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[3369] 広島・長崎の原爆を検証する
日時: 2020/08/09 08:23
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:O3UobB9k

広島に原爆が投下されたのは、8月6日

    (原爆投下地点から〜500m以内)(600〜1000m)(1100〜2000m) (2000m〜)

(人口)      30000人        60000人     180000人    75000人


(即死)      29000         20000       30000

(8〜12月)     800          24000       35000

死者合計     29800         44000       65000

(死亡率)     99%          90%       35%

原爆投下後、年内(4ヶ月)に死亡した人の数は、14万人といわれている。
この数は、広島市の人口の41%にあたり、負傷者、疾病者を入れると市民の殆どを殺傷したことになる。

死者は、その後も増えて、現在では原爆が原因で死亡した人の数は、16万人と言われている。

原爆投下時の直径500m以内は7000°直径1000m以内では3000°の高熱が発生すると言われている。
(0〜1000m以内)で即死した人の殆どは爆風か、高熱で死亡したものと思われる(79000人)。
それ以外は、放射能障害であり、現在まで足すと81000人となっている。

殺し方に良し悪しがあるとは言えないが、アメリカは、10万人(長崎を含めると15万人)の一般市民を、長時間、苦しめながら死に至らすなど、どのような理由があろうとも許される事ではない。

一都市、全員を殺傷するなど国家として許される判断ではない。

人道のかけらもない、この発想は、アングロサクソン、所謂、キリスト教の精神が生み出すもの。
キリスト教を信じない者は野蛮人と決めつけ人道主義の対象とはしない。


>さて、もう一つ気になるのは、土地などの放射能汚染です。

福島原発周辺地域の土壌が放射能汚染され、何十年もの間、人が住めない、作物が作れない、などという不安が避難住民に蔓延しています。
しからば、広島や長崎で原子爆弾が炸裂した後、それぞれの都市がすぐに復興ができたのはなぜか、という大きな疑問が生じます。この疑問は物理好きの者でなくとも、原子爆弾と原子力発電が同じ核分裂という現象によって成されているということを知っている人には必ず生じる疑問です。しかし、これだけ福島原発が大きな問題となっているのに、テレビなどではこの疑問すら話題にならないのは、まったく摩訶不思議なことです。

また、ヒロシマ・ナガサキの原爆放射線と福島原発事故の放射線量は、福島原発の方が100倍ほど多い、というような話も飛び込んできます。さて、どうなんでしょうか?
この回答を下記します。但し、日本にはご承知のようにヒロシマとナガサキの両都市に原子爆弾が投下されましたが、ここではヒロシマ原子爆弾に関して説明することにします。(一部に私見があることをご了承ください)

原子爆弾の放射線には、「初期放射線」と「残留放射線」の二種類があります。
初期放射線とは、原子爆弾が爆発した時に発生する放射線です。ウラン(ナガサキの場合はプルトニウム)の核分裂によって生じた分裂片(核分裂生成物)から発生するガンマ線と、核分裂によって一気に発生する中性子からなる中性子線です。ガンマ線も中性子線も非常に大きなエネルギーをもった放射線で、人体が取り込みますと大きな障害を与えるものです。
ヒロシマ原爆の初期放射線量を下記に表します。(財団法人放射線影響研究所より・・・同所の単位はグレイ)

  爆心地(0m地点)  ガンマ線 123,000msv(ミリシーベルト)
                中性子線 35,000msv

  500m地点      ガンマ線  35,000msv(ミリシーベルト)
                中性子線  6,400msv

本来はグレイという単位で表していますが、現在テレビなどで多く表現されている人間が受ける放射線量単位のmsv(ミリシーベルト)に換算して表記しました。(換算は当NPO法人が行いました。換算することは適しているものではありませんが、比較しやすいことを目的に換算しました)
この数値をご覧になって驚かれると思いますが、原子爆弾では、一瞬でこれだけ大量の放射線が放出されます。ゆえに、爆心から1km内にいた人の殆どは、この大量放射線を直射され即死しました。いや、原子爆弾の威力は熱線と衝撃波という大きなものがあり、爆心直下では3000℃もの超高熱となったため、放射線死よりも先に蒸発死したのが現実であります。
この初期放射線は、空中を放射線が直進してくる「空中放射線」ですので、爆心から距離が遠くなればなるほど放射線量が下がりますし、また、遮蔽物があれば減衰します。だから、爆心から遠方にいた人、家の中にいた人、物陰にいた人などは放射線照射を大幅に免れました。

