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[2303] 公明党・創価学会の正体
日時: 2015/07/26 14:43
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:KiAaMuhw

末法思想と言う言葉を知っておられる方は多いと思います。

末法思想とは、釈迦が説いた正しい教えが世で行われ修行して悟る人がいる時代(正法)が過ぎると、次に教えが行われても外見だけが修行者に似るだけで悟る人がいない時代(像法)が来て、その次には人も世も最悪となり正法がまったく行われない時代(=末法)が来る、とする歴史観のこと。
そうして末法の時代に入ると釈迦の生まれ代わりのような人物が登場し仏教を立て直すといます(釈迦の予言でもあります)。

日本では1052年から末法がはじめると言われていました。当時は鎌倉時代。日本大衆仏教が興った時代でもあります。
釈迦の生まれ変わりを「本仏」と言って、日蓮が、その本仏であると言う話が興っていたようです。
その経緯次のようなものです。

>「日蓮本佛論」に「於いては、Aの『開目抄』の言葉を以って、本抄を「人本尊開顕の書」であると主張し、日蓮が『龍之口法難』【文永八年(1271年九月十二日】に上行菩薩の再誕と言う迹を払って、「久遠元初の御本佛」としての本地を開顕したとする『発迹顕本』という思想の根拠としている。

しかし、日蓮が【文永十一年(1274年)十二月日】に身延で図顕した『万年救護之大本尊(国指定重要文化財)』の讃文には「上行菩薩出現於世始宣之」と「上行菩薩が出現して始めて此の大本尊を弘通する」という意味の言葉が明記されている。
然らば、それに先立つ【文永九年(1272年)二月】に著された『開目抄』に「日蓮は日本国の諸人にしうし父母なり」と記述されていたとしても、必ずしもこの文面を以って日蓮が本佛宣言をしたとは言えない。
http://homepage3.nifty.com/juhoukai/mandara/016.html
日蓮の弘安年間に記された遺文には、自らを上行菩薩の使いである旨の表記は散見されるが、日蓮正宗の主張による【弘安二年(1279年)十月十二日】の『本門戒壇大御本尊』図顕の前後に書かれた遺文には、自らが「末法の御本佛」であるという自覚を窺わせるものはありません。

【弘安二年(1279年)九月】に著された『寂日房御書』には「日蓮は此の上行菩薩の御使として、日本国の一切衆生に法華経をうけたもてと勧めしはこれなり、此の山にてもをこたらず候なり」(外受ノ二)、また【同年の十二月三日】の『右衛門太夫殿御返事』には「日蓮は上行菩薩にも似たり、此の法門を弘むる故に」(録外二十五ノ5)と記されています。
要するに確かな資料に依る限り、「上行菩薩再誕日蓮」と「日蓮本佛」は並立し得ない思想である事がわかります。
日蓮正宗等に於いては「上行菩薩再誕日蓮」を「外用」、「日蓮本佛」を「内証」と立て分けた教学を構築していますが、その確かな「文証」は皆無です。

BとCに於ける所謂「血脈抄(『本因妙抄』・『百六箇抄』)」についてですが、現在の仏教学や文献学の分野に於いては、これらは日蓮真撰とは認められていません。
また、富士門流の祖である日興の教学思想を考察する上でも、第二線の資料としても使用できません。
日興遺文にも「日蓮本佛」を窺わせるものは無く、彼の弟子の著作にも見当たりません。
「日蓮聖人の御法門は、三界衆生の為には釈迦如来こそ初発心の本師にておはしまし候」
(『原殿御返事』 『日蓮宗宗学全書』2興門集、173)
「日蓮聖人は忝くも上行菩薩の再誕にして本門弘通の大権なり」
(『五人所破抄』〈三位日順)『日蓮大聖人御書全集』大石寺版P1611)

日蓮遺文集として最も権威のある『昭和定本日蓮聖人遺文』には総数434編の日蓮遺文が収録されていますが、その内で真蹟・曾存とされる遺文は222編、真偽未決とされるものが212編あり、その未決の中で55編は偽撰であろうと言われています。
しかし、『本因妙抄』と『百六箇抄』に関しては、本遺文集には収録されませんでした。
勿論、編纂には全ての日蓮宗各派の関係者が編纂委員となり、多くの第三者的な立場の研究者が参加していますのです、決して不公平な裁定がなされた訳ではありません。
件の「血脈抄」が『昭和定本日蓮聖人遺文』に収録されなかった主な理由は、それらの文書には正筆や時代写本が現存せず、加えて、正筆紛失の経緯も詳らかでなく、曾存とすることが出来ないばかりか、真撰とされる他の日蓮遺文と比較した場合に、思想内容や表記法等に著しい相違が認められ、それらが元来、興門流の自家用文書としての性格を有するものと判断された為だと言われています。

