせ。

アイツのスローガンだけを聴いて、アイツを支持した 頭の薄い、無教養な、プアー・ホワイトを中心にした“現状不満層”こそエエ面の皮だすわ。支持した奴等が待望した事なんか一つも実現しまへんやろなァ。こんなんやからアメリカはあきまへんねん。

何処かのサイトに書いた覚えがおますが、このブラック・ユーモアの小話をもう一遍書きます。

    〜〜〜〜〜〜〜〜

トランプが 「メキシコからの違法移民を追い返す!」て云うアジテーションに触発された「プアー・ホワイト」が、

「メスティーソはメキシコへかえれ!」「我々の仕事を奪うな!」

等とプラカードを掲げてデモをしてるのを見てた、ネイティヴ。アメリカンが、デモの奴等に云いました。

「お前等白人 イイ事言う、で、お前等白人 何時此処から出て行くか?」

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜

要するに、エラそうな事を言うてるアメリカの白人も、ヨーロッパからの侵略者に他ならん、ちゅう事で、所詮アメリカは多民族国家。違法移民やの糞やの言う事はナンセンスでおます。

こないなアホなアメリカにペコペコしてる日本の政権も下司の下司で、何処に日本人の誇りと自尊心がおますんやろねェ
メンテ
Re: 経済の話し ( No.176 )
日時: 2016/11/14 21:37
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:CO2UmFas

ドイツでもネオナチが台頭してきて同じ様な様相となってきていますね。

イギリス、フランスでも起きるでしょう。
日本でも最近、中近東系、南アメリカ系の移住者が増えてきて、治安を心配している人がいます。
コソ泥程度は、確実に増えているのではないでしょうか。
それにしても、この言葉、
「お前等白人 イイ事言う、で、お前等白人 何時此処から出て行くか?」

根源的な考えですね。
現代では紳士面して法治社会を叫ぶ連中が、200年前には、強盗、虐殺を繰り返し自分たちの世界を築き上げた。
それも忘れて現在はグローバル化と称して世界中を侵略している。

アングロサクソン、ピューリタンという連中は、世界中でもっとも侵略性を持った民族のようですね。
トランプの言葉も、我々が考える内容ではなく、あくまでもアングロサクソン流、単純に賛同などできないでしょう。

日本は日本人らしい伝統を大事にして国を作りたいものですね。

メンテ
トランプが1兆ドルの史上最大規模の公共投資の実施を検討! ( No.177 )
日時: 2016/11/18 21:00
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:eIePnwKs

共和党のドナルド・トランプ候補が、大統領に就任した際に備えて、今後10年間で1兆ドル(約100兆円)を支出する公共投資の実施を計画していることが判った。

この公共投資案は、トランプ陣営の経済顧問でカリフォルニア大アーバイン校の経済学者となるPeter Navarro氏と同じく経済顧問を務めている著名な投資家のWilbur Ross氏の2名が中心となった計画案の策定を進めているもので、道路工事などに3000億ドル、その他のインフラ工事などに7000億ドルを投じることで、老朽化が目立っている国内の公共基盤の再整備を行うと共に、雇用の創出を行うというものとなる。

10年で1兆ドルということは1年あたり1000億ドル(10兆円)の公共支出を行うというものとなるが、トランプ陣営では、財源については増税などには頼らず(反対にトランプ候補は、当選した場合には大規模減税を実施することを公約に掲げている)、公共投資事業を株式化し、民間から資金を調達することで、事業運営を行っていくとする独自の方式を検討している模様となる。

この方式の場合、公共事業から収益を上げて、株主に利益還元する必要が生じることとなるが、トランプ陣営では、収益換言については、景気回復によって生じる税収の増加を充てることを見込んでいる。

http://business.newsln.jp/news/201610291356020000.html


いい話を聞きました。
何か10年間で1兆ドル。
日本円に換算すると120兆円。
アメリカでも政府債務は大きく財源の問題がありますが、

早速、我が国に当てはめて見ました。
アメリカの政府債務は、18兆ドルということらしいです。
1兆ドルと言うのは、その1/18。
日本の政府債務で言えば、1100兆円の1/18=61兆円。
1年で言えば、6兆円。

結構じゃないですか、日本の公共事業費は約7〜8兆円。
私は日頃から公共事業の倍増論者です。
倍にはなりませんが、ほぼ満足です。
そりゃ、少しは経済は変わりますよ。

日本で言えば国家債務は年々50兆円以上増えています。
どうせ返せない借金、返すつもりのない借金、そんなものは永久に政府、官僚の責任にし、更に6兆や10兆円。
借金を積み重ねての何のことはない。

さすが、トランプ。
日本には、そんな気概があるやつなど全くいない。
虫けらの様な小さな心で、籠の中をうろつくだけの能無しが政治をやっているから、いつまでも国民は救われない。
よーく見れば、開ける道もあるのに、1寸先より見えない近視眼、洞察力のなさ、思考力のなさ、すべて前後の教育の賜物。
そう言う貧相な頭がいくら寄り集まっても計算式を解くくらいの力よりない。
新しい方程式を生み出す様な天才がいない。
天才がいなくても。せめて英雄が出れば、社会を導く方途を示せるが。

トランプは英雄の卦があるかも!


(追伸です)

世界中の国が返せない借金に覆われている。
どうせなら、世界中が返さない様にすれば良い。
? ? ?
メンテ
Re: 経済の話し ( No.178 )
日時: 2016/11/24 06:41
名前: 贅六@関西弁 ID:JKcEr9WQ

ハハーン!読めた! 其の為にカネが要るよって、殆ど日本が出してる「米軍駐留費」を全額出せ! ちゅうてまんねんな!

へてから、日本にもっと「アメリカ国債」を買え言うたり、TPP辞めて、過大な貿易関税を課したり、色々悪さをしよりますねんな。

要するにアメリカは、世界の警察を辞めて“タカリ国家”に成る心算ですかいな?

うん? オカシイぞ、ほんならTPP離脱したらアカンのや無いか! TPPで世界の貿易ルールを「アメリカン・スタンダード」にしてやねェ、日本の「郵貯や簡保」を乗っ取ってアメリカで使おうちゅう事は出来んのとチャイますか? ワテのウスイ頭ではよう解りまへんわ。

  〜〜〜〜

其れは置いといて、金の問題を抜きにして「公共事業でアメリカのインフラを再整備する事はエエ事や」と思います。ニューヨークのハドソン川に架かってる橋なんか、老朽化でボロボロ、今にも落ちそうな奴が有るそうでっさかいねェ。

昔ルーズベルトが遣った、TVAの二番煎じ、ちゅうとこですねんな。

そやけど一つだけ妙案がおます。アメリカの富の90%を持ってる富裕層に資金を拠出させたら、この事業実現の可能性は有るんやおまへんか? 

その一方で、そないな事したら、トランプがケネディみたいに暗殺される可能性も出てきたりしてねェ、ワテにはよう解りまへん。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.179 )
日時: 2016/11/20 18:21
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:6siomg7E

贅六さんの言われていること

すべては可能性はありますね。

ところで贅六さんは、ニューヨークへ行かれたのですか。

私は海外と言えば、新婚旅行でハワイに行ったことと、よからぬ企みで台湾へ行っただけです。

うらやましいですね。

メンテ
Re: 経済の話し ( No.180 )
日時: 2016/11/22 18:29
名前: 贅六@関西弁 ID:2dhSt8VY

メッソウも無い! ワテは海外赴任する様なエリートでも、外遊するほどの金持ちでも、おまへん。

貧しき下層庶民のワテの言うてる事は、みんな「管見妄語」で、世間に飛び交う情報をかき集めて判る範囲の事しか書いてまへん。

この掲示板には識見の高いお方が沢山居てはりますので、そう言うお方に太刀打ちしよう思ても直ぐ底が割れます。そやからワガの判る範囲の事しか書いてませんのです。

そやから、どうぞご心配なくお気楽に討論をしてお呉れやす。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.181 )
日時: 2016/11/22 19:44
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:2Jv3Wqi.

>この掲示板には識見の高いお方が沢山居てはりますので

私のことでしょうか!

私のは、ほとんどインターネット情報の受け売りで10年も経てばこの程度にはなれたということですか。
また、満天下さんとか、その時々の話し相手にも恵まれていたのでしょう。

それはそれとして、
あなたからも、この掲示板が堅苦しく思われている事をしり、反省しました。

私などが出しゃばっているからでしょう。
そう言う意味で、古いスレッドをUPしてみました。

この様な状況に戻すべきですね。

メンテ
アメリカ大リーグの話 ( No.182 )
日時: 2016/12/18 18:34
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:wBMIidsc

“内部留保”過去最高でも、企業はなぜ従業員の賃金を上げようとしないのか

https://thepage.jp/detail/20160614-00000011-wordleaf


東京証券取引所に上場する企業の2016年3月期決算は営業利益が過去最高を更新する見込みです。これに伴って企業の内部留保も過去最高を更新する可能性が高まっていますが、企業で働く従業員の実質賃金はなかなか上昇しません。利益が出ているにもかかわらず企業はなぜ賃金を上げようとしないのでしょうか。

 日本企業が賃金を上げない理由の一つは、賃金よりも株主への配当を強化しているからです。日本では会社は従業員のものという意識が強く、これまで株主に対する配当は低く制限されてきました。しかし、安倍政権はコーポレートガバナンス改革を掲げ、企業の配当増額を強く促す政策に転換しました。安倍政権が配当強化に乗り出した理由は、このままでは日本の公的年金の運営が苦しくなってしまうからです。

 日本の公的年金は世界最大級の機関投資家であり、上場企業の株式を大量に保有しています。公的年金は年金の支払額が保険料の徴収額を上回る状況が続いており、このままでは積立金が30年から40年で枯渇してしまいます。企業からの配当を強化しないと、年金を維持することが難しくなっているわけです。配当を増額するためには、企業は当期利益を増やす必要がありますから、できるだけ人件費を抑制しようとします。

 日本の雇用制度も賃金を抑制する方向に働きます。日本では、正社員の場合、終身雇用が基本となっており、原則として解雇することができません。一般的に企業が新規事業に乗り出す場合には、新規事業に合ったスキルの従業員を採用し、それに合わない社員は解雇することで全体の人数を調整します。しかし日本の場合にはそれはできませんから、人を採用するたびに余剰人員が増えてしまいます。企業が人件費として支出できる金額には限りがありますから、1人あたりの賃金はどうしても安くなります。これに加えて、企業は正社員の待遇を維持するため、非正規社員の給料をさらに低く抑えてしまいがちです。このため、日本全体としては、賃金が上がらない状況が続いています。

(引用終わり)

こうした記事が平気で出回っている。
いったい誰が、どんな目的で発信しているのであろう。
厄介なことの現代はネット社会。
こうした時期に触れる機会が多いのである。

内部留保とは、

最も狭義の内部留保は利益剰余金のことを指す。[要出典]利益剰余金とは、純利益から配当金や役員賞与金などの社外流出分を差し引いた金額である。必ず内部留保に含められ、貸借対照表では貸方の「資本の部」(日本では「純資産の部」)に勘定科目として表示される。
文中の日本の企業が賃金を上げないのは配当金を多くしたいためだのと、内部留保が最大になったことと何の関係がある。
最も、こうした好調な一部の企業が社員の給料をこれ以上上げると、格差の問題がさらに顕著になってくる。

また企業は大きくなればなるほどに、その上の規模を目指さなければ競争に負けることになる。
グローバル化の宿命が企業の経営を圧迫している。
設備投資も巨額なものになり、合併併合の問題も常に付きまとう。

要するにね、上記の問題はどうにもならない。
かつ、
グローバル化で競っている大手企業以外は、ニュースでいう様な、経済の仕組みの中では捕らえられていないのである。

日本に企業の8割以上は、日本経済界のマイナーリーグに所属しているのである。
脚光を浴び、お金に恵まれているのは一軍選手だけであり、マイナーに落ちると、もうお荷物同然。
一人前の人間とも思われていない。

同じマイナーでも、アメリカ大リーグに例えると、1Aクラス(2軍)選手は、まだ希望もあるものの、2A、3A(3軍4軍)選手などは、ほとんど奴隷のようなもの。

わが国の企業の状況、労働者の状況もこれに代わることはない。


(アメリカ大リーグの話)
選手が毎日の食事にハンバーガー程度のものしか食べられないということから「ハンバーガー・リーグ」という呼び方がされている(メジャーリーグは対比して「ステーキ・リーグ」と呼ばれる)。ホームゲームのときは試合前・試合後、ビジターのときは試合前に球団が食事を用意してくれるものの、それ以外では、実際に多くの選手がハンバーガーやホットドッグなどを食べているといわれる。移動もメジャーリーグの球団が専用飛行機で移動し、機内でも一人一列を割り振られるのに対し、マイナーリーグのチームはバスでの移動が基本で、長距離を飛行機移動する場合でもエコノミークラスの利用が通常である。カテゴリーが上がれば、機内に飲食物が用意されており、選手たちはそれを自由に食べることができるが、上位リーグほど移動距離が長い傾向があり、選手たちにとっては過酷な移動となる。映画『フィールド・オブ・ドリームス』でバート・ランカスター演じるアーチー・グラハムが「マイナーの生活はこりごりだった」(実際にあった発言)と語っているのはこのためである。ただ、AAレベル以上であれば、クラブハウスには飲物、アイスクリーム、フルーツ、インスタント食品などが備えられており、選手は自由に飲食することができる。また、遠征の際は、スタッフがグラブやバットなどを本拠地スタジアムのロッカーから遠征先スタジアムのロッカーに移送し、ユニフォームをハンガーにかけた状態にまで整えてくれる。

補足 アメリカ大リーグのマイナーリーグには、A、AA、AAA(スリーA)と三種類がある。

メンテ
Re: 経済の話し ( No.183 )
日時: 2016/12/25 20:58
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:KNWgpDp2

UP
メンテ
貿易収支、経常収支 ( No.184 )
日時: 2017/01/15 00:29
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:PjO51P/s

経済用語でニュースなどで聞かれても今一つ解りにくいでしょう。
経常収支とは
一国家単位の海外とのお金の取引の決算の事です。

その内容は次の4項目であらわされています。

貿易収支
サービス収支
所得収支
経常移転収支

経常収支とは、この4項目を合計してみたものです。
その4項目について説明してみましょう。

輸出額から輸入額を引いた「貿易収支」、
主に外国人旅行者が日本で使ったお金から日本の海外旅行者が外国で使ったお金を引いた「サービス収支」、
海外への投資によるもうけから、海外からの投資によるもうけを引いた「所得収支
主に途上国支援に出したお金を示す「経常移転収支」

などで、日本経済の姿や日本がどう稼いでいるかなどを示しています。


このうち一番なじみやすい貿易収支について2015年の場合を見てみましょう(計算しやすいように1ドル100円としています)

        1年間の総輸出額  1年間の総輸入額

アメリカ     150.0兆円     230.7兆円
中国       227.0兆円     168.0兆円
日本       62.4兆円      64.8兆円


昔の日本は中国のように輸出が輸入を大きく上回っていました。
なぜ、均衡を保つようになったかですが、日本の輸出力が落ちこんだわけではなく多くの企業が生産拠点を海外に移したためです(大手企業はその企業の生産額の3〜5割を海外で生産するようになってきています)。

ついでに対アメリカの貿易は

日本から見て 輸出 13.0兆円  輸入 7兆円

対中国貿易は

日本から見て 輸出 13.0兆円  輸入 19兆円


次に経常収支ですが

アメリカの経常収支は  47.0兆円の赤字で、随分と前からこのような赤字が続いています。
日本の経常収支は    10.0兆円の黒字です。

貿易収支は赤字であっても所得収支が多いのです。
我が国の企業の海外進出ぶりが伺えます。

ただし、アメリカの経常収支が毎年多額の赤字を出しているといっても、それはアメリカ経済の不振を物語っている訳ではありません。
アメリカの貿易収支の大幅な赤字が、原因ですが、輸入が多いということは、それを消費するアメリカ国内の経済が活発であるということにもなります。

経常収支、貿易収支の黒字、赤字が、そのまま各国の状況を現すものでもありませんが、やはり赤字よりも黒字の方が安心してみていられるようです。

アメリカが毎年多額のドルを流出させながら国内には、まだ大量のドルがあって輸入品を買い続けることができるのはなぜでしょう。
そこに通貨と言うものの性格が、私たちの家計簿で考えるようなものではないことを物語っています。

経済、特にこの分野におけることは苦手ですが、一度は触れてみたかったないようです。


トランプが47兆円の経常赤字をなんとかするために、日本や中国との貿易収支を問題にしているのはこのためです。
基軸通貨と言っても、いつまでも大量のドルを世界に撒き続けるのも限界があるのでしょうね。

(追申です)

輸出に頼っている国の実情です。

その国のGDPに対して 輸出に頼っている国の順位です

オランダ  66.0%
韓国    43.9%
ドイツ   38.7%
ノルウェー 29.2%
中国    22.3%
フランス  20.4%

日本    15.2%

アメリカ  9.3%

意外と思うでしょうが、我が国が輸出に頼っている状況は先進国ではアメリカに次いで低いのです。
まあ、日本もアメリカも企業の海外生産のシステムが充実しているので、そのまま受け入れなくては良いでしょうが。
韓国などは、国政競争力を上げることに必死にならざるを得ませんね。
逆に言えば、それならば日本の経済政策など、なぜ、もっと国内向けにできないかと言うことです。

(参考)
アメリカのGDP  1980兆円
中国のGDP    1230兆円
日本のGDP     450兆円
ドイツのGDP    370兆円
メンテ
経済政策の話 ( No.185 )
日時: 2017/01/15 22:34
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:vDbjdu1Q

現代の社会の大問題は経済のグローバル化が進み、多くの中小零細企業が経済の展開から取り残されていることです。
それが末端の労働者の収入を減らせ消費が停滞していることです。
要するに経済的格差が広まり、固定化していることです。

我が国の企業の内訳を現してみますと。

大企業の数 1.2万社 全体の0.3% 従業員数 1433万人
中企業   12.7万社 全体の12.7% 従業員数 3361万人
小企業・零細企業 377.2万社 全体の87.0%  1300万人
(公務員は除く)

テレビのニュースなどでは、トヨタの業績とか我が国の先端企業の海外進出ばかりが華々しく報道され、景気がよくなり我が国全体の底上げはいかにも彼らの動向にかかっているように思えます。
しかしながら、前のレスで言いましたように、輸出の総額は我が国のGDPの15%です。
彼らの業績が数パーセント上がっても、それで国内の経済の底上げができるとは思いません。
世界中がグローバル化の波にさらされているおり、海外進出企業の活躍は望ましいとしても、国内の基本的な経済の施策は、それだけではいけません。

そこで政府が、どのような経済政策をとっているか調べてみました。

T.一億総活躍社会の実現の加速
保育・介護の受け皿整備(厚生労働省)
&#61548;
  保育士の処遇改善(内閣府、厚生労働省)
&#61548; 介護人材の処遇改善(厚生労働省)
&#61548; 人材確保措置の拡充(厚生労働省)
&#61548; 保育・介護の労働負担の軽減(厚生労働省) 
&#61548; 雇用保険制度の見直し(厚生労働省)
&#61548; 学校施設等の環境整備(文部科学省)
&#61548; 給付型奨学金の実現、無利子奨学金の拡充(文部科学省)
&#61548; 年金受給資格期間の短縮(厚生労働省)
&#61548; 簡素な給付措置(厚生労働省)

U.21世紀型のインフラ整備
&#61548;
  外国人観光客4000万人時代に向けたインフラ整備(国土交通省)
&#61548; 農林水産物の輸出促進(農林水産省)
&#61548; 農林水産業の競争力強化(農林水産省)
&#61548; リニア中央新幹線の全線開業の最大8年間前倒し、整備新幹線の
  整備の加速化(国土交通省)
&#61548; 開かずの踏切等対策の推進(国土交通省)
&#61548; 国際戦略港湾等の整備(国土交通省)
&#61548; インフラなどの海外展開支援(財務省、経済産業省)
&#61548; IoTビジネスの創出(経済産業省、総務省)
&#61548; 人工知能に関する研究拠点の整備(経済産業省)
&#61548; 宇宙産業などの分野における基礎研究の充実や技術開発の推進、
これらの基盤となる研究施設・設備等の整備(文部科学省)
&#61548; 地域経済活性化等につながる産官学連携の強化(文部科学省)
&#61548; イノベーション創出につながる人材育成(総務省)

V.英国のEU離脱に伴う不安定性などのリスクへの対応
  並びに中小企業・小規模事業者及び地方の支援
&#61548;
  中小企業・小規模事業者向けの資金繰り支援
(財務省、経済産業省、厚生労働省)
&#61548; 最低賃金引上げの環境整備としての支援措置の推進・拡充
(厚生労働省) 32
&#61548; 下請法の運用基準の充実等を通じた下請け企業等の
取引条件の改善(公正取引委員会)
&#61548; 未来への投資に向けた地方創生推進交付金の創設(内閣府)
&#61548; 生活密着型インフラの整備(上下水道の整備)
(厚生労働省、国土交通省)
&#61548; 空き家の活用等による地域活性化(国土交通省)

W.熊本地震や東日本大震災からの復興や安全・安心、
 防災対応の強化
&#61548;
  災害公営住宅の整備(国土交通省)
&#61548; 復興基金の創設(総務省)
&#61548; 民間主導による「東北観光ファンド」(仮称)の創設
(復興庁、国土交通省)
&#61548; 放射性物質により汚染された土壌等の除染の実施(環境省)
&#61548; 指定避難所及び災害対策の拠点となる庁舎の防災機能の強化(総務省)

以上。

確かに相当多方面の政策をとっているようです。
しかしながら、その内容をじっくりとみてみると、いろいろな問題が見えてきます。

一言で言えば、役人らしい形式的な内容で、実効力など気にしてはいないことです。

介護士などの殊遇改善と言っても言うだけで、もともと財源不足の問題を解決できなければ名目だけに終わります。
制度の整備、補助金の問題も同じで、いくら制度を変えても実態など変わりません。
制度を変えることによって雇用が創出できるでしょうか。
職業教育、イノベーション創出などと言ってますが、仕事さえあれば、職業教育など改めてしなくても自然と熟練工が育ちます。
イノベーションの創出、新しい産業を興すと言っていますが、それなら官僚が、その具体的な案でも示せばよい。
それができないから困っているのである。

>地域経済活性化等につながる産官学連携の強化(文部科学省)

無責任に、このようなたわごとを言って行政をやっているつもりの馬鹿が多すぎるのです。
これらの中で実際に経済を発展させているのは、インフラ整備とか、災害復興など要するに公共事業だけなのです。
現在の日本の窮状を救うために、他にやること、やれることがあるはずです。

ですが、ノータリンの政治屋、官僚共は紹介した施策で責任を果たしているつもりです。

そこへ行くと、アメリカ新大統領は大したものです。
メキシコ、日本、中国からの輸入を抑えることによって国内の雇用を造ろうとしています。
日本の馬鹿どもは逆です。
わずかな輸出を増やすために輸入を増やそうとしています。

トランプはメキシコ国境に万里の長城を築くとも言っています。
荒唐無稽と笑うのは愚かで、それくらいの気概をトランプはもっているということです。

日本のような意味のない、官僚、政治屋などの自己満足のための政策などいつまでやっていても社会は変わりません。
少なくとも、上紀にあげた政策など何の意味もないことを突き付けねばなりません。

メンテ
ヘリマネの話し ( No.186 )
日時: 2017/01/19 00:21
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:UKMi9ZCQ

全文引用

「ヘリマネ」政策の提唱者、アデア・ターナー氏に聞く
2017年1月18日(水)
武田 健太郎

 1月初旬に米著名投資家ジョージ・ソロス氏と共に来日し、安倍晋三首相や黒田東彦・日本銀行総裁と経済政策を巡って議論した人物がいる。彼の名はアデア・ターナー氏。英金融サービス機構(FSA)の元長官で、イングランド銀行総裁候補にもなった金融界の大物だ。

 ターナー氏が著作「債務、さもなくば悪魔」で提唱しているのは、中央銀行が財政赤字を穴埋めするヘリコプターマネー(ヘリマネ)政策。日本政府の債務は1000兆円を超す一方、昨年末に決まった2017年度予算案では歳出の膨張に歯止めが利かない。窮地に立たされる政府財政にとって、ヘリマネは本当に「唯一無二の解決策」となるのか。ターナー氏に聞いた。

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/011700539/p1.jpg

日本の財政問題は解決可能と訴えていますね。

ターナー:「マネーファイナンス」と呼ぶ経済政策が有効的だと主張している。今すぐにも検討する必要がある。


アデア・ターナー(Adair Turner)氏
英シンクタンク、インスティテュート・フォー・ニューエコノミックシンキング会長。1955年生まれ。米マッキンゼー・アンド・カンパニー、米メリルリンチ(現バンク・オブ・アメリカ・メリルリンチ)などを経て、2008年から2013年まで英国金融行政の監督機関である英金融サービス機構(FSA)の長官を務めた。昨年末に著書『債務、さもなくば悪魔 ヘリコプターマネーは世界を救うか?』を上梓した(写真:木村 輝、以下同)
マネーファイナンスとは、いわゆるヘリコプターマネー(ヘリマネ)のことですね。

ターナー:その通り。日本の公的債務残高は国内総生産(GDP)比で250%。国際通貨基金(IMF)が公表する純債務残高でも140%にのぼる。このうちGDP比で80%近くの国債を日本銀行が保有している。この日銀保有分を帳消しにしてしまえば、財政問題は解決するというのが私の提唱するマネーファイナンスだ。

日銀が持つ国債を帳消しすれば良い

国債の帳消しとは、どういうことでしょうか。

ターナー:日銀は金融緩和政策を通じて大量に買い入れた日本国債を、最終的には民間に売却すると説明している。私は単純に考えてそんなことは無理だ、あり得ないと思っている。

 その代わり、日銀が保有する国債を無利子の永久債に転換する。そして、その永久債を徐々に償却、つまり消していくことで政府債務を減らすことができる。

その政策では、いくらでも国債の発行が可能になります。政府の財政規律が緩み、最終的にはハイパーインフレにつながる可能性があるはずです。

ターナー:ハイパーインフレにはならないと断言できる。例えばマネーファイナンスを通じて1円を政府が手に入れても、インフレにはならない。一方。これが100兆円となるとインフレを引き起こす。要は程度の問題だ。規律を保つことでハイパーインフレは避けられる。

 インフレを考慮し、日銀が償却できる国債の限度を定期的に設定する。例えば、一定期間中にGDP比20%まで償却して良いと決めると、純債務残高は現在の140%から120%まで減らすことができる。

 問題は政治的リスクだ。「なぜ20%なのだ。60%や80%でも良いだろ」と大きな声で主張する人が出てくると、規律が崩れてしまう。そのため、政策委員会を日銀内に設置するようルールを作り、委員会だけが償却限度を決められるようにする必要がある。このようなマネーファイナンスの仕組みは、世界中どの国でも導入可能だ。

日本を見れば世界経済の先が読める

なぜあえて日本まで来て、マネーファイナンスを訴えるのでしょう。


ターナー氏は「日本に残された解決策はマネーファイナンス=ヘリマネ政策しかない」と断言した
ターナー:それは、世界の経済現象において日本が常に先駆けであるからだ。日本では1980〜90年代に不動産ブームが起き、そしてバブルが弾けた。2008年の世界金融危機でも同じことが起きた。

 日本ではバブル崩壊後、政府が財政出動を繰り返し、債務残高を積み上げてきた。同じ現象が、金融危機後の世界中で繰り返されつつある。

 これまでの金融緩和政策だけでは、政府債務問題を解決できていない。他国に先駆け債務を積み上げてきた日本にとって、残された解決策はマネーファイナンスしかない。

日銀の黒田総裁などは、あなたの提案に関心を示していましたか。

ターナー:あくまで個人的な面会だったので、議論の具体的内容については控えたい。米連邦準備理事会(FRB)のベン・バーナンキ前議長と同様、私も日本にマネーファイナンスの検討が必要と感じている。

いつまでに政策を実行に移すべきでしょうか。

ターナー:可能な限り早く導入すべきだろう。国債の償却が始まれば、政府は財政規律をわずかに緩め、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化目標を2020年度から2025年度などに先送りするだろう。

 財政規律が緩み、政府支出の増加が適切なインフレを引き起こせば、(政府の実質債務が目減りするため)、国債の追加償却は必要なくなる。一方、インフレが起きなければ、国債償却を続ける必要があるだろう。

1月20日に米国にトランプ新大統領が誕生します。今後、世界経済にどのような影響を及ぼすでしょうか。

ターナー:就任したから急に何が変わるという事はない。何事にも時間がかかる。閣僚候補が上院で承認されるまでに時間が必要であるし、大統領の裁量の範囲も定まっていない。

 ただ、経済全般としてトランプ氏の就任はややポジティブに見ている。可能性が高いインフラ投資は、たとえ効率的に実行されなかったとしても、米国や世界経済への影響は大きい。心配なのは貿易問題だ。中国製品に高い関税を課したら、中国との間に「税戦争」が始まり世界経済を下押しする。トランプ氏が公約してきたことを実行しないことが、最も好ましいシナリオだ。


メンテ
Re: 経済の話し ( No.187 )
日時: 2017/04/23 14:37
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:ba2uhKws

これも久しぶりにUPします。

「アホにつける薬なし、バカは死んでも治らない!! 」スレッドでゆうちょ銀行が危ない、と書かれています。

郵貯銀行の資金量は200兆円近く国内第一位、世界でも有数の銀行です。
ですが、その資金の半分は国債運用によっています。
その国債の金利が下がり、預金金利が払えなくなるのです。

以前は、資金の運用のほとんど(7割以上)を国債にたより、国の政策の有り様とともに順風万歩で一番安全な金融機関と思われていました。

郵政民営化により、郵便事業は、郵貯銀行、日本郵政、かんぽ生命保険などに分割されました。
最近、日本郵政もオーストラリアの企業買収の結果が思わしくなく、4000億円の損失を出しています。
ゆうちょ銀行も資金の運用を民間投資でしようと、ゴールドマン・サックスなどの人材を引き抜き投資をしているが、年金基金も同じように株式などに投資し大きな欠損を出している。

生き馬の目を抜くような厳しい環境で、にわか仕立てで上手く行くはずはない。
否、
上手く行くか、いかないかより先に、自分たちがもっている資金の大切さが解っていない。
郵貯にしろ、簡保にしろ、年金にしろ、貧しい人たちが唯一頼りにしている資金ではないか。

従来は、それを国家が管理していたからこそ、集まった資金なのである。
郵政民営化の時点で、それらの資金の合計は350兆円と言われた巨額の資金である。

ここで別の角度から、この問題を解きほぐそう。
貨幣と言うものは大変便利なもので、貨幣が登場するまでは、経済は物々交換であった。
毎日の生活の為には相応の物資を蓄えて置かねばならず、庶民は生活に余裕など持てなかった。
貨幣の発生は、それらの庶民が物資を貨幣にかえて蓄えることが出来、流通と言う分野が発達した。
貨幣にかえる事により、商品は集積することが容易になり流通が発達したのである。
一方で庶民にとっては、何時でも商品にかえられる貨幣を持つことにより生活に余裕ができた。
郵便貯金などは、この種の貨幣であるのである。
郵便貯金の預入の上限が1000万円と制限されていたのも、郵便貯金が庶民の生活安定の為のものであることの証である。
この様な制度も、我が国の優れたところであり、国家の国家らしい所業の結果であった。
それを自由主義経済の法則のために、資本の論理に委ねるなど決して許されない行為である。
小泉(小泉でなくとも自民党の政治)は、市場主義経済の中の一番大切なセーフティネットを外したのである。
郵便貯金、簡保生命保険、年金などは、国家が管理運営すべきものであり、国家が運営出来ない理由はない。
運営資金が不足すれば、税金で賄っても、それは庶民の為の政治である。

郵政民営化の影響が、このようになることは事前にはっきりと解っていた。
経済の問題をすべて経済の論理に任せる必要など全くなく、市場主義経済の悪影響から国民を守るのが国家の役目である。
我々は、この事を明確に認識しなければならず、こういう観点から政治を見なければならない。
ところが実際は、郵政民営化だけではなく、TPP参加など、国民生活のすべてを市場主義経済の論理の前に差し出している。

経済と言うもの、市場主義と言うものを真正面から見直さねばならない。
安価な商品、物質的繁栄を求め、享楽に浸ってばかりいては、やがて、庶民の生活がドンドン追い詰められ、富者と賓者の格差が拡大し、奴隷と貴族と言った封建時代の様相が到来する事を認識するべし。
そりゃ、そうであろう。
郵便貯金や年金、貿易の制限など、庶民を守るべきセーフティネットをことごとく廃棄しているのであるから。

メンテ
社会主義の失敗 ( No.188 )
日時: 2017/04/27 19:11
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XZ4GB97k

安易な社会主義な存在しない例。
平等、公平だけを求めて社会主義の真似事をしても、結局は人間社会、そんな理屈では動かない証拠。
現在のベネズエラは、貧困、社会不安、独裁者の暴政により、地獄を味わっているらしい。

以下、2つの記事を紹介します。
マルクス経済のシステムを取り入れた旧共産主義国家が崩壊したよりも、もっと軽率で悲劇的な結果を生んでいるようだ。
市場主義経済の体制が良いとは言わないが、人間にとって経済がどのようなものであるかを認識するたとえである。

経済の問題は、より深く考えねばなりません。


(その1)

○ベネズエラは、原油輸出で得た富により、1950年代に南米トップクラスの高所得国となった。しかし、1980年代には政府の過剰投資と原油価格下落によって対外債務危機に陥り、経済情勢は不安定化した。以後、ベネズエラ経済は、1980年から現在に至るまで、年次ベースの経済成長率が10回もマイナスに陥っている。また、1999年に発足した反米左翼のチャベス政権が社会主義指向を強め、国内経済情勢は混迷の様相を呈している。

○チャベス大統領は、「中南米を米国の影響力と新自由主義から解放する」ことを大目標に、米国と対立関係にあるキューバ、イラン、ロシアなどとの関係を強化している。また、経済政策面では、「21世紀型社会主義」を標榜し、経済に対する政府の介入を強化し、価格統制、解雇禁止、貧困層向け社会支出拡大、民間企業の国有化といった政策を推進している。さらに、自国通貨を過大評価した固定相場制のもとで外国為替統制を強めている。

○チャベス政権のこうした政策は、ベネズエラ経済に負の影響を及ぼしつつある。固定相場のもとでの為替統制は、自国通貨が大幅安となる非公式レートの利用を拡大させ、事実上の二重為替制度を招いてしまった。価格統制は、国内生産者の供給意欲を失わせ、結局、非公式レートによる輸入を増加させ、物価を急上昇させた。解雇禁止は、労働者の勤労モラルを低下させ、生産活動を停滞させた。また、貧困層向け支出拡大は、石油輸出で得た国富を減少させただけで貧困層の所得底上げにはつながっていない。さらに、民間企業の国有化は、外資企業のベネズエラに対するセンチメントを悪化させてしまった。

○チャベス政権の経済運営の最大の問題点は、「平等」を重視するあまり経済政策が所得再分配に偏重してしまい、他方で、国民所得全体を底上げする「成長」戦略を全く描けていないことである。中間層・富裕層はこうしたチャベス政権の政策に不満を抱いているものの、国民の大半を占める貧困層は、貧困層向けばら撒き政策を続けるチャベス大統領を支持している。このため、大統領選挙で反チャベス派が勝つ見込みは薄いと見られる。

○他方、ベネズエラは、オリノコ川流域の重質油の探査・開発を進めており、近い将来、サウジアラビアに匹敵する世界最大級の原油埋蔵国と認定される見込みである。このため、今後の経済成長ポテンシャルは大きい。ベネズエラ経済にとって長期的に見て望ましいシナリオとは、巨大な原油資源を国民の所得向上や資本ストック充実へと結びつけ、堅実で効率的な経済運営によって持続的な成長軌道に乗ることであろう。しかし、チャベス政権のもとでは、それが実現する可能性はほとんどないと言わざるを得ないだろう。

(その2)

「国家崩壊」寸前、ベネズエラ国民を苦しめる社会主義の失敗。

──原油の確認埋蔵量で世界一を誇るベネズエラの経済が、長年の社会主義政権のつけで崩壊寸前の危機にある。「経済的崩壊」が現実味を帯びてきたと言っていい。以下に、ベネズエラの状況を伝えた各メディアのレポートを紹介する。
1. ベネズエラ経済は、風が吹かれるクレーンのようなものだ。いつ倒れてもおかしくない。原因はただ一つ、同国の徹底した社会主義体制だ。米大統領選の自称社会主義者、バーニー・サンダースと彼の支持者が、なぜ身近にある社会主義の末路を気にも留めていないのか不可解だ。

 信じられないことだが、原油の埋蔵量で世界一のベネズエラが、今や原油を輸入している。ノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマンはかつて「もし社会主義政権にサハラ砂漠を管理させたら、すぐに砂が足りなくなる」と語ったが、ベネズエラの状況はその説明にぴったり当てはまる。
 社会主義政権の下、食料やトイレットペーパー、紙おむつ、薬などのあらゆる必需品の不足も深刻を極めている。すべて政府による計画経済や通貨統制、物価急騰が原因だ。
 IMF(国際通貨基金)によると、社会主義体制下の18年間に政府が浪費を続けたおかげで、ベネズエラのインフレ率は720%に達する。凶悪犯罪の発生率も世界最悪で、メキシコのNGOが発表した「世界で最も危険な都市ランキング」では首都カラカスがワースト1位になった。(2016年2月5日付「インベスターズ・ビジネス・デイリー」)

2. 「飢えをしのぐために犬や猫、鳩狩りをする国民:ベネズエラでは経済危機と食料不足で略奪や動物狩りが横行」。(2016年5月4日付「パンナム・ポスト」見出し)
3. ニコラス・マドゥロ大統領が、操業を停止した工場の差し押さえや経営者の逮捕など、政府による取締りの強化を表明。(計画経済に移行したアメリカが衰退していく模様を描いた)アイン・ランドの小説『肩をすくめるアトラス』が現実に。(2016年5月15日付BBCニュース)
4. 「瀕死の乳児にも投与する薬なし:機能不全に陥ったベネズエラの病院」
 ベネズエラでは経済危機の影響で命を落とす人が後を絶たない。とりわけ医療が危機的状況にある。ニコラス・マドゥロ大統領はついに経済緊急事態を発令し、国家崩壊の懸念もささやかれ始めた。
 医療現場は経済危機の影響をもろに受けている。治療に必要な手袋や石鹸がなくなる病院も出てきた。がん治療薬は闇市場でしか手に入らなくなってきている。電力不足も深刻で、政府は節電目的で公務員の出勤を週2日に制限した。(5月15日付「ニューヨークタイムズ」日曜版)
5. 「社会主義」とは、ベネズエラの惨状を伝える報道写真が象徴するように、衛生状態が最悪な手術室や壊れた保育器、血だまりの中で横たわって治療を待つ患者、抗生物質が手に入らないために命を落とす犠牲者など、国民を悲惨な結果へ導く精神的な毒を指す。
 これに対し「民主社会主義」とは、社会の一握りが富を独占していると不公平を訴えることにより、富を富裕層から合法的に盗むことを指す。社会全体の貧困化させることによって格差是正が達成される。政府に権力を集中させ、民間企業や個人の権限を抑え込む。(5月16日付「ウォール・ストリート・ジャーナル」、ブレット・ステファンズのコラム)
6. 過去数十年間でベネズエラから国外へ逃れた医師の数は1万3000人に上ると推計される。医師不足解消の助け舟としてキューバ政府がベネズエラに医師を派遣したが、派遣されたキューバ人の医師たちは、ベネズエラからコロンビア経由でアメリカを目指す始末だ。だがそうなるのも無理はない。ベネズエラでは医師も診療報酬を減らされ、料理に使う油や食料品を購入するのもままならない状況なのだ。(4月26日付「リーズン」)
7. ベネズエラでは急激な物価上昇に対応するため貨幣を増刷しようにも、そのための紙代を支払う資金すらない。(4月27日付「ブルームバーグ」)
8. 食料不足で苦しむベネズエラでは、食料品店を狙った略奪が日常茶飯事だ。(ロイター/ビデオ)
9. ベネズエラは原油埋蔵量が世界一であるにも関わらず、政府が国民の生存に必要な食料や医薬品すら供給できない事態に陥っている。(CNN)
稼いだ外貨を使いきった指導者
10. ベネズエラの経済危機は、1990年代末から続くウゴ・チャベス前大統領とニコラス・マドゥロ現大統領による社会主義政権が掲げた約束がイリュージョンだったことを露呈している。
 外貨収入の96%を原油に依存しているベネズエラでは、原油価格が高かった時代には、住宅環境や食料供給の改善、賃金上昇や福祉の充実によって国民も恩恵を感じることができた。
 だがベネズエラ政府は持続可能な経済への構造転換に失敗した。せめて石油で潤った外貨収入を蓄えておけば2014年に始まった不況による影響を多少なりとも抑えられたであろうに、政権はそれすらばらまき政治に利用した。(5月17日付「ニューヨークタイムズ」社説、ベネズエラの経済危機の元凶は社会主義体制だと批判して)
──ニューヨークタイムズはさらに、ベネズエラの殺人発生率は一日当たり52.2人、約28分ごとに一人が殺害される計算だと指摘している。
 チャベスとマドゥロによる社会主義政権の終焉が近いことはしばらく前から明らかだった。それにも関わらず、左派の論客のなかにはつい数年前まで、チャベスとベネズエラの経済政策を全面的に支持する意見があった。以下に興味深い例を2つ紹介する。
11. デービッド・シロタは「ウゴ・チャベスによる経済の奇跡」とした記事の中で、チャベスの経済政策を絶賛した。(2013年3月6日付「サロン」)
12. 左派寄りの経済学者マーク・ウェイスブロットは、ベネズエラの経済政策に対する批判に反論して「ベネズエラ経済はラテンアメリカ版の(財政破綻の危機にある)ギリシャではない。ベネズエラの経済的崩壊はあり得ない」と主張した。(2013年11月7日付「ガーディアン」)
メンテ
Re: 経済の話し  イデオロギーでは無く、悪いのは人間だ ! ( No.189 )
日時: 2017/04/28 06:45
名前: 贅六@関西弁 ID:gSx/URgU

誰も擁護論を書く人が居てまへんので、敢えてワテが火中の栗を拾いまっさ!

