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[2767] 楽しく糾弾しましょう(音楽がダウンロードできます) 管弦楽編
日時: 2017/11/06 12:50
名前: topics editor ID:z5ZqiEqI

管弦楽曲としては、

交響曲
協奏曲
序曲、演奏会用序曲、劇付随音楽、交響詩
舞曲、組曲、ウィンナ・ワルツ

が主な分野であるが、これらの内から交響曲と協奏曲を除いたものを指して用いられることもある。また、これらの分野の中間的な存在の作品もある。
これらの作品は、専用の音楽ホールの舞台で演奏されるのが普通である。
加えて、オペラ、バレエ、演劇の伴奏として管弦楽が用いられる。この場合は、管弦楽は脇役であり、舞台から一段下がった場所(オーケストラピットと言う)で演奏されることが多い。
いずれの場合も、指揮者を用いるのが普通である。


このシリーズには次のものがあります。

管弦楽編
オペラ・シャンソン編
ピアノ・ギター・その他編
映画音楽編
ジャズ・ポップ・カントリー・R&B・その他編
流行歌・日本の歌編
メンテ

Page: 1 | 2 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

ハイドン、モーツアルト、チャイコフスキー ( No.5 )
日時: 2017/10/28 12:58
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:Euxd9phk

F. J. ハイドン:交響曲 第94番 ト長調「驚愕」

https://www.youtube.com/watch?v=Jqo6DeB9HX0


モーツァルト 交響曲 第40番 第1楽章

https://www.youtube.com/watch?v=N4JBduI1O1c



モーツァルト 《レクイエム》全曲 カラヤン指揮/ベルリン・フィル(1961)

https://www.youtube.com/watch?v=qllREi8QMp4


モーツァルト 交響曲 第41番 「ジュピター」ハ長調 ワルター K 551 Mozart:Symphony No.41

https://www.youtube.com/watch?v=oFoxqPCubqY



チャイコフスキー くるみ割り人形 小澤征爾

https://www.youtube.com/watch?v=RyLzWX33Vak
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Re: 楽しく糾弾しましょう(音楽がダウンロードできます) 管弦楽編 ( No.6 )
日時: 2017/10/31 16:28
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:GHsj.VH6

J.シュトラウス1世:ワルツ「ローレライ=ラインの調べ」op.154 / ウィリー・ボスコフスキー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

https://www.youtube.com/watch?v=KJtJHANY92k


ワルツ「美しく青きドナウ」

https://www.youtube.com/watch?v=-jTWnxoyQ2k


ラデツキー行進曲 ウィーン・フィル ニューイヤーコンサート

https://www.youtube.com/watch?v=YWNRIkGhbos


**♪J.シュトラウス2世:ワルツ「シトロン(レモン)の花咲くところ」op.364 / ウィリー・ボスコフスキー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

https://www.youtube.com/watch?v=SkaPQAycQd4


フィンランディア - カラヤン 1976 ライヴ

https://www.youtube.com/watch?v=OJ-oE4kIjoU

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シューベルトの交響曲 ( No.7 )
日時: 2017/11/05 23:01
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:coUC3eak

1828年にわずか31歳で亡くなるまで600曲ほどの歌を作曲したシューベルト。特に1815年は1年間で145曲も作曲(休日を除いて2日で1曲ペース)したといわれています。
後世に名を残した偉大な作曲家はすべからく「天才」と評されていますが、クラシック音楽を聴かない人でも「魔王」、「野ばら」、「子守唄」、「アヴェ・マリア」、「菩提樹」などパッと名前が浮かぶ美しいメロディを作り続けたのは彼が一番ではないでしょうか。
ドイツ歌曲における功績から、「歌曲王」と呼ばれることもありますが、歌曲以外でも「未完成交響曲」や「ピアノ五重奏曲 ます」など交響曲、ピアノ曲、室内楽曲など、器楽曲でも名曲も多く残しています。
天才はどこか一つ「抜けている」部分があるのか、彼はその忘れっぽさが有名で、道を歩いていると美しい曲が聞こえてきたので、足を止めて誰の曲ですかと訊いたところ「シューベルトさんの曲ですよ」と言われたというエピソードもあるほどです。

シューベルトは1797年1月1日、教師である父テオドールの12番目の子供(14人兄弟でしたが、9人が早世)として、ウィーン近郊で生まれました。
5歳の頃には父からヴァイオリンを、兄のイグナーツからピアノを教わりはじめましたが。7歳の頃にはもはや2人が教えることがないほどの上達振りを見せたため、リヒテンタール教会の聖歌隊指揮者をしていたミヒャエル・ホルツァーに指導を託されることになりました。
11歳でウィーンの宮廷少年合唱団のメンバーに選抜され、17歳の時には歌曲の代表曲となっている「糸をつむぐグレートヒェン」を作曲しています。その後、宮廷歌手であるミヒャエル・フォーグルとの交流を通じて多くの芸術家との交流を深め、そうした友人達との集まりである「シューベルティアーデ」を中心に、自作を次々と発表していきました。
彼はゲーテをはじめ、クラウディウスやショーバーといったロマン派の詩人達の詩を題材に、多くの歌曲を作っています。また、エステルハージ伯爵の令嬢達のピアノ教師として、多数の連弾曲も残しています。
歌曲は、1823年から1828年にかけて相次いで発表された、「美しき水車小屋の娘」、「冬の旅」、「白鳥の歌」の3大歌曲集をはじめ、「糸を紡ぐグレートヒェン」、「水の上で歌う」など、どれも情感あふれる優れた作品ばかりです。
また管弦楽曲では、彼自身がまだ完結したものとは考えていなかった「未完成」と「サ・グレイト」の2曲の交響曲が、心のうちを大胆に表現しており、その後の後期ロマン派に大きな影響を与えました。
ピアノ曲では、「楽興の詩」、「即興曲集」などのシューベルトらしい愛らしい作品が有名ですが、晩年の「ピアノ・ソナタ第21番」は、作曲技法も格段の進歩を見せ、しっかりとした構成のなかに豊かな詩情をたたえた作品になっています。


