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[2279] 未来社会を考える < ヒットラーの予言
日時: 2015/05/27 18:33
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:TUwY8d8w

ヒトラーの予言──2039年の未来図について

●以下は、ヒトラーが語った言葉(予言)である。
『1999年以後』(祥伝社)から抜粋


「…“2つの極”はますます進む。1989年以後、人間はごく少数の新しいタイプの支配者たちと、非常に多数の、新しいタイプの被支配者とに、ますます分かれていく。一方は、全てを操り、従える者。他方は、知らずしらずのうちに、全てを操られ、従わされる者たち。

しかも進むのはそれだけじゃない。人間がそうなるにしたがって、地球にも宇宙にも大変動が起こるのだ。1989年以後、人類には宇宙から、かつてないカタストロフィ(大破局)が近づくのだ。

若いころ私は、『我が闘争』に、いずれ人間が大自然から復讐されると書いた。それが1989年以後の状態だ。人間が思い上がって宇宙の自然を犯すため、宇宙が人類に復讐の災厄を下すのだ。そしてそれが人類を、想像を絶する究極の状態にみちびいていく。私が生まれてから150年後、21世紀に来る究極に。私自身もそれを霊感ではっきりと見てさえ、信じられないような究極に。」

「…(20世紀末は)たとえ表面はデモクラシーや社会主義の世であろうとも、実質はナチズムが支配していよう。デモクラシーの国も社会主義の国も、われわれナチスの兵器を競って使い、殺し合い、社会は私の望むとおり、強く支配する者と支配される多数者に分かれていよう。それは天変地異の期間でもある。人類は大自然から手ひどく復讐される。気候も2つに分かれ、激しい熱と激しい冷気、火と氷、大洪水と大旱魃(かんばつ)が代わる代わる地球を襲うだろう。」

「だからその中から『超人(ユーベルメンシュ)』が現われる。もはや普通の人間ではそういう危機を制御できない。それに対応するため人類は超人たちを生み、超人が世界や気候を、人間や戦争を治めることになる。
つまり天変地異の下に生きる多数者。それを支配する少数者。その陰で実質的に世界を操る超人グループ。これが、私の予知する21世紀の世界である。」

「しかし諸君、さらに重大なのは、私がいま、これを話している100年後のことだ。それを告げるためにこそ、私は今日を選んで諸君を招いたのだ。今日から100年後といえば、すなわち2039年1月25日だ。

諸君にはわからないだろうが、そのとき人類には真の究極の状況が起こっている。そのとき人類は──少なくとも、いま言っているような意味での人類は、2039年1月、地球からいなくなっているのだ。」

「それは諸君、何かの異変か大戦か災害のために、2039年、人類が残らず滅びるという意味ではない。たしかに、それまでに多くの大難が続けて起こる。1989年から1999年まで、世界は続けざまの天変地異と戦乱の中にあるだろう。そのため一部の恵まれた国を除き、多くの国が飢える。いくつかの国は崩れて燃える。毒気で息絶える街もある。

2000年以後は、それが一層ひどくなる。2014年にはヨーロッパの3分の1とアメリカの3分の1が荒廃してしまう。アフリカと中東も完全に荒廃する。結局、いまの文明は砂漠しか残さない。

しかし人類はそれでも滅びない。わがドイツの一部と米ソの中心部、日本や中国は深い傷を負いながらも生き残る。ただ諸君、それでも人類はいなくなるのだ。いまの意味での人類は、そのときもういない。なぜなら、人類は2039年1月、人類以外のものに“進化”するか、そうでなければ“退化”してしまっているからだ。」

「それをもっとはっきり言えば、人類の一部はそのとき、人類から、より高度なものに進化して、神に近い生物になっている。人類から神のほうへ進化するのだから、それは『神人(ゴッドメンシュ)』と呼んでかまわない。

残りの大部分は、これも進化なのか退化というべきかわからないが、一種の機械になっている。ただ操られて働いたり楽しんだりするだけの、完全に受動的な、機械的な反応しか示さない『ロボット人間』になっているのだ。それまでの気候異変と環境異変、政治と娯楽と食物、それから起こる突然変異が、そのようなロボットのような人間を大量に生み出す。

神人のほうも同様で、同じ原因から生まれてくる。ただ突然変異が大脳にプラスに働いて、進化の方向がロボット人間と別方向になるだけだ。その前段階の『超人(ユーベルメンシュ)』たちも、より進化して神人になる場合がある。

