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[2866] アメリカとは!
日時: 2017/12/22 11:19
名前: topics editor ID:pYED94Ik

アメリカの医療制度

アメリカの医療費は桁違いに高いことで有名である

アメリカ人の多くは、ケガや病気をしてしまうと保険料を支払っていても高額の医療費を強いられるため、ろくに治療を受けられないという怖い状況にあります。

アメリカの保険制度は、金持ちが助かるようになってる制度です。言葉は悪いけど、貧乏人には厳しい制度です。

医療費が払えないために個人破産する人が多数
アメリカの個人破産の60%以上は医療費関係

日本で言う高額医療でもないのに、医療施設への支払いができずに破産されている方が年齢に関係なくいらっしゃいます。
医療保険に入っていない人が大勢いる

アメリカには国民皆保険制度はありません。

医療保険への加入は個人の自由だが、保険費用が高額なため、国民の6人に1人が医療保険に入れない状態。
友人の同僚で、皮膚ガンが見つかり化学療法と放射線療法を受けるように医師から勧められましたが、保険が無かったため、お金が貯まるまで治療を受けず、1年後に治療を受けたときには肺に転移していました。

アメリカにも公的な保険制度は在ることはあるが....
しかし、65歳以上の国民、障害者、低所得者、米軍勤務者と その家族以外はこの制度は受けることができません。

大変高額な医療保険

加入する保険の種類や補償額にもよりますが、医療保険代は大変高額です。
民間保険は、一ヶ月で 平均一人 300〜500ドル、カップルでその倍、子供がいると(子供の数にもよる)$2000 近くかかります。(1ドル 80円で計算して 約 16万円程度)

医療保険ごとで大きく異なる補償内容

保険によって、利用できる医師、病院、補償される金額などが異なるため、好きな病院で診察を受ける事はできません。
また医療費の負担は、日本では一般的に2〜3割というのに対して、アメリカでは加入する保険会社やその保険会社の保険プランなどによって変わってきます。

病気になって医療を受ける時には、自分で医師や医療施設を選ぶことができず、医療保険会社が指定した医師にかからなければならない。
保険によって受診できる病院が異なるので、大病院の目の前で倒れても救急隊はまずその人が加入している保険の種類を確認の上、保険会社に連絡、その後どの病院に行くかが指示されます。そのため目の前の病院ではなく、数100 キロ離れた病院に搬送される事も頻繁にあります。

アメリカの医療保険への加入は、必ずしも申請した人全員が入れるとは限りません。
保険会社は、申請者の年齢、性別、喫煙暦、病歴などを考慮し、保険加入の有無が決定されます。

アメリカでは州や保険会社によって法律や保険の規約が違うので、住む場所やどの保険会社を選ぶかによっても違ってきます。
保険適用が開始されるのも保険会社によって、すぐに使える会社や1ヵ月ほどかかる会社などさまざまです。

医療保険に入っていても高額な治療費

たとえ保険があっても、自己負担する医療費は大変高額なので、気軽に医者に行く事ができないのが現実です。
医療保険料は高いです。しかも毎月何万も保険料払っても、ちょっとお医者さんに見てもらっただけで、その医療費に何万円もかかります。

最近中耳炎になってお医者さんに行ったのですが、保険を使っても、診療時間は10 分で200ドル、薬代も100ドルでした。

昨年の秋に交通事故に遭い、救急車でERに行き、CTスキャンとレントゲンをとりました。怪我自体は大したことなかったのですが、届いた請求書は法外な金額でした。救急車で数キロ行っただけなのに$800前後、ERだけで$8000、ERの他にERの医師の診察料、検査代、検査技師への支払いと全部別です。

知人は昨年白内障の手術を受けましたが保険を使っても自己負担は50万近く。日本だったら10−20万で自己負担3割なら5万程度。

ひどい保険会社の対応

医療費が高額なだけではなく、保険会社の対応にも大きな問題があります。
医者がこの検査、治療が必要だというので保険会社に確認すると、8割負担するという。しかし実際検査し治療を受けてみれば、最初の話しと違って6割しか負担されず、医者から残り4割の請求がくる。

保険会社になぜか?と問い合わせるも、その時間とエネルギーがハンパではなく、病気の身にはあまりに辛く、結局泣き寝入り。

医療制度自体もひどいのですが、保険会社の対応もひどいと思います。3年前に出産した際、病院と保険会社から二重請求があり色々と面倒な作業が多々ありました。

患者にとって一番良い処方箋を保険会社が認めないために他の副作用の強い薬で我慢した経験があります。

何故こんなに医療費が高いのか?