(引用終わり)

日蓮本仏論は日蓮宗の秘事として語り継がれ、その中でも日蓮正宗が特に大切に考えていました。

ところが、仏教の勉強会のようなものとして出来ていた創価学会の前身は、当時から、日蓮ところか、その指導者、牧口常三郎、戸田城聖等を釈迦の生まれ変わりになぞらえようとした。
この過程はオームの麻原と何ら変わりません。

その集団は日蓮正宗に合流することになりましたが、「本仏」を巡る思惑に日蓮正宗と相容れなくなり、創価学会の集団には呆れ返りまもなく破門することになります。

創価学会のこの傾向は、破門後にさらに強まり、最終的には戸田の後継者、池田大作を「本仏」と称することにためらいがありません。
次に紹介しますのは、その「池田本仏論」です。
メンテ

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Re: 公明党・創価学会の正体 ( No.8 )
日時: 2017/06/27 17:27
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:wB5f2LU6

創価学会の会員数は800万人とも言われ、とてつもなく大きな宗教ですが、実態はこのようなもの。
日蓮宗なら日蓮を敬い仏壇も宗教のための儀式も日蓮宗に準じたものが残っているはず。

日蓮を騙り法華経を教義としているのは自力で法典を編むほどの能力がなかったための借りもの。
池田創価学会の本質は、オーム真理教と同じ、思い上がった教祖、池田が国家支配をも目論見公明党をつくった。

自分を日蓮にたとえ本仏と言うなど邪宗そのもの。
大きな詐欺ほど、その手口は巧妙極まる。

信仰の自由の下に、創価学会の会員さんを相手に、このようなことを言うのは気が引けますが、信仰と言うものを見直され、池田が信仰の対象になるか否かを見極めていただきたい。
学会がそのように誤魔化そうが創価学会は日蓮宗とは関係はない。
創価学会の歴史でも書いたように創価学会はもともと、宗教団体ではなく、日蓮の教えを説く教育団体でした。
こんなことは、イエスの教えを説くカソリック教関係の学校でも同じです。
ところが牧口会長(元小学校校長)などが教育団体では飽き足らず日蓮宗へ身を寄せた、そうして1952年、自身で宗教法人を名乗ることになる。

この間の20年が宗教としての創価学会の発祥の過程である。
何という短さ。誰がそのように開祖たる悟りを得たのか。
日蓮宗の教えをしていただけで、独立宗教としても創価学会の理念などは全く見当たらない。
それなのに、池田などが思い上がって独自の行動をとり始め、1991年には見かねた日蓮正宗から破門された。

日蓮宗から破門を受けたことは日蓮とは関係ないと言うこと。
では池田は何を主張したか。
理念を打ち立てることは毛頭かなわず、やったことは自分が日蓮の再来という、池田本仏論であった。
よくも言えたと言うか、馬鹿らしいと言うか、そんな池田を御本尊の様に仰がねばならない創価学会の会員の悲劇はいかほどに。

創価学会が主張する日蓮宗と日蓮正宗の間で取り上げられていることの、
論理的な説明は、このスレッドでも少し触れてはいるが、そう簡略に言えるものではない。
仏教であれば、普通は葬儀には僧侶が来て、個人の冥福を祈願するもの。
位牌をつくし後年でも個人をしのぶもの。
僧侶は聖職者として仏教に帰依し日夜修行にはげむもの。
そんな光景が創価学会にありますか。

世界にもそんな宗教はないでしょう。
まあ、世界統一教会や幸福の科学なども、信仰の対象はあやふやなもの。
創価学会も同じようなものに過ぎない。

でありますが、創価学会の分身、公明党の存在は今や国政を左右するもの。
最近は自民党と組んで国民の声を聴かず、安倍などは国家の私物化を図る最低野郎。
公明党は、こんな安倍も擁護して恥じないクソ政党。

創価学会を信じることが結果的にこんな結果になっていることを認識していただきたい。
多くの信者さんが創価学会を離れられることを僭越ですが希望します。
メンテ

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