ホームに戻る > スレッド一覧 > 記事閲覧
[408] 現代社会考
日時: 2009/12/14 22:11
名前: 天の橋立の愚痴人間

3日ほど前に、ひさしぶりで大阪へ出ました。

岡山県出身のタクシーの運転手と、道路は結構渋滞する中で、大阪のタクシー業界も大変で生活もままならぬと言う話しになり、
かといって、田舎に帰っても仕事がなくてどうしようもないと同意に至りました。
運転手の息子さんも、結局大阪へ来ているとの事です。

そうこう、している内に目的地、大阪駅に近くなり、周囲は高層ビルの建設ラッシュの様相です。
さらには、駅裏の1等地の再開発計画として、橋下知事も取り上げている大規模スポーツセンターの建設計画の話しになり、誰がそれを利用するのであろうと言うことでした。

そこで、良く考えたところ、
日本には、まだ半数を超える裕福な人種が存在する。

6000万人の裕福な人間が暮す国を思えば、そりゃ、何でも可能であると言う結論に達しました。
まあ、私などは、利用できる人種には入れていただけないであろうが。

それでも良いのであろう。

満天下さんが、別のスレッドで、小泉ジュニアを追っかける呆け者が随分といることを嘆いておられたが、そう言う奴らの為に国は動いていると考えれば道理が通るのではないでしょうか。

最早、はっきりと1級国民と2級国民に分かれてきたようですね。
メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

Re: 現代社会考 ( No.70 )
日時: 2018/02/19 06:58
名前: 日本貧民党 ID:SEIaPc8g

先日の、アメリカに於ける銃乱射事件に対して、トランプは犠牲者に哀悼の気持ちを述べましたが、『銃規制』に就いては一言も意見を述べませんでした。其れは何故か? 「NRA」=全米ライフル協会 による、汚い金がアメリカ中の議員にふんだんにばら撒かれているからです。

国防予算を減額しようとした「JFケネディ」を暗殺したのも「NRA」だと言われて居る位です。

アメリカが「銃社会」である事は、皆さんの殆どはご承知の事と思います。その「銃社会」の誘因は、アメリカが「戦争国家」であるからです。その「戦争国家」を維持する為には、膨大な金額に上る「兵器」が開発され、製造され、日本などのアホな国へ押し売りされているのです。そうです、アメリカは「兵器産業経済」なのです。極く小さな「サバイバル・ナイフ」から、巨大なICBM=大陸間弾道弾 に至るまで、アメリカに五万と存在する兵器産業は、毎年膨大な金額の献金を行い自分たちの権益を維持しているのです。

アメリカの議員達もまた「バカ」が多く、定期的かつ継続的に行われる「献金」に目が眩み、「NRA」の言う事を唯々諾々と聞きます。まことに低劣な利己主義です。其処には国民の「安全」「安心」を保持する意識など全く無く、臆病な「外敵侵害」に対する恐怖しか無いのです。アメリカ人はそれ程「他人」を信用できない、恐怖民族 と言えるでしょう。

この狂ったアメリカに従属する日本のアベシンゾー氏も、それに輪を掛けた馬鹿で無能な政治屋で、第二次安倍政権以来、彼の政治は嘘と誤魔化しに塗り固められたものです。

トランプ以前から、アメリカは狂った戦争国家であったし、これからも其れを続けるでしょう。我々はこの様な狂人に引き摺られる安倍を、一国の宰相として頂いて居る訳ですが、此れを何とも思わず、安倍に政権を担当させ続けている、日本の有権者も又恐るべき「亡国の国民」と言うべきでしょう。
メンテ
アメリカでの発砲事件は、戦争屋の自作自演!!! ( No.71 )
日時: 2018/02/19 11:38
名前: イントゥイッション ID:xArSpTjI

プライドのお高いために、まわりくどく説明のようなものをなされているようですが、実際にあなたの言いたいことが直接伝わってこない!

つまり、ニューヨークのウォール街はもう危篤状態!!! 東京の安倍黒田天皇専用日銀によってウォール街はやっと息しているようなもの!!!

トランプさんはなんとか内需拡大のために走っている! 民が裕福でなければ、自分も裕福になれないことをよく理解している!

