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[2716] 満天下有人さんの名言と重要内容
日時: 2017/06/17 17:04
名前: イントィッション ID:Mkk4J4kE

2011/07/27 18:02名前: 満天下有人 ID:Ekdjbk.w

・・・やはりこちらに場所を移しますね・・・

・・・サブローン破綻から生じた累積額(損失)は、野村資本市場調査では6京円とも報告されていました・・・

この債権債務者の構図がどうなっているのか、真相は誰にも掴めないようです、それぞれの多岐に亘るデリバテイブ取引残高を累積すると、ほぼさような数値になるということでしょう・・・大元が例えば米年金基金であっても、その先にはA、B、C、D、Eと紙切れの上に紙切れが重なっていることでしょう・・・

無数の欧米金融機関や企業が重なっている筈で、欧州では未だにストレステストをやっても主な所だけで、しかしその連鎖は途方もない錯綜となっていることでしょう・・・ECBは未だに自己資本不足の金融機関が相当あると言っていますね、ギリシャ、スペインなどの国債中心の財政破綻とは別にです・・・

・・・処方箋としては、信用連鎖の大元を防御しておくしか手が無い・・・所謂裏書回し手形を想像すれば理解出来ると思います・・・

・・・まあ邪推すれば損失を巨大に見せかけて、資金を引っ張り込む作戦も無いとは言えない・・・我が国の例では、野村HDがリーマンのアジア部門買収、三菱UFJがモルガンスタンレーに約1兆円出資、みずほがメリルリンチに出資、三井住友はゴールドマンサックスへ・・・と、出資の形でそれぞれの自己資本不足をカバーしてやりながら、彼らの牙城であった金融市場への足掛かりをつくる・・・

・・・しかし、それで根本にある不良債権の方がついたということにはなりません・・・結果として円高ドル、ユーロ安で、彼らの損失を埋めてやっているという構図でもありますね・・・。







メンテ

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「スラム化の理論を排除せよ」B ( No.244 )
日時: 2017/07/04 14:16
名前: イントィッション ID:EtUtqUtQ

日時: 2009/11/12 22:47名前: 満天下有人


「スラム化の理論を排除せよ」B

・・・彼らの論理の次ぎの柱は・・・A限界効用理論
というものである・・・

・・・個々人の主観的価値観は、ある時点で合理的な結果をもたらすという仮定論理である・・・どういうことかと言うと、経済行為、それも個々人の行動に主体を置いているから、個々人の消費生活から合理的な結論が得られ、それが市場全体を合理的な動きにするというものである・・・個人の主観的価値観とて際限が無いものではなく、自ずと限界がある・・・それが彼らが言うところの限界理論である・・・

よく引き合いに出されるのが、家計におけるコメとパンの消費関係である、コメとパンの消費選択をする場合、合理的家計人はコメとパンの価格差を見て、限りなくどちらかの選択を多くして行く・・・選択の限界は、パンをコメに、あるいはコメをパンに代えようとするとき、値段が関係して代替する限界が生じるというものである(=限界代替率)・・・

しかしそんな個人の嗜好に近い個別分析をした所で、総社会での価値形成とは何の関係もない・・・彼らが主張する価値観は、あくまで主観的個人的価値観であって、その集大成が必ずしも社会全体の価値形成に関連するとは断定できるものではない・・・正に合成の誤謬というものもあろう・・・

・・・そして大きく欠落している論理は、個人的価値観も長い歴史に培われてきた伝統、文化、あるいは宗教観も入るであろうが、それぞれの地域によって社会的欲望あるいは趣向も異なる、そこを取り入れずに全てを一つの価値観で括ってしまうところに大きな欠落がある・・・自由な主観的価値観を唱えながら、一つの価値観で括ってしまうようなことは、大いなる矛盾ではないのか・・・その矛盾はどこから生じるのか、多様な形而上的嗜好を一つの仮説に、しかも科学的分野に押し込めようとするからであろう・・・

ハイエク一派が別にWTOなどに仕掛けて規制撤廃、関税廃止を唱えたわけでもないであろう・・・だが擬人化された個人・私的資本に、オレたちも一つの個人体であるから、オレたちの主観的価値観遂行もOKだという口実を与えてしまった・・・

