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[2054] パレスチナ紛争
日時: 2014/07/30 20:03
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:UYxbsyMw

連日報道されるパレスチナ紛争。
イスラエル、パレスチナによる報復の連鎖は、我々の常識では到底理解しがたい。
何故、そこまでやらねばならないか。

この難しい問題ですが、これほどになれば、当掲示板でも取り上げたく思います。
そこでまず、イスラエル建国の歴史を引用します。


イスラエルの建国については複雑で簡単には言えませんが、第一次世界大戦前からの国際情勢が関係しています。

19世紀末のドレフォス事件などに代表されるユダヤ人迫害がヨーロッパで問題化、ユダヤ人が迫害を受けないためにも自分達の国を持つべきだと言う「シオニズム運動」が活発化します。

第一次大戦中にユダヤ人からの資金援助を得るために、イギリス政府によるユダヤ人がパレスチナの地に定住することを認めこれを援助するという「バルフォア宣言」が出されますが、
同時にアラブ人とも、当時オスマン帝国の所有地だったパレスチナを与えるという「フサイン・マクマホン協定」を結び、
さらにフランス・ロシアにも、パレスチナを植民地として三国で分割するという「サイコス・ピスコ協定」を結んでいました。
つまりパレスチナの地を異なる三者にそれぞれ与えると言う、矛盾する協定を結んでいた訳です、これが有名なイギリスの三枚舌外交。

つまりイスラエルの建国とパレスチナ問題は「アメリカには関係無いイギリスの責任」だった訳です。

第二次大戦でのユダヤ人資金の協力及びそれまでのナチス始めとするヨーロッパでのユダヤ人虐殺の罪悪感により、連合国側は1947年に国連による決議でパレスチナ分割案(ユダヤ人に有利)を示しましたが、アラブ側はこれを拒否。
1948年イスラエル建国宣言と同時に、アラブ各国のイスラエル侵攻による第一次中東戦争が勃発します。

終戦後にパレスチナはイスラエル・エジプト(ガザ地区)・ヨルダン(ヨルダン川西岸)の三者によって分割され、パレスチナ人の土地は一切無くなってしまいました、これがパレスチナ難民の発生原因。
つまりイスラエル一国だけの責任ではありません。
その後の第三次中東戦争でヨルダン川西岸、ガザ地区、シナイ半島はイスラエルにより占領されましたが、その後エジプトとの単独和平によりシナイ半島はエジプトに返還されました。
先日の国連によるパレスチナ分割案は、イスラエルの国境をこの第三次中東戦争前のエリアに戻そうという話です。

(引用終わり)

このように、もともとはイギリスの無責任な姿勢が、パレスチナ問題に火をつけてしまったようです。
我々はイスラエル建国を第二次世界大戦の後始末のように思っていましたが、決してそうではないようです。

2000年に渡る民族の確執が背景にあるにしても、同じ調停をするならば、もう少しは増しな方法がなかったのでしょうか。
起きてしまったことをトヤカクは言っても仕方がないですが、イスラエル建国以前からの紛争が続いていると言うことで、もうどちらが先に手を出したとか、悪いとかは言えません。

現在は武力的に優勢なイスラエルも、一時はアラブ人側の攻勢により滅びかけたようです。
イズラエルの考えは「同情されて滅びるよりも、憎まれても生き残る」と言う壮絶なものです。

現在は、認めてはいないが核武装をしていて、アメリカが手を引き存続が危ぶまれるようになると躊躇なく核を使うらしくてアメリカも手が引けない状況のようです。

イスラエル空爆でパレスチナの市民に多くの犠牲者が出ていて、イスラエルはけしからんと言っても、イスラエルの死にもの狂いの決意をどうすることもできないでしょう。
一方、市民を殺され続けているパレスチナとしては、これも引くに引けないことでしょう。
過去の歴史はともかく、現実に仲間を殺され辛抱するような民族ではないでしょう。

ともかく双方とも手を出さないと言う協定ができ、何がなんでも、これを守ることができないのでしょうか。
パレスチア人を難民とした関係諸国によって、彼らの土地(国)を確保するようにならないものでしょうか。
ヨルダン領もイスラエル領も合意の付く限り譲ることはできないのでしょうか。

元来、ユダヤ人が好戦的な民族であるとは思えませんが、中東の民族、イスラム系の民族は現在も各地で血で血を洗う係争を繰り返しています。

そういう性格は民族性なのでしょうか、イスラム教の影響なのでしょうか。
イスラエルもよりによって厄介な地に根を降ろそうとしたものです。

まあ、この話は結論を出しようもありませんが、一つ提案があります。

安倍の馬鹿首相を彼の地に半年ほど派遣し仲裁をやらせれば如何でしょう。
げっそり痩せて帰ってきて、今度は善政を敷くことになると思いますよ。

その間は、官僚政治で我慢しましょう。
メンテ

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Re: パレスチナ紛争 イスラム原理主義 ( No.1 )
日時: 2014/08/01 08:43
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:c/.t9Y26

