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[1977] ドイツに学ぶ<msehi 氏のスレッド
日時: 2014/03/28 22:18
名前: topics editor ID:QA272KFw

このスレッドは、HN msehiこと関口博之氏のブログの紹介です。
関口氏は、現在長野県在住で長年住まわれたドイツの研究書を書きながら、有機農業を愛好されています。

編集の都合で最初のページが関口氏の記事でなくなり2ページ目からになりました。
ご了解の上、お読みください。
ヨーロッパ(ドイツ・デンマークの社会の有り様を知ることで、何らかのヒントが得られれば良いかと思います。



ロバート・ライシュ

1946年、ペンシルバニア州に生まれる。ハーバード大学教授、ブランダイス大学教授などを経て、クリントン政権で労働長官を務める。『アメリカン・プロスペクト』の共同創立者兼編集者。2003年に経済・社会思想における先駆的業績によりバーツラフ・ハベル財団賞受賞。2008年5月『ウォールストリート・ジャーナル』紙で「最も影響力のある経営思想家20人」の1人に選ばれる。邦訳書多数

の論文の抜粋(ドイツに関するもの)


>またある人は、グローバリゼーションと技術的変化を逆転することなど、我々にはできないことだったと言う。しかしドイツなど他国の経験は、違うことを示している。この15年間、ドイツの経済成長はアメリカより早く、その利得はもっと広くまかれた。1985年以降、アメリカの平均的時給のインフレ調整後の上昇率がたった6%だったのに対し、ドイツ人労働者の上昇率は30%であった。

 同時にトップ1%のドイツの家計は、国民総所得の11%を家に持ち帰ったに過ぎない。これは1970年とほぼ変わらない数字である。この数ヵ月間、ドイツは近隣諸国の債務危機に見舞われてはいるが、その失業率は金融危機が2007年に始まる前の水準をいまだに下まわっている。

 ドイツはそれをどう達成したのか? それは主に、レーザー装置で狙うように教育に焦点を定め(ドイツ人学生の数学の点数はアメリカ人をリードし続けている)、強い労働組合を維持することによってである。

(引用終わり)



もう一つ阿修羅で見つけたデンマークに関する記事です(貧困の構造スレッドにも掲載)。

デンマークの労働市場政策   弁護士 中西 基

1 デンマーク・モデル〜「黄金の三角形」・「フレキシキュリティ」
 デンマークの労働市場は、「黄金の三角形」と称される3つの要素(@柔軟な解雇規制、A手厚い失業補償、B積極的労働市場政策)から成り立っています。
 柔軟さと補償を兼ね備えているところから、「フレキシキュリティ」(フレックス+セキュリティ)とも称されています。
 デンマークは、この3つの要素のバランスによって失業を大きく減らすことに成功したことで注目されているのです。


2 柔軟な解雇規制
 デンマーク・モデルを特徴づける第1の要素は、柔軟な解雇規制です。
 生産活動が減少した場合には解雇が容易にできるようにしておきます。そうすれば、企業は、生産活動が増加した場合に正社員を雇用することを躊躇しません。結果として、解雇された労働者にとっても次に再雇用される可能性が高くなるというわけです。
 注意しなければならないことは、デンマークにおいても「解雇が自由」なわけでは決してないことです。デンマークでも解雇には合理的な理由が要求されており、人種や性別による差別的な解雇や労働組合員であることを理由とする解雇など不合理な解雇は当然に違法です。ただ、1899年以来の伝統である労使相互の信頼と尊重の精神によって、企業側の経営的判断については労働組合もそれを基本的には尊重する結果として、日本の整理解雇の場合のように、解雇の「必要性」を巡って裁判上の紛争になることはほとんどありません。つまり、「柔軟な」という意味は、労使相互の信頼をもとにして、労働組合が企業の経営判断を尊重するという意味に理解するべきです。
 なお、労働組合と使用者団体との労働協約によって、同一労働同一賃金原則が徹底されていることと併せて、企業側としても有期雇用を活用しようというメリットはありません。
 
3 手厚い失業補償
 失業保険に加入している労働者が失業した場合に失業給付を受給できる期間は2010年7月以降、2年間です。これは日本の場合の最大で360日、平均で125.9日(2009年度。ちなみに2008年度は99日。)と比較すれば、十分に手厚い補償です。
 もっとも、デンマークの失業給付の受給期間は、かつては事実上無制限でした。その後、それが1994年以降、7年間→5年間→4年間に順次短縮され、2010年7月からはさらに2年間に短縮されたものです。
 また、1994年の改革からは、失業者に対しては、就労に向けた積極的な努力がより強く要求されるようになっています。具体的には、全国共通のオンライン・ネットワークに求職登録(CV)を行ったうえ、毎週1回以上の更新が求められます。また、離職後3ヶ月を経過すれば失業者1人1人についてジョブセンターの職員(カウンセラー)と面談のうえで個人別の就労計画の作成が義務づけられます。その後は3ヶ月毎にジョブセンターに出頭して職員(カウンセラー)と面接し、求職活動のみならず、就労に向けた様々な活動(アクティべーション・プログラム)への参加が義務づけられます。これらに違反すれば、失業手当は減額もしくは支給停止されることになるのです。
 このように、失業者に対する就労への圧力は、むしろ日本の場合よりも強制的です。

4 積極的労働市場政策
 デンマークにおける職業教育は、義務教育終了時点から継続的に実施されています。義務教育卒業者の進路は大きく分けて2つです。1つは中等教育コース(3年)への進学、もう一つは職業訓練プログラムへ進むコース(3〜4年)です。前者の中等教育コースの中でも、工業系高校へ進学するコース、商業系高校に進学するコース、普通教育コースと3つに分かれており、日本における普通高校のような普通教育コースへ進学する生徒はごく一部です。これら中等教育コースへの進学者の多くは、さらに上級の教育課程(大学レベル)への進学を目指しています。他方、職業訓練プログラムコースは、座学と職場での実習を繰り返すいわゆる「デュアル・システム」と呼ばれる仕組みをとっています。生徒は最初の1年間は学校で基礎的な教育を受けた後、2年目以降は実習先企業における数ヶ月間の実習と学校での座学を交互に繰り返します。職業訓練プログラムに進学した生徒に対しては、学校での座学の期間中でも企業での実習期間中でも一定の賃金が支払われます。なお、実習先は生徒自身が自らの希望によって受入先企業を探し、面接を受けて、採用されます。職業訓練プログラム終了後、多くの生徒は当該実習先企業に正式に就職することになるのです。

 これ以外にも、成人向け教育(国民学校など)があり、全労働者の45%程度が学卒後就労してからも自主的に何らかの生涯教育を受け続けています。
 失業者は、ジョブセンターの職員(カウンセラー)との面接において、再教育・再訓練が必要であると判断された場合には、ジョブセンターが提供する各種の再教育プログラム(アクティべーションプログラム。通常は数週間から数ヶ月)を受講することが義務づけられ、あるいは、場合によっては、上記職業訓練プログラムの受講を義務づけられることもあります。

 もっとも、デンマークにおける失業者向けの職業教育・職業訓練は、それによって当該失業者の能力を高め、その結果として再就労を実現しようとする目的のものではない、と評価すべきでしょう。むしろ、長期失業者に対してアクティべーション・プログラムの受講を強制することによって、早期に自発的に再就職するためのインセンティブにしようとする観点が強いです。職業能力の開発とは直結しない無意味なプログラムを課せられることもあるようです(鳥の鳴き真似をするプログラム、パスタとマシュマロを用いて工作するプログラムなど)。

5 デンマーク・モデルの評価 〜日本との違いについて〜
 デンマーク・モデルは、確かに、デンマークにおいては、失業を減らすことに成功しました。しかし、デンマーク・モデルは、デンマークの伝統的な労使関係や労働市場や社会の状況を前提として初めて成り立っているものであって、このモデルをそのまま他の国に導入したとしても、失業を減らし完全雇用を実現することにはならないでしょう。
 特に、日本とデンマークとでは、産業構造が決定的に異なっていることを忘れてはなりません。すなわち、デンマークの企業は中小企業が中心であり、産業分野としてもニッチ産業(すき間産業)が中心です。それゆえ、デンマーク企業は、グローバル市場における競争とはほぼ無縁なのです。他方、日本では輸出産業が中心であり、日本の大企業のほとんどはグローバル市場における熾烈な競争にさらされています。そこでは労働コストは直ちに価格競争に反映するのであり、それゆえ、グローバル市場で勝ち残って利益を確保するためには、労働コストをカバーするだけのより高度な技術力や生産性が要求されることとなります。それゆえ、日本における労働者への訓練・教育は、賃金コストを上回るだけの高度な職業技術・職業能力を身につけることができるものでなければならず、それは容易なものではありません。

 もう一つ、日本とデンマークとの重要な差違は、雇用の慣行です。デンマークでは1人の労働者が生涯に転職する回数は平均して6回(!)です。実に就労人口の3分の1が毎年転職を経験しているのです。他方、日本では、「新規学卒者の定期一括採用」という雇用慣行が長く労働市場を支配してきました。この新規学卒一括採用システムと終身雇用制度及び年功序列賃金制度は、世界に他に類例を見ない「日本型雇用慣行」と称される特殊なシステムであり、1970年代から80年代の日本の高度経済成長を支えたバックボーンでもありました。このような新規学卒者定期一括採用システムの下では、中途採用の労働市場はきわめて限定的であり、それゆえ、一旦失職した者が再就労することはそもそも容易ではありません。つまり、日本の労働市場では、労働者の教育度合や訓練度合によって採否が決定される慣行がそもそもないのです。