次に残留放射線です。
残留放射線は、原子爆弾の核分裂によって生じた放射能をもった分裂片が、長期的に放射線を放出するものです。
ヒロシマ原爆(リトルボーイ)に積載されたウラン235は50s(原料としてのウラン総量は60sでウラン235の純度は80%として試算)と言われており、その内800gのウラン235(同様1sの80%純度として)が核分裂を起こしました。

800gのウラン235を構成する核は10の24乗個、つまり1兆×1兆の膨大な数があり、それが二つに分裂するのですから天文学的な数の放射性物質が生じます。それだけでなく、分裂しなかったウラン235やウラン238が59sあり、これらのウランも放射性物質となって長期間放射線を放出します。この中には、今世の中を騒がしていますセシウムもあればヨウ素もあり、ストロンチウムも勿論あります。約200種類の放射性物質(同位体を含める)があったと言われています。その放射性物質には何百年、いや何億年間も放射線を出し続けるものがありますので、これら大量の放射性物質が広島市の土壌に落ちれば、広島市はそれこそ半永久に人が住めない廃墟の街となっていたことでしょう。(なぜ広島市が現在の繁栄を得ているのかは後記します)
このように、原子爆弾は長期的に放射線を出す大量の放射性物質を一気に撒き散らしているのです。

反して福島原発の場合は、冷却水の不足によって燃料棒が溶け出し、その燃料棒から出た放射性物質が圧力容器や格納容器から一部が漏れ、水素爆発によって大気に拡散されたり、また水と一緒に外部に出て拡散されたものです。ですから、現状では原子爆弾と比較する必要はないのですが、これがもし、炉心溶融(メルトダウン)となって溶融した燃料棒が容器の外に出たとしたら、今の何百倍何千倍もの放射性物質が出ることは間違いありません。この点には特に注意をはらってください。

さて本題に戻って、これだけヒロシマの原子爆弾では、膨大な分裂片が一気に発生したのに広島市の土壌は放射線で汚染されなかったのか? (汚染されたのは事実ですが、永久に人が住めない量の汚染がされなかったのか、ということです)

大量の放射性物質はどこに消えたのでしょうか?
 1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分、広島市の原爆ドームからほんの少し離れた島病院の上空600mで原子爆弾(リトルボーイ)は爆発しました。
この上空600mが第一の原因です。
「熱線」「衝撃波」「放射線」が原子爆弾の三大威力ですが、熱線と衝撃波は原子爆弾を上空で爆発させば威力が大きくなります。反して放射線は上空であれば威力が落ち、また土壌が放射線で汚染される度合いも低くなります。(地表で爆発させた場合の放射線威力については、たぶん日本ではデータがないと思います。原爆の実験がされていないからです)

次に、ヒロシマ原子爆弾が爆発した瞬間、紫がかった赤い発光体は直径200mの球体に膨れ上がり、その球体の中心温度は100万℃、球体の外周でも7000℃に達しました。実はこの100万℃および7000℃が第二の原因です。

これだけの超高熱は、核分裂の分裂片、ウラン235の燃え残り、ウラン238、そして爆弾の容器など、すべてのものを一瞬のうちに気化させました。この高熱は、爆心地付近の空気を一気に膨張させ、爆心地付近は一時真空地帯になりましたが、その後、今度は周りの空気が真空地帯に逆流し、強い上昇気流によって塵や残骸粉そして気化した放射性物質が上昇気流に乗って成層圏近くまで上昇し、多くは気流に乗って拡散しました。一部の残骸粉や放射性物質は「黒い雨」となって広島市の北西部に降り注ぎましたが、前記しましたように多くの放射性物質は気流に乗って拡散したようです。(地表に落ちてくる放射性物質を「死の灰」=「フォールアウト」といいます)

 
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Re: 広島・長崎の原爆を検証する ( No.1 )
日時: 2020/08/18 09:29
名前: ooeyama ID:KxiL1Tp6

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6367870

不運な広島と長崎に忌まわしい原爆が投下されて75年、毎年被爆した6日に広島市で、ついで今日9日には長崎市で、平和への慰霊式典が遺族の悲しみの中を厳かに行われ、空虚な黙祷の後首相始め招かれた各界のお偉方等は、異口同音お決まりの非戦への決意を騙り、また地元高校へ通う女生徒に平和への誓いを述べさせて、予定調和的な自慰式典は終わる。

