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[2784] 民主党政権の失敗
日時: 2017/10/27 11:17
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:z2TFINrE

2009年7月21日、衆議院が解散。「政権交代選挙」が行われる。各種世論調査では終始民主党の圧倒的優勢が伝えられた。
結果、絶対安定多数を超える308議席を確保して、民主党は政権交代をついに実現。308議席は一つの党が獲得した議席数としては戦後最多であった。
また比例区の得票も2984万4799票を獲得し、日本の選挙史上で政党名の得票としては過去最高を記録した。

※ まさに、太陽が眩しく感じられる快挙であった。

この民主党政権が何の実績も残す所なく瓦解した。
民主党政権とは何であったのであろう。
始めに、民主党政権に使命、可能性を見た人の意見から紹介する。



まあ、自民党が躍進したのには民主党(現在の民進党)政権の酷さというのがあります。

ところで私は個人的には、

「何が問題だったの?」

と思っています。

もちろん、酷い政治という部分もありましたが、私はそれは当たりまえだと思っていました。

なぜなら、民主党政権は

「脱官僚」

を目指していたからです。

だから、民主党政権になったら私たちは我慢しなきゃいけないと思うべきでした。

ところが世の大人たちは、

良くなるに違いない。

と思ったらしいです。

呑気なもんです。

脱官僚をして政治主導になれば、官僚が蓄積してきた戦後70年のノウハウが使えないことを意味します。

官僚だって最初から上手く行っていたわけではありません。様々な事故や公害を引き起こしながらノウハウを蓄積してきたのです。

それを使わないことを選択したのです。

今一度、ノウハウを再構築しなければならなかった。

それでも政官財の癒着を断ち切り、私たちが選んだ政治家が本当の意味での政治を行う。

本当の民主主義が始まる為の生みの苦しみを味わなければならない。

今後100年の為に今すべきことなのだ。

そういう覚悟を以って私は民主党に投票したつもりでした。

ところが、繰り返しになりますが、世の大人たちは、

「なんか民主党になったらすげえ良くなるらしいぞ」

と投票したわけです。

呑気なもんです。


それでは民主党政権時代を振り返ってみます。

まず、民主党政権が成立したのは、

2009年

です。

これは未曾有の金融ショックと言われたリーマンショック直後のことです。

比較的影響が少ないといわれた日本も例外ではなく不景気に見舞われていました。

日本の貿易額の3割を占める米国の落ち込みは酷く、それまでナンバーワンだったのが中国に逆転されました。

たった一年で30%→20%と激減したのです。

この時、日本を救ったのが中国貿易だったのです。

そして、菅直人政権時の東日本大震災と福島原発事故。

2011年のことでした。

この時の菅直人首相の対応が批判されていますが、少なくとも私はあの時の菅直人首相の行動には何の落ち度もなかったと思います。

それどころか、あの時点で東日本が壊滅するかもしれないという危機感を持っていたのは日本でただ一人だったのではないでしょうか。

私も事故の映像を見ながら「とは言っても首都圏は大丈夫だろう」と思っていましたが、その後の放射能分布などをみるにつけ、

「本当にヤバかったんだな」

と思ったものです。

私は、割とこの時のドキュメントを本で読んでいます。
参考までに。

メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故 (講談社文庫)2013/3/15
大鹿靖明著

カウントダウン・メルトダウン (文春文庫) 文庫 – 2016/1/4
船橋 洋一 (著)

全電源喪失の記憶――証言・福島第1原発――1000日の真実 単行本 – 2015/3/6
共同通信社原発事故取材班 (著), 高橋 秀樹(編著) (著)

あと一冊くらい読んだのですが、書庫から見つからず・・・。

ただ、こうしたドキュメンタリーを読むと、如何に東京電力の本社サイドが「隠ぺい」をしようとしていたのか、それにしびれを切らした菅直人が東京電力内に対策本部を設置したことが英断だったことが分かります。

先年の衆議院選挙で菅直人氏は落選しました。(比例復活当選)

雨の中、誰も支援者がおらず一人で演説している映像がありました。

彼の仕事が評価されるのは、残念ながら彼が生きている間ではないかもしれませんが、いつの日か正当に評価されることを望みます。

余談になりますが、

原発広告
本間龍 (著)

も面白いです。原発事故前に東京電力が支払っていた広告費の雑誌別のランキングがあります。

文春、週刊新潮などのメジャー雑誌を押さえて第一位は、

「潮」

です。

要は創価学会の雑誌ですね。

きっとよっぽど発行部数が大きいんでしょうね。

コンビニで見たことはないのですが。


つまるところ、原発政策を実行し原子力村を形成していたのは今の政権与党ということです。

ところが、彼らは何も責任を問われない。そしてプロパガンダを使って「福島の事故は菅直人のせい」としてしまっている訳です。

そして、原子力村から明らかに甘い利益を受けていたのは・・・。

明らかに甘い利益・・・。

なんかTPPとかで注目されていましたね(笑)

原子力関係では、小説では

原発ホワイトアウト (講談社文庫)
若杉冽 (著)

が面白かったです。現役のキャリアが書いた本らしいですが、まあとにかく電力会社の政治へのかかわり方がエゲつなくていっそ清々しいですね。

円高を放置したとの批判もあります。

ただ、狙ったかどうかは知りませんが、原発事故によって日本の原発がストップしていた時期・・・。

原油が高騰していた上に「ジャパンプレミアム」と言われて日本には高く売ろうとしていたアラブ諸国。

こういう環境でもし、今のような円安だったらどうなっていたのでしょうね?

