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[267] 当代世間裏算用
日時: 2009/10/14 23:01
名前: 満天下有人 メールを送信する

「経済学の怠慢」@

・・・世間胸算用は、江戸時代の浮世草子作家の井原西鶴の名作か・・・

江戸時代では大名から庶民に至るまで、世間の勘定にツケ払いは当たり前のこと、掛売り期間が長い商いは年末大晦日に決裁・・・庶民はツケ買いの胸算用が狂って決裁から逃れるために、大晦日が近づくと必死に智恵を絞る、知能指数はかなり高かったようである(笑)・・・

・・・江戸時代の両替商は今で言うところの銀行のようなもの、一定の保証金を担保に入れておくと小切手帳を発行してもらえた・・・掛け売り人もツケ買い人も、残高以上の小切手を発行し合って、それが残高不足の複数人が絡んでしまうと、売り人も買い人も訳がわからなくなって、大晦日を越えてしまう(笑)・・・

・・・昨今、世界を大不況に落し込んだレバレッジ・金融錬金術、主要諸国中央銀行もフアンド発行当事者も、一体どれほど未決裁残高があるのか、誰にも把握できない・・・その点に限って言えば、誠に西鶴が面白おかしく書いた江戸時代の風景と大して違いも無い・・

把握している未決裁残高とて、さて公的資金を引っ張り込むにはどうすべえか、ビクビクものの胸算用に忙しいことであろうが、これは表に出せない算用であるから、裏算用というものであろう・・・政治資金などと言うシロモノも裏算用の一つであろうか・・・

・・・西鶴の時代のそれぞれの家計の裏事情から生じる駆け引きは、まだ牧歌的な匂いがあって、ほほえましくもなるが、当代ではさようなわけにも行かない・・・
通貨を媒介しての庶民の暮らしなどと言うものから大きく乖離してしまって、正にお金様々だけが大手を振って街を、いや世界を闊歩し、庶民の暮らしなどとは全く無関係に動き、いや逆に生活を、実質経済を振り回してしまう・・・

今日のその光景は、江戸庶民が実質生活維持のためにツケ買いし、売り方がツケ売りした風景と似ても似つかぬものである・・・

・・・出発点は確かに、借金を証券化してあなたがたの借金はこれで儲けて返済可能になりますよと・・・だが証券化された借金を、別の機関が借金で買い、その借金をまた証券化し、更に別の機関がそれをまた借金で買い・・・延々と借金の額が天文学的数字に膨れ上がってしまった・・・

今日の地球とは、貨幣錯覚がどれほど無用な苦しみを自ら製造しているのかが分からないままに、ババ抜きゲームを行なっている惑星のようになってしまった・・・。
メンテ

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Re: 当代世間裏算用 ( No.67 )
日時: 2009/11/15 13:22
名前: 満天下有人


・・・<資本の独占が進むと、強大な力は政治を押えて、独占禁止法など骨抜きにするでしょう。
5社が2社になると、必ずカルテルが成立します。
グローバル化の名の下に巨大化が進んでいるその先には、企業=国家と言う構造が隠されています。>・・・

・・・これは良い指摘です、セフテイネットのない自由競争のスローガンの下に、結果は指摘の通の方向に進む危険性は十分あると思います・・・現にその現象のハシリは出ていると思います・・・

・・・そうですか、サンプロで西川自らも出て郵政民営化擁護論をやっていたのですか・・・これも仕分け場に出して本質について徹底した質問攻めにしてやっても良いくらいのものでしょう・・・

まあ亀井静香だんなが、元に戻すことで決定されたから良いようなもので、亀井はいつだったか、サンプロで竹中にドスをかませていましたね、あんたそこまで言うなら、実質米大金融に身売りの計画だったことを司法にやらせて見ようか、何なら告訴しても良い・・竹中の顔が一瞬青ざめていました・・・なのにTV屋が今更民営化擁護番組をやるとは、片腹痛い・・・

・・・昨日おむすびさんと1杯やりまして、帰路地下鉄乗車の際、重いモノを持ってヨタヨタ歩く私を見て心配して下さったのか、中年の女性がご親切に座席まで確保してくれまして、車中何の話からそうなったのか、定かではないのですが、郵便局は何故民営化したのですかと、聞かれましてね・・・