因みに広島市の慰霊石碑前面には「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と刻まれているが、この「『過ち』は誰が犯したものであるか」について、建立当初から解釈の相違が取り沙汰され、当時の広島市長は「主語は全人類」と述べ、空しい碑文論争に終止符が打った。

当時の広島市長は政治的思惑から技と惚けたのか?、悲惨な結末を膿んだ侵略戦争を「聖戦」と称し、撤退を「転進」全滅を「玉砕」と言い換えた如く、「誤った」のが赤子を含む全人類なら、愚かな戦争を始めた戦時指導者たちの敗戦責任を「一億総懺悔論」で有耶無耶にした事と同義。

世界史でユダヤ人が大量虐殺されたアウシュビッツの悲劇が語られる時、同時にその悲劇を齎した元凶としてナチスのヒトラー総督とアイヒマン等ニュルンベルクの戦犯たちが、非道なジェノサイトの主導者として必ずやり玉に挙げられるのに、なぜ日本では無垢な国民320万人を戦没死させ、アジア全体で2000万人が犠牲となった「大東亜戦争」の元凶を、悲しみに満ちた慰霊式典で糾弾しないのか?、

広島と長崎の悲劇を齎した「過ち」の主犯を、原爆攻撃を命じたアメリカのトルーマン大統領だけに押し付けるなら、戦前の軍部内シュミレーションで戦えば必負とされながら、無謀な真珠湾攻撃で太平洋戦争へ突き進み、開戦1年も経たずミッドウェー海戦で完膚無き敗戦を喫し、兵站と情報の軽視で数多の犠牲者が出てもなお無為な戦いを止めなかった(海戦後清く白旗を上げれば以後の沖縄の地獄絵も特攻の若者の自爆死も、そして広島長崎の悲劇もない)戦時の最高指導者昭和天皇と、無恥無能な東条英機以下大本営参謀たちの「過ち」を糊塗することになろう。
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Re: 広島・長崎の原爆を検証する ( No.2 )
日時: 2020/08/22 16:23
名前: 日本貧民党 ID:y8TA28kc

日本が戦争をしていた頃を思い返すと、国民は完全に「集団催眠」に掛かって居て、アメリカ相手に「勝てる!」と思って居た節が有ります。 勿論、軍と政府は完全に「皇国史観」に凝り固まって居て、『戦争反対❕」を叫ぶ事は許されませんでした。

我々は子供の頃から「軍国教育」を受け、挙国一致でアメリカに「撃ち勝つ」のだと教え込まれて居ました。一億総洗脳です。

戦後、初めの頃こそ「革新勢力」に勢いが有り、国会の場でも保・革のバランスは拮抗しており、政権は緊張感を以って政治をしていましたが、日本の「赤化」を恐れたアメリカが、保守政権に「金と知恵」を付け、日本の民意を大きく右傾化へとかじを切らせたのでした。その方法の一つは、労働組合の破壊で、企業の経営陣は「組合幹部の篭絡」と言う手で労働組合を骨抜きにしていったのです。

其れや此れやで、今の日本の産業界は、現業も事務職も含めて、自らを守る「組合」と言う物を抜きにした職場環境と成り、労働者はどんどん『奴隷化』して行ったのです。

その結果今の日本は、戦前の労働環境とそっくりな職場環境と成り果てました。完全な「退化」です。

野党を育てない日本人に、自らを守る労働環境を確保する事は出来ないのです。

我々日本人は、ヒロシマ・ナガサキを忘れてはいけないのと同様、戦後の高揚した労働運動を忘れてはいけないのです。
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Re: 広島・長崎の原爆を検証する ( No.3 )
日時: 2021/10/29 23:41
名前: ooeyama ID:nFWfMWfs

> 蓮舫氏、広島に原爆投下から76年目を迎えたNHKに「特集番組より五輪。公共放送の姿勢ではありません」(スポーツ報知)


数日前原爆の黒い雨で放射能被害に遭った被爆者が、国相手に起こした裁判は非情な判決(原告敗訴)に終わった。もとより被害に遭ったのは広島・長崎の原爆だけでなく、戦時下で大多数の国民が悲惨な目に遭った訳だが、戦後手厚く補償されたのは、傷痍軍人など軍属の者だけ、戦争で大儲けした軍閥関係者は戦後国家の中枢に上り詰めた。

