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[2296] 日本の安全保障について<安保法制反対運動に関連して
日時: 2015/07/22 15:45
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:/8d/infI

欧州3国の安全保障政策、国防の方針

1 英国

英国は、冷戦終結以降、自国に対する直接の軍事的脅威は存在しないとの認識のもと、国際テロや大量破壊兵器の拡散などの新たな脅威に対処するため、特に海外展開能力の強化や即応性の向上を主眼とした国防改革を進めてきた。
10(同22)年5月に発足したキャメロン政権は、特にアフガニスタンにおける作戦の長期化による軍の疲弊や、財政状況の悪化にともなう国防費削減圧力1の高まりの中で、新設した「国家安全保障会議」(NSC:National Security Council)2のもと、同年10月に、「国家安全保障戦略」(NSS:National Security Strategy)および「戦略防衛・安全保障見直し」(SDSR:Strategic Defence and Security Review)を発表した3。
NSSでは、今後5年から20年の間に具現化する可能性のあるリスクをその蓋然性と影響度の観点から網羅的に評価した上で、国際テロ、サイバー空間に対する攻撃、大事故や自然災害、国際的軍事危機の4つを最も優先的に対応すべきリスクとして設定した4。そしてSDSRでは、国防費削減圧力による兵力や主要装備の削減、調達計画の見直しを進める一方で、サイバー空間に対する攻撃やテロといった新たな脅威への優先的資源配分などによって、専門的かつ柔軟で近代的な戦力への転換を目指している5。
12(同24)年7月には、陸軍改編計画「Army 2020」を発表した。ここでは、アフガニスタンにおける戦闘任務の終了を見据えて現役と予備役部隊の統合を進め、予備役部隊にも国外任務、国連ミッション、長期の安定化作戦などの広範な任務を負わせるとされている。本計画は、現役の人員を削減する一方で、予備役の人員、役割を拡大する取組であり、今後の進展が注目される。

2 ドイツ

ドイツは、冷戦終結以降、兵力の大幅な削減を進める一方で、国外への連邦軍派遣を徐々に拡大するとともに、NATOやEU、国連などの多国間機構の枠組において紛争予防や危機管理を含む多様な任務を遂行する能力の向上を主眼とした国防改革を進めてきた6。
11(同23)年に8年ぶりに策定された「国防政策の指針」(VPR:Verteidigungspolitischen Richtlinien)では、従来の軍事手段によるドイツに対する直接的な脅威が発生する可能性は依然として低く、リスクと脅威は、破綻国家、国際テロリズム、自然災害、サイバー攻撃、大量破壊兵器の拡散などから生じるとした。そして、危機および紛争の予防・封じ込めに積極的に参加する姿勢を示し、政府横断的な方策を講じるとともに、NATOおよびEUの枠組における軍の協力、標準化、相互運用性の推進が不可欠であるとしている。
11(同23)年4月に成立した改正軍事法では、徴兵制の運用停止や、総兵力の25万人から18万5,000人への削減が定められた一方、展開可能兵力を増やし、最大1万人の兵士を持続的に展開することができる体制を目標にしている。

3 フランス

フランスは、冷戦終結以降、防衛政策における自立性の維持を重視しつつ、欧州の防衛体制および能力の強化を主導してきた。軍事力の整備については、人員の削減や基地の整理統合を進めながら、防護能力の強化などの運用所要に応えるとともに、情報機能の強化7と将来に備えた装備の近代化を進めている。
13(同25)年4月に5年ぶりに発表した「国防白書」においては、前回に引き続き、<1>情報、<2>核抑止、<3>防護、<4>予防、<5>展開8を国家安全保障戦略の5本柱とし、これらの機能を組み合わせながら、今後15年間の戦略環境の変化に対応していくとしている。対外関係に関しては、NATOを集団防衛、欧米の連携、軍事行動の共通枠組みと位置づけ、他方、EUについては、防衛能力構築における自らの主導的役割を明記した。また、財政面での制約を背景に、これまでの削減策に加え、19(同31)年までに2万4000人の人員削減、多国間協力によるコスト削減などを進めるとしている。

