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[1711] 経済の話し
日時: 2013/03/12 23:22:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:1363098145

最近、阿修羅掲示板に良く投稿される「あっしら」のサイトへ行ってみました。
ttp://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/index-as.htm

HNは「あっしら」と名乗られているが経歴は解りませんが、資本主義経済のシステムが持っている色々な矛盾を説く解す能力豊かな、経済に強い確かな方と見受けしました。
その一部を転載します。



「供給=需要」の向こう側 <想像力から創造力へ> S子
         
「利潤なき経済社会」を興味深く、また、意義深く読ませていただ
いております。資本主義経済において、結局、私たちが見誤ったも
のは、マネーにおける「目的」と「手段」をはき違えたことにある
のは間違いないだろう。経済活動における潤滑油とはマネーであり
、そのマネーが滞ることなく流通し、循環してこそ経済の活性化を
見ることができ、個々人としての生きる活動も活発化してくる。

それはまるで私たちのからだを流れる血液のようなもので、血液が
さらさらの状態であれば私たちは健康で日々を無事に過ごすことが
できる。が、血液がどろどろ状態になり、この流れが悪くなり脳で
詰まれば脳梗塞が起き、その部分の脳組織が壊死してしまい、私た
ちは失語症になったり、半身不随になったりする。

資本主義も当初はマネーがモノを交換するための「手段」として流
通していたが、資本主義が成熟してゆくにつれて、いつの間にか「目
的」と化した。マネーの目的化はつまるところ全てを目的化させてし
まい、私たちにあらゆるものの「本質」を見る目を喪失させた。
これは事実である。

そして、それが「供給=需要」という経済活動を必然的に生じさせ
、モノに溢れた社会が誕生した。「供給=需要」という経済活動は
よくよく考えてみれば、「与えられた人生」を送ることになり、
そこには自主性や主体性はなくても私たちは「与えられたモノ」を
購入し、そこそこ無難な人生を送ることができる。

私たちが無難だと錯覚し、安心してしまうのは、周囲が皆「与えら
れたモノ」である「同じモノ」を持っているからである。つまり私
たちは「与えられた、同じモノ」を持つことによって人生の安定や
幸福の尺度をはかっていた可能性がある。「供給=需要」という経
済活動では、人間の欲求すらも本質から遠ざけてしまうということ
である。

本当に自分が欲しいモノだったのか、他人が持っているから欲しい
のか、テレビコマーシャルで見たから欲しくなったのか、売り込み
にきたから購入したのか、ないと困るほどではないがあって困るほ
どでもないので購入したのか等、心から欲しているものではなく、
供給されたから需要したという構図が自然と生まれる。それを自分
の欲求があったから買ったと、私たちは錯覚しているにすぎない。

こうして私たちは「与えられた人生」を無難に安定して生きること
で、「危機感」を抱くことなく日々を過ごし、人生を終える。人間の
三大欲求であり生きる基本の「食・性・寝」も既にこの「供給=需
要」という経済活動に組み込まれ、マネーの目的化とともに人間と
しての本能を私たちは喪失しかけている。現代人はこの自覚すらも
ないという悲しい状況におかれているのである。

しかし、マネーの目的化による「供給=需要」という経済活動では
経済成長が持続できないどころか、経済の空洞化を生み失業者を増
加させ、個人としての生きる活動が阻害されてしまう。そのことに
気づいたのが、今回の欧州連合憲法批准拒否の仏国民である。拡大
EUの存続に待ったをかけた格好となったが、「危機感」を抱いた彼
らの人間的本能はまだ廃れていないどころか、十分に健在である。


(中略)

ひるがえって日本を見れば、「供給=需要」人生が非常に行き届い
ており、大人も子供も主体性をなくし、自信喪失し、想像力にも欠
け生きる気力も無い状態に置かれている。だから米国の言いなりに
しか生きることができないのである。「供給=需要」という「与え
られた人生」を送ることは確かに楽ではある。が、そこには「自分
」というものがない。この人生を生きる「自分」がないのである。

だから真の喜びや真の悲しみを味わうことはまずないだろうし、
そこそこ無難で安定した人生を送ることで「危機感」を覚えること
もまずないだろう。実はそれこそが問題なのである。「危機感」を抱
くこともなければ、正直な話がまともに「自分」とは向き合えない。
「自分」という人間のこともわからずして終える自分の人生って一
体何??ということになる。