・・・車中でもあるし細かいことなど話できないし、でも民営化に怪訝な気持ちを皆が抱いていることは確かなようです・・・230兆円の現ナマ行く方を狙う計略の仕組みなど、一般はそう簡単には理解もできないでしょうね・・・それをいいことにTVお先棒担ぎは、いまだに図に乗っている
・・・

・・・米TVマスコミ界を牛耳るマードックの世論操作手法を、今だにわが国の連中は奉じているのですね、自由競争の名の下に結局は力が強いものが勝って独占的構造になっている、その新自由主義なるもの、後遺症がいまだ消えておりません・・・。
メンテ
Re: 当代世間裏算用 ( No.68 )
日時: 2009/11/16 09:56
名前: 天橋立の愚痴人間

満天下有人 さん、

いよいよ、修正(仮定)資本主義の有様または社会学の有様及び国家との関わりなど付いて論及して欲しいものですね。

最も、此処に踏み込めば「何を青臭い事を言っているとか」「寝ぼけている」とかの謗りを受けるでしょう。

このためには、哲学論を展開して衆意の有様を誘導しなければなりません。
私の分野は、どちらかと言えば後者の方が合っているように思っています。

無理難題を望みますが、考えていただきたく思います。

ともにノーベル平和賞ものの課題であると思います。

老体に鞭打って狙ってみますか!

ヒッヒッヒ
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Re: 当代世間裏算用 ( No.69 )
日時: 2009/11/17 00:26
名前: 役立ちの住人

生産の話です。

合理性を上げるということは。
1、人件費を維持したままに生産量の比率を上げること。
2、人件費を下げ生産量を維持する。
という二つの方法があります。
どちらも、相対的に人件費を下げることになり、相対的に生産性を上げることになります。

企業に当てはめた場合、企業は切り捨てが可能ですから。
3、生産性の低い部分を切り捨てる。
4、不要な生産量を減らすとともにそれに関る費用を減らす。
という手段が加わることになります。

社会全体に当てはめてみると。
1、の例では、人件費に対して物価が相対的に下がるわけですから、取得が下がったとしても、生活水準は必ず上がります。
為替相場も上昇するため物価が下がり生活水準は大きく上がる事になります。
2、の例では、人件費に対して物価が相対的に上がるわけですから、額面の所得を維持したとしても、生活水準は下がります。
3,4、の例は、国家に当てはめると、失業になります。
国家は、切り捨ては出来ないですから、これは、生活の保護に対して、生産が行われないわけですから、広い意味で2、に含まれます。
福祉の充実と景気の乱高下を防ぐことによって、4、の例は本当に不必要な部分を除いては、なくすことが可能です。

貿易を視野に入れると。
1、の例では、為替相場が異常な数字にならない限り、生活水準は上がります。
4、の例では、生産性が高いならばなくすことが出来るため、生活水準は上がります。
同じく4、の例では、生産性が低いならば、2、3、の例に含まれることになり生活水準は下がります。

2、の場合は、文字道理に生活水準を下げます。
輸入規制、税の再配分の二つが考えられますが、
どちらも、1、に負担をかけ、物価を上げるまたは所得を減らすことを意味するために生活水準は下がります。

3、の例では、失業を補填しなくてはなりませんが、物価は下がります。
所得を失い、生活を保護するわけですから、失業が多い場合、物価の下がり方が少ない場合は、生活水準が下がりますが、
失業が少ない場合、物価の下がり方が大きい場合、生活水準は上がる事になります。

計算式としては、
輸入量、掛ける、(価格降下、引く、品質)引く、(失われた所得、足す、生活の補償)
為替相場は上昇傾向になりますから、これに物価下降分の総和、から為替差益による損失を引いたものを、足す必要があります。
大まかにはこうなりますが、まだまだたくさんの要素が絡んできますので、正確には計算できないでしょう。
どちらにしても極端な差にはならないようです。

生活水準そのものは、国内消費の総和を物価で割ったものということになりますが、
その社会にどれほど高い人件費に耐えられる、競争力の高い企業があるか、によって円は強くなり物価を下げ相対的に所得を押し上げます。
競争に耐えられない企業は、給与水準の低下または、失業を生み出し、生活水準を下げます。
国内完結型企業の生産性の高さは、物価を下げ生活水準を押し上げ。低さは物価を押し上げ生活水準を下げます。
輸入障壁は、物価を押し上げ生活水準を下げます。

