ホームに戻る > スレッド一覧 > 記事閲覧
[1101] 貧困の構造
日時: 2011/06/15 10:15
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:dsDdpM5o



ここに人口減少県の推移を上げる。

1920〜25年   2
1925〜30年   0
1930〜35年   3
1935〜40年   22
1940〜47年   3
1947〜50年   1
1950〜55年   7
1955〜60年   26
1960〜65年   25
1965〜70年   20
1970〜75年   5
1975〜80年   0
1980〜85年   1
1985〜90年   18
1990〜95年   13
1995〜00年   24
2000〜05年   32

これは人口が流出した都道府県の数であり、人数をあらわしているものではない。
年配の方ならこれが示す意味を御分かりでしょう。

1955〜70年の時代は、それこそ我が国の経済も行け行けドンドンの時期であり、都市部の人手不足を解消するため、都市部で働くために人口の大きな移動が続いた。
ところが、1985〜現在に至る都市部への人口の集中は、我が国の生産体制が海外へシフトを始めた時期であり、労働を求められて移動していた時代と様相が異なる。
さらに、地方からの人口の流出は年々激しい勢いで増している。
2000〜05年に至る過程は異常な数値となっている。

これが意味するところは、1985年頃に起きた「前川レポート」の論理に基づいて、この頃から地方の切捨てが始められ、地方で職がない人が、都市部を頼って流出した事になる。
都市部でネットカフェに宿泊する人間や、公園を住居にする人たちが目立ち始めた頃とも一致する。

ワーキングプアは現実に存在するのである。
5年に一度、国政調査を行いこのような統計も掴みながら、政策に何の反映もしてこなかった、自民党政権の本質は、年金問題に留まらず斯くのごときものである。
都市部のタクシーが異常に増え、少ない給料で働く運転手のことなどを、規制緩和の影響などと、話をそらして平然としている奴等を一刻も政権に留めておくことはならないのだ。

メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

正規雇用と非正規雇用について ( No.163 )
日時: 2018/02/21 00:05
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:MZg2rkTI

正規雇用がだんだんと減って非正規雇用が多くなったと言われて久しい。

非正規雇用とは、パート、アルバイト、派遣社員、契約社員、嘱託などを言う。

平成28年度では正規社員が62.5%(3367万人) 非正規社員が37.5%(2023万人)となっている。

非正規社員の内訳はパート(988万人)アルバイト(415万人)派遣社員(133万人)契約社員(287万人)嘱託(119万人)その他(81万人)である。

ところで我が国の労働人口は同じく平成28年度で6550万人と言われている。
6550−(3367+2023)=1159万人がカウントされていない。

この中に失業者やニート、仕事にあぶれ、ハローワークにも行かなくなった人たちが含まれている。
これらの人たちは、とても正規社員にはなれない。

要するに日本おける正規社員は、3367万人より存在しない事になる。
非正規社員と言うよりも、正規社員になれない労働者は48.6%になる事になる。

先に挙げた年収別労働者のデータ

年収 100万円以下      8.1%
同 100〜200万円      24.8%
同 200〜300万円      20.0%
同 300〜500万円      19.5%
同 500〜1000万円      16.3%
同 1000〜2000万円      7.5%
同 2000〜5000万円      3.1%
同 5000万円以上       0.2%

によると、正規社員は上位、51.4%。
つまりは、年収400万円以上の労働者が大半を占めている事になる。
まあね、中小零細企業などでは正規社員と言っても年収400万以下の人も相当いるが。

我が国の労働者階級も、年収の格差による2極化が進んでいると思っていたが、
さらに、身分も2極化、差別化が進んでいると言うことだ。


最近の雇用情勢について失業率が下がってきたと安倍自民党は誇らしく言っているようであるが、ほとんどは非正規社員が募集されていると言うこと。

例に、ネットの求人情報によると、長期のアルバイトの募集が多いとか。
ふざけるのじゃない!