パレスチナでイスラエルと抗争を繰り返しているのは、ハマス、ハマスはイスラム原理主義の立場から活動している。

イスラム原理主義と言うのは、イスラーム法を規範として統治される政体や社会の建設と運営を目ざす政治的諸運動

<イスラム法>

イスラムとは、神の意思への服従である。神から言葉を授かると信じられた預言者ムハンマドの生存中は、その教えに従うことがイスラムであった。その死後は、神の意思を判断する手段としてシャリーア(イスラム法)が発展した。シャリーアは、政治などの社会的生活から遺産相続のような個人の生活まで、信徒の全生活を包含する規範。その源は4種に分類される。第1に預言者が授かった神の言葉である聖典クルァーン(コーラン)、第2は伝承されているムハンマドの言行ハディースで、ムハンマドは正しい行いの人であったので、その言行が信徒の模範とされている。第3にイスラム法学者の間の大方の同意であるイジュマー、第4が類推キアースである。シャリーアが信徒を縛り、進歩の妨げになるとの見方もあるが、シャリーアは充分な解釈の余地を残しており、時代の流れに取り残されることはないとの見解も存在する。また、誰がシャリーアを解釈するのかという点についても、特別の教育を受けた一部の有資格者ムジュタヒドのみにその権利があるとの見解と、一般人にも解釈が可能であり、また許されるべきとの意見がある。シャリーアとは元来、「水場に至る道」を意味し、転じて「正しい道」、イスラム法を指すようになった。

<そういうイスラム法にのっとった社会とは>

人権思想の観点からは、シャリーアの人権軽視的性格として以下に挙げるようなことが指摘されている。 注意しなければいけないのは、ムスリムの中にもシャリーアを批判する、もしくはその精神を評価しつつも下記の人権侵害を糾弾する者も多く存在しており、下記規定を無視するムスリムが地域によっては多数派を占めることがあることである。

棄教の禁止

前近代においてはほとんどの学派が、イスラーム法においてイスラームからの離脱は死刑に処されるべきとしてきた。ハナフィー学派のみは女性の改宗者の場合終身禁固とするべきとしている。近代においても、棄教への処罰を廃止しようとする改革派の解釈は浸透せず、保守派の解釈が今なお主流である。

棄教者への死刑は、預言者の言行録(ハディース)にある、ムハンマドが棄教者の殺害を命じたという記述に由来する[3]。同時にクルアーンでは「宗教に強制はあってはならない」としている[4]ため、棄教者ではなく、イスラームに改宗しない者へは本来寛容である。

ムスリムと非ムスリムとの婚姻に関する制限

「ムスリムと非ムスリムとの婚姻」も参照

イスラーム法上、ムスリム男性は啓典の民に属するユダヤ教徒・キリスト教徒女性と自由に結婚でき、また啓典の民に準ずる存在としてそれ以外の信仰を持つ女性とも結婚できるのが通例である。ただしこれはムスリム男性にそのような結婚が許されているというだけのことであり、現実には結婚に当たって改宗を求める男性も少なくない。

女性は非ムスリムとの婚姻は決して許されず、発覚した場合双方姦通として死刑である。ただし、これらの法規定も、現代にはそぐわないものとみなす改革派の解釈も存在している。

イスラム教国内での非ムスリムの自由・財産・生命の権利の制限

イスラーム法において、イスラームの統治する地域(ダール・アル=イスラーム)に居住する異教徒にはズィンミーとして一定の権利保障が与えられる。彼らは自身の宗教を保持することが許され、生命権や財産権も保障される。

しかしここで保障される「信仰の自由」は、近現代におけるそれに比べると制限の厳しいものである。ズィンミーは信仰の内面的保持(内心の自由)は完全に保障されているが、信仰の表明(宗教的な表現・結社の自由)に関しては厳しい制限があり、ムスリムの前で二等市民として控えめに振舞うことが要求されている。具体的には、
教会の新築が原則禁止され、修理や増築にも制限がつくこと
宗教儀礼のうちいくつかはムスリムの感情を害するとして禁止されたこと、
自己の宗教的信条をムスリムの前であからさまに主張した場合、イスラーム・ムハンマドへの批判として死刑に処される場合があったこと