いずれにせよ、彼らはいまの人間の数次元上の知能と力を持つ。彼らは団結して地球を支配する。それまでのあらゆる危機や問題は、彼ら神人たちの知能と力で急速に解決されていく。」

「ロボット人間たちのほうは、それに従って生きるだけだ。これはある意味では気楽な身分だ。戦争も気候も経済も、神人たちによって制御されてしまうので、ロボット人間たちは神人たちの認める限度で、多くのものを与えられる。食物と住居も、職業も娯楽も恋愛も教育も、時には思想さえも与えられる。

ただロボット人間たちは、与えられ、操られていることを意識できないようになる。自分たちの意識では、何もかも自分で選択して勝手に生きているのだと思う。しかし、じつは神人たちがすべてを見通して、管理工場の『家畜』のように彼らを育て飼うことになるのだ。

こうして人類は、完全に2つに分かれる。天と地のように、2つに分かれた進化の方向を、それぞれ進みはじめる。一方は限りなく神に近いものへ、他方は限りなく機械的生物に近いものへ。これが2039年の人類だ。その先もずっと人類はこの状態を続ける。
そしておそらく2089年から2999年にかけて、完全な神々と完全な機械的生物だけの世界が出来上がる。地上には機械的生物の群れが住み、神々がそれを宇宙から支配するようになるのだ。」


(引用終わり)

ヒットラーと言うイメージでは、このような思想を思い浮かべることはできません。
どこまで、真実であるか解りませんが、ヒットラーでなくても、このような歴史観があることは興味深く、また概ねは現代及び未来社会を暗示している様です。

メンテ

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通貨の概念<新しい経済の仕組み ( No.124 )
日時: 2015/09/08 13:53
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:LdpPne.o

前回、下記の様な定義つけをしました。

>お金と言うものは、個人の労働に対して与えられるものであり、仮に職につけなくても、その能力を有し、働く気持ちのある人たちはお金を受け取る権利があり、国家がそれを保証するということである。

これに即して考えれば、お金の価値と言うものは、労働者が1日、7時間働いて得られるお金で、普通の生活が出来る程度のものでなくてはならない。

例えば、平均的な労働で平均的な能力を有する労働者の賃金を、10000円とした場合、その1万円で、食費、住居費、光熱費、医療費、少々の娯楽費に充当できるものでなければならない。

それが通貨の価値基準であり、通貨を管理する国家は、その価値を担保できる様な施策をとらねばならない。
当然、インフレが起きないようにしなければならないし、起きれば対処しなければならない。

通貨の発行量に関する制約は、その国の国民が生活する上で必要なもの以外に、社会全体の進歩、発展の為の先行投資も、それがインフレを起こさない限り、良いものとする。

そうは言っても、至上主義経済のシステムは、人間社会のためにも必要な制度であり、金融機関が信用創造によって増やす通貨の制度は、これを保持する。

通貨の発行を国家の手によるということは、この通貨の概念により確立出来る。
これ以外は、概ね従来の通貨管理のシステムは有効であるが、ただ一点、投機の為の通貨の増刷は、認めない。
投機行為にも国家としての制約をする。

以前から言ってきましたが、通貨の新しい概念の構築こそ、まず先にありきであるのです。
それによって、金融理論も少しは修正されるでしょう。
これが修正資本主義の中核の考えかたです。

30兆円の公共事業と20兆円の基礎年金の財源を通貨の増刷で賄うと言う施策は、この延長で考えられることです。
目標が定まれば、細かい規定、理論は、これを成就するために考えれば良いのです。

現在のシステムも、単なるルールです。
新しいルールができないはずはありません。

ただし国家を介入させるとなれば、それは政治の問題であり、民意の問題です。
それが了解されれば、通貨管理の上で、一番厄介な、インフレを抑制するルールも出来ると思います。
これこそがグローバル化の悪影響に悩む現代社会の進むべき方向ではないでしょうか。

また、既存の政党には、この様な考えを持つものがありません。
新しい経済、未来社会の構想さえないのですので、それも止むを得ないかもしれませんが、こうした理論を確立し、政治がそれに向かって進むようにしなければなりません。

