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[1899] 相変わらずのウソとゴマカシの猪瀬都知事
日時: 2013/11/22 17:36
名前: 北の国から ID:oYtaYqN.

 昨年12月の東京都知事選のときに、特州会、徳田虎雄理事長から、5千万円の提供をうけていた。
今年の9月に、特州会の公職選挙法違反の疑いがつよまると、あわてて返したという。

 猪瀬都知事は、発覚直後に「わたしは全くしらなかった」と言っていたものの、収支報告書に記載
がなかったことが明るみに出るや「実は借りた金」と。

 いつもだが、「見苦しいぞっ!猪瀬!」。
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Re: 相変わらずのウソとゴマカシの猪瀬都知事 ( No.1 )
日時: 2013/11/22 19:46
名前: 北の国から ID:oYtaYqN.

 訂正です。
 特州会→徳州会

 すみません。
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Re: 相変わらずのウソとゴマカシの猪瀬都知事 ( No.2 )
日時: 2013/11/22 20:36
名前: 満天下有人 ID:QvYLG6tY

全くひどい御仁ですね!。無利子で借りたと言いながら、徳洲会に捜査が入った途端に返したとは、借りていたものなら、何も慌てて返す必要はありませんね。しかも現金で借りたと。
見え透いたウソしか付けない底の浅い御仁です。

道路公団民営化委員の時、おお、元左翼だから、かなり突っ込むかなと思いましたが、石原伸晃が国交省大臣になってから、腑に落ちない行動を取り始めていました。嫌気した委員たちが次々に辞めてしまって、最後は国交省官僚の言うまま。これで当時の石原都知事に拾われて、後釜の知事になって、今回のザマ。

どうもこいつ、こそこそと小悪やるタイプだなと思ってはいましたが、5千万円キャッシュで貰っていたとは、結構やるじゃないですか(笑)。
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猪瀬直樹 ( No.3 )
日時: 2013/11/22 21:09
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:TZHRkkZI

猪瀬直樹『ミカドの肖像』(1)捨象されぬ記述 [『ミカドの肖像』]
http://squatyama.blog.so-net.ne.jp/2013-01-11

「文は人なり」。人間に魅力がないと文章もつまらん。何頁か読むと欠伸が出た。その都度、関連書を読むなどして仕切り直し、再び読み始めた。そんな繰り返しで、なんとか読了。

 まず佐高信『自分を売る男、猪瀬直樹』冒頭の『ミカドの肖像』についての記述をひく。・・・猪瀬は大宅壮一ノンフィクション賞がほしかった。ほしくて仕方がなかった。そこで同賞の選考委員だった本田靖春に接近した。そして見事に籠絡することに成功したのである。その結果、猪瀬の『ミカドの肖像』を受賞作に推してしまう。

 私は『ミカドの肖像』を「皇居のまわりをジョギングしているだけ」と批判したのだが、立花隆も「この作品の中心は空虚である」と批判している。(中略)。本田は後年、遺作となった『我、拗ね者として生涯を閉ず』(講談社)にも猪瀬批判を書いた。そして、猪瀬の作品を大宅賞に推したことを恥じて、間違いだった、とも言っていた。(同書未読。本当にそんな事が書かれているのだろうか。読んでみる必要がありそうだ。)

 佐高信は自著『現代を読む〜一〇〇冊のノンフィクション』(岩波新書)にも同書を入れていない。もう少し公平な書評が他にないかしらと見わたせば、「同時代ノンフィクション選書」第8巻「現代史の死角」(文藝春秋、平成5年刊)の柳田邦男の解説があった。

 ・・・ルポルタージュでもない。あらゆる大小のエピソード、データ、さして意味のなさそうないくつかの出来事のシンクロニシティ(共時性)、人物紹介、場所や建築物のいわく因縁、文化文芸の説明、ビジネスの収支決算、等々、捨象されることなく、一千枚のなかに放り込まれている。そのこと自体がミカドの国のパロディなのかもしれない。

 この文章を吟味すれば、<捨象されぬことなく>とは、「書こうとする概念に焦点が定まらぬ曖昧さのまま」、つまりミカドの存在と同じく曖昧、空虚な書、という痛烈な批判を含んで、佐高や立花評と同じ指摘のようでもある。「読めば欠伸がでる」に妙に納得した。

