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[1711] 経済の話し
日時: 2013/03/12 23:22:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:1363098145

最近、阿修羅掲示板に良く投稿される「あっしら」のサイトへ行ってみました。
ttp://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/index-as.htm

HNは「あっしら」と名乗られているが経歴は解りませんが、資本主義経済のシステムが持っている色々な矛盾を説く解す能力豊かな、経済に強い確かな方と見受けしました。
その一部を転載します。



「供給=需要」の向こう側 <想像力から創造力へ> S子
         
「利潤なき経済社会」を興味深く、また、意義深く読ませていただ
いております。資本主義経済において、結局、私たちが見誤ったも
のは、マネーにおける「目的」と「手段」をはき違えたことにある
のは間違いないだろう。経済活動における潤滑油とはマネーであり
、そのマネーが滞ることなく流通し、循環してこそ経済の活性化を
見ることができ、個々人としての生きる活動も活発化してくる。

それはまるで私たちのからだを流れる血液のようなもので、血液が
さらさらの状態であれば私たちは健康で日々を無事に過ごすことが
できる。が、血液がどろどろ状態になり、この流れが悪くなり脳で
詰まれば脳梗塞が起き、その部分の脳組織が壊死してしまい、私た
ちは失語症になったり、半身不随になったりする。

資本主義も当初はマネーがモノを交換するための「手段」として流
通していたが、資本主義が成熟してゆくにつれて、いつの間にか「目
的」と化した。マネーの目的化はつまるところ全てを目的化させてし
まい、私たちにあらゆるものの「本質」を見る目を喪失させた。
これは事実である。

そして、それが「供給=需要」という経済活動を必然的に生じさせ
、モノに溢れた社会が誕生した。「供給=需要」という経済活動は
よくよく考えてみれば、「与えられた人生」を送ることになり、
そこには自主性や主体性はなくても私たちは「与えられたモノ」を
購入し、そこそこ無難な人生を送ることができる。

私たちが無難だと錯覚し、安心してしまうのは、周囲が皆「与えら
れたモノ」である「同じモノ」を持っているからである。つまり私
たちは「与えられた、同じモノ」を持つことによって人生の安定や
幸福の尺度をはかっていた可能性がある。「供給=需要」という経
済活動では、人間の欲求すらも本質から遠ざけてしまうということ
である。

本当に自分が欲しいモノだったのか、他人が持っているから欲しい
のか、テレビコマーシャルで見たから欲しくなったのか、売り込み
にきたから購入したのか、ないと困るほどではないがあって困るほ
どでもないので購入したのか等、心から欲しているものではなく、
供給されたから需要したという構図が自然と生まれる。それを自分
の欲求があったから買ったと、私たちは錯覚しているにすぎない。

こうして私たちは「与えられた人生」を無難に安定して生きること
で、「危機感」を抱くことなく日々を過ごし、人生を終える。人間の
三大欲求であり生きる基本の「食・性・寝」も既にこの「供給=需
要」という経済活動に組み込まれ、マネーの目的化とともに人間と
しての本能を私たちは喪失しかけている。現代人はこの自覚すらも
ないという悲しい状況におかれているのである。

しかし、マネーの目的化による「供給=需要」という経済活動では
経済成長が持続できないどころか、経済の空洞化を生み失業者を増
加させ、個人としての生きる活動が阻害されてしまう。そのことに
気づいたのが、今回の欧州連合憲法批准拒否の仏国民である。拡大
EUの存続に待ったをかけた格好となったが、「危機感」を抱いた彼
らの人間的本能はまだ廃れていないどころか、十分に健在である。


(中略)

ひるがえって日本を見れば、「供給=需要」人生が非常に行き届い
ており、大人も子供も主体性をなくし、自信喪失し、想像力にも欠
け生きる気力も無い状態に置かれている。だから米国の言いなりに
しか生きることができないのである。「供給=需要」という「与え
られた人生」を送ることは確かに楽ではある。が、そこには「自分
」というものがない。この人生を生きる「自分」がないのである。

だから真の喜びや真の悲しみを味わうことはまずないだろうし、
そこそこ無難で安定した人生を送ることで「危機感」を覚えること
もまずないだろう。実はそれこそが問題なのである。「危機感」を抱
くこともなければ、正直な話がまともに「自分」とは向き合えない。
「自分」という人間のこともわからずして終える自分の人生って一
体何??ということになる。