今年も忌まわしい記念日が巡ってきたが、オリンピックの感激に酔いしれる日本人には、もはや他人事となった裁判の行方も、マンネリ化した戦争特番も関心はないだろう、日本の戦争犯罪人たちは国民の健忘症に救済された。
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アメリカのスパイだった昭和天皇が広島を原爆投下地に指定した ( No.4 )
日時: 2022/05/05 06:55
名前: スメラ尊 ID:2KCHm9HY

アメリカのスパイだった昭和天皇が広島を原爆投下地に指定した

「原爆の秘密(国外篇)----殺人兵器と狂気の錬金術」鬼塚英昭 著 成甲書房 刊

白洲次郎は米英のための、具体的に書くならば、スティムソン、グルー、ウォーバーグたちのためのエージェントの仕事をし続けていたのである。原爆産業のエージェントであったといえよう。柴田哲孝の「下山事件 最後の証言」(2007年)に次なる記述がある。

「でも工藤さんは本当にいい人でした。確か昭和20年の春でした。灯火管制の時に、夜、工藤さんが突然すうっ・・・と入ってきたんです。そして、玄関に出ていくと、ぼそぼそっと言った。私は本所(墨田区)に住んでいたんですが、あと2〜3日したらここは空襲になるから、荷物をできるだけ持って逃げろと。それで私は○○の方へ逃げたんです。本所が9日か10日だと言っていました。そうしたら、本当にその日に東京大空襲があったんです・・・」

これも不思議な話だ。なぜ工藤孝次郎は東京大空襲の日時を知っていたのか。

もし亜細亜産業が軍部から情報を得ていたとすれば、国は東京大空襲を知っていながら市民を見殺しにしたことになる。もしくは亜細亜産業は、戦時中から米軍と何らかの繋がりがあったのか・・・。」

柴田哲孝はこの本の中で「亜細亜産業」について詳述原爆8している。下山事件との関係について書いている。戦前、この会社は闇貿易をしていた。前述した陸軍と財閥のなかから誕生した昭和通商と結ぶつきアヘン貿易に従事していた。この会社に白洲は出入りしていた。柴田哲孝の祖父が、この会社の重役であった。柴田は「我が家には白洲次郎と思われる人物が祖父や矢板玄(亜細亜産業社長)などといっしょに写った写真が残っている」と書いている。

この本や白洲次郎に関する有馬頼寧の日記を見てもわかるように、白洲次郎は、米英の諜報機関と深く繋がっていたと判断して間違いない。柴田は「もしくは亜細亜産業は、戦時中から米軍と何らかの繋がりがあったのか」との疑問を投げかけている。私は「大いにあった」と答える。次章以下で(私の注:アメリカの)陸軍参謀本部と原爆の関係を追求するなかで、その証明をすることにしよう。徳本栄一郎「英国機密ファイルの昭和天皇」(2007年)には次なる記述がある。

1985年、彼(白洲次郎)は生涯を閉じたが、英国流ダンディズムと気骨のあるライフスタイルは、白洲ブームとも言うべき現象を起こしている。だがこの白洲次郎には、あまり知られていない、もう一つの顔がある。それは太平洋戦争直前、皇室や吉田茂の意を受け、英国政府との和平工作に奔走した‘密使’であり、戦後は日本進出を狙う英国企業の‘エージェント’としての顔だ。」

徳本栄一郎の「英国機密ファイルの昭和天皇」には、「エピローグ 皇居を見据えるユニオン・ジャック」として、白洲次郎とウォーバーグ財閥について書かれている。

クリストファーによると、晩年の白洲は、S・G・ウォーバーグから肩書きも受け取っていなかった。しかも1982年、創業者のシグモント・ウォーバーグ卿が亡くなった後も、彼はクリストファーの後見人役を続けた。

「ウォーバーグ卿と次郎の関係は、個人的な友情に基づいていました。そのウォーバーグ卿から頼まれた以上、それに応えるのは自然の事だったのでしょう。また次郎も、われわれの進出は日本のためになると信じていました」

「国際金融寡頭勢力」という言葉を私は使ってきた。この中心にいたのがロスチャイルドとウォーバーグのユダヤ財閥である。一度彼らのエージェントになった者は、死ぬまで、その任務を解かれることはない。

引用文中のクリストファーとあるのはクリストファー・パーピスで、英国系投資銀行SGウォーバーグの幹部で東京支店長を勤めた男である。創業者のシグモント・ウォーバーグは、ドイツのハンブルクに本拠を持つウォーバーグ家からイギリスに派遣され、SGウォーバーグをつくり、ロスチャイルドとともに、ヒトラーを育てたのである。