そうでなければ現代社会がかかえる矛盾は何時まで経っても解決できず、ますます破綻に向けて歩みを進めることになるでしょう。

>30兆円の公共事業と20兆円の基礎年金の財源を通貨の増刷で賄うと言う施策は、この延長で考えられることです。

我が国において、この様なことができないはずはないのですが、確固たる方針が定かでないために、誰もがやろうと思いつきません。

しかしながら、それを阻害している強大な勢力があることは、別途解決しなければならない問題です。

特定の政治家、学者などが言い出せば、たちまち暗殺の対象になるこの問題も、国民の総意と言うことなら切り替えもできるのです。

長くなりましたが、一連の未来社会の構想は、これで終わりとします。

>30兆円の公共事業と20兆円の基礎年金の財源を通貨の増刷で賄うと言う施策

の具体的な検証は、まだまだ必要かと思いますが。



メンテ
未来社会の経済学<まとめ編 ( No.125 )
日時: 2015/09/11 20:17
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:/0gTH3JQ

以前にも触れた様に、経済学は自然科学でも人文科学でもない、論理学、数学の様な形式科学とされています。

実際には、社会学、哲学、政治などを含む人文科学の要素があります。

今日、経済が政治を通り越して一人歩きし、そのために社会的な矛盾が起きていることは承知されているはず。

ですが政治は経済の分野の根本に触れることなく、景気の問題としてのみ対応することを余儀なくされています。

経済的な弱者を社会福祉で救済することが政治のように思われています。

もっと進んで、政治が経済の基本をコントロールすべきではありませんか。

それは国家が経済活動の参加することを意味しているものではありません。

経済のあらゆる分野に口を出すことではありません。

経済に社会学的な要素を注入することです。

経済学とは、本来、人文科学の分野で考えられるべきものではないでしょうか。

その中の経済学であるべきであります。

具体的には通貨発行権を国家が握ることによって、経済の中に社会学的な要素を取り込む事ができます。

通貨発行権が国家にあるものとして考えれば、色々なものが見えてくるでしょう。

国家が通貨発行権を持つことの弊害は古くから指摘されていて、中央銀行制度ができたものですが、完璧に中央銀行が独立した存在かと言えば、そうでもありません。

本来、あるべきものを強引に仕分けしてしまっているので、実際には、国家の使命も果たせなくどこの国でも、止むをえず、国債発行などの領域で、国家と馴れ合い関係はあります。

このように、陰でこそこそやっている程度では、積極的な、必要な経済の施策を打ち出せません。

また、中央銀行制度は、いかにも公正中立の立場のように思われていますが、ここにこそ、金融資本の暗躍の要因があるのです。

ロスチャイルドが世界の中央銀行のほとんどを牛耳って、巨大な利益を得ているように言われていますが、中央銀行の決算の中にはそのようなものは出てこないでしょう。

実際には中央銀行の施策をコントロールすることによって、市場の動きを先取りし、為替、株などの領域で莫大な利益を得ているのです。

ですので、何かあると世界中が大騒ぎすることが、彼らには必要な環境なのです。
各国の財政が逼迫し、何らかの形で通貨の増刷をしている事も、金融マフィアにとっては願ってもない、環境なのです。
表向きの通貨の増刷には触れませんが、結局は、通貨の価値、云々を主張し、税金により支援金を出させることで、国民の資産で補わせようとしています。

通貨の発行権が国家にあれば、金融マフィアの暗躍の場所はなくなるのです。


要するにロスチャイルドを筆頭とする巨大金融資本は、究極のインサイダー取引によって利潤を上げていることになります。

リーマンショックの時でもギリシャ危機でも、必ず、為替、株価は2度や3度は乱高下します。

奴らは巧妙に、それを引き起こし一般の投資家、国家を巻き込んで、自分たちは利潤だけが残るようにしているのです。

どうせ中央銀行制度とは、この様なものなのです。

それよりも、通貨発行権を国家のものとし、それによって起きる不都合を政治の力で解決していく方が、よほど理にかなった方法であります。

以上、色々と書いてきて、現在の金融システムを論理を否定できる数式的証拠は提示出来ていませんが、現在の金融理論の矛盾を追求する状況証拠は山ほど揃っております。

世界中の人々は、勇気を持って審問にかけるべきであるのです。

また新しい経済の論理を構成する数式的なルールも、その気になって考えれば、必ず成立させることができます。

アダムスミス自身が、言っているように経済の大きな領分は「神の手」に委ねられているのです。

ですから、その後に続く、どのような経済論も、経済の事象を完全には捉えてはいません。

そのほんどが仮定の話ですし、経済の事象を後から追認する程度のものです。


現代経済学は最も数学を取り入れていると言われていますが

以下の数式、そのものが、応用の式であり、加減乗除のように絶対的な帰結を生むものではありません。

物理学のように、それで持って、可能性を予測するのは良いでしょう。

しかしながら、論理というものは、実社会においては、最終的には、それを結果として、正義として押し付けるようになるものです。

実際の生活を対象とする経済学においては、その数式の用途を可能性の問題として取り上げていれば良いのですが、ここから政策の方針を導き出します。

その矛盾が現代経済学が実態を現していないことにつながります。


琶=0n−1(a+id)=an+n(n−1)d2

•変分法: calculus of variations

maxx(t)∫T0F(t,x(t),x˙(t))dt

オイラー方程式: Euler equation [必要条件: the necessary condition for optimization]

