ホームに戻る > スレッド一覧 > 記事閲覧
[1711] 経済の話し
日時: 2013/03/12 23:22:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:1363098145

最近、阿修羅掲示板に良く投稿される「あっしら」のサイトへ行ってみました。
ttp://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/index-as.htm

HNは「あっしら」と名乗られているが経歴は解りませんが、資本主義経済のシステムが持っている色々な矛盾を説く解す能力豊かな、経済に強い確かな方と見受けしました。
その一部を転載します。



「供給=需要」の向こう側 <想像力から創造力へ> S子
         
「利潤なき経済社会」を興味深く、また、意義深く読ませていただ
いております。資本主義経済において、結局、私たちが見誤ったも
のは、マネーにおける「目的」と「手段」をはき違えたことにある
のは間違いないだろう。経済活動における潤滑油とはマネーであり
、そのマネーが滞ることなく流通し、循環してこそ経済の活性化を
見ることができ、個々人としての生きる活動も活発化してくる。

それはまるで私たちのからだを流れる血液のようなもので、血液が
さらさらの状態であれば私たちは健康で日々を無事に過ごすことが
できる。が、血液がどろどろ状態になり、この流れが悪くなり脳で
詰まれば脳梗塞が起き、その部分の脳組織が壊死してしまい、私た
ちは失語症になったり、半身不随になったりする。

資本主義も当初はマネーがモノを交換するための「手段」として流
通していたが、資本主義が成熟してゆくにつれて、いつの間にか「目
的」と化した。マネーの目的化はつまるところ全てを目的化させてし
まい、私たちにあらゆるものの「本質」を見る目を喪失させた。
これは事実である。

そして、それが「供給=需要」という経済活動を必然的に生じさせ
、モノに溢れた社会が誕生した。「供給=需要」という経済活動は
よくよく考えてみれば、「与えられた人生」を送ることになり、
そこには自主性や主体性はなくても私たちは「与えられたモノ」を
購入し、そこそこ無難な人生を送ることができる。

私たちが無難だと錯覚し、安心してしまうのは、周囲が皆「与えら
れたモノ」である「同じモノ」を持っているからである。つまり私
たちは「与えられた、同じモノ」を持つことによって人生の安定や
幸福の尺度をはかっていた可能性がある。「供給=需要」という経
済活動では、人間の欲求すらも本質から遠ざけてしまうということ
である。

本当に自分が欲しいモノだったのか、他人が持っているから欲しい
のか、テレビコマーシャルで見たから欲しくなったのか、売り込み
にきたから購入したのか、ないと困るほどではないがあって困るほ
どでもないので購入したのか等、心から欲しているものではなく、
供給されたから需要したという構図が自然と生まれる。それを自分
の欲求があったから買ったと、私たちは錯覚しているにすぎない。

こうして私たちは「与えられた人生」を無難に安定して生きること
で、「危機感」を抱くことなく日々を過ごし、人生を終える。人間の
三大欲求であり生きる基本の「食・性・寝」も既にこの「供給=需
要」という経済活動に組み込まれ、マネーの目的化とともに人間と
しての本能を私たちは喪失しかけている。現代人はこの自覚すらも
ないという悲しい状況におかれているのである。

しかし、マネーの目的化による「供給=需要」という経済活動では
経済成長が持続できないどころか、経済の空洞化を生み失業者を増
加させ、個人としての生きる活動が阻害されてしまう。そのことに
気づいたのが、今回の欧州連合憲法批准拒否の仏国民である。拡大
EUの存続に待ったをかけた格好となったが、「危機感」を抱いた彼
らの人間的本能はまだ廃れていないどころか、十分に健在である。


(中略)

ひるがえって日本を見れば、「供給=需要」人生が非常に行き届い
ており、大人も子供も主体性をなくし、自信喪失し、想像力にも欠
け生きる気力も無い状態に置かれている。だから米国の言いなりに
しか生きることができないのである。「供給=需要」という「与え
られた人生」を送ることは確かに楽ではある。が、そこには「自分
」というものがない。この人生を生きる「自分」がないのである。

だから真の喜びや真の悲しみを味わうことはまずないだろうし、
そこそこ無難で安定した人生を送ることで「危機感」を覚えること
もまずないだろう。実はそれこそが問題なのである。「危機感」を抱
くこともなければ、正直な話がまともに「自分」とは向き合えない。
「自分」という人間のこともわからずして終える自分の人生って一
体何??ということになる。

マネーが目的化されることで「供給=需要」という経済活動が必然
的に生じ、「与えられた人生」を送ることで私たちは主体性を失い
、自信を失い、生きる源泉ともいえる想像力までも失った。また、
そういう場所さえも失った。想像力を失えばこの世で実現する創造
物さえもなくなるのである。つまり来るべき未来が描けない。

「利潤なき経済社会」ではマネーを手段に転落させることで、資本主
義の論理が大きく揺らぐだけではなく、世界の構造が大きく転換し
てしまう。これまで築き上げてきたもろもろが崩壊に直面している
と言っても過言ではない。それは日本が明治維新以降追求してきた
西洋文明であるかもしれないし、合理化の名のもとに推進されてき
た科学万能主義であるかもしれないし、それを基点とした物質文明
であるかもしれない。

「供給=需要」人生で「危機感」を抱くこともなくなった私たちが
、価値観の転換をはかることは容易にできそうもないのは明白だ。
しかし、マネーの目的化による「供給=需要」経済活動では世界は
やがて行き詰まる。価値観の転換は時間も要するだろうが、案外石
油の枯渇がその契機になりはしないかと、私は密かに思っている。
その「危機感」が「自分」と真剣に向きあうことになり、それが男
女双方への理解へと向かわせる。そこから男女双方の想像力が生ま
れ、それが創造力へとつながり実現化し、新しい未来が描けるとい
うものである。

(引用終わり)
メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

経済のおさらい 5  通貨管理の理論 ( No.252 )
日時: 2017/12/11 19:18
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:RufVXKqE

>ケインズによる解釈

一般化された記述[編集]
e = e_d(1 - e_e\cdot e_0 (1- e_w))
ここで
e は貨幣量の変化に対する物価の弾力性
ed は貨幣量の変化に対する(貨幣で測られた)有効需要の弾力性
ee は(賃金単位で測られた)有効需要の変化に対する雇用の弾力性
e0 は雇用の変化に対する産出量の弾力性
ew は(貨幣で測られた)有効需要の変化に対する賃金単位の弾力性
である。

ケインズによれば、貨幣数量説では、ed = 1であるとともに、失業の存在するときはew = 0、ee e0 = 1よりe = 0となって物価が不変となり、完全雇用に到達するなり、ew = 1、ee e0 = 0よりe = 1となって物価は貨幣量に正比例して変化すると主張されているとする。

これに対してケインズは、流動性選好・資本の限界効率・消費性向の諸制約によってed = 1とは限らず、ew は完全雇用の到達以前に貨幣賃金率などの上昇が見られるため0と1の間の値を示し、ee e0 は収穫法則の制約によって1と0との間の値を示すことから、e は通例1より小であると一般化することができると考え、これを貨幣数量説の一般化された記述と呼んだ。

(引用終わり)

このようにケインズで初めて雇用の要素を取り上げています。
他の人間は、通貨のバランスのことより頭にありません。
特に最近の雇用情勢の悪化はグローバル化と生産手段の発達にあるのですが、それを考えようとはしません。
要するに、彼らは現状分析をしているだけです、それも後手に回って。
現状の経済学と言うものが、何の為に存在しているのか。

経済(金融)のための経済学(金融工学)でよりありません。
それでは、経済を研究し、論じるとは何の為であるのでしょう。

これが現状の経済学の実態であり、もはやその数式は全て見直す必要があるのです。
このスレッドのNO116〜118の実態があるにも関わらず、全く効力のない戯言を弄んでいる経済専門家は恥を知るべきであります。
既成の経済理論こそ、実質の通貨の発行を野放しに許している。
国家経済を会計理論でまとめようとしている。
会計学上の理論では、国家、そのものが存在しない、活動停止であり、世界中にそのような国が既にあるはずである。
日本が1000兆円の債務を抱えながら、破綻しないのはなぜか。
国債の引き受けての95%が屋内であるからと言う理由が、まさしく通貨発行の原理を証明している。

中央銀行制度にこだわっているから身動きが取れない、先が見えないのである。
通貨発行権を国家(国民)に取り戻し、将来の為の現実にあった経済理念を立てねばならない。

資本主義のシステムも、基本的な見直しが必要な時代になってきたのである。
これができればユダ菌などは、自然と力を失って行く。
既存のルールの下でユダ菌に戦いを挑んでも、もはや勝てはしないのである。
通貨発行権を国家が持ち国民の為に適正に運営すれば、ユダ菌が何京円の通貨を溜め込んでいても、それは紙くず同然となる。

国家が、その生産力に見合った分だけ通貨発行権をもち、国民経済をリードしていくのが本来の有り様である。
それで深刻なインフレなど起きないのに、何故やらないのであるか。

これが出来るのが現代であり、人類の発展の成果であるのだ。
未来の社会であるのだ。


これに対して最近は新しい考え方が興っています。

「ポジティブマネー」(負債とならないおカネ)
このような考え方があるのか。

要するに、このスレッドで主張している、通貨発行権とか通貨の増刷の考え方について、同様の考えが世界規模でおきているということです。

>英国で提案されている通貨管理の理論

英国で提案されている改革案は、このいずれでもない。もっとずっと単純明快で、イングランド銀行が直接政府に新しく発行された通貨(と言っても実際はコンピュータに書き込まれている残金の数字を書き替えるだけだが)を供給するというもの。国債も残らないので将来世代への借金ではなく利払いの義務も無いし、国債の暴落等の心配もない。国庫にある残金の書き替えの作業は20分で終わり、たったそれだけで国家の危機が救われるのだからすごい。
必ず問われるのはインフレにならないかということだが、この答えも極めて明快だ。通貨発行はイングランド銀行のMonetary Policy Committee(MPC、金融政策委員会)で、政府等、いかなる圧力からも隔離された状態で、透明性を保って行われる。新しく発行されたお金は減税や公共サービスや政府の借金の返済等に使われる。経済が安定し、政府の借金が軽減されるにつれ、マネーサプライも増加し、生産力も強化され人口も増えてくる。
金融政策委員会がどれだけ通貨を発行すべきかを決定するが、それは政府によって定められたインフレターゲットに従う。政府は通貨発行量について金融政策委員会に圧力を掛けることは許されない。金融政策委員にとっては、通貨発行量を多くし過ぎるとインフレターゲットからはずれてしまい責任問題になり、何のメリットもないから、この仕組みでインフレになるという心配は全くない。