アルバイトはアルバイト、
長期で勤める場合は正社員であろう。

企業の求人条件に。成果をあげたら、とか何年勤めたら正社員の道を用意しているなどと、まるで詐欺をやっている。
人材を集める事が目的で甘い言葉を並べ立てている場合が多い。

奴等は、何時でも首切りできる人間を、出来るだけ安く雇いたいだけである。
社員としての社会福祉費は安く済むし、退職金もいらない。
正規労働者を雇うよりも半分近い人件費で済むからだ。

こうして、我が国の労働者の平均年収は徐々に下がり、最近では420万円と言われている。
しかも40万円は金額上の平均値であり、実際は半分以上の労働者は年収、350〜370万円である。

メンテ
外国人労働者を増やす! ( No.164 )
日時: 2018/02/22 08:24
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:YvvMnI7o

最近になって、新聞の折り込みチラシで求人情報が増えている。

そのほとんどが、時給 700〜900円

または月収 18〜25万円

ついでに正社員待遇を付け加えている会社も多い。

要するに、年収200〜300万円までの労働者を求めているのである。

全国のサラリーマンの平均年収が420万円と言う時代に。

政府は、国内で人で不足だから、海外の労働者の受け入れを増やすと言う。

言葉を聞いていると、なるほど、足りないから海外に求めるらしいという事になる。

もう少し考えていただきないもの。

それでは、何時まで経っても低賃金労働者は無くはならない。

労働力が足りないままに、ほっておけば良いのである。

そのうちに雇用者も賃金を上げて、自社へ来てくれる人間を探すことになる。

これが自然の理。

急いで事業を実施する必要はないのである。

労働力に合せた事業展開をすれば良いのではないか。

政府が考えている事は、何処から、何処まで企業の支援であり、企業の業績を上げ、経済指数をあげること。

底辺の労働者の事などかんがえていないのである。

その様な事を隠して

我が国は、人手を海外に頼らねばならないほど経済は活発であると言いたいのであろう。

いい加減で、繁栄とは何か、国民の幸せとは何かについて考え直したらどうか!
メンテ
中国の貧困 ( No.165 )
日時: 2018/08/02 10:35
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:42inf0Oo

近年、多くの中国人が我が国へきて爆買いする様を見せ付けられています。
その中国の貧困の実態は、

【富裕層】
富裕層の年収は約2900万円以上。
※調査先確認中
割合:361万3000人
※日本の富裕層は110万人程度
また富裕層が多いのは香港でした。世界でもランクに入るほどの富裕層密度です。

【中間層】
中間層の年収は750万円〜850万円
※上記年収推移より
割合:1000万人(推測)

【サラリーマン層】
サラリーマン層の年収は平均年収250万円〜
※2017年12月発表の西南財経大学中国家庭金融調査研究センター発表の中国工薪階層信貸発展報告によるもの
割合:2億人(推測)

【農村部】
農村部・低所得者層の年収は100万円以下
※上記年収推移より
割合:5億人(推測)

上記から見ても、110万人がほとんどの富を支配しているような構図になっています。


(中国政府による貧困撲滅の作戦)

中国が貧困削減の面で、国際的に見ても際立った成果を挙げてきたことは疑いない。2011年世界銀行調査レポート「貧困削減:ブラジル、中国、インド比較」でも、1981−2005年、3カ国とも、1日1.25ドル以下で暮らす絶対貧困層の対総人口比率は低下しているが、その程度は、中国84%⇒16%、ブラジル17%⇒8%、インド60%⇒42%と、中国のパフォーマンスが際立っている。

ところが、

中国政府の貧困ラインは年間所得2300元(約4万円)だが、2016年末時点でなお4335万人がそれを下回っていた。1000万人を貧困から脱却させるのが今年の政府目標であり、そのペースで行けば、少なくとも公式的には2020年までに深刻な貧困は解消されるはずである。

>我が国の貧困線 相対的貧困率

OECD(経済協力開発機構)では、等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人数の平方根で割って算出)が全人口の中央値の半分未満の世帯員を相対的貧困者としている。相対的貧困率は、単純な購買力よりも国内の所得格差に注目する指標であるため、日本など比較的豊かな先進国でも高い割合が示される。平成24年(2012)の日本の貧困線は122万円、相対的貧困率は16.1パーセント(平成25年国民生活基礎調査より)。

※ 発展途上とは言え、中国の格差社会は著しいものがあり、それを改善するには途方もない労力を必要とするであろう。
一方、我が国の貧困率はOECD諸国の中ではかなり下位のほう、総体の経済力に比較して信じられない。
メンテ
現代社会の 貧困の構造 ( No.166 )
日時: 2018/11/19 11:07
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:yiRl4QOw