・・・この擬人化された個人に新自由主義者たちは、規制撤廃の論理を与えて、法人税の引き下げ、労働の自由化=派遣労働の推進を行なはせ、底辺層を広げ社会をスラム化する因子を与えた・・・しかも一国内のことに留まらず世界規模で・・・

彼らのような離散民族でない民族は、そう簡単に別の価値を求めてたやすく移動できるものではないのである・・・。
メンテ
「スラム化の理論を排除せよ」C ( No.245 )
日時: 2017/07/04 14:22
名前: イントィッション ID:EtUtqUtQ

日時: 2009/11/13 18:27名前: 満天下有人


「スラム化の理論を排除せよ」C

・・・彼らの論理の三番目の柱は、所謂B均衡論である・・・

先に、個々人の主観的価値観が消費行動を規定し、それは限界効用によって消費の選択がある時点で合理的な水準に落ち着いて行くという論を紹介した・・・商品価格もこの消費側の需要度によって決まる、供給側もそれに応じ、供給量及び価格も決定され(供給側の限界理論)、均衡が生まれるというものである・・・

・・・パンとコメの選択関係におけるように、消費者行動が決定されると言う論の裏づけ・補強としてよく持ち出されるのが「パレート最適」なる理屈である・・・いや新古典派にとっての理想とする「完全競争」状態における需要と供給論の支柱ともなっている・・・(そもそも完全競争状態なるものからして、非現実的な絵空事であり、形而上的なものであるのだが)・・・

イタリア経済学者パレートというおっさんが考え出した理屈で、その名前が付けられたもので、どういう理屈かというと、前回のコメ・パン選択の理屈もこの範疇に入る・・・

パレート最適論とは、ある集団のうち誰かの効用・満足度を犠牲にしなければ他の誰かの効用は高められないという理屈なのである・・・一見、政府による再分配社会保障政策論のようにも聞こえるが中身はそうではない・・・

ある者Aがケーキを100個所有し、ある者Bが饅頭6個持っていたとする・・・どちらもケーキだけ饅頭だけでは満足度が得られない、そこでAがケーキ3個、Bが饅頭3個をそれぞれが交換したとすると、双方3個づつの満足度が得られる・・・つまり効用の均衡が促進されるという理屈である・・・

だが消費者効用の観点から見ると、確かにケーキ三個と饅頭三個は,交換によって満足度効用の役目は果たしている・・・しかしだ、Aはまだ97個も持っている・・・
この97個をどうにかしないと、「総」社会的な効用が得られないことになる・・・

一つはAが所有していた最初のケーキを変更するしかない・・・第二は、残りを他の牛乳であれオハギであれ、限りなく交換して行くしか方法がない話になる・・・
これが彼らが言うところの「交換過程を通じて、合理的に」効用が分配され、しかしその効用は限りなく分配されるのではなく、個人的嗜好によって必ず限界が生じる、所謂限界効用説なる論理を導き出す・・・そしてそこに媒介するのが貨幣であり、それによって価格が合理的に決まって来て、そこに均衡が成立するという理屈である・・・

・・・しかしこの論理、どこかおかしくないだろうか?・・・。
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「スラム化の理論を排除せよ」D ( No.246 )
日時: 2017/07/04 14:28
名前: イントィッション ID:EtUtqUtQ

日時: 2009/11/14 11:53名前: 満天下有人


「スラム化の理論を排除せよ」D

雑用の合間を縫って書いているものだから、あっちへ飛び、こっちへと些か流れが悪くなって(笑)、

・・・新自由主義、新古典派、彼らの論理、どこかおかしくないだろうか?、というより何かが大きく欠落しているのではなかろうか・・・

でも彼らにとっては何もおかしくないのである、それは彼ら新古典派の論理の出発点が、自由な個人の主観的価値基準を中心に始まっているからである・・・しかしながら「総」社会的価値形成なるものは、個々人の主観的価値基準だけで形成されるものではないであろう、特に経済関係においては・・・確かに個々人の価値基準が集合して客観的な価値が決まる、そのことは別に全面否定するつもりはないのだが、事実はそもそもの個人的価値基準さへも満足されない結果が世界を覆っているということである・・・