♪シューベルト:交響曲第3番ニ長調 D.200 / サー・コリン・デイヴィス指揮シュターツカペレ・ドレスデン 1994年

https://www.youtube.com/watch?v=M7hA_QPqtZM


シューベルト:交響曲 第4番 ハ短調 D 417 『悲劇的』 第1楽章

https://www.youtube.com/watch?v=hdVNlA1Z6XY


シューベルト : 交響曲第5番 第1楽章

https://www.youtube.com/watch?v=-wLRD4VEHF0


シューベルト:交響曲第7番「未完成」第1楽章/Franz Schubert - Symphony No.7 “Unfinished” / 1st

https://www.youtube.com/watch?v=WnLTdCfdufs


シューベルト : 交響曲第8(9)番「ザ・グレイト」 第1楽章

https://www.youtube.com/watch?v=pP3AHHCPiVU
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マーラー ( No.8 )
日時: 2017/11/05 23:23
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:coUC3eak

さて、皆さんはマーラーの曲に対してどのようなイメージをお持ちでしょう。
「全然知らない」という方、その逆に私のように大好きな方もいるでしょう。
しかし多くの人はこう感じるのではありませんか?
「マーラー? ああ、あのやたら長くて難解で大袈裟なヤツね」
かく言う私も、最初は全く同じイメージでした。
ベートーヴェンやモーツァルト、そしてチャイコフスキーやブラームス、ドヴォルザークなどには比較的簡単に馴染めても、マーラーは少し敬遠していました。
やはり“長大・難解・大袈裟”であり、結果的に「とっつきにくい」と感じていたのです。
しかしこれらは誤ったイメージです。マーラーは決して取っつきにくくありません。
最初は「取っつきにくそうに聞こえる」だけなのです。
まず、マーラーの全ての交響曲の全ての楽章には、耳に残りやすい明確なメロディがあります。
別の言い方をすると、全ての曲に鼻歌で歌える部分があるのです。
マーラーの弟子であり、その後世界的指揮者となったブルーノ・ワルターはこう言っています。
「マーラーの曲には、あらゆるところに豊かな『うた』がある」
現存するマーラーの完成された曲は、実は交響曲と歌曲しかありません。これはオペラやコンチェルト、ピアノソナタなども広く作曲した、他の交響曲作家と比較すると極めて異例です。
ここからもマーラーが、“うたごころ”を大事にした作曲家であることがわかります。
交響曲も、2番・3番・4番・8番・大地の歌となんと5曲も声楽付きですし、声楽なしの1番にしても歌曲「さすらう若者の歌」のメロディがそのまま使われています。
実は『親しみやすいメロディが溢れている』。これがマーラーの交響曲の特長のひとつ目です。
「音楽はメロディだ」というあなた。特にラヴ・バラードや演歌、メロディアスなヘヴィメタルのファンなら、マーラーとの相性も良いはず。
そしてマーラーの曲は大変ドラマティックです。ひとつの楽章の中でも喜怒哀楽、様々な顔を見せてくれます。
耳を澄まさないと聞こえない、絹雲の動きに音をつけたような弦のアダージョ。
轟音を立てて迫ってくる戦車の如きホルンとティンパニの咆哮。
諧謔的で踊り出しそうな弦楽合奏の上に乗っかる、おどけたような木管のスパイス。
過酷な運命を暗示させる、胸を締めつけるように重く響く低弦の呻き。
長い曲が多いのは事実ですが、同じ旋律やテンポが延々と続くことが無いため、飽きさせることがありません。あたかも展開の早いドラマを観ているような感覚です。
そう、マーラーは単なるメロディメーカーではなく、優れた脚本家・演出家でもあるのです。
ですから、マーラーの交響曲は「音楽を聴く」というより「映画を観る」感覚で聞いてみてはいかがでしょう。きっとあなたなりの解釈や聴きどころができるはずです。
さあ、少しはマーラーに興味を持っていただけましたか?
では最後に、マーラーの交響曲(1番〜9番と大地の歌)の概要とともに、私のお気に入りの演奏をご紹介しましょう。
もちろんこの他にも素晴らしい演奏はたくさんありますし、私もそう多くの演奏を聴いているわけではありませんが、参考にしていただければ幸いです。
◆ 交響曲第1番 ニ長調 ≪巨人≫
 「カッコウの動機」に代表される牧歌的な第1楽章から、躍動的な3拍子が楽しい第2楽章、誰でも一度は聞いたことのあるフランス民謡をモチーフにしたノスタルジックな第3楽章を経て、爆発する第4楽章へ。特にホルン全員が起立して勇壮なメロディを歌うラストの盛り上がりは圧巻。ぜひ生で聴いてほしい曲。
 第4楽章でこの演奏を超える物にはまだ出会えていないということで、【ユーリ・シモノフ指揮/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団】の演奏で。