なんだか堂々巡りみたいですが、
日本社会で一番特徴的なのは、強い通貨に対して、物価があまりにも高いことです。
これは、生産性の産業間格差が、いかに大きいかという証拠になります。
円が強くても物価が高ければ生活水準は上がらず、輸入による競争だけが国民生活を襲います。
人件費の割合の大きい産業は、よほど生産性が高くないとついて行けません。
逆に言うと、物価が低ければ、生活水準を下げることなく競争力を維持できるということです。

要するに全ての産業全体の生産性の高さが生活水準を決めているということは、明らかです。

自由な競争を前提とした制度で始まった産業であっても、長い自民党政権化での保護政策で、生産性を落としてしまった産業をいきなり円高と新興国の輸出攻勢に襲われてはなすすべもありません。
生産性が高くとも人件費の割合が大きい産業は、保護政策で固定された高い物価に大きく引きずられることになります。

国内完結型産業の生産性の低さは目に余るものがあります。
物によっては、合理的な理由なしに諸外国の数倍といったものまであります。
いかに自民党政権下で、公正取引に対する意識が無かったかを証明しています。

法人税の高さも国内から産業を追い出し、空洞化を引き起こす要因になっています。
国内完結型の産業ならまだしも、輸出可能な産業が、高い円、高い物価、高い人件費、高い法人税、四重苦の中わざわざ国内に生産基盤を持とうとはするわけがありません。

しかし自民党時代は、保護してはいけない産業を、過剰な保護で守り。
他産業を苦しめ、消費者から搾取させてきました。
優遇しなければ、残ってくれない競争力のついた産業を苦しめてきました。

金権政治に頼らなければならない産業は、どちらにしても社会の役に立ちません。
政府を無視できる産業こそが社会に必要なのです。

政治家は自分たちの必要性から、全く逆のことをしてきました。
その結果が今出ています。
民主党も自民党と同じ発想です。
近頃は国民世論までが、彼らと同じになってきました。

解らないとは、恐ろしい話です。

これ以上、こんな事を続けて、何も無い国にしてしまうつもりですか?

メンテ
Re: 当代世間裏算用 ( No.70 )
日時: 2009/11/17 18:44
名前: 満天下有人


「レス投稿」

・・・<ともに平和賞ものの課題であると思います。>・・・

・・・あはは、賞金を狙ってやるのも一興かも知れませんね、でもそれにしては賞金額が小さいですね(笑)・・・それ以前にこの賞は、社会分野では時に変な授与もありますし、新自由主義新古典派への授与、平和賞ではミヤンマー・スーチーさんへ授与、意図は良かったとしても、解放へ余り役に立っていないし・・・

ただ今回受賞のオバマ大統領が先日のAPEC会議で、ミヤンマー首相に直に解放を迫ったようではありますが・・・

・・・昨日TVのスイッチをONしたら、たまたまNHKが、元気列島にっぽんで、奥丹後の紅葉を紹介しておりました・・・きれいですねえ〜、海の幸、山の幸に囲まれて実に平和に生きていける場所だと思いましたね・・・

それが食べて行けない層が増加して居る・・・工業化された社会では農林水産天産物だけでは食べて行けない、工業化による産業移転は、特に農業労働力の移転を伴なって農業を衰退させました・・・工業化の促進は普通の場合逆に、食糧の需要を増加させるものですが、同時に農業放棄を伴ない、不足分は輸入に頼るという構造を産んでしまいました・・・

ところが移転した労働は構造変化、言うなれば新自由主義による国際的な規制緩和で所得を得にくくなるという悪循環が始まってしまいました・・・

起こっている現象をいくら批判してもしょうがない、資本主義の枠内ではどうしようもないことだと思います・・・資本の本能はあくまで資本にとっての利潤を最大化することですから、これに規制をかけるということは出来ない、修正も出来ない、修正出来たらそれはもう資本主義でなくなっているということになります・・・

・・・資本主義でなくなることに最も懸念されていることが、自由の喪失、あるいは発展のモチベーションを削いでしまい怠惰現象が生じて来る・・・でも自由なるものは別に資本主義が生み出したものではなく、元々の自由を利用して資本主義が成り立っているものとも言えると思いますから、別の社会形態になっても自由が無くなるとは、一概に断定できないと思います・・・自由な共生社会というような形も想定できると思います・・・