そのウォーバーグ家の一族がアメリカに渡り、ロスチャイルドの血族シフ家と結ばれる。ロスチャイルドとウォーバーグ家は一枚の系図の中に入る。FRB(連邦準備制度理事会)をつくりあげたのはポール・ウォーバーグ。その息子のジェームス・ウォーバーグはOSS(私の注:CIAの前身)の中に入り日本向けの情報担当官となる。白洲次郎はウォーバーグのエージェントとなり、国務次官グルーからの情報を、ヨハンセン・グループ(私の注:戦前の吉田茂反戦グループの略称。実際は裏で戦争を推進していた)に流していく。

白洲は日本水産から帝国水産に移動して何をしたのか。調査室室長であった。彼は帝国水産という会社を利用し、イギリスとアメリカの諜報機関のために日本の機密を流し、また同時に、日本へ、特に皇室、ヨハンセン・グループ、軍閥、三菱・・・に情報を伝えていたのである。

私は前著「日本のいちばん醜い日」でヨハンセン・グループについて詳述した。その中で、外務省編「終戦史録(5)」の中に掲載されている「大井篤手記---天皇制と太平洋戦争」を紹介した。もう一度ここに紹介し、この項を原爆13終わりとする。この中に、皇太后と天皇が原爆投下について知っていたことが書かれている。私は(私の注:アメリカの軍事会議の)「目標管理委員会初回会議覚書」(1945年4月27日)については詳述した。その中で、東京湾が原爆投下の目標地に入っていたことを書いた。この情報が白洲次郎のルートで日本に流されていたことは間違いのない事実である。

「彼等は、天皇は間違っていると考えました。彼等には驚くべきまでに、機微な情報が---その真実性が私には判りませんが---入手されていました。彼等の見るところでは、天皇は弱虫だから終戦をいそがれているのである。原子爆弾が怖いのだ。その弱虫をさらに皇太后が焚きつけている。皇太后は御所内に堅固な防空壕を作ってくれと軍に催促されるが、資材不足でそれが出来ずにいる。そこへ原子爆弾の話が、尾ひれをはやして皇太后の耳に入ってくる。ジッとしておられなくなって天皇に訴える。彼等はこの情報を信じておりましたし、又陸軍では一般に原子爆弾はそう恐ろしいものではないと信じられておりました。」

原爆の情報は皇室、軍部、ヨハンセン・グループに流れ続けていたのである。しかし、原爆は広島と長崎に落とされた。その心因を追求し続けねばならない。

この白洲はヨハンセン・グループという本当は、アメリカの国務次官であったジョセフ・グルーが操っていたグループと繋がっていた。そしてアメリカやイギリスの情報を流し、逆もやっていた。建前の‘反戦’ではなく、戦争推進という目的のために。

さらに白洲は皇室とも繋がっていて、皇室に広島、長崎への原爆投下の情報を流していた。だから皇太后は原爆投下を恐れおののいていた。

だが、原爆は東京には落とされず、広島と長崎に落とされた。それはこの引用文には書いてありませんが、昭和天皇は、原爆投下計画の真の張本人と、鬼塚氏がするアメリカのスティムソン陸軍長官側と密約ができていて、アメリカ側が「無条件降伏を要求するが皇室の地位は戦後も保持させ、東京には原爆を落とさない」とされていた。だから広島と長崎に原爆が落とされた、と著者の鬼塚氏は膨大な資料の検証のもとに、推測として書いています。

ただここで‘推測として’と書きましたが上記の引用文の「大井篤手記---天皇制と太平洋戦争」は外務省編「終戦史録(5)」の中に掲載されているものです。皇室が原爆投下情報を得ていたことを示す証拠としてはこれ以上のものはないでしょう。


 ▲△▽▼


昭和天皇は対米戦争が八百長戦争だとバレない様に特攻までさせた

鬼塚英昭 氏 戦争はすべて八百長 『日本の真相』 - YouTube動画
https://www.youtube.com/watch?v=eUIhcvcSmrA  

戦争はすべて八百長(00:38:51)

熊毛郡田布施町 (00:00:21)

大室寅之佑 (00:03:48)

明治天皇の秘密 (00:03:55)

殊にユダヤを中心とする国際金融マフィアが知り、天皇一族を操っている。(00:13:26)

秦郁彦(いくひこ)(00:13:40)

仕組まれた戦争 (00:15:35)

