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[2279] 未来社会を考える < ヒットラーの予言
日時: 2015/05/27 18:33
名前: 天空人 ID:TUwY8d8w

ヒトラーの予言──2039年の未来図について

●以下は、ヒトラーが語った言葉(予言)である。
『1999年以後』(祥伝社)から抜粋


「…“2つの極”はますます進む。1989年以後、人間はごく少数の新しいタイプの支配者たちと、非常に多数の、新しいタイプの被支配者とに、ますます分かれていく。一方は、全てを操り、従える者。他方は、知らずしらずのうちに、全てを操られ、従わされる者たち。

しかも進むのはそれだけじゃない。人間がそうなるにしたがって、地球にも宇宙にも大変動が起こるのだ。1989年以後、人類には宇宙から、かつてないカタストロフィ(大破局)が近づくのだ。

若いころ私は、『我が闘争』に、いずれ人間が大自然から復讐されると書いた。それが1989年以後の状態だ。人間が思い上がって宇宙の自然を犯すため、宇宙が人類に復讐の災厄を下すのだ。そしてそれが人類を、想像を絶する究極の状態にみちびいていく。私が生まれてから150年後、21世紀に来る究極に。私自身もそれを霊感ではっきりと見てさえ、信じられないような究極に。」

「…(20世紀末は)たとえ表面はデモクラシーや社会主義の世であろうとも、実質はナチズムが支配していよう。デモクラシーの国も社会主義の国も、われわれナチスの兵器を競って使い、殺し合い、社会は私の望むとおり、強く支配する者と支配される多数者に分かれていよう。それは天変地異の期間でもある。人類は大自然から手ひどく復讐される。気候も2つに分かれ、激しい熱と激しい冷気、火と氷、大洪水と大旱魃(かんばつ)が代わる代わる地球を襲うだろう。」

「だからその中から『超人(ユーベルメンシュ)』が現われる。もはや普通の人間ではそういう危機を制御できない。それに対応するため人類は超人たちを生み、超人が世界や気候を、人間や戦争を治めることになる。
つまり天変地異の下に生きる多数者。それを支配する少数者。その陰で実質的に世界を操る超人グループ。これが、私の予知する21世紀の世界である。」

「しかし諸君、さらに重大なのは、私がいま、これを話している100年後のことだ。それを告げるためにこそ、私は今日を選んで諸君を招いたのだ。今日から100年後といえば、すなわち2039年1月25日だ。

諸君にはわからないだろうが、そのとき人類には真の究極の状況が起こっている。そのとき人類は──少なくとも、いま言っているような意味での人類は、2039年1月、地球からいなくなっているのだ。」

「それは諸君、何かの異変か大戦か災害のために、2039年、人類が残らず滅びるという意味ではない。たしかに、それまでに多くの大難が続けて起こる。1989年から1999年まで、世界は続けざまの天変地異と戦乱の中にあるだろう。そのため一部の恵まれた国を除き、多くの国が飢える。いくつかの国は崩れて燃える。毒気で息絶える街もある。

2000年以後は、それが一層ひどくなる。2014年にはヨーロッパの3分の1とアメリカの3分の1が荒廃してしまう。アフリカと中東も完全に荒廃する。結局、いまの文明は砂漠しか残さない。

しかし人類はそれでも滅びない。わがドイツの一部と米ソの中心部、日本や中国は深い傷を負いながらも生き残る。ただ諸君、それでも人類はいなくなるのだ。いまの意味での人類は、そのときもういない。なぜなら、人類は2039年1月、人類以外のものに“進化”するか、そうでなければ“退化”してしまっているからだ。」

「それをもっとはっきり言えば、人類の一部はそのとき、人類から、より高度なものに進化して、神に近い生物になっている。人類から神のほうへ進化するのだから、それは『神人(ゴッドメンシュ)』と呼んでかまわない。

残りの大部分は、これも進化なのか退化というべきかわからないが、一種の機械になっている。ただ操られて働いたり楽しんだりするだけの、完全に受動的な、機械的な反応しか示さない『ロボット人間』になっているのだ。それまでの気候異変と環境異変、政治と娯楽と食物、それから起こる突然変異が、そのようなロボットのような人間を大量に生み出す。

神人のほうも同様で、同じ原因から生まれてくる。ただ突然変異が大脳にプラスに働いて、進化の方向がロボット人間と別方向になるだけだ。その前段階の『超人(ユーベルメンシュ)』たちも、より進化して神人になる場合がある。

いずれにせよ、彼らはいまの人間の数次元上の知能と力を持つ。彼らは団結して地球を支配する。それまでのあらゆる危機や問題は、彼ら神人たちの知能と力で急速に解決されていく。」

「ロボット人間たちのほうは、それに従って生きるだけだ。これはある意味では気楽な身分だ。戦争も気候も経済も、神人たちによって制御されてしまうので、ロボット人間たちは神人たちの認める限度で、多くのものを与えられる。食物と住居も、職業も娯楽も恋愛も教育も、時には思想さえも与えられる。

ただロボット人間たちは、与えられ、操られていることを意識できないようになる。自分たちの意識では、何もかも自分で選択して勝手に生きているのだと思う。しかし、じつは神人たちがすべてを見通して、管理工場の『家畜』のように彼らを育て飼うことになるのだ。

こうして人類は、完全に2つに分かれる。天と地のように、2つに分かれた進化の方向を、それぞれ進みはじめる。一方は限りなく神に近いものへ、他方は限りなく機械的生物に近いものへ。これが2039年の人類だ。その先もずっと人類はこの状態を続ける。
そしておそらく2089年から2999年にかけて、完全な神々と完全な機械的生物だけの世界が出来上がる。地上には機械的生物の群れが住み、神々がそれを宇宙から支配するようになるのだ。」


(引用終わり)

ヒットラーと言うイメージでは、このような思想を思い浮かべることはできません。
どこまで、真実であるか解りませんが、ヒットラーでなくても、このような歴史観があることは興味深く、また概ねは現代及び未来社会を暗示している様です。

メンテ

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地動説を天動説に戻すことは、アインシュタインでも出来ないでしょう(1) ( No.59 )
日時: 2015/07/02 10:25
名前: 満天下有人 ID:Uu3X.Tz.