マネーが目的化されることで「供給=需要」という経済活動が必然
的に生じ、「与えられた人生」を送ることで私たちは主体性を失い
、自信を失い、生きる源泉ともいえる想像力までも失った。また、
そういう場所さえも失った。想像力を失えばこの世で実現する創造
物さえもなくなるのである。つまり来るべき未来が描けない。

「利潤なき経済社会」ではマネーを手段に転落させることで、資本主
義の論理が大きく揺らぐだけではなく、世界の構造が大きく転換し
てしまう。これまで築き上げてきたもろもろが崩壊に直面している
と言っても過言ではない。それは日本が明治維新以降追求してきた
西洋文明であるかもしれないし、合理化の名のもとに推進されてき
た科学万能主義であるかもしれないし、それを基点とした物質文明
であるかもしれない。

「供給=需要」人生で「危機感」を抱くこともなくなった私たちが
、価値観の転換をはかることは容易にできそうもないのは明白だ。
しかし、マネーの目的化による「供給=需要」経済活動では世界は
やがて行き詰まる。価値観の転換は時間も要するだろうが、案外石
油の枯渇がその契機になりはしないかと、私は密かに思っている。
その「危機感」が「自分」と真剣に向きあうことになり、それが男
女双方への理解へと向かわせる。そこから男女双方の想像力が生ま
れ、それが創造力へとつながり実現化し、新しい未来が描けるとい
うものである。

(引用終わり)
メンテ

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Re: 経済の話し ( No.31 )
日時: 2013/10/03 15:39
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.bEgP2mM

グッキーさん

>(需要飽和経済)

>↑こんな欺瞞に満ちた話を良く書けるなーというのが感想です。
>買いたくても買えない人、山のように知っています。
>需要飽和ではなく、お金が回らなくなった貧血経済です

これは見方の問題で、生活者から見れば、グッキーさんが言う通りと思います。
ですが、買うべきものが食料など、生きる為にどうしても必要なものであれば、そう簡単に金がないから買えないでは済まされないでしょう。
どうあっても、何某かの金を調達し買うことになります。
経済学者氏が言っているのは、そうではなく、購入意欲が減退した状態(同時に身の回りの商品が十分にある)での経済成長とは、何かを考えねばならないと提言しているのだと思います。

現実の経済は、こういうことを無視してやっています(比例的成長経済とか生産性主導経済を想定して理論を組み立てているのです)。
そういう意味で
需要飽和経済の状況と言うものを、もっとしっかり認識する必要があるのではないでしょうか。
吉川洋氏塩沢由典氏の主張を詳しく知りたいと思います。



其れにしても、以下の文章は暴論の類ですよ。
そんなことで経済問題が解決できれば、どれほど気が楽になるか。

>つまりお金が実体経済に流れれば貧血経済は終ります。

問題は「お金が実態経済に流れる」とは何を指しているかでしょう。
それがヘリマネで各人に金を支給すると言う意味なら判りますが、其れに代わる方法を示唆しておられるのでしょうか。

一時期の100兆円の金で経済問題が解決出来るならば、それが保証されるのであれば、誰でもすぐにやりますよ。
何せ、年々、数十兆円の借金が増えているのです。
2年で元は取れるのです。
以後の税収不足を考えることもないでしょうし。

メンテ
Re: 経済の話し ( No.32 )
日時: 2013/10/03 18:08
名前: グッキー ID:FzYg6wrI

天橋立の愚痴人間さん

>経済学者氏が言っているのは、そうではなく、購入意欲が減退した状態(同時に身の回りの商品が十分にある)での経済成長とは、何かを考えねばならないと提言しているのだと思います。

需要が飽和し買いたいものが無いなら経済対策など要りません。
経済の話をすることも無い。

>其れにしても、以下の文章は暴論の類ですよ。
そんなことで経済問題が解決できれば、どれほど気が楽になるか。

>>つまりお金が実体経済に流れれば貧血経済は終ります。

暴論でもなんでも有りません。
貧血でも血が流れたら貧血は終わりです。
ただし貧血になった原因の治療は必要だが

思い込みでは有りませんか??
今まで上手く行かないとする論理的な説明をしたことが一度も有りません。
論理的説明無しで駄目だとするのは単なる思い込みです。

「確実に上手く行く保証が無い」なんてのは駄目ですよ。
世界の歴史で確実に上手く行く経済政策など一度も出てきたことが無い。
無いものねだりの屁理屈です

きちんと論理的に上手く行かない理由を述べなければ、
駄目だと思い込んでいるに過ぎません。


>問題は「お金が実態経済に流れる」とは何を指しているかでしょう。
それがヘリマネで各人に金を支給すると言う意味なら判りますが、其れに代わる方法を示唆しておられるのでしょうか。