それが強欲なのかどうかはわかりませんが。。。

銃社会は、何もなければ銃は売れません!  銃を買わせるために子供なども殺されたりする! 本当に殺されているのかどうかはわかりませんが。。。

まー、最近は日本のディズニーランドでも子供を誘拐して、その臓器を売ることも行われているようですね〜。

麻薬売買、人間を殺しての臓器売買、賭け事、戦争屋もロッキードやマーチンや三菱や住友化学や大和田雅子様ご用達窒素北朝鮮工場も、日本財団、宮内庁やカルト宗教とオウムもなくならない! 

これらを無くすことをまず考えなければいけません。。。

メンテ
Re: 現代社会考 ( No.72 )
日時: 2018/04/23 10:39
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:QoadO/dE

当地の今年の春祭りも今日で終わりました。

当地の春祭りでは、神楽(獅子舞)太刀振りの行事が催されます。
500年以上、連綿と続いている祭りの風景ですが、今年になって、ふと気が付いたこと。

それは太刀振りの屋台の大太鼓の音が少し可笑しなものとなっていること。
聞いてみますと、今年は若い者にも太鼓を打たせることにしたとか。

太鼓の上手い下手は年齢には関係はないと思いますが、未熟なものはやはり未熟。
練習を積み重ねて熟練の技を聞かせるのは良いとして、本番を練習台に使われては困ったもの。

民主主義的観点から見れば、当然の成り行きで、若い者が主導して祭りをやっているからには文句は言えないところ。
老練の者の指導は、うっとしく思われるのであろう。

本番で太鼓をたたく若者たちは、お酒も入り生き生きとしていたが、何故か寂しいものを感じざるを得ませんでした。
500年の間、大切にしてきたものが、崩れ落ちる様でした。

それで良いのかな、
民主主義で何を得て、何を失うか
解っているのかな

何事にも民主主義が最善と考えて正しいのかな
この様な年よりの気持ちも解っていただけないのであろうな。

(須津まつり太刀振りの動画)

https://www.youtube.com/watch?v=qGUqob8zbBw

https://www.youtube.com/watch?v=GQemnlhXzcM

https://www.youtube.com/watch?v=5g6H7jzX2RU

https://www.youtube.com/watch?v=Wv8kh_xPzh0

最期の神楽の舞について解説します

神楽の獅子頭には祭礼の間、神事によって、神様がのり移っていると考えられています。
これを依り代と言い、御神輿も神様の乗り物とされています。

これに対して天狗は以下の由来によります。

>古事記・日本書紀などに登場し、天孫降臨の際に案内役を務めた国津神の猿田彦は、背が高く長い鼻を持つ容姿の描写から、一般に天狗のイメージと混同され、同一視されて語られるケースも多い。
祭礼で猿田彦の役に扮する際は、天狗の面をかぶったいでたちで表現されるのが通例である。

要するに神様である獅子に対して人間の側の登場人物として現れているのです。

そうして神様である獅子が休息をしているのに対して天狗が登場して持っている笹竹に御利益を付けるように頼む仕草を舞っています。
最初は、恐る恐るですが、しだいに厚かましくない神様である獅子をからかう様にもなります。

天狗の行動をうっとおしく思い追い払おうとしていた獅子ですが、しまいには天狗の持った扇を取り上げ天狗を追い払います。
天狗が持っていた笹竹は、此れも神様の依り代にもなり、神様がのり移った笹竹を田圃に立てておくと豊作間違いないと言われていました。

この舞は天狗と獅子を通して、人々と神様が親しく接している様を舞っていて、神道における神様の特徴でもあります。
まあ、こう様な意味で、神楽舞を見る人は殆どいなくなりました。

ところで地域によっては神楽(獅子)を悪役に想定し獅子を退治するの神楽舞の様になっています。
メンテ
Re: 現代社会考 ( No.73 )
日時: 2018/05/17 15:16
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:NHafEPyo

資本主義と社会主義について中学生的な疑問に答えよう。
〈資本主義〉
・個人が自由に資本を持つことができる
・資本を持つ人(資本家)が労働者を雇って生産,商売をすることができる
(自由競争が許されている)
→自由競争により経済は発展するが,一部の人が多くの資本を所有し,貧富の差や社会的不平等が生まれる

