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[1643] 小沢一郎を総括する
日時: 2012/12/20 10:58:24
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:1355968705

衆院選の結果の考察は終えたつもりでしたが、阿修羅掲示板での論調をみて、もう一言述べたくなりました。

阿修羅の記事の殆どは著名ブロガーの記事の転載です。
一般の方が感想を述べるのであれば見過ごしていたかも知れませんが、私が問題とした記事も、その著名なブロガーによるものです。

それによりますと、

小沢が未来の党をつくり合流したことを批難する一方で、その失敗を嘉田代表に押し付けようとしています。
小沢は未来の党を出るべきだ、とか、嘉田代表、飯田代表代行を辞めさせるべきだとか言っています。

そうして、小沢の再起を望んでいます。
小沢のみに、政治改革、日本の改革の芽を期待しています。

私も以前は、小沢は日本の政治家で唯一国家像を持っているものと思って期待していました。
ですが、慎重に小沢を見つめ直せば、小沢に確たる国家像などありませんでした。

小沢を政策的に結果から見ていると、小選挙区制を取り入れたこと、政治資金規正法を成立させたこと、安全保障については国連中心主義であること、行政改革の必要性を言っていることなどです。
行政改革でも、それを地方分権にすり替え、霞ヶ関改革については具体的には何も言ってはいません。

これらは、国家像などと言うものではなく具体的な施策の問題であり、国連中心主義などは国連の実態を無視した素人の発想で、尖閣諸島問題など実際に生じる問題に対処できるものではありません。

民主党が政権を取った直後、小沢は幹事長として民主党が考える国家像を近く発表すると言いながら、結局出てきたのはマニュフェストでした。
あのようなものを、誰が国家像と思いますか。

また小沢は小沢塾を開いて若い議員を養成していたようで、私は、その内容に興味を持ってみていました。
漏れ聞く塾での小沢の言動は、議員としてのありよう、倫理道徳であり、次の選挙に勝ち抜くための姿勢の事でした。

先の衆院選で大勝し新人議員が大量に生まれ、鳩山内閣が、早速彼等を使おうとしたとき、小沢は時期尚早と止めました(このときはかなり豪腕を発揮したようです)。
そうして、それに引き換え新人に言った事が、次の選挙のために地元対策をする事でした。

ある人々は、これを賞賛していたようですが、トンでもなことで、国家国民よりも自分の選挙を優先させる馬鹿な指導でありました。

その後も小沢からは、上記のテーマの他には、財政、社会保障、経済など直接政策に結びつく領域の豊富など聞いた事がありません。

旨く逃げていたのです。
小沢のこのような性格を、分析すれば小沢と言う政治家の底の底が伺われます。

民主党が政権をとる少し前に、自民党との大連立に動きました。
そういえば。小渕内閣の時、小沢率いる自由党は自民党と連立を組んでいました。

常に自民党回帰を図る小沢の姿勢に疑問を持っていたのですが、それはまさしく小沢が描く国家像が自民党のそれに近いものであった証拠です。

そのほかに、小沢は肝心要で逃げだすひ弱さをもっています。
日常、雲隠れすることは耳にしていましたが、それは戦術の問題と思っていました。
最初に大きな疑問を抱いたのは、鳩山内閣で、首相は鳩山で良いとしても国家戦略局とか、政策を実現するための要の要職につかなかった事です。

小沢自身の裁判のことを念頭に置いたものと思いますが、それ以前に、それを承知で民主党を大勝させた国民に対して、それは自分勝手な逃げの姿勢に過ぎません。
裁判は、小沢個人のことであり、小沢の裁判に関心を示さない多くの支持者にとっては裏切りに過ぎません。
また、それは小沢を貶める勢力に、自ら身を捧げるようなものです。

小沢が開き直るとすれば、民主党内閣ができた時が、まさに乾坤一擲のチャンスであったのです。
その後の紆余曲折をへて、菅内閣不信任案決議の折の腰砕けぶりは、今でも憤慨が収まりません。
小沢自身は言質を与えていない理由で自身を正当化していても、それも自分勝手な逃げの姿勢であり、周囲の状況から逃げることはできなかったはず。
仮に責任がなくても、事に際しては責任を被る姿勢と言うものが周囲の人間の信頼を得て大きな組織を引っ張って行くのではありませんか。

