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[2378] 人生論<現代に生きるとは
日時: 2016/02/27 08:01
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:feTh8YOA

現代社会は物質的に豊かになり、あらゆる情報が飛び交い、メディアによってほとんどの人の知るところとなっています。
民主主義の発想と相まって、人々は自分自身のの生き方を考えます。
そういう余裕があるのです。

物事の事象、生命の神秘も科学的に解明され、因果関係などは誰もが知っています。

インターネットの発達により、我々はあらゆる知識を瞬時にして取り込めます。
学者が何年もかかってまとめた知識も、30分もあれば自分のものにできます。
気儘勝手に過ごしている大衆も、時代が時代なら偉大な哲人、科学者、宗教家なのです。

言葉でこそ現せないが、先人が主張してきた様なことは、無意識のうちに体現しているのです。
宗教心についても同じです。

逆に言えば、現代の社会に生きる人々には、人生の指標がないのです。
民主主義は良いとしても、引き換えに人々は自分の人生を自分で切り開くしかないのです。
問題は、70億と言う人口、日本で言えば1億の人々が、皆、自分の人生を自主的に確立できるのでしょうか。

一般的に無気力、怠惰と言う現代人の性癖は、彼ら自身の内面的な葛藤の結果であり、それ以上のものを全ての人に自主的に求めることはできないのではないか。
このままで人類は幸せであるのか。

それを問い直して見ることも必要ではないか。
昔の人生論と対照するに留まらず、新しい可能性を探りたいものであれる。


(人生 その1)

私の住んでいるところは京都北部の田舎町です。
時折、京阪神へ車で行くのですが、途中の内陸部の過疎地域(と言っても私が住んでいる町とそんなに変わらないのですが)と通るとき、ポツン、ポツンとある家に洗濯物が干してある光景が見えます。

こんなところにも家族がいて、奥さんが毎日、毎日家を守って生活しているのだ。
何の刺激もないようなこの場所で、いったい何を張り合いに生活しているのであろうと。勝手に同情して人生の儚さを感じます。

そうして、その後で、何時もの事ですが、人生とは何であろうと言うことへ向かいます。
妻のことを伴侶とも呼ぶように、妻でなくとも人生には伴侶がなくては空しさに耐えられないのではと思います。

そういうものが何処から来るのかは、別の範疇の問題として、人は多くの人とつながりながら生きていることに心の安寧を感じることだと思います。

その結果、1軒屋の生活を寂しく思い、都市部の密集に我を忘れることになるのでしょう。
まあ、密集と言っても「隣の人は何する人」と言いますように密集の中の孤独と言う概念もあります。

また、単につながりと言いましたが、量的なつながりばかりではないはずであり、小さな集団であっても、その深さにおいて量を凌駕することも考えられます。

結局は、その1軒屋の家族が幸せであれば良いのだと、幸せであることを願って、私の心を納得させるころには、車は数キロ先を走っていることになります。

1軒屋の奥さんにとって、まったく御節介な干渉ではありますが、車で通る時、私自身の心が平穏であるときは繰り返し浮かぶ感傷です。

「人生とは何か」と問うとき、
もっともっと、赤裸々な答えを出すことがあります。

人生論の始めに言ってみたかった経験でした。
メンテ

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Re: 人生論<現代に生きるとは ( No.1 )
日時: 2016/02/27 12:00
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:6i.z3m02

(人生 その2)

>結婚したくない人が増えている。

総務省の調査によると現在25歳〜29歳の未婚率は男性71.8%、女性60.3%なのだとか。これは10年前と比べても10%ほど高い数値です。

一体なぜ若者は結婚をしないのでしょうか。彼らのホンネをまとめてみました。

その1.義理の親や親戚付き合いが面倒

「結婚したら必然的に相手の家族の一員になるわけじゃないですか。でも全然違う環境で生きてきたわけだから、価値観だって違うでしょ。そんな人たちと付き合わなきゃいけないと思うと息苦しいなあと思います。