 さらに、もう一つ、日本の特殊な産業構造として忘れてはならないのは、大企業を中心とした重層的な「下請」構造による賃金格差です。デンマークでは、労働協約によって産業別の同一労働同一賃金が徹底されおり、同じ産業で同じ職種に就いている労働者の賃金は基本的には同一です。ところが、日本では同じ産業の同じ職種の労働者であっても元請と下請と孫請とでは賃金に大きな格差があります。「下請」構造においては、元請会社の社員と下請会社の社員との間に賃金格差があることは当然視されているし、下請会社の社員と孫請会社の社員との間においても同様です。その原因は、元請会社が製造コストを下げるために下請会社への発注価格を極限にまで切り下げ、下請会社は自らの利益を確保するために孫請会社への発注価格を極限にまで切り下げるからです。元請会社が自社社員の賃金コストを下げることは容易ではなくとも、下請価格を下げることはいとも簡単にできてしまうのであり、このような「下請」構造の結果、日本の労働者の賃金は全体として抑えつけられてきたし、下請や孫請においては法定最低賃金の水準ですら雇用の維持さえままならない状態になっているのです。

■日弁連のデンマーク調査報告書もご覧下さい。

http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/committee/list/data/danmark_report.pdf
  
(引用終わり)
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Re: msehi 氏のスレッド(ドイツ研究者から見た日本) ( No.1 )
日時: 2014/03/28 22:07
名前: topics editor ID:QA272KFw

http://d.hatena.ne.jp/msehi/?of=20
msehi関口博之
ドイツ研究家。有機農業愛好家。


(49)検証シリーズ9、日本の新しいかたちを求めて。第1回官僚古賀茂明の反乱が日々進化し続けるなかで求めるもの。

経済産業省の官僚古賀茂明の勇気ある反乱は、民主党が財務省に屈し国民を裏切ったこともあって、一世を風靡したといっても過言ではない。
彼が評価されたのは、『権力中枢の崩壊』を世にだすことで、権力の中枢がメルトダウンを起こしており、既に腐り始めている実態をあからさまに暴露したからだ。
しかし古賀の処方箋としての主張は、様々な規制を取り除く公務員改革と天下り斡旋の禁止が柱であり、自由貿易FTAやTPPを礼賛し、当時は新自由主義推進者以外の何者でもなかった。
本来ならば新自由主義を推進する政府、産業界、そしてマスメディアから賞賛されてしかるべきであり、公務員改革の審議官を更迭する制裁は不可解である。
しかし理由は単純明快であり、官僚や公務員の組織は民間のように非情な競争原理にさらされたくなく、年功序列の運命共同体による相互扶助で甘い汁を吸い合いたいからに他ならない。
いつの世も権力者たちは例外であり、特権階級として甘い汁を吸い合ってきた歴史的事実を見れば当然である。(社会主義国家でも、官僚はノメンクラートとして特権階級を享受してきた)

もっとも公務員改革や天下り規制はこれまでも何度も取り組まれてきたことで、本質的改革は官僚のサボタージュで機能しなくなることで、結局官僚に丸投げされることとなり、改革を口実に様々な独立法人が立ち揚げられ、益々甘い汁が吸われるシナリオが出来上がっている。
しかし古賀茂明はインタビュでもわかるように実直そのものであり、建て前と本音という慣習に従って行動できず、本気でドンキホーテのように実行しようとしたから、更迭という制裁を受けたのであった。

そして古賀茂明は辞職後日々進化し始め、最近は地方にあらゆる権限や予算を移すことを求め、脱新自由主義の兆候さえ見られるようになって来ている。
すなわち国民の側に立って益々ドンキホーテのように正義と真実を求め、様々な小メディアで訴えている。

古賀「そうですね。あの幾つかあると思います。一番大きいのはあの、本当の情報を伝えようというそういう姿勢がないってことですよね。ですからあのまあ、最初からそうですけどメルトダウンがあったのかどうかってのもありますし、SPEEDIの情報も隠しちゃったとかですね。で、だいたいあの、発表される時っていうのはだいぶ前の情報をあとから発表するのが多くて。例えばなんかこんなに高い線量が出てましたよっていうのが、そのなんか、先週そうでしたけど今は下がってますとかですね。」
古賀「全部ね、あのー、要するに下がってからしか出さないとかね。そういう、あの、ま、情報を出さないっていうのが非常に足りないところですね。それから、もう1つは間違いを認めようとしない。」

古賀「これあの、役人には非常に無謬性とかいう言葉でよく言われるんですけど、間違い認めないんですね。間違い認めないと絶対正しい方向に行けないんですよ。間違ってたんだったらごめんなさいって1回言っちゃえば、それまで事を全部チャラにして正しい方向に行けるんですけど。間違い認めないから過去とのその繋がりを、その無理やり無理やり説明しながら行こうとするので、どうしても対応が、おかしな方向に行ったり、あるいは遅れたりするんですね。ま、もう1つ非常に欠けてるのは責任をとらない。それからその責任をとりたくないからリスクもとれないということで、思い切った措置をですね、えー迅速にやるってことがこういう場合大事なんですけども。まあそうすると失敗したらどうしよう、失敗したら誰が責任取るんだってことを考えているうちにですね、結局何も出来ないで後手に回ると、いうことが起きてると思いますね、はい」


古賀「そうですね。あのやっぱりこの間の、あの、まあ、既製の大メディアってところのですね、報道の仕方って言うのも相当問題があったとおもいますね」
古賀「なんか戦時中の大本営発表みたい」
古賀「まあ海外の、あの、まあ色んなあの記者とかですね。あの、よく話するんですけど。どうして日本の新聞は本当のことを書かないのかと。」
古賀「いやけっこうね……。ドイツですごく話題になってるんですけど。いややっぱりね、あの……恥ずかしいってことよりもとにかく、その、やっぱりメディアって言うのは権威に対してね、疑ってそのなにかおかしなことをやってたらそれをただしていくって言う……」
古賀「おっきな役割があるんですけど。完全に政府側に立っちゃったっていうですね」
古賀「ええ。これだともう存在意義がないですよね」



古賀「はい。あのまあこれ原発なんか見ててもわかるんですけれども。その、あらゆる政策をですね進めていくときに必ず、あの官僚って言うのは表向きのきれいな政策目的とは別にですね。あのー、その政策をやるために、えー、例えばこういう独立行政法人が必要ですねとか、こういう公益法人が必要ですねっていうのをいっしょに付けるんですよ、必ず。それでその政策実現するためにはお金も必要ですねっていって予算も取って。それでその予算をそういう法人に流すんですね。それで、その法人から更に民間企業とかなんかに流れていくんですが。そのお金が流れていくそれぞれのところに必ず天下りの人が行けるようになっていて。」
古賀「その予算の中からですね。その人達の人件費が出ると、いう仕組みになってるんですよ」

古賀「ええ。だから表向きはそういう風に、なってるんですけど。その表向きのきれいな政策の絵とは別にですね。その裏側に必ず、そういうその、官僚が天下りのポストを作って、まあなんていうのかな官僚の生活協同組合みたいなものになってるんですね」
古賀「そうです。それをだからみんなでやってれば……あの自分が作ったところに自分が天下りするとは限んないんですけども、全体としてどんどん天下りポストが増えたり、あるいはそれを守っていればですね、みんなのその生活が、その……老後まで安心していられるというそういう仕組みになってるんですよ。で、そうすると何が起きるかっていうと、その例えば原発政策を見直したいと。いうふうに思ってもう原発辞めましょうって仮に政府として決定してもですね。それをやると、その、その関連の団体ってのが要らなくなっちゃうじゃないですか。」
古賀「ええ。だからそうなると、その……じゃあ原発をやめると自分たちの天下り先がなくなるっていう……繋がっちゃうんですね。」
古賀「だからじゃあ原発はやめちゃいけないっていうふうになっちゃうんです。

古賀「はい。あのまあこれ原発なんか見ててもわかるんですけれども。その、あらゆる政策をですね進めていくときに必ず、あの官僚って言うのは表向きのきれいな政策目的とは別にですね。あのー、その政策をやるために、えー、例えばこういう独立行政法人が必要ですねとか、こういう公益法人が必要ですねっていうのをいっしょに付けるんですよ、必ず。それでその政策実現するためにはお金も必要ですねっていって予算も取って。それでその予算をそういう法人に流すんですね。それで、その法人から更に民間企業とかなんかに流れていくんですが。そのお金が流れていくそれぞれのところに必ず天下りの人が行けるようになっていて。」
古賀「その予算の中からですね。その人達の人件費が出ると、いう仕組みになってるんですよ」

古賀「ええ。だから表向きはそういう風に、なってるんですけど。その表向きのきれいな政策の絵とは別にですね。その裏側に必ず、そういうその、官僚が天下りのポストを作って、まあなんていうのかな官僚の生活協同組合みたいなものになってるんですね」
古賀「その予算の中からですね。その人達の人件費が出ると、いう仕組みになってるんですよ」
古賀「ええ。だから表向きはそういう風に、なってるんですけど。その表向きのきれいな政策の絵とは別にですね。その裏側に必ず、そういうその、官僚が天下りのポストを作って、まあなんていうのかな官僚の生活協同組合みたいなものになってるんですね」

このように元官僚古賀茂明は、官僚政府が国民の利益(幸せ)を最優先し、国民に公僕として奉仕する日本の新しいかたちを求めて、日々進化しながら戦い始めている。





メンテ
Re: msehi 氏のスレッド(ドイツ研究者から見た日本) ( No.2 )
日時: 2014/03/28 22:06
名前: topics editor ID:QA272KFw