・・・前回ほんの思いつきで水素エンジンの実用化実例を出しました・・・新たな生産物開発のとき、それを従来型の資本的生産関係を利用するのではなく、共生〇〇会社とかにして、最初から付加価値の配分を決めておく、生産は各地域で分割して行なう、資金は当初は国家が支出する・・・

一見、共産主義国家の国営会社のような感じですが、国家が支配するとかそういうものではなく、あくまで共同的な概念を基本にしておく,国家は単に側面支援的な位置つけにしておく・・・労使権利の交渉とかさようなものは最初から不要なものにしておけば良いと思うのです・・・

いやそれでは面白くないというのであれば、現状のままで苦しんで行けえ〜ってなことになりますね(笑)・・・。
メンテ
Re: 当代世間裏算用 ( No.71 )
日時: 2009/11/17 18:51
名前: 満天下有人

「レス投稿」@

私の新古典派批判は、効用と限界理論を軸にしただけの余りにもばかばかしいミクロ論に対してであり、どうでもよいのですが、しかしその論理が新自由主義と相乗して前世紀末から世界を覆い、資本的生産関係の限界を示し始めた、その現実の根を探る意味でほんのさわりの部分を抽出したものでした・・・そのことは、彼の供給の限界原理の稚拙さにも通じ・・・

「生産の話」に関連します・・・
ここで言われていることは、端的に言えば資本の生産性と労働の生産性は常に相反する矛盾を抱えているということですね・・・これを、
「社会全体に当てはめた」とき、生産性の向上は相対的に物価を押し下げるという要素は確かにありますが、問題はわが国の場合、第一次生産要素財が全部輸入しなければならないという特殊性があります・・・資源のない国ですから・・・

そして第二は、資源輸入国であるという要因と、いまだに土地神話が強くて、地代家賃が高すぎることも原因の大きな部分でしょう・・・

生産性が低いも一つの要素は、これもわが国の特殊構造ですが、圧倒的多数の中小企業で生産の底辺が支えられている・・・統計を見る限り中小の生産性はかなり低いものです・・・それは特にサービス産業で顕著です・・・この労働集約型産業の生産性をどうするかが大きな命題になって来ます・・・

・・・それよりも何よりも鳥瞰図的に見ると、新自由主義の拡大、規制緩和によって逆に社会不安が増幅した、移動型でない我が民族は将来の不安に備えて、従来から強い貯蓄性向を一段と高めてしまった、消費生活は極力安いものに集中する、それがグローバリ化と相まって、他国の生産性の高い商品で生活を維持しようと言うパターンになってくる・・・

生産性を上げても上記理由による社会インフラコストの高さから、実質生活は向上しないという構造ですね・・・まあもう首都圏における交通費の高さなど、端的な例でしょう・・・後で関連してきますが、税制、社会保障費にしても、税を払うとそこを基準にして社会保険料支払いが自動的に増える仕組みになっている・・・アメリカは自己責任思想が強い国ですから別にしても、英独では考えられないシステムです・・・
メンテ
Re: 当代世間裏算用 ( No.72 )
日時: 2009/11/17 19:07
名前: 満天下有人

レス投稿A

「為替と物価」
強い通貨に対して物価が高すぎる・・・先ずは果たして円は強い通貨なのかということに疑問を感じます・・・目下の円高は円が強いのでなく、ドルの弱体化に追い討ちをかけた金融破綻による、単なるドル弱体化の裏返し円高であると思います・・・

・・・日銀は別途、実質実効為替レートなるものを出していますが、1973年ニクソンショックの時の約300円の円為替を指数100として以降実質円レートを計算しております・・・

主たる計算要素は物価と、貿易相手先世界主要通貨との実質交換レート、及び国力なるものも少し要因に入れたものですが、先月の指数は117.80です・・・117円80銭が実質レートであるという意味ではなく、あくまで73年に対する指数ですから実質実効レートは300円x1.178で、実際の実力は353円40銭です・・・

これも物価が相対的に高いからでしょう・・・その考えられる要因は上記の通りですが、その遠因はやはり為替問題、83年のプラザ合意による内需拡大が社会インフラのコストを上げて固定化させてしまった・・・今の円高の原因がドル弱体化の裏返しにしか過ぎないのだから、従って名目為替レートが高くなって行くことが物価を下げ、必ずしも生活水準を上げることにはなっておりません・・・