政府は、貧困の問題を考える上に、景気の話で誤魔化しています。

好景気が続けば、人々の生活は豊かになり貧困問題は小さくなる。

確かに、神武景気となどと言っていた時代は、好景気のおかげで大方の人々は職にあり付け、収入も、それなりに確保できていた。
1億、総中流と思っていた時代である。

グローバル化が進んだ現在、政府が発表する好景気と貧困の問題は別のものである事を、認識しようとしない。
人々も、昔の事を思いだし、景気が良くなればおのずと自分たちの生活も楽になるものと思い込んでいる。

一昔前と違って産業構造が変わっていることを安易に考えている。
随分と昔、人類が繰り返していた困窮は、干ばつなど天候の加減で農作物が出来なくなり飢饉に陥ることであった。

現在では生産技術の発達で先進国においては飢饉などは発生しない。
当時は労働者の8割は農民で農作物さえ採れれば飢餓は避けられた。

現在、農民は労働人口の3%、200万人を切っている。
殆どの人々は就労による現金収入が無ければ生きては行けない。
要するに食べるものはあっても購入する事が出来ない。
購入出来なければ昔のような飢饉と同じである。

幸いな事に社会福祉があるので餓死する人はあまり出ていない。
最も、現代社会において食べることだけならば、せいぜい毎月、5万円もあれば生きていける時代でもある。
でも、困った事に現代社会では食べる事の他に、住宅、自動車、生活の為の通信の費用がかさんでくるので5万円では生きては行けない。

実質、生死の間を彷徨うような状態で生活する事を強いられている。
その昔、天災におびえながら生活していたのと同じである。

特に都市部に住んでいては大変である。
山川で植物を採取することも出来ず、周囲で菜園を作る事も出来ず、生き延びる方法はない。
結局はホームレスとなる以外にないのである。

この様な人々が生活保護で生き延びられても、それは普通の生活ではない。
人間として自立して生きているとは言えない。

貧困とは、何であろう!

近代国家とは、大半の国民が安心して生活できる事を目的とした行政組織ではなかったのか。
その近代国家が、多くの国民が疲弊し、生きて行くこと自体に不安を感じていても、それを認識しようとはしない。

現代社会の貧困は、天災地変での天候のせいでもなく、我々人間自身の行動が招いた結果であり、何時まで待っていても改善は期待できないばかりか、ますます酷くなる傾向である。

政府は人で不足と嘯くが、実際には若年労働者に限ってのこと。
生きるための職場は、グローバル化の影響で、段々と統合され、大手企業か、その系列に属さねばならず、機械化が進んだその企業出は手作業に従事する労働者など求めていない。

人生80年と言う高齢化社会で、一旦、職を離れた高齢労働者は、収入に不安を抱えながら数十年を生きねばならない。
老いも若きも、身近に何かの仕事が見付けられた昔の環境とは異なってきているのである。

この様な産業構造の変化を軽く見ている傾向がある。
もちろん、生産技術の発達の恩恵もありグローバル化は避けられない方向である事は認める。

しかしながら、人知はこれを克服できるはずであり、しなければならない。
生活保護などで人々を飼い殺しするのが社会ではない、国家ではない。

少なくとも現代の国家は、このような観点から施策を検討しているとは思えない。
すぐさま良案が浮かぶとも言わないが、最悪の事態になるまでに打つ手を考えなばならないことは確かである。






メンテ
Re: 貧困の構造 ( No.167 )
日時: 2019/01/02 03:35
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:8idaFzV6

 日本はかつて「1億総中流」と言われ、貧富の差が少ない暮らしやすい国とイメージされてきた。だが、現実は違っており、日本社会は貧困化している。

 一般的に貧困の度合いは相対的貧困率(可処分所得が中央値の半分以下の人の割合)で示されるが、2015年における日本の相対的貧困率は15.6%となっており、先進国の中では突出して高い。福祉が手厚いといわれる欧州各国は1ケタ台のところがほとんどであり、これほど高い貧困率となっているのは米国と日本だけである。

 相対的貧困率という統計については、実態と乖離しているとの批判もあるが、実際はそうでもない。日本の等価可処分所得の中央値は約245万円となっており、貧困レベルはこの半分の123万円以下ということになる。家族の人数で調整されたものではあるが、この金額で普通の生活が成り立たないことは明白だ。収入が300万円以下の世帯も30%を超えている。単身なら何とかなるが、子供を養うということになると生活はかなり苦しいだろう。

上の文章では年収300万円以下の世帯が30%を超えているとしている。
別の統計で次の様なものがあるが、これは労働者個人についての統計で、独身者もいれば若年労働者もいる。
これによると年収300万円以下は52.9%になっているが、世帯単位で見れば、このようなものであろう。