ワテの理解する限りでは、カール・マルクスは「資本論」を書いただけや思てますねん。
丁度その頃のロシアは、ロマノフ王朝が西欧化を急いで、工業なんかとともに西欧の宮廷文化をも取り入れ、王族をはじめ貴族たちはとかく華美に走り、贅沢三昧をしたんだすなぁ。ロシアは今の中国と同じで核心技術てなもんは持ってまへんでしたよって、み〜んなドイツフランスからの導入だすわなぁ。そやから何をやるにも金が要りますわ。王族の贅沢と技術導入で国庫はピーピー言うてます。で、金が無ォ成ったら国民から税金を搾り取る。税金を徴収する為に「徴税官」を措いて町々村々を回らしたんでっさかい、国民は死生のさかいをさまよう、ちゅう塩梅だした。
国内は将に、上流階級に対する怨嗟の渦に満ち溢れてましたんだすわ。

丁度そんなときにマルクスの資本論が上梓されて字の読める市民の中へ燎原の火の如く広がって行ったんだすな。で、その「資本論」をネタ本にして、レーニンなんかが共産主義革命ちゅうモンを、捻り出しよったんですやろ。
革命の初期にはその旗を振る奴も理想に燃えてますよって市民・農奴等も共産主義バンザイ、革命バンザイ、てなもんだす。赤軍も規律が保たれてました。ま、中には「トロッキスト一派」みたいに革命に名を借りた粛清をしまくった奴も居てましたけどね。その内主導権争いの内部抗争が始まる、腐敗も起きる、イデオロギーを抜きにした権力闘争の嵐が吹き荒れ、スターリンなんかまるで殺人鬼だしたなぁ。おんなじ様に「毛 沢東」も、「ポルポト」も「カダフィー」もそうでおましたなぁ。忘れてた、半島の「キム王朝」三代もそうでんなぁ。

これらは皆、イデオロギーに名を借りた専制君主で、人物が悪いんだすわ。人間が悪いよって権力を独占してしまうし、疑心暗鬼に成って粛清に走りまんねん。

人間に独占欲が少なかったらもっと上手い事行ってたんとちゃうやろか? 南米のムヒカ大統領みたいな人がぎょうさん居てたらねェ
メンテ
贅六さんのマルクス論 ? ( No.190 )
日時: 2017/04/28 01:10
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:ecQnl6kc

贅六さんは、少数の味方の様ですね。
また、マルクスのこと、よく御存じですね。
私も何時かは書いて見ようと思っていたマルクスについて、この際、少し時間を取って調べてみました。
堅苦しくなって申し訳ありませんが、贅六さんの言われていることを検証してみました。
時系列でマルクスとレーニン、スターリンの関係を追っています。



マルクスとソ連共産主義

マルクスは若いころからイギリスへ渡り学究生活をしていた。40歳のころから経済学批判を書き始め1865年、47歳のころには「資本論」を書いた。
第一インターナショナル運動と言うのは、初めての労働者の国際組織であり、資本論を書き終えたマルクスによって創立宣言が書かれた。
インターナショナル運動(プロレタリア国際主義に基づく社会主義運動)は、その後、紆余曲折し第四インターナショナル(1938年)まで続いたが、1919年に始まった第三インターナショナル運動からは、コミンテルンとも言い、レーニンの影響が強くなった。
レーニンは大学生のころ1902年にマルクスの資本論に出会い影響を受けていた。
一方、ロシアの社会は、1700年代から続いていたロマノフ王朝も、ヨーロッパの近代化と共に改革をせざるを得なくなっていた。
折も折、1904〜5年の日露戦争の敗北はロマノフ王朝の衰退を露わにし、議会を組織し立憲君主を始めねばならない状況になっていた。
その後もロシア社会に変革を求める動きは拡大し、ついには1917年のロシア革命が起きることになった。
レーニンは、その主導力となったポルシェビキの指導者であり、来るべき国の体制をマルクス主義求めた。
当時のインターナショナル運動が、レーニンの指導の下、新制ロシアの指導原理となって行った。
マルクスが始めたインターナショナル運動は、マルクスが思ったような経緯では進まず、時にはアナーキズムの方向に走る事もあり、最終的にはレーニン、スターリンによって旧ソ連的共産主義を形成する事になる。
ちなみに、マルクスはロシア革命が起きる20年まえ、1883年には死んでいます。
マルクスの書いた「資本論」は、資本主義のシステムの全面的な批判によって構成されていて、経済学の理論としては確かに革命的なものであったが、医薬品で言えば臨床実験はなされていないものであった。
というよりも、その後の共産主義社会の70年が臨床実験であったとも思われる。
たった一冊の著作で、国家をすべてまとめあげようとするこころみが無茶苦茶であり、マルクスが望んでいたものではないでしょう。

資本論の内容は、確かに画期的ではあるが、副作用が起きる可能性は十分にあった。
第一インターナショナルの試みは、それを確かめるための様なものであったはず。
それをレーニン、スターリンが早急に、強引に旧ソ連に取り込んでしまったものと言える。

マルクスの見誤りは、経済の理論ではなく、経済の理論で人間の活動のすべてを抱合させて考えたところであろう。
要するに、人間が本性としてもつ(アダムとイブの逸話もあるくらい)欲望と言うものの強さを過小評価してしまったことです。
結局は、民主主義=利己心の解放の前に敗北してしまったのですが、
しかしながら、その民主主義の思想も限界を呈してきている現在、我々は新たなマルクスを求めなければならなくなってきているのではないか。

(以上)


「万国のプロレタリアートよ団結せよ」  1848年共産党宣言 カールマルクス・フリードリヒエンゲルス
「万国の労働者よ御免なさい」      1989年 ベルリンの壁崩壊  レーニン・スターリン

※ それに引き替え、簡単に社会主義が実現すると考えた、ベネズエラの指導者は、実に単細胞であったと言える。
メンテ
Re: 経済の話し 何事も“中庸”が肝要でおます ( No.191 )
日時: 2017/04/28 08:42
名前: 贅六@関西弁 ID:gSx/URgU

古来、人間社会の哲学に「完全無欠」はおまへん。絶対的な存在は無いんだす。

其れを存在するように説いたトコに、あんさんが宗教論で書いてはる「キリスト教」や「イスラム教」の限界が有るんや! て、ワテは思いますねんけど間違えてたらご免やすなァ。

釈迦は“中庸”を説いた! に、ワテも同意します。「汝、貪る勿れ!」あらゆる欲望即ち「“煩悩”を断ち切れ!」ちゅうのが釈迦の教えですねんけど、其れが出来んよって釈迦は壮絶な修行をせな成らなんだ! それから、人間は未だに無明の闇に迷うてる、ちゅう事でっしゃろ。

経済に於いても、そのシステムに完全無欠は無い! 此れや! ちゅう理論はおまへん事はよう解ってます。そやから今の時代、一つの理論で事を処理しよ、てな事思たら上手い事行かんのは当たり前だすねん。

で、この頃ワテが思てるのは、ついこの間、明治維新で文明開化した時に西洋の文明を取り入れた際、其れをストレートに用いるんや無しに、其れを東洋的言うんか、日本的言うんか、上手い事アレンジして、自分等に便利なように作り直した。ちゅう“折衷文化”の見本を倣ォて、経済システムも「折衷システム」を作らなアカン! て言う事だす。

一時期、バブル勃興の前までは、外国の誰かさんに「日本経済は、或る種の社会主義経済だ!」てな事を言われた時期がおました。其れは戦後の日本社会全体が、GHQの“お仕着せ”とは言いながら、教えられた民主主義に拠って日本のあらゆるシステムを運営して、経済で言うたら「富の配分」が比較的公平に行われてた、ちゅう訳だすわ。この時期に、財閥も解体されたし、労働基本法も出来たし、天皇も人間に成ったし、組合の結成が許されたし、労使交渉も出来たし、ストライキも出来ましたなァ。

それが、日本経済はバブルの勃興で、何でもかんでも“遣ったもん勝ち!”に成り、今の中国みたいにゼニ、ゼニ、ゼニ、の世の中に成りました。で、其れが行き過ぎた結果、世にも憐れなペシャンコ状態。既に右傾化してた政治は効果的な手を打てずに今もまだバブル砲火を引き摺ってますねん。その崩壊で日本人が得たものは、絶望的な自信喪失とバブルの再来を望む無駄な夢、だすわ。其れに加えて、企業の富の再配分を忘れた内部留保のへの邁進だす。

これ等は皆、日本の政治が悪いんだす。いや、もっと遡ったら朝鮮戦争を契機にして、GHQが極東の「赤化」を恐れ、せっかく芽生えた民主主義を逆行させ始めた事でんなァ。その事が今の「ブラック雇用」を産み、「非正規雇用」を産んでる事に繋がりまんねん。

今の「安倍極右政権」には出来まへんやろけど、資本主義と社会主義のエエとこどりをした「新しい経済運営システム」が必要ですねん。其れに思い至り、其れを実行でる、政治とか政治家が誕生するのを心から待ち望んでますが、果たして何時に成るやら・・・。
メンテ
休眠預金(口座)の話 ( No.192 )
日時: 2017/05/23 11:46
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:zypQzjdA

休眠預金とは
一般に、金融機関に預金として預け入れたまま、長期間その口座へ預金者側から入出金などの取引が行われなくなり、金融機関側から預金者への連絡も取れなくなった状態の預金口座のことである。

従来は、この預金は一定期間が過ぎると銀行のものとなっていた。
その金額は、全国でなんと年間1000億円を超えるようになったらしい(贅沢なはなし、もったいない)。
そこで政府は昨年の暮れ、休眠預金活用法を制定し、その金を市場へ配布することにしたらしい。

年間500〜600億円をNPO団体うあ自治体の資金として提供すると言う。
要するにヘリマネである。

遺産については相続権があり、法定相続も認められているので、その金をネコババする前に、警察などを使えば相続者は判明するだろうに。最初にそれを怠ってネコババを決め込んだ銀行の上前を撥ねる行為であるが、まあ、そんな金は庶民にばら撒いてもらう方が良い。

ところで政府は、この休眠預金以外に、380兆円にも膨らんだ企業の内部留保金を賃上げや設備投資などで、市場に出すように勧めている。
賃上げなどされたらますます格差が広がるので諸手を上げて賛成とは言いかねるが、設備投資ならば歓迎できる。

この経済学的な意味は、民間の隠れた金を市場に流せと言う意味で、市場に流通する通貨を増やすこと、つまりはマネーサプライの増加を狙っているのです。


(ここで一寸堅苦しいが通貨管理理論の勉強です)

マネタリーベース(英: monetary base)とは、現金の通貨と民間の金融機関が中央銀行に預けた金の合計のこと。

中央銀行通貨(英: central bank money)ともいい、市中銀行通貨(英: commercial bank money)と対になる概念で、それぞれ現金と預金に対応する。地域や分野によってはベースマネー(base money)、ハイパワードマネー(high-powered money)やそれを翻訳した強力通貨、高権貨幣とも呼ばれる。

日本の場合、現金通貨とは、日本銀行券と硬貨の合計であり、中央銀行預け金は、金融機関が保有している日銀当座預金残高がこれに当る。日本銀行の定義するマネタリーベースは日本銀行券発行高、貨幣流通高と日銀当座預金の3つを合計したものである。

マネーサプライとの関係

マネタリーベース × 貨幣乗数 = マネーサプライ

マクロ経済学の教科書には、上記の数式が掲載されていて、「マネタリーベースをほぼコントロール下におく中央銀行は、このコントロールによって、間接的にマネーサプライを調節することができる」と解説されている。マネタリーベースは政府が採用している金融政策を判断するためのひとつの指標と見なされている。[要出典]

ただし、中央銀行がマネタリーベースでマネーサプライを調節できるかについては昔から議論があり、はっきりした結論は出ていない。日本では1970年代に日本銀行と小宮隆太郎や堀内昭義の間で論争になり、1990年代には日本銀行の翁邦雄と経済学者の岩田規久男の間で論争になった。

この論争は2010年代でも続いており、伊藤修はマネタリーベースとマネーサプライの比例関係が現実を反映していないと指摘した。

マネーサプライはベースマネーの何倍かになるという『信用乗数論』は、初級教科書の説明であって、現実はそうならない。日本のバブル期においても、投機によってマネーへの需要が増え、それに応じる形で銀行貸出が増えて、必要になったベースマネーを日銀が供給し支えたという関係であった。バブル崩壊後も、ベースマネーを増やしてもマネーサプライは増えなかったという事実がある。

(引用終わり)

ここで言っている結論を、そのまま肯定しなくても良いのです。
現行でマネたりーベースを増やすと言っても、その手法は日銀が金融機関の多くの金を出すと言う事で、それが直接消費者へ渡ることではないのです。
だから、ベースマネーを増やしてもマネーサプライは増えないと言う事になるのです。

休眠預金の活用、企業の内部留保の活用は、上の理論で言えば、日銀のベースマネーの手法以外で、直接マネーサプライを増やそうとするものです。

しかしながら、よく考えてみると、休眠預金など年間数百億円の規模。
企業の内部留保金を賃金で還流させることは、今でも大変な格差社会をさらに拡大することにつながり、別の問題を引き起こす。
設備投資を促進すると言っても、企業はすでに生産の拠点は海外に頼っている状況。
それを実施しても国内では年間、数兆円の規模を出ることはない。

まあ、重症の経済病に漢方薬とか、健康食品を服用する程度の効果を期待するようなものである。
それよりも、恣意的にマネーサプライを増やすと言う発想をするならば、いっそのことヘリマネ資金を使うことも考えられるのではないか。

何が問題かと言えば、大切なと言うよりも、それにしがみついている通貨管理の公式

マネタリーベース × 貨幣乗数 = マネーサプライ

が成り立たなくなると言う心配である。
すでに、実質矛盾が生じている、この方程式の見直しなどするべきであるのだ。


メンテ
ヘリマネの話し ( No.193 )
日時: 2017/05/29 15:10
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:NWmyPggM

何回も繰り返して言っていますが、我が国の国家予算、100兆円に対して税収は半分の50兆円くらいいです。
毎年の予算編成において後の50兆円は建設国債、赤字国債の名目で国債発行により資金を調達しています。

国債の償還は一般会計予算で25兆円ほど見込まれていますが、このようなものでは償還できるはずはなく、累積赤字が膨大になります。
それで政府は特別会計を用いて毎年100兆円の借換国債を別途に発行しています。
国債の引き受け手は銀行、証券会社、保険会社などがほとんどであり、それらには利子をつけて期限内に返さねばなりません。

税収が50兆円よりないのに100兆円の予算を組み続ければ、当面の金は国債発行で都合しても国家の借金はつもりばかりで結局は1400兆円にも達していて、このまま続ければ、雪だるま式に増えて、30年後には8000兆円になると言われています。

これらの金は実質ヘリマネ(通貨の増刷)行為です。
理論上はヘリマネは認められないと言いながら、実際は毎年50兆円のヘリマネをやっているのと変わりません。
これは日本にかかわらず先進国の大半がやっていて、日本は少ない方であると言われています。

ところで、ヘリマネの効用を考えるとき、それが文字通りヘリコプターからまかれる場合、その金額に相当する経済効果があるでしょう。
ですが実際は、金融機関や日銀自身が引き受け手となっているので、企業の設備投資などがなければ社会へ流通しません。
結局は、国債を引き受けた金融機関に内蔵されているだけで、金融機関は国債の利子が目当てに国債を引き受けていると言う結果になっています。
同じ国債でも、建設国債は実際に公共事業を通して、その金は市中に流通することになります。
ですが公共事業は悪と言われるようになり年間で10兆円も実施されてはいません。

実際に50兆円ものヘリマネをしながら、10兆円くらいの効果が出ていないと言う事になります。
アベノムクスで効果があったと言われていますが、それは民主党時代に比べて公共事業が増えた結果でしょう。

であるならば、大手金融機関にメwリットをやるだけのヘリマネなどはやめて、いっそのこと金利が付かないヘリマネを認めて国債に代わり発行することです。
そうでなくとも現状の方法ではやがて8000兆円にもなる財政問題など解決できるはずはありません。

ただし、ヘリマネ資金と言っても、本当に現金をばらまくことは、別の意味(労働意欲をなくす)でやってはなりません。

最近言われている、ベーシック・インカムと言うのはヘリマネであり、生活困窮者など、極一部には良いでしょうが、そういうやり方ではなく、公共事業を増やすとか、福祉事業の人件費などをヘリマネ資金で賄うとか、仕事を増やし、仕事を通じて国民が受け取れるようにしなければなりません。

そうすることによって、経済の専門家が口泡飛ばして反対する、ヘリマネを実施すればハイパーインフレになるなどと言う事は一掃できます。

各国がヘリマネ政策を堂々と活用してないのは、それをされたら困る、金融資本の圧力によるものです。
金融機関と言っても皆さんが日常相手にしている金融機関ではなく、国家相手に金を貸して設けている連中がいるのです。
彼らは戦争さえも引き起こさせています。
戦争の勝者、敗者にも金を貸しているのです。

既成の経済専門家は、何かにつけてヘリマネは危険と言いますが、彼らは既得権益の奴隷と化しているのです。
正しいことを言えば、社会から干されてしまうのです

前回上げた休眠預金の活用など、微々たるもので、経済専門家の言い訳の様なものなのです。
メンテ
↑ ヘリマネの話しの続き ( No.194 )
日時: 2017/06/02 20:40
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:MaOdYyNI

追申です

経済専門家がヘリマネを認めないのは、現在の通貨管理政策(理論)に反するからです。

みなさんの記憶にもあるでしょうが、近世以降、長い間、通貨は金本位制によって支えられてきました。
しかしながら経済の飛躍的な発展により流通通貨は2京円と言われるほどに増えてしまい、それに充当できる金の量は世界中足しても全然足りません。

現在の地球上の金は、装飾品を含めて15万トンと言います。3000円/gとして金に換えれば450兆円で、とても金本位制など成り立たないでしょう。

そこで通貨の発行は各国に中央銀行を作り、そこの信用確保の下に発行されるようになりました。
各国の中央銀行は自国のデフレ、インフレなどを起こさないような通貨の安定を図っています。
その基準として、通貨発行の限度の目安として、その国の経済力、GDPなどを目安にしています。
具体的な方程式として、先に挙げた

マネタリーベース × 貨幣乗数 = マネーサプライ
などいろいろとあり、それが理論となっています。

また、大きな公式に
需要と供給に関するものがあります。
アダムスミスの昔から、需要を増やし経済のパイを大きくすることが経済の課題でした。
一時は輸出を増やすことで経済のパイを大きくすることが流行でしたが、それもおおむね限りがあります。

需要が増える→供給(生産)増える→景気が良くなる→需要が増える→
堂々巡りでしょう。
最初に需要が増えるか、生産が増えるかなどは、卵が先か、鶏が先かと同じことです。

需要を増やすことについては、確かに、あるブームが起きれば、消費者は多少の無理をしても買おうとする。
それがきっかけになり上記の循環が始まります。
家電製品に皆が飛びついた時代は、これが有効に働き経済は飛躍的発展を遂げました。

現在では、家電でも自動車でも随分と行きわたり、そのような好循環は望めなくなっています。
そこで、なお、需要を喚起しようと思えば、消費者が今より多くの金を手にすることです。
それも現金を与えるのではなく、より安定した収入を確保してやることです。

しかしながら既成の経済理論では、ここまでは踏み切れない。
通貨の信用を落とすと言う理由が最大のものです。
通貨の信用度を維持するために通貨管理をしていると言うのが言い分です。
その通貨の信用度について考え直す必要があるのではないかと思います。
ヘリマネによって通貨の信用が落ちると言うのが経済専門家の言い分ですが、果たしてそれが正しいのでしょうか。


生産力さえ、確保できていれば、必要な商品は何時でも生産可能であるから、インフレは起きないと言う人もいて、その人は通貨の発行限度を生産力に関連つけています。
これは一つの論理でしょう。
北朝鮮の様に商品もないのにヘリマネをやれば、商品の取り合いになりインフレは必至です。
メンテ
ヘリマネの話の続き ( No.195 )
日時: 2017/06/02 21:26
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:MaOdYyNI

4年ほど前の話ですが、このスレッドで経済に詳しい満天下さんと交わした会話です。

本論に入る前にハロッド=ドーマーを紹介しますが、この文章を理解しようと思わなくても良いかと思います。
理解できる人は経済の専門家です。


ここに出てくるハロッド=ドーマーの定理は戦争直後の物でかなり古いものですが、ケインズの流れで経済を捉えていることに、現在の新自由主義経済論とは異なるものです。

最適な経済成長は達成しにくいと考えるのがケインズ的な「ハロッド=ドーマー・モデル」で。政府の役割が重要になります(ここが新自由主義経済論とは全く違うところです)。

最適成長
&#8226;「最適成長」(均斉成長)の目安としては、国民所得の変化率である「経済成長率」をとりあげます。
&#8226;そして、望ましい状態として、「財市場」と「労働市場」の双方が均衡している状態を想定します。
&#8226;「財市場」が均衡しているときの経済成長率を「保証成長率」(Gw:warranted rate of growth)とよびます。
&#8226;「労働市場」で「完全雇用」が達成されているときの経済成長率を「自然成長率」(Gn:natural rate of growth)とよびます。

ハロッド=ドーマーの基礎概念。

資本と労働の組合せ

&#8226;ミクロ経済学では、財の生産要素が、資本、労働、土地の3つであることをまなびました。
&#8226;このなかで、「資本」と「労働」を組み合わせて財を生産することを考えます(土地の条件については、モデルを単純にするために、考えないことにします)。
&#8226;ある財の量を生産するために必要な「資本」と「労働」の量の組合せをしめしたものが、「生産関数」とそのグラフになります。
&#8226;ミクロ経済学では「ある財の生産量」を考えましたが、これを「すべての財の生産量」つまり「国民所得」(Y)として考えるのがマクロ経済学です。

この「生産関数」の考え方が、「ハロッド=ドーマー・モデル」と「新古典派モデル」では異なります。

資本係数とは?

&#8226;「国民所得」(Y)は、「資本」(K)と「労働」(L)によって生産されます。
&#8226;「国民所得」対する「資本」や「労働」の比率を示すことによって、その経済の生産のしくみをあらわすことができます。
&#8226;「資本」(K)と「国民所得」(Y)の比率は、「資本係数」(v)であらわします。

「資本係数」(v)とは、生産量1単位を生産するのに必要な「資本」を示します。式であらわすと次の形になります。

v=K/Y
&#8226;「労働」(L)と「国民所得」(Y)の比率は、「労働者1人当たりの国民所得」(y)であらわします。

「労働者1人当たりの国民所得」(y)は、式であらわすと次の形になります。

y=Y/L

固定的な資本係数

「ハロッド=ドーマー・モデル」では、「資本係数」(D)は「固定的」であると考えます。
&#8226;生産関数をえがくと、「L」字方の「レオンチェフ型」になります(ミクロ経済学の第2章を参照)。

貯蓄率を考える
&#8226;「財市場」が均衡するとき、「投資」(I)と「貯蓄」(S)が等しくなります。
&#8226;これは、「だれかの貯蓄が投資にまわって生産がおこなわれる」と考えてください。
&#8226;つまり、経済全体の生産量つまり国民所得は、「貯蓄」の状態に影響を受けるということです。
&#8226;貯蓄の状態をあらわす指標として「貯蓄率」(s)があります。

保証成長率
&#8226;「財市場」が均衡しているときの経済成長率を「保証成長率」(Gw:warranted rate of growth)といいます。

この「保証成長率」(Gw)が達成する条件は、「貯蓄率」(s)と「資本係数」(D)で表すと次の形になります。

Gw = s/v

次に、こうなる理由について式を用いて説明しておきますが、ややプロセスが複雑です。まずは、生産に必要な資金を「貯蓄」して、それを「資本」としてつかうという関係をイメージとしてとらえておいてください。

(引用終わり)

少し難しかったでしょう。
この様な文章など一々理解しようとしていては先に進めません。
ざっと目を通していただくだけで良いでしょう(私も解りません)

ですが以下の部分を読んで、私も勇気つけられました。

>毎年の国債発行がGDPの一定割合に留まるならば、国債残高の対GDP比は一定の値に収束して財政破綻は生じないという概念でしたが、現在、日本においては、名目GDP成長率が名目公債利子率を上回れば、財政赤字は維持可能であるという概念になっています。

要するにGDPの1割くらいは、国債を発行し続けても構わないと言う事です。
GDPの1割、日本では50兆円、国債ではなく、それをヘリマネでしようとするのが私の意見です。

ようやくですが、4年前の満天下さんとの会話を紹介します。

「ハロッド=ドーマー・モデル」の公式はいろいろあり、下記の公式は満天下さんが解りやすい様に砕いておられると思います。



名前: 満天下有人 ID:oIXRO70s レスNo 71

新たな公共事業構築を模索されておられるので、現状国民経済がどのように計算されているかを知っておくことも、参考になると思い、釈迦に説法とは思いますが、参考までに。

数年前にどこかのスレッドでも参考に供した記憶がありますが、当時のは項を大きく括り過ぎ、分かりにくいと思いますので、少し細かく記することにしました。

三面等価の原則:(ハロッド・ドーマーの定理)

先ず混乱されないように前提を置くとして、この定理はあくまでも単年度の動態分析で、単年度損益計算書だと思って下さい。でないと政府累積借金=それはこの単年度損益計算から、静態分析資料である国の貸借対照表に反映され、累積されて行くものでありますから、最後に記しておりますISバランス理屈との整合性に混乱してしまいますので。

GDP(輸出入を含むGNPは別途)国民総生産は全て、家計・企業・政府(税)に分配
されて所得となり、支出される。これが三面等価の原則で、それで全体の説明が出来ます。

【総生産:】

これはもう釈迦に説法で、産業分類によって農林水産、鉱業、製造業・・・サービス業が生み出した付加価値合計です。それぞれの分野における仕入分は差引かれて、差額だけを累積したものがGDPです。
総生産には、政府サービス生産も加算されます。警察、学校、国立病院とか・・・

【(A)分配面からの所得=】

雇用者所得(消費+貯蓄+税)
企業所得(消費+貯蓄(企業の場合は内部留保・営業余剰+税)

(註1)この税は=政府所得になります。
(註2)固定資本減耗=所謂減価償却費は、企業内部留保とみなし、営業余剰に含ませて、項目省略によってすっきりさせます。 

【(B)所得の支出=次のように分解されます。】

民間最終消費
企業最終消費
政府最終消費
総固定資本形成(民間投資+政府投資(所謂公共事業費)
在庫品

(A)=(B)ですから、両辺から消費を相殺しますと、
(S)貯蓄+税=(I)民間投資+政府公共事業となります。

この(I)投資=(S)貯蓄が、ハロッド・ドーマー定理のミソで、これをISバランス
と言います。S>Iの場合はまだ投資出来る、S<Iの場合は、投資不足で国内での
財源が不足を意味し、海外からの投資を要請するケースとなります。

我が国現状ではまだ(S)>(I)の状況にあり、投資の余裕はありますが、これが財政赤字に消費され投資国債になっていない。

ここで、貯蓄に影響する利子率、為替、公共事業をヘリマネでやれないかの通貨に関係することは、外部変数として考えることで、上記方程式はあくまでも現状把握の為のものであり、ここに変数を入れて将来予測することは、出来ないことでもありませんが、別途多くの変数を加えたソフトを考案する必要があります。


※ 一寸専門的になりすぎて、御免なさい。

この様な文章をまともに理解されることはありません。
既成の経済論では、タブーとされているヘリマネも考え方によって可能だと言う事を漠然とでも思っていただけば幸いです。
ヘリマネを実行すれば、為替などに大きな問題が出てきて、おそらく1国だけがする場合、固定相場制に戻らねばならないかもしれませんね。
中国のことですが、高層建築が各地に林立し、海に掛る長大な橋(30q〜50q)も何本も建設し、さらには北京からスペインを結ぶ鉄道網建設の高層までぶち上げています。
おそらく、相当のヘリマネをやっているのでしょうね。
メンテ
他のサイトの意見紹介 1 ( No.196 )
日時: 2017/06/12 22:28
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:kxWIWdiE

これまで、私の意見ばかり言ってきました。
はたして私の意見が、どの程度本物であるか、他のサイトの方の意見を見てみましょう。



http://anti-neoliberalism.top/

なぜ今、反グローバリズム・反新自由主義なのか

なぜ今、反グローバリズム・反新自由主義なのでしょうか。
それは、新自由主義の矛盾と無能さ、無責任さが明らかになったからです。

新自由主義とは、市場原理を貫徹するため、経済活動の完全な自由を目指して、政府の経済への介入や政府の経済活動を最小化することです。
しかし、新自由主義を唱え、政府の経済活動への不介入を唱える人ほど、いざ自分の企業が危なくなると、公的資金の注入による救済を唱えるのです。
リーマンショックの時のリーマンブラザーズやゴールドマンサックスの経営者達がそうでしたし、GMも、そうでした。彼等、新自由主義を唱える人達にとっての新自由主義とは、信じるものではなく、利用出来る価値の一つに過ぎないのです。

また、日本は20年以上、ずっと新自由主義に基づいた経済政策をとってきましたが、その結果はどうだったでしょうか。『失われた20年』として世界に恥を晒し、中国に追い付き追い越されるという最悪の結果に終わりました。
新自由主義が、いかに無能で無意味なものかが立証されたのです。

しかし、新自由主義を進めた人々は、この明らかな失敗について、「まだ改革が足りないからだ!」「まだ規制緩和の余地がある!」などと、言い訳と責任回避に汲々として、自らの誤りを絶対に認めようとしません。
このままだと、日本は悪くなる一方です。だからこそ、今、新自由主義に対抗して、反グローバリズム・反新自由主義を掲げなければならないのです。


http://anti-neoliberalism.top/10/8838/
TPPは私たちの最後の希望を打ち砕く

投稿日時:2015年10月15日11時05分51秒
投稿者: やす
カテゴリー: 寄稿コラム
タグ:TPP
コメント数:8


先日のチャンネル桜の討論会において、脇雅史議員、西田昌二議員、討論に参加している国会議員お二方の考えが、TPPそのものに懐疑的であることは変わらないものの、「当初の関税ゼロにすると言うTPPとは変わって来ている、。中身を見てみないと分からない。」(脇議員)、「最悪の状況ではなくなった。」(西田議員)と言う発言から、あまりにもその影響を軽く考えている事への驚きがありました。

脇議員、西田議員は共に財政政策による経済成長を重視される立場を取られていると思いますが、特に西田議員などは北陸新幹線とリニア新幹線の大阪そして関空への接続を図り、それにより大阪を中心とした九州、四国、中国、近畿、北陸、中部地方を取り囲む「近畿メガリュージョン構想」を唱えられる立場でもあります。

TPPは多くの分野にまたがって実に様々な問題がありますが、その中には西田議員や我々が考えている財政政策による経済成長、それも日本国民を豊かにする形での経済成長を図るという考え方を破壊する可能性を秘めている分野があるのです。

それは「政府調達」の分野です。

政府による物品やサービスの購入、施設の建設などを指すものですが、ここには公共事業を含む政府の支出の多くが該当します。実はすでに日本は「WTO政府調達協定」を取り交わしており、日本政府、各都道府県は原則、協定に定められた基準以上の規模の政府調達に関しては海外企業にも競争入札の参加を約束しています。

問題はこの対象が拡大する可能性があることです、実際加盟済みのチリでは市レベルまでが対象となっています。つまり市区町村レベルの公共事業でも、大型案件は国際競争入札となるという事です。

地方の中小建築・土木会社は、これにより海外企業との競争にさらされる可能性があるのです。しかも国によっては、自国や途上国の安い労働力を活用することを前提に価格を決める例は少なくないようです。TPP交渉参加国ではありませんが、実際韓国企業が落札した建築現場では、東南アジアの労働者を使って施行している例も多く見られるそうです。

仮に「近畿メガリュージョン構想」、北陸新幹線、リニア新幹線を大阪に接続させる事業が始まったとしても、日本の企業がその工事を請け負い、日本人を雇用し、日本人労働者の賃金を上昇させていくとは限らない、というよりも絶望的ともいえる状況となる可能性があるのです。

つまり、経済は成長するかも知れませんが、日本国民を豊かに幸せにする政策にはなり得ないわけです。

財政政策(公共事業)による経済成長、「国土強靭化計画」により防災、減災効果、「近畿メガリュージョン構想」による大阪を中心とした地方活性化までをも否定するつもりはまったくありません。ただあまりにも残念でならないのです。

経済成長を果たしつつ、防災、減災対策も行え、しかも日本人の生活を豊かにしうる、まさしく日本ならではの「三方良し」の政策でした。これを行いうる環境にあったのが我が日本だったのです。

安倍政権が誕生してから、私たちは次々と希望を裏切られ続けてきました。そして最後の希望が財政政策(公共事業)による経済成長、そして日本国民の豊かさだったのです。

これをしてくれれば、これにより経済が活性化してゆけば、さしもの安倍政権の面々も理解せずにはおれないだろう、未だに多くの日本国民が安倍政権を支持し続け、その安倍政権がネオリベ政策をどんどん推進していくなかで、最後の頼みの綱であった財政政策(公共事業)の日本国民を豊かにするという効果が無になることはないにしても、半減することは間違いなく、さらに外国人労働者を呼び込む事にも繋がり、財政政策(公共事業)を行えば行うほど、日本の社会は破壊されてゆく事にもなりかねないのです。

こう考えていくと、金融政策と財政政策とのポリシーミックスにより経済を成長させ日本国民を豊かにするという、安倍政権誕生時、アベノミクスなる政策に私たちが抱いた希望を、このTPPという化け物は完全に破壊する可能性を有しており、到底容認できるものではありません。

これから国会による批准が図られるわけですが、出来うる限りの反対行動をとらねばならないと考えます。
メンテ
「グローバル化とナショナリズム」 ( No.197 )
日時: 2017/06/26 13:09
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:ZChukVGk

以下は阿修羅掲示版での問答です。


「グローバル化とナショナリズム」

投稿者 あっしら 日時 2017 年 6 月 25 日

[やさしい経済学]グローバル化とナショナリズム

(1)戦後の認識 見直し迫られる

九州大学准教授 施光恒

 第2次大戦後、ナショナリズムは先進各国で自由民主主義の立場から警戒視されるのが常でした。他方、グローバル化は、政治的には人々が国境や国籍にとらわれず平和な世界を目指す試みであり、経済的には関税や各種障壁のない自由貿易の実現を通じて人々に豊かさをもたらすものだと一般に理解されてきました。

 しかし、いわゆる新自由主義(小さな政府主義)の影響を受けた昨今のグローバル化により、認識の変化が迫られています。グローバル化をあまり楽観的に捉えるのは誤りで、格差拡大や移民増大など多くの不安定要因を世界にもたらしてきたのではないかとの見方が強まっています。一方、そうしたグローバル市場の猛威から人々の生活基盤を守るものとして、国民国家や国民の連帯意識などナショナルな力に頼らざるをえないのではないかという認識も広まりつつあります。

 フランスの歴史人口学者エマニュエル・トッドは近年、「グローバル化疲れ」という言葉をしばしば用いています。トッドによれば先進諸国の多くの人々は、1980年代から続くグローバル化の流れがもたらした格差拡大、移民の急増、民主主義の機能不全、グローバル・エリートの身勝手さなどに辟易(へきえき)し、疲れ切っている。英国のEU離脱や米大統領選挙におけるトランプ現象の背後には、人々に広がった「グローバル化疲れ」があるというのです。

 そしてトッドは、世界には現在、「脱グローバル化」や「国民国家への回帰」の兆しが表れつつあると論じています。英国や米国などの一般市民は、現在のグローバル化の果ての不公正な秩序ではなく、より公正で民主的な「脱グローバル化」の秩序を模索し始めているとみるのです。

 この連載では、主に政治哲学や政治経済学の諸理論を手がかりに、グローバル化やナショナリズム、自由民主主義の相互の関係性について検討し、行き詰まりを見せつつあるグローバル化の現状や「ポスト・グローバル化」の展望について解説していきます。

 せ・てるひさ 慶応大博士(法学)。専門は政治理論、政治哲学

[日経新聞6月13日朝刊P.28]


(2)「ナショナルなもの」の起源重要

九州大学准教授 施光恒

 国民意識や国(国民国家)などのナショナルなものはどのように現れてきたのでしょうか。この問いは単なる歴史問題ではなく、現代のグローバル化に対する見方にも関わってきます。

 ナショナルなものの起源に関する見方の一つに「近代主義」があります。ナショナルなものは近代化の産物だと強調する立場です。国民国家や国民意識は産業革命以降のものであり、経済発展の要請から構築されたとみます。

 英国の社会学者ゲルナーは近代産業社会の登場から国民意識や国民国家の成立を説明しました。小さな町で暮らし、地域特有の方言や生活習慣を保持する人々ではなく、もっと大きな社会の一員だという意識を持ち、標準語や共通の行動様式を身に付けた労働者が多数いなければ、近代産業社会は成り立たない。ナショナルなものはこうした経済上の要請から作られてきたとゲルナーは論じました。

 これに対してアンソニー・スミスは近代主義を批判し、ナショナルなものは単に近代化の産物ではなく、民族の歴史的起源に関わる神話や言語、文化の共有も重要だと述べます。

 前世紀末以降、次のような言説をよく耳にします。「現代経済は国民国家の枠を超えた。グローバル市場に対応して政治もグローバル化しなければならない。地域統合体など超国家的な政治枠組みが必要だ」

 現代のグローバル化推進のこのような言説は、近代主義と非常に相性がいいものです。どちらも経済発展の要請が人々の意識の土台にあるとみるからです。近代主義は、近代の経済発展の要請がナショナルなものを生じさせたと考えます。グローバル化推進派も、経済発展の要請が超国家的な政治体や地球市民意識を求めていると捉えます。

 しかしスミスの指摘のように、ナショナルなものの根底には、経済の要請だけではなく、古来の民族の文化や神話などの共有があるとすれば、グローバル化推進派の言説への懸念が生じます。ナショナルなレベルでは民族的要素が人々の連帯意識や秩序の安定性を担保しますが、グローバルなレベルで同様の連帯意識や安定性が得られるのか不明だからです。

[日経新聞6月14日朝刊P.26]


(3)投資家優先なら政治不信招く

九州大学准教授 施光恒

 グローバル化の進展は、格差拡大や民主主義の機能不全を招く懸念があると指摘されますが、どのようなメカニズムが働くのでしょうか。グローバル化(グローバリゼーション)とは一般にヒト、モノ、カネ、サービスの国境を越えた移動が盛んになる現象、またはそれを促進すべきだという考え方のことを指します。一番重要なのはカネ、つまり資本です。資本の国際的移動が自由になったため、各国の経済政策は大きく変化しました。

 資本の国際的移動が自由になれば、グローバルな投資家や企業はビジネスしやすい環境に資本や生産拠点を移動させるようになります。例えば、法人税率が低い国や地域に本社機能を移動させる一方、生産拠点はできる限り人件費が安く、労働法制の縛りの緩い場所を選択しようとします。

 このため各国政府は、自国の国民一般の声よりも、グローバルな投資家や企業に配慮した政策をとるようになります。そうしなければ、海外からの投資が国内に入ってこなくなってしまうからです。また、すでに国内にある資本や企業が国外に流出してしまう恐れもあるからです。

 グローバルな企業や投資家に好まれる政策は、一見して一般国民にとっては望ましくない場合が少なくありません。例えば「法人税率を下げる一方、消費税率を引き上げる」「正規社員を非正規に置き換えたり、外国人労働者を受け入れたりして人件費を削減する」「解雇しやすくするなど労働基準を緩和する」「電気、ガス、水道など社会的インフラを民営化する」といった政策です。

 以上のような政策がとられる国は、グローバルな投資家や企業にとってはビジネスしやすい、つまり稼ぎやすい環境となります。ビジネスしやすい環境になった結果、国全体の経済成長が促され、一般国民も生活水準の向上を実感できれば政策を支持するでしょう。しかし、生活が改善せず、むしろ不安定化したり悪化すれば、一般国民の不満は高まります。その不満を政府が無視し、グローバルな投資家や企業を優先する政策を続ければ、政治不信を招いて民主主義の機能不全につながりかねません。

[日経新聞6月15日朝刊P.27]

(以下略)

以下は私のコメントです

1. 天橋立の愚痴人間[394] k1aLtJengsyL8JJzkGyK1A 2017年6月25日 18:22:27

あっしら氏は解った上で、この記事を紹介されていると思うが、
どれもこれも学者の戯言。
トランプが国内の雇用の保護を言い出したからと言って、イギリスがEUを離脱するからと言って、それでグローバル化の本質と向き合っている訳ではない。

それなのに学者共は、すかさず、それに飛び付き自分の先見性を見せかけようとする。
目的がそれであるからグローバル化という言葉は使っているが、その本質をあえて示しておらず、大衆でも感じている格差拡大とか、小さな政府論に言及する能無し

ましてやナショナリズムなどと、取って引っ付けた様な寝言を交える。
かつてのナショナリズムと違い、トランプやメイの施策は単なる国内の保護。

またいずれの文書も現実行われていることの追従にすぎず、何の警鐘にもなっていない。

グローバリズムを批判するならば、なぜ、巨大金融資本の通貨管理の問題を取り上げない。生産・流通手段の驚異的な発達を取り上げない。産業構造の変化に言及しない。

であるから、グローバル化の弊害を言いながら女学生の様な嘆きを口にするだけで対案らしき対案など示せるはずはない。
何のために社会へ口を出しているのか。

本来、社会をリードすべき学者がこの体たらくであるから現代を招いたのである。
経済学と社会学の怠慢が、社会を巨大資本に牛耳られる結果を招いたのである。

グローバル化の問題を提起し、解決の糸口を見出したいなら、アイスランド、ハンガリーなどで試みられている通貨発行権を国家に取戻した、新しい通貨管理の問題に言及しない。

学者の暇人のサロンでの話の様な文章は御免こうむる。



10. 天橋立の愚痴人間[395] k1aLtJengsyL8JJzkGyK1A 2017年6月26日 11:28:37


資本主義経済のシステムが、やがて格差社会を生むと言うことは避けられない問題であるが、そうかと言って資本主義経済(自由主義経済)は人間社会にとって適した制度でもある。
今から100年ちかい時期に、この矛盾を解決するために社会福祉制度という概念ができ、国家に事業として発展してきた。
それなのに新自由主義経済などを言う輩が出てきて社会福祉政策よりも競争を自由化することが格差の解消につながると言う馬鹿な論理を展開し、資本のための経済を運用し、挙句の果てには「小さな国家論」を展開する。

経済の規模、その内容が飛躍的に発展した現在、資本主義のシステムを現状のままに放置していては社会福祉政策でも格差の問題には対応できないようになった。

そこで考えられるのは、経済のシステム、そのものの中に格差解消の要素を取り入れなければならない。
格差というものは、グローバル化で問題になるような世界規模の問題だけではない。
国内においても格差は厳然として存在する。
これに注目するとき、国内の格差の緩和には、国内だけでできる要素があり、経済自体のグローバル化とは、必ずしも相反するものでもない。

具体的に言えば、まず通貨の発行権を国家が所有し、その政策に必要な通貨を発行(増刷)できる制度である。
もちろん、ハイパーインフレを防止する規制も国家に任せればよい。
この上で、国内でできる具体的な経済の政策を取ることであり、それが世界経済を収縮させることにはならない。

また、金本位性が解消されて以来、実際に流通している通貨の量は、実際の金の価格の数十倍に達し、通貨発行の原理は別の視点でとらえられている。
国内の生産力さえ確保できていれば、通貨の発行は政策的に決めることが可能なのである。
ただし、為替相場は著しく変質してくる。
変動相場制は成り立たず、固定相場に戻しても、新たな通貨交換の原則が必要になる。
だが、もともと世界は、そのようなもの。
叡智を絞り解決できることである。

問題は、それをさせない既成の権益集団、巨大資本の存在である。
通貨発行権を各国の財布が持てば、金貸しを生業としているユダ菌などの金融業者が軒並み事業の縮小を強いられるのである。

反グローバル化を言うならば、なぜ、この問題に切り込まない。

メンテ
問題は、ビリオニィアーの金隠しにあります。。。 ( No.198 )
日時: 2017/06/26 17:58
名前: イントィッション ID:rNrJVSks

日本では、タックスヘイブン財務省職員5人組というのも存在します。。。(爆笑)

たくさんの企業や社会を牛耳っている人々がケイマンやらバージンやらアメリカの州にもタックスヘーブンに、金が流れていき、労働者に金が廻ってこないことが、問題なんです!!!

今のグローバルは正常な資本主義ではなく、グローバル化というものを悪利用した金融マフィアの詐欺で世界が動いているだけなんです。。。

そして宗教と言うものを利用して、自作自演テロを起こして、軍需を各国の税金を盗んで儲ける。。。TPPも各国の税金詐欺をすることが狙いなんです。。。

この株主悪用金融マフィアどもが、吸血鬼のようにお金を吸い上げて、地球貧困化を狙い、戦争拡大をしようとしています。。。

ついでに遺伝子組み換えの毒だらけにしようとしています。。。医療も同じです。。。税金詐欺。。。

メンテ
今の北朝鮮のミサイルの脅威を煽る報道はドル防衛! 今は通貨戦争中! ( No.199 )
日時: 2017/06/28 11:38
名前: イントィッション ID:/nBQkcJA

Z>問題は、それをさせない既成の権益集団、巨大資本の存在である。
通貨発行権を各国の財布が持てば、金貸しを生業としているユダ菌などの金融業者が軒並み事業の縮小を強いられるのである。

日本不経済新聞は、安倍政権の支持率が80%以上!
  つまり、この新聞を読んでいる人々は安倍支持派が多いとのこと!

ゴミ売り新聞は、統一教会CIAスパイの関係者が支配しているので、安倍支持率は粉飾支持率!

東京新聞は、安倍不支持率が80%以上であり、安倍支持率はたったの5%! これが本当の日本の国民の支持率であるでしょう!

TPPやFTAなどの自由貿易協定と言われるものは、ゴールドマンやモルガンの金融マフィアどもが国民の資産を吸い上げるために存在する! 

1990年代にアメリカ大陸のFTA(Free Trade Agreement)でUSAはメキシコに相当な農産物を売りつけた結果、メキシコの農業従事者やその労働者はドンドン仕事が無くなり、USAへ無理やり入り込んでいった。。。 

その結果、1990年から2000年までの間に5千万人の人口が増えた!!!

ヒスパニックと呼ばれる無教育者の親がたくさんの子供を産んで、USAで生活をしている結果、USAは福祉に莫大なお金がかかることになった!!!

農産物をたくさん生産して、メキシコに売り大喜びしていたら、なんと、朝早くからメキシコ人の風呂も入らない汚い恰好をした数十人のグループが、そのUSAの農家で重労働をして低賃金で働いている。。。

そして、そこで結婚をして、ヒスパニックはキャソリックなので中絶禁止なので普通に4人・5人の子供をつくる! USAでまともに家族生活をするには、それ相当なお金が要る。。。 金がない外国人でも、そこで生まれればアメリカ人!!!

教育費を国や各州が工面しなければいけない!!!