そうですね、このスレは遥か遠い未来の社会を想定される場でした。ところがここ30年ほどの間におけるヘリマネ論を出されていたので、現実論としてのヘリマネの提案かなと思ってしまいました。

<満天下にとっては、空気のように当たり前の認識・・・>

これも長くてもここ50年くらいの間の事とすれば、私だけでなく、全世界の学者、専門家も含み、そして民衆とて紙幣を印刷してヘリコプターから撒いてくれれば、こんなに有難い事は無いと、思いはしても、それを実行して果たしてオカネの価値が保たれるとは、誰も思ってもいないと思った次第です。

遠い先の社会構造の変化と通貨という事になると、どのような社会構造になるのか、それが見えて来ないと、通貨論も仮定の話の連続となり、どうしても精々、現在の延長線でしか物が言えません。でも社会構造がどのように変わろうとも、人間の本質=利己心が変わらない限り、通貨価値に対する人間の価値基準も変わらないだろうと予想します。

つまり哲学は変わらない、ということです。価値ある物の分配問題としてはかなりの意識変化は生じるとは思いますが、何社会であれ通貨に対する価値基準は変わらないでしょう、原始社会に戻らない限り。いや、原始社会こそ、物の交換過程において、双方の物の交換価値については、うるさかったと想像します。イノシシ一匹と魚10匹では割に合わない、魚15匹でないとダメだ・・・それが産業革命で財が膨大な商品の集積となって現れて来たので、交換手段が通貨に変わっただけです。だが交換価値基準に対する人間の尺度は変わっていないでしょう。

以下、遥か遠い先の事としてではなく、ここ精々50〜100年くらいのスパンのこととして、再度ヘリマネについて補足しておきます。

民衆の思いは、無責任でも良いから、オカネをばら撒いてくれよ、とは思うものの、オカネの価値が無くなってしまい、その影響が大きく自分たちに跳ね返ってくることくらいは、肌で感じて知っている筈です。

橋立さんも、その影響位のことは解っていて、だが、その影響が出ないようにコントロールする「方策」は無いものか、その模索されているのであって、根本にあるヘリマネ自体の有効性は認めていないものと思っておりました。

でも続く投稿で<アインシュタイン的転換が必要である>との考えを見て、まだヘリマネの有効性を信じておられると、感じました。

でもそれはアインシュタイン的発想の転換をいくらやっても、既に通貨の価値原理は確立されたもので、それも第三者が勝手に確立したものではなく、それを使う膨大な生活者たちが、通貨に価値を求めて来た結果、通貨の価値原理は出来上がってしまっているのです。例えて言うなら、人類は地球が回っているのではなく、天が回っていると言われ続けて来ても、どうもそれは違う、地球の方が回っていることに気が付き、しかもそれは実証的に検証されて、今や誰も天動説など信じる者はいません。それと似ていると思います。

そりゃ口では、天からお札撒いてよ、という民衆の気持ちはあっても、その思いの真髄は、タダカネくれよと表現はしても、働けど楽にならざりの、分配に対する不満、叫びであって、表現の仕方が違っているだけで、根本は通貨発行形式に対し不満を持っているのではないものと思います。ただヘリマネでも良いからオカネ出せという心情は、労働に対する構造、分配の不満の別の表現だろうと思います。

橋立さんの論は、そこを取り違えてしまって、事の本質を混同されてしまっているように見えます。将来も含めて生産による冨の集中度の加速、それは通貨の発行の仕方が問題なのではなく、生産様式と分配の構造の問題です。従って、いかなる生産社会、例えそれが共産主義であっても、通貨の価値は維持されないと、生産価値の公平な分配も保てなくなります。つまり通貨の発行形式の問題では無いということです。それはヘリマネ理論の構築(恐らく構築不能だと思いますが)によって是正するもの、あるいは是正可能になるのではなく、むしろ経済社会構造の転換の構築に、求められるべき性格のものであると思います。

ニセ札のことを想定して見てください。何故諸国は、自国通貨のニセ札に神経過敏になるのでしょうか・・・冗談じゃない、何の裏付けもないただ印刷されただけのオラが国の通貨を勝手に造りやがって、とんでもない野郎だ!と怒り、国際刑事事件として追及されます。

何故そんなに怒るのか?・・・裏返せば単純印刷紙幣に価値が無いと皆が思っているからです。価値がないものが流通すれば、オラが国の通貨は暴落する!つまり交換価値維持を毀損する印刷紙幣はダメと言ってる訳です。せっかく国民経済資産をバックに発行している通貨を、簡単に造りやがるとは!・・・つまりヘリマネはニセ札であると、間接的に表現しているのです。

も一つの例を出しておきます。ヘリマネとは最初に誰が言いだしたものか、あのマネタリストノーベル経済学賞のミルトン・フリードマンですね。Optimum Quantity of Money (通貨の最適供給量)なる論文で、一回限りの現金支給をやった場合の、経済効果を実験してみようと提案し、それをFRB前議長のバーナンキが、減税と金融緩和を組み合わせた効果は、ヘリコプターからカネを撒く効果に等しいと言ったことから、ヘリマネなる用語で金融界に回り始めた物です。