現に姉が旦那さん側の親戚トラブルに巻き込まれて大変そうでした。まあ結婚するとしても30代になってからでいいかな。」(23歳/女性/会社員)

結婚したら相手の家族との交流は避けては通れません。気が合えばいいのですが、そうじゃないことを考えたら荷が重いのは確かでしょう。

その2.一生同じ相手としかセックスできない

「今の彼女は大好きだけど、結婚したら浮気はおろか風俗だって許されないじゃないですか。仮に彼女がセックスを拒むようになったらどうすればいいのか考えると怖いですね。これから先の長い人生、彼女としかできないと思うと窮屈さを感じます。」(27歳/男性/公務員)

性欲は3大欲求の一つ。実際にセックスレスや体の相性が悪いという理由で離婚するカップルも存在しますし、ないがしろにできない問題かもしれませんね。

その3.自由が利かなくなる

「人と暮らすってことで安心感は得られるけど、それと引き換えに自由が奪われてしまうと思います。精神的な面だけじゃなくて、自分で稼いだお金だって全部自分で使えるわけじゃない。だったら多少の寂しさはあっても気楽で自由な独り身も捨てがたいですね」(21歳/女性/学生)

プライバシーの侵害に厳しい世の中で育ってきた我々の世代。他人に干渉されるのを窮屈に感じる人も多いのでしょうか。

その4. むしろ経済的に大変

「老後とか経済的に安心したいから結婚をする人もいるけど、家庭を作るのってすごくお金がかかること。養育費に保険料、あと住宅ローンとかね。だったらむしろ自分の食い扶持だけを稼いで計画的に貯金した方がよっぽど経済的には安定するんじゃないかと思います。

性格的に人と暮らすのにも向かないし、子供も別に欲しいと思わない。私にとって結婚はメリットがないんです。」(25歳/女性/専門職)

昔と違って今は「結婚しなければならない」という半ば脅迫のような観念が薄れています。女性も社会進出をしてから久しく、“1人で自由に生きたい”という意志の通りに人生を歩くことが可能な時代なのです。

“結婚”は確かに転機にはなりうるかもしれませんが、それが人生のすべてではありません。大切なのは生きていく上で「自分にとって何が幸せなのか」ということなのではないでしょうか。まだまだ若い私たち。“幸せになる方法”を模索していきたいですね。


>出世したくない人が増えている

 最近、若い世代のサラリーマンで出世を希望しない人が増えているという記事をよく見る。
 管理職に昇進しても給料は増えず責任だけが重くなることが多く、昇進しない方が気楽でよいという。
 最近の若い人が云々というのは、いつの時代にも繰り返されてきた話題であり、基本的にあまり信用しない方がよい。昇進を希望しない人が増えているという話はバブル時代や高度成長期にもあった。特に目新しいことではない。

出世できなくてもよいというのは、実は高度成長期の話
 それはともかく、本当に出世しなくないという人はたくさんいるのだろうか?また、出世したくないという希望は実際に受け入れられるのだろうか?答えはイエスでもありノーでもある。

 出世しなくてもよいと考える人の多くは、無意識的に、出世しなくてもそれなりの給料と立場が維持されるということを前提にしている。もし、出世した人は億の年収となり、出世できないと給料は恐ろしく安く、しかもいつクビになるか分からないという環境であれば、ほとんどの人が出世を希望するだろう。
 つまりあまり出世したくないというのは、終身雇用と年齢による昇給が維持されていることが前提なのである。

 今までの日本であれば、これが実現できるケースも少なからずあった。日本経済が右肩上がりで成長し、昇進はしなくても勤続年数で昇給を続けることが可能であった。また事業も拡大を続けていたので、どんな人でも恥ずかしくない程度のポストには昇格させることができた。

同一職種、同一賃金であれば実現可能だが
 だが今の時代はそうはいかない。経済のパイが縮小しているため、分け与えるポストは少なくなる一方である。会社としては管理職でない人に高い給料を払いたくはない。出世しないヒラのベテランよりも給料が安い新人を活用した方がよいということになり、年齢が高い社員の居場所は少なくなってくる。この傾向は今後も続く可能性が高い。