続く
メンテ
経済のおさらい 6  通貨管理の理論 ( No.253 )
日時: 2017/12/11 19:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:RufVXKqE

>英国で進行中の通貨改革の取り組み
http://www.shukousha.com/column/hirota/3758/

2014年12月1日
 今回は社会的連帯経済とは直接は関係ありませんが、その成長に大きな影響を与える通貨制度について英国で進行中の面白い取り組みがありますので、それについてご紹介したいと思います。

 現在の通貨制度が持続不可能な理由については、この連載の第18回ですでにご紹介していますが、その理由を簡単に紹介すると、以下の通りです。
銀行融資としての通貨発行: 私たちが現金や預貯金などの形で持っているお金は、元をたどれば政府や地方自治体、民間企業や個人などが銀行からの融資として創造されたものです。銀行は元金のみならず利子をつけた返済を要求するため、常に社会全体では債務総額が通貨流通額を上回っており、常に誰かが新しく借金をしない限り、椅子取りゲームよろしく誰かが経済破綻を強いられます。
複利による指数関数的経済成長の強制: 融資の返済の際には、元金だけでなく利子も支払う必要がありますが、この利子が直線的(1, 2, 3, 4, 5, 6…)ではなく指数関数的(1, 2, 4, 8, 16, 32…)に成長するため、無理な経済成長が強制され、そのうち破綻します。なお、自然界で指数関数的な成長を果てしなく続けるのは、ガン細胞だけです。
貧困層から富裕層への富の再分配: このような利子は、個人的に借金をしていない人を含めて、誰もが間接的に負担しています。たとえば地下鉄に乗る場合には運賃の一部が、建設費にかかる利子の返済に充てられています。このような利子負担も計算に入れると、社会の大多数の人たちが利子収入よりも利払い額のほうが多いのに対し、一部の富裕層だけが儲かる仕組みになっています。

 この中でも、特に問題視されるのが最初に取り上げた、銀行債務としての通貨発行です。私たちは通貨発行というと、中央銀行(日本の場合は日本銀行)が一万円札などのお札を発行する状況をイメージしがちですが、日本を含む世界の大多数の国では通貨の大半は現金ではなく銀行預金として存在しており、多くの場合これらが実際に通貨=支払手段として使われています。私たちの日常生活でも、クレジットカードでの支払いや公共料金の銀行引き落としなどの形で、現金を使わずに決済を行うことは珍しくありませんが、このため現金のみならず銀行預金も通貨としてみなすことができるのです。実際、2014年10月現在での現金(紙幣やコイン)の流通高は91兆8447億円ですが、銀行の各種預金を含めた通貨供給量は1197兆5567億円となり、実に現金の約12倍もの通貨が銀行預金として存在しているのです(諸外国の数字についてはウィキペディアのこちらの記事を参照)。

 これら銀行預金が生まれる背景には、準備預金制度があります。法律により銀行は、預金額のうちごく一部だけを現金という形で保有しておけばよいため、預金者からの現金をベースとして、それをはるかに上回る額を貸し付けることで、通貨を創造することができます。現在の日本では預金の種類によってこの割合が異なりますが、それでも0.05%〜1.3%という非常に低い数字になっています(詳細はこちらで)。例えば、定期預金の総額が1兆2000億円までの小規模金融機関の場合は準備率が0.05%になっており、これにより定期預金を1兆円預かっている金融機関の場合、そのわずか0.05%(5億円)のみを現金として保有していればよいことになります。また、英国や豪州、カナダなどではそもそも準備預金制度が廃止されているため、手持ちの現金額に関係なく民間銀行は、好きなだけ通貨創造ができるようになっています(この件についてのウィキペディアの記事(英語))。

 このような準備預金制度により、実際に通貨を創造しているのはもはや各国の中央銀行ではなく、商業銀行となります。そして商業銀行は、実体経済のニーズとは関係なく、あくまでも自分たちの利益を最大化する目的で融資=通貨発行を行います。このため、バブルの時期には融資が必要ない人にまで積極的にお金を貸し出すのに対し、一旦バブルが崩壊すると貸し渋りや貸し剥がしに入り、債務を返済できない個人や企業が次々に破産に追い込まれてしまうのです。これにより、好景気のときには景気が過熱してインフレ気味になる一方、一旦不況になるとさらに通貨供給が制限され、デフレによりさらに企業経営が苦しくなる状態に追い込まれる、という形で、景気循環の波が激しくなるのです。

 また、どのような事業が融資を得られるのかを銀行が決定するこの制度下では、事実上銀行が各国経済の構造を決める役割を果たしています。銀行が製造業に積極的に融資する国では製造業が発達し、不動産に積極的に融資する国ではバブルが発生します。ロスチャイルド家による「私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。そうすれば、誰が法律を作ろうと、そんなことはどうでも良い」という発言が残されていますが、まさに通貨発行権を握る銀行こそが、経済を握っていると言えるのです。

 この状況を問題視し、通貨改革の運動を巻き起こしているのが、英国にあるポジティブ・マネー(Positive Money)という団体です。この団体は、新経済学財団(New Economics Foundation)という財団のスタッフを中心として5年ほど前に発足しましたが、当初から債務としての通貨発行そのものを疑問視しており、研究書の出版や動画の制作、そして英国各地での講演会などを通じて、上記のような主張や、以下のような提案(こちらのサイト参照)を英国社会に伝える活動を続けています。

民間銀行から通貨創造権を剥奪し、民主的で透明かつ説明責任のあるプロセスに戻す:
民間銀行が通貨創造権を握ると、好景気の時には通貨創造をし過ぎて金融危機を招き、景気が悪くなると貸し渋りや貸し剥がしにより通貨創造を控え、不況を長引かせたり失業を増やしたりします。このような銀行に通貨創造を任せることはできず、また規制もできません。このため、銀行から通貨創造権を剥奪して、より民主的で説明責任があり、誰が通貨創造権を持ち、どれだけ通貨創造が行われ、通貨がどのように使われたかについて、透明性により誰もが理解できるようなプロセスに移行する必要があるわけです。このプロセスの担い手がイングランド銀行になるのか、それとも新しい機関が設立されるのかはわかりませんが、いずれにしろ英国議会に対して説明責任を負い、権限の乱用を防止する仕組みが必要です。通貨量が多すぎるとバブルや金融危機が、通貨量が少なすぎると景気後退が起きるため、適切な通貨量が発行されるようにしなければなりません。

2.債務ではない形で通貨を創造:
債務としての現在の通貨の問題は前述した通りですが、そうではなく政府が通貨を創造すれば、誰も債務を負わなくて済みます。銀行融資ではなく政府国庫からの支出を通じて通貨が流通すれば、実際の経済を刺激し、雇用を生み、普通の人たちが債務を減らすことができるようになります。

3.金融市場や不動産バブルではなく実体経済に新しい通貨を注入:
現在は銀行が創造した通貨の大部分が金融市場や不動産に注入され、住宅価格が上がり富の不均衡が増している一方、雇用は生まれず、生活費が高くなり多くの人たちの生活が苦しくなっています。そうではなく新しい通貨では公的支出や減税、あるいは市民への直接給付という形で使用されるべきです。これにより通貨が非金融経済、すなわち実体経済で使われるようになり、実体経済が成長し、雇用を生み出すようになるわけです。

 今年(2014年)になってから、同団体の主張が幅広く認められるようになりました。まず3月には、同国の中央銀行であるイングランド銀行がその季刊報で、現在の通貨の大部分が銀行融資として発行されており、このため中央銀行である同銀行でさえ民間銀行による通貨発行を完全に制御できるわけではない点を認めました(季刊報の関連記事へのリンクはこちらおよびこちら)。次に、英国の経済紙フィナンシャルタイムズの主筆コメンテーターであるマーティン・ウルフ氏がポジティブ・マネーの主張に賛同し、2014年4月25日に「通貨創造権を銀行から剥奪せよ」という題名の記事を執筆しています。ウルフ氏はその後も同様の主張を行い、たとえば2014年9月9日には以下の講演を行っていますが、普通の社会運動家ではなく、金融界を熟知し、影響力のあるウルフ氏がポジティブ・マネーと協調していることは、特筆に値するでしょう。

そして、何よりも注目されるのが2014年11月20日に英国庶民院で行われた、通貨創造に関する議論です。ポジティブ・マネーによる啓蒙活動が功を奏し、1844年以来実に170年ぶりに、英国の与野党の議員がこの問題に関して検討を行いました。正直なところ参加者はそれほど多いものではありませんでしたが、現在の通貨制度に問題があり、それを改革する必要がある点では、与野党を超えた合意が示されました。

まず、保守党のスティーブ・ベイカー議員が問題提起し、民間銀行による通貨創造の諸問題、労働の対価としての収入と金融取引の結果としての収入の性格の違い、現在の通貨制度による富の集中、量的緩和の問題点などを指摘した上で、従来の通貨理論に挑戦する研究および暗号通貨(ビットコインなど)への財務大臣の関心を歓迎し、通貨制度改革に向けた英国政府の取り組みの継続を訴えました。さらに、地域通貨などの補完通貨の創造や流通への規制を撤廃し、これら通貨建ての取引の場合には付加価値税を免除したり、あるいは所得税などその他の税金を地域通貨建てで支払えたりするようにすべきだと主張しました。

 次に労働党のマイケル・ミーチャー議員が、英国では銀行からの融資が不動産投機にしか行かず産業振興にほとんど向けられていない点を問題視し、議会として投機ではなく産業振興のために融資を向けさせるべきだとして、具体的には昔の日本の窓口指導のようなものの導入や、民間銀行からの通貨創造の剥奪および中央銀行への同権限の一任を提案しました。基本的に、ポジティブ・マネーやマーティン・ウルフ氏の主張に沿ったものだと言えるでしょう。

 これに続いたのが保守党のピーター・リリー議員で、通貨創造についての英国知識層の無知が今回の危機を招いたと切り出し、銀行が自ら保有していない通貨を無から生み出し融資している点を指摘しました。また、経済危機により十分な通貨供給が行われていない現状を問題視した上で、特に貧困層に向けた通貨発行が必要だと訴えました。

 その後、労働党のオースティン・ミッチェル議員が銀行による通貨創造を政府が制限すべきだと訴え、量的緩和をすること自体は問題ないが、銀行の救済ではなく産業振興に振り向けるべきだと提案しました。保守党のザック・ゴールドスミス議員は、現在時点で低すぎる準備預金率の引き上げや量的緩和の産業への投資を主張していました。さらに、アンドリア・レッドソム大蔵省経済局長が、商業銀行による通貨創造やその問題点を認めたものの、ポジティブ・マネーの政府通貨の提案に対しては疑念を呈しました。なお、ポジティブ・マネー側では同局長に対して以下のような回答を寄せています。