でも、その発行の仕方について、中央銀行による単純印刷通貨でやることを、ヘリマネとは定義していない。通貨の供給の仕方について言ってるだけであって、その通貨が国債に担保された通貨なのか、あるいは単純印刷のものとしているのかは、ハッキリしていません。恐らく、現代社会にあっては通貨なるものは、国債によって担保されたものであるとの前提は、当然で常識的なものだとする前提のもとにヘリマネなる言葉を使ったようで、単純印刷通貨をもってヘリマネとしたものではないようです。

すると、単純印刷通貨で、金利も返済も不要と言う通貨をヘリマネと定義されたのは、橋立さんが人類史上初めての方、ということになります(笑)。それが通用し認められればノーベル賞なんてケチな賞で報いるべき理論ではありません。地動説をひっくり返して天動説に戻すほどの、すごい価値あるものになることでしょう。
メンテ
地動説を天動説に戻すことは、アインシュタインでも出来ないでしょう(2) ( No.60 )
日時: 2015/07/02 10:54
名前: 満天下有人 ID:Uu3X.Tz.

も一つ、経済構造の転換を通貨発行形式によって変えようとされる混同が見える箇所について、<大手企業の破綻では、大手銀行はよく債務放棄を(債権放棄の間違い?だと思いますが)やります。ギリシャ問題でも結局、ドイツ、フランス国民にしわ寄せが行きます>・・・

結局、通貨は回り回って国民が担保しているが故に<独仏国民にしわ寄せ>が行くのであって、だから、どこにもしわ寄せが行かないような通貨でやれ、つまりヘリマネをやれと言っておられるのでしょうか?・・・そこで問題は、ヘリマネを何でコントロールするのかという最初の疑問に戻ってしまいます。

橋立さんは、そのコントロールは、哲学、宗教の問題であると言われていますが、意味がわかりません。人間は不特定多数の者によって構成されています。例えば、実質上何の裏付けも無い印刷されただけの通貨が撒かれたとします。それが公共事業であっても民衆は喜ぶでしょう。公共事業ですから実質付加価値の創造ができます。だから税収なり何なりで回収が出来ますから、政府は通貨価値維持が出来、金利払っても回収が出来る国債裏付けで日銀に通貨を供給させる訳です。

それを態々何故、副作用が大きい単純印刷通貨でやらねばならないのかが、理解できません。多分、これも仮定の話としてその影響を測定される為に出された問題提起だとは思いますが、その通貨が公共事業でなくもっと広い範囲で、それこそヘリコプターから撒いたとして、民衆は一斉に拾いに行くとします。問題はそこで終われば良いのですが、そこで民衆はどのような哲学で以ってそれを使うのかが問題になってきます。

拾って儲けただけでは、事は済まないと思います。哲学的思考をめぐらして行けば、ちょっと待てよ、こんなことって有りかよ?と、正に哲学的に疑問を発して来ることでしょう。何で政府はこんなことを認め始めたのか?疑問が疑問を呼び、逆効果的にモラルが崩れて行き、悪性インフレの芽を培養してしまいます。いや、ヘリマネは正しいやり方だとの新たな哲学が生まれるとは思えません。

繰り返しになりますが、それが正しいやり方だと民衆が思うのは、ヘリマネが正しいと言うのではなく、民衆が不景気や非正規、格差問題に対し不満を持っているそのことに対し、政治がやっと気が付いてくれた、つまりヘリマネ容認ではなくヘリマネを通じて、社会経済構造に気がついてくれたかと、さような評価ではにかと思えるのです。何度も言いますが、社会経済構造の転換問題が、通貨価値と混同されてしまっているやに感じます。

<決してシステムが債務保証をしている訳ではない、その様なルールとして存在している>・・・皆が認めるルールであるが故に、システム化されたのではないでしょうか?

どの道、人間の社会は価値観の変化を求められることは、確かだと思います。だがそれは変化に伴う分配構造の変化を意味するものであって、膨大な資本主義的生産物に取り囲まれた世界社会構造にあって、価値基準の無い通貨でその生産分配が果たして秩序ある循環に寄与できるか、どうも新たな哲学より、人類何千年もかかってこさえて来た哲学が、それを拒否するように思えます。人間なる生き物が真に利己心を捨て去り、共生第一の生物に生まれ変わらない限り・・・そういう意味で未来問題は、通貨にあるのでなく、ヘリマネが有効になれる筈も無く、よって別の角度から未来社会は考察されるべきではないかと思います。勿論、変わるであろう社会に対し、通貨も変わるだろうと想定されてはいますが、通貨価値にたいする見方は変わらないだろうと思います。

財としての価値を手に入れる手段に対する価値観、それは人間が変わらない限り、いかなる社会になっても変わらないと思います。仮に未来社会が尚、資本主義社会であるなら、通貨価値基準に対する人間の考え方は、変わらないと思います。皆がお互いに共存共生する社会に変わっておれば、話はまた別で、ということも通貨価値基準で社会が変わるのではなく、社会構造の変化が通貨価値基準のを変えるから、どのような社会に変わるのかの予測を固めないと、未来の通貨を論じても仕方がないと思うのです。ハルマゲドンで最終世界は一つ、民族も一つにでもならない限り、交換に関するお互いの価値基準の違いに対する基準取り決めは、続くことでしょう。生産形態がどのように変わっても、それを得る手段の価値基準に対する人間の求めは変わらないと思います。

PS:
せっかく壮大な通貨新理論に挑戦されていますので、その為にも事実関係の誤認は指摘させて頂きます。

<(金本位制廃止の時に)通貨と言う概念は、この時、少し変わっています>

いえ、変わっていません。変わったのは通貨価値を担保するものが、金から国債に変わっただけです。つまりより広い範囲での当該国の経済現状、雇用率や失業率、金利動向、経済成長、諸々の要素、それを反映する国債価値及び金利に取って代わっただけで、通貨の概念は変わってはいません。