〈社会主義〉
・資本は国有か公有(個人が自由に資本を持つことはできない)
・自由競争は許されず,国が立てた計画に従って生産が行われる
→大きな貧富の差や社会的不平等は生まれないが,競争がないため経済的な発展が遅れることが多い

両方とも、これは経済の仕組みの事であり、人類にとってどれが望ましいかは別の問題である。

資本主義についてさらに詳しくみてみると、

資本主義、または資本制は、生産手段の私的所有および経済的な利潤追求行為を基礎とした経済体系である。資本主義を特徴づける中心的概念には、私的所有(個人的所有)、資本蓄積、賃金労働、自発的交換、価格体系、競争市場などがある。資本主義の市場経済では、投資の意思決定は金融市場や資本市場の中で所有者によって判断され、生産物の価格や配分は主に市場での競争によって決定される。
要するに経済の事は、それぞれ個人の思うようにやれば良いと言う事であり、当然のことながら個人個人の実力に応じてやることであるので、能力のあるものほど優位に立てる仕組みである。
別の言い方をすれば格差社会となる事を始めから認めるという事で、人類の本来の姿でもある。

これに対して共産主義を含む社会主義は、経済の原則において政治を介入させることを認めるものである。
悩ましい人生を思うと、社会主義こそ理想の人間社会の様に思われるが、人間社会と言うものは決して経済の領域だけの要素でカバーできるものではない。
その事の解決なしには社会主義に飛びつく事は出来ないのである。

実際に共産主義の体制を取りいれた、かつての共産主義諸国が、国として資本主義諸国に対して幸せな社会であったか、否かについては現在までのところでは結論が出ている。
人間社会の幸せ感、満足度と言うものは経済の事だけでは測れないことが証明された。
人間と言う動物は、きわめて自分勝手であり、際限のない個人の自由、権利を求め続けるものであるのである。

ところで資本主義が社会主義に勝っていると言えるかと言えば、それも問題があるのである。
自由競争を土台にした資本主義体制は、当初の予想をはるかに超えて、トンでもない競争社会を作り上げた。
要するに究極の競争としてグローバル化へ向かい、極一部の資本による経済の寡占の方向へ進んでいる。
経済の弱者と強者は峻別され、社会の維持に必要な経済活動は強者グループにより認められなくなってきた。
最初に資本主義を定義した状況とはことなり、資本主義の体制は人類全体を想定して語れなくなってきている。

ところで資本主義が持っている弱者強食の傾向は当初から予想されていた事なので、弱者の救済処置として社会福祉の充実が模索されていた。

福祉国家の理念は、資本主義体制を維持した上で、貧富の差・賃金格差等を是正し、社会保障制度の充実と完全雇用の実現により国民の健康で文化的な生活を保障し、国民の福祉の増進を最優先しようとする国家体制のこと。

先進国においては一時は問題の解決が出来るかに見えたが、広がる格差は、量的にも福祉政策の向上を求め、また質的にも強者が満喫する享楽に近いものを求めるようになってきた。
福祉政策の為の財源が不足し、強者と弱者の生活のレベルの違いが際立つようになってきた。
経済的な補償もあるが、一部の人間のお荷物として大半の住民が生存できると言う方式自体にも問題が出てくる。
また、この傾向(グローバル化)は、もはや誰の制御も受け入れることなく、それ自身で独走を始めている。

我々は格差の問題を、単なる経済的なものと受け止めるのでもなく人間社会の生き様(有り様)までに昇華して考えねばならない。
要するに文明史的転換まで求められているのである。
メンテ
ひきこもり ( No.74 )
日時: 2018/06/28 09:35
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:tOWIPjJ2