 この英国議会での議論の内容自体は、ポジティブ・マネーの支持者にとっては正直なところ、それほど目新しいものではありません。しかし、ここで重要なのは、通貨創造に関する問題を英国議会が重要視し、今回の討論を通じて通貨制度改革に向けた議会内での取り組みが始まったということです。幸いにしてポジティブ・マネーの主張は与野党双方に理解され、双方から積極的な提案が出されたことで、ポジティブ・マネー側もこの内容を評価する記事をインターネット上で発表しています。

 ポジティブ・マネーの提案が今後どのような展開を見せるかは分かりませんが、通貨統合により自国内だけでは通貨制度の変革が難しいユーロ圏諸国と異なり、今でも英ポンドを使い続けている英国では、このような通貨制度改革が比較的やりやすいため、ポジティブ・マネーの動向に、今後も注目していきたいものです

メンテ
経済学のおさらい 7  まとめ(新しい経済の仕組み) ( No.254 )
日時: 2017/12/12 13:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:feWsao2o

以上、言って来たことは、現状認識であり、それでは何が出来るかと言うことが、このスレッドの命題である。
この部分は、これからも続けるとして、一応はおさらいは終える事にする。

経済、本来の使命は人間の生活を守るという事であり、競争を促進してグローバル化することが目的ではない。
しかしながら、既成の経済理念からは、現状の問題を打開できる何の方策も出てこない。
出来ないばかりか、解決することを考えようとしていない。
本当に方法が無いのか検証しよう。

最後に理論的な説明は、ここまでにして、アベノミクスと言う言葉は嫌が上にも聞こえてくるでしょう。
我が国の具体的な経済の施策です。
アベノミクスは、下記の3つを基本方針としており、安倍首相はそれを「三本の矢」と表現している経済政策です。

A 大胆な金融政策
B 機動的な財政政策
C 民間投資を喚起する成長戦略

大胆な金融政策とは
公定金利を引き下げて、市中に流通する通貨を増やし経済を活性化すると言うことです。
ですが、その手法では、業績の好調な企業が設備投資などをすることを前提とし、その企業の投資先も国内とは限らず、国内であっても企業の従業員への人権費が増えるだけで量的に限られているだけではなく、本当にお金を必用としている層には行きわたりません。

機動的な財政政策とは
国家戦略特区などを使って産業の育成の為の補助金を出すと言うことです。
しかしながら、それが新規産業ならともかく、国内の企業を誘致するだけなら、戦略特区での経済活性化は出来ても、他の地方の産業は、その分停滞する事になります。

民間投資を喚起する成長戦略とは
新エネルギーやベンチャー企業など新しい産業を育成するための補助金を出すと言うことであろうが、その様な産業は、いずれにしても高度な知識や技術を必要とし、それに挑戦できる企業は、相当資力のある企業。
絶対数に限りがあり産業全体の底上げにはならない。

この他に、為替を安定させるために公的資金を投入するなど、およそ底辺にいる人たちには縁のない金を使っている。
TPPへの参加も、輸出企業の後押しが目的で国内産業は犠牲を強いられる方が大きい。

この程度が、政府が行う景気対策であり、ほとんどが金の問題である。
この様な施策を幾ら続けていても現状が変えられるものではなく、ますます進むグローバル化の為に事態は悪化していく一方である。
この程度の考えが世界を動かしているのであり、ほとんどの人は、それに疑問すらもたない。

では現在必要な経済政策とは何であろう。

(新しい経済の仕組み)

1 経済の目的をほとんどの人が生活手段が持てる様な産業構造とする。
1 全体としては市場主義経済の体制を維持する。
1 グローバル化も必要である。
1 通貨の偏らない流通の為に行う施策の部分は計画経済の要素を取り入れる
1 同時に、通貨の偏らない流通の為に地域経済圏を確立する。
1 地域経済圏を確保することに関連して為替の固定相場制を復活する。
1 財政は、普通の会計学的な認識を止め、通貨の増刷を取り入れる。

(通貨の増刷で出来る政策)

雇用の確保に必要な公共事業を増やす。
基礎年金を公的資金で賄う。
介護にかかわる人件費を公的資金で補助する。

これが出来れば、関連して消費が活性化し経済が安定し、貧困層の救済になると共に生活保護などの福祉費が節約できる。
通貨の増刷なくして経済政策の大幅な転換は出来ない。

(通貨増刷が可能な根拠)

古代社会で通貨が出回った最初のころ、通貨は貝殻の様なものであった。
その貝殻を媒体にして物々交換をするばあい、その集団内で、これを承認するルールがあったからできた。
ところが商圏が拡大すると、どの地域の住民も同じ貝殻に価値を認めるとは限らない。
そこで次に登場したのは、金など貴金属を通貨にすれば、通貨、そのものにも価値があるので多くの人が認めるようになった。
これが長らく続く、金本位制である。
ところが経済が発展し、商品の割に通貨の量が少なくなると、金本位制も通貨の役割が果たせなくなった。
ここで出てきたのが信用通貨であり、通貨の発行者である国家が保障する事によって全体の信用を確保しようとすることであった。
これも最初の貝殻通貨と同じように信用だけが根拠である。
通貨の発行量を、その国の金融資産と関連つけているのは、単に名目だけであり、実際に通貨危機が起こったばあい、他の金融資産と取り換えることなど不可能である。
貿易において為替という考え方が出来たのは、国によって通貨の信用度に違いがあるからで、その調整の為に為替が考えられた。

ところで現代において、通貨はどのような基準で発行されるべきかと言えば、単に国家を信用して限りなく発行できると言うものではない。
飽くまでも通貨に対応する価値の発生の確認がいる。
通貨だけ増やせばインフレになるだけで増やす意味がない。
そこで考えるのであるが、
公共事業をするために新たな通貨を発行しても、公共事業で作られる対価としての建築物が出来る。
基礎年金の支給に通貨の増刷をしても、その額が老人の生活に必要なものであれば、ほとんど消費と言う形で物資の購入、サービスへ向かうので、対価が生じる。
さらに介護要員の人権費の不足を補えば、介護と言う仕事が増え、それによって報酬を得た人たちの消費を刺激する。

このような通貨の増刷は、インフレにはならない。
ただし国民に一律にベーシック・インカムを行うと言うのは、通貨をダブらせることになりインフレを起こす懸念がある。
この様にインフレを起こさない限りの規制の下に(通貨の信用を確保)国家が通貨を発行する事は国家の業務とも言える。
これは従来の通貨の意味、物々交換の手段としての通貨の概念に、同時に国民の生活を維持するための手段としても付け加えるという事になる。
この様な概念が成立出来るのは、生産技術の発達によって国民が必要な物資の生産が何時でも可能な状態が確保されたからでもある。
必要な物資が足りなければ、通貨の増刷分だけインフレを起こす事になる。

世界の各国では、実際には財政に必要な通貨の増刷を国債と言う形でやりながら、正式には通貨の増刷を認めていない。
各国が抱える財政赤字の問題が、それを証明している。
と同時に、各国とも財政赤字が解消できるとも思っていない。
日本の1000兆円を超えると言われる赤字でも、新たな国債発行は取止めて、通貨の増刷で国債の償還をしても、全体の流れに何の変りもないのである。
このまま続けると言うことは、国債を購入し償還を得られる対象の為に通貨を割り当てているだけで通貨の無意味な使用である。
政策の為の通貨の発行を理論的に認め、効果のある発行を続けることこそが求められている。

今まで見てきた現状の市場主義経済の理論の中で、通貨の限定的な増刷を組み込むのを不可能とする根拠はない。
ただし、現在の巨大金融資本としては、金の貸付相手の事情がかわり従来の様な旨みが無くなるので必死の抵抗をしているものとみる。
彼等の影響は中央銀行制度などを通して経済の専門家、政治家に強くあり社会の変革を拒んでいるのである。
また多くの経済専門家、専門家でなくても従来の法則より眼に入らない人たちは私が言うような仕組みについて、従来の法則を楯に排斥するばかりである。

これでは社会は変えられるのに、変らない事になる。
最後に私が主張しているような内容を言うブログも多くはないが存在している。
勿論、通貨の増刷に全く問題が無いわけではない。
これに関連する検証は、後で続けるものとする。

メンテ
従来の経済政策 ( No.255 )
日時: 2017/12/16 10:56
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:6gsW./lE

以下は、あっしら氏のサイトからの引用。
記事は少し古いものではあるが、考え方は変ってはいない。
このような手法で20年やってきても状況は変らないばかりか、悪化している。
文中に出てくる言葉は、常に聞かれるものでしょう。
アベノミクスも、この延長にあります。
いい加減で、このような発想は改めるべき。
問題の把握が出来ていない。
何時まで続けてもますます悪化するのみ。


このコラムで、財政投融資の問題を取り上げたが、問題指摘により
国民に事実が浸透し始めた。   Fより

財政投融資の投資が、ほとんど焦げ付いている事実をここで明らか
にしたが、この問題を郵貯の問題と捉えることに反対です。
あくまでも、政府の特殊法人の破綻が問題なのですから。来年以降
財政投融資債を発行するようですが、その引き受けを郵貯にさせる
可能性があるため、用心が必要です。600兆円程度の郵貯の資金
のすべてが財政投融資になっているのですから、国と地方の借金は
国債等の600兆円と郵貯の600兆円の合計1200兆円になる
のです。

財政投融資は国の事業ですから、それの保障は国がすることになり
ます。もし、しないと、郵貯に貯められた国民のお金がパーになる
のですから、それは国の事業としてやっている郵貯に対する国民の
期待を裏切ることになり、できないはずです。このため、日本全国
民の貯蓄額1400兆円のほとんどが国関連の借金になるというこ
とです。この事実を、評論家は明らかにしない。ダメな評論が多く
て、国の将来を間違えてしまう。そして、国債をどんどん、発行し
ろ。公共事業をやれという。これは国賊だよ。まったく。

国家の財政破綻は、国家の体制や制度の変革をしなければなりませ
ん。特殊法人や財政執行の問題を含みます。それと、国民が知らな
いうちに、国家財政破綻が起きる国家事業のあり方は大きな問題で
あろうと思います。特に公共事業の進め方には問題が大きく存在し
ているのですから、改革するしかないでしょうね。