メンテ
Re: 未来社会を考える < ヒットラーの予言 ( No.61 )
日時: 2015/07/02 10:59
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.yPezjw6

アッハッハ ヤフー時代から、私が考えている様な経済理論が確立出来ると、ノーベル賞を10個くらいまとめて頂けるものと言ってきました。

今回のレスの中で、一つだけ、言い訳けをしておきます。
人間は基本的に利己心の塊であり、これを容易にコントロール出来るとすることは大きな間違いであると思います。

私がマルクスを否定しているのは、マルクスが、これをやっているからです。
その証拠に、結局は民主主義を渇望するという理由でマルクス主義は行き詰まりました。

通貨の概念の転換と言いましても、人間のこの面を転換することはできません。
ただし通貨の概念をいう場合、他にも考えられる範疇はあると思います。

同じく、単純に文字通りのヘリマネをすると、人間精神の破綻を招くことも必死です。
それも人間の変えられない本質と思っています。

アインシュタインの転換についていわれていますが、アインシュタインと言えども宇宙、そのものを変えた訳ではありません。
通貨問題でも、人間の利己心というものに手を出す訳ではありません。
これから、話を進めようと思っていますが、なにせ、ノーベル賞10個分の問題です。
旨く説明出来る保証などありませんが、中央銀行による通貨管理システムの有り様、概念の中に、そのヒントがあるように思います。

天動説、地動説と言われましたが、通貨の管理については、通貨発行権が、必ずしも中央銀行に頼ってきた訳ではない歴史から。弄る要素もあるのではないかと思っています。
また古代は、通貨発行は領主の専権事項でしたが、これを再び国家に移すとしても、社会全体が封建主義であるのと民主主義であるのとは条件が違ってくるのではないでしょうか。

このような観点から話をしてみたいと思います。
その都度、問題点を指摘していただくように御願いします。

メンテ
Re: 未来社会を考える < ヒットラーの予言 ( No.62 )
日時: 2015/07/02 11:31
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.yPezjw6

レスの内容を読んでいまして、単純な意味の説明であったと思いますが、この問題の中にも私が考えている本質が含まれています。

>それは通貨の発行の仕方が問題なのではなく、生産様式と分配の構造の問題です。

通貨の発行の仕方云々はさておき

「生産様式と分配の構造の問題です」

これを、どのようにするかです。

今までは個人個人の労働の対価として分配されてきました。

その個人個人の労働が担保されない状況(失業)になると、どのような方式で分配が可能かということです。

もちろん失業者が労働者の1〜2割程度であれば、社会保障と言う形の救済策(分配)はできます。

今後の資本主義体制が、この範囲で継続するならば、新し経済のシステムなど考えなくても良いと思います。

通貨は人間の文化的生活にとっては、空気、水と同じように不可欠な存在です。

生産物の分配と言うよりも、通貨の分配をどうするか、と言う観点から考えた方が良いのではありませんか。

そこでヘリマネ論が出てきます。

ですが、何度も言っていますように、現金でばらまくことは、人間性の維持の為に絶対にしてはならない事と思います。

(追伸です)

分配方式の中に、金で分配するのではなく現物で分配すると言うことも考えられます。

自力で分配に預かれないものに国家が現物支給する。

これはアメリカのフードスタンプのようなものです。

余りにも非人間的であり、このようなシステムでは、やがて社会がひっくり返る事になると思います。

それも人間の本質でしょう。

(さらに追伸です)

現代の経済学では、このような領域の問題は考えようとはしません。

弱肉強食の理論を延長すれば、弱者は切り捨てれば済むことです。

そうして弱者が死に絶えても人間の社会がなくなる訳ではありません。

人間社会をサバイバルゲームと捉えているのです。

これならば、現行の資本主義のシステムを後生大事に守り、弱者のことなど形だけ、暴動が起きない程度の対応する意図とみれば、全ての事が納得できます。

連中は、地球の資源的理由から、これ以上の人口増加が、これで解決できるとでも踏んでいるのでしょうね。

メンテ
通貨管理制度 ( No.63 )
日時: 2015/07/02 14:01
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.yPezjw6

18世紀後半から始まった産業革命は、それまでと比べ物にならない多くの商品を生産して、売買の媒体たる通貨が大量に必要になりました。

それに伴い、別の国家間の貿易も盛んになり、通貨の価値の裏付けがさらに必要となってきました。
そこで登場したのが金本位制です。

金本位制の理念は古くからあったのですが、その目的は通貨を溜め込んだ富裕層の身分保証のようなものでした。
19世紀以降は、通貨の価値基準が異なっていては貿易の決済に支障が生じる為に金本位制が求められ、ヨーロッパ各国が次々と追随し、19世紀末には、金本位制は国際的に確立した。

ところが19世紀末から20世紀にかけて、更なる生産手段の発達と、流通、それに金融資本の台頭と共に、金本位制も維持できなくなってきました。

1929年、ニューヨークのウォール街で株式が大暴落したのをきっかけに、世界大恐慌が起こりました。経営がおかしくなった企業は、銀行に駆けつけて預金を引き出します。はじめのうちは要求に従っておとなしく銀行券を渡していた銀行も、苦しくなった企業が増えるにつれ、預金引出しを渋るようになりました。そうなると預金を引き出すのに銀行券をもらうのが不安になり「金で返せ」というようになります。しかし、それだけの金貨が銀行にはありませんでした。既にみてきたように、銀行は手持ち以上の銀行券を発行していたのです。ますます銀行券は信用されなくなり、兌換要求に応じられない銀行は倒産に追い込まれました。そうなると倒産した銀行に預金していた企業や融資を頼っていた企業も巻き添えになり、倒産してしまいます。このように倒産の嵐が吹き荒れ、失業者が街にあふれてしまったのです。こうして大恐慌が原因となり、主要各国の金本位制は崩壊しました。