 そうなってくると、出世したくないというスタンスの社員が存在し続けることは難しいだろう。

 この問題を解決する唯一方法は、諸外国がやっているような同一職種、同一賃金の導入である。これは、同じ仕事であれば、年齢に関係なく同じ賃金しか支払わないというもの。

 例えば、ヒラの営業職であれば20代の若者も50代のベテランも同じ給与をもらう。営業チームを管理する営業チーフになれば、給料は上がる。ただしチーフに昇格するのは優秀な成績を上げた人であり、25歳の若者かもしれないし、50代のオジサンかもしれない。

 こうなると社内の競争は、全体的な出世競争ではなく、同一職種の中での争いとなる。同期で誰が出世するのかではなく、営業チームの中で誰が実績を上げるかが重要となる。競争相手は、年齢が大きく離れた社員かもしれないし、同世代かもしれない。

(引用終わり)

出世に対する、この発想は少し間違っている。
この文章は、収入と言う面で刺激を与えれば出世競争が再燃する様に書いている。

本当は、そうではない。
出世しなくても何とか食って行けると言う面では納得はするが、多くの若者が出世を望まないのは、出世することによって生じる責任の問題など、煩わしい事に関わりたくないのである。

また出世することによって指揮官としての権力を使いたくないのである。柔弱に育っている彼らには、能力がないのである。
それよりも、マイペースで個人の生活を維持する方を選ぶのである。




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人生論と人生観 ( No.2 )
日時: 2016/02/28 19:34
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:keCpiPyA

「人生論」とは

人生について論じること。また,人生の意義・目的・価値などについての考え方。

「人生観」とは

人間ひとりひとりが、自身自身の人生や人間全般の人生について抱く諸観念のこと。人生の見方。

人生観とは多分に形而上学的な認識。

ここでは、人生論について掘り下げてみましょう。

まずは、トルストイの言葉を紹介します。

人生論「現代の迷える人たちへ」トルストイ

いっさいの自己愛を捨て、理性的意識に生きることによってのみ、人間は真の幸福を獲得することができる――人間いかに生きるべきか? 現世において人間をみちびく真理とは何か? 永年にわたる苦悩と煩悶のすえ、トルストイ自身のこの永遠の問いは、本書にみごとに結実した。誤ることのない鋭い観察力と、愛の直感と心の目で綴った、人生についての内面的、哲学的な考察。
人はだれしも、自分が快適になるために、自分の幸福のためにのみ生きている。自分の幸福を望む気持ちを感じないなら、その人は自分を生きていると感じていない。自分の幸福を望む気持ちなしに、人は、人生を想像できないものだ。一人ひとりの人間にとって、生きるということは、幸福を希、獲得することと同じだし、幸福を望み、獲得することは、いきることと同じである。

ところが、自分のその幸福を手に入れようと努めているうちに、人はその幸福が他の存在によって左右されることに気づく。


この世界の限りないすべての存在が、それぞれ自分の目的の達成のためにいつなんどきでも、自分一人のために生命が存在するはずのこの自分を抹殺しかねないのだ。
お気に入り詳細を見る

互いに滅ぼし合い、みずから滅びてゆく無数の同じような個我の中で、自分の幸福だけを得ようと努める個我としての人間の生活は、悪であり、無意味であって、本当の生活はそんなものではあり得ない。

生命とは何か、幸福とは何かも知らないのに、自分たちが生きているように思っているのであり、それはちょうど何の方向もなく波に運ばれている人間が、自分の望んでいる必要な方に向かって泳いでいるのだと思いかねないと同じである。

それでも、生きていかなければならない。

(引用終わり)

これでも結構抽象的な概念ですが、その言葉の中に、幸福とか、真理とか愛などと言う言葉が出てきます。
トルストイは、これらの言葉の意味を自分なりに想定しています。
この言葉で連想される共通の思いを前提としています。

ところが、現代社会において、民主主義の名の下に、やたらと個人の自由、権利意識が強い人たちに、トルストイが思い描いた「幸福」「真理」「愛」の概念が当てはめられるでしょうか。

現代社会と言っても、まだまだ我々の多くは、トルストイに共感できるものを持っています。
それに照らし合わせて現代の若者は!
と言いますが、現代の若者にとっては、何故!トルストイでなければならないか!