(50)検証シリーズ9、日本の新しいかたちを求めて。第2回日本の新しいかたちを求めた政治の検証。

今回は地域主権型道州制を掲げ日本の新しいかたちを求めた「みんなの党のアジェンダ2010」を検証することで、日本の新しいかたちの展望に繋げたい。

みんなの党が掲げる「アジェンダ(行動計画)2010」では、議員数の大幅削減や報酬の引き下げ、そして公務員の給与カット、さらに官僚の天下り禁止を大きな柱として、公務員の民間並みの給料、適正な競争原理を実現しようとする政策は、国民の求める的を得ている。

日本の議員報酬は欧米の平均水準の10倍を超えており(http://www.asyura2.com/11/senkyo119/msg/148.html)、公務員の給料平均年収は世界一で1029万円と跳びぬけて高く、国民平均所得の2,15倍である。
それは、ドイツの公務員が国民に奉仕する公僕であることから0,95倍と国民所得並となっているのに較べ、余りにも高い。(参照2005年10月日本総研公表資料)

しかし公務員を大幅に10万人削減し、21万人の小さな政府にする公約は、実現すれば公共サービスの低下は免れず、特に弱者にとっては深刻であり、国民の利益とは相反する。
何故なら2008年の公務員数は、人口1000人当たりの数がフランス40,8人、ドイツ34,5人、米国22,2人に対して、日本は17,5人で世界の最下位グループとなるほど少ないからだ。(総務省統計局「世界の統計2011」)

また「官から民へ」を前進するという民営化公約も、残っている公共資本が隈なく民間に切り売りされることを意味し、英国のように水道事業まで競争原理が最優先されていけば、公共サービスの低下だけでなく、安全性の点からも危険である。

そして本丸の経済政策では、日本開国宣言で例外なき規制撤廃を求める自由貿易推進を強く求めている。
開国によるさらなる輸出産業の発展によって、年率4パーセントの名目成長で、10年間で所得5割アップを目標としているが、全く裏付けももなく、過去の検証もされていない。
何故なら日本の輸出額は、2002年の52兆円から2007年には84兆円に6割以上という過去にない飛躍的な発展をしたにもかかわらず、、2002年の平均年収は389万円から2007年には逆に367万円に下がっているからだ。
しかも2001年から2006年までに国民の税金は5兆円増加し、さらに健康保険費や社会保障費も合わせて5兆円増加し、大部分の国民の暮らしは著しく悪化した。

それは、2006年に年間200万円以下の給与所得者が1000万人を超え、相対貧困者数でアメリカに次いで世界第2位の汚名をそそいだことからも明らかである。
さらにこの間国の負債総額(国債及び借入金残高)は、2001年の538兆円から2006年の832兆円へと巨額に膨らんでいる。(財務省資料)
このような多大な国民の犠牲のもとに、国民総生産は2001年の501兆円から2006年550兆円に増加し、大企業の収益はこの間平均52パーセント増加し、企業代表の報酬は85パーセント増加し、株式配当も159パーセント増加した。

こうした過去の検証をすれば、最早輸出産業がたとえ成長路線を回復したとしても、大企業や一部の金持ちだけが潤い、大部分の国民は自由貿易で賃金などのボトム競争が激化するこで、益々暮らしに困窮することは明らかである。
しかも現在「みんなの党」が強力に推し進めようとしているTPPは、アメリカが日本への輸出額を倍増することをアメリカ国民に約束していることから、日本の農業だけでなく、日本自体の壊滅となる公算も高い。

また政策の柱として掲げている「地域主権型道州制」は、権限、財源、人間を徹底的に地方に委譲することで脱中央集権を実現し、新しい国のかたちを求めている。
このキャッチフレーズからは新自由主義の中央支配を打破し、アンチ新自由主義の地域主権による分散型社会が連想される。
しかし具体的に検証していくと、日本を10ほどの分権国家に分割し(プランを作成した政策シンクタンクPHP総研案では12道州制)、中央から官僚を地方に委譲し、地方に委譲された権限や財源を使って官僚組織を肥大化させ、結果的には国の支配を強化する構図が見えてくる。
これは地域に築かれた巨大な国や県の外郭団体主導の利権構造が、小泉新自由主義政権の市町村合併の時のように、再び甘い汁を喰い尽くそうとしていることに他ならない。
市町村合併では、役場が新設されたかつての町や村でさえ現在は緊縮財政で苦しく、役場を失ったかつての町や村の衰退は目を覆いたくなるほど悲惨である。

そのような検証も全くせずに、再び数個の県を合併させて新しくつくる道州制地方政府は、官僚組織の地方への肥大化と、国税を喰い尽す利権構造の延命策と言っても過言ではない。
しかも地域での戦略はあらゆる規制を撤廃し、企業の農地収得を認め、企業による農業のビジネス化が柱である。
しかし「みんなの党」が同時に推し進めるTPPは、現在の主要農作物101種類の200パーセント以上の関税をゼロにするものであり、農業に素人の企業が利益追求を求めて参入しても成功する筈がない。
何故なら企業の農業参入で国際競争力を強化できるという主張は、幻想にすぎないからだ。
日本の農地がアメリカの農地に較べて100倍以上高く、労働賃金がアジアに較べて10倍近く高く、日本の農家の一軒あたりの耕作面積が1,9ヘクタールに対してアメリカ200ヘクタール、オーストラリア3000ヘクタールという違いのなかでは競争にならないからである。
企業が損失を出せば、たとえ損失があっても祖先伝来の田畑であることから兼業農家によって守られてきた農地も、企業の撤退によって益々荒廃が避けられない。

また国民主役を掲げる政治政策では、現在の民主党政権をエセ政治主導と呼び勇ましいが、官僚のサボタージュに遭えば、たとえ国家戦略スタッフに政治家や民間人を100人以上登用しても、50歩100歩にしか思えない。
内閣人事局に局長及び人事のエキスパートを外部から登用する案はそれなりに評価できるが、全ての省庁の官僚を敵にまわして、公正な人事を行うことは不可能に近く、官僚制度の抜本的な刷新なくしては、懐柔されることは眼に見えている。

また政治献金に関しては、政治家個人への企業・団体献金の即時全面禁止を掲げている。
しかし逆に個人献金の促進を求めており、小口献金を中心に全額所得税控除制度やインターネットを活用したワンクリック献金の推進を唱えている。
一見民主党よりもクリーンに見えるが、これまでも企業の社員名を使った無数の小口献金が繰り返されている実態からも、抜け道を合法化するものと見られても致し方ない。
すなわち個人献金であろうと、献金の裏には必ず見返りを求めるのが常識だからだ。
本当に国民主役の政治を求めるのであれば、全ての献金を禁止し、お金の掛らない選挙、政党活動の仕組みに変えていくべきだ。

また社会福祉政策では、病院崩壊を食い止めるために医療費を対GDP比で10パーセントを超える程度まで引き上げを掲げており、30パーセント弱の値上げである。
これは財源が不足するから値上げも止むを得ないとする官僚的発想であり、値上が続く医療費の支払いに苦しむ弱者の人たちに対して、思い遣りと配慮が全く欠けている。
確かに政策では社会的弱者に配慮した所得再配分を強化すると掲げている。
すなわち最終的に基礎年金や生活保障を統合した「ミニインカム」を創設すると公約している。
しかし実際の適用では、この支給を受け取るには銀行などの全ての開示で資産がないことが条件とされ、受給者に多大な屈辱を与え、しかも食べるのがやっとの最低限収入だ。

これらの政策の手本とされたドイツの社会民主党シュレーダー政権の「アジェンダ2010」(2003年)では、それまで32ヶ月の失業保険期間を過ぎても専門職が見つからない場合、無制限に前の職場での総収入の57パーセント(保険期間中は子供世帯で67パーセント)が失業扶助されていたが、そのような手厚い扶助がなくなり、「失業扶助」と生活保護にあたる「社会扶助」を「失業給付2」として一本化した。
しかも「失業給付2」は資産査定によって預金などが当局によって自由に調べられるようになった上に(申請者は屈辱感に耐えなければならず、資産が見つかれば受け取れない)、専門職者の給付額は10分の1以下に激減した例も決して珍しくない。(住宅手当などを除き旧西ドイツ州では月345ユーロ、旧東ドイツでは月331ユーロ)
このような恐怖のハルツ第4法によって、少なくとも2004年まで失業者でさえ豊かな暮らしをしていたドイツ市民は、ドイツ企業がEUで独り勝ちする程に利益をあげているにもかかわらず、一気に質が低下しただけでなく、今やドイツ市民の8人に1人が相対貧困者である。

さらに「みんなの党」の政策では、企業の要求に従って「派遣禁止法案」には反対であり、法人税を40パーセントから20パーセントへの減税を掲げている。
また裕福者の相続税の減税も掲げており、1パーセントの金持ちを生み出す新自由主義政策以外の何者でもない。

ドイツの市民を騙し、「アジェンダ2010」を遂行した社会民主党政権(正確には緑の党との連立政権)のシュレーダー首相の巧みな演説は以下のようだった。

(シューレダー連立政権の7年間を通して強者は投資税や相続税などの大幅な減税によって益々豊かになり、弱者は著しい年金や失業給付金の削減よって益々貧しくなった。そうした現実にシューレダー首相はまったく目を向けていない。強者が経済的に成功すれば弱者へのおこぼれがあるというのは、新自由主義の常套句であるが、現実は強者の成功は多くの弱者の犠牲によって成り立っていると言えよう)。


