ホームに戻る > スレッド一覧 > 記事閲覧
[2529] 稲田朋美と日本の政治
日時: 2016/08/06 17:35
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:Gh91wApM

第三次安倍内閣の防衛大臣に噂さされた稲田朋美。
最初は、女性タレントの様な者に防衛大臣をさせるなど、安倍の総理としての見識の最後の最後に残った1辺もないものと思っていた。
だが実際は極右とみなされ周辺国からの大非難があったようである。

それで、どこが極右かと見てみた次第。
(ウィキペディアそのまま)

歴史観

A級戦犯と戦争責任について[編集]

靖国神社参拝問題に関連し、A級戦犯を規定する東京裁判(極東国際軍事裁判)はポツダム宣言と近代法の大原則(罪刑法定主義)に違反した二重の意味での国際法違反であると述べ、東京裁判は「占領政策」「戦後体制」の中心であり、東京裁判史観の克服なしに戦後体制の歪みを是正することはできないと述べている。また、A級戦犯がいたから日本が無謀な戦争に突入し、そして敗れたというような単純なものではないとし、その責任をA級戦犯だけに帰すことはできないと述べている。[11]。2015年2月には、「自分たちで真偽を検証する態度を持つべきだ」と発言した[12]。

南京事件について[編集]

南京事件の一部について懐疑否定的である。2007年には映画「南京の真実」製作記者会見に出席し、棄却された最高裁判決(後述)の一部「百人斬りの記事は甚だ疑わしくて信用することができない、しかし全くの虚偽とも言い切れない」を引用しつつ百人斬り競争は虚偽であると述べている[13]。

弁護士時代に、百人斬り競争に関する名誉毀損裁判で朝日新聞、毎日新聞、朝日ジャーナル、本多勝一を相手取り、名誉棄損の損害賠償と出版差し止めを求めるのに原告側弁護人の一人として参加した。「南京虐殺の象徴とされる百人斬りは虚偽だと立証できたと思っていた」が最高裁では棄却されている。裁判に負けたことで弁護士としての活動に限界を感じ、政治の場から取り組みたいとしている。また、「事実と異なることはきちんと反論することで遺族や国の名誉を守りたい。それと日中友好は両立できる」と述べている[14]。控訴審では結審後、主に裁判長の訴訟指揮を批判する内容の第2準備書面を読み上げようとして、裁判長侮辱により却下されている。

靖国神社[編集]

靖国神社におけるA級戦犯合祀と昭和天皇の参拝中止の間に因果関係がないと主張。2006年8月15日に日本会議などが靖国神社において主催した集会では、神道に基づく靖国神社の国家護持を提唱し、「首相の靖国参拝を阻止しようとする忘恩の輩に道徳・教育等を語る資格はない」と発言。同年発行の『WiLL』では、「靖国神社というのは不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけないんです」と述べている[15]。2006年春、中曽根康弘は稲田率いる保守派政策集団伝統と創造の会に講師として招かれた際は小泉総理の靖国参拝を期待する稲田ら新人代議士達に「個人的信条も大事だが、それ以上に国家的利害も重要だ」とたしなめた。

映画「靖国 YASUKUNI」[編集]

2008年2月、日本在住の中国人が監督を務める映画「靖国 YASUKUNI」に日本芸術文化振興会から公的助成金が支出されていることを知り、助成金基準に合致しているかどうかを確認するために文化庁を通して試写会を要請した[16]。同庁より連絡を受けた配給会社のアルゴ・ピクチャーズは全議員を対象とした試写会を承諾し、3月12日に開催された。このとき稲田は、「検閲の意図は全くないが、政治的に中立な映画かどうかは若干の疑問を感じた。イデオロギー的なメッセージを強く感じた」と述べている[17]。

稲田は「問題にしたのは、文化庁所管の日本芸術文化振興会が750万円の公的助成をしたこと、その一点」と主張。製作会社の取締役、製作総指揮者、監督、プロデューサーがすべて中国人であり、靖国神社をテーマにしていることから政治性が強いとして、この映画が助成の要件である
1.日本映画であること
2.政治的、宗教的宣伝意図がないこと