(引用終わり)

多くの国はかつて自国の権益、主義主張による侵略戦争は、ほとんど起きないと言う事を想定している。
だが、それに変わる紛争は、世界のアチコチで起きている。
紛争、武力衝突と言うものが、人間社会からなくなる想定など誰もしていない。

一方で、紛争の仕方も多様になり、武力に変わるサイバー攻撃もあり、テロと言う形で相手国に潜り込むと言うやり方もある。
武器も遠隔操縦にものであったり、細菌兵器など、従来の方法では防げない手段がある。
自国の安全保障とは、このように国境に軍隊を配置しているだけでは出来ない状況である。
まず、これをしっかりと念頭においておかねばならない。

最近、我が国の安全保障関係の問題でも、個別自衛権と集団的自衛権が言われ、喧々諤々の議論をしているようであるが、その内容は、どう言う場合は集団的自衛権になるか、自衛隊を派遣出来るケースは何か、などと意味のない不毛の論争に終始している。
大体において、武力を行使しなければならないような事態、全てを事前に想定できるものではない。
極、狭い範囲での問題を、いかにも我が国の安全保障のように言っていること自体、無責任極まる。

現代社会において、個別的自衛権だけでは不十分であり、集団的自衛権も考慮に入れなくてはならないのは当たり前である。
だが、我が国には憲法第9条があり、個別的自衛権までは、何とか認められるとしても集団的自衛権は明らかに認められない。

政治家は、我が国の安全保障を確立するためには、もはや従来の憲法では不十分になってしまっていることを国民に理解させ、憲法を改正することが、ます初めにあるべきではないか。
それを、アメリカなどとの付き合いを理由にしようとするから問題であるのだ。

ただし、国民もいけない。
武力行使が必要か、必要でないかを考える時、自衛隊員の生命的損失を第一優先とする。
そんなことが通るものではない。
それならば、初めから自衛隊など持たず、ガンジーのような無抵抗主義に徹すれば良い。
ただ、ガンジーは個人としてやったものの、一民族がそれをやった例はない。
そんな臆病な民族はない。
もちろん日本もいざとなれば、例え死傷者が続出しても立ち上がり戦うものが出るだろう。

そんな事実も、頭の中で押し殺し、ただただ武力はいけない、犠牲はいけない、と言うのは、もはや責任ある社会人のものではない。
そんなものが国民全体の意思であるなら、私は国を逃げ出そう。

国家としての安全保障である限り、自衛隊員の犠牲は想定しておかねばならない。
過去、我が国は旧社会党のような非武装中立などと言うおめでたい主張があったように、まず、国家の安全保障とは、どのようなものかを、まともに考えたことはない。

武力保持と言えば、すぐに戦前の軍隊の有り様を意識するなど、全くの時代錯誤も甚だしい。
それで戦後70年、経った現代社会に対応出来るはずはない。

そういう国民の優柔不断、臆病心、身勝手さが、今日の混沌を招いている。
安倍自民党の動き方は、純粋な安全保障を考えたものではなく、肯定するものでは決してないが、この問題を何時までも自民党レベルに任せておいて良いのか。

なぜ、堂々と我が国の安全保障問題を提起しない。
10年かかって議論し、憲法も改正して進めればよいことであり、そうしなければならない。




メンテ

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Re: 日本の安全保障について<安保法制反対運動に関連して ( No.4 )
日時: 2015/07/22 19:37
名前: 満天下有人 ID:yVCe.YDg

北斗モシリさん、初めまして。

天橋立さんは、私が提起した問題意識を一つに纏めて、多様な各位の意見が見れるように、このスレッドを立てられたものと思います。

そこで、言いだしッペの私として、最初の投稿者である北斗さんのご意見、<国家は人一人の命に対して冷酷無惨に処することがある、ことを前提にして自衛隊員のなかには犬死したくないと考える人が多いのでは、と>・・・・について貴兄のご意見を知りたいのですが。