◆ 交響曲第2番 ハ短調 ≪復活≫
 声楽も加わった最初の交響曲。サスペンス映画のオープニングのような低弦の荒々しい響きで幕を開けるが、紆余曲折を経て最後の第5楽章ではやはり大団円。合唱が高らかに復活を宣言し、そこにパイプオルガンまで加わって壮大・荘厳にハッピーエンドで幕を閉じる。これで感動できない方がおかしいとすら思えてくる、名脚本家・演出家であるマーラーならではの一曲。
 人気曲であり名演も多いが、終楽章はてらいを捨てて感動的に歌い上げてほしいので、多少情感過多と言われても【レナード・バーンスタイン指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック】で。
◆ 交響曲第3番 ニ短調
 ギネス認定の最長の交響曲で、ついに約100分の6楽章構成。森や湖のような自然、そして動物や天使たちが時に優しく、時に激しく語りかける。マーラーが世界全体を1曲に集約しようとしたかのような曲。勇壮な序奏から感動的なフィナーレまで聴きどころは多いが、特に聴いてほしいのが3楽章のポストホルンのソロ。森の奥深くから響いてくる優しいメロディに癒されない人などいないだろう。
 これも名演揃いで選びにくいが、完璧なテクニックとアンサンブルを観ることができるので、DVDの【クラウディオ・アバド指揮/ルツェルン祝祭管弦楽団】をあえて推薦。
◆ 交響曲第4番 ト長調
 最もシンプルかつ明るいイメージで統一された、マーラーらしからぬ「かわいい交響曲」。クリスマスを思わせる鈴の音に始まり、4楽章はソプラノ独唱が天国の楽しさを優しく歌い上げ、明日を夢見て眠るように静かに静かに終わる。
 ソプラノの声質がふんわりしていて、天上の歌としてピッタリな【ジュゼッペ・シノーポリ指揮/フィルハーモニア管弦楽団】で。
◆ 交響曲第5番 嬰ハ短調
 第1番と並んで演奏機会の多い曲。第4楽章のアダージョが映画「ベニスに死す」で全面的に使われていたことも人気曲となった理由のひとつだが、それを抜きにしても豊かなメロディとドラマティックな展開に溢れた名曲。
 第4楽章のアダージョをひたすら美しく、流れるように聴かせてくれるならやはりこの人、ということで【ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団】を。
◆ 交響曲第6番 イ短調 ≪悲劇的≫
 まさに映画的、それも壮大かつバッドエンドの悲劇的な英雄譚。戦闘シーンを思い起こさせる切迫した低弦の足音に始まり、フィナーレでは傷ついた英雄にとどめをさすようにハンマー(演奏では実際に巨大な木槌を使う)が振り下ろされる。
 全体に漂う緊張感を重視して、【クラウス・テンシュテット指揮/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団】でいかがでしょう。
◆ 交響曲第7番 ホ短調 ≪夜の歌≫
 第5番と同様に中間の第3楽章にスケルツォを配した5楽章構成で、『夜の歌』という標題は実はスケルツォ前後の第2・第4楽章を指している。マーラーは6番でのハンマーのように様々な種類の楽器を使うのも好きだったようで、この曲にはなんとギターやマンドリンまで登場する。
 少し変わり種の演奏ではあるが、冒頭テノールホルンの伴奏である弦のトレモロを、はっきり8ビートで鳴らしている【ダニエル・バレンボイム指揮/シュターツカペレ・ベルリン】でどうぞ。
◆ 交響曲第8番 変ホ長調 ≪千人の交響曲≫
 200人のオーケストラと800人の合唱隊と、本当に1000人で奏でる一大叙事詩。パイプオルガンも交えた重厚な管弦楽の上で、全編壮麗な「うた」が鳴り響く。第3番が“世界”を描いたとしたら、こちらは“宇宙”を描こうとした曲と言えるだろう。
 壮大剛胆と言えばやはりこのコンビ、ということで【ゲオルグ・ショルティ指揮/シカゴ交響楽団】で、このビッグバン的交響曲を堪能してほしい。
◆ 交響曲第9番 ニ長調
 マーラー最後の交響曲(第10番は第1楽章までの未完)であり、最高傑作とも言われる。静かに美しく始まり(しかし4番のような可愛らしさはなく、壮大・流麗に)、様々な山と谷を経て最後はひっそりと(楽譜には「死に絶えるように」との演奏指示がある)幕を閉じる。世界や宇宙までも曲として表現しようとしたマーラーだが、やはり最後に描こうとしたのは“人生”だったのだろうか。
 マーラーに敬意を表するかのように、細部まで丁寧に描いた【サイモン・ラトル指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団】の演奏で。
◆ 交響曲 ≪大地の歌≫ ニ短調
 第8番を完成させた後、第9番との間に生み出された独唱を中心とした6楽章形式の交響曲。ベートーヴェンやブルックナー、ドヴォルザークなど高名な交響曲作家が第9番で絶筆していることを気にしたマーラーが、あえて番号を振らずに作成した。しかし結局第9番完成後に亡くなってしまったのは皮肉と言わざるを得ない。