と言う事になります。
そうなのです、ある意では現代の気質が正しいのであり、その息で、そのまま受け入れるべきと言えます。
結婚をしたくないことも、出世を望まないことも、それぞれが、そのまま受け入れられるべきであるのです。

新しい人生論として認めれば良いことで、それを批判する根拠などはないのです。



と、まあ

このような論理になるのですが、
果たして、それで良いのでしょうか。

民主主義が謳歌されている現在、あっさりと、それを認めるべきでしょうか。
認めないと言っても

それなりの根拠が必要で、頭ごなしに言うべきではないことは確かですね。

とりとめもない話になりましたが、これが究極のテーマです。




メンテ
お金と人生 ( No.3 )
日時: 2016/05/13 14:27
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:1gpzstmM

銭亡者・守銭奴と言う言葉があります。
概して次のような者に対する形容です。

>強欲な ・ 欲深い ・ 利己的な ・ 私利私欲を追求する ・ がめつい ・ 拝金主義者 ・ 貪欲な ・ 貪婪な ・ 飽かず求める ・ むさぼる ・ エゴむき出しの ・ 我欲むき出しの ・ 意地汚い ・ 卑しい ・ 銅臭にまみれた ・ 我欲むきだしの ・ 金に汚い ・ 守銭奴
けちんぼ ・ がっちり屋 ・ 吝嗇
ちょっと変わった表現に
>世界経済、秩序、貨幣の安定などを一切無視してマネーゲームに
走るアングロサクソンを中心としたヘッジファンドの連中でしょう。

さて、人々は、どうしてお金にそんなに執着するのでしょう。
理由などは、改めて言わなくても、それぞれに思いがあるはずです。

齢、70歳を迎え人生の大半を終了した者として、お金とは、どういうものであったのか。
途中は、ほとんどの方と同じで、必要なお金を得ることに四苦八苦し、それが人生でした。

子供も独立し、住む家も手に入り、あとは余生と言う段階になって、お金に対して余裕が出来たと思います。
いや、なに!
余裕が出来たと言う意味は、十分に溜め込んだと言う意味ではありません。
もう、そんなにお金を追い求める気持ちが和らいだと言う意味です。

実際には年金に頼る生活で預貯金なども、そんなにありません。
現在は、後、2000万円ほどあれば、すき放題、安心して暮らせると、宝くじを買っています。
要するに私にとっては、2000万円程度で理想の人生が手に入るのです。
大騒ぎし、高望みしてきても結局は人生とはお金で測ればそのようなもの。

このような中で、冒頭に出した守銭奴、銭亡者さん、又はそうでなくても自然と大金を手にする富豪の皆さんの、何億、何十億のおかねの意味するものはなんでしょう。

毎日食べるものでも、ある程度、好きな時に好きなものが食べられれば、特に人が食べられない高級食材を食べ続けたいとは思わないし、海外旅行も毎年、何回も渡り歩くよりも、1,2年に一度くらい、計画し家計をやりくりし旅行する方が味わいがある。
大邸宅も、それこそ無用の長物、夫婦で便利で、使いやすい程度の広さで良い。出来れば狭くても庭付きが良い。

だから富豪がうらやましいとは思わないし、望みもしない。
このように言えば成功できなかった者の負け惜しみと蔑む人もいるであろうが、齢、70に達すれば、それが負け惜しみではないことが分かるであろう。



「足るを知り己を知ればいますでに身にあまる幸をおもえ喜ぶ」

「古妻と トソ酌み交わす 老いの春
  寂しくもあり 寂しくもなし」 

(新村 出)

メンテ
エスキモーの生活 ( No.4 )
日時: 2018/10/07 17:33
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:hIrqWxwU