マネーが目的化されることで「供給=需要」という経済活動が必然
的に生じ、「与えられた人生」を送ることで私たちは主体性を失い
、自信を失い、生きる源泉ともいえる想像力までも失った。また、
そういう場所さえも失った。想像力を失えばこの世で実現する創造
物さえもなくなるのである。つまり来るべき未来が描けない。

「利潤なき経済社会」ではマネーを手段に転落させることで、資本主
義の論理が大きく揺らぐだけではなく、世界の構造が大きく転換し
てしまう。これまで築き上げてきたもろもろが崩壊に直面している
と言っても過言ではない。それは日本が明治維新以降追求してきた
西洋文明であるかもしれないし、合理化の名のもとに推進されてき
た科学万能主義であるかもしれないし、それを基点とした物質文明
であるかもしれない。

「供給=需要」人生で「危機感」を抱くこともなくなった私たちが
、価値観の転換をはかることは容易にできそうもないのは明白だ。
しかし、マネーの目的化による「供給=需要」経済活動では世界は
やがて行き詰まる。価値観の転換は時間も要するだろうが、案外石
油の枯渇がその契機になりはしないかと、私は密かに思っている。
その「危機感」が「自分」と真剣に向きあうことになり、それが男
女双方への理解へと向かわせる。そこから男女双方の想像力が生ま
れ、それが創造力へとつながり実現化し、新しい未来が描けるとい
うものである。

(引用終わり)
メンテ

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Re: 経済の話し ( No.51 )
日時: 2013/10/05 14:57
名前: グッキー ID:kW5ScYuA

橋立さん

>人から異論を言われると、それは、その人間が判っていないとして、自分の都合のよいように決め付け議論を逃げる。
要するに上記の言葉は発想のことを言っているのであり、
その根拠の希薄さが共通しているといっているのです。

根拠の希薄さとは何のことでしょう??
結論だけ思い込みで有るのではないですか??

>他のスレッドでガブスレイの拮抗論を展開されているようで、拝見しましたが、
そのガブスレイの拮抗論自体が現代にそぐわないのではないでしょうか。

ガルブレイスの思想、何が現代にそぐわないのでしょう??
現代社会について教えてくれるところが多々有ると思いますが。
もちろん完全な拮抗力など望むべくも有りません。
重要なのは拮抗力の無さで寡占による超過利潤が生まれるということです。

その思想が何で現代にそぐわないのですか??
思い込みによる結論だけでは有りませんか。

>お蔵入りになった理論を展開されても意見が合わないでしょう。

重要な思想を勝手にお蔵入りさせたのは現代人です。
その為に経済危機が起きている。
橋立さんは現代人の行動がすべて正しいといういうことに基づいて
言っている。
現代人の行動がすべて正しければ、戦争も経済危機も起きません。

>貴方は何やかや言いながら、肝心のところは従来の認識(古典的経済論)から一歩も出ていません。
以前から、このことは指摘し続けているでしょう。

従来の考えを利用し、それを発展させて行くというのは当然のことでしょう。
だから歴史を学び、従来の思想を学ぶんですよ。
一歩も出ていないといって間違いでないことは変わるわけが有りません。
それに色々な考えを継ぎ足していくだけです。

従来とは関係ない、まったく新しいことを考えるなんて、まずありえないことです
メンテ
Re: 経済の話し ( No.52 )
日時: 2013/10/05 15:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:cBzXh4k.

>根拠の希薄さとは何のことでしょう??
>結論だけ思い込みで有るのではないですか??

ならばNo37で問いかけた下記の文章に対する貴方の意見を述べられたし。

これらのことを生活と言う面から総括しますと、下記の2つの問題が生じています。

1 資本主義経済論の中核としての需要と供給と言う面から言うと、需要地(消費地)と供給地(生産地)がかけ離れてしまい、需要と供給を通した貨幣の流れで見ると地域にとって必要な貨幣の循環が得られなくなっている事です。

2 生産技術の発達は、需要と供給を通して人々は得られるべき通貨の配分が必要十分には出来なくなった事です。
  所謂、生産現場で得られる収入の総体は、需要を必要とする人々の生活費の総体よりも少なくて済むようになってしまっているの  す。要するに失業者が多く発生している事です。

商品の流れだけを見ていると需要と供給のバランスが取れていても、それを介在して生きなければならない人たちにとって、もは や資本主義経済の根本理念、需要と供給と言う法則は、頼る事が出来ない法則となっているのです。
 実質、古典資本主義経済の理念は崩壊しているのです。

1及び、2の分析について、思い違いがあると断言されるのですか。
この分析が違うと言う前提に立たれているならば、もはや何も言う事はありません。


>ガルブレイスの思想、何が現代にそぐわないのでしょう??

