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[2530] 戦争論
日時: 2016/08/07 01:45
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:YXy.4FxI

戦争を忌み嫌う傾向は、おそらく100%の確率であろう。
もっとも、武器商人は別であるが、このような奴らなど人間の範疇にも入れる必要はない。

しかしながら、次の文章にもあるように、最近の3400年あまりの歴史において、戦争がなかった時代は300年もないそうです。
また戦争という概念自体も本能的に忌み嫌うことはあっても、それを論理的に解明したものは、実はほとんどないのです。
戦争論と言えば、有名な、クラウゼヴィッツ 戦争論も、実はナポレオンの時代にその戦術を解説したものであり、イメージする戦争論ではありません。
日本では最近、漫画家の小林よしのりが戦争論を言っておりますが、実は第二次世界大戦の意義を説こうとしたものであり、全く相手にすることではありません。

戦争というものを考えるにあたり、ウィキペディアの戦争論の方が、よほど参考になります。
ウィキペディアのそれは、戦争論ではなく「戦争」そのものを概観したものです。
以下、ウィキペディアの「戦争」より。

概説

戦争とは軍事力を用いて様々な政治目的を達成しようとする行為(行為説)、または用いた結果生じる国家間の対立状態である(状態説)。一般に、国家もしくはそれに準ずる集団が、自衛や利益の確保を目的に武力を行使し、戦闘を起こす事。戦争は太古から続く人類の営みの側面であり、最も原始的かつ暴力的な紛争解決手段であると言える。

政治だけでなく、経済、地理、文化、技術など広範にわたる人間の活動が密接に関わっており、その歴史的な影響は非常に大きい。近代以降の戦争は陸海空軍等の軍隊のみの武力戦だけでなく、一般国民を広く巻き込む総力戦の様相を呈することもあり、外交戦、宣伝戦、謀略戦、経済戦、貿易戦、補給戦、技術戦、精神戦などの闘争を本質的に包括しており、相互に関係している。そして結果的には、その規模にもよるが、国際関係や社会や経済など幅広い分野に破壊的な影響を与え、軍人や民間人の人的被害からインフラの破壊、経済活動の阻害など社会のあらゆる部分に物的被害を与えることとなる。一方で、科学、技術、外交、戦略論、組織論、戦術論、兵器・武器の発展をもたらしてきた側面もある。また、軍需景気により生産設備に被害を受けなかった戦勝国や第三国の経済が潤う場合もある(例:第一次世界大戦と第二次世界大戦後の米国や第一次世界大戦後と朝鮮戦争後の日本)。また、戦争の敗北により近代オリンピックやFIFAワールドカップ等の国際大会への参加を禁じられるケースもある。

今では、大規模戦争の多くが総力戦や核戦争となり、勝敗に関わらず国家や国民をいたずらに消耗させる事から起こりにくくなっている。戦争による国家の成長は過去のものとなり、人道主義の観点からも忌避される傾向となっている。1928年のパリ不戦条約締結以降、国際法的に自衛戦争以外の侵略戦争は禁止されている。

その発展や勝敗には原則的、法則的な事象が関連していると考えられており、軍事学において戦理や戦略・戦術理論の研究、戦闘教義の開発、兵器開発、定量的な作戦研究、戦史研究などが行われている。

定義

戦争という概念は国際法上の概念と軍事上の概念では差異があるため、区別して用いなければならない。

軍事的な観点から、戦争は軍事力の実質的な戦闘行動が実行されている状態を指す。その軍事力の主体はしばしば国家であるが、法的な定義とは異なり、その実質的な能力を重視するため、国家ではなく武装勢力に対しても使用されている軍事力の規模によっては用いる場合がある。米軍では武力衝突のレベルを、比較的危機の程度が低く、平和維持活動や対テロリズム作戦などを展開する「紛争」と、比較的危機の程度が高く、大規模な武力行使を伴う戦闘作戦を展開する「戦争」と区別している。また米軍は紛争を規模によって三段階に分類しており、その中の「高強度紛争」は伝統的な戦争のレベルに該当する。