ドクターフィーという医師に対して、またホスピタルフィーという病院を運営する費用全般や、スタッフに対しての人件費にかかわる経費が目立ちます。

医師に対して支払われるドクターフィーは、各ドクターにより違うこと、また入院時の部屋代や看護代などのホスピタルフィーが異常に高いというのも原因の一つです。
一般の医療保険に加入できない場合

一般の医療保険に入れない場合、特別な保険(ハイリスク保険)に入る事ができるようですが....
「国の既往症医療保険プログラム」といい、国や州が運営するハイリスク保険というのに加入ができます。

ハイリスク保険の資格を得た人は、保険料の一部を自己負担しなければならず、その金額はかなり高額になる可能性があるようです。

歯科は 医療保険と別の保険に加入必要

歯科も、保険に入っていても大変高額な治療費がかかるようです。
歯は年1500ドル程度しか補償されないので、1本クラウンを入れたら2本目は翌年まで待たなければ自腹です。そのため、私は昨年歯の治療で100万円も使う羽目になりました。無保険でも歯は日本で直す方が安いのでそうする人も結構います。

とにかく金金金の医療制度
医療はビジネス、金儲けが前提…。

日本とアメリカの健康保険の最大の違いは、日本は福祉だけれどもアメリカは営利目的

アメリカはお金が全てです。裕福な人ほどいい医者にかかれます。お金のない人は州の保険に入って毎回違う病院や医者に診てもらいます。

アメリカの医療は、基本的には富裕層などだけが恩恵を受けられ、一般的な年収・保険加入の人間はそれなりの医療しか受けられないようになっています。

貧乏人や最低レベルの保険にしか加入していないと、最低の医療サービスしか受けられないので、貧乏人や一般的な人はちょっとやそっとでは病院にいかず、ドラッグストアの薬でやり過ごします。医療破産は普通にあります。

オバマ大統領が進めているオバマケアとは?

オバマ政権が推進する米国の包括的な医療保険制度改革。国民に保険加入を義務付け、保険料の支払いが困難な中・低所得者には補助金を支給することにより、保険加入率を94パーセント程度まで高める。

この法律は米国民に保険加入を義務付けている。

この法律により同大統領は、国民皆保険に一歩近づいた。それまで民主党の誰一人として成し得なかった偉業を達成した。

それなのに.....反対派が多いオバマケア

オバマケアを反対し、保険加入を政府が介入するのは社会主義的と批判する人が多いのは、日本的感覚では理解できませんが、そういう人が多数いるのがアメリカの現状のようです。

「無保険者に医療保険を付与することは正しいことだ」という民主党・オバマ大統領側の主張は、日本的常識には馴染みやすく、これに対する「個人の生活への国家の関与」とか、ひどい場合は「オバマは社会主義者だ」とかの批判には、「やはりアメリカと日本は違うものだ」という感がします。

有権者は医療保険改革を好ましくは思っていない。約5割はこの法律を嫌っており、支持率はわずか4割だ。

野党・共和党にすればオバマケアは「大きな政府」の象徴で、国家財政を圧迫するもの。「個人の生活への国家の関与」が強まるのも不満だ。特に、ティーパーティーに代表される党内右派が強く反対している。

難病を患い保険会社に保険加入を拒否され、貧しさ故に医療保険に未加入で治療を受けられずに死ぬ──そんな人々が改革法で救われるはずだが、主に貧困層の無保険者のせいで自分たちの税金を使われたくない、というのが高所得者の本音なのかもしれない(反対派には高齢の白人が多いといわれる)。

(引用終わり)

これがアメリカである。

アメリカンドリーム!
活気のある明るい国!
自由が保障される国!