・・・そこを無視して供給・需要の均衡及び商品価格の決定論を、膨大な方程式まで使って効用・満足度の計算をして一体何になるのだろう・・・誰だったか名前は忘れたけど、経済学は所詮観賞用飾りものであると言はれていたが、再度申すならそれはそれで構わない、だが鑑賞から飛び出して現実の人間生活を困らせるから、困ってしまうのだ・・・

・・・彼らの論理で言うところの均衡理論、そこで価値や価格が形成されるという理屈は、個々人の効用、満足度が総社会を規定しているということである、供給、需要の均衡もそれに規定される理屈になってしまうのだが、現実は果たしてそうなのか・・・

個々人の限界効用を基礎に均衡論を打ち立てた大御所はレオン・ワルラスである・・・19世紀末の学者だから、新古典というより古典派であるという印象を受けてしまうが、アメリカ学者の誰だったかが、時代の新旧は別にして諸派の理論を区分けして再分類した所からネオクラシカルという括りが出来た・・・共通点は束縛されない自由な個々人の主観的効用・満足度=限界理論がベースになっているものである・・・

前回ケーキ百個と饅頭6個の交換による効用均衡の話をパレート最適論を引用して、ごく入り口のことを紹介した・・・実はこのパレートさん、元々は数学者、物理学者、建築工学者なのだが、ある自由主義者の紹介でワルラスと知り合いになり、一転して経済学者になった人である・・・
彼のケーキ、饅頭交換による効用の話も、ただそれだけのことであると批判したが、実はパレート氏も同じことを感じ始め、富裕層Aの満足度は貧困層Bの満足度を低下させ、貧困層の満足度の上昇は、富裕層が満足度をどこまで低下させることができるか、その接点だけを見つければ良いというだけの話になる・・・(所謂パレート最適における無差別曲線上で、接点がどこにあるか、その接点も座標軸上では限りなく移動する)・・・

その接点とて、そこにおけるAとBの効用を表しているだけで価値観の違いを経済学は問うていない、つまり満足度を求める利害だけを得、数学的に計算すればそれで終りとしているだけである・・・

・・・もし新古典派と言われる学者たちが思想の根底に、個々人の限りなき自由から派生する主観的価値観を置いて経済行為を見ると言うのであれば、それぞれがかなり違う価値観、目的,感情、満足度を持っているのだから、そこまで立ち入らなければ意味が無い、しかし経済学でそこを分析するのはムリであり、かつ経済学そのものは、そんなことを目的とはしていないから、これ以上経済学に留まっていてもしょうがないとしてパレートは、社会学者に転向してしまった・・・

氏の有名な理論に2:8論というのがある・・・世の中は常に2割の富裕層とそれ以外の8割の層で構成されている・・・もし資本主義的生産関係において2割層の満足度を減少させ8割層の満足度が上昇するなら、「社会の“為の”効用」は達成される・・・同時に一国を一つの「社会効用」の角度から見ると、2:8における不平等感はあっても、総体としての富は資本主義社会の方が大きくなるではないか・・・

つまりパレート最適が満たされれば、資本主義下での不平等は正当化されることになる・・・これは、これからの資本主義はどうあるべきかという問題について、大きなヒントを与えているし、修正された資本主義なるものは、果たして有り得るのか、存在し得るのかという実に大きな命題をも含むテーマを暗示している・・・

・・・行き着く先は社会学の範疇になってしまい,目下は新古典学派の形而上学を剥いでいる最中なので、別の議論に委ねたい・・・。

メンテ
「スラム化の理論を排除せよ」E ( No.247 )
日時: 2017/07/04 14:34
名前: イントィッション ID:EtUtqUtQ

日時: 2009/11/15 09:36名前: 満天下有人

「スラム化の理論を排除せよ」E

・・・結論を言うなら、結局のところ新古典派は、人間にとっての基礎的な経済関係、つまり供給と需要の関係は個々人の主観的価値観が規定し、商品価値及び価格も市場を通じ(市場主義)、人間の限界原理で決定されるものとした・・・