(平成23年度分国税庁発表の申告所得金額及び平均税額)
              
年収 100万円以下      8.1%
同 100〜200万円      24.8%
同 200〜300万円      20.0%
同 300〜500万円      19.5%
同 500〜1000万円      16.3%
同 1000〜2000万円      7.5%
同 2000〜5000万円      3.1%
同 5000万円以上       0.2%

年収800万だ、1000万だと豊かな環境の人びとを紹介するメディアが氾濫するなか、声なき人々の実態とは、このようなものなのである。
現在、貧困であえいでいる人たちの多くは、過去の経験から自分がおかれている状況を絶対的なものとみるのではなく、何時かは豊かになれると言う期待を忘れず気持ちを支えている。

しかしながら、この状況は昔と異なり世の中の景気、不景気の問題ではなく、時間が経てば切り抜けられると言ったものではない。
また、貧困を行政の問題と受け止め、生活保護など行政が対応してくれるものと思い込んでいるが、どこの国でも、それは限界となってきている。

このスレッドは「貧困の構造」というタイトルでやっている。
「構造」という言葉には、実態を把握すると言うことと、なぜこのようになるのか、理由を問うと言う意味の「構造」である。

経済のグローバル化が進み生産、流通の過程が従来とは随分と異なってきた。
物々交換の大昔はいざ知らず、通貨が登場して以来、人々は働くことで通貨を手に入れ、それで物を買って生活してきた。
通貨は経済で言う需要と供給、生産と消費の媒体であった。
その需要と供給の関係(生産と消費)が地域でバランスが取れていてこそ通貨は循環し、人々の生活を支えることが出来ていた。

経済のグローバル化は、通貨の流通のバランスが取れていた経済圏を凌駕し、生産と消費の場所を世界規模で広げていった。
結果、地域に依っては生活に必要な通貨を得るための生産の機会がなくなってきた。
地域毎の需要と供給(消費と生産)という循環の中で生活に必要な通貨を得られると言う環境がなくなってきた。

経済活動の中で、それなりに位置を占めることが出来ていた多くの人たちは、知らぬ間に経済活動の一線からはじき出されて来たのである。

グローバル化が始まったころは、意外と安価な商品が、豊富に出回り喜んだであろう。
しかしながら、知らず知らずの内に、生産の機会は地域を遠ざかり、流通する商品の販売は地域の小売店から量販店にとって代わられた。
小さな生産業者、小売店では大きな組織のそれには、極一部を除き歯が立たないのである。
また最近の大量消費材、ATなどのハイテク商品の生産などは、小規模の企業ではできないのである。

気が付けば働く機会は限られ低収入にあえぐことになり、さらに安価な商品を探し求める様になる。
これでは地域の生産業者、小売業者はますます廃業に追い込まれる。

これが現在の状況であり、限られた生産業者と限られた流通で経済を抑えられて、どうして地域の生活に必要な通貨の流通が出来るであろう。

卑近なたとえで申し訳ないが、今年もいよいよ寒さがまし、我が家でも石油ストーブを使うことが多くなった。
その灯油代であるが、今までは業者に頼み不足した灯油は随時補給されてきた。
ただし灯油の単価は、近くの量販店で買うより高い。

家内によれば、節約のために量販店で何故、買わないと言う。
今年は止むに止まれず量販店へ向かったが、
考えてみれば、この様な事が定着すれば灯油販売業者は従業員を解雇するばかりでなく廃業しなければならない。

社会は持ちつ、もたれつ、多くの人たちがそれぞれに仕事を分け合い生活してきた。
商品の単価が少々高くても、まわりまわって社会は維持できていた。

幾ら商品が安いと言っても、お金そのものがなければ買うことはできない。
解雇された灯油販売業者の家族は収入を失い、安くても何も買えない。
一方で、このような人たちを排出しながら、安価なものを求めて飛び回るのが現状ある。

否、すでに
安価なものを求めなければ生活できないのが現状であり、この悪循環はとどまるところを知らない。

底辺の方では貧困がさらなる貧困を生み出しているのである。

要するに貧困を生むのは産業構造であり、その大きな影響は行政の福祉政策でカバーできるものではないのである。
しかしながら、この流れはすでに止めることはできない主流でもある。
貧困の問題を考えるのは行政ではなく政治であるのだ。