ガブスレイもケインズもゲゼルも、上記の条件を自分の理論に入れていないからです。認めていないからです。

>従来の考えを利用し、それを発展させて行くというのは当然のことでしょう。
>だから歴史を学び、従来の思想を学ぶんですよ。

それは書生の議論でしょ。
私は、今、それをやっているのです。

>それを発展させて行く

メンテ
Re: 経済の話し ( No.53 )
日時: 2013/10/06 01:53
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:n.Wv6Rz2

グッキーさんとの長い議論で、半年前に、このスレッドを立ち上げた頃の認識をすっかり忘れていました。

標題の文章に続くNo1〜3で紹介しています、他の方の意見に基づき、このスレッドを立ち上げました。
当初のものは、市場主義経済を廻る危機感をしっかりと捉えている文章です。

その後、貨幣と言うものに言及し、基軸通貨のことにも少しではありますが触れています。
私もですが、多くの方が資本主義のシステムの行く末を危ぶんでおられる事が判り、力強くもあり、このテーマの難しさを実感しなおした次第です。

しかし、対案となると、誰もが糸口さえ掴みきれていないテーマでもあります。

皆様も、もう一度読み返していただき、今、何を考えねばならないかを共有して欲しく思います。


メンテ
Re: 経済の話し ( No.54 )
日時: 2013/10/06 03:06
名前: グッキー ID:Se0h.E.c

橋立さん

>1 資本主義経済論の中核としての需要と供給と言う面から言うと、需要地(消費地)と供給地(生産地)がかけ離れてしまい、需要と供給を通した貨幣の流れで見ると地域にとって必要な貨幣の循環が得られなくなっている事です。

これは距離の遠さとは関係無いと考えます。
寡占市場の商品と競争市場の商品との交換はアンフェア・トレードに成るのです。
従って競争市場の商品を生産しているものは貧しくなって行くのです。

>2 生産技術の発達は、需要と供給を通して人々は得られるべき通貨の配分が必要十分には出来なくなった事です。
  所謂、生産現場で得られる収入の総体は、需要を必要とする人々の生活費の総体よりも少なくて済むようになってしまっているの  す。要するに失業者が多く発生している事です。

これも寡占市場の問題です。
100円の商品を生産し90円の需要しか造らないのに100円で売ろうとする。
寡占市場で生産調整するからです。
しかしいくら生産調整しても需要を減らして行けば切が有りません。

1、富の総量、商品、サービスの生産を増やさなければ人々は豊かに成らないのに
寡占市場では生産を抑制して利潤を得ようとします。
それで失業が発生します。

2、そして金利がマイナスに成らないため、資本は利潤を得られなければ
生産を中止してしまいます。

1,2がガルブレイスとケインズが指摘したことで、
現在まさにそれが原因で経済危機に陥っています。

>そのガブスレイの拮抗論自体が現代にそぐわないのではないでしょうか。
ケインズ、ゲゼルも同じで、彼等の理屈で問題が解決できるなら、鼻から其れによればよいでしょう。

鼻からそれによれば良い、と言っても、実行しないもの解決のしようが無いでしょうww

>貴方は何やかや言いながら、肝心のところは従来の認識(古典的経済論)から一歩も出ていません。

私はガルブレイス、ケインズ、ゲゼルの理論を融合させそれを発展させた。

個人消費で需要を管理する、誰も言ってないことです。
労働需給を需要超過にしなければ経済成長しない、誰も言ってないことです
地球を財産とする財産制度に問題を提起した、誰も言ってないことです。