そして、恐れていたインフレ政策を日銀が取ることになったのです。
物価を上昇させる政策というのは、インフレ政策ですから、とうと
う、国債買い上げをするしか、日本の国家財政は立ち行かないと
判断したようですね。私も、tanakaさんと同様に戦後日本の国家戦
略の敗戦、破綻を見た思いです。その事実が国民に伝わらない。
マスコミも評論家も評論しない。このことが日本の政治、言論の可
笑しさでしょうね。

マスゴミもその特権的な地位で腐っているとしか、思えない。現時
点、日本国家の分岐点にいる事実を国民にアピールするのがマスコ
ミではないですか??
評論家もおかしい。皆、政府に雇われて真実を公表しない。日銀の
委員とこのコラムや少数のこのコラムに同調する人しか、国家危機
をわからない。わかろうとしない。
==============================
3月19日の日銀の政策発表は、1945.8.15の玉音放送と
同じ思いで聞きとめました。原文を読んでみてください。
tanaka
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
金融市場調節方式の変更と一段の金融緩和措置について
                  2001年 3月19日 日本銀行
日本経済の状況をみると、昨年末以降、海外経済の急激な減速の影
響などから景気回復テンポが鈍化し、このところ足踏み状態となっ
ている。物価は弱含みの動きを続けており、今後、需要の弱さを反
映した物価低下圧力が強まる懸念がある。

顧みると、わが国では、過去10年間にわたり、金融・財政の両面
から大規模な政策対応が採られてきた。財政面からは、度重なる景
気支援策が講じられた一方、日本銀行は、内外の中央銀行の歴史に
例のない低金利政策を継続し、潤沢な資金供給を行ってきた。それ
にもかかわらず、日本経済は持続的な成長軌道に復するに至らず、
ここにきて、再び経済情勢の悪化に見舞われるという困難な局面に
立ち至った。

こうした状況に鑑み、日本銀行は、通常では行われないような、思
いきった金融緩和に踏み切ることが必要と判断し、本日、政策委員
会・金融政策決定会合において、以下の措置を講ずることを決定し
た。

(1)金融市場調節の操作目標の変更
 金融市場調節に当たり、主たる操作目標を、これまでの無担保コ
ールレート(オーバーナイト物)から、日本銀行当座預金残高に変
更する。この結果、無担保コールレート(オーバーナイト物)の変
動は、日本銀行による潤沢な資金供給と補完貸付制度による金利上
限のもとで、市場に委ねられることになる。

(2)実施期間の目処として消費者物価を採用
 新しい金融市場調節方式は、消費者物価指数(全国、除く生鮮食
品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、継続するこ
ととする。

(3)日本銀行当座預金残高の増額と市場金利の一段の低下
 当面、日本銀行当座預金残高を、5兆円程度に増額する(最近の
残高4兆円強から1兆円程度積み増し<別添>)。この結果、無担
保コールレート(オーバーナイト物)は、これまでの誘導目標であ
る0.15%からさらに大きく低下し、通常はゼロ%近辺で推移するも
のと予想される。

(4)長期国債の買い入れ増額
 日本銀行当座預金を円滑に供給するうえで必要と判断される場合
には、現在、月4千億円ペースで行っている長期国債の買い入れを
増額する。ただし、日本銀行が保有する長期国債の残高(支配玉<
現先売買を調整した実質保有分>ベース)は、銀行券発行残高を上
限とする。

上記措置は、日本銀行として、物価が継続的に下落することを防止
し、持続的な経済成長のための基盤を整備する観点から、断固たる
決意をもって実施に踏み切るものである。

今回の措置が持つ金融緩和効果が十分に発揮され、そのことを通じ
て日本経済の持続的な成長軌道への復帰が実現されるためには、
不良債権問題の解決を始め、金融システム面や経済・産業面での構
造改革の進展が不可欠の条件である。もとより、構造改革は痛みの
伴うプロセスであるが、そうした痛みを乗り越えて改革を進めない
限り、生産性の向上と持続的な経済成長の確保は期し難い。日本銀
行としては、構造改革に向けた国民の明確な意思と政府の強力な
リーダーシップの下で、各方面における抜本的な取り組みが速やか
に進展することを強く期待している。
以 上
==============================
財務省、財政再建論議を解禁
 財務省は、新年度から財政再建に向けた議論を本格化させるため
、主計局、主税局幹部に、大学教授や民間シンクタンク研究員らを
まじえた新たな機関を設ける方針を固めた。国と地方が国内総生産
(GDP)を上回る借金を抱えた財政構造の問題点を分析し、財政
再建に向けた「たたき台」を国民に公表する構想だ。
 橋本龍太郎内閣が財政再建に挫折して以来、財務省は財政再建に
関する議論を非公開の省内勉強会だけにとどめ、景気最優先の与党
幹部を前に沈黙を貫いてきた。だが、新年度から、各省庁が国民に
対する説明責任を徹底する「政策評価制度」がスタート。国内外か
ら構造改革を求める声も強まっており、財政の問題点を明らかにす
ることを新年度の最大のテーマに据えることにした。

 新機関を設置するのは、これまでのように「税は政府税制調査会
」「歳出問題は財政制度等審議会」と縦割り化した議論では、具体
的な問題点をあぶり出せないため。公共サービスの受益と負担のバ
ランスを出発点に、国と地方、官と民の役割分担まで財政のあるべ
き姿を幅広く議論する方向だ。
(07:35朝日)
メンテ
ハンガリーの試み ( No.256 )
日時: 2017/12/17 03:30
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:IV5PVqeA

(お話1)

 現在、中央銀行制度がない国は5カ国です。北朝鮮、イラン、スーダン、キューバ、リビアです。これらの国はすべて、国際社会では「ならず者国家」として非難されています。アフガニスタン、イラクも中央銀行を持たない国家でしたが、2001年の9・11後、アメリカの力により、中央銀行制度への仲間入りしました。


国家が国家運営のために自国の中央銀行から借金させられるというユダヤによる通貨発行権簒奪式財政運営が、いずれ必ず破綻することは、アメリカそして我が国を見れば明らかです。
ア メリカ国家は、天文学的な負債を中央銀行にあたる連邦準備銀行(FRB)から負っています。日本国家も国債発行による負債が1000兆円を超えました。こ れらは返済できるレベルをはるかに超えており、さらに、今後利息の支払いが加速度的に増加することを考慮すれば、破綻する以外に道はありません。

日本やアメリカだけでなく、ロスチャイルド中央銀行がある国々では国家財政が赤字だらけです。
恐ろしいのは、そうした国では殆どの人が、それが国家の放漫財政によるものだと思い込んでいることではないでしょうか。

国家を運営するにはお金が必要ですが、それは必要経費であり、必ずしも戻ってくる性質のものではありません。必要なときは、ケチらずに注ぎ込むのが 正しいと言えます。しかし、ユダヤはメディアを使って財政赤字があたかも悪いことであるよう喧伝します。国家財政が赤字であるか黒字であるかなど、実はそ れほど重要でなはないと思えてなりません。
そして、不足する財政をずーっと借金して賄おうとさせるから巨額の負債を負うことになってしまいました。

永続的に借金に頼る財政というのは根本的に間違ってないだろうか?
では、どうすればいいのか?

簡単です、政府がお金を発行すればいいだけです。
政府が発行したお金で国を運営する、何か問題がありますか?
発行量をきちんと制御する仕組みを作れば、できないことではありません。

元々、通貨を発行する権利は国家に帰属すべきです。通貨の信頼は、国家の信頼に基づいているので当然のことです。
そんな当然のことが当然でなくなっているのが、ユダヤの簒奪システムに取り込まれた自由主義国といわれる実は自由ではない国々です。

かつて、通貨発行権という国家が持つべき当然の権利を行使した為政者がアメリカにいましたが、いずれも殺されています。直近ではJ.F.ケネディさんです。
ユダヤの力の源である通貨の権利に触れる者は、何人であれ悲惨な目に遭います。
自由主義国家で最も触れてはならないタブーの中のタブー、それが通貨発行権です。

シリアにはロスチャイルド中央銀行がないそうですが、ユダヤが今必死になってシリアを落そうとしている最も大きな要因は、シリアにユダヤ支配の中央銀行を設立して、金融で国を乗っ取る為ではないかと想像されます。
奴らにとって、ユダヤ簒奪システム以外で上手くやっている国は放置できません。シリア攻略が上手くいけば、次は必ずイランを攻めるでしょう。このまま、奴らの蛮行を許せば、本当にNWOが実現してしまいます。

しかし、世界がユダヤ簒奪システムに覆い尽くされようと言うこのご時世において、果敢にも反旗を翻す国がありました。

 ハンガリーが政府発行通貨で経済を立て直しているようだ。銀行から借金をすれば利息を支払わねばならなくなる。であるなら、国家主権を発動しての通貨発行を断行すればよいということで、勇気あるハンガリーの首相がそれを実行しているという。

 これは小さなことのよ うに見えて、これからの世界経済に多大な影響を与えていく、世紀の大事件となりそうだ。通貨発行を民間が支配ないしは影響力を及ぼす「中央銀行」という名 の民間銀行に任せ、国債を買ってもらう事で利息を支払うというシステムから、無利息の政府発行通貨で、経済を回す、ということが可能だということを証明し たことになるからだ。

 このブログでも、安倍政権に対する要請として、2012年12月17日号「大震災復興から、日本列島イーハトーブ化へ」で示したように、政府発行通貨を断行してもらいたいのであるが、やはり以下の記事で言われている金融的専制が束縛しているのであろう。

 これからの世界は、こ の世界経済上のさまざまな状況が天変地異とあいまって、世界大混乱の様相を呈するようになっていくであろうが、それもこれも、新しい世界を生み出すための 産みの苦しみである。人類がどうしても通過せざるを得ない路程なので、腹をくくって臨まねばならない。



(お話2)

 ハンガリーは一級の歴史的ステップを踏みつつある。

 1930年代のドイツ 以降、ヨーロッパの主要な国がロスチャイルドが支配する国際的銀行カルテルの支配から逃れようとすることは無かった。これは驚くべきニュースであり、金融 的専制から自由になるための戦いを世界的に拡大させるよう愛国的民族主義者に勇気を与えるものとなろう。 
 
  既に2011年、ハンガリーのヴィクトール・オルバン首相は、国際通貨基金(IMF)とテロ国家のイスラエルのの鞭の下に、無限に続く債務にあえぐ奴隷状 態に国民を売り飛ばした彼の社会主義者の前任者に対して、正義で応えると約束していた。以前の行政は責任ある立場にあるイスラエル人によって穴だらけにさ れていたため、大衆の怒りを買い、それで大衆はオルバンのフィデス党を選択した。
 