官僚共に頼り切った現代の政治屋共では、その考えが育たないことに絶望する。

冒頭の統計資料は、ますます悪化する一方なのである。
メンテ
国民は何故、怒らない! ( No.168 )
日時: 2019/01/05 16:59
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:mr6A90Jw

経済、科学の先進国として、同じ様に歩んでいながら、むしろ経済の面ではアメリカ、中国に次ぐ発展をしながら、総体的貧困率と言えば先進国の中でも1,2位を争う問題の国家となってしまいました。

弱者である国民は、まさか自分がと言う思いで静観し、為政者は実態をみようとしない。

これはひとえに自民党政治の為であることは明白なのですが、なぜか国民は自民党に怒りの声を挙げません。

アメリカに従い、目先の経済効率ばかりを追ってきた自民党政治と言うものは、もはや政治などではなく官僚とつるんだ利権政治をやってきました。

その中で、改革すべき福祉制度の根幹は半世紀も変わらないままに捨て置かれ、この間に起きる矛盾は、官僚と共に取り繕いに終始してきました。

それを政治と思い込んで政権を続けることのみ執着してきました。

半世紀の間、本来の政治はなく財界の傀儡として君臨してきたが、一般の国民は、それが普通と思い込んできた。

日本をここまで追い込んだ自民党政治は、政治的には全く無能!

今までやってきた繕い政治など政治ではなく行政の仕事である。

その罪は自民党解党以外に取りようもない。

この間に政権交代は2度、起きましたが、改革の理念を持ち合わさない野党では、官僚機構に埋没し、さらに現状の足を引っ張るだけで何の役にも立ちませんでした。

国民が怒りを発しなければ、この国はまだまだ沈んでいくことでしょう。

誇り高く、我慢強い国民に守られて自民党政治は続く!!!
メンテ
Re: 貧困の構造 ( No.169 )
日時: 2019/03/12 15:32
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:mkpxfKaM

随分と以前からの傾向であるが、当地、京都北部の片田舎でもあらるる職種の量販店が進出してきた。

日曜大工資材、機器、金物雑貨、電気製品、薬、衣料、靴、玩具、家具など、大きな店舗で品揃えが十分で安価であるので、地域の人はほとんど日常の買い物はここへいく。

他に食料品があるが、これはもともと地域のスーパーが展開していて、その上に業務用スーパーなどという量販店が出てきて驚くほど安い商品を提供している。
もちろん酒類も入っている。

この他に、写真、印刷などは家庭のパソコンが行うので業者は青息吐息。
洗濯屋も家庭用洗濯機の機能が向上し、コインランドリーなどもあるので、売り上げはガタ減り。

シャッター街と騒がれているが、これでは街の小売店は全滅に近い。
街の肉屋、食料店、洋服店、靴屋、薬屋、豆腐屋、駄菓子屋、写真店、米屋、金物屋、陶器店、家具屋、自転車屋などなど

統計によると1958年(昭和33年)の小売店舗の数は172万軒、1998年には142万軒に減っている。
40年間で30万軒として
現在、2018年では、さらに15〜20万軒減っている計算になる。
だが実際は、これ以上酷い状況と思われる。
それは実際に廃業してなくても副業程度で我慢し営業を続けている店舗がかなりあるということと思われる。

零細な小売店舗は減っても量販店など大型店が進出し小売業としての売り上げは上向きである。
消費者側からすれば、こうした流通革命は有難いことであり、当然の流れと肯定する。

問題は、こうした小売店舗のあとを継ぐ若者はいなく、他の職を求め、場合によっては都市部へ転出する。
小売店舗に関わらず、経済のグローバル化の影響で従来の仕事を続けられなくなった人たちが転職を求める。

実際に転職の窓口は、介護などサービス分野で結構用意されている。
しかしながら、職を求めてくるこうした人たちの待遇は酷いものであり、ワーキングプアー発生の玄関口となっている。

これも自然の成り行きと見ている分には善悪を決め付けられるものではないが。
経済のグローバル化というものは、生活者に利便性はあるものの、片隅で弱肉強食の牙を剥いていることを忘れてはならない。

いずれ、この牙が自分にも向いてくることを忘れてはならない。

メンテ
「上級国民」 ( No.170 )
日時: 2019/05/06 20:22
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:gL.6QgC2

「上級国民」というネットスラングの大拡散が示す日本人の心中(NEWS ポストセブン)
http://www.asyura2.com/19/senkyo260/msg/449.html