・・・なぜなら、既に最終製品での輸入が増加しており、これが物価抑制として作用している面もあるにせよ、同時にGDPの抑制としても作用しますから、生活水準の向上にも結びついていない・・・いつかも書きましたが家電製品も中国大手の家電販売業者である蘇寧電器が日本の業者ラオックスを買収にかかり、ここで中国生産の安い家電を(実際はシャープとかパナソニックが現地で製造)ラオックス販売網に乗せる、また別の業界では雑貨ドラッグストアが日本の販売網ドンキホーテに触手を伸ばし始めている・・・

ここで資本が資本の生産性向上策は取っても、国際競争力の掛け声の下に、それを根拠に労働の生産性が切り捨てられ、資本の生産性が上昇して物価が下がっても、労働者側は購買力の低下が避けられなくなって、結局は安い輸入商品へ傾斜して行く・・・。

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Re: 当代世間裏算用 ( No.73 )
日時: 2009/11/17 19:28
名前: 満天下有人

「レス投稿」B

「法人税減税」

・・・国際競争力を高める名目での法人税減税は、引き下げ競争激化をもたらし、最後はどちらも法人税0という結果を生み、私は感心しません・・・
  
そこに至るシミュレーション算定は面倒なので省きますが、どうしても法人税減税ならば、昭和30年台にあった輸出奨励金制度を復活させる方が良いし、税制面からの競争力強化は0サムゲームに陥る・・・、第一GDPに占める貿易収支は僅か2%ですね・・・それなら国内産業保護に精力を向けた方が余程効率的であります・・・
ただし国際会議がどこまでグローバリ弊害を認識しているかによって、補助金とか奨励金を認める合意を得るのは困難でしょう・・・

・・・でも現実にわが国法人税はそんなに高いのか・・・2年前のデーターで少し古いですが、わが国の法人税はずっと下げられて来て実効税率は、法人事業税5%が損金参入可ですから39%くらいでしょうか・・・

米国40.75 ドイツ38.91 フランス33.83 中国33%・・・米国税率はそんなに差があるわけでもないのに、自動車産業が現地進出したのはむしろ為替レートによるわが国の外貨準備の増大が原因であったし、中国もむしろ税率の差というよりは、低賃金による競争力の部分が大きいと思えます・・・

仮に中国と法人税を同じにしたとして、わが国の繊維産業にせよ何にせよ、国産産業が復活すれば何よりです、一度実験してみるのも悪くはない・・・でもわが国のも一つの特殊性,巨大な国家負債がどうしてもネックになって来る・・・

ま、税率の格差を競うと最後はどちらも法人税0になるまで競争が続き、それならそれで法人税は撤廃してしまへば良い、しかしそこを何で埋めるかの問題が生じて来る・・・既にわが国の家計に対する課税最低額は世界比でかなり低い(それだけ納税額が大きくなる)・・・

夫婦子供2人:日本325万円、米369、英327、独491、仏387・・・とまあ、ざっとこんな具合ですな・・・おまけに住居費、電気ガス、食料など、先進諸国の倍から3倍くらいです・・・

・・・巨額財政赤字、それが毎日毎日増加して行く、それが減税の足かせとなりあれこれ障害が多々あるなら、国際競争力なり何にせよ、一定の与えられた旧枠組みの中で、目先現象を解決すると言うより、あっと驚く抜本的な政策をやらない限り、どうにもならない・・・
先ずは国債を燃やしてしまって新円を発行し、その影響排除のため一時的に外部とも遮断して旧資本主義にさようならして、新たな共生国家を目指すとか思いきったことをやらないと・・・でないと、何も変わらない・・・、目先対処療法だけでは破綻するのは目に見えていますから・・・仕分け作業はそれはそれなりに必要、でもその先のことが国家戦略としてどうも見えない・・・

・・・まあ財政破綻にしても案外ノンキに構えているのは、いざ鎌倉の覚悟が既に極秘で了解があると見ます・・・でないと、一般会計に占める国債費、もう青天井になって、少々の成長率ではカバーなど到底不可能です・・・これだけははっきり断言できる・・・。
メンテ
Re: 当代世間裏算用 ( No.74 )
日時: 2009/11/18 00:32
名前: 役立ちの住人

お返事ありがとうございます。

先ず。賞金を狙っているというのは、何のことでしょうか?