少し古い資料で10年ほど前のものです。

「ひきこもり」70万人、予備軍155万人
7月24日5時2分配信 読売新聞

 家や自室に閉じこもって外に出ない若者の「ひきこもり」が全国で70万人に上ると推計されることが、内閣府が23日に発表した初めての全国実態調査の結果から分かった。

 将来ひきこもりになる可能性のある「ひきこもり親和群」も155万人と推計しており、「今後さらに増える可能性がある」と分析している。

 調査は2月18〜28日、全国の15〜39歳の男女5000人を対象に行われ、3287人(65・7%)から回答を得た。

 「普段は家にいるが、自分の趣味に関する用事の時だけ外出する」「普段は家にいるが、近所のコンビニなどには出かける」「自室からは出るが、家からは出ない」「自室からほとんど出ない」状態が6か月以上続いている人をひきこもり群と定義。「家や自室に閉じこもっていて外に出ない人たちの気持ちが分かる」「自分も家や自室に閉じこもりたいと思うことがある」「嫌な出来事があると、外に出たくなくなる」「理由があるなら家や自室に閉じこもるのも仕方がないと思う」の4項目すべてを「はい」と答えたか、3項目を「はい」、1項目を「どちらかといえばはい」と回答した人を、ひきこもり親和群と分類した。

 その結果、ひきこもり群は有効回答の1・8%、親和群は同4・0%で、総務省の2009年の人口推計で15〜39歳人口は3880万人であることから、ひきこもり群は70万人、親和群は155万人と推計した。

 ひきこもり群は男性が66%と多く、年齢別では30歳代が46%を占めた。一方、親和群は女性が63%を占め、10歳代の割合が31%と高かった。

 ひきこもりとなったきっかけは、「職場になじめなかった」と「病気」がともに24%で最も多く、「就職活動がうまくいかなかった」が20%で続いた。

(引用終わり)


気になっていた統計がでた。
遅すぎる、実に遅すぎる。10〜20年遅い。

20年くらい前までは、小中学校の生徒が主体であった引きこもりは、今や成人にまで蔓延しているのである。
統計の数は、高々5000人くらいの調査の結果の類推であり、何処まで実態をつかめているか解らない。
引きこもりの現象は社会問題化している。この調査は、全国くまなく徹底的にやる必要がある。
ここにも行政の不認識、怠慢がある。

さて、70万人という数字であるが、私の住んでいる集落(市に合併前の村)は2000人程度であるが、私の家の近所でも、2人の成人が引きこもり状態である。
子供も含めると10人くらいはいるのではないかと推測する。
誰彼が引きこもりの状態であったなどの話はあちこちで聞く。
これから1億2000万人を推定すれば、確かに50〜60万人はいる可能性がある(ただし年齢は10〜39歳とする)。


親にとって引きこもりは子供でも大変であるが、成人のそれは筆舌に現し難い悲惨なものである。
状態が酷くなってくると、自殺の恐れや暴力を心配しなくてはならない。
その子の将来を考えると死ぬに死ねない絶望に陥る。

日本には、こういう人を救済するシステムはない。
精神科へ行かせても安定剤をくれるだけ。カウンセラーなど何の役にも立たない。

成人の引きこもりのきっかけは、殆どが学生から社会人になったころ(1〜5年)くらいで発生する。
何かの理由で家に帰ってきて職場復帰しなくなる。

さらに統計は「親和群は155万人」と推計している。
これも実例を多く知っている。

まず、せっかくの大学、専門学校を中途退学する学生が多くいる。
彼らの多くは、進路が合わなかったと言うことである。
合わないならば進路を変えて挑戦するものは殆どない。

また学業を辞めて、正規の職業人になる様子もない(フリーターかパートで少々の金を稼ぐが大抵親の保護下に逃げ込む)。
卒業年次に到達しても、あれこれ理由をつけて就職せず親の仕送りで生活する(都会の生活を楽しんでいるだけ)。

さらには、一旦就職しても。早いものでは6ヶ月、大概は1〜3年でギブアップ、会社を辞めて親の元へUターンする。
そういう彼らの口癖は、上司が厳しかった、仕事が合わないということである。
当地は田舎なので、多くの親は細々ながら自営業をしているものが多い。
せっかくの仕事を投げ出して帰ってくる子供は、そういう家庭のものが多い。

結果は、従業員など必要もないのに家業を手伝って社会人の形を取っているだけ。
女の子の場合は、花嫁修業という隠れ蓑で比較的目立たずやっている。
その上に、安定した企業への就職を目指すことなく、手じかに自分を甘やかすことが出来そうな職場を求める人間もいる。

こういう連中も、確かに問題となる成人は100万人くらいいるであろう。
引きこもりも含めて、彼らは社会生活不適合症なのである。
厳しい環境(社会人として当たり前の)に自分を置けないのである。
これほど我が国の精神文化は劣化しているのである。