ガソリン代はリッター200円を超えていたかもしれませんね。

それどころか北海道では高騰する電気代で生活破たんが起きていたかもしれません。

デフレを放置したという批判もあります。

ところで私に教えてほしいんですが、デフレの何が悪いんですかね?

スタグフレーションはマズいとは思いますが、デフレならモノが安く買えますよね。

貧困層には朗報だったんじゃないですかね?

給料が下がるといいますが、生活費も下がるはず。

それが下がらないのはなぜか?

規制に守られた電力やガスなどの値段が下がらないからです。

問題はそっちじゃないの? と思うんですが政治は「ムラ」の圧力には勝てないんでしょうね。

では、アベノミクスでインフレになりました。

給料は上がったのでしょうか?

経団連に名を連ねるような大企業ばっかりですよね。

民主党政権と自民党政権の違いはつまるところ

右か左か

の違いなんですよね。

今の大人たちが何を考えて、あんなにヒステリックに民主党政権や民進党を批判するかは分かりませんが、少なくとも数字上は民主党政権下では、

あんな未曾有の金融破たんやら災害に見舞われた割には悪くない。

と思います。

まあ、世の大人はきっと数字なんか読まないんでしょうね。

雰囲気、雰囲気。

呑気なものです。

日本の政治は

官僚内閣制

と揶揄されてきました。

政治の主導は官僚が握ってきたのです。

拙著「神様の飽きた世界の後始末」では、王様になった主人公が人口を増やすための政策を実行するために、政治の責任者を呼び集める場面があります。

そこには大臣が出てこず、

長官

事務次官

と呼ばれる官僚が集まります。

大臣は責任者ではないんですよね。

官僚は政治失策の責任は取りません。

官僚は選挙では選ばれません。

そんな人たちが主導する政治は民主主義とは言えないのです。

政治主導。

そんな世界を夢見た民主党政権は瓦解しました。

私は、今後100年は日本には本当の意味での民主主義は生まれないだろうと思います。
潰したのは今の呑気な大人達です。


(引用終わり)

そうですね、着眼点は我々が望む政治であったのです。
それを実行するには、あまりにも無知、無能力であったと言う事です。
次に、その無能力の様子を見てみましょう。
メンテ

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Re: 民主党政権の失敗 ( No.1 )
日時: 2017/10/27 11:38
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:z2TFINrE

2009年8月30日、事実上の任期満了選挙に追い込まれた麻生自民党は、衆院選で惨敗し、前回の“小泉劇場”郵政選挙で稼いだ300の議席を、119にまで減らした。逆に前回の115議席を、308議席というとてつもない数にまで伸ばした民主党が、ついに結党以来の悲願であった政権交代を実現したのだ。

 国民の多くは、小泉政権に感じた爽快感が、実は政権交代の気持ちよさに似ていることに気づいていた。でもその後の安倍・福田・麻生で、また自民党は昔に戻ってしまった。 これでは物足りない。そんななか、民主党待望論が出てくるのは、ある意味当然だった。


鳩山由紀夫 photo:wikipedia Copyright by Jerry Morrison
 この選挙圧勝劇を受け、2009年9月16日、国会は民主党党首・鳩山由紀夫を首班指名し、ついに鳩山は第93代内閣総理大臣となった。鳩山由紀夫といえば、元首相・鳩山一郎の孫だ。鳩山一郎は対米追従型からの脱却をめざした人だし、孫の由紀夫も「追従だけでなく、独立国としての気概を持たなくてはならない」と毎日新聞のインタビューで答えている。

 これは変革の予感がするぞ――国民の期待は高まった。実際国民の鳩山内閣に対する期待は高く、共同通信社の世論調査によると、発足当初の内閣支持率はなんと72%にまで達した。

 しかし結論から言うと、鳩山の政権運営は、ことごとく失敗に終わった。「政治主導」を打ち出して官僚にコントロールされる政治を嫌ったまではよかったものの、実際にやってみると、官僚との根回しをまったくしない政治は、想像以上に難しかった。

 しかも鳩山の政治スタイルは、党内での意見調整もないままいきなり自らの構想を国民に示すものが多かったため、同じ民主党内からも不満が噴出した。

 結局、彼が示した構想の数々は、しばしば「突発的」「独断的」「狙いがわからない」などと酷評されることとなり、最終的には「首相の思いつきの政策を、誰も支持しない」形になることが多かった。

 そのため、鳩山内閣はどんどん支持率を下げ(2010年5月には19.1%にまでダウン)、最終的には辞任に追い込まれることになる。しかしそこで示された政策は、アイデアとしては実はとても面白いものばかりだったのだ。

 まず鳩山は、2009年9月にニューヨークの国連本部で開かれた国連気候変動サミットに出席し、そこで「CO2の25%削減案」を打ち出した。普通に考えれば、こんなけた外れに大きな削減目標、環境税の導入や排出権取引(各国に割り当てられた削減数値目標の%の売買)だけで、実現できるわけがない。

 しかし鳩山は、そこに「原発の積極稼働」で現実味を持たせようと考えたのだ。確かに原発は、化石燃料を燃やす火力と違い核分裂エネルギーで発電するから、CO2を出さない。つまりはクリーン・エネルギーだ。ならその稼働を最大限高めていけば、CO2の25%削減は夢ではないはずだ。