つまり、犬死したくないとの隊員の気持ち、言い換えますと、わが国にとって大義ある戦いなら、自衛隊も海外であろうが、どこであろうが、正義ある戦闘を実行するにやぶさかではない。

そのような解釈でよろしいのでしょうか。そしてこの場合、国家が一人の命を粗末にしない、大義ある行為とは、要するに、自衛権はある、そこを憲法で明確にせよとの意見でもあると、そのように解釈してよろしいでしょうか。

今日から政府は突然に、東シナ海における日中境界線上で、中国が原油掘削の基地を多くさん設置し始めたと、各局が一斉に報じております。何だか安保法案で説明されていた隣の庭の火事論=隣国脅威論が一気に噴き出した誘導匂いも強いのですが、そこら辺のことに気を立てるのは、、自衛隊員の犬死に繋がると思はれますか。
メンテ
日本人とは ( No.5 )
日時: 2015/07/23 01:54
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:MdD6Zd6.

安全保障を考る前に、現代社会の風潮を見えみまましょう。

デモでもネットのコメントでも、安保法案の事を戦争法案として反対活動をしているのが大勢です。

既に可笑しいですね。
その戦争と言う言葉にも、敵の殺戮を言う面ではなく自衛隊員の安否を問うものばかりです。

安全保障と言うものの本質を初めから見ようとしていません。
また、その安全保障の問題もアメリカとの関係だけで話しています。

我が国は、安全保障の問題に限らず、ことがあれば、何事もアメリカのせいにして考えます。
もちろん憲法改正もアメリカが作ったとか何とか言います。

勝手なもので、安全保障の問題でアメリカを非難するものの多くは、憲法改正となると、そのアメリカが作った憲法を頑なに守ろうとします。

経済問題でも、私もそうですが、普通はアメリカを中心とする金融マフィアの存在を上げて非難を繰り返しています。
アメリカと言う言葉を使っていますが、実際は、ロックフェラーとかロスチャイルドとかいうユダヤ資本の暗躍を指しているのです。

ならば、それはアメリカではなく、世界に共通した資本主義システムそのものです。
そうして資本主義のシステムと言うならば、我が国も、そのものなのです。
アメリカを名指しで非難する前に、日本のそれを非難するべきでしょう。

ここでも日本人は、自分自身を省みることなく他人のせいにして済ませようとします。
いつからか、なぜか日本人はこのように優柔不断、自らは責任を取ろうとしない身勝手な民族になってしまっています。

これでは安全保障の問題など、まともに話せる条件すら整ってはいないかと思います。
このような国民性になったのは戦後の事と思います。

好かれ、悪かれ戦前は、そうではありませんでした。
江戸時代でも、黒船の来航に決して恐れをなしていた訳ではありません。

幕末に欧米人を切り殺した侍も出ています。
日本人のこうした気概があったらでこそ、日本はシナのようにはならなかったのです。
鎌倉時代など、蒙古の要求し屈することはなく、使者を切り殺したくらいです。
蒙古がどんなものか、高句麗との往来を通して知っていたはずです。

蛮勇が良いとは思いませんが、現代日本人は、どうして、このようになったのでしょう。
まあ、根源的なものにこだわっていると、話が進まないので、この件はここまでとして、その延長で話をしましょう。


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責任を天皇に全部預けて、オラ知らん…と言える体制を造り上げたからですよ。天皇は不本意だった訳です。 ( No.6 )
日時: 2015/07/23 02:40
名前: 青トマト ID:ISAMzomI メールを送信する

錦の御幡には国民は文句を言えません。

不忠者、逆賊、非国民とレッテルを貼られる訳ですから。

今の円札のようなものです。

レッテル張りをして、気に入らない者を逮捕したり殺したりしてきたわけです、

カルト国家のなれの果てです。
メンテ
安保法案の何に反対し、では何をどうしようとしているのか。 ( No.7 )
日時: 2015/07/23 06:45
名前: 満天下有人 ID:gvj4F4YI