戦争だろうが公共投資だろうが減税だろうが、お金が実体経済に流れれば経済は活性化
すると言っているでしょう。
ただし即効性、公正性からみて一番良いのは定額給付金だと言っているのです。

メンテ
Re: 経済の話し ( No.33 )
日時: 2013/10/03 19:58
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.bEgP2mM

>ただし即効性、公正性からみて一番良いのは定額給付金だと言っているのです。

グッキーさん、その様な事は何度も聞いて判っています。
その上で、貴方が言う定額給付金は一時的なもので、例えば、貴方が想定しておられるよりも、大目に100兆円を給付するとして、

それが一時的な救済にはなるが、その100兆円で経済が旨く行けば、もう、他の事は考える必要もないでしょう。

それくらいの事はたやすいのですから。
だが、誰もそれを言わないのは、それだけでは経済が旨く行くと思っていないのでしょう。
グッキーさんは、其処を説明する必要があるのです。

それが理論であるのに、其れに応じず、食い下がると

>思い込みでは有りませんか??

とは、

どちらが言うべきことでしょう。

私は、100兆円をばら撒けば、それだけの効果があることは間違いないですが、たった100兆円が呼び水となって、現状の経済のシステム、産業の構成が変わるとは思いません。

ここが一番肝心な事ですよ。

100兆円とは、どれくらいのものかと言いますと、
サラリーマン4500万人の給料の総額が180兆円
其れに自営業者が(1800万人)80兆円
公務員の総計で 40兆円
締めて300兆円の1/3です。

私なら、そんなものは老後の為に貯金しますよ。
自動車1台買ったら、それで終わり。

自動車会社の生産が増えるとしても、海外の拠点から輸入されれば、それだけの事。
自動車会社関係は、おそらく海外の設備投資に向ったり、内部留保に入れてしまい、結局国内で再循環する金は、半分くらいでしょう。
また、その金が、我々へ再び廻ってくる保証となると、微々たるもの。
第一、廻ってくるためには、それを受け取るべき仕事がなければ廻ってこない。

自動車関連企業には、仕事が増えても我々には関係のない話し。
家電製品など、工場生産品の購買へ消える給付マネーは、関係者、上部の富裕層をより富裕にするだけで、問題となっているグローバル化で疲弊した我々には廻ってきません。

要するに産業構造の転換は出来ません。
このあたりの事について、私の認識に間違いがあれば、具体的に説明していただきたいもの。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.34 )
日時: 2013/10/03 21:03
名前: グッキー ID:FzYg6wrI

天橋立の愚痴人間さん

>グッキーさん、その様な事は何度も聞いて判っています。
その上で、貴方が言う定額給付金は一時的なもので、例えば、貴方が想定しておられるよりも、大目に100兆円を給付するとして、
それが一時的な救済にはなるが、その100兆円で経済が旨く行けば、もう、他の事は考える必要もないでしょう。

お金は使ったら終わりではなく回転するものだというのがどうしても理解できないのですね。
あなたに支払われた設計料、生活のために使うでしょう。そしていくばくかの貯金をする。
貯金をする人が居れば借りる人が居るのが経済です。
使ったお金はまた貰った人が使う。
そうやって回るのが経済です。そしてお金の回る量が増えれば消費数量が増える。

それくらいの事はたやすいのですから。
だが、誰もそれを言わないのは、それだけでは経済が旨く行くと思っていないのでしょう。

多数で正しさが決まるものでは有りません。
みんなが天動説が正しいと思って居れば天が動くのですか

>グッキーさんは、其処を説明する

お金が増えれば消費が増えるという圧倒的統計的事実が有ります。
それが違うと言うのなら、違うという人が論理的に違うということを
説明するべきでしょう。

>どちらが言うべきことでしょう。

圧倒的統計的事実を違うと言う人が、何の論拠も無くては話に成りません。
引力が有るという人と、引力が無いという人が居たら、引力が有るという人はりんごを木から
落としてみるだけです(経済の場合は統計的事実)
それでも何の論拠も無く引力が無いと言い張るのなら妄想にしか過ぎません。