などがあげられる。

そのほかにも、ズィンミーはジズヤと呼ばれる特別の税金を支払わなければならず、時代・地域によっては衣服などに特別のしるしをつけさせられたり、馬への騎乗が禁止される場合もあった。またズィンミーの生命権も、ムスリムのそれより軽く見られることが多く、ハナフィー学派を除き、ズィンミーを殺したムスリムに死刑は科されない。

現在多くの国でズィンミー制は公式には廃止されているが、イスラーム国家を名乗るいくつかの国家では今なお非ムスリムへの差別政策が採られることもある。

女性の地位

前近代のイスラーム法において、女性は相続などで固有の権利を認められていたものの、男性に比べた場合その地位は一段低いものとなっていた。現代では、女性も男性同様の権利を有するべきとする改革派の解釈もかなりの程度広まっているが、国によってはなお保守的な解釈がなされる場合もあり、タリバーン政権などは女性を男性の所有物とみなし、その権利を著しく制限した。

女性のヴェール着用に関しては、イスラーム法上これを義務であるとする解釈が主流であったが、現代では必ずしも義務ではないとする解釈も一部で存在している。

婚外セックス

イスラーム法において、婚外セックスは犯罪とみなされており、石打ちによる死刑に処されるのが通例である。これは非イスラーム圏を中心として国際社会から厳しく批判されており、ムスリムの中にもこのような刑罰を時代に即さないと考えるものも少なくないが、イスラーム国家を掲げるイランやサウジアラビアなどでは現在でもこの法規定を遵守し、婚外セックスを行ったものへの処刑を行っている。

同性愛

前近代イスラーム社会には広く同性愛への寛容が見られたが、近代に入るとイスラーム法の同性愛禁止規定を厳格に施行すべきとする解釈が広まった。現在、多くのイスラーム法学者が同性愛を「逸脱」「汚らわしい行為」と見なしている。ただし、このような刑罰や同性愛者への迫害を時代錯誤とみなすムスリムも少なくない。

過酷な刑罰

シャリーアにおいては、盗みを犯した人物の腕や足を切断するなどのハッド刑、婚外セックス・同性愛・離教などに対する石打ちや斬首による公開処刑など、現代社会においては過酷とされる刑罰が存在している。そのためイランやサウジアラビアなど、シャリーアを国法として採用しているいくつかの国における刑罰は、国際社会から人権侵害として強い非難を受けている。

奴隷制度

シャリーアには奴隷に関する規定があり、奴隷制度自体を肯定している。 預言者ムハンマド自身が奴隷を所有していたこともあり、奴隷所有者を悪人と断ずればムハンマドが悪人だったことになってしまうため、現代でも奴隷制度を悪と明言されていない。このため、イスラム教国では奴隷制度の廃止はかなり遅く、最後に廃止されたモーリタニアでは1980年まで奴隷制度が存続していた。 ただし、奴隷解放を善行として奨励していることや、主人の死亡時点を持って奴隷身分から解放されるなど、欧米のような終身、子孫まで継続することはなく、奴隷の獲得数が減少するに伴い奴隷の人数も減少をたどり、耕作地と水資源の少ないアラビア半島では農奴制が発達しなかったことから、アラビア半島では16世紀には奴隷人口は極めて少なくなり、奴隷を所有できるのはごく一部の権力者のみとなり、実質的な意味合いとしての奴隷というのは部族外から雇用された雇い外国人のようなものとなり、欧米のような悲惨な扱いをされる者ではなく、高給優遇される者が大半をしめるようになった。奴隷が軍人や官僚を占めるようになると奴隷が国を支配してしまう奴隷王朝が誕生するなど、奴隷が逆に高い身分になってしまうという逆転現象も起きている。 奴隷が部族地域における実質的な高級官僚となってしまったサウジアラビアでは1962年に奴隷制度の禁止を発令した時に部族解体政策が平行して行われていたこともあり、諸部族から強固に反対され、奴隷制度は憲法であるクルアーンで認められた物であると反論され妥協した結果、新規奴隷のみ禁止で既存の奴隷で希望者のみ奴隷の身分を継続してよいことになった。このため、現在では奴隷といえば権力者の腹心という意味合いになり奴隷が高貴な身分となっている。アラビア半島社会で現代の実質的な奴隷は法制度上は自由民である外国人出稼ぎ労働者となっている。

また、ムハンマドが所有していた黒人奴隷のビラール・ビン=ラバーフはイスラム教初期における聖人の一人であり、その直系子孫であるハバシー家の称号は「預言者ムハンマドの教友たる黒人奴隷」であり、黒人奴隷が高貴な家柄となっている。このような事情からアラブ社会では奴隷という言葉には欧米ほどネガティブなイメージはない。