私も今回のシンゾー一派による安保関連法改正案については、勿論反対です。

平和安全保障法制整備法案として、現行関係法10本を一括改正するとする中身が、法案名「平和と安全保障」の、わが国にとっての一般概念から乖離してしまって、単に、米軍支援法となってしまっている事に猛反対する者です。

その意図が最大限に現れているのが、自衛隊法改正における、米軍への武器防護、米軍への弾薬提供、そして邦人救出に際しての米軍への支援などを可能にする改正条項を自衛隊法に盛り込むことが主たる目的になっているからです。

途中から内閣は、これではまずいと思ったか、特に米軍に限らない文言も挿入し始めた。動機が、わが国の「平和と安全保障」においていない、主たる目的が日米同盟における米国軍事負担の肩代わりを行うような内容になっている。

このようなことは過去ウン十年に亘って、米国へは遠慮しつつ、(アメリカによる押し付け)憲法違反になるから、戦争は出来ないとして来て、所が現実には憲法を既に超える自衛隊法や国連維持活動協力法(PKO法)、周辺事態法、武力攻撃事態対処法によって、憲法を既に超えてしまっている。

過去ずっと、一生懸命になって憲法との整合性を取ることに腐心してきた矛盾だらけの、世界に例を見ないこの国の安全保障に関するややこしいやり方を、今回の大きくなった国民反対の動意をチャンスとして、すっきり出来ないものか、それが問題提起の趣意です。
憲法ではっきりモノ言えなかった国家安全保障についても、自衛隊法では既に第3条で、「自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し、わが国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ公共の秩序の維持に当たるものとする」と、ちゃんと法文化されてしまっているのに、憲法では自衛権はあるが、武器の使用は出来ないとか、テンデバラバラになっている。

自衛隊員が、犬死なら嫌だ、戦闘反対だと言うなれば、では自衛隊は軍隊では無いと思って就職したのか、現実に世界最高水準に匹敵する武器で、日夜訓練を受けているのに、明らかにプロの戦闘員として入隊した以上は、生命危険の選択肢など最初からあり得ない。このような死に方は嫌だ、あのような死に方なら良い、などと生命の選択など最初から出来ないのである。こういう所にも、防衛に対するチグハグさが見える。

だから軍隊としての根本的な大義は、どこにあるのか、それを支えるのが一国の自衛概念であり、それは既に自衛隊法第3条で明示されていることだが、そこを国民一般がこの際、国家存続のための国防として、その概念を明確にしてくれと、安保関連法案反対運動と同時に、そのような機運が盛り上がって欲しいと思う次第。

ただ9条がそうだから反対だ、それだけではこの国に生存している安全の保障には何もならない。

自衛隊法第3条を憲法9条にも明示してしまえば良い。あるいは、法律が憲法を越えてしまっている、これまた世界に例を見ない不思議な国、そして政治が憲法を越えるとの統治行為論で、憲法判断を避ける最高裁があるなら、逆に憲法など廃止してしまえば良い。
反対にせよ、賛成にせよ、どちらの論でも現行法に照らして観れば、矛盾だらけなのである(笑)。

もう戦後70年も経ったのだから、そこをすっきりさせろ、すっきりさせる根本概念の構築は出て来ないものか、何時までもあなた任せにするから、シンゾー一派のような政権が生まれてくるのではないか。
メンテ
Re: 日本の安全保障について<安保法制反対運動に関連して ( No.8 )
日時: 2015/07/23 10:01
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:NVx8tbZM

そうですね、

もともと矛盾しているものを、さらにツギハギだらけにしています。

国民もそうでうが、小沢が言っている国連中心主義などを、後生立派な理念だと賞賛する気持ちが強く、国会での野党の議論も海外派兵が安保理の承認したものか、否かを基準にしようとしています。