何回も言っているが、この一番大きな原因は小さい頃からの自主性教育なのである。
彼らの多くの判断では、社会生活に耐えられないのである。

子供の養育は、社会の現実に照らし合わせてやるべきなのである。
子供の自主性などは、それをやった余裕の分でやるべきなのである。

子供の頃から好き放題させておいて、社会人になったとたん、あれやこれやと規制を当てはめても順応できない人間が続出することなど始めから解っている。

そのそも自主性と称して何でもやって良いわけではない。
まず社会のルールを身につけさせて、その上でそれぞれに合った領域に進むべきなのである。

日本の教育機関も親も、自主性と子供の特殊能力を英才教育することと同じように考えている。
子供の能力を早くから発見し、英才教育を施すことは自主性教育とは関係ないのである。

こういう間違った教育方針が現在の我が国の精神文化を劣化させてしまったのである。
最も、これには情報過多及び物質的繁栄の現代社会の様相も関連していることも付け加えねばならない。

終わり
メンテ
W杯 日本ーポーランド戦 ( No.75 )
日時: 2018/06/30 12:38
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:cwKHlAJE

予選リーグ突破をかけた日本ーポーランド戦を見ていた。

後半の10分くらいになると、日本は急に戦意を無くし敵陣へ攻め込まなくなりボールをパスし続けた。
呆れ返った、相手のポーランドの選手の中には、グランドに座り込む者も出てきた。
それほど見っともない場面であった。

理由は、他の会場で行われていた、コロンビアとセネガル戦で、コロンビアが勝ったことが解り、ポーランドに、このまま0−1で負けても決勝戦に出られることが解ったので、下手に動いて、これ以上失点しなければ決勝リーグへ出られることが解ったから、その様にしたそうである。

今までの試合で、1〜2分くらいは、このような場面を見たことがある。
10分も続けられれば、観客も騒ぎだしブーイングが起きていた。

勝てば良いのならば、ルールなどはいらない。
フェアプレイ精神をもっとうとするスポーツではない。

この様な事をしてまで決勝リーグへ進んでも何の意味があると言うのか。
お金を払って見に来ていた数万の観客を馬鹿にし、私などテレビで観戦していたものを不快にし、どのような心構えで決勝リーグを戦うというのか。

自分達、個人の資格のゲームではない。
W杯という世界中が注目し、スポーツを堪能している、その当事者である。
サッカーというスポーツを代表して演じている、その場面である。

勝つことだけが目的ではないはずである。
勝つことに、それほどの意味があるなら、負けた場合の責任も考えるべし。


ところで、こんな状況を言うために書いている訳ではない。
翌日のテレビの報道を見て呆れ返り、嘆かわしく、いても立ってもおられなくなった。

要するに、勝つためには仕方がない選択であり、西野監督の判断を称賛すらする傾向が強い。
コメンテーターの多くも、その行動を批判しながらも、結果として監督の判断を支持するものであった。
驚く事に、その時間帯は、殆どの放送局が同じ話題を放映していた。

どこを向いても、日本中が、西野監督の判断を支持している。
試合の成り行きは批判しながらも!

これが現代日本の心情である。

勇気を持って正論を吐く人間など、一人もいない。
まあね、街中で意見を聞いた人の中には、私と同じように憤慨した人もいたであろうが、放映はしない。

選手のインタービューでも、醜い様子を見せた事を詫びながらも決勝リーグへ進むためには仕方がない判断であったと監督を非難するものはいない。
硬骨漢の本田でも、意に反して監督を非難しない。
このような時に批難してこそ、本物の硬骨漢ではないのか。

この様な場面も、全国の子供たち、サッカーフアンが見るところとなった。
せめて、メディアの主流が、

「日本よ、これではいけないと、何故言わない。」

この様な現代日本の心情は、醜く矮小化されたものとなっていて、あらゆる面で日本の衰退が始まっている事を示している。

最期に付け加えておきます。

テレビでいろいろな話を聞きましたが、

安倍首相だけが、この様に言いました。

「それにしても長すぎないかね・・・」


決勝リーグへ進んでも、失ったものの大きさは考えないのだろうか!