>お蔵入りになった理論を展開されても意見が合わないでしょう。

お蔵入りになったから駄目だなどと言うのは、天動説を信奉している
様なものです。
みんなが天が動くと言ってるから天が動く何て言われても、、、

理論や思想というのは、過去に有ったものを参考にし、それを自分なりの考えで
発展させたものがほとんどです。
何故なら人間は過去の蓄積から学ぶからです。
科学の世界ではお蔵入りになった理論を取り出して、それを発展させた
理論がいくらでも有ります。

お蔵入りになったとは、みんなが駄目だと思ったということでしょう。
天動説はお止めください。

実際はガルブレイス、ケインズ、ゲゼルの理論は反論され否定された
ものでは有りません。
都合が悪いから隠されただけのものです。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.55 )
日時: 2013/10/06 13:54
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:n.Wv6Rz2

生活費は働く場所があって、始めて手に入れる事が出来るもの。
その昔、生活に関わる多くの商品は、その地域または広域で見ても国内の誰かが生産し、生産する事によって収入が発生する。
生産技術がまだ未発達のころは、人力によるところが多く、沢山の労働者が必要であった。

それが現在では、第一次産業、第二次産業を含めて、働く必要のある人々の30%も吸収しない現実。
販売にしても、大手量販店の進出、ネット販売の増加などで、全国の小売業が壊滅状態になっている現実。
省力化の名の下に、正規労働者を減らし、必要なときに最低限の人件費に抑える為に非正規雇用に切り替える企業群。
全て、これらのせいで満足な収入が得られないワーキングプアと呼ばれる人々が年々増えてきている現状を

飽くまでも
「これも寡占市場の問題です」

と平然と言ってのけ、それで済ます、その無頓着さ、無責任さ、認識のなさ。
その言葉を裏付けるに、


100円の商品を生産し90円の需要しか造らないのに100円で売ろうとする。
寡占市場で生産調整するからです。
しかしいくら生産調整しても需要を減らして行けば切が有りません。

1、富の総量、商品、サービスの生産を増やさなければ人々は豊かに成らないのに
寡占市場では生産を抑制して利潤を得ようとします。
それで失業が発生します。

2、そして金利がマイナスに成らないため、資本は利潤を得られなければ
生産を中止してしまいます。

1,2がガルブレイスとケインズが指摘したことで、
現在まさにそれが原因で経済危機に陥っています。


のように、なんとも浅はかな情緒論。
さらには、私の問いかけに答えたつもりの抽象論。

はっきりと言いまして、経済を論じているとは全くいえない、漫画の世界。

このスレッドでは、始めから、そんなレベルの話しはしておりません。

メンテ
Re: 経済の話し ( No.56 )
日時: 2013/10/06 17:41
名前: グッキー ID:Se0h.E.c

橋立さん

すべて情緒論、抽象論、漫画の世界という結論だけで
終わりでっすか。
これが橋立さんが、思い込みで結論だけ有るという証明です。

プロセスの無い結論は、すべて思い込みによる結論と
見做します。
メンテ
とりあえず 大団円 ( No.57 )
日時: 2013/10/06 18:42
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:n.Wv6Rz2

>これが橋立さんが、思い込みで結論だけ有るという証明です。

その警鐘をありがたく受け止め

そうは、ならないように留意する事にしましょう。
メンテ
アメリカのデフォルト ( No.58 )
日時: 2013/10/10 01:28
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:wKq22xiE

米国デフォルトなら未曾有の大惨事−リーマン・ショック凌駕 
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-MUA2J16K50YE01.html

約5年前の米証券会社リーマン・ブラザーズ・ホールディングスの経営破綻を覚えている人なら、世界的な金融の惨事とは何かを知っている。だが、米議会が数週間以内に連邦政府の債務上限を引き上げず米政府がデフォルト(債務不履行)に陥れば、経済における悲惨さは世界が経験したことのない規模になりそうだ。

世界最大の債務国によるデフォルトは近代史には前例がない。仮に現実となればブラジルからスイスに至る世界の株式市場が壊滅的な打撃を受け、米国債に依存する投資家向け融資の仕組みが停止する。個人や企業の借り入れコストは膨らみドル相場は急落、米国と世界の経済はリセッション(景気後退)入りし、恐慌を招くかもしれない。資産運用者やエコノミスト、バンカー、トレーダー、元政府当局者を取材すると、米国のデフォルトは金融の終わりに他ならないとの見方が多かった。