そして、今また、日本の社会と同じように戦後直後のベビーブーマーが多数存在する!!!

企業で普通に正社員として働いていた白人系が多い。。。その世代が高齢化すれば、病院へ行く人も多い。。。 保険料もきちんと払っていれば、治療費は(盲腸のオペ費用が300万円)バカ高くてもなんとか乗り切れる。。。

その他、ベトナム戦争やイラクなどの戦争で傷を覆った退役軍人の精神異常者多発で、その精神薬の莫大な費用も税金から。。。

となると福祉に相当なお金がかかる!!! そしてそのお金を金融マフィアどもが株主である多国籍企業の儲けが、国の税金から転がり込む!!!

そして軍需産業も潤って911の軍事利用でもっと赤字が膨らみ、ブッシュのころ福祉と軍事で双子の赤字と言われてきた!!!

そしてドルが崩壊中!!! 本当は311が無ければ、ドルは1ドル50円が実態ではないだろうか!?!

ドルが崩壊してしまうと、実は困るのは、ウォール街の金融マフィアども!!!

実は、各企業やその戦争屋株主が儲けようとFTAなどをやってきた結果がウォール街の破滅を自分たちで生み出している!!!

そこで、安倍をなんとか総理にさせて、ドル防衛を日本でやりだした!!!

悪いことをやっている奴らは、結局ブレ〜ンではなく、元々、頭の悪い人間ども!!! ヨーロッパの強欲宮殿などを見ればよく理解できるでしょう!!!

あんなもの美しいのではなく、ベルサイユ宮殿などはただの現在のお墓である!!!

実際に、教会や城には、人間の骨が埋もれている!!! 




メンテ
ムード任せの安倍経済政策・・・:満天さんのお話経済の重要部分です。 ( No.200 )
日時: 2017/06/28 13:41
名前: イントィッション ID:/nBQkcJA

それで、こちらにコピーさせていただきました。。。

日時: 2012/12/22 06:33:31名前: 満天下有人

・・・景気回復に日銀も重要な責任を負う義務があると、安倍の恫喝に近い超金融緩和要求に折れて日銀は、更なる大型追加金融緩和を昨日決定したようだ。

国債買い入れ基金の枠を10兆円増加し、これで100兆円を突破することになった。既にこの基金での買い入れ済額は74兆円だから、年末から来年度にかけての資金供給は36兆円、これとは別に新貸出支援制度(=貸出を増やした銀行に金利0.1%、期間4年間)15兆円を設定したから、合計では50兆円の大型金融緩和となる。

国土強靭化計画10年で計200兆円の公共事業分は、この中に入っているのか、そして毎年の一般会計赤字財政約40兆円もこれに含まれているのか、どのマスコミもキチットした報道をしないから良く分からないのだが、通常の財政赤字補填発行国債は多分、含まれていないであろう、数字が合わなくなるから・・・

日銀は安倍が主張するインタゲ2%に対し1%を固持していたが、面子を通してあげる意味で来週2%で合意するらしい、1%が2%に上がって一体それがデフレ脱却にどのような効果があるのか、一般は怪訝な顔をするだろう、タイトルにムード任せとの言葉を用いたが、単にインフレムードを煽ると言うだけのことなのである。では一般はどのようなプロセスを経てインフレムードに傾くのだろうか、インタゲ論者によれば、物価が上がりますよと何度も言っている内に大衆のムードは、そりゃ困った、今の内にモノを買っておこうという気分が蔓延してくる筈だ、と(笑)。

この通貨誘導のインタゲは安倍政権の専売特許ではない、安倍にそんな頭が有る筈が無い、ヘリコプターベンのあだ名を持つ米FRB議長ベン・バーナンキの持論なのである、その意味でも舶来のムードを醸し出そうとするものに過ぎない。バーナンキは金融学者らしく日本のデフレ現象と日銀の金融政策を長く研究している。その結論が日銀のお札の印刷が足りない所為だとの結論に達し、ヘリコプターからお札を撒いた時の効果を知りたくてしょうがないのである、仮説として日銀が市中のケチャップを全量買い上げた場合の効果はどのようになるかまで、机上のゲームを楽しむような金融学者なのだ・・・

我が国は実験材料にされているのである。これに対し日銀は通貨誘導でインフレを目論むのは邪道であるとして、特にデフレ現象の実態を分析した場合、金融主導によるインフレ効果に疑問を呈して来た白川総裁のことだから、白川VSバーナンキの葛藤の側面と、安倍が恫喝紛いに日銀の責任は重大であるとする背景には、そのバーナンキの見解を支持する二重の側面があるやに感じられる。加えてジャパンハンドラーのマイケルグリーンが、先週、日本人は自信を失っている、自信を持てとのコメントもまた、それをサポートするものだ。

・・・イントちゃんがいつぞや、安倍超金融緩和は米国支援の為だとする記事を紹介されたことがあった。どういうことかと言うと、通貨は本来的に「実質金利」が高い方へ流れる素質を持っている。

実質金利=名目金利−インフレ率(消費者物価指数)という基本方程式を見れば分かる。

米国もバーナンキが、サブローン破綻による金融機関救済の為に0金利政策を始めた、話を簡単にする為に日米名目金利は0としてみよう。

米国名目金利0−インフレ率約2%=実質金利は−)2%
日本名目金利0−インフレ率(−0.5%)=実質金利は+)0.5%

通貨性向からすれば、日本の金融資産の方が価値があるとして、円買い圧力が強くなった傾向=円高がそれを証明している。米国側からすると当然インフレターゲットをやれ、じゃぶついた円でドルを買え=米国債を買え=米財政を支えろという間接催促の構図が浮かび上がってくる。

話を「ムード的経済政策」に戻して見る。バーナンキの超金融緩和は、ジャブついたドルが資源市場に向かって原料素材の高騰を招いた、これもインフレ効果の一つの側面であるとは言える。最近金取引業者のセミナーに、霞が関の経済官僚の参加者が増加しているらしいが、官僚どもは国民実質生活の向上には、そもそも関心が無いことの表れか(笑)、つまり、ムード的経済政策とは、インフレにするだけで実質経済の向上=青写真は持っていないことでもある。

近所のデパートを覗いても、顧客はこの商品はいつバーゲンになるの?関心は依然としてそこにある。青写真が無いこと=民衆は実質賃金など上がる筈が無いとの心理が今も根を張っており、安倍政権が雇用の増加を謳い、更なる法人税減税を言った所で、一昨日経団連は「定昇などを聖域と思うな」と、連合に対し実質所得増加をブロックする発言をしている。連合からして消費税増税には反対もせず、野ブタ増税を支援していたくらいなのだから・・・

民衆のデフレマインドを加速させる要因として、増税は大きなウエイトを占めている。安倍政権は三党合意で消費税増税で野ブタと握手していた。赤字財政を増税で少しでも穴埋めしようとすることについて、超金融緩和との関連でその効果を見てみると、現行国債費に占める利払い、約800兆円に対する利払いが10兆円で、これに国債増発した時、どれくらいの財政赤字になるか、複利計算機にインプットした概数は次の通りなる。この数値を増税で賄えるのか、名目成長を3%にするで賄えるのか、旧来方式の政策で成長率3%は達成可能なのか・・・何だか抜本的な構造改革でもしない限り、破綻は遠い将来の事でも無い。
メンテ
ムード任せの安倍経済政策・・(2) ( No.201 )
日時: 2017/06/28 14:01
名前: イントィッション ID:/nBQkcJA

日時: 2012/12/22 09:23:38名前: 満天下有人

超金融緩和が庶民生活に与える影響=一般会計における赤字増税はどれほどの額を要するのか、複利計算機で大雑把に計算すると・・・

前提条件:10年債表面利率1.3%の複利計算

○現行国債発行残高800兆円x10年x1.3%・・・1年目810兆円、2年目821兆円・・・10年間利払い分≒110兆円
○毎年の赤字国債補填国債来年度分40兆円x9年x1.3%・・・以降2年目分40兆円〜10年目利払30兆円
○国債基金増枠国債発行分36兆円x9年x1.3%≒4兆円
○支払制度支援国債発行分15兆円x9年x1.3%≒2兆円
○公共事業費毎年20兆円・・・1年目、2年目・・・10年目合計利払額≒15兆円
利払い総計161兆円

元本国債発行高残高累計・・・1,451兆円+利払い分161兆円=1,612兆円
(但し税によるカバー分は除いた場合)

単純に利払い分だけの補填に要する増税分は年約16兆円で、消費税倍にした場合、気持ちの悪い元本の増加分は別として、何とか増税で利息は払える。だが社会保障費増加分には1銭も回らない・・・世に言われる社会保障費だけに充てると言う増税は誤魔化しで、利払いだけで消えてしまう増税分は倍にして消費税率20%にしないと、破綻してしまう計算となる。

何が言いたいかと言うなら、ただムードだけのインフレターゲットでは事は解決しない、ここはほんとに真剣に、新分野における成長素材、税制の見直し、行政機構問題etc.を検討しないと座して死を待つことになる。さすがに株式市場はムード先行に警戒心を持ったか、日経平均1万円台回復は1日で終わり、昨日など100円も下げている。

なのに一方では、防衛官僚による国産ヘリ発注を特定企業に発注し、禁止されている官製談合を川崎重工との間で行い、毎年6名の防衛相からの天下りを確実にさせたりしている、公共事業10年間で200兆円の投資も、行政による裁量の余地が大きく入り込むことであろう。そして昨日では自民党と公明党の間で安全性確認後順次原発を再開する合意がなされた。高いリスク料が電気代をまた押し上げることになる。新たなものによる新たな成長路線を考え、安心安全の国民生活とは逆の方向に動き出している。

英国では多国籍企業スターバックスによる法人税の14年間にわたる過小納税に市民が怒りだし、議会が国会喚問を決めたようだが、多国籍企業は知的財産権の所有を、それとは無関係の無税のケイマン諸島やバミューダーに企業を設立し、その経費として高税国にある企業に請求し、税を納めないという構造を維持している。

我が国の場合は、逆にTPP参加によって、その多国籍企業に活躍の場を与えようとし、国内では輸出企業の消費税還付も黙認している。

・・・なるほど、金取引業者による金セミナーでの参加者に霞が関経済官僚が増えていると言うことは、賢い官僚としては、近い将来の国の先行きが既に分かっているから、資産のヘッジ先を金に求め出したということか(笑)、国民は上記数々の動きを容認した。いや、比例先投票で自民党には27%しか与えていない、よって民意は必ずしも自民党に傾いた訳ではないとの論も横行しているが、同じ傾向を持つ維新の会と公明党も併せると、比例投票率は63%に達する。みんなの党も合わせると、この国の国民は改革派にほとんど期待しない意思を表明したことになる。

・・・財政破綻に突き進むムード的経済政策を容認し、それが原発再開やTPP参加に増税にと繋がって行くことも、国民もまたムードでしか捉えていない。何も変わらないのである。
イタリアサッカー98年の不祥事、そこで変わろうとしたのだが、昨今また同じことが起こっている。その時にフランスの誰だったか名前ど忘れしたが、フランスの諺を引用していた、『物事は変われば変わるほど、同じであり続ける』・・・ウオルフレンもまた同じ諺を引用して、今回の選挙結果を批評している・・・・民主党に期待し変わろうとした、だがダメだった、ならば今度は自民党だ・・・また自民党ということは、変わろうとする意思と並行して、また同じことであり続け度いということなのであろう。哲学で言う「理性の限界」「不確定性の原理」にも繋がって来る。人間とはさような生き物なのだ。
メンテ
国債発行残高の話し  20・30・50年後 卒倒されないように! ( No.202 )
日時: 2017/06/29 11:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:kz/EEfpk

イントィッションさん

満天下さんの借金の増え方について、難しい複利計算式などできませんが、ネットで調べて、それに当てはめてやって見ました。

前のレスの場合で

元金      800兆円
毎年の積立金  50兆円(赤字国債)
これを金利3.0%/年で計算し10年後にはどんな金額になっているかを見たところ 1587兆円と出ました。
満天下さんの 1612兆円にほぼ近い結果です。

満天下さんの計算は2012年ですので2017年の今年では期間を5年とし同じ計算では1215兆円と出ました。
2016年末での国債発行残高は1050兆円くらいのようなので、期末ではおよそ1100兆円と言ったところでしょうか。

少し誤差がありますが、認めたくもないですが安倍内閣の功績(国債発行を抑えた)でしょうか。

ところで、現在の国債発行残高を1100兆円とし毎年の赤字国債の発行額を60兆円として、20年後の借金の複利計算をやって見ました。
元利合計は 3520兆円の借金と出ました。

同じく50年後の姿は
1京1360兆円で、もはや天文学的な数字、実感は湧きません。

毎年の赤字国債発行を60兆円としてますが、実際にはだんだんと赤字国債が増えるでしょう。
ですので30年後には借金が8000兆円になると言う話も現実味があります。

一体、どうするのでしょうね。

(追申です)

国債の金利を3.0%/年で計算しましたが、最近では1.8%くらいの様です。
1.0%の違いはかなり大きく、
2.0%では50年後に8000兆円になります。

(サービス)

複利計算式を見つけたついでに、皆さんが長期定期預金をした場合を考えてみます。

元金      0円
毎年の積立金  5万円 
これを金利   2.0%/年(現在はこの金利に該当するものはありません)
所得税  初めは 0 次に 5% 10% 20%となる

さて30年後には、これが2300万円になります。

金利を昔の様に 5.0%で計算すれば
3450万円になります。

積立田元金は 5×12×30=1800万円です。

メンテ
同じく50年後の姿は1京1360兆円で、もはや天文学的な数字、実感は湧きません。。。。。。一体、どうするのでしょうね。 ( No.203 )
日時: 2017/06/29 11:36
名前: イントィッション ID:QCbOGOpw

>毎年の赤字国債発行を60兆円としてますが、実際にはだんだんと赤字国債が増えるでしょう。
ですので30年後には借金が8000兆円になると言う話も現実味があります。

今の日本の人口分布では、戦後直後のベビーブーマーがちょうど70歳ごろです。。。

だいたい80歳から90歳の間には相当な人口が減少しております。。。 今の70歳も生まれたての赤ん坊も、熱を出すとすぐに病院に駆け込む状態です。。。

で、30代や40代の第二次ベビーブーマーは、小さい時からろくなものを食べていませんから、癌発症が多くなるでしょう。。。

となると、医療費は莫大になります。。。 また薬代や医療費がドンドン高くなっていきます。。。大手の詐欺や多国籍企業のがん保険屋などは、癌を商売にしていますから、保険料も上げていき、丸儲けした大企業の税収はドンドン減少していきます。。。

そしてタックスヘブンに持っていきます。。。

そして安倍政権になってから、外へのばら撒きが100兆円以上になります。。。 国民の血税も私物化しておりますから。。。

水道の民営化いうより、麻生太郎の娘婿のフランスの水道屋に日本国民の水道利権を譲渡して私物化していきますから。。。

(水道・ガスなど)は今までも民営化しておりましたが、ハゲタカ外資は飛びつきませんでした。なぜなら、日本は地震や水災害が多いので、もし水道管などが破裂した場合、水道事業を行っている会社がその改善料金を支払わなければいけなかったのですが、それが今回、災害が起きた場合は、その地域の住民の税金で修繕しなければいけない法律ができたようです。。。

これなら、ハゲタカ外資と麻生太郎が水道料を2倍にも3倍にも跳ね上げて、丸儲けするという手筈となっております。。。(苦笑)

これから30年はとてもお金が要る状況とも言えるでしょう。。。 年金保険料や健康保険料を今の2倍にしても追いつけない状態!!!

消費税を20倍にしたら、餓死する人たちも多くなるでしょう。。。

そして、生まれる子供の数は安倍政権になってから、0歳から4歳までの人口が、1980年では436万人だったのに2015年には255万人まで減少しております。。。

30年後になるとその子供たちが32歳から37歳となります。。。となると、その子供たちはもっと人口が減少しておりますから、一人あたりの税金が。。。WWWとなります。。。

https://ecitizen.jp/Population/CountryPyramid/JP

来年の4月からは種子法廃止法可決で、モンサントの遺伝子組み換えばかり食べさせられる結果となり、癌患者やアレルギー患者数が今の2倍や3倍になるでしょうから。。。

日本には将来が無いようですね〜。。。

太平洋戦争の直前はドルが崩壊してしまっていた状況でした。。。

やはり、安倍やハザール金融マフィアがたっぷりタックスヘイブンに金を貯めこんだ後、日本国民の財産を全部盗んで、騒がれないうちに、ミサイルを北朝鮮から日本国土に発車させるでしょう!!!

まだ北朝鮮だけが本当にミサイルをつくっているのなら脅威にもなりませんが、どーせポテチンでしょうから。。。でも裏でイスラエルが中心に糸を引いているので、やる計画は立てているでしょう。。。

やはり、北朝鮮のミサイルで有耶無耶にさせる気ではないでしょうか?!?


メンテ
中央銀行制度から脱したハンガリー、アイスランド ( No.204 )
日時: 2017/07/05 21:03
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:Z2TAFKN6

http://blog.goo.ne.jp/xenaj/e/6974680d70622027c2ae62ef84647c74

中央銀行制度から脱したハンガリー、アイスランド
2015-04-13 09:38:12 | お金・・・
2次大戦後最大とでも言える事案は、ハンガリー、アイスランドが通貨発行権に対し反旗を立てたことでしょう、日本では絶対にマスコミは報道しませんでした、何故・・・

 通貨を自国政府が発行するには、適切な発行管理等々が必要であり、無茶苦茶な通貨発行は経済混乱を起こしますが、適切に管理された通貨発行は豊かな国を作れるのは間違いないでしょう。勿論外部(通貨発行会社)等から当事国に対し、経済を混乱させるため武力を含む圧力をかけるでしょう。

リビア等々・・・世界の紛争地を調べると関わりが見えるようです。
国が国を運営するためには、通貨が必要です。当然、政府には通貨発行権がありますが、何故か!自国の通貨発行会社の中央銀行(米国はFRBと言う会社、日本は日銀と言うジャスダック上場会社、認可法人と言う不思議な組織です。)へ通貨発行を依頼(借金)しなければならないシステムを取っています。このシステムは借金から逃れることは出来ません。
 
一例として、米国の場合は米政府財務省が通貨発行権を持っていますが、巧妙なシステムでFRB(民間企業)がドルを発行しています。ドルは銀行券でなく、負債を相殺することが出来る小額債権証書?と言う形に変えて発行されているようです。ドル札には銀行券で無く、「Federal Reserve Note」と表示され合衆国憲法違反ではない・・・(政府にしか通貨発行権がないため、債権証書発行、貨幣ではないため違反とならないと言うこと。)を回避してるように思えます。FRBは小額債権証書・・・貨幣、札ではないが貨幣、札として世界中に流通させています。困ったことに世界中が、貨幣、お札と信じていることです!

ドルには大きなトリックがあり、UNITED STATE OF AMERIKAと「全て大文字」で印刷されていますが、これはアメリカ合衆国名ではなく、単なる登録商標(トヨタ、ソニー等々同じ!)で世界の多くの人々はこれを見てアメリカ合衆国が発行してると勘違いしています。単なる登録商標に過ぎません。国名では有りません!正式な国名表示はアメリカ合衆国はUnited States of Americaで大文字、小文字を使います!このことを米国内でプログ等で発表したら、即監視対象となると言われております・・・米国を旅行された際は是非FRBをホテル等の電話帳で探して見て下さい・・・間違いなく企業欄で見つけることが出来ます、FRBは間違いなく会社です。
 
 日本の場合は千円以上の貨幣は銀行券です、500円以下の硬貨は政府発行です。政府が千円札以上の高額紙幣も法律により発行できますが、発行しません、何故でしょう・・・本当の!本当の!本当の!株主は誰でしょうか、個人株主は厳格な秘密で非公開とされています。
 
 日銀券は、当然商品券と同等と言うことが出来ます。当然千円以上の自分のお札を警察の前で破っても罪にならないと思います?(自分の紙幣を破る行為については、法律には規定がありません。 自分の紙幣を破る行為が道徳的に良くない行為であるとしても、これを処罰する規定がない以上、罪刑法定主義が適用されるため、処罰されることは無いでしょう。)但し500円以下の政府発行のコインを変形等したら当然、即有罪になります。
 日本国政府が1万円の銀行券が必要となった場合、1万円の札を流通させるには政府が1万円の政府貨幣を適切に発行すれば、当然国民に税が殆ど発生しません、当たり前です。
 通貨発行会社の日銀に政府が1万円の銀行券発行を頼むと、一例として日銀は数十円程度?の印刷代が掛かりますが・・・
 そうすると銀行券発行を依頼した日本国には大きな問題が発生します、それは銀行券発行会社に対し借金+利息が生じます。無から有を作る?・・・じゃどうするかと言うと、残された道は国民等々から税等々を徴収し返済
 
 日本政府自身が通貨発行権を持っていますが・・・お札を適切に管理し発行したら、理屈の上では何の問題も発生しないと思います。

 通貨発行権を持っていないばかりに、借金をしてお金を手に入れ、それを流通させるというよく分からない状況になっています。
 
 借金の蟻地獄から抜け出すには簡単です、政府が銀行券発行会社に依頼すことなく、1万円の政府貨幣を政府が適切に発行すれば解決する可能性があります。

外部の銀行券発行会社に銀行券発行を依頼すると言うカラクリは永久に続きます!このシステムは実に巧妙に作られており、からくりが理解されないよう巧妙に、日銀は財務省所管の認可法人・・・日本銀行法(平成9年法律第89号)と言う形に・・・細部は形の上では一般公表、説明等されます。
 
 当然通貨発行権については、全世界各国、学校現場等々では細部を絶対学ばせないようになっています、勿論日本でも!

 世界各国は、中央銀行(通貨発行会社)による通貨発行システムにより借金に次ぐ借金を余儀なくされており、将来破綻する可能性があるのはアメリカばかりではなく世界160カ国と言われています。
 日本政府が銀行券発行権を外部会社から取り戻せば、日本の格差、年金、社会保障、消費税等々は間違いなく解決するでしょう、但し日本政府が中央銀行(日銀)、日銀会社の本社スイスのBIS(世界決済銀行)等々の強い圧力に屈しなければの話ですが・・・

 アメリカは、天文学的な負債を中央銀行にあたる連邦準備銀行(FRB)から負っています。日本も国債発行による負債が1000兆円を超えました。返済レベルを超えてると言われてい
ます、さらに、今後利息の支払いが増加するでしょう。支払われた利息は、最終的に何処に行くでしょう?
 通貨発行会社の中央銀行(民間企業)がある国々ではどこも国家財政が巨額の赤字です。考えてみたら当然です!恐ろしいのは殆どの国民が「国家、政府の財政運営等々の失策等によるものだと信じ込んでいる」ことです。
 
 我々が頭を切り替える必要があるのは、国家が国家を運営するには当然お金が必要ですが、それは必要経費!と見るべきであり、赤字黒字の問題でないと思います。必要なときには金を注ぎ込むべきでしょう。マスコミ等は財政赤字が、全てが悪であるよう喧伝しますが・・・見方によれば、国家財政が赤字であるか黒字であるかなど、それほど重要ではないのでは・・・
本来、通貨を発行する権利は当然国家に帰属すべきものです。通貨の信頼は、国家の信頼に基づいているので当たり前です!

 通貨発行権という、国家が持つべき当然の権利を主張した人物がアメリカにいましたが、即殺害されました・・・J.F.ケネディ大統領もその一人です。通貨発行の真実を知ったら国民は明日から暴動を起こすであろう(自動車王・フォード)
過去、世界で多くの人々が通貨発行権がらみで要人が殺害されています。
近代、自由主義国家で最も触れてはならないタブーの中のタブー、絶対に触れてほしくないもの、それが通貨発行権と言われています。

 今必死になってシリア、イラン、北朝鮮を落そうとしている最も大きな目標?は中央銀行を設立して、中央銀行制度で永遠に国を支配・・・次はイラン、シリア、北朝鮮・・・

 世界がこのシステムに覆い尽くされようと言うこのご時世において、果敢にも反旗を翻した国ハンガリー、アイスランド等がありました!本当に勇気ある国です。

 この後にも、ギリシャ政府が通貨発行権を取り戻すように求めていると言われていますが・・・おそらく潰されるでしょう、もし取り戻したらギリシャ財政危機なんか何の問題も無く解決するでしょう。

 今後、ハンガリー、アイスランド政府が通貨を適切に管理発行できるシステムを構築したら、国民の多くは実りある人生を送るでしょう、おそらく世界のマスコミは今後、これらの国々に対し底的にネガティブな面だけしか報道しないでしょう、過去のリビア同様・・・特にハンガリーに対しては!

 過去リビアは、通貨を発行する中央銀行の会社が無く、自国政府が発行量をコントロールしながら通貨を発行していました。リビアはカダフィ氏暗殺以前は本当に豊かな国で欧州の豊かな国と比較しても抜きん出ていました、マスコミはリビアのネガティブな面ばかりを徹底した報道を続けましたので、リビア国民の豊かな生活は世界の人達に知れることは有りませんでした・・・我々日本人には信じられないでしょう・・・知ってのごとく、リビアのカダフィ氏も殺害されました。

 何か狐に騙されたような、タブー中のタブーの通貨発行の謎、我々国民は豊かさを実感出来る時代は来るでしょうか・・・他にも呆れる銀行の信用創造がありますが・・・

日銀は政府から独立した機関です。紙幣をどのくらい創るか、あるいは創らないかを独自に決める権限を持っています。日銀総裁になる人は国民の選挙ではなく、日銀関係者内部の一存で決められ、国民は選ぶ権利を持ちません。お金の実権を握る歴代日銀総裁は、日本の王様かもしれません。
 日銀は、認可法人で、政府機関でもなく、株式会社(一応ジャスダック上場)でもなく曖昧な定義組織といえそうです。45%程度の日銀株式所有者の内訳は、非公開ですが、個人5.9%、金融機関2.4%、公共団体等0.2%、その他法人6.5%程度です。株式会社と違い、出資者は経営に関与出来ませんが、出資額に対して年5%以内の配当を受け取れます。非公開の個人、団体は通貨発行から利益を得ていることになります。
 

各国の中央銀行の頂点は、中央銀行を束ねる国際決済銀行(BIS)です。本部はスイスのバーゼルです。銀行を代々、支配しているのはフランスのロスチャイルド一族の血縁者と言われています。
 日銀総裁は、世界中の中央銀行総裁が集まる会議に出席して、決められた指示に忠実に従うことになります。日銀が属しているのは、当然日本政府ではなく、国際決済銀行になります。

国際決済銀行は、世界中の中央銀行に指示し、出回る通貨の供給量をコントロールしていることになります。日本は、戦時中等一時期、中央銀行制度の枠組みを外れ、政府独自の紙幣を刷った過去があるようです。それ以外は全て、中央銀行制度の枠組みの中で、通貨の発行を行なってきています。


 現在、中央銀行制度がない国は5カ国です。北朝鮮、イラン、スーダン、キューバ、リビアです。これらの国はすべて、国際社会では「ならず者国家」として非難されています。アフガニスタン、イラクも中央銀行を持たない国家でしたが、2001年の9・11後、アメリカの力により、中央銀行制度への仲間入りしました。

***「生きるため、奴隷社会を生き残る為の情報を共有したい」の一部コピー、米ネット(FRB)等々を参考にしています。


メンテ
Re: 経済の話し ( No.205 )
日時: 2017/07/23 07:34
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:tP0nEZco

最近、実に久しぶりにテレビの時事放談をみた。
50年も前に細川隆元や藤原弘達などがやって時代以来である。
こんな番組がまだ続いていたのも驚きであったが。細川隆元が、もと大名の細川家の血をひいていたのに対して現在、やっているのは村上誠一郎(元行革・特区担当大臣)と片山善博(元鳥取県知事・総務大臣)であった。
村上氏が瀬戸内海の村上水軍の末裔と聞き、この番組の登場人物は歴史とかかわりのある人が多いようだ。

細川隆元の時代は、自民党よいしょが目立ち、いい加減なものと言う印象があった。村上誠一郎は予想に反して結構、言うべきことは言っていたようだ。
最も、革新的な期待をする相手ではないが。
さて、今回の主要話題としてアベノミクスの失敗について語っていた。
その内容は、誰でも言っている事で取り立てて説明するまでもないが、片山も同じようにアベノミクスを批判しても、両名とも対案と言うものには全く触れることが出来ない。

細川が言うには、財政が逼迫し社会福祉の政策が世代の先送りが続いている現在、高福祉、低負担の政策を見直さねばならないと言う結論の様だ。
中福祉、中負担と言っているが、要するに「小さな国家」論を述べているのである。
両名とも、他の問題などでは利口そうに、原因と結果を論じているが、経済の問題には、何故、このようになったかの原因の追究を避けている。

アベノミクス批判においても、景気が上向かず税収が増えないから赤字財政の問題の解決するどころか福祉政策を維持することが出来ないと言う観点からの批判である。
しかしながら、アベノミクスの三本の矢(胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略)そのものの内容が悪かったのではなく、それを試みても上手く機能しなかったことが原因であるのである。

上手く行かなかったと言うよりも、上手く行くはずはなかったのである。
金融緩和もしすぎるほどやり、公共投資も出来うる限りやった、民間投資を喚起する事も、現在問題になっているように経済特区構想を掲げやる事はやっている。
しかも、経済的に別のやり方をすべきであったと言える人間などいないのである。
アベノミクスの事を大層に批判している姿など無能の証明をしているに過ぎない姿である。

何故上手く行かないかと言えば、現在の経済的な問題は、現行の経済のシステムでは、どのような手法をとっても解決できないのであり、その根源的なところまで原因を探る事をしないからである。
要するに、進みすぎた経済のグローバル化は世界中の経済を弱肉強食の中に放り込み、企業、国民の間に大きな格差を作り出しているのである。

統計的には経済の指数は上がっていても、弱者の比率が増え、彼等の消費力が衰退しているのである。
所得税など払えない企業、国民が増え、消費税も負担になり消費も冷え込んで、どの国も福祉政策を維持するための税収が得られないで国家が困窮しているのである。

国家の困窮など、税収がなければ、社会福祉政策などやらなければ良いだけの話であり、政治屋共が頭を抱える必要などないのである。
中福祉、中負担と言うのは、このような事で政治屋、行政機構の責任放棄の姿である。

問題は、先に言ったように現行の経済のシステムでは誰がやってもうまくはいかない国家のかじ取りを、果たしてやれるであろうかと言う事になる。
解決できない問題を前に立ち往生せざるを得ないと思われるであろうが、さに非ず。

現行の経済のシステムに果敢に挑戦している国もあるのである。
アイスランドやハンガリーのことは何回も紹介してきた。
現在は、通貨管理の考え方の変更が求められているのである。
求められていると言うよりも、それによって現在の問題を打開できるのではないかと言う事であり、その試みである。
これは根拠もある内容である。

史上、通貨と言うものは、物々交換の手段であり、人間のあらゆるサービスの交換の媒体として存在してきた。
しかしながら、歴史始まって以来の通貨の有り様と、信用通貨の著しい発達で通貨の価値のありどころが変わった現在、また就労の機会が減るか、著しい低所得の就労を余儀なくされる人々が増えてきた現在、生活に必要な通貨の配分方式を従来の様に自然競争に任せられるかなどと言う問題が起きている。
通貨管理の内容には、単なる経済効果上での基準を当てはめることは出来なくなってきているのではなかろうか。
平たく言えば、通貨発行権を行政の主体(国家)が握ることによって国家の運営に必要な通貨を国家の意志で補填することが出来るか、否かの問題である。

出来るか否か、と言うよりも人類の社会の先行きを考えると、否応なしに取り上げざるを得ない課題である。
通貨の固定観念に本当に縛られている必要が未来永劫あるかと言えば、それも考え直す事も出来るであろう。
しかしながら、この問題は人間の倫理の面での大きなものを含んでいるので、軽々に判断するべきものではないであろう。
生きるために働くものと言う本質を踏み外しては人間の社会の健全性は保てない事を警告しておきたい。
安易なベーシック・インカム、ヘリマネを望んでもいけないのである。

メンテ
阿修羅掲示板での佐助さんの記事 ( No.206 )
日時: 2017/07/24 16:43
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:h4LI2JZ6

4. 佐助[4567] jbKPlQ 2017年7月23日 11:08:10 :


安倍も労働組合も,資本主義の活力は、封建時代の活力「城持ち・出世・部下の数」と同じである。
安倍も労働組合も,貧しさから開放し、格差をなくし、失業をなくし、国と企業と個人を富ませるため理論を捨てた。だから日本の既成政党は,原点から破壊させなければならない。

マルクス経済学は、資本主義的経済が成熟発展すると、自然に社会主義経済に移行すると予測したが完全に外れた。資本主義経済の指導者は、社会主義的政治システムの国が資本主義的経済を導入すれば、自然と資本主義的政治システムに移行すると予測している。これも,中国の一党独裁支配政権が2025年までに自壊すると外れる。

資本主義的経済を導入すれば、中国の社会主義的政治が、資本主義的民??義ルールに自然に移行するという、資本主義国の指導者の期待は幻影なのだ。

そこで、ケインズの論法を借りれば「マルクスの階級矛盾論とレーニンの国家間矛盾論は、矛盾を前提としているため誤っているので現実と一致しない」ということになる。

資本主義経済空間レベル別のエゴの思考と行動の法則
資本主義経済の空間レベルごとに、隠れて存在しているエゴの論理は、大量首切りや、生活必需品の高騰や、ゴミ処理場や刑務所の誘致や、企業間の敵対的買収時などのように、既得権益が侵された場合にのみ観察できる。

それ以外は、労使は運命・利益共同体だからと、ゴルフのハンディキャップのように絶対的弱者に与えられたストライキ権さえ回避され放棄される。そして、国益と個人益を一致させた愛国的な論理は、憲法で放棄したハズの軍隊の外国派遣にさえ賛同することを可能にする。

社会主義的国家と企業と個人のレベルも、それぞれのレベルは、その破産から免れるために、エゴ的思考と行動をとるからである。


隠れた資本主義の活力は封建時代と同じ「城と出世」

戦国時代、武将は領土を拡大し配分しなければ、部下は命を捧げて戦わなかった。大企業も定年直前でないと、課長にはなれなかった。そのために終身雇用や年功序列などの賃金体系の破壊が起きた。

そのために労働者は,出世の道を閉ざされた悪人どもが,労働三権のルールを破壊させ労働協約まで反故にした。しかも御用化させ,労使一体と叫びながら,労働組合は絶対に経営に参加することはしない。明らかな,組合を出世のために利用する,ゾンビ達にやられた。
隠されて見えない資本主義の活力は、封建時代の活力「城持ち・出世・部下の数」と同じであることが分かる。

しかし
生産と販売と利潤を拡大しないと、天下りする会社は誕生しない。そして、若い人たちにポストと部下を与えることもできない。この活力なしには、資本主義社会も、社会主義社会も、封建主義社会も停滞し、急成長することができない。

だが、資本主義経済の最大の活力・原動力は、空間レベルごとのクラスごとのエゴ的な思考と行動なのだ。経済空間の各レベルとクラスでは、信用膨張によってパンドラとバブルの箱が開く。そして、バベルの塔や摩天楼を競って空に林立させる。そして、バブルの破裂崩壊により、再び、パンドラとバブルの箱は閉じられる。

そして新自由主義らのケケ中らは,ケインズ理論を利用した。社会主義国家を除く、世界の経済学者の75%を改宗させた。ケインズの、古典経済学の定説・常識の前提を反転させた理論は、限界効用学説とよばれている。

ケインズの限界効用説は、古典経済学の常識を反転させる前提の反転方法として、○○選好という言葉を導入することによって、経済現象には限界があると主張した点で共通している。

「雇用」の需要と供給は、自然に放置すれば均衡できないのだから、国家が市場に通貨を供給して、雇用を創造しなければならない、と?張した。

だが、世界信用収縮恐慌も、戦後不況も、このケインズの赤字国債発行、赤字財政支出をする大きな政府では救済できなかった。だが小さな政府でも,どちらの経済学も、古典経済学の常識から反転した共通点がある。

ケインズが反転させたのは,
(1)「雇用」について古典経済学は、「完全雇用(労働の需要と供給が必ず均等する)」を前提にしている。だが非自発的失業者(首切られ賃金が低下しても働きたい人)と自発的失業者(賃金よりも仕事の内容を第一に選択する人)が発生するため、完全雇用を前提とするのは誤りである。
(2)「利子」について古典経済学は「貸付資金の需要と供給の均衡が利子を決定する」ことを前提にしている。だが、利子は、流動性の低い投資&貯蓄よりも、流動欧の高い投資&貯蓄を選好して決定される。(日銀のゼロ金利・マイナス金利を知ったらどう言うだろうか?)
(3)「貨幣」長文なので今回は省く

古典派経済学者たちは「経済学の目的は、貧しさから開放し、格差をなくし、失業をなくし、国と企業と個人を富ませるため」であるという理想を抱いていた。だが、ケインズの前提反転思考革命によって、理想や義務から解放された。

「雇用・労賃」を、国家から個人までの空間レベル別に分析すると、ケインズの限界効用説の誤りが見えてくる。

「結果がよければ万事よしの法則により、マスコミも法律家も、この変節は追及しない。

そのために経験則では「戦争以外に世界信用収縮恐慌から脱出できない」となる。


(以下は私のコメント)

21. 天橋立の愚痴人間[525] k1aLtJengsyL8JJzkGyK1A 2017年7月24日 16:39:34 :


佐助さんへ
いつもながら、貴方の豊富な知識と真摯な投稿姿勢に感心しています。
私は経済の知識においては佐助さんの足元にも及ばないと思います。

しかしながら、現在の資本主義経済の矛盾、矛盾と言っても経済の量的繁栄から見れば矛盾でも何でもない話ですが。

これを問題にするには、言い替えれば

>「経済学の目的は、貧しさから開放し、格差をなくし、失業をなくし、国と企業と個人を富ませるため」であるという理想

この様な命題を考える場合、論理を進める上で使う要素、そのものの見直しが必要ではないのではないでしょうか。

アダムスミス以来、いろいろな経済学者が用いてきた、需要、供給と言う話も、効用学説などの概念も、通貨の価値の概念も、すべて既成概念から一度は離れて考えることが必要ではないのではないでしょうか。
マルクスの資本論の世界でさえ、見方を変えているだけで、結局は使う道具は資本主義経済の概念によっていると思います。

具体的には通貨の概念、そのものを見直すとともに通貨の流通の概念も見直せば、どのように経済の世界は変わるのでしょう。
もちろん、大きな問題も出てくることでしょうが、それに挑戦する必要もあるのではないでしょうか。

私は経済に関しては、ほとんど素人と言ってよいでしょう。
しかし従来、大きな発明、発見は素人的分野からも発生していると思います。
メンテ
なに? 日銀がユニクロの株を持つ? ( No.208 )
日時: 2017/07/30 22:16
名前: イントィッション ID:/mTNkPEI

リーマンショックの時は、ロックフェラ〜所有のシティを救済したことと同じように、今度は日銀がユニクロを救済!

ユニクロの株主は怖いですね〜。。。 安倍一味朝鮮族の私的所有物でしょう。。。

今の民営化は、所有物になるだけ。。。

大都市圏では、花火は中止!

ここまで悪化した日本経済! すべてサギノミクスの仕業!!!
メンテ
Re: 経済の話し ( No.209 )
日時: 2017/07/31 00:27
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:CspDHr0E

イントさん、

飛んだ話になりますが。

仮に通貨発行権を国家が握り、政策に必要な通貨の増刷を可能になれば、社会はどのように変わっていくと思いますか。

もちろん、その様な金で企業などを救うことはしませんよ。
ですが企業がつぶれたために失業する人たちの雇用は財政支出で何とか雇用が確保出来るようにはなるでしょう。

そうなれば通貨管理の基準などは変わってしまい金融資本が如何にあがこうが、通貨の価値は減って行きます。
困るのは、何だかんだと理由を付けて金を転がしている、いわゆるユダ菌の連中です。

世界中の国家が自力で通貨の管理ができれば、戦争屋もお手上げでしょう。
ギリシャの破綻もありません。

最も、これにはこれで大変な課題はついて廻いります。
しかしながら、それこそ人間社会が英知を集めれば解決できることであり、そのための新しいルール造りも出来るでしょう。
まあ、このような話は50年も早いかも知れませんが、そのような事も視野に入れることは出来るのではないでしょうか。

ユダ菌がのさばれるもの後、100年もないでしょう。
幾ら金を貯め込んでも社会に必要な金は、金持ちなど相手にしなくても国民の意志で造れるのですから。
メンテ
最近、仮想通貨に関連しての事件が多発していますね〜。 ( No.210 )
日時: 2017/08/03 11:39
名前: イントィッション ID:JkQrW7Xw

昨日は、仮想通貨について利益を出そうとする団体の一人が、滋賀県で埋められていました。。。

仮想通貨での皆からの資金をがっぽりいただいた外国人が告発されました。。。

最近では14億人の口座を抱える三菱UFJ(安倍のお友達)ロスチャイルド系モルガンスタンレイ証券が支配しているようですが、そこおもビットコインをクリエーションし、色々な店で使えるようにしていて、それが拡張しつつあるときに、トラブルがあったニュースが流れています。。。

双子の赤字を拡大させ、もちろんそこには軍事費が莫大になっていくためのレーガノミクスやブッシュのミクスやアベノミクスでもわかるように、ユダ菌が日本にドンドン逃げ込んでいる様子。。。

今、色々な国が輸出入の決済をドルで行うところは減少しています。。。

それよりもBRICSのほうがはるかに未来的に信用できます。。。毎日記者団が中国へ出向いて、BRICSについて中国の各専門分野の人たちと話しあっています。。。

BRICSのほうがよほどしっかりとした基盤の元になっております。。。

円はドルやユーロからドンドン弱体化をしています。。。

2011年に起きた311の直前、1ドル70円でした。。。 

今、トランプ大統領が世界の警察も辞めた理由はドルの弱体化にあるものです。。。

これから日本は軍需産業を活発化されて、円は破綻させられるんでしょうか???

メンテ
アベノミクスの行く末。。。W ( No.211 )
日時: 2017/08/04 10:15
名前: イントィッション ID:J9AfP7oc

こんなにヘリマネをやってよいのか???