交響曲第1番「巨人」 マーラー

https://www.youtube.com/watch?v=4R0g5gez1oE


マーラー: 交響曲第2番「復活」:第1楽章

https://www.youtube.com/watch?v=pX-ljh6bQ4g



マゼール指揮マーラー交響曲第6番「悲劇的」

https://www.youtube.com/watch?v=-Y2fmDYPOzc


♪マーラー:交響曲第8番 変ホ長調 「千人の交響曲」 / エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団

https://www.youtube.com/watch?v=TPyZfuQlZLA


マーラー/交響曲「大地の歌」/ジュリーニ/ベルリン・フィル

https://www.youtube.com/watch?v=J_gOq65IRjA

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ベートーベン ( No.9 )
日時: 2017/11/05 23:40
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:coUC3eak

1770年12月16日、神聖ローマ帝国ケルン大司教領(現ドイツ領)のボンで父ヨハン、母マリア・マグダレーナの長男[3]として生まれる。ベートーヴェン一家はボンのケルン選帝侯宮廷の歌手(後に楽長)であり、幼少のベートーヴェンも慕っていた祖父ルートヴィヒの支援により生計を立てていた。ベートーヴェンの父も宮廷歌手(テノール)[4]であったが無類の酒好きであったため収入は少なく、1773年に祖父が亡くなると生活は困窮した。1774年頃よりベートーヴェンは父からその才能を当てにされ、虐待とも言える苛烈を極める音楽のスパルタ教育を受けたことから、一時は音楽そのものに対して嫌悪感すら抱くようにまでなってしまった。1778年にはケルンでの演奏会に出演し、1782年11歳の時よりクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事した。

1787年、16歳のベートーヴェンはウィーンに旅し、かねてから憧れを抱いていたモーツァルトを訪問したが、最愛の母マリアの病状悪化の報を受けボンに戻った。母はまもなく死亡し(肺結核)[5]、母の死後は、アルコール依存症となり失職した父に代わり仕事を掛け持ちして家計を支え、父や幼い兄弟たちの世話に追われる苦悩の日々を過ごした。
1792年7月、ロンドンからウィーンに戻る途中ボンに立ち寄ったハイドンに才能を認められ弟子入りを許可され、11月にはウィーンに移住し(12月に父死去)、まもなく、ピアノの即興演奏の名手(ヴィルトゥオーゾ)として名声を博した。
20歳代後半ごろより持病の難聴(原因については諸説あり、鉛中毒説が通説)が徐々に悪化、28歳の頃には最高度難聴者となる。音楽家として聴覚を失うという死にも等しい絶望感から、1802年には『ハイリゲンシュタットの遺書』を記し自殺も考えたが、強靭な精神力をもってこの苦悩を乗り越え、再び生きる意思を得て新しい芸術の道へと進んでいくことになる。
1804年に交響曲第3番を発表したのを皮切りに、その後10年間にわたって中期を代表する作品が書かれ、ベートーヴェンにとっての傑作の森(ロマン・ロランによる表現)と呼ばれる時期となる。

40歳頃(晩年の約15年)には全聾となった。また神経性とされる持病の腹痛や下痢にも苦しめられた。加えて、非行に走ったり自殺未遂を起こすなどした甥カールの後見人として苦悩するなどして一時作曲が停滞したが、そうした苦悩の中で作られた交響曲第9番や『ミサ・ソレムニス』といった大作、ピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲等の作品群は彼の未曾有の境地の高さを示すものであった。
1826年12月に肺炎を患ったことに加え、黄疸も発症するなど病状が急激に悪化、病床に臥す。10番目の交響曲に着手するも未完成のまま翌1827年3月26日、肝硬変により56年の生涯を終えた。その葬儀には2万人もの人々が駆けつけるという異例のものとなった。この葬儀には、翌年亡くなるシューベルトも参列している。


・身長は167cm前後と当時の西洋人としては中背ながら、筋肉質のがっしりとした体格をしていた。肌は浅黒く、天然痘の痕があったとされるが、肖像画や銅像、ライフマスクや最近明らかになった多彩な女性関係から容貌は美男とは言えないものの、さほど悪くなかったのではないかと思われる。表情豊かで生き生きした眼差しが人々に強い印象を与え多くの崇拝者がいた。


特に有名なものは

交響曲
第3番 変ホ長調 『エロイカ(英雄)』
第5番 ハ短調 (運命)(ジャジャジャジャーンのあれ)
第6番 ヘ長調 『田園』
第9番 ニ短調 (合唱付き)(年末によく聞く)