∂F∂x−ddt(∂F∂x˙)=0

•ハミルトン関数: Hamiltonian (function)

maxx(t)∫T0F(t,x(t),y(t))dt




ですので、私は以下の経済学的数式も参考程度としか考えません。


【(A)分配面からの所得=】

雇用者所得(消費+貯蓄+税)
企業所得(消費+貯蓄(企業の場合は内部留保・営業余剰+税)

(註1)この税は=政府所得になります。
(註2)固定資本減耗=所謂減価償却費は、企業内部留保とみなし、営業余剰に含ませて、項目省略によってすっきりさせます。 

【(B)所得の支出=次のように分解されます。】

民間最終消費
企業最終消費
政府最終消費
総固定資本形成(民間投資+政府投資(所謂公共事業費)
在庫品

(A)=(B)ですから、両辺から消費を相殺しますと、
(S)貯蓄+税=(I)民間投資+政府公共事業となります。

この(I)投資=(S)貯蓄が、ハロッド・ドーマー定理のミソで、これをISバランス
と言います。S>Iの場合はまだ投資出来る、S<Iの場合は、投資不足で国内での
財源が不足を意味し、海外からの投資を要請するケースとなります。

我が国現状ではまだ(S)>(I)の状況にあり、投資の余裕はありますが、これが財政赤字に消費され投資国債になっていない。
メンテ
Re: 未来社会を考える < ヒットラーの予言 ( No.126 )
日時: 2015/10/17 11:45
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:WIy2aE.g

TPP交渉も妥結した。

どこまで進む経済のグローバル化。

本当にグローバル化が望まれる時代であれば、TPP交渉など、もともと無用。

格差がある状態で、強引にグローバル化を要求するのは、強者の論理。

強者は、強者であるために、強者の常として恫喝を行う。

弱者は身を守るために、渋々従う。

その恫喝であるが、ヤクザと違うのは、一方で果実をちらつかすことである。

それが、アングロサクソン流。

宗教改革を経て、市民権を得たキリスト教徒(ピューリタン)は、キリスト教の影に隠れて己の経済的強欲を正当化し、世界の秩序などには目もくれない。

弱者等は、自分たちに従えば良いと考える。

現在の経済の仕組みは、彼らが作り上げたもの。

都合の悪い事には、民主主義(飽くまでもキリスト教的民主主義)は、個人の権利を最優先させる。

アングロサクソンの思うツボ。

奴らは、インテリヤクザであるのだ。

こんな奴らに対抗するには、どうするか!

アングロサクソン流に冒された世界を覆す事ができるのか。

それは、もはや文明史的転換が必要である。

パラダイムチェンジが必要である。

我々に、それができるか!

民主主義も資本主義も

根本から問い直さねばならない。

それが未来の社会である。

ユダヤを迫害した

あのヒットラーが

冒頭のような考えをもっていたとは

驚き、桃木、山椒の木!
メンテ
未来社会を考える < トインビーの予言 ( No.127 )
日時: 2015/10/21 21:27
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:GDGXZfZc

掲示板のトラブルで、このスレッドの結論的な部分が消滅しました。
少しづつ復旧したいと思いますが、同じ方法も窮屈なので、アプローチを変えて見ます。



トインビーは、「基軸時代」に現れた高度宗教では、「究極の精神的実在」が求められた、ここにこそ人間の「破壊的な自己中心性」を克服し得る手がかりが与えられていると説きました。日本の神道は、こうした高度宗教の中には数えられていません。しかし、トインビーは、日本の神道に対しても期待を寄せています。

 1974年(昭和49年)、日本の国際PHP研究所は、晩年のトインビーの論文を編集し、『日本の活路』を刊行しました。本書でトインビーは、文明史的な視野から、現代世界で今こそ必要なものについて、次のように訴えます。

 「最初は、人間は自然の奴隷でした。いまでは人間は、自分自身の技術の奴隷です。しかも、人間にとって、人間の技術というものは、かつての自然よりもはるかに恐るべき主人なのです。これこそ、人間が直面している現在の実際にほかなりません。それはまさに新たな精神的復興を緊急に必要としている苦境ということができます」と述べています。