などの、美辞麗句は何処から来ているのでしょうね。
メンテ

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アメリカは戦争依存国! ( No.1 )
日時: 2017/12/22 12:09
名前: topics editor ID:pYED94Ik

アメリカは戦争屋


>植民地形成から独立まで  主にインディアンとの戦い。

1609年-1613年、1609年-1613年のポウハタン戦争。
1622年、1622年のポウハタン戦争。
1637年、ピクォート戦争。
1643年-1645年、キーフツ戦争。
1644年-1646年、1644年-1644年のポウハタン戦争。
1659年-1663年、エスパス戦争。
1675年-1676年、フィリップ王戦争。
1675年-1676年、ベーコン戦争。
1680年、プエブロ戦争
1715年-1716年、ヤマシー戦争。
1716年-1729年、ナチェス戦争。
1734年、チカソー戦争。
1759年-1761年、チェロキー戦争。
1763年-1766年、ポンティアック戦争。
1773年-1774年、ダンモア戦争。

>独立戦争とインディアンの制圧  インディアンから領土を奪う戦いは1900年前続いている(97%がそれである)。

1775年4月-1783年11月、アメリカ独立戦争。
1785年-1795年、ノースウエスト戦争。
1811年-1813年、テカムセの戦争。
1812年-1814年、米英戦争。
1813年、ピオリア戦争。
1813年-1814年、クリーク戦争。
1816年-1818年、1616年-1818年のセミノール戦争。
1827年、ウインネバーゴ戦争。
1832年、ブラック・ホーク戦争。
1835年-1842年、1835年-1842年のセミノール戦争。
1837年、オーセージ戦争。
1846年-1848年、米墨戦争。
1848年-1855年、カイユース戦争。
1855年-1856年、ローグリバー戦争。
1855年-1858年、1855年-1858年のセミノール戦争。
1855年6月-1858年9月、ヤカマ戦争。
1858年5月、スポーカン・クーダレン・パルース戦争。
1861年-1864年、ナバホ戦争。

1861年4月-1865年4月、南北戦争。

1862年8月、スー戦争。
1863年-1865年、コロラド戦争。
1863年1月-1886年9月、アパッチ戦争。
1864年-1869年、ハラパイ戦争。
1866年11月-1868年11月、レッドクラウド戦争。
1867年-1875年、コマンチ戦争。
1872年11月-1873年6月 モードック戦争 --
1874年6月-1875年6月、レッドリバー戦争。
1876年-1877年、ブラックヒルズ戦争。
1878年、バンノック戦争。
1878年-1879年、シャイアン戦争。
1879年5月-1879年9月、シーピーター戦争。
1879年9月-1880年11月、ユテ戦争。
1890年11月-1890年1月、パインリッジ戦争。

>第二次世界大戦終結まで

1898年4月-1898年8月、米西戦争。戦争の結果、アメリカはプエルトリコ、フィリピン、グアムを領土として獲得し、キューバを保護国とした。
1899年2月-1902年4月、米比戦争。
1900年7月-1901年9月、義和団の乱への派兵。
1902年、1902年のコロンビア領パナマ侵攻。
1906年-1909年、1906年-1909年のキューバ侵攻。
1912年7月-1933年1月、1912年-1933年のニカラグア侵攻。
1914年4月-1914年11月、1914年のメキシコ侵攻。
1915年7月-1934年8月、1915年-1934年のハイチ侵攻。
1916年3月-1917年1月、1916年-1917年のメキシコ侵攻。
1916年5月-1924年、1916年-1924年のドミニカ共和国侵攻。
1917年4月-1918年11月、第一次世界大戦の米独戦争。
1918年8月-1919年8月、シベリア出兵。
1941年12月-1945年8月、太平洋戦争(第二次世界大戦の米日戦争)。
1941年12月-1945年5月、第二次世界大戦の米独戦争。
1941年12月-1943年9月、第二次世界大戦の米伊戦争。