ピアノソナタ
第8番 ハ短調『悲愴』
第14番 嬰ハ短調 『月光』
第15番 ニ長調 『田園』


アンセルメ、ベートーヴェン交響曲第1番

https://www.youtube.com/watch?v=8s4oALDgRvc


ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調 作品55『英雄』 /小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラ 1997年4月

https://www.youtube.com/watch?v=IQGvbsTeZOA


ベートーベン作曲 「交響曲第5番ハ短調 運命」

https://www.youtube.com/watch?v=ybgl5kl8PvY


ベートーベン作曲 交響曲第6番「田園」

https://www.youtube.com/watch?v=DZJHWkk0x7I


第9交響曲  ベートーベン

https://www.youtube.com/watch?v=dsQ9CP_GlTQ
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モーツァルト ( No.10 )
日時: 2017/11/06 00:04
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:z5ZqiEqI

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト 

1756年1月27日 - 1791年12月5日)はオーストリアの[2]音楽家である。古典派音楽の代表であり、ハイドン、ベートーヴェンと並んでウィーン古典派三大巨匠の一人である。

モーツァルトはベートーヴェンの作風にも強い影響を与えています。同じ3大巨匠であるベートーヴェンにも影響を与えるモーツァルトとはいったいどんな人物だったのでしょうか?

モーツァルト(ヴォルフガンク・アマデウス・モーツァルト)は1756年、オーストリアのザルツブルクに生まれました。父親はヴァイオリン奏者のレオポルト、母親はアンナ・マリアで、モーツァルトは7番目の子供です。生まれた日は聖人ヨハネの祝日でした。

ヴァイオリン奏者の父親レオポルトは、モーツァルトに音楽の優れた才能を見抜き、3歳から音楽の指導を始めます。モーツァルトは4歳にはチェンバロを弾きこなすようになり、5歳では初めての作曲「アンダンテ ハ長調K.1a」を作っています。

モーツァルトの天才的な音楽の才能を開花させるべく、父親レオポルトは6歳のモーツァルトと共にヨーロッパ各地を回ります。

6歳ではミュンヘンと音楽の都ウィーン。7〜10歳の間はパリとロンドン。11〜13歳では再度ウィーンを訪れ、オペラ「ラ・フィンタ・センプリーチェ」を上演しています。モーツァルトは神童として演奏を披露して、各地で絶賛をあびます。

1781年、25歳のモーツァルトはウィーンへに移り住みます。宮廷楽団として働いていましたが解雇され、フリーの音楽家として演奏会やオペラの作曲、楽譜の出版などしていました。特にモーツァルトはピアニストとして人気を得ていたようです。

また、ウィーンでの下宿屋ウェーバー一家の娘コンスタンツェと結婚もしています。コンスタンツェはモーツァルトが22歳の時に失恋をしたアロイジアの妹です。モーツァルトとコンスタンツェの間には6人の子供が生まれます。

この頃のモーツァルトはピアニストとしてだけではなく、作曲家としても高い人気を誇っていました。

29歳の時には、3大巨匠の1人であるハイドンからモーツァルトは絶賛を受けています。31歳の時には「フィガロの結婚」を作り出しています。

モーツァルトは音楽家として成功し、多くの収入を得ていましたが、ギャンブルにのめりこむようになります。借金を申し込む手紙など、周囲への借金の依頼も頻繁になってきます。

1791年、モーツァルトは作曲依頼されていた「レクイエム」の作曲中に体調を崩し、12月5日、35歳という若さで亡くなります。



モーツァルトの有名な曲・代表曲

アイネ・クライネ・ナハトムジーク 第一楽章
「小さな夜の曲(小夜曲)」と訳されるこの題名は、モーツァルト自身が自作の目録に書き付けたもの。

交響曲第25番 ト短調
モーツァルトによる1773年作曲 の交響曲。映画「アマデウス」の冒頭部分で使用されたことでも有名。

交響曲第40番 ト短調

交響曲第39番、第41番とともに「3大交響曲」と呼ばれる。

交響曲第41番 「ジュピター」
ローマ神話の最高神ジュピターの異名を持つモーツァルト最後の交響曲

トルコ行進曲
ピアノ・ソナタ第11番イ長調 K331 第3楽章。オスマン帝国の軍楽隊の音楽にインスピレーションを受けて作曲された
怒りの日(ディエス・イレ)
モーツァルトの早すぎた死により、作品は未完のまま残された。モーツァルト自身が作曲したものは「第1曲 入祭唱」のみで、「第3曲 怒りの日」を含む残りの13曲は、彼の弟子により補筆・完成された。
おもちゃのシンフォニー(おもちゃの交響曲)
アマデウス・モーツァルトの父レオポルト・モーツァルト作曲とされる小交響曲。作曲者については諸説あり。

ピアノ協奏曲第20番
第2楽章の美しい旋律は映画「アマデウス」エンディングテーマ

ピアノ協奏曲第21番

第20番のわずか1ヵ月後の3月10日にウィーンの演奏会で初演された。第2楽章が特に有名。

ピアノ協奏曲第22番
1785年に作曲された3つのピアノ協奏曲。『こんにちは赤ちゃん』に似てる?
ピアノソナタ第14番ハ短調
後のベートーヴェンに強い影響を与えた。特にベートーヴェン『ピアノソナタ第8番 悲愴』第2楽章冒頭のメロディはそっくり。