(これは新自由主義の教義であり、新自由主義政権はつねに、しかも益々福祉予算や社会保障費の削減を求めている)。

それ故にドイツの国民はシュレーダー首相、そして社会民主党に裏切られたという思いは未だに強く、2009年の連邦選挙際ベルリンでは党首のポスターが破られたり、落書きが至るところで目立ち、結果も社会民主党は壊滅的な敗北であった。
メンテ
Re: msehi 氏のスレッド(ドイツ研究者から見た日本) ( No.3 )
日時: 2014/03/28 22:10
名前: topics editor ID:QA272KFw

http://d.hatena.ne.jp/msehi/?of=20
msehi関口博之
ドイツ研究家。有機農業愛好家。


(51)検証シリーズ9、日本の新しいかたちを求めて。第3回官僚支配政府の解体方法と民主的官僚制への刷新。

日本の政治は、政治家が選挙の際は国民の側を向き国民の利益を公約するが、選挙後は官僚の助けなくしては政治が機能しなくなることから、結局丸投げとなる。
官僚は常に国民の利益より産業の利益を優先することから、次の選挙では裏切られたと怒る国民は、媚びる野党に投票する。
したがって衆参の捩じれが繰り返され、ますます政治は機能不全となり、悪循環が深刻化している。
しかも日本の産業が行き詰まり、財源が枯渇するなかで、官僚支配政府は全ての規制撤廃、公共の民営化、福祉や社会保障の縮減を掲げる新自由主義への傾倒を強めている。
何故なら明治の当初から官僚機構は、国民の利益より産業の利益を優先する専制国家の求める仕組みであるからだ。
すなわち官僚制の機能的合理性は、民主主義の社会よりも新自由主義の向かう全体主義社会において発揮され、官僚自身も特権階級として重宝されるからだ。

しかし我々国民にとってそれは、消費税25パーセント、福祉や社会保障予算の大幅縮減に加えて医療費の30パーセント近くの値上げ、そして年金開始年齢の70歳への引き上げによって、暮らしが益々困窮するだけでなく、言論や表現の自由が奪われることを意味している。
言論や表現の自由が奪われのは、1パーセントの裕福な人たちが、99パーセントの究極的に貧困者に転落する人たちを支配するからであり、煉獄のような監視社会になりかねない。
したがって99パーセントの我々は、そのような未来にしないためにも現在の官僚支配政府の解体と民主的官僚制への刷新を求めなくてはならない。

既にブログ述べたように、戦後のドイツのように民主的な官僚制度へと刷新は必要不可欠である。
そのために第一の刷新の柱は、現在の稟議制を廃止し、権限を下へ委譲し、担当した官僚が責任の伴う決裁権を持つことであった。
そして第二の柱は、政治任用制度を採用することであった。
ドイツの政治任用制度は、誕生した政権が、各政党にリストされている官僚(多くは政党に入党している)から、各省庁の事務次官、局長などの約400人の上級官僚を任用するシステムである。
この長所は各政党に属する官僚が、自ら行政を国民に競って伝えようとすることから、必然的にガラス張りに開かれることだ。
またそれは、官僚組織の自己目的化する自閉的共同体を分断し、官僚支配の呪縛を解く役割も果すと言えるだろう。
このような二つの柱を参考にして、先ずは具体的な官僚支配政府解体のシナリオを国民全体で創り出していくことが必要だ。

私の考える官僚支配政府解体方法と民主的官僚制への刷新のシナリオを一案として述べれば、以下のようになる。

先ずは解体に成功するためには、次回の衆議院選挙で大勝することが必要であり、大部分の国民の要望に沿わなくてはならない。
最大公約数の国民の要望は、治安の安定な社会、原発事故の不安のない社会、暮らし易い社会、増税のない社会、年金や社会保障の不安のない社会、活気を取り戻す社会、未来に希望が持てる社会などであり、それを実現することこそが国民利益の追求である。
したがって国民との契約であるマニフェストで、民主党のような不履行は絶対に許されないことから、一つ一つ検証に基づいて実現できるものでなくてはならないし、万一実現できなくなった場合の代替のプランが明記されていなくてはならない。
(例えば財源が不足する場合は、防衛費を削減するとか、裕福者の税金を1990年代に戻すといった代替プラン)
先ず国民の信任を受けるためには、政治家が自らの身を切らなくてはならない。
すなわち政治家は国民に奉仕する名誉ある職であることを肝に銘じ、現在の立法事務費、政党助成金、公費で雇う3人の秘書給料、そして様々な議員特権を含めて年間1億円を超える議員報酬を一旦すべて返上し、政治家が名実共に公僕であるEUなどの平均報酬に見習って900万円ほどにし、法案が成立するまでそれ以外は国に返上することをマニフェストで誓わなくてはならない。
もちろん違反者に対しては、国会における離職決議案の断行あるのみだ。
(それでは政治主導の政治ができないという意見もあろうが、国民の血税で専門家の秘書を雇い、お金による調査での俄仕込みの知識で政治主導の政治ができるわけわなく、自ら努力して学ぶべきである。自信のない政治家は役職に就くべきではなく、自らの能力に相応しい国民に奉仕できる裏方に回るべきであろう)

また新しい政府誕生後は、当然のことながら官僚のサボタージュが予想されることから、行政が滞りなく機能するように霞が関解体の戦略工程を国民にあらかじめ公表し、工程表に従って解体が粛々と実施されなくてはならない。
そのためには選挙前から、市民を含めたボランティアによる国民にガラス張りの専門家戦略会議を立ち上げ、新しい政府誕生の際の各省庁の課長以上の要職を現役官僚も含めて公募し、古賀さんのような刷新を求める能力あるスタッフを会議で決めておくべきである。
(このような新しい環境でこそ、外部登用中心の内閣人事局主導の公務員改革は機能するからだ)

こうした専門家戦略会議の活動は、ユーチューブなどのネットをフルに活用してガラス張りに公表し、不信感の強い国民を巻き込んでいけば、まさに新しい政府誕生の踏み台となり、最大の切り札ともなる筈だ。
何故なら戦略をガラス張りにしていくことは、解体を阻止する側に情報を提供することでもあるが、阻止する側の様々な妨害工作もガラス張りにして国民に伝えていけば、2009年の大統領選挙におけるオバマのように大きな力となり、日本全国に大きな波を作り出すからだ。

このように先ず政治家が自らの身を切り、国民と連帯して官僚支配政府解体の工程を推し進めていけば、公務員も自らの身を切る給料の2割カットにも吝かではないだろう。

またそれとは別に、公務員の政治活動の自由を認めることも重要である。
現在の公務員の政治活動の禁止は専制政府のものであり、欧米の民主的政府では考えられないことだ。

戦後辻清明は民主的行政国家への刷新を求めて、公務員の政治活動の自由と公務員が行政に責任を持つ弾劾制度の確立を要請したが、実現することなく官僚支配政府によって握り潰されてきた。
公務員の政治活動の自由は、日本版政治任用制度を確立するためにも必要不可欠である。
公務員は政治活動の自由によって、自ら行政内部の悪しき慣習を国民に知らせようとすることから、それは必然的に政治をガラス張りに国民に開くことになる筈だ。

また明治政府以来の無謬神話に基づく行政の無責任は正されなくてはならず、官僚が行政に責任を持つ弾劾制度の確立は、民主国家としての必要条件でもある。
そのためには、現在の稟議制を廃止し、権限を下へ委譲し、担当した官僚に責任の伴う決裁権を与えなくてはならない。
もちろん即座に移行することは不可能であるが、少なくとも政権を国民に再び問う4年後までには、工程表に従って実現していくべきである。

そのためには、東大法学部が専制的な官僚を養成する学校であったことに対抗して、民主的な官僚養成の行政大学と国民への政治啓蒙を目的とした国民政治大学(通信も含めて誰でも格安で学べる)の設立をマニフェストで国民に約束することも重要である。

このような2つの柱を確立することで、本当の日本の官僚支配政府の解体と民主的官僚制への刷新が実現するのだ。
メンテ
Re: msehi 氏のスレッド(ドイツ研究者から見た日本) ( No.4 )
日時: 2014/03/28 22:13
名前: topics editor ID:QA272KFw

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msehi関口博之
ドイツ研究家。有機農業愛好家。


(52)検証シリーズ9、日本の新しいかたちを求めて。第4回新しい産業ルネッサンスを生み出す産業戦略

日本の産業は既に90年代には、韓国、台湾、そして中国などの追い上げで行き詰り、安くて質のよい大量生産による日本産業は終焉に向けて背走を始めたと言っても過言ではない。
確かに「失われた10年」の後数字だけを見れば、新自由主義を推し進めた小泉政権の下で飛躍的発展をしている。
すなわち日本の輸出額は、2002年の52兆円から2007年には84兆円に6割以上という過去にない飛躍的な発展回復をしている。
しかしこの間国の負債総額(国債及び借入金残高)は、2001年の538兆円から2007年の838兆円へと巨額に膨らんでいる。
また国民の平均年収も2002年の平均年収は389万円から2007年には逆に367万円に下がっている。
さらに2001年から2006年までの国民の税金は5兆円増加し、健康保険費や社会保障費も合わせて5兆円増加している。
こうした事実を検証すれば、数字で見る日本の飛躍的発展回復も将来世代からの借金と国民生活の犠牲に他ならない。
事実2009年の貿易輸出額は、最早将来世代からの借金もドクターストップがかかるほどに膨らみ、支援の減少したことや、世界金融危機が重なったこともあって59兆円に急降下している。
そして今年2011年は、超円高と原発事故を含む大災害によって日本のターボエンジンとも言うべき輸出産業も危機的状況に追い込まれている。
それ故に産業界を率いる官僚支配政府は焦っており、何が何でも企業の法人税を下げ、何が何でも自由貿易TPPを推し進めようとしている。
日本の法人税40パーセントは数字だけ見れば高い額であるが、研究開発費減税や外国税額控除などを差し引くと平均30パーセント程となり決して高くなく、ドイツと較べても企業が収める税金と社会保険料の総額は80パーセントほどであり、EU諸国と比較しても安いと言えよう。
また設備投資などのために収益の内部留保を認めることで、大企業の内部留保は200兆を超えており、そのような過保護な支援が円高を通して海外生産を推し進め、過剰生産の悪循環で自らの首を絞めていると言っても過言ではない。
またTPPにも猛進しようとしているが、アメリカの狙いは明らかであることから、農業だけでなく日本社会全体が壊滅することにもなりかねない。
こうした原因は、官僚政府の下に護送船団方式で日本の産業発展を推し進めてきたやり方が限界にきていることを示している。
明治以来の官僚支配政府では反省や責任を謙虚に認めることができず、大本営的に突き進むことから、このままでは日本の未来はない。