これすら可笑しいと言うことが解りません。
この理屈は単に、憲法9条の解釈を変えるための口実に過ぎないのですが、我が国のインテリと言われている人間は、筋が通った考えと評価しています。

冒頭に上げた3国の安全保障政策にも、国連とか、EUとか自国のみではなく他国と連携する事を重視しています。
それが集団的安全保障なのですが、それは、その連携が自国の政策にあった場合、行うと言う意味であり、また自国の安全保障の為に他国に連携を求めるというものです。

どの国が、自国の安全保障の為に他国の政策、方針を見習おうとしていますか。
全く馬鹿げた考えが、この国の考えで、国民もそれを容認しています。

ここでも、はっきりと他力本願の姿勢が見て取れます。
お釈迦様でも草木も含む他者を大切にせよと、説いていますが、他者に頼れと言っている訳ではありません。
青トマトさんは、天皇のせいと言われていますが、まあ、天皇と言っても良いでしょうが、実態は日本は2000年に渡り、ある意味では安定政権が続いていて、自国の防衛など考えたことはなかったからでしょうか。

最も、それは国民サイドの話でして、国家としては江戸幕府も明治政府も一応は対応してたと思いますが、あくまでも独裁政権、国民には自分の事として身近には感じなかったのでしょう。

それが敗戦で一挙に頭の重しが取れてしまい、右往左往している状態なのではないでしょうか。
この2000年の眠りを覚ますためには、国民自身(自民党)が選択し何十万人の犠牲をだす戦争でも体験しないとならないのでしょうね。

そこで始めて、国防というものが解るのでしょう。

まあ、とりあえず、
まずは集団的安全保障と自衛権の概念から見直す必要があるでしょう。
メンテ
理詰めでは理解できない日本民族 ( No.9 )
日時: 2015/07/23 12:59
名前: 満天下有人 ID:gvj4F4YI

<国民が自衛隊を縛れば縛るほど敵国は有利になる、自衛隊は自滅する、自国の防衛を放棄することになる。今のところ、中国も北朝鮮も、流石に日本の民意が理解できす、それが抑止力になっているのだろう(理解できない民族だと)>

あっはっは、これは傑作です。日本人独特の思考無き思考に、連中は目をパチクリ(笑)。

相手も何をどうして良いやら、手をあぐねる。だが調子に乗って出ると、突然日の丸鉢巻締めてバンザイ突撃を仕掛けてくるから、怖くて真意を測りかねる。

これ最高の抑止力であります(爆笑)。だから法文矛盾などあってもなくても関係ない。理屈では無くバンザイ突撃を仕掛ける事もあり得るから、尚更のこと、理詰めではとてもじゃないが相手に出来ない。
メンテ
う〜ん、理詰めでは解剖?は出来ないのでは。欧州の宗教改革・新教誕生も十字軍も理詰めでは解明出来ないのでは? ( No.10 )
日時: 2015/07/23 15:25
名前: 青トマト ID:1mBy644s メールを送信する

十字軍も宗教改革も、それらしい理由付けとか合理的解釈とかは、それを求める努力はされてきてはいますが、納得できるような説明には、お目にかかった事は御座いません。

宗教的には兄弟であるイスラム圏へ、異教徒に聖地を占領されたからと、屁理屈を掲げて進撃することは、
野蛮人の行いでしかありません。

この際の宗教的情熱は、逸脱したインチキでしかないわけです。

要するに、本体は欲!!ですよ。野蛮人の欲なんだ。

ルターやカルビンの宗教改革だって、カトリック教会の矛盾が噴出した結果であって、信者の現実生活の欲求をカトリック教会が納得させ切れなくなったことによるもので、

カルビンの思想なんかは、申し訳ないが、都合のよい屁理屈に私には思えますね。

ルターやカルビンは尖鋭であるように見えますが、実は現実生活からのカトリック教会への反抗であるわけで、理屈は彼らの行動、つまりは彼ら二人や従った信者達の行動を説明しきれません。