アベノミクスの失敗はもう決まっている。。。

これ以上の金融緩和は日本の財政悪化はとんでもない値となるでしょう。。。

https://yamasaki777.com/avenomics-failure-brings

「株価を上昇させないと、支持率が上昇しない」と、信じ込んでいる安倍政権は、内閣改造を契機に相当な株価対策を実施する可能性があります。

 確かに、目先の政権維持の為に、10兆円規模の補正予算を打ち出し、日銀がETF買いによる株の買い増しを集中的に行えば、瞬間的には 日経平均は大きく上昇するでしょう。

安倍政権が、あくまで目先の政権浮揚にこだわり、財政健全化にブレーキをかけるならば、当然、財務省は安倍政権の退陣を望むでしょう。

 それに加え、安倍政権が、本予算や補正予算を組むたびに 景気対策で5兆円〜10兆円のバラマキ支出を繰り返すならば、2020年PB黒字化の目標等は無いも同然かもしれません。日本の将来を考えると、本当に困った状況です。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.212 )
日時: 2017/08/04 13:11
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:qPyGGXOw

イントさん、経済の話しに加わっていただいてありがとうございます。

>これ以上の金融緩和は日本の財政悪化はとんでもない値となるでしょう。。。

私は、このような発想は全くしていません。
それこそユダ菌一派の思う壺でしょう。

経済の問題を経済政策から考えないで、私たちの身近な問題として取り上げてみましょう。
日本だけではなく、アメリカでも中国でも、第一線の企業活動に参加できる企業の従業員は豊かに暮らしています。

NKHの職員の平均年収は1100万と言われ、国家、地方公務員のそれが700〜800万円です。
大企業のそれも800〜1000万円あります。

ところが、平均年収で700万円を超えている階層は、全就労者の15%です。
反対に年収が200万円以下と言われているワーキングプアーは25%います。
ワーキングプアーでなくても年収が300万円以下、要するに生活費に使える手取りで言うと20〜22万円くらいの人まで入れると全就労者の40%がこれにあたります。
ついでに言いますと年収350万円のそうで区切れば全就労者の半分がこれに当たります。

この金額では、家賃を払わねばならない立場の人など子供に掛ける金など出てこないでしょう。
田舎では自分の家を持っている人が多いですが、自動車が必需品なので、やはり生活には余裕がありません。

何故、このようになってきたかと言えば、経済のグローバル化が進み、集約化が進み、経済活動自体に格差が出てきたのです。
最新設備を取り入れることが出来る企業は、どんどん業績が上げられ、それが出来ない企業は人件費を下げるなどあらゆる対抗策を取ってもやがて廃業に追い込まれます。

もともと生産技術の発達は、熟練工などはあまり必要とせず、安価な労働者より雇いません。
現在、人で不足と言っていますが、必要とされているのは、殆ど年収で言えば300万以下の労働者が対称です。

この様な事は経済政策の違い、金融の問題では救済出来ないのです。
グローバル化が進むほど、企業の格差が広まり、第一線で活躍できる企業の数は益々減っていきます。
しかしながら、まだ現在では年寄を中心に金銭的に余力があるようですが、将来の消費の落ち込みは避けられず、政府がどんなに叫んでも景気は良くはなりません。

格差もさらに広がる一方であり、これを防止することは不可能です。
日銀の政策が変わって、我々が救ってもらえると思いますか。
ヘリマネで金をくれるなら別ですが。
ですので、アベノミクスが成功だの、失敗だのと言っている連中は、成功したら自分の利益になる、富裕層の関心事なのです。
そんなものに、何故、我々が加担しなければなりません。

繰り返しますが、財政の健全化などと言う話自体が財務省の陰謀の様なもので、奴等自身、いずれ徳政令などの手法で債務を切り捨てるつもりでしょう。
庶民だけが心配しているのです。
現代の社会のシステムでは、もはや多くの国民を同じように扱うことは出来なくなり、公務員か富裕層の栄華のために国民を切り捨てる状況になっているのです。
社会福祉を減らし小さな国家を目指すと言っているでしょう。
国家でやれないものを地方分権でやれるはずはありません。

ですが、これで絶望しなければならないかと言えば、そうでもないのです。

前にも言っていますように、アイスランド、ハンガリーではすでに通貨発行権を国家に取戻し政策に必要な通貨は増刷で賄っているようです。
もちろん通貨発行の制限は厳密なものを必要としますが、日本でもグローバル化の波から逸れない弱小企業当てに公共事業と言う形で仕事を与える事も出来ます。
介護業界の人手不足、過酷な労働環境の割に報酬が少ない分野に人件費の補助をすれば、どれだけ底辺が活気ずくでしょう。

もちろん、そういう政府補助の仕事で得られる年収の上限などは、例えば400万円くらいと制限しておかねばなりません。
要するに真面目に働きさえすれば、何とか子育ても出来るような環境を国家が保障すると言う事です。

底辺対策以外は、従来のやり方で自由主義でも新自由主義でも勝手にやれば良いと思っています。
イントさんのも、多くの人の経済政策への不満は、実はユダ菌の手の内に踊らされているようなものと思います。

(追伸です)

先日の事ですが、何かのきっかけで宮津市の国民健康保険課の課長と話すことがありました。
人口が19000人の小さな町では、保険料が足りません。
徐々に徐々に多くを取ろうと四苦八苦しているようです。

そこで私は課長に尋ねました、市の一般会計予算はどれくらいか。
課長は約105億円と返事しました。
私は、その中で市で調達できる財源は22億円くらいと違うのか、と言ったところ、まことにその通りで、後は国、京都府の補助と市債で賄っていると言いました。
一般会計ではありませんは国民健康保険の運営も破綻に近いものです。

関係ない事かも知れませんが、宮津市の職員の平均給与はそれでも630万円取っているのです。
私は嫌味で、宮津市の実質収入の8割はあんたらの給料に消えているのだろう、と言い、かれはタダ黙るだけでした。
まあ、彼をいじめていても埒があかないので、財政の問題に助け舟を出してやりました。

市債をどんどん発行し、償還の為には借り換え債もどんどん出せば良いのだ。
そうして市債発行残高など1兆円でも10兆円でも気にすることはない。
真面目に考えた課長氏は、でも誰が、そんな市債を引き受けてくれるのだろうと言いました。

私は、すかさず、そんなことが出来るのは日銀しかいない。
あそこは、10兆円でも1000兆円でも金額は関係なしに印刷できるのだ。

さすがに、課長氏
もうついては来れませんでした。


メンテ
外貨基準高! 円のヘリマネをすれば通貨の価値が下がる! ( No.213 )
日時: 2017/08/04 15:09
名前: イントィッション ID:J9AfP7oc

アメリカに巨額の貢物をする日本!

外貨基準高:1996年4月のもの(単位:百万米ドル)

国名     合計     金     外国為替     その他    金の割合

フランス 58,890 31,658 23,588 3,644 54%

イタリア 65,695 25,648 38,115 1,932 39%

米国 83,710 11,050 46,580 26,080 13%

イギリス 44,680 5,480 36,320 2,880 12%

ドイツ 94,966 8,951 78,575 7,440 9%

カナダ 17,364 164 14,808 2,392 1%

日本 205,725 1,230 195,218 9,277 1%


G7合計 571,030 84,181 433,204 53,645 15%


ふつう独立国家であれば外貨基準高は金(ゴールド)で保有される! ところが上の表のように日本が金で保有する外貨基準高は1%に過ぎず、95%は外国為替、おもに米ドルで保有している!

日本政府が米国財務省証券を購入しているのは周知の事実だが、このことは、外貨基準高のほとんどを米国財務省に融資と言うよりは貢物をしているのである!!!

例えば日本政府が50年前は1ドル360円だったが現在は110円の約3分の1しか払い戻すことができない! 残りの3分の2は自動的に日本の納税者から米国政府への贈り物となる!

また40年前は1ドル240円だったっが今はその半分の価値しかない! したがって1996年度では6兆円も自動的にアメリカに貢いでいる!

今は中国がだんとつ一位であるが、BRICSもあり、ユーロもあるのでもっと複雑にはなっているので、現在の外貨基準高をググってみるのも良いと思います。。。

日本の財政はどこが基準になっているのかも理解できる簡単なグラフでしょう。。。

高度成長期、製造業の圧倒的な強さで日本は変動相場制に入り、円はドンドン強くなった! そして人々は賃金も上昇し急に1年で5倍、10倍と跳ね上がった人も存在するでしょう。。。生活費は十分にあり、預金もできるようになる! ドンドン建築物を建て、新築の家を核家族が購入できるようになり、ローンも十分に支払える。。。

変動相場と貿易収支で儲けた円の価値が上昇する! 物の値段も上昇し、保険などの金融業も不動産も活発化!

ところが、1985年だったかニューヨークのホテル:プラザ合意で竹下昇が日本の企業がせっかく稼いだお金の剰余金ドルをアメリカに返還してしまう、バブルが発生!

今日本の財政は、高度成長時代からの私たちの先輩が働いて、もしくは株価上昇時に稼いだ預金と、金の保有高と貿易収支と税金が基本であると思われます。。。

現在、ユーロやドルはドンドン弱体化しているので、それを支えるためにアベノミクスがあるはずです。。。ドンドン金融緩和をやってじゃぶじゃぶに外国に円を流し込み、ニューヨークのユダ菌に流し込む!

ニューヨークやユーロに流し込んでいる事実が外貨のグラフで理解できる!

ほんとうは中国やロシアの貨幣が強くなってはずなのだが、ユダ菌のやらせであろう!!!

そして、日本の大企業はもはや金融の自由化によって株主はドンドンユダ菌どもが持っている!!!

日銀の株主も天皇とロックフェラーのユダ菌のボスが持っている。。。

そして日銀はマイナス金利を推進していったせいで、銀行はローンの利益が少なくなり、死活問題であると叫んでいる!!!

日本の企業の利益はユダ菌株主やタックスヘイブンに持っていかれ、労働者にはなかなかお金がまわってこないどころか、

昨年の福祉に100兆円以上のお金がかかったのは、抗がん剤などの多国籍企業の薬屋がどれだけ儲けていることか。。。

ユダ菌どものやることは、個人個人をより集めた利益はそんなに望めないので、必ず国々の税金を略奪することを基準に金もうけを考える!!! つまり、自由化といのは、自由化ではなくユダ菌の私物化である!!!

そして、国民が貧しくなり、税金の集まり方も少なくなっていくのでヘリマネをやって日銀がドンドンお金を印刷すれば、外貨基準高での円の価値は下がってしまう!!!

となると、日本国民の預金全体も減り、貿易で得るお金も縮小し、インドネシアからの1束のバナナが100円が1000円になるかもしれない!
一昔、1970年ごろ、フィリピンのパイナップルは高級品でなかなか食べられなかった。。。

この状態で巨額なヘリマネなぞやったら、日本はたちまち破綻してしまう。。。W

メンテ
ヘリマネとユダ菌 ( No.214 )
日時: 2017/08/04 15:34
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:qPyGGXOw

「外貨基準高」とは下の様なものの様です(あまり解りませんが)

外国為替相場を安定させる目的で、各国の通貨当局が外国為替市場へ介入するために保有している資産の額。日本では財務省と日本銀行が持つ外貨の総額を指し、毎月財務省が詳細を発表している。日本の外貨準備高は世界一の水準で、うち米債を含む外国証券が約75%を占め、残りは外貨預金やゴールド。 通貨危機などで他国に対して外貨建債務の返済などが困難になった際、通貨当局が為替介入に使用する原資として使用するほか、国が輸入代金の決済や、借金の返済などの対外支払いに充てるために持つ公的な準備資産としても使用されている。

要するに我が国の外貨基準高は、たしか2000億ドルくらいでしたね。
円で言えば200兆円。

これが為替安定の為の保険の様なものでしょうか。
私が言っています、通貨の増刷を認める政策を取れば、為替の問題が一番重要になってくるでしょうね。
しかしながら、その様な事は承知の上で言っているのです。

現状では国家間の貿易の決済の有り様に変動相場制を基に基軸通貨をドルとしていますが、そんなものは根本から変えて考えれば如何でしょう。
固定相場制から変動相場制に移った経緯は、貿易の決済を容易にし、流通ずる商品の数を増やし輸出企業の業績を上げるためのものです。
今までの半世紀、世界の貿易事情、為替事情、金融事情はすべて巨大資本の目的にかなう事だけを考えてきました。

現代社会は、そのやり方が行き詰まって来ていると言う事ではないでしょうか。
現在の制度も初めからあったものではなく、都合が悪くなればそれに代わる新しい制度など十分に考える事ができると思います。
前に言ったように、企業間の格差をなくし、多くの企業が共存できるためには、経済的な方程式ばかりでなく、国家と言う社会の方程式もかみ合わせる必要があります。

これが、これからの社会の仕組みとなるべきと思います。
経済学の怠慢、政治学、社会学の怠慢が招いた結果が現代社会の矛盾となって現れているのです。

まあ、今までのところは、このやり方で世界は急激に発展してききました。
ですが、これからは経済の法則に振り回されない様な政治をしなければなりません。

イントさんは常々ユダ菌の陰謀に嫌悪感を抱いておられます。
そのユダ菌に一矢を報いるならば、私が言うように通貨発行権を国家がもち、通貨の増刷については、その国家の事情で行うと言う事が有効とは思いませんか。

経済学の怠慢と言っていますのは、そういうシステムを採用したとき、どのような問題が起き、どういう解決策があるかを示していなければならないのにあえて、それの振れようとはしなかったのです。

>この状態で巨額なヘリマネなぞやったら、日本はたちまち破綻してしまう。。。W

こんな発想はユダ菌の為のものでありユダ菌が喜ぶだけでしょうね。
メンテ
>こんな発想はユダ菌の為のものでありユダ菌が喜ぶだけでしょうね。 ( No.215 )
日時: 2017/08/04 15:55
名前: イントィッション ID:J9AfP7oc

凶暴なものから自分の身を守るためには、ユダ菌のサメの体にくっついていくカルト宗教団体が存在する日本会議!

こそくな自分たちだけが助かり、自分たちだけが金もうけをしてタックスヘブンに送金しているでしょう。。。

そして税金略奪に一番簡単な方法が軍事! 軍需産業をユダ菌株主がやらせて、たっぷり自分だけ今だけ儲け!

この掲示板に満天下のおっちゃんが最後に投稿したのは、昨年の8月11日。。。

多分、私が思うに、抗がん剤投与を春にやって、免疫力が無くなり、昨年の夏には5万人の人が熱中症で運ばれたとニュースで発表されていたので、免疫力が無いおっちゃんはたちまち頭ももうろうとなって死にいたったのではないでしょうか!

ほんとうは75歳以上を過ぎて癌が見つかった場合は、癌の拡張はとても遅いので、手術はしなければよかったのにと残念でなりません。。。

おっちゃん、野際陽子さんと同じ年だと聞きました。。。 

きっと、抗がん剤で免疫力が無いたくさんの人々が熱中症でお亡くなりになるのでしょう。。。

おっちゃんもヘリマネ反対意見をたくさん書いていました。。。

また読み返したいと思います。。。

今だったらなんて言っていたかなぁ。。。 
メンテ
Re: 経済の話し ( No.216 )
日時: 2017/08/04 19:31
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:qPyGGXOw

>おっちゃんもヘリマネ反対意見をたくさん書いていました。。。

私の意見に耳を傾けながら、最終的には無理であろう。問題が多すぎるという見方でしたね。

もちろん、私の言うことを実践するとなると、もう、ユダ菌及びその手先と戦争ですよ。革命ですよ。

何せアメリカの大統領の4人が、ケネディ、リンカーンを含めて、これを言い出したために暗殺されました。

私など一介の愚痴人間。

相手にされませんが、これが大学の教授としてならの発言であれば首になり、

有力政治家であれば暗殺されるでしょうね。

そうなれば頼っていくところはアルカイーダかイスラム国か。

それくらいの事を言っているのであり、逆に、私が言うやり方も可能と言う証明でもあります。

メンテ
もし、お札をつくるとしたら。。。一つできることがあります。。。 ( No.217 )
日時: 2017/08/05 15:32
名前: イントィッション ID:QonS2BaE

なぜか、外国から来た旅行者には消費税がかからない!

これって奇妙ですよね〜。。。

もしじゃぶじゃぶお金を印刷して、円の価値が落ちたら、食糧の自給自足が30%?にも満たない日本はたちまち餓死する国民がでてきます。。。  なんせバナナが一束、100円から1000円になるかもしれない!!!

そして小麦や大豆など90%が輸入だと、豆腐や麺類やパンなどが軒並み10倍になってしまったら、食糧を買えない国民がたくさんでてくる。。。

それにもまして、大豆や大麦や稲などの種子法廃止法案なんて、日本で自給自足するな〜! と言っているようなものです。。。

もしお札をたくさん印刷するときは、食糧の自給率を80%以上にしなければいけない!!!

そしてものづくりをたくさんクリエーションする!!! 特許権を新しくたくさん持つ!!!(BRICSは特許権を大切にするそうです

そうすればその分だけのお金を印刷すれば、円の弱体化を防ぐことができるかもしれません。。。

また外国人旅行者を増やすとか。。。ひとりにつきいくらの印刷が可能とか。。。

労働者が一人増えれば、円を印刷できるとか。。。

だって国民一人増えると生産性が上がるんですよね〜。。。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.218 )
日時: 2017/08/05 20:21
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:CVEB5slo

言葉を聞いていると、

イントさんもユダ菌の手法の中にどっぷりと取り込まれていますね。

そりゃ、そうでしょう。

そう言う言葉より知らされてないのです。

現代社会は、それを変えなきゃ、どうにもなりません。

民主主義と言う言葉もそうです。

生まれながら、民主主義の社会で、民主、民主と育てられた子供は

民主主義のなにかも知らず

民主主義のつもりで生活しているだけのこと。

悪い菌に対する免疫力もない。

メンテ
"The right to choose!" ( No.219 )
日時: 2017/08/06 07:42
名前: イントィッション ID:xIRw3a4o

>民主主義と言う言葉もそうです。

>生まれながら、民主主義の社会で、民主、民主と育てられた子供は

>民主主義のなにかも知らず

>民主主義のつもりで生活しているだけのこと。

>悪い菌に対する免疫力もない。



民主主義なんて言葉はあるかもしれませんが、そんなものはこの社会にどこにもありません!!!

私たちは今巨悪なsuper Capitalismの中にどっぷり浸かっています。。。

私たちが生まれながらに持っているのはFreedomではありません。。。 そんなものは言葉しか存在しないのです。。。

私たちが持っているものは、”Right To Choose” 選ぶ権利だけなんです。。。

それも資本主義の社会で選ぶ権利は、お金によって決まってしまう世の中です。。。

金をたくさん持っている人は、より広い範囲で自分の言葉や行動を選ぶことができます。。。

しかしお金のない人は、狭い範囲でしか選ぶことができないのです。。。

これは私のクリエーションした英語での私の哲学です。。。

  My philosophy

One American man has ten brothers and sisiters.

A fourty-six-year old man is supposed to be professional in his job.

But he is in rags,

He has a quantity in his family members.

What is a quality of his life?



By historical philosopher, Kierkegard says

Love is heaven, but marriage is hell!

Does human affection give me a happy?

Human obligation effected hell.

What is real human's happiness?



Human consciousness developed human spirit.

Human spirit developed invention.

Human invention developed German spirit.

Is German spirit superiority?

Human consciousness always plays with morality.

他にもいろいろありますが、このくらいにしておきます。。。










メンテ
民主主義社会のこと ( No.220 )
日時: 2017/08/06 11:17
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:haBjAil2

>民主主義なんて言葉はあるかもしれませんが、そんなものはこの社会にどこにもありません!!!

イントさん、そういう言い方はいけません。

では、現在の社会はどのような社会と言われますか。

また民主主義と言う概念と資本主義と言う概念を一緒にしてもいけません。

民主主義とは政治、社会の概念で、資本主義は経済のシステムの事です。

そうして民主主義の概念も資本主義の概念も200年ほど前の西欧の市民革命いらい明確に認識されてきた概念であり、時期的にも、その内容も双子の関係といってよいでしょう。

資本主義の発展には民主主義が不可欠であり、民主主義も資本主義の発展と共に謳歌してきたのです。
現代社会が抱える問題は、一方で資本主義のシステムが行き詰まりを見せていると共に、民主主義のシステムも本当の意味での選挙民による統治機構(政治)への関与が出来ていなくなっている事です。

民主主義をはき違えた人々が、民主主義とは個人の自由、権利を保障するべきものとばかり、思ってしまい民主主義を守る為には不断の努力も必要である事を忘れてしまっているのです。

しかしながら、いわゆる一般大衆のレベルで、民主主義を良好な状態に保つような行動を求める事自体が無理な事で、民主主義とは次第に衆愚に陥る危険性はありました。
それをも利用して資本主義経済のシステムだけが独走しているのが現代社会ではありませんか。

現代社会はれっきとした民主主義社会に間違いはありません。
まずは、それを自らが認めるべきであり、それも認めず、何をどうせよと言われるのでしょうか。

現代社会が封建社会であると言われるなら、封建社会を糺す事を考えましょう。
独裁社会と言われるなら、独裁者を特定した倒しましょう。
安倍の独裁などを称して社会全体が独裁社会などと決めつけないでください。
またユダ菌による経済の独裁の問題であれば、経済のシステムにおいて独裁を打ち破る方法を探せば良いでしょう。
これについては通貨発行権の問題で提案しているはずです。
ユダ菌の横暴に怒りを言われるならば、私の通貨発行権理論に賛同して欲しいもの。
これは核兵器並みに強力な武器ですよ。
民主主義の問題でもありません。


かつてチャーチルが言った

>「民主主義は最悪の政治形態であると言える。ただし、これまで試されてきたいかなる政治制度を除けば。」

この言葉の意味をかみしめるばあい、民主主義社会など存在しないと切り捨てるだけでは無責任ではありませんか。

現代社会も民主主義社会であるから。困っているのです。

メンテ
英語は苦手! ( No.221 )
日時: 2017/08/06 11:14
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:haBjAil2

追伸です。

イントさんの英文をグーグルの翻訳で訳したら次の様なものが出てきました。
おそらくイントさんは、そういう事ではないと言われるでしょう。
訳してくれるのはいいですが、まともに受け入れられるようなものではありません。
しかしながら、どのような単語で構成されているかくらいは解ります。

それによると確かに人生訓の様な内容のようですね。
洋の東西を問わず、このような言葉に真意に耳を傾ける人が大半ならば、良いのですが、大概は一部の強欲な人間が社会を荒らしています。
こいつらを何とかしなければ、正直者が馬鹿をみる世界になります。
実際に、そうなっているのです。



私の哲学

1人のアメリカ人男性には10人の兄弟と姉妹がいます。

46歳の男性は職業でプロフェッショナルでなければなりません。

しかし、彼はぼろぼろですが、

彼は家族の数量を持っています。

彼の人生の質は何ですか?



歴史的な哲学者によって、Kierkegardは言う

愛は天国ですが、結婚は地獄です!

人間の愛情は私に幸せをもたらしますか?

人間の義務は地獄に影響を与えた。

本当の人間の幸福は何ですか?



人間の意識は人間の精神を発達させた。

人間の精神は発明を発展させた。

人間の発明はドイツの精神を発展させた。

ドイツの霊的優位性は?

人間の意識は常に道徳性をもっています。
メンテ
今、私たち個人個人に民主主義など存在しません。。。 ( No.222 )
日時: 2017/08/06 15:46
名前: イントィッション ID:PBC3rc5Y

今は、戦前のような軍国主義ではなく、戦後直後の企業競争資本主義であり、現代は悪魔的な弱肉強食債権主義です。。。

誰が一番パワーを持って支配することができるのか???

それは金である!!!

私たちは今、現在、衣食住も支配されて生きています。。。

誰も自由に自分の好きなものを食べることはできません。。。

すべて巨大化するスーパーや気味の悪い外食産業などが拡大して、(それも日本中、材料はつくられるところが同じ場所で、冷凍にして、各地域のレストランの厨房へと送られます。)その中だけで、食べ物を選んで食べているわけです。。。

大手のパンややお菓子会社など、日本中同じものであふれかえっています。。。

自分でつくるお菓子でも、同じ材料が使われる。。。

ファッションだって、ユダ菌関連の詐欺ヨーロッパ製品のファッション界が、次の年は何が売れるようにするか?ということを事前に決め、メディアなどにその宣伝をさせるため、日本中同じファッションになるのです。。。

私たち消費者は支配者側の決められたもののみで、その狭い範囲の中から選んで生活をしています。。。

病気でもないのに、痛くもかゆくもないのに、検診でどこが普通とは違った指数だからと、病院へ行かせて患者を増やし、その中での治療の選択はほとんどできない! 全部されるがままです。。。 支配者がそのような奴隷をドンドン日本中につくらせてしまった。。。

私たち、個人個人は今の現状は、戦争状態と変わらない! 現に通貨戦争が見えない隠れて行われています。。。

そして個人個人の現状は、真っ暗な穴の中に鎖でつながれた状態で押し込まれ、天井からの一つの光に手を伸ばして生活をしています。。。

本当の民主主義をやりたいのなら、まず自給自足の生活をとりもどすことが肝心でしょう!!!

金を必要としなくても生存だけはできる状態です!!! それがまず基本でしょう。。。



メンテ
Re: 経済の話し ( No.223 )
日時: 2017/08/07 08:01
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:9vZ72fms

>私たちは今、現在、衣食住も支配されて生きています。。。

>誰も自由に自分の好きなものを食べることはできません。。。

以下、書かれている事は私たち自身が選んだ結果であり、

その大企業が進めるサービスを狂喜して受け入れてきたのは我々ではありませんか。

その責任は、どうするのです。

私自身、仕事で使う用紙やインクなどネットで買う事によって従来の半分以下の費用で済んでいます。

皆がそうするから、おかげで地元の商店は廃業してしまいました。

イントさん自身、グローバル化の影響で安価な生活必需品を買う恩恵に浴しているのと違いますか。

また、この様に消費者が安価なものへ走り、またスーパーの様に大量に展示されている商品から好きなものを選びたいと言う欲望を満足させることと裏腹に、地元の企業、商店が廃業している事を、どのように思われますか。

大企業に必死で抵抗している企業の足を引っ張ってきたのは誰でしょう。
皆さん自身がグローバル企業に手をさしのべ、グローバル化を押し進めておきながら、一方でグローバル化を押し進める企業を批判する事は、それこそ幼児が駄々を捏ねている様、そのものではありませんか。

幼児の駄々で、物事が解決できるはずは無いでしょう。


>本当の民主主義をやりたいのなら、まず自給自足の生活をとりもどすことが肝心でしょう!!!

自給自足とは、グローバル化の影響で、すっかり取り残され生活の手段を失った労働者が考えることで、すでにその傾向は始まっています。
しかしながら自給自足と言っても、それが出来るのは田舎に住む人間だけです。全人口の2/3が住む都市部の住人には出来ないことです。
その上に、自給自足とは自活するだけの事であり、生活自身が豊かになる事ではありません。
第一自給自足の生活が、どのようなものかを想定されているのでしょう。
自給自足で民主主義が取り戻せるならば、民主主義とはどのような事を言うのでしょう。
自給自足の生活とは自然との格闘で、人間的余裕などみじんもありません。
贅沢する余裕も、子供の養育も十分には出来ません。
解決すべきは自給自足にならない様に社会の仕組み、経済の仕組みを考え直すことであり、それを指導すべきは専門家、インテリではありませんか。

>金を必要としなくても生存だけはできる状態です!!! それがまず基本でしょう。。。
生存だけと言われるなら、人類も野生に戻れと言う事でしょうか。
そうではなく、福祉国家として充実せよと言う事でしょうか。

福祉国家の充実は近年の人間社会の命題であり、それが出来ないから歴史があるのです。
福祉国家の充実の為には税収が、それに見合うように確保できていなければならないでしょう。
要するに経済の問題なのです。
現状でも社会保障費が年間、100兆円を超えたと言われています。
あらゆる税金を充てても50兆円よりありません。
民主主義を標榜する事によって、どうしてこれが解決できるのでしょう。
大衆が自発的に自己犠牲を払って貧者を救済するとでも思われているのでしょうか。
またグローバル企業の商品に手を出さなくなると思われているのでしょうか。
イントさんは、完全な性善説論者でしょうか。
そうは思えませんが。


※ どうも民主主義と資本主義の概念を一緒にされているようですね。
  民主主義と資本主義は双子の概念と言いましたが、
  資本主義は民主主義の概念の隙間の付け込んで発展して来たのです。
  要するに、個人個人のあくなき権利、欲望の追求に付け込んで。
  多くの人は、民主主義にも資本主義にも感謝して生きてきたが、最終的には資本主義に食い荒らされていると言うことです。
  逆に、多くの人が民主主義を今の様に受け取っている限り、資本主義の横暴はなくはなりませんね。

  たとえば、日本の農業を保護するために食料の輸入を原則禁止すれば、どうなるでしょう。
  もちろん、食料の価格は跳ね上がります。
  日本の農業、漁業、林業も、国土を守る為、多くの人の職場を確保するために、少々の値上がりは辛抱するようにと言われたら、皆さんは、これを受け入れれらますか。
 出来ないでしょう。
 要するに、グローバル化を推進して、格差を広げているのは、私たち自身の選択でもあるのです。


イントさんの発信の意味は解ります。
解った上で、このレスを書いています。
ですが、あなたくらいの能力があれば、次には一歩前にでられて解決策を検証していただきたいもの。
メンテ
国産の食料品について! ( No.224 )
日時: 2017/08/07 17:38
名前: イントィッション ID:5JnUha4M

豆腐や揚げなどは、国産になると2倍の値段になっていますが、その儲けは実はユダ菌がらみの人間に詐欺されているように見えるんです。。。

だって、ドンドン高くなるじゃ〜ないですが。。。そしたら生産も減少していく。。。


ところが最近、少し国産が安くなっているのも存在する。 と、やはり、国産のほうが安全で良いと思い、国産を買う人も増えているような気がします。。。外国産の大豆の豆腐などは買う人が減ると半分以上が残ってしまう。。。

そして、内需拡大豆腐は増産することによって、値段が減少していきます!!!

これって経済の基本です。。。

メンテ
太平洋戦争とヘリマネ ( No.225 )
日時: 2017/08/16 12:30
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:j4rsTO0.

阿修羅掲示版で次の様な記事を見つけました。
太平洋戦争の事はさておき、興味を引いたのは戦費の捻出方法と影響についての考察である。


戦費の実態はよく分からないと述べたが、ある程度までなら推測することができる。旧大蔵省が戦後まとめた資料によると、太平洋戦争(日中戦争を含む)における名目上の戦費総額(一般会計と特別会計)は約7600億円となっている。

金額だけ聞くと意外に少ないと感じるかも知れないが、日中戦争開戦時のGDP(厳密にはGNP)が228億円なので、戦費総額のGDP比率を計算すると何と33倍になる。また、国家予算(日中戦争開戦当時の一般会計)に対する比率では280倍という天文学的数字である。

もっとも、この数字には少々カラクリがある。太平洋戦争の戦費はあまりにも膨大で、税金を使って調達することは不可能だった。このため、戦費のほとんどは日銀による国債の直接引き受けによって賄われた。

現在の量的緩和策にも通じるところがあるが、日銀が無制限に輪転機を回すということなので、当然のことながらインフレが発生する。

戦争中は価格統制が敷かれていたことからあまり顕在化しなかった(これも現在に通じる)が、それでも戦争が始まると物価水準はどんどん上がっていった。この財政インフレは終戦後、準ハイパーインフレとして爆発することになったわけだが、戦費の実態を考える時には、このインフレ率を考慮なければならない。

さらに、日本軍は占領地域に国策金融機関を設立し、現地通貨や軍票(一種の約束手形)などを乱発して無謀な戦費調達を行った。これによって各地域の経済は破壊され、日本国内をはるかに超えるインフレが発生したが、占領地域におけるインフレの実態は、よく分かっていない。

(中略)

これらの戦費負担については、最終的には、預金封鎖によって国民から財産を強制徴収する形で埋め合わせが行われた。税率が高い人では資産の9割が徴収されており、富裕層の多くはこれによって財産のほとんどを失うことになった。

(引用終わり)

当時の戦費、7600億円を準備期間も入れて20年で使ったとして、現在の日本の国家予算、100兆円×280倍=2京8000兆円÷20=1400兆円を毎年出費していたことになる。

もちろん、税収(現在で50兆円)など宛てにならず、日銀が1400兆円の通貨の増刷を20年続けてきたことになる。

同時の様子を伺えば、そんな好景気感などみじんもなく、国民は耐乏生活を強いられてきた。
これだけでも、通貨発行とハイパーインフレの関係は経済の専門家が言うような事ではない。

戦争直後のインフレは、物資不足のおり、何処でも起きること。
預金封鎖で、増刷した戦費の回収を計ったなどと言っているが、これは真っ赤な偽り。
預金封鎖はインフレを抑えるための施策であり、その様なもので通貨の回収を図るなど、よくも出鱈目が言えたものである。
GHQの政策で農地解放などが行われ、日本の民主化はされたものの、金持ちから戦費を回収したと言う事もない。

現在でも国民の金融資産は1300兆円くらいと言う、2京円の金が取り戻せるものか。

まあ、この記事の著者の無責任ぶりは、看過して、
膨大な戦費を日銀の通貨の増刷(政府発行の国債のほとんどを日銀が引き受けた)で賄ったことは事実であろう。

要するに、通貨発行に見合う事業が伴えば、インフレは起きないと言う事が、くしくも証明された事になる。
戦争の準備、遂行と言う事業はいただけないが。


メンテ
3大財閥を戦争直後解体した? 実は真っ赤な嘘ではないか! その実態が今ある大企業独占利益! ( No.226 )
日時: 2017/08/27 11:42
名前: イントィッション ID:l2icqIPk

それどころか、大企業は大株主の命令によって防衛相から国民の税金で三菱など1兆円以上の爆弾などをつくっている!

とんでもない悪魔の構造! 

今、やるべきことは、タックスヘイブンをすぐに閉鎖して、タックスヘイブンにかかわった業者は牢屋に入れ、ここから80%の税金を徴収する!

そして株主もだ!  遊んでいる奴らに金など渡す必要がない!!!

この株主どものために大企業の幹部が存在するから、ほとんどの現在の大企業の幹部は、小さな会社さえも経営できない脳無しかいなく、安倍のお友達や家族幹部だ!!!

だからこの株主どもの利益の80%を課税しなければいけない!!!

そうすればちゃんと世の中のお金の循環が良くなるでしょう。。。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.227 )
日時: 2017/08/28 13:15
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XyqVRFZg

イントィッション へ

>ほとんどの現在の大企業の幹部は、小さな会社さえも経営できない脳無しかいなく、

東芝が良い例ですね。

ずっと以前に甥の結婚式で来賓として来ていた東芝の課長クラスの祝辞を聞きましたが、話の内容と言うよりも、その雰囲気で、こりゃ大した人物ではなく、よくも大企業の課長とはこんなものかと思ったことがあります。
個人の能力というよりも組織の力で動いているのだなあ、と思ったことがあります。

個人の判断力など必要はないのでしょうが、幹部となるとそうは行かず、自分で判断しなければならないのでしょう。
だから、あのような事、福島原発事故で世界中が原発を見直そうとしていた現実が見えなかったのでしょうね。
目先の利得、原発の世界的大企業が買収しやすいと読んだのでしょうね。

>株主どもの利益の80%を課税しなければいけない!!!

面白い発想ですが、株式の利益では面白くない。
株式を取得した時点で10%の取得税をかけては如何なものでしょう。

日本の株式取引は、1日に15〜20万株あります。
1株当たりの取得額を平均で1000円としてみましょう。
1000×15億=1兆5000億円の金が動いています。
その10%で1500億円×250日(営業日)=37.5兆円が税収となります。
これは消費税の15%分に当たります。

まあ、こうなれば株式などに手を出す人はいなくなり、意味もなくなるでしょうが。
大体において株式発効で企業が資金を手に入れる事など止めさせればよいのです。
無理をして大企業に成長させることはありません。
潰れる企業は潰す方が、それこそ、金ではなく企業の循環が良くなり労働者にとっては良い環境となります。

企業が集約化して大きな企業になると、碌な事はしません。

これもグローバル化に歯止めをかける政策になるでしょうね。

一つ、勉強になりました。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.228 )
日時: 2017/08/28 18:25
名前: 贅六@関西弁 ID:gSx/URgU

新聞の記事には、フと目に留まった小さな記事に、興味深いものがおます。

今日の朝刊、第2面の片隅に 「ん?」と思う記事が載ってました。それは、
且って債務超過に陥った財政難の国が、次々に国債を発行しているのやそうです。

例えば、南米のアルゼンチン、ヨーロッパのギリシャ、なんかで、アルゼンチンは2001年にデフォルトをおこして、金融信用度は最低でおましたし、ギリシャもEUのお荷物で随分と嫌われてました。

この二国が最近高金利の債券を発行して、購入者を募集しているのだそうです。又、其れが案外人気やそうで…
面白い事に、此れが中々の売れ行きやそうでおます。その理由は勿論金利が高い事で、投資家は此の金利に釣られて、この国債を購入してるんやそうだす。

アルゼンチンは、6月に約3000億円分の 100年債を 表面利率 7%台の国際を発行。 ギリシャは、7月に約3900億円分の 5年債を 金利4.6%で発行。 イラクも、今月に約1100億円分の 5年半債を金利4.6%台で、発行したそうでおます。

こんな高金利の故に、これ等の国債は投資家に人気が高く、中々の売れ行きやそうです。けど、普通の市民ならチョッと手を出す事を躊躇うと思いますねんけど、投資家心理と言うもんは、常人には想像できん大胆かつ恐ろしい物でおます。

と言うても、此れは私みたいな貧乏人の考える事で、一般人でもお金持ちはまた別の考えが有るんでっしゃろね。

投資家にこないな行動を起こさせる理由は、其の他の通常国の金利の低さに有ります。 通常国と言うても、アメリカなんかは殆ど経済破綻国に近ォおますが、形態は異なりますが、日本なんかも決して財政優良国とは言えまへん。とは言え、

普通の国の、10年物の国債の利回りは、アメリカが 2%台、ドイツが 0.5%前後、日本に至っては 0.1% にも満たへん低金利でおます。

こないな現実から、裕福な投資家はこれらの高金利が大変な魅力に見えまんのやろ。

其れはそうだすなァ。ワテが仮に100億円の銀行預金を持って居る資産家やったら、その内の30億円を、ギリシャの5年物の 利率4.6%の国債に投資したら、1年当たり1億3800万円 の利益が出るんでおます。

ほんで、これが仮に、デフォルトしても、私には 生き死に の問題に成りまへん。まだ70億円の資産が残ってて、一生かかっても使い切れまへんのやからネェ。

斯う言う事で、大金持ちはさらに大金持ちに、貧乏人は益々貧乏に成ってゆくんでおます。

でも、ワテにはこれらの金利の高さ。『悪魔の囁き』 以外には聞こえまへんけどねェ。

『ア〜〜〜ァ お金が100億円欲しい〜〜ッ』

メンテ
人生の値段 ( No.229 )
日時: 2017/08/31 11:20
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:S/zrW81U

勢六さん

記事の内容には興味が湧きます。

国がやると言うことは財政資金を得たいと言う事でしょう。

しかしながら民間にそれを購入させても償還しなければならず、その様な資金の返済目途はあるのでしょうか。
日本も初めての新幹線整備にIMFかどこかから資金を借りていましたが、それは事業の成功で返済できたでしょう。

イラク、ギリシャのそれは、償還期限が短く、とてもその様な事業資金とも思えません。
何の用途で金を集めるのでしょうね。
アルゼンチンのそれは100年返済であり、事実上、通貨の増刷の様です。

それにしても、彼らは何故、その国債を自国の中央銀行に引き受けさせなかったのでしょうね。
ハンガリーやアイスランドはしていると言うのに。
いずれにしても、従来の手法で財政を維持できなくなった国が続々と現れている証でしょう。



ところで

貴方は、この期に及んで、100億円が欲しいとは、豪勢ですね。

私などは、年金+後、1000万円ほどの蓄えがあれば、幸せ一杯の余生です。

結局は私の人生は1000万円の人生であったと家内と笑っています。

メンテ
Re: 経済の話し どうせ言うなら豪勢に ! でんがな。 ( No.230 )
日時: 2017/08/29 09:39
名前: 贅六@関西弁 ID:50slKd3g

此れが仮に、10億円でも利息は1千380万円、ワテの暮らしから言うたら3年掛かっても食い尽くせまへん。

そない成ったら、グリーン車で旅行もできる。温泉もチンケナ宿やなしに、高級旅館でゆっくり出来ますがな。大分ヒョロついて来たうちの小母はんも喜びまっしゃろ。

其の他パソコンも、今の時間が掛かって立ち上がりが遅い奴から、高価な最先端の機種に替えられますやろ。 車も今の豆自動車を止めて、運転免許は返上! 気軽にタクシーで移動が出来ますわ。

第一あんた! 息子夫婦に、『親父やお袋がマトモな社会生活が出来ん様に成ったらどないしょう? 養護老人ホームもなかなか受け入れて呉れへんし、ホームへ入れるお金が無い!』 てな心配掛ける事もおまへんやろ。

みんな解決して万々歳 ! ちゅう事ですや無いか!

そやけどやっぱりあれだすなァ、此の歳に成って重病に掛かったら、「安楽死」が宜しいなァ。気の確かな内に「申請」しといて、その時が来たら実施して貰う、ちゅう奴だすがな。

日本もねェ、言葉に出さずに「死ね!」「死ね!」言う陰険な政策を取らずに、ドライに『安楽死法』を制定したら宜しいねん。

これ、実施したら、患者、家族、厚労省、の“三方一両得”でっせ!   ドナイだす? 大岡越前も顔負けでっしゃろ! 
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2018年の予算に防衛費5兆円? はぁ? 医療費などの福祉費が1000兆円に達したぁ? ( No.231 )
日時: 2017/09/09 11:08
名前: イントィッション ID:EJQjAM7s

北朝鮮のミサイルのため、防衛費が5兆円に跳ね上がり!

イスラエルやユダヤロビーが北朝鮮を支配していることは事実であるとしても、

防衛費で、つまり国民の税金で儲ける国賊企業! 軍需産業ばんざいかぁ?

そして、医療費に1000兆円? つまり薬屋や医療機関が相当の国民の税金を詐欺していることになりますね〜。。。

薬代など、あんなものが。どうしてこんなに高いの? と思えるものが多いのなんのって。。。

ところで2017年から

 ※ちなみに、2017年1月からはじまった新・医療費控除「セルフメディケーション税制」は、市販の医薬品を1万2000円以上購入すると対象になります。

   https://kakeibot.com/medical-bills/

 最近の薬屋はチェーン店が日本中に拡大し、日用品や食料品まで、特に食料品は相当安く売っているようですが、(毒だらけの食料品で病気にさせて、薬が売れる)食料品や日用品も含まれた薬代も控除の対象になるのでしょうか。。。

もしそうだとしたら、とんでもない控除ですから、薬屋に日用品や食料品を置くことを禁止する法案を出さなければいけませんね〜。。。
メンテ
医療費の話し ( No.232 )
日時: 2017/09/09 18:31
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:oWR.QT0E

イントさんが言われている健康保険の問題ですが、病院経営の実態について考えて見ました。
私が5年ほど通っている地方では結構な規模の病院の例です。
この病院は組合立で始まり公益法人の資格でやっていますが、いわゆる行政の公立病院ではありません。
規模は病床が305床
1日の患者数が400人程度です。
職員の数は次に紹介するように510人くらいです。

親切で気に入っている病院ですが、何時も通いながら、この病院はやっていけるのであろうかと考えていました。
まずは病院の規模について紹介します。

総職員数 510人

医師の数 30〜40人
検査技師(薬剤師) 30〜40人
看護士の数 240〜250人
事務職  80人
その他  100人(入院患者用厨房職員共)

これに基づいて年間の経費を出してみました。

(人件費)

医師の数 30〜40人×150=7億2000万円
検査技師(薬剤師) 30〜40人×50=2億4000万円
看護士の数 240〜250人×60=18億円
事務職  80人×60=5億7600万円
その他  100人×40=4億8000万円

(その他経費)

光熱費など      6億円
消耗品        1億2000万円
薬価代(薬品会社へ支払)  8億4000万円
入院等の食糧品     1億2000万円

(施設費)

医療機器     2億円
営繕費      5000万円
建物償却費    1億円

総計

人件費    38億1000万円
その他経費  16億8000万円
施設費    3億5000万円

支出は合計で 58億5000万円と想定されます。
これに対して収入は

外来患者  400人×300日×25000円(保険無しで計算)=30億円
(薬代込みで計算)
入院患者  270人×365日×20000円(  〃   )=19億7000万円
手術  1500件/年×40万円=6億円

(収入合計)

外来患者    30億円
入院患者    19億7000万円
手術      6億円

収入合計   55億7000万円

なんと3億円ほど足りません。
実際は民間であるとは言え地方の中核病院です、施設費などに結構な補助金が入っているものと思います。
患者の方はと言いますと、言われているようにほとんどが老人です。

私もそうですが、健康保険のおかげもあり,何とか必要な医療を受けられています。
上にも書いたように健康保険料のやりくりだけでは医療のシステムは成り立っていません。

公立病院などでも、病院だけの独立採算では経営が成り立ってはいないでしょう。
健康保険のシステムも財政的な危機に直面していますが、保険の分野だけではなく医療システム全体の維持にかなりの税金の投入が必要となっている事は確かです。
昨年は医療関係費が100兆円を超えたと言われています。

保険料の高い安い、薬価の問題を言うだけではどうにもならない現実があります。
ヨーロッパ等では医療費が無料の国もあるようです。
その様な国は、一体、どのようなシステムを取っているのでしょうね。


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Re: 経済の話し ( No.233 )
日時: 2017/10/15 15:37
名前: 「南の島 九州 達磨」 ID:FtFPmyuw メールを送信する

さすが「天橋立愚痴人間」様  偉い 凄い情報収集力

一つ「天橋立愚痴人間」様にお願いです
もちろん 「糾弾 日本の政治改革」の投稿の全員にも です

今 急に 日本で解決する最大問題は?と 聞いても 判りませんが

それは 国民の3倍も高い 給与を盗る(取る ではないぞ)「公務員」の実在
これの改善が  最大の改善の必要性が 即座に有り それが政治の目的です

財務省も 老人の介護料を 上げることは 言うが
自分も「公務員」で 「公務員」給与を下げることは絶対に 言いません

「公務員」で無く 血税泥棒「公務員」の事実


ここを 一つ 「天橋立愚痴人間」様 


人事院 税務署 その他に情報収集で
 解説 改善を お願いします
 

ただし 「天橋立愚痴人間」様 が いくら改善を提案されても
 ここ「糾弾 日本の政治改革」では

日本に広報されないので

何か? 全投稿者で いかに?  ここ「糾弾 日本の政治改革」の
意見を広報可能か?の 提案 改善を  考えて 頂けば
  いかがでしょうか?

各政党の HP にも同じ投稿を e-mailで送信とか?