それは、戦前世界を大きくリードしてきたドイツのカメラ産業が戦後行き詰まり、壊滅していった盛者必衰の理ともオーバーラップする。
ドイツのカメラ産業は、戦後もライツ社のライカやカール・ツァイス社のコンタックス生み出し、技術において他を寄せ付けなかった。
しかし戦後ドイツ製品の模造から始めた日本のカメラ産業が、60年代に安くて質の良い製品を量産できるようになると、ドイツカメラ産業は苦戦を強いられただけでなく、70年代半ばに壊滅した。
しかし71年にカメラ生産から撤退したカール・ツァイス社は、高度なレンズ技術を創意工夫で多様に分岐し、現在では天体観測機器、手術用顕微鏡、視力機器、マイクロエレクトロニックシステム、三次元測定機器、超LSI製造機器などの様々な分野で世界をリードしている。
このカール・ツァイス社は今でこそ3万人の従業員を抱えるドイツの代表的大企業であるが、1846年にチュウリンゲン州の古い大学町イェーナに創設された当時は従業員僅か10人の中小企業であり、レンズ一筋に技術開発をすることで発展してきた。
またサンルーフのウェバスト社(WEBASTO)、高圧洗浄器のケルヒャー社(KARCHER)、ドア製品のドルマ社(DORMA)、ベットなどの車輪のテンテ社(TENTE)、印刷機のケーニヒ社(KOENIG&BAUER)、鎖のルド社(RUD)、髭ブラシのミューレ社(MUHLE)など、全て地域の田舎町で中小企業として創設され、一つの技術一筋に創意工夫で発展することで、現在では世界をリードしている。
そして現在ドイツの中小企業は企業数で99パーセントを超える330万社にも上り、ドイツの全就業者の約7割に職場を提供している。
しかもこれらのほとんどの中小企業は、日本のように大企業の下請ではなく独自の技術を追求し、地域の要となると同時にツアイス社やウェバスト社などのように世界に飛躍することを目指している。

このような逞しい中小企業を育成したのは、まさに戦後の民主的な官僚制の刷新である。
すなわち戦前のハイパーインフレやナチズムを許した専制的な官僚制から国民の利益(幸せ)を追求する民主的な官僚制への刷新であった。
具体的には戦後の西ドイツの経済大臣エアハルトが、「すべての国民の繁栄」というスローガンで、社会的市場経済を開始した時から始まっている。
社会的市場経済とは市場経済が原則であり、競争の秩序政策によって市場機構を保証している。
しかし市場機構のみでは基本法(ドイツ憲法)にある不平等を解消し、弱者を保護し、社会扶助といった社会的公正が確保できないことから、社会政策によって補完している。
この社会政策は、従業員の経営参加(共同決定法)、個人の財産確立(財産形成法)、安定した豊かな社会形成(社会保障制度)として具体化され、労働時間、休暇日数、社会福祉、労働分配率などの中に、国民の利益を優先することが明確に現れている。
そして中小企業を地域の要として育成するために、「競争制限法」を1950年代末までにすべての州で成立させ、大企業のカルテル形成や市場支配力の乱用を規制し、企業規模が小さいことから生じる中小企業の競争上の不利益を改善し、自由な競争によって企業の活力がはぐくまれる秩序を整えた。
また手工業分野では独立開業する条件としてマイスター試験に合格することを求め、一定の規定で大企業の市場支配に歯止めをかけ、中小企業を保護育成した。
さらに連邦政府並びに州政府は、中小企業に多額の助成金や融資だけでなく、各地域にくまなく職業訓練所を作り、労働者の技術を向上させることで支援した。
そして日本が見習うべき最も重要なことは、各地域の中小企業には補完原則が適用されたことである。
すなわちあらゆる権限が地域の州政府に委譲され、州政府は独自の中小企業政策を作成し、各州がお互いに競い合ったことだ。
各州の中小企業政策では、資金助成や経営相談がなされるだけでなく、専門家によって研究開発から販売方法に至るまでが適正に指導されて行った。
そして現在このようにして育成された中小企業が、世界からドイツの「ミッテルシュタント」として注目されるだけでなく、絶好調のドイツ産業の力強い牽引力となっている。

確かにドイツ産業の絶好調はユーロ安の恩恵があることは確かであるが、それは他のEU産業国でも同じ筈である。
しかし他のEU諸国は全般的に不況であるにもかかわらず、ドイツだけが独り勝ちしており、GDP比率の貿易経常黒字では中国を抜いて世界一である。(2009年の貿易経常黒字額では、中国の2971億ドルに次いでドイツは1656ドルの世界第2位)
明らかにドイツの好況の理由には、企業の創意工夫を重んじて育成されてきた中小企業が原動力となっている。
すなわち大量製品が世界に過剰となる中で、長い歴史を通して創意工夫で育まれ、質的に抜きん出たドイツ製品が世界から求められているのだ。
そして今年、10年後までに脱原発を実現することを世界に宣言したドイツは、2050年までに化石燃料の天然ガスの利用も廃止し、太陽光中心の自然エネルギーで賄うことを打ち出している。 
既にその指針に従ってドイツの地域では、多くのプロジェクトが中小企業中心に開始されている。
これはまさにドイツの新しい産業ルネッサンスを生み出す産業戦略であり、国民の利益を求める産業戦略に他ならない。
究極的には、世界の利益(幸せ)を求める産業戦略だと言っても過言ではない。

これに対して日本は相変わらず量的追求に終始し、値下げ競争に困窮する大企業支援を優先させ、TPP加入で農業や地域産業を壊滅させる道を推し進めようとしている。
また福島原発事故にもかかわらず、国家プロジェクトで新興国や途上国へ原発売り込む原発ルネサンスを粛々と継続している。
こうした官僚支配政府主導の産業戦略には、日本の未来はない。

しかし日本においても民主的官僚制への刷新が実現されれば、必然的に脱原発、利権構造の解体、そして地方分権の確立ですべての権限が地域に委譲され、地域の伝統産業に基づく中小企業の育成だけでなく、太陽光発電パネル事業、風力発電基事業、太陽電池事業、バイオマス発電、植物化学産業、海外へのインフラ事業など新しい産業ルネッサンスが湧き上がってこよう。
メンテ
Re: ドイツに学ぶ<msehi 氏のスレッド ( No.5 )
日時: 2014/03/28 22:20
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msehi関口博之
ドイツ研究家。有機農業愛好家。



(30)検証シリーズ5、社会、そして政治に理想を希求する教育を求めて。第1回ドイツの教育(前編)。

ドイツの教育はナチズムの反省から、戦前の世界に名高いエリート教育が廃止され、教育の民主化と教育の平等の権利が求められたことに根ざしている。
もっとも教育の民主化や平等化が、直線的に押し進められたのではなかった。
 戦後、ナチズムに関与した多くの教員が大学から追放された後は、ナチス以前のワイマール時代への回帰もあって、少数エリートをギムナジウム(高等学校)で教育する三分岐型学校制度が再建されていった。この三分岐型学校制度とは、四年間のグルントシューレ(小学校)卒業後、三種類の学校に分かれる制度である。
 ドイツの子供達は一〇歳で、大学進学を目指す九年間のギムナジウムと、マイスター(親方職人)を目指す五年間のハウプトシューレ(基幹学校)、そして中間の専門学校を目指す六年間のレアルシューレ(実科学校)に分かれ、その選択は60年代の教育改革まで成績評価で一方的に学校によって決められていた。
60年において、ギムナジウム進学者は全体の6分の1ほどで、7割近くの生徒はハウプトシューレへ通い、ギムナジウムがエリート養成の温床となっていた。
 しかし戦後のドイツ経済の発展は、高い教養と技能を修得した多数の若者を求め、教育の民主化と平等化を復活させていった。
そして60年代の初めには教育改革に着手し、小学校から大学にいたるまでの学校の授業料は、遅くとも70年代の初めまでには廃止されていった。
問題の三分岐型制度に対しては、三つに分岐していた中等学校を一つに統合した総合制学校が建設されていき、具体的に教育の民主化と平等化がはかられていった。
総合制学校では、15歳までは均等な教育を与えることが目標とされ、大学進学を希望する生徒は、さらに3年間の上級学年に進む形態が採られた。
 この教育改革では、教育の目標は競争や選抜のためではなく、個人が市民社会に生きていく生活の質を高め、連帯してよりよい平等社会を築くためにあることが強調された。
 すなわち教育は、グループ学習などを通してレベルの高い生徒がレベルの低い生徒に教えることで格差を小さくし、連帯して学び合うことを求めていた。
そこには、まさに連帯を通して格差の小さな健全な市民を育成する理念があった。
そのような教育理念は、60年代の教育改革のリーダー的存在であったヘルムート・ベッカー教授の「競争より連帯を育む教育」として幅広く知られている。
 連帯を育む教育は徹底した機会均等を求め、進学が親の教育水準や経済状態に左右されることまで追求していった。
親の教養などによって子供に格差が生じないように、難しいラテン語やゲーテなどの文章が授業から削られ、平明な言語教育をすることに配慮がなされた。
また親の経済状態に依存しないように、71年に奨学金制度(Bafog)を成立させた。
 このような連帯を育む教育の中でドイツの高等学校の生徒は、各学校の裁量に任された卒業試験(アビトゥア)に合格すれば原則的に志望する大学の志望する学部へ入学できるようになっていた。
 具体的な卒業試験の成績は、3分の2は最後の二年間の平常点で評価され、その平常点の評価には連帯を求める教育の理念が関与していた。
また3分の1は卒業試験の成績であり、その試験も口頭試問が半分近くを占め、決して百科全書的な知識を求めるものではなかった。
 たとえば歴史の口頭試問であれば、ヒットラーの演説文が渡され、それをもとに当時のドイツ及びに世界の情勢を述べるといったものであった。
 またドイツの大学では、大学自身が学生を選抜出来ないことから、ほとんど学校間の格差がなかった。
90年代初めの週刊誌の大学のランク付けでさえ、歴史を誇る大学よりむしろ教師一人あたりの学生数が少ない地方の新設大学が、高く評価されていた。
これは大学間に格差を生じないように、大学自身も様々な工夫をしてきたからである。
たとえば若い学者が末席の教授に昇格する際は、師事した教授のいる大学への就任は禁じられていたり、昇格する時は必ず他大学へ移らなければならないことが法律で定められていた。
また大学の予算にしても同様であり、人材や財源で格差をつくらない配慮がなされてきた。

