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[889] 天皇制は必要か?
日時: 2011/01/01 12:00
名前: パパママ ID:3GabKqrk メールを送信する

今日の政治腐敗、官僚腐敗を根本から検証した場合、天皇制と言う無駄をどう裁くか?
政治と天皇制が全く無関係では無い事は明らかです。
まずはこの民主主義と謳っているにも関わらず天皇制の有無に関してタブーを打ち破るのが先決ではないだろうか?
メンテ

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Re: 天皇制は必要か? ( No.1 )
日時: 2011/01/01 14:04
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:pZT5uw6.

パパママ さん、おめでとうございます。

新春早々にふさわしい議論とも言えますね。

現代的な解釈で言えば、パパママさんがおっしゃることに賛同する方が多いのではないかと思います。
当サイトで過去にしてきた天皇論を紹介(達磨さんに催促されて天皇論)すると共に、最近、私が思っていることを書いて見たいと思います。


「大和魂(日本の心のルーツを探る)」スレッドの中で書き初めていますように、現代社会の風潮は、アングロサクソン的思考法の中にあります。

アングロサクソン的と言うことの説明は複雑な認識を含んでいてすべてを語るには枚数が足りません。
簡単に言えば、民主主義、資本主義も基本的な考え方と言えるでしょう。

内容は、個人の権利、自由の尊重、貨幣に価値を転換する風潮、個人の利益を確保するための競争原理の尊重、合理性などです。
これによって人類は、ここ200年の間、急速に発展、展開してきました。

しなしながら、失ったものが無い訳ではありません。
その結果、人間性とか共生意識が希薄になっていることも否めません。

物質的にかなり恵まれた環境を得た現在、人類の将来を考えたとき、無条件で今の考え方(アングロサクソン流)のみに頼っていいのか、自問自答する時期が来ているのではないでしょうか。

天皇制などは、その一連の思考の中の選択肢の一つとして取り上げてもよいテーマであると私は思っています。


メンテ
Re: 天皇制は必要か? ( No.2 )
日時: 2011/01/01 14:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:pZT5uw6.

正月の暇に任せて続きです。

人間を集団と見たとき、集団を意識するための象徴的な何かが必要ではないかということです。
天皇制も国旗、国歌の話も同じ範疇であると思います。

もちろん、かつての天皇家は、そんな生易しいものではなく独裁者であり君主として我々の生活を束縛する存在でありました。
そういう天皇家ではなく、あくまでも象徴天皇という意味に限って話しているのです。

おかしなことに、SF映画の多くの作品に、皇帝がよく登場してきます。
ないしは、人類がメガコンピューターに支配されている構図です。

これは将来個人の権利が確立された結果、その共生のための機能をどこに見出しているかの問題と思います。
こういう意味では宗教における神の存在も同じ機能を示していると思います。

天皇制度が一部の人間に悪用されて、我々を抑圧する手段に使われることも考えねばなりませんが、人類が集団で生活することを前提とすれば、合議制のシステムだけで人類の安定した共生が(特に心理的に)得られるものでしょうか。

不安定な人間の心を安定させるためには、つなぎとめるためには、カリスマという機能も我々の精神の中にあってもよいのではと思っています。

もっとも、パパママさんに記事は、ここまでの範囲での問いかけでは無く、答えにはなっていないことは十分に理解しております。
メンテ
Re: 天皇制は必要か? ( No.3 )
日時: 2011/01/01 21:57
名前: パパママ ID:3GabKqrk メールを送信する

天橋立の愚痴人間さん

こんばんわ

>不安定な人間の心を安定させるためには、つなぎとめるためには、カリスマという機能も我々の精神の中にあってもよいのではと思っています。

と言う件は

>宗教における神の存在も同じ機能を示していると思います。

へつながると思うのですが、それがなぜ天皇でなくてはいけないのか?
狭義な思考ではなく広義な思考で物事を考えれば天皇制の無駄がおのずと見えてきます。

カリスマは個人それぞれ選択すれば良いだけの事です。政府、国家が国民に強制するものではありません。
宗教もまさしく同じです。
共生する上で、天皇の存在は無意味です。共生とは個人の自立があって初めて成り立つものです。

各個人による宗教(思想)の選択は個人の自立を促しますが、国家による宗教(思想)の強制は個人を弱体化させます。
社会主義国家の崩壊はまさしくその結果です。国家と言う共生を重んじたが為に個人がないがしろにされました。
ところで日本は民主的社会主義国家である、と旧社会主義国家の大統領ゴルバチョフに言われた事をご存知でしょうか?
世界的に見て日本は表向きは資本主義国家群に入るとは思うのですが、内情は国家社会主義を謳ったヒトラーとなんら変わりは無いのです。
天皇と言う存在が、ひとつ間違えれば、戦前の独裁国家へと変貌させる危険性を孕んでいるのです。
そう言う危惧も含めて、天皇制が如何に間違った制度か?もう一度、国民全員での正当な投票が必要だと思うのです。

結論から言うと、
1.天皇制の存在によって国民個人の自立を阻害している。
2.天皇制の存在が国民の意識を無責任へ追い込んでしまった。
3.天皇の存在が独裁国家へと変貌させる危険性を孕んでいる。

と言う事ではないでしょうか?