 時代とともに変化するのは言葉の常だが、新たな言葉が人口に膾炙される過程においては相応の理由があると見るべきだろう。コラムニストのオバタカズユキ氏が指摘する。

 * * *
「上級国民」というネットスラングの拡散が止まらない。もとは4月19日に、東京の東池袋で自家用車が暴走、歩行者10人をはね、母子2人を死亡させた事故の運転者を指した言葉だが、いまやその範囲を大きく超えて、使い続けられている。

 たとえばツイッターの世界では、10連休のゴールデンウィークと絡めて、こんなつぶやきが方々に散らばっていた。

〈モノレールが連休を旅行で過ごす上級国民様で満たされておる〉
〈10連休を取れるのは全体の3割。そんな能天気に生きて居られるのは、上級国民だけってか〉
〈(アフリカ旅行を勧める朝日新聞公式アカウントのツイートに対して)いい加減にしろ!韓国やグアム程度ならばまだしも、幾ら10連休の旅行でもアフリカに行くのに一体幾らかかると思っているのだ?そんな上級国民の為の記事より、この国を変える為に収入が激減して苦しむ日雇いや非正規の怒りを紙面にしたらどうだ?〉
〈10連休なんて上級国民様の催しでしかないのです、下級国民は労働奉仕なのです(震え)〉

 休日祝日関係ないフリーランスの私としても「そうだそうだ」という気分だが、それにしても「上級国民」はすでにもう、普通名詞のような使われ方をされている。日本には一部の「上流国民」とその他大勢の「一般国民」や「下流国民」しかいないみたいな構図が、いつの間にかできあがっているようであり、そして、この言葉を使用する人々には、基本的に、疲れていて、嘆いていて、捨て鉢になっている印象がある。

〈給料総額15万、週6日働いて稼働日数月25日。盆正月関係なし。ほとんど奴隷と同じです。きっと公務員や、NHKに勤めてる上級国民の皆さんには理解できないんだろうな〉

〈77歳で新聞配達のバイト。そうせざるを得ない人々はますます増えるだろう。上級国民が左ウチワでエンジョイしている一方で。それでも安倍支持率は下がらず、地方選でも自民が議席を伸ばしている。政権が変らなければ、庶民は毟り取られていく一方だと思うが、みんながそれでいいなら仕方ない〉

〈平成がいい時代だったと言えるのは、よほどの上級国民だけなんじゃないの? 災害はやたらめったら多いし、少子化進むし、賃金は上がらないのに戦争準備してる。令和は確実に戦争があるわね(>_<)〉

〈次、生まれ変わるなら人間じゃなくて蝉が良いな 上級国民に×されずに済むし〉

 この問題は当初、事故で多くの死傷者を出しておきながら、運転手が逮捕されず、マスコミからは「さん」づけで呼ばれるのはおかしいではないか。それは元高級官僚という「上級国民」だからじゃないか。という疑問と怒りの文脈で使われていた。さらに事故の2日後、神戸のJR三ノ宮駅前で市営バスが歩行者2人はね、2人を死亡させるあらたな事故がおきた。そのバスの運転手は駆けつけた警察官により現行犯逮捕され、マスコミ「××容疑者」という呼び方で事件を報じたため、バス運転者のような「一般国民」はすぐさま罪人扱いで、「上級国民」のほうは忖度されてお咎めなしなのか、と怒りにさらなる火がついた。

 実際のところ、東池袋のほうが逮捕されなかったのは、運転手が87歳と高齢かつ事故で怪我を負って入院したからであり、「さん」づけだったのは容疑者でもない(逮捕されていない)個人名に関してはそのように表記するというマスコミルールが存在するからである。だが、そういうことを客観的に説明する記事などが出回っても、聞く耳を持たない人々が大勢いて、ただひたすらに「上級国民」の言葉が独り歩きしていった。

 これから東池袋の事故の捜査が進み、運転者が任意出頭し、書類送検となり、犯罪者として処罰される可能性は大いにあるだろう。ただ、そうなったとしても、「上級国民だから逮捕されなかったんだ」「二人も殺しておきながら罪が軽いのは上級国民だからだ」などの「疑惑」がつきまとうと思う。そう思わせるくらい、この言葉を使う人々の世の中に対する不信感や絶望は深い。