最後に 「天橋立愚痴人間」様にお願い

仮に 1000兆円が 「天橋立愚痴人間」様に 手に入っても
 病気で 寝たら  金の価値は 「0」ゼロで

 金は 全く 役に 立ちません

健康と 食べ物と 空気は 絶対必要な ものです


「天橋立愚痴人間」様  社会改革を
  よろしく  お願いします

健康に  頑張って  ください ませ


「南の島 九州 達磨」
 「事実新見」 報道部
 「検事・裁判官・警察官・マスコミ・弁護士・「公務員」ヤクザ犯罪  追求委員会」


メンテ
公務員退治! ( No.234 )
日時: 2017/10/16 09:47
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:e0V36IIk

達磨さんのリクエストに応えて。

(公務員の数)      (人権費)
国家公務員  67.4万人   10兆円
準公務員   27.5万人    4兆円(行政法人など)
地方公務員  273.5万人   25兆円
国立大学などの法人化したものは除く
実は国家公務員は113万人いた(平成10年ころ)

(公務員の平均年収)

国家公務員
  全職員     663万円
  税務署職員   739万円
地方公務員
  全職員     729万円
  警察官     813万円
特別行政法人
  一般職     732万円
  お偉方   1300〜1900万円

「国税庁発表の資料」

資料は国税庁が抽出した民間企業約2万社の給与から推計したものである。

民間の給与所得者の総計は 4556万人(男性 2726万人、女性 1829万人)
その内訳は 正規雇用   3012万人
      非正規雇用  988万人

この総計4556万人は国税庁の資料であり、パート、日雇い労働者をふくめると6400万人(公務員を含む)いるとみられる。

その4556万人分の
給与総額は      185兆8508億円。
源泉徴収された所得税額 7兆2977億円

給与所得者全体の平均の給与は 408万円
これを。正規、非正規に分けると
    正規雇用の平均給与   468万円
    非正規雇用の平均給与  168万円

業種別では
   電気、ガス、水道などの供給事業  717万円
   金融保険業            610万円
   最下位 宿泊、飲食サービス業   234万円

ついでに
我が国の労働人口を6500万人とすれば、

年収 100万円以下      526万人
同 100〜200万円      1612万人
同 200〜300万円      1300万人
同 300〜500万円      1267万人
同 400〜1000万円      1059万人
同 1000〜2000万円      461万人
同 2000〜5000万円      201万人
同 5000万円以上       13万人

解るでしょう
公務員は370万人くらいで 40兆円
一般人は 4550万人で  185兆円
割が合わない!

さて、これをどうするか!
>それは 国民の3倍も高い 給与を盗る(取る ではないぞ)

と言われているが、そんなものではない。
本給だけで3倍はあり、
それに官舎、福祉施設も充実し
年金なども共済年金と言う制度で格別の歩合を取っている。
しかも企業負担分も税金からとっている。

この様な奴等を、どのように退治できるかと言えば、これが難攻不落。
霞が関城には政治屋と言う用心棒がついていて奴らを守っている。

政治屋共も選挙の時とは裏腹に、霞が関から数々の利権を与えられ公務員は御主人のようなもの。

表向きには議員歳費。秘書手当、政党助成金、政治活動費、研修費・・・
裏では御存知口利き料。
森友・加計学園問題は、氷山の一角。

政治屋は、御主人様、公務員を窘める事は出来ない、しない。
持ちつもたれつで共に税金を食っている。

普通の企業では業績が悪くなると減給、解雇があるが、
公務員、政治屋の世界では、己の金を差し引いた残りが予算である。

福祉政策や年金はカットしても己の給料は減らさない。
この場合注意しておかねばならない。
対面だけは減らしている様でも、奴らはあの手、この手で補完している。
国家公務員の数を減らしたと言っても、看板を掛け替えただけのこと。

(最後に霞が関攻城論)

@ 兵糧攻め

  税金を一切治めない。
  行政が無くても怠慢であっても1年や2年は生活できる。

A 水攻め

  水ではなく全国の自殺者は霞が関で決行する。
  年間3万人、1日100人くらいが官庁街で自害する。
  その上に、ホームレスが集まっても良い。

B 決死隊(強硬突破)

  各官庁の局長以上について毎日、刺客を送る。
  刺客は拳銃、日本刀などをもち、数人で担当した幹部連中が国民の為に動かなかったら、すぐさま暗殺する。
  ISやタリバン、アルカイーダを雇っても良い。
  1兆円くらいかかっても、そんな金の元はすぐとれる。
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財政出動 ( No.235 )
日時: 2017/10/27 11:29
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:z2TFINrE

田中角栄を想起させる安倍首相の「財政出動」
「日本列島改造論」が遺した禍根を思い出せ

参議院議員選挙が終わった直後の7月12日、安倍晋三首相は経済財政諮問会議において、「経済対策の策定について」と題した指示を出した。世界経済の低迷のリスクに備え、量的質的金融緩和だけにとどまらず、10〜20兆円ともいわれる大規模な財政出動も行おうとしている。参院選で与党が、社会保障財源として赤字国債の増発に言及した野党を批判したこともあってか、この財政出動の財源には赤字国債は用いないようだが、税財源には限りがあり、建設国債を増発して公共投資を増やすことに力点が置かれるようである。

目下の日本経済はどうか。失業率はバブル崩壊後最低水準にまで下がり、有効求人倍率はかつてないほど全国的に上がっている。完全雇用状態ともいえる状況である。大規模な金融緩和政策が講じられる中で完全雇用状態ともいえる状況。そうした中で、財政出動をすれば、どのようなことが起きるだろうか。

デジャブのように想起されるのが、田中角栄内閣の下で編成された1973年度予算である。完全雇用状態ともいえる状況で大規模な金融緩和政策を行っていた最中に、大規模な財政出動を行った。

列島改造予算が「狂乱物価」を助長


ときは石油ショック直前の1972年7月、福田赳夫を破って自民党総裁に就任した田中角栄が、「日本列島改造論」を掲げ第1次田中内閣を発足させた。1973年度当初予算では、公共事業関係費を大幅に増やし、一般会計歳出総額が対前年度当初予算比24.6%増という、1955年度以降最高の増加率となる超大型予算を編成した。くしくも、赤字国債は発行せず、国債発行は建設国債だけで賄った。1973年度予算は「列島改造予算」とも呼ばれた。

折しも、1973年の完全失業率は1.3%、有効求人倍率は1.74と統計がとれる1963年以降最高となっていた。また、この頃すでに大規模な金融緩和政策が行われており、いわゆる「過剰流動性」と呼ばれるほど、通貨が市中に大量に流通し、インフレ圧力が懸念される状況だった。インフレが恒常的だったこの時期の日本経済で、銀行貸出から設備投資に回ることが期待された通貨供給の増加は、1972年頃までには設備投資は一服し、むしろ企業の手元流動性の増加に回る局面に変わっていた。つまり、企業が設備投資よりも現金預金など最も換金性が高い金融資産の保有を増やす展開になっていた。

そうした中での「列島改造予算」という大規模な財政出動だった。

列島改造予算は、日本経済に何をもたらしたか。結論から言えば、第1次石油ショックも重なり「狂乱物価」を助長した。1972年度の消費者物価上昇率は5.7%だったが、1973年11月に第1次石油ショックが起きて原油価格が急騰した影響もあって、1973年度には15.6%、1974年度には20.9%と消費者物価上昇率が急騰した。列島改造予算は、インフレの火に油を注いだ。


田中角栄を想起させる安倍首相の「財政出動」
「日本列島改造論」が遺した禍根を思い出せ

この財政運営に対する批判は、与党自民党の中からも出てきた。しかし、田中首相は看板政策の「日本列島改造論」をなかなか撤回できなかった。結局、「日本列島改造論」を財政運営で撤回したのは、積極財政論者の愛知揆一が大蔵大臣に在職したまま急逝した直後、田中首相は内閣改造を行い、その後任として均衡財政志向で安定経済成長路線の福田赳夫を大蔵大臣に任命したときだった。田中首相が持論の「日本列島改造論」を撤回することを条件とした蔵相就任だった。福田蔵相の指揮の下編成された1974年度予算は一転して、緊縮予算となった。田中首相もこれを容認するしかなかった。それでも、高い物価上昇率を収めるにはさらに時間を要した。


目下2016年は、2012年12月に発足した第2次安倍内閣がデフレ脱却を目指す中、2013年3月から黒田東彦日本銀行総裁の下で「量的質的金融緩和」政策が講じられている。前述のように完全雇用状態になっている中で、大規模な財政出動を反映した2016年度第2次補正予算が今秋にも成立・執行されようとしている

はたして、この財政出動は功を奏するだろうか。当然ながら、田中内閣期と今日とは異なることも多い。今日では、通貨の供給を大幅に増やしてもデフレからなかなか脱却できていないし、資源価格の急騰も起きにくく、インフレ期待はなかなか醸成されない状況にある。

高率のインフレも日本経済に打撃を与える

とはいえ、今般の財政出動はデフレ脱却が主目的だから、財政出動した後でも引き続きインフレ率が低迷したままなら、それは財政出動の失敗を意味する。そうなったなら、財政政策で需要を喚起してもデフレから脱却できないと理解しなければならない。

他方、今般の財政出動でデフレ脱却ができたなら、財政出動はデフレ脱却の一翼を担うといえよう。ただし、デフレ脱却が、2%のインフレ目標に近い形で実現できて初めて、成功といえる。財政出動でインフレ圧力をかけたものの、「列島改造予算」のように、低率のインフレには終わらず、高率のインフレを助長してしまったならば、それは失敗といわざるを得ない。高率のインフレになった後なら、低率のインフレにするのは、デフレ脱却より容易だとしても、高率のインフレも別の形で日本経済に打撃を与えることには変わりない。

長きにわたりデフレが続く中で、インフレ経済の状況をなかなか想起できないかもしれないが、財政出動の意味を深掘りすれば、さまざまなリスクをあらかじめ想定しておかなければならない。

「アベノミクス」が「日本列島改造論」という前車の轍を踏まないことを願うのみである。

(引用終わり)

この文章は、慶応大学の経済学の教授のものです。
彼等経済の専門家は、後になっていろいろと批判をしますが、経済の将来に対する指針は一切出せません。
どうすれば、国民経済を潤すことが出来るかについては、ケインズの富の再配分の様なものしか解りません。

その癖に、何かあれば実経済の様相にケチをつける卑劣な集団です。
この文章も、一つ一つには真理はありますが、全体として国民を思う気持ちなど全くなく、逆に現体制、金融資本主義を擁護する観点から意見を言っております。

一見、そうかなあ!
と思う事がありますが、
彼らの視野に入ってない分に現状を抜け出す方策がある事を見逃してはいけません。

メンテ
経済専門家が如何に無能か、無責任か、無知かの話し ( No.236 )
日時: 2017/10/27 13:03
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:z2TFINrE

今回の選挙で自民党が大勝したことについて、

日銀関係者も今頃、「こんなに勝つとは思わなかった」と青ざめているに違いない。自民大敗で安倍政権が失脚すれば、行き詰まった異次元緩和策をリセットする絶好のチャンス――。密かにそう期待した日銀関係者は多かったはずだ。

 黒田日銀が異次元緩和に踏み切ってから4年半。リフレ派は「マネタリーベースを急激に増やせば、たちまちインフレが起こる」と豪語したものだが、いまだ2%の物価上昇目標は達成できていない。

 この間、マネタリーベースは130兆円台から470兆円余りまで3・5倍も膨張した。リフレ派の理屈だと、とっくにハイパーインフレに陥ってもおかしくないのに、現実の物価上昇率はゼロ近辺のまま。リフレ派の理屈は完全に破綻し、異次元緩和の失敗は歴然だ。経済評論家の斎藤満氏はこう指摘する。

「黒田日銀は本来2年をメドにした『短期決戦』に挑むつもりで、国債買い入れ額を年間50兆円から80兆円と設定したのですが、リフレ派の誤りを認めたくないために長期戦を余儀なくされています。これ以上は国債を買い続けられない、と日銀関係者も本音では自民大敗を望んでいましたが、その期待は潰れた。安倍政権続投は異次元緩和の継続強化を意味し、恐らく黒田総裁も来年春には再任される。日銀関係者は異次元緩和の出口を失って、自暴自棄になっていると思います」

(引用終わり)

これを読んで皆さんは、どのように思われますか。
金融緩和の結果、物価が上がらなかった事を失敗としてますね。

物価が上がれば庶民の生活は、どうなるか。
収入も増やさないで物価を上げる事を目的に金融緩和をするのも間違っているし、結果、物価が上がらなかった事を失敗としている日銀の姿勢は何であるのか。
自分たちの金融理論が上手く機能しなかったことだけを問題にしている。

政府が求め日銀が応じた金融緩和、つまりマネタリー・ベースを3倍にもしたのに、それが消費を刺激しなかった。
要するに、多くのマネタリー・ベースは、消費者の手に渡らず、何処かへ消えてしまった。
その手法に反省せず、結果だけを問題にしている。

この様なものが現在の金融の専門家。
経済学者の頭をかち割らなければ、国民が潤う経済の施策は出てこない。

具体的に言いましょう。

増やしたマネタリー・ベースの50兆円も
ベーシック・インカムや公共投資に充ててみよ。

たちまち、消費は活性化し、物価も上昇するであろう。

それが出来ないのだね、
ロスチャイルドに支配された中央銀行のクソ共には!
メンテ
ここで、産業構造を中心に現在の経済の大きな流れを見てみましょう。 ( No.237 )
日時: 2017/10/28 09:35
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:Euxd9phk

http://www.alter-magazine.jp/index.php?%E8%A1%B0%E9%80%80%E3%81%99%E3%82%8B%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%A8%E3%80%8C%E5%85%88%E9%80%B2%E5%9B%BD%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%80%8D%E3%81%AE%E7%B5%82%E3%82%8F%E3%82%8A

■衰退する日本と「先進国時代」の終わり           久保 孝雄

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■1979年
「私の見るところ、世界のリーダーとしての役目を果たすのに、その国の政治機
構や経済力から言って日本ほどふさわしい国はない」
  エズラ・ボーゲル(『ジャパン・アズ・ナンバーワン』)

■2012年
「20年前にG7の主要メンバーとして華々しく活動していた日本は、今やG20で
は影響力の小さな存在となり、国際社会の舞台では日本の声に耳を傾ける者はほ
とんどいなくなった」
  ロナルド・ドーア(『日本の転機』)

++++++++++++++++++++++++++++
■「衰退国」と見られている日本
++++++++++++++++++++++++++++
 マレーシア元首相のマハティールは、かつて「ルック・イースト」を掲げ、日
本を手本にする運動の先頭に立ってきたが、最近はその対象を日本から中国、韓
国に切り替え、日本を失敗の経験から学ぶべき「反面教師」の対象に変えてしま
った。昨年11月のアメリカ大統領選挙で、共和党候補のロムニーは「日本のよう
な衰退国になってはならない」と説き、李明博韓国大統領も竹島上陸(8月)後
の記者会見で「今の日本には昔のような力はない」と語っていた。

 ここ20年、日本が衰退の一途をたどっていることは明らかである。1968年いら
い42年間も維持してきた国内総生産(GDP)世界第2位、アジア第1位の座を、
2010年に中国に明け渡したが、1人当たりGDPでも80年代までの世界上位から
現在は25位(11年)に落ち、アジアでもシンガポール、香港、台湾(いずれも中
華圏)に次いで第4位に後退、5位の韓国に迫られている(PPPベース)。

 ではなぜ日本は衰退しつつあるのか。多くの論者は、日本の危機を内在的要因
に求めている。少子高齢化、人口の減少、「失われた20年」と呼ばれる経済の長
期低迷、GDPの縮小、所得水準の低下、雇用の量質両面での劣化、格差の拡
大、そして深まる財政危機等々、日本衰退を示す指標は数多くある。東日本大震
災による深刻なダメージ、とりわけ史上空前の放射線被爆をもたらした原発事故
は日本衰退を加速している。

 とくに問題なのは、こうした危機的状況が続いているにもかかわらず、高度成
長期までの国家目標を喪失したまま、バブル崩壊以降の新たな国家戦略を描けな
い政治的リーダーシップ不在と、それによる社会的閉塞状況が続いていることで
ある。国民の強い期待を担った民主党による政権交代も体制側の反撃にあってあ
っけなく変質・挫折し、国民の期待を大きく裏切った。今回の総選挙で自民党な
どの右派とくに極右派が大幅に議席を増やしたのも、強いリーダーシップへの期
待や閉塞状況の打破を望む鬱屈した世論が高まっていたことを示している。

まさに「日本の右傾化は衰退の兆候」(ジョセフ・ナイ、ハーバード大教授、彼
は著名なジャパンハンドラーの1人でもある)なのである。得票率28%(全有権
者の16%)で議席の6割を占めた自民党の「薄い勝利」(東京新聞)の持つ意味
は、決して薄くない。早くも安倍内閣による右傾化路線への「暴走」が始まりつ
つある。

++++++++++++++++++++++++++++++++
■日本衰退は世界史的地殻変動の一環
++++++++++++++++++++++++++++++++
 しかし日本の衰退は決して一国的現象でも、内在的要因だけによるものでもな
い。日本が先頭を走っているのは事実だが、実は米欧日の先進国全体が衰退しつ
つあり、日本の衰退はその一環なのである。これと並行して起こっているのが中
国を先頭とするBRICS(伯、露、印、中、南ア)など新興国の急速な台頭で
ある。

 2011年、G20の議長を務めたフランス前大統領サルコジは次のように述べてい
る。

「第2次大戦後、国際通貨基金(IMF)、世界銀行を創設したとき、米国の国
内総生産(GDP)は世界の45%を占めていた。1975年、主要7カ国(G7)首脳
会議が創立されたときに米欧だけで世界のGDPの3分の2を占めていた。90年
代以降、このバランスが激変している。中国の比率は2000年から10年間で倍以上
に増え、日本を抜き世界第2位の経済大国となった。全世界GDPの85%を占め
るG20が創設された理由もそこにある」(藤井彰夫『G20』)。

 中国の著名な理論家、胡鞍鋼(清華大国際研究センター長)も次のように述べ
ている。

「2030年の中国は・・・真の意味で世界の経済強国になり、GDPは米国の2.0
〜2.2倍になる・・・2030年の世界では・・・「南」「北」構造の大逆転が起こ
る・・・20〜30年前の「南」側3、「北」側7の「3対7」から、現在の「5対5」へ
さらに20〜30年後の「南」側7、「黄太」側3の「7対3」に至るであろう」(胡鞍
鋼『2030年、中国はこうなる』)。

(続く)
メンテ
ここで、産業構造を中心に現在の経済の大きな流れを見てみましょう。 その2 ( No.238 )
日時: 2017/10/28 09:41
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:Euxd9phk

 まさに、世界構造に世界史的地殻変動が起きているのである。第2次大戦後、
世界一の大国となって西側の盟主として世界をリードし、ソ連崩壊(91年)後は
唯一の超大国として世界に君臨してきたアメリカも例外ではない。かつてアメリ
カの「裏庭」と言われてきた中南米も、今は7割もの国々が反米・非米国家に変
わっている。ブラジルなど南米主要国の貿易相手国のトップもアメリカから中国
に移っている。

 アフガン、イラクでの「テロとの戦い」に10年の歳月と3兆ドルの国費を蕩尽
し、3万数千人の若き米兵を死傷させ、数十万人の現地の無辜の市民を殺傷し、
ついに勝てなかったアメリカは、中東・アラブ、中央アジア、西アジアで威信を
失墜し、反米感情を高めてしまった。

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■「米国衰亡の地鳴りが聞こえる」
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 「この20年、私たちは一国家として、最大の問題のいくつかと取り組むのを怠
ってきた・・・ことにこの10年間、私たちは余りに多くの時間とエネルギーを
使い一次の世代の金も使って一テロとの戦いにいそしみ、減税や超低金利のロー
ンを享受しすぎたために、蓄えがなくなってしまった。いまの私たちは、バンパ
ーもスペアタイヤもなく、ガス欠寸前になった車を走らせている(ようなもの
だ)」(トーマス・フリードマン他、『かつての超大国アメリカ』)。

「アメリカ人の今の世代は、世界史上最大の超大国の驚くべき崩壊を目撃するこ
ととなった」(ブキャナン)、「合衆国は国家としても世界大国としても衰亡し
つつある。その地鳴りには、もうため息をつき、肩をすくめるしかない」(レス
リー・ゲルプ米外交問題評議会名誉会長、パトリック・ブキャナン『超大国の自
殺』)。

 アメリカ国家情報会議(NIC、中央情報局(CIA)系列の組織)が最近発
表した「2030年の世界展望」も、20年代に中国経済が米国を追い抜くことを認め
たうえで次のように述べている。「(アメリカは)2030年においても超大国の中
で“同輩中の首席”の立場を維持するだろう。・・・だが、他国の台頭により“
米国一極体制”は終わり、1945年に始まったアメリカ優位の時代“パックス・ア
メリカーナ”は急速に終焉に向かいつつある」(Forbes.com 12.13)

 前身である欧州共同体(EC)結成いらい60余年の歴史を持つ欧州連合
(EU)も、今大きな困難に直面している。ギリシャから始まった財政危機、信
用不安がスペイン、ポルトガル、イタリアなどに広がり、経済危機へと波及しつ
つある。
スペインの失業率は25%に達している。各国で政府の緊縮政策に反対する国民の
反発から政情不安も広がっており、欧州連合(EU、28カ国加盟)は結束に亀裂
が生じ、スタートいらい20年目で最大の危機に際会している。植民地時代いらい
のアフリカへの支配力も、この地への中国の進出などによりしだいに失われつつ
ある。

++++++++++++++++++++++++++++++
■先進国の衰退はなぜ起こったのか
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 ではこうした先進国全体の衰退、地盤沈下は、なぜ起きているのだろうか。そ
れはまず第1に、第2次大戦後の植民地体制崩壊から30年を経て、途上国とくに
産油国など資源供給国のバーゲニング・パワーがオイル・ショック以降急速に強
まり、植民地時代のように先進国が途上国の資源を安価に浪費できる構造が消滅
し、とりわけ原油価格の高騰による交易条件の悪化、資本効率の低下、途上国か
らの搾取率の低下が、ボディーブローのように先進国の体力を弱めてきたからで
ある。

第2は、79年からの中国の改革・開放への転換、91年のソ連崩壊、東欧自由化
により、またグローバリズムの進展によって世界の津々浦々にまで単一世界市場
が浸透し、労働市場の国際化による低賃金市場が世界大に広がり、先進国発展の
原動力だった製造業が、安い労働力を求めて新興国に急速に流出し始め、新興国
の低コスト商品が先進国市場に浸透することとあいまって、産業、雇用の空洞化
が進んできたことである。

 アメリカの重工業は消滅し、製造業は壊滅的に弱体化した。西欧から東欧に、
日本から中国、東南アジアに大量の企業が流出している。先進国の雇用、労働条
件の「上げ止まり、下げ圧力」の一因はここにもある。中国に進出した日本企業
約3万社の現地雇用数は900万人に達するが、それだけ日本国内の雇用が失われた
ことになる。

 アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)元理事長グリーンスパンも「アメリカ
が自分の意のままに世界経済を動かすことができる時代は、もはや永遠に過ぎ去
った」と述べ、世界経済を動かす大きな力が、今やBRICSやASEAN(東
南アジア諸国連合)など新興国に移りつつあることを悟らざるを得なかったと述
懐している(グリーンスパン『波乱の時代』上下)。

 さらに、第3の要因としてローマ・クラブが『成長の限界』(1972年)で、先
進国経済は資源・エネルギー、環境などの制約から2020年ごろに成長の限界に達
するだろうと予測したように、先進国経済が長期趨勢的に低成長からゼロ成長
へ、さらに縮小、下降の段階に入り始めていることも挙げておかなければならな
いだろう。

++++++++++++++++++++++++++++
■「対米追随」が日本衰退を加速
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 こうした世界史的な地殻変動に際会して、日本の支配層はどう対応したのか。
国の存亡をかけて国家戦略再構築への必死の努力を尽くし、「脱米入亜」(対米
自立を強め、アジアとの連携を進める)への戦略転換を図るべきところ、この歴
史的課題から逃避し、対米追随という最も安易な道を選んでしまった。
メンテ
ここで、産業構造を中心に現在の経済の大きな流れを見てみましょう。 その3 ( No.239 )
日時: 2017/10/28 09:49
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:Euxd9phk

 外交、防衛のみならずエネルギー政策など国家政策の大宗までもアメリカに追
随するなど、自主独立の気概を捨てて対米従属を一層強める道を選択してしまっ
た。この路線に異を唱え対米自立を目指すものは、小沢・鳩山事件に見られるよ
うに容赦なく制裁された。霞ヶ関官僚やマスコミのなかからも「反骨の人」は排
除されてきた。

この過程には日本の「エリート」層の中枢部分の劣化、空洞化、買弁化がまざま
ざと示されている(カレル・ウォルフレンは、国家政策の基本をアメリカ任せに
してきたので、自主的に責任ある政策決定ができる「中央政府」が、日本には存
在しないと言っている(『アメリカとともに沈みゆく自由世界』)。

 このように、日本の支配層(マスメディアも含む)はアメリカの眼でものを
見、アメリカの立場でものを考えることが、もっぱら国益を護る道と考えている
ので世界認識も時代認識もともに視野狭窄に陥り、自分の眼で世界を見、自分の
頭で時代を読む力が著しく弱体化している。その典型例の1つが対中国政策に見
られる。

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■国のあり方を問う日中関係
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 日中関係については別稿(『日本の進路』13年1月号)で論じているので、詳
しくはそちらに譲ることにして、要点のみ記すと
 @米国は自らの国益、国家戦略に抵触する日本の対中国政策を厳しくチェック
してきた。今回の尖閣問題も、米国のアジア回帰戦略と不可分である。日本の国
益(中国経済との連携なしに日本経済は成り立たない)に沿った自主外交として
の対中政策を進めるには、対米自立を強めることが不可欠である。

 A米国は自らの覇権崩壊を遅らせるため、中国の台頭を抑えようと日韓豪比に
役割分担させて対中包囲策をとるが、全面対決はリスクが大きく、余力もない。
日本が米国タカ派に同調して対中包囲策の尖兵役を演じていると、梯子を外され
るだろう。米国はすでに日米関係より、米中関係重視に転換している。

 B支配層にはいまだに侵略の歴史を否定するものがいるが、負の遺産を含めて
歴史認識の共有化に努めると共に、自らの台頭によって世界を変えつつある中国
へのリアルな現状認識なしに中国と向き合うことはできない。米国は歴史認識で
は中国に近い。

 C明治いらい国民に刷り込まれてきた対中優越意識を払拭し、中国が経済はも
とより、政治、外交、軍事面でも日本より一回り大きく、強くなっていることを
率直に認め、優越意識、侮中、反中、嫌中意識を克服しつつ戦略的互恵関係を構
築していくこと。

 これらはいずれも、国のあり方を変え、国民意識の変革を求める大きな課題で
あり、相当な力仕事になる。これをクリアするには長い時間―国民の大多数が中
国の対日優位を実感するまで―と対米自立という大きな困難を伴うだろう。しか
し、これを成し遂げない限り、米中2つの超大国の狭間で平和国家として生きる
べき日本の進路を確立することはできない。中国問題一つとってみても日本は
今、歴史的な民族的試練の前に立たされている。

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■「日米同盟」の重いくびき
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 以上の日中関係からも明らかなように、日本は国家政策の基本部分で自主的な
政策決定ができていない。このことは日本衰退のグローバル要因や内在的要因に
加えて、対米従属による国家主権の制約―政治的、外交的束縛やさまざまな経済
的、社会的負担が日本衰退のもう一つの外部要因であることを示している。

 ウォルフレンは、日本が実質的にアメリカの保護国であること、アメリカも日
本を真の独立国とは見ていないこと、したがって「独立した国家が自発的に参加
して結ぶ(同盟)関係」は、日米間には成立し得ないこと、しかも「この世界史
上例のないほど奇妙な日米関係について、大半の日本人は気づいていない」こと
を指摘している(カレル・ウォルフレン、前掲書)

 対等性のない不平等の「日米同盟」を、多くの日本人は中国や北朝鮮の「脅
威」から「日本を護ってくれるものと信じている。今度の総選挙で、中国や北朝
鮮の脅威を理由に「日米同盟の一層の強化」を掲げる自民党政権を国民が選択し
たのもこれを示している。

アメリカの軍産複合体(タカ派)は「米中対決」「日中激突」など極東の「緊張
激化」を操作できる強大な力をまだ持っており、自民党はじめ支配層もこれに同
調しているので「日米同盟」の壁はまだかなり厚い(この「緊張激化」により、
米国の対アジア武器輸出の急増(ロイター、2013.1.6)が見込まれ、安倍内閣も
1機100億円のオスプレイ10機の購入方針を決めようとしている)。したがって、
この壁に挑むためには「日米同盟」が対米従属の別名に過ぎず、日本衰退を早め
る重いくびきになっていることに、多くの日本人が覚醒することが先決である。

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■「日米同盟の植民地」沖縄から「同盟」の瓦解が始まる
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 しかし、ここにきて国土の0.6%の面積に米軍基地の74%を押し付けられてい
る「日米(同盟)の植民地」沖縄から、この壁に挑む新しい動きが起きているこ
とに注目しなければならない。普天間基地の辺野古移設問題や米兵の集団婦女暴
行、オスプレイ配備強行を機に、沖縄全体に「日本への絶望が広がっている。琉
球独立を現実的選択肢として考えざるを得ない」「日本の一部で(ある限り)永
遠に基地は無くならない(ので)独立しかない」(「ゆいまーる琉球の自治」代
表松島泰勝、毎日新聞、2012.9.24)との考えが保革を超えて広がりつつあるの
だ。

 翁長那覇市長(元自民党県連幹事長)も「沖縄を日本の47分の1として認め
ないなら、日本というくびきから外して(欲しい)」「オール日本が示す基地政
策に、オール沖縄が最大公約数の部分でまとまり、対抗していく。これは自民党
政権であろうと変わりない」と述べている(朝日新聞、2012.12.24)。まさに
「『日米安保の要の沖縄』から日米同盟が崩壊していく予兆」が見え始めたので
ある(池宮紀夫、毎日新聞、2012.10.29)

 日本衰退を加速させてきた日米同盟=日米安保は、歴代政府が捨て石にしてき
た沖縄の「日本離脱」という形で瓦解が始まろうとしている。沖縄県民と連帯で
きずにきた本土国民の責任も厳しく問われており、改めて対米自立への本土国民
の覚悟が試されている。

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■終わりに
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 日本衰退のグローバル要因は南北逆転と言う世界史の趨勢の一環であり、変え
ることはできない。日本は中長期的には国際社会の中で主要国の一つから主要な
中小国の一つに移行していくだろう。国内要因については、対米自立、アジアと
の共生をめざす新たな国家戦略のもとで、適切な政策対応を図ることで状況は可
変的である。平和、福祉、環境を立国の柱にGNH(Gross National
Happiness)の高い社会を創ることは十分に可能である。

 最後に、一日も早い原発事故の収束と原発ゼロの実現が、当面する日本の最
大・最緊要の課題だが、それを実現したとしても、数万年の後の世代にまで放射
性廃棄物の管理という途方もなく重い荷物を負わせ続けることになる現世代の日
本人―原発推進の歴代自民党政権と電力会社、これを許してきた国民の責任は想
像を絶するほど重く深刻であることを確認しておきたい。     (2013.01.15)

(引用終わり)


少し古い話であるが、最近のシャープの破綻、東芝の破綻など、家電業界は中国、韓国に押されている。パナソニックも経営状態が苦しくなってきているようだ。
携帯電話など日本のメーカーは最近、ヒット商品を生み出せず他国の後塵を拝している。

日本に限らず先進国全体の様子のようであるが、そこことをもっと重視しなければならないのではなかろうか。
世界が均一化し、先進国だけが栄華を貪ることが出来なくなっているのである。
同じ様に先進国だけが抜け駆けするような方向を追い求める事は、もはや不可能。

要するにグローバル化の影響であり、市場主義経済の行き詰まりを見せていると言う事である。
先進国は、別の活路を見出さねばならないのではなかろうか。
メンテ
ベーシック・インカム ( No.240 )
日時: 2017/11/29 13:52
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:GJ/Kxq.I

希望の党が先の衆院選の公約の中でベーシック・インカムに言及しました。
民進党もベーシック・インカムを視野に入れています。

昨日の放送で、池上彰がベーシック・インカムを取り上げた。
私は、瞬間にまずいことを取り上げたものだと直感した。

ベーシック・インカムという麻薬のような言葉を容易に取り扱うものではありません。

最初にベーシック・インカムとは、何かについて話しましょう。


ベーシック・インカムとは最低限所得保証制度の1つである。

概要
ベーシック・インカムとは、basic(基本的)income(収入)つまり政府が性別、年齢に関わらず無条件で、すべての国民に生きるのに必要な最低限の金額を支給するという制度である。

>ベーシック・インカムの長所

「とりあえず死なない」
生きていく中で、最低限の生活を送る事ができる資金が配分されるので、食べるに困る事がなくなる。

「無意味な労働が減少」
言ってしまえば公共事業等は、無理矢理にでも雇用を増やしている訳であるが、直接労働者に給与する事が可能であれば、「無意味に労働」する意味もなくなり、無駄な労働の削減やワークシェアリングの普及にも繋がる。ベーシック・インカムの導入こそが昨今日本にはびこるブラック企業に対抗する最善策だという意見の論拠はここから来ている。

「社会保障制度のコスト減少」
現在の日本の社会保障は、病気、怪我、貧困など様々な状況によって細かく給付金を設定しており、それらを判断・調査するために多大なコストが必要になっているが、ベーシック・インカムによって一括して給付するならば、これらのコストをコンパクトにする事が可能である。

>ベーシック・インカムの短所・懸念

「誰も働かなくなるのでは?」
そもそもなぜ働くのか考えてみると、働かないと物資そのものがないからであって、今日の日本は十分どころか、過剰に余る状況であるのが実際のところである。つまり、労働が過剰であるということだ!

と声高に言う人もいるが、この考えは、労働の本質的な定義に近づきすぎて現代の労働を囲む状況を考慮していない、かなりの暴論である。
本制度の導入によって、その過剰供給が適当な具合に調整されるか、つまり労働しようとする人々としない人々との兼ね合いが上手く取れるのかといえば、誰も具体的に検討していないのが事実である。
すなわち、制度を維持できる程度に労働が継続されるかについては、誰も具体的な根拠とデータを示していない。

「生き甲斐がなくなるのでは?」
ベーシック・インカムは労働と競争を否定している訳でないので、「社会で働く事が生き甲斐につながる」と考える人は、働いても良いのである。

何も『働くな』というわけではない。働きたけりゃ働けばいいし、働かずになんでも出来る社会になるわけではない。贅沢したけりゃやはりそれなりの労働は必要になる。

「1日で使い果たすのでは?」
使い方は国民に委ねられているため、1日で使い果たしてしまったり、ギャンブルに注ぎ込んでしまったりと、様々な事が予測されるが、現在のギフトカードや旅行券のように、使い道が制限される資金を提供すれば解決される問題ではある。
が、それでは社会保障を維持する上でのコストを削減するというベーシック・インカムの1つの意義が失われることになるだろう。

突き放した言い方をすれば、せっかく支給されたものを使い果たしたのだから、あとは国のサポートの範囲外だともいえる。が、それではこの制度を導入した意味は無い。

「どこにその財源があるのか?」
最も問題視される点である。もちろん支給額に依るが、希望的な検討ではわずかな増税で実現可能だと言われることもあるし、どう捻出しようとしても不可能というデータもある。

例として、1億2千万人の国民にそれぞれ8万円を1ヶ月毎に支給するとしたら、1年に必要な財源は115兆2千億円。
現在の日本の歳入は、公債を除くと約35兆円程度なので、増税・税制改革なしには実現不可能であることがわかる。
逆に、ベーシック・インカムの財源を社会保障費と同程度の30兆円程度で賄うとすれば1人あたり給付額は月額2万円強となってしまう。さすがにこれでは、いくら倹約しても「食うに困らない」レベルには程遠いものとなってしまう。
もちろん国の歳出がこれで済むわけではない。公務員の人件費や公的施設の維持費などの国家の運営費、医療保険などの別の保険制度などにも財源が必要である。

(引用終わり)


池上の説明によれば、子供をふくめて老人まで一定の基準で全ての人に平均で7万円ほど支給すると言う。
子供二人の平均的家庭では月収20万円くらいになる。

現在の社会保障費は年間120兆円。その内訳は
年金      55兆円
医療費     38兆円
介護・他    19兆円
生活保護    3兆円
施設費     5兆円

その中で、ベーシック・インカムにあたる生活保護費は約3兆円、年金の55兆円は不要になると仮定すると、
62兆円は別途必要になる。
それだけではない、行政の維持費、教育、安全保障なども国家の予算だけでも年間60兆円は下らない。

合計して、115兆円+62兆円+60兆円=237兆円の税金が取れるのか。

おそらく1/3の人は殆ど働かなくなるし、残りの1/3は労働意欲が減退し、今までの様には働かない。
一部の人間が働いても、得た収入のほとんどは税金に消える。
個人だけでなく企業に於いても同じこと。

消費税!
消費税の1%は2.5兆円に当たると言う。
逆算して消費税を100%にすれば消費の総額が解る。250兆円である。

この様な馬鹿げた試算をテレビで言うべきではない。

勿論、ベーシック・インカムの行きつくところは通貨の増刷によるもの。
当然、多くの視聴者も、それを想像する。

ところでベーシック・インカム(現金のばらまき)の最大の問題は、労働意欲を無くす事にある。
単なる働かなくても生きていける問題ではない。

次に来るのは精神的退廃。
享楽がはびこり、
犯罪が増える事は120%間違いない。

今まで培ってきた人間社会の、真摯なもの、大切なものは全て価値を失う世界を想像されることである。
その様な世界こそ、地獄の世界なのである。

問題は、多くの人々は、それが解っていても、それに飛びつく。
最初の頃は限定的にやれば良い等と、少しは理解ある態度をしていても、人間というものの性は、暴走を止められない。

アダムとイブの禁断の園の寓話を実践することはない。

池上彰は、どうして、この時期にベーシック・インカムなどを取り上げたのであろう。
最悪の方法で。

勿論、政治の中でベーシック・インカムを視野に入れねばならない状況にある事は解っている。
そのやり方を検証しなければならない段階だ。

やり方など幾らでも考えられる。
基礎年金部分をベーシック・インカムで行う。
介護にかかり人件費をベーシック・インカムで補助する。
生活保護費をペーシック・インカムで補助する。
教育費をベーシック・インカムで行う。
公共事業をベーシック・インカムで行い雇用を創出する。
農林業の人権費をベーシック・インカムで補助する。

これでやれば市場主義経済の体制を維持したまま、労働意欲を損なわないままベーシック・インカむが実施できる。
総額も50〜60兆円ですませられる。

要するに健康で働くことが出来る人間は60過ぎまではベーシック・インカムの対称には出来ないと言うこと。
また、いずれにせよ、ベーシック・インカムは通貨の増刷(いわゆるヘリマネ政策)を念頭に置かねば出来ないこと。

目先の利害で、クソ政治屋共にベーシック・インカムの事など扱って欲しくはない。
ここでは省略しますが、アイスランドやハンガリーなど通貨発行権を国家に取り戻し、財政に必要な財源は通貨の増刷で行えるように法律も整えた国が実験的に取り組んでいるらしい。

(ハンガリーの事例)
https://www.kyudan.com/cgi-bin/bbskd/read.cgi?no=2375
「通貨発行権→間違った常識」スレッド

NO 5・7・12のレス参照
メンテ
原理経済学論 ( No.241 )
日時: 2017/11/29 15:37
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:GJ/Kxq.I

以下は、NO 18 のレスの再掲です

資本主義とは、経済の仕組みの一種で、資本の運動が社会のあらゆる基本原理となり、利潤や余剰価値を生む体制である。「資本制」とも言う。

社会に貨幣を投下し、投下された貨幣が社会を運動してより大きな貨幣となって回収される場合、この貨幣が「資本」とよばれる(資本を参照)。

カール・マルクスは著書『資本論』の中で「生産手段が少数の資本家に集中し、一方で自分の労働力を売るしか生活手段がない多数の労働者が存在する生産様式」として「資本主義」と定義した。
資本主義が成立するためには、商品生産と商品交換が一般化しており、自己の労働力を商品化する賃金労働者の存在が必要である。ひとくちに「資本主義」といっても時代や国によって体制には差があるが、一般的に以下のような特徴を持つものであるとされる。

&#8226; 私有財産制(民法体系による司法による財産権の法的保護、経済的自由権)
&#8226; 私企業による生産
&#8226; 労働市場を通じた雇用、労働
&#8226; 市場における競争を通じた需要、供給、取り引き価格の調整、契約の自由

但し、以上のうち、どの特徴が資本主義にとって本質的なものであるか、どの特徴が偶有的なものであるか、については必ずしも意見が一致しない。
基本原理としては生産手段を持つ資本家が、生産手段を持たない賃金労働者を使用して利潤を追求する社会システムである。

競争市場では、需要と供給が一致することにより市場価格と取引数量が決定される。以下で示す需要・供給分析は、ある財(物品)・サービスの市場に注目した分析となるため、部分均衡分析と呼ばれる。(すべての市場を同時に分析するものを一般均衡分析と呼び、対照的に扱われる。)

「需要と供給」

需要とは、財に対する購買力の裏づけのある欲望。
消費者側の「買いたい」という意欲。 価格と需要量の関係を図示したのが需要曲線で、一般に右下がりの曲線である。これは価格が上がるほど需要量が減少することによる。
これに対し、同じ価格に対応する需要量が増大して需要曲線そのものが右方に移動する(シフト)ことは、需要(需要量 ではない)の増大といわれる。
なお、国内における需要を内需(ないじゅ)、その国以外からの需要を外需(がいじゅ)と呼ぶことがある。

供給とは、財(物品)やサービスを提供しようとする経済活動。
生産者側の「売りたい」という意欲。 価格と供給量の関係を図示したのが供給曲線で、一般に右上がりの曲線である。これは価格が上がるほど供給量が増大することによる。
これに対し、同じ価格に対応する供給量が増大して供給曲線そのものが右方に移動することは、供給(供給量 ではない)の増大といわれる

均衡

需要曲線と供給曲線の交点で決まる状態を競争均衡と呼ぶ。このとき需要量と供給量は一致し、一義的に価格が定まる。この時の価格を均衡価格(または市場価格)、取引量(数量)を均衡取引量と呼ぶ。
アダムスミス以来、近代経済学と言うものは、概ね、この需要と供給の有り様を取り扱ってきたのである。


ところで、人間が生きて行く上の経済活動について検証してみよう。
その始めは自然経済です。

「自然経済」所謂、自給自足経済

交換の媒介に貨幣を用いず、現物交換に基づく古い段階の経済。現物経済。

「貨幣の登場」

等価交換が盛んに行なわれるようになると、物資の交換に伴う不便を取り除くための代替物が、交換に用いられるようになった。これを物品貨幣(自然貨幣)または原始貨幣と呼ぶ。物品貨幣は、貝殻や石などの自然貨幣、家畜や穀物などの商品貨幣とに分類される。代表的な物品貨幣にタカラガイなどの貝類(古代中国、オセアニア、アフリカ)、石類(オセアニア)、穀物(バビロニア)や布(日本)等がある。貝・羽毛・鼈甲・鯨歯など装飾品や儀礼的呪術的なものも見られるが、その背景に宗教的意義を持つ場合が少なくない。

時代が下ると、青銅や鉄、銅、あるいは金・銀などの金属が貨幣として使われるようになった。最初は地金を秤量することで貨幣として使用していたが(→秤量貨幣)、やがて計数貨幣として金属を鋳造した貨幣が現れた。現存する最古の鋳造貨幣は紀元前7世紀にリディア王国で作られたエレクトロン貨といわれている。
単純な財と財との交換は、その財が不変性を持たない限り、限界に突き当たる。端的に言えば魚も麦も腐るので、「価値を保存できない」のである。ここに不変性を象徴する「貨幣」が登場する余地があったのである。
「貨幣」による「交換」を前提にすることにより、我々は初めて「価値の保存」に成功する。保存された「価値」は、任意の段階で「交換」の現場に取り出され、その「価値」を保有する人間に「財」や「サービス」を提供する。
これが、「貨幣経済」の本質であり、市場主義の本質である。

「貨幣の独走」

個人個人がその「労働」を交換の現場である「市場」で、不変性を持つ「貨幣」に置き換えた段階で、経済の運動主体そのものとなった貨幣を、自らの企図のために使いたいという動きが出てきた時に、貨幣自体を流通させることに「価値」が生じた。

そして「利子」とは人間の世界に「時間」の概念が導入され、貨幣や交換が人間の欲望を無限に引き出し、そのことによって永遠の増殖を始めた時、誕生した貨幣経済の嫡子である。
冒頭の資本主義論は、此処からはじまる。