12兆ドル(約1165兆円)の国債発行残高はリーマンが2008年9月15に連邦破産法11条の適用を申請した際の負債残高(5170億ドル)の23倍。債務上限の引き上げをめぐり政治家の対立が続く中、バークシャー・ハサウェイのウォーレン・バフェット会長兼最高経営責任者(CEO)やゴールドマン・サックス・グループのロイド・ブランクファインCEOは、過度の与野党対立は破滅的だと警告している。

債券運用で世界最大手の米パシフィック・インベストメント・マネジメント(PIMCO)のモハメド・エラリアンCEOは米国のデフォルトについて、「実際に起これば、法的な問題が続出し、多くの他市場にもデフォルトが広がる恐れがある」と指摘。「全てが経済成長に対する逆風を強め、世界経済における米国の役割を損ねるだろう」と語った。

ブッシュ前政権で財務次官補を務めた経歴を持つ仏BNPパリバのマネジングディレクター、ティム・ビッツバーガー氏は、米国債の「利払いが履行されなければ、リーマン・ショックなど取るに足らないものとなる」と予想。「リーマンは単独の企業だったが、今議論されているのは米国の政府だ」と述べた。


「リーマンショック」

2007年のサブプライムローン(サブプライム住宅ローン危機)問題に端を発した米国バブル崩壊を動機に(サブプライムローンという債権をあたかも資本と思い込ませた借金の転売による多重債務)、多分野の資産価格の暴落が起こっていた。リーマン・ブラザーズも例外ではなく多大な損失を抱えており、2008年9月15日(月)に、リーマン・ブラザーズは連邦破産法第11章の適用を連邦裁判所に申請するに至る。この申請により、リーマン・ブラザーズが発行している社債や投信を保有している企業への影響、取引先への波及と連鎖などの恐れ、及びそれに対する議会政府の対策の遅れからアメリカ経済に対する不安が広がり、世界的な金融危機へと連鎖した。日経平均株価も大暴落を起こし、9月12日(金)の終値は12214円だったが、10月28日には一時は6000円台(6994.90円)まで下落し、1982年10月以来26年ぶりの安値を記録した。


負債総額、約6000億ドル(約64兆円)という史上最大の倒産劇へと至り、「リーマン・ショック」「リーマン・クライシス」として世界的な金融危機を招いた。

アメリカ合衆国財務省や連邦準備制度理事会(FRB)の仲介の下でHSBCホールディングスなど[1]複数の金融機関と売却の交渉を行っていた。日本のメガバンク数行も参加したが、後の報道であまりに巨額で不透明な損失が見込まれるため見送ったと言われている。最終的に残ったのはバンク・オブ・アメリカ、メリルリンチ、バークレイズであったが、アメリカ政府が公的資金の注入を拒否[2]していたことから交渉不調に終わった。しかし交渉以前に、損失拡大に苦しむメリルリンチはバンク・オブ・アメリカへの買収打診が内々に決定され、バークレイズも巨額の損失を抱え、すでにリーマン・ブラザーズを買収する余力などどこも存在していなかった。リーマン・ショックの経緯についてはアンドリュー・ロス・ソーキン著の「リーマン・ショック・コンフィデンシャル」に詳細に説明されいる。

日本は長引く不景気からサブプライムローン関連債権などにはあまり手を出していなかったため、金融会社では大和生命保険が倒産したものの直接的な影響は当初は軽微であった。しかし、リーマン・ショックを境に世界的な経済の冷え込みから消費の落ち込み、金融不安で各種通貨から急速なドル安が進み、米国市場への依存が強い輸出産業から大きなダメージが広がり、結果的に日本経済の大幅な景気後退へも繋がっていった。

(引用終わり)

アメリカの政府機関閉鎖も1週間が絶ち、いよいよ焦点は10月17日になといわれているデフォルトの問題となってきた。
冒頭の記事のようにテンヤワンヤの騒ぎであるが、結局は政治屋共の出来レースとなるであろう。

誰もが真剣で財政のことなど考えていないし、経済の仕組みのことを考えていない。
「リーマンショック」を紹介した記事の様な事が起きてたらしいが、我々の生活に実感はない。