ピアノソナタ第15番(第16番)
アニメソングとしても知られるモーツァルトの有名なピアノソナタ



モーツァルト|交響曲 第25番 ト短調 K.183 第1楽章

https://www.youtube.com/watch?v=Dkc6x9DOtaY


モーツァルト:交響曲第39番変ホ長調 K.543 / ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1955年10月

https://www.youtube.com/watch?v=CRM9Gh4VJrw



モーツァルト 交響曲 第41番 「ジュピター」ハ長調 ワルター K 551 Mozart:Symphony No.41

https://www.youtube.com/watch?v=oFoxqPCubqY


モーツァルト/トルコ行進曲 pf.Vincenzo Balzani

https://www.youtube.com/watch?v=87rXpAULC2M


モーツァルト ピアノ協奏曲20番

https://www.youtube.com/watch?v=aI-tO1Co00E

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ブラームス ( No.11 )
日時: 2017/11/06 00:21
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:z5ZqiEqI

北ドイツハンのブルグでコントラバス奏者の父の第二子として生まれたヨハネス・ブラームス(1833年5月7日 - 1897年4月3日)は、大バッハ、ベートーヴェンを尊敬し、後期ロマン派において古典派的な手法を用いて作曲した保守派を代表する音楽家。

ブラームスが残した4曲の交響曲は、彼こそがベートーヴェンの正当な後継者と言わしめるほどであり、「三B大音楽家(大バッハ、ベートーヴェン、ブラームス)」と称されるまでになりました。

小さい頃から父に音楽教育を受けていたブラームスは、私立小学校に入学後、ピアノ教師コッセルからピアノ教育を学びます。

ブラームスは、神童と言われるほどピアノの上達が早く、わずか10歳で公開演奏を行いました。

その後ブラームスは、コッセルの師でピアニストのエドゥアルド・マルクスゼンから、厳格なほどピアノと作曲を学び、音楽の才能を開花させて行きます。

貧しい家庭に育ったブラームスは、1848年と翌年にピアノ演奏会を開催しますが、演奏生活だけでは家計を助けられないため、ダンス場やサロンなどで内職をしながらピアノ練習や作曲を続けました。

1853年ブラームスは、ハンガリーの亡命音楽家レメーニイの伴奏者として演奏旅行に出かけた際、当時の名ヴァイオリニストであるヨアヒムと知り合い、更に彼の紹介でシューマンやリストとも知り合います。

ブラームスは、リストとは気が合いませんでしたが、シューマン夫妻(シューマンの妻クララに対しては、終生プラトニック的な愛情を抱いていたと言われています)の厚情には感激し、シューマンの死後もその友情は変わりませんでした。

その間ブラームスは、「シューマン変奏曲」Op.9や「四つのバラード」Op.10などのピアノ曲を作曲しています。

1862年、ウィーンに永住したブラームスは、ジングアカデミーの指揮者となり、音楽家としての才能を認められ、多くの友人に恵まれました。

ブラームスは、1868年に「ドイツ鎮魂曲」を、1871年には「勝利の歌」や「運命の歌」を作曲し、ウィーン楽友教会の指揮者になります。

そして、1876年ブラームスは、ビューローが「ベートーヴェンの第10交響曲」であると絶賛した「交響曲第一番」を完成させました。

さらにブラームスは、1877年に「交響曲第二番」を、1883年に「交響曲第3番」を、そして1885年に最後の交響曲である「交響曲第4番」を発表しています。

また、1879年にブラームスは、ブレスラウ大学から名誉博士号を贈られたので、その返礼として「大学祝典序曲」も作曲しています。

1889年頃からブラームスは老いを感じるようになり、1891年の誕生日にはついに遺言状を書き、音楽活動に終止符を打つべく手稿を整理し始めました。

しかしブラームスは、マイニンゲンの名クラリネット奏者リヒャルト・ミュールフェルトの演奏に刺激を受け、再び作曲を開始します。

そしてブラームスは、「クラリネット五重奏曲」Op.115や「クラリネット三重奏曲」Op.114、「クラリネットソナタ」Op.120を作曲しますが、体力の衰えを感じると、やがて宗教的となり、1896年に「四つの厳粛なる歌」Op.121を作曲しました。

同年、クララの死亡を知ったブラームスは、かねてからの病状が悪化するなか、最後の作となる「コラール前奏曲」Op.122を作曲。

ブラームスは翌1897年4月3日、肝臓ガンによりウィーンで64歳の生涯を閉じます。

なお、ブラームスの遺体は、生前の希望通りベートーヴェンの眠る中央墓地に埋葬されました。

ヨハネス・ブラームスの作風
ブラームスの作風は、大バッハ、ベートーヴェン、モーツァルトに心酔していたこともあり、ロマン派において最も古典派に近い作曲家といわれています。

※ブラームスの他、ブルックナーやマーラーなどのようにロマン派であリながら古典派音楽を重んじる作曲家は新古典派と呼ばれていました。

ブラームスは、古典派的な作曲技法を用いており、特に、ソナタや交響曲、協奏曲などは、古典的な形式を採用しています。

歌劇を作曲するには音楽的な才能だけではなく、文学的な才能も必要であることを知っていたブラームスは、自分には歌劇を書き上げるだけの能力がないからと、ついに歌劇を作曲することはありませんでした。