国際法において、戦争の当事者は一般的に国家であると考えられており、伝統的な慣習国際法の観点からは宣戦布告によって始まり、講和によって終結するものであると考えられる。しかし、歴史上宣戦布告が行われず「実質戦争状態」に突入した事例が存在するため、現在ではこの形式は重要視されていない。また国家以外の武装集団間での武力衝突は紛争と呼ばれ、たとえば民族間であれば「民族紛争」と呼ばれる。

ただし、国家でない集団の対立にも「戦争」という語が用いられることはある。例えば、南北戦争において1861年にイギリスが南軍に対して交戦団体承認を行っている。以下に具体的な例を挙げる。
内戦の当事者は一国内における政府と反逆者(反政府勢力や、革命などにより新政権樹立を目指す勢力・政治団体等も含まれる)である。厳密には国際法上の「戦争」ではない。ただし、既存政府側による交戦者承認があれば国際法上の戦争法規が適用される。
独立戦争の当事者は全体としての国家と部分としての地域や植民地である。これは内戦の一種であるという見方と、独立しようとする勢力を暫定的に国家とみなして国家間の対立とする見方が可能である。ただし、現代においては国連憲章にも謳われている人民自決権の概念が国際社会の根本的な価値として認められたことからも、植民地支配及び外国による占領に対し並びに人種差別体制に対する武力紛争の場合は内戦(非国際武力紛争)ではなく国際的武力紛争として扱われる。これに伴い、国家間に適用される国際人道法ならびに戦争法規が適用されることになる。

歴史学関連では、戦争の定義を共有することは難しい。例えば、文化人類学の戦争の定義の一例は、組織があって命令(指揮)と服従の関係を持つ集団と集団との戦い[要出典]。考古学では、考古資料にもとづいて認めることのできる多数の殺傷を伴いうる集団間の武力衝突としている。

歴史

人類は、いつから争い、殺し合い始めたのだろうか。初めからだという見方と、ごく最近になってから、という見方が大きく対立している。

猿人や原人の食人説が、オーストラリアの考古学者レイモンド・ダートによって1960年代まで繰り返し主張された。また、1930年代に北京原人食人説がドイツの人類学者フランツ・ワイデンライヒによって疑われた。しかし、世間では北京原人食人説はいよいよ有名になってしまった。これらのことから、猿人・原人の食べ合いが人類の歴史とともにあったと解釈し、広めたのがアメリカの作家ロバート・アードリーであった。さらに動物行動学を興してノーベル賞を受けたオーストリアのコンラート・ローレンツは『攻撃』という、人類の攻撃的本能を説いた。この本能説がさらに広がった。という説を立てている。

ただし、猿人の殺人・食人の疑いを考古学者ボブ・ブレインが示している。また、北京原人の食人説については、その後の研究で世界の人類学者が疑いを示している。

判明している情報では、3400年前から今日まで、世界で戦争がなく平和だった期間はわずか268年である。

先史時代

文字記録が残っていない先史時代の戦争形態について正確に知ることはできないが、太古から紛争形態を受け継いでいるアフリカやオセアニアの地域から、その形態を推察することができる。狩猟採集社会の観察からは、原初のヒトが置かれた環境においても資源の獲得や縄張り争いによって集団対集団の戦争が行われることを示唆している。

イラクのシャニダール洞窟に葬られた男性ネアンデルタール人は、5万年前に槍で傷を受けて死んだ人だった。殺人か事故かは分からないが、人が人を殺した最古の証拠である[7]。

縄文時代の暴力による死亡率は1.8パーセントである。この結果は他地域の狩猟採集時代の死亡率、十数パーセントより低いという。

12,000 - 10,000年前頃(後期旧石器時代末)のナイル川上流にあるジェベル=サハバ117遺跡は墓地遺跡であるが、幼児から老人までの58体の遺体が埋葬されている。これらのうちの24体の頭・胸・背・腹のそばに116個もの石器(細石器)が残っていた。また骨に突き刺さった状況の石器も多い。この遺跡は農耕社会出現前の食料採集民の戦争の確実な例とされている。

古代文明の戦争
古代ローマの英雄カエサルを描いた戦争画
古代では、農業の発達により人口が増加し経済的な富が蓄えられたことで、国家体制が整えられていき通信が整備された。この為、戦争の規模や軍事組織も拡大した。それぞれの文明は自己の安全を保障し、また自己の勢力を拡大するために闘争し、集団的利益のためには征服戦争すら行われた。