>私は、100兆円をばら撒けば、それだけの効果があることは間違いないですが、たった100兆円が呼び水となって、現状の経済のシステム、産業の構成が変わるとは思いません。

何度定額給付金は応急の対症療法だと言えば分かるのですか。
お金が回転するような経済構造に変えていかなければ成らないのは
分かりきったことです。

>ここが一番肝心な事ですよ。

>100兆円とは、どれくらいのものかと言いますと、
サラリーマン4500万人の給料の総額が180兆円
其れに自営業者が(1800万人)80兆円
公務員の総計で 40兆円
締めて300兆円の1/3です。

これも前に説明しましたが、マクロ経済の金銭感覚がずれています。
現在のマネタリーベースは180兆円くらいです。それを元に銀行が
信用創造しマネーサプライは1200兆円くらいに成ります
そのマネタリーベースを120兆円も増やそうと言うんですよ。
増やしすぎではないかと心配しているくらいです。
またお金は使って無くなるものではなく回転するものです。

>私なら、そんなものは老後の為に貯金しますよ。
自動車1台買ったら、それで終わり。

個人のことを言っても話しに成りません。

自動車会社の生産が増えるとしても、海外の拠点から輸入されれば、それだけの事。
自動車会社関係は、おそらく海外の設備投資に向ったり、内部留保に入れてしまい、結局国内で再循環する金は、半分くらいでしょう。

話がみみっち過ぎます。
グローバル化した経済では、世界経済を成長させようと思ったら、世界中で
需要を増やさなければ成らないのです。
海外の需要が増えればその国の輸入が増えます。そうするとそこに輸出した国の
需要が増えるのです。世界中で回転するのですよ。
それに国内需要が増えても輸入が増えるのは、現在の輸入割合と同じくらいでしょう。
輸入が増えすぎれば為替で調整され、輸出が増えることに成ります。

>また、その金が、我々へ再び廻ってくる保証となると、微々たるもの。
第一、廻ってくるためには、それを受け取るべき仕事がなければ廻ってこない。

消費=仕事です。これも何度も説明したでしょう。
消費が増えれば誰かの仕事が増えます。
後は個人の努力しだいでしょう。それが市場経済でしょう。

>自動車関連企業には、仕事が増えても我々には関係のない話し。
家電製品など、工場生産品の購買へ消える給付マネーは、関係者、上部の富裕層をより富裕にするだけで、問題となっているグローバル化で疲弊した我々には廻ってきません。

馬鹿を言ってはいけません。国民全体に配るということは、全体的に消費が
伸びるということです。
寡占による超過利潤は徐々に無くしていくしか有りません。

>要するに産業構造の転換は出来ません。
このあたりの事について、私の認識に間違いがあれば、具体的に説明していただきたいもの。

産業構造の転換など無理に行う必要は有りません。
お金が回れば良いことです。
寡占による超過利潤を少なくして行けば、少しは回るようになるでしょう。

応急対症療法と中長期的政策を混同してはいけません。
まるで応急療法で中長期的課題も解決しろと言っているようです。
はっきりと区別してください。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.35 )
日時: 2013/10/03 23:12
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.bEgP2mM

>お金が増えれば消費が増えるという圧倒的統計的事実が有ります。
それが違うと言うのなら、違うという人が論理的に違うということを
説明するべきでしょう。

>これも前に説明しましたが、マクロ経済の金銭感覚がずれています。
現在のマネタリーベースは180兆円くらいです。それを元に銀行が
信用創造しマネーサプライは1200兆円くらいに成ります
そのマネタリーベースを120兆円も増やそうと言うんですよ。
増やしすぎではないかと心配しているくらいです。
またお金は使って無くなるものではなく回転するものです


もう、念仏の様な話しは止めましょう。
貴方が言っている事は、実際は出来もしない事を繰り返しているだけです。

私は、飽くまでも実際の社会を替えるための方策を考え、広く皆さんを説得できるものを探しているのです。
貴方は、その私一人を納得させられないのではありませんか。

貴方が私に対して言っていることは、十分に理解していると言っているでしょう。
金の循環のことも、ベースマネーか何か、知りませんが、通貨の流通の仕組みもわかった上で、貴方の言っているようにはならないと申し上げている。