皆様に置かれましても同じ様なものと拝察しますが、肝心の政治を語る気持ちが湧きません。

思いつくままに、久しぶりにこのスレッドをUPします。

何日か前ですが、テレビでグリーンランドのエスキモーの事を放映していました。

グリーンランドに関わらずエスキモーの人たちが居住する地域は、農作物も育たない不毛の土地です。
そこで、彼等はアザラシなどを狩猟することで生活をしている様です。
アザラシの食肉はビタミンも含まれていて野菜の代わりにもなるようです。
テレビでは、白熊などの陸上の野生の動物も含まれているかも知れませんが、犬ぞりを使って狩猟の旅をしている光景でした。

彼等の生活の中心は食料となる野生の動物(海洋動物を含む)を取ると言う事です。
狩猟に失敗すれば、生きては行けないのです。
他の番組で、白熊も餌を捉えることが出来なければ餓死してしまいます。

ここでは人間自身も白熊と同じ状況に置かれている様です。
移動手段である犬そりを引かせるためにエスキモー犬を使っています。
大型のそりは十数頭のエスキモー犬に引かせています。

多くのエスコミー犬が従順に人間に従っている光景を見ていても、彼らとエスキモー犬の関係は決して我々の社会におけるペットの様な者ではあリません。
エスコモ―犬と人間の関係も切実で、必死な関係です。

人類が数千年前まで営んできた自然との必死の戦いの関係が、ここでは未だに存在しています。
グリーンランドはカナダに属しています。
カナダは寒冷地は多いが広大な国土を持つ国です。
その様な過酷な土地に住まわなくても、適当な土地へ移住すれば良いだろうに。
もっとも、若い人たちは、そうしているであろうが。

映像の一部に出てきたが、実は彼等は犬そりと言ってもFRP製の近代的なものや、モーターボートも持っています。
主食も食パンでした。
カナダ政府から、いろいろな支援を受けているのでしょう。

ですが、それでも、どうして、その様な過酷な土地に住まわねばならないか。
ここが、この記事の主題です。

近大生活に慣れた我々とは違う価値観、人生観があるのではないかと思います。

私には、とても理解できませんが、理解できないこともあると言う事は解らねばならないのではないかと思います。

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文系の博士課程「進むと破滅」 ある女性研究者の自死 ( No.5 )
日時: 2019/04/10 15:17
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:ntwZ.beE

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190410-00000009-asahi-soci

 大きな研究成果を上げ、将来を期待されていたにもかかわらず、多くの大学に就職を断られて追い詰められた女性が、43歳で自ら命を絶った。

 日本仏教を研究してきた西村玲(りょう)さんは、2016年2月に亡くなった。

 04年に博士(文学)に。05年、月額45万円の奨励金が支給される日本学術振興会の特別研究員に選ばれた。

 実家で両親と暮らしながら研究に打ち込み、成果をまとめた初の著書が評価されて、09年度に若手研究者が対象の賞を相次いで受賞。恩師は「ほとんど独壇場と言ってよい成果を続々と挙げていた」と振り返る。

 だが、特別研究員の任期は3年間。その後は経済的に苦しい日が続いた。

 衣食住は両親が頼り。研究費は非常勤講師やアルバイトでまかなった。研究職に就こうと20以上の大学に応募したが、返事はいつも「貴意に添えず」だった。読まれた形跡のない応募書類が返ってきたこともあった。

 安定した職がないまま、両親は老いていく。14年、苦境から抜け出そうと、ネットで知り合った男性との結婚を決めた。だが同居生活はすぐに破綻。自らを責めて心を病んだ。離婚届を提出したその日に自死した。

 父(81)は、「今日の大学が求めているのは知性ではなく、使いやすい労働力。玲はそのことを認識していた」と語る。

 90年代に国が進めた「大学院重点化」で、大学院生は急増した。ただ、大学教員のポストは増えず、文科系学問の研究者はとりわけ厳しい立場に置かれている。首都圏大学非常勤講師組合の幹部は「博士課程まで進んでしまうと、破滅の道。人材がドブに捨てられている」と語る。