その後は、本格的なグローバル化時代です。

この時代は、金本位制が崩れたことも相まって金融投機が盛んになりました。

価値の裏付けを失ったお金の価値は、為替市場で決められるようになりました。需要と供給のバランスによって決まる「お金の価値」は、投機的利益の道具となっていきます。

そして、金という「実質的な財」の制約から解放され、単なる数字となったマネーは、コンピューターの発達に乗って、利益を求め世界中を駆けめぐるようになります。

投機とは、将来の価格変動を予想して、現在の価格との差額を利得する目的で行われる商品や有価証券などの売買のことです。その基本は、安い時に買って高い時に売る。価格変動がなければ利益がでませんし、変動幅が大きければ大きいほど巨額の利益を獲得するチャンスとなります。

一般の生活者からみれば、お金の価値は変わらず安定していた方が良いのですが、投機家にとっては変動しないと困るわけです。そして、巨額な資金を持つ機関投機家は、為替市場を操作することができます。実体経済からかけ離れ巨大に膨れ上がった投機マネーは、1990年代後半に世界各国で金融危機を引き起こし、世界を新たな混乱に陥れていきました。

(全世界の国が一日に産出する商品・サービスの総額が約836億ドル。それに対して外国為替取引額は一日で1兆8800億ドル、デリバティブ取引をあわせると3兆1000億ドル。実体経済はマネー経済のわずか2.7%しかないことになります。)

通貨の成り立ちに伴って金利と言う概念は、当初からあったものですが、それを求る行為に際限がなくなったと言うことです。

ところで、通貨の流通を調整する為に、各国には通貨管理制度があります。

管理通貨制度とは、各国の政府や発券銀行が、経済を調整するために通貨の入出を管理する制度のことである。日本の場合は、日本の中央銀行である日本銀行が通貨を管理している。政府・中央銀行は自国通貨を無限に市場に供給できる。紙幣発行権は日銀が有し、政府は硬貨だけを発行するという制度は、政府の通貨乱発を防ぐためのものである。
中央銀行は通貨を保証しなければならず、通貨の価値を下げないようにする、つまり物価を安定させなければならない。インフレーション(物価上昇)、デフレーション(物価下落)のどちらの現象も回避するため、中央銀行は通貨供給量の動きを監視し、市場に出回る通貨量が適量になるように調整する。
管理通貨制度では、その国の政治・経済状況が貨幣の価値を決める。つまり、その国の「信用」によって、その国の貨幣の価値は安定したり不安定になる。

要するに、この通貨管理制度なるものが、本当の意味で機能しているか否かの検証をすることも大事でしょう。
まず、通貨管理の理念は、何によっているのでしょう。

目標として、その国の通貨の安定を言っていて、その文言自体は正しいでしょう。
ですが通貨管理制度で、実際に安定と思われていることが、本当の安定なのでしょうか。

経済の指標は既に実体経済を離れてしまっているのに、それを管理する理念が、もしかして旧態依然の経済論理に基づいていることも考えられますし。

逆に、現状の投機経済の金融のあり方に合わせてやっているとも考えられます。
現状の投機経済の金融に合わせてやっているならば、その事自体が誤りです。

現在の経済を検証するにおいて、どこの国でも金融マフィアの奴隷国家となっている様相が、それによって示されています。


メンテ
通貨管理制度 2 ( No.64 )
日時: 2015/07/02 17:10
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:.yPezjw6

前回は通貨管理の基本的な概要を言いましたが、実際の通貨管理は複雑なのです。
これを示すために、ひとつの文章を引用します。

http://d.hatena.ne.jp/nari0215/20100515/1273933954

国債を発行する限度額は?

最初に断っておきますが、ここでは数字を出して検証は致しません。おいらは、数字を調べるほどのことではないと思っていますので、調べたい人は独自に調べていただければと思います。

今回は「国債はどれだけ刷れるのか?」という事について考えたいと思います。これは大雑把に「お札をどれだけ発行してよいのか?」という事と大体同じと考えて良いと思います。

我々の使用している通貨は、何を基準に発行しているかというと、金本位制までは国家の金保有量に応じた通貨を発行してきました。(金本位制とは通貨の価値を保障するため、金を保有した量に見合った額の通貨しか発行できないというシステムです。いざとなったら、通貨を政府の保有する金と交換してくれるという保障があったわけです。)
現在は、金本位制ではないので、通貨の発行は自由に行えます。そして、その価値を支えているのは、金に変わり国家の信用力なのです。

金本位制は1971年のニクソンショックで終焉を迎えることになりますが、何故金本位制は終わってしまったのでしょうか?
その理由は、経済規模が大きくなれば、それに伴う使用通貨の額も大きくなります。市場で必要な通貨の量は、市場規模の拡大と共にどんどん大きくなりますが、金の採掘量は急激に増えたりはしません。発行する通貨を増やしたいけど、それを保障する金が無いという事になり、通貨は金との連動を断ち切っしまったのです。

順調に経済が成長するとすれば、これは当然の流れといえるでしょう。ただし、ここから先は通貨の保障が「金」から「信用」という曖昧なものになったわけですから、よりモラルというものが重要になってきます。
ここでモラルと言っても仕方が無いので、実際いくらまで通貨(もしくは国債)が発行できるのか?ということを考えなければいけません。ではその額はと言うと、一言でいえば、経済規模に相当した額といえます。すなわち、市場の決算や投資に使われる市場規模に相応した額といえるでしょう。

では、ここで本題ですが、今の日本の通貨発行量(もしくは国債の発行量)は、経済規模に対して妥当な水準かという事を考えなければいけません。
今の日本経済は非常に複雑で、簡単に預貯金の量とか、国の資産とか、国のGDPなどから判断できない状況にあります。国の債務が国内債務であることや、国民金融資産が過剰に積み上がっていることなど、他先進国と日本は圧倒的に状況が違います。
国民金融資産と同額までは良いなどという意見も聞きますが、それも妥当ではありません。国民金融資産以上に国の経済規模が大きければ、通貨や国債の発行は可能といえるでしょう。

普通に考えたら、日本の経済規模以上に借金をすることが、リスク(信用低下)という事になります。
では、経済規模は?