グッキーさんは、100兆円の給付したマネーが、ベースマネーとして残り、それが経済を活性化(需要を喚起する)と決め付けておられるでしょう。
私は先のレスで申し上げたとおり、100兆円の通り道として、最初はみんなが恩恵を受けるでしょう。
その中で、貯蓄に廻されるもの以外、食料品など地域循環型経済圏の消費いがいの金は、自動車うあ家電製品など工場生産品を購入する事に使われます。
これが問題で、自動車にしても家電製品にしても、これを作っているのは殆んどが大企業、及び系列企業です。
定額給付金の第二次流通先は、此処なのです。
なるほど定額給付金の第一次流通で需要が伸び、生産が始まるとして、其れによって利益(第二次配当)を受けられるのは大企業及び系列企業の従業員です。

その従業員が第三次の流通として使うのが、また工業生産品です、まあ一部はレジャーにも向かうでしょうが。
こうして、定額給付金の金の流れは、大企業、及び系列企業の間を廻る事になり、第二次、三次定額給付金をしても、同じ事を繰り返し、ますます格差が広まるばかりです。
食料品への支出など、金があろうが、なかろうが、そんなに変わるものではないので検証に値しません。

どうして、このようになるかといえば、経済で困窮している多くの人は、廻ってくる金を受けとる術を持たないのです。
つまり、増えたマネーの消費の対象となる商品の生産には全く携わっていないからです。
これが産業構造の問題であり、此処を解決しなければ、グッキーさんが言うように、金が広く回転しないのです。
増えたベースマネーの殆んどは、上部1/3に人たちが独占する事になるのです。

格差社会を認めるならば、何もしなくて今のままでもよいでしょう。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.36 )
日時: 2013/10/03 23:22
名前: グッキー ID:FzYg6wrI

天橋立の愚痴人間さん

>貴方が言っている事は、実際は出来もしない事を繰り返しているだけです。

何の論理手k説明も有りません。
単に思い込み、駄目だーと言ってるだけです

>私は、飽くまでも実際の社会を替えるための方策を考え、広く皆さんを説得できるものを探しているのです。
貴方は、その私一人を納得させられないのではありませんか。

橋立さんを納得させられなければ駄目だーという根拠は有りません

>貴方が私に対して言っていることは、十分に理解していると言っているでしょう。
金の循環のことも、ベースマネーか何か、知りませんが、通貨の流通の仕組みもわかった上で、貴方の言っているようにはならないと申し上げている。

分かっていると言って、駄目だーという結論だけです。
論理的思考がまるで有りません。
結論に至るプロセスが無ければ、単に思い込みを言っているだけです。

>あなたの、上記と同じような言葉で、金融の専門家を相手に話せると思っておられますか。

もちろんです。

>結局は、貴方が確実に言っていることは、一時的に金をばら撒けば、その分だけ助かる人が出てくるといっているだけではありませんか。

違います、景気は本格回復します。
しかし病原を直さなければまた同じ事を繰り返します。

>その部分は私も認めていますし、そんな事は、ことさら言わなくてもみんなが望んでいる事です。
100兆円の金をばら撒いて、少しは経済が良くなるなどと言う話しならば、鼻から議論するまでもないでしょう。

少し経済が回復するなどと言った覚えは有りません。
本格回復します。自律成長軌道に乗るでしょう

>貴方が発した、この言葉の意味、判っておられますか。
応急処置としての話しであれば、最初からその様に断って置くべきではありませんか。

定額給付金は対症療法だと何度も書いたはずです。
もっとも3〜5年は十分持つと思いますが。

>其れにしても、貴方は、そこかしこに(マクロ経済論などと言う言葉を使い)経済そのものの改革として喋っておられましたよ。

>>消費=仕事です。これも何度も説明したでしょう。
>>消費が増えれば誰かの仕事が増えます。
>>後は個人の努力しだいでしょう。それが市場経済でしょう。

>応急処置ならば、このような内容に触れる必要もないでしょう。

これは事実を書いただけのものです。

>結局は、貴方が言っている、経済の具体的な対策は、中途半端で、貴方が言われている全体の理論を抱合していなく、其処をつかれると矛盾が露呈し、それが露呈すると必ず、私の理解不足のせいにして逃げておられる。