英国の暴君のホマレ?高いヘンリー8なんかは典型的人物ですね。

そもそも、カトリック教会なるものが、キリストの弟子達の一部が造り上げたものであるに過ぎないと言えるわけで、それにより、帝国崩壊と同じ運命を辿る事は避けがたいわけで、弟子達のこの教会は早くからギリシャ正教とカトリックに分裂したわけで、

激動の底流れに解り辛い事を知りつつ、激流に身を任せるのが処仕方としては天竜下りやカヌーのような楽しみ方?を体験できるかもしれませんよ。
メンテ
キリスト教は矛盾している! ( No.11 )
日時: 2015/07/24 00:45
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:mvOfxW..

青トマトさんは歴史にお詳しく話しやすいですね。

ですが、あなたの特徴で話が随分と飛んで語られます。

ロムされている方のためにも、少し整理してみます。

キリスト教は世界で一番信仰されていて、先進国の信仰の印の様なものです。
私も以前は、素晴らしい宗教と思っていました。

ですが、キリスト教を調べてみますと、イスラム教と同じ一神教。
その特徴は、信者と神が対面で付き合うものであり、イスラムは何事につけてもアラーの教えが大切です。

キリスト教は聖書で同じようにキリストの生き様を示し、信仰する人間は、これに見習うべしと説きます。
宗教らしく博愛精神はイスラム教もキリスト教も仏教もあるので、それには強いて言及しません。

中世の西欧は、このキリストの生き様を見習うことにきつく縛られ、人間性が抑圧されていた時代でした。
ユネッサンののころを境に、宗教改革が起こり、キリスト教を信仰しても人間らしいものも肯定する機運が高まりました。

そこまでは良いと思います。
人間らしいと言うことは、個人の欲を認めると言うことです。
そうなれば、とりわけ経済的な欲望への希求が高まり、ユダヤ教以来続いていた商売心を制限することがなくなりました。
これに飛びついたのがユダヤの人々で、おりから起きたピューリタン革命に便乗し、アングロサクソン流という流れを作って行きました。

信仰としてのキリスト教はそんなに変わらないのですが、以来、キリストの直接の戒め以外は許されるという風潮が強まりました。
宗教としてのキリスト教も、かつて十字軍を起こすなど布教の為には残虐性も発揮していました。
中世では、流石に、そういう強引な布教はなくなったものの、今度は聖書を片手に未開の地に、宣教師が乗り込み、そのあとで軍隊が出動し植民地とすることが平気で行われていました。

ここで完全にキリスト教は矛盾しているのです。
十字軍の頃よりも悪質な侵略行為をしています。

こいうことが起きるのは、キリスト教の聖書には、植民地化と言う戒めが書いてないのです。
もちろん、聖書に矛盾していると言う思いはあったでしょう。

そこがまた、キリスト教の矛盾と言いますか、勝手な理屈が準備されているんです。
キリスト教は神と個人の関係であり、個人が深く悔い改めると神から許されることになっています。
要するに懺悔の儀式です。

仏教にも「善人なをもて、いわんや悪人をや」と言うように悪人の救済も言いますが、それは現世で許すいみではありません。
個人的な悪行で懺悔をするのはまだしも、これを拡大解釈して、懺悔することもなく、巧妙に悪事を働く強欲な人間が増えてきました。

欧米社会では、慈善事業や寄付行為が盛んに行われますが、そういう輩は大抵がアコギな事をして財を蓄えた連中です。
奴らは、これで何をやっても、許されると思っているのですから、始末に負えません。

現代の社会は経済的なグローバル化の影響で、多くの人が困窮しています。
ユダヤを中心とする巨大金融資本は、この動きをトコトン追求してきます。
弱者に容赦する気持ちなど持ち合わせていないのです。

仏教的な観念ではあくどい商売はやめようと、いうことになるのですが、キリスト教世界では、そんなことは考えません。



>欧州の宗教改革・新教誕生も十字軍も理詰めでは解明出来ないのでは?