  ドイツ語サイトの「National Journal」によれば、オルバンはこの高利貸し達を彼らの王座から追い出す動きを始めた。この人気があり民族主義者である首相はIMFに対して、ハン ガリーはロスチャイルドの所有する連邦準備銀行の代理者から、更なる「支援」を受けたいとも思わないし必要ともしていないと告げたのだ。これでハンガリー 人は民営で訳の分からない中央銀行に高利を搾り取られることがなくなることだろう。

 その代わりに、ハンガ リー政府は通貨に対する主権を発揮し、必要に応じて負債なしの通貨を発行する。その結果は顕著なものである。国家の経済は、以前は債務のために停滞してい たものだったが、急速に回復しつつあり、国家社会主義のドイツ以来見られなかったものになっている。

 経済大臣は、厳格な予 算政策のお陰で、IMFから借りていた22億ユーロは約束の2014年3月よりかなり前倒しして2013年8月12日に支払いを済ませたと宣言した。オル バンは「ハンガリーは投資家から信頼を得ている」と語り、それはIMFでも連邦準備銀行でも、その他のロスチャイルドの金融帝国の手先のことではないと 語った。むしろ彼は、それはハンガリー人のためにハンガリーで何かを製造している者たちで、真実の経済成長を生み出している者たちのことを言っているの だ。これは、金権政治の海賊どもの「紙上の繁栄」ではなく、実際に人々を雇用し彼らの生活を向上させる何らかの生産的なものである。

 債務奴隷の足かせ生活 から解放されたハンガリーなので、私的な金儲けではなく民間の福利厚生のために政府によって機能するハンガリー中央銀行の会長が、IMFに対して古いヨー ロッパの地にあるその事務所を閉鎖するよう要請したことは驚くに値しない。加えて、アイスランドの努力に共鳴して、司法長官が過去三人の首相に対し、多大 な負債を国家にもたらしたことで訴訟を起こした。

 ハンガリー内の銀行家 らの権力を根底的に破壊するであろう残りのステップは、国家社会主義のドイツにあったような、そして現在ではブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリ カ、つまりBRICS諸国が行っているバーターシステムを導入することである。そしてもしもアメリカがハンガリーの動きを真似るならば、アメリカ人はこの 高利貸しの専制から解放され、平和的な繁栄が戻ってくることを期待できるだろう。

(引用終わり)


以上は2013年の出来事でした。
ハンガリーの、この新しい試みが現在、どのようになっているか情報がありません。
でも、ハンガリーと同じようにアイスランドでも通貨発行権を国家が握り

通貨の発行に対する制約も法律で定めて、政策に必要な財源を通貨の増刷でしているようです。
一般のメディアは、既成のシステムに反する、この様な試みを報道することはありません。

どうなっているのでしょうね。
メンテ
Re: 経済の話し  「税」について考える ( No.257 )
日時: 2017/12/17 17:51
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:IV5PVqeA

経済とは、最初、
収穫物を流通させることが目的で発達してきた。
当時は、等価交換が原則であった。

通貨が出てきて以来、通貨を得ることも経済活動の目的になってきた。
その後の経済の発達は、より多くの商品を流通させ、より多くの地純を得ることが命題となった。

{税」と言う言葉がある。辞書によれば、文字には、

「民の力によって生み出されるものの」の意味があり、
これが昂じて,民から上納される貢物(みつぎもの)。租・庸・調などの総称となる。

民主主義の時代以前は、税は権力者の搾取であり、権力者の体制を維持するために使われてきた。

時代は進み、物質的には思いもよらない繁栄の時代となると共に、市場主義経済のシステムは民衆の間に大きな格差を生むようになる。
民主主義の展開と共に、彼等弱者の救済が問題になり社会福祉の政策の為に税が使われるようになった。

使われると言っても社会福祉政策に使われている税は、人件費を含めて予算の中の半分もない。
人権費を抜くと、国家予算で言えば、20兆円未満の話しである。
経済規模から言って、税(富の再配分と言う発想)で現代社会の問題を解決出来るはずはないのである。

ここで、改めて経済と言うものを見直してみよう。
もともと経済は、それによってより多くの人々が商品を受け取れる事を目的に発生したもの。

市場主義経済のシステムの発達は、それよりも人々が利潤を追求することが第一義的に変質してきた。
実際に、庶民のレベルでは、そうでなくても、マクロ経済的に見れば、資本と言う金融の概念が、自らの増殖の為に経済を支配している。

その経済はお金を通して流通し成果が計られる。
別のスレッドで、お金について話をしている。

「通貨管理政策→間違った常識」スレッドのレスNO19〜21.
https://www.kyudan.com/cgi-bin/bbskd/read.cgi?no=2375&l=1-

そのお金と言うものの歴史を考えたとき、前代の通貨管理政策が、本当に元来の経済の為に機能しているか否か、検証する必要がある。

市場主義経済のシステムは、元来人間に備わった本性に基づいているものであり、それは認めねばならない。
しかしながら、その矛盾に対応するために「税」にすべてを託すのが唯一の方法であるかについては検証する必要がある。
明治時代の様に多くの社会福祉を必用としなければ、従来通り「税」による国家の形成も可能であろう。

ここで考えられるのは、
飽くまでも「税」による国家の形成を良しとして、社会福祉は限定的に考え納得するか。

「税体系」によらない方法を考えるのか、考えられるのか!
を検証することくらいは必要ではないか。

国家財政の大幅赤字と言う面があるにしても、実際に実施出来ている社会福祉を「税」の為に諦めるのか。
諸外国を含め、大きな財政赤字の国でデフォルトが囁かれて国家の破滅の様に言われているが、経済学用語のデフォルトが発生しても、営利企業は破産して無くなっても、その国の経済、生活が消滅することではない。
国家の財政問題と企業のそれとは本質的に違うのである。
私は考え方次第で、解決できる問題と確信する。

その明確なカギは通貨の増刷体制である。
問題はいろいろと発生するであろうが、そこは人間の英知で乗り切れるものと思う。

新らしい秩序を構成し、それに臨む気概が求められる。
メンテ
法人税の考え方 ( No.258 )
日時: 2017/12/18 10:52
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:6LrZIwTE

銀行は法人税を払っていないと言う話しを聞きます。実態は!

業績が良いのに「実効税負担率」が著しく低い主な大企業リスト(最新
2事業年度分)総括表
      ─2013年3月期〜2014年3月期の法定正味税率38.01%の時期─

(企業名)      (純利益)  (法人税) (税負担率)
            単位 百万円       %
1 三井住友 FG     337,006     6     0.002
2 ソフトバンク     317,312     10     0.003
3 みずほ FG      528,386     514    0.10
4 三菱 UFJ FG     415,252    1,274    0.31
5 ファーストリテイリング 75,653    5,233     6.92
6 丸 紅        393,627    28,045     7.12
7 アステラス製薬    3 266,036   22,361    8.41
8 みずほ銀行       3 910,944   78,638    8.63
9 第一三共        3 172,356   19,259    11.17
10 キリン HD     12 95,940    11,995    12.50
11 住友商事       3 623,267    80,001    12.84
12 阪急阪神 HD    3 145,734    20,743    14.23
13 オリックス     3 456,298    66,492    14.57
14 小松製作所     3 247,054    42,861    17.35
15 ニコン        3 136,547    23,795    17.43
16 野村 HD      3 599,344    106,186    17.72
17 三菱電機      3 314,131    57,731    18.38
18 京セラ       3 149,348    28,219    18.89
19 三菱東京 UFJ銀行 3 1,862,257   357,427   19.19
20 住友金属鉱山    3 161,963    33,306   20.56
21 サントリー HD   12 285,826    60,488   21.16
22 三井不動産      3 137,005    29,210   21.32
23 日産自動車     3 1,016,711    218,055   21.45
24 伊藤忠商事      3 740,401    164,912   22.27
25 三菱自動車     3 186,590     42,076   22.55
26 三菱商事       3 974,680    226,608   23.25
27 マツダ 3       136,510     31,886   23.36
28 JFE HD      3 235,890    55,188    23.40
29 三井住友銀行    3 1,611,883    392,573   24.35
30 豊田自動織機     3 144,492    36,650   25.36
31 日野自動車       3 178,540    46,627   26.12
32 キヤノン       12 347,604   91,297   26.26
33 デンソー       3 492,218   129,406   26.29
34 東京ガス       3 242,825   63,936   26.33
35 武田薬品工業     3 456,585   122,194   26.76
36 日立製作所      3 912,719    248,706   27.25
37 本田技研工業     3 1,217,831   332,960   27.34
38 いすゞ自動車      3 158,563   44,745   28.22
39 三菱重工業      3 369,869   107,196   28.98
40 東 芝         3 340,567    104,237   30.61
41 JX HD      3 492,371    152,748   31.02
42 日 揮        3 122,343    38,361   31.36
43 味の素        3 174,130    55,009    31.59
44 トヨタ自動車    3 3,844,729   1,215,765   31.62
45 クボタ       3 163,764    52,095   31.81
46 スズキ       3 336,493    107,617   31.98

※ この時の法定法人税率は38%であった。
最期の項目、税負担率は可笑しくはないですか。
※ 電力会社が全然で出てこないのも可笑しいですね。

※ 一方で企業の内部留保は年30兆円づつ増えている。
 この30兆円を利益に換算して、30%の法人税をかければ、法人税は9兆円増えることになる。
 それでも内部留保は21兆円できる。
 企業は予想より多い利益を出している。
 その内部留保の金の多くは海外の投資へ向けられたり、企業買収に使われるとすれば、国内に還元されることはない。
 何の為の法人税か。

※ 法人税を安くして企業の国際競争力を高めるという話が当たり前のように通っている。
 この記事でも解るように、多くの企業は法人税を節税しすぎて、法定税率も払わない企業が続出している。
 内部留保金と共に、法人税率を上げれば、10兆円前後で推移している法人税は25〜30兆円は出てくるであろう。
 
 法人税を引き上げても企業の国際競争率が落ちるとは限らないし、落ちても、それが国民経済に影響するマイナス面と、財政の問題を考えれば、費用対効果を考えれば、
法人税を安くして企業の国際競争力を挙げて国民経済を守ると言う方程式は、間違いである。
 ※ そう言う理論は、既成の市場主義経済の論理から作り出され、
  企業が自分の利益を増やすために流布している言い訳に過ぎない。

 ※ 現実的に考えても解るでしょう。
  政府は法人税率を30%にまで下げ
  企業の内部留保は10年間も増え続け
  企業の国際競争力はいやが上にも上がっているはず。
  だが、現実には各種の分野で日本の企業の競争ちからはガタ落ちという。