・・・この理屈に一貫して大きく欠落しているものは何かと言えば、生産側の主観的価値基準がどのようなものであり、それに基づいて商品価値がどのように創出され、それを通じ価格がどのように決定されるか、それを「総」社会的な器の中で追求する形跡が全く無いことである・・・

端的に言うなら、商品の価格なるものは供給側の生産性が向上すれば低下するし、あるいは私的資本の生産形態では、彼らが帳簿的原価計算上で「人件費」として処理する部分を低減すれば供給側が提供する価格は下がるということである・・・

そこを無視して、商品の最終段階である価格なるものが需要側個々人の効用によって決定されるという均衡論は、云って見れば、市場におけるセリ市的価格決定論である・・・築地魚市場でのセリ市と同じような価格決定論に過ぎない・・・

売り手と買い手がセリ合うその過程で決定される価格によって「総」社会的な供給と需要の関係が均衡し充足されると言うのは、幻想でありまやかしである・・・くどいように総社会的という用語を繰り返している理由は、生産と需要の関係は全体として社会全体の再生産を可能にするものでなければいけないということである、生産に携わる者は同時に需要者、消費者でもある、だから再生産が可能になっているのである、可能であるから社会が存続出来ているのではないか・・・そこを見落とす論は形而上的である・・・

価格と言うものも、繰り返し行なわれる再生産の過程を通じて形成される一つの標識にしか過ぎない・・・経済関係において生産される価値というものは、供給側の主観的価値基準と、それを受けて立つ側・需要側の「効用」度だけによって決定されるものではないはずなのだが、それを強調するのは、何かを隠蔽しようとしているからである・・・

それは供給側の論理が利潤を求めてその蓄積を第一義とする主観的価値判断を基礎に経済社会を支配しようとすることにある・・・そこには社会全体の再生産を維持せねばという正義はもともと存在していないということである・・・

ここにも新自由主義者、新古典派たちの奇妙で矛盾した論理が伺える・・・何故矛盾した論理になるかといえば、彼らの主張の第一が個々人の自由、平等、主体的価値観といういわば形而上の世界に属する概念を、再生産という純粋に経済関係の問題に持ち込んでいるからである・・・

形而上的概念での自由、平等、価値観なるものは、支配されない、隷属されないという希求の裏返しでもある・・・それを言う論者がでは何故、資本の支配、資本への隷属を否定しないのであろうか、正義を唱えながら一方でこの支配、隷属関係は不正義ではないとでも言うのであろうか・・・いやそれを言うと自らの論理が破綻するから、隠蔽しているのであろう・・・
彼らが主張する市場主義も、何かを隠蔽しているものである・・・先にセリ市的価格決定論を批判しておいたが、彼らの価格決定論は、人間の生産的手が加わっていない天産物資源取引のことを言っているだけではないのか・・・

それとて現実には価値の形成でもなく単に思惑から生じている投機に過ぎなくなっているし、細工された需給情報によって価格が決定されているに過ぎない・・・単なるセリ市「市場」であり、出てくる価格はセリ市価格にしか過ぎない・・・そんなもので市場主義を唱えられると、再生産が出来なくなる・・・
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「スラム化の理論を排除せよ」(完) ( No.248 )
日時: 2017/07/04 14:40
名前: イントィッション ID:EtUtqUtQ

日時: 2009/11/15 09:40名前: 満天下有人

「スラム化の理論を排除せよ」(完)

・・・再生産とは明日も来年も100年後も、人間が生存することを可能ならしめるものである、人間労働の手が加わっているが故に明日のカテの再生産を可能ならしめるものであり純粋に計算可能な経済行為である・・・結果として社会的平均的価値の受容が出来ないものが生まれるということであってはならないはずである・・・

・・・ある程度の格差は止むを得ないとする論も,形而上の、あるいは情緒的感情を自由、平等、価値観という名義の下に混同させられてしまっているからではなかろうか・・・変な主義が生まれた20世紀末から純粋な経済行為・総社会的再生産が壊れ始めた・・・