皇室スキャンダル (00:18:21)

大正天皇には、子種がない(00:18:39)

西園寺八郎 (00:19:26)

昭和天皇の秘密 (00:21:34)

昭和天皇の父親は、西園寺八郎 (00:22:01)

死ぬまで侍従として息子(昭和天皇)のそばにいた (00:22:23)

住友と天皇家は、血族 (00:23:04)

秩父宮は、東久邇 稔彦(ひがしくに なるひこ)の子供 (00:23:29)

天皇のための戦争(00:25:02)

戦争というものは、必ずどこかで企みがあるものなんです (00:25:04)

昭和天皇だけが、日本のストーリを全部知っていた (0:26:01)

真珠湾攻撃も大事なところで手をぬく (00:26:28)

海軍は、2年分しか石油をもってない(00:27:24)

パナマ国籍の船ならば、攻撃できない (00:28:34)

天皇が内通していた(00:31:38)

スターリンに発したい情報をつたえる (00:32:45)

天皇一族は、ゾルゲを野放しにする (00:33:15)

終戦工作と白州次郎 (00:33:39)

ヨハンセングループ (00:34:17)

日本の最高機密が、翌日には電報で全部流れていく (00:35:16)

日本は戦争をするように仕組まれていたと考えると全て矛盾がなく納得ができるんです。 (00:35:30)

弟の公一に機密情報を流してソビエトに渡せと、ソビエトを安心させて南方政策を取る訳です。 (00:35:45)

火事場泥棒なんです。(00:36:15)

こじつけ無罪論(00:36:19)

明治天皇作とされる歌の真意 (00:37:05)

第二次世界大戦の総括をやっている(00:38:21)

戦争はすべて八百長(00:38:51)

戦争は継続しなければいけない (00:40:48)

天皇が被爆に加担した(00:42:23)

白洲次郎の秘密(00:44:17)

吉田茂の秘密(00:46:20)

こころの痛みを感じない者が日本のリーダーになる これを正さなければ未来はない(00:49:21)
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Re: 広島・長崎の原爆を検証する ( No.5 )
日時: 2022/08/09 08:57
名前: web45web ID:RhllCMAY

1945年8月6日広島及び9日長崎の原爆投下は、アメリカ軍による蛮行とされるが、
同時に1941年12月当時も今も世界最強の国家に無謀な戦いを挑んだ天皇と軍部
の無謀さ愚かさが要因。ならば悲惨な結果を齎したアメリカを非難すると同時に、
原因となった天皇と軍部の、戦い劣勢でも4年間戦争を続けた罪悪を糾弾したい。
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Re: 広島・長崎の原爆を検証する ( No.6 )
日時: 2022/08/11 22:50
名前: 貧農下層民 ID:yzAhWzB6

下手に、「日清」「日露」の戦争に勝って仕舞ったが故に、明治薩長政府の息を連綿と引き継ぐ日本の軍部と参謀本部は、大いなる思い違いをしてしまったのが『日本の悲劇の始まり』でした。
更に、日本人は欧米人の様に「腹黒く」有りません。それどころ、か日本人は短絡的に猪突猛進をするタイプ、日本軍の軍装に桜の紋章付いているのを見ても解る様に、パッと咲いてパッと散る、願望妄想的・猪突猛進型の集団でしたから、初めの不意打ちには勝ちを収めた物の、相手の工業生産力と粘り強い執念深さには太刀打ち出来なかったのです。
日本は忽ちの内に敗退また敗退の戦局を繰り返し、見る見るうちに戦場は日本国土と成り、制空権を失った日本中がB29の絨毯爆撃に曝され、挙句の果てに人類始まって以来の悪魔の兵器「原子爆弾」を二度までも食らうと言う惨めな終末。
これ等は全て「軍部」と言う思慮浅き馬鹿者集団とノーテンキな国家元首の為せるワザと言えます。

斯う言う愚かな経験を積みながら戦後77年を経て、日本の政治は反動的な保守政党の牛耳る所と成り、皇国史観による政治家たちは、国民を天皇崇拝の風潮へと導いて居ます。また、そう言う政党を日本の舵取りに選ぶという日本人が居るのですから実に馬鹿馬鹿しい話です。
過日の、安倍・元首相の銃撃された現場に続々と祈りを捧げる人々が居るのですから、『家畜化日本人』の如何に多いか知れようと言うものです。
日本は「民主主義国家」ではありません。カルト政党の統治する『一党独裁国家』です。
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