 しかしこの構想は、夢と終わった。2011年に発生した東日本大震災で、原発の積極稼働など不可能になってしまったからだ。2012年12月、自民党政権に移ったことで、この「25%構想」は完全に撤回された。

次に鳩山は、外交面で従来の自民党とは違ったユニークな方向性を打ち出した。“友愛外交”に基づく「東アジア共同体」構想だ。

 友愛外交とは、価値観の違う国々と、互いに尊重し合いながら共存共栄を図っていこうという鳩山内閣の外交方針だが、それに基づく東アジア共同体とは、日中韓で集団安全保障体制や通貨統合まで視野に入れたEU型の共同体を形成することで、東アジアにアメリカ・欧州に匹敵する第三極をつくり、それを足がかりに対米従属から徐々に脱却し、対等な日米関係を築いていこうというものだ。

 もし実現したら、日本が対米追従路線と決別するきっかけにもなりえる面白い案だ。しかも時期的に2009年という時期は、ちょうどリーマン・ショックとギリシア問題で欧米という大巨人の足元がふらつき、かわりに中国が台頭してきた時期だ。もし日本が本気でアメリカと決別したいと考えるなら、タイミング的にも絶妙と言えるだろう。

 ただしこれを実現するには、3ヵ国の間に今なお根強く残っている歴史認識の問題、そこに端を発する反日感情の問題、それから日米同盟弱体化を狙っているフシすらある中国の軍事的脅威の問題など、課題は山のようにある。

 結局、鳩山の提唱した東アジア共同体構想は、具体化の動きを示す前に鳩山が辞任してしまい、フェードアウトしてしまった。

 そして、その辞任への流れを作る不人気のきっかけになったのが、「普天間飛行場の移設問題」だ。鳩山はマニフェストにこそ書いていなかったものの、自分たち民主党が政権をとったあかつきには、沖縄にある米軍普天間飛行場を「最低でも県外、できれば国外」に移設したい旨を、選挙時発言として行っている。

 もともと普天間飛行場には1990年代半ばから“県内移設案”があり、1996年にはその受け入れ先が「名護市辺野古」に決まっていた。しかし鳩山は、それを県外か国外に移そうという。これがもしうまくいけば、政治主導で初めて沖縄問題に大きく日本の意向を反映させた例になる。成功すれば、アメリカからの自主独立への大いなる第一歩だ。

 ただこの問題は、鳩山の強調する「政治主導」で解決するには、あまりにも大きすぎた。実務面を担っている官僚との協力・根回しもなく「米軍基地の移設」などという巨大な壁に立ち向かうには、鳩山民主党はあまりにも与党として若かったのだ。

 しかも鳩山には、欠けていたものが二つあったように見受けられる。一つはアメリカと対等に交渉するのに必要な“駆け引き材料”、そしてもう一つは、現行安保体制にかわりうる“新しい安全保障政策のビジョン”だ。

 正確に言うと、この二つがつながりを持ったものになれば、アメリカは大いに動揺し、日本の言うことを聞いてくれた可能性が高い。つまり「もしアメリカが普天間基地を県外か国外に移設してくれないなら、日本は今後、中国と手を組むぞ」という“脅し”だ。

 アメリカの腰巾着にすぎない日本が、アメリカを困らせられる脅しがあるとすれば、それだけだ。つまり「本気で中国と組んで新たな安全保障システムをつくるぞ!」というブラフを全身全霊こめてかますことだけが、アメリカを慌てさせ、日米関係を“追従型”から“対等”にできる唯一の切り札だったと思う。

 もちろんそんなこと、本気でやるとは思えない。そんなことをすれば、今まで味方だったアメリカと、今後は険悪でよそよそしい間柄になる。それにそれをやれば、僕らの生活はハリウッド映画やメジャーリーグやMTVやグーグルと縁遠くなり、かわりに『赤いコーリャン』や太極拳や海賊版音楽や百度(バイドゥ)と親しむことになる。ここまでアメリカナイズされた生活に親しんでしまった僕らに、いきなりそんな生活への転換ができるとは思わない。

 でもだからこそ、「本気でそれをするぞ」という覚悟を示すことが、大いなる力になる。その意味でいうと、この移設案を本気で成功させたかったのなら、「東アジア共同体構想」とセットで(しかも両方とも本気で)取り組まなければならなかったことになる。

 というより、もともとこの東アジア共同体構想を聞いたとき、僕は「あ、鳩山政権は中国シフトでいく気なのか」と思ったぐらいだから、やるならやる、やらないならやらないと、いずれにしても本気度を示して行動を起こさないと。それをまさか「東アジア共同体構想を示すだけで、アメリカは動揺するはず」などと思ったのなら、それは見通しが甘すぎだ。アメリカぐらい貫録たっぷりのボスになると、そんな空手形ぐらいでいちいち動揺したりしない。

 結局、鳩山の示した程度のブラフではアメリカは動揺せず、鳩山はその後、移設先に苦慮することになる。その後「腹案がある」と言って出してきた徳之島案も地元自治体にフラれ、最終的には2010年5月、元の「名護市辺野古案」に戻してしまった。

 これにより、国民は鳩山を「できもしない夢物語で県民をその気にさせておきながら、結局状況を引っ掻き回しただけで何も実現できなかった嘘つき」ととらえ、大いに失望した。民主党はこのままでは7月に迫った参院選を戦えないとする声が高まり、鳩山は辞任した。このあたりから、民主党に対する国民の目は厳しくなっていった。