 そして、トインビーは「西洋がどうしても学び、心に留めなければならない教訓を、東洋は持っている」として、その一つに「人間と人間以外の自然との本来の調和を取り戻す方法」を挙げます。トインビーは、日本は、「その固有の宗教と哲学の中に、現代人の自然からの疎外に対する、貴重な矯正手段を持っている」と述べ、神道に注目すべきことを説いています。

「神道は、人間とそのほかの自然との調和のとれた協調関係を説きます。神道によれば、自然は神聖であり、侵すことのできない権利を持っています。人間には、そうした自然の権利を尊重すべき宗教的義務があるのです。そして、もし人間がそうした権利を侵したら、その報いを受ける、とされています。日本国民は、自然の汚染によって、すでに報いを受け始めました。彼らは自然を怒らせ、自然に報復を余儀なくさせることによって、わざわいを招き寄せました。しかし彼らは、実は神道の中に、そうしたわざわいに対する祖先伝来の救済策を持っているのです」

 「自然と調和して生きることは、人間が生き残るための必須の条件です。これはまぎれもなく神道の教えにほかなりません」

 そして、また次のように述べています。

 「どん欲ではなく畏敬こそ、自然に対する私たちの態度を支配する感情でなくてはなりません。明日への挑戦は、神道への復帰です。西洋の見地からいえば、キリスト教や回教以前のカナン人、ギリシャ人、ローマ人の、宗教への復帰なのです」

 「技術は、全人類に対して同じ精神的挑戦状を突きつけました。私たちは、精神のルネサンスを達成することによって、この挑戦にこたえなければなりません。もし私たちが失敗すれば、人類の前途そのものが暗いものになります」

人類の精神的ルネサンスを達成するために、トインビーは、神道への復帰を提唱しました。神道の復興は、日本にとっても、また西洋諸国にとっても、さらに人類の生存のためにも必要だと訴えたのです。(

 私は、トインビーの偉大さの一つは、それまでの「世界史」が西洋人の視点で書かれたものであることを暴いたことにあると思います。キリスト教徒による十字軍の栄光は、ムスリムから見れば、侵略者の収奪であり、異教徒の暴行である。トインビーは、そのことを、西洋人で初めて公言しました。トインビーは、文明の東西、そして南北を、ともに公平に見る視点を、文明史観の根底にすえました。そして、人類史の次の段階では、西洋は東アジアに主導権を譲り渡すことになると、20世紀半ばにおいて大胆に予測したのです。

 トインビーの歴史認識は、西洋中心主義ではありません。彼は、世界の歴史は複数あり、西洋の歴史は世界の歴史の一つにすぎないと考えました。トインビーによると、16世紀から19世紀までは、西洋諸国がその科学文明を使って、世界を一つにした時代でした。西洋文明は一見、世界を征服したかに見えますが、征服したのは、たかが物質文明だけであって、精神的な原理まで支配することはできていない。今まで西洋文明に征服されていた他の文明が、西洋文明に反撃を加える時期が来ている、とトインビーは洞察しました。

 1947年(昭和22年)に、トインビーは、百年後の世界を予測して、次のように書き記しています。

「西暦2047年の将来から現代をふりかえってながめる未来の歴史家たちにとって、20世紀を特徴づけるものは西洋文明がその他の世界のあらゆる社会に加えた衝撃ということであろう」と。

● 資本主義の精神へのユダヤ教の影響


 神の栄光を増すための「道具」として勤勉に働き、倹約に努めれば、結果として利潤を生む。資本が蓄積される。一旦、資本が形成されると、資本は利潤を要求し、利潤を上げるための経営をしなければならなくなる。

 近代資本主義の特徴の一つは、複式簿記を土台とした合理的な産業経営にある。企業は、明確な数値目標を設定し、目的を実現するために、具体的な計画を立てる。さまざまな資材、労働を効率的に組み合わせ、利潤を最大にすべく計画・実行し、その結果を数値的に確認する。近代資本主義は、こうした形式合理的な態度によって、目的合理的な産業経営を行うことを最大の特徴とする。

 産業資本の形成によって、資本は、利潤の獲得を目的とした価値増殖の運動体に転じた。資本の価値増殖運動は、人間の欲望を拡張する活動である。資本主義の機構を生み出した宗教的な倫理は忘れられ、利潤の追求が肯定されて、価値観が大きく転換した。人々は来世の救済より、現世の利益を求める。もはや宗教的な禁欲ではなく、富と快楽を追求する欲望こそが、経済活動の推進力となる。