(まとめ)

しかしながら人間の経済活動の始原は生きるための財(衣食住)の確保であり、これをなくして生存自身が出来ないのである。

後の貨幣経済、所謂、資本主義経済の理念の下、その需要と供給の法則の間で、人々は何とか生きるための財の確保を享受する事ができてきた。

「労働市場を通じた雇用、労働」は需要を喚起した。

要するに「雇用」≒「需要」≒「供給」の関係が概ね成り立っていた。

それが生産手段の発達により

「雇用」<「需要」<「供給」の関係に、概ね変わってきた。
それも、資本主義経済学の技術的方法では取り繕くろえないレベルになってきたのである。

その上に、貨幣自体の流通(利子の追求)を目的とする経済活動が、これに拍車をかけ、生活者の存在を無視している。
そもそも、近代経済学は、貨幣経済そのものを容認するところから始まっていて、始原的な人間活動における経済の観念にかけている。

スペインなど世界各地で起きている失業者の増大の原因、アメリカの99%運動の原因は、此処にあるのであり、景気、不景気を問題とする現代経済の専門家説く話しなど、何の解決策にはならないのである。

需要と供給の原理で運営される資本主義経済の社会で、雇用の機会をなくした多くの労働者が出てきたのである。

ましてや、アベノミクスなど、聞いて呆れる話である。
メンテ
経済の歴史 1 ( No.242 )
日時: 2017/12/08 13:33
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:o9Sfcpck

経済とは辞書的に言えば、

&#13008;人間の生活に必要な財貨・サービスを生産・分配・消費する活動。また、それらを通じて形成される社会関係。
&#13009;金銭のやりくり。
という事になる。

先ず、明らかにしなければならないのは、経済とは何かである。
現在の多くの人は、経済と言う事の意味もわからずに、経済について語っている。
それが根本的な間違いなのである。

経済というのは、生きる為の活動である。
経済は、貨幣的事象ではない。
貨幣は、生きる為の活動に必要な二義的な手段である。
貨幣は、本来、一義的な手段ではない。
経済の一義的な手段は、生産、貯蔵、分配、消費、労働である。

重要な要点は、貨幣経済は数値的経済だという点である。
対象に単価を掛け合わせる事で価値を貨幣価値に統一した体制が貨幣経済である。
価値は、定量的情報に還元される。即ち価値は数値として表現される事を前提としている。

経済を構成する要素には、人の要素、物の要素、金の要素がある。
人は、人数、物は数量、金は価格によって数値化される。
貨幣価値は、人数と価格、数量と価格の積として表現できる。

経済の歴史を次の4段階に分けて考えてみよう。

>原始経済

貨幣が本格的に登場するまでの物々交換の時代。

>伝統経済(古代を含む)

貨幣の流通と共に生産や分配などの主要な経済活動が慣習や文化によって大きく規定された経済である。集落や村落などの比較的に小規模な集団の経済にしばしば見られる形態であり、生産活動が個人の家柄や集団の文化によって定められているために予測可能性が高く、継続的かつ安定的な供給が維持される。
ここでは中世までを伝統経済とする。

>市場経済

近世以降、生産力の発達とともに、商圏も広がり企業や個人が自己利益を最優先して物財を生産し、市場の仕組みによって分配する形態の経済である。規範や指令もなく、市場における消費の動向によって生産活動が規定される特徴があり、個人の自由度が高く、意思決定が分散的であり、また希少性の変化に柔軟に反応できる長所がある。ただし経済理論が保証する市場経済の効率性は、財産権、取引の自由、企業参入退出の自由、完全情報などの条件が必要であり、これらの条件が満たされない場合には市場の失敗が生じる。

>計画経済

一部に取り入れられているが、全体として実施されたのは旧共産主義国家においてのみ。
計画経済とは中央当局によってあらゆる経済活動が運営されている形態の経済である。指令経済とも言う。産業への必要物資、生産目標、生産割り当てなどが定められ、その計画に基づいて経済活動が遂行される。経済資源や労働力を計画的に運用することができるためにiii特定の産業を集中的に発展できるとされる。一方で、計画経済の下では労働者のインセンティブが欠如しやすいという欠点がある。


「原始経済」

当時の社会を原始共同体と呼ぶ。
定着経済(牧畜・農耕)以前の人間集団は基本的に血縁的団体で、この集団は狩猟・漁労などの生産チームであり、かつ消費団体でもある。労働用具(弓矢、銛(もり)、槍(やり)など)は個人的使用に適しているのでおそらく初めから個々人の所有であったが、主要な生産手段である大地や漁場は共同体が、他の団体の利用を排除するという意味で領有する。居住用建物は共同体成員全体を収容する長大なものであるか、分散式の場合は簡単なものであったから、建造物も私有の対象として取るに足らない。消費物資は個人に分配されるよりも集団によって直接消費される(共同炊事)。生産の指導者は経済的搾取をなすに至らない。狩猟・漁労であっても居住の安定性が増大するにつれて原始共同体は地縁的性格を帯びるが、牧畜・農耕の開始とともに定住性は飛躍する。農耕そのものが共同体的に行われるか、そうでなくとも水利など農業の前提に共同労働がなされる所では、古い共同体は農耕共同体に変形し、この種の共同体は必要な分業のほとんどすべてをその内部に組織しているのできわめて安定性が高く、解体は緩慢で、長く社会全体に共同体的特徴を刻印づける。政治的支配者は経済的に個々の、また全体としての共同体を指導するため、搾取はイデオロギー的に隠蔽(いんぺい)される(アジア)。牧畜的農業の行われる所では、古い共同体は土地占取の前提になっており、共同体の土地も存在するが、農業は小規模な家を単位とするため、家畜と耕地は個別家族の所有となる。このため古い共同体は解体され、経済的に自給的な自由な小土地所有農民が、軍事的防衛のために都市に結集し(ギリシア、ローマ)、あるいは相互の利害調整のために集会をもち(ゲルマン)、新しい共同体を構成する。
この時代の経済の主な法則は、獲物、収穫物の分配が問題であった。
貨幣は存在しても、単なる交換の媒体として形式的に存在していた。
メンテ
経済の歴史 2  伝統経済(古代を含む) ( No.243 )
日時: 2017/12/09 00:34
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:T.r4d7mc

伝統経済とは、

貨幣の流通と共に生産や分配などの主要な経済活動が慣習や文化によって大きく規定された経済である。集落や村落などの比較的に小規模な集団の経済にしばしば見られる形態であり、生産活動が個人の家柄や集団の文化によって定められているために予測可能性が高く、継続的かつ安定的な供給が維持される。
伝統経済の守備範囲は、エジプトなどに文明が興ってかた、中世の終わりに、商業が盛んになるまでをここでは中世までを取り上げたい。

それでも実際は文献が残っているギリシャ時代から取り上げることになる。

経済学とは何であるのか?このことを考えるために、ヨーロッパの思想的源流とされている紀元前3,4世紀ごろのギリシャにまで遡って、経済への問いの起源を探ってみたい。とはいえ、ここで登場する「経済学」は、今日の経済学とはかなり異質なものである。今日の経済学の特質を理解するために、経済学ならざる「経済学」を考察するのが、ここでの目的である。

ポリス社会アテネの衰退
古代ギリシャはいくつかのポリス(都市国家)からなっていた。 代表的なポリスがアテネとスパルタである。

古代ギリシャの中心であるアテネが最も栄えた時期は紀元前5世紀ごろであった。 そのころの人口は、自由民が20万人ぐらい、奴隷が10万人ぐらいであったと推定されている。ポリスの中心である都市と呼びうる部分は小さいが、アテネは全部で現在の佐賀県ぐらいの面積であった。 市民の多くは土地を所有していた。 労働は卑しいものと見なされ、労働にたずさわるのは奴隷と下層市民であった。 労働をしない市民は、政治や思索を行っていた。

奴隷といってもアメリカ南部の黒人奴隷とはだいぶ様相が異なる。 今日で言えば、農地や作業場で働く奉公人や女中などのイメージに近い。 政治に参加する権利や裁判に訴える権利などの市民権がないために「奴隷」と称されてきたが、大きな農園の管理を任されていた奴隷さえ存在していた。
紀元前5世紀末から4世紀にかけて(B.C.431-404)、古代ギリシャの2大ポリスであるアテネとスパルタは2大勢力に分かれてペロポネソス戦争を戦った。 この戦争でスパルタが勝利し、アテネの衰退がはじまる。
ペロポネソス戦争は表向きはアテネとスパルタとの戦争である。 スパルタはペルシャと同盟を組んで戦っており、戦争の実態はペルシャとアテネとの戦争であった。言い換えれば、ギリシャとオリエントの戦いである。そのために戦後、ギリシャ全体が衰退へと向かっていくことになる。
戦争の結果、アテネには貨幣経済が浸透し、外国人による土地の購入が許されたこともあって、 土地を失う市民が増え(→奴隷身分への転落)、市民間での貧富の格差が増大した。 また、食糧供給地である植民地を失ったことにより、食糧供給の制約が問題となった。

プラトンやアリストテレスは衰退期のアテネに登場したことになる。 彼らの課題は、アテネ社会の解体をいかに食いとめるか、というところにあった。 これが重要なポイント。

不必要な欲望

欲望の拡大とそれにともなう消費の拡大こそが、今日の資本主義社会が発展するための原動力と言ってもよいだろう。これに対してプラトンは欲望が展開されていくことを批判した。プラトンは「必要な欲望」と「不必要な欲望」とが分類できるとする。後者は抑え込むべき有害な欲望とされる。例えば、パンのような栄養摂取の観点から不可欠な食事に対する欲望は「必要な欲望」、これに対して栄養としては不必要な「調味されたおかず」に対する欲望は「不必要な欲望」としている。その区分は次のようにして行っている。

「どうしても払いのけることのできない欲望は、正当に必要な欲望と呼ばれるだろう。...若いときから訓練すれば取り除くことのできるような欲望、さらにわれわれの内にあって何一つ為にならず、場合によっては害をなすことさえあるような欲望、これら全ての欲望を不必要な欲望と言うならば、正しい呼び方である。」(下巻p.208)

貨幣の使用禁止

哲学者と軍人の階級においては、私有財産や貨幣の使用が禁止された。一種の共産主義社会と言える(奴隷は貨幣の使用が容認されている)。それは土地を失ったことによる供給制約下で、社会秩序を維持する方法であったと言えよう。供給制約(ゼロサム社会)があれば、あるものが豊かになれば、必然的に他のものが没落する。それを防止する方法がプラトンの共産社会ということになる。

「神的な金銀の所有をこの世の金銀の所有によって混ぜ汚すのは神意にもとる。なぜなら、数多くの不敬虔な罪が、多くの人々の間に流通している貨幣をめぐって為されてきたのである。...国民のうちで彼らだけは金や銀の取り扱い触れることを許されない...。彼らが自ら私有の土地や、家屋や、貨幣を所有するようになるときは、...彼ら自身も他の国民も、すでに滅びの寸前にまでひた走っているのである。」(上巻p.258)
「多くの人々から幸せだと羨ましがられることに惑わされて、財貨の山を際限なく積み上げることにより、これまた際限のない災いを抱え込むようなことはしないだろう。...財産の多寡によっていささかでも国制を乱さないように、財産を増やしたり消費したりするだろう」。

婦女子の共有と人口管理

財産の共有制は婦女子の共有までも含んでいた。今日的には異様に思われるかもしれないが、家族制度を否定的に見ていたスパルタでは、親子は引き離され、子供は社会的に育てられていた。プラトンもスパルタをモデルにしているのである。

「これら女たちのすべては、これら男たちすべての共有であり、誰か一人の女が一人の男と私的に同棲することは、いかなる者もこれをしてはならないこと。さらに、子供たちもまた共有されるべきであり、親が自分の子を知ることも、子が親を知ることも許されない。」。

婦女子の共有のねらいは人口管理にあった。供給制約のある社会では人口増大の余裕はない。そのために、一定数の人口を維持せざるをえないからである。
「最もすぐれた男たちは最もすぐれた女たちと、できるだけしばしば交わらなければならないし、最も劣った男たちと最も劣った女たちは、その逆でなければならない。」。

「守護者たちが戦争や病気やすべてそれに類することを考慮しながら、これらの人々の数を可能な限り一定に保つように、そしてわれわれの国家ができるだけ大きくも小さくもならないようにするために。」(上巻p.368)
まとめ:敗戦による農地の喪失がもたらした供給制約下での社会の維持が、プラトンの理想国家には投影されている。プラトンの思想をまとめれば、社会(=ポリス)のために個人が生きなければならず、欲望の展開など許されないことになる。

アリストテレス

アリストテレスはプラトンの共有制を批判した。
「財産はある意味では共有でなければならないが、しかし一般的に言って、それは私有でなければならない。というのは、財産への配慮が各個人の間に分けられていれば、お互いに不平を言い合わない上に、各個人は自分自身のものに身を入れているように思うので、その配慮は一層増すことになるだろう。」(p.47)

必要に応じた交換
アリストテレスにおいてもプラトン同様に、欲望の有限性(必要な消費)という発想がある。

「善き生活に必要とされる財の分量は無限ではないからである。」(p.22)
必要を満たすための財の交換は許容される。
「最初の共同体(すなわち家)において、明らかに交換の術が働く余地はない。むしろその働きは共同体がすでに一層拡大してのことである。なぜなら、前者の共同体に属する人々は何でも同じものを共同で持っていたのであるが、後者の共同体の人々はいくつかの独立な家に分かれていたので、それぞれ多くの異なったものを持っていた。そしてそれらの異なったものを必要とするところに従って、今日なお野蛮な民族の多くがやっているように、物々交換によって自分のものと交換しなければならなくなったからである。...このような交換の術は自然に反したものではない。なぜならば、それは自然的な生活の自立自足にとって足らないものを充たすためにのみ成立したからである。」(p.2

続く
メンテ
経済の歴史 3  伝統経済(古代を含む) ( No.244 )
日時: 2017/12/09 15:33
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:T.r4d7mc

「クレマティスティケ(取財術)」の禁止

クレマティスティケ(=金儲けを目的とした交換活動)は必要に応じた交換ではないから禁止される。それは人々を殖財のために生きるようにさせてしまうからである。
「貨幣が考案されると、やがて必要やむを得ない交換とは別の種類の取財術が生じてきた。すなわち、商人的なものがそれである。」(

「ある人は殖財が家政術の仕事と思われるようになる。そして貨幣からなる財産を失わぬようにしなければならないとか、無限に殖やさなければならない、と絶えず思うようになる。そしてこの気持ちの原因は善く生きることではなくて、ただ生きることに熱中するところにある。この欲望は無限であるから、それを満足させる手段をもまた無限に欲することになる。」(p.26)
普通の財に対する欲望には限度があるにしても、貨幣に対する欲望は無限のものになるとアリストテレスは考えている。したがって、貨幣を増殖させるための交換を批判することになる。

「自然にかなった取財術、自然にかなった富は別のものであり、それは家政術に属する。しかるに、商人の術は財を作る仕方によってではなく、ただ財の交換によるだけのものだからである。そしてこれは、貨幣に関係するものだと思われている。なぜならば、貨幣は交換の出発点であり、目的点でもあるからである。さらに、この種の取財術から生じる富には限りがない。」(p.25)
アリストテレスの議論に従えば、貨幣は交換の手段としてのみ容認され、利潤を得る手段としては否定されることになる。つまり、G−W−G’(資本の一般的定式)は否定されていることになる。

利子の禁止

商品を媒介せずに利子をとる貨幣の貸し付けは、最も否定されるべきものであった。 利子の禁止はキリスト教圏で長く継承されていくことになる。

「憎んで最も当然なのは高利貸しである。 なぜならば、貨幣は交換のために作られたものであるが、 利子は貨幣を一層多くするものだからである。 したがって、これはクレマティスティケのうちで実は最も自然に反したものである。」(p.29)

分配的正義と応報的正義

正義の観点から、アリストテレスの考えを整理しておく。 アリストテレスは分配的正義と応報的正義の他に、是正的正義や比例的正義等々何種類もの正義をあげており、諸正義間の関係はやや複雑である。ここでは彼の主著『ニコマコス倫理学』に即して、分配的正義と応報的正義だけを単純化して整理しておく。
各人の価値に応じて土地や穀物などの物資が分配されることを「分配的正義」とアリストテレスは呼ぶ。

「分配における正しさは何らかの[人の]値打ちに従って定められなければならない、というのは誰もが承認する原則である。」(『倫理』152頁)
ポリス社会においては人は平等の価値を持つものではない、とアリストテレスは考えている。だから分配的正義は「平等な」分配を実現するものではない。物の生産や交換に先立ってすでに決まっている各人の価値に応じた物(正確には名誉なども含まれる)の分配が問題なのである。その要点はポリスを維持するのに必要な物の分配と言えるであろう。分配的正義を現代風に説明すれば、各人の必要に応じて土地や穀物などの物資が分配されている状態ということになる。
もう一つの正義が「応報的正義」である。これは物資の交換と結びついた正義である。

「交換による人と人との結びつきにおいてはこの種の正しさ、つまり比例により、均等にはよらない応報の理が人を結びつける。」(『倫理』
アリストテレスは農夫と靴職人を取り上げて、両者の製品を交換するときに「相互間の応報が実現されるのは、双方の間に平等が実現される」場合であると説明し、次のようにも表現している。
「正しさとは何らかの意味における利得と損失の中間であり、[交換の]前と後も等しいだけのものを持つことである」(『倫理』157頁)
交換前後で等しいのものを持つということから、ここでは一種の等価交換が含意されていると理解できる。『政治学』の議論と重ねあわせるならば、次のように解釈することが可能である。

○必要に応じた交換:W−G−W(等価交換=応報的正義の実現)
×クレマティスティケの交換:G−W−G’

最後のものは、マルクスの「資本の一般的定式」と一致する。 つまり、アリストテレスは貨幣の資本への転化を防ごうとしたことになる。
不等価交換が生み出す貧富の格差の増大や市民の没落の原因を、アリストテレスはクレマティスティケに求めたことになる。それゆえポリス維持のために、クレマティスティケは否定されることになる。だが問題となるのは、応報的正義は必ずしも分配的正義を実現しないということである。このことをアリストテレスは認識しており、分配的正義が優先されるべきものと考えている。

分配的正義:ポリス維持に必要な物の分配(交換以前に決っている)
応報的正義:互いに「応報的」となる交換(等価交換)→利益が生まれない

(引用終わり)



まあ、この様な調子で、現代人が考える経済の理念とは、そうとうかけ離れている。
実際には、このような倫理、道徳規範など意識はされていなかったであろうが、逆にアリストテレスが、マルクスが言った様な貨幣の資本への転嫁を防ごうとしていたなど、現代の問題は人間の本性であり、始めから作用していたことの証明である。
利子の禁止など、興味深い施策もこうじられていた。

そうかと言って現代の様な自我丸出しの競争をしていた訳でもないであろう。
古き良き時代の経済は、その経済圏が可視的な領域であったために、きめの細かい対応策がこうじられていたのでしょう。

グローバル化した現代において、過去への復帰は求める事は出来ないが、人々は、本当はこのような経済を営んで来たことくらいは認識を新たにすべきである。

我が国においても、戦国時代の頃までは、経済圏もそんなに大きくなく、需要と供給と言う経済の大きな要素は把握できていて、自然の流れの中で消化で来ていた。

西欧の中世も経済活動は活発で経済圏も東洋にまで広がるなどしていたが、飽くまでも、それは地域に必要な物資を交換すると言った原始的な流通を引き継いでいた。
金融に関しては、金貸し業が卑しいものとされ、現代の様な金融の為の経済と言う観念は未発達であった。

総体として、ここまでは身の丈にあった経済のシステムであったと言えよう。


メンテ
経済の歴史 4  市場主義経済 ( No.245 )
日時: 2017/12/09 15:31
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:T.r4d7mc

>市場主義経済

市場経済とは、市場機能(需要と供給)を通じて需給調節と価格調節が行われる経済のことです。
説明するまでもなく、皆さんが真っただ中にいる経済のシステムですが、改めて見ることによって、矛盾の思われることが解るでしょう。
対立概念は、計画経済です。また、市場機能を重視する経済のことを、特に市場主義経済や自由主義経済と呼びます。

市場経済とは、市場機能(需要と供給)を通じて需給調節と価格調節が行われる経済のことである。
産業革命以来、飛躍的に伸びた生産力によって大量の商品が生み出されるようになった。

それまでの経済は、必要に応じた物々交換が主体であったが、意志的に商品をつくり売りさばく事によって利益を追求することが目的になった。

科学の発達も伴い、人々は思いもよらない商品を安価で手にすることが出来、物質的文明は飛躍的に展開した。
経済が経済を生み、育て人々の生活も従来の土地にしがみついた生産から解放された。

その仕組みについて、最初の市場主義経済学者、アダム・スミスは次の様に説いた。
競争市場では、需要と供給が一致することにより市場価格と取引数量が決定される。

需要曲線と供給曲線の交点で決まる価格が「安定的」であるということは、価格や数量が偶発的に均衡点を逸脱しても市場メカニズムの力学により均衡点に自動的に引き戻されるということである。このような均衡を「安定的均衡」という。
逆に「不安定」であるという場合は、均衡点を逸脱したとき、価格と数量が均衡点から離れていってしまうメカニズムが働くことであり、このような均衡を「不安定的均衡」という。

生産量を市場メカニズムに託した受給の均衡は、経済の安定にとって必要不可欠である。
アダム・スミスは、この関係を「神の見えざる手」と言う表現で現した。

(神の見えざる手)
個々人の私益追求のエネルギーが結果的に社会全体の利益増進に役立つことを示すのに,アダム・スミスは著書《国富論》第4編第2章,および《道徳感情論》第1編第4部において,〈見えざる手に導かれて〉という表現を用いた。19世紀になると〈見えざる神のみ手〉と誇張して,独占利潤を含めた無法な私益追求までも正当化しようとする傾向を生じたが,スミスの本意では,私益追求に伴う弊害が市場での主体間競争によって除去され浄化されることを大前提としているのである。

アダム・スミスが『国富論』で唱えたように、見えざる手によって個人の利潤の最大化が後押しされる。人々が自由に競争し経済活動を営むことが国の富を最大化するといった。
そうして国の富みが最大化されると、政府がやることは少なくなり、結果、「夜警国家論」を唱え、国家は「安価な政府」に徹し、軍事、司法、警察、公共事業などの限定された事業のみを行うべきと主張した。

これは現代の新自由主義経済の理論と同じであるが、実際は、人々の間の格差が広まり、国として富み、夜警国家で良いと言う様な状況にはなっていない。

自由主義の立場からの理想的な市場は自由放任主義による完全競争だが、概要冒頭で述べた前提が満たされず、市場がその本来の機能を十分発揮できずに最適な状況が達成されなくなる「市場の失敗」と呼ばれる問題も存在するため、現代の大半の国や地域ではこれらの問題を緩和または調整するために限定的ながら政府の援助が行われている。

では、市場主義経済の仕組みにどのような問題が起きたのか。
需要(消費)と供給(生産)の均衡が保てられているならば、消費に必要な通貨を生産に従事する事によって均衡が保たれる。
人間社会は産業革命以来、このようにして発展してきた。
しかしながら現代社会は、表面的な需要と供給の均衡は保たれていても、消費と生産に関わる人間の立場でみれば、消費に必要な通貨=生産で得られる通貨にはなっていないのである。

勿論、価格的には均衡が保たれていても、生産行為で人々に還元されるべき通貨は、富裕層に大量に集まっていたり、資本として蓄積されている。
これでは200年前に始まった市場主義経済の論理の前提条件が成り立たない。
行き過ぎたグローバル化によって、表面的な需要、供給の関係で始まった市場主義の終焉と言われている状況になっている。
メンテ
経済の歴史 5  市場主義経済 ( No.246 )
日時: 2017/12/09 16:00
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:T.r4d7mc

将来、この矛盾を、どうして解決するかに先立ち、市場主義経済の特徴を検証しておこう。

(特徴)

市場経済を特徴づけるものとしては、次のものをあげることができる。

私有財産制
それぞれの私的経済主体は、財産権(所有権)が認められた財産を有する。これにより、財産を効率的に利用しようとするインセンティブが与えられる。

分権化された経済主体
個人・私企業などの私的経済主体は、政府の指示を極力抑え自らの自己責任で行う。

価格システム
財・サービスの価格および取引量は、市場機能と呼ばれる需給を均衡させるしくみで決定される。

(利点)

市場経済は、何をどれだけ生産し、誰にどれだけ配分するかという経済の根本機能においては他の経済システムより優れていると考えられる。ただし、前述したように、また、「市場経済自体の欠点」で後述するように、不適切な市場参加者の排除等が前提となる。

市場経済においては必要で不足している商品は価格が上がり、利益水準が高まるため、生産が増加する。このため、経済的需要に応えやすいメカニズムになっている。また、より利益の出せる効率のいい生産体制を持つ企業がより強い資源購買力を持つため、効率的な生産を行える者へ自然と資源配分されるシステムになっている。このため、商品生産において過剰や過少が温存されることなく、効率的な経済となる。もっとも、ここでの「効率的」は、財務的に効率的なのであって、本来の意味での経済的に効率的でもあるとは限らない。

(欠点)

市場経済の考え方は、一見間違った判断をしていても、あくまで個人の自主性を尊重しようというものである。市場経済はショックに対して迅速に適応する一方で不安定さを内包している。また、不安定と並び、市場経済の問題として分配の不平等がある[17]。何が公正・平等な分配であるかは価値判断の問題であるため、市場は所得・資産を公正・平等に分配することが出来ない。
外部経済(技術的外部性)と呼ばれる市場を通じない影響が存在する取引においては、市場による資源配分は最適とはならない(例:排気ガスや工業排水などによる汚染)。その他の市場の失敗が存在する場合にも、最適な資源配分を保証しない。
効率的な資源配分が達成されるが、それが公平なものであるとは限らない。効率的であることは望ましい社会の必要条件ではあるが十分条件とは言えず、このため再分配政策が必要となる可能性がある(→パレート効率性)。

貨幣によって取引が媒介される場合が多いが、貨幣が交換だけでなく蓄蔵の機能を持っているために、市場経済に需給ギャップが発生する場合がある。
生産工程が複雑化し定価取引が普及するなど価格による需給調整が行われにくい場合は、数量による調整が行なわれ、失業や在庫が発生する。
倫理的価値を包含しない(穀物価格上昇による餓死者発生、防衛産業の肥大化等)。
野口旭、田中秀臣は「現実は理論そのものではない。現実の経済は、市場の理想的な働きを妨げる様々な要素が存在している」と指摘している。

経済学者の伊藤修は、市場経済が解決できない問題として、景観の維持、景気変動・バブルによる被害、所得分配、格差の問題を挙げている。伊藤は「市場経済を放置しておけば、貧富の差は雪だるま式に拡大する法則を持っている」と指摘している。

野口旭は「市場経済の宿命といえる問題点の一つは『所得分配の不平等性』である。市場経済では、人々の所得は、自身の労働が市場でどう評価されるかによって決まる。そのため、必ず所得の不平等が生じる。さらにこうした所得の不平等の結果として『所有の不平等』がもたらされる」と指摘している。



前のレスで書いた、次の文章の説明をします。

>しかしながら現代社会は、表面的な需要と供給の均衡は保たれていても、消費と生産に関わる人間の立場でみれば、

 消費に必要な通貨=生産で得られる通貨にはなっていないのである。

たとえばあるメーカーのテレビを取り上げましょう。

従来は、テレビの生産工場で、日本人の労働者が働き、その材料の運搬も日本の運送会社がやっていました。
関係者は、それで得た収入を消費に使うことが出来ました。

ところが、現在はテレビの生産は中国など外国でやっていて、生産の為の人権費は中国に落ちます。
日本では、その電気メーカーに働く従業員の給料としてのみ金が落ちません。

メーカの利益は内部留保であったり、新たな投資に回ります。
それも中国など海外に。

このような事が、他の産業の分野でも起きています。
これでは、ものがあっても、欲しくても買えない状況になるのではないですか。

まあ、日本の場合、貿易は対GDPで10%くらいです。
10%でも、10%分は、

>消費に必要な通貨=生産で得られる通貨にはなっていないのである。

このようになっています。

また、これは海外と日本との関係だけではなく、国内においても、都市部、地方の関係に起きています。
都市部への富の集中が起きていて、

都市部の有力な企業に努める人には富が集まりますが、生産手段を持たない地方の人々は、消費につかうお金を手に入れることが出来ないのです。

このような状況であるのに、政治、経済の専門家は、格差は景気のせいだなどとし、金融政策で片づけようとしています。
デフレの原因は、ここにあるのに、給料を値上げさせてインフレを起こすなど、全く無責任極まる政策をとっています。

それでは、ますます金の集まるところへ(富裕層)金が集まるだけの事です。



メンテ
経済の歴史 6 まとめ 計画経済 ( No.247 )
日時: 2017/12/09 22:04
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:T.r4d7mc

経済の歴史を見てきて、市場主義経済(資本主義)の時代が如何に経済の発展をもたらせたかが解ります。
それは経済の問題だけでなく、産業革命と同時に興った資本主義、民主主義の理念が相互に干渉し合い今日の発展を見たのです。

高々、200年の歴史で、人々が自動車をもちインターネットを楽しむような時代が来るとは、誰も予想できなかったでしょう。
しかしながら、その様になった現在でも、70億と言われる世界の人口の中には、その日の暮らしもできず餓死する人も沢山います。

経済的格差は、昔の王侯貴族と奴隷の様な広がりがあります。
経済の発展が必ずしも人類の救済にはなっていないのです。


経済とは辞書的に言えば、

&#13008;人間の生活に必要な財貨・サービスを生産・分配・消費する活動。また、それらを通じて形成される社会関係。
&#13009;金銭のやりくり。
という事になる。

先ず、明らかにしなければならないのは、経済とは何かである。
現在の多くの人は、経済と言う事の意味もわからずに、経済について語っている。
それが根本的な間違いなのである。

経済の歴史の初めに、

経済というのは、生きる為の活動である。
経済は、貨幣的事象ではない。
貨幣は、生きる為の活動に必要な二義的な手段である。
貨幣は、本来、一義的な手段ではない。
経済の一義的な手段は、生産、貯蔵、分配、消費、労働である。

上の様な事を語りました。
経済は万民の為の生きる活動であるはずであるが、余りにもグローバル化した結果、生きるための経済活動から取り残される人々が出てきているのです。
経済全体の数値的な発展は、疑う余地も無いのですが、万人の為の経済と言う面からは、その使命を十分に果たせているとは言えません。

ところが、現状の経済を論じる専門家、政治家などは、通貨の管理ばかり目にして、通貨の増殖(利潤を上げること)の狂奔しています。
最初に取り上げられていた基本的な命題を忘れて(無視)いるのです。
一時、それと共に歩んだ、市場主義経済の恩恵を未だに信じて、多くの人は仕方がないことと(自己責任として)甘んじて、制度そのものを疑いません。

現在の新自由主義と言われる市場主義経済の有り様は、ここまで進んできています。
そうして人間、一人一人の欲望は、とどまるところを知らず、自分だけは救われると言う気持ちで困難に立ち向かいます。
ところが、困難に立ち向かって救われる人は、そんなに多くはなく、ほとんどの人は破滅に向かいます。

もう、市場主義の理論には限界が来ているのです。
現代は、その市場主義経済の真っただ中にありますが、既にそのシステムから外され、伝統的経済にも後戻りできない多くの人は、生きる糧さえ無くしているのです。
この人たちには、経済と言う環境はありません。

それでも市場主義経済は進み続けています。
それが現代なのです。

ところで、経済のかたちに、計画経済があると言っていました。


>計画経済

計画経済とは

国が作成する長期計画に基づいて生産と消費の釣合のとれた発展を達成する目的で運営される国民経済。社会主義経済は常に計画経済であり,中央計画機関が資財,資金,労働力の配置計画を立てて,その計画に基づいて財・サービスの生産・流通・分配が,各生産主体の活動を通して実現される。

と言われています。
市場主義経済が、自然の需要供給のバランスの下で行われる事に対して、上の様に国家が介入して生産と消費の釣り合いをとると言うことです。
ですが、市場主義経済の下で起きた、消費と生産の不均衡は、物質的な面の話しではありません。
国家が介入しても、市場主義経済のそれと、大きな変化はないでしょう。

計画経済のシステムは、既に旧共産主義国で実践され、上手く機能しませんでした。
その上に、現代の様に生産技術が発達していては、国家が管理するだけで、需要、供給の関係において通貨が全員に配分できるシステムを構築することは、さらに困難となるでしょう。

しかしながら、市場主義経済の問題点を克服するために計画経済を取り入れる事は出来ます。
ずっと将来(200年くらい先)は、ほとんどを計画経済に頼らねばならない時代も来るでしょうが、人間は、それまでに出来ることがあるのです。

その一節を、以前に書いた「人類の環」のスレッドから取り上げて説明しましょう。

(人類の環より)

>現状分析

自給自足で生計を営む根源的な生き方は、現在でも大災害に見舞われた地域などでは一時的にせよ脳裏に浮かぶように、生物としての人類はこれを忘れてはならない。 幸いに我々の社会での現実は進歩した社会システムの恩恵により手厚く守られている。

経済における資本主義の考え方は物質面における生産・流通を飛躍的に発展させ、現在の豊かな社会を形成するにいたった。 その原動力は我々自身の本能に基づいた物質的欲望を各自が競って取得することを肯定し、またその環境を整備したことである。

永い間続いた封建領主のための生産から、自らのための生産に移行できた時代(後述の民主主義の思想とも相まって実現した)から約300年の間、人類はガムシャラに現代まで行き着いた。 そして、その結果をただ喜んでばかりいてよいのだろうか、現在及び将来について考えてみよう。 地球上ではまだまだここまで至っていない地域のあるのも事実だが、先進工業国と言われている国々においては共通に次のような事態が現出している。

1 生産手段の発達により、地域で消費する必要以上の物質が大量に生産され、そのはけ口を必要としている。

2 生産手段の機械化・ロボット化により、余剰労働力が大量に発生しているはずである。 ただし現在は余剰生産品を他の地域でさばくことで、かつ発展途上国を中心にそれを受け入れられる状況にあるので表面上は重大視されていない。

3 生産手段の高質化に伴い、生産は大組織及びそれに関係する組織が中心となり、健全な労働意欲を持っているだけでは生産に従事できない多数の人々を生み出している。

4 企業は自らの利益追求のため、従来の衣食住に基づく主生産品以外の多種多様の商品の開発生産をせざるを得なくなっている。 これ自体は豊かな生活のため悪いことではないが、新しい商品の氾濫がやがて引き起こすだろう人間の精神面の荒廃を予想したとき手放しで期待してよいものだろうか。

5 膨大な商品生産がもたらす、資源・エネルギーの消費は地球環境を考えなければならない段階に来てしまっている。

6 先進工業国と発展途上国の生産手段の格差は広まるばかりで、人口の多くをしめる途上国との調整の問題は今後増大する。

過ぎ去った時代の状況を思い出してください。 各家庭の子供の目には、近所の左官屋さん・米屋さん・うどん屋さん等々、身近にはたらく人々が映っておりました。 子供にとって、おとなになることはそれらの何かになることと、ごく自然に体得しておりました。 また人々は働くきっかけは自身で手軽に見つけられました。

現在はどうでしょう、安定した生活手段を得るためには、どこかの組織に入り込むことが必要です。 組織の窓口はあちこちにあるわけではありません、また、その職業の多くはサービス産業・IT産業など形態としては把握しづらいものが多くなってきている。 沢山の子供達は就労の根源的意味すら希薄にしか意識できておりません。 このような状況がだんだんと蔓延してきております。

資本主義経済の理論的長所は、人々が誰でも能力・努力に応じて報酬を得ることが出来、各自がその欲望に基づき行動することにより、より豊かな社会を現出することでした。 現在ではその原点の思想に限界があることを現しております。 今や資本主義の経済体制は組織から外れた人々・余剰の人々を除外して進もうとしております。

また大量の余剰商品をさばくための競争は、人間社会での自然で必要な需要供給の関係を逸脱して進んでいます。 巨大組織による強引な物資の押し付け、システムの押し付けは地域の正常な社会基盤の発達を歪なものとしております。 企業はそのために開発した商品を出来るだけ沢山売り込むことで、より巨大化しようと懸命です。

多量の物資への妄想が我々の社会の全能の神となっています。 現在、我々は大量の商品と情報の中で狂喜して生活しております。 迫り来る危機を見つめようとはしておりません。 野生のライオンもその狩猟に当たっては必要以上の狩はしません、北海道のヒグマは必要以上の鮭は取りません。

資本主義経済体制も科学も我々自身が作ってきたものです。 享楽に任してシステムをコントロールする事が出来なければ、それが最後まで人類に幸運をもたらすとは限らないのではないでしょうか。

>将来の経済に求めること

グローバル化を合言葉のように現在の企業はどの分野においても巨大化を目指している、目指さねばならない状況に陥っているが、それが完結したところで良い結末が待っているとは限らない。 究極の巨大化は大変な閉塞状況を導いてしまう。 大なる事が経営を解決すると言った迷信から企業は目を覚ますべきである。

むしろ各企業は適正規模がどのくらいかを策定すべきである。 また現在では各企業による生産物資の内容は全て企業の選択に任せている、一部の医薬品等を除き、生産の内容に国家が介入することはない。 一方で人々の生活は経済システムに翻弄され、就業の面でも消費の面でもまた社会施設の整備の面でもアンバランスなところが多々見られる。

これらのことの根本を考え直してみればどうか。 我が国の国土開発の状況をみても、従来は産業育成・生産性向上が中心テーマであった。 発想を転換して、人々の生活様式・環境の整備の面から企画すればどうなるのか。 豊かな社会であることが前提だが、大都会に集中する居住形式を、せめて老後を送る人々が地方の自然の中で生活できるようにする事も出来るはずです。

人々の生活のあり方そのものに関心を向ければ、多様な企画が浮かんでくるはず。 その方向を主体に考えるなら、いままでとは異なる社会整備の形態が浮かぶはずです。 IT技術の発展により、生産拠点の分散もできるはず。

生産と消費のサークルも、より身近な範囲のシステムと認識できるものが構築できるはずです。 ただ現在のように自国の企業が世界で有数なものに成長する事が一番大切に考えているようでは政策の転換はできない。 けれども国全体がまんべんなく潤うことの方が、結局より豊かな生産を喚起することに気づかねばなりません。

このように世界が、国連・各国家・地域単位で地域にあった社会の整備を目指し、地域にあった物資生産の企画を持つ事、企業による積極的な新製品の開発意欲は大切な要素ではあるが、物資生産計画を地域ごとに策定することも今後必要になると思われる。 各企業による巨大化競争は、もはや企業自身では止められない。

政治権力(民衆)が介入して、ある程度の計画経済の考えを取り入れることが、結果として企業にとっても、我々にとっても良いのではないか。 そのためには同時に社会のあり方を変えねばならない。 我々は究極の企業の巨大化・システムのグローバル化が最終的に資本主義体制の墓場となることを理解しなくてはならない。 またこの事は地球的規模で進行する必要があり、その実現には途方もない労力が必要と思われるがいかがでしょうか。

(引用終わり)


市場主義経済の現状は、
生産の工程に機械化(ロボット化)が進み、生産に従事する人間が少なくなった。
生産技術の高度化に伴い、大きな資本を持つものより生産が出来なくなった。
流通の発達は、生産地と消費地を随分と遠くすることを可能にし、生活の為の通貨の流通圏が成立しなくなった。
これが国内だけの問題であれば、生産地へ移住して仕事にありつく事もできた。

それに対して我が国でも

地方再生運動、
付加価値を高めた商品の開発
等を通して仕事の確保の努力をしてきた。
また東南アジアでは文化的に露店商が多く、地方の経済圏を守る結果となっている。

要するに、今、必要とされているのは、身近な経済圏を確立し、その中で必要な通貨を流通させることである。
伝統的経済の下では、ほとんどが、このような環境であった。
これを身の丈に合った経済環境と言いたい。

しかしながら、全てをこのように後戻りさせるのが良いことではない。
必要最小限において、身の丈に合った経済圏を確立させる努力が必要となると言うことである。

身の丈にあった経済圏と言っても、その中で行われる経済行為は飽くまでも市場主義の理念の通り、需要と供給から価格が決められると言う原則は守るべきである。

その他、次の施策も計画経済でなければ出来ないことと思う。

公共事業を増やし雇用の機会を増やす。
基礎年金や介護事業の人権費を公費で賄い消費を促進させる。



(おしまい)


メンテ
経済のおさらい 1 ( No.248 )
日時: 2017/12/10 16:34
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:re6qSOeU

このスレッドを始めて随分と経ちます。
始めの頃は経済学、そのものについて話していました。
その頃を思い出すために、過去の記事をまとめてみます。

個人的な問題ではなく国家の単位でみた経済とは具体的にどのように把握すれば良いかと言うことです。

最初に国家としての経済の総体、総生産について説明しましょう。

【総生産:】

産業分類によって農林水産、鉱業、製造業・・・サービス業が生み出した付加価値合計です。それぞれの分野における仕入分は差引かれて、差額だけを累積したものがGDPです。
総生産には、政府サービス生産も加算されます。警察、学校、国立病院とか・・・

【(A)分配面からの所得=】

雇用者所得(消費+貯蓄+税)
企業所得(消費+貯蓄(企業の場合は内部留保・営業余剰+税)

(註1)この税は=政府所得になります。
(註2)固定資本減耗=所謂減価償却費は、企業内部留保とみなし、営業余剰に含ませて、項目省略によってすっきりさせます。 

【(B)所得の支出=次のように分解されます。】

民間最終消費
企業最終消費
政府最終消費
総固定資本形成(民間投資+政府投資(所謂公共事業費)
在庫品

(A)=(B)ですから、両辺から消費を相殺しますと、
(S)貯蓄+税=(I)民間投資+政府公共事業となります。

この(I)投資=(S)貯蓄が、ハロッド・ドーマー定理のミソで、これをISバランス
と言います。S>Iの場合はまだ投資出来る、S<Iの場合は、投資不足で国内での
財源が不足を意味し、海外からの投資を要請するケースとなります。

我が国現状ではまだ(S)>(I)の状況にあり、投資の余裕はありますが、これが財政赤字に消費され投資国債になっていない。

しかしながら、ここに一つの問題があります。

収入のない失業者、または支援なくして生活できない人間も、生活の為の消費は必要です。
そのために生活保護などの支援がなされていますが、その財源は税であり、Aに入っている所得(税)Bの政府最終消費において支給されます。
という事は、この分の金額は別途Aに加えなくてはなりません。
Bの中の政府最終消費に入れて帳尻をあわさねばならないのですが、収入である税、そのものは増えません。
という事は、政府最終消費を実質下げるか、その財源を別途都合してAにいれるかである。
現在のところ、その比率は小さいものの、将来はGDPが同じでも実質経済は縮小することになる。
少なくとも
(A)=(B)の方程式は実体経済の把握には瑕疵があるという事です。
それなのに、こんな数式をバイブルのように取り扱っている現状の経済専門家に疑問を呈します。

上の数値について、毎年政府は発表しているようですが、探すのが大変で省略します。

>雇用者所得(消費+貯蓄+税)
>企業所得(消費+貯蓄(企業の場合は内部留保・営業余剰+税)

これは税金の関係で比較的的確にわかりますが、

>民間最終消費
>企業最終消費
>政府最終消費
>総固定資本形成(民間投資+政府投資(所謂公共事業費)
>在庫品

これなどは消費税の面から追えるものは良いですが、他の物はどこまで正確に捉えているか解りません。
いずれにしても、この数式の根源は、会計学上野損益計算書にちかいものと考えられます。
損益計算書とは、一定期間の収益と費用を明らかにし、企業の経営成績を報告するものです。
おなじ会計学上の考え方には貸借対照表があります。

貸借対照表は一定時点における企業の資産、負債及び資本の状態(財政状態)を示ものです。
ところで、一般企業の経営の場合でも、これらの数値のバランスを欠くようになると、特に負債部分が膨らむと、増資と言う手段でバランスを取ります。
国家としての、このような経済指数においても、通貨の増刷と言う手段を取る事によって、当面の数値のバランスは変えられるはずです。
実際には国債発行と言う手段で世界中、どこの国でもやっているのですが(財政おパイを大きくしている)、論理的にはタブーとされています。

この後で出てくる、通貨管理政策も、大きくは、この法則の中で運用されています。
勿論、基本的な考えは守るとしても、どこまで、この法則を守るべきかについては問題があるのではないかと思います。