>冷戦期

1950年6月-1953年7月、朝鮮戦争。
1958年7月-1958年10月、1958年のレバノン派兵。
1961年4月、キューバ侵攻・ピッグス湾事件。
1961年11月-1973年3月、ベトナム戦争。
1965年4月 -1966年7月、1965年-1966年のドミニカ共和国派兵。
1970年4月-1970年6月、カンボジア侵攻。
1971年2月-1970年6月、ラオス侵攻。
1982年8月-1984年2月、1982年-1984年のレバノン派兵。
1983年9月-1984年4月、1983年-1984年のニカラグア空爆。
1983年10月、グレナダ侵攻。
1986年4月、リビア空爆。
1988年7月、イラン航空機撃墜事件。
1989年12月、1989年のパナマ侵攻。

1991年1月-1991年3月、湾岸戦争。

1992年12月-1994年3月、ソマリア派兵。
1993年1月、イラク空爆。
1993年6月、イラク空爆。
1994年9月-1995年3月、1994年-1995年のハイチ派兵。
1995年8月-1995年9月、ボスニア・ヘルツェゴビナ空爆。
1996年9月、イラク空爆。
1998年8月、スーダン空爆。
1998年8月、アフガニスタン空爆。
1998年12月、イラク空爆。
1999年3月、コソボ空爆。
2001年2月、イラク空爆。

2001年10月 -(2007年6月現在継続中)、アフガニスタン戦争。

2003年3月 -(2007年6月現在継続中)、イラク戦争
2003年8月-2003年9月、リベリア派兵。
2003年2月-2003年6月、2003年のハイチ派兵。
2007年1月、ソマリア空爆。
2011年3月 - リビア攻撃。

※ 如何でしょうか、なかにはインディアン討伐と言う戦争もあるが、軍隊を出したことには間違いない。
アメリカと言う国は、いつでも、どこかで戦争をせずにはいられない国である事が解る。
現在は、ネタ切れに近づいたので、北朝鮮を引っ張り出そうとしていると言われても仕方がない。
トランプのエルサレムを巡る発言も戦争を引き起こしたいのであろう。

これだけ戦争をしていては、自国の兵士の犠牲を抑えないと国民がついてこない。
だから平気で原爆も使う。
誘導ミサイルなどの新兵器開発にも真剣である。

過去の西欧による世界の植民地支配でも、アングロサクソンの本性は、このようなものである事を知らねばならない。
キリスト教の博愛精神の裏側で、奴等は平然とこんな事をしているのである。

戦争でなくとも、植民地運動でなくとも、
ユネスコなどの慈善活動をする一方で
容赦ない経済侵略をつつけているのが、アングロサクソン!

慈善の心があるならば、元を糺せば良い。
アメリカの医療制度なども、弱肉強食の精神に変りはない。
身の周りの信者は救うが、そうでなければ人間とも思わない。
それがキリスト教社会であるのか。
メンテ
Re: アメリカとは! ▲米国は泥棒国家ですぞ ( No.2 )
日時: 2017/12/22 12:06
名前: 「南の島 九州 達磨」 ID:7iVT1YUA メールを送信する

投稿者様の 理論と 関係ないが

「世界の犯罪者 米国」ですよ


だって 土地の土人 住人を 追い出し 占領(他人の土地を 横領)
の犯罪者  米国です
何が民主王国 ですか? 判るでしょう?


「糾弾 日本の政治改革」の投稿者は 読者は
宇宙的 広い視野で ご判断を どうぞ

例えば
1 動物愛護の 漫才は止める亊
    動物愛護を言う方が 牛豚魚を 殺害し 食べてる事実

2 動物愛護で 野菜しか 食べない「方」も 動物殺害の「低脳 ウジ虫馬鹿」です
   病気時に 飲む薬は 薬の試験に 何十万匹の モルモット・ネズミを
     殺害して 作ったのが 薬です

3  「猥褻な 事は 言うな・するな」も 駄目
    言う方が ご両親が オチンチンを猥褻に お母様に 入れて
     猥褻の効果で  人類保存が 可能で 事実です