を満たしておらず助成金の支出に妥当性はないと結論付けた。また「表現の自由の名のもとに政治家の言論を封殺しようとすることは背理である」と述べている[16]。

稲田は試写を求めたことについて「一種の国政調査権で、上映を制限するつもりはない」と話しているが、アルゴ・ピクチャーズは「事実上の検閲だ」と反発した[18]他、日本映画監督協会、日本映画撮影監督協会、日本マスコミ文化情報労組会議、日本ジャーナリスト会議も抗議声明を発表した[19][20][21]。

後に、本映画は、2008年の12月に行われた試写会をきっかけに週刊新潮が「中国人監督が作った反日映画」と論評したことにより、上映予定の映画館前に街宣車が現れるようになり上映中止を決定する映画館が続出。アルゴ・ピクチャーズは4月12日に予定していた上映の中止を決定した[22]。

「靖国 YASUKUNI#国会議員による試写会」も参照

沖縄戦集団自決軍命強制問題[編集]

沖縄戦で発生した集団自決について、旧日本軍現地指揮官と親族が『沖縄ノート』の著者で軍指揮官の命令によるものとした大江健三郎と出版社の岩波書店を名誉毀損で訴えた大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判において原告側の弁護人として参加するも、判決では「自決命令それ自体まで認定することには躊躇を禁じ得ない 」とする一方、大江の記述には合理的根拠が認められ、書籍発行時において大江が「真実であると信じる相当の理由があったと言える」とされ敗訴した。

「大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判」も参照

慰安婦問題[編集]

「慰安婦」、「アメリカ合衆国下院121号決議」、および「THE FACTS」も参照

2007年6月14日に歴史事実委員会の全面広告「THE FACTS」に賛同者として名を連ねた[23]。2013年5月に日本維新の会会長代行の橋下徹が、「当時、世界各国の軍が従軍慰安婦制度を持っていた」と発言した時には、「慰安婦制度は女性の人権に対する大変な侵害だ」と発言している[24]。その一方で、慰安婦制度が、「戦時中は合法であったのもまた事実だ」とも述べた[25]。2015年2月には「河野談話」に対する個人的見解として、慰安婦制度に「強制性はなかった」と述べている[26]。

表現規制推進[編集]

コミック、アニメ、ゲームソフトが児童買春問題や児童虐待問題に及ぼす悪影響を調査し、将来的な法的規制及び罰則を講じることが盛り込まれた児童ポルノ禁止法改正案(自民党・公明党案)を担当、国会に提出した[27]。
コミック、アニメ、ゲームソフトだけでなく成人女性や成人男性が18歳未満の児童に扮するポルノグラフィーにまで規制範囲を広げることを求めた児童ポルノ禁止法改正案の請願を国会に提出した[28]。
2005年に起きた栃木小1女児殺害事件を受けて自民党が発表した「犯罪から子どもを守るための緊急提言」の作成に関与。児童が殺害される事件や児童に対する性犯罪の原因のひとつとして「成人にも悪影響を与える暴力的なコミックと過激なゲームソフト」があるとし、青少年健全育成基本法の制定ならびに内閣府で対策を講じるとした[29]。
ジェンダーフリーの観点から男性向けのポルノグラフィーを非難し、供給者や消費者に対する懲役刑などの厳罰を伴う法的規制を求めている日本革命的共産主義者同盟系のラディカル・フェミニズム団体であるポルノ・買春問題研究会が行ったアダルトゲーム非難キャンペーンに、自民党女性局役員として協力した。これを受けて、アダルトゲームの業界団体であるコンピュータソフトウェア倫理機構は倫理規程を改定し、自主規制を強化することになった[30]。

皇室典範改正問題[編集]

皇室典範改正問題については、慎重審議へ署名した新人議員とともに「伝統と創造の会」を結成し、会長に就任[31]。女性宮家の創設には反対している[32]。

選択的夫婦別氏制度の法制化問題[編集]

選択的夫婦別氏制度の法制化について、「家族の崩壊につながりかねない制度は認められない」[33]、「一夫一婦制の婚姻制度を破壊」[34]と反対している。また、「別姓推進派の真の目的は『家族解体』にある」などと主張している[35]。また、別姓推進派は男女平等や女性の社会進出を掲げることが多いため、夫婦別姓に反対すると「女性蔑視だとか女性を家庭に閉じ込めておこうとする古い考えの持ち主」などとレッテルを貼られるため、「反対が言いにくい空気がある」ことが厄介だと主張している。さらに、民主党法案では、婚姻届の提出時に生まれてくる子の姓を決めて提出せねばならず、年齢や健康上の事情により子が授からない場合にも選択させるのは人権侵害であると不備を批判している。