この後で紹介する、国の貸借対照表を見ても、負債として通貨の増刷をしても、その運用によって資材が構成出来ればバランス(数値上)は問題はないはずですが、何故かタブーとなっています。
勿論、それには理由があります。
その理由の検討も条件次第では問題が無いことにもなるでしょう。
通貨管理政策を語るにおいて、常のこの問題を(既成の規制が本当に妥当であるか否か)頭において考えて行きたいと思います。
メンテ
経済のおさらい 2  我が国の貸借対照表 ( No.249 )
日時: 2017/12/10 16:47
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:re6qSOeU

国民総資産と言うのは、一国の,ある限定された一時点における保有財産。
この数値を出す意味は、企業会計における貸借対照表の作成と同じ意味を持ちます。
平成22年度の国民総資産は8500兆円と言われています。

この内訳を見てみましょう。

<資産の部(国民総資産)>
(非金融資産の内の生産資産)
在庫                 69.0
住宅                 350
住宅以外の固定資産         1129
無形固定資産             29
(非金融資産の内の有形非生産資産)
土地           1205
土地以外の有形非生産資産   2
(金融資産)
株式以外の金融資産    5302
株式            413

合計       8500兆円

<負債の部>
(負債)
その他の負債            490
保険・年金準備金          419
金融派生商品             63
株式・出資金      610
株式以外の金融商品    1267
借入れ金      1295

現金・預金      1330
正味資産      3036

 合計     8500兆円

まあ、このような数値はどこまで信頼できるか解りませんし、出す必要があるかも解りません。





ついでにGDP

H23年度の数値、GDP473兆円です。

参考までに全産業別GDP:H23年度(単位は10億円)、カッコ内は主たるもの。

〇農林水産業: 5,449(内農業・4,602/林業・159/水産業・688)  
〇鉱業:298 (殆ど輸入の為)
〇製造業:87,086 (内食料品13,428/輸送用機械(自動車など)11,975/一般機械、電気機械・21,641/鉄鋼、非鉄金属12,163/化学、          石油製品12,160)
〇建設業:26,448
〇電気ガス水道業:8,609
〇卸、小売業:66,922
〇金融保険業:22,854
〇不動産業:56,727(内不動産賃貸49,620)
〇運輸業:22,779
〇情通信業:25,551
〇サービス業:90,993・・・・・中間合計413,716

〇政府サービス生産:59,566
(何のことかと言いますと、警察とか学校への政府支出のことで、 パトカー代や学校修理、教科書代などは、上記製造業生産に算入されておりますので、これを中間投入として差引し、でも政府業務行為は一種のサービスを生産していると言う訳で、産業生産と同列に算入(笑)。防衛費も算入されておりますが、武器などは軍事産業製造業に含まず、あたかも政府が生産したような形を取っているとして、GDPに算入。要するに政府サービスとは、公務員人件費が主たるものと思えば良いのです。)

【生産活動面からのGDP総計: 473,282】・・・この分野での就業者数・6,433万人。

PS:林業、鉱物の付加価値は、市場価格から光熱費や、伐採用機器などの中間投入額を差し引いた額が、付加価値額とされております。鉱物などは殆どが輸入ですから、GNP計算において、経常収支の輸出―輸入の、その輸入の額に含まれますから、輸入代全額が第一次付加価値として参入されているようです。



最後になりましたが、GDPと言っても、実はなかなか概要がつかめません。

GDPとは、一定期間内に国内で産み出された付加価値の総額のことっとなっていますが、これが解りません。

原則として国内総生産には市場で取引された財やサービスの生産のみが計上される。市場で取引されない活動は、GDPには含まれない。このため、家事労働やボランティア活動などは国内総生産には計上されない。この点は、国民総生産でも同じである。こうした取り扱いの例外として、持ち家の家賃など帰属計算が行われるものがある(国民経済計算の帰属家賃の説明を参照)。また、今期新たに生産されたのでない財(例:古美術品)の取引、最終財の原材料となる中間財の取引は算入されない。地下経済なども計上されないことが一般的であったが、2014年以降、EU圏内では麻薬取引や売春サービスも計上し始めている。

これでも解らないでしょう。

民需:消費と投資
消費=生活者が行った支出
投資=企業が行った支出
政府支出:政府が使うお金
貿易収支:「輸出額-輸入額」

メンテ
経済学のおさらい 3  通過管理 ( No.250 )
日時: 2017/12/11 14:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:RufVXKqE

次に、国家と経済の関係について、国家がどの様に経済問題と取り組んでいるかと言うことについて、
卑近な例として、アベノミクスについて説明しましょう。
アベノミクスは、下記の3つを基本方針としており、安倍首相はそれを「三本の矢」と表現している。

A 大胆な金融政策
B 機動的な財政政策
C 民間投資を喚起する成長戦略

大胆な金融政策とは
公定金利を引き下げて、金が市中に出回りやすいようにすること。
具体的には、貸出金利を下げることによって企業の投資を促す事により経済効果を上げようとするもの。
住宅ローンのその一つで、我々にも関係がある。

機動的な財政政策
国家戦略特区などを指定して、強引に経済を拡大させようとする試み。
公共事業なども、出来るだけ増やし経済効果をあげる。

民間投資を喚起する成長戦略
新らしいエネルギー開発、ベンチャー企業の発掘などに対して補助金を出すなどして新規事業を増やそうとする試み。
限られた税金による補助金で最大の経済効果を狙ったもので、これも金の問題。

一方でTPP参加など、貿易の範囲を拡大し経済の量的発展を求める政策。

これらが政府が行っている経済への取り組みである。
ところが、機動的な財政政策以外は、民間の金の流れを促進させる以外に実施できない。
結局は通貨の問題となる。
そこで通貨管理をする日銀当局との連携が必要になる。

その日銀(中央銀行)の姿勢について取り上げよう。

管理通貨制度

管理通貨制度とは、通貨の発行量を通貨当局が調節することで、物価の安定、経済成長、雇用の改善、国際収支の安定などを図る制度。本位制度に対していう。

金を貨幣価値の裏付けとする金本位制においては、銀行券発行量は正貨準備高に拘束されるのに対し、管理通貨制度では行政府の通貨政策次第であり、貨幣の価値は政府または中央銀行の政策によって裏付けされるためその価値は不安定となりやすい。よって通貨当局は金融政策により貨幣価値の安定化を図ることを重視する。銀行学派の考え方によれば、中央銀行はプライマリバンク(中央銀行と直接取引の口座を開設している市中銀行)の担保の差出の対等物として通貨を発行するのが原則であり、この場合通貨の価値は市中の信用力に依存している。

管理通貨制度では、発行量が本位の備蓄量に拘束されることがないので、景気や物価調整のために柔軟な通貨量調整をすることができるメリットがある。一方で通貨当局と行政府の関係(独立性と協調性)がつねに問われ、通貨当局が行政府の影響下にある場合、景気対策のための恒常的な金融緩和がインフレを招く場合がある。また独立性が極端に保護されている場合、通貨当局の失策が国家に破滅的な混乱をもたらす場合がある。

次には、実際の通貨の流れ(通貨管理の実態)を見てみましょう。

マネタリーベース(ベースマネー)とマネーストック(マネーサプライ)について

マネタリーベースは、マネーストック(世の中に出回っているお金の総額)の基となる通貨という意味で、ベースマネーとも呼んでいます。また、この通貨が大きな預金通貨を生み出す強い力を持っているという意味で、ハイパワードマネー(強権貨幣)と呼ぶ場合もあります。
マネタリーベースは、現金通貨(日銀券、補助貨幣)と、民間金融機関の法定準備預金(日銀当座預金)を合計して求めます。

マネーストックは、これまでマネーサプライ(通貨供給量、貨幣供給量)として統計が公表されてきました。
(M1) 
現金通貨と預金通貨を合計し、そこから調査対象金融機関保有の小切手・手形を差し引いたもの。対象金融機関は日本銀行(代理店預け金等)、国内銀行(ゆうちょ銀行を含む)、外国銀行在日支店、信金中央金庫、信用金庫、農林中央金庫、商工組合中央金庫、その他金融機関(全国信用協同組合連合会、信用組合、労働金庫連合会、労働金庫、信用農業協同組合連合会、農業協同組合、信用漁業協同組合連合会、漁業協同組合)。※現金通貨 = 銀行券発行高 + 貨幣流通高※預金通貨 = 要求払預金(当座、普通、貯蓄、通知、別段、納税準備) - 調査対象金融機関の保有小切手・手形

(M2)
現金通貨と国内銀行等に預けられた預金を合計したもの。対象金融機関は日本銀行、ゆうちょ銀行以外の国内銀行、外国銀行在日支店、信金中央金庫、信用金庫、農林中央金庫、商工組合中央金庫。
(M3)
M1 + 準通貨 + CD(譲渡性預金)。対象金融機関はM1と同じ。

※ これらのうち日銀はM3を最も代表的な統計と見なしている。

具体的に表すと次の様になります。

平成26年度のベースマネーは 209兆円
平成26年度のマネーストックは 863兆円
実際に市中で流通している日銀券は 98兆円

通貨の価値を維持しながら、どれくらいの通貨の発行が適正かと言えば、何かの数値を基準に、それを決められる様なデータなどありません。
結局は通貨当局(日銀)が気にかけているのはインフレを起こさない事に尽きると思います。
なを、ここに言う通貨とは直接は法定通貨の事ですが、実際には信用通貨と言うものがあり、経済における流通通貨の総額は、日銀が関与できるものを相当上回っているのが現状です。

尚、管理通貨制度を統括する日銀の通貨の流れに対する指標として、日銀の貸借対照表がある(平成23年度)

(資産の部)に
金地金       0.4兆円
現金        0.3兆円
国債        87兆円
貸し出し金     
などがある
         合計 139兆円
(負債の部)には
日銀券          約81兆円
預金(これが市中銀行から入ってくる当座預金) 約 36兆円
政府預かり金
などがある。
            合計 136兆円

これで言うと市中に出回っている日銀券は81兆円分。
だが実際に動いている金は、準備率を10%にすると、36兆円×100前後=3600兆円前後が活動している事になる。
所謂、信用創造による通貨の範囲を3600兆円の何処までとするか、これも詳しく検証する必要があります。まあ概ね信用創造の結果と言えるのではないでしょうか。

日銀券が負債と言うのは、民間企業である日銀の会計上の分類にすきなく、負債と言う一般的な概念と同じように受け取るものではないと思います。

結局のところ、最初に言った国民総生産での次の方程式と通貨管理の関係は、そんなにないものと思います。
形式的には関連つけられても、実際には経済に影響を及ぼす要素とはならないでしょう。


【(A)分配面からの所得=】

雇用者所得(消費+貯蓄+税)
企業所得(消費+貯蓄(企業の場合は内部留保・営業余剰+税)

(註1)この税は=政府所得になります。
(註2)固定資本減耗=所謂減価償却費は、企業内部留保とみなし、営業余剰に含ませて、項目省略によってすっきりさせます。 

【(B)所得の支出=次のように分解されます。】

民間最終消費
企業最終消費
政府最終消費
総固定資本形成(民間投資+政府投資(所謂公共事業費)
在庫品

(A)=(B)ですから、両辺から消費を相殺しますと、
(S)貯蓄+税=(I)民間投資+政府公共事業となります。

この(I)投資=(S)貯蓄が、ハロッド・ドーマー定理のミソで、これをISバランス
と言います。S>Iの場合はまだ投資出来る、S<Iの場合は、投資不足で国内での
財源が不足を意味し、海外からの投資を要請するケースとなります。
メンテ
経済のおさらい 4  通貨管理の理論 ( No.251 )
日時: 2017/12/11 19:12
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:RufVXKqE

ここまでは経済の理論の中でも大元の問題でした。
具体的には通貨管理の理論によって経済の施策が取られていました。
その流れを検証したいと思いますが、これからは、少しの間、専門的になるので興味のない方は、読み飛ばしていただけばと思います。

結局は、どの理論も実態の経済の流れを把握したものではなく、数値的に経済を追認して来ただけです。
経済、そのものの使命、人々の生きる道筋を保証すると言った観念が欠如しているのです。
現代の問題、市場主義の限界と言う課題は、まさにここにあります。
ですが、これに対抗しようと言う萌芽もなくはありません。
この事は最終的に新しい経済の仕組みで考えてみたいと思います。


(通貨管理理論の流れ)

貨幣量の増減は物価にだけ影響を与え、生産活動や雇用の増減などには影響を与えないとする説。古典派経済学の中心的な命題のひとつであり、中立説によれば、貨幣は社会的な分業や効率性をもたらす以上の役割はない。経済活動の本質は物々交換であり貨幣はその仲介を行っているにすぎず、貨幣量の増減は貨幣錯覚による混乱をもたらすが国富・国民経済の観点では中立的であり、国富の増大には貨幣量の拡大ではなく生産・供給能力の増強によるべきとした。

数量説は貨幣の中立性を前提にしており、物価の乱高下は流通貨幣量の管理によって押さえ込むことができるとする。管理通貨制度が定着する以前は、社会に存在する貨幣の総量は誰にも計測できず、金塊が採掘されるなり、難破などの事故により貴金属が喪失するといった確率現象や、貯蓄のために金塊を退蔵するといった個々人の経済行動は、物価に対して深刻な影響を与える要素であった。

貨幣中立説は、歴史的には大航海時代以後にスペインなどが重金主義を採用したことによる反動ともいえる。後の絶対王政以後のフランスでは重商主義が唱えられ、貿易黒字による差額があれば、金銀は自然と自国に蓄積されるという考え方であった[4]。

フリードリヒ・ハイエクは、貨幣は相対価格を動かすことによって生産量に影響を及ぼすと考え、貨幣中立説を否定している[5][6]。

長期的には貨幣の中立性は成立し、金融政策は実体経済に影響を与えず、ただ名目変数を動かすだけであるという点では、新古典派経済学、マネタリスト、ニュー・ケインジアンの見解は一致している[7]。ただし、短期的には実体経済に影響を及ぼすかどうか、急激な経済の変動に対して金融政策は有効かどうかという点では、新古典派とケインジアンは対立している。

>フィッシャーの交換方程式

現実の統計値から貨幣量と物価の相関関係を分析するためのツールとして、アーヴィング・フィッシャーの交換方程式がある。これは貨幣量と物価の関係を、貨幣の流通速度あるいは取引水準といった概念を導入することで記述するもので、貨幣数量説の代表的なアイデアである。
M\cdot V = P\cdot Q
ここで
M はある期間中の任意の時点tにおける流通貨幣(通貨)の総量
V は貨幣の"流通速度"(特定期間内に人々のあいだで受け渡しされる回数:貨幣の回転率のようなもの)売買契約の約定回数
P はある期間中の任意の時点tにおける物価水準(通常は基準年度を1としたデフレータ)
Q は"取引量" (特定期間内に人々のあいだで行われる取引量(quantity)の合計)
である。

交換方程式は逐一個別の取引(単価p の商品をq 個だけ取引するため、貨幣m を1回支払う)をマクロ経済全体で合計(牌 = 1 → V )したものとされる。これは数学上非常に明晰な記述であるが、現実にはマクロ経済全体における流通速度V (= P Q /M )や取引量Q といった経済統計としては非常に観測・推計しにくい概念を導入しなければならない困難がある。

>現金残高方程式(ケンブリッジ方程式)とマーシャルのk

アーヴィング・フィッシャーとほぼ同時代のイギリスの経済学者アルフレッド・マーシャルも、独自に貨幣量と経済水準の相関関係に着目していた。1871年頃には着想を得ていたとされ、1923年に文章化、完全な定式化は弟子のアーサー・セシル・ピグーによって公刊された。貨幣数量説を批判的にとらえる論拠とされるアイデアである。
M = k\cdot P\cdot Y
ここで
M はある期間中の任意の時点t における現金残高(=ストック)
k は比例定数で、マーシャルのkと呼ばれる
P はある期間中の任意の時点t における物価水準(通常は基準年度を1としたデフレータ)
Y は実質GDP
である。

P Y は名目GDPであり、ケンブリッジ方程式の要諦は「現金として保有される残高は名目GDPに比例している」というものである。人はある年間所得(P Y)の水準に比例する程度に、つねに手元に投資や貸付、消費に回してしまわない資金量を一定(M )確保していることが予測できる。その割合比率(k )は貨幣選好であるが、マクロ経済全体で合計した場合にも同様の傾向があるはずである。そこで経済全体をおしなべた結果としての貨幣選好をk とすれば前述の方程式で記述される。なお、このマーシャルのkの逆数(P Y /M )は、貨幣の所得 流通速度と呼ばれる。フィッシャーの交換方程式とは異なり、特定時点での現金残高Mや、期中での名目GDP(名目総生産=名目総所得)は直接の統計や推計により比較的容易に計測することができる。また、k やP が変化しないという仮定の下では、M を増加させることでY を増加させることができるという関係を表している。

フィッシャーの交換方程式は明瞭で、一見するとMとPに極めて強い相関関係が予想される。しかしその根拠としてVとQが硬直的であることが前提となる。VやQが柔軟に動くものであれば、実際Mが増減してそれがPの変動をもたらしたとしても、なぜそうなるのかはフィッシャーの交換方程式では説明されていない。MV=PQは恒等式であり常に成立するが、あるMの水準に対してVやQがなぜか相応な値をとって、結果Pが相応な水準になっている、としか言えない。

新古典派経済学の考え方によると、労働供給が飽和する水準で実質GDPは均衡するので((セイの法則))、実質GDPは貨幣量や物価とは関係なく決定される。そこで貨幣量Mが一意的に物価水準Pを決めることになり、物価を安定させるには貨幣量Mの水準にのみ関心を払えばよい。フィッシャーのMが増加すればPも増加するという説明は、昔からある貨幣の中立性を数学的に洗練して叙述したものである。

ミルトン・フリードマンに代表されるマネタリストは、Q/Vの構造に長期的な安定傾向を見いだし、短期的には貨幣の中立性が満たされないことはあるが、長期的には満たされるとする。このため貨幣量が増加すると一時的に実質GDPまで拡大することはありうるが、長期的には実質GDPは完全雇用できまる水準に低下し、物価Pの上昇をもたらすだけだと考える。Q/Vは一回あたりの発注ロット数の平均値をあらわすが、フリードマンは経済の期待成長力や期待収益率の多寡によって、1回あたりの受発注量が増減することは短期的に観察できる事実であるが、長期の統計においては安定した関係にあると実証した(この功績でノーベル賞を受賞)。

交換方程式は取引経済の実態そのものの数式化であり、かならず両辺が一致する。限定された期中における交換のみに着目した恒等式には、来期以降の不確実性に対する予測やそれに対する準備という概念を一見必要としない明瞭さがある。一方でケンブリッジ方程式は貨幣選好kにもとづいて現金残高は特定の水準PYに対しても変動する。マーシャルのkは経済全体がどの程度の含み資産をもっているか、経済成長力(自然利子率)がどの程度か、投資収益率(名目利子率)がどの程度か、などといった状況にも左右されるかもしれない。

フィッシャーの交換方程式と、マーシャルのケンブリッジ方程式は、本来まったく別のアプローチから通貨量と物価の関わりを記述したものである。流通速度(PQ/M)の逆数が貨幣選好であると読み換えることの根拠はない。しかしQとは相殺取引等を前提とせず、不動産や債券など金融資産の売買を考慮せず、中間生産物の売買を除去すれば国富・国民経済計算の観点からは実質的な価値(実質GDP=Y)そのものであり、また統計的にはMやPは共通した統計量であり、二つの方程式を統合した分析は信用サイクルの分析などに重要な示唆をあたえている。

現実にはマーシャルの現金残高方程式の過程、すなわち貨幣量(流動性)が増減することで実体経済Yが深く影響を受ける効果があることは無視できない。

>有効需要

詳細は「有効需要」を参照

貨幣量の増加は、実質金利の低下へつながる。この結果、設備投資の増加へつながり乗数効果で有効需要が増加する。有効需要の増大は生産の増大、あるいは物価の上昇へ結びつく。

>貨幣錯覚

「貨幣錯覚」も参照

流通貨幣量の増減は、事前に約束され容易に変更されることのない数値である金利や賃金、社会保障、税、および資産価格などに対する評価の修正を通じて経済活動全般に影響を与える。
メンテ
経済のおさらい 5  通貨管理の理論 ( No.252 )
日時: 2017/12/11 19:18
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:RufVXKqE

>ケインズによる解釈

一般化された記述[編集]
e = e_d(1 - e_e\cdot e_0 (1- e_w))
ここで
e は貨幣量の変化に対する物価の弾力性
ed は貨幣量の変化に対する(貨幣で測られた)有効需要の弾力性
ee は(賃金単位で測られた)有効需要の変化に対する雇用の弾力性
e0 は雇用の変化に対する産出量の弾力性
ew は(貨幣で測られた)有効需要の変化に対する賃金単位の弾力性
である。

ケインズによれば、貨幣数量説では、ed = 1であるとともに、失業の存在するときはew = 0、ee e0 = 1よりe = 0となって物価が不変となり、完全雇用に到達するなり、ew = 1、ee e0 = 0よりe = 1となって物価は貨幣量に正比例して変化すると主張されているとする。

これに対してケインズは、流動性選好・資本の限界効率・消費性向の諸制約によってed = 1とは限らず、ew は完全雇用の到達以前に貨幣賃金率などの上昇が見られるため0と1の間の値を示し、ee e0 は収穫法則の制約によって1と0との間の値を示すことから、e は通例1より小であると一般化することができると考え、これを貨幣数量説の一般化された記述と呼んだ。

(引用終わり)

このようにケインズで初めて雇用の要素を取り上げています。
他の人間は、通貨のバランスのことより頭にありません。
特に最近の雇用情勢の悪化はグローバル化と生産手段の発達にあるのですが、それを考えようとはしません。
要するに、彼らは現状分析をしているだけです、それも後手に回って。
現状の経済学と言うものが、何の為に存在しているのか。

経済(金融)のための経済学(金融工学)でよりありません。
それでは、経済を研究し、論じるとは何の為であるのでしょう。

これが現状の経済学の実態であり、もはやその数式は全て見直す必要があるのです。
このスレッドのNO116〜118の実態があるにも関わらず、全く効力のない戯言を弄んでいる経済専門家は恥を知るべきであります。
既成の経済理論こそ、実質の通貨の発行を野放しに許している。
国家経済を会計理論でまとめようとしている。
会計学上の理論では、国家、そのものが存在しない、活動停止であり、世界中にそのような国が既にあるはずである。
日本が1000兆円の債務を抱えながら、破綻しないのはなぜか。
国債の引き受けての95%が屋内であるからと言う理由が、まさしく通貨発行の原理を証明している。

中央銀行制度にこだわっているから身動きが取れない、先が見えないのである。
通貨発行権を国家(国民)に取り戻し、将来の為の現実にあった経済理念を立てねばならない。

資本主義のシステムも、基本的な見直しが必要な時代になってきたのである。
これができればユダ菌などは、自然と力を失って行く。
既存のルールの下でユダ菌に戦いを挑んでも、もはや勝てはしないのである。
通貨発行権を国家が持ち国民の為に適正に運営すれば、ユダ菌が何京円の通貨を溜め込んでいても、それは紙くず同然となる。

国家が、その生産力に見合った分だけ通貨発行権をもち、国民経済をリードしていくのが本来の有り様である。
それで深刻なインフレなど起きないのに、何故やらないのであるか。

これが出来るのが現代であり、人類の発展の成果であるのだ。
未来の社会であるのだ。


これに対して最近は新しい考え方が興っています。

「ポジティブマネー」(負債とならないおカネ)
このような考え方があるのか。

要するに、このスレッドで主張している、通貨発行権とか通貨の増刷の考え方について、同様の考えが世界規模でおきているということです。

>英国で提案されている通貨管理の理論

英国で提案されている改革案は、このいずれでもない。もっとずっと単純明快で、イングランド銀行が直接政府に新しく発行された通貨(と言っても実際はコンピュータに書き込まれている残金の数字を書き替えるだけだが)を供給するというもの。国債も残らないので将来世代への借金ではなく利払いの義務も無いし、国債の暴落等の心配もない。国庫にある残金の書き替えの作業は20分で終わり、たったそれだけで国家の危機が救われるのだからすごい。
必ず問われるのはインフレにならないかということだが、この答えも極めて明快だ。通貨発行はイングランド銀行のMonetary Policy Committee(MPC、金融政策委員会)で、政府等、いかなる圧力からも隔離された状態で、透明性を保って行われる。新しく発行されたお金は減税や公共サービスや政府の借金の返済等に使われる。経済が安定し、政府の借金が軽減されるにつれ、マネーサプライも増加し、生産力も強化され人口も増えてくる。
金融政策委員会がどれだけ通貨を発行すべきかを決定するが、それは政府によって定められたインフレターゲットに従う。政府は通貨発行量について金融政策委員会に圧力を掛けることは許されない。金融政策委員にとっては、通貨発行量を多くし過ぎるとインフレターゲットからはずれてしまい責任問題になり、何のメリットもないから、この仕組みでインフレになるという心配は全くない。

続く
メンテ
経済のおさらい 6  通貨管理の理論 ( No.253 )
日時: 2017/12/11 19:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:RufVXKqE

>英国で進行中の通貨改革の取り組み
http://www.shukousha.com/column/hirota/3758/

2014年12月1日
 今回は社会的連帯経済とは直接は関係ありませんが、その成長に大きな影響を与える通貨制度について英国で進行中の面白い取り組みがありますので、それについてご紹介したいと思います。

 現在の通貨制度が持続不可能な理由については、この連載の第18回ですでにご紹介していますが、その理由を簡単に紹介すると、以下の通りです。
銀行融資としての通貨発行: 私たちが現金や預貯金などの形で持っているお金は、元をたどれば政府や地方自治体、民間企業や個人などが銀行からの融資として創造されたものです。銀行は元金のみならず利子をつけた返済を要求するため、常に社会全体では債務総額が通貨流通額を上回っており、常に誰かが新しく借金をしない限り、椅子取りゲームよろしく誰かが経済破綻を強いられます。
複利による指数関数的経済成長の強制: 融資の返済の際には、元金だけでなく利子も支払う必要がありますが、この利子が直線的(1, 2, 3, 4, 5, 6…)ではなく指数関数的(1, 2, 4, 8, 16, 32…)に成長するため、無理な経済成長が強制され、そのうち破綻します。なお、自然界で指数関数的な成長を果てしなく続けるのは、ガン細胞だけです。
貧困層から富裕層への富の再分配: このような利子は、個人的に借金をしていない人を含めて、誰もが間接的に負担しています。たとえば地下鉄に乗る場合には運賃の一部が、建設費にかかる利子の返済に充てられています。このような利子負担も計算に入れると、社会の大多数の人たちが利子収入よりも利払い額のほうが多いのに対し、一部の富裕層だけが儲かる仕組みになっています。

 この中でも、特に問題視されるのが最初に取り上げた、銀行債務としての通貨発行です。私たちは通貨発行というと、中央銀行(日本の場合は日本銀行)が一万円札などのお札を発行する状況をイメージしがちですが、日本を含む世界の大多数の国では通貨の大半は現金ではなく銀行預金として存在しており、多くの場合これらが実際に通貨=支払手段として使われています。私たちの日常生活でも、クレジットカードでの支払いや公共料金の銀行引き落としなどの形で、現金を使わずに決済を行うことは珍しくありませんが、このため現金のみならず銀行預金も通貨としてみなすことができるのです。実際、2014年10月現在での現金(紙幣やコイン)の流通高は91兆8447億円ですが、銀行の各種預金を含めた通貨供給量は1197兆5567億円となり、実に現金の約12倍もの通貨が銀行預金として存在しているのです(諸外国の数字についてはウィキペディアのこちらの記事を参照)。

 これら銀行預金が生まれる背景には、準備預金制度があります。法律により銀行は、預金額のうちごく一部だけを現金という形で保有しておけばよいため、預金者からの現金をベースとして、それをはるかに上回る額を貸し付けることで、通貨を創造することができます。現在の日本では預金の種類によってこの割合が異なりますが、それでも0.05%&#12316;1.3%という非常に低い数字になっています(詳細はこちらで)。例えば、定期預金の総額が1兆2000億円までの小規模金融機関の場合は準備率が0.05%になっており、これにより定期預金を1兆円預かっている金融機関の場合、そのわずか0.05%(5億円)のみを現金として保有していればよいことになります。また、英国や豪州、カナダなどではそもそも準備預金制度が廃止されているため、手持ちの現金額に関係なく民間銀行は、好きなだけ通貨創造ができるようになっています(この件についてのウィキペディアの記事(英語))。

 このような準備預金制度により、実際に通貨を創造しているのはもはや各国の中央銀行ではなく、商業銀行となります。そして商業銀行は、実体経済のニーズとは関係なく、あくまでも自分たちの利益を最大化する目的で融資=通貨発行を行います。このため、バブルの時期には融資が必要ない人にまで積極的にお金を貸し出すのに対し、一旦バブルが崩壊すると貸し渋りや貸し剥がしに入り、債務を返済できない個人や企業が次々に破産に追い込まれてしまうのです。これにより、好景気のときには景気が過熱してインフレ気味になる一方、一旦不況になるとさらに通貨供給が制限され、デフレによりさらに企業経営が苦しくなる状態に追い込まれる、という形で、景気循環の波が激しくなるのです。

 また、どのような事業が融資を得られるのかを銀行が決定するこの制度下では、事実上銀行が各国経済の構造を決める役割を果たしています。銀行が製造業に積極的に融資する国では製造業が発達し、不動産に積極的に融資する国ではバブルが発生します。ロスチャイルド家による「私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。そうすれば、誰が法律を作ろうと、そんなことはどうでも良い」という発言が残されていますが、まさに通貨発行権を握る銀行こそが、経済を握っていると言えるのです。

 この状況を問題視し、通貨改革の運動を巻き起こしているのが、英国にあるポジティブ・マネー(Positive Money)という団体です。この団体は、新経済学財団(New Economics Foundation)という財団のスタッフを中心として5年ほど前に発足しましたが、当初から債務としての通貨発行そのものを疑問視しており、研究書の出版や動画の制作、そして英国各地での講演会などを通じて、上記のような主張や、以下のような提案(こちらのサイト参照)を英国社会に伝える活動を続けています。

民間銀行から通貨創造権を剥奪し、民主的で透明かつ説明責任のあるプロセスに戻す:
民間銀行が通貨創造権を握ると、好景気の時には通貨創造をし過ぎて金融危機を招き、景気が悪くなると貸し渋りや貸し剥がしにより通貨創造を控え、不況を長引かせたり失業を増やしたりします。このような銀行に通貨創造を任せることはできず、また規制もできません。このため、銀行から通貨創造権を剥奪して、より民主的で説明責任があり、誰が通貨創造権を持ち、どれだけ通貨創造が行われ、通貨がどのように使われたかについて、透明性により誰もが理解できるようなプロセスに移行する必要があるわけです。このプロセスの担い手がイングランド銀行になるのか、それとも新しい機関が設立されるのかはわかりませんが、いずれにしろ英国議会に対して説明責任を負い、権限の乱用を防止する仕組みが必要です。通貨量が多すぎるとバブルや金融危機が、通貨量が少なすぎると景気後退が起きるため、適切な通貨量が発行されるようにしなければなりません。

2.債務ではない形で通貨を創造:
債務としての現在の通貨の問題は前述した通りですが、そうではなく政府が通貨を創造すれば、誰も債務を負わなくて済みます。銀行融資ではなく政府国庫からの支出を通じて通貨が流通すれば、実際の経済を刺激し、雇用を生み、普通の人たちが債務を減らすことができるようになります。

3.金融市場や不動産バブルではなく実体経済に新しい通貨を注入:
現在は銀行が創造した通貨の大部分が金融市場や不動産に注入され、住宅価格が上がり富の不均衡が増している一方、雇用は生まれず、生活費が高くなり多くの人たちの生活が苦しくなっています。そうではなく新しい通貨では公的支出や減税、あるいは市民への直接給付という形で使用されるべきです。これにより通貨が非金融経済、すなわち実体経済で使われるようになり、実体経済が成長し、雇用を生み出すようになるわけです。

 今年(2014年)になってから、同団体の主張が幅広く認められるようになりました。まず3月には、同国の中央銀行であるイングランド銀行がその季刊報で、現在の通貨の大部分が銀行融資として発行されており、このため中央銀行である同銀行でさえ民間銀行による通貨発行を完全に制御できるわけではない点を認めました(季刊報の関連記事へのリンクはこちらおよびこちら)。次に、英国の経済紙フィナンシャルタイムズの主筆コメンテーターであるマーティン・ウルフ氏がポジティブ・マネーの主張に賛同し、2014年4月25日に「通貨創造権を銀行から剥奪せよ」という題名の記事を執筆しています。ウルフ氏はその後も同様の主張を行い、たとえば2014年9月9日には以下の講演を行っていますが、普通の社会運動家ではなく、金融界を熟知し、影響力のあるウルフ氏がポジティブ・マネーと協調していることは、特筆に値するでしょう。

そして、何よりも注目されるのが2014年11月20日に英国庶民院で行われた、通貨創造に関する議論です。ポジティブ・マネーによる啓蒙活動が功を奏し、1844年以来実に170年ぶりに、英国の与野党の議員がこの問題に関して検討を行いました。正直なところ参加者はそれほど多いものではありませんでしたが、現在の通貨制度に問題があり、それを改革する必要がある点では、与野党を超えた合意が示されました。

まず、保守党のスティーブ・ベイカー議員が問題提起し、民間銀行による通貨創造の諸問題、労働の対価としての収入と金融取引の結果としての収入の性格の違い、現在の通貨制度による富の集中、量的緩和の問題点などを指摘した上で、従来の通貨理論に挑戦する研究および暗号通貨(ビットコインなど)への財務大臣の関心を歓迎し、通貨制度改革に向けた英国政府の取り組みの継続を訴えました。さらに、地域通貨などの補完通貨の創造や流通への規制を撤廃し、これら通貨建ての取引の場合には付加価値税を免除したり、あるいは所得税などその他の税金を地域通貨建てで支払えたりするようにすべきだと主張しました。

 次に労働党のマイケル・ミーチャー議員が、英国では銀行からの融資が不動産投機にしか行かず産業振興にほとんど向けられていない点を問題視し、議会として投機ではなく産業振興のために融資を向けさせるべきだとして、具体的には昔の日本の窓口指導のようなものの導入や、民間銀行からの通貨創造の剥奪および中央銀行への同権限の一任を提案しました。基本的に、ポジティブ・マネーやマーティン・ウルフ氏の主張に沿ったものだと言えるでしょう。

 これに続いたのが保守党のピーター・リリー議員で、通貨創造についての英国知識層の無知が今回の危機を招いたと切り出し、銀行が自ら保有していない通貨を無から生み出し融資している点を指摘しました。また、経済危機により十分な通貨供給が行われていない現状を問題視した上で、特に貧困層に向けた通貨発行が必要だと訴えました。

 その後、労働党のオースティン・ミッチェル議員が銀行による通貨創造を政府が制限すべきだと訴え、量的緩和をすること自体は問題ないが、銀行の救済ではなく産業振興に振り向けるべきだと提案しました。保守党のザック・ゴールドスミス議員は、現在時点で低すぎる準備預金率の引き上げや量的緩和の産業への投資を主張していました。さらに、アンドリア・レッドソム大蔵省経済局長が、商業銀行による通貨創造やその問題点を認めたものの、ポジティブ・マネーの政府通貨の提案に対しては疑念を呈しました。なお、ポジティブ・マネー側では同局長に対して以下のような回答を寄せています。

 この英国議会での議論の内容自体は、ポジティブ・マネーの支持者にとっては正直なところ、それほど目新しいものではありません。しかし、ここで重要なのは、通貨創造に関する問題を英国議会が重要視し、今回の討論を通じて通貨制度改革に向けた議会内での取り組みが始まったということです。幸いにしてポジティブ・マネーの主張は与野党双方に理解され、双方から積極的な提案が出されたことで、ポジティブ・マネー側もこの内容を評価する記事をインターネット上で発表しています。

 ポジティブ・マネーの提案が今後どのような展開を見せるかは分かりませんが、通貨統合により自国内だけでは通貨制度の変革が難しいユーロ圏諸国と異なり、今でも英ポンドを使い続けている英国では、このような通貨制度改革が比較的やりやすいため、ポジティブ・マネーの動向に、今後も注目していきたいものです

メンテ
経済学のおさらい 7  まとめ(新しい経済の仕組み) ( No.254 )
日時: 2017/12/12 13:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:feWsao2o

以上、言って来たことは、現状認識であり、それでは何が出来るかと言うことが、このスレッドの命題である。
この部分は、これからも続けるとして、一応はおさらいは終える事にする。

経済、本来の使命は人間の生活を守るという事であり、競争を促進してグローバル化することが目的ではない。
しかしながら、既成の経済理念からは、現状の問題を打開できる何の方策も出てこない。
出来ないばかりか、解決することを考えようとしていない。
本当に方法が無いのか検証しよう。

最後に理論的な説明は、ここまでにして、アベノミクスと言う言葉は嫌が上にも聞こえてくるでしょう。
我が国の具体的な経済の施策です。
アベノミクスは、下記の3つを基本方針としており、安倍首相はそれを「三本の矢」と表現している経済政策です。

A 大胆な金融政策
B 機動的な財政政策
C 民間投資を喚起する成長戦略

大胆な金融政策とは
公定金利を引き下げて、市中に流通する通貨を増やし経済を活性化すると言うことです。
ですが、その手法では、業績の好調な企業が設備投資などをすることを前提とし、その企業の投資先も国内とは限らず、国内であっても企業の従業員への人権費が増えるだけで量的に限られているだけではなく、本当にお金を必用としている層には行きわたりません。

機動的な財政政策とは
国家戦略特区などを使って産業の育成の為の補助金を出すと言うことです。
しかしながら、それが新規産業ならともかく、国内の企業を誘致するだけなら、戦略特区での経済活性化は出来ても、他の地方の産業は、その分停滞する事になります。

民間投資を喚起する成長戦略とは
新エネルギーやベンチャー企業など新しい産業を育成するための補助金を出すと言うことであろうが、その様な産業は、いずれにしても高度な知識や技術を必要とし、それに挑戦できる企業は、相当資力のある企業。
絶対数に限りがあり産業全体の底上げにはならない。

この他に、為替を安定させるために公的資金を投入するなど、およそ底辺にいる人たちには縁のない金を使っている。
TPPへの参加も、輸出企業の後押しが目的で国内産業は犠牲を強いられる方が大きい。

この程度が、政府が行う景気対策であり、ほとんどが金の問題である。
この様な施策を幾ら続けていても現状が変えられるものではなく、ますます進むグローバル化の為に事態は悪化していく一方である。
この程度の考えが世界を動かしているのであり、ほとんどの人は、それに疑問すらもたない。

では現在必要な経済政策とは何であろう。

(新しい経済の仕組み)

1 経済の目的をほとんどの人が生活手段が持てる様な産業構造とする。
1 全体としては市場主義経済の体制を維持する。
1 グローバル化も必要である。
1 通貨の偏らない流通の為に行う施策の部分は計画経済の要素を取り入れる
1 同時に、通貨の偏らない流通の為に地域経済圏を確立する。
1 地域経済圏を確保することに関連して為替の固定相場制を復活する。
1 財政は、普通の会計学的な認識を止め、通貨の増刷を取り入れる。

(通貨の増刷で出来る政策)

雇用の確保に必要な公共事業を増やす。
基礎年金を公的資金で賄う。
介護にかかわる人件費を公的資金で補助する。

これが出来れば、関連して消費が活性化し経済が安定し、貧困層の救済になると共に生活保護などの福祉費が節約できる。
通貨の増刷なくして経済政策の大幅な転換は出来ない。

(通貨増刷が可能な根拠)

古代社会で通貨が出回った最初のころ、通貨は貝殻の様なものであった。
その貝殻を媒体にして物々交換をするばあい、その集団内で、これを承認するルールがあったからできた。
ところが商圏が拡大すると、どの地域の住民も同じ貝殻に価値を認めるとは限らない。
そこで次に登場したのは、金など貴金属を通貨にすれば、通貨、そのものにも価値があるので多くの人が認めるようになった。
これが長らく続く、金本位制である。
ところが経済が発展し、商品の割に通貨の量が少なくなると、金本位制も通貨の役割が果たせなくなった。
ここで出てきたのが信用通貨であり、通貨の発行者である国家が保障する事によって全体の信用を確保しようとすることであった。
これも最初の貝殻通貨と同じように信用だけが根拠である。
通貨の発行量を、その国の金融資産と関連つけているのは、単に名目だけであり、実際に通貨危機が起こったばあい、他の金融資産と取り換えることなど不可能である。
貿易において為替という考え方が出来たのは、国によって通貨の信用度に違いがあるからで、その調整の為に為替が考えられた。

ところで現代において、通貨はどのような基準で発行されるべきかと言えば、単に国家を信用して限りなく発行できると言うものではない。
飽くまでも通貨に対応する価値の発生の確認がいる。
通貨だけ増やせばインフレになるだけで増やす意味がない。
そこで考えるのであるが、
公共事業をするために新たな通貨を発行しても、公共事業で作られる対価としての建築物が出来る。
基礎年金の支給に通貨の増刷をしても、その額が老人の生活に必要なものであれば、ほとんど消費と言う形で物資の購入、サービスへ向かうので、対価が生じる。
さらに介護要員の人権費の不足を補えば、介護と言う仕事が増え、それによって報酬を得た人たちの消費を刺激する。

このような通貨の増刷は、インフレにはならない。
ただし国民に一律にベーシック・インカムを行うと言うのは、通貨をダブらせることになりインフレを起こす懸念がある。
この様にインフレを起こさない限りの規制の下に(通貨の信用を確保)国家が通貨を発行する事は国家の業務とも言える。
これは従来の通貨の意味、物々交換の手段としての通貨の概念に、同時に国民の生活を維持するための手段としても付け加えるという事になる。
この様な概念が成立出来るのは、生産技術の発達によって国民が必要な物資の生産が何時でも可能な状態が確保されたからでもある。
必要な物資が足りなければ、通貨の増刷分だけインフレを起こす事になる。

世界の各国では、実際には財政に必要な通貨の増刷を国債と言う形でやりながら、正式には通貨の増刷を認めていない。
各国が抱える財政赤字の問題が、それを証明している。
と同時に、各国とも財政赤字が解消できるとも思っていない。
日本の1000兆円を超えると言われる赤字でも、新たな国債発行は取止めて、通貨の増刷で国債の償還をしても、全体の流れに何の変りもないのである。
このまま続けると言うことは、国債を購入し償還を得られる対象の為に通貨を割り当てているだけで通貨の無意味な使用である。
政策の為の通貨の発行を理論的に認め、効果のある発行を続けることこそが求められている。

今まで見てきた現状の市場主義経済の理論の中で、通貨の限定的な増刷を組み込むのを不可能とする根拠はない。
ただし、現在の巨大金融資本としては、金の貸付相手の事情がかわり従来の様な旨みが無くなるので必死の抵抗をしているものとみる。
彼等の影響は中央銀行制度などを通して経済の専門家、政治家に強くあり社会の変革を拒んでいるのである。
また多くの経済専門家、専門家でなくても従来の法則より眼に入らない人たちは私が言うような仕組みについて、従来の法則を楯に排斥するばかりである。

これでは社会は変えられるのに、変らない事になる。
最後に私が主張しているような内容を言うブログも多くはないが存在している。
勿論、通貨の増刷に全く問題が無いわけではない。
これに関連する検証は、後で続けるものとする。

メンテ
従来の経済政策 ( No.255 )
日時: 2017/12/16 10:56
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:6gsW./lE

以下は、あっしら氏のサイトからの引用。
記事は少し古いものではあるが、考え方は変ってはいない。
このような手法で20年やってきても状況は変らないばかりか、悪化している。
文中に出てくる言葉は、常に聞かれるものでしょう。
アベノミクスも、この延長にあります。
いい加減で、このような発想は改めるべき。
問題の把握が出来ていない。
何時まで続けてもますます悪化するのみ。


このコラムで、財政投融資の問題を取り上げたが、問題指摘により
国民に事実が浸透し始めた。   Fより

財政投融資の投資が、ほとんど焦げ付いている事実をここで明らか
にしたが、この問題を郵貯の問題と捉えることに反対です。
あくまでも、政府の特殊法人の破綻が問題なのですから。来年以降
財政投融資債を発行するようですが、その引き受けを郵貯にさせる
可能性があるため、用心が必要です。600兆円程度の郵貯の資金
のすべてが財政投融資になっているのですから、国と地方の借金は
国債等の600兆円と郵貯の600兆円の合計1200兆円になる
のです。

財政投融資は国の事業ですから、それの保障は国がすることになり
ます。もし、しないと、郵貯に貯められた国民のお金がパーになる
のですから、それは国の事業としてやっている郵貯に対する国民の
期待を裏切ることになり、できないはずです。このため、日本全国
民の貯蓄額1400兆円のほとんどが国関連の借金になるというこ
とです。この事実を、評論家は明らかにしない。ダメな評論が多く
て、国の将来を間違えてしまう。そして、国債をどんどん、発行し
ろ。公共事業をやれという。これは国賊だよ。まったく。