更にブラームスは、ロマン派の特徴でもある、リストによって新分野が開拓された交響詩にも手を染めませんでした。


ヨハネス・ブラームスの代表曲

▼交響曲
・「第1番 ハ短調」op.68
  最終楽章は、ベートーヴェンの「第九」を思わせる作風です。
・「第2番 ニ長調」op.73
・「第3番 ヘ長調」op.90
・「第4番 ホ短調」op.98

▼協奏曲
・「ピアノ協奏曲 第1番 ニ短調」op.15
・「ピアノ協奏曲 第2番 変ロ長調」op.83
・「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調」op.77
・「ヴァイオリンとチェロのための協奏曲 イ短調」op.102

▼管弦楽曲
・「セレナーデ第1番 ニ長調」op.11
・「セレナーデ第2番 イ長調」op.16
・「ハイドンの主題による変奏曲 変ロ長調」op.56a
・「大学祝典序曲 ハ短調」op.80
・「悲劇的序曲 ニ短調」op.81





ブラームス「交響曲第1番」/小澤征爾 《天覧公演》

https://www.youtube.com/watch?v=7M7Q7BXh_is


ブラームス:交響曲第2番:アバド/ベルリンフィル

https://www.youtube.com/watch?v=wbhP6xsxXss


ブラームス:交響曲第3番ヘ長調 作品90 / 小澤征爾 指揮サイトウ・キネン・オーケストラ 1991年9月

https://www.youtube.com/watch?v=th4KrdyjSwM



ブラームス ピアノ協奏曲第1番 ポリーニ. アバド/ ウイーンフィルハーモニー

https://www.youtube.com/watch?v=459wyWaex50


ブラームス:セレナード第2番イ長調 op.16 / イシュトヴァン・ケルテス指揮ロンドン交響楽団 1967年12月

https://www.youtube.com/watch?v=cTUjVOAkRVk

メンテ
ドヴォルザーク ( No.12 )
日時: 2017/11/06 00:45
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:z5ZqiEqI

アントニーン・レオポルト・ドヴォルザーク

1841年9月8日 - 1904年5月1日)は後期ロマン派におけるチェコの作曲家。チェコ国民楽派を代表する作曲家である。チェコ語の発音により近い「ドヴォルジャーク」[1]「ドヴォジャーク」[2]という表記も用いられている(表記についてはドヴォジャークを参照)。
ブラームスに才能を見いだされ、『スラヴ舞曲集』で一躍人気作曲家となった。スメタナとともにボヘミア楽派と呼ばれる。その後、アメリカに渡り、音楽院院長として音楽教育に貢献する傍ら、ネイティブ・アメリカンの音楽や黒人霊歌を吸収し、自身の作品に反映させている。
代表作に、弦楽セレナード、管楽セレナード、ピアノ五重奏曲第2番、交響曲第7番、交響曲第8番、交響曲第9番『新世界より』、スラヴ舞曲集、この分野の代表作でもあるチェロ協奏曲、『アメリカ』の愛称で知られる弦楽四重奏曲第12番などがある。


スウィトナーのドヴォルザーク交響曲第1番「ズロニツェの鐘」

https://www.youtube.com/watch?v=ez-PwWkaxSY


パイタ ドヴォルザーク交響曲第7番

https://www.youtube.com/watch?v=0R3MGVlc3WY


ドヴォルザーク 交響曲 第8番 「イギリス」

https://www.youtube.com/watch?v=yKSShaxXqPQ



ドヴォルザーク 交響曲 第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」ケルテス Dvořák:Symphony No.9

https://www.youtube.com/watch?v=czuD4PDoaT0



ドヴォルザーク; 弦楽セレナード Op. 22 第1楽章

https://www.youtube.com/watch?v=HiHOPj_hB

メンテ
ハイドン ( No.13 )
日時: 2017/11/14 20:47
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:PeGJAE1c

ハイドン

交響楽の父とも呼ばれ、モーツァルトとともに(狭義の)クラシック音楽のツートップを飾る偉大な作曲家なのだが、悲しいかなモーツァルトに比べ巷での認知度は低い。○○のモーツァルトのような比喩表現もなく、ガチなクラシック関連以外における俗な用いられ方はモーツァルトと比べるととても少ない。これは別段ハイドンが劣っているのではなく、モーツァルトが神すぐるだけの話である。

モーツァルトやベートーヴェンがその家系の先代から音楽家であったのに対し、ハイドンの父親は車大工であった。しかし5歳のときにいとこに音楽を教えてもらったことがきっかけで才能が開花した。

一時期ベートーヴェンを指導していたが、丁度忙しい時期に相手していたので決して丁寧な教え方とはいえなかった。芸大和声のような課題の添削では禁忌を見落とす始末であった。これにベートーヴェンが拗ねて、ハイドンへの自作曲の献呈を態と見送ったという嘘なのか冗談なのかわからない話が伝わっている (事実、作品番号1のピアノトリオは自身のパトロンに献呈され、ハイドンに献呈したピアノソナタ第1番ヘ短調は作品番号2が振られている)。