この言葉で青トマトさんは、こんな事を考えておられるようです。

まこと、安易なキリスト教の概念では、キリスト教社会が完全に矛盾していることが解りません。
でも、奴らは、どうして優柔不断には、ならないのでしょう。

それは、欲が深いからです。
どちらが良いか悪いかではなく

日本人も、もう少し欲ぶかくなったらいかがでしょう。

でもね!

やはり、私は謙虚な仏教徒である方を選びたいですね。

あやりゃ、

何の話か解らなくなりましたが、多分、キリスト教の悪口が言いたかったのでしょう。
メンテ
キリスト教の矛盾は、発生に由来してますよ。 ( No.12 )
日時: 2015/07/24 01:35
名前: 青トマト ID:ldaNWPIE メールを送信する

どうも、ご指摘を受けると、無視しては不親切と思える事もありまして。

全てに反応は致しませんが、経済、政治の全てに反応する訳ではありませんが、
このテーマについては、こういうことだと思います。

カトリックいやギリシャ正教も含めての元の教団が発生したのは、ユダヤ王国が無くなった後のことでして、
そもそも、キリストの活動対象であるユダヤ王国とキリストが居なくなってからの原始キリスト教団との活動対象が違うわけで、

信者つまりは住民の受け入れの背景としての心の在り方が違うわけで、

東と西への分裂も宗教改革もこれを背景とする当然の出来事であるわけです。

これは、宗教信仰の社会学的考察として冷厳に分析して認識すべき対象であるべきです。

西欧人も我々も、教義を基にして考えるから分からなくなるのです。

これは、天皇と制度上の天皇制についても同様です。

混乱して無茶苦茶な…感情論の坩堝にまで至るわけで、お手上げにまでなってしまっては無意味となります。

欧州人がキリストのユダヤ王国への活動を受け入れる事が無理があるのですよ。

ローマつまりイタリアは、貴方の御指摘のようにユダヤと血縁的には深い関係にあると考えられるので、ユダヤ王国の滅亡は血縁者による不幸な崩壊を招いたというわけで、預言者達の指摘やキリストの忠告の通りであった訳で、ローマまでは無理とは言いかねる訳で、事実、ラテンの国々ではカトリックの勢力範囲であるわけです。

イスラムは、ユダヤ王国の崩壊後のローマ帝国の崩壊過程からの中東の混乱を収める精神的命題を担ったものであるわけで、その分グローバルであり、より世界に広く受け入れ易い内容を備えています。

ユダヤ教徒にせよキリスト教徒にせよ、真実の信仰を追求して生きる人達は、他者・異教徒を排斥することはあり得ないし、そのような人は居ないのです。

排斥は、個体の欲心が本体であって教義を理由付けにしているだけの事で、精神病理として分析すべき命題です。

我が国の天皇と体制制度の天皇制についても全く同様であり、教義と個人や勢力の個別的利害との利用関係詰まりは逸脱とそれのように当然の破綻崩壊の現象として理解すべきと考えております。

如何で御座いましょうか?

まだ、不備な応えにすぎないとは思いますが。
メンテ
仏教と東洋民主主義はいかがですか! ( No.13 )
日時: 2015/07/24 02:44
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:mvOfxW..

青トマトさんが目指されているキリスト教の考察と私のは少し方向が違うようです。

私のは、ただ一途に、今日は空気のように当たり前に世界中が受け入れている、西欧民主主義と資本主義に一矢を報いたいだけです。

いわば東洋民民主主義なるようなものは考えられないかと。

その一点でキリスト教の粗探しをしています。

そう言えば、明治の昔、内村鑑三が似たような事を試みたようです。

武士道とキリスト教精神を融合させようとしたらしいです。

詳しくは知りませんが、頓珍漢なものになった様ですね。

堅苦しい、このスレッドの内容でなくて、いわば息抜き投稿となりました。

興味のある方は楽しんでいただけたかと思いますが、そろそろ本題もやりたいと思います。


メンテ

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