国家の財政破綻は、国家の体制や制度の変革をしなければなりませ
ん。特殊法人や財政執行の問題を含みます。それと、国民が知らな
いうちに、国家財政破綻が起きる国家事業のあり方は大きな問題で
あろうと思います。特に公共事業の進め方には問題が大きく存在し
ているのですから、改革するしかないでしょうね。

そして、恐れていたインフレ政策を日銀が取ることになったのです。
物価を上昇させる政策というのは、インフレ政策ですから、とうと
う、国債買い上げをするしか、日本の国家財政は立ち行かないと
判断したようですね。私も、tanakaさんと同様に戦後日本の国家戦
略の敗戦、破綻を見た思いです。その事実が国民に伝わらない。
マスコミも評論家も評論しない。このことが日本の政治、言論の可
笑しさでしょうね。

マスゴミもその特権的な地位で腐っているとしか、思えない。現時
点、日本国家の分岐点にいる事実を国民にアピールするのがマスコ
ミではないですか??
評論家もおかしい。皆、政府に雇われて真実を公表しない。日銀の
委員とこのコラムや少数のこのコラムに同調する人しか、国家危機
をわからない。わかろうとしない。
==============================
3月19日の日銀の政策発表は、1945.8.15の玉音放送と
同じ思いで聞きとめました。原文を読んでみてください。
tanaka
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
金融市場調節方式の変更と一段の金融緩和措置について
                  2001年 3月19日 日本銀行
日本経済の状況をみると、昨年末以降、海外経済の急激な減速の影
響などから景気回復テンポが鈍化し、このところ足踏み状態となっ
ている。物価は弱含みの動きを続けており、今後、需要の弱さを反
映した物価低下圧力が強まる懸念がある。

顧みると、わが国では、過去10年間にわたり、金融・財政の両面
から大規模な政策対応が採られてきた。財政面からは、度重なる景
気支援策が講じられた一方、日本銀行は、内外の中央銀行の歴史に
例のない低金利政策を継続し、潤沢な資金供給を行ってきた。それ
にもかかわらず、日本経済は持続的な成長軌道に復するに至らず、
ここにきて、再び経済情勢の悪化に見舞われるという困難な局面に
立ち至った。

こうした状況に鑑み、日本銀行は、通常では行われないような、思
いきった金融緩和に踏み切ることが必要と判断し、本日、政策委員
会・金融政策決定会合において、以下の措置を講ずることを決定し
た。

(1)金融市場調節の操作目標の変更
 金融市場調節に当たり、主たる操作目標を、これまでの無担保コ
ールレート(オーバーナイト物)から、日本銀行当座預金残高に変
更する。この結果、無担保コールレート(オーバーナイト物)の変
動は、日本銀行による潤沢な資金供給と補完貸付制度による金利上
限のもとで、市場に委ねられることになる。

(2)実施期間の目処として消費者物価を採用
 新しい金融市場調節方式は、消費者物価指数(全国、除く生鮮食
品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、継続するこ
ととする。

(3)日本銀行当座預金残高の増額と市場金利の一段の低下
 当面、日本銀行当座預金残高を、5兆円程度に増額する(最近の
残高4兆円強から1兆円程度積み増し<別添>)。この結果、無担
保コールレート(オーバーナイト物)は、これまでの誘導目標であ
る0.15%からさらに大きく低下し、通常はゼロ%近辺で推移するも
のと予想される。

(4)長期国債の買い入れ増額
 日本銀行当座預金を円滑に供給するうえで必要と判断される場合
には、現在、月4千億円ペースで行っている長期国債の買い入れを
増額する。ただし、日本銀行が保有する長期国債の残高(支配玉<
現先売買を調整した実質保有分>ベース)は、銀行券発行残高を上
限とする。

上記措置は、日本銀行として、物価が継続的に下落することを防止
し、持続的な経済成長のための基盤を整備する観点から、断固たる
決意をもって実施に踏み切るものである。

今回の措置が持つ金融緩和効果が十分に発揮され、そのことを通じ
て日本経済の持続的な成長軌道への復帰が実現されるためには、
不良債権問題の解決を始め、金融システム面や経済・産業面での構
造改革の進展が不可欠の条件である。もとより、構造改革は痛みの
伴うプロセスであるが、そうした痛みを乗り越えて改革を進めない
限り、生産性の向上と持続的な経済成長の確保は期し難い。日本銀
行としては、構造改革に向けた国民の明確な意思と政府の強力な
リーダーシップの下で、各方面における抜本的な取り組みが速やか
に進展することを強く期待している。
以 上
==============================
財務省、財政再建論議を解禁
 財務省は、新年度から財政再建に向けた議論を本格化させるため
、主計局、主税局幹部に、大学教授や民間シンクタンク研究員らを
まじえた新たな機関を設ける方針を固めた。国と地方が国内総生産
(GDP)を上回る借金を抱えた財政構造の問題点を分析し、財政
再建に向けた「たたき台」を国民に公表する構想だ。
 橋本龍太郎内閣が財政再建に挫折して以来、財務省は財政再建に
関する議論を非公開の省内勉強会だけにとどめ、景気最優先の与党
幹部を前に沈黙を貫いてきた。だが、新年度から、各省庁が国民に
対する説明責任を徹底する「政策評価制度」がスタート。国内外か
ら構造改革を求める声も強まっており、財政の問題点を明らかにす
ることを新年度の最大のテーマに据えることにした。

 新機関を設置するのは、これまでのように「税は政府税制調査会
」「歳出問題は財政制度等審議会」と縦割り化した議論では、具体
的な問題点をあぶり出せないため。公共サービスの受益と負担のバ
ランスを出発点に、国と地方、官と民の役割分担まで財政のあるべ
き姿を幅広く議論する方向だ。
(07:35朝日)
メンテ
ハンガリーの試み ( No.256 )
日時: 2017/12/17 03:30
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:IV5PVqeA

(お話1)

 現在、中央銀行制度がない国は5カ国です。北朝鮮、イラン、スーダン、キューバ、リビアです。これらの国はすべて、国際社会では「ならず者国家」として非難されています。アフガニスタン、イラクも中央銀行を持たない国家でしたが、2001年の9・11後、アメリカの力により、中央銀行制度への仲間入りしました。


国家が国家運営のために自国の中央銀行から借金させられるというユダヤによる通貨発行権簒奪式財政運営が、いずれ必ず破綻することは、アメリカそして我が国を見れば明らかです。
ア メリカ国家は、天文学的な負債を中央銀行にあたる連邦準備銀行(FRB)から負っています。日本国家も国債発行による負債が1000兆円を超えました。こ れらは返済できるレベルをはるかに超えており、さらに、今後利息の支払いが加速度的に増加することを考慮すれば、破綻する以外に道はありません。

日本やアメリカだけでなく、ロスチャイルド中央銀行がある国々では国家財政が赤字だらけです。
恐ろしいのは、そうした国では殆どの人が、それが国家の放漫財政によるものだと思い込んでいることではないでしょうか。

国家を運営するにはお金が必要ですが、それは必要経費であり、必ずしも戻ってくる性質のものではありません。必要なときは、ケチらずに注ぎ込むのが 正しいと言えます。しかし、ユダヤはメディアを使って財政赤字があたかも悪いことであるよう喧伝します。国家財政が赤字であるか黒字であるかなど、実はそ れほど重要でなはないと思えてなりません。
そして、不足する財政をずーっと借金して賄おうとさせるから巨額の負債を負うことになってしまいました。

永続的に借金に頼る財政というのは根本的に間違ってないだろうか?
では、どうすればいいのか?

簡単です、政府がお金を発行すればいいだけです。
政府が発行したお金で国を運営する、何か問題がありますか?
発行量をきちんと制御する仕組みを作れば、できないことではありません。

元々、通貨を発行する権利は国家に帰属すべきです。通貨の信頼は、国家の信頼に基づいているので当然のことです。
そんな当然のことが当然でなくなっているのが、ユダヤの簒奪システムに取り込まれた自由主義国といわれる実は自由ではない国々です。

かつて、通貨発行権という国家が持つべき当然の権利を行使した為政者がアメリカにいましたが、いずれも殺されています。直近ではJ.F.ケネディさんです。
ユダヤの力の源である通貨の権利に触れる者は、何人であれ悲惨な目に遭います。
自由主義国家で最も触れてはならないタブーの中のタブー、それが通貨発行権です。

シリアにはロスチャイルド中央銀行がないそうですが、ユダヤが今必死になってシリアを落そうとしている最も大きな要因は、シリアにユダヤ支配の中央銀行を設立して、金融で国を乗っ取る為ではないかと想像されます。
奴らにとって、ユダヤ簒奪システム以外で上手くやっている国は放置できません。シリア攻略が上手くいけば、次は必ずイランを攻めるでしょう。このまま、奴らの蛮行を許せば、本当にNWOが実現してしまいます。

しかし、世界がユダヤ簒奪システムに覆い尽くされようと言うこのご時世において、果敢にも反旗を翻す国がありました。

 ハンガリーが政府発行通貨で経済を立て直しているようだ。銀行から借金をすれば利息を支払わねばならなくなる。であるなら、国家主権を発動しての通貨発行を断行すればよいということで、勇気あるハンガリーの首相がそれを実行しているという。

 これは小さなことのよ うに見えて、これからの世界経済に多大な影響を与えていく、世紀の大事件となりそうだ。通貨発行を民間が支配ないしは影響力を及ぼす「中央銀行」という名 の民間銀行に任せ、国債を買ってもらう事で利息を支払うというシステムから、無利息の政府発行通貨で、経済を回す、ということが可能だということを証明し たことになるからだ。

 このブログでも、安倍政権に対する要請として、2012年12月17日号「大震災復興から、日本列島イーハトーブ化へ」で示したように、政府発行通貨を断行してもらいたいのであるが、やはり以下の記事で言われている金融的専制が束縛しているのであろう。

 これからの世界は、こ の世界経済上のさまざまな状況が天変地異とあいまって、世界大混乱の様相を呈するようになっていくであろうが、それもこれも、新しい世界を生み出すための 産みの苦しみである。人類がどうしても通過せざるを得ない路程なので、腹をくくって臨まねばならない。



(お話2)

 ハンガリーは一級の歴史的ステップを踏みつつある。

 1930年代のドイツ 以降、ヨーロッパの主要な国がロスチャイルドが支配する国際的銀行カルテルの支配から逃れようとすることは無かった。これは驚くべきニュースであり、金融 的専制から自由になるための戦いを世界的に拡大させるよう愛国的民族主義者に勇気を与えるものとなろう。 
 
  既に2011年、ハンガリーのヴィクトール・オルバン首相は、国際通貨基金(IMF)とテロ国家のイスラエルのの鞭の下に、無限に続く債務にあえぐ奴隷状 態に国民を売り飛ばした彼の社会主義者の前任者に対して、正義で応えると約束していた。以前の行政は責任ある立場にあるイスラエル人によって穴だらけにさ れていたため、大衆の怒りを買い、それで大衆はオルバンのフィデス党を選択した。
 
  ドイツ語サイトの「National Journal」によれば、オルバンはこの高利貸し達を彼らの王座から追い出す動きを始めた。この人気があり民族主義者である首相はIMFに対して、ハン ガリーはロスチャイルドの所有する連邦準備銀行の代理者から、更なる「支援」を受けたいとも思わないし必要ともしていないと告げたのだ。これでハンガリー 人は民営で訳の分からない中央銀行に高利を搾り取られることがなくなることだろう。

 その代わりに、ハンガ リー政府は通貨に対する主権を発揮し、必要に応じて負債なしの通貨を発行する。その結果は顕著なものである。国家の経済は、以前は債務のために停滞してい たものだったが、急速に回復しつつあり、国家社会主義のドイツ以来見られなかったものになっている。

 経済大臣は、厳格な予 算政策のお陰で、IMFから借りていた22億ユーロは約束の2014年3月よりかなり前倒しして2013年8月12日に支払いを済ませたと宣言した。オル バンは「ハンガリーは投資家から信頼を得ている」と語り、それはIMFでも連邦準備銀行でも、その他のロスチャイルドの金融帝国の手先のことではないと 語った。むしろ彼は、それはハンガリー人のためにハンガリーで何かを製造している者たちで、真実の経済成長を生み出している者たちのことを言っているの だ。これは、金権政治の海賊どもの「紙上の繁栄」ではなく、実際に人々を雇用し彼らの生活を向上させる何らかの生産的なものである。

 債務奴隷の足かせ生活 から解放されたハンガリーなので、私的な金儲けではなく民間の福利厚生のために政府によって機能するハンガリー中央銀行の会長が、IMFに対して古いヨー ロッパの地にあるその事務所を閉鎖するよう要請したことは驚くに値しない。加えて、アイスランドの努力に共鳴して、司法長官が過去三人の首相に対し、多大 な負債を国家にもたらしたことで訴訟を起こした。

 ハンガリー内の銀行家 らの権力を根底的に破壊するであろう残りのステップは、国家社会主義のドイツにあったような、そして現在ではブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリ カ、つまりBRICS諸国が行っているバーターシステムを導入することである。そしてもしもアメリカがハンガリーの動きを真似るならば、アメリカ人はこの 高利貸しの専制から解放され、平和的な繁栄が戻ってくることを期待できるだろう。

(引用終わり)


以上は2013年の出来事でした。
ハンガリーの、この新しい試みが現在、どのようになっているか情報がありません。
でも、ハンガリーと同じようにアイスランドでも通貨発行権を国家が握り

通貨の発行に対する制約も法律で定めて、政策に必要な財源を通貨の増刷でしているようです。
一般のメディアは、既成のシステムに反する、この様な試みを報道することはありません。

どうなっているのでしょうね。
メンテ
Re: 経済の話し  「税」について考える ( No.257 )
日時: 2017/12/17 17:51
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:IV5PVqeA

経済とは、最初、
収穫物を流通させることが目的で発達してきた。
当時は、等価交換が原則であった。

通貨が出てきて以来、通貨を得ることも経済活動の目的になってきた。
その後の経済の発達は、より多くの商品を流通させ、より多くの地純を得ることが命題となった。

{税」と言う言葉がある。辞書によれば、文字には、

「民の力によって生み出されるものの」の意味があり、
これが昂じて,民から上納される貢物(みつぎもの)。租・庸・調などの総称となる。

民主主義の時代以前は、税は権力者の搾取であり、権力者の体制を維持するために使われてきた。

時代は進み、物質的には思いもよらない繁栄の時代となると共に、市場主義経済のシステムは民衆の間に大きな格差を生むようになる。
民主主義の展開と共に、彼等弱者の救済が問題になり社会福祉の政策の為に税が使われるようになった。

使われると言っても社会福祉政策に使われている税は、人件費を含めて予算の中の半分もない。
人権費を抜くと、国家予算で言えば、20兆円未満の話しである。
経済規模から言って、税(富の再配分と言う発想)で現代社会の問題を解決出来るはずはないのである。

ここで、改めて経済と言うものを見直してみよう。
もともと経済は、それによってより多くの人々が商品を受け取れる事を目的に発生したもの。

市場主義経済のシステムの発達は、それよりも人々が利潤を追求することが第一義的に変質してきた。
実際に、庶民のレベルでは、そうでなくても、マクロ経済的に見れば、資本と言う金融の概念が、自らの増殖の為に経済を支配している。

その経済はお金を通して流通し成果が計られる。
別のスレッドで、お金について話をしている。

「通貨管理政策→間違った常識」スレッドのレスNO19〜21.
https://www.kyudan.com/cgi-bin/bbskd/read.cgi?no=2375&l=1-

そのお金と言うものの歴史を考えたとき、前代の通貨管理政策が、本当に元来の経済の為に機能しているか否か、検証する必要がある。

市場主義経済のシステムは、元来人間に備わった本性に基づいているものであり、それは認めねばならない。
しかしながら、その矛盾に対応するために「税」にすべてを託すのが唯一の方法であるかについては検証する必要がある。
明治時代の様に多くの社会福祉を必用としなければ、従来通り「税」による国家の形成も可能であろう。

ここで考えられるのは、
飽くまでも「税」による国家の形成を良しとして、社会福祉は限定的に考え納得するか。

「税体系」によらない方法を考えるのか、考えられるのか!
を検証することくらいは必要ではないか。

国家財政の大幅赤字と言う面があるにしても、実際に実施出来ている社会福祉を「税」の為に諦めるのか。
諸外国を含め、大きな財政赤字の国でデフォルトが囁かれて国家の破滅の様に言われているが、経済学用語のデフォルトが発生しても、営利企業は破産して無くなっても、その国の経済、生活が消滅することではない。
国家の財政問題と企業のそれとは本質的に違うのである。
私は考え方次第で、解決できる問題と確信する。

その明確なカギは通貨の増刷体制である。
問題はいろいろと発生するであろうが、そこは人間の英知で乗り切れるものと思う。

新らしい秩序を構成し、それに臨む気概が求められる。
メンテ
法人税の考え方 ( No.258 )
日時: 2017/12/18 10:52
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:6LrZIwTE

銀行は法人税を払っていないと言う話しを聞きます。実態は!

業績が良いのに「実効税負担率」が著しく低い主な大企業リスト(最新
2事業年度分)総括表
      ─2013年3月期〜2014年3月期の法定正味税率38.01%の時期─

(企業名)      (純利益)  (法人税) (税負担率)
            単位 百万円       %
1 三井住友 FG     337,006     6     0.002
2 ソフトバンク     317,312     10     0.003
3 みずほ FG      528,386     514    0.10
4 三菱 UFJ FG     415,252    1,274    0.31
5 ファーストリテイリング 75,653    5,233     6.92
6 丸 紅        393,627    28,045     7.12
7 アステラス製薬    3 266,036   22,361    8.41
8 みずほ銀行       3 910,944   78,638    8.63
9 第一三共        3 172,356   19,259    11.17
10 キリン HD     12 95,940    11,995    12.50
11 住友商事       3 623,267    80,001    12.84
12 阪急阪神 HD    3 145,734    20,743    14.23
13 オリックス     3 456,298    66,492    14.57
14 小松製作所     3 247,054    42,861    17.35
15 ニコン        3 136,547    23,795    17.43
16 野村 HD      3 599,344    106,186    17.72
17 三菱電機      3 314,131    57,731    18.38
18 京セラ       3 149,348    28,219    18.89
19 三菱東京 UFJ銀行 3 1,862,257   357,427   19.19
20 住友金属鉱山    3 161,963    33,306   20.56
21 サントリー HD   12 285,826    60,488   21.16
22 三井不動産      3 137,005    29,210   21.32
23 日産自動車     3 1,016,711    218,055   21.45
24 伊藤忠商事      3 740,401    164,912   22.27
25 三菱自動車     3 186,590     42,076   22.55
26 三菱商事       3 974,680    226,608   23.25
27 マツダ 3       136,510     31,886   23.36
28 JFE HD      3 235,890    55,188    23.40
29 三井住友銀行    3 1,611,883    392,573   24.35
30 豊田自動織機     3 144,492    36,650   25.36
31 日野自動車       3 178,540    46,627   26.12
32 キヤノン       12 347,604   91,297   26.26
33 デンソー       3 492,218   129,406   26.29
34 東京ガス       3 242,825   63,936   26.33
35 武田薬品工業     3 456,585   122,194   26.76
36 日立製作所      3 912,719    248,706   27.25
37 本田技研工業     3 1,217,831   332,960   27.34
38 いすゞ自動車      3 158,563   44,745   28.22
39 三菱重工業      3 369,869   107,196   28.98
40 東 芝         3 340,567    104,237   30.61
41 JX HD      3 492,371    152,748   31.02
42 日 揮        3 122,343    38,361   31.36
43 味の素        3 174,130    55,009    31.59
44 トヨタ自動車    3 3,844,729   1,215,765   31.62
45 クボタ       3 163,764    52,095   31.81
46 スズキ       3 336,493    107,617   31.98

※ この時の法定法人税率は38%であった。
最期の項目、税負担率は可笑しくはないですか。
※ 電力会社が全然で出てこないのも可笑しいですね。

※ 一方で企業の内部留保は年30兆円づつ増えている。
 この30兆円を利益に換算して、30%の法人税をかければ、法人税は9兆円増えることになる。
 それでも内部留保は21兆円できる。
 企業は予想より多い利益を出している。
 その内部留保の金の多くは海外の投資へ向けられたり、企業買収に使われるとすれば、国内に還元されることはない。
 何の為の法人税か。

※ 法人税を安くして企業の国際競争力を高めるという話が当たり前のように通っている。
 この記事でも解るように、多くの企業は法人税を節税しすぎて、法定税率も払わない企業が続出している。
 内部留保金と共に、法人税率を上げれば、10兆円前後で推移している法人税は25〜30兆円は出てくるであろう。
 
 法人税を引き上げても企業の国際競争率が落ちるとは限らないし、落ちても、それが国民経済に影響するマイナス面と、財政の問題を考えれば、費用対効果を考えれば、
法人税を安くして企業の国際競争力を挙げて国民経済を守ると言う方程式は、間違いである。
 ※ そう言う理論は、既成の市場主義経済の論理から作り出され、
  企業が自分の利益を増やすために流布している言い訳に過ぎない。

 ※ 現実的に考えても解るでしょう。
  政府は法人税率を30%にまで下げ
  企業の内部留保は10年間も増え続け
  企業の国際競争力はいやが上にも上がっているはず。
  だが、現実には各種の分野で日本の企業の競争ちからはガタ落ちという。

 ※ 念の為に断って置きますが、企業の国際競争力が勝っても、国内の現実には変わりはありませんよ。
   否、法人税を増やした分だけは、国内経済に経済効果が期待できるかも。

  企業の国際競争力を高めるという事は、輸出を増やすと言うこと。
  皆さんの廻りに輸出できるものがありますか。
  逆に輸出が増えると言うことは輸入も増やさねばならないと言うこと。
  それで皆さんの収入の足しにんばりますか。
   
  政府が言っている事が、どんなに嘘八百か解るでしょう。

 もっとも、このスレッドで言っている事は、勿論、それくらいの税収増で対応などできないが!
メンテ
経済理論の大転換 1 ( No.259 )
日時: 2017/12/21 08:36
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:JaBlAQvg

以下は「経済理論の大転換」スレッドからの転載です。

日時: 2017/06/12 22:57
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:kxWIWdiE

このスレッドは「経済の話し」スレッドの姉妹編として続けます。
「経済の話し」スレッドは、試行錯誤の状態を表し、このスレッドは積極的に、果敢に新しいシステムに挑戦します。

まずは下記サイトの意見を紹介します。


http://ameblo.jp/reisaiouen/entry-11872109459.html

「ケインズ革命=金本位制から離脱する経済学」

 ケインズ主義の構築者、ジョン・メイナード・ケインズ(1883年6月5日〜1946年4月21日)は、イギリスで生まれた経済学者で、20世紀学問史において最重要人物の一人とされています。

 ケインズは、1936年に「雇用、利子および貨幣の一般理論」を表し、有効需要の創出とそれによる乗数効果の理論から、所得再分配を経済政策の基本に据えることが経済の成長政策としても正しいことを訴え、それによって、社会政策である貧困層の救済と、経済成長政策とが、一体のものであることを論証しました。

 ケインズのこの理論は、「需要が供給を支配する」とも言われるように、消費者にお金を持たせようとする需要側重視の特徴を持つために、デマンドサイド経済学と呼ばれます。また、その所得再分配政策を重視する政府を大きな政府と呼びます。

 大きな政府の定義は、政府の財政規模の単純比較を言っているのではなく、政府が国民の社会福祉および社会資本を充実させ、所得格差を是正しようとする姿勢を持つために、必然として政府が国民経済に深く関与することになり、政府の権力も、財政の規模も大きくなることから、これを大きな政府と呼んでいるのです。

 大きな政府は、資本主義において、弱者である労働者、失業者、老人、病人などが救済されることを目的としています。

 通常、お金というものは、富裕層や大企業のほうが有利な投資活動ができることなどにより、貧乏人から富裕層へ、弱者から強者へと、下から上へと吸い上げられるようになっています。それゆえ、強者と言い、弱者と言います。

 古典派経済学の景気循環の分析は次の通りです。

 活発な経済活動によって現金が富裕層や大企業に集中し、彼らの資金が潤沢になると、一方で、消費者の保有する現金が減少して、それまで好況であった財市場の景気が徐々に低迷し株価が下がり始めます。そうすると、富裕層は投資を控えるようになり、国民生活は苦しくなります。

 しかし、株価が下がりきると、投資家にとって、投資からの期待収益が高まり、徐々に投資を増大させるので、証券市場は活気を取り戻します。投資が活発に行われるようになると、財市場も好景気になります。

 好景気下で投資資金が不足したときは、銀行の信用創造による資金も使われるようになります。銀行の信用創造が行われることは、貯蓄を上回る投資が行われるということであり、過剰投資と呼ばれます。

 しかし、どこかの時点で銀行が現金保有量が減少し、融資し過ぎたと判断したときに、銀行は金利を上げ、融資を抑制し、あるいは、現金を回収しようとします。

 銀行が金利を高くすると、富裕層は投資よりも貯蓄を増加させ、現金は銀行に戻り、銀行の保有する現金量が増え始めます。

 しかし、これは労働者の所得を下げることになり、労働者は消費者ですから、消費者の保有する現金が減少することになります。すると、再び、消費は低迷し、株価が下がり始め、景気は再び不況に戻ります。そして、富裕層は株価の値下がりの程度を見ながら、投資する時期を待つのです。

 このように、古典派経済学および新古典派経済学では、投資家と銀行の動向によって景気循環が起こると分析していました。その分析の有力なものが、投資と貯蓄の不均衡分析などと呼ばれるものです。

 特筆すべきは、これらの古典派経済学は、全て、金本位制の必然である、「政府が自由に貨幣を発行出来ない」という拘束の下に考え出されたシミュレーションであるということです。

 現金は、金(gold)との交換を前提とした兌換貨幣であり、よって、貨幣は有限のものであり、富裕層と消費者のどちらが現金を持っているかが、景気循環や経済動向を決定するカギになっていたのです。

 簡単に言うと、金本位制の下では、銀行が金保有高を超える現金の融資を行うと、いつ、どんな場合に、金との交換を請求されるかわからないので、あわてて融資した現金を回収するという行動になってしまいます。金との交換を請求され、交換に応じられなければデフォルト(債務不履行)になってしまうからです。

 したがって、景気のかげりはすぐにやって来ます。

 金本位制の下では、いつも政府と中央銀行で保有している金(gold)をかき集めて足りるかどうかを心配していなければなりませんでした。自国の投資家や他国の政府など、誰かが政府発行紙幣を持ち込んで来て、その時ただちに金(gold)と交換してやることが出来なければ政府もまたデフォルトになります。

 中央政府のデフォルトは正真正銘の財政破綻であり、財政破綻はまさに国家の生死を分けるほど重要なテーマでした。したがって、自国通貨建て国債の発行もまた、金保有高に制限され、そうでなければ、外貨建て国債を発行しなければなりませんでした。

 このように、貨幣の本質を、金(gold)という有限のものであるという認識において生まれたものが古典派経済学であり、古典派経済学の特徴である財政均衡主義です。

 しかし、1971年に、アメリカの大統領のニクソンによって、米ドルと金(gold)との兌換停止が宣言されると、たちまち金本位制は終焉しました。これをニクソン・ショック、または、ドル・ショックと言います。

 それまで、戦争などの事情で、一時的に金本位制が停止されたことがありましたが、奇しくもそれが、金本位制に依らない経済運営の経験になっていたということもあると思われますが、ニクソン・ショックで何が起こったかと言えば、2〜3年後に各国通貨は固定相場制から変動相場制に移行したり、多少の景気変動があったりしましたが、そうしたわずかな動揺以外の重大な変化は何も起こりませんでした。

 これは、管理通貨制度が世界に受け入れられたということです。

 金本位制から管理通貨制度へ移行したからには、経済学も変わらなければならないはずでした。そして、金本位制下とは異なる貨幣、政府債務、財政政策が議論されなければならなかったはずです。

 ケインズは、金本位制下とは異なる政策を行いたいがために、金本位制からの離脱を主張していました。

 富裕層や投資家が限られた貨幣を独占し、流動性選好そして流動性の罠が発生したとしても、それを非難したところで、あるいは、富裕層への増税を主張したところで、政治力でどうにもなりませんでした。事実、ケインズは富裕層への増税を主張したために、学会から役職を奪われ、仲間からも絶交されるなどされ、社会的に報復を受けました。

 ケインズは、富裕層への増税がそれほどまでに難しいのならばと、金本位制からの離脱を主張したのです。

 政府が、貨幣を金(gold)の保有量に拘束されず自由に発行できるなら、貨幣の増刷はインフレをもたらしますから、富裕層のため込んだ貯蓄の実質価値を減少させ、実質的に課税したことになります。

 金本位制から脱した現代の銀行は、融資で財市場に出した現金を金(gold)と交換する義務はないので、融資の総額を金(gold)の保有量に拘束される必要はありません。銀行は中央銀行の法定準備率(預金の種類や額に応じて0.05%〜1.3%が定められている)さえ守っていれば、いくらでも自由に融資できます。

 中央銀行もまた貨幣を自由に発行できるようになりました。金(gold)との交換を請求される心配はありません。

 これは決定的に重要なことです。政府も中央銀行も『黄金の拘束衣』を脱いで、身軽になり、清々しい気分になることが出来たのです。

 ところが、『黄金の拘束衣』を脱ごうとしない者がいるのです。それは古典派経済学と、これに従う政治家とマスコミです。

 古典派経済学の黒幕はアメリカのウォールストリート、シカゴボーイズなどと呼ばれ、または、ユダヤ資本とも呼ばれます。彼らにとって、インフレを起こされ、貯蓄の実質価値を減少させること、自らの資本の希少性からもたらされる利益を手放すことなどは絶対に認められないのです。

 そこで、彼らはお金で経済学者を買収し、金本位制からの脱却後も、貨幣増刷に限度があるかのように語り続けさせたのです。ただし、今度は、通貨発行量は政府債務であり、政府債務は、金(gold)の保有量ではなく、GDPとか税収とかに比べて大きすぎてはならないと言い出しました。

 通貨発行権を持つ国家においては、デフォルトはなくなり、インフレおよびハイパーインフレだけが財政破綻の意味になるのに、それから目を背けさせたのです。

 財政破綻の意味が変われば、この世の全てが変わります。

 管理通貨体制になった世界では、政府財政にデフォルトはあり得ません。インフレ、強いインフレ、そして、ハイパーインフレが存在するだけです。

 インフレ、そして、ハイパーインフレの研究がつまり財政破綻の研究です。インフレやハイパーインフレが国民生活と経済成長に何をもたらすのかを研究すれば、財政破綻の問題は簡単に解決できます。

ケインズの経済学が革命であったのは、それまでの古典派経済学が、金本位制の、金(gold)の量に拘束された兌換貨幣をもって行う財政均衡を必須とする経済学であったのに対し、ケインズ経済学では、所得再分配を行うために富裕層への重税を主張しただけでなく、それが出来ないと見れば、今度は、金本位制から解き放たれた管理通貨制度によって、無制限の貨幣発行を目指したからです。

(引用終わり)

ケインズ経済学になぞらえていますが、要するに金本位制を止めた時点で通貨の発行の限度は中央銀行の判断に任されたはず。
ところが世界の中央銀行は、国家、国民を見て通貨発行の量を決めるのではなく、世界の金融筋の顔を見て通貨発行を決めている。

それもそのはず、世界中の中央銀行はロスチャイルドの様な金融資本に牛耳られ、各々の国家の事情によって通貨の発行をすべきところ、世界共通のやり方(国際金融理論)でするように圧力をかけている。

通貨発行権というものが国家に握られているならば、そうはさせないはず。
金本位制を止めた時点で通貨発行権は国家が持つべし。

通貨発行権は国家がもち、国家の都合に合わせて、ハイパーインフレが起きない程度で発行すれば良い。
そうすれば、どの国家も財政破たんの心配などしなくて済む。
また通貨管理を金本位制の延長でやっている現在は、限られた通貨は富裕層に集まり、その分、貧困層は通貨が不足すると言う、いわゆる格差が広まる。

通貨発行権を国家がもち、政策として貧困層に通貨がわたるようにすれば(富裕層から取り上げるのではなく)、貧困問題は解消できる。
そうなれば、富裕層は自分がためた通貨の価値に疑問を呈することになる。
金を必要以上にためることに意味がなくなる。
そのような社会こそ、好ましい社会ではないか。

上記の文章は、言いかえれば、このようなことを言っている。
要するにヘリマネ論を言っている。
それが経済学的に成立することを言っている。

けっこう 毛だらけ ネコ灰だらけ ではないか。
メンテ
経済理論の大転換 2 ( No.260 )
日時: 2017/12/21 08:45
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:JaBlAQvg

日時: 2017/09/09 14:24
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:oWR.QT0E

以下は全文引用
https://sites.google.com/site/nekodemokeizai/chi-xu-ke-nengna-jing-jiheno-lue/okaneni-yi-cunshinai-jing-jiha-ke-nengka


通貨制度とは何か (信用通貨と政府通貨)


(じいちゃん)

マクロ経済の運営ツールについて、今回は通貨制度について説明しようと思う。通貨制度は経済運営に極めて重要なんじゃが、どういうわけか無視されておる。というか、そもそも通貨制度には2種類ある事すら新聞マスコミは絶対に触れない。現行の「信用通貨制度」がまるで永遠不変の原則のように経済運営の前提となっておるが、ここには大きな問題も潜んでおるんじゃよ。

(ねこ)

通貨制度には2種類あるの?

(じいちゃん)

通貨制度には大きく二種類あると考えておる。
@「信用通貨制度」・・・借金によって通貨を作り出す制度
A「政府通貨制度」・・・資産として通貨を作り出す制度

@信用通貨制度

現在の通貨制度はこれじゃ。この通貨制度の最大の特徴は、通貨はすべて誰かが銀行から借りた借金によって生まれることにある。これは本当じゃ。その証拠に世の中の金融資産と金融負債の合計は必ずゼロとなる。この事が極めて重要なんじゃ。この仕組みは本サイトでは何度も説明しておるが、簡単に説明するとこうじゃ。現金は日銀が発行する。しかし発行しただけでは世の中に供給されない。この現金を民間銀行が日銀から借りるんじゃ。そして日銀から借りた現金を元にして、民間銀行が企業や個人に貸し付ける。これによって初めておカネが世の中に流れだすんじゃ。誰かが借りることで世の中におカネが供給されるということは、世の中のおカネはすべて借金から出来ていることになる。逆に言えば、世の中の企業や個人がおカネを借りなければ、世の中のおカネはすべて消滅して経済はマヒする。これはバランスシートという帳簿の性質上、必ずそうなる。

つまり、現代の資本主義経済は「借金経済システム」だと言えるんじゃ。誰かが常に借金し続けなければ経済がマヒしてしまう。今は世界不況でおカネを借りる人が減っている。だから、日銀が必死になって企業や個人の貸し出しを増やそうと金利を下げておるんじゃ。

(ねこ)

誰かが借金しないとおカネが消えて経済がマヒする制度なんて、根本的におかしいにゃ。でも、どうして今まで問題にならなかったのかにゃ?

(じいちゃん)

そこが重要じゃ。高度経済成長期のように経済成長が著しい時代では、投資によって儲けが出る。じゃから銀行から借金して投資する企業や個人がいっぱい居たんじゃ。だから世の中の借金がどんどん増え、それによって世の中のおカネもどんどん増えたんじゃ(信用拡大)。するとおカネの不足によって生じるデフレのような問題は生じない。むしろ借金が多いために世の中のおカネの量も過剰になり、インフレになるんじゃ。だから、経済成長率が高い時代では、資本主義が借金経済システムであったとしても問題にならなかった。

ところが世界経済は低成長の時代となり、投資しても儲からなくなった。こうなると銀行から借金する人がどんどん減る。すると世の中の借金がへるから、同時に世の中のおカネが減少し、デフレとなる。

このデフレは企業や個人が借金をしないから生じている。放置すれば世の中のおカネはどんどん減る(信用収縮)。そこで仕方なく政府が借金するんじゃ。これによって政府の借金が増えるが、世の中のおカネの量は維持できる。この維持されているおカネが家計や企業の貯め込んでいる金融資産=預金なんじゃよ。ところが、財務省が騒ぎ始めた。国の借金ガーじゃ。しかしすでにお分かりのように、政府の借金を返済すると世の中のおカネの量が減るから家計や企業の貯め込んでいる金融資産は激減するはずじゃ。

このように、経済成長率が低下した時代になったため、信用通貨制度の矛盾が明らかになってきたんじゃ。この矛盾をごまかすためにグローバル化が推進されておるとも言える。多くの人は新聞マスコミによって洗脳されておるので、通貨制度はこの信用通貨制度しかないと信じ込んでおる。しかし通貨制度には別の選択肢もある。

A政府通貨制度

歴史的にはこの制度の方が遥かに古い。この通貨制度の最大の特徴は、通貨は借金と無関係に供給される点にある。じゃから世の中の金融資産と金融負債の合計は必ずプラスになる。この事が極めて重要じゃ。つまりこういう事じゃ。先ほどの信用通貨制度の場合、おカネは誰かが借金しないと生まれないため、常に誰かが借金する必要があった。政府通貨制度の場合は誰も借金しなくてもおカネは生まれる。だから世の中のおカネの量を維持するために政府が借金する必要はまったく無い。

具体的な通貨供給のしくみはこうじゃ。まず日銀が現金を発行する。これを政府が財政支出で使用し、インフラや医療・社会福祉などに使う。これで世の中におカネが流れ出す。実に簡単じゃ。ただしこの方法を高度経済成長の時代に行うと大変な事になる。高度成長期にはただでさえ借金して投資する企業や個人が多くて、世の中のおカネが増えているのに、政府が財政支出なんかしたら、おカネだらけになってインフレが激しくなるんじゃ。これが可能なのは先進国が低成長の時代に移行したからじゃ。そういう時代になったんじゃ。

つまり、高度成長の時代と低成長の時代で、同じ通貨制度を使い続ける必然性はない。それぞれに適した通貨制度を選択すべきということじゃ。そして、信用通貨制度と政府通貨制度をミックスして運用することも可能じゃ。時代の変化に合わせて柔軟に対応すべきじゃが、新聞マスコミは必死になって@信用通貨制度を擁護し、A政府通貨制度を批判する。財政ファイナンスガーというのがそれじゃ。新聞マスコミが反対する理由はおそらく次のようなことじゃろう。@は銀行の利益を生むが、Aは銀行の利益を生まない。つまり金利収入が発生するかしないかじゃ。世の中はそんなもんじゃよ。

(ねこ)

決局は、カネへの欲望が世界を支配してるんだにゃ。

<余談>

(じいちゃん)

そもそもおカネは制度として生まれたものではない。国つまり政府が誕生する以前から物々交換の媒介として何らかのモノを利用することで、原初のおカネの概念が生まれたんじゃ。古代のおカネは政府が作るわけではないので、黒曜石のような矢じりの原料が使われることもあった。実用品じゃな。つまり実際に使用価値があって、腐らない(価値が保存される)ものがおカネとして利用されていた。

国家が誕生すると、国つまり政府がおカネを発行するようになった。ローマ時代や江戸時代ではおカネは政府が発行しておった。これが「政府通貨」じゃ。多くの場合は金貨や銀貨のような貨幣がおカネとして作られたんじゃ。金や銀は実用品でもある。だから実際に使用価値があるし腐らない(価値が保存される)。そいうものをおカネとしていた。政府は金山や銀山を保有して金を掘り起こし、おカネを作った。そのおカネを使って城や公共の建物を建設したわけじゃ。

こうしたおカネは社会で流通する。するとおカネを貯め込む金持ちが現れたんじゃ。こうした金持ちはしこたま金貨や銀貨を貯め込んだが、こうなると泥棒に狙われる恐れが出てくる。そこで、武装した警備員に守られた貸金庫業者におカネを預けるのが安全じゃ。貸金庫業者は預かった金貨や銀貨の預り証を発行したんじゃ。そしてこの預り証を貸金庫業者に渡すと、いつでも金貨を引き出すことができる。この預り証がのちに銀行券(紙幣)となるんじゃ。たとえば金持ちが金貨1枚の預り証をもって肉屋で肉を買う。すると肉屋はこの預り証をもって貸金庫業者へ行けば金貨1枚と交換できるわけじゃ。じゃから、いちいち金貨を使って売買する必要はないんじゃ。

こうして貸金庫業者は銀行となり、銀行券つまり紙の通貨が生まれた。しかし金や銀と違って、紙のおカネには何ら使用価値はない。なぜ価値があるかと言えば、金や銀と交換できるという信用があるからじゃ。これが「信用通貨」のはじまりじゃな。この信用通貨の問題は、信用がどんどん膨張することにある。金や銀などのモノと違って信用は膨張する。どういうことか。

銀行はおカネを貸して利息を稼ぐ。ところで銀行は預かった金貨を貸すのではなく、預り証である銀行券を貸し出していた。銀行券はそもそも預り証じゃから本来は金貨の量と銀行券の量は同じであるはずじゃ。ところが銀行は保管している金貨の量の何倍もの銀行券を発行して、それを貸し出すようになった。金貨の何倍もの銀行券を発行することを「信用創造」という。この信用創造の仕組みが現在の銀行制度の根本的な仕組みにもなっておる。ただし預かっている金貨の何倍もの預かり証を発行すれば、大勢の人が一度に金貨を引き出しに銀行へ来ると金貨が足りなくなってしまう。これが取り付け騒ぎじゃ。じゃから「銀行券を金貨の何倍まで膨らませてよいか」というルールが必要となる。これが準備預金制度と呼ばれる考えの原点となるんじゃ。現代ではおよそ50倍から100倍程度じゃ。こうしておカネが何倍にも膨らむため、バブル経済を引き起こす根本的な原因となる。

しかし、現代の民間銀行は金貨を預かっているわけではない。金貨の代わりに銀行が預かっているのが「現金」じゃ。銀行は預かっている現金の何倍ものおカネを「信用創造」で貸し付けておる。この時に貸すのは銀行券ではなく「預金」じゃ。預金は現金と同等に扱われるので信用通貨なんじゃ。こうして、もともとは「政府通貨」として発行されてきた金貨や銀貨などに代わって、銀行が「信用通貨」を発行するようになったんじゃ。つまり、こうした流れを見ても、通貨を発行する役割が銀行である必要性は何もない事がわかる。銀行がおカネを発行する役割を担うのは、単なる慣習に過ぎんのじゃ。だから、何も信用通貨に執着する必要はない。政府が政府通貨を発行することは自然じゃ。実際、500円や100円のような少額貨幣については日銀ではなく、今でも政府が発行しておる。そして、信用通貨を制限して政府通貨を主体とする通貨制度にすれば、おカネが何倍にも膨らむことがなくなるため、バブル経済は発生しなくなるんじゃ。

こうした話は新聞マスコミには絶対に出てこない。ということは、強烈なタブーであって、非常に危険を伴う話じゃ。こんな事を平気で書いておると、このサイトもそのうち閉鎖されるか、暗殺されるも知れんのう。

メンテ
経済理論の大転換 3 ( No.261 )
日時: 2017/12/21 09:03
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:JaBlAQvg

(お金の話し イ)

日時: 2017/09/10 18:36
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:mt0N01uQ

順序が逆であったかも知れません。
そもそも、皆さんが思っているお金とは何かという事について皆さんの答えは如何でしょう。
普通は、金がないと生活できない。
出来るだけ多くのお金が欲しい等と言う思いがあるでしょう。

そうではなく、もっと本質的なお金の概念です。
これは日常生活においては不必要な概念であり、皆さんが認識していなければならない問題でもありません。
ですが経済を論じる場合はそうではありません。
そもそも「お金とは何か」から話しをはじめねばなりません。
少し解りにくい概念ですが、辛抱して読んでください。
お金とは何かについては、あと2、3回のレスを続けます。


@お金とは何か

https://ameblo.jp/reisaiouen/entry-11875327683.html

 お金は物々交換の仲介手段として人類史に登場しました。物々交換の仲介手段としてのお金は、一旦、大事な米や野菜などの生活物資と交換されるのですから、海のものとも山のものとも分からないものに変えてしまって大丈夫だろうか、ちゃんと自分の必要とするものと交換できるのだろうかという不安を振り払ってくれるものでなければなりません。

 そこで、最初は、金や銀などの貴金属がお金として使用されました。金や銀といった貴金属は必ず誰か(権力者や富裕層)が欲しがるという意味における価値の普遍性があり、その価値に依存することで物々交換の仲介手段としての信用を得ていたのです。
 しかし、紙幣のほうが利便性が高いことから、政府がいつでも金銀と交換してくれるという役割を持つ紙幣が登場し、紙幣