メンテ
仙台交番襲撃事件 ( No.76 )
日時: 2018/09/19 21:38
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:WdfA3ves

最近、仙台の交番で警察官が襲撃を受けて死亡した。

襲撃したのは大学生であり、どの方向から考えても理由は解らない。

現代社会の経済的格差は広まるばかり、しかしながら、貧困で苦しむ方も、豊かな生活を満喫できる方も、それぞれの理由で自分自身を追い込み暴走を始める。

民主主義の名の下に、個人が自由を得たと信じているが、その反対に自己責任の重圧にも耐えねばならない。
人生と言うものに完成形はない、ただ、何かを信じて歩み続けるもの。

その何かが崩れると、途端に精神を崩し何かすがるものを求める。
その時、昔と異なり自分が共感できる心の支えが容易に認識できない。
個人の意識が先に立ちすぎるからである。

それは、人々が民主主義、個人の権利意識でなくしたものである。

結果、人々は自暴自棄に走り自分自身に決着をつけたがる。
今回の犯人の大学生も、決して生活に困窮していた訳でもなく、将来の生活に絶望した訳でもないだろう。

だが、このような犯行に及ぶ。
そうして民主主義が徹底するかぎり、このような犯罪は増えてくる。

封建主義が良いとは言わないが、民主主義を手放しで喜ぶのも如何なものか。

メンテ
自己責任から逃げる庶民 ( No.77 )
日時: 2018/12/29 09:08
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:RU/sHrFQ

別スレッドでマスメディアの劣化を憂う話がありました。
その折の問答を転載します。

盛んにメディアの劣化を言っておられるが、メディアが社会をリードしたような時代はほとんどなく、逆に独裁者に利用されてきた。
メディアを非難する前に、日本の庶民の現状を嘆くべき。

現代の日本人の多くは、スマホに興じ、テレビの馬鹿を売り物にする番組を喜ぶ日本人は天下泰平を味わっている。
天下泰平だから、新たな刺激を求めてやまない。
メディアは刺激を発信することに執着する。
地味な真実を伝えるよりも、変わったことを伝え視聴率を稼ごうとする。

あふれる情報に飛び付き、それを選択することが自己啓発と思い込んでいる。
多くの似非インテリと言われる層は情報を批判的に見るよりも選択出来ることに満足し、受け入れていることで自己を主張できたと思い込んでいる。
最も、ネットなどに接触する機会を持たない人々は、情報と実生活の乖離に戸惑いを持つが、この方がより真実に近い認識であろう。

物質、精神の両面で満ち足りたと思う庶民は批判精神が欠如し無気力と言う状況に陥る。
この様な状況下、テレビを始めネットの情報でも、本当に価値あるものを見出そうとはしないし、気付かない。

また自身の批判精神が欠如し、情報の選択のみを是とする風潮は、思うようにならない理由を別の具体的な何かのせいにし帳尻を合わす。
選挙があれば不正選挙、メディアが悪い、アメリカが悪いで済ませる。
自分で汗をかき心理を探求する気持ちはない。
これでは社会の悪弊を修正する何の力にもならない。
日本人は、自らの目で頭で不正を認識し不満を抱かねばならない。
その心が社会を変えていく。

選択して出処進退を決めるような覚悟では、それはままならない。
現実は、批評はするが、それは飽くまでも他人事。
そりゃ、そうだろう。
止むに止まれぬ動機から決断したのではなく、たまたま選択した結論など情熱は伴わない。

情報を集めることで道理が解ったような気になる。

選択!
これは点数主義の戦後教育の結果であろう。
試験に受かることだけが教育と考えてきた結果であろう。

そうなんだ、自分自身で小さく凝り固まった自我は、自分に合わないことは避けてとおる。
応用問題は苦手なのである。
小さく自己完結した自我は、批評で済ませる、評論で済ませる。
それで自分自身を充足させる。

元々メディアで知る問題意識なので深刻に受け取れない。
見の周りの問題について、自分自身を過信する。
自分自身で結論が出せることを自立と考える。

自分を過信した頭では、他人の意見、先人の意見、過去の意見は受け付ける気がしない。
それが自由、権利と考え狭い世界に埋没する。

結果、問題意識が醸成されない。
不満が高じて怒りを発するに至らない。
天下泰平!