「ニコニコ大百科」によると、「上級国民」は、〈一般国民と対をなす、日本国民の身分を表す概念のひとつである〉とのことだ。2015年に起きた東京オリンピックエンブレム騒動で、盗用が疑われたデザインの説明に際して、エンブレム応募作品の審査員長が「専門家の間では十分分り合えるんだけれども、一般国民にはわかりにくい、残念ながらわかりにくいですね」と発言、その「一般国民」という表現が上から目線だと批判され、対比する言葉として「上級国民」がネット上で広まった。今回の事故にあたって誰がその「上級国民」なるネットスラングを掘り起こしたのかはわからないが、ここまで拡散するとは思いもよらなかっただろう。

 もしこの「上級国民」が、「エリート」や「セレブ」だったら、さほどに広まったとはイメージしにくい。「エリート」「セレブ」には、勉強なり、仕事なりで努力した結果、手にいれた地位といった語感がある。「庶民」や「一般人」でも、努力の上にラッキーが重なればそうなれる可能性が僅かながら残っている。

 対して、「上級国民」は手の届かない存在だ。他の言葉では「上流階級」や「特権階級」に近いが、「階級」もまた努力や運によって上に行くことが不可能ではないことを考えると、「上級国民」という言葉はより固定的で、生まれ育ちで決定されている感がある。「上流国民」「一般国民」「下流国民」などの階級がガッツリ固まっている身分制度がこの世にあるかのごとき印象を抱かせる。

 関係するツイートでこんなものもあった。

〈上級国民というワードがいよいよネタや冗談じゃなくなるんだろうな(今まで表に顕現してなかっただけだろうけどw) 文面上では皆平等も現実社会は階級社会に最適化されてゆくのだろう〉

「上級国民」が大拡散したのは、このツイートが指摘するような社会変化が背景にあるように思われる。時代でいうと、小泉政権の頃からだろうか。非正規労働者が急激に増え始め、正規社員との間に越えられない壁が立ちはだかり、戦後最長の好景気だなんだと言っても、それこそ一般国民の収入は増えることなく、人によってはじりじり下がり、なのに福祉や社会保障制度が充実するでもない。教育に関しては、お金持ちの家の子ほどいい学校いい大学に入ることができる教育格差の固定化が進んでいる。

 はっきりわかっていることは、労働人口の減少でこれからの日本経済はますます低迷するということ。それによって、下層の者ほど生活が苦しくなり、現に貧困者はじわじわ確実に増えているということ。

〈北欧のような福祉国家とは天地ほどの差がある日本。主権在民を知らず、政府批判を許さず、お上(財閥・上級国民)に任せる生き方をしていたら、幸福度はどんどん下がってゆくのは当たり前〉

 というツイートもあった。日本一国だけが世界から取り残されて、貧しく、ひもじくなっていくイメージ。国民のみながみなそう思っているとはいわないが、頑張れば頑張っただけ報われる時代はとうの昔に終わってしまったという認識は、大半の人々の間で共有されているだろう。これからの時代、経済的に恵まれるのは、もともと育ちの良かった人、たまたま優秀な遺伝子を受けついだ人ばかりである。 

 そんな身も蓋もない階級社会は冗談じゃない、ふざけるなとの怒りはどんどん溜まっている。が、一方で、どうせ変わらないよという諦めや絶望も広がっている。庶民の怒りを変革のエネルギーとして現状のけしからん政治に大ナタを振るってくれる人物が登場する気配というか、期待も感じられない。それよりも、多くの人々は、疲弊しながら日々の生活をどうにか成り立たせるのに精いっぱいといったところではないだろうか。

「上級国民」なる言葉の大拡散は、そのような状況にある一定層の日本人の心中や現状をあぶり出したように思える。ネット上で「上級国民」を腐して、少しばかりガス抜きをして、また「下流」の日常生活に戻っていく日本人の後姿が見えてくる気がする。

(全文引用)













 

メンテ
階層社会 ( No.171 )
日時: 2019/07/26 02:14
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:9ecFzpLI

東京オリンピックのチケットは、開会式では10万円以上、普通の競技でも1万円以上のチケットの予約が殺到している(500万人を超えている)そうだ。

昨年の海外旅行者の数は、1800万人。
その先には大阪万博も期待され、すでにホテルの建設も始まっている。

景気の良い話であるが、その実感が沸かない多くの人もいる。

我が国の総人口は1億2000万人。

そのうちで年収500万円以上の収入のある家庭の人口は、およそ3600万人。
年収は500万円なくても独身貴族の人もいるし、また500万円でも家庭の状況で、そんなに楽な生活をしていない人たちもいる。