鳩山辞任後、首相の座を引き継いだのは菅直人だった。菅はもともと学生運動・市民運動出身の政治家で、初当選のときは社会民主連合(社民連)に所属していた。その後は一九九四年に社民連が解散したのを受けて新党さきがけに所属し、そのときに橋本龍太郎の「自社さ連立内閣」で厚生大臣として初入閣して、薬害エイズ問題やO157問題に積極的に取り組む姿勢で名を上げた。

 薬害エイズ問題では、菅自身が大臣として厚生省内の内部調査を陣頭指揮し、エイズ研究ファイルを発見して非加熱製剤の危険性を国が認識していた事実を突きとめ、改めて国の責任を認めて被害者家族らに謝罪した。

 また出血性大腸菌O157の集団感染問題では、厚生省が「カイワレ大根が感染源」と発表したことで生まれた風評被害を払しょくするため、菅自らがカメラの前でカイワレサラダを頬張ってみせるというパフォーマンスを披露した。

 とにかく、この厚生大臣時代の菅は「かっこいい」の一言に尽きた。学生運動出身の野党気質の正義漢が与党政治にピッタリはまると、こんなにも気持ちがいいものなのかと、国民の多くは感動すら覚えた。菅の人気は日に日に高まっていった。

 その後、菅は鳩山の民主党旗揚げに参加し、鳩山とともに党の共同代表となった。その後も何度か代表に就任し、2003年には小沢一郎の民主党との合併などを実現させたが、その翌年の2004年、小泉内閣閣僚の「年金未納問題」あたりから、かつてのかっこよさのイメージはなくなっていった。

 これは菅が、未納期間のあった三閣僚(中川昭一・石破茂・麻生太郎)を「未納三兄弟」と呼んで厳しく追及している最中、自らが4人目の兄弟と発覚して代表を辞任し、頭を丸めて“お遍路さん”になった事件で、菅代表はこれで相当国民からの人気をなくした。

 しかし、党内での影響力は残し、2006年に民主党代表となった小沢一郎を鳩山・菅で支える「トロイカ体制」の一翼を担いつつ、今回の首相選出となった。

 こう見ていくと、菅には首相就任時、すでに厚生大臣だった頃の人気はなく、その意味では首相就任は新鮮味に欠け盛り上がらなかった。しかし、主要スタッフを“反小沢”の枝野幸男(幹事長)や仙谷由人(官房長官)で固めたことが国民から評価され、内閣支持率は発足当初は61%、最高で65%と高い支持を得た。

 しかしその後、消費税増税案が国民の不興を買って7月の参院選に惨敗し、衆議院とのねじれ現象を作ってしまった。その後、9月には尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件で中国漁船の船長を釈放したことで支持率が急落し、2011年3月には東日本大震災で危機管理能力の甘さを露呈し、さらには自民党の谷垣禎一総裁に入閣要請したことが指導力の弱さととらえられて、支持率の伸び悩みに苦しむ。

 その後は首相を「辞める・辞めない」と発言が二転三転して内閣支持率は2011年7月には最低の16%を記録し、ついに8月、辞任した。

(続く)
メンテ
Re: 民主党政権の失敗 ( No.2 )
日時: 2017/10/27 15:06
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:z2TFINrE

菅の後を引き継ぎ内閣総理大臣に就任した野田佳彦は、民主党代表選の演説で自らを泥臭いどじょうに例えたことで「どじょう内閣」と呼ばれた。これは、不人気でも泥臭く国民のために汗をかいていきたいという決意を表した言葉だ。

 日本新党結党に参加して衆議院議員となった野田は、その後小沢一郎が作った新進党に参加した後民主党に参加し、菅内閣では財務大臣に就任した。国民的知名度は低かったが、むしろそれが新鮮な印象を与え、民主党への不信感が高まるなか、国民から好意的に受け入れられ、内閣支持率は発足当初62%と上々だった。

 最初野田は、震災対策に取り組み、その復興財源の調整や原発対応などに尽力した。しかしその後、消費税を段階的に10%に引き上げる案を示したあたりから、野田内閣への批判が始まった。確かに税収不足と震災対応で財源不足は理解できるが、それでもまだ震災復興のめどが立ってない段階での消費税増税論は、国民感情を逆なでした。

 これを期に、野田内閣の支持率は下がり始める。その後は大飯原発の再稼働、李明博韓国大統領の竹島上陸、尖閣諸島国有化宣言後の中国との緊張などでどんどん支持率を下げ、11月半ばの段階でついに19%と20%を切った。

 結局、野田は解散総選挙に打って出るタイミングすらつかめず、2012年12月、任期満了直前に解散総選挙となり、自民党に惨敗することになる。

なぜ民主党政権はうまくいかなかったのか?