(引用終わり)

悲しい話ではあるが、専門職を求めて生計が立たない場合など掃いて捨てるほどある。

プロスポーツ界で自活できる人間がどれだけいるか。
芸能を目指す連中などもっと酷い。
芸術家もそうである、有名なピカソも生きている間に売れた作品は2点と言う。

専門職、自分の好きな道を進むということは、この様なことである。
彼女の悲哀を言う前に

まさしく、人生とは何かを問わねばならない。

(追記)

最後に言っている「人材」という認識が気に入らない。
人材とは知識が高いと言う意味か
どの様な能力であっても、人材を惜しむという認識の裏腹に、能力のないものは惜しむ価値がないという事か。
この場合の人材という言葉の使い方は間違っている。
人生論では受け入れられない概念である。

(菩提和讃)

若し人三世一切の仏を知んと欲すれば、法界性を観ずべし。
一切唯心造なりと、衆生おのおの仏性を、受けて生まれしものなれば
一念不生に至るとき、忽ち仏性現前し、老若男女もろともに、その身が即ち仏なり。

しかるに一念迷い初め、本有の仏性見失い、みずから凡夫となるゆえに貪り瞋り痴さの、煩悩しげき三毒に、闇き迷いの日々となる。
また色声香味触と五欲の悦楽追い求め、刹那の夢に酔いしれる
殺生偸盗邪淫慾、悪口両舌綺語妄語、破戒無懺の輩に、いつか救いのありぬべき。


それ人間の身を受けて、この世に生まれ来ることは、爪の上端に置ける土。
まして尊き仏法の、教えに親しく遇うことは、まこと得がたき縁なり。
かかる時節を失わず、信心決定いたすべし。
人々賢き智慧あれば、春は万の種を蒔き、秋の稔りを待つのみか、衣服家宅に至るまで、遠き計画立てながら、今をも知れぬ後の世の、永き冥路を打ち忘れ、空しく過ごすぞ愚なり。
無常の風に誘われて、忽ちこの世を終るとき、何を頼みとなすべきや、あまた資産のあるとても、冥途の用にはならぬもの。
家財重宝持つ人も、携え行くべき途ならず、偕老比翼の契いもしばし浮世の夢ならん。
兄弟朋友ありとして、伴い行くことさらになし、出入りの息の絶えぬれば、野辺の送りを営みて、老いも若きも仇野の、空の煙と消え失せん。

朝夕撫でし黒髪も、蓬が根の塵となる。
かかる憂き目のあるゆえに、ひたすら菩提を願うべし。
弘誓の願を身につけて、忍辱精進怠らず、布施や愛語にこころざし、十善の道歩みつつ、他己をも自己と覚るならば、これぞ菩薩の浄土なり。

(以下略)
メンテ
Re: 人生論<現代に生きるとは ( No.6 )
日時: 2019/04/13 12:27
名前: ooeyama ID:vrIAaDZE

アップルの創始者故スティーブ・ジョブズ氏が2005年に米スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチは、自らの生い立ちや闘病生活を織り交ぜながら、人生観を余すところなく語り広く感動を集めた。「ステイ・ハングリー、ステイ・フーリッシュ」は今も語り継がれる、以下に少し長いが引用する上野氏の祝辞も聡明な学生なら心に響く筈だ。


「がんばっても報われない社会が待っている」東大の入学式で語られたこと【全文】


4/12(金) 19:02配信 BuzzFeed Japan

上野千鶴子さんの祝辞全文は、以下の通り。

ご入学おめでとうございます。あなたたちは激烈な競争を勝ち抜いてこの場に来ることができました。

その選抜試験が公正なものであることをあなたたちは疑っておられないと思います。もし不公正であれば、怒りが湧くでしょう。

が、しかし、昨年、東京医科大不正入試問題が発覚し、女子学生と浪人生に差別があることが判明しました。

文科省が全国81の医科大・医学部の全数調査を実施したところ、女子学生の入りにくさ、すなわち女子学生の合格率に対する男子学生の合格率は平均1.2倍と出ました。

問題の東医大は1.29、最高が順天堂大の1.67、上位には昭和大、日本大、慶応大などの私学が並んでいます。1.0よりも低い、すなわち女子学生の方が入りやすい大学には鳥取大、島根大、徳島大、弘前大などの地方国立大医学部が並んでいます。