そうしたなかでは、教育は社会、そして政治に理想を持つことが求められ、
学校教育だけでなく、各州の政治教育機関は市民や学生対象の市民講座の開催や生徒スピーチコンテストを毎年実施し、民主政治への関心を喚起していた。
 しかし連帯を求めるドイツの教育は、90年代に入り競争原理を求める潮流の高まるなかで、内外において厳しく批判にさらされた。
特にその批判は、教育財源の不足を通して学生の溢れる大学に集中した。出版物においても、無力な政治家を非難し、競争原理の必要性を訴えるものが多くなっていった。
 たとえば社会民主党(SPD)の長老政治家であるペーター・グロッツが、『芯まで腐ってしまったのか(ドイツ大学は深夜五分前)』でドイツの大学危機を訴え、ドイツ国内で論争を引き起こした。
 グロッツは、ドイツの大学が機能面でも研究面でも二流化したと断言し、競争原理の必要性を強調した。
具体的には社会民主党の教育政策に反対して、大学自身で学生を選抜出来る制度と、無料の授業料制度を廃止して、大学自身が授業料を決定できる制度を求めた。
グロッツの求めている大学制度とは、まさにアメリカや日本の大学制度であり、戦前のエリート大学を復活させることでもある。
これは、戦後の理想を求めてきたドイツ教育を否定するものであった。
そのような背景を基にして、97年に従来のドイツの連帯を求める潮流と新自由主義の競争原理を最優先する潮流が激突した。
メンテ
Re: ドイツに学ぶ<msehi 氏のスレッド ( No.6 )
日時: 2014/03/28 22:23
名前: topics editor ID:QA272KFw

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msehi関口博之
ドイツ研究家。有機農業愛好家。

(31)検証シリーズ5、社会、そして政治に理想を希求する教育を求めて。第2回ドイツの教育後編(未来への希望)。

競争原理の追求を求める潮流と従来の連帯を求める潮流の激突で、国民は後者を選択した。
事実1998年のシュレーダー連立政権の誕生では、すぐさま公約に従って、コール政権で企業が実質的に必要なときに自由に解雇出来るようにした「解雇制限法の緩和」を撤廃し、労働者の権利を守った。
また公約通り「原発撤退」を世界に宣言し、さらにエコロジー税制改革を実行し、ガソリンや電気などのエネルギー課税で、国民の年金や社会保障費を補おうとしたことから、多くの人が理想的な社会を期待した。
しかし一年後には、現在のギリシャ、アイルランド、スペインなどの弱者を生み出す原因となった競争原理を最優先する「リスボン戦略」の締結に向けて、先頭に立って動き出していた。
すなわち新自由主義の克服から、推進への180度転換であった。
したがって教育においても、徐々に新自由主義に支配されていった。

そのため私が2007年からベルリンで学び始めてから、毎月のようにドイツでは学生たちが教育の新自由主義への改悪を抗議して、ドイツ全土で10万人規模のデモやストライキを行っていた。

私の場合学ぶといっても、学者のように論文を書くためではなく、ガストヘラ‐(聴講生)としてベルリン自由大学の環境政治学を受講したり、毎週市民に無料で夕方に公開されているフンボルト大学の現代の問題に焦点をあて、海外から著名な講師を招喚している市民講座を受講することだった。
 ベルリン自由大学では一般学生のように週40時間くまなく学んだとしても、半年間の授業料は100ユーロほどであり、その場合学生カードがもらえ、オペラから定期券まで半額だった。
したがって日本人からみると、まだまだドイツの大学は天国であるが、2000年以前と比較すると恐ろしく悪化したことも事実である。
 これまでのドイツの学生は、志望する大学で卒業時までほとんど試験もなくゆとりを持って自由に学べた。
もっとも卒業時の国家試験は(人文学部や社会学部ではマギスター試験、理工学部、経済学部、教育学部はディブローム試験)非常に難しく、論文作成などで少なくとも2年間の準備が必要であり、ドイツの学生は大学を卒業するまでに平均7年を要した。
 このような優れたドイツの長年にわたって培われてきた大学のシステムが、EUの競争原理を最優先するボロニアプロセスの合意で一変した。
すなわち1999年のボロニアプロセスの合意では、ヨーロッパの大学の国際競争力を高めるために、各国の様々な大学システムの垣根を取り払い、2010年までに共通した学習課程と学位構造を持つことで一致し、国際的なバチュラー(学士課程)マスター(修士課程)制度を導入した。
 そのため2000年以降の大学はマギスターなどの制度とバチュラー制度が混在する中で、大学間の競争もこれまでの大学間の格差を作らない教授採用の仕組みの改正などを通して推し進められていった。
しかもバチュラー制での学生は、これまでのように自由にゆとりを持って思考する時間もなく、厖大な単位認定試験に追われ、3年から4年で卒業するようになった。
 また中等教育においてもボロニアプロセスの実施を受けて競争原理が追求され、それまで大学への入学に必要な期間は13年あったが、12年に短くする決定が2004年からバーデン・ブルグ州やバイエルン州などから始まっていった。
 それはドイツのゆとりある教育が、アメリカや日本の競争原理を最優先する教育システムに呑みこまれていき、ターボ・アビィとしてドイツ教育を震撼させた。
これまでドイツの中等教育では授業が午前中に終了し、生徒の自主性を育むには恵まれた環境にあった。
しかし一年間の教育の短期化にも関わらず、カリキュラムの削減がなされなかったことから、学校は午後からの授業を実施するだけでなく、一週間に50時間の過酷な授業を行うところも生じ、ストレスから健康を損なう生徒が激増し、現在もドイツの大きな社会問題となっている。
またそれまで各高等学校の裁量に委ねられていたアビィトァ(卒業修了試験であるが大学入学の認定試験をかねている)が、2005年から順次各州で統一試験へ変更されていき、教育目標の理念を転換させた。
すなわち連帯を求める教育理念から、競争原理を最優先する教育理念への転換であった。
 もっともドイツでは、大学の授業料導入や大学自身の選抜試験には国民の抵抗が強いことから、授業料の徴収は16州のうち4州だけであり、その額も年間1000ユーロ以下である。
 しかし既にドイツの大学は、産業の要請する人材を育成する場に変えられ、ドイツの教育自体も産業に奉仕することが求められている。
しかも国際競争力を高めるために、大学自身の選抜試験と大学の授業料導入への要請も依然として燻っている。。
そのように新自由主義が教育を支配していくなかで、ドイツの学生たちは現在も毎月のように学生デモを絶やすことなく、社会に理想を求めて、抗議の怒りを拡大させている。

またドイツ社会も、かつての連帯を育む教育を模索する動きが湧き上がってきている。
すなわち2006年の公のドイツ教育コンテストで、連帯を育む教育を実践しているイェーナプラン高等学校が、ドイツの教育最優秀賞であるドイツ学校賞を受賞した。
 それはドイツで競争教育が激化するなかで、イェーナプラン高等学校が競争とは対立する連帯を育む教育を実践し、統一アビィトア試験においても素晴らしい成果をだしたからだ。
 具体的にはイェーナプラン高等学校の授業は、学年枠のない20人ほどの混合クラスからなり、グループによる生徒同志の学び合いによってなされている。
 授業では、教師の与えたテーマや問題に対して、能力のある生徒が理解できない生徒や理解力の遅い生徒を教えることで、グループ全員が理解できることを求めている。
 これはまさに、60年代の格差の小さな健全な市民を育成するヘルムート・ベッカー教授の提唱する「競争より連帯を育む教育」である。
 この学校の授業は、2008年のZDFの「37度」という現場ドキュメントフィルム「細い肩への重荷(ターボアビでの高校生の酷しい日常)」(2008年9月30日)で描かれていた。
フィルムでは、一般の高等学校の生徒が教育期間の短縮で週あたりの授業時間の大幅増加、競争の激化、そしてエリート選抜教育によって頭痛や腹痛、さらに脅迫観念から心と体が蝕まれている現状を映し出していた。
 イェーナプラン高校で学ぶリカルドは、そのような症状から一般の高校に通えなくなり、転校してきた。
リカルドは転校によってすべてが一変し、相互に学び合うグループ授業の素晴らしさを感動的に述べていた。
リカルドの話す表情には、言葉だけでなく学ぶことの楽しさや喜びが溢れていた。
一方対照的に、落伍しないように必死に学ぶエリート生徒たちの表情には、楽しさや喜びがないだけでなく、苦痛に溢れ、さらに彼らのインタビューからは学業への関心など全く失われ、痛ましさが感じられた。
 これは現在の新自由主義を象徴しており、競争原理が最優先される社会のなかで、あらゆる人々の笑顔や喜びが奪われているだけでなく、希望も失われている。