イスラム社会で欧米的な農奴制が始まったのはエジプトがイスラムに征服されてナイル川流域の肥沃な土地が手に入って征服されたエジプト人が農奴となってからで、このシステムは西へと伝わって行きモーリタニアが最西端となっている。気候的な事情からエジプトの農奴制がシナイ半島より東に逆流することはなかった。 アラビア半島では早い時期に奴隷売買そのものが縮小していったが、エジプトから東のアフリカ大陸北部地域を征服したイスラムはアフリカ大陸北部の住民を奴隷としてヨーロッパ人に売りさばき、その多くがアメリカ大陸へ輸出されていった。このため、イスラム教国でもシナイ半島を境に奴隷制度そのものが大きく異なる。

宗教警察

イスラム教国にはムタワと呼ばれる宗教警察があり、彼等は治安維持を行う警察とは別にイスラムにおける道徳を守ることを目的として活動している。 厳格派ではイスラムにおける勧善懲悪の実施を掲げており、これが人権侵害となる事例が多くあり、時にはタリバンのような破壊活動にまで発展する。

(引用終わり)

最近、イスラム原理主義の活動が活発になってきているように思います。
ロシアなども含めて世界各地で起きている紛争の多くにイスラム原理主義が関わっています。

紹介したようにイスラム原理主義が言う社会は決して居心地の良いものではなくイスラム圏にすむ人たちもそれを求めているようには思わない。
ただ中央の政府の力が及ばない地域を中心に不満を募らす民衆の中に入り込み、こうした勢力が台頭してきている。
一度、こうした勢力の支配下に陥れば住民はイスラム法を押し付けられ、恐怖の中に息を詰めて生活せざるを得なくなっていると想像する。

いかなる宗教、宗派に関わらず現代社会は民主主義の世界、そういう観点からイスラム原理主義は、単なるテロ集団。
イスラム法に従った社会自体、過去にどれだけの幸せをもたらした社会であったか、そんなものを立証する何物もない。

パレスチナ紛争を直接的に見れば、決して一方の正義を認めることはできない。
ただ、イスラム圏に巣食うイスラム原理主義運動は、思想としては認められても、その活動について判断を下すことが必要であろう。

それなのに、民主主義の何において、また西欧との対立の狭間のなかで、イスラム原理主義を抑えることが出来ないでいる、イスラム圏社会の責任を求めるものである。

それがなくては、パレスチナ紛争も、収束することが出来るのにできないことになる。
メンテ
Re: パレスチナ紛争 ( No.2 )
日時: 2014/08/09 21:05
名前: 北の国から ID:YnjgEi9o

 たいへんむずかしい問題ですね。

 ただ、一見「宗教間の争い」のように見えても、背景にどす黒い経済的な動機などがある場合
も少なくないようですね。
 たとえば、イスラエルはアメリカの相当上層部のひとびととつながり、コントロールしている
のでしょう。したがって、アメリカの中東への原油資源の利権と、たぶん複雑にむすびついてい
るのでしょう。イスラエルは資金も潤沢で、世界の大所の権力を操作できるほどの力をもってい
るのでしょうが、そのイスラエルの民族的な価値観は、気の遠くなるような長い歴史のなかで培
われたものであり、他の民族(とくにヨーロッパ)がとやかく言うすじあいはありません。

 ハマスにしても、パレスチナやガザで「恵まれない人々に教科書や教材を無償で配布」したり
していますが、その資金はシリアの内戦のどさくさに武器を手に入れ、製油所を襲って原油密輸
で獲得したもので、これ自体はイスラムの教典とは、たぶん関係ないにちがいありません。

 いろいろな宗教があり、民族があり、国家があり、それぞれの価値観(また、文明的歴史の到
達点や、その到達の制約などに)とやかく言う権利は、たとえ、いわゆる「先進国」と言えども
ありません。

 しかし、とやかく口を出したり、批判はしないにしても、国際連帯活動として(人類的な絶対
的な価値観にもとずいて)、さまざまに支援活動をすすめることによって、こうした「宗教対立
を装った武力行使」を、かぎりなく減らすことは可能かもしれません。

 人類的な絶対的価値観は、おそらく「国民がまともに教育をうけられるようにすること」「国
民が自力で食糧生産する条件と技術」、そして「国民が必要な医療を受けられること」。この3
つではないでしょうか。

 あこぎに大金もうけしようとする企業や国家が、少しでも減少すれば、世界の貧困は急速に減少
するでしょうし、「暴力を(やむを得ないなどと言いながら)是とする集団」など、衰退の一途
をたどっていくのでしょう。
メンテ

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