ちなみに東京大学理科3類は1.03、平均よりは低いですが1.0よりは高い、この数字をどう読み解けばよいでしょうか。統計は大事です、それをもとに考察が成り立つのですから。

女子学生が男子学生より合格しにくいのは、男子受験生の成績の方がよいからでしょうか?

全国医学部調査結果を公表した文科省の担当者が、こんなコメントを述べています。「男子優位の学部、学科は他に見当たらず、理工系も文系も女子が優位な場合が多い」。

ということは、医学部を除く他学部では、女子の入りにくさは1以下であること、医学部が1を越えていることには、なんらかの説明が要ることを意味します。

事実、各種のデータが、女子受験生の偏差値の方が男子受験生より高いことを証明しています。

まず第1に女子学生は浪人を避けるために余裕を持って受験先を決める傾向があります。

第2に東京大学入学者の女性比率は長期にわたって「2割の壁」を越えません。今年度に至っては18.1%と前年度を下回りました。

統計的には偏差値の正規分布に男女差はありませんから、男子学生以上に優秀な女子学生が東大を受験していることになります。

第3に、4年制大学進学率そのものに性別によるギャップがあります。2016年度の学校基本調査によれば4年制大学進学率は男子55.6%、女子48.2%と7ポイントもの差があります。

この差は成績の差ではありません。「息子は大学まで、娘は短大まで」でよいと考える親の性差別の結果です。

最近ノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイさんが日本を訪れて「女子教育」の必要性を訴えました。それはパキスタンにとっては重要だが、日本には無関係でしょうか。

「どうせ女の子だし」「しょせん女の子だから」と水をかけ、足を引っ張ることを、aspirationのcooling down、すなわち意欲の冷却効果と言います。

マララさんのお父さんは、「どうやって娘を育てたか」と訊かれて、「娘の翼を折らないようにしてきた」と答えました。そのとおり、多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきたのです。

そうやって東大に頑張って進学した男女学生を待っているのは、どんな環境でしょうか。

他大学との合コン(合同コンパ)で東大の男子学生はもてます。

東大の女子学生からはこんな話を聞きました。「キミ、どこの大学?」と訊かれたら、「東京、の、大学...」と答えるのだそうです。なぜかといえば「東大」といえば、ひかれるから、だそうです。

なぜ男子学生は東大生であることに誇りが持てるのに、女子学生は答えに躊躇するのでしょうか。

なぜなら、男性の価値と成績のよさは一致しているのに、女性の価値と成績のよさとのあいだには、ねじれがあるからです。

女子は子どものときから「かわいい」ことを期待されます。ところで「かわいい」とはどんな価値でしょうか?

愛される、選ばれる、守ってもらえる価値には、相手を絶対におびやかさないという保証が含まれています。だから女子は、自分が成績がいいことや、東大生であることを隠そうとするのです。

東大工学部と大学院の男子学生5人が、私大の女子学生を集団で性的に凌辱した事件がありました。加害者の男子学生は3人が退学、2人が停学処分を受けました。

この事件をモデルにして姫野カオルコさんという作家が『彼女は頭が悪いから』という小説を書き、昨年それをテーマに学内でシンポジウムが開かれました。

「彼女は頭が悪いから」というのは、取り調べの過程で、実際に加害者の男子学生が口にしたコトバだそうです。この作品を読めば、東大の男子学生が社会からどんな目で見られているかがわかります。