ここが凄く不透明な訳です。冒頭で数字を出さないといった理由はここにあります。
ここでGDPが云々言ってるようでは、実情を正確に判断しているとは言えません。まず、世の中に出回っている通貨がすべてではないという事を考えなければいけません。

今、世の中に出回っている通貨の量で実質的な経済は回っています。本来はこの程度の通貨発行で良わけです。しかし、実はそれ以上にお金が過剰に市場にストックされています。それが国民金融資産(預貯金)1400兆円というわけです。まず、このお金が市場に出ればインフレは一気に加速することを理解しておかなければいけません。なにせ、国家予算を90兆円として、15年分に相当する額ですから…。

しかし、現状では日本の国民性として、預貯金を引き出そうとしたりしないのです。だって日本国民のほとんどは、預貯金を引き出して投資信託や株やFXに投資したりしないですよね。そんなのは全体のごくわずかに過ぎないのです。逆にこれが功を奏して、行き場を失った預貯金が、国債を買い支えているという訳です。なので、本来の経済規模以上の預貯金と国債残高が積み上がるという極めて異常な事態となっている訳です。

では、デフレ脱却のために、適度なインフレが起こるまで国債を発行するという事は可能でしょうか?
今、言った通り、超破壊力のある爆弾がいつ爆発してもおかしくない状況で待ち受けているわけで、「信用」というたがが外れた途端いきなりハイパーインフレになったりする可能性が高いと思われます。…要は、インフレを飼いならすのは困難という事です。まず机上の理論には従わない可能性が高いでしょう。

さらに「信用」を破壊する要因があります。これこそが一番問題なのですが、それは金融デリバティブです。ここにはレバレッジ(信用取引)という投資手法があり、投資金額の数十倍の取引が出来るわけです。例えは100万円で1000万円とか1億円の取引が出来るというわけです。ファンドなども巨額のマネーにレバレッジをかけて運用しています。その取引額の総額はというと、もはや数京円規模なのです。(京は兆の10000倍です。)

また、投資にはカラ売り(ショートポジション)という手法もあり、日本国債の信用が低下すれば、市場規模を遥かに超える売り浴びせが、行なわれることだってあります。その額が数100兆規模に及ぶという事は、ごくごく普通に起こるかもしれません。
日本が財政危機で信用低下となった時、それが本来国民金融資産で相殺するはずだったとしても、レバレッジをかけた投機資金が、日本国債を売り浴びせにかかった時、日本国債の信用と共に国民金融資産も、あっという間に消えてなくなる可能性もあるわけです。(おいらのブログの今日の相場の一番下に、「昨日の記事の通り、来週もユーロを売り込みたいと思っています。」とあります。これが現実です。おいらの投資活動自体がすでに経済を混乱させている一要因なのです。)
とにかく今後は、国内に限定された理論よりも、リアルで国際的な感覚が必要になると思っています。日本だけで経済は動いていません。

最後になりますが、これらの信用リスクを回避するには、実の無い資産(預貯金や現金)を、実のある資産(貴金属地金や土地)に徐々に転換する必要があるのではないかと考えています。これを象徴するように金価格は上昇の一途をたどっています。
ちなみに、今日のお題に対するおいらの答えは(正確な答えではありませんが)、
どうせ財政出動などしても、現在の経済の大局を覆すことはできないと考えていますので、しっかり財政再建に打ち込むべきと思います。すなわち税収以上の国債を極力発行するな!という事です。
経済が発展すれば幸せな生活になるかというと、それだけでは無いと思います。都会の暮らしの便利さから、少しだけ自然の有難さを感じる生活にシフトすればいいだけのことではないでしょうか?

(引用終わり)

ここでいわれているように、実際の経済規模に準じて通貨の価値を担保しようと思えば、1400兆円くらいが関の山です。
それでも、それも単なる仮定であって、実際に担保出来る訳ではありません。
だから通貨の価値保証が「信用」と言う行為に変えられているのです。

現在の通貨管理の大原則は、ひとえにこの理屈に沿って行われていますが、上記の文章にも出てきましたが投機のための通貨の暗躍には全く意味がありません。

その投機の金融の動きを無視出来るかと言えば、為替相場などで一国の経済など吹っ飛ばしてしまう影響力があるのです。
企業等は、その相場に組み入れられて活動しているのですから、仕方がありません。

この問題を裏側からみれば、中央銀行がこだわっている通貨の発行限度の想定、そのものが、実際にはほとんど意味がないのです。
意味があるのは国内経済だけで、ハイパーインフレが抑えられていると言うだけです。

ですが、これも単なる想定であり、為替相場がどのように展開しても、それだけでハイパーインフレになると言うこともないのです。
それは、国内には必要な生活物資は十分にあり、北朝鮮ではないので、その商品の取り合いが起きるとは言えないのです。

まあ、輸入品の価格の変動には対応するでしょうが、余りにも高くなれば、国産に切り替えれば良いのです。
食料自給の事がいわれていますが、そうのような意味でもある程度の国内産業の保護は必要なのです。