今の国民、政治家、官僚の腐敗、無責任は実はここにあるのです。
メンテ
Re: 天皇制は必要か? ( No.4 )
日時: 2011/01/01 22:45
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:pZT5uw6.

パパママさん、天皇制という言葉に、明治以来、先の敗戦に至るまでの様相をダブらせて御考えのようですが、我が国の天皇制が実質的に政治に機能していたのは1500年も前の一時期(300年)の事です。

それも大和民族に侵略された人々以外は、比較的温厚な王朝で、親族同士の殺し合いはあったとしても、天皇家が国民を簒奪した事例はほとんどありません。

平安朝以来、天皇家は政争に利用されてきただけであり、その時代の為政者を非難することと天皇家を非難することとは別のものと思います。

ですので、天皇論を言う場合、歴史に起きた不幸を天皇家のせいにすることなく、天皇制を考えるべきと思います。

中国の皇帝、フランス、ロシアの王朝と同じ概念で天皇家を見なくてもよいと思います。
そこが外国の王室と日本の天皇家の違いと思います。
また、天皇制を残す残さないの根拠に、人々の共生のためのシンボルということを言いましたが、それがすなわち天皇制と決め手いる訳でもなく、選択肢の一つと考えられれば如何と申しています。

>社会主義国家の崩壊はまさしくその結果です。国家と言う共生を重んじたが為に個人がないがしろにされました。

といわれましたが、私はまったく逆に考えています。
かつての共産主義国家は、その指導部体制のみを共生の根拠として君臨しようとしたため、個々人は、個々人の世界に浸りこみ、結果、怠惰が蔓延し資本主義社会の発達に遅れをとる事になったのです。(各種の宗教を束縛した政策もそのひとつであり、共産主義国家では指導部以外に神と言うカリスマは不都合であったのです)。
共産主義国家には本当の意味の共生社会が無かったと思っています。

共産主義国家のイメージを抱くのに、日本中が公務員になった場合を想定すればよいでしょう。
日本の公務員社会の閉鎖性を考えられればよいと思います。
まず、上司にたてつけば、その人の将来は無いでしょう。
おとなしい人間だけが、それなりに(与えられた環境の中で)平穏な人生を送れると言うことです。
共産主義国家の実態は、これであったのです。

ですが、あるべき共生社会と言うのも大変な代物で、実際にはまだどこの国でも現出していないと思います。
天皇制に関する論議は、早急に結論を出さねばならないものではなく、仮に今国民投票をすれば、40対60、あるいは30対70で不要のものと結論が出るでしょう。

私がいたいのは、現在の皆様の判断根拠、そのものを考え直さねばならないのでは無いかという事です。
人類の問題は、ここ200年や300年の事柄だけで判断するべきでないと思います。
天皇制の問題について、なぜ、そこまでの長期スパンで考え無ければならないか、と言う指摘も次には出るでしょう。

それに対して、私は現代とは何であるのか。
現代の位置づけを願いたいと思います。
現代社会は世界中が、アングロサクソン的思考方法にマインドコントロールされているのでは無いかと言うことも考えてください。
メンテ
Re: 天皇制は必要か? ( No.5 )
日時: 2011/01/02 00:26
名前: パパママ ID:7oRKqLDM メールを送信する

天橋立の愚痴人間さん

>天皇制に関する論議は、早急に結論を出さねばならないものではなく、仮に今国民投票をすれば、40対60、あるいは30対70で不要のものと結論が出るでしょう。

私が結論で書いたように天皇制の有無に関しては実は早急な結論が必要だと思います。
このままでは日本は崩壊します。
懐疑主義的議論をこのまま続けて何の意味があるでしょうか?

私には国民投票の結果を予測することは出来ません。天皇制を否定している私自身、実は国民投票の結果が怖いのです。なぜならそこには天皇教という妄信的宗教心が存在しているからです。
それはオウム真理教を信ずる人々と全く同じ心理状態だと思うのです。
そう言う盲信者がまだこの国には多く存在しているのではないでしょうか?
ただ私は他の掲示板でも色々と議論をしてきましたが、天皇支持者とそうでない人々は議論の根本から次元が違うように思います。
それはまさに盲信者とそうでない人々、ミクロ的見地とマクロ的見地の違いによるものだと思うのです。故に懐疑主義的議論に陥ってしまうのです。

これは哲学でも道徳でもなく天皇制と言う制度です。国民が決めたであろう(歴史的な証拠は一切ありませんが)と思われる決まり事です。
決まり事だからそれを永遠に守る、なんていう廃退的思考はまさしく人間、国家を滅ぼすのではないでしょうか?
時代の変化によって「変える、守る」と言う選別が必要だと思うのです。
その「変える、守る」の判断を間違ってしまうと国は滅びます。
メンテ

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