・・・そして彼らの正義は何故か軍事の不正義を非難しないのである・・・資本の不正義と抱き合わせで・・・21世紀はこのまやかしを剥がねばならない世紀でもあろう・・・ヘーゲル哲学弁証法の出発点は否定であった、それを更に否定する「否定の否定」が、社会を昇華させるという哲学であった・・・

・・・アウフヘーベン・止揚の概念を言うまでも無くドイツ語のこの単語には、否定、棄てるという意味と同時に「保存する」という意味もある・・・形而上世界では棄てるだけでなく保存保留されるべきものは多々ある・・・しかし純粋経済の範疇では何故否定せねばならないのか、形而上的情緒的なものは排除して、本質を十分検証して見る必要がありはしないか・・・。
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・・・逆に紛争が増加しています・・・マルクスが言った生産関係が相変らず元になっての紛争なのか・・・ ( No.249 )
日時: 2017/07/04 14:47
名前: イントィッション ID:EtUtqUtQ

日時: 2009/11/18 21:44名前: 満天下有人

・・・おや、sharinchさん、お久しぶりですね、唯物民主主義の完成に向けて、相変わらずがんばっておられるようですね・・・

・・・どの先哲にも言えることですが、マルクスの思想は資本論だけでは理解できない部分も多々あり、経済学・哲学批判や法哲学批判、スピノザ往復書簡等々、周辺著作も合わせないと分かりにくいのですが、その周辺著作がこれまた、超難解(笑)・・・

・・・彼らの思想の発想の根底になっている物理、数学、化学、この基礎知識も要します・・・私がここで批判して来た新古典派もそうです、経済分析の手法はニュートンの力学にかなりの影響を受けているものなのですね・・・

も一つ大事なことは、先哲たちの理論が創生された背景としての個人としての人生がどのようなものであったかも、その思想を理解する鍵になることもあります・・・ニーチエが何故神は死んだという哲理になっていったのか・・・資本主義の精神を著したマックスウエーバーも私的な家族上の問題で、一時頭がおかしくなり、ニーチエに接近して行ったとか、色々あります・・・

@ 史的唯物論の公式(弁証法的考察)
A 労働力の商品化による階級間の歪(搾取による資本の蓄積過程)

このどちらを選択するか、これは選択の問題ではなくどちらも相関関係にありますから、どちらも必要ですが、@については「史的」と言われている通り、歴史が社会関係の中で人間(思想)を創って来たわけでもありますから、広い意味での歴史分析も欠かせません・・・何故そこでそのような宗教が発生したのか、それが歴史形成の大きな要素になっているし・・・弁証法的思考が生じたのも、新自由主義が生じたのも、その背景に潜むものがあります・・・対象は膨大です笑)・・・

・・・ヤフー時代に確かあなたの唯物民主主義発想について、そのはしりはドイツ社会民主党・ベルシュタインに見られると書いた記憶があります・・・マルクスと同じマラーノ(隠れユダ民族)で議会を通じてのマルクス主義批判派でしたが、今日のアメリカにおいてもそうですが、同じ民族同士での葛藤も思想形成に影響している部分もあります・・・

わが国では民主社会党やら社会民主党やら、名前だけが逆様になったり(笑)、中身は社会をリードできる確固たるものがあるのか、民主党しかりです・・・

・・・さて思想を超えて未来は、どのような世界になるのか・・・科学の更なる発達は思想や宗教葛藤を超越させることができるのか、少なくとも今日まではその兆候が見えません・・・逆に紛争が増加しています・・・マルクスが言った生産関係が相変らず元になっての紛争なのか・・・

・・・天の橋さんが想定されている科学の発達による余暇・・・余裕ある余暇が宗教や経済関係紛争を超越させてしまうのか・・・逆も想定されるし・・・ヒマをもてあますと人間、ロクでもないことを仕出かす、という格言もありますしね(笑)・・・

・・・それとあなたは実践の中で理論の構築をやっておられると思いますが、実践なき理論勉強の集中は得てして変な結論を導き出してしまいますから、気をつけて下さい・・・まずは何でも見てやろう、調べてやろとの精神で・・・匿名世界なので各位の年齢も分かりませんので、失礼表現は乞容赦・・・。
メンテ
「マーシャルのK」@ ( No.250 )
日時: 2017/07/04 14:55
名前: イントィッション ID:EtUtqUtQ