そのようななかで、ギリシャ金融危機に見られるように強者のルールなき強奪が繰り返される世界、北朝鮮、インド、パキスタだけでなくイランやイスラエルといった国々に核兵器が拡散される世界、自国利益を最優先して地球温暖化に対処できない世界、安い、クリーン、安全という嘘で原発バブルを推進する世界、自爆テロの連鎖が拡がり続ける世界、といった絶望的な世界危機が差し迫ってきている。
 そこには、将来の原発の大事故や水没する大都市だけでなく、人類を滅亡に導く愚かな核世界戦争さえ垣間見える。
 悲劇が垣間見える原因は、現在の新自由主義が支配する世界では、競争原理が最優先されることで、人々の連帯、強者と弱者の連帯、強国と弱国の連帯が失われているからに他ならない。

そのような絶望的な世界を希望へと本質的に変えていくためには、「競争より連帯を育む教育」がドイツで復活するだけでなく、日本やアメリカでも見直されなくてはならない。
メンテ
Re: ドイツに学ぶ<msehi 氏のスレッド ( No.7 )
日時: 2014/03/28 22:30
名前: topics editor ID:QA272KFw

http://d.hatena.ne.jp/msehi/?of=20
msehi関口博之
ドイツ研究家。有機農業愛好家。

ついでに氏の教育論を紹介します。


(32)検証シリーズ5、社会、そして政治に理想を希求する教育を求めて。第3回日本の教育前編『新自由主義に完全に支配された教育』

新自由主義推進路線を採る朝日新聞は、2011年元旦付け8回シリーズで「教育あしたへ」を連載した。
今やそれは、新自由主義が日本の明日の教育をどのように導こうとしているかを探る資料でもある。
 しかし日本の教育は、既に新自由主義教育によって完全に支配されていることから、連載は新鮮さを欠き、ひたすら産業に奉仕する教育、新自由主義に順応する教育を求めていた。
 特に印象的であったのは、生活保護を余儀なくされた19歳の父親と20歳の母親が取り上げられ、生活保護の若者を生みだす社会や教育に目を向けることなく、この夫婦が授かった新しい命を守ることが、「教育の出発点だ」と述べていたことだ。
 しかも資料では、教育などを受けていない人たちのために国の負担は、約1兆530億円の社会保障費などが必要であると述べていた。
それは、教育がお金を稼ぐ道具であり、生活保護をなくす手段であることを強調するかのように思えた。
 
戦後の社会に理想を求めた教育が、ここまでお金に隷属させられてしまったのだろうか。
 私自身、戦後教育に理想を求めた教育基本法が施行された1947年に生まれ、国家が教育のために奉仕することを求めた教育基本法のもとで教育を受けてきた。
 戦後のベビーブームであったことから、小学校の校舎が不足し、1年生は2部授業で午後から登校する有様で大変であった。
しかし今から思えば、教師は二度と戦争という悲劇と過ちを繰り返さないため、全身全霊で新しい民主教育に取り組んでいたことから、活気に満ちていた。
 2年生から2部授業が解消されると、教師は生徒と給食をともにして、食事の時さえ自らの戦争体験や民主教育の理想を一生懸命話していた。
 今振り返れば教師たちは、教育基本法の前文にある「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期する」という教育理念を、各自の創意工夫で実現しようとしていた。
何故なら、当時の教師が自らの戦争体験を話す真剣さが、今も私の記憶に焼き付いているからだ。
 しかし1950年の朝鮮戦争によって、アメリカが日本の平和を希求する民主化政策から共産国に対する防波堤を求める政策に大転換すると、教育においても大きな転換があった。
 例えば1949年の文部省方針では、民主教育の理想が強く打ち出されており、高校の入学選抜試験を以下のように否定していた。
「新制高等学校では、入学選抜は、それ自体望ましいものであるという考えを、いつまでも持っていてはならない。ーーー選抜しなければならない場合も、これはそれ自体として望ましいことではなく、やむを得ない害悪であって、経済が復興して、新制高等学校で学びたい者に適当な施設を用意することができるようになれば、直ちになくすべきものであると考えなければならない」
(文部省・新制高等学校の望ましい運営の方針・1949年)
 しかし私が小学校を卒業する頃(1958年)には、教師が学校を挙げて私立中学への受験に一生懸命取り組むほどに変化していた。
すなわち朝鮮戦争によって日本の産業が蘇えると、さらなる産業発展を求めて競争原理が最優先されたからに他ならない。
 教師は1956年の勤務評定の成立により管理され、生徒は61年の学力テストの全国一斉実施を皮切りに、能力主義という競争原理によって序列化され、学校間の格差も増大されていった。(堀尾輝久『教育入門』)
 この時すでに、国家が教育のために奉仕する「教育基本法」の理念が失われ、実質的には教育が産業発展という国家利益のために奉仕する立場へと逆転したと言えよう。
 それは60年の安保、三池闘争の終結によって労働組合が御用組合化し、大量生産による品質管理を強化する生産方式へと傾斜したことに呼応するものだった。 
 一方ドイツや北欧諸国では、大量生産方式による「労働の非人間化」が問われ、60年代より人間性を尊重する「労働の人間化」を求める運動が世界的に高まり、日本とは逆に民主教育が押し進められた。
 もちろん日本においても、教育政策こそ大転換されたが、民主教育に取り組んだ教師や民主教育で育った多くの学生は、世界的な学生運動の波に呼応して、人間中心の社会変革を求めた。
 私自身について言えば、69年は大学の封鎖の中で学生の自主管理を通して卒論実験をしていたが、将来のことを優先させていた。 もっとも鶴見俊介、矢内原伊作、山田慶児など社会変革を求める教官たちの自主講座も活発に行われ、大学の理想、そして社会の理想が求められていた。
 そうした大学では、私を含めて大部分のノンポリ学生も、教育が社会に理想を求めることを当然であると思っていたし、理想が求められなくてはならないと思っていた。
 しかし機動隊が大学に導入され、大学が管理されるようになると、そのような理想も徐々に失われていった。
 そして理想の喪失と平行するかのように、社会全体がよりよい学歴を求める親達によって学校化されていった。
そこでは、競争教育こそが公平で民主的であると言われる程に変質していき、いじめや登校拒否も増大した。
 こうしたなかで文部省が80年代から一貫して採ってきた政策は、競争原理を追求する教育改革だった。
この教育改革こそは、サッチャー政権やレーガン政権の競争原理を最優先する新自由主義に他ならない。
 日本では84年の中曽根新自由主義政権の臨時教育審議会に始まり、中央教育審議会に受け継がれ、偏差値教育の解消、ゆとりある教育、学歴一辺倒社会からの転換、豊かな人間性と創造性を育む教育といったバラ色の目標が掲げられていった。
 実際の処方箋は、教育の多様化、自由化、個性化であり、具体的には高校入試の偏差値による指導を廃止し内申書重視、学校週五日制の導入、中高一貫校、単位制高等学校、職業科と普通科の壁をなくした総合高校など多様な公立高校をつくることであった。
また大学に関しても設置基準の自由化に始まって、カリキュラムなどの自由化を進め、多様な新しい学部や学科が誕生させた。 
 しかしこうした教育改革には、自由と多様化という言葉が連発されているが、たとえば内申書重視は、クラブ活動から新聞を読むことにいたるまで点数化されることに他ならない。
そして大学は企業目的に沿って多様化されると同時に、徹底して管理され、経済のグローバル化に伴う競争原理の追及によってますます格差が増大された。  
 99年の小渕首相の諮問機関として発足した経済戦略会議の答申では、全面に競争原理を打ち出し、教育改革では競争原理を義務教育にまで求め、国立大学にも民営化することを求めた。
 そして2004年国立大学は、独立行政法人に移行された。
独立行政法人制度とは、国の行政機関が直接担当する機能を企画立案に絞り込んで減量化をはかる一方、事務事業の実施は独立行政法人に委ね、民間企業の経営手法を採用する民営化である。

そうしたなかでは、民間企業の社長にあたる学長と取締役会にあたる理事会の権限が強化され、この理事には必ずと言っていいほど文部科学省からの天下りがなされている。
しかも大学の予算は文部科学省官僚の裁量によって決められていることから、天下り理事の権限は絶大である。
 すなわち国立大学の独立法人化は、実質的に教授会や学長選考の従来の学内選挙を無力化させ、大学の中央支配を完結させたと言っても過言ではない。
 実際学長選出では、新潟大学、高知大学、九州大学など多くの大学で従来の学内選挙が無視され、学長選考会議によって決定された。
また山形大学では、天下りの元文部科学省事務次官が学長に選出されている。