東大には今でも東大女子が実質的に入れず、他大学の女子のみに参加を認める男子サークルがあると聞きました。

わたしが学生だった半世紀前にも同じようなサークルがありました。それが半世紀後の今日も続いているとは驚きです。

この3月に東京大学男女共同参画担当理事・副学長名で、女子学生排除は「東大憲章」が唱える平等の理念に反すると警告を発しました。

これまであなたたちが過ごしてきた学校は、タテマエ平等の社会でした。偏差値競争に男女別はありません。

ですが、大学に入る時点ですでに隠れた性差別が始まっています。社会に出れば、もっとあからさまな性差別が横行しています。東京大学もまた、残念ながらその例のひとつです。

学部においておよそ20%の女子学生比率は、大学院になると修士課程で25%、博士課程で30.7%になります。

その先、研究職となると、助教の女性比率は18.2、准教授で11.6、教授職で7.8%と低下します。これは国会議員の女性比率より低い数字です。

女性学部長・研究科長は15人のうち1人、歴代総長には女性はいません。

こういうことを研究する学問が40年前に生まれました。女性学という学問です。のちにジェンダー研究と呼ばれるようになりました。

私が学生だったころ、女性学という学問はこの世にありませんでした。なかったから、作りました。

女性学は大学の外で生まれて、大学の中に参入しました。4半世紀前、私が東京大学に赴任したとき、私は文学部で3人目の女性教員でした。そして女性学を教壇で教える立場に立ちました。

女性学を始めてみたら、世の中は解かれていない謎だらけでした。

どうして男は仕事で女は家事、って決まっているの?主婦ってなあに、何する人?ナプキンやタンポンがなかった時代には、月経用品は何を使っていたの?日本の歴史に同性愛者はいたの?

...誰も調べたことがなかったから、先行研究というものがありません。ですから何をやってもその分野のパイオニア、第1人者になれたのです。

今日東京大学では、主婦の研究でも、少女マンガの研究でもセクシュアリティの研究でも学位がとれますが、それは私たちが新しい分野に取り組んで、闘ってきたからです。そして私を突き動かしてきたのは、あくことなき好奇心と、社会の不公正に対する怒りでした。

学問にもベンチャーがあります。衰退していく学問に対して、あたらしく勃興していく学問があります。

女性学はベンチャーでした。女性学にかぎらず、環境学、情報学、障害学などさまざまな新しい分野が生まれました。時代の変化がそれを求めたからです。

言っておきますが、東京大学は変化と多様性に拓かれた大学です。わたしのような者を採用し、この場に立たせたことがその証です。

東大には、国立大学初の在日韓国人教授、姜尚中さんもいましたし、国立大学初の高卒の教授、安藤忠雄さんもいました。また盲ろうあ三重の障害者である教授、福島智さんもいらっしゃいます。

あなたたちは選抜されてここに来ました。東大生ひとりあたりにかかる国費負担は年間500万円と言われています。これから4年間すばらしい教育学習環境があなたたちを待っています。

そのすばらしさは、ここで教えた経験のある私が請け合います。

あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。

ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。

そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。

あなたたちが今日「がんばったら報われる」思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。

世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。

あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。

恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。

そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。

女性学を生んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。

あなた方を待ち受けているのは、これまでのセオリーが当てはまらない、予測不可能な未知の世界です。

これまであなた方は正解のある知を求めてきました。

これからあなた方を待っているのは、正解のない問いに満ちた世界です。

学内に多様性がなぜ必要かと言えば、新しい価値とはシステムとシステムのあいだ、異文化が摩擦するところに生まれるからです。

学内にとどまる必要はありません。東大には海外留学や国際交流、国内の地域課題の解決に関わる活動をサポートする仕組みもあります。未知を求めて、よその世界にも飛び出してください。

異文化を怖れる必要はありません。人間が生きているところでなら、どこでも生きていけます。

あなた方には、東大ブランドがまったく通用しない世界でも、どんな環境でも、どんな世界でも、たとえ難民になってでも、生きていける知を身につけてもらいたい。

大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身に付けることだと、わたしは確信しています。

知を生み出す知を、メタ知識といいます。そのメタ知識を学生に身につけてもらうことこそが、大学の使命です。

ようこそ、東京大学へ。
メンテ

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