私はまじめにお話をさせていただきたいと思っています。
そういった何の根拠も無い思い込みに、簡単にとらわれてしまう姿勢は、何を考える上でも、間違いの基になります。

社会や人間といった大きな課題であればなおのこと。
時には、たった一つの根拠の無い思い込みが、思想全体をゆがめてしまうことさえあります。
多くの歴史事実が、そうした事例を物語っています。

根拠のある話、建設的な話をしましょう。


はじめに、、規制緩和策に対する批判という主題で話されているということは良く解りますが。
その先の展開、対象となる理想論が、まだよく見えてきません。
したがって、個々のお話に対する意味の確認と、私の考えを紹介するという形にさせていただきます。
揚げ足取りのような印象になれば、なにとぞご容赦ください。

>工業化された社会では農林水産天産物だけでは食べて行けない。

この原因は、日本人の土地をめぐる価値観にあります。
理論的には、工業の生産性向上は、農業にも大きな利益をもたらします。
未だ円の弱かった時代には実感として感じられたはずです。

日本で、逆の結果になったのは、技術の工場で大きく生産性を上げた工業に対して、
農業では、土地そのものの経済的価値に対して、あまりにも高い地価と土地市場の硬直化を主な原因として、主に土地による制限のため生産性が上げられなかったことによるものです。
土地問題に市場原理が働きさえすれば、工業は労働力を確保しながら、農業は就農人口を減らし結果として生産性を伸ばし、工業、農業共に大きく生産性を上げることができたでしょう。

今からでも、土地をめぐる構造的な問題、その基になる文化的な価値観、そうしたものを変えることで、農業生産性は大きく伸ばすことが可能です。

理論的には簡単なこと、明白なことですが、そこまでする切迫性があるかどうかが一番大きな課題だと思います。


>自由な共生社会というような形も想定できると思います・・・

満天下有人さんを含めここで出会う多くの目上の方々の発想の根底に、資本論の影響を強く感じます。
こうした本来は善でも悪でもない方法論に、頭ごなしに善悪の区別をつけてしまう社会の風潮。
坊主憎けりゃ袈裟まで・・・のような社会の風潮により大きな問題を私は感じます。
あくまでも目的は、大衆の幸せにあるわけですから、どのような考え方も有効なものは最大限に取り入れて行くべきです。

自由な共生社会とは、要するに社会主義の本来的な理想、目標であったものと同じものであると考えても差し支えないでしょうか?
旧ソ連でも当初こうした考え方から国づくりが行われていたようです。
国家による統制経済との併用であったようですが、初期の段階では、こうした考え方は大きな効果を生み出したようで、社会の効率すなわち国力の面では資本主義を凌ぐ高さを発揮した時期もあったようです。
これは、理論的にも整合性があります。

社会的な自由の喪失に関しては、民主主義の問題ですので、社会主義国家、自由主義国家といった経済体制は確かに関係ないと思います。
それはその通りなのですが、自由市場の長所は消費者主義にありますが、社会主義の長所は、責任の共有であると思います。

経済活動の責任と利益を個人が負うか、それとも共生会社が負うか、それとも社会全体が負うかということです。

付加価値の配分を、どの段階で、誰が決めるのか、生産の配分は誰が決めるのか、誰がその責任すなわち、発生する富または負担を負うのか。
それによって想定される社会のあり方、形が随分違ってくることになります。

共生会社が負うという事になると、法人のあり方を変えた資本主義ともいえると思います。
社会が負うという事になると、民主主義の維持は今よりも遥かに難しくなります。


レス投稿、に対する返信です。
メンテ
Re: 当代世間裏算用 ( No.75 )
日時: 2009/11/18 08:31
名前: 満天下有人

・・・今日は所用外出のため、疑問に思われていることのさわりの部分だけ取り敢えずお答えし、細かくは別投稿にします・・・

・・・ノーベル平和賞の賞金狙いとは、天の橋立さんに対するレスです・・・
氏が、冗談交じりに<ともにノーベル平和賞ものの課題であると思います。老体に鞭打って狙ってみますか!ヒッヒッヒ>なるユーモア交じりの皮肉に対し、私も<それにしては賞金が小さいですな>と、ユーモアの積りでレスしたものです、それだけのことです・・・