まあね、それで済むくらいの難儀であるのではある。
平和ボケという現象。

結果、多くの人たちの間では、本物の危機意識は醸成されず、話題として頭に浮かぶだけ。
不満は言っても実質的に天下泰平。

そうして、すべてが平和ボケした環境で次に来るのは新たな刺激を求める感情であり、それをメディアに求めている内は良いが、やがて、それが訳の分からない犯罪の多発、麻薬の増加につながっている。
すでに、その兆候があるのではないか。

戦後、70年、民主主義の名の下に、我々は知らず知らずに、このような国を目指してきた。
もっとも、世界中の現象であるから仕方がないか。
これが理想と思ってきた、理想なのであろう!

でも、これで良いのか。
100億の人類が天下泰平を味わう社会は正常に発展を続けることが出来るのか。
理想郷になるのか、それが問題だ。

一つの文章を紹介しましょう。

ヘレニズム社会(紀元1〜3世紀)の批評家の一言を再掲させていただく。文明の崩壊前夜の様相が良く解る。

<< 現代に生まれた人間の精神生活の癌の一つは、精神的緊張の低下であって、ごく少数の選ばれた人びとを除き、我々はみな、弛緩した日々を送っている。仕事においても、気晴らしにおいても、我々がもっぱら目標にしているのは、人気取りと享楽である。全心を自分のしている事に打ち込み、本当に手に入れる価値のある承認を勝ち取ることのうちに見いだされる、真の精神的財宝を得ることに、少しも関心をもたない >>

この様に日本と言わず世界共通で、文明史的危機に瀕しているとは言えるでしょう。

歴史家、アーノルド・トインビーは、文明は常に挑戦を受け、それに対抗することで発展してきたと言っている。
挑戦とは、自然災害であったり、民族間の侵略であったりしてきた。
一般大衆は常に、その危機意識の下に生きてきた。
協力しあう心を共有してきた。
また、トインビーは、
現代文明の大きな課題は有り余る余暇になると半世紀も前に説いていた。

メンテ
ニュージーランドで、49人射殺の事件があった。 ( No.78 )
日時: 2019/03/15 18:47
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:4n77T7AA

ニュージーランド南部クライストチャーチで15日午後1時40分(日本時間同午前9時40分)すぎ、イスラム教の礼拝所(モスク)2カ所で男が中にいた人たちに発砲した。地元警察は計49人が死亡し、容疑者の男3人と女1人を拘束したと明らかにした。

 ラジオニュージーランド(電子版)によると、発砲したのは、ヘルメットにサングラスで軍服のようなものを身につけた男で、白人のようだったという。モスクは金曜日の礼拝中で約500人がいたという。別の目撃者は4人が床に倒れているのを見たといい、「あちこちに血が飛び散っていた」と語った。

 オーストラリアのモリソン首相は容疑者のうち1人は、オーストラリア人とみられると語った。地元紙ニュージーランド・ヘラルド(電子版)は、白人の男がモスクに車で乗り付けて、モスク内で途中で弾丸を装塡(そうてん)しながら、銃を乱射する様子をインターネット上で17分間にわたって生中継していた。


ニュジーランドという国はラグビーが盛んであるというくらいの認識であった、改めてニュージーランドとは、どのような国か調べてみました。
ニュージーランドは、南西太平洋のオセアニアのポリネシアに位置する立憲君主制国家であり、ニュージーランド王国を構成する最大の主体地域である。島国であり、二つの主要な島と、多くの小さな島々からなる。北西に2,000km離れたオーストラリア大陸(オーストラリア連邦)と対する。南方の南極大陸とは2,600km離れている。北はトンガ、ニューカレドニア、フィジーがある。イギリス連邦加盟国であり、英連邦王国の一国となっている。
名目ではあるが、国王は英国国王が兼任しているらしい。

国土は26万8000km2で日本の2/3であるが人口は470万人と大阪市と名古屋市をあわせたくらい。

気候はほぼ全土が西岸海洋性気候に含まれ、夏は涼しく、冬の強烈な寒波もない。1年を通して温暖な気候であるが、北島・南島ともに多くのスキー場があり、世界中からスキーヤーが訪れる。南半球の地理的、気候的な条件も好まれ、世界各国のスキー連盟の冬季強化合宿地に選ばれている。