2014年の調査で選択的夫婦別姓制度導入に改めて反対している[36]。

対案として通称使用の緩和を掲げており、「女性が社会進出するほど旧姓を使うべき場面は増えます。ただ、家の中で両親と子供は同じ名前が望ましい。子供は選べませんしね。私たちは女性が望めば通称を使える社会を目指しています」などと主張している[37]。

LGBTについて[編集]

2016年5月に開催されたLGBTのイベント「東京レインボープライド2016」に参加している。このことについて稲田は「私が参加したら、会場で『えっ!』と驚かれました。また、性的少数者の差別解消を目的としたLGBT法案を検討している時には、『自民党らしくない!』という批判を受けたりしました。いわゆる保守層である私のファンには『なぜ稲田さんがそんなことを言うの?』と離れた人もいる。LGBTを支持すると、逃げていく人もいるのです」「『左翼』の運動ではなく『人権』の問題と理解してもらうのに苦労しました」と述べている[38]。

また、性的指向は不可逆的なものであるため、LGBT問題は人権問題として考えるべきであるとし、「彼らが誤解に苦しんでいるのなら、自分らしく生きられる社会をつくらねばなりません」「少子高齢化が進む中で、(自民党は)女性が輝く社会の実現を目指してきているが、LGBTと呼ばれる人々にも同じようにチャンスが与えられるべき」と述べている[39]。

同性婚については、「同性婚。これは欧米各国で激しい議論が行われており、一部の国では同性婚が認められるようになっている。この問題について、日本で意見が収斂するのはまだ先であろう。私はこの問題で日本の社会が二分されるのは望んでいない。あくまでも原点は、生まれながらにおかれた境遇や身体的状況によって差別がなされてはいけないということ。当事者の意見を聞きながら議論が進んでいくことを期待する」「渋谷区の(パートナシップ制度の)条例に関しては、憲法上の婚姻の条項や家族のあり方とか、少数者に対する差別をなくすということはその通りなのですけれども、それをどこまで法的に保護していくかということなどは、憲法に関るような非常に大きな問題なので条例という形ではなくて大きな議論をすべきと考えています」と述べており、国によって社会状況が異なることから外国の同性婚制度やパートナシップ制度をそのまま日本に導入させるという安易な議論には懐疑的である[40][41]。

男女共同参画社会基本法への反対[編集]

男女共同参画社会基本法に反対しており[42]、見直すべきと主張している[43]。その中では男女共同参画社会基本法について「おいおい気は確かなの?と問いたくなる」「女性の割合を上げるために能力が劣っていても登用するなどというのはクレージー以外の何ものでもない」と述べている[44][42]。

尊属殺人規定の復活[編集]

「家族を特別視しない価値観が蔓延すれば、地域共同体、ひいては国家というものも軽んじるようになってしまいます。帰属意識というものが欠如して、バラバラの、自分勝手な個人だけが存在するようになるでしょう」と述べ、尊属殺人規定の復活を主張している[45][42]。

国籍法改正問題[編集]

「国籍法改正問題」も参照

2008年11月18日の国会審議において、「『最高裁から(判決が)出たんだから変えるのは当然だ』という無責任な考え方で改正をしてもらっては困る」と反対意見を展開し、「司法権による立法府への介入の恐れがあったのではないか」と述べた[46]。

TPP[編集]
日本のTPP参加に反対、しかし第二次安倍政権後はTPP参加容認に[32]。

核武装[編集]
日本の核武装について今後の国際情勢によっては検討すべきとしている[32]。「日本独自の核保有を、単なる議論や精神論ではなく国家戦略として検討すべき」と述べている[47]。

首相候補[編集]

2015年6月17日、ロイター通信の主催する講演会後の質疑で「女性初の首相を目指すのか」と問われ「政治家であるなら、誰でも首相を目指している」と答えた[48]。

2016年2月、企業の女性幹部らが集まるシンポジウムの歓迎会で首相の安倍晋三は森雅子とともにはきわめて有力な総理候補者と答えた[49]。

続く
メンテ

Page: 1 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

稲田朋美と日本の政治 sno ( No.1 )
日時: 2016/08/09 16:27
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:X1nWIzJ2