 ※ 念の為に断って置きますが、企業の国際競争力が勝っても、国内の現実には変わりはありませんよ。
   否、法人税を増やした分だけは、国内経済に経済効果が期待できるかも。

  企業の国際競争力を高めるという事は、輸出を増やすと言うこと。
  皆さんの廻りに輸出できるものがありますか。
  逆に輸出が増えると言うことは輸入も増やさねばならないと言うこと。
  それで皆さんの収入の足しにんばりますか。
   
  政府が言っている事が、どんなに嘘八百か解るでしょう。

 もっとも、このスレッドで言っている事は、勿論、それくらいの税収増で対応などできないが!
メンテ
経済理論の大転換 1 ( No.259 )
日時: 2017/12/21 08:36
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:JaBlAQvg

以下は「経済理論の大転換」スレッドからの転載です。

日時: 2017/06/12 22:57
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:kxWIWdiE

このスレッドは「経済の話し」スレッドの姉妹編として続けます。
「経済の話し」スレッドは、試行錯誤の状態を表し、このスレッドは積極的に、果敢に新しいシステムに挑戦します。

まずは下記サイトの意見を紹介します。


http://ameblo.jp/reisaiouen/entry-11872109459.html

「ケインズ革命=金本位制から離脱する経済学」

 ケインズ主義の構築者、ジョン・メイナード・ケインズ(1883年6月5日〜1946年4月21日)は、イギリスで生まれた経済学者で、20世紀学問史において最重要人物の一人とされています。

 ケインズは、1936年に「雇用、利子および貨幣の一般理論」を表し、有効需要の創出とそれによる乗数効果の理論から、所得再分配を経済政策の基本に据えることが経済の成長政策としても正しいことを訴え、それによって、社会政策である貧困層の救済と、経済成長政策とが、一体のものであることを論証しました。

 ケインズのこの理論は、「需要が供給を支配する」とも言われるように、消費者にお金を持たせようとする需要側重視の特徴を持つために、デマンドサイド経済学と呼ばれます。また、その所得再分配政策を重視する政府を大きな政府と呼びます。

 大きな政府の定義は、政府の財政規模の単純比較を言っているのではなく、政府が国民の社会福祉および社会資本を充実させ、所得格差を是正しようとする姿勢を持つために、必然として政府が国民経済に深く関与することになり、政府の権力も、財政の規模も大きくなることから、これを大きな政府と呼んでいるのです。

 大きな政府は、資本主義において、弱者である労働者、失業者、老人、病人などが救済されることを目的としています。

 通常、お金というものは、富裕層や大企業のほうが有利な投資活動ができることなどにより、貧乏人から富裕層へ、弱者から強者へと、下から上へと吸い上げられるようになっています。それゆえ、強者と言い、弱者と言います。

 古典派経済学の景気循環の分析は次の通りです。

 活発な経済活動によって現金が富裕層や大企業に集中し、彼らの資金が潤沢になると、一方で、消費者の保有する現金が減少して、それまで好況であった財市場の景気が徐々に低迷し株価が下がり始めます。そうすると、富裕層は投資を控えるようになり、国民生活は苦しくなります。

 しかし、株価が下がりきると、投資家にとって、投資からの期待収益が高まり、徐々に投資を増大させるので、証券市場は活気を取り戻します。投資が活発に行われるようになると、財市場も好景気になります。

 好景気下で投資資金が不足したときは、銀行の信用創造による資金も使われるようになります。銀行の信用創造が行われることは、貯蓄を上回る投資が行われるということであり、過剰投資と呼ばれます。

 しかし、どこかの時点で銀行が現金保有量が減少し、融資し過ぎたと判断したときに、銀行は金利を上げ、融資を抑制し、あるいは、現金を回収しようとします。

 銀行が金利を高くすると、富裕層は投資よりも貯蓄を増加させ、現金は銀行に戻り、銀行の保有する現金量が増え始めます。

 しかし、これは労働者の所得を下げることになり、労働者は消費者ですから、消費者の保有する現金が減少することになります。すると、再び、消費は低迷し、株価が下がり始め、景気は再び不況に戻ります。そして、富裕層は株価の値下がりの程度を見ながら、投資する時期を待つのです。

 このように、古典派経済学および新古典派経済学では、投資家と銀行の動向によって景気循環が起こると分析していました。その分析の有力なものが、投資と貯蓄の不均衡分析などと呼ばれるものです。

 特筆すべきは、これらの古典派経済学は、全て、金本位制の必然である、「政府が自由に貨幣を発行出来ない」という拘束の下に考え出されたシミュレーションであるということです。

 現金は、金(gold)との交換を前提とした兌換貨幣であり、よって、貨幣は有限のものであり、富裕層と消費者のどちらが現金を持っているかが、景気循環や経済動向を決定するカギになっていたのです。

 簡単に言うと、金本位制の下では、銀行が金保有高を超える現金の融資を行うと、いつ、どんな場合に、金との交換を請求されるかわからないので、あわてて融資した現金を回収するという行動になってしまいます。金との交換を請求され、交換に応じられなければデフォルト(債務不履行)になってしまうからです。

 したがって、景気のかげりはすぐにやって来ます。

 金本位制の下では、いつも政府と中央銀行で保有している金(gold)をかき集めて足りるかどうかを心配していなければなりませんでした。自国の投資家や他国の政府など、誰かが政府発行紙幣を持ち込んで来て、その時ただちに金(gold)と交換してやることが出来なければ政府もまたデフォルトになります。

 中央政府のデフォルトは正真正銘の財政破綻であり、財政破綻はまさに国家の生死を分けるほど重要なテーマでした。したがって、自国通貨建て国債の発行もまた、金保有高に制限され、そうでなければ、外貨建て国債を発行しなければなりませんでした。

 このように、貨幣の本質を、金(gold)という有限のものであるという認識において生まれたものが古典派経済学であり、古典派経済学の特徴である財政均衡主義です。

 しかし、1971年に、アメリカの大統領のニクソンによって、米ドルと金(gold)との兌換停止が宣言されると、たちまち金本位制は終焉しました。これをニクソン・ショック、または、ドル・ショックと言います。

 それまで、戦争などの事情で、一時的に金本位制が停止されたことがありましたが、奇しくもそれが、金本位制に依らない経済運営の経験になっていたということもあると思われますが、ニクソン・ショックで何が起こったかと言えば、2〜3年後に各国通貨は固定相場制から変動相場制に移行したり、多少の景気変動があったりしましたが、そうしたわずかな動揺以外の重大な変化は何も起こりませんでした。

 これは、管理通貨制度が世界に受け入れられたということです。

 金本位制から管理通貨制度へ移行したからには、経済学も変わらなければならないはずでした。そして、金本位制下とは異なる貨幣、政府債務、財政政策が議論されなければならなかったはずです。

 ケインズは、金本位制下とは異なる政策を行いたいがために、金本位制からの離脱を主張していました。

 富裕層や投資家が限られた貨幣を独占し、流動性選好そして流動性の罠が発生したとしても、それを非難したところで、あるいは、富裕層への増税を主張したところで、政治力でどうにもなりませんでした。事実、ケインズは富裕層への増税を主張したために、学会から役職を奪われ、仲間からも絶交されるなどされ、社会的に報復を受けました。

 ケインズは、富裕層への増税がそれほどまでに難しいのならばと、金本位制からの離脱を主張したのです。

 政府が、貨幣を金(gold)の保有量に拘束されず自由に発行できるなら、貨幣の増刷はインフレをもたらしますから、富裕層のため込んだ貯蓄の実質価値を減少させ、実質的に課税したことになります。

 金本位制から脱した現代の銀行は、融資で財市場に出した現金を金(gold)と交換する義務はないので、融資の総額を金(gold)の保有量に拘束される必要はありません。銀行は中央銀行の法定準備率(預金の種類や額に応じて0.05%〜1.3%が定められている)さえ守っていれば、いくらでも自由に融資できます。

 中央銀行もまた貨幣を自由に発行できるようになりました。金(gold)との交換を請求される心配はありません。

 これは決定的に重要なことです。政府も中央銀行も『黄金の拘束衣』を脱いで、身軽になり、清々しい気分になることが出来たのです。

 ところが、『黄金の拘束衣』を脱ごうとしない者がいるのです。それは古典派経済学と、これに従う政治家とマスコミです。

 古典派経済学の黒幕はアメリカのウォールストリート、シカゴボーイズなどと呼ばれ、または、ユダヤ資本とも呼ばれます。彼らにとって、インフレを起こされ、貯蓄の実質価値を減少させること、自らの資本の希少性からもたらされる利益を手放すことなどは絶対に認められないのです。

 そこで、彼らはお金で経済学者を買収し、金本位制からの脱却後も、貨幣増刷に限度があるかのように語り続けさせたのです。ただし、今度は、通貨発行量は政府債務であり、政府債務は、金(gold)の保有量ではなく、GDPとか税収とかに比べて大きすぎてはならないと言い出しました。

 通貨発行権を持つ国家においては、デフォルトはなくなり、インフレおよびハイパーインフレだけが財政破綻の意味になるのに、それから目を背けさせたのです。

 財政破綻の意味が変われば、この世の全てが変わります。

 管理通貨体制になった世界では、政府財政にデフォルトはあり得ません。インフレ、強いインフレ、そして、ハイパーインフレが存在するだけです。

 インフレ、そして、ハイパーインフレの研究がつまり財政破綻の研究です。インフレやハイパーインフレが国民生活と経済成長に何をもたらすのかを研究すれば、財政破綻の問題は簡単に解決できます。

ケインズの経済学が革命であったのは、それまでの古典派経済学が、金本位制の、金(gold)の量に拘束された兌換貨幣をもって行う財政均衡を必須とする経済学であったのに対し、ケインズ経済学では、所得再分配を行うために富裕層への重税を主張しただけでなく、それが出来ないと見れば、今度は、金本位制から解き放たれた管理通貨制度によって、無制限の貨幣発行を目指したからです。

(引用終わり)

ケインズ経済学になぞらえていますが、要するに金本位制を止めた時点で通貨の発行の限度は中央銀行の判断に任されたはず。
ところが世界の中央銀行は、国家、国民を見て通貨発行の量を決めるのではなく、世界の金融筋の顔を見て通貨発行を決めている。

それもそのはず、世界中の中央銀行はロスチャイルドの様な金融資本に牛耳られ、各々の国家の事情によって通貨の発行をすべきところ、世界共通のやり方(国際金融理論)でするように圧力をかけている。