ハイドン:交響曲第1番 ニ長調 Hob.I:1 / アンタル・ドラティ指揮フィルハーモニア・フンガリ

https://www.youtube.com/watch?v=_yMgynuB_iw


♪ハイドン:交響曲第2番 ハ長調 Hob.I:2 / アンタル・ドラティ指揮フィルハーモニア・フンガリカ

https://www.youtube.com/watch?v=uOQQQ_Um_-o


ハイドン 弦楽四重奏曲第67番 ひばり

https://www.youtube.com/watch?v=ULkd3dKGDKc


交響曲第100番ト長調 Hob. I:100 軍隊 第1楽章

https://www.youtube.com/watch?v=WGUVKCNK08U


ヨーゼフ・ハイドン作曲 交響曲第101番「時計」

https://www.youtube.com/watch?v=rWuAWhEwdJQ


メンテ
現代の交響曲 メシアン、セーゲルスタム、グレッキ、バーバー、団伊玖磨 ( No.14 )
日時: 2017/11/15 16:59
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:ayvyGvSI

Messiaen: Turangalîla-Sinfonie ∙ hr-Sinfonieorchester ∙ Paavo Järvi

オリヴィエ=ウジェーヌ=プロスペール=シャルル・メシアン(Olivier-Eugène-Prosper-Charles Messiaen, 1908年12月10日 - 1992年4月27日)は、フランス、アヴィニョン生まれの現代音楽の作曲家、オルガン奏者、ピアニスト、音楽教育者である。
メシアンは幼少時から音と色の共感覚を持っていると述べており、しかもそれが音階の一音一音ごとに異なる色に対応し、それらを複雑に組み合わせることによってステンドグラスのような色のモザイクの感覚を得られると主張している。また「鳥の歌」にも早くから興味を示し、そのリズムや平均律化されていない音程に興味を持っていた。[4]
同じく少年の頃からドビュッシーに傾倒し、クリスマスプレゼントにもらった『ペレアスとメリザンド』の楽譜をぼろぼろになるまで読みふけったという。

https://www.youtube.com/watch?v=eCO7le_6LzU


Part 1/2 Segerstam - Symphony 212, dedicated to Gustavo Dudamel

レイフ・セーゲルスタム(Leif Segerstam, 1944年3月2日 - )は、フィンランドの指揮者、作曲家。ヴァーサ出身(母語はスウェーデン語)。
シベリウス音楽院やニューヨークのジュリアード音楽院で学ぶ。ウィーン国立歌劇場などでヨーロッパ各地で指揮者を務める傍ら、ドイツのラインラント=プファルツ州立フィルハーモニー管弦楽団などの常任指揮者を長く務め、作曲家として数々の作品を発表している。特に交響曲は、委嘱無しで自主的に作曲しているにもかかわらずハイドンを超える超多作ぶりで、2016年5月時点で300曲に達している。すべての交響曲は指揮者を想定せず、自らピアノを弾くために作曲している、と本人は語る[要出典]。

https://www.youtube.com/watch?v=gAydCG0KTdQ


グレツキの交響曲第3番「悲歌のシンフォニー」第2楽章から

ヘンリク・ミコワイ・グレツキ(Henryk Mikołaj Górecki, 1933年12月6日 - 2010年11月12日)は、ポーランドの現代音楽の作曲家。
デビュー時の彼の作品はピエール・ブーレーズを始めとするミュジックセリエルの作曲家らと同じく前衛的な様式に基づくものであり、ルイジ・ノーノが「INCONTRI」と題した作品を発表すると「SCONTRI」という題名の曲で切って返すほどの挑発的な存在であった。第一次ポーランド楽派の最優等生として評価され、ミヒャエル・ギーレンや甲斐説宗に絶賛された。「Genesis III」で見られる音によるアナキーズムへの挑戦、交響曲第1番のグロテスクなモノディー、「Scontri」の鉱物的なクラスターの響きは、正に当時の前衛そのものであった。
セリーを用いた作曲に於いても、断定的な沈黙が多く見られる。「単音と沈黙」の対比から徐々に「瞬間的な音響と沈黙」へと傾斜し、作風が変化した第2期や第3期でもこの傾向は顕著である。1960年代前半からノイズ音響を解禁し、単なる半音階クラスターや複雑な和声よりも大きな効果を引き出している。なおかつリズム的なソルフェージュは前衛世代よりも容易に行える為、多くの模倣者がグレツキの後に続いた。その後、突如として宗教性を打ち出して第2期へ歩んでゆく。

https://www.youtube.com/watch?v=cAeZzRf1E0Y



サミュエル・バーバー : 交響曲第1番ホ短調op.9 / レナード・スラットキン ,セントルイス交響楽団 1990年10月

サミュエル・バーバー(Samuel Barber、1910年3月9日 - 1981年1月23日)は、米国の作曲家。特に弦楽のためのアダージョが有名

https://www.youtube.com/watch?v=TqLlLlPCHuQ


團 伊玖磨:交響曲第6番"HIROSHIMA" / 團 伊玖磨 指揮 ウィーン交響楽団 1988,89年

團 伊玖磨(だん いくま、1924年4月7日 - 2001年5月17日)は、日本の作曲家、エッセイスト。日本を代表するクラシック音楽の作曲家の一人である。作曲家としてはオペラ、交響曲、歌曲などのいわゆるクラシック音楽のほか、童謡、映画音楽、放送音楽と幅広いジャンルを手がけた。

https://www.youtube.com/watch?v=UUvfLLm0xuM
メンテ

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