日時: 2009/11/21 23:30名前: 満天下有人

「マーシャルのK」@

・・・昨日、菅直人国家戦略担当相は、わが国経済がデフレ状態になっていることを公式に声明し、打開策に日銀の協力を要請した・・・

天の橋さんが新しい日本の形スレッドでも、インフレを起こさない継続的通貨の増発方法はないものかと提言されておりますが、同スレッドは一応完結される様子、ここで金融政策と経済成長の関係及び家計、社会福祉に与える影響について考えて見ます・・・

・・・通貨供給・マネーサプライと一国の富の増加・経済成長率の間に、どのような関係があるのかを考えるとき、「マーシャルのK」という分析手法があります・・・
ヤフー時代に通貨供給が足りないとして日銀批判の先鋒であった中国在のジョンさんとこれについて対論開始する予定でしたが、色々あって(笑)中段していたものをここで少し考えて見たいと思います・・・

・・・アルフレッド・マーシャル(1924年没)は、実はここで批判して来た新古典学派の元祖で、数学を駆使し生産者と消費者双方の限界効用が経済上の均衡をもたらし、価格も決定されるという論の元祖で、分類上ではケンブリッジ学派の元祖です・・・

ケインズの才に注目しケインズを育てた師である・・・と言えば一般の印象に残るでしょう、弟子にフィッシャーという学者がおり、供給された貨幣数量は回転の速度が重要であり、どれだけの速さで所得となるか、所得流通速度を加えた論を新たに編み出しました・・・近年ではハイエク派のフリードマン(3年前に没)が新貨幣数量説を唱え、新自由主義の下でケインズ的財政出動を批判し、中央銀行の貨幣供給によって経済は成長するとした・・・

・・・どの貨幣供給論にも共通するのですが、彼らは物価上昇インフレによって成長を見ており、貨幣供給の量によって投資も消費も伸びると・・・物価ばかりを気にして実質成長への論が不足している・・・だが昨今の状況はデフレを生じている、マネタリストの論で言うなら、それはお金の供給が足りなかったということになる、だが後で例示する統計が示しているように、お金は余るほど供給されて来ているのである・・・

よく言われる言葉に、わが国はお金持ち、お金はあるのだからというのがある・・・確かに貨幣供給量からすればお金はあるのだが、お金の行く先が間違っているから、デフレになってしまっている・・・その原因は、私は少なくとも貨幣数量説による中央銀行のマネーサプライが、実質価値を産む実質生産に回っていなかった、つまり金融市場に向かいマネーゲームだけを助長し経済の破綻を招いた・・・この現象はアメリカに如実に出ている、わが国もそうなのだが・・・。
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「マーシャルのK」A ( No.251 )
日時: 2017/07/04 15:00
名前: イントィッション ID:EtUtqUtQ

日時: 2009/11/21 23:34名前: 満天下有人

「マーシャルのK」A

・・・マーシャルのKとは、簡単に言うと貨幣供給がGDP成長に真に役立っているかを見る指標である・・・(Kとは、所得流通速度を表す方程式の係数だが、ややこしい方程式は省略)

貨幣供給量÷GDP=1・・・K=1・・・貨幣供給量が増えてGDPも増え、そのバランスが正常になっている状態・・・

K>1・・・供給された貨幣が実質成長に回っていない、バブル状態を示す・・・
K<1・・・貨幣を追加供給すればまだ成長余力がある・・・

わが国の過去を見てみると、
平成2年(バブル崩壊時):マネーサプライ440兆円/GDP495兆円 K=1.12
これは当時の三重野日銀総裁が金融引締めに次ぐ引締めでマネー供給を抑えた結果であり、ほんとうはもっと悪化していたと思われる・・・その後GDPは1998年には約514兆円まで増加、Kは1.12で推移しているが、これは中国成長のお陰であった・・・

しかし2000年前後からKは1.3へ急上昇、いわずと知れた金融破綻である、日銀は超低金利政策を取ったが限界に来て国債買いオペを開始、超金融緩和政策で銀行を潰すまいと潤沢な資金供給を開始・・・小泉政権が発足し竹中の政策を取り入れて、日銀は福井が総裁になる・・・