このように新自由主義は日本の教育を支配し、その総括として教育の理想のシンボルである「教育基本法」の解体に取り掛かった。

(第4回日本の教育後半『監視社会と克服への道』へ続く)
メンテ
Re: ドイツに学ぶ<msehi 氏のスレッド ( No.8 )
日時: 2014/03/28 22:34
名前: topics editor ID:QA272KFw

http://d.hatena.ne.jp/msehi/?of=20
msehi関口博之
ドイツ研究家。有機農業愛好家。


(33)検証シリーズ5、社会、そして政治に理想を希求する教育を求めて。第4回日本の教育後編『監視社会と克服への道』。

2006年には、新自由主義による教育改革の総括とも言うべき教育基本法案「改正」が安倍政権の下で閣議決定され、新しい教育基本法が12月22日に施行された。

改正前の教育基本法の第一条の教育目的では、「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」が、改正後は「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」に変化した。
すなわち「個人の価値をたつとび」「自主的精神に充ちた」が削除され、「必要な資質を備えた」が挿入された。
これは、「個人の価値をたつとび、自主的精神に充ちた健全な市民の育成」から「必要な資質を備えた国家に従順な国民の育成」への転換である。
 
第二条の教育の目標では、改正前では敢えて愛国心などには言及されていなかったが、改正後は「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」という目標が新しく条文化され、戦前のように愛国心が敢えて求められた。 

改正前の第六条の教員規程では、「法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であつて、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。
このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない」が改正後は、「法律に定める学校の教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない」に変化した。
すなわち「全体の奉仕者であって」が削除され、「絶えず研究と修養に励み」が挿入されたことで、「国民の望む全体の奉仕者としての教師」から「絶えず研究と修養が課せられる国家の望む教員」へと変化した。 

また改正後の教育基本法では、第十条に家庭教育の項目と第十三条の学校、家庭及び住民等の相互の連携協力が新設され、第十条では、「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。 国及び地方公共団体は、家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援するために必要な施策を講ずるよう努めなければならない」、第十三条では、「学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携及び協力に努めるものとする」と規定された。
 確かに家庭教育や地域教育は重要であるが、現場の学校や教師が創意工夫で取り組むべきものであり、このように条文化されれば、国家や行政の家庭や地域への介入となる。
特に有事の際は、学校、家庭、地域の相互監視システムとして機能し、翼賛社会を形成することになる。 

さらに改正前の第十条の教育行政では、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである」が、改正後の第一六条では「教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない」に変化した。
 教育行政において敢えて、「国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである」を削除し、不当な支配を判断するのは教育行政としたことは、戦前の教育行政の教育内容への介入を認めたことに他ならない。

事実、前の文部科学大臣河村建夫は「平成の教育勅語を念頭において議論したい」と発言している。(読売新聞1999年8月11日)
 このように教育の国家支配管理が強力に求められた理由は、現在の世界を支配する新自由主義が、弱肉強食の競争を求め、戦前のファシズムが復活しつつあるからだ。
 それを裏ずけるように、既に盗聴法(1998年)、住民基本台帳ネットワーク(2002年)、有事法(2003年)、個人情報保護法(2005年)など、国民の自由を奪う国家支配管理の強化が整って行った。
 そして国家支配管理の完成が、戦後の教育基本法の改正だった。
 すなわち教育基本法の改正は、ジョージオーエルの小説『1984年』におけるような監視社会への移行を、有事に備えて完成させたと言えよう。
 ジョージオーエルの『1984年』は、新自由主義の辿り着く監視社会を先取りしており、新自由主義の「強者が富めば、弱者へ雫が滴り落ちる」、「(国民へのサービスを高めるために)民間で出来るものはすべて民営化」、そして「原発は安くて、クリーンで安全」といった端的なスローガンは、全体主義帝国オセアニアのエセスローガンと瓜二つである。
 すなわち全体主義帝国オセアニアの三つのスローガンは、「戦争は平和である」、「自由は屈従である」、「無知は力である」からなっている。
そして政府は、オセアニアの平和のために半永久的に戦争を継続する平和省、食料や物資を絶えず欠乏状態にして配給と統制を行う豊富省、プロパガンダに携わり、党の言う事を絶対的真理とするために、歴史的事実も改ざんする真理省、そして反体制分子を尋問と拷問で、最終的に党を愛させるようにした後、処刑を行う愛情省から成り立っている。 
それはまさに、現在の新自由主義社会へのジョージオーエルからの皮肉に聞こえる。

このよう日本の教育が蟻の隙間さえなく新自由主義に支配されているなかでは、正攻法で戦後の「教育基本法」の復活を求めても、政治権力と財力を握る新自由主義に太刀打ちすることは不可能だろう。
もちろん理念としての教育の枠組みを、絶えず求めていくことは必要であるが。
したがって可能性があることから実行に移していくことが重要である。
先ずは文部科学省からの大学への天下りを止めさせることが第一歩であろう。
私が4年前から住民票を復帰させた名古屋市の河村市長は、議員報酬を半減させただけでなく、市の外郭機関の天下りを一掃し、ボランティアなら採用すると言明したことは快挙であった。
もっともこうした勇気ある政治家の行動を、議員も含めて既得権益者は、「やらせメール」のような巧妙な手口でマスメディアも巻き込み、専制主義者のレッテルを貼り葬ろうとした。
しかしそのような権力、財力、そしてマスメディア支配にもかかわらず、河村市長は勝利した。
それは民意が議員報酬が余りにも高いことに怒りを感じていることと、官僚の天下りによって中央支配されることにレッドカードを出しているからに他ならない。
このような民意は、名古屋だけでなく、大阪、新潟などあらゆる地域で湧き上がってきていると言っても過言ではない。
官僚の大学への天下りを止めさせる意義は、教育の中央支配を打破するだけでなく、教育を地域に取り戻す第一歩だからである。
現在の地域利益を求める地域主権の流れにのれば、教育の中央支配を締め出し、地域独自の民主教育を創り出すことも決して難しいことではない。
その場合は、ひたすら地域利益を求めていけば、新自由主義側も反論できないからだ。
例えば地域の奨学金を年間国公立大学授業料の2倍ほどとして、地域で10年間就業する者に対しては、返済免除とすれば地域に若者が集まる筈である。
日本の大学の授業料は世界一高く、国公立大学さえ年間60万円近くするのは、北欧やドイツの無料教育を知る者には考えられないことであり、教育の機会均等に違反しており、そのような地域独自の取り組みには反対できないからだ。
そのようにすれば地域に人材が集い、地域の大学は地域産業振興の中核ともなり得よう。
現在のようなハローワークを通して、中央のプログラムで月10万円も支払って古びた資格の職業教育をしても、それ自体が利権に絡め取られており、お金を溝に捨てるようなものである。
本質的には地域の大学が地域産業の司令室となって、地域に相応しい産業を(例えば太陽光発電、風力発電、そして天然ガスの熱併給発電)を振興するなかで、産業の担い手を育成していくことが重要であろう。

また地域では福祉財源が現在でも枯渇して来ており、これからは益々枯渇し、住民サービスが過激に切り捨てられていくことは目に見えている。
したがって大学入学の選別で、1年間の福祉関係での研修ワーク(生活支給付)に、きわめて有利なインセンティブを与えるように変えていけば、少ない費用で行き届いたサービスを提供することも可能である。
例えばドイツでは、これまで徴兵制義務のある若者の8割が、すなわち20万人を超える若者が福祉関係などの代替役務を選択し、重度の障害者の住まいで1年間長期滞在して、トイレのお世話から会社などへの送迎をしてきた。
そのような弱者への手厚い福祉サービスで、ドイツでは重度の障害者の人でも自立した暮らしが可能だ。
まさにそれが、ドイツの素晴らしい豊かさだ。
(但しドイツの徴兵制は今年7月に、既に事実上徴兵の意味を失っていたことから、また軍備予算の削減とエリート教育の障害となるという産業側の要請で廃止された。当局は若者の福祉への寄与はボランティアで継続できるとしているが、新自由主義教育で育つドイツの若者も日本と同じように実利的で、それを満たすインセンティブなくしては難しいだろう。)
具体的には、3割ほどの加点方式にすれば、現在のように数学が高得点であるから医学部に進学できるとか、高得点ゆえ東大の法科入学で官僚になるという悪しき教育制度も、そのような安易な動機では弱者の長期滞在によるお世話は難しいことから、自ずと是正されていくだろう。

このような地域利益に密着した大学の変革を一歩一歩実践していくなかでは、教育の本質を求めていくことも可能である。
現在の子供たちは、学ぶことへの楽しさや喜びが全く失われているだけでなく、義務的ゆえの関心のなさ、意欲のなさは明白な事実である。
そうした関心や意欲を喚起するため文部科学省でさえ、北欧諸国の国際競争力を高めるグループ授業に着目しており、打開策として取り組もうとしている。
幸いこのグループ授業には、新自由主義支配側にとって死角がある。
すなわち教育指導マニュアルだけでは不十分で、教師の現場での創意工夫が求められることから、教師が本来抱いている理想を発揮することも可能である。
既に第二回のドイツのイェーナプラン学校で述べたように、自主性が尊重され、自由に相互の学び合いと教え合いによって楽しく学ぶことは、関心や意欲を喚起するだけでなく、生徒間の格差を小さくし連帯感を育むこともできる。
そうしたグループ授業のなかでは、どのように新自由主義支配側が国家と産業に奉仕する従順な生徒を育成しようとしても、自ずと理想を求める意見が生徒自身のなかから発せられ、社会、そして政治に理想を希求する教育が沸き上がってくるだろう。

(終わり)
メンテ
国と言うものは、政治と言うものは! ( No.9 )
日時: 2017/09/26 10:54
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:Czk5AiUA

衆院選があるようだ。

ここで政治と言うものを見つめよう。
世界の政治を見てみよう。

政治の有り様、
国の有り様を忘れていないか。

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