 あれだけ国民から期待された民主党政権が、最後はボロボロの延命内閣になってしまった理由は、いくつかある。まずは「政治主導」という言葉のとらえ違い、これが大きかった。政治主導とは決して官僚の“排除”ではなく、政治家のリーダーシップの下、官僚を“うまく使いこなす”ことだ。

 民主党は政権発足当初から「政治主導・脱官僚」を唱えていた。確かに官僚政治を悪とし、それを排除する方向性は、国民から支持されやすい。だがそれは、自分たちに確固たる政策立案能力と執行能力があってこそ実現するものだ。

 ところが民主党は、官僚を完全に閉め出して政策決定を行うには、あまりにも若かった。政治家サイドから省庁に出向する大臣・副大臣・大臣政務官の中に、官僚以上の政策立案や予算編成をできる者はおらず、また官僚以上に根回しに長けた者はいなかった。

 しかも、政治サイドで意思決定するとはいっても、党全体で討議にかけることはなく、ごくごく一部の人間だけで意思決定された。これはリーダーシップではなく、単に党として成熟していないだけだ。結局民主党は官僚を排除したことで、政治を拙く、無駄な予算のかかるものにしてしまった。

 また、この誤った政治主導のせいもあって、選挙時の「政権公約」、いわゆるマニフェストがほとんど守られなかったことも、民主党の人気を下げる結果となった。

 確かに民主党がマニフェストに示した政策は、どれも素晴らしかった。高速道路の原則無料化、公立高校の実質無償化、中学卒業まで月2万6000円の「子ども手当」支給、国家公務員の天下りや“渡り”の斡旋を禁止、ガソリン税に上乗せされている「暫定税率」の廃止……これらが本当に実現されるのならば、これ以上素晴らしいことはない。

 だがこのマニフェストの内容は、ほぼすべて実現できなかった。実現したものはといえば、公立高校の無償化ぐらいだ。

 なぜそうなったか? 一つは政治主導の弊害のせい、そしてもう一つは、予算の見通しが甘かったためだ。

 実は民主党は、これらマニフェストに書かれた政策執行の予算を「埋蔵金」に求めたのだが、これがそもそも甘かった。埋蔵金とは、霞が関に眠っているとされる、特別会計の剰余金・積立金の俗称だ。

 民主党の読みでは、これが8兆円ぐらいある上、現行予算からも20兆円ほどぜい肉は削れるはずだから、これらを使えば国債をほぼ発行しなくても、マニフェスト実行のための予算は組めるはず――民主党はそう考えた。

 そして、その埋蔵金を探し、予算のムダを削るべく行われたのが「事業仕分け」だ。これは民主党政権下にあった「行政刷新会議」が、国家予算の中でも不透明な部分の多い独立行政法人や特別会計予算の必要性を判定したイベントだが、当初はかなり注目された。

 なぜなら予算編成のプロセスを、事業担当者を呼びつけて追い込む姿まで含めて「テレビ中継」したからだ。事業担当の役人たちが、蓮舫など民主党国会議員の鋭い追及にたじたじとなり、ペコペコする。その姿はかなり面白く、政権交代したと実感させる映像だった。蓮舫が次世代スーパーコンピューター開発費の予算を話し合っているときに飛び出したフレーズ「2位じゃダメなんですか?」が飛び出したのも、この事業仕分けだ。

 ただ残念ながら、その追及は不十分で、しかもその判定結果に拘束力はなかった。結局合計3回やった事業仕分けでは、埋蔵金は見つからず、予算のムダも削れず、仮に見つかっても「廃止の判定」や「返納を求める」ぐらいしかできなかった。
 
 この結果に国民は「事業仕分けは単なる国民へのガス抜きか」と失望し、2回目以降急速に注目されなくなっていった。また、民主党は社会党・さきがけ・日本新党・新進党など多くの政党が集まって結成された政党だけに、党内に小グループが乱立し、意見を取りまとめることが難しかった。

 この辺が自民党との大きな違いであり、党としての成熟度の差だ。自民党のすごいところは、ふだん仲が悪くていがみ合っている議員たちが、いざ議決の段階になると、とたんに一枚岩の結束を示す。この腰の強さがあるからこそ、仲の悪さも「活発な議論」に見え、国民から支持される。

 対して民主党は、仲間のミスをフォローするどころか笑い、結束すべき局面で足を引っ張り合った。そういう部分を国民に見えるところでやったのでは、国民の支持を取りつけるのは難しい。

(引用終わり)

最初の記事で言ったように、民主党政権は自民党政権では出来ない、大きな発想の転換を含んでいたのです。
株価が一時的に下がろうが、雇用が不安定になろうが大きな改革の為には、一時期の困苦は国民が辛抱するべきであったと言う事は言えます。
行政改革をして官僚から政治を取り戻す事も、そんなに急には出来ないでしょう。

それでも民主党政権は3年続きました。
その経緯を見ていると、とてもじゃないが、幾ら待っても民主党には、その能力も意志もない事が解ってきました。
内閣が鳩山→菅→野田と移るにつれて、それが鮮明になってきました。

菅は鳩山が出来なかった公約を支援することなく
野田に至っては原発再稼働を認め、消費税値上げに動く様。

民主党がどの様な政党であったか明白であります。
民主党が公約で掲げた、我々が期待する政治の姿など絵に描いた餅。
口先で良いなら中学生でも言える事が民主党の政策であったのです。

要するに、民主党は自民党とほとんど変わりはなく、政策の実施面で中途半端であっただけ、経済を混沌に陥れました。
民主党が成果を上げるまで待ったとしても、幾ら待っても衰退する事に間違いはありませんでした。

年金改革に真剣で取り組んでいると思われた、ミスター年金こと、長妻厚生労働大臣が就任2ヶ月くらいの記者会見で、突如、禁煙法案を提示した時点で私は民主党に疑問を抱いた。
民主党が何をしてくれるかと期待していた時に、可笑しいではないか。

その後の3年間は、その予想どおりとなった。

言ってみたけど、だめだった!
やって見たけど、だめだった!