2008年といえば僅か5年前、我々が経済的に困窮しているのは20年も前からの話しであり、ここ5年間で特に何かを感じた訳ではない。
感じといえば、日本のバブルの崩壊を契機に景気が悪くなったことである。
しかも、底辺の景気の停滞は、それ以上古く、1985年頃からの、プラザ合意があったころより企業が生産拠点を本格的に海外移転させ始めたころから始まっている。

リーマンショックで消費が落ち込み、経済の大幅な景気後退があったとは、実際に何を指しているのであろうか。
要するに金融業者、株式、相場をやっている連中の間の話ではないか。
その証拠に、GNPも2008年に少し落ち込んだだけで落ちも上がりもしていない。
この状況は、その以前の10年まえからの傾向である。

冒頭の記事で、最初、アメリカ政府はリーマン救済に公的資金を使わないとしていたようである。
金融関係の奴等が大騒ぎする根拠は、何とかして自分たちの失敗の穴埋めに公的資金(税金)を使わせるためのパフォーマンスではないか。
卑屈で、始めから経済界の追従より出来ない経済の専門家は、かれら(ユダ菌)支援する為に、金融危機を、社会の危機のように煽っているのである。

メンテ
Re: 経済の話し ちょっと横道へ、 ( No.59 )
日時: 2013/10/10 16:03
名前: 平和ボケもん ID:KM8WQAro

皆さんの高尚な話に水を差しますが、ちょっと横道へ。

時の安倍政権に逆らうが如き行動を示した企業が有ります。

本日十日、毎日新聞朝刊の7面に載った、小さな記事。

   「大丸松坂屋200人削減
      選択定年制で 消費税増税に備えて」

と言う記事です。

この企業集団を持って居るのは “Jフロントリテイリング”と言う持ち株会社なんですが、この記事を見ると、安倍坊やがズット言ってきている三段論法とは違う見通しをこの会社は持って居るのです。

つまり、消費税を上げて健康保険料率も上げる片方で、企業に課して居た復興特別税は前倒しで廃止し、法人税率も下げる。

税負担の軽く成った企業は此れを内部保留に廻さず、@設備投資への投下、A給与の増額、に廻して貰う。

其れによって総体的な社会の消費活性化が喚起され、税収も上がる。

上がった税収で福祉が増進され、雇用も増加し、国民の生活安定が得られる。

と言う説明だったのですが、冒頭のニュースの見出しを見る限り、この会社は消費増税で確実に景気は冷え込み、会社の業績も下がる、と見通しているのです。

従ってそれに対応する為に、此れまでも度々行って来た人員削減を更に押し進めようと言う訳です。偶々大丸・松坂屋グループはその方針が公表されましたが、日本の企業社会では深く静かにこう言う事が進行しているに違いありません。つまり、安倍の言う事は真っ赤なウソです。

此の大丸・松坂屋の打ち出した事は、安倍自・公政権や、耄碌爺ィ御手洗経団連にたいする、明らかな反逆と言えるのではないでしょうか。ま、浅井・朝倉、松永弾正、荒木村重、の様に、抹殺される様な事は無いでしょうが、安倍政権にとっては実に無礼極まる行動と言えます。

安倍の馬鹿ボン、の政策で日本が良くなると言うマヤカシは、チョッとものを考える人間ならば誰でも判る事なのに、マスコミ始めうそつき自民議員たちは、平気な顔で国民を騙し続けています。

TPPもこれと全く同じ事、日本は壊滅に向かって落ち続けています。

メンテ
我、番外地に生きる ( No.60 )
日時: 2013/10/10 17:07
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:wKq22xiE

仮定の話しには空しさが付きまといますが、
こちらは元気一杯、応じられます。


輸出企業を代弁している米倉などと違い、デパート等を経営しているものにとっては、読み違いは大変な事になります。

>「大丸松坂屋200人削減
      選択定年制で 消費税増税に備えて」

これが正解でしょうね。

そうして、同じ事がアチコチで起きるはずです。

リストラが出来る企業はまだましで、何としても生きねば成らない中小零細企業では、リストラではなく、給料減額で対応する事になるでしょうね。

アベノミクスなどは、どこか遠くの国の出来事でしょう。
それか、雲の上の住人の社会の話しではありませんか。

どちらにしても、我々、日本国、番外地に居住する人間には縁のない話しのようです。
メンテ

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