・・・だが、GDPは増えない、マスコミが言うほどには国内景気は、中国恩恵を除けば回復していなかった・・・加えて新自由主義の虜になって派遣労働制度が敷かれ、加えて社会保障など将来不安が重なって多数の国民の消費意欲は減退・・・マネーを供給しても全体としては退蔵貨幣になってしまった・・・

それよりも何よりも、巨額国債発行残高が重石になり、日銀の超金融緩和策は国債費利払いの青天井的累増を抑えねばならず(超低金利政策)、本来の貨幣供給の狙いが成長を促進するものであるのに、2006年段階でのマネーサプライが712兆円まで増えているのにGDPはさっぱり伸びなかった・・・

驚くべきは昨年でのKの数値である・・・何と1.63に悪化している・・・
日銀貨幣供給量839兆円/GDP515兆円=1.63・・・

これはもう供給されたマネーのほとんどが金融市場へ向かっていたということである・・・昨年竹中は、朝日新聞全面2ページを費やして国民の皆さん、利殖の時代です、大きな金融資産を金融市場に向けなさいと、一体どのツラ下げてモノを云っているのかと、頭にきたことがあった(笑)・・・

貨幣供給がいくら増えたところで国民は倒産激増に失業、福祉低下に生活縮小を余儀なくされて行く・・・日銀も市中銀行をとばしてやっと企業発行のコマーシャルペーパーなどの直接買取をやったが、焼け石に水・・・

菅国家戦略担当相はデフレ歯止めに日銀の協力を要請したが日銀は曖昧な態度を取っている・・・白川総裁はこの現状打開には金融政策では限界があることを分かっているからだと思う、新たな成長戦略が出ない限りは、子供手当てなどのような小さい戦略ではない大きなものを・・・それと異常国債状態での金融政策は既に出すだけ出して来たから・・・

・・・何度も書いたが新政権は目下ムダ削りに忙しい、それは分かる・・・だが平行して何か強力な新戦略を出さないと、経済破綻という化け物は、悠長ではない・・・。


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・・・小沢と亀井・・・ ( No.252 )
日時: 2017/07/04 15:06
名前: イントィッション ID:EtUtqUtQ

日時: 2009/12/11 20:28名前: 満天下有人

・・・亀井は、政権奪取後の民主党の、些かあれもこれもの民衆顔色伺い体質に対する反面教師として価値はあると思っています・・・菅直人や仙石が亀井に噛み付いておりますが、緊急事態に対処する庶民感覚は、亀井の方が上でしょう・・・

・・・小沢は、新人議員など146名+各議員後援会、合計600名以上にもなる団体を引き連れての中国入り、中国が次世代の軸になりつつある時、新人に外交も兼ねる何よりの現場勉強の場を与えていると思います・・・

応じた胡錦涛も若い頃、共産党青年部会委員長もやり、政治家教育の経験も有り、小沢への返礼の意味も込めて青年部会の者を多数夕食会に招いておりましたね・・・

・・・しかし小沢は中国防衛大臣に向かっては、周辺諸国に脅威を与えるような軍備増強には配慮して欲しいと、クギを刺すべき所にはちゃんと刺している・・・

・・・中国は人と人との繋がりを重視する政治体質が強い国であることを、親分角栄の日中国交回復のとき、十分学んでいたのでしょう・・・

・・・小沢、亀井ともに世間からの風当たりを強く受けるタイプですが、こんな状況下なのにモヤモヤと何やっているのか分かり難い連中より、よほど気色を鮮明にしている、そのようなスタンスが求められる状況だと思います、昨今は・・・だが街にも、行き過ぎだとか何とか、お利口さん的考えの人も、ほんとに多い・・・。
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「外務官僚、防衛官僚は何故事実を隠すのか」 ( No.253 )
日時: 2017/07/04 15:12
名前: イントィッション ID:EtUtqUtQ