発言[編集]

DV[編集]

「いまや『DV』といえばすべてが正当化される。DV=被害者=救済とインプットされて、それに少しでも疑いを挟むようなものは、無慈悲で人権感覚に乏しい人非人といわんばかりである。まさに、そこのけそこのけDV様のお通りだ、お犬さまのごとしである」「DVという言葉が不当に独り歩きすれば、家族の崩壊を招きかねない」と述べている[50][42]。

徴農[編集]

2006年8月29日、「『立ち上がれ! 日本』ネットワーク」(事務局長・伊藤哲夫・日本政策研究センター所長)主催のシンポジウム「新政権に何を期待するか?」でニート問題を解決するために徴農制度を実施すべきだと主張した[51]。「真のエリートの条件は、いざというときに祖国のために命をささげる覚悟があること。そういう真のエリートを育てる教育をしなければならない。若者に農業に就かせる『徴農』を実施すれば、ニート問題は解決する。」と述べている。

自衛隊[編集]

「教育体験のような形で、若者全員に一度は自衛隊に触れてもらう制度はどうか」「『草食系』といわれる今の男子たちも背筋がビシッとするかもしれない」と述べている[47][42]。 「たとえば自衛隊に一時期、体験入学するとか、農業とか、そういう体験をすることはすごく重要だと思います」とも述べている[52]。

徴兵制[編集]

女性セブンのインタビューで「私にも大学生の息子がいますが、赤紙で徴兵されるのは絶対に嫌です。憲法は徴兵制を認めていない」、「徴兵撤廃が世界の流れ。日本で徴兵制の復活はありえません」と述べている[53]。また、「「その国のために戦えるか」が国籍の本質だと思います」[54]。とも述べているが、「徴兵制というのは、まったく憲法に違反していると思いますし、徴兵制で集めて国を守るというのもナンセンスだと思う」と重ねて否定している[55]。

家族観[編集]
保育所の増設について、「保育所増設の政策などを見ていると『ほんとに母乳を飲んでいる赤ちゃんを預けてまで働きたいと思っているかな』と疑問に思う」と述べている[56][57]。



(引用終わり)

神道を中心とする皇国思想は頂けないが、概ね国家の有り様としては当たり前の事を言っている。
また、日本軍の中国での残虐行為、沖縄での出来事について稲田を支持するものではないが、自虐的に言われるようなものでもないことは、資料もかなり出回っているので、各自で検証されることである。
民主主義と言っても無制限な自由は、認めるべきでないとも言っている。
これが極右であるなら、私も極右。

極右とは何であろう。
現代日本流の解釈では、精神論を言えば全て極右。
それじゃ、はっきりとした主張は、明確な方向性を持った主張は全て出来ない。

優柔不断で嘆いていれば良いことになる。
無差別殺人も、閉じこもりも当然の帰結として受け入れれば良い。
自主性教育をやっていれば、個人の権利、平等意識を満喫すれば、良い社会ができると思っていれば良い。
それを平和ボケと言う。
平和ボケした連中にとっては、本当の人間社会の姿を見ることは苦痛であるのであろう。
己たちの社会に対する義務、嫌なことから逃れたいのであろう。
後半世紀も平和ボケの中に暮らせば良い。
半世紀経ってから悔やめば良い。


その稲田朋美の問題発言と言われているものを紹介しよう。


 稲田氏といえば、本サイトでも繰り返しお伝えしているように、自民党きっての極右議員。しかも、"命を捨てて国を守れ"と繰り返し口にしてきた人物だ。

「国民の一人ひとり、みなさん方一人ひとりが、自分の国は自分で守る。そして自分の国を守るためには、血を流す覚悟をしなければならないのです!」(講演会での発言)
「靖国神社というのは不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけないんです」(「WiLL」2006年9月号/ワック)
「祖国のために命を捧げても、尊敬も感謝もされない国にモラルもないし、安全保障もあるわけがない。そんな国をこれから誰が命を懸けて守るんですか」(「致知」2012年7月号/致知出版社)

 また、稲田氏は06年9月4日付の産経新聞で、『国家の品格』(新潮新書)で知られる藤原正彦氏の「真のエリートが1万人いれば日本は救われる」という主張に同意を示しながら、こんなことを訴えている。