ギリシャでも判る様に、グローバル化と言うものは、そのような自衛手段をも奪われて金融資本にひれ伏していると言うことです。
ついでに言いますと、クソ安倍が進めているTPPは、国を滅ぼすものなのです。

ですが原油に関するものは大変な事になるでしょうね。
現実の通貨管理には、既に大きな矛盾を含んでいるのです。

かと言いまして、そんなに簡単に代替案がある訳ではありませんが、これを絶対視することもないでしょう。

とりあえずは、新しい通貨の概念を一通り模索するための文章なので、ここは一旦打ち切ります。

後で検証したいと思いますが、満天下さんが言っておられる「金融鎖国政策」は、まさに、この矛盾に対応されたものです。

メンテ
通貨管理制度 3 ( No.65 )
日時: 2015/07/03 11:21
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:VhO0Ve4c

「続・当代世間騙し装置」スレッドでギリシャ問題を語る中で、通貨の問題について話が出たので、続きをここに移します。

まず、私が言っていますヘリマネと言うのは、実際に現金をばらまくものではありません。雇用の確保の為の資金を通貨の増刷をすればどうかと言うことであり、満天下さんも、以前にいわれていた様に対価があればヘリマネの規定には当たらないといわれていて、対インフレなどの懸念の検証には、別途の考察も出来る様です。

また基礎年金に当てるための資金、20兆円はヘリマネではありますが、その総量は限定されていて、しかも、それは基礎年金としてより発行しませんので、その用途によってインフレが起きる懸念は少ないと思います。

ですので、ロシア、ジンバブエで起きたような、ヘリマネ騒ぎではなく、ハイパーインフレに結びつけなくても良いかと思います。

通貨管理制度について

>何やら別稿では、何を言ってるのか、国民貯蓄の額で国債は担保されるものではなく、経済規模=GDPの範囲が国債発行の限度だとか、そう言いながら最後で発行額は税収が限度だとか、さっぱり理解できない矛盾記事の引用をされているようですが、何を言ってるのかよく分かりません。

上記の文章のたいしょうである引用文ですが、確かに通貨の発行限度の想定の根拠として、色々なものを上げています。
私は、それを、どれでもよかったのである、と言う様に捉えていました。

仮に、国民資産が通貨の信用の担保であるとしたら、ギリシャで起きているらしい、取り付け騒ぎに合点が行きません。
金融機関に預金をしている人にとって、それが国家の債務保証にもなっているとは夢にも思わないでしょう。

それなのに、理由が国家財政にあるにせよ、勝手に国家が背負った借金の担保に自分の預金を差し押さえられ、引き出せないなどと、泥棒にあったのと同じです。

金本位制が維持できなくなり、信用通貨に変わり通貨管理制度を作りはしましたが、結局は、その機能は本当の意味でのあるべき管理、国民のための管理は十分でないことになります。

その大きな理由に、何京円といわれる投機マネーの跋扈を許さざるを得ないことです。
満天下さんも指摘されているように、多くの国の中央銀行、そのものが投機マネーマフィアの影響下にあるのでは、それも道理です。

現在の通貨管理は、何を隠そう、投機マネーの活動を補完する為になされていて、国民のことなど二の次であるのです。

ギリシャで金融破綻に不安を持った国民が預金を引き出そうとするのを抑えているのも、その通貨管理のせいではありませんか。
現在の通貨管理の概念を潰すことこそ、金融界のアインシュタイン的転換ではないでしょうか。

実際は、アインシュタインほどの天才でなければできないほど、困難な問題でありますが。
メンテ
通貨管理 4 ( No.66 )
日時: 2015/07/03 11:40
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:VhO0Ve4c

現在までで、通貨管理制度に大鉈を振るうなら、

通貨管理のための中央銀行を、国家管理に戻すことでしょう。
もちろん、国家管理の弊害は、悪質な独裁者、またはドンキホーテのような政治家が出て、国内経済を無茶苦茶にすることです。

ですが、それは国民の手で、それを引きずり下ろすこともでき、当面の混乱は自己責任で賄ってもらう。
そんな事を何回も繰り返せば、そのうちに国民も、そんなバカを宰相には選ばなくなるでしょう。

世界中が金融マフィアに蹂躙され自国民ではニッチモサッチモ行かなくなるよりも、よほど被害は少ないでしょう。

まあ、まあ

これは宿題ですが。
メンテ
通貨とは ( No.67 )
日時: 2015/07/03 21:15
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:lCRIQS4Y

通貨管理制度のことはしばらく休憩しまして、次は庶民にとって通貨とは、どのように思われていたかの検証をします。

まずは復習です。

お金は、あらゆる品物に値段をつけることで、モノの価値をあらわします。

物々交換の時代には、例えばりんご3個とみかん8個を取りかえる…など、モノの価値があいまいで統一性がありませんでした。しかし、貨幣を使うことでモノの価値を同一の尺度ではかることが可能になり、1つ1つのモノの価値を明確に捉えられるようになりました。

このように、貨幣は、モノの価値をはかる基準として使われています。お金(値段)によって、モノの価値を比較したり、判断したりすることができます。これが、貨幣の「価値の尺度」としての役割です。


お金は、交換(決済)を行う時の支払手段として利用しています。

物々交換の時代には、お互いの品物が等価値でないと交換できませんでした。しかし、貨幣を使うことで、いつでも好きな品物と交換したり、決済したりできるようになりました。

お金は、貯蓄することで、将来に備えてお金の価値をたくわえることができます。

お金は、モノと違って腐ることはありません。貯めておけば、いつでも好きなときにモノと交換(購入)することができます。たくさん貯めておけば、高価なモノと交換(購入)することもできます。

ここまでは、通貨は物々交換のための手段であり、生活に必要な物資を入手するための手段でした。
逆に言えば、物々と同じような経済活動によって通貨を手に入れていたと言うことです。