そんな事は初めから解っているじゃないか。


無責任なコメンテータは、希望の党の敗因を民進党を受け入れるのに条件をだし排除したことにあると言っている。

本筋が何も解っちゃいない馬鹿、コメンテーター
そんなものに踊らされる世論。

希望の党は明確に第2保守党を目指すべきだったのである。
自民党の支持層を吸収すべきであったのである。

自民党が最も恐れたのはこの事。
何を勘違いしたのか、若狭とか細野などの二流の人物が、目先の利を狙い、大失敗した。

希望の党などは、発足したとたん、民進党化してしまい、後は潰れるのを待つばかり。

メンテ
民主党政権時代の出来事 ( No.3 )
日時: 2017/10/27 12:02
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:z2TFINrE

2009年7月21日、衆議院が解散。「政権交代選挙」が行われる。各種世論調査では終始民主党の圧倒的優勢が伝えられた。

結果、絶対安定多数を超える308議席を確保して、民主党は政権交代をついに実現。308議席は一つの党が獲得した議席数としては戦後最多であった。

また比例区の得票も2984万4799票を獲得し、日本の選挙史上で政党名の得票としては過去最高を記録した。

鳩山由紀夫内閣は子ども手当などの政策を実行するため、不足する財源を補うため過去最悪の44兆3,030億円分の新規国債が発行されることになった

民主党は科学技術振興を無駄だと決めつけて削減

>「世界一になる理由は何があるんでしょうか?2位じゃダメなんでしょうか?」

上は事業仕分けで有名となった蓮舫議員の発言であるが、結局一番で無くなった我が国のIT技術は中国、韓国に先を越され、我が国のIT産業の敗退につながった。
IT産業に留まらず、日本の多くの産業分野が国際競争に敗れ、衰退している事実は表面にはまだ出ていない。

口蹄疫の流行

宮崎県で発生した牛、豚、水牛の口蹄疫の流行。2010年3月頃発生、2010年7月4日の終息確認まで、28万8643頭を殺処分に。畜産関連の損失は1400億円、関連損失は950億円。
初動が非常に遅く、東国原宮崎県知事や自民党からの再三の働きかけも無視

韓国との関係(菅談話)

2010年8月10日に菅首相が、日韓併合100年に際して公表した首相談話。1995年の村山談話を基本的に踏襲しているが、村山談話がアジア諸国に対するお詫びであるの対し、菅談話では韓国のみに対するお詫びである。
日本政府が保管している朝鮮王朝儀軌等の朝鮮半島由来の貴重な図書について、韓国の人々の期待に応えて近くこれらをお渡ししたいと思います

中国漁船衝突事件では逮捕した船長をあっさり釈放。「弱腰」との批判を招いた

民主党政権時代、海自艦艇は尖閣から112キロ内の海域に入ることを自制してきた

【レーダー照射】挑発さらにエスカレート 9月以降、海軍と海自の対峙も常態化+(2/2ページ) - MSN産経ニュース
中国を刺激することを嫌った首相官邸の指示だったとされる。そうした「弱腰」に乗じるかのように中国艦艇は海自艦艇に近づくような挑発も。

民主党は事業仕分けと称し、災害対策予備費、学校耐震化予算、地震再保険特別会計などを次々と「埋蔵金」扱いで削減、廃止してきた

視察する「政治的パフォーマンス」を行ったことで事故対応の初動に遅れが生じたと批判が出る

海江田万里経産省が放水作業準備中の東京消防庁レスキュー隊に対して「速やかにやらなければ処分する」と恫喝まがいの発言

辞任直前の菅直人総理(当時)は、朝鮮学校の高校授業料の無償化適用について審査を再開するよう高木文部科学相(当時)に指示


深刻化した欧州債務危機や米景気後退懸念から、投資マネーは、震災後も安全資産と評価された円に流入。10月末には一時、1ドル=75円32銭と最高値を更新した。日銀の金融緩和、民主党政権の大規模な為替介入によっても円高を阻止できなかった。


民主党は「円高になれば日本は景気回復する」と主張して円高を招きました

なぜ急に円安になったのですか?=為替王 2012/12/15(土) 10:05:21 [サーチナ]
その影響で、赤字決算になる輸出企業も多く見られた。お気に入り詳細を見る
民主党政権では円高について「断固たる措置をとる」と言いながら、具体性がなく場当たり的な対応でした

長期にわたり、日本株は他の主要株式市場である米・独と連動した動きにあったしかし、2009年半ば以降、日本株だけが出遅れた状況にあった

今回の安倍政権が「持っている」のはなぜ? アベノミクス旋風に乗って脱“失われた20年”も視野に ――高田 創・みずほ総合研究所 チーフエコノミスト|ダイヤモンド・オンライン

日本の成長を高めるための首尾一貫した政策がない民主党政権に対し、市場が失望していたことの裏返し

生活保護の受給者数は過去最大に

2006年度〜8年度に、それぞれ、生活保護世帯数は107万世帯、110万世帯、114万世帯と毎年3〜4万世帯づつ増加。ところが09年度には127万世帯、10年度には141万世帯と保護世帯数は毎年13〜14万世帯増と増加幅が加速。