具体性がまるで有りません。象徴的に批判しているだけです。
具体的に何が問題か書いてください。

>おそらく誰に対してもその様にされるでしょうね。
そんなことで社会改革を前提とした意見を展開できますか。
貴方の言葉には、全く具体性がついて廻っていません。
現実との関係の検証がなされていません。

具体化するかしないかは国民が決めることです。
言っていることは簡単に政策になります。

>もう、止めましょう。
そうして、私の経済の話には、余り近づかれない事です。
また、こんなことを繰り返しますので。

それでも良いですけど
どうせ平行線に成るのは分かりきったことですから。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.37 )
日時: 2013/10/03 23:46
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.bEgP2mM

つらつら考えるに、グッキーさんの経済理論、
需要を供給の問題、マネーの回転の法則など、全て資本主義のよき時代、100年くらい前の状況を前提として言われているようです。

ところが現代社会で資本主義を問題としているのは、経済のグローバル化で矛盾が吹きだしている環境での経済論なのです。
昔と違うところは、下記のようにまとめてみました。

所謂グロバル化の影響であります。グローバル化には、大きく分けて5つの段階があるといいます。

第1段階は輸出、
第2段階は海外販売網の整備、
第3段階は天然資源、低廉な労働力、海外マーケットを目的とする生産や技術開発拠点の海外移転、
第4段階は事業推進のために必要な経営資源の移転、
第5段階は世界的規模での経営戦略の展開となる。企業が現地生産等の海外直接投資を増やし、多国籍化していくにつれ、モノ、カネ、ヒトの国境を越えた移動が活発化し、国境の制約が相対的に薄れ、相互依存関係が深化していく。

現在は第5段階に進みつつあり、世界を一つの市場として各国の企業が激しい競争を繰り広げるメガ・コンペティション(大競争)が始まり、提携や買収など競争力強化を目的とした世界的規模での企業の再編成が進んでいる。国境を越えたM&A(企業の合併・買収)の急増、大型化している。一企業内でも、部品供給と完成品組み立てを複数の国で分業する企業内貿易が、国際貿易に大きな割合を占めるようになっている。
また、貿易の拡大、金融取引に関する規制緩和の推進、情報通信ネットワークの拡大により、世界の金融市場の一体化が急速に進展している。

我が国の現状に当てはめてみると、第一第二段階は30〜40年前に経験したように思います。
各種商品の増産に継ぐ増産のために日本各地に工場が進出しました。

第三段階は、20〜30年前の状況を省みれば納得が行くと思います。
輸出が好調で日本各地に展開していた大企業の地方の工場は、安価な労働力を求めて生産のシフトが海外に移ったため、次々と閉鎖されて行きました。
同時に、国内向けの商品の生産も海外で行う流れも始まりました。
これも、国内におけるグローバル化の一連の様相です。

第四段階は、各企業の企業活動の本格的な海外移転が始まりました。
生産拠点の移転だけでなく、企業そのものが海外へ移ったのです。
ここ20年の企業のすさましい海外進出です。
企業は輸出の概念から開放されて、真に多国籍企業となって行きました。

第五段階は現在進行中との事ですが、文字通り企業は国境をものとも思いません。

巨大資本は、関係するそれぞれの国家の意志を凌駕して展開しています。
本来、国家が拠って立とうとする基本的な社会の生産システムも企業の論理の中で昇華されてゆきます。
国家の国つくりの構想も、資本の力の前に蹂躙されてしまいます。
巨大化した資本の動向を無視して国家の戦略も立てられなくなってしまっています。
全てがこのような極端に走っているとは言いませんが、十年くらい前からはこのような傾向が強まっているのが現代の特徴といえます。

これらのことを生活と言う面から総括しますと、下記の2つの問題が生じています。

1 資本主義経済論の中核としての需要と供給と言う面から言うと、需要地(消費地)と供給地(生産地)がかけ離れてしまい、需要と供給を通した貨幣の流れで見ると地域にとって必要な貨幣の循環が得られなくなっている事です。

2 生産技術の発達は、需要と供給を通して人々は得られるべき通貨の配分が必要十分には出来なくなった事です。
  所謂、生産現場で得られる収入の総体は、需要を必要とする人々の生活費の総体よりも少なくて済むようになってしまっているの  す。要するに失業者が多く発生している事です。
商品の流れだけを見ていると需要と供給のバランスが取れていても、それを介在して生きなければならない人たちにとって、もは や資本主義経済の根本理念、需要と供給と言う法則は、頼る事が出来ない法則となっているのです。
 実質、古典資本主義経済の理念は崩壊しているのです。