通貨発行権というものが国家に握られているならば、そうはさせないはず。
金本位制を止めた時点で通貨発行権は国家が持つべし。

通貨発行権は国家がもち、国家の都合に合わせて、ハイパーインフレが起きない程度で発行すれば良い。
そうすれば、どの国家も財政破たんの心配などしなくて済む。
また通貨管理を金本位制の延長でやっている現在は、限られた通貨は富裕層に集まり、その分、貧困層は通貨が不足すると言う、いわゆる格差が広まる。

通貨発行権を国家がもち、政策として貧困層に通貨がわたるようにすれば(富裕層から取り上げるのではなく)、貧困問題は解消できる。
そうなれば、富裕層は自分がためた通貨の価値に疑問を呈することになる。
金を必要以上にためることに意味がなくなる。
そのような社会こそ、好ましい社会ではないか。

上記の文章は、言いかえれば、このようなことを言っている。
要するにヘリマネ論を言っている。
それが経済学的に成立することを言っている。

けっこう 毛だらけ ネコ灰だらけ ではないか。
メンテ
経済理論の大転換 2 ( No.260 )
日時: 2017/12/21 08:45
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:JaBlAQvg

日時: 2017/09/09 14:24
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:oWR.QT0E

以下は全文引用
https://sites.google.com/site/nekodemokeizai/chi-xu-ke-nengna-jing-jiheno-lue/okaneni-yi-cunshinai-jing-jiha-ke-nengka


通貨制度とは何か (信用通貨と政府通貨)


(じいちゃん)

マクロ経済の運営ツールについて、今回は通貨制度について説明しようと思う。通貨制度は経済運営に極めて重要なんじゃが、どういうわけか無視されておる。というか、そもそも通貨制度には2種類ある事すら新聞マスコミは絶対に触れない。現行の「信用通貨制度」がまるで永遠不変の原則のように経済運営の前提となっておるが、ここには大きな問題も潜んでおるんじゃよ。

(ねこ)

通貨制度には2種類あるの?

(じいちゃん)

通貨制度には大きく二種類あると考えておる。
@「信用通貨制度」・・・借金によって通貨を作り出す制度
A「政府通貨制度」・・・資産として通貨を作り出す制度

@信用通貨制度

現在の通貨制度はこれじゃ。この通貨制度の最大の特徴は、通貨はすべて誰かが銀行から借りた借金によって生まれることにある。これは本当じゃ。その証拠に世の中の金融資産と金融負債の合計は必ずゼロとなる。この事が極めて重要なんじゃ。この仕組みは本サイトでは何度も説明しておるが、簡単に説明するとこうじゃ。現金は日銀が発行する。しかし発行しただけでは世の中に供給されない。この現金を民間銀行が日銀から借りるんじゃ。そして日銀から借りた現金を元にして、民間銀行が企業や個人に貸し付ける。これによって初めておカネが世の中に流れだすんじゃ。誰かが借りることで世の中におカネが供給されるということは、世の中のおカネはすべて借金から出来ていることになる。逆に言えば、世の中の企業や個人がおカネを借りなければ、世の中のおカネはすべて消滅して経済はマヒする。これはバランスシートという帳簿の性質上、必ずそうなる。

つまり、現代の資本主義経済は「借金経済システム」だと言えるんじゃ。誰かが常に借金し続けなければ経済がマヒしてしまう。今は世界不況でおカネを借りる人が減っている。だから、日銀が必死になって企業や個人の貸し出しを増やそうと金利を下げておるんじゃ。

(ねこ)

誰かが借金しないとおカネが消えて経済がマヒする制度なんて、根本的におかしいにゃ。でも、どうして今まで問題にならなかったのかにゃ?

(じいちゃん)

そこが重要じゃ。高度経済成長期のように経済成長が著しい時代では、投資によって儲けが出る。じゃから銀行から借金して投資する企業や個人がいっぱい居たんじゃ。だから世の中の借金がどんどん増え、それによって世の中のおカネもどんどん増えたんじゃ(信用拡大)。するとおカネの不足によって生じるデフレのような問題は生じない。むしろ借金が多いために世の中のおカネの量も過剰になり、インフレになるんじゃ。だから、経済成長率が高い時代では、資本主義が借金経済システムであったとしても問題にならなかった。

ところが世界経済は低成長の時代となり、投資しても儲からなくなった。こうなると銀行から借金する人がどんどん減る。すると世の中の借金がへるから、同時に世の中のおカネが減少し、デフレとなる。

このデフレは企業や個人が借金をしないから生じている。放置すれば世の中のおカネはどんどん減る(信用収縮)。そこで仕方なく政府が借金するんじゃ。これによって政府の借金が増えるが、世の中のおカネの量は維持できる。この維持されているおカネが家計や企業の貯め込んでいる金融資産=預金なんじゃよ。ところが、財務省が騒ぎ始めた。国の借金ガーじゃ。しかしすでにお分かりのように、政府の借金を返済すると世の中のおカネの量が減るから家計や企業の貯め込んでいる金融資産は激減するはずじゃ。

このように、経済成長率が低下した時代になったため、信用通貨制度の矛盾が明らかになってきたんじゃ。この矛盾をごまかすためにグローバル化が推進されておるとも言える。多くの人は新聞マスコミによって洗脳されておるので、通貨制度はこの信用通貨制度しかないと信じ込んでおる。しかし通貨制度には別の選択肢もある。

A政府通貨制度

歴史的にはこの制度の方が遥かに古い。この通貨制度の最大の特徴は、通貨は借金と無関係に供給される点にある。じゃから世の中の金融資産と金融負債の合計は必ずプラスになる。この事が極めて重要じゃ。つまりこういう事じゃ。先ほどの信用通貨制度の場合、おカネは誰かが借金しないと生まれないため、常に誰かが借金する必要があった。政府通貨制度の場合は誰も借金しなくてもおカネは生まれる。だから世の中のおカネの量を維持するために政府が借金する必要はまったく無い。

具体的な通貨供給のしくみはこうじゃ。まず日銀が現金を発行する。これを政府が財政支出で使用し、インフラや医療・社会福祉などに使う。これで世の中におカネが流れ出す。実に簡単じゃ。ただしこの方法を高度経済成長の時代に行うと大変な事になる。高度成長期にはただでさえ借金して投資する企業や個人が多くて、世の中のおカネが増えているのに、政府が財政支出なんかしたら、おカネだらけになってインフレが激しくなるんじゃ。これが可能なのは先進国が低成長の時代に移行したからじゃ。そういう時代になったんじゃ。

つまり、高度成長の時代と低成長の時代で、同じ通貨制度を使い続ける必然性はない。それぞれに適した通貨制度を選択すべきということじゃ。そして、信用通貨制度と政府通貨制度をミックスして運用することも可能じゃ。時代の変化に合わせて柔軟に対応すべきじゃが、新聞マスコミは必死になって@信用通貨制度を擁護し、A政府通貨制度を批判する。財政ファイナンスガーというのがそれじゃ。新聞マスコミが反対する理由はおそらく次のようなことじゃろう。@は銀行の利益を生むが、Aは銀行の利益を生まない。つまり金利収入が発生するかしないかじゃ。世の中はそんなもんじゃよ。

(ねこ)

決局は、カネへの欲望が世界を支配してるんだにゃ。

<余談>

(じいちゃん)

そもそもおカネは制度として生まれたものではない。国つまり政府が誕生する以前から物々交換の媒介として何らかのモノを利用することで、原初のおカネの概念が生まれたんじゃ。古代のおカネは政府が作るわけではないので、黒曜石のような矢じりの原料が使われることもあった。実用品じゃな。つまり実際に使用価値があって、腐らない(価値が保存される)ものがおカネとして利用されていた。

国家が誕生すると、国つまり政府がおカネを発行するようになった。ローマ時代や江戸時代ではおカネは政府が発行しておった。これが「政府通貨」じゃ。多くの場合は金貨や銀貨のような貨幣がおカネとして作られたんじゃ。金や銀は実用品でもある。だから実際に使用価値があるし腐らない(価値が保存される)。そいうものをおカネとしていた。政府は金山や銀山を保有して金を掘り起こし、おカネを作った。そのおカネを使って城や公共の建物を建設したわけじゃ。

こうしたおカネは社会で流通する。するとおカネを貯め込む金持ちが現れたんじゃ。こうした金持ちはしこたま金貨や銀貨を貯め込んだが、こうなると泥棒に狙われる恐れが出てくる。そこで、武装した警備員に守られた貸金庫業者におカネを預けるのが安全じゃ。貸金庫業者は預かった金貨や銀貨の預り証を発行したんじゃ。そしてこの預り証を貸金庫業者に渡すと、いつでも金貨を引き出すことができる。この預り証がのちに銀行券(紙幣)となるんじゃ。たとえば金持ちが金貨1枚の預り証をもって肉屋で肉を買う。すると肉屋はこの預り証をもって貸金庫業者へ行けば金貨1枚と交換できるわけじゃ。じゃから、いちいち金貨を使って売買する必要はないんじゃ。

こうして貸金庫業者は銀行となり、銀行券つまり紙の通貨が生まれた。しかし金や銀と違って、紙のおカネには何ら使用価値はない。なぜ価値があるかと言えば、金や銀と交換できるという信用があるからじゃ。これが「信用通貨」のはじまりじゃな。この信用通貨の問題は、信用がどんどん膨張することにある。金や銀などのモノと違って信用は膨張する。どういうことか。

銀行はおカネを貸して利息を稼ぐ。ところで銀行は預かった金貨を貸すのではなく、預り証である銀行券を貸し出していた。銀行券はそもそも預り証じゃから本来は金貨の量と銀行券の量は同じであるはずじゃ。ところが銀行は保管している金貨の量の何倍もの銀行券を発行して、それを貸し出すようになった。金貨の何倍もの銀行券を発行することを「信用創造」という。この信用創造の仕組みが現在の銀行制度の根本的な仕組みにもなっておる。ただし預かっている金貨の何倍もの預かり証を発行すれば、大勢の人が一度に金貨を引き出しに銀行へ来ると金貨が足りなくなってしまう。これが取り付け騒ぎじゃ。じゃから「銀行券を金貨の何倍まで膨らませてよいか」というルールが必要となる。これが準備預金制度と呼ばれる考えの原点となるんじゃ。現代ではおよそ50倍から100倍程度じゃ。こうしておカネが何倍にも膨らむため、バブル経済を引き起こす根本的な原因となる。