結局、小沢はこのようなことを繰り返し、同士になるべき人間に袂を分かたれてきたのではないでしょうか。
私は、さすがにこれで、小沢に対する期待よりも、疑問の方が先行するようになり、小沢批判を展開したものです。

それでも、ようやく「国民の生活が第一の党」を立ち上げ、その基本政策で、国家像らしきものを見て、今一度小沢に期待を賭けていたところ、またもや第一線からトンズラを決め込みました。

その基本政策もおそらくペーパーだけのものであったのでしょう。
そうで、あれば、基本政策も国家像も、もっていない嘉田氏を担ぎ挙げ、国民に周知したばかりの自分の党の名前まで消せた理由も納得できます。

おそらく小沢パッシングを避けたつもりでしょうが、それなら何の為の無罪判決であったか。

小沢を支持してきた人たちが、小沢の無罪判決をどれほど待ってきのかを、元々冤罪であったとしても、無罪判決を持って小沢は反転攻勢してくれることを、どれほど期待していたか、

未来の党の出来事は、何もかも考慮に入れない自分勝手な逃げの姿勢の以外の何ものでもありません。

1国の改革をしようとするようなものが、このように姑息では、とても大業を成す事など無理でしょう。
そんなもので国民を引っ張ることなど出来ないことが如実に証明されました。
小沢自身に対する支持が半減していたことは、支持者が、それを見抜いてしまっていたのです。

選挙期間中は、それでも自民党や民主党を勝たせる訳には行かないので、支援のかたちを取ってはいましたが、小沢には殆ど期待できないことを決定的にさとりました。

最初に戻り、この記事を書きましたのは、そんな小沢に更なる期待をつなごうとする著名ブロガーの、今度はブロガー自身の腰抜けぶりに呆れたからです。

ネットの世界の狭さは、今回の選挙の結果で、嫌と言うほど思い知らされました。
それでも、持論をもって世に問うならば、もう少し客観的に小沢を見るべきではありませんか。
もう、そういう小沢に期待を寄せても、小沢を担いでも変革は得られない、小沢で国民を集約できません。
我々自身は立ち上がらねばならないと、何故、諭す事ができないのでしょう。

ブロガー自身が小沢を出汁にしている方が気楽で手間が省けるからでしょう。
日本のネットの世界で、これくらいの論調が、小さな了見の論調が主流を占めていることも、政治の貧困と同じく寂しいかぎりです。
メンテ

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Re: 小沢一郎を総括する ( No.1 )
日時: 2012/12/20 18:18:04
名前: 天橋立の愚痴人間

以前の記事の再掲ですが、ここ10年あまり、何かといえば、与党も野党も「改革」の大安売りです。
御終いに、聞かされる国民の方としては、政党間の改革争いを比較検討し、選択することすら、訳が判らなくなって来ています。

そこで改めて語源的なことから検証しましょう。


「改革」 代表的な意味は 改め変えること、改まり変わること。
     さらに詳しく意味を探ると、基盤は変えないで変えることとあります(広辞苑)

では、改め変えることのいろいろな場合を考えてみましょう。


取り繕い       不都合なところを隠してうわべを飾る。

修正・是正・改良   不十分、不適当と思われるところを改め直すこと。

改革         上記の通り

革新・一新・改新   従来の制度、組織、方法、習慣などを改め新しくすること(社会の基盤)。
           維新もこの範疇に入ります。

革命         非支配階級が支配階級を倒して政治の権力を握り、政治、経済、社会体制を根本的に変更すること。


以上引用です。

これを現実に当てはめて見ますと、

取り繕いは、言わずと知れた官僚の世界の常套手段で、これを「改革」と言っています。

修正、是正、改良は自民党政治の限界で、そりゃ多くの修正をしてきました。
老人医療の制度や年金問題など不都合が起きる度にやってきました。
ただ、その内容は、表面上の不都合を取り除けるように制度をいじくるだけです。
後期高齢者医療制度も、これにより税制上の問題を解決しただけの事です(老人の医療負担と言う手段で)。
同じ事が障害者自立支援法でも言えます。
年金の支給年齢の引き上げもそうです。
奴等にとって、不十分、不適当と思われるところとは、財政の不均衡を帳簿上、取り除く事です。