 ここで注目すべきは、ユダヤ教の影響である。この点は、本稿とは別に主題的に検討する予定なので、ここでは簡単に述べる。

産業資本の確立期以降の資本主義の精神は、キリスト教よりもユダヤ教に近いものに変貌している。ユダヤ教は、現世における利益の追求を肯定し、金銭の獲得を肯定する。プロテスタンティズム的な「世俗内禁欲」とは正反対の価値観である。そして、ユダヤ教的な価値観が非ユダヤ教徒の間にも広く普及したものこそ、今日に至る資本主義の精神だと私は考えている。

近代資本主義は、産業資本の形成をもって、初めて資本主義となった。産業資本が出現する以前、資本は商人資本、高利貸し資本という形態を取った。経済史学者は、これらを前期的資本と呼ぶ。そして商人資本、高利貸し資本からは近代資本主義は生まれないとする。

しかし、経済活動は生産だけでなく、消費と流通と金融なくしては成り立たない。近代資本主義においては、商人資本は商業資本となり、高利貸し資本は銀行資本となった。産業資本は、生産によって利潤の獲得をめざす資本である。これを生産資本と呼ぶならば、商業資本は流通資本、銀行資本は金融資本である。生産だけでなく、消費・流通・金融がバランスよく発達してこそ、経済規模が拡大する。それによって、資本の価値増殖運動は持続的に発展する。生産は消費と結びつくことで、継続・拡大する。この生産と消費を結びつける流通と金融に巧みなのが、ユダヤ人だった。

産業資本の発達による貨幣経済の拡大は、ユダヤ人の活躍の場を広げ、彼らに膨大な富をもたらした。それとともに、資本主義世界経済の発達によって、ユダヤ教の価値観がヨーロッパ文明のみならず、非ヨーロッパの諸文明にも浸透したところに、グローバル資本主義が出現したといえよう。ユダヤ人だけでなく、ユダヤ的な価値観を体得した諸国民が、地球規模の資本主義経済を推進しているのである。


●資本主義の精神の根底にあるものとは

 さて、近代資本主義は、結果として、利潤追求・欲望拡大の文明を生み出した。その資本主義の発達は、産業資本の形成による。ウェーバーは、産業資本形成期におけるプロテスタンティズムの倫理の役割を強調した。しかし、産業資本の発生期より以前にさかのぼると、ヨーロッパ文明の海外進出には、利潤追求・金銭獲得にもっとむき出しの欲望が働いていた。
 資本の本源的蓄積の時期となった15世紀末以降、西欧人は有色人種を非人間視し、インディオに強制労働をさせて銀を収奪し、黒人に奴隷労働をさせて砂糖や綿花で富を得た。マルクスは、西欧社会の労働者をプロレタリアと呼んだが、生産手段たる土地から引き剥がされ、鉄鎖以外には失うことのないプロレタリアとは、白人種に奴隷にされた有色人種こそがそうだった。そして、私はこうした異教徒を奴隷化し、彼らを使役して富を得る欲望こそが、近代資本主義の精神の最も根底にあるものではないかと思う。また、そこには、周囲の異教徒を敵視し、自らの神観念を絶対化するユダヤ教に通じるものがあると思う。

 そのうえ、カトリックもプロテスタントも、西欧において魔女狩りを行なった。魔女狩りは非キリスト教的なものを排除する社会現象だった。魔女狩りは、ルネッサンス期に嵐のように吹き荒れたが、その最盛期は、宗教改革時代と共に訪れ、1600年を中心とした1世紀がピークだった。
 魔女狩りはカトリック信者だけでなく、プロテスタントも行った。ドイツのプロテスタントも、アメリカのピューリタンも、魔女狩りに熱狂した。これは、プロテスタンティズムの倫理の暗黒面であり、ユダヤ=キリスト教自体の持つ暗黒面でもある。
 イエス=キリストの教えは、隣人愛を説く。使徒パウロは、神は愛であると説いた。しかし、キリスト教徒の愛は、異教徒には及ばされなかった。いやキリスト教社会の内部ですら、他宗派には及ばされなかった。それをよく表すのが、旧教・新教の間の宗教戦争である。私は、異なるものを徹底的に排除し、破壊しようとするのは、イエス=キリストの教えというより、ユダヤ的なものではないかと思う。