1世帯当りの敷地面積は約500m²、住宅床面積は約200m²である。

9世紀頃、ポリネシア人開拓者が島々にやってきていて、彼らの子孫は マオリ人と呼ばれる。

ニュージーランドは、多民族社会であり、様々な民族的出自をもつ人々が生活している。もともとは、先住民であるマオリだけが住んでいたが、19世紀以降は、スコットランド人、イングランド人、アイルランド人を中心に、比較的少数のフランス人、オランダ人、スカンディナヴィア人、南スラヴ人などを加えた、様々な民族性をもったヨーロッパ系のニュージーランド人たちが、人口の面でも優勢になった。

しかしながら、一部の民族の独立紛争などはなく、テロとは考えられない。
あるとすれば、場所がモスクであるだけに、イスラム系の反動分子が動いたと考えられる。

アーロン首相はテロと断定し調査をするらしいが、
テロとしても、もう無茶苦茶ですね。

ところかまわず、その地域のとの因果関係もない。
何を目的でテロをやったかも、おそらく明確なものはないであろう。
これじゃ、防ぎようがない。

テロと言えば、政治的な理由があるのではないかと考えるが、テロを名目に、単に無差別殺人がしたかったグループがあったと言うことであろう。

現代人の精神の破壊の問題である。
善良な人間にとって、社会にとって途方にくれる問題である。



メンテ
技術の空洞化 ( No.79 )
日時: 2019/04/06 14:12
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:yYuUHaAs

「祝 ! ニッポン奴隷国家誕生」スレッドで、小浜さん、鳥越さんが嘆いておられることに、もう一つ付け加えたい。

それは、我が国における技術の空洞化。

私は建築設計、工事に関わる仕事をやっています。
現場監督の経験もあります。

昔は現場監督と言えば、設計図を解釈し、必要によっては施工図と言う、工事のためのより詳細な図面を書き職人に指示していたものです。
職人の仕事の内容も把握し、不都合なところは指摘し修正させたものです。

ところが最近の現場監督は、施工図と言うものを殆ど書きません。
ですから自然と設計図の解釈も十分には出来ません。

要するに設計図を職人に渡し全てを職人に任せるのです。
設計者と職人の中間で技術を管理することなど出来なくなって、単なる事務的伝達人になってしまっています。
私らの時代では、解らないことがあれば残業してでも取り組んだ。
今の若い人はその気などなく、簡単にギブアップしてしまう。

全ての監督が、そうであるとは言いませんが、大手建設会社でも、その傾向は中小零細企業よりも強く、大手建設会社の威光を笠に無能ぶりを発揮しています。
実際の仕事は下請けの技術によっていて、優秀な下請け確保が一番大事であります。

原発の建設にも当てはまり、配管工事などで現場のエキスパート(職人)が設計に疑問を持っても上司(監督及び原子力安全委員会)は受け付けない。
設計者はと言うと、現場の意見が届かず、机上の論理に頼って設計する。
官僚主義(大企業でも)が追い討ちをかけている。

この様な傾向は、他の職種にもあり、大手企業が下請けを使うことが常態化し、気がつけば自社では技術的な業務がこなせなくなっている。

そんな喜劇のようなことが実際に起きているのです。
最近、IT産業などでも、中国、台湾などに取って変わられているでしょう。

日本の先端メーカーが、彼らを下請けに使い、自社での技術開発をないがしろにしてきた結果なのです。

ともかく、若者は困難、苦労を避けたがり、企業は価格競争に溺れ、後先を考えずに外注に頼る。

負のスパイラルの結果、技術の空洞化が知らぬ間に進んでしまっています。
我が国国民の人間力の低下と思います。
技術の面ばかりではなく、政治に対する信念も、社会を作る信念(人間力)も随分と低下しているのです。

韓国よりも中国、タイよりも。




メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

題名 スレッドをトップへソート
名前  「名前#任意の文字列」でトリップ生成
E-Mail 入力すると メールを送信する からメールを受け取れます(アドレス非表示)
URL
パスワード ご自分の投稿文の編集、削除の際必要です。面倒でしょうが入力をお勧めします。
投稿キー (投稿時 投稿キー を入力してください)
コメント

   クッキー保存