改革、小泉が「改革を潰すな」と連呼していたのは、まさにこれであり、それまでの政治、行政の怠慢のために噴出した問題点を他に転嫁して責任逃れをすることを「改革」と証していたのです。

小泉がやった改革で、国民生活は悪くなっても良くなったことはないでしょう。
それに引き変え国土交通省は、借金の塊となり利用価値がなくなった道路公団を民営化することで片の荷を降ろしたはずです。
郵政民営化では、膨大な郵貯資金を特別会計だけで消化しなくてよくなり、これも厄介払いしたと言う事です(代わりに国民の財産をアメリカファンドへ預けるという卑劣な手法で)。

さて、これから先が、我々がイメージする「改革」ですが、これがやれた政党があると思いますか、やろうとしている政党があると思いますか。

革新・一新・改新・維新

革命

これを成す要点は、従来の制度、習慣、組織事態に手を出すという事です。
行政改革ならば、官庁の再編までを含まないと維新、改新にはなりません。
民主党がやった事業仕分けなどは、業務単位の予算の問題です。
少しはなくした機関も、実際は看板の架け替えに終わっていることは御存知でしょう。

日本維新の会は、態々党名に維新を名乗っていますが、原発問題にしても経済のシステムのありようにしても従来の基本は温存しています。
維新の名をつける事がおこがましい政治勢力であります。
民主党も未来の党も、口先だけで改革を言っているに過ぎません。

従来の制度、習慣、組織を変えるという事は、その具体的な方向を示してこそ信じられるのです。
容易に変えられないのが、従来の制度であり、習慣なのです。
当然、既得権益を守ろうとする勢力との衝突が起きます。

政治勢力同士が争うことを権力闘争と言います。
自民党と民主党、未来の党の間も、権力闘争に尽きるのです。
当事者だけの言い分では、決着がつくはずはありません。

それで選挙と言う形で国民に信を問う事になりますが、此処で国民を納得させるのが政策、理念なのですが、これが困った事に大同小異でありまして、今回は原発を続けるか続けないかだけが争点となりました。

始めに戻り、そのようなもので、下記の概念をダブらす事が出来るでしょうか。

「革新・一新・改新・維新」
「革命」

本当の革命は、フランス革命、ロシア革命他、革命といわれてきたものには、大衆が狂気する新しい社会の暗示がありました。
例えばの話ですが、フランス革命のテーマが、反原発だけなら、民衆が蜂起したでしょうか。

私は今回の衆院選のシチュエイション事態を嘆いています。
現代社会で問題となっているグローバル化の影響で疲弊している国民にとって、社会の基盤まで、立ち入った論議が起きていても良い時節です。

一気に革命と言うことには、まだ至らないでしょうが、そういう方向性を感じ取った維新くらいの発想はあってしかるべきであったと思います。
ですが既成の政党には、未来を含めて、そのような力量はありません。
それでも、国民の方は、そういう雰囲気をひしひしと感じているはずです。
そういうものが、全く引き出せなかった選挙結果に落胆しています。

その兆候として、未来の党の大勝を期待していたのです。
未来の党に、その実力はないことは承知していますが、せめて、それらを引き出すようなアピールでも発して欲しかった。
小沢に、それを期待していましたが、小沢は手近な土俵で勝負に出てしまいました。

小沢の視野は

「修正・是正・改良」
「改革」

此処までであったようです。

昨今の情勢を見て、小沢が躍り出る為には、何が何でも、維新(革命)の旗を押し立てて中央突破する意気込み以外にはないと思っていたのですが。

高杉新作の決起では、ありませんが、少数が世に出るためには、これよりなかったのです。



ついでに言っておきます。

「政治は殺し合い」

政治で大きな改革を目指すなら、既得権益を守ろうとする勢力と、凄絶な争いになることはあたりまえ。

小沢を廻る陰謀論を必要以上に取り上げて騒いでいる連中がいますが、それこそ、ままごと遊びに現を抜かしているようなもの。

そんなものは、どの時代でも、どこの世界でも常識と言うもの。
そんなものをあぶりだして、一体何をしようとするのか、それに影響されて萎縮するなら、初めからこんな世界に飛び込んでこなければ良い。

高杉晋作も、そんな環境で大業をなしたのだ。
メンテ

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