 プロテスタントは、それまでラテン語で書かれ、ラテン語の知識のない者は読むことのできなかった聖書を各国語に訳した。これは、ギリシャ=ローマ文明の遺産であるキリスト教の土着化をもたらした。各国語訳の聖書は、印刷技術と紙の使用によって、民衆に普及した。民衆は、自分たちが日常使っている言葉で聖書を読めるようになった。
 私は、このことがキリスト教の再ユダヤ教化をもたらす一要因になったのだろうと考える。イエス=キリストが教えを説く前に書かれた旧約聖書の思想は、ユダヤ教のものである。各国語訳聖書の学習は、キリスト教の教えの習得と土着化とともに、間接的なユダヤ教の摂取ともなったのだろう。
 こうした問題については、いずれ改めて別稿で検討してみたい。
メンテ
Re: 未来社会を考える < ヒットラーの予言 ( No.128 )
日時: 2016/02/09 13:00
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:dmkX7GEs

UP

後半の部分は経済の話になっていますが、冒頭のヒットラーの予言に続く文章は、人間の精神、心の持ち方の問題であり、現在及び遠い将来を予見する上に、参考になるでしょう。

ヒットラーの予言とは、思いがけないものですが、丁度現代に当たる時代には文明的転換が起きると書かれています。
メンテ
文明史的転換 ( No.129 )
日時: 2016/02/12 21:55
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:x9umxIbE

西欧民主主義、資本主義は偉大な文明であるといえよう。

世界中がこれに染まった大文明はかつてない。

だが、それもはっきりと行き詰まりの様相を見せている。

科学技術の発達で、かつては何千年とかかった文明の発展が、この200〜300年で果たされた。

予想もしない速さで文明の未来が見えてきた。

文明は生きている、衰退もし、発展もし、滅びることもある。

我々が考えなければならないのは、現代文明を発展させることである。

その為にはそれなりの行動が必要である。

ヒットラーのものとは言い切れないが、ヒットラーは、この時期に我々自身の価値観の転換(パラダイムチェンジ)が必要になることを予想していた。

具体的には、何かを考えてみよう。

資本主義の行き詰まりのことは、先駆者の間では既に言われている。
民主主義はどうかと言えば、
これも、ただ個人の自由、権利と狂喜しているだけでは済まなくなってきている。

何が問題か、考えてみようではないか。


メンテ
 ヒットラーの予言 ( No.130 )
日時: 2016/03/15 19:18
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:HuzIbwww

「…“2つの極”はますます進む。1989年以後、人間はごく少数の新しいタイプの支配者たちと、非常に多数の、新しいタイプの被支配者とに、ますます分かれていく。一方は、全てを操り、従える者。他方は、知らずしらずのうちに、全てを操られ、従わされる者たち。
(中略)
「しかし諸君、さらに重大なのは、私がいま、これを話している100年後のことだ。それを告げるためにこそ、私は今日を選んで諸君を招いたのだ。今日から100年後といえば、すなわち2039年1月25日だ。

「それは諸君、何かの異変か大戦か災害のために、2039年、人類が残らず滅びるという意味ではない。たしかに、それまでに多くの大難が続けて起こる。1989年から1999年まで、世界は続けざまの天変地異と戦乱の中にあるだろう。そのため一部の恵まれた国を除き、多くの国が飢える。いくつかの国は崩れて燃える。毒気で息絶える街もある。
(中略)
「それをもっとはっきり言えば、人類の一部はそのとき、人類から、より高度なものに進化して、神に近い生物になっている。人類から神のほうへ進化するのだから、それは『神人(ゴッドメンシュ)』と呼んでかまわない。

残りの大部分は、これも進化なのか退化というべきかわからないが、一種の機械になっている。ただ操られて働いたり楽しんだりするだけの、完全に受動的な、機械的な反応しか示さない『ロボット人間』になっているのだ。それまでの気候異変と環境異変、政治と娯楽と食物、それから起こる突然変異が、そのようなロボットのような人間を大量に生み出す。

神人のほうも同様で、同じ原因から生まれてくる。ただ突然変異が大脳にプラスに働いて、進化の方向がロボット人間と別方向になるだけだ。その前段階の『超人(ユーベルメンシュ)』たちも、より進化して神人になる場合がある。

いずれにせよ、彼らはいまの人間の数次元上の知能と力を持つ。彼らは団結して地球を支配する。それまでのあらゆる危機や問題は、彼ら神人たちの知能と力で急速に解決されていく。」