グッキーさんの言い分は、その古典的な意味では成り立っていても、現代社会が直面している問題の解決には適さないのです。
貴方が言っておられる「需要と供給の方程式」マネーの回転のことも、100年前なら正解であったでしょう。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.38 )
日時: 2013/10/04 23:01
名前: グッキー ID:oN9n61.6

橋立さん

やっと具体的な批判になって来たので反論します。

消費が大企業製品、海外製品に向かうのでお金が循環しない
という指摘のようですが、これは考えすぎです。

現実にスーパーの売り上げは落ちています。
外食産業の売り上げも落ちています。
パチンコ屋の売り上げも落ちているではないですか。

国民の多くは食費まで削って生活しているというのが実感です。
食費は削りに削って、車や家電を買うとでも??

また人々は資源浪費型の消費はもう飽き飽きしていると思います。
メーカーの宣伝に乗せられて商品を買う。うんざりです。
もっと生活が充実するような消費を望んでいると思います。
趣味、教育、レジャー、住空間の改良、省資源型の消費を
望んでいると思います。

大企業の売り上げにしても、売り上げがすべて貯蓄に回るわけでは
ありません。
資材購入費、販売管理費、給料、すべて循環するのです。
問題と成るのは寡占による超過利潤だけです。

現在、輸入はGDPの1割強です。この割合が極端に変わるとも
思えません。
輸入が増えれば円安に成る。
為替フロートで調整されるように成って居るのです。
また輸入品にしても輸送費や販売費、すべて国内付加価値です。

消費構造など大して変わらないと思っています。
変わるとしたら省資源型の消費へと少しずつ変わって行くのだと
思います。
メンテ
産業構造 ( No.39 )
日時: 2013/10/04 23:39
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.HL3mhGE

グッキーさん
せっかくですが、反論になっていませんよ。

反論は下記の文章に対して御願いします。

・・・

これが問題で、自動車にしても家電製品にしても、これを作っているのは殆んどが大企業、及び系列企業です。
定額給付金の第二次流通先は、此処なのです。
なるほど定額給付金の第一次流通で需要が伸び、生産が始まるとして、其れによって利益(第二次配当)を受けられるのは大企業及び系列企業の従業員です。

その従業員が第三次の流通として使うのが、また工業生産品です、まあ一部はレジャーにも向かうでしょうが。
こうして、定額給付金の金の流れは、大企業、及び系列企業の間を廻る事になり、第二次、三次定額給付金をしても、同じ事を繰り返し、ますます格差が広まるばかりです。
食料品への支出など、金があろうが、なかろうが、そんなに変わるものではないので検証に値しません。

どうして、このようになるかといえば、経済で困窮している多くの人は、廻ってくる金を受けとる術を持たないのです。
つまり、増えたマネーの消費の対象となる商品の生産には全く携わっていないからです。
これが産業構造の問題であり、此処を解決しなければ、グッキーさんが言うように、金が広く回転しないのです。
増えたベースマネーの殆んどは、上部1/3に人たちが独占する事になるのです。

・・・

グッキーさんは、定額給付金により増えたベースマネーが循環すると言われていますが、

>どうして、このようになるかといえば、経済で困窮している多くの人は、廻ってくる金を受けとる術を持たないのです。

この部分、定額給付金の第一次流通過程では、それが給付金と言う形であるので、誰にも満遍なく廻るでしょう。
しかし、それが需要(消費)と言う形で動き始めた後は、消費の対象である商品の生産に携わるもの(大企業及び系列会社)には廻っても、それからは阻害されている人たちには廻ってこない。
要するに、困窮している人たちは、その金を受け取るべき仕事に縁がないからです。
定額給付金と言う形では受け取れても、第二次の流れの中で、誰が給付してくれるのですか。

これが現在の産業構造であり、これを解決しないと、グッキーさんの言われるようなマネーの回転は起きないと言っているのです。
この事は、言葉を変えてはじめから指摘しているものですが、貴方は、今になって気がつかれたのでしょうか。

産業構造についてはNo37のレスで書いています。
要するに、貴方はこの内容を認めておられないという事ですね。
認めておられないなら、その事につき、具体的に反論されては如何でしょう。