〈真のエリートの条件は2つあって、ひとつは芸術や文学など幅広い教養を身に付けて大局観で物事を判断することができる。もうひとつは、いざというときに祖国のために命をささげる覚悟があることと言っている。そういう真のエリートを育てる教育をしなければならない〉

 靖国に行って人殺しの戦争に参加することを誓うべきと語り、さらに国のために命を捧げるのが「真のエリート」だと言い切る──。こんな考えの持ち主が防衛相として自衛隊を統督すれば、隊員に徒死させることも厭わないだろう。

 まさに、いちばん防衛省のトップにさせてはいけない危険人物がその座に就くことになったわけだが、稲田氏が恐ろしいのは"徴兵"にも前のめりである点だ。

※ 文章というものは、裏を見たり左右を揉めば、色々な意味が出てくるし、それは避けられない。
  言葉だけを批判したい場合は好き勝手にやれば良い。
  しかしながら、少なくとも、その人間が言った意味くらいまともに解釈することである。
  知識だけを弄び批判を繰り返すほとんどの批評家と言うものは、存在の価値すらない。
  相手の真意を汲み取り、問題があるなら持論と共に展開することである。
  持論も吐けず生活費の為に批判する、このような馬鹿が多くなりすぎた。

(紹介終わり)

何かの色眼鏡で見ない限り、何の問題もない発言である。
むしろ日本の政治を預かる国会議員という者は、基本的な姿勢として共有しなければならない心情である。
掲示板などで政治を嘆いている人たちに言いたい。

日本の政治家には上記の心情がないから嘆くことになったのではないか。

色眼鏡など外して、自分の目で、頭でしっかりと感覚されることである。
稲田の基本的な考え方を極右と完全否定されるのであれば、
では、どのような考え方が出来るかを検証されることである。

じっくりと考えれば稲田の考えに近づくはずである。
それもしないで架空の青い鳥を求めて、政権批判をしていても何も変わらない、リーダーとして、知識人として無責任ではなかろうか。

我が国の政治屋も国民も政治の何たるかを忘れて、政治ごっこに浮かれているだけである。
政治とは稲田が言っている事がタブーなのではなく、その内容に判断を下すことである。

稲田が間違っていると思うならば対案で判断を示すべきなのである。

本音を吐けば、票に影響するという理由で、当たり触りのない言葉で将来の目標だけを語るエセ政治やの中で、堂々と主張する稲田を賞賛する。
このような社会としたのは、政治にしたのは、国民の平和ボケのせいである。

中国でも韓国でも徴兵制を敷きながら、日本でそれを言い出すと一斉に反発する、その心は何か!
全く誇りを失った日本人は、そのうちに中国、韓国の後を追いかける様になるであろう。

それが、お望みか。

まあね、誇りと言っても「誇り」の意味さえ解らないのであろうが。
(上っ面な自尊心と)取り違えているのであろうが。
メンテ
徴農 ( No.2 )
日時: 2016/08/06 21:48
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:Gh91wApM

>2006年8月29日、「『立ち上がれ! 日本』ネットワーク」(事務局長・伊藤哲夫・日本政策研究センター所長)主催のシンポジウム「新政権に何を期待するか?」でニート問題を解決するために徴農制度を実施すべきだと主張した[51]。「真のエリートの条件は、いざというときに祖国のために命をささげる覚悟があること。そういう真のエリートを育てる教育をしなければならない。若者に農業に就かせる『徴農』を実施すれば、ニート問題は解決する。」と述べている。


稲田が言っている言葉である。

徴兵を連想させる徴農と言う言葉は感心しないが、農業を中心とする第一次産業の保護育成の意義は私も繰り返し主張している。

世界がグローバル化へ進むことは妨げられない事実である。
グローバル化にも良いことはあるし人間社会の進歩である。

けれどもTPP問題でも騒がれているようにグローバル化は弱肉強食の世界である。
それで雇用を失った多くの人たちを救済できる方法は、ただ一つ国家が雇用を確保してやることである。

だが至上主義経済の原則から言えば、国家の補助なしで新たな雇用は生み出せない。
国家が補助して新しい雇用を生み出す対象として農業、漁業を中心とする第一次産業の有り様を考える。

徴農ではなく、自然と農業をやりたく思うようなインフラ整備をすることと思う。
ども道、個人の資格では農業による収入は限られている。

しましながら人間の幸せとは、全て金に換算するものではない。
現在のところ100万人くらいに減った農業人口を300〜400万人にすることを国家が考えるべきなのである。
それに比べて、大規模営農を目標として株式会社を参入させる構想など、如何に無責任なものであるか。