   の  ように「糾弾 日本の政治改革」の方は
    広大な 宇宙の 顕微鏡的 狭い 太陽系 宇宙の ごみ地球に
     瞬間 たった たった 100年間 生きてる だが
   「糾弾 日本の政治改革」は 広い宇宙的 視野で 投稿・批判を よろしく


 零細 零細のごみ「南の島 九州 達磨」
  「事実新見」 報道部

  脳波 電磁波 受信研究室

  「検事・裁判官・警察官・マスコミ・弁護士・「公務員」
        ・ヤクザ犯罪  追求委員会」




メンテ
Re: アメリカとは! 泥棒国家 ( No.3 )
日時: 2017/12/22 14:35
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:pYED94Ik

>米国は泥棒国家ですぞ

そう言う端的な表現があっていますね。

アメリカは、国家としては、史上最悪の国家でしょう。

ローマ帝国でもこれほどではなかった。

ヒットラー帝国でも。
メンテ
アメリカの戦争犯罪 ( No.4 )
日時: 2017/12/23 17:39
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:Y/VwdD4Q

正確な数字はわかりませんが、戦後、アメリカが関与した数多くの戦争で、殺戮した人数の合計は1000万人以上で、その内の九割が民間人だと言います。 この50数年間での、朝鮮戦争、パナマ侵略、ベトナム戦争、ドミニカ共和国侵攻、カンボジア侵攻、ラオス侵攻、グレナダ侵攻、レバノン空爆、リビア空爆、ニカラグア侵攻、パナマ侵攻、イラク湾岸戦争、ソマリア侵攻、ハイチ侵攻、スーダン空爆、アフガニスタン空爆、侵攻、コソボ侵攻、リベリア侵攻、イラク侵攻、ハイチ侵攻とアメリカの関与した戦争は枚挙のいとまがありません(糾弾掲示版より)

少しデーターを挙げてみましょう。
第一次世界大戦の同盟国側の死者  338万人(このうちアメリカ兵が殺したもの 150万人と推計する)
第二次世界大戦の枢軸国側の死者  1205万人(このうちアメリカ兵が殺したもの、700万人、日本人に限れば300万人)
朝鮮戦争の北朝鮮側の死者    292万人
それに加えるに、インデアンとの戦い(60回以上)でのインディアンの犠牲者は 10万人を下らないであろう。
ベトナム戦争の北ベトナム側   150万人
湾岸戦争、イラク戦争のイラク側  3.5万人
アフガニスタン戦争のタリバン側   1.0万人
その他、もろもろの戦争(30回以上)の相手国の戦死者も  10万人を下らない。

ここでカウントされるだけで、1350万人となる。

ここで別の見方も出来る。
第一次、二次の世界大戦で連合国側の死亡者は4874万人とある。
その2/3をドイツとすれば、ドイツこそ、最悪の民族と言える。

まあ、スターリン(一人で2000万人)毛沢東(4000万人)ポルポト(400万人)には、及ばないが。


(それはそれとして、アメリカの戦争犯罪について)

>第二次世界大戦中の無差別都市爆撃(とりわけドレスデン爆撃・東京大空襲)や日本への原子爆弾投下(広島・長崎)などは戦争犯罪ではないかと主張されることもあるが、戦勝国であるアメリカが裁かれることはなく、責任者も処罰されていない。また、無差別爆撃を指揮したカーチス・ルメイ自身が「もし戦争に敗れていたら私は戦争犯罪人として裁かれていただろう。幸運なことにわれわれは勝者になった」と語っている。

>戦後占領米軍による日本人婦女子陵辱事件
詳細は「占領期日本における強姦」および「戦時における強姦行為」を参照
終戦後日本へ進駐した米軍将兵による婦女子陵辱事件は頻発していたにもかかわらず、1945年9月19日にGHQによって発せされたSCAPIN-33「プレスコード」によって、それ以降は一切報道されることがなくなった。しかしそれ以降しばらくの間の事件については旧特高警察の記録に残されている。

