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[381] 公約になかった 死刑廃止
日時: 2009/11/25 10:51
名前: ミネ

亀井大臣が法相に死刑廃止を働きかけていることについて、
選挙で問われたことがないとして 大きな反対の声が上がっています。

死刑廃止ほか、是非善悪不明なテーマは無数にあるものです
それを議会の少人数の価値観で決定するのは明らに「デモクラシー」に反します。
議会の議決に民意という第三勢力が参加しないために、日本は先進国最低の地位に・・・議員役人が天国という社会にされてしまたのではないでしょうか

民主党が事業仕分けで人気取りをしても、到底マニフェストである「行政経費二割削減」には届きそうにはありません。

相変わらず公務員や天下りが厚遇され、庶民はカヤの外です。



08.7.13 産経によれば、厚労省統計情報部が、職員約5万5000人のうち、東京・霞が関の本省と8つの地方厚生局計約55000台のパソコンを対象にインターネットの閲覧状況を調査した結果、ゲーム、チャット三昧 業務以外のホームページの閲覧は何と1日12万件。その内「2ちゃんねる」の閲覧も3700件あったとの事。
平均一時間として人件費は一日2億円が遊びに使われたことになります。年間約600億円です、これは氷山の一角でしょう。全省庁なら数千億円の人件費が盗まれている事になるのかも知れません
尚、役所が発表する様々な情報、数字は官僚が「行政全体の利益を慮って」出す、出さない、数字の改竄などを経た可能性があるものと考えておくべきです(ですから上の数字さえ控えめの可能性も)

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Re: 公約になかった 死刑廃止 ( No.1 )
日時: 2009/11/25 13:50
名前: 禿頭

死刑は絶対廃止してはならない。
昨今、犯罪者の人権を唱えるドアホ弁護士が居るが被害者の生存権を奪った者の人権を尊重するべきではない。
亀井は時々ええことも言うがアホなことも言いだす。

ワシは死刑に値する犯罪を犯した者にどのような処刑方法を与えるか被害者遺族に決めさせることを考えたら良いと思う。
縛り首か、銃殺か、薬殺か、磔にして水の一滴も与えない衰弱死か、或いは国家公認のリンチ刑、つまり遺族自身による撲殺刑・刺殺刑などを認めるなど。

人を殺めたらそれ相応の報いは絶対に与えねばならない。
殺意があろうがなかろうが殺人は人として最低の行為であることを思い知らすべきである。
まだ犯人は捕まっていないが女子大生をバラバラに刻み遺棄したおぞましい事件など、最近の殺人事件は常軌を逸している。
斯様な犯罪人は単純な極刑では済まさなれないことを世に知らしめるべきである。

敢えて過激な発言をしました。
ミネさんの提起、活発に論議したいと思います。
Re: 公約になかった 死刑廃止 ( No.2 )
日時: 2009/11/25 23:15
名前: 遂犯無罪

死刑は廃止して終身刑にすべき

東京拘置所北舎四棟 この三階の独居で控訴審を闘った 運動時には一階の死刑確定者の独房を通り抜ける
脇見の出来ない行進だが この独房前は夏でも冷気を覚える妖気が漂っていた 大半の死刑囚は発狂して廃人となる この生きる屍を吊るす意味があるのか疑問だ
身分帳から看守に睨まれ些細な脇見や私語で直ぐに懲罰房に投げ込まれた 起床から就寝まで壁に向かい安座を続ける 読めない聴けない書けない 概ね10日に一度だけ獄戸が開き15分だけの入浴が出来る 最長二ヶ月 こんな様を続ければ発狂する。

回教国の刑務所で死刑囚と卓球やテニスをして清潔なニ間の獄室も訪ねた 銃殺刑だがその日が来るまで人間らしい暮らしが保障されていた。

100人の労役工場で知る限りに於いて4人の冤罪主張者がいた 元警察官僚の亀井氏は全面的に証拠能力が認められる検事面前調書の改竄事実を基に死刑廃止を訴えてこられた。
帝銀・袴田事件など冤罪事件には必ず検面調書に起因する 明らかに無実で死刑執行された藤木事件 先月に獄死した三崎事件囚 殺したら取り返しがつかない。

大半の犯行は心神喪失状態で起きる 平常心での殺人は極々稀だ 死刑制度は抑止力にならないのは証明されている 犯罪が無くなる時代・国はない 殺して気が済むのだろうか。
Re: 公約になかった 死刑廃止 ( No.3 )
日時: 2009/11/28 10:31
名前: 憂国老人

個人的には死刑には反対である。しかし、犯罪としての殺人は究極の社会への害悪であり、現在の法体系では死刑も止むをえないと思っている。狂犬は殺すしかないのと同じ。
元来、刑法というものは、反社会的な行為をした者の人権を剥奪することを「刑」とし、社会への害の拡大を防ぐのが目的と考えるべきではないか。その害悪や殺人にいたる原因の程度で刑の重さは決められることになっている。似非善人や似非弁護士が犯罪者の「人権」を口にするがナンセンスの極み。罪のない一般人の人権を犯した者に「人権」を認める必要がなぜあると考えるのか、理解に苦しむ。昨今の身の毛がよだつような殺人行為や死体の損壊の状況など考えると、まさに狂犬、野獣の行為であり、とても「人間」の所業ではない。
似非弁護士が最後の弁護手段として口にする「心神耗弱」であるが、心神耗弱状態で殺人を犯すような人間は社会にとって危険であり、社会から隔離して当然と考える。「これを罰せず」とはなっているので、罰としてではなく病人として永久に隔離するべきである。
現在の法体系では、犯罪者を刑務所に入れて「自由を拘束すること=人権の蹂躙」を認めているのである。つまり、罪を犯すと人権は制限されたり、停止されたりするがこれは社会的に認められており、犯罪者は人権を制限されて当然なのではないか。
ただ、死刑そのものは、「合法的な殺人」であり、刑の判決、その執行を認可、実行する人たちの心労も分かるし、冤罪の可能性を考えると、犯罪者だからと社会から抹殺してしまうことには疑問がある。裁判員制度で自分が他人に死刑を判決することが出来る自信はない。
そこで提起したいのは、現在の科刑期間を見直すのはどうであろうか。終身刑というものがあるが、事実上、これは「終身」にはなっていない場合がある。ある殺人犯罪者が「7年ほどで出所してくるから・・・」と嘯いていたという。死刑や終身に代えて、100年間とか150年間などの刑期を与えるように、刑法を見直すべき時であると主張したい。冤罪であれば、その間、再審のチャンスもあるし、技術の進歩で無実が立証できる機会も増えるであろう。
Re: 公約になかった 死刑廃止 ( No.4 )
日時: 2009/12/06 01:21
名前: 石郷岡

この件に関しましては他板でも長い間議論致しましたが、いまだ死刑廃止論者から説得力のある論拠を聞いたことがありません。
先進諸国がそうだからとか、冤罪は取り返しがつかないとか、国家が人の命を奪っていいのかとか、犯罪抑止効果がないとか、愚にも付かない理由しか出てこないのが常です。

結局犯罪者の人権を必要以上に重篤に擁護し、犯罪被害者の人権は殆んど無視(やられ損)という、不公平な結論にしかなりません。
従って死刑を廃止する理由はありませんので、死刑存続に賛成致します。

個人的には、死刑廃止よりも、刑法39条を廃止する方が先決だと考えています。

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