また土器・石器から青銅器・鉄器を利用した兵器や武器の開発が進み、軍事力の能力が飛躍的に発展して大国化する国家が現れ始める。部族集団が都市国家へと成長し、ペルシアやローマのような帝国に発展したのが例として挙げられる。またこの時代には科学技術が発達して、戦車(二輪)や投石器、弓矢などが新兵器として登場し、戦争の形態をかつての儀式形式から会戦という形態に移行していった。

中世ヨーロッパ

552年に起きた東ローマ帝国と東ゴート王国の戦い
中世ヨーロッパにおいては儀式的な要素も根強く残っており、カトリック教会による世俗権力への政治的な統制は戦争の発生を抑制していた。ただし中世にも多くの軍人が存在し、また技術的には甲冑を装備した騎兵が有力であったが、たとえばイギリスのプランタジネット朝とフランスのバロア朝による百年戦争は王位をめぐって長期間にわたってフランスにおいて行われたものの、フランス社会全体に作戦期間相応の壊滅的な被害をもたらすことはなく、断続的かつ散発的な戦闘が休戦を挟みながら行われていた。これは長期間にわたって大規模な戦力を維持することが当時の軍隊には能力的に困難であったことや、キリスト教世界としての政治的な団結を保持していたこと、また軍事技術の制約から作戦行動の長期化や大規模化が難しかったことなどが理由として挙げられる。戦争の恐怖はむしろ作戦部隊の兵站(物資の補給)業務が不在であり、また規律が不十分な兵士たちが自らの糧食を確保するために勝手に現地で略奪を行うため、現地住民はそのたびに被害を受けていた。

また、カトリック教会そのものが呼びかけて数次にわたる成果に乏しかった十字軍戦争も行われた。

戦争の近代化

ナポレオン戦争における1812年ロシア戦役
帝国主義に基づく植民地支配は富の集積を実現し、英国は産業革命を実現できた。それによって工業の発達が軍艦や銃器の性能を引き上げた。軍事技術の発達は戦争の形態を大きく変化させる。グスタフ2世アドルフ (スウェーデン王)は軍事改革の中で常備軍の制度を確立し、その後の戦争のあり方を基礎付けた。また計画的な兵站や規律を保つための軍事教育などもこのころに整備され、各国で同様の制度が採用されるようになる。特に歩兵の重要性が小銃の開発により高まったことは、完璧な陣形や規律正しさを軍隊の各兵員に求めることになる。また火砲の登場により砲兵という兵科が確立されたのもこの時代であり、戦略や戦術、軍事土木工学などの分野も大きな前進を見る。近代が、さらなる戦争の拡大につながると考える人が、非常に多数派である。

ナポレオン戦争

フランスで起こったフランス革命が国民国家の体制をもたらして中央集権に基づく徴兵制によって、軍隊の大規模化を可能とした。そしてナポレオン・ボナパルトはこれまでの戦略・作戦・戦術の抜本的な合理化を行う改革に取り組み、国家総力戦の体制の原型を整えた。さらに銃器・火砲などの兵器の発展が被害者数を甚大なものとし、ナポレオンはこのような高度な軍事力を運用して殲滅戦を行い、ナポレオン戦争においてはヨーロッパ大陸のほとんどを支配するに至った。このナポレオンの戦争指導はアメリカ南北戦争やその後の軍事研究に大きな影響を残す。

続く
メンテ

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戦争論 その2 ( No.1 )
日時: 2016/08/07 01:57
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:YXy.4FxI

世界大戦

ノルマンディー上陸作戦
第一次世界大戦や第二次世界大戦では戦争はただの武力戦ではなくなり、国家がその経済力・技術力などの国力を総動員し、非常に多大な消費が長期間にわたるという新しい戦争の形態である国家総力戦が発生した。その戦争形態を維持する必要性から「国家総力戦体制」と呼ばれる戦時体制が出現することになる。