何やかやで、総人口の1/3の4000万人が、このスレッドで言う、1級国民(上流階級)。

これらのイベントを企画する公務員も、イベントを囃し立てるメディアの社員も、この上流社会に籍をおく。
それだから、報道で目にする、耳にするものは、全てが順風漫歩。

でもね、後の8000万人の2級国民は、其れらのイベントは高値の花。

日本と言う国は、一体、誰のもの。

・・・・・


<< 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。

 秦の趙高(ちょうこう)、漢の王莽(おうもう)、梁の周伊(しゅい)、唐の禄山(ろくさん−安禄山)らも旧主先皇の政治に従わず、楽しみをきわめ諫言も聞かず、天下の乱れも知らず、民衆の憂いも顧みないので亡びてしまった。>>

我が国の現状、何をか況や。平家にあらずんば人にあらず。公務員にあらずんば国民にあらず。

少し前の時代、未曾有の経済の発展を遂げた我が国は、思いあがり、浮かれきっていたのもつかの間のこと。

気が付けば、多くの民は疲弊し、世は乱れ、為政者はまつりごとを忘れ、都に住む栄誉の一族のみが繁栄を貪り続けている。

やがて来るべき暗黒の世を知らず。

民を忘れた為政者は、民を見る勇気を持たず、打ちひしがれた弱き者たちは怠惰と享楽に身を任せ、悪霊ばかりが横行する。

そのような世の中を正す、一傑の英雄の現われることなく、空しく時は過ぎ去る。
夢か、うつつか、目を覚ませ。一時の繁栄に我を忘れた諸人よ。
メンテ
GHQ が終戦後に日本に導入した共産主義体制が「日本の一億総中流社会」だった ( No.172 )
日時: 2022/05/05 21:47
名前: スメラ尊 ID:2KCHm9HY

GHQ が終戦後に日本に導入した共産主義体制が「日本の一億総中流社会」だった

共産主義者ばかりだった GHQは日本を意図的にインフレにして資本家の資産を奪い、一億総中流社会を作り上げた
一億総中流社会を作ったのは共産主義者のGHQ, 一億総中流社会を壊したのがグローバリスト
日本のバブル崩壊以前の一億総中流社会は共産主義者ばかりの GHQ が意図的に作ったものだった

ソ連・中共・東欧も含めた世界の国で中間層が部厚かったのは平成バブル崩壊までの日本だけです。
特に自称社会主義国のソ連や中共は極端な階級社会で、下の階級の人間は絶対に上に上がれない社会でした。
戦後の日本が理想の共産社会に近い一億総中流社会になったのは、終戦直後に GHQ が農地改革、意図的なインフレと預金封鎖、極端な累進課税で人為的に所得再分配をやった結果なのです。

何もやらなければ現在のアメリカみたいに、マルクスの預言通りの階級社会になるに決まっています。
平成バブル崩壊までの日本が世界で最も成功した社会主義国だと言われていたのは
すべて GHQ の共産化政策の結果なのです。

20年前まで大学関係者や学生が左翼とマルクス主義者ばかりだったのも GHQ の教育方針の結果でしょう。
ユダヤ国際金融資本と GHQ は日本を共産化しようとして農地改革と人為的インフレ生成・金融封鎖を行った
フランクリン・ルーズベルト大統領やニューディール派は親共産主義だったので、戦後の日本を階級か無い疑似共産社会にしようと計画していた。

それで平等主義的な日本国憲法を制定、
農地改革で地主の土地を取り上げて貧民にタダ同然で分配、
貧民が土地を買う金を出せる様に人為的なインフレを起こし
預金封鎖で資産家の資産を取り上げた

戦後の人為的なインフレはそういう背景で起こされた 

 東京の小売物価は、全国平均と比べて高く推移する傾向があった。その東京の小売物価指数で見てさえ、1946年のピーク時のインフレ率は500%「程度」に過ぎない。
メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

題名 スレッドをトップへソート
名前  「名前#任意の文字列」でトリップ生成
E-Mail 入力すると メールを送信する からメールを受け取れます(アドレス非表示)
URL
パスワード ご自分の投稿文の編集、削除の際必要です。面倒でしょうが入力をお勧めします。
投稿キー (投稿時 投稿キー を入力してください)
コメント

   クッキー保存