「ロボット人間たちのほうは、それに従って生きるだけだ。これはある意味では気楽な身分だ。戦争も気候も経済も、神人たちによって制御されてしまうので、ロボット人間たちは神人たちの認める限度で、多くのものを与えられる。食物と住居も、職業も娯楽も恋愛も教育も、時には思想さえも与えられる。

ただロボット人間たちは、与えられ、操られていることを意識できないようになる。自分たちの意識では、何もかも自分で選択して勝手に生きているのだと思う。しかし、じつは神人たちがすべてを見通して、管理工場の『家畜』のように彼らを育て飼うことになるのだ。

こうして人類は、完全に2つに分かれる。天と地のように、2つに分かれた進化の方向を、それぞれ進みはじめる。一方は限りなく神に近いものへ、他方は限りなく機械的生物に近いものへ。これが2039年の人類だ。その先もずっと人類はこの状態を続ける。
そしておそらく2089年から2999年にかけて、完全な神々と完全な機械的生物だけの世界が出来上がる。地上には機械的生物の群れが住み、神々がそれを宇宙から支配するようになるのだ。」


(転載終わり)

具体的な表現こそ違和感があるものの、
この文章に、なにか暗示される事はないか。

ノストラダムスの予言でも、予言と言うものは、まあ、そんなものであろうが。

メンテ
未来社会を考える ( No.131 )
日時: 2016/05/06 11:20
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:MUYWbK3Q

繰り返しになりますが、次の文章の意味を、感じ取ってください。
100年前に作られた文章なので、比喩的な表現になっていますが、現代社会が直面している課題を別の形で現しています。

>「ロボット人間たちのほうは、それに従って生きるだけだ。これはある意味では気楽な身分だ。戦争も気候も経済も、神人たちによって制御されてしまうので、ロボット人間たちは神人たちの認める限度で、多くのものを与えられる。食物と住居も、職業も娯楽も恋愛も教育も、時には思想さえも与えられる。

>ただロボット人間たちは、与えられ、操られていることを意識できないようになる。自分たちの意識では、何もかも自分で選択して勝手に生きているのだと思う。しかし、じつは神人たちがすべてを見通して、管理工場の『家畜』のように彼らを育て飼うことになるのだ。


生産技術の飛躍的な発達で、人々は、何が何でも働かなくても、生きていくことはできるようになってしまい、実際に既に働くと言うことはサービス産業が中心になって来ています。

人間の実質的な生活(人生)に置いて、
「食物と住居も、職業も娯楽も恋愛も教育も、時には思想さえも」与えられると言うことは、何を指すことになるのか。

従来の人間は、働かねば食えず、住む場所も得られず、義楽も、悩みも生きてゆく過程で感じ取り得てきていたものです。
このように喜怒哀楽とは人生の実態でありました。

生きるために働く必要もなく、有り余る余暇に埋没した人生に、何の人生があるでしょう。
人間は、神様の様に無色無臭の存在でいることはできないのです。
アダムとイブの話の様に、そう言う環境ではいられないから人間が誕生したのです。

理想とか、幸せなどは、求めているうちはよいのですが、その真っ只中にいれば、理想でも幸せでもないのです。
紹介した文章は、そう言う環境を示すと同時に、そのような社会からはみ出さざるを得ないもの、排斥された者が辿るアングラ生活と体制内にいる人間との致命的な対立がある事を示しています。


>「それをもっとはっきり言えば、人類の一部はそのとき、人類から、より高度なものに進化して、神に近い生物になっている。人類から神のほうへ進化するのだから、それは『神人(ゴッドメンシュ)』と呼んでかまわない。

「神人」と言っていますが、それはシステムと言い換えても良いでしょう。
システムとは、これまた複雑で、要するに我々自身が構築するもの、人間の理想、否、思い上がりが、そうさせると言っても良いでしょう。

断っておきますが、このような文章で末世を言うつもりではありません。
問題点を把握して、そうならないようなシステムを目指さねばならないことを言いたいのです。

具体的には、人間にとって生きるために働かねばならない環境は絶対に維持しなければならないことであり、ほとんどの人が働ける社会を作らねばなりません。

グローバル化する経済の法則に任せていては、それができないことを認識しなければならないのです。

メンテ
Re: 未来社会を考える < ヒットラーの予言 ( No.132 )
日時: 2016/09/29 13:20
名前: topics editor ID:YnhX7nh6

UPします
メンテ
Re: 未来社会を考える < ヒットラーの予言 ( No.133 )
日時: 2016/12/26 00:39
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:S8Zvs7uo

UP
メンテ

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