第一次世界大戦はナポレオン的な攻撃による短期決戦を目指して、両勢力が約200万という大兵力を動員したものの、塹壕と機関銃による防衛線を突破することができず、戦争の長期化と大規模化が決定付けられた。結果的にはこのような大戦争によりもたらされる経済的または心理的な損害により、各国は深刻な社会的混乱や政治的な打撃を被った。このような戦争を繰り返さないためにも国際連盟を通じた戦争の抑制が企図されたがアメリカは参加せず、またドイツは莫大な賠償金により経済的な打撃を受ける。第二次世界大戦においては再び大規模な戦争が繰り返され、この大戦ではせん滅的な長期戦に展開して一次世界大戦の二倍の戦死者が出た。また航空機の発達によって航空作戦が実施されるようになり、航空機による戦略爆撃は戦闘員だけでなく民間人にも多数の被害者が出ることとなり、政治的または経済的な混乱が長期間にわたって続いた。

冷戦期

世界大戦の反省から国際連合などの国際機関が発展して戦争の抑制が図られるものの、アメリカとソビエトの台頭、さらに大量破壊兵器の登場によって核兵器やミサイルによる核戦争の可能性を生み出した。また現代的な軍事技術の開発が躍進的に進んだことから現代の戦争の勝敗は科学技術の開発に大きく左右されるようになっている。しかし同時に従来の正規軍による軍事作戦とは異なる革命または反乱という“非対称の戦争”が行われるようになり不正規戦争と呼ばれるようになる。核戦争へと発展しないように限定的かつ段階的な軍事力が行使される戦争として限定戦争(朝鮮戦争、ベトナム戦争、ソ連によるアフガン侵攻など)が行われるに至っている。

冷戦後

イラク戦争における米軍
冷戦後はイデオロギーの対立というよりも民族・宗教の対立による内戦が世界各地で勃発するようになり、形態はかつての伝統的な戦争よりも複雑多様化している(ボスニア紛争など)。特にイスラム原理主義や民族主義によるテロが先進国を悩ませ、それに対する報復戦争や内戦が起きる事態となっている(アメリカによるアフガン侵攻、イラク戦争、チェチェン紛争など)。

2つの世界大戦以後から冷戦期にかけて、領土の占有を最終目的とする形態の戦争は減少し、特に冷戦後は、政治体制や宗教体制を自陣の望むものとするための戦争や紛争が主体となっている。

(引用終わり)


その戦争にも戦争哲学のようなものもあり、
宣戦布告とか、捕虜に対する作法とか、戦闘員以外を殺さないとか、色々とルールらしきものが想定されています。

ですが戦争を避けるための哲学と言った分野の論及はありません。
こんなことなら、

「武力に訴えず戦わずして勝つこと」を最重視する。とした、2500年前の孫子の兵法書の方が、よほどましなようです。

さて、戦争の研究ですが、先史時代の戦争は、個人及び、共同生活をしている集団が、生きるために他者を殺戮したことに発しています。
時代が進んで王権国家となると、王族の欲望を満たすための戦争が起きます。
これば近代になっても、植民地戦争等、王族に変わり、国民単位で他国の略奪をする戦争をしていました。
ついね、百数十年前までの話です。

それが経済戦争の様相を強くしてきたのは第一次世界大戦であり、第二次世界大戦などは、まさに経済戦争でした。
この頃になると弱者強食の対象、未開発国が少なくなり、強者同士の戦いが始まったことにもなります。

>強者同士の戦いが始まったことにもなります。

この変質が大事なのですよ。

第二次世界大戦を終えると冷戦と言う言葉が飛び出します。
基本的には経済戦争なのですが、イデオロギーの対立を名目にしています。

幸いなことに、イデオロギーの対立では、本格的な戦争までは発展しませんでした。
それは核兵器と言うものが出現し、お互いが戦争に突入する事を制御したこともあります。

近年の様相は、また少し異なってきて、テロ、ゲリラ戦が主体となってきました。
ゲリラと言えば、単なる反政府活動と思いますが、これも単なる反政府ではなく、対アメリカ資本主義と言うのが増えてにきています。

また、それを共通の目標としてゲリラ同士が連携したり、関係のない第三者が進んで戦争をしたがったりしています。
さらに、将来起きるであろう、富者と貧者、強者と弱者の対立が深刻なものとなり、その方向での戦争行為に走る可能性も強く考えられます。