巨大資本の代弁者に過ぎない自民党政治が如何に政治として無責任なものであるか。
少なくとも稲田は、その自民党にあって徴農を言っているではないか。

そう言うことに考えを及ばないで、徴兵を連想させるだけで極右とは、救われない国民である。
まるで、幼児の如く保護をまっているようなもの。

戦後、70年経っても
何でも、かんでも先の大戦と結びつける考え方が可笑しいのである。

ドイツを見ろ、
ナチの蛮行は決して忘れてはいないし、許さないであろうが、他の分野ではすっかり独立精神に満ちている。

日本の場合、他国に関する自虐性も情けないものであるが、
自らの気概のなさは、さらに情けない。

誇りと言うもの、本当の人間としても誇りも感じられない臆病者の集まりになった。
それを「平和ボケ」と言い。

平和ボケしていることを、逆に誇りの様に感じているのである。

救いがたいね!

人類、数万年の歴史の中で、戦争がなくなるとでも言い切るほどの見識に自信が持てるのか。

それほど思い上がっている根拠はどこにある。

世界の人類を、そのように教導する自信があるのか。

たわいのない、戯言で!

それとも、ガンジーのように無抵抗主義を貫く覚悟でもあるのか、

キリストのような生き様に殉じる覚悟があるのか。

まあ、平和ボケも後、100年くらい続けねば直らないのであろうさ。

稲田朋美の言っている事をタブー視にして、本当の政治が語れるものか!
メンテ
Re: 稲田朋美と日本の政治 ( No.3 )
日時: 2016/08/10 09:49
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:q7VimIas

稲田朋美が言っているような事に触れると、すぐさま極右と排斥する。
それが政治と思うのか。

内容に意義があれば、そのことに付き、何故、議論を尽くさない。

また、その立場は、日本国民としてか、世界国家の住民としてかも、問題である。
平和ボケした人間は、人類が一躍世界国家を持てるなど勝手な妄想にふける。

アメリカの専横、ロシアの身勝手、イスラム問題を見れば良い。
中国の横暴を見れば良い。

ここ100年間を見ても世界はそんなに変わってはいないであろう。
理想は理想としても政治は近々の問題に対処しなければならない。

そんな政治を理想論で片付ける論拠はあるのか。
稲田は、確かに戦前の体制を想定させる面を持っている。
しかしながら、戦前を批判するならば、あえて稲田の言っていることを検証すれば良い。

現代の日本人として、日本国民として。
現実に即した、必要な判断を責任を持ってすべきである。
理想を持つことと、理想に溺れることは別の問題である。

少なくとも稲田の主張に対して、批判をするだけでなく、代案を示し反論すべきである。
戦前の体制のどこが悪かったか、具体的に見極めることである。
それが先の大戦への国民自身の総括ではないか。
それが将来社会への戒めであり、教訓であり、戦争に散った人たちへの勤めではないか。

子供のように戦前の体制は恐ろしい、二度と繰り返してはならないでは、無責任甚だしく、何の利益も発展も生まない。
そんな反省では、逆に、たちまち戦前の体制が復活することになる。
そんなことでは、戦争も、民主主義の意味も解らない若者たちの本当の教育など出来はしない。
若者が受け入れはしない。
人間の歴史において戦争が戦争を抑止したことなどないのである。

そのような目で安倍自民党を恐れていることの愚かさよ。
極右の台頭を防ぐのは、そうした国民の自覚である。

稲田が言っていることの多くは、日本国民が国民として、しっかりとした結論を下すべき問題である。
それは、決して頭から排斥することにはならないであろう。

メンテ
Re: 稲田朋美と日本の政治 ( No.4 )
日時: 2016/12/25 21:37
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:KNWgpDp2

UP
メンテ

Page: 1 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

題名 スレッドをトップへソート
名前  「名前#任意の文字列」でトリップ生成
E-Mail 入力すると メールを送信する からメールを受け取れます(アドレス非表示)
URL
パスワード ご自分の投稿文の編集、削除の際必要です。面倒でしょうが入力をお勧めします。
投稿キー (投稿時 投稿キー を入力してください)
コメント

   クッキー保存