しかし、現代の民間銀行は金貨を預かっているわけではない。金貨の代わりに銀行が預かっているのが「現金」じゃ。銀行は預かっている現金の何倍ものおカネを「信用創造」で貸し付けておる。この時に貸すのは銀行券ではなく「預金」じゃ。預金は現金と同等に扱われるので信用通貨なんじゃ。こうして、もともとは「政府通貨」として発行されてきた金貨や銀貨などに代わって、銀行が「信用通貨」を発行するようになったんじゃ。つまり、こうした流れを見ても、通貨を発行する役割が銀行である必要性は何もない事がわかる。銀行がおカネを発行する役割を担うのは、単なる慣習に過ぎんのじゃ。だから、何も信用通貨に執着する必要はない。政府が政府通貨を発行することは自然じゃ。実際、500円や100円のような少額貨幣については日銀ではなく、今でも政府が発行しておる。そして、信用通貨を制限して政府通貨を主体とする通貨制度にすれば、おカネが何倍にも膨らむことがなくなるため、バブル経済は発生しなくなるんじゃ。

こうした話は新聞マスコミには絶対に出てこない。ということは、強烈なタブーであって、非常に危険を伴う話じゃ。こんな事を平気で書いておると、このサイトもそのうち閉鎖されるか、暗殺されるも知れんのう。

メンテ
経済理論の大転換 3 ( No.261 )
日時: 2017/12/21 09:03
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:JaBlAQvg

(お金の話し イ)

日時: 2017/09/10 18:36
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:mt0N01uQ

順序が逆であったかも知れません。
そもそも、皆さんが思っているお金とは何かという事について皆さんの答えは如何でしょう。
普通は、金がないと生活できない。
出来るだけ多くのお金が欲しい等と言う思いがあるでしょう。

そうではなく、もっと本質的なお金の概念です。
これは日常生活においては不必要な概念であり、皆さんが認識していなければならない問題でもありません。
ですが経済を論じる場合はそうではありません。
そもそも「お金とは何か」から話しをはじめねばなりません。
少し解りにくい概念ですが、辛抱して読んでください。
お金とは何かについては、あと2、3回のレスを続けます。


@お金とは何か

https://ameblo.jp/reisaiouen/entry-11875327683.html

 お金は物々交換の仲介手段として人類史に登場しました。物々交換の仲介手段としてのお金は、一旦、大事な米や野菜などの生活物資と交換されるのですから、海のものとも山のものとも分からないものに変えてしまって大丈夫だろうか、ちゃんと自分の必要とするものと交換できるのだろうかという不安を振り払ってくれるものでなければなりません。

 そこで、最初は、金や銀などの貴金属がお金として使用されました。金や銀といった貴金属は必ず誰か(権力者や富裕層)が欲しがるという意味における価値の普遍性があり、その価値に依存することで物々交換の仲介手段としての信用を得ていたのです。
 しかし、紙幣のほうが利便性が高いことから、政府がいつでも金銀と交換してくれるという役割を持つ紙幣が登場し、紙幣が金銀の代わりを務めるようになりました。紙幣でも、いざというときに政府が必ず金銀と交換してくれると信用出来ることで、お金として金銀の代わりができたのです。

 つまり、あくまでもこの場合の貨幣は金銀であり、紙幣は金の預り証または借用証にすぎません。この信用体制を金本位制と言います。金本位制の下では、貨幣と認められるためには、必ず金と交換出来ることが必須の要件であり、これを兌換紙幣(だかんしへい)と言います。
 金本位制は現代まで続き、現代の経済においても、紙幣は必ず金銀と交換できるので、お金としての役割を果たすことができるのだと人々は思っていました。

 ところが、それは、ごく最近、アメリカ大統領のニクソンによって、あっさりと、間違いであることが証明されてしまいました。1971年のニクソン・ショックです。
 第二次世界大戦まで、世界は戦乱が続き、通貨は不安定化していました。また、戦争中には金本位制も一時機能を停止し、各国は紙幣を独自に発行しても結構経済は回るものだという事実も経験済みでした。

 しかし、第二次世界大戦当時はまだ貨幣の交換比率の混乱から来る不安があったために金本位制への復帰が望まれていました。そこで、第二次世界大戦の終盤期1944年7月に、連合国通貨金融会議(45ヵ国参加)でブレトン・ウッズ協定が結ばれ、金1オンスを35USドルと定め、そのドルに対し各国通貨の交換比率を定め、各国通貨の信用を確立しました。

 しかし、アメリカ大統領のニクソンは、1971年8月15日、ドル紙幣と金との兌換一時停止を宣言し、ブレトン・ウッズ体制の終結を告げました。それで何が起こったかと言えば、ニクソン・ショックの2〜3年後に各国通貨は固定相場制から変動相場制に移行したり、多少の景気変動があったりしましたが、そうしたわずかな動揺以外の重大な変化は何も起こりませんでした。

 世界経済は何の不都合も支障も無く、紙幣を信用し続け、淡々と経済活動を行い続けました。世界は戦後の混乱期を脱しており、国家がしっかり紙幣を管理し、偽造されるリスクなども縮小していました。国家がしっかり管理さえしていれば、必ずしも金銀と交換される必要はなく、紙幣だけで十分だということが証明されたのです。

金保有量に依存しない通貨制度を「管理通貨制度」と言います。「金本位制」から「管理通貨制度」への移行は、経済学にとっても決定的に重大な出来事でした。
 金本位制の下では、政府が貨幣を発行するときは、政府の金保有量と一致していなければなりません。よって、事実上、各国政府に通貨発行権は無いも同然でした。発行した貨幣量に対する金(gold)保有量が不足し、政府が交換に応じられなければ、それは正真正銘のデフォルト(債務不履行)になります。よって、財政均衡は基本中の基本であり、政府は行政サービスや所得再分配よりも、財政均衡を優先せざるを得ませんでした。

 金融機関にとっても、信用創造を行えば、貸し出す貨幣は全て兌換貨幣でいずれ金と交換しなければなりませんから、出しすぎは経営破綻を意味します。
 いくら担保を抑えていようと、担保がいつでも現金に交換出来るわけではありませんから、現金が預金されることによって、現金が増えたときにしか融資を行えません。そして、現金は金(gold)保有量によって制限されています。
 この頃の主流の経済学が古典派経済学と呼ばれるものです。古典派経済学は金本位制を前提としたものであり、必然として財政均衡主義になります。

 そして、古典派経済学の最も恐れるものが、金融機関からの融資にも限度があることから、資本家が投資資金の不足に陥ることです。よって、いかに金融機関に頼らずに自分の貯蓄を増やすか、つまり、いかに資本家への所得の集中を行うかが、古典派経済学の目的になります。古典派経済学が利益にこだわるのはこのためです。

 この古典派経済学に対して革命的な発想で登場したのがケインズ経済学です。すなわち、ケインズは金本位制から管理通貨制度への移行を主張したのです。それによって、政府や金融機関は無制限に貨幣を発行することが出来るようになります。金融機関の融資が無制限になることによって、資本家への所得の集中も無用になります。

 現在、管理通貨制度が採用されたのは、ケインズによって構築された管理通貨制度の理論があったからです。
 ケインズの願いが本格的に達せられたのは1971年であり、これはケインズが亡くなった1946年から数えて25年後になります。

 ところが、現代の経済学は、いまだに古典派経済学が主流のままです。これは、ケインズの論敵であり、古典派経済学の強力な担い手であるハイエクやフリードマンが1971年の後々まで長生きしたことも関係しているだろうと思われます。
 彼らは頑として資本家の味方であり、資本家への所得の集中というテーマ、したがって、財政均衡主義というテーマを捨てようとしませんでした。管理通貨制度の世になっても、なお、古典派経済学の主張は資本家から絶大な支持を受けました。

 この金本位制下で培われた古典派経済学と、管理通貨制度の現状とのズレが、あらゆる経済学的な論争の基礎にあります。
 管理通貨制度の下では、「貨幣は物々交換の仲介手段にすぎない」という貨幣の本質が明白になります。
 国家が何を管理していたかと言うと、貨幣のシステムであり、貨幣とモノとの交換比率です。それで、人々は、「国が発行した紙幣で必ず自分の欲しいモノを手に入れることが出来る」と信じたのです。

 かつては、それを担保するものが金(gold)の普遍的な価値だったのですが、つまるところ、国民は金(gold)が欲しかったのではなく、欲しかったものは、必ず生活物資と交換できるという信用であったという結末です。
 砂漠で飢えている者にとって必要なものは水と食物であり、金銀財宝ではありません。水と食物が豊富であるにも関わらず、経済活動のルールで水と食物にありつけない者は、金銀財宝があれば水と食物と交換できるという前提において金銀財宝を欲したのであり、だれも水と食物と交換してくれなければ、金銀財宝は無価値です。

実際、あらゆる経済活動において、貨幣の動きを抹消すれば、あとに物々交換の実体が浮かび上がります。ただし、もちろん、経済活動には一方的にモノを奪われる搾取が存在しますから、この場合の物々交換は必ずしも等価交換という意味ではありません。
 しかし、確かに、最終的に必要なのは水と食物であり、あるいは、衣服や自動車などのモノなのです。したがって、国民が紙幣を信じた時、金本位制という貴金属主義があっさりと終わりを遂げたのです。

 ちなみに、貨幣は、その場限りの物々交換の仲介だけでなく、貯蔵という役割も持っています。物々交換においては、例えば米と魚の交換といった取引を通じて、米が通貨の役割を果たしているという時、それは米の魚より高い貯蔵性を指しています。
 金銀財宝は永久に腐りませんから、貨幣の役割を果たしました。そして、紙幣が常に新しい紙幣と交換してもらえるようになった時に、紙幣もまた永久に腐らないという性質を獲得し、さらに、帳簿に記載されるという行為で、さらに安全に貯蔵できる性質を獲得することで、金銀財宝よりも便利な貨幣の地位を確率することが出来たのです。

 そして、この貯蔵という役割が、経済にとって非常に重要な影響をもたらすことになります。古典派経済学とケインズ経済学との対立も、貨幣の貯蔵の役割をめぐる対立であると言って過言ではありません。

(引用おわり)

如何でしょう、お金全体に関しては、私たちには解らないところで管理されているのです。
それが経済であり、その施策によっては我々の所持するお金の循環も影響を受けるのです。

メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

題名 スレッドをトップへソート
名前  「名前#任意の文字列」でトリップ生成
E-Mail 入力すると メールを送信する からメールを受け取れます(アドレス非表示)
URL
パスワード ご自分の投稿文の編集、削除の際必要です。面倒でしょうが入力をお勧めします。
投稿キー (投稿時 投稿キー を入力してください)
コメント

   クッキー保存