最も、定額給付金を定期的に繰り返せば、この問題もなくなるでしょうが、それはベーシック・インカムに他なりません。
私が言っている方法を取っても、産業構造まで変わるには20〜30年必要でしょう。
どうして、それが判らないのでしょう。

其れに、貴方は定額給付金のアイデアは、対症療法であり、中期的に経済を変えられるものではないと、自ら認めておられるではないですか。
それならば、今回の様な反論自体、無用のことでしょう。

100兆円の定額給付金を出して、それで2〜3年は経済が活気ついても、それだけの事に議論をする必要もないでしょう。
さらに言えば、先のレスで言ったように、その定額給付金は結局富裕層を潤す事によりならなかった場合、富裕層の間でダブついたマネーによりインフレを起こす事になるでしょう。

と言うことは、ヘリマネ事態が許されない施策となるのとは違いますか。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.40 )
日時: 2013/10/05 00:24
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:cBzXh4k.

>消費が大企業製品、海外製品に向かうのでお金が循環しない
という指摘のようですが、これは考えすぎです。

お金の循環が偏っていることを指摘し、それを問題にしているのに
>これは考えすぎです。

と言うのが反論と言えますか。
考えすぎの根拠を示すべきです。

>趣味、教育、レジャー、住空間の改良、省資源型の消費を
望んでいると思います

そうでは、ないでしょう。
ワーキングプアーといわれる人々、2000万人は生きること自体に困窮しているのです。
趣味に昂じられない、レジャーがもっとやりたいが、主題の人の為に、態々経済のシステムを変えようなどとノーテンキなことを言い出しませんよ。


>大企業の売り上げにしても、売り上げがすべて貯蓄に回るわけでは
ありません。
>資材購入費、販売管理費、給料、すべて循環するのです。

それが、何処に循環するかを例を挙げて言っているでしょう。
万遍なく循環するのであれば、異論は差し挟みません。

>消費構造など大して変わらないと思っています。

消費構造と言う言葉は、おそらく私が言っている産業構造と考えてよいでしょうが、大して変わらないとするのではなく、大層困難ではあっても、変えねばならないと主張しているのです。

大体において、私が指摘している現代資本主義の展開のありよう、
つまり需要地と消費地言い換えれば、消費地と生産地が教理的に途方もなくかけ離れてしまっているので、需要と供給によって発生する貨幣の循環が必要な形で成されなくなっていること。

これもさらに具体的に言えば、食料でも輸入品が多く、それを消費することで潤う生産者は外国にいるという事。
家電製品でも同じこと、国内で消費される製品の再生産の多くはは海外でやられているということ。
魚釣りの餌まで、国産のものを探すのは大変なのです。
流通過程で発生する貨幣は別として、生産に関わる貨幣は国内では循環しないのです。
さらに、交易と言うことは、これも一般の企業活動に関連するものにとっては立ち入る事が出来ない領域であり、ただ受身で対応する以外にないのです。

さらに生産技術の発達が、工場生産などの分野で人を必要としなくなっているのです。
最近の省力化は驚くべきものであり、かなりの分野の商品が、国内の数箇所の生産拠点で賄えるようになっています。
其処は最新設備の工場で、昔のように一工場に1000人以上の職工が居るという訳ではありません。

駅の改札の無人化は当たり前になり、ガソリンスタンドの無人化も随分と進んでいます。これからはスーパーのレジの無人化を目指しているようです。
こうして、物理的に働く場所を失った多くの人が失業者とか、非正規雇用としてまともな職業に就けていないことで証明されています。

経済のシステムを変えるという問題は、これらのことを認識し、それに対処できる方法を模索する事ですが、前提となる現状を認められないのであれば、そりゃ、私が思うような意見交換にはならないでしょう。

最も、私自身、其れに対する明確な豊富を持っている訳でもなく(あればノーベル賞ものであると言っているでしょう)、ただ模索をしなければならないと言う情熱に基づいているのです。

ですのでベーシック・インカムにも、対症療法的な一時しのぎの話にも興味はないのです。
このような内容のことを

「考えすぎ」とは、如何なものでしょう。

グッキーさんの現状認識が、私のように悲観的なものではなく、グッキーさんのやり方で簡単に解決できる思っておられるならば、この限りではなく、貴方が言われる事は、すべて最もな事と言っておきます。




メンテ

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