・・・<満天下有人さんを含めここで出会う多くの目上の方々の発想の根底に、資本論の影響を強く感じます。こうした本来は善でも悪でもない方法論に、頭ごなしに善悪の区別をつけてしまう社会の風潮。坊主憎けりゃ袈裟まで・・・のような社会の風潮により大きな問題を私は感じます。あくまでも目的は、大衆の幸せにあるわけですから、どのような考え方も有効なものは最大限に取り入れて行くべきです。>・・・

・・・これは、現状を憂いて、ではどうすべきかを考えるとき、それぞれのアプローチの仕方の違いでしょう・・・何がおかしいのか分析して行くと、待てよ、この矛盾は誰か先哲が既に分析していたな、ああ、あれは資本論だったな、ひっくり返して読み返して見るに、正にその通だな・・・

共産主義的政治論は抜きにして社会構造のどこにネックがあるのか、科学的に鳥瞰してみると、新自由主義であれ新古典派であれ、金融資本であれ産業資本であれ、資本論が喝破していたその通りであると・・・総社会的な価値認識、価値と使用価値の乖離、貨幣を媒介しての価値観の歪み等々、その分析手法はよく矛盾を見抜いている・・・

・・・そう思うことが「影響を受けている」と見るか、現代の矛盾解明の手法として用いていると見るか、これはもうそれぞれの感じ方、見方によりますから、不毛の平行線を辿るだけなので、深入りは避けます・・・

ただヤフー投稿以来掲示板への投稿も約8年になりますが、どこの場合でも、現状資本の歪みについて批判すると必ずマルクス主義者、果ては共産主義者、サヨなどという批判に出会います・・・これもわが国の一つの傾向ですね・・・影響など受ける以前に分析して行くと奇妙に資本論の分析に限りなく一致してくるだけのことです・・・

さてそこからどうすべきか・・・資本論はまさしく経済の哲学的側面からも「客観的な」分析はやっている・・・しかしなあ、人間というものは、利己心とか、むしろ形而上的世界の生き物でもあるし、客観的な事実はそうであっても、だから冷たい分析と実行手法だけでは、そう簡単に世の中おさまるものでもないだろうし・・・

よって<その先の展開、対象となる理想論が見えて>来ない、暗中模索しているわけですから・・・でも先ずは現状おかしいことは指摘する、それなしで理想を構築することは足なし幽霊のようなものであると、少なくとも私はそう考えております・・・

そうでないと正に<たった一つの“根拠の無い”思い込みが、思想全体をゆがめてしまう>・・・

私はそうならないように、極力「根拠」を実証して批判することを心がけております・・・よって現代の矛盾は決して思い込みによるものではないと思います・・・まさに<多くの歴史的事実が事例を物語って>いるわけですから・・・。
メンテ
Re: 当代世間裏算用 ( No.76 )
日時: 2009/11/18 09:28
名前: sharinch

満天下有人さん お久しぶりです。

<・・・これは、現状を憂いて、ではどうすべきかを考えるとき、それぞれのアプローチの仕方の違いでしょう・・・何がおかしいのか分析して行くと、待てよ、この矛盾は誰か先哲が既に分析していたな、ああ、あれは資本論だったな、ひっくり返して読み返して見るに、正にその通だな・・・

共産主義的政治論は抜きにして社会構造のどこにネックがあるのか、科学的に鳥瞰してみると、新自由主義であれ新古典派であれ、金融資本であれ産業資本であれ、資本論が喝破していたその通りであると・・・総社会的な価値認識、価値と使用価値の乖離、貨幣を媒介しての価値観の歪み等々、その分析手法はよく矛盾を見抜いている・・・>


ここ数ヶ月、現状社会について再考のため、「資本論」の解説書を読んでいますが、
そこで感じたことが正に上文のとおりです。

そして、今、マルクスの経済学批判の焦点として考えられる二つの焦点、

@ 史的唯物論の公式(弁証法的考察)
A 労働力の商品化による階級間の歪(搾取による資本の蓄積過程)

のどちらに焦点を絞るかについて悩んでいるところです。

 満天下有人さんの投稿を今後とも楽しみにしております。






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