図録▽生活保護世帯数と保護率の推移 _

生活保護の受給者は2012年(平成24年)7月には過去最多の212万4669人を記録

生活保護世帯が急増し生活保護給付費も大きく増大するなか、2012年5月には高収入お笑いタレントの母親の生活保護受給問題がクローズアップされ、不正受給や不適切受給の適正化が国民の関心事となった

衆院選の民主大惨敗を「おかしい、余りにも静かすぎた」と言うマスゴミと民主党。まだ分からないのか?。「人は、本当に怒りが頂点に達した時は、怒鳴ったり罵ったりしない。黙って行動(民主党以外に投票)する。」それにも気づかず未だに「ジミンガー」。参院選が楽しみだ。

なんてェかね…民主党の無責任かつ他人事感の異常さは本当に酷いわ…。つい数ヶ月前迄、コイツ等が政権動かしとったんやぞ?と。しかも3年間も…。しかも、其れが原因で、日本の現状がボロボロに成っとったんやぞ?と…。

民主党の政権でボロボロだった外交問題。 自民党がどう対応するのか。自民党も民主党と同じようにボロボロな対応しかできない場合もあるしね。もう少し考えをもって対応してほしいのだが・・・。

アベノミクスをハッタリだと言う人は、民主党のマニュフェストを何と言えばいいのか教えてくれ。 株価間違いなく上がってるぞ!
メンテ
民主党の経済政策 枝野の経済政策 ( No.4 )
日時: 2017/10/28 10:42
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:Euxd9phk

民進党代表選への出馬を表明した前原誠司元外相と枝野幸男元官房長官の唱える経済政策が似通っている。安倍政権が推進する成長重視の「アベノミクス」との対立軸を打ち出す必要があるためだ。両氏は「支え合い」をキーワードに、社会保障の充実が経済の底上げにつながると訴えている。
 出馬表明の記者会見で、前原氏は「みんながみんなを支え合う社会を選択肢として選んでもらうことが大切だ」と強調。枝野氏も「お互い様の精神で支え合う仕組みを整えることこそが、政治の役割」と力説した。
 共通するのは、所得再分配の強化だ。前原氏は「高齢者の将来への安心を担保する」と述べ、枝野氏は看護師や介護士らの賃上げを訴え、幼児教育については共に無償化すべきだとの立場。これらの政策が消費の拡大につながるという論理だ。
 両氏の人脈も影響している。前原氏のブレーンとして知られる井手英策慶大教授は、枝野氏との関係も深い。
 ただ、国民負担増については考えを異にする。前原氏は「中福祉中負担」を掲げ、増税も選択肢に含めている。これに対し、枝野氏は慎重な立場で、公共事業の見直しなどによって財源を捻出するとしている。
 枝野氏は会見で、前原氏の主張との差異について「大きな違いがあるとは思わない」と語っており、野党共闘や憲法改正の是非で差別化を図ることになりそうだ。

もちろんこのリベラルと保守という対決図式は、筆者にはどうでもいい。民進党がなぜ民主党時代に政権を追われ、そしてそれ以後も党勢が回復しないか。そして蓮舫代表が野田幹事長を選んだ以降、なぜ急速にその党内外の支持を失ったのか。そこを考えれば、同党の経済政策のあり方こそが、国民的な関心事ではないか、と思う。だが、どうもマスコミや同党の支持者だけではなく、民進党自身にもその意識はないようだ。

 簡単に言うと、前原氏も枝野氏も経済政策のスタンスは変わらない。相変わらずの「消費増税ありき」の緊縮主義である。民進党の経済政策を総称して、筆者は「緊縮ゾンビ」と呼んできた。そして、今回の代表選もどうやら「緊縮ゾンビ」たちの顔ぶれしか拝めなさそうである。

 「緊縮ゾンビ」とは、日本のような長期停滞からまだ完全に脱出していない経済状況にあって、財政再建などを名目にして増税することで、経済をさらに低迷させてしまう誤った経済思想を持った人々のことを指す。日本はこの「緊縮ゾンビ」が政界を中心にして大流行していて、なかなか退治できないでいるのが現状だ。ブラウン大学教授のマーク・ブライス氏は、「緊縮はゾンビ経済思想である。なぜならば、繰り返し論駁(ろんばく)されているのに、ひっきりなしに現れてくるからだ」(『緊縮策という病』NTT出版、若田部昌澄監訳、田村勝省訳)とも書いている。

 ただ、民進党首脳の過去の発言を見る限り、消費税の引き上げに反対したこともある。直近では2016年の再凍結のときだ。だが、反対の理由として挙げたのは、経済への悪影響ではない。軽減税率の導入への反対や、衆議院の定数是正などに絡めたものであった。要するに、その都度その都度の政治情勢で、まともな理由にならないものを列挙し、消費税についての立場を変更しているともいえる。だが、その基本的なスタンスは、消費増税への賛同であることは間違いない。

今回の有力候補といわれる二人の消費税に対するスタンスを見ておこう。前原氏は、昨年の代表選で出した「まず身を切る改革・行政改革。その上で希望と安心のALL for ALL 『尊厳ある生活保障』」と題された資料を見てみると、消費税を10%に引き上げ、教育や保育の充実を目指すと述べていた。積極的な金融緩和など、今日の日本経済で効果を上げている政策についてはほぼ無視している。前原氏については今回も大差ないのではないか。つまり、前原氏の経済政策観は、民進党のスタンダードなものである(参照:「反省なんてまるでない! 「緊縮ゾンビ」だらけの民進党代表選」)。いままでこの連載でも多くを書いてきたので、今回は枝野氏について特に紙数を割きたい。