中国により南沙諸島など、未だに帝国主義的な侵略を辞めない国もありますが、今後の戦争の形態は、明確な国家間とか民族間といった識別が曖昧になってくるでしょう。

また、国家があり、領土がある限り、紛争と言われる小規模の戦争は、そんなに容易くなくはならないでしょう。
こんな場合、国家の安全保障体制も、何に照準を合わせるか複雑になってきます。

ですが、少なくとも、当分の間、否、永久に人類が存在する限り戦争と言うものは想定しておかねばならないことは判るでしょう。

最終戦争は強者と弱者の戦争であり、これが一番悲惨な結果を生むでしょう。

孫子の兵法ではありませんが、戦争が起きないように打つべき手を打たねばなりません。
真剣で考えて置かないと、おそらく今の平和ボケした民意では、最終戦争を避けることはできないでしょう。
メンテ
Re: 戦争論 ( No.2 )
日時: 2016/08/10 13:16
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:q7VimIas

戦争論の中の哲学問題が抜けていた。
冒頭の文章の中で言った、次の問題。

>戦争とは軍事力を用いて様々な政治目的を達成しようとする行為(行為説)、または用いた結果生じる国家間の対立状態である(状態説)。一般に、国家もしくはそれに準ずる集団が、自衛や利益の確保を目的に武力を行使し、戦闘を起こす事。戦争は太古から続く人類の営みの側面であり、最も原始的かつ暴力的な紛争解決手段であると言える。

そう、戦争とは

「戦争は太古から続く人類の営みの側面であり、最も原始的かつ暴力的な紛争解決手段であると言える」

であるので、人間自身の存在に我欲を認めるならば戦争はなくはならない。
いくら倫理道徳を徹底しても、100億の人口に行き渡らせることは出来ない。

戦争をなくすことができるという前提で人間社会を捉えることは出来ない。間違っている。
ただし、少なくする努力は別のものであり、有効なものである。

一時、人間の歴史は、国家意識の発達により、集団間の争いは、数字的にはかなり制約されてはいた。
アフリカの部族間の争いが絶えないことでも解るであろう。
世界連邦国家でも成立すれば、これはさらに減って行くであろう。

ただし、人間の我欲と言う面で捉えれば、別の側面が出てきている事を認識しなければならない。
戦争という言葉を国家同士の争いというような固定的概念で捉えてはならない。

経済戦争と言われているように、現代社会では国家を凌駕した巨大資本間の戦争。侵略行為が行われているのである。
これも反発すれば武力闘争となるのである。
さらに悪いことは人間社会の構成員、人間個人に権利、自由を限りなく認めようというのが現代民主主義社会の有り様。

その個人の権利意識が強くなりすぎると個人間の争いが増えると考える事をしなくて良いのか。
戦争とは、もともと、そう言う個人間の争いが発端となり規模が大きくなったもの。

極端な格差社会が戦争をもたらす事も考えられる。

戦争という言葉を、かつての侵略戦争、帝国主義による戦争という側面だけで捉えることはできないのである。

最後に、
それであっても、人間性から我欲を取り除くことはタブーである。

競争のない世界が、我欲のない世界が、どのよううな世界になるか、考えるべきである。

天国の神様のような世界が理想と思われるか!

否、人間が神様になれると思うか(我欲を捨て去る事ができると思われるか)。

100億人の神様!

ありえない。

地獄絵を想像されることである。

人間のあらゆる我欲に対して拷問を与えているのが地獄であろう。

我欲を否定した世界こそ、地獄であるのだ。

地獄になるのだ。

戦争は最大の必要悪とも言えるのである。
それでも戦争を起こさないように最大限の努力をする事が使命である。

※ 孫子(愚痴人間)の兵法

戦わずして勝つ!

個人の我欲を肯定する、民主主義も資本主義も人間が手に入れた素晴らしいシステムである。

だが、それを享受するだけの心根では、正しく維持は出来ない代物であることを忘れてはいけない。

メンテ
Re: 戦争論 ( No.3 )
日時: 2016/12/25 21:33
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:KNWgpDp2

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メンテ

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