 あたしの結論から先に記す。「第V部 心象風景のなかの天皇」の最終章「複製技術革命の時代」から「エピローグ」を読めば充分で、あとはあたしのように隠居のボケ防止と、暇つぶす他にすることがなくなったら、残る11/12を拾い読めばいいように思った。(

(引用終わり)

次はウィキペディアによる経歴紹介。


信州大学教育学部附属長野小学校、信州大学教育学部附属長野中学校、長野県長野高等学校を経て、信州大学人文学部経済学科卒業。大学在学中は新左翼学生運動の指導者であり、通称「白ヘル」(革命的共産主義者同盟全国委員会)に属した[3]。1967年の羽田事件を皮切りに新左翼学生運動が高揚しており、1969年に信州大学全共闘議長をつとめている。大学構内のバリケード封鎖を行ったり、学生運動の主力部隊を率いて上京し、反米・反イスラエルの10.21国際反戦デー闘争や佐藤首相訪米阻止闘争に参加したりした[4]。猪瀬は、自身も参加したこの1969年の佐藤訪米阻止闘争でもって、60年代後半の学生運動は終わったと述べている。その後の運動は、いわゆる全共闘運動ではないと主張している。

大学卒業後、上京し結婚。出版社勤務などを経て、1972年、明治大学大学院政治経済学研究科政治学専攻博士前期課程にて政治学者の橋川文三に師事し、日本政治思想史を研究。ナショナリズム研究の橋川文三に教えを請うたのは、学生運動を離れた後、「日常性の連続がふつうの生活」「そうした日常性から日本の近代やナショナリズムをもう一度とらえ直さないといけないと思った」からだという[4]。

その後、ビル清掃等を経て[5]、作家活動に転じる。1987年、西武グループと堤義明について皇族との関係を絡めながら著した『ミカドの肖像』により、第18回大宅壮一ノンフィクション賞、ジャポニスム学会特別賞受賞。「世界史のなかで天皇制を考える」をテーマに、「なぜ、西武グループが皇族の土地にプリンスホテルを建てたか?」「なぜ、オペレッタ『ミカド』が欧米人から喝采を浴びるのか?」「なぜ、明治天皇の『御真影』は西洋人の風貌になったのか?」という3つの謎を主軸に展開する。1996年、『日本国の研究』により、文藝春秋読者賞を受賞。

(ウイキペディア終り)

堤康次郎、五島慶太など、つつけば幾らでの興味深い裏世界が出てくる。
戦前であれば、そんなことをすれば命が幾らあっても足りないところだが、其れに目をつけ注目を浴びたいという着眼点は抜け目ないと称しておこう。

其れにしても学生時代の左翼活動とは、どういう意味でも関連性はない。
左翼崩れの右翼でもない。

要するに、ひたすら自分が表に出ることだけを考えてきた権力亡者。
石原慎太郎の様な栄華も経験せず、ひたすら上目使いに権力に近寄ってきた、心のうちが風貌にも表れている。
まあ、石原も堺屋太一も、文学者上がりの政治屋は、碌な奴がいない。
元々の住む世界がフィクションであるので、何処まで行っても現実を直視する意志はない様である。
否、直視した後、自分の都合のよいように粉飾していまうのであろう。

猪瀬の狡猾さ、権力志向は、道路公団民営化の騒動であからさまになっている。
他の委員が、話しにならないと投げ出した諮問委員会に、大屋女子とともに残り小泉を助けたのである。
その時も、表向きは改革の急先鉾のように振舞っていた。

結論

こんな奴は、大嫌い!

男として

人間として

心の中で蔑むことより出来ないが。

私は、たとえ貧しくとも

そんな生き方はしない。

少なくとも、彼の様な名声、生き様を、うらやましく思うことなどありえない。
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Re: 相変わらずのウソとゴマカシの猪瀬都知事 ( No.4 )
日時: 2013/11/26 12:21
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:eeE.TRMM

UP
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Re: 相変わらずのウソとゴマカシの猪瀬都知事 ( No.5 )
日時: 2013/11/27 19:15
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:gpydwSqE

UPします
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