ところが実際は、早くから労働の対価として通貨を入手し、それで必要な商品を手に入れられると言う図式が完成しました。
これは画期的な事であり、人々の生活において必要な物資を入手することが簡単に出来る様になりました。

その代わりと言いますか、労働の対価として必要なお金を受け取ることの、その基準が労働価値説として浮かび上がり、商品の価格は労働の量により決められるとう概念が発達しました。

従来の物々交換における交換比率とは別の基準です。
これは、そのごマルクスによって特異な形で突き詰められています。

どちらにせよ、労働価値説の概念は、資本主義のシステムにおいて効果的な存在であり、流通経済は飛躍的に展開して行きました。

人々にとっては、働けば通貨が得られると言う簡単、明白な図式となりました。
無論、当時から不動産所得や不労所得もありましたが、労働=通貨と言うことが、人々にとって水や空気の様に無意識の存在になりました。

第二次産業、第三次産業の隆盛と共に、通貨の存在が生きる事の、前提であり最初にあるべきものでした。
最近、経済学を語る人に需要が先か供給が先かと言う言い方で、需要を喚起すれば供給が必要となり、労働が発生し通貨が流通すると言う事を言う人がいます。

実際に需要と供給が交互に左右している条件では、それは成り立っても、現実として貧困に喘ぎ、通貨を持たない人には、そんな理論など当てはまりません。

人々にとって通貨とは、そういう存在であり、経済学上の理論で説明されても意味がないことがあります。
もちろん、どの時代でも経済が殆どの人々を縫合して進展していた訳ではありません。

経済的に困窮する人々、一時的にもせよ、生きるための物資を購入する通貨を持ってない人に対する救済は社会福祉で賄い、経済の理論は、理論として成り立っていました。

ですが、これは飽くまでも救済であり、資本主義体制としては落ちこぼれ、体制外の人間でしかありません。
問題は、このような人々の数が人口の1/4、1/3に増えてくると救済はできなくなります。


古代社会と違い、現代の人々は通貨が手に入らなければ 自分の所有する物、または採集してきた物→必要な物、または通貨と交換=いわゆる自給自足
と言うことはできなくなているのです。

現代社会の仕組みでは、働く場所がない→通貨が手に入らない→物資が買えない→生きてはいけない。
の一直線なのです。

この様な人々に取って通貨管理の内容など関係ないのです。
経済の理論を何日聞かせても、関係はないのです。
単に、すぐに通貨が欲しいだけです。

そのような通貨の有り様を、経済学では考慮することはなく、ひたすら通貨の流通(金融)の図式を整えることばかり執着しています。

共生社会を考えるなら、共に生きていける事を是とするならば、通貨の供給が行き渡るような施策があって良いものでしょう。

現代経済学の対策は、

毛細血管が壊死しているのに、輸血をしたり、心臓マッサージをして患者が生き返るとでも思って施術をしているようなものです。

そのうちに手足を切って胴体だけで生きていこうとするような事をやり始めるでしょう。

ひとびとが通貨に抱く概念と通貨管理をしてる専門家の概念は、このように違っているのです。
まあ、経済の専門家といわれている連中は、明日の食事もできないような困窮に落ちいったことがないので、金は天下の回りもの、の様に考えているのでしょう。


メンテ
通貨の概念 2 ( No.68 )
日時: 2015/07/03 22:28
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:lCRIQS4Y

前のレスで言いましたのは、通貨とは人々にとり生きていくための手段であり、労働によって得られるものである。
もはや物々交換の媒体などと言う概念はないでしょう。

また通貨を多く取得する事、蓄える事によって、より大きな欲望を得られるとし、通貨を貯める事に執着してやまない。
自分の利己心を実現する手段でもある。

通貨獲得への執着心は、時には人間性を破壊する程のものであり、通貨は人間性の醜い面を引き出す事になることも多い。

別の面、通貨の存在は人間の利己心を満足させるものであり、あくなき通貨獲得競争がある一方、通貨の入手に成功しなかった人間は、利己心を制御することを余儀なくされ、通貨がない故に、自分の納得させてきた。

通貨の多寡は人間精神をコントロールする結果となってきた。
仮に、ヘイマネ政策を実行し、通貨が誰にも必要なだけ分け与えられとなると、人間の欲望追求の利己心は全く開放される事になるのか。

丁度、民主主義における個人の権利、自由を認める風潮が、必ずしも、望むべき方向に展開してない時に、この上、通貨の分配で際限のない通貨の所持がみんなに与えられた場合、民主主義はどのように展開し始めるか、末恐ろしい。

これを考えると、ヘリマネ、ベーシック・インカムの施策が絶対にやってはならない施策である。


ここに再び「創世記」の話を思い出しましょう。


>『創世記』の記述によればエデンの園は「東の方」にあり、アダムとエバは、エデンの園を耕させ、守らせるために、神によって、そこに置かれ、そして、食用果実の木が、園の中央には生命の樹と知恵の樹が植えられた。


アダムとエバは、神のい付けでエデンの園を耕させられていたのです。
そえがあるとき神の言いつけに背き、禁断の身を食べた為に人間社会がスタートしたと言う物語に、既に人間の宿命が語られています。

人間は労働することによって平静が保っておられるのです。
労働を怠けようとしたり、ズルを決め込む人間に平穏はないのです。

労働なしに生きる対価(通貨)を求ることは、神との契約違反であり、エデンの園も追放されるのです。
現代社会において労働なしに通貨を配分すると言うことは、既に人間社会をも、追放されるに等しい暴挙なのです。

人間個人個人にいて「通貨」とは、どのようなものであるかの検証を終わります。
結論的な言い方はしてませんが、そんなことなどできなくて、概念として把握していただけば良いかと思います。
メンテ

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