日時: 2009/12/12 10:30名前: 満天下有人

「外務官僚、防衛官僚は何故事実を隠すのか」

・・・数々の数字ごまかし自民官僚公共事業、普天間基地移転についてもそうだが、その前に米国が普天間主力部隊のほとんどをグアムに移転させるとした統合軍事開発計画・GIMDPに関する米海兵隊司令官・コンウエイズ大将の06年6月4日米上院での議会証言の概要は次ぎの通である・・・

〇今後50年にわたって、「アメリカの領土で」多国籍軍の軍事訓練により、今後想定される様々な有事に対処できる有利な場所に基地を移す必要がある、それが*「米国の国益」に適うものである・・・
〇沖縄県内での移転は、今後遠方展開海兵隊の能力を向上させる完全な能力を備えた施設は得られそうにもありません・・・*よって海兵隊主力8000名とその家族9000名を2014年までにグアムに移転させることが米国の国益に適う・・・
〇この重要な決定事項は沖縄で海兵隊が直面している、*民間地域の基地への侵害・encroachment を解決するためのものでもある・・・

*米国の国益と明確に言い切っている、日本を守るためではない・・・
*05年10月の「日米同盟・未来のための変革と再編」段階では、海兵隊人数は7000名となっており、家族の移動経費は含まれていなかった、それが翌年数字が水増しされており、外務省説明も下記の通り支離滅裂である・・・
*encroachmentとは、米国内で住民地域と基地との関係を表現するときに軍側の立場からよく使われる言葉・・・要するに住宅開発などで民間生活が基地機能に支障を来たし始める現象のこと・・・沖縄少女暴行事件も踏まえ騒音についてもコンウエイズ大将は、逆に沖縄県民に迷惑をかけていることを匂わせている・・・

・・・外務省がごましている移転人数、部隊別にグアムマップでは移動受け入れ地図も細かく決定されており、数字は省略するが、何よりも司令部一部だけがグアムへ移転するというウソ八百もさることながら、基本数値をごまかしていることは見え見えである・・・

外務省が言う沖縄海兵隊員18000名・・・米軍に言わせるとそれは「定数」であり実際は12000名だと・・・家族も外務省は9000名というが実数は8000名らしい・・・外務省が言う兵員18000名のうち1万人が残りそれに思いやり予算をつけるとは、要するに移転後のグアム米軍維持経費を捻出するための水増しごまかしであることは明らかである・・・

・・・沖縄少女暴行事件が起こったとき米軍は、普天間から移転するに際し、ヘリ基地だけは45mの滑走路で十分だから、県内のどこかに代替地を求めたとされているが、これもウソである・・・08年9月15日、国防総省グアム軍事計画書では、岩国基地へ移動させる空中給油機を除き普天間ヘリ部隊も一体化してグアムへ移転すると明記され、グアムヘリ部隊の指揮系統チャートもちゃんと出来上がっている・・・

・・・長々と書いて来たが、自民・外務省がいかにウソをついて沖縄県民、国民を騙してきたか、日本を守ってもらうためにとしていかにムダなお金を投入してきたか、我々はアメリカに騙されてきたというより、同じ日本人に大きな騙しを受けて来た思いが深くなる・・・

しかし現政権民主党とて野党時代にこんなごまかしを糾弾もしていなかった・・・今回宜野湾市長がわざわざ民主党議員に米軍資料をもとに説明を受けるとは、そもそも恥ずかしいことである、議員なら日常政治活動からほんとのことを常に探る姿勢が基本であろう・・・

仕訳チームも、思いやり予算の仕訳は高度な政治判断を要するとして先送りした・・・結果が出て予算が浮いたなら、仙石行革大臣もミミッチイ節約に回すのではなく、沖縄にとっても有効な使い道を考えるべきである・・・

・・・マイケルムーア監督がこの度、映画資本主義・マネーは踊るを制作、いきなりウオール街の中枢部で撮影をやっている・・・心臓部に直進した弁として同監督は、私も既に50歳半ばになった・・・回りからちょぼちょぼアプローチしているのでは、時間が足りないと思ったからだと述懐されていた・・・民主党政治家とて忙しいのは分かる、だが、あんたがたは政治のプロとして我々は選んでいるのである・・・行儀良い民主主義的、生徒会的子供であっては困るのである・・・大人には場合によっては、決断という要素も必須事項なのだから・・・。
メンテ

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