 枝野氏については、2012年に出された著作『叩かれても言わねばならないこと。』(東洋経済新報社)が参考になる。同著では、所得税よりも消費税がむしろ現在の生活水準が高くない層には有利だと説明されている。消費税が、低所得者層に負担が重いという「逆進性」の指摘を否定している。そして消費が多く生活水準の高い「引退世代」に負担してもらうという主張であった。

 しかし、この枝野氏の主張ほど実際の消費税の負担について間違ったものはない。消費税の「負担額」は確かに高所得者の方が大きいが、やはり「逆進性」の懸念通りに、低所得者層の方が消費税の「負担率」が高くなっている。

消費増税が直近で行われた2014年4月から8月にかけての統計データを見て、現在の日本銀行審議委員である片岡剛士氏は、『日本経済はなぜ浮上しないのか』(幻冬舎)の中で以下のように指摘していた。

「消費税増税が始まった2014年4月から8月にかけて悪化が深刻であるのは、世帯所得が最も低い第一分位及び第二分位といった低所得層の家計消費であり、かつ勤労者世帯の中でも非正規労働者の比重が高い低所得者層の悪化度合いが深刻であることがわかります。消費税増税の逆進性に伴う負担率の高まりが低所得者層を中心に生活防衛意識を高めて支出を抑制しており、家計消費の回復にブレーキをかける一因となっているのです」(同書、180ページ)。

 この状況は2014年から16年までほとんど変わらず、低所得層の消費の動きは低迷したままである。枝野氏の主張は現実の動きの前では否定されたといっていい。

 さらに枝野氏には興味深い主張がある。それは以前から「利上げして景気回復」という主張である。これは端的にトンデモ経済論の域だと思われる。筆者の知る限り、08年9月下旬のテレビ朝日系列の「朝まで生テレビ」の番組中に表明している。当時はもちろんリーマン・ショックが顕在化したころであり、深刻な経済危機に世界が直面していた。その中での発言である(当時の記録が筆者のブログにある)。

 通常は、経済危機や深刻な不況のときは、金利を引き下げることが重要だ。もし金利を引き下げる余地がないときは、今度は中央銀行が供給するマネー自体を増やしていく、さらには物価安定目標(インフレ目標)の導入で人々の予想をコントロールしたりすることが重要だ。なぜ金利を引き下げるかといえば、経済が落ち込んでいるときは、民間の消費や投資が振るわないときだ。例えば、住宅ローンでも車のローンでも金利を安くした方が借りやすくなるだろう。もちろん金利が変動型であればそれだけ返済負担も少なくなる。消費だけではなく、企業の設備投資のための金利負担も軽くなる。

 だが、どんな教科書にも経済危機や不況に、金利を引き上げて景気回復が行われるとは書かれていない。当たり前だが、そんなことを経済危機に行えば、経済は壊滅的な打撃を受けるだろう。それをリーマン・ショックの時期に行えというのは、かなり経済政策のセンスを根本的に疑う事態だろう。「朝まで生テレビ」で同席していた嘉悦大学の高橋洋一教授も同様に、枝野氏の経済政策観を批判している。

やはり、枝野氏の経済政策観は、緊縮主義、その一種である「清算主義」に立脚しているかもしれない。不況や経済危機のときに、積極的な金融緩和や財政拡大で介入することは、かえって非効率的な企業や非効率な人々の経済活動(一例で余剰人員など)を温存させてしまう。だから不況や経済危機は市場に任せて放置した方がいいという経済思想である。そしてこの清算主義もまた間違っているにもかかわらず、何度も政策議論の場でよみがえってくるゾンビでもあるのだ。

 ただ枝野氏は「利上げ」という形で積極的に市場に介入して、さらに不況を深めるかもしれないので、積極的清算主義という新種の可能性がある。このような「介入」が、彼が市場に任さないで、政府の活動を重視する「リベラル」という評価の源泉なのかもしれない。ただあまりに「自由すぎる」発想で、筆者はついていけないのだが。

 まじめに話を戻せば、前原氏も枝野氏もともに緊縮主義であることに大差なく、蓮舫−野田体制とこの点で変化はみじんも期待できないのではないか。ここに民進党の低迷の真因がある。

(引用終わり)

「支え合い!」
何と言うバカバカしい話。
それが出来ないから現実があるのではないか。

要するに前原も枝野も、言っていることは経済の教科書の受け売り程度のこと。
それも、本格的な理論ではなく、極、表面的な事象を観察しているだけで、経済の事を本当に解っている訳ではない。

後段の部分で枝野は前原よりも踏み込んでいるようだが、無知が踏み込めば、それだけ「どつぼ」にはまる。
消費税を上げて利上げもする。

それで実際に喜ぶのは富裕層ではないか。

まあね、理屈で言えば、経済全体が活性化して貧困層も救われる可能性もあるが。
まるで新自由主義の考え方ではないか。

結局は「コンクリートから人へ」などと言う政策をとり我が国の経済を低迷させ、格差を広げただけ。
経済政策の失敗で不足した税収を、国債発行でしのぐなど、民主党の経済政策など全く無茶苦茶。

新自由主義が現在の格差をもたらしていると言う認識すらない。
青二才である。


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