1946年4月東京・大森で勃発した事件は特におぞましいものである。
《N病院(=中村病院。その後廃業し、跡はビルと道路になった)は三台のトラックに分乗した米兵によって、およそ一時間ちかくも病院じゅうを荒らされた。彼等の総数は二百人とか三百人とかという説もある。婦人患者のうち重症者をのぞく四十故人と看護婦十七人、ほかに十五ないし二十人の付添婦・雑役婦などが凌辱された》 「彼等は大病室に乱入し、妊婦・産婦・病気の婦人たちのふとんを剥ぎとり、その上にのりかかった」「二日前に生まれたばかりの赤ちゃんフミ子ちゃんは、一人の兵隊にユカに蹴落とされて死んだ」「M子などは続けさまに七人の兵隊に犯され、気絶した」 そして、「裸でころがっているあいだを通って、侵入してきたときと同様、彼等は表玄関と裏口から引き揚げていった」−−慄然とする内容である。

>太平洋戦線に投入されたアメリカ兵のなかには、敵兵の遺体の一部を狩猟の獲物と同じように扱い、「戦争の記念品、土産」として持ち去る例があった。「土産」には、多くの場合換金性が高いためドイツの強制収容所で虐殺されたユダヤ人に対してドイツ人が行ったように金歯が選ばれたが、頭蓋骨や他の人体各部が採取されることもあった。このような行為は、アメリカ軍より公式に禁止されていたと考えられているが、禁止令は戦場の兵士の間で常に遵守されていたわけではない。これらの猟奇行為がどの程度行われ、公的に認識されていたかは不明である。ペリリューの戦い、硫黄島の戦いなどで日本軍との間に死闘を展開したアメリカ海兵隊では、激戦につぐ激戦による最前線兵士の精神的疲労も重なって、日本兵の遺体損壊が日常的になっていた。撃墜した日本軍機パイロットの遺体や、特攻により損傷した米軍艦艇に残されたパイロットの遺体が「コレクション」された記録もある。

>戦後、マリアナ諸島から本国へ日本軍将兵戦死者の遺体の残りが送還された時、約60%がそれらの頭部を失っていた。サイパン島で収容所にいた日本人少年は、海岸で頭蓋骨をボール代わりにして遊ぶ米兵を目撃している。

>若い男性皆が戦争のために動員されており、唯一女性、子供、高齢者が半島の村々に残留していたため、米海兵隊の上陸直後、本部半島のすべての女性はアメリカ兵の手に落ちた。日本軍の存在が認められないことが判ると、米海兵隊将兵は上陸直後から、全村を「接収」し白昼から「女性のための狩り」を開始し、村や近くの防空壕に隠れていた女性らを次々に引きずり出し強姦した。

田中利幸によると、米軍による沖縄統治最初の5年の間に、米兵による強姦や強姦殺人は少なくとも76例報告されているが、ほとんどの場合、公式に報告される事なく事件は闇に葬られており、76例という数字は実態と一致していないと主張している。

>1968年3月16日に、南ベトナムに展開するアメリカ陸軍のうち第23歩兵師団第11軽歩兵旅団・バーカー機動部隊隷下、第20歩兵連隊第1大隊C中隊(機動部隊には他に第1歩兵連隊第3大隊所属のA中隊と第3歩兵連隊第4大隊所属のB中隊、そして砲兵部隊があった)の、“意地悪カリー”ウィリアム・カリー中尉率いる第1小隊が、南ベトナム・クアンガイ省ソン・ティン県にあるソンミ村のミライ集落(省都クアンガイの北東13km、人口507)を襲撃し、無抵抗の村民504人[1](男149人、妊婦を含む女183人、乳幼児を含む子供173人)を無差別射撃などで虐殺した。集落は壊滅状態となった(3人が奇跡的に難を逃れ、2008年現在も生存している。最高齢者は事件当時43歳)。

さらにC中隊が何ら抵抗を受けていなかったにもかかわらず、B中隊が増派され、近隣の村落で虐殺を行っている。
メンテ

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